水循環と流域ガバナンスの視点からの公物管理法制 のあり方 : 水利権制度を中心として (福田雅章教 授退職記念号)
著者名(日) 三好 規正
雑誌名 山梨学院大学法学論集
巻 65
ページ 137‑165
発行年 2010‑03‑10
URL http://id.nii.ac.jp/1188/00000375/
論
水
説循 環 と 流 域 ガ バ ナ ン ス の 視 点 か ら の 公 物 管 理 法 制 の あ り 方
││ 水利 権制 度を 中心 とし て│
│
三 好 規 正
目 次 はじ めに 一 現行 水利 権制 度の 課題 二 水資 源法 制の 改革 への 展望 三 新た な水 利権 制度 の提 言 むす びに 代え て
はじ めに わが
国に おい ては
︑水 に関 する 統一 法制 は存 在せ ず︑ 省庁 ごと の縦 割り に水 管理 体系 が分 断さ れた 状態 で戦 後六
〇数 年間
︑固 定化 され てき た︒ 一方 で︑ 経済 社会 活動 の急 激な 発展 に伴 う土 地利 用や 水利 用の 変化 は河 川流 域の 水 循環 に変 化を 及ぼ し︑ 森林 荒廃 によ る水 源涵 養機 能の 低下
︑地 下水 の過 剰使 用に よる 地下 水位 の低 下や 汚濁 物質 の 浸透
︑生 物多 様性 に富 む水 辺環 境の 喪失 など さま ざま な弊 害を 生じ させ てい る︒ さら に地 球温 暖化 に伴 う気 候変 動 の影 響も 加わ り︑ 異常 な洪 水や 渇水 も多 発し てい る︒ この よう な現 状を 踏ま え︑ 本稿 では
︑特 に﹁ 利水
﹂の 問題 に焦 点を 当て
︑水 資源 行政 と水 利権 制度 の問 題を 中心 に現 在の 公物 管理 法制 に内 在す る問 題点 を摘 示す る︒ そし て水 の縦 の広 がり とし ての
﹁循 環﹂ と横 の広 がり とし て の﹁ 流域
﹂に 着目 して
︑循 環す る水 を前 提と した 水利 権制 度の 再編 と流 域住 民の 参加 によ るガ バナ ンス のあ り方 を 軸と して
︑水 資源 管理 に関 する 法政 策的 な提 言を 試み るも ので ある
︒ 一
現行 水利 権制 度の 課題
水利 権制 度の 沿革 と問 題点 水利 権と は︑ かん がい
︑上 水道
︑工 業用 水道 など 特定 目的 のた めに
︑河 川な どの 水を 排他 的・ 継続 的に 利用 でき る権 利を さす
︒こ のう ち農 業水 利権 には
︑歴 史的 経緯 のな かで 成立 した 水利 秩序 が社 会的 に承 認を 得た
﹁慣 行水 利 権﹂ と新 河川 法︵ 一九 六四 年施 行︶ に基 づい て河 川管 理者 から 許可 され る﹁ 許可 水利 権﹂ があ る︒ 明治 期以 前に す でに
︑渇 水時 にお いて 利用 可能 な水 量は 農業 水利 によ って 先占 され
︑水 利秩 序が 形成 され てい た︒ この ため
︑明 治
二九 年︵ 一八 九六 年︶ に制 定さ れた 旧河 川法 にお いて は
v
河川 並其 ノ敷 地若 ハ流 水ハ 私権 ノ目 的ト ナル コト ヲ得 スw
とし て流 水は 公水 と位 置づ けら れた もの の︑ 長い 歴史 の上 に培 われ た慣 行的 な水 利権 を尊 重せ ざる を得 なか っ たの であ る︒ 現行 河川 法に おい ては︑慣 行水 利権 は︑ 特許 使用 とし ての 許可 を受 けた もの とみ なす 規定 が置 かれ てお り︵ 同法 第八 七条
︶︑ 河川 管理 者に 届け 出な けれ ばな らな いこ とと され てい る︵ 同法 第八 八条
︶︒ また
︑許 可水 利権 に関 して は︑
﹁河 川の 流水 を占 用し よう とす る者 は︑ 国土 交通 省令 で定 める とこ ろに より
︑河 川管 理者 の許 可を 受け なけ れば なら ない
︒﹂
︵同 法第 二三 条︶ と規 定さ れて いる
︒し かし
︑同 条は 許可 権限 の所 在を 示す だけ であ り︑ 水利 権の 詳細 な意 味内 容や 許可 基準 につ いて は何 ら規 定し てい ない
︒水 利権 許可 実務 の運 用に つ いて は︑
﹁取 水地 点に おけ る一
〇ケ 年の 渇水 流量 の最 小値
︵基 準渇 水流 量︶ から 既得 水利 権量 及び 河川 管理 上必 要 な流 量︵ 河川 維持 流量
︶を 控除 した 残流 量の 範囲 内で ある 限り にお いて 新規 の流 水の 占用 が許 可さ れる
﹂取 り扱 い にな って いる
︒し かし
︑こ のこ とが 法令 上︑ どこ にも 明記 され てお らず
︑か つて の﹁ 通達
﹂等 や前 例に 依拠 して い るの が現 状で あり
︑法 律に よる 行政 とは ほど 遠い
︒水 利権 概念 や許 認可 手続 きは 法律 上明 記さ れる べき もの であ る︒ また
︑水 利権 は一 定の 使用 目的 があ って 成立 する 財産 権と して の性 質を 有す るが
︑一 定の 公的 制限 に服 する もの とさ れて おり
︑水 利権 者は その 使用 目的 を勝 手に 変更 する こと はで きず
︑取 水目 的の 変更 は既 存の 水利 権の 放棄 と 新し い目 的の ため の水 利権 の新 設と して 考え られ てい る︒ また
︑水 利権 の譲 渡︵ 河川 法三 四条 一項
︶は
︑そ の企 業 財産 とし ての 事業 自体 の譲 渡に 伴う もの のみ に認 めら れる もの とさ れて
( )
いる
︒つ まり
︑旧 建設 省以 来の 解釈 によ る
と︑ 水利 権譲 渡の 前後 にお いて 権利 の同 一性 が保 たれ てい なけ れば 承認 は認 めら れず
︑水 利権 の﹁ 目的
﹂が 変更 さ
れる こと は︑ 権利 の同 一性 を損 なう もの とさ れて
( )
いる
︒し たが って
︑た とえ ば︑ かん がい 用水 に余 剰水 利権 が生 じ
た場 合に 当該 部分 を上 水道 など に転 用し よう とす る場 合に おい ては
︑河 川法 の運 用で は︑ まず 既得 水利 権に つき 監 督処 分権 を発 動し て︑ 当該 水利 権の 取消
・変 更を 行い
︑続 いて それ によ り生 ずる 水量 につ き︑ 上水 に対 し新 規の 水 利権 を付 与す ると いう 手順 にな る︒ つま り︑ 河川 の水 が不 要と なっ たと きは
︑い った ん河 川に 返還 させ
︑河 川管 理 者に よっ て新 たに 配分 を行 うと いう シス テム とな って いる ので ある
︒こ の結 果︑ 水利 権者 側と して は︑ たと え水 使 用量 に余 裕が あっ たと して も既 得権 を手 放す まい とし て︑ 農業 水利 権の 都市 用水 等へ の転 用も 一向 に進 まな い︒ こ れが
︑各 地の ダム は渇 水期 にす ぐ空 にな り︑ また 新し いダ ムを 建設 する とい う施 策が 循環 的に 進め られ る原 因と も なっ てい る︒ しか しな がら
︑取 水目 的の 変更 によ る譲 渡は
︑﹁ 権利 の同 一性
﹂を 損な うも ので ある から 承認 を与 えな いと する 上記 解釈 につ いて は︑ 疑義 があ る︒ それ は︑ たと え目 的の 変更 によ って 水の 使用 形態 など
︑内 容が 若干 の影 響を 余 儀な くさ れる こと は事 実で ある とし ても
︑そ の本 質は
︑同 一河 川の 流水 の使 用権 であ るこ とに 相違 はな い︒ また
︑ 権利 の譲 渡は
︑目 的も 含め て当 事者 相互 の合 意に よっ て成 立す る契 約と して の本 質を 有す るも ので ある 以上
︑河 川 管理 者と して は︑ 新規 許可 を与 える 場合 と同 様に 取水 目的 や取 水量 を個 別具 体的 に審 査し
︑不 適切 な場 合に つい て は承 認︵ 講学 上の
﹁認 可﹂
︶を 与え ない こと とす れば
︑河 川管 理上 の特 段の 支障 は生 じな いは ずで
( )
ある
︒そ して
︑
譲渡 の可 否の 審査 に当 たり
︑一 定の 要件 裁量 が河 川管 理者 に認 めら れる とし ても
︑要 考慮 要素 及び 不可 考慮 要素 を 正し く考 慮し た裁 量判 断が 求め られ るこ とは いう まで も
( )
ない
︒そ して 仮に
︑占 用目 的の 異な る譲 渡を 認め れば 何ら
かの 支障 を生 ずる とい う客 観的
︑実 証的 な立 法事 実が ある とす れば
︑そ れら を踏 まえ た譲 渡の 基準 を河 川法 の条 文
上明 記す るこ とが 法治 主義 の観 点か らも 不可 欠で ある
︒ 公益 上の 視点 から 当該 契約 行為 に対 する 適正 な監 督が 担保 され るこ とは もと より 不可 欠で ある が︑
﹁目 的が 異な れば 承認 を与 えな い﹂ とす る硬 直的 解釈 につ いて は︑ 中央 省庁 の解 釈が いわ ゆる
﹁有 権解 釈﹂ とし て全 国的 に通 用 して いた 機関 委任 事務 の当 時な らば とも かく
︑講 学上 の特 許・ 認可
︵形 成的 行為
︶と 許可
︵命 令的 行為
︶の 概念 自 体が 相
( )
対化 して いる 昨今 の行 政法 学の 理論 状況 から みて も︑ 説得 力に 乏し いの では ない かと 思わ れる
︒
ダム によ る水 資源 開発 の特 徴と 課題 現行 の水 利用 計画 の最 上位 にあ るの は︑
﹁全 国総 合水 資源 計画
︵ウ ォー ター プラ ン︶
﹂で あり
︑一 九九 九年 六月 に︑ 二〇 一〇 年か ら二
〇一 五年 を概 ねの 目標 年度 とし た﹁ 新し い全 国総 合水 資源 計画
︵ウ ォー ター プラ ン二 一︶
﹂を 策 定し てい る︒ ウォ ータ ープ ラン 二一 では
︑健 全な 水循 環系 の構 築に 向け て① 持続 的水 利用 シス テム の構 築︑
②水 環境 の保 全と 整備
︑③ 水文 化の 回復 と育 成と いう 基本 的目 標を 掲げ てお り同 プラ ンで は︑
﹁通 常の 年﹂
︵多 くの 水資 源開 発施 設が 利水 基準 年と して いる 一九 五六 年か ら一 九七 五年 の二
〇年 間で 二番 目の 少雨 の年
︶︑
﹁水 不足 の年
﹂︵ 近年 の少 雨化 傾向 を示 して いる 一九 七六 年か ら一 九九 五年 の二
〇年 間で 二番 目の 少雨 の年
︶︑
﹁戦 後最 大級 渇水 の年
﹂の 三段 階の 降雨 状況 を仮 定し て︑ 二〇 一〇 年か ら二
〇一 五年 の水 需給 の見 通し を評 価し てい る︒ 同プ ラン にお いて は︑ かつ て のよ うな 水需 要の 急激 な伸 びは 見ら れな くな って おり
︑二
〇一 五年 まで に完 成が 予定 され てい る施 設の 建設 が全 て 見通 しど おり 進ん だ場 合に は︑
﹁戦 後最 大級 の渇 水の 年﹂ には 供給 量が 不足 する もの の﹁ 通常 の年
﹂や
﹁水 不足 の
年﹂ にお いて は︑ 安定 的な 供給 が可 能に なる と見 込ん でい る︒ これ まで 国は
︑一 九七 八年 に﹁ 長期 水需 給計 画﹂
︑ 一九 八七 年に 二〇
〇〇 年を 目標 年度 とす る﹁ 全国 総合 水資 源計 画︵ ウォ ータ ープ ラン 二〇
〇〇
︶﹂ を策 定し てき た が︑ とも に生 活用 水︑ 工業 用水
︑農 業用 水の いず れの 水需 要予 測も 実績 に比 べて 過大 なも ので あり
︑過 大な 水需 要 予測 に基 づい てダ ム建 設が 進め られ てき たと の批 判が 強い
︒ また
︑ダ ムに つい ては
︑ダ ムが 及ぼ す環 境面 への 悪影 響な ど弊 害が 指摘 され てき たと ころ であ るが
︑政 権交 代と いう 政治 情勢 の変 化と あい まっ て︑ 新規 建設 は困 難と なる こと は明 らか であ る︒ むし ろ︑ 過大 な水 需要 予測 に基 づ いた ダム 建設 を自 己目 的化 した かの よう な政 策を 大転 換し
︑水 利権 の転 用や 節水 推進 など によ る新 規水 源確 保を 積 極的 に進 めて いく 必要 があ る︒ とこ ろが
︑わ が国 の現 行水 利権 制度 は︑ 前述 のよ うに 渇水 対策 や新 規水 需要 への 対 応の ため に既 存の 水利 秩序 の中 から 水源 を開 発す るこ とを 極め て困 難な らし めて いる
︒既 存の 水利 権秩 序の 見直 し を放 置し たま まで
︑﹁ 渇水 に対 処す るた めに は︑ 新規 水資 源開 発の ため にダ ム建 設が 必要 であ る﹂ とい う旧 建設 省 以来 の論 法に 基づ く水 資源 開発 は︑ すで に限 界点 に達 して いる
︒今 後は
︑既 存の 水利 秩序 の中 から 供給 余裕 量を 生 み出 せる よう 異種 用途 間の 多重 利用 を承 認す ると とも に︑ 余裕 水量 につ いて は公 共の もの とし て保 留さ れ︑ 新た な 水需 要の ため に配 分さ れる よう な水 利権 シス
( )
テム への 制度 改革 を実 現に 移す こと が求 めら れて いる
︒
そも そも
︑大 型ダ ムが 建設 され ても
︑関 係す る水 利権 量は ダム 建設 前よ りも 増大 して いる ため
︑ひ とた び異 常渇 水が 生じ た場 合の 影響 はダ ム建 設以 前よ りも 深刻 に
( )
なる とい う矛 盾も ある から であ る︒ とり わけ
︑少 子高 齢化 によ
る人 口減 少が 想定 され る時 代を 迎え
︑水 使用 量の 減少 によ り生 じた 余裕 分に つい ては
︑生 物多 様性 と地 域ア メニ テ ィー の形 成に 寄与 させ る水 利使 用に も振 り向 ける べき であ ろう
︒