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河 野 敦 史

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Academic year: 2021

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コウ アツ

氏名(生年月日)

河 野 敦 史

(1987年9月14日)

学 位 の 種 類

博士(史学)

学 位 記 番 号

文博甲第 117 号

学位授与の日付

2017 年 3 月 16 日

学位授与の要件

中央大学学位規則第 4 条第 1 項

学 位 論 文 題 目

清代回部王公に関する研究

論 文 審 査 委 員 主査

新免 康

副査

川越 泰博・松田 俊道・小沼 孝博(東北学院大学)

内容の要旨及び審査の結果の要旨

1.本論文のテーマと背景

清朝は18世紀半ばに、テュルク系ムスリムを主要な住民とするタリム盆地周縁オアシス地域(い わゆる「回部」、現在の中国・新疆ウイグル自治区南部に当たる)を征服し、その統治下に置いた。

本博士学位請求論文は、清朝から爵位を与えられたテュルク系ムスリムの有力者である、いわゆる

「回部王公」に焦点を当て、清朝による当該地域の統治におけるその位置づけについて実証的に検討 することを目的としたものである。

清朝は征服後のタリム盆地周縁オアシス地域に対し、いわゆる南路八城の地域においては、現地 のテュルク系ムスリムの有力者を官吏として任用する、「ベク(伯克)制」と呼ばれる制度を施行 して、各都市に駐在する清朝の大臣たちの監督・指示の下、間接的な統治を行った。他方、清朝は 早期に帰属したテュルク系ムスリムの有力者に世襲の爵位を与えて「王公」(回部王公)として待 遇するとともに、そのうちのハミ、トルファンの王公をジャサク(旗長)として、彼らに両地域を 世襲で実質的に支配する地位を与えた。また、回部王公たちは、ベク制の施行された南路八城地域 において高位のベク官職に任用されたと言われる。

そもそも清朝は、漢族居住地域の中国内地に直接統治を実施する一方で、モンゴル人、チベット 人、テュルク系ムスリム等が住む周縁地域については、清朝の宗室と同様に爵位を与えた王公の支 配地域の「外藩」として、自治に近い行政を許し、間接統治下に置いた。しかし、回部においては、

モンゴルと同様に王公としての爵位を与えられた有力者が存在する一方、ベク制が施行された南路 八城は、非世襲のベク官人によって管理されるという、独特な体制が採用されていた。本論文は、

ベク制との関連を視野に入れつつ、回部王公に焦点を当てることを通して、このような清朝の当該 地域に対する統治の特質にアプローチすることを目的とする。

上記のような問題設定を踏まえ、本論文においては、(1)清朝側の行政文書である檔案、および 清朝側の編纂史料から、王公に与えられた爵位・官職および待遇に関する記述を抽出して整理・検

〔 1232 〕

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討するとともに、(2)清朝側史料に基づいて王公の回部における具体的な活動の実態に関して分析 を加えた上で、(3)テュルク語史料からテュルク系ムスリム社会において王公がどのような存在と して認識されていたかを検討する。そしてこれらの作業で得られた成果を統合化することを通して、

清朝統治下の回部における王公の位置づけ・役割を明らかにする、という方法がとられている。

2.論文の構成 序論

第1章 回部王公の概要 第1節 回部王公の系統 第2節 王公としての待遇

第3節 初代の王公が爵位を与えられた経緯 第2章 王公のベク職への任用について

第1節 回疆則例の規定と王公一族の三都市(カシュガル、ヤルカンド、アクス)のハーキム・

ベクへの任用

第2節 諸都市のハーキム・ベク職への王公一族の任用 第3節 王公のベク職への任用

第3章 王公のホージャ家対策について

第1節 ホージャ家の侵入事件とカシュガル ―「7人のホージャたち」の侵入事件(1847年)

を中心として―

第2節 ホージャ家の侵入事件とヤルカンド ―ユースフの侵入事件(1830年)とワリー・ハ ーンの侵入事件(1857年)を中心として―

第4章 鄂対(Hadī)の子孫について

第1節 鄂斯璊(‘Uthmān)のサリムサク対策

第2節 ジャハーンギールの侵入事件(1826~1827年)における伊薩克(Isḥāq)の活動 第3節 愛瑪特(Aḥmad)に見る回部王公の権威・権力とその限界

第5章 テュルク語史料に見える王公

第1節 『ターリーヒ・ラシーディー』テュルク語訳附編における王公に関する記述 第2節 『ワリー・ハーンの乱に関する一史料』における王公に関する記述

第3節 『ターリーヒ・ハミーディー』における王公に関する記述 結論

3.各章の概要

序論では、問題意識、先行研究とその問題点、目的と課題、研究の視点・方法、主な史料の特徴

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と限界、研究の意義について提示されている。

第1章では、回部王公の系統、与えられた爵位と待遇、初代の王公が爵位を与えられた経緯など 回部王公の概要について検討されている。それにより、初代の王公が爵位を与えられた経緯として、

清朝の征服過程において自発的に服属するないしは功績を積んだという点に依拠して爵位を与えら れた場合、ハーンやホージャなど当該地域における旧貴顕一族であるがゆえに爵位を与えられた場 合、という2ケースに分かれることを明らかにした。また、もともと地元出身の有力者ではあった ものの、王公の多くが清朝による征服過程で統治体制内における有力者としての地位に再配置され たこと、彼らの清朝権力への依存度が高かったことを指摘した。

第2章では、王公のベク官職任用のあり方について分析することを通して、ベク制を軸とする清 朝の統治体制において王公に与えられた役割について検討している。そのことにより、カシュガル、

ヤルカンド、アクスという主要な3都市においてハーキム・ベク(オアシス都市の長官)職に任用 された人物の大半が王公ないしその一族出身であること、その一方で他の都市においては王公の集 中的な任用は見られないことが判明した。また、王公の一族ごとに分析を加えることにより、その うちの6家系がハーキム・ベクなど三~四品の高位のベク職に配される人材の母体として、回部統 治におけるムスリム支配層の主要な一角を構成していたことを明らかにした。

第3章では、回部統治の安定にとって鍵を握ると考えられるカシュガル・ホージャ家対策におけ る王公たちの具体的な活動について、テュルク系ムスリム社会との関わりに視点を置きつつ考察し ている。カシュガル・ホージャ家は当該地域で宗教的権威を誇るスーフィー指導者の一族で、清朝 の征服活動により中央アジア方面に亡命していたが、19世紀に入り清朝領への侵入事件を繰り返し 起こした。トゥルファンの額敏和卓の子孫をはじめとする王公一族は、このカシュガル・ホージャ 家による侵入事件の際、カシュガルやヤルカンドにおいて、ハーキム・ベクなどの高位のベク職に あって、現地駐在の清朝大臣の指示下、イスラーム宗教指導者たちの協力を受けつつテュルク系ム スリム兵士を動員し防御対応に当たったことを論じた。

第4章では、ハーキム・ベク職に頻繁に任用された鄂対の子孫を王公一族の代表的な事例として とりあげ、清朝権力を背景とした回部王公の権威・権力とその限界について検討している。まず、

鄂対の息子の鄂斯璊、その息子の伊薩克らを中心に、ホージャ家への対応など清朝による回部の安 定的な統治を支えた当該一族の、政治的・軍事的活動の内実について論じた。次に、とくに伊薩克 の息子愛瑪特の事績について、清朝大臣との相互弾劾事件やムスリム反乱時の対応などを軸に検証 することを通して、王公一族の行政権の行使の根拠が爵制に基づく王公としての地位ではなく、官 制に基づくベク職にあったこと、清朝大臣の下の辺境官僚として、その権力には官人としての限界 があったことを指摘した。

第5章においては、清朝統治下に著作された『ターリーヒ・ラシーディー』テュルク語訳附編、

『ワリー・ハーンの乱に関する一史料』、『ターリーヒ・ハミーディー』というテュルク語3史料に おける王公関連の記述に焦点を当て、テュルク系ムスリム知識人の王公に対する認識の様態を分析 した。それらの叙述においては、非常時において住民の生命・財産を保全しうる軍事的才覚をもつ

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指導者像が回部王公に当てられていること、王公たちが清朝統治期以降の台頭者であるという感覚 が見られること、さらに、王公たちが清朝皇帝によって配置された「七城(=回部にほぼ相当する 地域)の主人」であるという認識が示されていること、などを明らかにした。

結論では、それまでの議論に基づき、以下のように清朝の当該地域に対する統治の特徴を提示し た。現地有力者は為政者としての立場を容認され、とくに王公とその一族は血統により継続的に再 生産可能な辺境行政官の人材母体と位置付けられた。そのことを通して、有力者を世襲の王公貴族 として取り込む一方、世襲で継承されない行政官としての地位を付与することにより官人としての 性格を強めさせた。このような爵制と官制の両面からの働きかけによって清朝は、現地有力者の従 属の度合いを高め、統治を強固にしていったのである。

4.本論文の評価・意義

本論文は、以下のような、高く評価されるべき諸点を備えている。

第一に、本論文は、全体を通じて、歴史学の堅実な研究方法に立脚した研究であると評価できる。

とくに、先行研究の到達点と限界を厳密に見極めつつ、丹念な一次史料の読解と検討を通して、実 証的な研究プロセスに基づいた議論が展開されている。細部に至るまで議論の論理性に問題はない と言える。

第二に、清朝側の行政文書である檔案と清朝側編纂史料から、王公に与えられた爵位・官職およ び待遇に関する記述を抽出して整理・検討するとともに、王公の当該地域における具体的な活動の 実態に関して分析を加えた上で、テュルク語史料からテュルク系ムスリム社会での王公に対する認 識について検討するという、多面的な考察に基づく体系的な構成を備えている。

第三に、史料面においては、北京・台北などの檔案館・図書館における調査を通じて、現時点で 利用可能な限りの清朝側の根本史料を利用するとともに、テュルク系ムスリム側の史料も活用して 議論を行うという、多角的な取り組みとそれに基づいた複眼的な視点からの分析が特筆される。

第四に、先行研究に照らしての独自性である。清朝統治下の当該地域に関する先行研究のあり方 を見てみると、日本をはじめとして以前よりベク制について豊富な研究蓄積がある。また、回部王 公についても、近年、一部の一族について相応の研究成果が出されてきた。しかし、爵制とベク制 両者の関係性に注目し、回部王公のあり方と活動について系統的に論じた考究は見られない。また、

19世紀のカシュガル・ホージャ家の侵入事件をはじめとする当該地域の実情に関する先行研究の成 果には、明らかな視点の偏りが見られる。このような従来の研究の達成度と限界性に鑑みれば、本 論文は清朝の統治とその下における当該地域の状況に関するアプローチとして、先行研究において 十分に触れられていない部分を独自の視角から体系的に明らかにしたものであり、学界への貢献度 も高いと評価できる。具体的には、回部王公について、ベク職への任用の実態、具体的な活動、テ ュルク系ムスリムの認識のあり方、などに関する考察を接合し、清朝中央、駐在清朝官僚、カシュ ガル・ホージャ家、テュルク系ムスリムの民衆など、様々な立場の人々と回部王公との具体的な関 係性に着目して検討することにより、新知見を提示している点がとくに注目される。

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第五に、研究動向との関連についてである。近年世界的に帝国論に基づく研究が進展し、その一 環として、アーカイブ資料を用いた、清朝、ロシア帝国、オスマン帝国などの諸帝国による周縁地 域の統治に関する再検討が行われている。その中でクローズアップされているのは、帝国権力と社 会との間に位置する「仲介者」(いわゆるコラボレーター)の存在である。このような「仲介者」

に焦点を当てることを通して、清朝統治とテュルク系ムスリム社会との関係性の様態に光を当てた 本論文は、近年の研究動向の中で先端的な成果として位置づけられよう。

5.本論文の問題点・課題

上記のような美点の一方で、いくらかの問題点・課題を残している。第一に、本論文は、清朝の

「回部」統治の特質に関する議論を軸としているが、その統治下に置かれていた当該地域におけるテ ュルク系ムスリムの社会に対するアプローチにおいては、さらに深い掘り下げが可能であろう。た しかに史料的な制約により本格的な検討には容易でない面もあるが、標榜されている立体的な考察 をより深化させるためにも、テュルク系ムスリムの社会・文化のあり方にさらに留意した洞察を織 り込むべきである。また、そのことを通して、本論文が清朝の統治する版図の中でとくに当該地域 を取り上げた意味が、より鮮明になると考えられる。第二に、上記と関連して、テュルク語の歴史 叙述に関する検討においても、とくに『ターリーヒ・ハミーディー』に関しては、さらにその著作 全体にわたる叙述の特徴を視野に入れて吟味することが求められる。

しかし上記の点は、本論文の価値を大きく損なうものではないであろう。

6.総合評価

以上のように本博士学位請求論文は、いくらかの課題を残しながらも、清朝のタリム盆地周縁オ アシス地域に対する統治とその下における当該地域の歴史的状況に関する独自の研究成果であり、

清朝の周縁部統治のあり方に関する考究に新知見を提供するものであると評価できる。口頭審査の 結果を踏まえ、主査・副査が全員一致して、博士(史学)の学位を授与するにふさわしいと判断し た。

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