非自明な固定点を持つ場の理論と新しい素粒子現象
The field theory with a nontrivial fixed point
& new particle phenomenon
物理学専攻 猪田健一朗
Kenichiroh Ida
1
序論およそ
1
年前、Georgi
によってunparticle
と呼 ばれる奇妙な場が登場する新しい素粒子現象が提 唱された[1, 2]
。Unparticle
とは簡単には、スケー ル変換に対する不変性から生じる物質のことであ る。年内の稼動が予定されているLHC
の高エネ ルギー衝突実験で、unparticle
の存在が証明され る可能性があり話題を呼んでいる。Georgi
が提唱した理論には、標準理論とスケール不変性を持った理論の
2
種類が登場する。スケー ル不変なセクターと普通の粒子のセクターの間の 相互作用を仮定して、それが低エネルギースケー ルの物理としてどのような現象を生じさせるのか を考えようというものである。相互作用のある理 論にスケール不変性を要求すると粒子としての解 釈が破綻するため、そのスケール不変な物質を便 宜上unparticle
と呼ぶ。Georgi
の主張は、赤外固定点を持った理論の場と標準理論の場が相互作用をしていた場合、スケー ル不変の性質から面白い現象が起きるというもの である。ではそもそも、そのような現象が起きる ことを許す赤外固定点を持った理論など存在する のであろうか。実は、
Georgi
がunparticle physics
を論文で発表するずっと以前、1982
年にBanks
とZaks
によって、非自明な赤外固定点を持つ理論が 提唱されており[3]
、それがGeorgi
がunparticle
physics
を考える動機の一端になっている。研究の目的は、新しい素粒子現象である
unpar- ticle physics
の内容を理解することである。その ために、unparticle physics
の基本となる標準理論 の内容をまとめ、Banks-Zaks(BZ)
理論に存在す る非自明な赤外固定点について調べる。その後、具体的に
unparticle physics
の現象を研究する。2
標準理論自然界にはミクロなレベルで
4
種類の基本的な 力があることが知られている。古くから知られて いる力として「重力相互作用」と「電磁相互作用」があり、原子核の反応や崩壊を通じて発見された 力として「強い相互作用」と「弱い相互作用」が ある。重力相互作用と電磁相互作用が古くから知 られている理由は、力の到達距離が無限遠だから である。
4
種類の基本的な力のうち、ミクロな世界では 極端に微弱となる重力相互作用を除いた3
つの力 はゲージ場の量子論の枠組みで統一的に理解でき る。ゲージ理論では、力はゲージ粒子を交換する ことによって伝搬されると考える。電磁相互作用 のゲージ理論をQED
(量子電磁力学)と呼ぶ。電 磁相互作用と弱い相互作用を統一した電・弱相互 作用のゲージ理論をWeinberg-Salam
理論(ある いは電弱統一理論)、強い相互作用のゲージ理論 をQCD
(量子色力学)と呼ぶ。両者を合わせた1
理論が標準理論であり、高エネルギー実験で確立 している。
3 Banks-Zaks
理論1982
年、Banks
とZaks
によりOn the phase structure of vector - like gauge theories with massless fermions
というタイトルの論文が発表 されている[3]
。摂動論で得られる
β
関数と非摂動的な手法によ り得られるβ
関数の2
つが滑らかに接続されると し、Banks
とZaks
はこの論文中で3
つの固定点 を持っている模型を示している。すなわち、漸近 的自由性を与える原点の固定点と、摂動的に得ら れる赤外固定点、非摂動的に得られる紫外固定点 の3
つである。この3
つの固定点を持ったゲージ 理論をBZ
理論と呼ぶことにする。BZ
理論の紫外固定点は、非摂動的手法である格 子ゲージ理論[4]
を用いて得られることがKogut
等によって示されている[5]
。赤外固定点については、連続のゲージ理論で高 次のループを含んだ
β
関数を考慮することで得ら れる。例えば、QCD
のβ
関数は3-loop
まで計算 されている。2-loop
までは繰り込みの処方に依ら ずN
F を表現R
に属するフレーバー数として、β(g) = − (
β
0g
316π
2+ β
1g
5(16π
2)
2+ β
2g
7(16π
2)
3)
(1) β
0= 11 − 4
3 T (R)N
F(2)
β
1= 102 − (20 + 4C
2(R))T (R)N
F(3)
である。このβ
関数は2-loop
まででフレーバー数 をN
F= N
F∗= N
∗(1 −
111ϵ)
として、g
2/16π
2= 0
という解の他に、g
∗216π
2= ϵ
63 + 33C
2(R) − (15 + 3C
2(R))ϵ (4)
という解を持っている。これが、1-loop
だけを考 慮したβ
関数からは見つからない非自明な赤外固 定点である。この赤外固定点を持った理論の弱結合領域と、
Kogut
が格子化の手法を使って示した紫外固定点を持った理論の強結合領域が滑らかに接続される と考えると、その
β
関数は図1
のように振る舞う ことがわかる。図1
がBZ
理論のβ
関数であり、g
∗がGerogi
がunparticle physics
を考える動機付 けとなった赤外固定点である。β
g
∗g
g
c0
図
1: BZ
理論のβ
関数4 Unparticle Physics
Unparticle
について議論するのに、有効場の理論を使う
[6]
。適切な極限を取った有効場の理論によって、
unparticle
と普通の物質の間の相互作用がどういうものかを理解することができる。
高エネルギーで標準理論の場と赤外固定点を持 つ理論の場、すなわち
BZ
場を含む理論を考える。この
2
つの場が、重い質量M
Uを持つ粒子の交換 を通じて相互作用をしているとしよう。有効場の 理論の観点から、スケールM
U 以下では標準理論 の場とBZ
場は繰り込み不可能な相互作用として 次の形で書けるはずだ。C
UM
UkO
smO
BZ(5)
ここでO
smは質量次元d
smを持つ標準理論の場か らなる演算子、O
BZは質量次元d
BZを持つBZ
場2
からなる演算子をさしている。
k = d
BZ+ d
sm− 4
でありC
Uは係数関数だ。BZ
理論は赤外固定点を 持っているので、ある低エネルギースケールΛ
U でスケール不変になり次元転移を引き起こすと考 えられる。スケール不変となったO
BZ演算子をunparticle
演算子と呼ぶことにして、式(4.8)
の相 互作用はスケールΛ
U 以下で次の形であらわされ ることになる。C
UΛ
dUBZ−dUM
UkO
smO
U(6) d
Uはunparticle
演算子O
Uのスケール次元である。エネルギースケール
Λ
U以下の低エネルギーで、unparticle
はどのような物理を形成するのであろうか。
Unparticle
生成の結果は消失エネルギーとしてあらわれるだろう。消失エネルギー発生過程の確 率分布を計算するために、
unparticle
のスペクト ラル関数を知る必要がある。Unparticle
の伝播関数を考える。h 0 | O
U(x)O
†U(0) | 0 i
= h0|e
ipxˆO
U(0)e
−iˆpxO
†U(0)|0i
=
∫ d
4p
(2π)
4e
−ipx|h 0 | O
U(0) | p i|
2ρ(p
2) (7) ρ(p
2)
は状態密度だ。スペクトラル関数は、|h0|O
U(0)|pi|
2ρ(p
2)
=
∫
d
4xe
ipxh0|O
U(x)O
†U(0)|0i
= A
dUθ(p
0)θ(p
2)(p
2)
n(8)
という形であるべきだ。n
はスケール不変性によ り決定される。x → sx
とスケール変換するとき、unparticle
はO
U(x) 7−→ O
U(sx) = s
−dUO
U(x) (9)
と変換されるので、スペクトラル関数はA
dUθ(p
0)θ(p
2)(p
2)
n=
∫
d
4xe
ipxh 0 | O
U(x)O
†U(0) | 0 i
→ ∫ d
4(sx)e
ip(sx)h 0 | s
−2dUO
U(x)O
U†(0) | 0 i
= s
−2(dU−2)A
dUθ(p
0)θ(p
2)(s
2p
2)
n(10)
となりスケール不変であるためには、n = d
U− 2
でなければならない。よってunparticle
の伝播関 数は最終的に、h 0 | O
U(x)O
†U(0) | 0 i
=
∫ d
4p
(2π)
4e
−ipxA
dUθ(p
0)θ(p
2)(p
2)
dU−2(11)
である。この結果はunparticle
のスケール次元d
U に依存しており、unparticle
の伝播関数は必ずし も極を持たない。伝播関数の極が粒子を表してい たのだからこれはもはや粒子を表すものではない と言える。さて、
unparticle
生成の例として、トップクォー クのアップクォークとunparticle
への崩壊(t → u + U
)を考える。相互作用のラグラジアンをL = i λ
Λ
dUuγ ¯
µ(1 − γ
5) t ∂
µO
U+ h.c. (12)
とする。結合定数λ
は、λ = C
UΛ
dUBZM
Uk(13)
である。トップクォークに比べて極端に微小なアッ プクォークの質量は無視できて、終状態密度は、
dΦ
u(p
u) = 2πθ(p
0u)δ(p
2u) (14) dΦ
U(p
U) = A
dUθ(p
0U)θ(p
2U)(p
2U)
dU−2(15)
となり崩壊幅は、1 Γ
dΓ
dE
u= 4d
U(d
2U− 1) (
1 − 2 E
um
t)
dU−2E
2um
2t(16)
となる。これをプロットすると結果は図
2
のようになる。このグラフは例えば、
E
U/m
t= 0.1
のときは、d ln Λ/dE
U の値が小さいので、E
U/m
t= 0.1
に3
図
2: d ln Λ/dE
UのE
U/m
t依存の様子。dU= j/3
と して、jは4
から9
の整数をとる。jが増えるほどダッ シュを長くしてプロットしている。崩壊する確率が小さいことを示している。すなわ ちアップクォークが小さなエネルギーを得て、残 りの大きなエネルギーを
unparticle
が得るように 崩壊する可能性が小さいということだ。また、d
U が1
に近づけば近づくほどE
U/m
t= 0.5
になる確 率が高くなるから、d
U' 1
のとき、1
つのトップ クォークが持っていたエネルギーが、アップクォークと
unparticle
で半分ずつに崩壊する可能性が高いことがわかる。
Unparticle
は観測にかからないから
unparticle
が持ち去ったエネルギーは消失したように見える。もし高エネルギー実験で消失エ ネルギーが測定されれば、それは
unparticle
が生 成されたことを意味していると言える。5 Unparticle
の持つ可能性本研究では
unparticle
が持つ具体的な物理的 可能性までは踏み込むことができなかったが、ど うやら世界的にunparticle
についての様々な議論 が活発になされているようである。“Unparticle Physics”
はhep-ph
で2008
年2
月現在、引用回 数128
回を数えている。2007
年3
月に発表された ことを考えれば、1
年足らずでこの回数は他の論文 の引用回数を見ても相当の回数であることがわか る。それだけ多くの素粒子論研究者が、unparticle
physics
に大きな可能性を感じているのであろう。可能性の一つに、例えば
unparticle
がダークマ ターの候補になり得るという話がある[7]
。内容 はどうやらunparticle
をダークマターとして考え て化学平衡から取り残された残存量(relic abun-
dance
)を計算すると、それがWMAP
による観測結果と一致するというもののようだ。もしそれ が確かならば、ダークマターの候補が見当たらな いという標準理論の欠陥を、
unparticle
は補完す る可能性が高いと言える。参考文献