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1.「反原発運動」の中の障害 ・ 奇形フォビアをめぐって

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はじめに

 本小論では,3.11東日本大震災後の倫理への課題を考える問題意識の中で,

「ポスト ・ フクシマと応用倫理学」のテーマのもとに,「福島で被曝した男女 のリプロダクティブ/ライツ」の主題について考えたい。リプロダクティブ

/ライツの議論をいわゆる「権利論」の範疇にとどめることなく,より広く 21世紀の性/生政治をめぐる新たな思想的原理を模索する問題意識の中に据 えなおしたいというところからは,議論は,70年代以降の女性運動と障害者 運動の関係の総括から,現在の科学技術と身体,いのちとからだを取り巻く 生権力について,さらに21世紀のエコロジカル ・ フェミニズムの可能性とそ の思想的パースペクティブを問うといった課題まで錯綜的にふみこむことに なる。

 最初に本小論の論題にアプローチする上での私の「応用倫理学の構え」に ついて触れたい。以下の引用は,奥田太郎の最新著『倫理学という構え―

応用倫理学原論』からの一文であるが,応用倫理学における方法論的な視点 を考えてきた者として概ね共感できる発言である。

倫理学という営みは,誰に対してどのような立場から語るのかについて 自覚しながら,実際に生じている個々の倫理問題に牽引されて自分の倫 理学を作ることである。そのためには,既存の方法である学術論文によ

ポスト ・ フクシマと応用倫理学

―福島で被曝した男女のリプロダクティブ/ライツをめぐって ―

金 井 淑 子

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る議論の洗練も必要だが,非方法としてのエッセイ(会話の活動と連動 したエッセイの思想の具体的な遂行)によって会話の世界と学問の世界 とを仲立ちすることが不可欠である。(奥田 2013:242 傍線引用者)

 本書で奥田は,倫理学の探究者の構えにとって「思慮ある傍観者」になる こと,「異なる層の間を何度も往復する知的構え」,さらに当事者性問題につ いて,いわゆる倫理的問いの対象となる事柄の「当事者」「非当事者」という 問題構図に対して,もう一つ「非当事者的当事者性」という立場性を立てて 議論し,「非当事者的当事者性」の立場こそが倫理学の探究者にとっての基本 的な構えとすべきものであるという提案に及んでいる。

 さて,倫理学的探究をする者にとって,「3.11東日本大震災」,とりわけ「ポ スト ・ フクシマ」の状況とどう向き合うかは,今を生きる者の倫理への問い において不問視できない問題である。レベル7のチェルノブイリと同規模あ るいはそれを上回るともいわれる東電福島原発事故は,放射性物質が直接的 な被災 ・ 被曝当事者だけではなく,空間的にも時間的にも広範囲に影響を及 ぼす,〈核災害による構造的な人災〉(若松 2012)とすべき災害であった。こ の「核災」が残した自然 ・ 社会 ・ 身体への深いダメージ,とりわけ「いのち の継承性」に関わるところで抱え込んだ放射能へのリスク不安は,被曝者に いつガン化するか分からない不安や恐怖を与え,さらに数世代にも及ぶ「線 量計とともに生きる」重い困難な生活を人びとに強いることとなった。我々 の生きる意味世界を一変させたといっても過言ではない。

 本小論では,この「核災」によるリスク不安の「いのちの継承性」に関わ る根源的な問題として,「福島で被曝した男女のリプロダクティブ/ライツ」

について取り上げ,彼らの性と生殖の権利において「出生前診断による胎児 の選別的選択」を容認しうるか否かについて論じたい。

 「私,子ども産めますか,結婚できますか?」― 福島の14歳の女の子の この問いを前にして,倫理学の探究者として,さらにフェミニズム研究者と いう立場性においても,このリプロの問題と向き合うことを避けては通れな

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いだろうと考えるからである。

 リプロの権利とは,90年代以降の国際人権の取り組みの中で大きく浮上し てきたセクシュアリテイや身体に関する自己決定権と人権に関する新たな水 準としてコンセンサスを得た「性と生殖に関する健康/権利(リプロダクティ ブ ・ ヘルス/ライツ)」(以下,リプロ権 ・ リプロの権利と略記することもあ る)である。

 このリプロダクティブ ・ ヘルス/ライツの表記は,国連や政府機関等のも のであるが,女性運動側は,この権利には,女性の中絶の自由権を含む身体 ・ 性 ・ 生殖にかかわるより広い権利すなわちリプロダクティブ ・ フリーダムを 法で基礎づけたものという認識から,ヘルスの前にライツを立て「リプロダ クティブ ・ ライツ/ヘルス」と表記することがおおい。リプロの表記をめぐ る政策と理念のポリティクスがあることを付言しておきたい。

 被曝が胎児にもたらす影響について,われわれはチェルノブイリ事故後の 膨大な疫学的データに基づく情報や知見を知りうる世界を生きている。ポス ト ・ フクシマという状況はそういうことを意味する。現在の被曝した男女に とっては,自らの身に起こりうることは(もちろん放射線の被曝による人体 への影響についての不可知の領域はまだ多々あるのだが),14歳の子どもにも かなりの程度予測できることである。

 「核災害によって被曝した男女」のリプロの権利として,人為的に傷つけら れた子の出生を回避するための,いわば緊急避難権として,中絶の自由は認 められるべきではないか。本小論が提起したいのはこの一点にかかっている。

しかしこの出生前診断による選別的中絶をめぐる問題については,女性運動 と障害者運動の間の深い論争的な対立構図がある。そのことは十分認識した うえで,しかしポスト ・ フクシマの状況が突きつける倫理的課題において,

「核災害によって被曝した男女」のリプロの権利の中に,出生前診断による選 択的中絶を位置付けることはできないか。この問題にあえて向き合ってみた いと考えたのである。

 ところでポスト ・ フクシマのリプロの権利について考えようとする時,我々

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の前には一つの出発点として立岩テーゼとされるものがある。

 それはすなわち,出生前診断による選択的中絶をめぐる障害者解放運動と 女性解放運動との間で非和解的対立構図を作ってきた問題であり,さらに生 命倫理とフェミニズムの間でも論争的課題とされてきた問題に対する一つの コンセンサスである。女性の自己決定権と優生的選別的中絶というきわめて デリケートな問題について,これまでの両者の間には,女性の中絶の選択に ついては妊娠を継続するか中断するかの選択は胎児を宿している女性の選択 にゆだねられるが,出生前診断による中絶の自由はその限りではない。出生 前診断の結果による中絶は女性の自己決定権に無条件には帰属しないとする 考え方があった。中絶に関する二段階論ともいうべき立岩真也によって立て られたテーゼである。

 この権利が「女性の権利/人権」のどのような新しい水準を開拓したかを 顧みる。それとともにポスト ・ フクシマの状況,すなわちレベル7を超える チェルノブイリの原発事故に匹敵する東電福島原発事故によって高濃度の放 射性物質が飛散しその被害を受けた福島の人々の健康の権利にどのような課 題を投げかけているかについて考えたい。

 そしてこのポスト福島の「被曝した若い男女のリプロの権利」という論題 について,奥田が言う「非方法としてのエッセイ」によって会話の世界と学 問の世界とを仲立ちすることを実践してみたいのである。おりしも私はこの かんある場面で「反原発運動」の中の障害者差別や,女性たちの「母」意識 に依拠した反原発運動への疑問を「障害当事者」の立場から鋭く提起してい る女性と対論する機会があった。この場面は,妊娠人工中絶をめぐる生命倫 理と女性の自己決定権,優生思想と障害者差別,科学 ・ 技術と身体の新たな 統制など,倫理学探究のまさに凝縮された事例であり,私自身にとって「私 の倫理学を創る」臨床的な意味ある現場として位置付けうるものであった。

本小論の「応用倫理学」への問題意識と重なる発言については,本稿と前後 して進めてきた拙稿(金井 2014)を参照されたい。

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1.「反原発運動」の中の障害 ・ 奇形フォビアをめぐって

 対論のお相手は米津知子さん(以下敬称略)という,生後2歳で罹ったポ リオの後遺症で車いすの生活をされている女性で,障害者解放運動と阻止連

(優生保護法阻止連絡会)を中心とする女性運動の両場面に深く関わってきて いる方である。3.11以後の状況では「反原発」の立場から積極的な活動を続 けている。その中で「反原発運動」に潜在する「障害者差別」に対する強い 危惧を表明するとともに,女性による反原発運動の言説が「母として」に括 られることに対する批判にも及んでいる。

 反原発運動が女性を中心とする,とくに子どもを抱える若い母親たちによっ て担われている現状の中で,メディアがことさらにそれを「福島のお母さん」

と強調する形で発信する傾向がある。若い母親たちを運動に突き動かしてい るものが,放射能に対して抱く奇形や障害のイメージであり,まさにそれを メディアが煽るような状況を作っている。そのことに対する強い違和感の表 明である。

 おそらく二つの問題はつながっていて,米津の批判の眼目は,反原発が障 害者フォビアに結び付けられたり,反原発運動の担い手=福島のお母さんた ちのイメージを増幅し,それがマジョリティの障害者イメージや反原発運動 に対する一面的な見方を作っているとする,メディア批判としてなされたも のである。しかしこの米津の発言も,障害者運動と反原発運動さらに障害者 運動と女性運動という対立構図を「反原発」内部に持ち込むことにもなりか ねない。対論は,共通の目的の前に立っているはずの,障害者と女性運動の,

この二つの反差別運動内部に生じている「矛盾 ・ 対立」を解きほぐすという 趣旨で行われたものであった。私に求められていたのは,倫理学の場面とフェ ミニズムの側にある立場から上記のような米津の危惧にコミットしコメント するということである。

 この場面で「反原発運動」に潜在する「障害者差別」として米津が具体的 に言及したのは,「みえないばくだん」という脱原発 ・ 反原発を謳った動画と

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絵本である。映像の発表と本の発売と同時に,賛否両論の議論と,障害者運 動からの強い反発を招いた作品であった。作者は「たかはしよしこ」さんと いう主婦の立場の女性で,福島後の子どもたちの「被曝の未来」を深く憂え てブログに出した文章が反響を呼び起こし,「かとうはやと」さんが絵をつ け,それが動画化されユーチューブに流れさらに絵本となったという経緯で あるらしい。作品には一人の女の子が登場するが,その子は原発事故の時に 生まれ,生まれつき人と手の形が違っている。動画にはその子の悲しみが物 語られている。もちろん著者は,この絵本がいますでに起こっている話(福 島の原発事故)に限定しているわけではないと断り,書いた動機を〈何世代 もの地球の子どもたちが,海へ,森へ,笑顔で手を繋ぎ走れるように〉とい う思いからであることを,記している。

 しかし批判は,かなりセンセーショナルな形でブログや週刊誌のコラム欄 で起こり,「偏見と差別の絵本『みえないばくだん』」,「福島差別を醸しだす もの」という批判を産んでいる。この作品が,主婦であるこの作品の著者を 含む無知な母親たちの扇情的な放射能デマであり,福島差別であり,若い母 親たちを不安に追い込むものであるというものであり,むしろ原発推進側に とっては恰好の「反原発」運動叩きとして,マジョリティの不安を「反原発」

から離反させる動きとなって現れる。

 ここで一つ思い起こされるのは,日本の反核 ・ 反原発運動で,かつて80年 代のチェルノブイリ事故後にやはり一主婦の投げかけた手紙が運動の高揚の きっかけとなっていることである。手紙はチェルノブイリ事故の原発をめぐ る様々な深刻な問題を訴え,人類は原子力と共存できないことを,母親とし て「いのち」の視点で切々と語ったもので,87年に月刊『湧』増刊号として 出されたブックレットが口コミで広がって50万部のロングセラーになって反 原発運動の場で読み継がれている。このブックレットに加えて,2006年に,

19年経ったいまの思いを収録したのが,甘蔗 珠恵子著『まだ,まにあうのな ら―私の書いたいちばん長い手紙』(2006)である。

 この甘蔗の発言の時は,問題の舞台がチェルノブイリであり「福島差別」

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というような批判はなかったし,また当事のメディア状況には現在のブログ やツイッターなど SNS メディアもなくメデイア批判という形もとらなかっ た。しかし甘蔗の反原発の立脚点が「母親として」「いのちの視点で」にある とすることに向けられた,フェミニズム ・ 女性運動内からの甘蔗批判は起こっ ている。それがこんにちに至るまで,日本のフェミニズムの場面での「運動 の中の母性主義批判」として,女性によって担われる運動に持ち込まれる線 引きとしてステレオタイプ的になされる一つの批判のスタイルになっている。

 ポスト ・ フクシマの反原発運動の場面でも,メディアによってことさらに 強調される「福島のお母さんによる反原発運動」という反原発運動のイメー ジの歪曲に対する批判と重ねあわせて,フェミニズム側からの「運動の中の 母性主義批判」は出ている。したがってそうした「批判のあり方」,つまり批 判が結果として女性内部に分断を持ち込み運動の力を弱めてしまう結果にな ることへの危惧から,反差別運動内の批判の作法という問題がまた一つの課 題として大きく浮かびだされることとなった。私の米津の発言に対する危惧 もこの点に関わっているものである。

 すなわち米津の「反原発運動」に潜在する「障害者差別」に対する強い危 惧,それは「みえないばくだん」が「原発が怖い」理由を「奇形の子どもが 生まれるから」というイメージを喚起する映像としてネットの動画に流れ,

また子ども向けの絵本としてまで出回っていることにむけられたものである。

メディアがばらまくそうした「障害不幸神話」に強い疑義を呈し,米津自身 は,障害をもつ自らの生を決して不幸だとは思っていない。そのゆるぎない 信念から,「障害不幸」神話を無くし,さらに反原発運動と反差別運動との間 にある矛盾と対立を「力」に変える発言をしているというものである。

 もとより米津は,甘蔗の発言が日本の反核 ・ 反原発運動の場面に呼び起こ した波紋も,女性運動側からの甘蔗に対する「運動の中の母性主義」批判も 十分承知しているはずである。したがって自らの発言の,「反原発運動」に潜 在する「障害者差別」批判が,反原発運動側にまた女性運動内に亀裂を持ち 込み運動の力を削ぐことになりかねないことも自覚しているはずである。し

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かしそれを踏まえてなお,障害当事者としての米津には,「反原発」への人び とのモチベーションが,人を害する原発に対する恐怖と拒否としてそれがま た障害 ・ 奇形フォビアにつなげられ,障害をもった人も恐怖と拒否の対象と されてしまうことについては,絶対に譲れぬ一線として,「障害者差別」であ るとする強い危機感を呈しているのである。

 米津の主張は以下の二点,すなわち,「母に括られずいま私を傷つけてい る」という立場からの,「私」を主語とする反原発であるべきことと,被曝が 胎児にもたらす可能性は情報公開されるべきということになろう。要するに,

「未来の子どものためではなく,今の私のために原発と闘う」ということであ り,「原発事故の危険性は徹底暴露せよ」ということである。なぜ米津がこの 二点にあえてこだわるのか。その理由についての説明は以下の通りである。

「母」ではなく「私」を主語とする運動は,被曝によって胎児に障害が 現れるときは,すでに生まれている人間も被曝している。あるいは,す でに生まれている人が被曝した結果として胎児に障害が現れる。「将来の 胎児」にこと寄せると,すでに生まれている人―今,私が被曝してい る事実と恐怖が,見えにくくならないか。私が害されているという恐怖 をもって,怒った方が好いのではないか。

原発をめぐる言説で,女性が「母」に括られることを私たちは批判する が,括られ利用される「母」と,現実に妊娠出産し子育てしている女性 は同じではない。また,「母」は,家父長制的な社会を安定させる要素だ が,女性本人にも,存在価値を自認する要素として内在する。そして,

①妊娠出産育児することは,多くの女性の一生のうちの/依存の,一部 としてある。今,②母の立場で発言したい人はいて,その必要もある。

それを批判するものではない。この込み入った問題は容易には解けない。

多くの人とたくさんの議論が必要だ。「子のため」ではなく「私自身」の ために原発反対を言うことは,女性が自分よりも他者を優先する役割 に括られるのを返上する,ほんの小さな提案だ。

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被曝の影響の情報公開とともに「障害をもった人や胎児に原発の恐怖を 重ねない,妊娠出産する人を追いつめない,差別を深めない工夫」「障害 をもつ人に肯定的な情報」,「障害をもつ人が必ず存在することを前提と した社会への展望を同時に発信する」人を求めることを忘れない。(米 津,レジュメより,傍線と①②は金井)

 障害当事者である米津の上記の主張に異論を呈することは難しい。当事者 に一般論,正論でこられれば,「健常者」は何も答えることができない。米津 の結論は,「未来の子どものためではなく,今の私のために原発と闘え」,「原 発事故の危険性は徹底暴露せよ」ということである。私もこれに特に異をさ しはさもうというものではない。基本的には米津と同じ方向をむいているつ もりである。しかし私もあえて「それでもなお」というぎりぎりの文脈で,

米津の主張に違和を呈してみたいと考える。それは米津の上記引用に傍線を 付したところに関係することであって,米津の主張は基本的に「一代主義」

ではないかということ,また①からは,米津が,女性にとっての母の位置づ けをミニマムに捉えようとしているように思えることからである。

 しかし私は逆に,「反原発」には「一代主義」の思想を超える視点が不可欠 とされるであろうこと,それ故にまたフェミニズムにとっての母の位置付け ・ 意味付けの再考がいま切実に問われていると考えているのである。「未来の子 どもたち」のためにこそ,また「原発事故の危険性」の負荷が一世代で終わ るはずもなく,次世代 ・ 未来世代にまで及び,さらに人間世界への影響にと どまらない自然界全体を道づれとする「生態学的惨事」であるからこそ,「反 原発」には,もはや「私」一個の主体が傷つけられたといった立場性を超え る視点が必要とされる。「私」一個を超えてむしろ「生命の再生産」・「いのち の世代的継承」に関わる「母」という立場性を前面に立てる必要がある。

「女」という主体において「反原発」運動の前に立たなければならないの ではないかと考えるからである。

 それが,「私,子ども産めますか,結婚できますか?」という件の福島の14

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歳の女の子の問いの前に立とうとするときの,前提となるのではないか。そ こからさらに,ポスト福島の「被曝した若い男女」の生において,出生前診 断による選別的中絶の選択を彼らの選択肢の一つに担保していくリプロの権 利への視点が必要となっているのではないかということを,あえて問題提起 していきたいのである。

 もとより「女」という主体の立て方にも,「被曝した若い男女のリプロ の権利」という考え方にも,障害者運動 ・ 女性運動の両サイドから強い反発 が返されるであろうことを重々承知の上で,しかし「反原発」には「一代主 義」の思想を超える視点が不可欠とされることを提案していきたいのである。

 このように考えれば,じつはここでの私の発言は米津に向けられるものと いうよりは,私自身が一翼を担ってきた日本のフェミニズム ・ 女性運動の現 在に対する自己言及的な問いを含む発言でもあるということになろう。フェ ミニズムが,3.11後,とくにポスト ・ フクシマの状況において,女性運動内 に走るさまざまな亀裂や対立さらに現実からの問いに対して,これまでのフェ ミニズムの理論で果たして応えうるのかという,根本的な疑問からのもので ある。

 運動の中の母性主義批判にしても,女性の中絶権と出生前診断について交 わされた議論を通って至り着いた「立岩テーゼ」についても,いまポスト ・ フクシマの状況においては,現実に動いている女性/母親たちの行動や考え 方の評価にそれが教条的に持ち込まれれば,女性運動内にさらにいたずらに 分断を持ち込むことにもなりかねない。

 実際,「1986/2011」チェルノブイリ/フクシマ後の世界を「リスク社会」

という視座から捉える美馬達哉の言葉を借りれば,福島の女性たちの行動は,

放射能の人体に及ぼすリスク危害に対して,国家も企業もまったく責任を取 ろうとしない中での,「リスク社会のなかでの安心を求めて,ある種の企業家 的主体として自己責任のもとにリスクをマネージメントしなければならない」

状況に立たされている中での,逃げ場のない選択としての行動であるだろう。

しかもこうした「リスクの個人化」の進む中で,福島の女性たちは,県外母

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子避難した母も,地元を動けず線量計測しつつ子育てする母も,日々リスク への予防的闘いを強いられ,しかも互いに対立し孤立している。

 〈いのち〉への感度を高めることと放射能への感度とが矛盾しあう関係の中 で,子どもを被曝から守るという〈いのち〉の感度すらも優生思想と非難さ れかねない現実を生きることを強いられている。県外避難先で不自由な生活 を余儀なくされ「福島差別」まで受けつつ被曝から子どもを守ろうとする母 も,さらに福島にとどまる母に向けられる「なぜフクシマを離れないのか,

逃げないのか,子どもを殺す気か」といった批判の中に立たされる母たち,

このどちらの「母」をも,彼女らの行動 ・ 選択を誰が何の資格で「母性主義」

や「優生主義」といった言葉で批判 ・ 非難できようか。

2.被爆 ・ 被曝リスクとどう向き合うか?

 「みえないばくだん」が描く映像が「障害不幸」の負のイメージを増幅し

「原発への恐怖」をシンボル化するものとする米津の批判に少しだけ立ち返り たい。この発言には,障害者差別を問うことと明らかに人災である「核災」

被曝による障害の発生リスクを回避することとの間の混同があるのではない かと思われるからである。これら二つの間は,問題の位相が異なるのではな いか。そもそも障害者を取り巻く現実は,米津のように「障害者であっても 幸せ」と言える状況からはほど遠く,大方の障害者もそれを支える家族や周 囲もたいへんな困難を強いられているのが現実である。したがって,障害が 不幸でない社会の実現を目指すことは,理念としては言えても,現実には難 しい。だから障害を回避したいと思うマジョリティのもつ願望は一朝一夕で 変えられるようなものではない。だからこそ障害不幸神話の払拭は障害の社 会モデルにおいて徹底的に追求されなければならないのだが,他方で,障害 や奇形の発生につながる確率の高い「核災」は絶対に回避しなければならな い課題でもある。であるならば,であるから,「みえないばくだん」や,チェ ルノブイリから25年後のベルラーシで起こっている放射能被曝の影響を描い

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た「チェルノブイリ ・ ハート」が伝える世界は,チェルノブイリ後に起こっ ているまさに「核災」の現実なのであり,その現実の無残さを伝えるために,

「障害 ・ 奇形フォビア」の感情に訴える映像が使われることがあっても,必ず しもそれを否定的にだけみることはできないのではないかということである。

実際,「チェルノブイリ ・ ハート」の映像のもつインパクトを,山崎眞紀子は 以下のように記している。

映画「チェルノブイリ ・ ハート」の衝撃は,実に筆舌に尽くしがたい。

この映画では,放射能という目に見えない人体に有害な物質が,知らぬ 間に体の中に取り入れられ遺伝子や細胞を傷つけ,その結果受けた健康 被害が映像という目に見える具体的な姿となって映し出されている。心 臓に穴があいた状態で生まれる赤ちゃん,脳が後頭部にもう一つの頭ほ どの瘤となって流出している赤ちゃん,同じく肝臓や腎臓などの内臓が 腰に袋状のものに包まれ下垂し,足は小さく細く奇形化した赤ちゃん,

下肢や指先が象のように大きく腫れた子ども,甲状腺は放射性物質のヨ ウ素を取り込みやすい性質があり,若い世代に甲状腺癌が多く発症して いる。また,甲状腺はホルモンバランスを崩すためか精神障害施設に収 容されている子どもたちも多い。悲惨なのは,親に捨てられた障害を持 つ子のために,チェルノブイリ事故以前にはなかった遺棄乳児院が建て られ,そこには収容人数を超えた遺棄された子どもが所狭しとばかりに いる。このような目も覆うばかりの姿が映し出される。上映は R12(一 二歳以下鑑賞制限)がつけられているが,確かにあまりにショックが大 きい。二六年前の大惨事がもたらした結果が,目の前の映像につきつけ られる。この映画を観れば,原子力発電が「安全で安価」だとは誰もい えないだろう。また,同時に,フクシマ問題は直ちに全国民が考えて早 急に解決をはからなければならない問題であることを再認識させられる。

(山崎 2012:87)

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 いま急速に3.11,フクシマの「収束」が政治的に推し進められている。「福 島」がなかったことにされようとしている。そうした状況だからこそ,いま 喫緊に問われているのは,こうした映像によるインパクトの強い可視化の手 法を取り入れることも含めて,3.11を風化させないということではないか。

東日本大震災の地震 ・ 津波 ・ 原発事故をどう記憶にとどめ,どう記録し続け るかということではないか。その一つの試みとして,この地域一帯を歴史の 教訓として残していくことも合わせた取り組みの中に,福島を位置付けてい くということも考えられる。チェルノブイリがいま,原発事故の悲劇のダー クツーリズムのシンボル的なスポットとして位置付けられつつあるように,

フクシマにもまたそうした位置づけと取り組みが問われているのではないか。

「プロメテウスの火」を弄んだ人類が創りだした「原発 ・ 核」技術の招いた大 惨事のまさに墓場の象徴として,福島原発第一号機 ・ 第二号機は巨大な石棺 として封印し,広島の原爆ドームと並ぶ人類の負の遺跡として遺すというこ とが(東編 2013)。

 すなわち「1986/2011」というこの記号から浮かび出されているのは,

チェルノブイリ/フクシマ後の世界を「リスク社会」という視座から捉える ことであり,このリスク社会というまなざしからは「〈大地震〉を特別なでき ごとと見なすのではなくリスク社会に繰り返し登場するリスクの一つとして 考える」ことが問われているという問題である(美馬 2012a,2012b)。リス ク社会を生きる我々の社会の,福島後の世界について,これから起こりうる こと,とりわけ晩発性とされる放射能の被爆 ・ 被曝の影響を,チェルノブイ リは人類史が経験した悲劇を我々の前に疫学的にも示してくれているという ことが何を意味するのかをより可視化していくことが問われている。

 「1986/2011」を「チェルノブイリ ・ ダークツーリズム/フクシマ ・ ダー クツーリズム」という文脈に位置付けて見るならば,原発の脅威を奇形フォ ビアという言葉で語ることも,そうした映像によって原発の怖さを伝えてい くことも必要とされる場面もあるのではないか。表現だけ柔らかくし言い換 えたりして表現を PC(ポリティカル ・ コレクトネス)化しても,映像を衝撃

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性の少ないものに置き換えても,それで障害者が差別される現実が変わると は考えにくい。むしろ差別が隠蔽されてしまう危惧のほうが強い。障害者差 別の問題は徹底的にまず,「障害の社会モデル」の文脈において,「福祉モデ ル」「医療モデル」も含めた取り組みにおいて,「障害=不幸」ではない生の あり方が権利付けられるべきであろう。そしてそれは,あくまでもこの世界 に到来した存在の「偶然性」の受容という思想において権利づけられるもの であるべきであろう。

 むしろポスト福島の状況において我々にしかけられている「みえないばく だん」は,「バイオ社会化する生権力」による新たな身体の統制が,「医療テ クノロジーと遺伝子技術さらに新たに強化されつつある進化生物学,そして メディアの根本的な変化」などによって「優生学的な選択への欲望」を肥大 化させている現実ではないか。そこに生起している,「ソフトな優生的な問 題」とどう対峙するか。どういう運動 ・ 思想を対置することができるかとい うことではないか(金井 2013:94)。そういったことこそが問われるべきこ とではないか。

 本小論が論題に立てようとしている「核災害による被曝者のリプロの権利」

における出生前診断による「選別的中絶」の是非問題も,まさにこの「ソフ トな優生的な問題」に関わっている。実際,被曝者認定という形で,福島の 被曝者の間に線引きが持ち込まれている現在,福島の被曝当事者の生と身体 ・ 性と生殖の自己決定を,国家の統制からどこまで自由 ・ 自律的に担保しうる かという問題は,身体と生権力との関係の新たなステージを予感させるもの である。

 しかも「核災害による被曝者のリプロの権利」といったこのような課題を 立てること自体が,現に政策的に進行している「リスクの個人化」と「障害 の発生予防」の動きの中では,紙一重でそうした政策的な動きに回収されて しまう危うさを伴うものであることはいうまでもない。すなわち被曝者から の障害児の発性予防として出生前診断の選択へ誘導(20cc の母体血液による 新型出生前診断の導入),被曝者の中に「認定患者」と「非認定患者」の線引

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きを入れ,「認定患者」の証明をもつものに対する補償と非認定患者の切り捨 てという事態が進行している。「リスクの個人化」と災害補償の認定患者への

「身体の統制管理」という形で分断を持ち込み進行しつつある政治的状況とど う対峙するか。以下では,ポスト福島の「被曝した若い男女のリプロの権利」

をというきわめて危うい問題に踏み込んでいきたい。

3. 「被曝男女のリプロの権利」と,中絶 ・ 出生前診断をめぐる「立 岩テーゼ」

 「私,子ども産めますか,結婚できますか?」 福島の14歳の女の子のこの 問いに立ち戻ろう。福島で被曝した男女のリプロダクティブ/ライツとして

「出生前診断による選択的中絶」は容認しうるか。

 いうまでもなく「福島の被曝した若い男女」の,子どもを被曝から守るた めに「県外避難した母親 ・ 留まった母親たち」さらに「市民の線量計測定運 動に立ち上がった母親たち」の運動,かれらの切羽詰まった思いからの行動 が実際には「反原発運動」のうねりを作ってきたこと,その思いにどう連な るか。政権交代後急速に追い込まれている「反核 ・ 反原発」戦線の立て直し においては,立場の違いを超えて運動の輪を広げていくことが,思想と運動 の「総動員」には不可欠であることであった。福島の女/母の「緊急避難権」

として位置付けておきたいということであった。

 女性の中絶の自己決定については,「胎児を『他者』たらしめるかどうかの 決定権は胎児を宿している女性に委ねるしかないという意味で,中絶の自己 決定を含む女性の性と生殖の権利を認めていく」という前提に立つ。しかし 出生前診断については,この決定が「生まれ出てくるであろう,すでに『他 者』になっている存在に関するその者の性質を前提にして決定する行い」で ある以上,それは「他者の存在を想定しつつ他者を決定することであり,他 者が他者であることを奪い取る」ものであると考える。したがって,出生前 診断による中絶は自己決定とは言えない。リプロダクティブ ・ ライツの理念

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には含まれないとするものであった。ここでは,「胎児の質の決定に関与しな い,選択をしない自己決定」「出生前診断 ・ 選択的な中絶をしない」という自 己決定権を積極的に立てていく必要があるという主張である(立岩 2013,金 井 2013:96)。

 この立岩テーゼの前提に立てば,「被曝した男女の出生前診断による胎児の 選択的中絶の自己決定」の是非をめぐる議論は,そもそも成り立たない。議 論として持ちだすことはタブーに踏み込むことになる。しかしポスト福島の 状況において,さきの福島の14歳の女の子の声に向き合おうとするならば,

どうしてもこのような課題設定まで踏み込まないわけにはいかない。

 「福島の女/母たちの中絶」は,立岩理論にしたがえば,限りなく「出生前 診断」を経た後の中絶に近く,したがって,女性の自己決定としては許容で きないことになる。だが他方で,立岩理論は妊娠における〈いのち〉の到来 の「偶然性」という前提から,いのちの質を選ばないとする思想 ・ 哲学を導 いている。つまりそこにはある程度「自然」が前提にされているのである。

そのように考えれば,核によって〈いのち〉の出来の「自然」が失われたい ま,すなわち,立岩テーゼは「核災」後も果たしてそのまま適用できるのか という疑問が立てうる。ここに,私と米津とが立岩理論を共有しつつも(重 なり),適用すべき段階として想定している状態に異なりがある。この場合当 然,核によって傷つけられた女/母たちの身体への感度が高ければ高いほど

「自然」を想定することができなくなる。いのちの到来の「偶然性」という自 然を前提とした立岩理論の拡張的解釈の余地がここにあるのではないか。私 はそこから「緊急避難権」としてのリプロ権を提案しようとしているのであ る。

 ちなみに,現行の母体保護法の枠内でも,レイプによる望まない妊娠をし た女性のリプロの権利について,法で以下のように規定している。すなわち 母体保護法第14条,一項の二の規定するところの「暴力若しくは脅迫によっ て又は抵抗若しくは拒絶することのできない間に姦淫されて妊娠したもの」

が適用される。この法の定める規定の文脈においても「核災」による生殖の

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自然の破壊を受けたものには選択的中絶をまさに「緊急避難権」として許容 すべきではないかということであり,それはとりもなおさず,憲法13条の「幸 福追求権」の範囲内であるはずだからである。現行の法適用の枠を拡張し解 釈権の余地を残しておきたいということなのである。

 これによれば,福島で被曝した男女は,核によって身体に不測の攻撃を受 けその結果あらかじめリプロの権利を侵害された状態にあるのだから,生ま れてくる子の状態について事前に知りうるならば出生前診断によって妊娠継 続か中断かの選択をすることができるという選択肢は,かれらのリプロの権 利としうるのではないか。被曝した男女の出生前診断に基づく中絶の選択を かれらのリプロの権利として位置付けることができないのかという問いを投 げかけているのである。

 核災が女 ・ 子どもの身体 ・ いのちの脆弱性めがけての攻撃であるとすれば,

高線量の放射能被曝によって生殖の自然に破壊的な暴力を受けその結果とし て高い蓋然性を持って起こりうる障害児の発生予防的対応を,被曝男女が個々 のレベルでのリスク管理としてリプロの権利の中に位置づけることは,必ず しも「障害者差別」「優生思想」として非難することはできないのではない か。

 かつて70年代の女性運動が,女性の中絶の権利と優生保護法をめぐる攻防 の中で立てた「女わたしのからだは女わたしのもの,産む ・ 産まないは女わたしがきめる」(大 橋 1986)のスローガンに託した要求水準は,現在の,リプロダクティブ ・ フ リーダムの考え方の原点をなすものである。国家に対する自らの性 ・ 生殖 ・ 身体の自由としてのリプロダクティブ ・ フリーダム,これをいまポスト ・ フ クシマの被曝男女の出生前診断へのアクセス権にまで踏み込んで立てる。そ れに対して,優生的選別であるとか障害者差別であるとかの批判を招かない ためには,21世紀のリプロの権利の地平を支える思想的文脈が問われる。

 前節で以下のように述べた。「未来の子どもたち」のためにこそ,また原発 事故の危険性の負荷が,次世代 ・ 未来世代にまで及ぶ,人間世界への影響に とどまらない生態学的惨事であるがゆえに,もはや「私」という一人の主体

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が傷つけられたといった立場を超えて,むしろ「生命の再生産」・「いのちの 世代的継承」に関わる「母」という立場性を前面に立てて「女」という 主体において,「反原発運動」の前に立たなければならないと。反原発は「一 代主義」の思想を超える視点を問われている。「母」を担保しておく必要があ るのだと。

 私は米津のように「障害当事者」の立場に立つことはもちろんできない。

私の「産む性」である「女わたし」に依拠してフェミニストとして倫理学の探究者 としてという立場性は,まさに「非当事者的当事者性」ということになろう か。誰に対しての私の「非当事者的当事者性」からの発言となったのか。お そらくすれ違いはここにあると思われる。したがって前節ですでに触れたよ うに,「違和」というのも,米津に向けられるものというよりは,私自身が一 翼を担ってきた日本のフェミニズム ・ 女性運動の中に根深く存在する「運動 の中の母性主義」批判に対してであるというべきであろうとは考えている。

 福島の被曝した男女が「産む」ことについて抱えている深いジレンマ,「産 む」ことが予め禁止されているような空気,「フクシマ県外差別もあるだろう から県人同士で結婚すれば良い。だが子どもは産まないようにしろ」とクギ を刺される彼女/彼らへ思いを馳せながら,彼らにとってのリプロダクティ ブ ・ ヘルスの権利とは何か。この点に焦点化するところからならこの問題へ の私なりの発言のポジショナリティも立てることができるのではないか。

 以下,リプロの権利をより広い文脈から定義づけるために,「女わたしのからだ」

からの解放と,〈生態学的危機〉と〈エコロジカル ・ フェミニズム〉について 検討したい。

4.生態学的危機とエコロジカル ・ フェミニズム

 米津との対質を通して,私の議論がポスト ・ フクシマのフェミニズムにお いて「母」を担保していくことの意味がより鮮明になりつつあり,さらに生 態的自然の子宮という身体の内なる生態的危機を結ぶところに,エコロジカ

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ル ・ フェミニズムの新しい地平を拓くべきことを提唱することの意味が明確 になりつつある。ポスト ・ フクシマの被曝男女のリプロの問題は,いわゆる

「権利論」の文脈だけでなく,21世紀のエコロジカル ・ フェミニズムの思想的 地平として「女わたしのからだ」から「女のリプロの権利」へという課題とし て立て,改めて,ポスト ・ フクシマの状況,核災害のもたらす生態学的自然 の危機と反原発運動における「母」の位置づけを検討することに向かうこと となろう。

 私の議論がポスト ・ フクシマの思想において「母」を召喚していくことの 意味を再確認するところに,さらに「生態的自然としての子宮」という身体 の生態的危機を結ぶところに,エコロジカル ・ フェミニズムの新しい地平を 拓くべきことが見えている。ポスト ・ フクシマの被曝男女のリプロ権はこう した大きな思想的文脈に位置付けるべき主題なのではないか。21世紀のエコ ・ フェミの思想的地平として,「女わたしのからだ」から「女の身体性」としての リプロの権利へという課題として,である。

 米津は女にとっての母の経験の意味付けを女の経験の一部として見るべき と言うが,私は逆に,女の経験にとっての「母」の部分を切り詰めるのでは なく,むしろ,この「母」から広がる世界が「生活世界」や「食の世界」さ らに「ケア ・ 世話の世界」に深く関わっているということに着目することに よって,現在の「反原発」に連なるさまざまなレベルの運動意思を束ねる思 想的な紐帯というべきものを描き出すことができるのではないかと考えるか らである。

 そしてエコロジカル ・ フェミニズムの今日的意義と可能性を問おうとする 時,なによりもいま私たちの前には,日本の科学史女性研究者 ・ 綿貫礼子に よるポスト ・ フクシマへの深い警鐘を踏まえた「エコロジカル ・ フェミニズ ム」創成に向けたメッセージが遺されていることに注目したい。2012年に逝 去し遺言となった以下の綿貫の声に耳を傾けてみよう。

 「フクシマ以前の世界に私たちはもう戻れない。『脱原発』とは,原子力を 減らし自然エネルギーを増やしていくという,単なるエネルギー政策上の問

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題ではない」。「脱原発を『新しい思想』として根本に据えることは,価値観 の転換を意味する。その新しい価値観のもとで未来を設計する中でしか,真 の『希望』は生まれてこないであろう」。女性の視点によるチェルノブイリ25 年間の研究を集大成した,綿貫の編著あとがきの言葉である。

原子力発電所で事故が起き,放射性物質が放出されれば,大気 ・ 土壌 ・ 海洋 ・ 水系という生態系を汚染する。過酷な原発事故は,まぎれもなく 人災としての「生態学的惨事」を生じさせるのである。しかし人間の身 体は従来の医学で捉えられていたような,生態系に対して独立して閉じ ている存在ではなく,解放系としてその生態系とつながっているのであ る。そして未来世代を宿す子宮はさらなる内なる生態系として,外なる 生態系とつながっているのである。「生態学的惨事」とは,そのような時 空を超えて未来の生命にまで影響を及ぼすものなのである。(綿貫 2012:

201傍線は金井)

 最後にまさに遺言としての「伝え続けたい言葉」において,「過酷な原発事 故」は,まぎれもなく人災としての「生態学的惨事」を生じさせるものであ ることに言及する。人間の身体は従来の医学で捉えられていたような,生態 系に対して独立して閉じているのではなく,開放系としてその生態系とつな がっている。そして未来世代を宿す子宮はさらなる内なる生態系として,外 なる生態系とつながっている。さらに「二○世紀においてエコロジーとフェ ミニズムが『エコロジカル ・ フェミニズム』として結びつき,さらに新しい 思想を形づくっている」ことに触れ,綿貫は自らが「その流れを共有する女 性」であることを述べ,次のような発言につないでいる。

日本を含め世界でも,このエコロジカル ・ フェニズムの思想が底流に渦 巻いている二一世紀に入り,衝撃的なフクシマ原発故が発生したとみな してよいと思う。いまだ継続中のこの事故の体験の中から,日本で,そ

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して世界中で生まれ出てきている「核のない世界を求める声」が「反原 発の思想」という名の新しい思想として創造されることを私は願ってい る(綿貫 2012:201)。

 この綿貫の「エコロジカル ・ フェミニズム」「反原発の思想」の提唱の背景 には,チェルノブイリの「事故後に生まれた子ども」世代は,私たちにとっ て未来からの使者であり,未来の「エコロジカル」な様相を背負って生 まれてきた人たちであるという認識がある。

 「(未来からの使者である)生まれてきた彼らが私たちの世代に合流してき たわけで,彼らはこの四半世紀の間,未来について,言い換えると,彼が受 けてきた子宮内での出来事について,身をもって私たちに指示してきたので ある。沈黙という語りの中で……。私たち世代はそのことを見過ごすわけ にはゆかない。私たち世代が為してきた戦後の科学至上主義社会の生き 方を問い返し,これからの科学技術をどう選択するのかというとき,ヨナス の言う『責任があり……義務がある』という言葉はそのまま私たち自身にも はね返ってくる」(同191)のだとする認識である。綿貫がここで引くハンス ・ ヨナスは,ドイツ生まれの,ハイデガーやブルトマンの実存主義思想の系譜 にある哲学者であるが,ヨナスの名を世界に知らしめた著書となったのが,

自然 ・ 人間 ・ 環境の関係について論じた『責任という原理 科学技術文明の ための倫理学の試み』であった(ヨナス 2010)。

 さらに綿貫が反原発の思想という新しい思想の創造にとって自身が一番依 拠できる思想家としてあげるのが,アメリカの女性科学思想史家キャロル ・ マーチャントの名であり,マーチャントが「今日のエコロジーの運動が近代 以前の有機的な世界と歴史的に結びついてその価値や概念を呼び覚ますこと になった」その歴史観に触れている。このマーチャントの表現を借りれば,

日本における「脱原発の思想」が,生物はもとより無生物に至るまで,その 中に「神」を見る「八百万の神」という「アニミズム的思考の価値や概念を 呼び覚まして」創り上げられるものではないかという見解を提示しているの

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である。

 綿貫の「遺書の言葉」の「世代間倫理」「生態学的倫理」やさらにアニミズ ム的な世界観まで呼び込んで語られるエコロジカル ・ フェミニズムのスケー ルの大きさ,その中から私が日本のエコロジカル ・ フェミニズムの創生にとっ て最も核としたい発言は,本節冒頭に引用言及した「未来世代を宿す子宮は,

さらなる内なる生態系として,外なる生態系とつながっている」とする観点 である。いまポスト ・ フクシマにおいて,「女の身体性」が置かれている リスク不安とは,未来世代を宿す子宮がまさに内なる生態系としての自然と,

外なる生態的自然との「紐帯」として,核災の「負荷」を一身に負っている ということにある。

 ここで21世紀のエコ ・ フェミの地平を問うにあたっては,1980年代日本の フェミニズムの場面に登場しかけて消えていったエコ ・ フェミの不幸な経緯 について触れておく必要があろう。さらにもう一つ,これは前記した米津た ちの運動とも深く関係する,1970年代の日本のフェミニズムの中の「阻止連」

の運動から獲得されスローガン化された「女わたしのからだは女わたしのもの,産む ・ 産 まないは女わたしがきめる」の思想的含意を,ポスト ・ フクシマの生権力による新 たな身体の統制に抗する主体の模索という問題意識から受け止めなおす必要 があるということにある。

 ここで言う日本エコ ・ フェミの不幸な経緯とは,1980年代なかば青木やよ ひによって提唱され芽生えかけた「エコロジカル ・ フェミニズム」が,1980 年代エコフェミ論争まで引き起こしたが,しかし日本のフェミニズムの母性 主義批判の中では,青木の主張が,女性性 ・ 女性原理主義 ・ 母性主義という 図式の中に位置付けられ,思想的潜勢力が日本のフェミニズムの場面で正当 な評価位置づけを得られないままに終わったという事情を指す。

 それゆえに21世紀のポスト ・ フクシマのエコフェミの創成にとっては,青 木の問題提起を掘り起こしつつ上記の綿貫からのメッセージを深く受け止め たところからの再構築という作業になるであろうということ。さらに言えば,

70年代以降の日本のフェミニズムの場面で女性解放運動が取り組んだ「優生

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保護法改悪阻止運動」の中で獲得された「産む ・ 産まないは女わたしが決める」の スローガンに託された課題を21世紀ポスト ・ フクシマの状況にどう引き継ぐ かが課題となっているということである。

 なぜ青木のエコフェミは日本のフェミニズムに根付かなかったのか。いく つかの要因が考えられるが,一つには青木の発言の背景にあった,当時近代 産業社会批判の急先鋒に立つ論客であったイヴァン ・ イリイチの「反近代」

「女性原理」といった思想に対するフェミニズム側の反発と抵抗感を招いたと いうこと(イリイチ 1984),また青木の近代批判の根底にあるナバホ ・ イン デアン社会の宇宙論的世界観についても同じくフェミニズムには共有されに くいものであったことが挙げられよう。当時の日本のフェミニズムが中心的 な主題としてきた「母性」批判の文脈においては,青木のエコ ・ フェミのもっ ていた文明論的な射程や反近代への視座は否定的にしか位置づけられず,結 果的にエコロジカル ・ フェミニズムの芽が摘み取られ日本のフェミニズムの 表舞台から消えていった。現在,反原発運動の中の母性主義批判も80年代日 本のフェミニズムの場面で起こったエコ ・ フェミ論争ともけっして無関係で はない。なお論争については,日本女性学研究会企画集団編(1985),日本女 性学研究会フェミニスト企画集団編(1986),青木やよひ(1986)に詳しい。

 こうした経緯もあり,四半世紀を経た現在,そのかんにチェルノブイリの 原発事故があり,さらに今回のフクシマ原発災害を経験した日本社会におい て喫緊の課題とされるエコ ・ フェミの創生であり,上記の綿貫による遺言的 なメッセージが示唆するところは少なくない。彼女が提起するエコ ・ フェミ へのエッセンスとは,様々な公害(核の軍事 ・「民生」利用によって生じる被 曝を含む)問題から,心身と環境の相関関係を捉えることにある。それゆえ に女性性や母性の問題はエコ ・ フェミにとって,身体の問題の次に来る問題 であって,綿貫に対する「エコ ・ フェミ=女性性と母性」という批判はいさ さか的外れなのではないか。むしろ私自身は,綿貫の心身と環境の相関関係 を捉えるという視点を共有しつつ,内なる自然としての身体と環境として自 然との二つの自然をつなぐ思想原理をどう立てうるかが課題だと考えている。

(24)

この問題は,私自身の本稿に寄せた関心と関わるテーマとして近年取り組ん でいる「ケアロジーを創る」「ケアの思想を編む」という課題とも深く関わっ ているからだ。20世紀後半のエコロジー研究領域の登場に匹敵する大きな思 想動向として,21世紀の喫緊の思想的課題としてケアロジーの構築を位置付 け,「人間存在のヴァルネラビリティ」と「自然 ・ 社会のサステナビリティ」

をリンクさせるところに,ケアロジーの構築とエコロジカル ・ フェミニズム の再興さらに思想 ・ 哲学としてのフェミニズムの可能性を問いたいと考えて いる(金井 2012a,金井 2012b)。

5.21世紀の「エコロジカル ・ フェミニズム」再興 ・ 再考へ―

運動 ・ 思想のさまざまな文脈から

 綿貫の心身と環境の相関関係を捉えるという視点を共有しつつ,内なる自 然としての身体と環境として自然との二つの自然をつなぐ思想原理をどう立 てうるか。エコフェミニズムの中の「母」「母なるもの」「母の領域」「母の経 験」「母の身体性」といった言葉に共感するフェミニストたちの間からの発言 や動きも,管見ながらいくつかの文脈から確認できる。とりわけ注目したい のは,女性が「母親」としての経験から語ることや,自立できない他者 ・ 子 どものために母親たちが立ち上がる意味について共感的な発言がさまざまな 場面から見られることである。私自身の発言にも言及されている,「母」への 関心に向けられたいくつかの識見を取り上げたい。

 フェミニズムから一定の距離をとりつつフォイエル ・ バッハの身体論を研 究してきた河上睦子は,3.11後の発言を,「食」の放射能汚染の問題から解き 起こし「母たちの苦しみ」に言及する。現代の科学技術 ・ 産業技術の事故が 引き起こす「環境問題」において「食」にかかわる苦しみもまた決して小さ いものではないこと,「食」の問題は「いのちの苦しみ」であり,いのちを育 み育まれた家畜や田畑,海,自然,ふるさとを失うことと一緒になって,生 きることの深い悲しみがフクシマに広がっている,と,また日本のエコフェ

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ミについても以下のように発言している(河上 2012:10-11)。

日本でも最近,こうしたエコフェミニズムの母たちの視線に共鳴する見 解がみられるようになった。たとえば,他者の生存への共感と配慮(ケ ア)は女の本性ではなくとも,その経験の蓄積は圧倒的に女性にある。

そうした経験を踏まえた女性の視点は,女性自身の自己主張と何ら対立 するものではない(伊田久美子)。女性が「母親」として語ることと社会 全体が性別役割分業体制にあることを批判することとは,何ら矛盾する ことではない。「母親」としての経験が「女」全体の経験を代表するわけ ではないにせよ,「母親」としての経験から語る言葉を社会は評価すべき である。放射能という目に見えない脅威に対して判断する能力が欠如し ている子ども(=他者)の安全を守ることができる「立ち位置」に母た ちはいる。自律的に行動できる(可能性のある)存在として,自立でき ない他者たちのために,母たちが立ち上がることは,性別役割分業をア ・ プリオリに肯定するということを意味していない(古久保さくら),と 語っている。(同 28)

 他方で,フェミニズム文学批評の場面からも,これまでのフェミニズムに おいて「母」がタブー視されてきたことについても,以下の発言に見られる ように,エコフェミの創生を射程においた「いのち」「母」の位置づけへの言 及が見られる。

これまで家父長制下での母性拘束の中で苦しみ,戦争中に母性が国家に 利用されたこともあって,母性神話の解体は女性解放の要であった。し たがって,母の問題を取り上げることは,いわばフェミニズム思想にとっ てアキレス腱のようなものである。だが,「母の領域」の課題を,「いの ちの係留点として女性の身体性を捨像しない,いのちの時間軸が関わっ た身体性の主題として位置づけたい」という金井の主張に,私は賛同し

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たい。「女(わたし)のからだ」から,「母 ・ いのち」を切り捨てず,し かし「女(わたし)」も明け渡さずに,世界と向き合う思想の構築の必要 性,生命を産み出す「母」をあえて「いのち」と命名する姿勢に,新た なフェミニズム思想の地平が見えてくる。近代科学文明の象徴かつ最先 端である原発により,いのち(生存)の危機にさらされ,地球破壊に至っ た今日だからこそ,痛切に響いてくるフェミニズム思想といえるのでは ないだろうか。

私たちは何と,自然や母性からの離脱を志向した近代主義的フェミニズ ムとも通底する森崎 ・ 石牟礼,田中,金井らの「いのちへの視座」は,

三 ・ 一一以後のフェミニズムの方向性を示すものであり,いのちの循環 に立ち返って,家族や共同体,自然や母性について考え直してみるフェ ミニズム批評を,アジアの一点である日本から,あらためて発信してい きたい。

近代日本の夜明けとともに開始された女性解放の言説も,もはや一世紀 を超えた。今,近代の終わりを生きている私たちは,その主張を押し進 める一方で,「~からの解放」をも超えて,そろそろ女の身体 ・ 発想に根 ざし,立脚する思想構築が求められているのではないだろうか。それこ そが,脱原発の世界へ,地球救済に繋がる道であるように思う。(長谷川  啓 2012:98-99 傍線は金井)

この危機に際して,「産む性」という概念を抽象的で硬質な理論先行で語 るのではなく,痛みを伴った体験としてより現実的に素朴に語る場が必 要とされているのではないか。それが,人間も自然の一部であると改め て捉えなおすことや,多様な立場の人々と真につながっていく方途にな るのではないかとも思っている。近年のフェミニズム運動にあっては,

「産む性」そのものを肯定的に語ることが阻まれてきたように感じてい る。そこには,「母である」という存在のあり方と自己否定的にしか向き 合えなかったフェミニズムの家父長制批判の問題(金井淑子)が存在し

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ていると思う。「母である」ことを過大評価する必要はないが,否定する 必要もない。私は,人間のいのちが,ひいては生き物全て,地球そのも のの存続が危ぶまれているこの危機的状況の今こそ,「産む性」という立 場から〈3 ・11〉以後の状況を見据えてみたいのだ。(矢澤 2012:59)

 上記のような金井に対する肯定的な言及にもうながされて,いま少し,母 の主題,リプロの問題,エコフェミの21世紀的地平を,ポスト ・ フクシマの 倫理的課題の中に措え直して,性/生権力への抵抗の主体について考えたい。

おわりに 生の統制への蜂起  ジャンジャン産んでやる! 

愚行の権利の行使

 リプロダクティブ ・ フリーダムとは,おそらくは,ポスト ・ フクシマ後に 進行している,新たな「生権力」の女性の身体の統制,「リスクの個人化」と いう形で進行するさまざまなポリティクスに対抗する思想的 ・ 理論的拠り所 となるものであろう。それは女性の身体の統制にとどまらない,科学技術 / 医療 ・ 資本が渾然一体化した生権力のもとで「バイオ化する身体」(粥川 2013)

が,いのちやからだという言葉で捉え返される身体の自律性や全体性をどう 担保していくかという問題に関わることである。

 生権力の発動 ・ 統制の新たな段階 ・ 水準があり,そこに起こった3.11,フ クシマである。「リスク管理の個人化」の状況においていまどのようなことが 起こっているのか。美馬達哉は次のようにいう。

リスクのコントロールや予防的介入の精密化とその帰結の評価のあいま いさを前にして,なおも人々は,リスク社会のなかでの安心を追い求め て,ある種の起業家的主体として自己責任のもとにリスクをマネージメ ントし続けるしかないのだろうか。

そうではない。もう一つの可能性として存在するのは,確率論的リスク

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計算もシナリオ分析も役立たなくなるリスクの不確実性化のなかで,国 家や専門家によって提供される「正しい」とされたリスクの解釈に,人々 が必ずしも従わなくなるという事実だ。リスクを計測して可視化させて いくだけでなく,人々は「愚行の自由」という権利を駆使し,そのリス クを解釈し,意味づけ,発信することもできる。そのとき,国家を後ろ 盾とした専門家たちやリスクを生み出した産業によって買収された既製 のマスメディアによって流される情報は打ち捨てられ,Twitter などの ソーシャルメディアでつぶやかれる「風評」や「デマ」を頼りに,自分 なりのやり方での行動を人々が起こし始める。そんなふうにして開始さ れるリスク社会への「蜂起」を,なんとしても避けるべきリスクとみる か,もう一つの世界に向けて開かれたチャンスとみるかは,立場性によ る。

そういえば,三 ・ 一一に関して日本政府が唯一毅然たる態度を一貫して 示し続けたのは,人々を無用の被曝から保護することではなく,風評と パニックへの恐怖と反対であった。(美馬達哉 2012a 傍線は金井)

 美馬のこの発言に挑発されて,「女のからだ」からこの状況になにがなしう るか。何をなすべきか。ここでどうしても取り落とせない視点 ・ 原点とすべ きスローガンがある。それは70年代の優生保護法の改定(女性運動側にとっ ては女性の中絶権を事実上封ずることになる「改悪」以外のなにものでもな い)の中から獲得された「女わたしのからだは女わたしのもの,産む ・ 産まないは女が決 める」「産める社会を生みたい社会を」の二つのスローガンである。

 日本の女性運動の場面で女性の中絶の権利をめぐって国家のとる優生保護 政策による女性および障害者にかけられる身体の統制に対する闘いの中から 獲得されたものである。一方で女性から中絶の自由を奪い女性の身体を産む 性に統制し,他方で障害者の発生予防から障害者に堕胎を義務付けてきた法 律によって,女性運動と障害者運動が厳しく対峙しその非和解的対立を通し て,障害者の産む権利を組み込んだ「産む ・ 産まないは女わたしが決める」の主張

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