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フ ィ リ ピ ン にお け る死刑 の 再 開 と刑 事 司 法 の課 題

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フ ィ リ ピ ン にお け る死刑 の 再 開 と刑 事 司 法 の課 題

池 田 秀 彦

目 次

1、 は じ め に

2.フ ィ リ ピ ン で の 死 刑 の 歴 史 3.1987年 憲 法 の 制 定 一 死 刑 の 廃 止

4.共 利 国 法 第7659号 の 制 定 一 死 刑 の 再 開 5.死 刑 の 再 開 を め ぐ る 論 議

6.フ ィ リ ピ ン の 刑 事 司 法 7.お わ り に

1.は じ め に

死 刑 廃ILの 世 界 的 潮 流 の 中,フ ィ リ ピ ン は,エ ド ゥサ 革 命 を 経 て1987年 に ア ジ ア で 最 初 の 死 刑 廃 止 国 と な る と い う 栄 誉 に 輝 い た 。 こ れ は,マ ル コ ス 時 代 の 人 権 躁 躍, 反 体 制 派 へ の 弾 圧 と い う苦 い 経 験 を 踏 ま え た も の で あ っ た が,犯 罪 の 増 加 や 度 重 な

る 軍 事 ク ー デ タ ー 未 遂 を 背 景 に し た 死 刑 復 活 を 求 め る 軍 の 強 い 意 向 を 受 け て 議 会 は,1993年 に 死 刑 を 復 活 さ せ る 法 律 を 制 定 し た 。

ア ム ネ ス テ ィ ・ イ ン タ ナ シ ョ ナ ル に よ れ ば,1985年 以 降,死 刑 を 廃 止 し た 国 は, 40ヶ 国 を 越 え る が,死 刑 を 復 活 さ せ た 国 は,4ヶ 国 に 過 ぎ な い 。 そ の 中,ネ パ ー ル

は,そ の 後 再 び 死 刑 を 廃 止 し,ガ ン ビ ァ と パ プ ァ ・ニ ュ ー ギ ニ ア は,死 刑 執 行 を 行 っ て い な い の で,今 日,実 質 的 に は 唯 一 の 復 活 国 と い っ て さ しつ か え な い で あ ろ う 。 そ の 意 味 で,フ ィ リ ピ ン で の 死 刑 廃 止,復 活 を 巡 る 議 論 を 考 察 す る こ と は 極 め て 有 益 で あ る と 思 わ れ る り。

も っ と も 死 刑 制 度 は,刑 事 司 法 を 構 成 す る 一 制 度 で あ る の で,こ れ だ け を 取 り上 げ て 論 ず る こ と は 適 当 で な い で あ ろ う 。 そ こ で,本 稿 で は,フ ィ リ ピ ン の 刑 事 司 法 の 現 状 も併 せ 考 察 す る こ と と し た い 。

な お,現 在 入 手 し う る 資 料 が 極 め て 限 ら れ て い る た め,以 下,ア ム ネ ス テ ィ ・イ ン タ ー ナ シ ョナ ル の 『報 告 書 』2)を 中 心 に 考 察 す る こ と と す る 。

2.フ ィ リ ピ ン で の 死 刑 の 歴 史3) (1)ア メ リ カ 統 治 期

フ ィ リ ピ ン は,16i辻 紀 か ら1898年 ま で 続 い た ス ペ イ ン の 植 民 地 支 配 を経 て,ア リ カ の 統 治 下 に 入 り,1946年 に 独 立 す る の で あ る が,ア メ リ カ 統 治 下 で 適 用 さ れ た 刑 罰 法 のkた る 法 源 は,ス ペ イ ン の1848年 刑 法(SpanishCodigoPenal)で あ っ た 。

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こ れ に 修 正 を 加 え た 改 正 刑 法 典(RevisedPenalC・de)が,1932年 に 施 行 さ れ た が, こ れ は,7つ の 死 刑 犯 罪 を 含 ん で い た 。 反 逆,海 賊 行 為,尊 属 殺 人,謀 殺,誘 拐, 強 姦 お よ び 強 盗 致 死 の 罪 で あ る 。 そ し て,第 二 次 世 界 大 戦 勃 発 後 に は,ス パ イ 活 動 が 死 刑 犯 罪 と し て 加 え ら れ た 。

第 二 次 対 戦 後 一 特 に マ ル コ ス 政 権 期

1957年6月 に は,破 壊 活 動 防 止 法(共 和 国 法 第1700号)(Anti‑Subversi・nLaw)が 定 さ れ,フ ィ リ ピ ン 共 産 党(PKP)と 人 民 解 放 軍(HMB)が 非 合 法 化 さ れ た 。 こ の 法 律 は,こ う し た 組 織 の 指 導 者 に 対 し て 死 刑 を 予 定 し た も の で あ っ た 。 しか し,現 実 に は,こ の 法 律 に よ る 死 刑 執 行 は,行 わ れ な か っ た 。 独 立 後 の1946年 か ら マ ル コ ス が 大 統 領 に 選 出 さ れ る1965年 ま で の 間 に,35人 が 処 刑 さ れ た が,こ れ は,連 邦 最 高 裁 判 所 裁 判 官 の 言 葉 を 借 りれ ば,「 無 分 別 な 邪 悪 な 行 為 」 と か 「極 端 に 犯 罪 的 な 邪 悪 な 行 為 」 と い え る 事 件 で あ っ た 。

1971年 か ら72年 に か け て,議 会 は,ハ イ ジ ャ ッ ク,危 険 な 薬 物 お よ び 自 動 車 の 強 取 に 関 し て 死 刑 を 定 め た 法 律 を 制 定 し た 。

1968年12月26日 に,毛 沢 東 思 想 を 綱 領 に も つ フ ィ リ ピ ン 共 産 党(CPP)が 再 建 さ れ,軍 事 組 織 ・新 人 民 軍(NPA)も 結 成 さ れ た 。

1969年 に は,史 上 最 悪 と い わ れ た 選 挙 戦 を 経 て マ ル コ ス は,共 和 国 史 上 初 の 大 統 領 再 選 を勝 ち 取 っ た 。 し か し,こ の 選 挙 で の 腐 敗,不 正,異 常 な 物 価 高,失 業 問 題

な ど を 背 景 に,学 生 を 中 心 と し た 大 規 模 な 反 政 府 デ モ が 繰 り広 げ ら れ た 。

1972年9月23日,こ の よ う な 社 会 情 勢 の 中,フ ィ リ ピ ン全 土 に 戒 厳 令 が 布 告 さ れ, 議 会 は 解 散 さ れ,言 論,出 版,集 会 の 自 由 は,大 幅 に 制 限 さ れ た 。 マ ル コ ス 大 統 領 は,戒 厳 令 布 告 の 理 由 と し て,新 人 民 軍 の 破 壊 活 動 に 対 処 す る 必 要 性 と 誘 拐,密 輸, 武 装 強 盗 お よ び 犯 罪 組 織 に よ る 脱 税 の よ う な 犯 罪 の 激 増 と 無 法 状 態 の 増 大 に 対 処 す

る 必 要 性 を 挙 げ た 。

多 くの 大 統 領 令 が 発 せ ら れ,破 壊 活 動,火 器 の 所 有,放 火,横 領 な ど多 く の 犯 罪 が 死 刑 の 対 象 と さ れ,結 局,24種 類 も の 犯 罪 が 死 刑 を 科 し う る 犯 罪 と な っ た 。 し か も,そ の 多 く は,通 常 の 裁 判 所 で は な くr行 政 機 関 で あ る 軍 事 裁 判 所 に よ り審 判 さ れ た が,軍 事 裁 判 所 で は,基 本 的 な 法 的 保 障 が 与 え られ な か っ た 。

死 刑 を 科 す こ とが で き る 犯 罪 の 種 類 の 増 加 お よ び 主 に 軍 事 裁 判 所 に よ っ て 宣 告 さ れ た 死 刑 判 決 の 数 の 多 さ は,破 壊 活 動,不 法 お よ び 犯 罪 に 対 し て 「断 固 た る 政 府 」 の サ イ ンで あ る と い う 宣 伝 が 盛 ん に な さ れ た 。 こ れ は,非 常 大 権 に 対 す る マ ル コ ス 大 統 領 の 正 当 化 の た め の 政 治 上 有 用 な 手 段 で あ っ た 。 こ れ と 同 様 な メ ッセ ー ジ は, 戒 厳 令 が 発 せ ら れ る 前 に行 わ れ た3件 の 死 刑 執 行 に よ っ て も伝 え ら れ た 。

1972年 に 映 画 ス タ ーMaggiedelaRivaの 輪 姦 を 理 由 と し て のJaimeJose,Be‑

silioPinedaお よ びEdgardoAquYnoに 死 刑 判 決 が 言 い 渡 さ れ,そ の 後 処 刑 さ れ た が,輪 姦 を 理 由 と す る 処 刑 は,フ ィ リ ピ ン の 刑 事 裁 判 史 上 前 例 が な い こ と で あ っ た 。 そ の 上,公 開 処 刑 が 禁 止 さ れ て い た に も か か わ ら ず,テ レ ビ カ メ ラ の 見 守 る 中,電 気 処 刑 が 行 わ れ た 。

も っ と も,こ の よ う な 政 治 状 況 に も か か わ ら ず,現 実 に 行 わ れ た 処 刑 数 に は,劇

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的 な 変 化 は 見 ら れ な か っ た 。

1946年 か ら1976年 の 問 に 処 刑 さ れ た 囚 人 の う ち ,19人 の 処 刑 は,マ ル コス 大 統 領 の 戒 厳 令 布 告 前 に 行 わ れ(1965年 一1972年),そ の う ち,12人 は,1967年 に 処 刑 さ れ た 。 戒 厳 令 の 期 間 に,12人 が 処 刑 さ れ た が,そ れ は,ユ976年 後 半 に 決 定 さ れ た ,死 刑 執 行 を 行 わ な い と い う,不 文 の … 般 的 な 政 策 が 実 行 さ れ る 前 で あ っ た 。 こ の12人 の う ち,11人 は,通 常 の 裁 判 所 で,1人 は 軍 事 裁 判 所 に よ っ て 有 罪 判 決 を 下 さ れ た 。 こ の 軍 事 裁 判 所 に よ っ て 有 罪 と さ れ た 者 ,LimSengは,ヘ ロ イ ン 製 造 で 終 身 刑 が 宣 告 さ れ た の で あ る が,マ ル コ ス 大 統 領 が こ の 事 件 を 麻 薬 取 引 に 対 す る 抑 止 力 と し て 利 用 す る た め に,事 件 が 彼 の 下 に 送 付 さ れ て き た 時 に,刑 を 死 刑 に 変 更 し た 。 LimSengは,銃 殺 刑 に 処 さ れ た 。

マ ル コ ス 政 権 下 で の 司 法 に よ る 処 刑 は1976年10月 のMarceloSanJoseに 対 す る 電 気 処 刑 が 最 後 で あ っ た 。

3.1987年 憲 法 の 制 定 一 死 刑 の 廃 止

1972年 か ら198ユ年 ま で の 戒 厳 令 の 期 間 に お い て も,法 律 と な る に は 至 ら な か っ た が 幾 つ か の 死 刑 廃 止 の 試 み が な さ れ た 。

ユ969年 に は,ヒ 院 司 法 委 員 会(SenateJusticeCommittee)委 員 長SalvadorLaurel 上 院 議 員 の 手 に な る 刑 の 改 革 に 関 す る 報 告 書 が 死 刑 廃 止 を 強 く 主 張 し,翌1970年 は,Laurelが 死 刑 廃 止 の た め に 上 院 議 案 を 提 出 し た 。

ま た,玉979年 に は,死 刑 廃 止 を 求 め る 二 つ の 法 案 が 下 院 に 提 出 さ れ,こ の う ち の 一 つ,SalacnibL‑3aterina下 院 議 員 の 提 出 し た 下 院 議 案 第543号 で は,フ ィ リ ピ ン で の 死 刑 を め ぐ る 問 題 が 次 の よ う に 要 約 さ れ た 。

「フ ィ リ ピ ン の 応 報 的 正 義 と い う 刑 罰 制 度 は 復 讐 的 で 野 蛮 で あ る … … 。 死 刑 は, 人 道 的 で あ る こ と を 要 求 す る 社 会 に ふ さ わ し1な い,残 酷 で 非 人 道 的 な 形 式 の 刑 罰 で あ る 。 死 刑 は 取 り返 し が つ か ず,そ し て 司 法 の 誤 謬 は 常 に あ り得 る の で,そ の 刑 罰 は,社 会 が 市 民 に 対 し て 犯 す,許 しが た い 犯 罪 と し て 現 れ る 。 そ れ は,犯 罪 を 抑 制 す る 有 効 な 手 段 と 含 理 的 な 予 防 シ ス テ ム の 探 求 を 妨 げ る 怠 惰 な 答 え に 他 な ら な

い 」

こ の よ う な 試 み に も か か わ ら ず,結 局,死 刑 の 廃 止 は,1987年 憲 法 の 制 定 ま で 待 た な け れ ば な ら な か っ た 。

1987年 憲 法 は,第3条 「権 利 の 章 典 」 の 第19節 第 ユ項 に 「国 会 の 定 め る 凶 悪 犯 罪 に よ る や む を 得 な い 場 合 の ほ か,死 刑 は 科 せ ら れ な い 。 す で に 宣 告 さ れ た 死 刑 は 終 身 刑 に 減 ぜ ら れ る 」 と定 め た4)。

当 時,500人 以 上 の 死 刑 囚 が い た の で あ る が,こ の 憲 法 の 規 定 に 従 い,ア キ ノ 大 統 領 は,全 て の 死 刑 囚 の 刑 は 減 ぜ ら れ る と発 表 し た 。

と こ ろ で,新 憲 法 を 起 草 す る た め の 憲 法 委 員 会 の 討 議 の 中 で ,死 刑 を廃 止 す る理 由 と し て 主 張 さ れ た も の の う ち,特 に 次 の も の が 廃 止 に 大 き な 影 響 を 与 え た 。 第 一 に,死 刑 は,執 行 さ れ な い と して も,死 刑 囚 だ け で な く,そ の 家 族 の 精 神 を も傷 つ け る の で,非 人 道 的 で あ る と い う こ と,第 二 に,死 刑 が 重 大 犯 罪 に 対 して 有 効 な 抑

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止 効果 を有す る こ とを示す確 か な証拠 が ない こ と,第 三 に,命 は,神 の贈 り物 で あ り,人 間 たる裁判 官 の手 に委 ね られて は な らない とい うこ と,第 四 に,現 代 の刑罰 制 度 は,応 報刑 よ りも教育 刑 を支持 してい る とい うこ と,第 五 に死刑 は,取 り返 し のつ か ない極刑 であ り,誤 判 のお それ が あ るこ とであ る。

例 え ば 最 後 の 理 由 に つ き ・ 委 員 の1人 ・TeodoroBacani司 教 は,司 拷 の 誤 謬 の危 険や 死刑 が 囚人 やそ の家族 に与 え る長期 間の苦悩 に 言及 し,強 姦 で誤 って死刑 判 決 を受 け,そ の後 最高裁 判所 に よって無 罪 とされ た教 区民 の こ とを回想 して「… … いず れ電 気処 刑 され る とい う思 い,い わ ば愚 か者 の1人 だ とい う思 い は,彼 だ けで な く,彼 の家 族 に とって も恐 ろ しい ほ どの苦痛 で した 。 それ は,お そ ら く2度 死 ぬ よ うな もので した。 また,彼 の家族 の こ と,彼 らがい な くな る死 を考 え る と,結 局 間違 って いる こ とのため に幾度 も死ぬ よ うな もの で した」 と述べ た。

4.共 和 国 法 第7659号 の 制 定 一 死 刑 の 再 開

憲 法 の制定 か ら程 な くして,フ ィ リ ピン国軍 の参謀 総 長 で あ った ラモス将 軍 は, 新 人 民軍 の攻 撃 と戦 う手段 と して死刑 の復 活 を要 求 した。早 くも1987年 中頃 には, 殺人,反 乱 お よび禁 止薬 物 の密輸,密 売 を含 む15の 「凶悪犯 罪」 につ い て死 刑 を復 活 す る ため の下 院議 案 第295号 が議 会 に提 出 され,そ の前 文 で は 「増 大 す る犯 罪 と 不法 … …特 に困惑 す べ き反乱 と暴 力犯 罪 の驚 くべ き事件 に照 ら し,そ して裁 判所, 軍 お よび警 察 か らの情報 勧 告 を考慮 す る と,社 会秩 序 と国家 の安全 のや む を得 な い理 由の ため,死 刑 は,一 定 の 凶悪犯 罪 に対 して科 され なけ れ ばな らない」 と理 由 が述 べ られ た。 法案 は,「 国の至 る所 で治 安 が驚 くほ ど悪 化 して い る」 例 と して軍 の クー デ ター未遂 を挙 げ,「 凶 悪犯 罪 に対 す る有 効 な抑 止 力 」 と して,ま た 「単 純

な応 報 的正 義 の問題 と して」 死刑 を必 要 だ と した。

もっ とも,法 案 の支持 者 は,破 壊活 動 に対処 す る方 策 と して法案 の必 要 性 を唱 え たので あ るが,議 会 で の審議 の 早い段 階 で,死 刑 が政 治 的 に動 機 づ け られた犯 罪 を 防止 す る こ とは ない と考 え られ たた め,扇 動 行為 は,「 凶悪 犯 罪」 の リス トか ら外 され,そ の後,「 反乱 」 も修 正 に よ り除外 され た。 死刑 の復 活 に反対 す る意 見 も強 く主張 され たが,結 局1988年 に,下 院で130対25の 票 数 で死刑 の復 活 が支持 され た。

そ して,翌 ユ989年には,類 似 の,三 つ の法 案 が上 院 に提 出 された。 そ の うちの一 つ は,重 大 な軍 事 クーデ タ0の 企 てが発 生 した直後 で あっ た こ ともあ り,再 び,扇 動,破 壊 活動,暴 動 と並 んで反 乱 に死 刑 を要 求 した。

1990年 に,上 院 は,1年 間採 決 を保 留 し,そ の後,死 刑 の 問題 につ い て活発 な討 議 が行 われ た。死刑 反対 グル ー プは,激 しい ロ ビー活 動 を展 開 し,そ の ため翌 年度

も,採 決 をす る 旨の合意 に は至 らなか っ た。

そ の 間,例 え ば,死 刑 に反 対 す る上 院 議 員ReneSaguisagは,フ ィ リ ピ ンで は, 死刑 は貧 し く,恵 まれ ない者 に よ く科 され,富 裕 で,社 会 的影響 力 の あ る者 には科 され ない傾 向 にある と強 く主張 し,死 刑 の復 活 に反対 したが,世 論 は,死 刑賛 成 の 方 向 に流 れ,凶 悪 犯罪 に釣 り合 う刑 罰 は死刑 以外 にな い とい う心 情 が民衆 の 問 に強 まって い った。連 日の よ うに,殺 人,強 姦,身 代 金 目的の誘 拐事 件 が報 道 され,凶

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悪 事件 は,例 の な い レベ ル に達 してお り,死 刑 は,こ う した事件 に対 処す るため に 必 要 だ と考 え られ たわ けで ある。

1992年 に ラモ ス将軍 が大 統領 に選 出 され るが,彼 は,国 民 に向 けた最初 の演 説で , 死刑 の復 活 が政 権 の立 法上 の優 先事 項 であ る と宣言 した。 そ して,外 国人投 資家 の 信 用 を 再び勝 ち取 り,法 と秩 序 の 回復 を求 め る民 衆 の要求 に応 え る必 要が あ る と し て,ラ モ ス大統 領 は,こ のた めの迅 速 な措 置 を講 ず る よ うに議 会 に促 した。

議 会 での 審議 が 再 開 される と,大 統 領 は,武 装 反政府 組織 との 「国民 的和解 」 を 図 る ため法 案 に 「反 乱」 の ような政 治的犯 罪 を含 め ない こ とに合意 した。 しか し, 経 済 問題 へ の政 府 の取 り組 み を反映 して,大 統 領 は,「 凶悪犯 罪」 の リス トを拡 げ, 麻 薬取 引,殺 人,誘 拐 お よび無 許可 の銃器 の使 用 とい っ た犯 罪 に加 えて,外 貨 の違 法 な持 ち込 み,持 ち出 しお よび汚 職 を含 む 「経 済犯 罪」 を含 めるべ きで あ る,と 提 案 した。 これ に対 し,死 刑 の 反対 者 は,死 刑 復 活 の条件 と して憲 法 の求 め る 「や む を得 ない場 合 」が 証 明 され なか った こ と,死 刑復 活 の ため に利 用 された犯 罪統計 が 不 正確 で あ る こ と,警 察が 日常 的 に犯罪 捜査 にお いて証拠 を捏 造 してい る との数 多 くの報告 が あ る こ とを指摘 し,死 刑 の復 活 に反対 した けれ ども,下 院お よび上 院 は, 死 刑 の復 活 を承 認 した。下 院 と上 院の共 同法 案が議 会 で可 決 され,1993年12月 に ラ モ ス大統 領 に よ り署 名 され,共 和 国法 第7659号 と して1994年1月1日 に施行 され た。

共和 国法 第7659レナで は,死 刑 は,13種 類 の 「凶悪 犯 罪」 反 逆,海 賊,汚 職, 尊 属殺 人,謀 殺,嬰 児殺 人,誘 拐 お よび重 大 な違法 監 禁,,暴 力 に よる強盗,放 火, 強 姦,略 奪(少 な くとも5T一万ペ ソまたは2百 万 ドル),薬 物 犯 罪,強 姦 また は殺 人 を 伴 う 自動 車窃盗 一 一 に科 す こ とが で きる と した。 これ らの犯 罪 の ほ とん どは,死 刑 が 選択 刑 で あ るが,一 定 の刑罰 加重 事情 が あ る場 合 ,例 えば,犯 人が公 的 地位 を利 用 して賄 賂 を強 要 した り,危 険薬物 法 に違反 す る とき,或 いは強姦 また は身代 金 目 的 の誘 拐 の際 に殺 人が 行 われ る ときには,死 刑 は,義 務 的 とな る。

また,死 刑 は,犯 行 時18歳 未 満 または70歳 以上 の人 には科す こ とが で きない。 死 刑判 決 は,自 動 的 に最高裁判 所 の大 法廷 で の審理 に付 され る。 死刑 判決 に対 す る最 高裁 判所 の承 認 は,全 員一致 で あ る必 要 は な く,多 数 決で足 りる。死 刑 の執行 は, 最 高 裁判 所 に よる承認 後1年 以上18ヶ 月以 内 に行 われ る。死 刑 囚 は,大 統 領 に恩赦

を求 め る請願 を提 出 す る こ とが で きる。

この法律 に よれ ば,死 刑 執行 は,ガ ス室 で行 うが ,そ の施 設が 整 うまで は,電 気 椅 子 に よる とされて い たが,1996年 に可決 され た共和 国法第8ユ77号 は,死 刑 の方法 を注射 に よる こ と と した。 処刑 方 法 と して注 射 が選択 され たの は,そ れが 最 も人道 的で あ り,他 の ノ∫法 よ りも安 価 で あ る,と 考 え られた ためで あ る。

死 刑復 活 後 の最 初 の処 刑 は,1999年2月5日,10歳 の継 娘 を強姦 した と して死 刑 判 決 を受 け たLeoEchegarayに 対 して 行 わ れ た 。

5.死 刑 の 再 開 を め ぐる論 議

(1)死 刑 の再 開 を正 当化す る憲 法 上の根 拠

1987年 憲法 制定 後 の死 刑 をめ ぐる議i論は,ま ず,第3条 第19節 第1項 の 「国会 の

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定 め る凶悪 犯罪 に よるやむ を得 ない場合 の ほか,死 刑 は科 せ られ ない」 との文言 か ら出発 す る。即 ち,憲 法 は,死 刑 を科 す法律 を制定 す る権 限 を議 会 に認 め たので あ るか ら,「 凶悪 犯 罪 に よるや む を得 ない場 合」 とい う死 刑 復 活 の ため の基準 が問題 とな る。 この点 につ い て憲 法 を起 草 した憲 法 委 員 会 の委 員 で あ っ たJoaquinBer‑

nasは,Pe・plev.Pedr・Malabag・1こ お い て 「や む を 得 な い 場 合 は ・ 犯 罪 の 凶 悪 さ に 由 来 し な け れ ば な ら な い の で あ り,(1)犯 罪 が 凶 悪 で な い と き に は,や む を 得 な い 場 合 と は い え ず,か つ(2)犯 罪 が 凶 悪 で も や む を 得 な い 場 合 と い え る と は 限 ら な い 。 即 ち,凶 悪 犯 罪 が 行 わ れ る と い う事 実 が そ れ 自体,死 刑 を 科 す こ と を 正 当 化 す る わ け で は な い と い う こ と で あ る 。 さ ら に 必 要 な こ と は,社 会 の 福 祉 お よ び 安 全 と結 び つ い た や む を 得 な い 理 由 が 犯 人 の 生 命 の 消 滅 を 要 求 す る と い う こ と で あ る 」 と述 べ た5)。ArturoTolentino上 院 議 員 も 同 意 見 で あ り,犯 罪 と 死 刑 を 科 す 理 由 と の 間 に 一 定 の 関 係 が な け れ ば な らず

,犯 罪 と 死 刑 を科 す 「や む を 得 な い 場 合 」 と の 間 の そ う し た 関 係 は,議 会 が 死 刑 を 科 す 法 律 を 制 定 す る こ と を 正 当 化 す る 上 で 存 在 し な け れ ば な ら な い,と 述 べ た6)。

死 刑 を復 活 さ せ た 共 和 国 法 第7659号 は,こ の 憲 法 上 の 基 準 に つ い て 序 文 の 中 で 次 の よ う に 述 べ る 。 即 ちsま ず 「凶 悪 犯 罪 」 を極 悪 非 道 で,不 愉 快 で,憎 む べ き犯 罪 で あ り,「 そ の 固 有 の,或 い は 明 白 な 不 道 徳 性,悪 辣 さ,残 虐 性 お よ び 邪 悪 さ の ゆ え に,公 正 で 文 明 化 さ れ,秩 序 づ け ら れ た 社 会 で の 品 位 と モ ラ ル の 共 通 の 基 準 お よ び 規 範 に 反 し,非 道 で あ る 」 犯 罪 と 定 義 付 け た 上,さ ら に 死 刑 復 活 の 「や む を 得 な い 理 由 」 と し て,(1)人 命 を 奪 い,財 産 を破 壊 し,そ し て 経 済 発 展 を 求 め る 国 の 努 力 に 影 響 を 及 ぼ す 犯 罪 の 急 増 と(2)正義,社 会 秩 序 お よ び 法 の 支 配 の た め に 凶 悪 犯 罪 に 対 して 刑 罰 の 制 裁 を 合 理 化 し そ し て 調 和 させ る 必 要 性 を 指 摘 す る 。

(2)死 刑 復 活 論

こ の よ う な 憲 法 上 の 問 題 と は 別 に 上 院,下 院 お よ び 両 院 協 議 会 で の 審 議 等 で 言 及 さ れ た 死 刑 の 復 活 を 支 持 す る 論 拠 と し て は,次 の 三 つ の も の が あ る 。

ま ず 第 一 に,死 刑 に は,凶 悪 犯 罪 の 抑 止 効 果 が あ る と い う こ と で あ る 。

例 え ば,VicenteSotto上 院 議 員 は 「死 刑 は 凶 悪 な 性 質 の 犯 罪 の 実 行 を 妨 げ る 最 も効 果 的 な 手 段 で 」 あ り,正 気 の 人 で あ れ ば 犯 罪 の 実 行 に よ り 自 分 の 命 を 危 険 に さ ら す こ と は し な い は ず だ,と 述 べ る7)。

ま た,ErnestoHerrera上 院 議 員 とPabloGarcia下 院 議i員 は,議 会 で の 審 議 に お い て 統 計 的 資 料 を 持 ち 出 し て 議 論 を 展 開 し た 。 こ の う ち,Herrera上 院 議 員 は,

1人 の 殺 人 犯 の 処 刑 が18件 の 殺 人 を 抑 止 す る と い う1985年 に 公 表 さ れ たStephen K.Laysonの 統 計 的 研 究 の 他,IsaacErlichに よ る1933年 か ら1969年 ま で の 期 間 の 研 究 に よ り示 さ れ た 処 刑 数 の1%の 増 加 が 殺 人 件 数 を0.6%減 少 さ せ る と い う研 究 結 果,さ ら に1978年 のK.L.Wolpinの 研 究 成 果 で あ る,1929年 か ら1968年 ま で の 期 間,死 刑 が イ ン グ ラ ン ド と ウ ェ0ル ズ で 殺 人 に 抑 止 効 果 を 有 し た と い う 研 究 を 引 用 し た8)。

こ の よ う な 見 解 は,共 和 国 法 第7659号 の 第1節 の 中 に も見 い 出 さ れ る 。

「こ れ に よ っ て 国 家 の 権 威 へ の 服 従 を 促 し,確 実 に す る だ け で な く,公 正 で 思 い

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や り の あ る 社 会 で す べ て の 人 民 が 民 主 主 義 の 恩 恵 に 浴 す る 上 で 欠 く こ と の で き な い,治 安 の 維 持,生 命 の 保 護,自 由 と繁 栄 ,そ して全 体 的福 祉 の増 進 を効 果 的 に促 す よ う な 手 段 を 採 用 す る と い う 国 家 の 政 策 を 宣 言 す る 」

第 二 は,応 報 的 正 義 の 問 題 で あ る 。

PabloGarcia下 院 議 員 は,EdcelLagman下 院 議 員 の 質 問 に 答 え て 次 の よ う に 述 べ た 。 「委 員 会 の 意 見 で は ,死 刑 の 再 開 は応 報 的 正 義 の 問 題 に す ぎ な い 。 犯 罪 者 は, そ の 刑 罰 が 潜 在 的 犯 罪 者 に 効 果 が あ る か ど う か に 関 係 な く,彼 が 悪 事 を 犯 し た が ゆ え に 処 罰 さ れ る の で あ る 」

ま た,T・lentino上 院 議i員 は,上 院 で の 審 議 に お い て 国 家 に よ る 正 当 防 衛 の 手 段 と し て,加 害 者 に 対 す る 権 利 実 現 の 手 段 と し て ,或 い は 国 家 が 自 らを 守 る た め に使 用 で き る 手 段 と し て 死 刑 が 科 さ れ な け れ ば な ら な い と主 張 し た9)。

第 三 は,死 刑 を 要 求 す る 民 衆 の 声 に 応 え る た め で あ る 。

死 刑 の 支 持 者 は,報 道 機 関 お よ び 世 論 調 査 機 関 で あ る 『SocialWeatherStation』

に よ る 調 査 結 果 を 彼 ら の 主 張 の 根 拠 と し て よ く利 用 し た 。1992年11月7日 付 け の

『PhilipPineFreePress』 に よ れ ば,マ ニ ラ 首 都 圏 で の 回 答 者 の92%が 凶 悪 犯 罪 に 対 し て 死 刑 を 支 持 し,『SocialWeatherStation』 の1992年12月 の 調 査 結 果 で は,回 答 者 の77%が 死 刑 を 支 持 し て い た 。 国 会 議 員 は,彼 ら が 国 民 の 代 表 者 で あ り,彼 の 義 務 は,有 権 者 の 要 求 を 法 律 化 す る こ と で あ っ て,国 民 が 死 刑 を 要 求 す る な ら ば, 国 家 は 犯 罪 者 に 対 し て 死 刑 を科 さ な け れ ば な ら な い,と 述 べ る こ と が 少 な か ら ず あ

っ た 。

(3)死 刑 反 対 論

死 刑 反 対 論 者 は,教 育 刑 主 義 若 し く は 修 復 的 司 法 の 観 点 か ら,或 い は 死 刑 が 文 明 国 の モ ラ ル と調 和 し な い と い う 理 由 で 死 刑 復 活 を 非 難 す る 他,死 刑 復 活 論 の 論 拠 で あ る 死 刑 の 抑 止 力 と 世 論 に 対 し て 批 判 を 加syx..。

ま ず,死 刑 の 抑[L力 に つ い て は,死 刑 復 活 役 の 犯 罪 発 生 率 を 根 拠 に こ れ を 否 定 す る 議 論 が 見 ら れ る 。 例 え ば,人 権 派 弁 護 士 の 組 織 で あ る 無 償 法 的 援 助 協 会 』 (FreeLegalAssistanceGr・up)は,死 刑 犯 罪 で あ る 強 姦 が 死 刑 復 活 後 の1994年 に 前 年 度 に 比 し て40%,1995年 に は44%そ れ ぞ れ 増 加 し,ま た1994年 の 全 国 の 犯 罪 発 生 率 は,1%低 下 し た が,マ ニ ラ 首 都 圏 の 犯 罪 発 生 率 が 前 年 度 よ り6.5%上 昇 し た こ と に 加 え,戒 厳 令 下 で 死 刑 が 存 置 さ れ て い た ユ973年 か ら1976年 に か け て 犯 罪 発 生 率 が 上 昇 し続 け た こ と を 指 摘 し て,死 刑 の 抑 止 効 果 を 否 定 し た1・)。

ま た,EdcelLagman上 院 議 員 は 「私 は,潜 在 的 な 犯 罪 者 に 犯 罪 の 実 行 を 最 終 的 に 思 い 止 ま らせ る も の が 薬 物 注 射,電 気 処 刑 或 い は 如 何 な る 手 段 に よ る に せ よ,死 刑 の よ う な 刑 罰 の 厳 し さ で は な く,逮 捕 の 確 実 性,迅 速 で 公 平 な 訴 追,そ し て 立 証

さ れ た 場 合 の 有 罪 判 決 で あ る,と 常 に 主 張 し て き た 」ll)と述 べ ,死 刑 の 抑 止 力 に 疑 問 を 呈 し,さ ら に,法 案 の 審 議 の 過 程 で,先 の 死 刑 復 活 論 者 のTolentino上 院 議 員 さ え も が,死 刑 復 活 の 理 論 的 基 礎 を 犯 罪 予 防 若 し く は 抑 止 力 に お く こ と が 適 切 で な い こ と を 認、め て い る,、

「我 々 が 予 防 に 基 づ い て 議 論 す る 場 合 一 投 獄 に せ よ,処 刑 に せ よ一 一 犯 罪 を 防

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ぐこ とので きる刑 罰 は ない。 これ が,改 正刑 法典 或 い は刑法 典 が存在 し,既 に犯 罪 を罰 してい る とい う事 実 に もかか わ らず,そ う した犯 罪 が未 だに行 わ れて い る理 由 で あ る」

次 に,国 民 世 論 の 問題 につ い て は,EdcelLagman上 院議 員 は,死 刑 に関す る国 民 の真 実 の声 を決 定 す るため に公式 の公 聴 会 も国民投 票 も行 われ てい なv}.ことを指 摘 して,十 分 な論拠 とな りえない こと を主張 す る12)。

ま た,「 憲法 改 正,法 典 お よ び法律 改 正 に 関 す る 上 院 委 員 会 」 の 元 議 長 で あ る J・seLina上 院議 員 は,死 刑 に関 して演 説 す る前 は,そ の集会 の参加 者 の多 くが死 刑 支持 であ るが,死 刑存 廃 の議 論 につ いて説 明す る と参加 者 の意 見 が逆転 し,或 い は公 開討論 会 が 開か れ る と,開 始前 と後 で はや は り意 見 が逆 転す る こ とを指摘 し, 情報 に基づ か な い世論 に依拠 す る ことの危 うさを指摘 す る13)。

さ らに,世 論 調査 では,一 貫 して死 刑 支持 の結 果が で るが,そ もそ も質問 の仕方 に問題 が あ る,と の指摘 もあ る。

例 え ば,『SocialWeatherStation』 の質問 は,次 の通 りで あ る。

1.犯 罪 が どの よ うな もので あれ,犯 罪 者 に死刑 を科す こ とは よ くない。

2.殺 人で有 罪 を言 い渡 され た人 は,死 刑 に服 すべ きで ある。

3.誘 拐 で有 罪 を言 い渡 され た人 は,死 刑 に服 すべ きで ある。

4.強 姦 で有 罪判 決 を言 い渡 され た人 は,死 刑 に服 すべ きで あ る。

5.軍 事 クーデ ターの参加 で有 罪 となっ た人 は,死 刑 に服 す べ きで あ る。

回答欄 は,(a)賛 成,(b)分 か らない,(c)反 対,の 三つ か らなるが,こ の ような質 問 と回答 で は,死 刑 を肯定 す る意見 が多 数 を占めや すい,と い うわけで あ る。

以 上 とは別 の理 由で も死刑復 活 に反対 す る意見 が提 示 され た。即 ち,司 法 の誤 謬 の 問 題 で あ る。 人権 委 員 会(C・mmisi・n・nHumanRights)は,1991年 と1996年 の 決 議 の 中で,死 刑 支持 者が展 開す る犯罪 の抑 止 と応報 とい う主張 を否 定 し,司 法 の誤 謬 の危 険 を警 告 し,増 加 す る犯罪 に対 す る 回答 が効 果 的 な法 の執 行,公 正 な司法 な

どにあ る こ とを強調 す る。

6.フ ィ リ ピ ンの 刑 事 司 法 (1)フ ィ リピン憲 法 と刑 事 手続

フ ィリ ピンの刑 事手 続 は,ア メ リカ合 衆 国 のそ れ をモデ ル と してお り,被 告 人の 権 利 保護 に手 厚 い形 態で あ る14)。

因み に,刑 事手 続 に関係 す る憲法 の 人権規 定 は,次 の通 りで あ る。

まず,「 権 利 の章典 」 の第3条 は,第 ユ節 で,適 正手 続,法 の下 の平 等 を保 障 し, 続 けて 第2節 で,捜 索,押 収 お よび逮捕 に関 して 「身体,住 居,書 類 その他 の動 産 につ き,性 質 ・目的 の 如 何 を 問 わ ず 不 法 に捜 索,逮 捕,押 収 を受 け る こ との な い 国 民 の権利 は侵 され ない。 また,告 発 人 や その求 め に よる証 人の宣 誓 や証 言 に基づ い て取 り調 べ たの ち,裁 判官 に よって個 々 に決定 され る相 当 な理 由 に よるので なけれ ば,捜 索 令状 も逮 捕押 収令 状 も発 せ られ ない。令 状 には,捜 索 され る場所,逮 捕 ま た は押収 され る人や物 が 明記 されて い な くて は な らない」 とす る。

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また,通 信 の秘密 に関 して 「通信 の秘 密 は,裁 判所 の適 法 な令状 に よるか,法 律 の定 め る ところ に よ り公 共 の安 全,秩 序 の維 持 の ため に必 要 と され る場 合 で なけれ ば,侵 され な い」(同 条第3節 第1項)と し,同2項 は 「前 項 に違 反 して収 集 され た 証拠 は,い か な る 目的 の ため に も,い か なる手続 におい て も用 い られて は な らない」

とす る。

さ らに,黙 秘権 と弁護 人依 頼権 につ いて 「何 人 も犯 罪 の捜査 を受 ける に際 して は, 黙秘 しうる こ と,自 己 の ため に有 能 かつ 中正 な弁 護人 を依頼 しうる こ とを知 らされ る権利 を有 す る。弁 護 人 を依 頼 す る能力 を欠 くと きは,国 が これ を付 す る。 これ ら の諸権 利 は,弁 護 人 の同意 な くして放棄 させ られ る こ とは ない」(同条第12節第1項)

と し,続 けて,拷 問 な どの禁 止 につ いて 「自由意思 を損 な う拷 問 ・強制 ・暴行 ・脅 迫 ・威 嚇 そ の他 い か なる手段 も用 い られ て はな らない。監 禁 のた めの 隠 し牢,独 房, 隔離房 等 は禁 じられ る」(同 第2項)と す る。 そ して,こ れ らの規 定 に違背 して 自白 が得 られ た場 合 につ い て 「本節 も し くは第17節 に違 反 して得 られ た 自白は,証 拠 と

して採 用 されな い」(同 第3項)と 定 め る。

また さらに,無 罪 の推 定 の原 則,迅 速 公平 かつ公 開 の裁 判 を受 ける権利 等 を保 障 して い る(lld条 第14節第2項)。(拙 稿 頁)

この よ うに憲 法 の被 疑者 ・被 告 人 に対 す る保 障 は,十 分 な もので あ る こ とは疑 い ない ので あ る、,しか し,問 題 は,実 際 の運用 が ど うで あ るか とい うこ とであ る。 こ の点 につ い て フ ィリピ ン最 高裁 判所 は,被 告kの ア レイ ンメ ン トの ような刑 事手 続 の重要 な段 階 で 「裁判所 が手続 的規 則 を遵守 して いな い とい う驚 くべ き矛盾 が観 察

され る」 こ とを認 め た15)。

そ のた め,事 実 審裁判 所 の少 なか らぬ死 刑 判 決が,共 和 国法 第7659号 に含 まれ て いな い犯罪 で死 刑 判決 が科 されて い る とか,証 拠 の評価 を誤 ってい る とい う理 由で 取 り消 されて い る,と い うis)。

(2)フ ィ リピ ン刑 事 司法 の現状

そ こで,こ こで はTア ム ネステ ィ ・イ ン ターナ シ ョナ ルの 『報告 書』 を基 に フ ィ リピ ン刑 事 司法 の現 状 を考察 す る こ とと したい。

まず,黙 秘 権 を巡 る状 況 につ い て,『 報 告 書』 は,か つ て 政 治犯 の被 疑 者 か ら自 白を取 る ため に軍が 用 い た,威 嚇,虐 待 お よび拷 問 とい った手段 が現 在 も警 察の犯 罪捜査 におい て利 用 され てい るので は ないか とい う懸念 が あ り,被 疑 者 の虐待 或 い は拷 問 が警 察 の「標 準 的運 用規 定」とな りか ねな い危 険 な状態 にあ る,と 指摘 す る17)。

被 疑者 の逮 捕 は,令 状 に基 づ く場合 と無 令状 の場 合 が あるが,特 に問題 とな るの は,無 令 状 の場 合 で あ る18)。令状 な しで逮捕 され た被 疑者 は,犯 罪 の軽 重 に よ り正 式 の告発 が あ る までユ2時間か ら36時 間,身 柄 の拘 束が 許 され るの であ るが,警 察 に よ る 拷 問 な ど を伴 う違 法 な取 調 が 行 わ れ や す い の は,こ の 期 間 で あ る。 適 正 手 続 に 違反 す る違法 な行 為 が あれ ば,裁 判 官 は,そ れ を明 らか に し,そ れ に よ り得 られ た 証拠 を排 除 した り,再 審 理 の ため事件 を差 し戻 した りす るの であ るが,そ れ に よ り, 遅す ぎる と批 判 の あ る裁判 が 一層 遅延 す る こ とにな る。

ところで,1997年4月 にア ムネ ステ ィ ・イ ン ター ナ シ ョナ ルの代 表 者 が被 疑 者 に

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対 して 行 っ た イ ン タ ビ ュ ー に よ り,取 調 べ 中 に 警 察 官 に よ る 虐 待,拷 問 が,特 に マ ニ ラ 首 都 圏 で 頻 繁 に 行 わ れ て い る こ と が 明 ら か に な っ た19)。

各 事 件 に 共 通 の 特 徴 が あ り,ま ず,被 疑 者 は,無 令 状 で,氏 名 を 明 か さ な い 私 服 の 男 に つ か ま り,多 くの 場 合,素 早 く,手 錠 を か け ら れ,殴 ら れ,蹴 ら れ,そ し て 待 機 し て い る 車 に 押 し込 ま れ る 。 そ して,テ ー プ ま た は 布 で 目 隠 し を さ れ た 上,警 察 本 部,地 元 の 警 察 署 或 い は 秘 密 の 拘 禁 場 所 に 連 行 さ れ る 。 尋 問 中 に,拳 で 殴 ら れ,

ラ イ フ ル の 台 尻 或 い は 警 棒 で 叩 か れ る 。 ピ ス トル の 銃 身 が 頭 に 向 け ら れ た り,口 中 に 入 れ ら れ,殺 す と脅 さ れ る 。 ビ ニ ー ル 袋 が 頭 に 被 せ られ,背 後 か ら し っ か り と 押 さ え つ け ら れ る 。 こ れ が 何 度 も繰 り返 さ れ,さ ら に 頭 を 便 器 と か 水 の 入 っ た 容 器

に 突 っ 込 ま れ る 。窒 息 さ せ る た め に 頭 の 上 に 布 が 被 せ ら れ,徐 々 に 水 が 垂 ら さ れ る 。 或 い は 水 が 鼻 孔 か 口 に 直 接,注 が れ る 。 時 に は,そ の 上,取 調 官 が 腹 に 乗 っ た り, 重 し を 置 い た り す る 。 さ ら に,水 が 体 に 注 が れ,む き 出 し の 電 線 が 体 に 押 し つ け ら れ る 。時 に は,水 の は い っ た バ ケ ツ に 足 を 入 れ る よ う に 強 い ら れ,電 気 が 流 さ れ る 。

よ り 具 体 的 に は,28歳 のEdgerMaligayaは,刑 務 所 の 礼 拝 堂 の 篤 志 の ギ タ リ ス トで あ っ た が1996年1月 に 私 服 の 警 察 官 に 捕 ま り,目 隠 し を さ れ,殴 打 さ れ,そ て 車 に 押 し込 ま れ た 。 車 で ホ テ ル ら し き所 に 連 れ て 行 か れ,そ こ の エ ア コ ン の き い

た,絨 毯 の 張 っ て あ る 部 屋 に 連 行 さ れ,1995年 に 中 国 系 フ ィ リ ピ ン 人 実 業 家 の 射 殺 事 件 の 関 与 に つ い て 尋 問 さ れ た 。 尋 問 中,質 問 に 明 確 に 答 え な か っ た と き,ひ ど く 殴 ら れ,そ の 後,シ ャ ツ を 脱 が さ れ て 床 に押 し倒 さ れ,膝 の あ た り ま で ズ ボ ン が 巻

き上 げ ら れ,後 ろ 手 に 手 錠 を か け ら れ,木 製 の 警 棒 で 腹 を 叩 か れ た 。 ビ ニ ー ル 袋 が 頭 に 被 せ ら れ,首 の 後 ろ で き つ く絞 め ら れ た 。 こ れ が5回 以 上 繰 り返 さ れ た 後,電 気 シ ョ ッ ク の 脅 し が か け ら れ た た め,自 白 し た 。1996年8月 に 彼 に 死 刑 が 宣 告 さ れ

た 。彼 の 友 人ExpeditoBolimaも,同 一 事 件 の 容 疑 の た め,同 夜,警 察 に 逮 捕 さ れ, 同 様 な 扱 い を う け た 後,自 白 し た 。

DantePiandiongは,共 犯 者 と さ れ るJesusMorallosとArchieBulanと 共 に, ジ プ ニ ー(jeepney)の 乗 客 か ら 強 盗 を 働 き,そ の 際 警 察 官 を 射 殺 し た と し て 死 刑 判 決 を 受 け た の で あ る が,彼 は,無 実 を 主 張 し,取 調 の 間,拷 問 を 受 け た と 主 張 す る 。 彼 の 申 し立 て る と こ ろ で は,ひ ど く殴 ら れ,顔 に 布 を 被 せ ら れ,そ こ に 水 を 垂 ら さ

れ て 窒 息 させ ら れ た り,電 線 を 体 の 一 部 に 押 し 当 て て 電 気 を 流 さ れ た 。

報 告 書 』 は,被 疑 者 と の イ ン タ ビ ュ ー か ら,死 刑 判 決 を 受 け た 人 が 公 正 な 裁 判 を 保 障 さ れ た と 言 い う る の か 極 め て 疑 問 だ と し,警 察 官 が 被 疑 者 に 対 す る 犯 罪 捜 査 の 過 程 で 重 大 な 人 権 侵 害 を 犯 し続 け て お り,そ の よ う な 違 法 が 適 切 に 捜 査 さ れ て い な い と い う 民 衆 の 確 信 が 信 頼 で き る も の だ と結 論 す る20)。

ま た,こ れ を 裏 付 け る か の よ う に 人 権 委 員 会 は,1995年 と1996年 の 両 年,報 告 の あ っ た 人 権 侵 害 に 責 任 あ る 人 の リ ス トの 上 位 を 警 察 官 が 占 め て い る,と 言 明 し て い る 。

次 に,『 報 告 書 』 は,司 法 制 度 が 裕 福 で 社 会 的 影 響 力 の あ る 人 に は 有 利 で,貧 く恵 ま れ な い 人 に は 不 利 で あ る と い う 意 識 が 民 衆 の 中 に 根 強 い と し,こ れ に 関 連 し て,貧 しい 被 疑 者 は,弁 護 士 を 雇 う こ と が で き な い た め,公 設 弁 護 人 に 頼 る こ と に

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な る が,公 設 弁 護 人 は,適 切 な 弁 護 を す る た め の 能 力 と 経 験 を も っ て い な か っ た り, そ の 手 当 て が 十 分 な も の で な い た め 積 極 的 な 弁 護 活 動 を し て い な い,と し て 非 難 さ れ る こ と が あ る,と 指 摘 す る21)。

事 実,フ ィ リ ピ ン 死 刑 反 対 者 連 盟(C・aliti・nAgainsttheDeathPenaltyinthe

Philippines)が1997年5月 に 公 表 し た 死 刑 囚 の 調 査 は,死 刑 が 貧 し く,十 分 な 教 育 を 受 け て い な い 人 に 極 め て 多 く科 さ れ て い る こ と を確 認 す る22)。

モ ン テ ン ル パ の 国 立 刑 務 所 に 収 監 さ れ て い る 死 刑 囚325人 に 対 し て 行 わ れ た 調 査 の 結 果 は,次 の 通 りで あ る 。

①[教 育]325人 の 死 刑 囚 の 中,47%が 小 学 校 ま た は 中 学 校 教 育 を 受 け て お り, 36%が 高 等 学 校,13%が 大 学 教 育 を 受 け て い た 。

②[収 入 と 職 業]265人 の 死 刑 囚 の 中,69%が 収 入 が 月 に5,000ペ ソ を 下 回 り, 3%は,740ペ ソ と い う公 式 に 設 定 さ れ た 貧 困 基 準 以 下 の 収 入 しか な か っ た 。 調 査 さ れ た320人 の 中,67%以 上 が 農 業,建 設 業,輸 送 業 に 携 わ っ て い た 。

③[犯 罪 の 種 類]325人 の 犯 し た 犯 罪 の 中,50%以 上 が 強 姦 お よ び そ の 関 連 犯 罪 で あ り,21%が 謀 殺,13%が 故 殺 お よ び そ の 関 連 犯 罪 で あ り,4%が 薬 物 関 連 犯 罪 で あ っ た 。

④[弁 護 人]最 高 裁 判 所 に よ る 死 刑 判 決 の 審 査 に 際 し,279人 の 中,38%に 護i人が つ か ず,28%は,私 選 弁 護i人が お り,20%は 無 償 法 的 援 助 協 会 の 弁 護 士 が つ き,]2%は,公 設 弁 護 士 事 務 所 の 弁 護 士 が つ い て い た 。

さ ら に,『 報 告 書 』 は,死 刑 事 件 で は,民 衆 の 死 刑 へ の 欲 求 が 強 い た め,「 合 理 的 疑 い 」 の 原 則 が 冷 静 に 適 用 さ れ ず,感 情 に よ っ て 左 右 さ れ か ね な い 虞 が あ る だ け で な く,地 方 の 弁 護i士 が 死 刑 事 件 で 弁 護 す る こ と を 回 避 す る 傾 向 が 次 第 に 強 ま っ て お り,あ る 裁 判 官 は,弁 護 士 が 「勝 利 の 見 込 み が わ ず か な こ と を 理 由 に 」 死 刑 事 件 で の 弁 護 を 避 け て い る と述 べ て い る,こ と を 指 摘 し て い る23)。

な お,フ ィ リ ピ ン に は,134言 語 が 存 在 す る と い わ れ24),そ の た め 裁 判 で は,ほ と ん ど の 場 合 公 用 語 で あ る 英 語 が 使 わ れ,必 要 に 応 じ て 通 訳 が 地 方 の 言 語 ま た は 方 言 に 訳 す の で あ る が,必 ず し も そ の 体 制 が 整 っ て い な い こ とが あ る 。 文 盲 の 肉 屋 で あ るArnelAlicandoは,裁 判 手 続 に お い て 英 語 が 使 用 さ れ,彼 の 地 方 言 語 で あ る ワ ラ イ 語 に 翻 訳 さ れ な か っ た た め,訴 訟 手 続 を 理 解 で き な か っ た に も か か わ ら ず, 1994年7月 に 強 姦 と 殺 人 に つ き死 刑 が 言 い 渡 さ れ た 。 最 高 裁 判 所 は,後 に 再 審 理 の た め に 事 件 を 地 区 裁 判 所 に 送 っ た が,1996年6月 に,1人 の 証 人 に よ る 証 言 に 基 づ い て,再 び,死 刑 判 決 が 言 い 渡 さ れ た25)。

以 上 の よ う に 死 刑 事 件 に 関 す る 刑 事 手 続,特 に 捜 査 手 続 に お い て か な り深 刻 な 問 題 が 指 摘 さ れ て い る の で あ る が,死 刑 事 件 の 場 合 に 自動 的 に 付 さ れ る こ と に な っ て い る 最 高 裁 判 所 に よ る 審 査 は,こ う し た 過 誤 を か な り取 り除 き,是 正 す る 機 能 を 果 た し て い る 。

死 刑 廃 止 前 の1976年 か ら86年 ま で の 死 刑 判 決 を 対 象 と した 研 究 に よ れ ば,下 級 裁 判 所 が 死 刑 を 言 い 渡 した463件 の 中,最 高 裁 判 所 は,86件 を 承 認 し て い る に 過 ぎ な い 。

ま た,死 刑 復 活 か ら1997年9月 ま で に 最 高 裁 判 所 に よ る 審 査 を 経 た23の 死 刑 事 件 の

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中,6件 の 判 決 が 承 認 さ れ,4件 は,無 罪 と さ れ,6件 は,下 級 審 判 決 が 無 効 と さ れ,再 審 理 が 必 要 と さ れ た 。 ま た,残 る7件 は,死 刑 が 拘 禁 刑 に 減 刑 さ れ た26)。

(3>誤 判 事 件

も っ と も,最 高 裁 判 所 の 過 重 な 事 件 負 担 を 考 慮 す る と,こ の 機 能 も 十 分 な も の と は い え な い の は 確 か で あ る 。 そ こ で,死 刑 事 件 で の 誤 判 の 問 題 が 出 て く る の で あ る が,『 報 告 書 』 は,誤 判 の 虞 の あ る,若 し く は 問 題 の あ る 死 刑 事 件 と し で 次 の よ う な 事 件 を 挙 げ て い る27)。

ま ず,か な り古 い 事 件 で は あ る が,1950年 に 強 盗 の 際 に 複 数 人 を 殺 害 し た と し て 死 刑 が 宣 告 さ れ,1958年 に 電 気 処 刑 さ れ たEusebioM・iijanの 裁 判 は 誤 判 の 可 能 性 が 高 い,と い わ れ る 。 彼 は,捜 査 段 階 の 自 白(後 に法 廷 で 撤 回 した)に 基 づ い て 有 罪 と な っ た が,そ の 自 白 は,強 要 さ れ た も の で,警 察 官 が 腹 部 を 殴 り,木 で 打 ち 据 え た 結 果 で あ る,と 彼 は,主 張 し た 。 さ ら に,彼 は,強 盗 に 参 加 す る 意 思 が な か っ た に も か か わ ら ず,強 要 さ れ,別 の 男 が 殺 人 を 計 画 し,実 行 し た,と 述 べ た 。 最 高 裁 判 所 は,彼 が 犯 罪 の 教 唆 者 で あ っ た こ と を 示 す 証 拠 が 不 十 分 で あ る こ と は 認 め た が 死 刑 判 決 は 承 認 し た 。

ま た,軍 事 裁 判 所 に よ っ て 海 賊 行 為 に つ き有 罪 判 決 を 下 さ れ,1976年 に 処 刑 予 定 で あ っ たFelipeSantosの ケ ー ス で は,処 刑 の 前 夜 に 彼 が 刑 務 所 の 礼 拝 堂 の 牧 師 に 無 実 だ と 訴 え た た め,牧 師 が 共 犯 者 に そ れ を 質 し た と こ ろ,彼 を 悲 惨 な 人 生 の 道 連 れ と す る た め に 巻 き 添 え に し た,と 述 べ た た め,予 定 時 刻 の5分 前 に マ ル コ ス 大 統 領 に よ っ て 処 刑 が 中 止 さ れ た 。

死 刑 復 活 後 の 事 件 で は,次 の よ う な も の が 挙 げ ら れ て い る 。

ま ず,魚 の 行 商 で あ るFernandoGaleraは,1994年4月 に 強 姦 と 強 盗 で 死 刑 が 言 い 渡 さ れ た の で あ る が,死 刑 が 復 活 して 以 降 最 初 に 死 刑 が 宣 告 さ れ た 人 物 で あ る 。 彼 は,貧 しす ぎ た た め,有 能 な 弁 護 士 を 雇 う こ と が で き な か っ た と い わ れ て い る 。 裁 判 の 前 に 防 御 の た め に 準 備 す る 十 分 な 時 間 が な か っ た と,主 張 し,新 証 人 の 出 頭 を 許 す よ う 求 め る 再 審 の 申 立 を し た の で あ る が,1994年5月 に 斥 け ら れ た28)。

第 二 に,RichardOngは,殺 人 事 件 に 関 与 し た と して ユ996年8月 に 死 刑 が 言 い 渡 さ れ た が,取 調 の 際 に 目 隠 し を さ れ,電 気 シ ョ ッ ク の 拷 問 を う け,自 白 を 強 制 す る た め 「犯 罪 対 策 委 員 会 」 の 職 員 が 殺 す と 脅 し た,と 訴 え て お り,無 実 を 主 張 し て い る 。

第 三 に,農 民 で あ るAbeValdezydelaCruzは,7本 の 大 麻 草 を 栽 培 し た と し て 危 険 薬 物 法 に よ り1997年2月 に 死 刑 が 言 い 渡 さ れ た 。 彼 は,法 に 違 反 して い る こ と に 気 づ か な か っ た し,そ の 植 物 は,漢 方 薬 に 用 い る つ も りで あ っ た,と 主 張 し て い る 。 新 聞 の 報 道 に よ れ ば,彼 は 英 語 が 分 か ら な い た め 英 語 に よ る 判 決 を 理 解 で き ず,ジ ャ ー ナ リ ス トが 彼 の た め に 訳 し て 初 め て 理 解 した と い う 。 さ ら に,警 察 官 が 大 麻 草 を 所 有 し て い る こ と を 自 白 す る よ う 脅 か し た と い わ れ て い る29)。

第 四 に,日 本 人 の 鈴 木 英 司 は,1994年12月 に マ リ フ ァ ナ の 取 引 の 罪 で 死 刑 が 言 い 渡 さ れ た 。 彼 は,警 察 官 の 仕 組 ん だ 事 件 で あ り,「300万 だ せ ば 助 か る 」 と要 求 さ れ た が,拒 否 し た と主 張 して い る 。 麻 薬 取 締 官 は,英 語 で 彼 に 質 問 し た が,彼 は ほ と

77

(13)

ん ど理 解 で き な か っ た と も い わ れ て い る30)。

7.お わ り に

フ ィ リピ ンで は,死 刑再 開後,2000年12月 の時 点 で1,400人 以 上 に死刑 判 決 が言 い渡 され て お り,年 平 均200人 とい う驚異 的 なペ ース で あ る3隻)。しか も,そ のか な

りの割合 が 強姦事 件 で あ る とい う特色 が あ る。 これ は,高 い犯 罪発生 率,強 姦事件 の多発 とい う社 会情 勢 を反 映 した もの であ る こ とはい う まで もないが,フ ィ リピ ン 独 立 の1946年 以 降死 刑執 行 数が 極 め て限 られ てい た上,1976年 か ら死刑 が正 式 に廃 止 され る1987年 まで の期 間 に死 刑 の執行 が行 われ なか った こ とを考 え併 せ る と,常 識 的理解 を越 え る数値 で あ る。 こ こに合 理 的理 由 を見 いだす こ とは困難 であ り,敢 えて死刑 存 置論 に則 してい えば,む きだ しの応 報感 情の発 現 と考 え られ るの であ る が,あ ま りに も安 易 に死刑 判 決が 言 い渡 され てい る と しか評 しよ うが ない。こ とに, ア ム ネステ ィ ・イ ンターナ シ ョナル の 『報 告書』 で述べ られ た フ ィリ ピンの刑事 司 法 の 実情 を前提 とす るな らば,死 刑 を論ず る上 で誤 判 の問題 を避 けて通 れ ない だけ

に尚更 であ る。

国家 が 「個 人 の尊 厳 」 「生 命 の尊 厳」 を国民 に示 し,範 を垂 れ るた め に も,死 刑 を廃 止 す る こ とが望 まれ るので あ るが,そ ¢意味 で,近 年,死 刑 に代 わ る刑 罰 を模 索 す る動 き32)が出 て い るこ とが 注 目 され る。別 の機 会 に,本 稿 で論 ず る こ との で き

なか った フ ィリ ピ ンの刑 罰制 度 を踏 まえtこ の動 向 につ いて論 及 したい と考 えてい る。

1)フ ィ リ ピ ン で の 死 刑 に 関 す る 邦 語 の 文 献 と し て は,辻 本 義 男 ・辻 本 衣 佐 『ア ジ ア の 死 刑 』 106E‑a(1.9J3),辻 本 義 男 「フ ィ リ ピ ン 共 和 国 に み る 死 刑 の 復 活 」 西 原 春 夫 他 編 『刑 事

法 学 の 新 動 向(ド)』269頁(1995)等 が あ るQ

2)A,13N1?5"1'YINTERN、 、TloNAL,PEtlt.IF't'tNI;S:'1'IIF.DEATIIPENAじrY,CRIMINALITY,JusTlcEANDHUMAN RIGHTs(1997)

3)Seeid.at4‑10.

4)訳 に つ い て は,中 川 剛 「フ ィ リ ピ ン 共 和 国 憲 法 」 阿 部 照 哉 ・ 畑 博 行 編 『世 界 の 憲 法 集 』

278頁 ド(1991)に よ っ て い る 。

5)JoaquinBcrnas,MemorandumoftheAmicu・.lCuriaeat4,Peoplev.Malabago,G.R.No.

115686,2December1996,265SCRA198.

6)DebateonS.No.891,91hCong.,(2February1993).

7)DebateonS.No.891.9ti,Cong.(1February1993).

8)DebateonS.No.891,9thCong.(].February1993}.

9)DebateonS,No。891,9thCong.(8February1993)

10)FREELr:cnコ.5515"1'ANCEGRoup,POSI"PIONPApERUNTHEPRoposALoFDEATHBYLETHALIN.

,∫EcTloN(1995),citedinsupranote2at17.

11)EdcelLagman,TheRoleofCongressintheModernizationofthePhilippineCorrectional System,XIVCR;MINALJusTlcEJ.19,20(1996).

(14)

12)DebateonH.No.62,9rhCong.(12November1992) 13).DebateonS.No.891,9cnCong.53(1993).

14)フ ィ リ ピ ン の 刑 事 手 続 に 関 す る 邦 語 の 文 献 と し て は,塩 谷 安 男 「フ ィ リ ピ ン 共 和 国 」 宇 津 呂 英 雄 編 『ア ジ ア の 刑 事 司 法 』257頁(1988),ロ ジ ェ リ オ ・F・ ヴ ィ ス タ 「フ ィ リ ピ

ン に お け る 犯 罪 防 止 と 刑 事 司 法 制 度 」 法 制 研 究 第60巻 第 ユ 号60頁(1993)ノ 拙 稿 「フ ィ リ ピ ン 刑 事 手 続 研 究 序 説(1×2)」 創 価 法 学 第28巻 第2号101頁(1999),第3号125頁(1999),

「フ ィ リ ピ ン の 刑 事 手 続 と 人 権 」 創 価 大 学 ア ジ ア 研 究 所 ア ジ ア 法 研 究 プ ロ ジ ェ ク ト 現 代 ブ イ リ ピ ン 法 の 諸 相 』57頁(1999)等 が あ る 。

15)Peoplev.Estomaca,G.R.No.11748‑86,22April1996.256SCRA421,428.

16)FromAbolitiontoαSolution:ARealAlternativetoCapitalPunishment,73PHIL.L.J.

502,515(1999).

17)AmlNrSTYINTEIZNA'TIONAL,supranote2,at16.

18)詳 し く は,拙 稿 「フ ィ リ ピ ン 刑 事 手 続 研 究 序 説(2)」 創 価 法 学 第28巻 第3号126頁 以 下(1999) 参 照 。

19)AMNI?STYIN・rt;ltNn・1'IONnL,supranote2,at18‑20.

20)ld.at20.

21)Id.at20‑24.

22)Seeid.at23.

23)Id.at23‑24.

24)安 田 信 之 『ASEAN法 』35頁(1996)。

25)ThePhilippineDailyInquirer,19/2/97.

26)AMNEsTYINTERNATIoNAL,supranote2,24.

27)Id.at11‑14.

28)PhilippinePoliticalUpdate,May1994.

29)TheWeeklyVizcayaAdvocate,25/2/97.

30)こ の 事 件 の 概 要,経 緯 に つ い て は,94年12月8日 付 朝 日 新 聞,94年12月17日 付 朝 日 新 聞, 95年2月8日 付JapanTimes,96年7月170付 毎Ei新 聞 等 で 報 道 さ れ て い る 。

31)AnaNrSTYIN'T'ERNATIONAL,PIIILII'1'INES:PRESIDENT'ESTRAI)AGIVESHOPI:'rODEA・rllRowIN̲

MATEs(AIIndexASA35/015/2000) 32)Seesupranote16.

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