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()『言語の研究』一号二〇一五年七月

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全文

(1)

はじめに   本稿は、 国宝 『源氏物語絵巻』 (以下、 『絵巻』 ) の詞書 (以下、 『絵 巻 』 の 詞 書 を 「 詞 書 」) の 仮 名 表 記 に 関 す る 考 察 を 行 お う と す る も のである。

  「詞書」

の本文を翻刻し、 整訂し、 読解しようとするとき、 「詞書」 に は 明 ら か な 誤 字 ・ 脱 字 ・ 衍 字 が あ り 、「 詞 書 」 が テ キ ス ト と し て 成立しない部分がある。また、仮名表記が歴史的仮名遣いと一致し な い 箇 所 も あ る 。 さ ら に 、「 詞 書 」 に お け る 変 体 仮 名 の 運 用 に は 、 ある規則性が見出される場合がある。

  そこで、 本稿は、 「詞書」 の文字表記に関して、 とりわけ、 誤字 ・ 脱 字 ・ 衍 字 ・ 歴 史 的 仮 名 遣 い と の 不 一 致 に つ い て 調 査 し 、「 詞 書 」 に使用されている変体仮名の全容を明確にしたうえで、さらにその 変体仮名の運用の規則性について検討する。

  資料には、徳川(一九七一)を使用する。用例は変体仮名の字母 で表記し、改行箇所は/で、判読不能の箇所は□で示す。また、私 に表記を改めた校訂本文を併記する。 竹   部   歩   美 国宝『源氏物語絵巻』詞書の仮名表記について       ―読解上の問題点と変体仮名の運用― ( ) 『言語の研究』一号 二〇一五年七月

一. 『絵巻』に関して

  『絵巻』は、

『源氏物語』 (以下、 『物語』 )が成立してから約一〇〇 年後、 平安時代末に成ったと言わ れ

(1

、『絵巻』 の 「詞書」 は、 『物語』 からの抄出であるとされ る

((

  現存する『物語』は写本のみであり、かつ、その書写年代は鎌倉 時代を遡ることはない。 ゆえに、 平安時代末に作成された 「詞書」 は、 『物語』の抄出であるとはいえ、現存する源氏物語の写本の中でも 最古のものということになる。

紫」 (手直しの施された絵のみ)と、個人蔵の詞書の断簡がある。 これらが国宝に指定されている。また、東京国立博物館所蔵の「若   『 絵 巻 』 は 、 現 在 、 徳 川 美 術 館 ・ 五 島 美 術 館 に 所 蔵 さ れ て お り 、   作 成 さ れ た 当 初 の 『 絵 巻 』 は 一 〇 ~ 二 〇 巻 か ら 成 り 、 八 〇 ~ 一〇〇場面が描かれたとする 説

((

があるが、現存するのは、次に示す 二〇場面と八つの断簡のみである。

   常夏 (断簡) ・ 若紫 (断簡) ・ 若紫 (絵のみ) ・ 末摘花 (断簡) ・ 蓬 生 ・ 関 屋 ・ 絵 合 ( 詞 書 の み )・ 松 風 ( 断 簡 )・ 薄 雲 ( 断 簡 )・ 少女(断簡) ・蛍(断簡) ・柏木(断簡 一

((

)・柏木(断簡二) ・柏

(2)

木 (一~三紙) ・ 横笛 ・ 鈴虫 (一 ・ 二紙) ・ 夕霧 ・ 御法 ・ 竹河 (一 ・ 二紙) ・ 橋姫 ・ 早蕨 ・ 宿木 (一~三紙) ・ 宿木 (断簡) ・ 東屋 (一 ・ 二紙)

  本稿が資料とする徳川 (一九七一) には、 右のうち、 常夏 (断簡) ・ 宿木 (断簡) が収められておらず、 影印を確認することができない。 そ の た め 、 本 稿 は 、 右 か ら 常 夏 ( 断 簡 )・ 宿 木 ( 断 簡 ) を 除 い た も のを『絵巻』 、「詞書」と呼び、考察対象とする。

 

二. 「詞書」にある文字

箇所で延べ語数約五六〇〇、異なり語数約一三二 〇

が激しく、判読が困難である。八四二行の「詞書」は、判読可能な 行中の一行目~七行目と鈴虫二の第三紙全一六行の下部全体は傷み   「 詞 書 」 は 、 全 八 四 二 行 か ら 成 る 。 こ の う ち 、 薄 雲 ( 断 簡 ) 一 三

、一二四六六字 から成る。

  判読可能な文字一二四六六字の内訳は次のとおりである。なお、 文字種と文字数は、見せ消ち・補入・併記の場合もすべて含めてい る。

   仮名…一一九三六    漢字…二三 一

   反復記号…二九九

  と こ ろ で 、「 詞 書 」 に は 、 翻 刻 ( 文 字 を 判 読 ) す る 際 に 、 疑 義 の 生じる箇所が二か所ある。 二.一. 「まり」と「より」

   1右尓心与世給天尓之乃於末部尓/ 〓 利天 侍尓〈竹河二、 八⑪〉

    (右に心寄せ給(ひ)て、西の御前に 〓 りて 侍(る)に。 )   用例1の二重傍線部の〓を、 これまでの翻 刻

では、 清水 (二〇一一) が「より」とし、その他は「まり」としており、判読のしかたが分 かれている。

  『源氏物語大成校異篇』

本文 (以下、 『大成』 ) では当該箇所が 「よ り」 であることから、 「詞書」 の書写の際に 「よ (与) 」 と 「ま (末) 」 を混同したとも推測される。

  しかし、用例1の〓は「末」と見える。仮名「よ」と見るために は 、 そ の 字 母 と し て 「 余 」 が 考 え ら れ る が 、「 詞 書 」 で は 「 余 」 の 使用例がない。このことから、文字は字母「末」の「ま」と見るの が 適 当 で は な い か と 考 え る 。 た だ し 、「 ま り 」 で は 単 語 と し て 成 り 立たないので、次節で詳しく述べるように、ここには文字の脱落が あり、 「まいり」の「い」が脱 落

していると考えられる。

二.二. 「毛」と「己止」

   2 礼以乃毛能女天寿留和可宇止多知奈遠 己止 /奈利奈止以布 〓 乃ゝ 比女幾美乃可多者良尓/波己礼遠己曽左之奈良部天美女 止幾ゝ仁/久ゝ以布〈竹河一、一⑦〉

    (例の、ものめでする若人たち「なほことなり。 」など言ふ。 「 〓 のの 姫君のかたはらにはこれをこそさしならべて見め。 」 と聞きにくく言ふ。 )

  用例2の〓は「も」とも「こと」とも見えるが、いずれでもある 可能性がある一方で、いずれにも問題がある。

(3)

  こ れ ま で の 翻 刻

((

は 〓 を 「 も 」 と し て い る 。 用 例 2 の あ る 「 詞 書 」 の竹河巻には字母「毛」の字形(崩し方)に複数あり、その一つに 「己止」 の二字であるかのように見える 「毛」 がある。 また、 『物語』 の当該箇所は『大成』では「 このとのゝ ひめ君」であるが、本文に 異同があり、別本系の大島雅太郎氏蔵本・保坂本・国冬本では「 も のゝ ひめ君」とある。〓が「も(毛) 」であり当該箇所が「ものの」 であるとすれば、それは接続助詞のモノノであることになる。モノ ノは積極的に逆接を担うものではなく、並列関係にある前件と後件 とを接続することがその機能であり、かつ、モノノの前後に並立さ れ る 事 柄 は 同 一 の 主 体 や 事 態 に 内 在 す る も の で あ る ( 竹 部 二〇〇三 ・ 二〇〇八) 。当該箇所は、 モノノの前後に、 「なほことなり。 」 と 「 姫 君 の ~ 見 め 。」 と い う 、 若 い 女 房 た ち の 「 言 ふ 」 た 二 つ の 事 柄が並立するので、当該箇所はモノノの機能に適っているとは言え る。ただし、平安時代和文においても史的に見ても、文献上に現れ る モ ノ ノ の 用 例 は 非 常 に 少 な い ( 竹 部 二 〇 〇 三 )。 そ の た め 、 当 該 箇所が接続助詞のモノノであると積極的に認めてよいのか躊躇われ る。

  一 方 で 、 〓 は 、 字 形 や 文 字 の 大 き さ が 用 例 2 の 点 線 部 の 「 己 止 」 と類似する。 〓が 「こと (己止) 」 であるとすると、 当該箇所は 「こ とのゝ」となる。ただし、ここを「故殿の」と校訂すると文意が成 立 し な い 。 そ の た め 、「 こ の と の ゝ ひ め 君 」 の 「 の 」 の 脱 落 が 生 じ ていると推測することとなる。次節で述べるように「詞書」では脱 字は散見され、それは理由の有無に関わらず起こる。これらのこと から、 〓が 「こと (己止) 」 である可能性もなお残され る

(1

のである。

  このように、 用例2の〓の判読のしかたには二つの可能性があり、 それぞれに問題があるが、モノノであっても「詞書」がテキストと して成立し内容が理解できることを理由として、本稿ではひとまず 〓を「も」としておく。 二.三. 「詞書」にある仮名文字の種類

  判読の際に疑義の生じる二か所を以上のように判断したうえで、 「詞書」で使用されている変体仮名の種 類

((

とその使用頻度をまとめ ると、 【表1】のようになる。

三. 「詞書」に見られる誤字・脱字・衍字

  先述したように、 「詞書」 には明らかな誤字 ・ 脱字 ・ 衍字があり、 「詞書」がテキストとして成立しない部分がある。これについては 中村 (一九五四) の指摘がある。 しかし、 「詞書」 には中村 (一九五四) が 見 落 と し た 誤 字 ・ 脱 字 ・ 衍 字 が あ り 、 ま た 、「 詞 書 」 が テ キ ス ト と し て 成 立 し て 内 容 を 解 釈 す る こ と が で き る に も か か わ ら ず 、『 物 語』と校合したときの異同をも誤字として扱っている場合があ る

(1

  そこで、 本稿では、 「詞書」 がテキストとして成立する場合は誤字 ・ 脱字・衍字として扱わないこととしたうえで、誤字・脱字・衍字の あ る 箇 所 を 明 確 に し 、 こ れ ら が 生 じ る 理 由 を 考 え な が ら 、 中 村 (一九五四)を補足し、再整理する。

三.一.誤字

  まず、誤字について考察する。次に挙げる用例3~

  かな誤字があり、用例左の校訂本文中に示す《 》に相当する文字

1(

には、明ら

(4)

でなければテキストとして成立しない。

假名相互間の混同」であるとしている。たしかに、次の用例3~   「 詞 書 」 に お い て 誤 字 が 生 じ る 要 因 を 、 中 村 ( 一 九 五 四 ) は 「 平

11

はこれに該当すると考えられるが、用例

である。

1(

はこれに当たらないよう   さ て 、 用 例 3 ~

れるのである。 (良) 」と「う(宇) 」を混同したために生じた誤字であると推測さ の崩し方は類似する。そのため、用例3は「詞書」の書写者が「ら は 「らざう (乱声) 」 とあり、 異同はない。 「ら (良) 」 と 「う (宇) 」 誤 字 の 生 じ た 要 因 で あ る と 考 え ら れ る 。 次 の 用 例 3 は 、『 物 語 』 で

11

に 見 ら れ る 誤 字 は 、「 平 假 名 相 互 間 の 混 同 」 が    3己末乃 宇 左宇 能遠可之也〈竹河二、八⑨〉

    (高麗の《 ら》ざう (乱声)のをかしや。 )   同 様 の こ と が 次 の 用 例 4 ~

用 例 書では 「萬」 ではなく 「万」 で表記したものと考えられる。 同様に、 えられる。また、用例9は「は(葉) 」と「ま(萬) 」が混同し、詞 用例8は「こ(故) 」と「め(女) 」の混同が起こっているものと考 は「に(尓) 」と「か(可) 」、用例7は「か(可) 」と「う(宇) 」、 (二) 」と「こ(己) 」、用例5は「か(可) 」と「た(多) 」、用例6

11

に つ い て も 言 え る 。 用 例 4 は 「 に ではなく 「万」 で表記したもの、 用例

10

は 「 き ( 支 )」 と 「 ま ( 末 )」 が 混 同 し 、「 詞 書 」 で は 「 末 」

のと推測される。 の 混 同 が 起 こ り 、「 詞 書 」 で は 「 可 」 で は な く 「 加 」 で 表 記 し た も

11

は 「う (宇) 」 と 「か (可) 」    4己乃川以天 己 曽 遠无那支三尓毛美世支己衣多万比希留 〈絵合、一⑩~二③〉

【表1】変体仮名の種類と使用頻度

ん わ ら や ま は な た さ か あ

无 王 和 羅 良 也 満 万 末 盤 八 者 波 那 奈 堂 多 太 散 佐 左 閑 可 加 悪 案 阿 安

(( ( (( ( ((( 1(( ( ((0 ((( (1 1(( 1(( 100 1(( (1( 10( ((( (( 1 11( 1(( 1 ((( (( 1 1 ( 1((

ゐ り み ひ に ち し き い

井 為 里 梨 利 見 三 美 悲 日 飛 比 耳 二 尓 仁 千 遅 知 志 之 起 支 幾 伊 以

1( 1( ( ( ((( ( (( 1(( 1 (( (( 1(( ( (( (0( 1(( 1 1( 11( 1( (1( 1 1(1 ((( ( (1(

る ゆ む ふ ぬ つ す く う

累 流 類 留 遊 由 無 武 布 婦 不 奴 徒 川 数 春 寿 須 寸 九 具 久 宇

1 (( (( ((( ( (( (( (( 1( (( 1(( (( (0 1(( ( 1( (( (( (( 1 11 ((( 1((

え れ め へ ね て せ け え

衛 恵 連 礼 免 女 遍 部 年 袮 帝 天 勢 世 遣 个 希 計 江 衣

( 1( (( 1(( ( 10( ( ((( 1( (( 1 ((( ( (( ( (( (( (0 ( ((

を ろ よ も ほ の と そ こ お

越 遠 路 呂 夜 与 母 裳 毛 本 保 濃 農 能 乃 登 止 所 曽 古 己 於

(( 11( ( 1(0 1 1(( ( (( ((( (0 (( ( (( (( ((( ( (1( (( 10( 10 ((( (((

(5)

    (このついで《 に》ぞ 、女君にも見せきこえたまひける。 )    5奈越以止/与久 多 与比 堂利計里止美多末〈柏木三、一⑫〉

    (なほいとよく 《か》よひ たりけり。 )    6 安 可 幾美多知 左之乃曽/幾天〈竹河二、 三①〉

    ( あ《に》きみ たちさしのぞきて、 )    7安末利於保川可那可良須盤安/良須 宇 之 〈宿木二、二②〉

    ( も の の た ま ふ 答 へ な ど も 、 恥 ぢ ら ひ た れ ど 、 あ ま り お ぼ つ かなからずはあらず 《か》し 。)

   8 女 比女幾美 能/於者世須奈利尓志乃知〈東屋一、一⑯〉

    (《こ》 (故)姫君 のおはせずなりにし後、 )    9止天 美也 万 御天越止/良部堂天万川利多万天〈御法、五⑭〉

    (宮 《は》 御手をとらへたてまつりたま《ひ》て、 )

  

可八連類〈鈴虫二、 二紙⑨〉

10

徒支可計者於奈之久裳井□□□□□/和可也止可良農 川 万 所     ( 月 影 は 同 じ 雲 居 に 見 え な が ら わ が 宿 か ら の つ 《 き 》 そ か は れる)     

11

以止 加 比 〳〵 之久 奈止天可佐者安良无〈東屋二、二⑨〉

    (いと《 う》ひ 〳〵 しく 、などてかさはあらん。 )   以上の八例は、文字が脱落する要因が「平假名相互間の混同」で あると推定できた。 しかし、 次の用例

書写者の不注意で生じた誤字であると推測される。

1(

は要因が見当たらないため、

  

1(

己 止 与乃和可連佐利可多幾佐利可多支己登〈柏木二、五⑨〉

    ( こ《の》 世の別れさりがたきさりがたきこと、 ) 三.二.脱字   次に、脱字について考察する。ここで挙げる用例

1(

~ 単語あるいは文として成立しない。   用例左側の校訂本文中に示す《 》に相当する仮名文字がないと、 キストとして成立するために必要な仮名文字がそこに存在せず、各

((

では、テ

  中村(一九五四)は、 「詞書」で脱字が生じる要因を、 「改行の際 の脱落とみられるもの」と「不注意による脱落とみられるもの」の 二つに整理している。これに注目すると、次に挙げる用例

1(

~ 改行が原因で生じたと考えることができ、用例

1(

1(

~ るものと考えることができる。また、用例

((

は不注意によ

1(

~ 反復や他語への類推もその要因としてあると考えられる。

1(

には、同じ仮名の   さて、用例

1(

・ る目移りのために生じたのではないかと推測される。

1(

は、改行箇所に脱字があることから、改行によ

  

1(

与毛幾乃之希左可那止/ 堂末部 波〈蓬生、三⑪⑫〉

    (「…蓬の繁さかな。 」と 《の》たまへば 、)

  

己衣多万不〈竹河二、六②〉

1(

  止於本之女久良志天 比女支 /乃於保无己止遠安奈可知尓幾     (「…」と思しめぐらして、 ひめぎ《み》 (姫君) 御事を、あな がちに聞こえたまふ…)

  次の用例

1(

・ る。なお、用例 仮名の反復とが同時に起こったために生じた脱字であると考えられ

1(

で脱字が生じる要因は、改行だけではなく、同じ いるものと推測される。

1(

は「老 い 」と「老 ひ 」の仮名遣いの混同も生じて

  

1(

美幾丁乃徒末与利希宇曽久尓 与 利 可/利 天〈宿木三、 一②③〉

於之

    (御几帳のつまより、脇息に よ

か《か》り て、 〉

(6)

   けり。 )     ( い た う ね び 過 ぎ に た れ ど 、 聞 き し 老 《 い 》 人 と 聞 き 知 り に    〈蓬生、三⑥⑦〉

1(

以 多 宇 祢 比 寸 幾 尓 堂 礼 止 幾 ゝ 之 於 / 比 止 ゝ 幾 ゝ 之 利 尓 希 利   次 の 用 例

1(

・ こったために生じた脱字と考えられる。用例

1(

は 同 じ 仮 名 の 反 復 と 他 語 へ の 類 推 と が 同 時 に 起

を「とりいで」の「と」と誤ったのではないかと推測され、用例

1(

は、 「など」の「と」

1(

は係助詞コソへの類推によるものと推測される。

  

1(

恵 那止利以天 左世太末比天〈東屋一、二⑨〉

    (絵 など《ゝ》り出で させたまひて、 )

  

〈東屋一、二⑪⑫〉

1(

本可希佐良尓 己曽 止美由留止己呂那久己末□尓遠可之計那利     ( 火 影 さ ら に こ 《 ゝ 》 ぞ

(1

と 見 ゆ る と こ ろ な く 、 細 か に を か し げなり。 )

  以上の六例には脱字が生じる要因を推定することができた。しか し、次の用例

1(

~ 書写の折の不注意により生じた脱字であると考えられよ う

(1( ((

は要因が見当たらない。したがって、これらは

  

1(

御可左尓左 不不 〈蓬生、四⑪〉

    (御傘に さぶ《ら》ふ 。)

  

(0

以末ゝ天美世 多/末 佐利希留宇良美遠曽〈絵合、二⑪〉

    (今まで見せ たま《は》 ざりける恨みをぞ…)

  

(1

念須毛 多以/之 天〈柏木一、一①〉

    (念誦も《 懈

》怠し て

(1

、)

  

((

己可知農 曽宇奈止己ゝ遅 須連八〈柏木一、二⑩〉

    (「御加持の 僧など《の》心地 すれば、…」 )   

((

以万八 支利 農/佐万奈良八〈柏木一、三⑥〉

    (今は 《か》ぎり のさまならば、 )

  

((

呂无那宇加乃 那尓之 乃佐万太希/尓也止〈柏木二、八④〉

    (論なうかの なに《が》し のさまたげにやと、 )

  

((

宇川具之幾御知乃 可八良奈留 越〈横笛、一⑦〉

    (うつくしき御乳の かはら《か》なる を、)

  

((

奈支徒/堂不留 己 寸久那可奈礼〈鈴虫一、二⑦〉

    (鳴き伝ふる こ《そ》 少なかなれ。 )

  

((

佐/流部支 可利 井天万以利多利計連盤〈鈴虫二、一⑤〉

    (さるべき か《ぎ》り 率て参りたりければ、 )

  

((

尓八可/奈留 也 奈礼止末以利多万八無止須〈鈴虫二、二〉

    (にはかなる や《う》 なれど、参りたまはむとす。 )

  

止幾己/衣川類奈利〈夕霧、二⑤〉

((

万太裳 可部利万以良那利 奴類 以/止越之佐 以万乃本止以可ゝ     ( ま た も 帰 り 参 ら 《 ず 》 な り ぬ る い と ほ し さ 《 に 》、 「 今 の ほ どいかが。 」と聞こえつるなり。 )

  

〈御法、一⑤〉

(0

幾己衣万/本之久於本世止佐可之幾 也 二裳/安利     (聞こえまほしく思せど、さかしき や《う》 にもあり、 )

  

(1

美也万御天越止/良部堂天万川利 多万 天〈御法、五⑭〉

    (宮は御手をとらへたてまつり たま《ひ》 て、 )

  

((

己ゝ呂宇川之支 个左部曽比多末/部利〈竹河二、二④〉

    ( 心うつ《く》しき けさへ添ひたまへり。 )

  

((

遠可之止幾ゝ天 左之良/部 毛世末保之个礼止〈竹河二、 八⑬〉

    (「をかし。 」と聞きて、 さし《い》らへ もせまほしけれど、 )

(7)

  

((

奈止久/知寸左比 多末天 〈東屋二、三④〉

    (「…」など、口ずさび たま《ひ》て 、)

三.三.衍字

  最後に、衍字について考察する。

  次の用例

((

(0

は同じ仮名の衍字である。

  用例

((

・ じたものと考えられる。

((

は、改行箇所に起こっている。改行のため目移りが生

  

((

於本可多乃奈計支越盤 佐留 毛/裳 乃仁天 〈柏木二、六④⑤〉

    (おほかたの嘆きをば さるも/のにて 、)

  

((

加久於毛利 太/堂 万婦 御己ゝ遅遠〈柏木二、八⑰⑱〉

    (かく重り たまふ 御心地を、 )   用例

((

・ 例

((

は、他語への類推が要因ではないかと考えられる。用

((

は例えば格助「と」などと誤った可能性があり、用例

かど」などと誤ったかと推測できる。

((

は「み

  

((

礼/以仁毛安良須 止止 利 乃安止農也/宇奈礼盤 〈夕霧、 一④〉

    (例にもあらず、 鳥 の跡のやうなれば、 )

  

((

希佐宇之/多類不三可 止ゝ 幾己衣天〈夕霧、二⑦〉

    (「…懸想じたる文か。 」 と 聞こえて、)

  以 上 の 四 例 に は 、 衍 字 が 生 じ る 要 因 が 想 定 で き た が 、 次 の 用 例

((

(0

については、要因は不明である。

  

((

安以行徒幾堂万部/ 梨 ゝゝ 〈橋姫、三②〉

    (愛行づきたま へり 。)     

(0

可井安留左/末仁毛天奈之 多 末万 日 天末之〈竹河二、七⑤〉

    (甲斐あるさまにもてなし たまひ てまし。 )   次の用例

(1

((

は異なる仮名の衍字である。

  用例

(1

・ 例

((

は、改行時に他語への類推が働いた可能性がある。用

(1

は、改行時の目移りも要因の一つと推測される。

  

(1

右可多波己ゝ知与个尓 者个末 可 /之 幾己由〈竹河二、八⑫〉

    (右かたは心地よげに 励まし きこゆ。 )

  

仁左乃三也/者於本之寿天武〈竹河二、三⑨〉

((

部武者 末以 利 天 和多久之乃/美也徒可部於己多利奴部幾末ゝ     ( 弁 は ま い て 私 の 宮 仕 へ お こ た り ぬ べ き ま ま に 、 さ の み や は 思し捨てむ。 )

  用例

((

・ は書写の折の不注意により生じたものと考えられる。

((

には衍字となり得る要因が想定できないため、これら

  

((

徒以比知毛 佐者 礼 良 祢盤〈蓬生、二②〉

    (築地も さはら ねば、 )

  

((

毛天奈之奈止毛 宇 越/可之久 〈竹河二、二③〉

    (もてなしなども をかしく 、)

  以上のように、 「詞書」 には明らかな誤字 ・ 脱字 ・ 衍字があり、 「詞 書」がテキストとして成立しない箇所がある。これらは、仮名の混 同、改行による目移り、同じ仮名の反復、他語への類推などによっ て生じたものと推測される。そして、これらの要因が推定できない 誤字・脱字・衍字は、書写者の不注意により生じた書き損じである と考えられる。

四.仮名表記と歴史的仮名遣い

  次に、 「詞書」 における仮名表記を歴史的仮名遣いと照らしてみる。

(8)

「詞書」の仮名表記には、次に示すように、歴史的仮名遣いと一致 しない箇所がある

四.一.歴史的仮名遣いと一致しない語

  まず、歴史的仮名遣いと一致しない語がどの程度あるのかを確認 す る 。 な お 、 単 語 の 下 の 〔   〕 内 は 、〔 当 該 の 単 語 の う ち 仮 名 遣 い が 歴 史 的 仮 名 遣 い と 一 致 し な い も の の 数 / 当 該 の 単 語 の 延 べ 語 数 〕 である。

   ①正 は→誤わ…3例   うるはし 〔

1

〕、 かたはなり 〔

1

/ びは〔

〕、

1

〕    ②正 わ → 誤 は …

11

  例 お ぼ し さ わ ぐ 〔

1

1

〕、 こ わ づ く る

1

1

〕、 さ わ が し 〔

1

1

〕、 さ わ ぎ そ む 〔

1

/ さわぐ〔

1

〕、

〕、たちさわぐ〔

1

1

〕、よわげなり〔

〕、よわる〔

〕    ③正 ひ→誤い…2例   いふかひなし 〔

1

1

〕、 つひに 〔

1

1

〕、

   ④正 ひ→誤ゐ…

11

  例 かひ〔

1

〕、かひなし〔

1

/ ひ

〴〵

しげなり〔

〕、か

1

1

〕、くれまどふ〔

1

/ なし〔

1

〕、たぐひ

1

〕、ちりかひくもる〔

1

1

〕、はひよる〔

1

1

〕、 ひ た ひ が み 〔

1

1

〕、 ひ た ひ つ き 〔

1

/ どひ〔

1

〕、 ま

1

1

〕、やまひづく〔

1

1

〕    ⑤正 ゐ→誤い

1(

  例 御まゐり 〔

1

1

〕、 かへりまゐる 〔

1

/ まゐりなる〔

1

〕、

1

1

〕、まゐる〔

1(

1(

〕、もてまゐる〔

1

1

〕    ⑥正ゐ→誤ひ…1例   とのゐびと〔

1

1

〕    ⑦正 ふ→誤う…5例   けふそく 〔

〕、 じやうらふ 〔

1

1

〕、 たふとし 〔

1

〕、 たまふ 〔

1

(((

(四段 ・ 下二段とも) 〕    ⑧正え→誤へ…1例   ゆふばえ〔

1

1

〕    ⑨正へ→誤ゑ…2例   いへ(家) 〔

1

〕、うれふ 〔

1

〕    ⑩正 ほ→誤を…

1(

  例 いとほし 〔

1

1

〕、 いとほしさ 〔

1

/ かほ 〔

1

〕、

1

〕、 なほ 〔

1(

1(

〕、 なほし (直衣) 〔

1

/ な ほ

〳〵

し 〔

1

〕、

1

1

〕、 ひ き な ほ す 〔

1

1

〕、 ゐ な ほ る

1

1

〕    ⑪正を→誤ほ…1例   かをる〔

1

1

〕    ⑫正 お→誤を…9例   おしあく 〔

1

1

〕、 おしのごふ 〔

1

/ おしはかりやる〔

1

〕、

1

1

〕、おしはかる〔

1

/ る 〔

1

〕、おしや

1

1

〕、 おひかぜ 〔

1

〕、 おぼしおきつ 〔

1

/ おや(親) 〔

1

〕、

1

〕、こぼれおつ〔

1

1

〕    ⑬正 を→誤お…7例   をかし〔

1

1(

〕、をこなり〔

1

/ を さ な し 〔

1

〕、

1

1

〕、 を し げ な し 〔

1

1

〕、 を と こ ぎ み

1

1

〕、をり〔

1

〕、をる(折る) 〔

1

  以上が歴史的仮名遣いと一致しない

  ただし、①~⑬に挙げた語、あるいは、それに関連する語の中に は、歴史的仮名遣いと一致しているものもある。②に挙げた「さわ ぐ(を含む語) 」は「さはぐ」であったが、 「こころさわぐ」は歴史 的仮名遣いと一致する。 「こわづくる」 は一致しないが 「こゑ (声) 」 「はつこゑ」は一致する。④に挙げた「ひたひがみ」は一致しない が 、「 ひ た ひ ( 額 )」 は 一 致 す る 。 ③ ④ に 「 か ひ ( を 含 む 語 )」 の 不 一 致 例 が あ る が 、「 か ひ が ひ し 」 は 歴 史 的 仮 名 遣 い と 一 致 す る 。 ⑪ で は 「 か を る 」 が 不 一 致 例 と し て あ る が 、「 か を り 」「 か を り く 」 は 一 致 す る 。 ⑫ に お い て 、 接 頭 語 「 お し ( 押 し ― )」「 お や 」 の 仮 名 遣

(9)

い の 不 一 致 例 を 見 た が 、「 お し の ご ひ か く す 」「 お し か か る 」「 お し い づ」 「おやたち」 「おやはらから」の場合は歴史的仮名遣いと一致して いる。 ⑬では 「をかし」 「をり」 が不一致であったが、 「をかしげなり」 「をりをり」は歴史的仮名遣いと一致している。

  こ の よ う に 、「 詞 書 」 に お け る 仮 名 表 記 は 、 歴 史 的 仮 名 遣 い と 一 致するものもあり、一致しないものもある。

  と こ ろ で 、「 詞 書 」 に は 直 音 と 拗 音 の 字 音 の 表 記 に 、 ゆ れ と 見 ら れる例が一例あるので指摘しておく。次の用例

((

である。

  

((

以止者徒/加之希尓 兩 〳〵 之久 〈宿木二、一⑨〉

    (いとはづかしげに、 らうらうじく …)

  形 容 詞 「 ら う ら う じ 」 の 「 ら う 」 は 「 労 ( ら う )」 で あ る と 言 わ れ て い る 。 こ れ に 対 し 、「 両 」 は 「 り や う 」 で あ っ て 、 字 音 の 表 記 がゆれているようである。

  な お 、 こ の 「 ら う 」 と 「 り や う 」 の 表 記 の ゆ れ に つ い て 、『 日 本 国 語 大 辞 典   第 二 版 』( 小 学 館 。 以 下 『 日 国 』) の 見 出 し 語 「 ろ う ろ うじ」の語誌は、 「『りゃうりゃうじ』は、源氏物語では、後世の言 語 感 覚 が 入 り 込 ん だ と さ れ る 系 統 の 写 本 に 数 例 見 ら れ る に す ぎ な い。中世の書写者が意味を勝手に推測して拗音の漢字を連想した、 あるいは、さらに『らうらうじ』とは別語意識で読んだとも思われ る。 」としている。

四.二.   仮名表記の諸相   このように、仮名表記が歴史的仮名遣いと一致しないものについ て①~⑬のように整理し、概観すると、次のことが指摘できる。

  まず、 「参る」 「なほ」 の表記の固定化である。 ⑤に見たように、 「参 る」 、あるいは、 「参る」を語構成要素として含む語のすべてが、ワ 行「ゐ」ではなくア行「い」で表記されている。また、⑩にあるよ うに、副詞「なほ」のすべてが、ハ行「ほ」ではなくワ行「を」で 表記されている。 さらに、 副詞 「なほ」 のみならず、 仮名が 「な」 「ほ」 の順で連続する場合もすべてワ行「を」で表記されている。このこ とから、 「参る」と「なほ」は、 『絵巻』が作成されたと目される平 安時代末には、歴史的仮名遣いと一致しない「まいる」 「なを」の語 形で表記が固定していたものと思われる。   次 に 、 ⑫ ・ ⑬ に 関 し て 、「 を 」「 お 」 の 混 同 と 鎌 倉 時 代 ア ク セ ン ト の「高」 「低」とが対応するものがある、つまり、定家仮名遣いと一 致する点があるということである。 「お」 「を」 が混同する例に限って、 『 日 国 』 と 秋 永 ほ か ( 一 九 九 七 ・ 一 九 九 八 ) と に 拠 っ て 鎌 倉 時 代 の アクセントを見る。すると、⑫に見た「おしあく・おしのごふ・お しやる」 の語構成要素である 「押す」 の鎌倉時代のアクセントは 「高 高 」、 「 お ぼ し お き つ 」 に 関 連 す る 「 掟 つ ( る )」 は 「 高 高 低 低 」 で あり、これを「詞書」ではワ行「を」で表記している。また、⑬に 見た、 「惜しげなし」 の語構成要素である 「惜し」 は 「低低」 、「男君」 の 「男」 は 「低低低」 、「折」 に関連する 「折る」 は 「低高」 であり、 これを 「詞書」 ではア行 「お」 で表記している。 さらに、 行阿の 『仮 名 文 字 遣

(1

』 を 見 る と 、 ⑫ ・ ⑬ で 見 た 語 に 関 連 す る も の と し て 、「 を し ひ ら く 」「 を す

」「 を し は か り 」「 お ひ 風 」「 お さ な き 人 」「 な こ り お し」 「おし」 「おとこ山」 「おりふし」 「花をおる」が例示されていること が 確 認 さ れ る 。 こ の よ う に 、「 を 」「 お 」 の 混 同 に は 、 限 定 的 で は あ るものの、定家仮名遣いと一致する点があるのであ る

(1

  次に、ハ行に活用する動詞には仮名遣いの混同が非常に少ないこ

(10)

とが挙げられる。例外的な用例が、次に挙げる用例

((

~ て、表記の混同をおさえているのであろうか」としている。 (一九九五) は、 「ハ行で活用し、 終止形などに類推が働くことによっ ある。ハ行に活用する動詞に仮名遣いの混乱が少ない理由を、中川

((

の四例で

  

((

ゝ之知可宇天宇知 多末 宇 〈竹河二、七⑫〉

    ((碁を)端近うて打ち たまふ 。)

  

((

以止ゝ久美川計天 者 井 与利 天〈夕霧、一⑦〉 )     (いと疾く見つけて、 這ひ寄り て、 )

  

((

左久良安留波 知利可/ 井 久毛利 〈竹河二、 一①②〉

    (桜、あるは 散り交ひ曇 り

(1

、)

  

((

那久左女可多宇 久礼末止/ 為 天〈早蕨、一②③〉 )     (慰めがたう、 くれ惑ひ て、 )   次に、 ハ行 「ひ」 が、 ワ行 「ゐ」 とではなくア行と混同した例 (正 ひ→誤い) があることである。 先の③④にも見たように、 「かひ (甲 斐 )」 を 含 む 語 は 、「 か ゐ 」 と す る 場 合 も あ る 一 方 で 、「 か い 」 と 混 同する例もあった。この、ハ行の仮名がア行の仮名と混同すること に つ い て 、 春 日 ( 一 九 七 四 ) は 、「 ハ 行 表 記 か ら ア 行 表 記 へ 直 接 移 行した」のだと述べている。

  最後に、 「お」 「を」 の混同が語頭に起こっていることが挙げられる。 ⑫の「おぼし お

0

きつ」 「こぼれ お

0

つ」のように、語中の「お」 「を」が 混同する場合もあるが、これらは複合語の後項であるから、語頭に 準ずるものとして扱うことができよう。

  以 上 の よ う に 、「 詞 書 」 の 仮 名 表 記 に は 歴 史 的 仮 名 遣 い と 一 致 し ないものがあり、歴史的仮名遣いと一致しない形で表記が固定して いるものと、一致せず混同しているものとがあることがわかる。ま た、特に「お」 「を」の混同については、混同例に限定されはするも のの、定家仮名遣いと概ね一致するものがあることがわかる。 四.三. 「は」と「わ」の混同に関連して

  ところで、次の用例

れる例である。

(0

は、ハ行「は」とワ行「わ」の混同が疑わ

  

己止農佐良仁奈支仁〈柏木一、二③〉

(0

多ゝ与八利給流御美仁安也之久 和 可 〳〵 之久 毛能奈止万以留   用例

「詞書」は「わか

〳〵

しく」である。 同は国冬本が 「あやしく」 とするのを見るにとどまる。 これに対し、

(0

は、 『大成』の当該箇所には、 「はか

〳〵

しう」とあり、異   この例は、源氏が、出家したばかりの女三宮の様子を朱雀院に語 る場面である。 用例

成立するため、 本稿は用例 訂 で き 、「 若 々 し 」 が 「 物 な ど 参 る 」 を 修 飾 す る と 考 え れ ば 解 釈 は し く 、 物 な ど 参 る こ と の さ ら に な き に 、 か く も の し た ま ふ 。」 と 整

(0

は、 「ただ弱りたまへる御身に、 あやしく 若々 かわかし」の混同が生じたことがわかるのである。 されていくいずれかの段階において、 明らかに 「はかばかし」 と 「わ しかし、 『物語』の本文と比較すると、当該箇所は、 『物語』が書写

(0

を仮名遣いの混同例には含めていない。

五.仮名表記の運用

  以上を踏まえて「詞書」に用いられている平仮名の変体仮名の種 類 と そ の 使 用 頻 度 を 見 る と 、 変 体 仮 名 の 使 用 実 態 を 、 先 の 【 表 1 】 のように示すことができるのであった。

(11)

  本節では、 その、 変体仮名の運用法について、 行頭での仮名表記、 「は(ば) 」に関する仮名表記、 「む」と「ん」に関する仮名表記の 三つの観点から考察してみることとする。

五.一.行頭に同一の仮名が並ぶ場合の表記

  はじめに、行頭での表記、特に、同一の仮名を示す変体仮名(以 下 、 同 一 の 仮 名 ) が 並 ぶ 場 合 に つ い て 考 察 す る 。「 詞 書 」 は 八 四 二 行から成るが、次のように、行頭に同一の仮名が並ぶ箇所は一三か 所ある。

  行頭に同一の仮名が並ぶ場合には、用例

仮名で表記する場合があるが、一方で、用例

(1

のように字母の異なる くする仮名で表記する場合もある。

((

のように字母を同じ

  

(1

多 万比天以可奈利川類己止曽奈止能/

    堂 万婦佐者可之支由女乃御安者礼〈横笛、一⑪⑫〉

    (起きゐ た まひて、…などの た まふ。…)

  

((

利 可ゝ利天井多万部類遠院和多/

    利 堂万飛天希不盤以止与久於幾〈御法、三③④〉

    (脇息に寄 り かかりて…渡 り たまひて、…)

  さて、まず、字母の異なる仮名で表記する場合から見ていく。

  行頭に同一の仮名が並ぶ一三か所のうち、先の用例

母の異なる仮名で表記するところが用例

(1

のように字

(1

を含めて五か所ある。

  次の用例

((

((

の行頭は、字母の異なる仮名で表記されている。

  

((

奈 久安天尓个多可幾毛乃可良加多者那留末天/

    那 与比堂末部利之己礼者末太毛天那之奈止〈東屋一、 三⑥⑦〉

    (限り な くあてに…かたはなるまで な よびたまへりし。…)   

((

多 尓女川良之幾人遠可之可利太末不御心遠止不/

    太 利者可利曽衣者知安部多末波左利个留毛乃可/

    堂 利以止那川可之宇之太末比天礼以奈良奴止 〈東屋一、一⑬~⑮〉

    ( 人 を だ に め づ ら し き … と ふ た り ば か り … も の が た り い と な つかしう…)

  

((

八 部利仁堂利也止天衣本宇之/

    盤 可利比支以連天於支安可良無〈柏木二、 一⑬~二①〉

    (その人にもあらずなり は べり…烏帽子 ば か り

(1

…)

  次の用例

名が並ぶ場合には異なる文字で表記しているという点で、用例

((

は、一方は仮名、もう一方は漢字であるが、同一の仮

(1

((

に準ずるものとして扱うことができよう。

  

((

美 也者女幾美乃於本武安利左末比留/

    見 幾己衣佐世太末不尓以止ゝ御己ゝ呂〈宿木二、一①②〉

    ( み や(宮)は女君の御有様、昼 見 きこえさせたまふ。…)

  次に、字母を同じくする仮名で表記する場合について見ていく。

  行頭に同一の仮名が並ぶ一三か所のうち、先の用例

母が同じ仮名で表記する箇所は用例

((

のように字

((

を含めて八か所ある。

  この八か所のうち、字形、すなわち、字母の崩し方が類似すると ころは三か所あり、残りの五か所は字形が異なる。

  次の用例

((

~ 形で表記されている。

((

は、行頭に同じ字母の仮名が並ぶが、類似する字

  

((

之 良武人者奈見多遠之武末/

    之 久安者礼奈利末之天和春〈絵合、二②③〉

    (少し物思ひ し (知)らむ人は、涙惜しむま じ く…)

(12)

  

((

良 比多礼止安末利於保川可那可良須盤安/

    良 須宇之美止己呂於保久加為

〳〵

之希〈宿木二、二①②〉

    (恥ぢ ら ひたれど、…おぼつかなからずはあ ら ず…)

  

((

己 呂尓天月己呂於毛比安末留己止毛幾/

    己 衣左世武止天奈武止以者世太末部利〈東屋二、二①②〉

    (心安きと こ ろにて…聞 こ えさせむ。…)

  これに対し、先の用例

仮名「り」に近い字形である。また、例えば次の用例 は現行の平仮名の「わ」に近い字形であり、もう一方は現行の平名

((

は、行頭に「利」が並ぶが、一方の字形

り、 もう一方は漢字 「部」 に近い字形である。 用例 行頭に並ぶが、一方の字形は現行の平名仮名「へ」に近い字形であ

(0

は「へ」が

(1

~ 同じ字母だが崩し方の異なる仮名が行頭に並んでいる。

((

も同様に、

  

(0

部 奈留飛止

〳〵

止可久井奈遠留中将美也川可/

    部 以曽可之久奈利者部留保止尓人尓於止〈竹河二、三⑤⑥〉

    (おま へ なる人々…宮仕 へ 忙しくなりはべる…)

  

(1

利 之二与仁奈可良部武己止八ゝ可利安/

    利 安知支那久者部利之二己ゝ呂佐者〈柏木二、七⑨⑩〉

    (御目尻見えはべ り しに、世にながらへむこと憚りあ り 。…)

  

((

己 止波己乃幾美多知曽奈遠毛乃ゝ者衣奈幾/

    己 ゝ知寿部个礼与呂徒乃己止ゝ幾尓川个多留遠/

    己 曽与日止毛由留寿女礼个尓以止美多天万 〈竹河二、六⑤~⑦〉

    (院へ参りたまはむ こ と…もののはえなき こ ゝち (心地) す…、 時につけたるを こ そ、…)

  

((

奈 衣者三多留和良波於奈之左万/     奈 留於止那為多利宇部奈留比止一人〈橋姫、一⑥⑦〉

    ( な えばみたる童、同じさま な る大人居たり。…)

  こ の よ う に 、「 詞 書 」 で は 、 行 頭 に 同 一 の 仮 名 が 並 ぶ 場 合 、 字 母 の異なる仮名を用い、あるいは、字母が同じ仮名であっても異なる 字 形 を 用 い て 見 た 目 が 異 な る よ う 表 記 す る 傾 向 に あ る ( 一 三 例 中 一〇例)のであ る

11

五.二. 「波」 「者」 「盤」 「八」の使用分布

  次に、 「波」 「者」 「盤」 「八」の使用分布について考察す る

1(

  「詞書」

では、 「は (ば) 」 の仮名として、 波 (一〇〇字) ・ 者 (一九六 字) ・盤(七一字) ・八(一二九字)が用いられているが、この四文 字の用い方にはある傾向が見出される。

  「 波 」「 者 」「 盤 」「 八 」 の 四 文 字 が 表 す 音 韻 は

/Fa/

/wa/

/ba/

11

あ る 。 四 文字がどの音韻を表すか、その使用頻度を示したのが【表2】であ る。自立語の

/wa/

/ba/

は語中にのみ現れるが、自立語の

る。そのため、自立語の 呼音の起こらない語頭に現れる場合もあり、語中に現れる場合もあ

/Fa/

は、ハ行転 の れるかの頻度を【表2】中では区別している。その、自立語の語中

/Fa/

についてのみ、語頭・語中のいずれに現

/Fa/

は合計一七例あるが、その単語とは、次のものである。

  ・「波」三例… 宇 知 波 良 比 ( う ち 払 ひ )、 者 川 波 奈 ( 初 花 )、 久 知 波也志(口はやし)

  ・「者」九例… 宇 幾 者 之 ( 浮 橋 )、 遠 之 者 可 利 ( お し は か り )、 於 毛悲者那連(思ひ離れ) 、於也者良可羅(親はらか ら) 、可計者那連 (かけ離れ) 、多衣者天 (絶え果て) 、 美者之 (御階) 、 毛乃者知 (もの恥ぢ) 、 恵之者天 (怨

(13)

        じ果て)

  ・「八」五例… 越 之 八 可 利 也 良 ( お し は か りやる) 、加多 八 良 以 堂 之 ・ 加 多 八 良 以 多 久 ・ 加 多 八 良 以 堂 支 ・ 加 多 八 良 以 堂 計 連 ( 以 上 「 か た は ら い た し 」 の活用形)

  また、 付属語

の 一 語 の み で あ り 、 付 属 語

/wa/

は係助詞 「は」

/ba/

(九八例) は接続助詞 「ば」 (八五 例) と副助詞 「ばかり」 (一三例) の二語のみである。

  さ て 、【 表 2 】 か ら 次 の こ と が指摘できる。

  まず、全体的な傾向として、 「詞書」では「者」の使用頻度 が高いことが挙げられる。

  次に、個別的な傾向として、 次のことが言える。

 

/Fa/

の表記には「者」を使用す   常に高く、自立語の語中についても「者」の用例数が最も多い。 る傾向がある。また、自立語の語頭には「者」を使用する傾向が非

語の語中の

/wa/

の表記には「者」を使用する傾向がある。つまり「者」は自立

れに対し、 付属語の

/wa/

の表記に使用される傾向が高いということである。こ

/wa/

の表記には 「波」 「八」 を使用する傾向がある。

 

四文字のうち「盤」の使用数が最も少ないにもかかわらず、

/ba/

の表記には、 「盤」を用いる傾向がある。 「波」 「者」 「盤」 「八」の

記に用いる仮名としては「盤」の用例が最多である。

/ba/

の表   また、 【表2】は次のようにも分析できよう。

  「 者 」 は 、 自 立 語 の

/Fa/

・ 語を表記する傾向が他の三文字よりも低い。

/wa/

の 表 記 に 使 用 さ れ る 傾 向 が 高 く 、 付 属   一方、 「波」 「盤」 は、 付属語の表記に多用される傾向がある。 特に、 「波」は付属語の

る 。「 盤 」 は 付 属 語 の

/wa/

、つまり、係助詞「は」の表記に多用されてい 接続助詞「ば」が三二例、副助詞「ばかり」が三例である。

/ba/

の 表 記 に 多 用 さ れ る 。 な お 、 そ の 内 訳 は 、   「 八 」 は 、 自 立 語 の

/Fa/

/wa/

の 表 記 に も 付 属 語 の

/wa/

・ 用いられるが、とりわけ、付属語

/ba/

の 表 記 に も る傾向がある。

/wa/

、つまり係助詞「は」を表記す   以上を総じて言えるのは次の三点である。一つ目は「者」が自立 語

/Fa/

・ が付属語の

/wa/

の 表 記 に 用 い ら れ る 傾 向 が あ る こ と 、 二 つ 目 は 「 波 」「 八 」 こと、三つ目は「盤」が

/wa/

、つまり係助詞「は」の表記に用いられる傾向がある

ある。

/ba/

の表記に用いられる傾向があること、で   ところで、自立語の語中の

/Fa/

と おきたい。 「かたは」 「かたはら」に関してである。 「詞書」では、形

/wa/

に関して、次のことを付言して

【表2】波・者・盤・八の使い分け

八 盤 者 波

合計 付属語 自立語 付属語 自立語 付属語 自立語 付属語 自立語

11( 0

語中 語頭

0

語中 語頭

0

語中 語頭

0

語中 語頭

( (1 0 ( ( (( ( ( /Fa/

(( ( (1 ( 小計

(( ( (1 ( 計

((( (1 (( (( 1( (( 1( (( 10( (( (( (( 1( 小計 計 /wa/

11( (0 (( ( (( (( 1 1( (1 ( (( (1 ( 小計 計 /ba/

((( 1(( (1 1(( 100 合計

(14)

容詞「かた は らいたし」の

は 」 一例、 形容動詞 「かた は なり」 二例の 使用されている。これに対し、名詞「かた は ら」二例、名詞「かた 良 以 多 久 ・ 加 多 八 良 以 堂 支 ・ 加 多 八 良 以 堂 計 連 の よ う に 、「 八 」 が

/Fa/

の表記には、加多 八 良以堂之・加多 八

は自立語の いられているのである。先述のように、 「詞書」では「者」と「八」 可 多 者 良 ・ 可 多 者 ・ 加 多 者 那 留 ・ 加 多 和 奈 留 の よ う に 、「 者 」 が 用

/wa/

の表記には、 加多 者 良 ・

/Fa/

と し、

/wa/

のどちらの表記にも用いられる傾向にある。ただ る。このことから、名詞「かた は ら」形容動詞「かた は なり」の

/wa/

は、 「者」は自立語に、 「八」は付属語に、それぞれ用例が偏

/wa/

に「者」を用い、形容詞「かた は らいたし」の

かと推測される。 生じない特別な場合であるとして、特に「八」を用いたのではない

/Fa/

は、ハ行転呼音の

五.三. 「武」 「無」 「无」の使用分布

  次に、 「武」 「無」 「无」の三文字の使用分布について考察する。

  一般的に、 「無」 「武」は「む」の字母であり、 「无」は「ん」の字 母であるとされるが、 「詞書」では、 「武」 「無」 「无」の三文字が、

/u/

/m/

)、

/mu/

/N/

( 現 代 の 我 々 が 古 典 文 を 音 読 す る 際 に 撥 音

もの) の表記に用いられてい る

11(/N/

と す る

。それぞれの文字の出現回数は、 「武」 が八六、 「無」が三三、 「无」が四三であり、使用状況は【表3】の とおりである。この【表3】から次のことが指摘できる。

  自立語中の

/u/

/m/

)と

「詞書」では唇音性のある

/mu/

の表記には「武」を用いる傾向が高い。

/mu/

/u/

( あると言えよう。

/m/

)を「武」で表記する傾向が   自立語中の

/N/

には「无」を用いる傾向がある。用例数は「武」の

【表3】「武」「無」「无」の使い分け

    

計 惜しむ ものむつかし むつびならふ むこ むぐら むくむくし なぐさむ そむく 関迎へ 進む 式部大夫 定む さしむかふ さしとむ 草むら 胸 虫・松虫・鈴虫 昔

/mu/

梅 馬 /u/

(/m/)

(( 1 1 1 1 1 1 ( 1 1 1 1 1 1 1 1 ( ( ( 武 ( ( ( 武

( ( 1 無 0 無

1       計 けむ(助動詞) らむ(助動詞) む(助動詞) なむ(助詞) やむごとなし 縁(えん) 院・冷泉院の帝 若公達 論なし 普賢菩薩 弁 東(ひんがし) 念珠 澄むだる 1 三番 讒言 碁盤 无 験(げん) 0 内侍(かん)の君 女・女君 御(おほん) 无

/N/

(( 1 (( ( 1 1 1 1 1 ( 1( 武

(( ( 10 11 1 1 ( 無

(( 1 ( 1( ( ( 1 1 1 1 1 1 1 ( ( 无

(15)

ほ う が 多 い が 、 こ れ は 、「 武 」 が 接 頭 語 「 御 」 の 表 記 に 集 中 し て い るためである。よって、自立語そのものの表記には「无」が使用さ れると言ってよい。

  付 属 語 の

ずれも、 が 二 三 例 、「 无 」 が 二 五 例 で あ る 。 三 文 字 の い

/N/

の 表 記 は 、「 武 」 が 三 二 例 、「 無 」

/N/

の表記に用いられる傾向がある。

  こ こ で 、 試 み に 、 書 風 ご と に 「 武 」「 無 」「 无 」 の使用傾向を見てみたい。 小松 (一九六〇) 以 降 、「 詞 書 」 の 書 風 は 五 種 あ る と 考 え る の が 一 般的であり、 次のように分類整理されている。

   第Ⅰ類、柏木・横笛・鈴虫・夕霧・御法    第Ⅱ類、蓬生・関屋・絵合・松風    第Ⅲ類、 若紫 ・ 末摘花 ・ 早蕨 ・ 宿木 ・ 東屋    第Ⅳ類、竹河・橋姫    第Ⅴ類、常夏・薄雲・少女・蛍   こ の 書 風 五 種 ご と に 、「 武 」「 無 」「 无 」 の 使 用 状況を、 自立語と付属語に分けて見てみると、 【表4】 のようになる。 そして、 【表4】 から、 次のことが指摘できる。

向が高い。 は 「 无 」 の 使 用 が 少 な く 、「 無 」「 武 」 の 使 用 傾   「 無 」 は 第 Ⅰ 類 に 集 中 す る 。 ま た 、 第 Ⅰ 類 で

  第Ⅲ類では、 自立語に 「武」 が多用され、 付 属語には 「无」 が多用されている。 これに対し、 第Ⅳ類においては、 自立語に対して 「武」 も「无」 も多用されている。   付属語に限定して言えば、第Ⅰ類において「無」が集中的に用い られている。また、第Ⅰ類では、他類と比較して「武」も付属語の 表記に用いられる傾向が高い。一方、第Ⅲ類においては「无」が付 属 語 の 表 記 に 用 い ら れ る 傾 向 が あ る 。 し た が っ て 、「 無 」「 武 」 は 第 Ⅰ 類 の 付 属 語 の 表 記 に 用 い ら れ る 傾 向 が 高 く 、「 无 」 は 第 Ⅲ 類 に お いて使用される傾向にあると言える。   以上を総じて言えることは、自立語中の

/N/

は「无」で表記し、

/mu/

/u/

/m/

)は「武」で表記する傾向があること、付属語中の

の三点である。 類~第Ⅴ類)によって「武」 「無」 「无」の使用傾向が異なること、こ 「武」 「無」 「无」のいずれもその表記に使用されること、書風(第Ⅰ

/N/

には   な お 、「 武 」 の 使 用 法 と し て 、 次 の 一 点 は 再 考 の 余 地 が あ る 。 鈴 虫 巻 に お い て 、「 式 部 大 夫 」 が 「 之 幾 武 乃 多 以 不 」〈 鈴 虫 二 、一 ③ 〉 と表記されている点である。この「武」は仮名として、つまり「し き む の た い ふ 」 を 意 図 し て こ う 表 記 し た と も 考 え ら れ る が 、「 武 」 の漢字音「ぶ」にひかれて「しき武」を意図しているとも考えられ るからである。 ただし、 「詞書」 にはこれに類する表記例がないため、 本稿ではこの用例を仮名「む」の例として扱っている。

おわりに

  以 上 、「 詞 書 」 の 表 記 に 関 す る 考 察 を 行 っ て き た 。 本 稿 で 述 べ た ことをまとめると以下のようになる。 一. 「詞書」には明らかな誤字・脱字・衍字があり、 「詞書」がテキ

【表4】「武」「無」「无」の書風ごとの使用状況

計 第Ⅴ類 第Ⅳ類 第Ⅲ類 第Ⅱ類 第Ⅰ類

付属語 自立語 付属語 自立語 付属語 自立語 付属語 自立語 付属語 自立語

(( ( 1( ( 1( ( ( 1( 1( 武

(( 1 1 1 (1 ( 無

(( ( ( 11 1( ( ( ( ( 1 无

(16)

ストとして成立しない箇所がある。これらは、仮名の混同、改 行による目移り、同じ仮名の反復、他語への類推などによって 生じたものと推測される。要因が推定できない誤字・脱字・衍 字は、書写者の不注意により生じた書き損じであると考えられ る。 二. 「 詞 書 」 の 仮 名 表 記 に は 歴 史 的 仮 名 遣 い と 一 致 し な い 箇 所 が あ り、 「まいる(参る) 」「なを」のように歴史的仮名遣いと一致し ない形で表記が固定しているものと、歴史的仮名遣いとは一致 せ ず 混 同 し て い る も の と が あ る 。 ま た 、「 を 」「 お 」 の 混 同 例 の 中には、定家仮名遣いと一致するものがある。 三. 「 詞 書 」 の 変 体 仮 名 に よ る 仮 名 表 記 を 眺 め た と き 、 変 体 仮 名 の 運用に規則性が見出される。

  ・ 行頭に同音の仮名が並ぶ場合、字母の異なる仮名を用いたり、 字母が同じ仮名の異なる字形を用いたりして、見た目が異なる よう表記する傾向がある。

  ・ 自立語

/Fa/

/wa/

の表記には「者」 、係助詞「は(

「波」 「八」 、

/wa/

)」の表記には

/ba/

の表記には「盤」を用いる傾向がある。

  ・ 自 立 語 中 の

/N/

を 「 无 」、

/mu/

/u/

( 語中の

/m/

) は 「 武 」 で 表 記 し 、 付 属

「无」の使用傾向が異なる。 傾向がある。 また、 書風 (第Ⅰ類~第Ⅴ類) によって、 「武」 「無」

/N/

には「武」 「無」 「无」のいずれをもその表記に使用する

  なお、 本稿の行った考察は、 『詞書』 の考察にとどめるのではなく、 『物語』の写本と異体仮名の字母レベルで、また、その崩し方レベ ルで比較する必要のあるものであるが、これについては別稿にて述 べることとする。 注 (1) 『紫式部日記』の「このわたりに、わかむらさきやさぶらふ」 の 記 述 か ら 、 寛 弘 五 ( 一 〇 〇 八 ) 年 頃 に は 、『 物 語 』 は 部 分 的には成立していたと目されている。 また、 源師時 『長秋記』 の元永二(一一一九)年十一月二七日の源氏物語の絵画化に 関連する「源氏絵ノ間紙調進スベシ」の記述、また、絵画の 様式、描かれた装束や調度品、筆跡、料紙などの研究を総合 して、 『絵巻』 は、 一二世紀初めから半ば、 保安元 (一一二〇) 年~久安六(一一五〇)年の作成であると推定されている。 (2) 「詞書」は、 『物語』の写本群のうち、いわゆる別本系の本文 に近く、とりわけ国冬本に近いと言われる(伊藤二〇〇一・ 今西二〇〇一) 。 また、 関 (二〇〇〇) は、 「詞書」 と 『物語』 の文章を比較し、その違いを、 「「詞書」は説明し、物語本文 は描写する」と述べている。 (3)三谷・三田村(二〇〇八)に拠る。 (4) 柏木(断簡一)は、田中親美氏による模写によって確認する ことができる。資料(徳川一九七一)ではこの模写を見るこ とができるので、本稿は柏木(断簡一)を考察対象に含める こととする。 (5) 単語の認定のしかたによって延べ語数・異なり語数とも増減 するが、本稿の論旨には影響しない。 (6) 「詞書」 に使用されている漢字を、 使用頻度が高い順に挙げる。

     御人心院中将宮右月給大女六条丁念秋露八九朝臣思行侍珠 花房弁見十申帳三五七泉上納風言従修相長宰殿葉番東藤紅 法覧我京君恨事身冷哥御人心院中将宮右月給大女六条丁念

(17)

秋露八九朝臣思行侍珠花房弁見十申帳三五七泉上納風言従 修相長宰殿葉番東藤紅法覧我京君恨事身冷哥     なお、その文字が漢字として用いられているのか仮名として な の か は 判 然 と し な い 場 合 も あ る 。 例 え ば 、 用 例

( (二〇〇七) 村 ( 一 九 六 七 )、 古 谷 ( 一 九 七 一 )、 源 ( 一 九 五 三 )、 木 版 本 (7) 清 水 ( 二 〇 一 一 )、 五 島 ( 二 〇 一 〇 )、 田 島 ( 一 九 九 四 )、 中 性もある。 を本稿では漢字と考えたが、仮名として用いられている可能

((

の 「 見 」

) 用例

( (9)注7に同じ。 ではなく「い」の脱落であるとした。 では 「参る」 は仮名表記が 「まいる」 で固定しているので 「ゐ」 の 、 書 写 の 折 の 不 注 意 で あ る と 考 え ら れ る 。 な お 、「 詞 書 」

1

で脱字が生じる要因は、本稿三.二.で述べるところ

( 殿」 )への類推であると考えられる。

10

) 「の」 の脱落があるとすれば、 その要因は、 他語 (ここでは 「故

( に近いといったことは考慮していない。今後の課題である。 の字母 「安」 が、 漢字 「安」 に近い、 あるいは、 平仮名 「あ」 種の調査に終始したため、 文字の崩し方の度合い、 例えば 「あ」 査結果とは異なる点がある。なお、本稿は今回の調査では字 「 安 」「 阿 」 は あ る も の の 、「 案 」「 悪 」 を 欠 く な ど 、 本 稿 の 調 が掲載されている。ただし、例えば「あ」の変体仮名として

11

) 中村 (一九五四) には 「詞書」 の 「筆跡別使用平假名一覧表」

と あ り 、 異 同 は な い こ と か ら 、「 る ( 流 )」 と 「 に ( 仁 )」 が

1(

) 例えば、 次の例の傍線部は、 『物語』 には 「さまざまな る こと」 能である。 に「さまざま」 「なにごと」の二語であると考えても解釈は可 混同したとも考えられる。しかし、傍記する校訂本文のよう

     ○ 己連可礼裳乃須連止裳 佐万 〳〵 奈 仁 己止 仁毛己ゝ呂尓加 須女八部良須〈柏木二、六⑪〉

      ( こ れ か れ も の す れ ど も 、 さ ま ざ ま 何

なに

ごと

に も 心 に か す め はべらず) (

( 文には「 こゝこそ みゆる」とあるからである。 あ る 。 当 該 箇 所 は 『 大 成 』 は 「 こ ゝ と み ゆ る 」、 別 本 系 の 本

1(

) 当該箇所をどのように校訂するのが適当かは再考する必要が 所以前を欠いた断簡であるため断定しがたい。

1(

) 次に示す用例も文字が脱落している可能性があるが、当該箇      ○奈利止毛 以者左之 〈若紫断簡、①〉

      (なりとも 言はざ《り》し ) (

( 字の例として扱った。 別国語大辞典室町時代編』 (三省堂)にも立項がないので、脱

1(

  ) 「怠す」は、 『日本国語大辞典 第二版』 (小学館)にも『時代

1(

)福井(一九七五)に拠る。

「 を こ な り 」 は 、『 仮 名 文 字 遣 』 に 「 お こ に な り ぬ 」「 を こ の 仮名遣いが一定しているとは言い難い。同様に、⑬に挙げた とあり、 「親子」 の場合は 「おやこ ・ をやこ」 の記述があって、 文字遣』 においても 「親」 に関して 「おや (親) の時はお也」 書 」 は 「 を や 」 で あ り 、 定 家 仮 名 遣 と は 一 致 し な い 。『 仮 名 鎌倉時代のアクセントは 「低低」 であるにもかかわらず、 「詞

1(

) 定家仮名遣とは一致しないものもある。⑫に見た「親」は、

参照

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臨脈講義︐

経済学の祖アダム ・ スミス (一七二三〜一七九〇年) の学問体系は、 人間の本質 (良心 ・ 幸福 ・ 倫理など)

〔追記〕  校正の段階で、山﨑俊恵「刑事訴訟法判例研究」

〔付記〕

目について︑一九九四年︱二月二 0

その認定を覆するに足りる蓋然性のある証拠」(要旨、いわゆる白鳥決定、最決昭五 0•

モノーは一八六七年一 0 月から翌年の六月までの二学期を︑ ドイツで過ごした︒ ドイツに留学することは︑