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論文の内容の要旨

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Academic year: 2021

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(1)

論文の内容の要旨

ATP

(アデノシン

3

リン酸)は,

ADP

(アデノシン

2

リン酸)と

Pi

(無機リン酸)への加水分解時の自由 エネルギー変化を利用して生体内の様々な反応を駆動する非常に重要な物質であるが,その合 成の大部分は

FoF1-ATP

合成酵素という膜蛋白質に担われている.この酵素は膜内在性の

Fo

チャンネルと膜表在性の

F1-ATPase

に分かれ,

Fo

部分でおこなわれる膜の両側のプロトンの電 気化学ポテンシャル差に駆動されたプロトン透過と

F1

内部のサブユニットのステップ回転が共役 して,

F1

部分で

ATP

ADP

Pi

から合成される.

F1

部分は単独では

ATP

を加水分解して内部 のサブユニットを回転させる回転分子モーターであり,本研究ではこの

F1

の回転機構を理解す るために,基質である

ATP

や他のヌクレオチドの結合や,外部トルク存在下での回転特性につい て研究している.

最初の序章では

FoF1-ATP

合成酵素と

F1-ATPase

についての酵素としての性質について述べ た後,第二章の

F1

と基質である

ATP

や他のヌクレオチドの結合に関する熱力学的な研究,第三 章の外部トルク存在下における,

characteristic length

の測定に関する研究の背景が述べられて いる.

第二章は,上にも述べたように

F1

と基質である

ATP

や他のヌクレオチドの結合に関する研究であ る.

F1-ATPase

による

ATP

加水分解,あるいは

FoF1-ATP

合成酵素による

ATP

合成反応におい ては,酵素学的研究により,反応中に最も大きな自由エネルギー変化を起こす過程は

ATP

位 のリン酸と位のリン酸の結合の解裂ではなく,

ATP

ADP

Pi

の酵素への結合過程であることが 明らかにされている.また,一分子回転観察実験による知見でも一回の反応で起こる

120

゜ステッ プの内の

80

゜のサブステップは

ATP

の結合と

ADP

の解離,

40

゜サブステップはおそらく

Pi

の解離 によって引き起こされることが示されており,基質及び生成物の結合,解離が回転にとって非常に 重要であることが示されていた.本研究では,

F1-ATPase

の最小活性単位である3

3

サブコンプ

レックスについて,ヌクレオチド結合部位付近にトリプトファン残基を導入した変異体を用いて,

様々な温度でヌクレオチドの結合を蛍光の変化で捉え,その結果から結合反応の

, ,

を算出した.そして,

3

3

サブコンプレックスに対するヌクレオシド

2

リン酸の結合が正またはほぼ

0

のエントロピー変化を与えるのに対して, ヌクレオシド

3

リン酸の結合が負のエントロピー変化を与 えることを見出した.このような傾向は,単離サブユニットでは見られなかった.これらの結果は,

最近,結晶構造と,分子動力学計算から提案された排除体積効果によるエントロピー増大に関す る説(

Yoshidome, et al. J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 4030–4039

)と符合するもので,分子モータ ーの構造の非対称性との関係を示唆する.

第三章では,外部トルク存在下でのステップ回転の解析を行っている.第二章ではヌクレオチドの 結合による熱力学的パラメーターを求めたが,それらは結合前後の熱力学的パラメーターの変化 に関するもので,その途中での活性化状態に関する情報は与えない.また,実験方法の制約で 実際に動いている状態での変化を捉えるものではなかったが,第三章では実際に回転するモー ターのステップ頻度を解析することによって反応座標に沿った遷移状態についての情報を

characteristic length

の形で求めることを目的とした.この

characteristic length

は,正反応の値と 逆反応の値の和が,始状態と終状態の反応座標上での距離に一致するべきものであるが,外力 の異なる加水分解反応の

characteristic length

と合成反応の

characteristic length

の和は,ステ ップ角度の

120

゜よりかなり小さいという結果を得た.この一見不合理な結果が,外力により反応を 起こさせるポテンシャルが変化し遷移状態が移動するという考え方で定性的に説明出来ることを 示した.

第四章は,第二章と第三章の実験条件の設定の詳細についての付記となっている.

(2)

論文審査の結果の要旨

1

.論文の主題

本博士論文は,生体内でATP合成の大部分を司るFoF1-ATP合成酵素の触媒部分であるF1-ATPaseについ て,主に基質との相互作用に着目して,熱力学的な解析と,一分子観察実験による characteristic length 測定を行い,新しい知見を得ている.

2

.当該研究分野における位置づけ

ATP(アデノシン3リン酸)は,ADP(アデノシン2リン酸)と Pi(無機リン酸)への加水分解時の自由エネルギー

化を利用して生体内の様々な反応を駆動する非常に重要な物質であるが,その合成の大部分はFoF1-ATP 成酵素という膜蛋白質に担われている.この酵素は膜内在性の Fo チャンネルと膜表在性の F1-ATPase かれ,Fo 部分でおこなわれる膜の両側のプロトンの電気化学ポテンシャル差に駆動されたプロトン透過と F1 部分内部のサブユニットのステップ回転が共役して,F1部分でATPADPPiから合成される.本研究で扱 った F1部分は33サブコンプレックス(以後これを F1-ATPaseと呼ぶ)であり,単独では ATPを加水分解して 内部のサブユニットを回転させる回転分子モーターとして働く.従来,この F1-ATPase については変異導入な どを含む徹底的な酵素学的解析,X線結晶学や NMR分光法などによる構造解析,一分子観察実験などが進 められ,いわゆる”構造と機能”の解明という立場から徹底的な解析がなされてきた.しかしこれらの研究では本 酵素の本質的な役割である自由エネルギーの変換という面は捉えにくい.

本研究では,F1-ATPase の加水分解と回転の自由エネルギー変換に関する手がかりを得るために,蛍光測定 により基質となるヌクレオチド結合の熱力学的パラメーターを求め,結晶構造や分子動力学計算により提唱され た仮説との接点を見出し,一分子回転実験では,外部トルクを印可して反応座標に沿ったポテンシャル上の

characteristic length についての知見を得て,外部トルクによるポテンシャルの変化に言及している.これらの

研究は知る限り他に類例のないもので,F1-ATPase,あるいは分子モーターの研究の中で極めてユニークな 置を占めるものとなっている.

3

.論文の構成

目次と各章の概要

本論文は,回転分子モーターである F1-ATPase の基質結合の熱力学的解析と 一分子観察実験による characteristic length の推定について述べたものであり,序章,第二章,第三章,第四章の,全4章と,参考 献,投稿論文・学会発表,謝辞からなっている.

序章ではFoF1-ATP合成酵素とF1-ATPaseについての酵素としての性質について述べた後,第二章のF1-

ATPaseと基質であるATPや他のヌクレオチドの結合に関する熱力学的な研究,第三章の外部トルク存在下に

おける,characteristic lengthの測定に関する研究の背景が述べられている.

第二章では F1-ATPase の最小活性単位である33サブコンプレックスについて,ヌクレオチド結合部位にトリ プトファン残基を導入した変異体を用いて,様々な温度でヌクレオチドの結合を蛍光の変化で捉え,その結果か ら結合反応の , , を算出し,結晶構造と分子動力学計算により提唱された排除体積効果による 説との接点について述べている.

第三章では,回転するモーターのステップ頻度を解析することによって反応座標に沿った遷移状態についての 情報をcharacteristic lengthの形で求めた.外力の異なる加水分解反応のcharacteristic lengthと合成反応の characteristic lengthの和は,ステップ角度の120゜よりかなり小さいという結果を得て,この結果が,外力により反 応を駆動するポテンシャルが変化し,遷移状態が移動するという考え方で定性的に説明出来ることを示した.

第四章は,第二章と第三章の実験条件の設定の詳細についての付記となっている.

4

.論文の独自性・成果

「2.当該研究分野における位置づけ」でも述べたように本研究では,他の研究では追究されることが少ないが

F1-ATPase の理解のために最も重要であると考えられるエネルギー変換の問題の手がかりを得るべく果敢に挑

戦し,基質となるヌクレオチド結合の熱力学的パラメーターを求め(第二章),外部トルク存在下における,

characteristic lengthの測定を行っている(第三章).

各種のヌクレオチドの結合に関する熱力学パラメーターについては,材料となる好熱性細菌由来の F1-ATPase

(3)

の特長を活かして4℃~50℃という広範囲の温度で結合を測定し,van’t Hoff プロットによって結合反応の , , を算出している.使用したヌクレオチドの種類,単体サブユニットと複合体,変異導入の有無など 多 岐にわたる条件下での信頼性のある測定となっており,その結果は基礎データとしても重要な価値を持っている.

さらに,Y341W変異体の F1-ATPaseに対する ADP,GDP,IDPの結合のエントロピー変化が正,またはほとん 0であるのに対し,これに E190Q変異を加えて加水分解活性を抑えたF1-ATPase では,ATPGTPITP 結合のエントロピー変化は負で,ADP 結合のエントロピー変化は正であるという結果を得た.この結果は F1-

ATPase に対するヌクレオシド3リン酸の結合のエントロピー変化は負,ヌクレオシド2リン酸の結合のエントロピー

変化は正,であることを示唆するが,更に単離βサブユニットではこのような傾向が見られなかったため,複合体 形成に伴うサブユニット間相互作用がヌクレオシド3リン酸とヌクレオシド2リン酸の結合エントロピーの違いを生む と考えられた.実際に,この考えに符合する結晶構造と分子動力学計算により提唱された排除体積効果による 仮説を述べた論文(Yoshidome, et al. J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 4030–4039)があることが分かり,理論と実 験が独立に符合する結果を得た非常に興味深い研究となっている.

第三章では,精密に制御された外部トルク存在下でのステップ回転の解析を行っている.第二章のヌクレオチド の結合に対する熱力学的研究では結合前後の熱力学的パラメーターの変化が分かったが,実験方法の制約で 実際に動いている状態での変化を捉えるものではなかった.第三章では実際に回転するモーターのステップ頻 度を解析することによって反応座標に沿った遷移状態についての情報を characteristic length の形で求めた.

この characteristic length は,外力によりステップ頻度が受ける影響から算出され,正反応の値と逆反応の値の

和が,始状態と終状態の反応座標上での距離に一致するべきものであるが,外力の異なる加水分解反応の characteristic lengthと合成反応の characteristic lengthの和は,ステップ角度の120゜よりかなり小さいという結 果を得た.この結果が,外力により反応を起こさせるポテンシャルが変化し遷移状態が移動するという考え方で 定性的に説明出来ることを示した.実際に実験条件で加えられた外力は反応の方向を逆転させる程大きいもの であり,外力により反応にポテンシャルが変化することを示唆する他に例のない結果となっている.

5

.論文の課題

本論文で得られた結果は,第二章の結果も第三章の結果も反応の背後にあるポテンシャルについてのものであ ると言える.このポテンシャルはしかし有効ポテンシャルというべきものであり,外力や,基質,生成物の濃度を含 んだものとなっている.一方で,反応の各ステップの平衡定数に基づけば,標準状態でのポテンシャルが求まる であろう.この標準状態のポテンシャルと有効ポテンシャルの関係,つまり外力や基質,生成物の濃度などがど のように有効ポテンシャルに影響を及ぼすのかは未だに分子モーターの文脈で深く議論されていないものと われる.本論文の内容はこのような,まだあまり考えられていない重要な問題につながっているはずで,今後じっ くりと考えるべき課題を提示している.

6

.論文の評価

本研究では,F1-ATPase の加水分解と回転の自由エネルギー変換に関する手がかりを得るために,基質結合 の熱力学パラメーターを綿密に測定し,結晶構造と分子動力学計算により提唱された排除体積効果による仮説 との接点を見出した.さらに実際に回転をしている分子モーターに外力を加え,遷移状態の反応座標上での位

置となる characteristic length を求め外力によって遷移状態の位置が変化することを示唆する結果を得た.本

研究で得られた結果はいずれも,従来の考え方の単なる延長以上のものを含んでおり,極めて興味深いもので ある.したがって,本論文が博士(理学)の学位論文として価値あるものと認める.また,平成27年2月9日,論文 内容とそれに関連した事項について試問を行った結果,合格と認めた.

参照

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