講 演
憲法裁判所の同質性と異質性
─フランスの憲法院とドイツの連邦憲法裁判所の比較観察─
Verfassungsgericht ist nicht gleich Verfassungsgericht:
Vergleichende Beobachtungen zum französischen Conseil constitutionnel und zum deutschen Bundesverfassungsgericht
マティアス・イェシュテット*
訳 畑 尻 剛**
𠮷 岡 万 季***
目 次 Ⅰ 一般的な予備的考察
₁ .憲法裁判の ₂ つの基本モデル ₂ .基本モデルのバリエーションの多様性 ₃ .比較の方法論
Ⅱ 憲法院と連邦憲法裁判所 : 対比に富むバリエーション ₁ .当初想定されていた役割:「院」対「裁判所」
₂ .憲法と憲法裁判の発展
₃ .「憲法からの思考」に対する「法律中心主義」
₄ .(国内の)基本権の役割 ₅ .権限:手続様式 ₆ .手 続 件 数
₇ .構成と審理のスタイル ₈ .判決と判決理由のスタイル ₉ .憲法裁判と憲法学 Ⅲ 一つのまとめの試み
*
フライブルク大学教授 Matthias J
estaedtProfessor. Dr., Albert-Ludwigs-Universität Freiburg i. Br.
**
所員・中央大学法学部教授
***
中央大学大学院法学研究科博士課程後期課程在学中
訳者はしがき
本 稿 は,Matthias Jestaedt, Verfassungsgericht ist nicht gleich Verfas-
sungsgericht
─Vergleichende Beobachtungen zum französischen Conseil constitutionnel und zum deutschen Bundesverfassungsgericht
─の全訳で ある。日本比較法研究所の共同研究グループ「憲法裁判の基礎理論」(代表:
畑尻剛)は,植野妙実子名誉教授を代表とする共同研究グループ「現代議 会制の比較法的研究」(1994年)と合同で,日本比較法研究所基金・共同 研究助成を受けて共同研究「独仏日の憲法裁判─課題と展望─」を行 っている。その研究の一環として,独,仏の憲法研究者を招聘して,独,
仏,日の憲法裁判に関する講演会が開催された。
2018年 ₇ 月にフライブルク大学のマティアス・イェシュテット(Matthias
Jestaedt)教授とエックス・マルセイユ大学のグザヴィエ・マニョン(Xa- vier Magnon) 教授が,12月にはポー大学のユベール・ アルカラス(Hu- bert Alcarz)講師が来日され,それぞれ単独・共同で講演会を行った。こ
こでは, ₂ つの共同研究グループにとどまらず,他大学および他機関から の多くの参加者を得て,比較憲法研究が深められた(なお,マニョン教授 の講演「フランス事後的違憲審査制─その特異な『先決』解決のあり 方」の翻訳は,比較法雑誌53巻 ₂ 号(2019)に掲載されている)。本稿はそのうち,イェシュテット教授が ₇ 月24日に中央大学理工学部後 楽園校舎において行った講演(「憲法裁判所の同質性と異質性─フラン スの憲法院とドイツの連邦憲法裁判所の比較観察─」)の原稿を基礎とし て,これに後に注を付したものの邦訳である。
本講演では,フランスとドイツの憲法裁判の様々な相違が明らかにされ ているが,まずイェシュテット教授は,憲法裁判の多様なかたちを前提と して,これを制度的に,いわゆる司法裁判所型(アメリカ合衆国モデル)
と憲法裁判所型(オーストリア・ケルゼンモデル)の ₂ つに分類し,その
うえで,フランスもドイツも同じ憲法裁判所型に属するとする。
しかし,時として基本モデルのグループ間に生ずる差異よりも,グルー プ内部で生じる差異の方が大きい可能性があるという指摘のもとで,比較 法的考察のための類型的検討には,機関,権限,手続,判決の拘束力など の実定法の基礎に関する解釈論上の観点だけでなく,「憲法現実」をとら える,機能上の比較法,制度理論および制度社会学ならびに統計上の結果 の蓄積が必要であるとする。
このような問題意識からイェシュテット教授は,具体的に,①制憲者の 意思と裁判所の自己認識の変化,②憲法の重要性,③法律中心主義・憲法 中心主義,④基本権の役割,⑤事前審査と事後審査,⑥手続(件数),⑦ 構成員,⑧判決のスタイル,⑨憲法学との関係など様々な観点から,フラ ンスとドイツの憲法裁判を比較法的に考察している。そして,同じ憲法裁 判所型に属する(同質性を有する)フランスの憲法院とドイツの連邦憲法 裁判所が─ラインの左岸と右岸で─いかに多くの点において様々な違 い(異質性)があるのかを示した。と同時に,その背景には,両国の歴史 や国民の意識に根差した「憲法」と「裁判」に対する考え方の違いがある ことも明らかにした(講演の詳細な紹介と分析は,畑尻剛「ラインの右岸 と左岸の憲法裁判所─
M.
イェシュテット教授の講演を素材に─」藤野美都子・佐藤信行編『憲法理論の再構築 植野妙実子先生古稀記念論 文集』(敬文堂,2019年)103頁以下参照)。
なお, 本講演原稿は加筆された上で,JuristenZeitung誌に掲載された
(Matthias Jestaedt, Verfassungsgericht ist nicht gleich Verfassungsgericht,
JZ 2019 Heft 10, S. 473─482)。
I.一般的な予備的考察
ここ ₂ 世紀は,憲法の凱旋を示している。いかなる国家も─ましてや 国際的なあるいは超国家的な組織はもちろん─[国家の]戧設にかかわ る中心的な文書であり,かつ法解釈,法定立そして法適用を方向づける上
位の基準としての憲法を今日放棄することなどはできない。たしかに,こ れと同じではないが密接に結びつけられるのが,裁判による4 4 4 4 4憲法の保護4 4と いう考え方である。このことは,原則としてすべてのその他の(国内)法 に対する憲法の優位の裁判上の実施ということができる1)。
いうまでもなく,ここにいう憲法裁判(Verfassungsgerichtsbarkeit)に は,非常に様々な具体的形態が認められる。要するに,憲法裁判は,裁判 による憲法の保護の非常に様々なあらわれの集合概念である2)。これにつ いては,以下で扱う。憲法裁判の考えうる解釈の幅を,以下では欧州連合
(EU)の ₂ つの隣接する中枢国の憲法裁判所,つまり,フランスとドイツ
1) 多数あるうち,Alex Stone Sweet, Why Europe Rejected American Judicial Re- view ─ and Why it May Not Matter, in: Michigan Law Review 101 (2003), S. 2744
(2745) ─いわゆる欧州評議会のヴェネチア委員会(「法による民主主義のため
のヨーロッパ委員会」)(Venedig-Kommission des Europarates 《European Com- mission for Democracy through Law》)に設置された憲法裁判世界会議(World Conference on Constitutional Justice (WCCJ)) の参加国は,114か国を数える
(2019年 ₃ 月現在)(もっとも,この中には,総じて統合された憲法裁判権を行 使する,アメリカ合衆国,イギリス,日本,アルゼンチンそしてインドのよう な 重 要 な 国 は 含 ま れ て い な い )。(https://www.venice.coe.int/WebForms/
pages/?p=02_WCCJ&lang=EN ─ 他のすべてのインターネット上の情報源と同 様に,2019年 ₃ 月15日が最終確認)。─最新の調査では世界163か国が憲法裁判 権を行使しているようである(Armin von Bogdandy/Christoph Grabenwarter/
Peter M. Huber, Verfassungsgerichtsbarkeit im europäischen Rechtsraum, in:
dies. [Hrsg.], Handbuch Ius Publicum Europaeum [= IPE], Bd. VI, 2016, § 95 Rn.
2 u. 32参照)。─Michel Fromont, Justice constitutionnelle comparée, 2013, S. 11─
68. には,憲法裁判の歴史のコンパクトな概要がある。
2) 憲法裁判世界会議の規則 ₁ 条 ₁ 項(2017年 ₉ 月12日版 CDL-WCCJ-GA (2017) 010)によれば,「憲法裁判(権)」は,「人権の領域における裁判を含む憲法適 合性の統制」と理解される。憲法裁判の詳細な類型化は,Luca Mezzetti, Siste- mi e modelli di guistizia costituzionale, in: ders. (Hrsg.), Sistemi e modelli di guis- tizia costituzionale, 2009, S. 1 ff. でみることができる。より最新の考察としては,
ヨーロッパに限定されてはいるが,Maartje de Visser, Constitutional Review in
Europe. A Comparative Analysis, 2014がある。
の憲法裁判所,すなわち憲法院(CC)と連邦憲法裁判所(BVerfG)を対 比することで,明らかにしたい3)。そのさいに,すでに用語の点から目を 引くのは,フランスにおける憲法裁判が裁判所とよばれる機関ではなく,
憲法院4(Verfassungs-Rat)とよばれる機関に委ねられていることである。
この点については再度検討する予定である4)。
本題の比較に取り組む前に, ₃ つの予備的な考察を行う。
1 .憲法裁判の 2 つの基本モデル
要するに裁判による憲法の保護は,非常に様々な形で実現されうる。も っとも基本的なレベルで区別できるのは,憲法裁判の機能がすべての裁判 所に一般的な傾向からみて同じ形で与えられる(いわゆる非集中型憲法裁 判)か,それとも,そのさいには特定の個別の裁判所が傑出した役割を果 たす(いわゆる集中型憲法裁判)かである。たとえば,たしかにすべての 裁判所は,裁判所により適用される法律(Gesetzesrecht)が憲法に適合 するか否かを審査する権限を有し,かつ義務づけられているが,しかし,
議会制定法を無効と宣言し,そして同法を廃棄する法的力をもつのは最上 級裁判所に限られるということが考えられる5)。
3) したがって比較の対象は,特別な─しかし通常は独占的ではない─形で憲法 の保護が割り当てられている裁判所に限定される。典型的な形で(したがって ドイツやフランスにおいても),機能的な意味における憲法裁判,つまり裁判 という方法で憲法を保護し,現実化しそして実施することに相当程度関与して いる専門裁判所については以下では扱わない。
4) これについては,以下 II.₁ 。
5) ドイツがこれにあたる。一方では,すべての裁判所が,裁判所によって判決
の基礎とされる法規範が有効か否かを審査すること,言い換えれば,より高次
の憲法に反しないか否かを審査することが義務づけられているが,他方ですべ
ての裁判所はいわゆる形式的な意味における後憲法的な法律,つまり1949年 ₉
月における第 ₁ 回連邦議会開催以降に議決された議会制定法律を自ら違憲であ
りかつ場合によっては無効であると宣言してはならない。むしろ,すべての裁
判所は基本法100条 ₁ 項によりその手続を中止し,かつ出発点となった手続に
おける判決にとって重要な法規範の憲法適合性について,連邦憲法裁判所に判
これとは似てはいるが,さらにまた,次の状況が区別される。すなわ ち,憲法裁判は全範囲で「通常の」裁判権に委ねられているのか,それと もそれとは制度上そして機能上区別された憲法裁判所が予定されているの かということである。つまりわれわれが対象とするのが,一般の裁判権へ と統合された4 4 4 4 4憲法裁判か,それとも独立した4 4 4 4憲法裁判かである6)。第一の 憲法裁判の制度モデルは,アメリカ合衆国モデルとよばれる。なぜなら ば,第一のモデルは1787年のアメリカ合衆国憲法によって設立されたアメ リカ合衆国最高裁判所が最初であるためである。第二のモデルは憲法裁判 所という制度を備えた1920年のオーストリアの連邦憲法に基づいているた め,オーストリア(あるいはまたケルゼン4 4 4 4)モデルとよばれる。すなわ ち,第一のモデルによれば,最上級裁判所(Höchstgericht)あるいは合 衆国最高裁判所(Supreme Court)にその他の(特に,上告)裁判所の権 限に加えて特別のかたちで裁判による憲法保護という任務が認められる。
─これはまさに日本において実践されているモデルである。第二のモデ ルによれば,独立した憲法裁判所が憲法問題に関する特別の裁判所であっ て,「通常」の専門裁判所と同格か,あるいは─ドイツのように─そ れよりも上位にすらある。連邦憲法裁判所と憲法院の両者は,第二のオー ストリア型の裁判所である。
2 .基本モデルのバリエーションの多様性
これと関連して, ₂ つの裁判所は制度的─機能的に一定の経路依存性
(Pfadabhängigkeiten)を共有している。両者が基本モデルの影響を受け
断を求めるために移送しなければならない。連邦憲法裁判所は,その時当該法 律の憲法適合性問題について権威をもって具体的規範統制の手続において判断 する。つまり,すべての裁判所が規範審査義務を負う一方で,しかし連邦憲法 裁判所(そして同様にラント法に対してはラントの憲法裁判所)のみが規範を 破棄する
4 4 4 4権限(Normverwerfungskompetenz)を有している。
6) これについて詳細は,まもなく(2019年)刊行される Matthias Jestaedt, Inte-
grierte und isolierte Verfassungsgerichtsbarkeit, in: ders./Hidemi Suzuki (Hrsg.),
Verfassungsentwicklung II: Verfassungsentwicklung durch Verfassungsgerichte.
た類似の選択肢に直面していることについては,より慎重に語るべきかも しれない。しかしながら,この家族的類似から,たとえば連邦憲法裁判所 がアメリカ合衆国最高裁判所よりも憲法院とより共通点が多いというよう な結論を早計に出してはならない。なぜなら,時として基本モデルの選択 それ自体によって生じる差異よりも,ある基本モデルの憲法裁判所グルー プの内で生じる差異の方が大きい可能性があるように思われるからであ る。まさにドイツとフランスの比較はこの点に関して有益かもしれない。
それぞれの基本モデルの内部におけるバリエーションの多様性を裏づけ るためには,独立し,分離されたタイプの憲法裁判所を,それがオースト リアモデルをいわば純粋に実現するものかあるいは先鋭化するものかにし たがって区別することができることを示せば,われわれの目的にとって十 分であろう。前者では,憲法裁判所は確かに制度上そして機能上の観点に おいて独自の地位(Alleinstellung)を有し,それゆえ一般の裁判権に対峙 する。しかし,憲法裁判所はこれに対して一切,統制権限を有さない。す なわち,対等4 4の独立である。それゆえ,オーストリアの最高裁判所(OGH)
と行政裁判所(VwGH)の判断を,憲法裁判所において争い,そして憲法 裁判所がこれを破棄することはできない7)。 ₃ つの最上級裁判所は,この 点で同一の序列にある。ドイツでは,これとは異なるようにみえる。すな わち,連邦憲法裁判所も独立したタイプの憲法裁判所であるにもかかわら ず─それゆえこの意味でオーストリア基本モデルの憲法裁判所に数えら れるのであるが─,しかし,他のすべての裁判所よりも連邦憲法裁判所 は上位にある。つまり連邦憲法裁判所はあらゆる裁判所の判決を,判決に
7) たしかにオーストリア憲法裁判所は,場合によっては行政裁判所と最高裁判
所の間の権限紛争のさいに判断を下す(連邦憲法138条 ₁ 項 ₂ 号参照)という
意味では,権限について判断する裁判所(Kompetenzgerichtshof)である。し
かし,基本法93a 条による(判決に対する)憲法異議のように憲法裁判所を包
括的に専門裁判所の上位に位置づける手続は,連邦憲法では認められない。と
はいえ,連邦憲法144条による行政裁判所の判決に対する異議の導入以来,こ
の違いが弱められていることはいうまでもない。通常の裁判所の判決に対して
は依然として憲法裁判所に対する異議申立ての可能性は存在しない。
対する憲法異議8)の範囲でその確定力に関係なく,基本権侵害を理由に破 棄することができるのである。しかしこれによって,連邦憲法裁判所は専 門裁判所との直接的な対立と持続的な対話の関係にある。すなわち,優位4 4 した4 4独立である。
つまり,すでにここで確認できるように,憲法裁判所を統合モデルと独 立モデルに分けるという単純な二分法による区分により得られる理解は限 られており,そしてそれ以上の結論を得ることができない。憲法裁判所の 比較が実質的かつ現実に即したものとよばれるためには,より多くのそし て異なるパラメーターと観点を用いなければならない。
3 .比較の方法論
かくして,われわれが憲法裁判所に関連する比較研究を行うさいに用い る方法論の問題が提起される。これを個別に詳論することはできないが,
次のことはいえよう。─機関,権限,手続,〔判決の〕拘束力といった
─実定法上の基礎に(法ドグマーティク上)目を向けることは,たしか に必要である(そしてまた比較の基盤を形成することになるかもしれな い)。しかしこれだけでは「憲法現実」を考慮した,この意味で説得力の ある,精緻で対照に富む比較にとって決して十分ではない。実定法に目を 向けるだけでは,司法積極主義と司法消極主義は,憲法が政治的そして社 会的なプロセスで果たしている役割と意義と同様に,十分にはとらえられ ない。それゆえ本来の法解釈という作業に加えて,機能上の比較法,制度 理論および制度社会学ならびに統計上の結果による強化が必要である9)。
8) 連邦憲法裁判所法(以下「法」)93条 ₁ 項4a 号,13条8a 号, そして90─95条 参照。通常は,統計でみると,公権力(立法,行政あるいは司法)の行為に対 する憲法異議のすべての事例のうち,およそ95%が,裁判所の判決に対する憲 法異議,いわゆる判決に対する憲法異議である。これは,憲法異議が原則とし て公権力の当該行為に対して予定された争訟手段が尽くされた場合にはじめて 提起されうる(法90条 ₂ 項参照)ためである。
9) 後述する連邦憲法裁判所と憲法院に関するデータすべては,別の記述がある
場合を除いて,公式の統計からとられたものである。公式の統計は連邦憲法裁
「紙の上の法(law in the books)」は「生ける法(law in action)」により補 充されるべきである10)。
II 憲法院と連邦憲法裁判所:対比に富むバリエーション
したがって,多数の観点を備えた,つまり,様々な比較パラメーターを 順次そして並列的に考慮に入れた準則が望ましい。たくさんの考えうる比 較要素から,以下では特に説得力のあるようにみえる ₉ の項目を取り出す ことにしたい。
1 .当初想定されていた役割:「院」対「裁判所」
憲法院と連邦憲法裁判所は,両者ともに憲法を保護するための,裁判上 の制度である。これらは第二次世界大戦の終結後の憲法運動から─1949 年と1958年に─産み出された11)。これらは両者ともに制度的に独立した 憲法裁判であるオーストリアの基本モデルの亜種としてあらわれている。
そして,両者は,それぞれ独自の形によるものとはいえ,通時的な(歴史 的な─国家を単位とする)比較憲法にも,共時的(国際的)な比較憲法に おいても,憲法裁判所の前例のない形を示している。つまりこれらは,基
判所と憲法院の以下のサイトでみることができる。連邦憲法裁判所の2018年年 次統計 <https://www.Bundesverfassungsgericht.de/DE/Verfahren/Jahressta tistiken/2018/statistik_2018_node.html>. 憲法院の統計(„bilan statistique“)
<https://www.conseil-constitutionnel.fr/bilan-statistique>.
10) 両者の対置に関する指導的な文献としては,Roscoe Pound, Law in Books and Law in Action, in: American Law Review 44 (1910), S. 12 ff.
11) ドイツ語で書かれ,数多くの文献が挙げられている憲法院に関する非常に内
容 が 充 実 し た 研 究 と し て,Olivier Jouanjan, Verfassungsrechtsprechung in
Frankreich, in: IPE, Bd. VI, 2016, § 99。 また同著者の Conseil constitutionnel
und Bundesverfassungsgericht: zwei unterschiedliche Modelle der europäischen
Verfassungsgerichtsbarkeit, in: Michael Stolleis (Hrsg.), Herzkammern der Re-
publik: Die Deutschen und das Bundesverfassungsgericht, 2011, S. 137 ff. 参照。
本法と第 ₅ 共和制憲法の発明品なのである。これらには先立つ経験も日常 的なルーティーンもなかった12)。 ₂ つの憲法の制憲者は,いうならば思い 切って空に向けての一発を打ち上げたのである。
しかし,両者は基本的にそれぞれの制憲者により想定された役割,言う ならば遺伝コードで区別される。つまり連邦憲法裁判所は基本法制定会議
(Parlamentarischer Rat)により13),名前からみても疑いようなくあらわ れているように,裁判所として─そして裁判所としてのみ─構想され た。その中心的な権限は,過去も現在も様々な種類の事後的な規範統制
(一方では抽象的・具体的規範統制および法規に対する憲法異議という形 の主要問題型規範統制と他方では判決に対する憲法異議という形の付随的 規範統制)である。このような立法者のコントロールのいわば「受益者」
12) たしかにワイマール憲法は─なお,1871年のビルマルク憲法とは異なり─ド イツ帝国のための国事裁判所(1919年ワイマール憲法108条参照)を備えてお り,同裁判所は特定の憲法問題のための制度上独立した裁判所であった。しか し,この国事裁判所は,規範統制(つまり,法律をその憲法適合性について審 査し,そして場合によってはそれを廃棄するという)についていかなる権限も 有していなかった。すなわち抽象的規範統制に関しても具体的規範統制に関し ても,主要問題型規範統制に関しても付随問題型規範統制に関してもいかなる 権限も有していなかった。フランスの諸憲法は,1946年の第 ₄ 共和制まで含め て全く憲法裁判所を持たず,機能的な意味でも制度的な意味でも予定されてい なかった。これについて詳細は,Olivier Jouanjan, Verfassungsrechtsprechung in Frankreich, in: IPE, Bd. VI, 2016, § 99 Rn. 6 ff. (そこではまた,1795年憲法の 審議の範囲で Abbé Sieyès によって提出された,一種の代議制の司法機関であ る「憲法陪審(„ Jurie constitutionnaire“)」 の提案[Rn. 12], ならびに,1946 年の第 ₄ 共和制憲法90条─93条による「憲法委員会(„Comité constitutionel“)」
について扱っている)。
13) 基本法制定会議は,憲法制定国民議会として機能したが,もっとも ₃ つの特 色を備えている。第一に,憲法制定が,西側占領当局の監視下で進められた。
第二に,制定すべき憲法は,西側の ₃ つの占領区域においてのみ妥当し,それ
ゆえ存続するドイツ帝国全体ではなかった。そして,第三にドイツの分裂を考
慮して,過渡的憲法,つまり暫定的なものが作られるべきであると考えられ
た。
は憲法であるといえよう:つまり憲法裁判所は憲法の番人なのである。こ れに対して,憲法院というド・ゴール4 4 4 4 4の発明品は,一方では1799年に設立 され,ヤーヌス(双頭)の制度として行政機関の諮問機能を有すると同時 にまた裁判任務を備えている14),今なお存続するコンセイユ・デタの伝統 の中にあり,そして他方では,憲法院はある種の第三立法部会として機能 し,それゆえ規範統制権限は第一に事前の統制,すなわち,法律案議決後 ではあるが,しかし大統領による法律の認証前,したがって法律の施行前 の憲法適合性統制に限定されていた15)。憲法院4(Conseil Constitutionnell)
とよび,憲法裁判所4 4 4(Cour Constitutionnelle)とはよばなかったことは,
このことを如実にあらわしている16)。この司法統制の主な「受益者」は,
ここでは憲法ではなく連邦大統領のもとにある行政であった。そのため憲 法院は第一に, 当時連邦大統領を務めていた
Michel Debré(1959─1962
年)17)の有名な定式化を借りれば,「議会統制(contre le parlement)」,つ まり「(議会に対する)行政の番犬」として現れた18)。14) コンセイユ・デタについては,Pascal Gonod, Le Conseil dʻEtat et la refondati- on de la justice administrative, 2014.
15) 第 ₅ 共和制憲法61条 ₂ 項参照。また,61条の構造自体がそのことを明らかに 示している。「一般の(„reguläre“)」法律に対する規範統制は,申立てに依拠 しかつ第 ₅ 共和制憲法61条 ₁ 項の拡張のようにみえる。すなわち,61条 ₁ 項に よれば,いわゆる「組織法律(„lois organiqus“)」は,第 ₅ 共和制憲法11条に より人民投票を通じて議決される法律案と同様に,事前にそして職権で(ex officio)憲法院による規範統制に服する。
16) Dominique Rousseau, Pour une Cour constitutionnelle ?, in: Revue de droit pub- lic 2002, S. 361 (371) 参照:「委員会(«comité» ou «commission»)」というあり ふれたものでもなく,「裁判所(«cour» ou «tribunal»)」という威厳あるもので もなく,法的政治的領域には明確な立場で関与しないことを示すたんなる「院」
という名称そのものがすでに,その煮え切らなさをあらわしている。
17) 彼の一番下の息子,Jean-Louis Debré は2007年から2016年まで憲法院の長を 勤めた。
18) たとえば,ごく最近,憲法院のかつての構成員であり現在は法務大臣である
Nicole Belloubet によって取りあげられた。Contrôle a priori, contrôle a posterio-
ri, quelles différences, quelles ressemblances, quel avenir ?, in: Dominique
₂ つの制度の自己理解は,時とともにそれぞれの制憲者の当初の意図か ら遠ざかっていった。連邦憲法裁判所は,─これは強調されなければな らないが,裁判所であるという主張をかつて放棄したこともまた相対化す ることすらなく─連邦大統領,連邦政府,連邦議会そして連邦参議会の ようなその他の国家指導機関と同位にあることを意味することに他ならな い「憲法機関」であると主張することに成功した19)。その一方で,憲法院 は政治的アクターとしてではなく,裁判所として,「憲法上の公権力(pou-
voirs publics constitutionnels)」
20)の一つとして認知されるようになお一層 努めた。 そして憲法院はこれにより一般の裁判権と対話するよう努め た21)。政治的アクターよりも憲法裁判所自身によってより強く進められた 機能と認知のこのような事後的な移動によって,はじめは正反対であった 連邦憲法裁判所と憲法院という互いに対立する制度は多少なりとも接近し た。2 .憲法と憲法裁判の発展
しかし,過去においても現在においても─そして第一次的にも─,
憲法裁判所による自己理解の変化のみが問題なのではない。このような変 動よりも重要なのは,フランスでも,ドイツの法秩序においても第二次世 界大戦後の数十年間でみられる憲法の重要性の増大である。この重要性の
Rousseau/Pacuale Pasquino (Hrsg.), La question prioritaire de constitutionnalité.
Une mutation réelle de la démocratie française ?, 2018, S. 31 (47).
19) これについて基礎となるのは,1952年 ₆ 月27日のいわゆる連邦憲法裁判所の 地 位 に 関 す る 覚 書 で あ る。Die Stellung des BverfG, in: Jahrbuch des öffent- lichen Rechts NF 6 (1957), S. 144 ff.
20) Jouanjan により引用されている Verfassungsrechtsprechung (上記注11) , § 99 Rn. 35.
21) これについて代表的な文献は,Dominique Rousseau/Pierre-Yves Gahdoun/
Julien Bonnet, Droit du contentieux constitutionnel, 11. Aufl. 2016, S. 67 ff., Rn. 63
ff.。Jouanjan, Verfassungsrechtsprechung (上記注11) , § 99 Rn. 22 ff. は,その
点で「憲法の奇跡」について語っている。
増大は,両国でそれぞれの憲法裁判の判決と分かちがたく結びついており,
そして憲法裁判の作用なくして説明できない。同時に憲法裁判はこの重要 性の増大のもっとも重要な受益者であるが,自身の重要性向上はそれぞれ の憲法をいわば風よけとして行われた。
けれどもここですでに本質的にドイツ─フランスの共通点はなくなっ ている。なぜならば,─憲法と憲法裁判の─二重の重要性の向上は,
両国において時間的にも事実上の観点でもまさに異なる形で行われたから である。基本法と連邦憲法裁判所の歴史を,私はここで敷衍する必要はお そらくない。それゆえ,私は若干のキーワードを挙げるだけにとどめるこ とにしたい。基本法制定会議は基本法をもって,その法的性格において,
すなわちその他一切の法を指導する規範階層として重要視されることを特 別な形で,これまでもまた現在もめざす一つの憲法を作り上げた。ワイマ ール憲法の不明確さ,曖昧さ,そして不完全さ─特に立法者の基本権拘 束の不明確さ,基本権の保障次元が明らかでないこと,そして規範統制権 と基本権裁判権の欠如─は基本法によって排除された。この後,憲法 は,その他の法と同様に法であったが,その他の国内法は憲法に厳格に方 向づけられなければならない点で異なるものであった。この拘束力は,連 邦憲法裁判所によって包括的であると同時に継続的に実効化された。連邦 憲法裁判所はさらに追い打ちをかけ,基本法規定,とりわけ基本権を,こ れまで知られていないほど広くかつ遠くまで及ぶ形で解釈し,国家権力の その他の一切の行為に対して貫徹した。連邦憲法裁判所の方向性を定めた 諸判決は,この先例のない憲法裁判所の最初の十年の活動に由来する。つ まり,「エルフェス」判決(1957年)22),「リュート」判決23)そして「薬局」
判決24)(両者とも1958年)により,遠大で,積極的な基本権ドグマーティ クの中心的な構成部分が形成された。1961年に,連邦憲法裁判所は「ドイ ツテレビ」というコンラート・アデナウアー4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4の威信をかけたプロジェクト
22) BVerfGE 6, 32 ff. [1957].
23) BVerfGE 7, 198 ff. [1958].
24) BVerfGE 7, 377 ff. [1958].
を違憲と宣言することで,非常に強力にみえる連邦政府に対しても最終的 にその存在を認識させた25)。1961年以降,まさに次の10年が過ぎ去り─
そして連邦憲法裁判所は若き連邦共和国の法生活における中心的で有力な アクターへと昇進した26)。それ以来の50年余りで,連邦憲法裁判所はその 重要性と受容性を絶えず増大させた。その間に人々は,ドイツ連邦共和国 が,実際にはドイツ連邦憲法裁判所共和国であるとの印象を持つことがで きたであろう27)。
フランスは事情が異なる。1958年の第 ₅ 共和制憲法はその起草者,
Charles de Gaulle
に合わせて作られた。憲法は,あえていえば,第一にそしてとりわけ大統領制への意思を表明した政治文書であった。憲法の保護 は,第一次的には第 ₅ 共和国の大統領自身に委ねられた。すなわち第 ₅ 共 和制憲法 ₅ 条 ₁ 項は,疑いようもなく次のように定式化している。すなわ ち,「共和国大統領は憲法の遵守を監視する」と。Carl Schmittは,(たと え弱められたものにすぎないとしても)この大統領による憲法の番人に満 足したであろう28)。それに対して憲法院の役割は,むしろ61条において,
25) Vgl. BVerfGE 12, 205 ff. [1961] 参照。
26) すでに, 連邦憲法裁判所の10周年記念にさいして,Rudolf Smend は次のよ うにまとめている。「基本法は,いまや連邦憲法裁判所が解釈した形で実際に 妥当し,そして文献は基本法をこの意味で評釈する」(Rudolf Smend, Das Bun- desverfassungsgericht [Festschrift] [1962], in: ders, Staatsrechtliche Abhandlun- gen und andere Aufsätze, 3. Aufl. 1994, S. 581 [582])。
27) これについて,(連邦憲法裁判所の活動開始60周年を機に発表された)代表 的 な 文 献 と し て,Matthias Jestaedt/Oliver Lepsius/Christoph Möllers/Christoph Schönberger, Das entgrenzte Gericht. Eine kritische Bilanz nach 60 Jahren Bun- desverfassungsgericht, 2011.〔マティアス・イェシュテット / オリヴァー・レ プシウス / クリストフ・メラース / クリストフ・シェーンベルガー,鈴木秀 美 / 高田篤 / 棟居快行 / 松本和彦監訳『越境する司法─ドイツ連邦憲法裁判 所の光と影』(風行社,2014年)〕。
28) これについて,Carl Schmitt, Der Hüter der Verfassung (1931), 5. Aufl. 2016.
〔C. シュミット(川北洋太郎訳)『憲法の番人』(第一法規出版,1983)〕。ケル
ゼ ン の 対 案 は,Hans Kelsen, Wer soll der Hüter der Verfassung sein ?, in: Die
施行に先立ち法律が審査へと回される立法部の第三院のようなものと理解 される。第 ₅ 共和制憲法が─基本法がその冒頭におかれた基本権カタロ グと包括的な憲法裁判を備えているのとは異なり─,価値秩序というよ りも主に政治的に把握されかつ政治的に現実化されるべき制度の合意とし て理解されたということは,憲法が1970年代中盤まで大学でもっぱら「政 治制度(„Institutions politiques“)」という科目名で教えられてきたことか らも明らかとなる。─「„Nouveau Droit constitutionnel“(新しい憲法)」
を目指した29)
Louis Favoreu
を頂点とした─「エクス学派」がその呪縛 を解き,そして「憲法(„Droit constitutionnel“)」という講座名を喧伝普 及した30)。フランス憲法と憲法院の展開において重要な第一の道標は,1971年の「結社の自由」手続における判決が打ち立てた。同判決をもっ て,「合憲性の(憲法)ブロック(„bloc de constitutionnalité“)」が戧設さ れた31)。すなわち,これ以降は,もはや第 ₅ 共和制憲法の条文だけにとど まらず,むしろ─1958年憲法の前文における参照を通じて─1946年の 第 ₄ 共和制〔憲法〕 の前文, 人および市民の権利宣言(Déclaration des
Droits de lʼHomme et du Citoyen
─ DDHC)ならびに最終的には「共和国Justiz 6 (1931), S. 5 ff. (今また:Hans Kelsen, Wer soll der Hüter der Verfassung sein?, hgg. von Robert Chr. van Ooyen, 2008, S. 58 ff.) . ─このような大統領に対 する疑念について,Jouanjan, Verfassungsrechtsprechung (上記注11) , § 99 Rn. 4.
29) これについて Didier Maus, Louis Favoreu un missionaire du droit constitution- nel, in: Revue française de droit constitutionnel 59 (2003/2004), S. 461 ff.
30) より詳しくは,Xavier Magnon, Commentaire sous «Le droit constitutionnel, Constitution du droit, droit de la Constitution» de L. Favoreu. Les grands discours de la culture juridique, 2017 <hal-01725353> 参照(以下の URL で閲覧可能であ る https://hal.archives-ouvertes.fr/hal-01725353/document)。 この点について,
画期的な基本書として,Louis Favoreu/Patrick Gaïa/Richard Ghevontian/Jean- Louis Mestre/Otto Pfersmann/André Roux/Guy Scoffoni, Droit constitutionnel, 1.
Aufl. 1998 (mittlerweile in 21. Aufl. 2019, 下記注39)参照) .
31) これについて代表的なものとして, Jouanjan, Verfassungsrechtsprechung (上
記注11) , § 99 Rn. 70;指針となる判決は CC, 71─44 DC vom 16. 07. 1971 ─「結
社の自由(„liberté dʼassociation“)」。
の法律で認められた基本原則(PFRLR)」も,実定憲法に属するものとな った。これによって,基本権もまた憲法院の基準法の一つに数えられた。
法化に向けた第二の重要な進展を,憲法と憲法裁判は2008(2010)年に
「合憲性の優先問題(QPC)」32, 33)の設立により経験した。この
QPC
につ いては後述する34)。法治国家の母国ドイツでは,政治に限界を示しかつ社会変遷のイニシア ティブをとるために,当初から憲法とその裁判上の番人が設置されたのに 対し,民主制の母国であるフランスでは,憲法と憲法院の重要性の増大 に,より手間と時間がかかり,今日までさほどきわだっていないことは明 らかである。憲法院はたしかにその当初と比較すると,明らかに法律家と してのプロフィールを得た─しかし,兄貴分にあたるカールスルーエが 得ている役割,力と受容にはまだ及ばない。
3 .「憲法からの思考」に対する「法律中心主義」
この文脈において,ごく最近までのフランスとドイツの法律学上の世界 観の違いについて手短に述べれば,次のようになる。すなわち,フランス は法律を「一般意思のあらわれ(„expression de la volonté générale“)」,
すなわち民主的に形成された一般的意思のあらわれであるとみなした
32) 文字通りに訳せば,憲法適合性の優越問題となる。この優越性とは,特に憲 法適合性(„constitutionnalité“)と国際法すなわちヨーロッパ人権条約適合性
(„conventionnalité“)との競合にかかわる。EU 法との関係の問題について,詳 細は Jouanjan, Verfassungsrechtsprechung (上記注11) , § 99 Rn. 116 ff.
33) 2008年 ₇ 月23日2008─724号 憲 法 法 律(der Loi constitutionnelle nº 2008─724 vom 23. Juli 2008, JORF nº 171 vom 24. Juli 2008)の29条によって第 ₅ 共和制憲 法61─ ₁ 条として導入された。QPC は2009年12月10日の組織法律(Loi orga- nique nº 2009─1523 du 10 décembre 2009 relative à lʻapplication de lʻarticle 61─1 de la Constitution, JORF nº 287 vom 11. Dezember 2009)によってはじめてその 活動可能な形が与えられた。それゆえ,QPC 手続は2010年 ₃ 月 ₁ 日以降存在 する。
34) これについては,後述 ₅ 。
Jean-Jacques Rousseau
の国である。それゆえ,フランス革命時代以来,法 律が過去も現在も法思想の中心にある。フランスでは首尾一貫して「法律 中心主義(„légicentrisme“)」35), つまり法律からの思考が語られている(あるいは,語られていた)。とりわけ印象的な表現が,1936年に
Arrighi
事件においてコンセイユ・ デタによって採用された「法律の遮蔽理論(„théorie de la loi-écran“)」である。この理論によれば,法律が裁判官と その他の規範,とりわけ法律の上位にある規範─したがってまた憲法36)
─の間に遮蔽(écran)を形成する。 ─少なくとも2010年まで─裁 判官は,法律の憲法適合性に疑念を抱くことができなかった。ようやくこ の見方が,わけても(欧州評議会の)欧州人権条約(EMRK)と
EU
法の 影響のもとで徐々には変化している。ドイツでは全く状況が異なる。1950年代後半以来,連邦憲法裁判所の主 導のもと,憲法からの思考が定着した。これをフランスの「法律中心主 義」を用語上模して,「憲法中心主義」と称することができよう。ライン 川の西岸が憲法を法律の背後へと消滅させようとするのに対し,ライン川 の東岸では法律は,連邦憲法裁判所の意を尽くした統制のもとで,法律が 憲法に適合するまで,連邦憲法裁判所が法律をとことん解釈しそして解釈 しなおす。しかも,あらゆる法適用者,したがってまたあらゆる(審級裁 判所の)裁判官も同様のことを行うのである37)。ここにおいて,憲法とこ
35) まもなく(2019年)刊行される,Ruth Katharina Weber, Der Begründungsstil von Conseil constitutionnel und Bundesverfassungsgericht. Eine vergleichende Analyse der Spruchpraxis, Dritter Teil, § 1 I.1.a) 参照。
36) こ れ に つ い て 詳 細 は,Ferdinand Mélin-Soucramanien/Pierre Pactet, Droit constitutionnel, 37. Aufl. 2019, S. 598 f., Rn. 1573 ff.
37) 詳しくは,Matthias Jestaedt, Phänomen Bundesverfassungsgericht. Was das
Gericht zu dem macht, was es ist, in: Matthias Jestaedt/Oliver Lepsius/Christoph
Möllers/Christoph Schönberger (Hrsg.): Das entgrenzte Gericht, Eine kritische
Bilanz nach sechzig Jahren Bundesverfassungsgericht, 2011, S. 77 (105 ff.).〔マ
ティアス・イェシュテット,高田篤訳「連邦憲法裁判所という現象」イェシュ
テット他(上記注27)65頁以下〕。
れに属する憲法裁判のコンセプトと役割の理解が全く異なることが表現さ れていることは,きわめて明白となったといえよう。
4 .(国内の)基本権の役割
ドイツについては,「憲法からの思考」の代わりに,「基本権からの思 考」と呼ぶのも同じく適切であろう。なぜなら,基本法において国家組織 法の前に意図的にかつ方向をさし示す形で置かれる基本権が,法秩序の憲 法化と一元化のさいに,中心的な役割を演じているからである。基本権な くしては連邦憲法裁判所が,政治的な権力,とりわけ連邦議会と連邦参議 会で形成される立法者に対しても,一般の裁判権に対しても強い立場にあ ることは考えられないであろう。基本権は憲法上の価値評価をすべての領 域へ,それどころか法秩序のすみずみに送り込む媒体を意味している。ド イツ基本権ドグマーティクは,その広さと深さ,その想像力の豊さとその 一貫性に関しては伝説的である38)。ドイツの法曹にとって,基本法の基本 権と連邦憲法裁判所の基本権裁判には,欧州人権条約と欧州人権裁判所
(EGMR)の裁判が「その背後に」ほとんど隠れてしまうほどの圧倒的な 存在感がある。
ここでも,フランスとドイツの非常に強い対比がきわだつ。すなわち,
第 ₅ 共和制憲法自体は,基本権をもたず,むしろ純粋な組織規則である。
(1971年に認められた)「合憲性のブロック」39)を通じてはじめて,1789年
38) 代表的なものとして Jestaedt, Phänomen (上記注37) , S. 119 ff.。
39) これについて詳細は,Louis Favoreu/Patrick Gaïa/Richard Ghevontian/Jean- Louis Mestre/Otto Pfersmann/André Roux/Guy Scoffoni, Droit constitutionnel, 21.
Aufl. 2019, S. 135 ff. Rn. 167 ff.。「合憲性のブロック」というコンセプトは最近 洞察力のするどい脱構築(Dekonstruktion) を経験した。Denis Baranger, Comprendre le „bloc de constitutionnalité“, in: Jus Politicum Vol. X, 2019, S. 125
ff. ─まとめの言葉とともに(156 f. ─強調は原文):「合憲性のブロックは,憲
法適合性審査の参照規範の外延を画するものではない。範囲を定めるとされて
いる想像上の境界の外側で物事が起こり,その内側で起こることは法源とその
解釈方法との間の限定的な関係に何ら関わらない闇に包まれたものである以
の「人および市民の権利宣言(DDHC)」が今日の法適用者の視野に入っ てきた。国内基本権の解釈と適用は,フランスでは遅くとも1974年の欧州 人権条約の批准をもって,しだいに拡大しているストラスブールの欧州人 権裁判所の判決の陰にかくれている。欧州人権裁判所は,最近では ₁ 年間 に47締約国からの50,000件以上の手続を処理している40)。一般の裁判権に とって,「条約適合性審査(contrôle de conventionnalité)」,つまり法行為 が欧州人権条約の規準に合致するか否かの審査は,法行為の合憲性に関す る審査である「合憲性審査(contrôle de constitutionalité)」よりも何倍も 信頼され,深化しそして重要視されている。フランスにおいて欧州人権条 約という(国際)人権が人および市民の権利宣言という(国内)基本権を 凌いだといわれるとしても決して誇張ではない。これもまた,フランスに おける憲法院の重要性のあらわれとその帰結である。
5 .権限:手続様式
憲法一般そして特に基本権の憲法裁判所による展開の広狭を決定するの は,とりわけ裁判官という憲法の番人に判断を求めることができる手続様 式である。
基本法にとって,次の ₂ つの決定が基礎的でもあり特徴的でもある。す なわち,一方では(事後的)規範統制,他方では判決に対する憲法異議に
上,裁判官がその任務として『ブロック』に含まれる参照規範を作り用いてい ることを,合憲性のブロックは示していない。『合憲性のブロック』と呼ばれ るものは,実定法による客観的与件ではなく,フランス憲法訴訟のイデオロギ
4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4ー
4である」。
40) 2016年から2018年においてフランスに関して以下の件数は „judicial forma- tion“ の手続によって受理されそしてこのうち判決という形で決定されたもの を示す(括弧内はドイツにおける同様の件数である)。2016年916/27件(676/19 件);2017年887/17件(586/19件);2018年871/37件(489/23件); 数字は Eu- ropean Court of Human Rights, Analysis of statistics 2018, 2019, S. 28 und 30によ る(以下の URL で閲覧可能である https://www.echr.coe.int/Pages/home.aspx?
p=reports&c=#n1347956867932_pointer)。
関する決定である41)。ワイマール時代の経験を二度と繰り返さないため,
基本法制定会議は憲法裁判所を設け,これに「司法審査(„judicial review
“)」,すなわち法律統制の権限を与えることを決定した。これによって基 本法は ₁ 条 ₃ 項において宣明されている立法者の拘束を,実効的な裁判上 の統制により強化した。〔以下で掲げる〕 ₄ つの方法で連邦憲法裁判所は 議会制定法を事後的に(つまり施行後に)その憲法適合性─そして,と りわけその法律が基本権に反しないか否か(比例原則のぬきんでた役割を もって)─を審査することができる。第一に,抽象的規範統制である。
これは,厳密に限定された範囲の政治的権力が─もちろん期間に拘束さ れることなしに─提起することができる42)。第二に,あらゆる裁判所 は,その手続に判決を下すためにある法律の有効性が問題となる場合には その手続を中止して,連邦憲法裁判所に具体的規範統制という手段で判決 にとって重要な法律が基本法の規準を満たすか否かという問題を移送する ことができる43)。第三に,あらゆる基本権享有主体は,法律によって自分 自身について直接かつ現在,基本権が侵害されているという主張をもって
₁ 年以内にいわゆる法規に対する憲法異議を直接法律に対して提起するこ とができる(もっとも憲法異議の補充性ゆえに,この手続はめったに適法 となることはない)。そして最後に,専門裁判所の判決に対する憲法異議
(判決に対する憲法異議)の枠内で,その判決が根拠とした法律の憲法適 合性問題が付随的な問題として生じうる44)。この最後の手続,すなわち判 決に対する憲法異議は,同時に基本法のもとでの第二の原則決定(1951年 にはじめて連邦憲法裁判所法─
BVerfGG
をもって下された)を意味する。すなわち,連邦憲法裁判所は原則として国家権力のすべての行為を,それ ゆえまたそしてまさに他の国内裁判所のすべての判決についてその憲法適
41) 連邦憲法裁判所の権限の(完全ではないが)リストアップは,法13条にあ る。
42) 基本法93条 ₁ 項 ₂ 号,および2a 号,法13条 ₆ 号(および6a 号)。
43) 基本法100条 ₁ 項,法13条11号。
44) 基本法93条 ₁ 項4a 号,法13条8a 号。
合性を統制し,そして場合によっては破棄することができるための決定で ある。これによって連邦憲法裁判所は─すでにオーストリア憲法裁判所 との対比で強調されたように─その他の裁判(権)の上位に位置する。
けれども,これだけではない。実体法上,判決に対する憲法異議により,
量的な観点でも質的な観点でも,連邦憲法裁判所は判断が求められれば,
あらゆる通常の裁判手続での基本権遵守を確保することができることにな る45)。この方法で審級裁判所は,どのように基本権を解釈しそして基本権 を通常の法律において実効化するかについて十分な実地訓練を受けること になる。
「合憲性の優先問題(QPC)」をもって憲法院に事後的な4 4 4 4,つまり法律 の施行後に憲法適合性の統制をする権限が委ねられるには,2008年(2010 年)まで待たなければならなかった。とはいえ,順を追ってみると,次の ようになる。憲法院が存在した最初の50年で,(頻繁ではないにせよ)最 も重要な手続様式が法律の事前統制であった46)。これによれば議会により 議決された法律は,公布前に,共和国大統領,首相または両議院のうち一 方の議長により ₁ か月以内に(緊急の場合 ₈ 日以内に)憲法院に憲法適合 性審査を求めることができる(いわゆる
DC
手続)47)。事前統制に限定す ることによって,立法者は─総じて「法律中心主義」の意味において45) Jouanjan, Verfassungsrechtsprechung (上記注11) , § 99 Rn. 108 (Rn. 120もみ よ)は以下のことを指摘するが,これは正当である。すなわち,個人にあらゆ る裁判判決の違憲性を攻撃することを認める個人の憲法異議の存在が,ドイツ とフランスの憲法裁判システムの間の「決定的な相違」である。つまり,フラ ンスでは,専門裁判所が憲法裁判所への移送を判断するさいに当事者によって 利用できる権利救済の可能性を専門裁判所に認めさせるいかなる手続も存在し ない(これについては,なによりも文言上明確である)。
46) 憲法院の多様な ₄ つのカテゴリーに分けることができる権限について詳細 は,Jouanjan, Verfassungsrechtsprechung (上記注11) , § 99 Rn. 39 ff.
47) DC は,„décision de conformité“ (憲法適合性についての判断)を意味する。
これについて詳細は Jouanjan, Verfassungsrechtsprechung (上記注11) , § 99 Rn.
56 ff., bes. 62 ff.
─敬譲を受ける。なぜなら,時間的に限られ,それに加えて法律がその 適用においてどのような影響を及ぼすかについて一切見ることなく行われ ざるをえない統制は,その表面性ゆえに,あまり厳格ではなく,そして効 果的ではないためである。2008年の憲法改正で,「合憲性の優先問題
(QPC)」が導入された48)。QPCは一方で審級裁判所が憲法院に,判決に とって重要な法律が憲法に適合するか否かという問題を移送することを可 能にし,そして他方で憲法院にはじめて事後的な憲法統制権限を認める。
QPC
はドイツ法による具体的規範統制(基本法100条 ₁ 項)に似ている。それは,フランス憲法史における ₁ つの革新であり,「法律中心主義」(か らの方向転換とまでいえるかどうかはともかくとして)の少なくとも部分 的な疑問視を意味するといっても過言ではない。もっとも, ₂ つの重要で ないとはいえない制約があることに口を閉ざすべきではない。すなわち第 一に,QPCは ₂ つの最上級裁判所,すなわちコンセイユ・デタあるいは 破棄院のうち一方を経由してのみ憲法院への途を認める。つまりどのくら い多くのそしてどの
QPC
に憲法院が応答しなければならないかについて は, ₂ つの最上級裁判所の手中にある。そして第二に,事前手続において 法律の憲法適合性を認める判決がある場合,この判決はQPC
手続におけ る法律に関する新たな判決を阻止する。これによって,のちに行われる事 後統制を避けるために首相がいわば用心にDC
手続における事前統制とい うより危険のない手段を選択するということが一部で行われる49)─この 戦略は,反テロ法との関連でみられた─。そして第三にQPC
の範囲で 対応すべき憲法適合性の問題を「憲法で保障される権利と自由」(„droits48) 上記注33参照。
49) 2018年12月31日までに受理された992件の DC 手続のうち,180件のみが首相 のイニシアティブによるものである。そうはいってもこれは全体のうち18,1%
にあたる。これに加えて,すでに憲法院によって合憲であると宣言された法律
規定に対する一事不再理(„non bis in idem“) が QPC 手続の妨げとなってい
る。Rousseau/Gahdoun/Bonnet, Contentieux constitutionnel (上記注21) , S. 199
ff., Rn. 223 ff.
et libertés que la Constitution garantit“)に限定することができる。つまり,
たとえば立法権限あるいは立法手続の問題はここでは対象とはなりえな い50)。このような制約にもかかわらず,QPCという方法での事後的な法 律統制の導入によって,憲法院を真の憲法裁判所にする,新たな性質をも つ,非常に効果的な立法行為の憲法適合性統制へのアプローチが採用され た。
6 .手 続 件 数
先に権限と手続様式について語ったことは,連邦憲法裁判所と憲法院の 手続件数という統計上の観点により,裏づけられる。憲法院は,1958年か ら2018年までに総計5,769件の判決を,そして2018年には合計523件の判決 を下した51)。連邦憲法裁判所における手続件数(受理件数)は1951年から 2018年までに約238,000件に達しそして2018年には5,600件弱である。1951 年から2018年までに約235,000件が処理されたが,そのうち,約210,500件 の手続については(法廷あるいは部会)の判決が下された。2018年では処 理数は約6,200件を数え,そのうち約5,600件の判決が下された。憲法院の 場合は,DC手続(抽象的事前法律統制)が773件(1958─2018年)あるい は19件(2018年) に達し, そして2010年以来設けられた