修 士 学 位 論 文
題 名
指 導 教 授 教 授
平 成 年 月 日 提 出
首都大学東京大学院
理 工 学 研 究 科 専 攻
学修番号 12880322
氏 名 手塚 晴明
多価イオン衝突による
CO
2, OCS
の 解離ダイナミクス城丸 春夫
26 01 10
分子物質化学
目次
第 1章 序論 ……… 6
1-1 電子捕獲反応 7
1-2 多価イオン衝突実験 9
第 2章 実験 ……… 10
2-1 Ar8+の生成と輸送 11
2-2 均一電場型CEI装置 13
2-2-1 CEI装置 13
2-2-2 ガスノズル 14
2-2-3 位置有感検出器 14
[1.] TOF 15
[2.] 位置情報 16
2-3 散乱イオン価数選別部 18
2-4 Ar8+ - Ar実験 20
2-5 計算手法 21
2-5-1 TOFの補正 21
2-5-2 KER 21
2-5-3 Newton plot 22
2-5-4 Dalitz plot 22
第 3章 実験結果と考察 ……… 23
3-1 CO2 23
3-1-1 Single hit 25
[1.] TOFスペクトル 25
3-1-2 Double hits 26
[1.] Coincidence map 26
[2.] KER 27
3-1-3 Triple hits 28
[1.] Coincidence map 28
[2.] KER 29
[3.] Newton plot 32
[4.] Dalitz plot 34
3-2 OCS 37
3-2-1 Single hit 39
[1.] TOFスペクトル 39
3-2-2 Double hits 40
[1.] Coincidence map 40
[2.] KER 41
3-2-3 Triple hits 43
[1.] Coincidence map 43
[2.] KER 44
[3.] Newton plot 46
[4.] Dalitz plot 48
第4章 まとめ ……… 52 参考文献 ……… 53 謝辞 ……… 55
学位論文要旨(修士(理学))
論文著者名 手塚 晴明
論文題名:多価イオン衝突によるCO2,OCSの解離ダイナミクス
多価イオン衝突実験による分子の多重イオン化では,運動量ベクトルの解析 から多価分子イオンの構造,解離ダイナミクスに関する知見が得られる.本研 究では二酸化炭素(CO2)と硫化カルボニル(OCS)を対象分子とした.CO2は 多重電離による解離において直線3原子分子のモデル分子として[1~3],OCSは 多重電離によるCO, CS結合の解離の優先性を調べるためのモデル分子として研 究されている[4, 5].先行研究では解離イオンの測定トリガーとして衝突後の多 価イオン(散乱イオン)から発生するオージェ電子を用いており,散乱イオン の価数は測定していない.そのため,オージェ電子放出数が異なるイベントを 区別できず,オージェ電子が放出しないイベントの観測もできなかった.今回,
それらの欠点を補うため散乱イオンをトリガーとした測定を行った.
装置概略を図 1 に示す.TMU- ECRIS から引き出した 120 keV Ar8+を2つのφ1 mmのコリメータ ーにより切りだし,偏向電場で制御 して CO2,または OCS 分子線と垂 直に衝突させた.標的分子は多電子 捕獲されて解離し,反跳イオンとな る.これを均一電場で引き出し,
MCP とバックギャモン形アノード
を組み合わせた位置有感検出器を用いて検出した.散乱イオンは衝突領域下流 の偏向電場で価数選別し,さらに可動式スリットでAr6+またはAr7+のみを切り 出した.切り出した散乱イオンを測定トリガーとすることにより,解離イベン トを散乱イオン種により区別し,反跳イオンを位置有感飛行時間計測した.
得られた解離イオンの飛行時間(TOF)を x軸,y 軸にして作成した 2 重ま
たは3重coincidence map上の島を,それぞれの解離過程に帰属し,島のイベ
ント数から解離チャンネルの分岐比を算出した.解離イオンのTOFと位置情報 からそれらの運動量ベクトル,解離運動エネルギー(KER)分布を求め解離直 前の多価分子イオンの構造について考察した.
解離イベントの分岐比では,散乱イオンが Ar7+のイベントは 1 価の親イオン
(CO2+, OCS+)が最も優勢であり,3電子捕獲2オージェ電子放出の解離イベン トまで観測された.Ar6+のイベントでは6電子捕獲4オージェ電子放出の解離イ ベントまで観測された.
2 体解離の同一の解離イオン対における KER分布は散乱イオンの違いによら ずほぼ一致した.また3体解離では散乱イオンがAr7+の(O+ + C+ + O+), (O+ + C+ + S+)イベント(以後,(O+ + C+ + O+; Ar7+), (O+ + C+ + S+; Ar7+)と表記する)よりも,
Ar6+のイベントの方が高エネルギー成分を多く含む.(O+ + C+ + O+)チャンネルの KER 分布では低エネルギー成分は 6+と 7+で一致し,高エネルギー成分は
図1 実験装置概略図
Ar6+の方が多い.3電子捕獲2オージェ電子放出よりも1オージェ電子放出のイ ベントの方が高励起状態の標的イオンからの解離成分を多く含むと考えられる.
(O+ + C+ + S+)では,Ar6+は高エネルギー成分が多く,Ar7+は低エネルギー成分を多 く含んでいる.2オージェ電子放出では構造変化が寄与し,1オージェ電子放出 では高励起状態での解離が寄与したと考えられる.
図2はO+の運動量ベクトルで規格化した(O+ + C+ + S+; Ar6+ )解離のNewton plot(解離したイオン片の運動量ベクト
ル相関図)である.両端のイオンの運動 量ベクトルのなす角はおよそ 160°であり,
直線構造ではなく尐し屈曲している.中 心のC+は両端のイオンに挟み込まれて いるため運動量は他の 2 つに比べ小さい.
Newton plotにおいて,逐次解離は2つ の半円弧状にプロットされる.(O+ + C+ + S+; Ar6+ )解離では基準イオンがO+, S+の プロットを比較した結果,CO2+を経由す る反応がCS2+を経由する反応よりも優勢 だった.
図3は(O+ + C+ + S+; Ar6+)解離のDalitz plot(3つの解離断片の運動エネルギー相 関図)であり,縦軸は中心原子のC+の運 動エネルギーを規格化し,横軸は両端の O+とS+のエネルギーの差を規格化した.
(0.1, -0.3)付近のイベントは中性状態の平 衡核配置からOCS3+が直接3体解離した ことを表している.また,そこから左上 へ伸びたイベントは中間体CO2+を経由す る逐次解離を,右上へ伸びたイベントは CS2+を経由する逐次解離を表す.(O+ + C+ + S+; Ar6+)解離はほとんどが直接解離であ
り,逐次解離は5%程度であった.その他の解離イベントでも直接3体解離反応 が優勢だった.逐次解離は,CO2標的では(O+ + C+ + O+; Ar6+), (O+ + C+ + O+; Ar7+), (O2+ + C+ + O+; Ar6+)解離チャンネル,OCSでは(O+ + C+ + S+; Ar6+), (O+ + C+ + S+; Ar7+), (O2+ + C+ + S+; Ar6+), (O+ + C+ + S2+; Ar6+), (O+ + C+ + S3+; Ar6+)解離チャンネル で観測された.このとき逐次解離はCO2+, CS2+を経由するイベントのみであった.
この結果から,3価以上のCO, CSイオンを経由した逐次解離はなく,直接3体 解離のみが起こることが明らかになった.
1 J. H. Sanderson, T. Nishide, H. Shiromaru, Y. Achiba and N. Kobayashi, Phys. Rev. A, 59 4817 (1999).
2 B. Siegmann, U. Werner, H. O. Lutz and R. Mann, J. Phys. B, 35 3755 (2002).
3 N. Neumann, D. Hant, L. Ph. H. Schmidt, J. Titze, T. Jahnke, A. Czasch, M. S. Schoffler, K.
Kreidi, O. Jagutzki, H. Schmidt-Bocking and R. Dorner, Phys. Rev. Lett., 104 103201 (2010).
4 M. R. Jana, B. Ray, P. N. Ghosh and C. P. Safvan, J. Phys. B, 43 215207 (2010).
5 B. Wales, T. Motojima, J. Matsumoto, Z. J. Long, W. Liu, H. Shiromaru and J. H. Sanderson, J.
Phys. B, 45 045205 (2012).
図2 (O+ + C+ + S+; Ar6+)解離
Newton plot (規格化イオン; O+)
図3 (O+ + C+ + S+; Ar6+) 解離Dalitz plot
第 1 章 序論
多価イオンは極めて反応性の高い物質であり,種々の標的に対する衝突実験 が行われている[1~8].多価イオンと分子の低速衝突では,多電子捕獲反応によ る分子の多重イオン化が起こることがわかっている.多価分子イオンは不安定 であるため,原子イオンや準安定の分子イオンに解離する.この過程をクーロ ン爆発過程という.高価数の多価分子イオンの解離では運動エネルギー(KER) はクーロンエネルギーに近く,解離したイオンの運動から解離直前の分子の構 造 や 解 離 ダ イ ナ ミ ク ス を 考 察 す る ク ー ロ ン 爆 発 イ メ ー ジ ン グ(Coulomb Explosion Imaging; CEI)にも応用されている.一方,低価数のチャネルについ てはKERがクーロンエネルギーと大きく異なる場合もあり,逐次解離や異性化 後の解離など興味深い現象が報告されている.本研究では,CO2, OCSを標的に した多価イオン衝突実験を行い,多重イオン化した標的の解離ダイナミクスに ついて考察した.この章では,低速多価イオン衝突の一般的解説および散乱イ オン測定の意義,目的について,本研究を補足するかたちで述べていく.
第 1章 序論
1-1
電子捕獲反応一般に2価以上の電荷をもつイオンを多価イオンと呼ぶ.多価イオンと原子・
分子が衝突するとき,単に玉突き的に運動量のみが変化する弾性衝突過程,励 起や電離が起きる非弾性衝突過程が考えられる.想定される非弾性過程として は基本的に以下の4 つが挙げられる.
Xq++ Y →
X q−r ++ Yr+ ∶電子捕獲反応 X q+r ++ Y + 𝑟𝑒+:入射イオンのイオン化 Xq+ + Y∗ :標的の励起 Xq+ + Yr+ + 𝑟𝑒+:標的のイオン化
これらの反応断面積は衝突粒子間の相対速度によって異なり,水素原子の 1s 軌道にある電子の古典的な速度1 a.u. (≂2.19×106 m/s)を基準に「高速衝突」と
「低速衝突」に便宜的に分類される.高速衝突では,多価イオンと標的の相互 作用時間が短いため標的に束縛された電子が多価イオンに捕まりにくく,電子 捕獲反応断面積は小さくなる.一方多価イオンが標的の電子を弾き飛ばしやす くなるので標的のイオン化断面積が大きくなり,また多価イオン自身の電子が 剥がされるので入射イオンのイオン化断面積も大きくなる.低速衝突では,イ オンと標的が電子の運動速度以下で近づくので,多価イオンのクーロン力によ って引き出された標的内の電子は多価イオンの電子軌道に移りやすくなり,電 子捕獲反応が主要になる.本研究で実験を行った速度は 0.347 a.u. (≂7.61×105 m/s)であり,イオン化よりも電子捕獲が優勢になると考えられる.
多価イオンは非常に大きなポテンシャルエネルギーを持つため,一度に複数 の電子が移行する多電子捕獲過程も可能である.多電子捕獲の一般的な反応式 は以下である.
X𝑞++ Y → X 𝑞−𝑟 +∗+ Y𝑟+ + ∆𝐸′
→ X 𝑞−𝑟+𝑛 ++ 𝑛e− + Y𝑟+ + ∆𝐸′ + ∆𝐸
これは価数 q の多価イオンが標的から r 個の電子を捕獲し,多重励起状態から 脱励起して n 個の電子を放出した過程である.このとき放出された電子をオー ジェ電子といい,この反応を自動電離という.また,電子捕獲ののち自動電離 を起こし最終的に(r-n)個の電子を捕獲する反応をTransfer Ionizationとも呼ぶ.
多電子捕獲は発熱反応であり,発熱分(∆𝐸′ )は X, Y の運動エネルギーとオージ ェ電子の運動エネルギー(∆𝐸)および(Y𝑟+)の内部エネルギーとなる.
この よう な 反応 は古典的オーバーバリアモデル(Classical Over Barrier model; COB)でよく説明される[9, 10].概念図をFig.1- 1に示す.多価イオンが 標的に近づくと多価イオンの深いポテンシャルの谷と標的の谷が重なり,両者 の間のポテンシャル障壁が下がっていく(Fig.1- 1の①).そして電子のエネルギ ーよりもポテンシャル障壁が下がったとき,電子が多価イオンと標的の間を移 動できるようになる(Fig.1- 1の②).その後,多価イオンと標的の距離が広がる とポテンシャル面が上がり,このとき電子が多価イオン側にあると電子が捕獲 される.オージェ電子が放出されるのは多価イオンが複数の電子を捕獲し,多 重励起状態となったときである(Fig.1- 1の③).
Fig.1- 1 COB概念図
このときの散乱イオンのオージェ電子放出は衝突径数と関係がある.Fig.1- 2 は Ar8+と原子標的が衝突し 2電子捕獲が起こったときのポテンシャル曲線の概 略図である.多価イオンと標的は分子間力を除けば原子間距離が小さくなるま でほぼ一定のエネルギーを持つ.一方,電子捕獲後はクーロン反発によって近 似的にR-1に比例するポテンシャルとなる.ここで①で電子捕獲が起こると核間 距離 R が大きいので両者のポテンシャル障壁が高く多価イオンは高いポテンシ ャルエネルギーを持つ電子を捕獲するため多重励起状態となる.これが脱励起 するときにオージェ電子を放出する.一方,②ときにはポテンシャル障壁は① の場合よりも低くなり,多価イオンは低いポテンシャルエネルギーの電子を捕 獲するためオージェ電子を放出しない.ここでポテンシャルの交点①,②で電 子捕獲される確率が同じならば,Rの大きい①の方が断面積は大きい.G. Astner et al による実験では散乱イオンの1オージェ電子放出(Ar8+ + Ar → Ar7+ + Ar2+
+ e- )の反応断面積は(23 ± 2) ×10-16 cm2, オージェ放出なしの2電子捕獲では (Ar8+ + Ar → Ar6+ + Ar2+)反応断面積はより小さく(3.1 ± 0.6) ×10-16 cm2であっ た[11].ここから,Ar8+は2電子捕獲1オージェ電子放出の方が衝突係数が大き いことが示唆される.また,当研究室の早川はAr8+-CD3OH衝突の2電子捕獲 反応において,1 オージェ電子放出の散乱イオン Ar7+のイベントで観測された CD2OH2+が,オージェ電子放出なしのAr6+のイベントでは高い振動励起状態と なり解離することから,散乱イオンの終状態から標的分子の解離を区別できる ことを示した[12].以上を踏まえて本研究では,同じ電子捕獲数でもオージェ電 子放出数の違いによる,標的イオンの解離過程の変化を測定,考察することを 目的とした.
Fig.1- 2 Ar8+-原子衝突の2電子捕獲ポテンシャル曲線概略図
第 1章 序論
1-2
多価イオン衝突実験原子や分子を多重イオン化する方法として,軟 X 線による内殻イオン化,多 価イオン衝突,電子衝突[13~15],高強度レーザー照射[16~18]などがある.多 価イオン衝突の利点としては,コインシデンス計測が容易である,他の手法よ り多電子捕獲断面積が大きいなどが挙げられる.また,イオン種,衝突速度,
価数,衝突径数などに依存して各反応の断面積も異なるのが特徴である.多電 子を捕獲された分子は多くの場合解離する.高価数の分子イオンの解離は10-14s の時間スケールで起こり,分子振動(10-13s)や分子回転(10-9s)よりも速い.運動 量ベクトルの解析から解離直前の多価分子イオンの構造,解離ダイナミクスに 関する知見が得られる(Fig.1- 3).
Fig.1- 3 多価イオン衝突実験
本研究ではCO2とOCSを標的にした.3原子分子の多重電離に伴う3体解離 においては,2 体解離と比較してはるかに複雑な現象が観測される.例えば CO23+や OCS3+の解離で観測される準安定 CO2+, CS2+を経由した逐次解離など が興味深い.
分子サイズに比べ価数が小さい場合,多価分子イオンは長寿命化するととも に,解離スキームは古典的クーロンモデルから離れる.分子の全電子数はCO2 <
OCS であり,両者の対称性は異なっているため,エネルギーの分配については 異なる様相を示すと予想される.OCSの先行研究では,(O+ + C+ + S+)解離にお いてCO2+, CS2+を経由する逐次解離の比較からCS 結合の方がCO結合よりも 切れやすいことが示されている[5].しかし,先行研究では検出効率の違いから オージェ電子数の多いイベントを過剰に見積もっていた.また,オージェ電子 を放出しないイベントは検出できない.そこで今回はオージェ電子放出によら ない散乱イオンをトリガーにした実験を行った.
第 2 章 実験
実験装置の概略図をFig.2- 1に示す.首都大多価イオン源(TMU-ECRIS)には 分子衝突実験用ビームラインが2本あり[12, 19],それぞれ「φ120 mmの位置 有感検出器を有し,高エネルギーの反跳イオンを測定できる」「散乱イオンの価 数を測定できる」という特徴があった.これら2つの特徴を同時に生かすため,
大型検出器を持つビームラインに散乱イオンの価数選別装置を組み込んだ.
TMU-ECRISから引き出した120 keV Ar8+を2つのφ1 mmのコリメーター により切りだし,偏向電場で制御して CO2, OCS と衝突させた.散乱イオンは ビーム下流の偏向電場で価数選別し,さらに可動式スリットで特定の価数の散 乱イオン(Ar6+, Ar7+)のみを切り出して検出した.これを反跳イオン測定のトリ ガーとすることにより,衝突後の入射イオンの価数を選別し,反跳イオンの位 置有感飛行時間測定を行った.
Fig.2- 1 実験装置概略図
実験時の衝突チャンバー内の圧力は約 4.0 × 10-5 Pa (ガス導入前は約 7.8 × 10-7 Pa), 測定時間はTable. 1のようになった.
Table. 1 各実験の測定時間と単位時間当たりのイベント数
以下に実験装置をイオン源,衝突領域,散乱イオン検出部に分け記述する.
Elapsed time Counts/s CO2_Ar6+ 23h52m 14.3 CO2_Ar7+ 23h02m 1.6 OCS_Ar6+ 28h16m 7.3 OCS_Ar7+ 15h41m 1.7
第 2章 実験
2-1 Ar
8+の生成と輸送本研究で用いたイオン源は電子サイクロトロン共鳴型イオン源(Electron Cyclotron Resonance Ion Source; ECRIS)である(Fig.2- 2).磁場中でサイクロ トロン運動する電子をマイクロ波によって共鳴的に加速し,試料ガスとして入 れた原子や分子を逐次電離することで多価イオンを生成する.
ECRISは生成する多価イオンの価数が中程度であり,イオンビームのエネル
ギー幅が大きく,また励起状態のイオンも生成するという欠点もあるが,大電 流のイオンを比較的安定に供給することができるという特徴がある.多価イオ ン生成のメカニズムは以下である.
Fig.2- 2 ECRIS概略図
磁場中において運動する電荷はローレンツ力によって磁力線に巻き付く様な 螺旋運動を行う.この螺旋運動の周波数はサイクロトロン周波数と呼ばれる.
サイクロトロン周波数のマイクロ波を電子に照射すると,電子が加速される.
これを電子サイクロトロン共鳴(Electron Cyclotron Resonance; ECR)という.
TMU-ECRISの周波数は14.25 GHzである.
加速された電子が中性粒子・イオンと衝突することで電子を叩き出し,逐次 電離することによって多価イオンを生成する.ECRISでは軸方向はミラー磁場,
動径方向は6極磁場を用いることでプラズマを閉じ込めている.
また,プラズマチャンバーを引き出し側よりも高電位にすることで多価イオン を引き出している.
引き出したビームにはECRISで生成した全てのイオン種が含まれている.そ こでエネルギー分析器を用いて Ar8+のみを選別し,さらに磁石で曲げて実験用 のチャンバーに輸送している(Fig.2- 3).
Fig.2- 3 TMU-ECRISとビームライン
また,イオンビームの制御のため,衝突領域直前に 2 組の平行電極を取り付 けた(Fig.2- 4).イオン入射口側(図のフランジ側)の電極に下向きの電場を,
出口側(図の電極側)に上向きの電場をかけ,イオンビームを水平移動させる.
これにより衝突領域の電場によって上向きに偏向するイオンを下方修正して,
分子ビーム衝突させた.
Fig.2- 4 平行電極の組図
第 2章 実験
2-2
均一電場型CEI
装置2-2-1 CEI
装置この装置は当研究室の中太が2008年度に作成したものである[19].この特徴 は大型検出器の直径120 mmのMCPに合わせた均一電場をかけることで,高い 運動量を持つイオンも検出できることである.この装置は衝突中心から投射さ れた65 eVのN+, N4+ならば267 eV の運動エネルギーを持つ粒子まで検出でき るように設計されている.装置の外形は高さ約180 mm×直径210 mmの円柱と 高さ130 mm×直径120 mmの円柱を組み合わせで,断面図は凸の形をしている
(Fig.2- 5).
この装置のもう1つの特徴は多価イオンビームが電場の影響を受ける距離を 短くすることで,ビームを装置外に通り抜けられるようにしたことである.多 価イオンビームは装置内に入ると電場の影響を受けて軌道が曲がる.そのため,
電場の影響が大きいと散乱イオンは発散し,その後の価数選別が困難になる.
そこで,MCP近傍の電極の内径はMCPと同じ直径120 mmと大きいのに対して,
衝突中心近傍の電極の内径は36 mmと小さくした.電極の径の大きさは4パター ンあり,検出器に平行に運動するイオンの軌道に合わせ,検出器に近くなるに つれ径を大きくしている.その結果,高エネルギーの反跳イオン検出も可能に し,多価イオンは電場の影響が尐なく衝突領域を抜けることができる.
Fig.2- 5 均一電場型CEI装置
電極への電圧はMCP近傍の電極に3090 V,セラトロン近傍の電極に1440 Vを 印加している.装置内の加速電場は約15 V/mmである.
2-2-2
ガスノズル従来の CEI装置にはガスノズルからそのまま衝突領域に標的ガスを噴射して いたが,反跳イオンの運動量ベクトルを精度良く測定するためには標的ガスと イオンビームの衝突体積が小さい方が良い.そこで指向性の高い標的ビームを 得るために,ガスノズルと衝突領域の間にスキマーを設置した.それに伴いス キマーを固定する差動排気隔壁を新規設計し取り付けた(Fig.2- 1).この隔壁で スキマーとノズルを固定することにより,衝突領域の真空を保ち,指向性の高 い分子ビームを得ることができた.
Fig.2- 6 隔壁とノズル
2-2-3
位置有感検出器本研究の検出器は直径 120 mmのMCPと一体になったバックギャモン型ア ノードを用いた位置有感型の 2 次元検出器である.検出された信号は以下のよ うに処理される.解離イオンが位置有感検出器に到着すると,検出器からFig.2- 7のような電荷積分型アンプ(荷電有感型プリアンプ142B ORTEC)の信号が 4つ(ch++, ch+-, ch-+, ch-)出力される.この階段状のグラフは横軸に時間(ns),
縦軸に電圧(V)をプロットしたものである.1 ns毎に得られる信号を4000点プ ロットしているため,横軸のフルスケールは4 μsとなる.図は2つのイオンを 検出した場合の例である.142BのEnergy outの信号は積分型であるので,階 段の立ち上がり時間がイオンの検出時間に該当し,4つの信号の立ち上がる時間 に差異はほとんどない.このように得られた信号を解析することで解離イオン の検出位置とTOFを算出している.信号の処理は以下である.
第 2章 実験
Fig.2- 7 PSDと出力される信号
[1.] TOF
実験で得られるTOFはFig.2- 8のような波形を解析することで算出している.
今回の実験では散乱イオンを測定のトリガーとしているため,衝突から散乱イ オンが検出されるまでの時間差がある.そこで散乱イオンを検出した時点から 1μs 遡った時点をTOF の仮の原点と定め,Ar8+-Ar 衝突実験を行いキャリブレ ーションして正確なTOF を算出した.初めに検出したイオンのTOF は階段の 一段目の立ち上がりのx座標,2番目に検出したイオンのTOFは2段目の立ち 上がりの x座標である.解析はまずプリアンプから出力される 4 つの波形信号 の足し合わせから行う.信号の立ち上がる時間はほぼ等しいので,この足し合 わせで信号を明確にして解析している.その後にデータ解析プログラムによっ てノイズの影響を除去するスムージング処理を行うことで Fig.2- 9 のようにな る.この作業では,0~4000-dt の範囲内で散乱イオン検出からの経過時間 t が V(t+dt) = V(t)を満たす点がdt = 240 ns以内にある場合,この2点の間のVに V(t)を代入している.この工程を経てスムージングされた階段状の信号の段差の 中点の時間をTOFとしている.また,段差の時間は約90 nsであるため,それ より短い時間に次のイオンが到着しても検知されない.
Fig.2- 8 プリアンプから出力される信号(ch++, ch+-, ch-+, ch-)
Fig.2- 9 プリアンプから出力された信号の処理手順
[2.]
位置情報検出イオンの検出位置情報(x,y)もTOF と同様に 4つの信号から算出される.
検出位置の解析の際には縦軸の電圧に着目している.グラフの波形を段差毎に 区切り,領域a,b,cと定め,領域の電圧をV0, V1, V2となるため,信号ch++の電 圧はV0++, V1++, V2++となる.ここで,領域間にある段差は電位差に該当するので.
電位差ΔV++は,
第 2章 実験
ΔV1++ = V1++ − V0++, ΔV2++ = V2++ − V1++
となる.同様にΔV+−, ΔV−+, ΔV−−も算出される.よって検出位置xn,ynは,
𝑥n′ ∝ 𝑎1∆𝑉𝑛+++ 𝑎2∆𝑉𝑛+−
𝑎1∆𝑉𝑛+++ 𝑎2∆𝑉𝑛+−+ 𝑎3∆𝑉𝑛−++ 𝑎4∆𝑉𝑛−−× 𝑏x+ 𝑐x yn′ ∝ 𝑎1∆𝑉𝑛+++ 𝑎3∆𝑉𝑛−+
𝑎1∆𝑉𝑛+++ 𝑎2∆𝑉𝑛+−+ 𝑎3∆𝑉𝑛−++ 𝑎4∆𝑉𝑛−−× 𝑏y + 𝑐y
となる.ここでa,b,cはそれぞれのプリアンプの利得の違いを補正するパラメー タであり,暗電流測定を基に算出した.今回の測定では,
𝑥n′ ∝ 1.17∆𝑉𝑛+++ 1.13∆𝑉𝑛+−
1.17∆𝑉𝑛+++ 1.13∆𝑉𝑛+−+ 1.215∆𝑉𝑛−++ 1.2∆𝑉𝑛−−× 55.8 − 1.79 yn′ ∝ 1.17∆𝑉𝑛+++ 1.215∆𝑉𝑛−+
1.17∆𝑉𝑛+++ 1.13∆𝑉𝑛+−+ 1.215∆𝑉𝑛−++ 1.2∆𝑉𝑛−−× 23.5 − 0.50
となる.ここで,𝑥n′は直径 40mmの MCPに対する値であり,本研究で使用し
ている120mmのMCPの値に変換して,
𝑥𝑛 = 3 × 𝑥n′ 𝑦𝑛 = 3 × yn′ で与えられる.
2-3
散乱イオン価数選別部この装置は当研究室の早川が作成したものを基にした(Fig.2- 10)[12].散乱イ オンを偏向電極で曲げ,さらに下流のMCPとバックギャモン型アノードを組み 合わせた位置有感検出器にて検出する.散乱イオンは価数によって電場から受 ける力が異なるため,価数の違いによりイオンの検出位置が異なる.ここでス リットを用いて,特定のイオンのみを切り出し,反跳イオン測定のトリガーと して用いることでそれに対応する衝突イベントのみを測定することができ,散 乱イオンの価数を選別した標的多価分子イオンの解離過程が測定できる.
Fig.2- 10 スリットと散乱イオンの位置有感検出器
衝突領域の電場により散乱イオンは曲がるため,そのままでは散乱イオン検 出器まで届かない.そこでイオン軌道シミュレーションソフトSIMIONを用い て最適な価数選別器の形状を考え,製作した.この平行電極に衝突領域とは逆 方向に電場をかけることで,散乱イオンを検出器まで誘導するとともに,価数 選別を行った(Fig.2- 11).
Fig.2- 11 SIMIONによる散乱イオンの軌道(Ar8+~Ar4+)
第 2章 実験
価数選別のための平行電極シミュレーションをFig.2- 12に示す.装置の制約 からφ102 mmのチャンバー内に納まり,なおかつMCPで各価数のイオンの中 心が離れるように設計した.漏れ電場によるレンズ効果でイオンが収束するこ とがわかる.
Fig.2- 12 平行電極によるイオンの収束(SIMION)
漏れ電場の影響が強くなるように,電極のサイズをイオンビームの方向では
40 mmと短く,垂直方向には50 mmと長くした.また,電極間を広くすると
漏れ電場の影響が大きくなるので,下部の電極を可動式にし,間隔を変化でき るようにした.これによりイオンビームの直径を8 mmから3 mmに収束する ことができた(Fig.2- 13).
Fig.2- 13 イオンビームの収束(120 keV Ar8+)
なお,この装置設計は本実験の後に行ったため,本論文で示す結果はFig.2- 13 の左のビーム径で行った実験によるものである.
2-4 Ar
8+- Ar
実験装置作成の動作試験としてAr8+ - Ar衝突実験を行った.Fig.2- 14にAr8+ - Ar 衝突における散乱イオンの位置情報と Y 軸方向におけるヒストグラムを示す.
高価数イオンの方が上部に位置する.散乱イオンは価数の高いイオンの方が生 成 量は 多 かった. 図の 上部 のス リ ッ トを用 い て Ar8+を 切り落とし た ので Ar5+~Ar7+のみが観測された.ここからスリットも用いてAr6+, Ar7+をそれぞれ 切り出して散乱イオンの価数を特定し,反跳イオンのTOFスペクトルを測定し た.
Fig.2- 14 散乱イオンの選別(左; 検出位置,右; Y軸ヒストグラム)
Fig.2- 15 に散乱イオン別の反跳イオン TOF スペクトルを示す.散乱イオン
Ar6+では反跳イオンAr2+~Ar5+まで観測され,Ar3+を生成する3電子捕獲1オー ジェ電子放出過程が優勢だった.散乱イオンAr7+では反跳イオンAr+~Ar3+まで 観測され,Ar+を生成する1電子捕獲過程が優勢だった.
Fig.2- 15 散乱イオン別の反跳イオンTOFスペクトル (左; 散乱イオンAr6+, 右; Ar7+)
第 2章 実験
2-5
計算手法2-5-1 TOF
の補正反跳イオンのTOFには散乱イオンの到着時間,装置による時間差がある.そ れらを補正するためにAr8+-Ar衝突を行い,TOFのキャリブレーションを行っ た.
一般に衝突による運動量移行はクーロン解離の運動量と比べるとはるかに小 さいため,原子標的イオンは初期運動量を持たないと近似できる.その場合TOF は,
𝑇𝑂𝐹 = 2𝑧0
𝑎 = 2𝑧0𝑚 𝑞𝑒𝐸
となる.𝑞は標的イオンの価数,𝑧0は衝突中心から検出器までの距離,Eは衝突 領域の電場の強さである.測定値のTOFとの差(ΔT)を考慮すると,
𝑇𝑂𝐹𝑒𝑥𝑝 = 2𝑧0𝑚 𝑞𝑒𝐸 + 𝛥𝑇
となり,ここでの散乱イオンの到着時間や装置の時間差がΔTである.TOFスペ クトルのピークから価数の同定を行い,横軸を 𝑚
𝑞𝑒,縦軸をTOFでプロットした ものを最小二乗法でフィッティングすることで得られた近似式の切片からΔTを 求めた.本実験の時間差は-173.9 nsであった.
2-5-2 KER
解離断片の初期運動量とKERを計算する.解離イオンnが検出された位置,
飛行時間を(xn, yn, tn), 衝突中心の位置を(x0, y0, z0)とすると,解離断片の初期運 動量は,
𝑃𝑛𝑥 = 𝑚𝑛 𝑥𝑛 − 𝑥𝑜 𝑡𝑛 𝑃𝑛𝑦 = 𝑚𝑛 𝑦𝑛 − 𝑦𝑜
𝑡𝑛 𝑃𝑛𝑧 = 𝑚𝑛 𝑧𝑜
𝑡𝑛 − 𝑞𝑛𝑒𝐸𝑡𝑛 2 運動量保存則から,
𝑃𝑛𝑥 = 𝑃𝑛𝑦 = 𝑃𝑛𝑧 = 0 となるため,衝突中心の位置は,
𝑥0 = 𝑚𝑛𝑥𝑛 𝑡𝑛 𝑚𝑡𝑛𝑛
, 𝑦0 = 𝑚𝑛𝑦𝑛 𝑡𝑛 𝑚𝑡𝑛𝑛
, 𝑧0 = 𝑎 2
𝑚𝑛𝑞𝑛𝑒𝑡𝑛 𝑚𝑡𝑛𝑛
となる.
解離イオンの運動量は,
𝑃𝑛 = 𝑃𝑛𝑥2+ 𝑃𝑛𝑦2+ 𝑃𝑛𝑧2. よってKERは,
𝐾𝐸𝑅 = 𝑃𝑛2 2𝑚𝑛. から求められる.
2-5-3 Newton plot
基準解離イオン運動量ベクトル(Pe)で他の 2 つの解離イオンの運動量ベクト ルを規格化してプロットしたものがNewton plotである.
2つのベクトルの大きさは,
𝑃𝑛′ = 𝑃𝑛 𝑃𝑒 また,基準イオンとの解離角度𝜃は,
𝜃 = cos−1 𝑃𝑛 ∙ 𝑃𝑒 𝑃𝑛 𝑃𝑒 とし,Newton plotにおける運動量ベクトルは
𝑥𝑛, 𝑦𝑛 = 𝑃𝑛′ cos 𝜃 + π 2 , 𝑃𝑛′ sin 𝜃 + π 2
= − 𝑃𝑛′ sin 𝜃 , 𝑃𝑛′ cos 𝜃 または,
𝑥𝑛, 𝑦𝑛 = 𝑃𝑛′ cos −𝜃 − π 2 , 𝑃𝑛′ sin −𝜃 − π 2
= − 𝑃𝑛′ sin 𝜃 , − 𝑃𝑛′ cos 𝜃 とプロットすることで表すことができる.
2-5-4 Dalitz plot
分 子(b-c-b’)の 解 離 断 片 の 運 動 エ ネ ル ギ ー(KE𝑐, KE𝑏, KE𝑏′)を 全 エ ネ ル ギ ー (KER = KE𝑐 + KE𝑏 + KE𝑏′)で規格化したものを𝜀𝑐, 𝜀𝑏, 𝜀𝑏′とする.
𝜀𝑐−1
を縦軸に,端のイオンb, b’の運動エネルギーの差 3 𝜀𝑏− 𝜀𝑏′
を横軸にプロットしたものがDalitz plot 3である.
第3章 実験結果と考察
第 3 章 実験結果と考察
3-1 CO
2Branching ratio
Ar8+-CO2衝突における反跳粒子の見かけ上の分岐比を Table. 2に示す.rは 標的からの電子捕獲数を表す.この表はMCPの検出効率や装置の性質上検出効 率の悪いイベントの補正はせず,切り出したTOFピーク,Coincidence mapの イベント数のみで比較している.よって,多粒子で検出されたイベントはその 分の検出効率がかかっているため,実際にはこれよりも多くの分岐比で生成し ているはずであるが,MCPの正確な検出効率がわからないため,補正を行わず 見かけの分岐比を示す.散乱イオンがAr7+では1価の親イオンCO2+が最も優勢 となった.また,散乱イオンがAr6+でもCO2+が検出されたが,Ar6+では捕獲電 子数r は2以上であることから,散乱イオン Ar7+の混在が示唆される.よって 散乱イオンがAr6+におけるr = 1のチャンネルは散乱イオンAr7+のイベントの 混在と,他の解離イオンがMCPの検出効率等の問題により検出されなかったイ ベントである.また,散乱イオンが Ar6+のチャンネルの方がより高価数の反跳 イオンが増加しており,Ar6+のイベントは最大 6 電子捕獲 4 オージェ電子放出 過程まで,Ar7+のイベントは最大 3 電子捕獲 2 オージェ電子放出過程まで観測 された.
Table. 2 CO2反跳粒子の見かけ上の分岐比
Table. 3 はイオン解離のみのチャネル分岐比である.散乱イオンが Ar6+では
(O+ + C+ + O+)解離が最も優勢な反応であり,散乱イオンがAr7+では1価の親イ オンCO2+の生成反応が優勢だった.これはAr8+-Ar衝突による反応断面積測定 の結果と矛盾しない[11].親イオンCO23+からの2体解離(O2+ + CO+; Ar6+), (O+ + CO2+; Ar6+)の比較をすると(O2+ + CO+; Ar6+)の方が分岐比は大きくなった.各 原子のイオン化エネルギーから解離イオン種の生成エネルギーを見積もるとそ れぞれ59.9 eV, 38.4 eVとなり,(O2+ + CO+; Ar6+)解離の方が高い(Table. 4).生 成エネルギーが低い方が生成は容易であり生成比も大きいと考えられるが,こ こでは逆の結果となった.これは,CO2+が不安定で解離するためである.さら に,(CO22+), (O+ + CO+)の生成比は散乱イオンがAr6+では同程度だが,Ar7+では (O+ + CO+)の方が大きい.同じ(CO22+)でも,散乱イオンがAr7+の方が解離しや すいとも考えられる.これは当研究室の早川の結果とは逆である[12].原因は検 討中である.
反跳粒子 r Ratio(%):Ar6+Ratio(%):Ar7+
(CO2+) 1 0.3 40.9
(CO+ + O) 0.8 16.5
(O+ + C + O) 32.4 23.2
(O + C+ + O) 14.0 9.1
(CO22+) 2 0.2 3.0
(O+ + CO+) 0.3 4.3
(O2+ + C + O) 6.2 (O + C2+ + O) 4.8
(O+ + C+ + O) 21.4 2.2
(O+ + C + O+) 5.7 0.6
(O2+ + CO+) 3 0.1 (O+ + CO2+) 0.1 (O2+ + C+ + O) 2.0 (O2+ + C + O+) 1.8 (O+ + C2+ + O) 4.4
(O+ + C+ + O+) 3.1 0.2 (O2+ + C+ + O+) 4 0.7
(O+ + C2+ + O+) 0.6 (O2+ + C2+ + O) 0.8 (O2+ + C + O2+) 0.2 (O2+ + C2+ + O+) 5 0.1 (O2+ + C+ + O2+) 0.0 (O2+ + C2+ + O2+) 6 0.0
第3章 実験結果と考察
Table. 3 CO2反跳イオンの見かけ上の分岐比(中性粒子イベントなし)
Table. 4 各原子のイオン化エネルギー(eV)
3-1-1 Single hit
これはトリガーとなる散乱イオンが検出されて測定が始まり,測定時間内に 反跳イオンの信号が1つだけ検出されたイベントである.
[1.] TOF
スペクトルFig.3- 1はCO2反跳イオンのTOFスペクトルである.散乱イオンがAr6+のイ ベントでは解離イオンが優勢であり,2 価のイオンまでが確認されたのに対し,
散乱イオンがAr7+のイベントでは分子イオンが優勢となった.またAr6+のCO+, O+, O2+のスペクトルがブロードになっているのは高価数の親イオンからのクー ロン解離によりイオンの持つ運動が大きいためだと考えられる.
また,C+スペクトルが O+よりも鋭いのは C+が両端の 2 つの粒子に挟まれ運 動が制限されているためである.
反跳イオン r Ratio(%):Ar6+Ratio(%):Ar7+
(CO2+) 1 5.6 84.5
(CO22+) 2 4.5 6.3
(O+ + CO+) 4.9 8.9
(O2+ + CO+) 3 1.3 (O+ + CO2+) 0.9
(O+ + C+ + O+) 56.6 0.4 (O2+ + C+ + O+) 4 12.9
(O+ + C2+ + O+) 10.4 (O2+ + C2+ + O+) 5 2.4 (O2+ + C+ + O2+) 0.3 (O2+ + C2+ + O2+) 6 0.2
Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ O 13.6 35.1 54.9 77.4 C 11.2 24.4 47.9 64.5 S 10.4 23.4 35.0 47.3
Fig.3- 1 CO2反跳イオンのTOFスペクトル(左: 散乱イオンAr6+,右: Ar7+)
3-1-2 Double hits
これはトリガーとなる散乱イオンが検出されて測定が始まり,測定時間内に 反跳イオンの信号が2つ検出されたイベントである.
[1.] Coincidence map
Fig.3- 2,Fig.3- 3はそれぞれ散乱イオンがAr6+, Ar7+のCoincidence Mapで ある.横軸に最初に検出されたイオンの TOF, 縦軸に 2 番目に検出されたイオ ンのTOFをプロットし,解離チャネルの同定を行った.Ar6+では中性粒子を含 んだ 3 体解離反応が優勢であり,Ar7+では分子イオンを持つ 2 体解離が優勢だ った.ここから各島を切り出して解離イオンのKERを求めた.
Fig.3- 2 散乱イオンがAr6+のCO2のDouble Coincidence Map
第3章 実験結果と考察
Fig.3- 3 散乱イオンがAr7+のCO2のDouble Coincidence Map
[2.] KER
多価イオンの多電子捕獲衝突によるイオン化は垂直遷移である.多価分子イ オンが反発ポテンシャルに乗って解離する.このときの始状態のポテンシャル エネルギーと解離状態のエネルギー差が運動エネルギー(KER)として放出され る(Fig.3- 4).電離したときの分子イオンのエネルギーが高ければKERは高くな り,解離後のフラグメントが励起状態であればKERは低くなる.
Fig.3- 4 KER概念図
ここでは解離フラグメントが全てイオンとして解離したイベントのみ KER を求めた.散乱イオンごとに比較できるイベントは(O+ + CO+)解離のみだが,
KERに差は見られなかった(Fig.3- 5).このことから散乱イオンの電子状態にか かわらずCO22+の電子状態の分布に大きな差はなかったと考えられる.解離イオ ンの分岐比では CO22+の電子状態の分布に違いがあることを示唆する結果とな ったが,ここでは違いを示さない結果となった.