公開講演
四諦・十二因縁説の存在論的構制とその背後にあるもの
̶仏教思想の“哲学”的叙述の試み̶
津 田 眞 一
一.はじめに・哲学の極限と仏教学の位置 本日の副題の中に「“哲学”的」という言葉を入れさせて頂きました。それ がなぜ「哲学的」ではなくて、わざわざ“ ”をつけた「“哲学”的」であるのか、 そのことがまず問題になります。私はこれまで、いや、正確に申しますとつい 先頃まで、自分が書いたり喋ったりいたしますもののタイトルの中にこの「哲 学的」という言葉を使うことを意識して避けてきたのです。それは何故かと申 しますと、答えは簡単で、私は「哲学」という学問に非重な尊重の念を抱いて おりまして、自分にこの言葉を使う能4力4と資格4 4とが具わっていないことをよく 承知していたからであります。 その能力4 4、ということですが、私が学部の学生であった頃(それはかれこれ もう半世紀近くも前のことになってしまいましたが)、私の周囲にも幾人かの 「哲学科」の学生がおりまして、私にも幾度か彼らと語り合う機会がありました。 しかし、私は彼らに一様に備わっていた弁論の能力について行くことが全く出 来なかったのです。私は彼らが楽しそうに展開するブリリアントな議論を傍で 黙って聴きつつ、自分の知力の劣等を噛みしめたものでした。 また、その資格4 4というのは、私が「哲学科」の演習を受けたことが無い、哲 学の正式の訓練を受けたことが無い、ということです。哲学に限らず、どの学 問でもそうですが、学問というものには、先生から直接教わる、ということが どうも4 4 4 必要欠くべからざることなのです。哲学の訓練や習練に際限が無いこと は当然のことであります。しかし、たとえ一コマであったとしても、どなたか 「哲学科」の偉い先生の演習に参加して一年間辛抱したという経験をいたしま すなら、そこに一種言うに言われぬ自信というか、資格4 4の意識が得られる筈なのです。私にはその経験が欠けているのです。それから半世紀近くが経過し、 私は私の運命4 4の然らしめるところ(このことは後に改めて論じますが、運命、 Notwendigkeitというのは、私の実人生と私のその生 Leben の本質であるとこ ろの学問を一貫して導いてきた根本語なのです)、現に私の4 4仏教学、すなわち、 仏教という思想の理解の学、要するに「解釈学」を必要に応じて「哲学」の用 語を借用しながらやっているのですが、その場合、私には常にそれら「哲学」 の用語を無資格で使っているのだという意識がつきまとって離れないのです。 いうなれば、無免許運転をしているうしろめたさですね。 ところが、これに加えてもう一つ、今度は原理的4 4 4な問題がございます。それ は学4ということの品階(ほんかい)の問題です。私の仏教学は、現実には「哲学」 と同一の事態4 4 4 4 4を対象として扱うのですが、その私の仏教学と「哲学」の間には、 品階において一段階の差があるのです。勿論、「哲学」が上で、私の仏教学が 下です。 では、その「哲学」と仏教学との間に品階の差を生ぜしめている条件は何か と申しますと、本日のお話の内容に合わせて申しますならば、それは他ならぬ4 4 4 4 シェリングの有名な「問い」、カール・ヤスパースの『シェリング』(行人社、 2006年)における那須政玄教授の訳によるなら、 「なぜそもそも或るもの4 4 4 4が存在して、なぜ無は存在しないのか」(傍点津田)(Warum
ist nicht nichts, warum ist etwas überhaupt?)(下線津田)
です。ヤスパースの言う所によるなら、「パルメニデスによって考えられ、ラ イプニッツによって言及された」この問いを、シェリングは意識して「哲学す ることの根本の問い」とし、その「意味」を「彼の人生において繰り返し問う た」のです(同書、154・155 ページ)。 また、ハイデッガーは、1935 年のフライブルグにおける講義にもとづくそ の『形而上学入門』を、ライプニッツにおけるこの問いを提示することから 書きはじめ、その第一章「形而上学の根本の問い」の中でこの Rang(まさに、 品階4 4です)における「第一の問い」(der erste Frage)に幾度となく言及して おりますが、川原栄峰先生の訳(平凡社ライブラリー 70、1994 年)では、
「なぜ一体、存在者があるのか、そして、むしろ無があるのではないのか?」 ─ 501 ─
で、そのもとのドイツ語(これはライプニッツのラテン語をハイデッガー自身 がそう訳したものなのでしょうが)では、
Warum ist überhaupt Seiendes und nicht vielmehr Nichts(下線津田)
です。藤田健治先生はその『シェリング』(勁草書房〔思想学術全書〕、1962 年) の「重版序」において、シェリングはその「哲学の体系建設の意図」において、 この「問い」、すなわち、 「古くはライプニッツに発し、後にヤスパースやハイデッガーに影響を与える「何 故総じて何か4 4があって、何もないのではないのか」という極限的問い4 4 4 4 4から出発して4 4 4 4 いる4 4」(傍点津田) と言っておられます。 ところで、藤田先生のこの『シェリング』は、西谷啓治先生の訳になる『人 間的自由の本質』(岩波文庫、1987 年発行の第 28 刷)と共にこの二十何年来 常に私の座右にあり、私がそれを一種の教科書のようにして何回となく繰回し 読んできたものですが、私はここに来てやっと、上の引用中にある藤田先生の 「極限的な問い」という何気ない言葉が有っているその意味に気づいたものです。 また、シェリングがその「問い」から「出発している」ということが現実にど ういうことなのか、その意味にも気づいたものです。要するにシェリングのこ の「問い」は、まさにわれわれ人間の思考の「極限」をなしているもの、われ われの哲学的思考がそれに突き当たったら必ずはね返される4 4 4 4 4 4壁、その壁に突き 当った、そして、はね返された、という意識すらないままに必ずはね返されて いる眼に見えない壁なのです。 例えば、現に上に触れた『形而上学入門』において、ハイデッガーは、そ の「問い」における「存在者」(Seiendes)、その少し後でなされる言い換えに よりますなら「全体としての存在者そのもの」(das Seiende im Ganzen als ein
solches)が「なぜ一体」(warum)「ある」(ist)のか、というその「問い」本 来の位置から、多分それと意識することなく動いて、その「存在者」が「ある」 (ist)とは一体どういうことなのであるか4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4を、専ら問題にしているのです。こ れは、その「壁」からすでに半歩4 4 、後へ退っているのですね。 しかし、この半歩は、水が低い方に流れるように自ずとさらに退行して、そ ─ 500 ─
の「全体としての存在者そのもの」、要するに世界4 4(傍点つきの「世界」、その 実体はハイデッガー自身の言い方において「神と世界と人間の全体」です)が 「何4なのであるか」という Was の問いとなります。現にハイデッガーはフライ ブルグ大学における 1936 年夏学期の講義ノートにもとづく『シェリング講義』 (出版は 1971 年。木田元・迫田健一訳、新書館、1999 年 10 月)において、 【引用1】哲学の根本的問いとは、存在者としての存在者とは何であるか4 4 4 4 4(Was ist
das Seiende als solches?)、という問いです。これは存在への問い(die Frage nach
dem Seyn im Sinne der Seiendheit)に他なりません。(206 ページ、傍点、ドイツ語、 その下線ともに、挿入津田) と言っているのです。 そして、この Was(世界4 4とは何4であるか)の問いは、さらに、その「世界4 4」 すなわち「全体としての存在者そのもの」は〈どのような4 4 4 4 4もの、どのような構4 造のもの4 4 4 4としてあるのか〉という問いへと自働的に移行します。現にハイデッ ガーは同じ『シェリング講義』において、はじめから、その「存在」(Seyn) の Fuge(木田訳において「内的な接合」)、乃至、Seiendes の全体の Gefüge(同 じく木田訳で「結構」)、要するに「体系」を問題にしているのです。それが、 【引用2】始原4 4のものであれば究極4 4のものでもある根拠(das die letzten und ersten
Gründe des Seienden als solchen im Ganzen)を知り、この原理的な知に従って、知4 りうるもの一般4 4 4 4 4 4 4の主要部分を根拠づけられた本質連関のうちで(in einem
begrü-ndeten Wesenszusammenhang)叙述する知」(木田訳 45 ページ、傍点ドイツ語挿入 津田) としての「哲学」なのである、「学問」(Wissenschaft)としての「哲学」なの である、と言う4 4 4のです(もっとも、私はハイデッガーのこの様な口調には、ど4 うも4 4違和感を覚えざるを得ないのですが…)。要するにそこにおいてハイデッ ガーは、シェリング自身が 1804 年の時点で(後に改めて触れますヤスパース の指摘によるⅥ.155.すなわち「全哲学体系」の段階において)すでにそれ4 4を 言っているにもかかわらず、1809 年のその段階では、多分4 4それ(その「問い」) を壁として意識することなく、しかしそれにはね返されてそこに戻ってきたも のであるところの『人間的自由の本質』におけるシェリングの体系4 4をその現実 的な対象として、その「存在者の全体」、要するに世界4 4の事態そのものに関す ─ 499 ─
る「学問」としての「哲学」を論じようとしていたわけです。 では、ヤスパースの場合はどうであったでしょうか。 ヤスパースはその『シェリング』において、シェリングの件の「問い」の所 在として、所謂「息子版」におけるⅥ.155,Ⅶ.174,Ⅷ.7,163ff.及び 242 を指摘しております。これらのうちで私が問題にいたしますのは、いや、辛う じて問題にすることができますのは、Ⅷ.163ff.のケースです。この箇処は、シェ リングがその晩年、1831 年以来繰り返してきた講義であるところの『啓示の 哲学』の「序論」、すなわち全 37 講よりなるこの講義の最初の8講の最後のと ころに出てくるものです(因みに、ⅩⅢ.7はその第一講にでてくるものです)。 この「序論」部分の翻訳が最近出版されましたので(燈影社刊『シェリング著 作集』5b、諸岡道比古訳、2007 年 10 月)、私もヤスパースのシェリング批判 の一端を知ることができたわけです。 ヤスパースは、その『シェリング』の第三章「存在の思惟」の第一節を「シェ リングの問い:なぜそもそも或るものが存在し、なぜ無は存在しないのか」と 題して、シェリングの件の「問い」を順を追って検討していくのですが、この 「ⅩⅢ.163ff.」におけるシェリングを、カントの立場に対する「感嘆」を表明 しつつも、実際にはカントが人間の理性の可能性に課した制約を越過したもの であるとして、その越過、英語で申しますならば violation を強く批判してい るのです。 そこにおける事実はこうです。シェリングは、まず、 【引用3】〈あらゆる思惟に先行する、存在4 4の無条件的必然性〉をカントは人間の理 性にとっての眞の深淵4 4と名づけている。(那須訳、185 ページ、傍点津田) として、それに続けて『純粋理性批判』から一つの、少し長めの引用をします(諸 岡訳、185 ページ 13 行から 186 ページ4行、岩波文庫の篠田英雄訳で申しま すと、巻中の 278 ページ 13 行から 279 ページ4行)。そして、その引用の中で「深 淵」そのものを指し示しますものが、その文中の「我々が一切の可能的存在者 のうちの最高存在者と思いなす存在者」(篠田訳)が独語する、 【引用4】「私は始めなく終わりなく永遠に存在を続ける、私のほかに、また私の意 志によってのみ存在するもののほかには、何ひとつ存在しない、しかしこの私はいっ4 4 4 4 4 4 4 4 4 たい何処から来たのか4 4 4 4 4 4 4 4 4 4」(篠田訳より。強調は原著) ─ 498 ─
という言葉です。この言葉がシェリングの件の「問い」に照応するものである ことは、すでに言を俟ちません。因みに、カントがここに言うその「最高存在 者」ないしその観念は、まさに、ヤスパースが 1955 年の『シェリング』の数 年後、1961 年夏学期にバーゼル大学で行った最後の講義「超越者の暗号」(日 本訳、草薙正夫訳『神の暗号』、理想社刊〔ヤスパース選集 37〕、1982 年)の 第一講において引用している『リグ・ヴェーダ』10.129 の「もっとも高い天 空において一切を照覧するところの〈あの人〉(Er, der Allbeschauer droben am
höchsten Himmel)のそれに厳密に照応しているのであり、しかもヤスパース は、そこにおいてこの『リグ・ヴェーダ』の 10.129、いわゆる「宇宙開闢の歌」 の立場に対して、それを、「あらゆる科学の全勢力をもってしても、わたくし たちは根底においては、インドにおけるこの昔の聖者よりも一歩も進歩してい ない」(草薙訳、14 ページ)と言っているのですが、ヤスパースのこの立場に ついては後に改めて言及します。 シェリングに戻りますが、シェリングはカントのこの箇処(引用の全体)が 「〈あらゆる思惟に先立つこの存在4 4〉の崇高性に対するカントの深い感情を表現 している」(諸岡訳、186 ページ、傍点津田)ものであると考え、自らの新し い哲学、いわゆる積極哲学は改めてこの「あらゆる思惟に先立つ4 4 4存在」、別の 表現において「未だ概念でも、つまり、何 Was でもない〈存在するもの〉」(諸 岡訳、185 ページ2行)を「出発点にしなければならない4 4 4 4 4 4 4 4 4」(諸岡訳、186 ページ、 強調原著)のだ、と一種の決意表明をしているのです。それに対してヤスパー スは、このシェリングの立場を、それがカントが人間の理性に対して設定した 最も深いレヴェルにおける「不可知(Nichtwissen)」という「限界」を越過して、 そこに更なる「一つの全体世界を魔法で呼び出」そうとするものである、と批 判するのです。シェリングは「カント解釈4 4」(傍点津田)でもってカントの「根 本的立場の転回4 4を遂行しているのである」(那須訳、162 ページ、傍点津田)、 という4 4 4のですね。 しかし、私はここにヤスパースの、とかく批判意識が先行するそのスタイル の欠点が露呈されている様な気がしてなりません。ヤスパースの批判が、それ 自体決して単なる誤まりでないことは当然のことであります。シェリングが「な ぜ(warum)そもそも或るもの(etwas)が存在するのか」を問うたとき、そ の「或るもの」(etwas)は既に「一つの全体世界」、いや、唯一実在する「全 体世界」として無底(grundlos)なるもの、すなわち、それ以上の根底を有た ─ 497 ─
ないものであった筈であります。ところが、シェリングは件のカントの言明に 対したとき、シェリングとしてはカントに誠実に随順しているつもりではあっ たのでしょうが、その「不可知」の壁をいわば向う側へ越えて、その無底なる 「全体世界」の更なる根底としてその「あらゆる思惟に先立4 4 4つ存在というもの4 4 4 4 4」(前 出)、「未だ概念でも、つまり、何 Was でもない〈存在するもの〉」(前出)を設 定してしまった、つまり、屋上に屋を架する、という表現がありますが、それ とは逆方向に、無底なる世界4 4の下に更に「無底」という4 4 4「存在」を設定してし まったのです。 この、シェリング晩年の『啓示の哲学』における立場が、『純粋理性批判』 におけるカントのいわゆる批判主義の立場からするならその越過(violation) であることは当然のことであります。しかし、今の場合、問題はそこにあるの ではないのです。 ヤスパースは、そのシェリングの立場の要約において、すでに「無底」 (grundlos)なるものである筈の「全体世界」という「存在」に対応するもの として「永遠的自由」という概念を出してきます(那須訳書 160 ページ)(私 はこの言葉の典拠を知りませんが、それはこの言葉が『啓示の哲学』の「序論」 よりあとの部分に出てくるものであるからでありましょう)。その趣旨は、シェ リングが〈なぜ(warum)その全体世界が存在するのか〉という自身の問いに 対して、それはその「超存在の自由の働き(Akte)によって」である(同 160 ペー ジ 19 行)と自答したのである、というものである筈です。すなわち、その「永 遠的自由」の「働き」とは「それ自身存在でも非存在でもない超存在」である ところのその「永遠的自由」がそれ自身の存在に「基づいて」「全体世界」の 「存在を措定する」その「自由の働きである」(同、161 ページ5行)というこ とになります。このヤスパースのシェリング要約がそれ自体正しいか否かは別 として、またシェリングのそういう立場それ自体が正しいかそうでないかは別 として、ここにヤスパースによって論じられている事態はすでに件の「壁」に はね返されてそのこちら側にもどって来ている問題なのです。そして問題は、 この、『啓示の哲学』の場合におけるそのはね返された方向が、すでにそれが 本来4 4そこに向かっては返さるべき方向ではなかったのだ、ということなのです。 ヤスパースはその批判意識の先行という彼のいつもの4 4 4 4スタイルに禍いされて、 このことを見誤ってしまったのです。 ところで、議論がこの「壁」に打ち当ってはね返されるということは、決し ─ 496 ─
てマイナスの共示(connotation)を含むものではありません。それはこの種 の議論、すなわち、世界4 4の事態に眼を向ける「哲学」の必然(Notwendigkeit)、 すなわち、運命なのです。さい前の「哲学」と仏教学の品階の問題に戻って言 いますなら、「哲学」は(これは建て前上のことであり、現実にはそのことを 意識していない「哲学者」もいるでしょうが)、この壁に打ち当った上でそこ4 4、 その世界4 4の事態という問題位置に自らを定立しているものであるが故に、そし て、仏教学はいまだその壁に打ち当らず(原理的にその壁を意識することなし に)その位置に身を置くものであるが故に、その「品階」において「哲学」よ り一段階下にいるのです。 では、シェリング自身が自ら提示したこの「極限的問い」(前掲藤田博士) に打ち当ってはね返されているのだとして、彼が「本来4 4そこに向ってはね返さ るべき」であった方向とはどの方向であったのか、と申しますなら、それが他 ならぬ『人間的自由の本質』略称するなら『自由論』の方向であったのです。 このことを言うことはそれほど難しいことではありません。現に上に触れた 『シェリング講義』において、ハイデッガーは『自由論』の中のシェリングの 議論を、何の疑念もなしに「哲学」そのものとして論じております。またヤス パースは、その『シェリング』において、不思議なことに『自由論』に表だっ て言及することが全くないにもかかわらず、シェリングの哲学の実質において、 まさにこの『自由論』の核心部分を論じているのです。今は典型的な例を一つ だけ挙げておきましょう。それは同書の第三章「存在の思惟」の第四節「物語 られる存在の歴史におけるシェリング」の中に見出される例です。 そこにおいてヤスパースは「円環」という言葉を口にします。この「円環」 という譬喩的な言葉は、シェリングの体系4 4の全体像の意味を占う上で一つの大 きな意味を有っております。私は後節で、さきに掲げた【引用2】におけるハ イデッガーの「始原4 4のものでもあれば究極4 4のものでもある根拠」という表現を この「円環」という表象(expression)との連関において改めて問題にしたい のです。 いや、私は先程、「哲学科」の演習に出たことがないということが私自身の 根本的弱点の一つなのであるという意味のことを申しましたが、今の私が五十 年近い時間を遡って学部の、あるいは修士課程の学生として「哲学科」の演習 の教室にもぐり込み4 4 4 4 4、しかもその演習がこのハイデッガーの『シェリング講義』 であったとするなら、列席している「哲学科」の学生連中からその無識を嘲 ─ 495 ─
笑されるのを承知の上で、その演習の教授に是非質問したいのですね、「先生、 ハイデッガーがこう言ったとき、彼の頭のどこかに、ギリシャ的な「円環」と いう表象とかニーチェの「永劫回帰」とか、そういう表象があったのでしょう か?」と…。 私がなぜこんなことを言うのかと申しますと、ニーチェがハイデッガーの関 心の大きな部分を占めていることは当然といたしまして、そのニーチェ・ハイ デッガーの体系4 4の全体像の上に「円環」という表象があてはまる局面があるこ とは勿論否定はできないのです。しかし、それと同時に、その始原4 4(アルケー) から究極4 4(テロス)への一方向的流れとしての〈アーラヤ的生成〉という表 象があることも他方の厳然たる事実なのであり、しかも、このアーラヤ、つま り、流れ4 4という表象が、西洋哲学の伝統においてより一般的な「円環」という 言葉によって誤って表象されてしまう、という局面があるのです。そして、も し仮にそのことが上のハイデッガーの表現にあてはまるのなら、その「始原4 4の ものでもあれば究極4 4 のものでもある根拠」は、まさに、私の仏教学の体系(Gef-üge)の根本部分である〈女性単数の dharma の無明と明との両極構造〉以外 の何ものでもないことになるのです。そして、もう一つ、この〈女性単数の dharmaの無明と明との両極構造〉がそのまま角度を変えて(それを私はこれ まで「横4の両極構造」としてきたのですが、それは本来、「竪」であっても一 向かまわない、いや、本来「竪」であるべきものであったのです。それを「横」 としたのは、それが Seyn として存在の基盤であり、その上4に世界の内実であ るところの〈男性複数の dharma〉すなわち、現実の「存在者 Seiendes」であ るところの、われわれ人間の存在がのっている4 4 4 4 4からです)、〈二世界説〉として の仏教の、 世界としての現実世界と、それに対して超越的に存在する理念的 な 世界との、丁度「風邪薬のカプセル」を竪にした様な両粒構造の世界を考 えるなら、それはシェリングの考える世界4 4の枠組みに厳密に照応するのです。 このことは改めて論じるとして、今さし当り指摘しておくべきは、ヤスパース における次の如き言表です。 まず、その「円環」という表象において、ヤスパースは次の如くに言います。 【引用5】存在の全体は一つの円環4 4であり、過程であると同時に永遠的現在であり、 また自己のうちに閉じている一つの生起、つまり生起しつつも本来的には生起する のではなく永遠的であるような一つの生起である。(219 ページ、傍点津田) ─ 494 ─
今、私はこの一文の中の「円環」という一語にしか傍点をつけませんでしたが、 それは、この文全体が「円環」ではなく、表象としてそれとは全く異なる〈アー ラヤ的生成〉を表現しているのであり、傍点で強調されるべき箇処は、本来は この「円環」という一語と除いた残りすべてであるのです。それではどうも4 4 4 し つこくなるので、逆に「円環」の一語にだけ傍点を振ったのです。 これは後節において改めて論じるつもりですが、この〈アーラヤ的生成〉と いう表象は件の〈女性単数の dharma の無明と明との横の4 4両極構造〉あるいは、 それを 90 度方向転換して竪にした 、 二世界説の図式を構成するb、aの 二つのメルクマールにおけるbメルクマールまでに4 4 4当てはまるものです。この 場合、bメルクマールというのは、アーラヤ的に生成してきている私たち人間 の現状、唯識説的な言い方を致しますならアーラヤ識の不断の流れ4 4においてこ の現実世界の表層に実在している六識(眼・耳・鼻・舌・身の前五識と第六意 識)としてのわれわれ人間の現状を示す指標です。これは、 、 二世界説で 言えば現実の 世界のいわば表層に自然状態において現実存在しているわれわ れ人間のその現状を指し示すものでありますが、この「自然過程の結果として 生成」した「人間」(那須、205 ページ1行)は、〈釈尊の宗教〉で言えばそこ で釈尊の教4(それが四諦説と十二因縁説です)に触れ、決断して釈尊の教示す る涅槃という宗教理想に投帰4 4 する、すなわち、〈明の極〉あるいは 世界を目 指して向上する〈現法的梵行〉という行のプロセスに入り、その行の「究極」(ハ イデッガーが【引用2】において言う所の……)たる「涅槃界」を目指すわけ ですが、その「究極」に到達するメルクマールがメルクマールaであるわけで す(図Ⅰ)。 ─ 493 ─ (図Ⅰ)〈無明と明との両極構造〉または 、 二世界
ヤスパースのこの言表はその「円環」という多分誤った表現とともに次のよ うな言表に承け継がれます。 【引用6】全体(das All)は一つの過程の円環4 4であり、その始め4 4と終り4 4とは出会い、 この両者の真中4 4(Mitte)に人間が立っている。人間は(同一哲学の言葉で言えば) 系列4 4の中にあって実在的なもの4 4 4 4 4 4から観念的なもの4 4 4 4 4 4への移行点であり(後略)(同、 220ページ、傍点津田) このヤスパースの言葉が、『人間的自由の本質』におけるシェリング の体系 の核心部分に基づいていることはこれらの言葉から直ちに了解されうるところ です。その詳しい解明は後項にゆずり、次の問題の提示へ移りたいと思います。 その「次の問題」とは、(シェリング自身が、ではなく)われわれ解釈者4 4 4がシェ リングの件の壁からの退行の本来的な方向を『自由論』への方向であると考え るとき、その方向性の本質は何であるのか、という問題です。それは「哲学」 的な言葉遣いをもってするなら、〈ニヒリズムの克服〉への方向です。そして、 この方向を「解釈学」の徒である私に実証的4 4 4に指し示すものが、 ヤスパース が掲げております件の「問い」の出所のうちの「ⅩⅢ.7」の例、先程も申しま したが、最近その翻訳が出ましたので(上に触れました諸岡道比古訳)私がそ の日本語訳によって初めて読むことが出来ることになりました『啓示の哲学』 の「序論」、第一講から第八講に至るその「序論」の第一講におけるその「問い」 のコンテクストの問題であります。実は私はこの程その箇処を初めて読み、一 つ小さな、いや、大きな4 4 4ですか、疑団が解けたような気がしていたところであっ たのです。 その疑団とはこういうことです。私はこれもごく最近のこと、今から一年く らい前のことになりますが、書店でふと高山守著『シェリング̶ポスト「私」 の哲学̶』(理想社刊、理想哲学選書、1996 年 11 月)という本を見つけ、買っ て帰って読んだのです。そしてその中、第二部「有限な人間」の第三章「有限 な人間」の第三節「有限な人間」の第一項「ニヒリズム」の項に、その、シェ リングの「問い」のⅩⅢ.7の例がでていたのです。まず、そこからの高山氏の、 いや、高山氏はその時点ですでに東京大学の「哲学科」の教授であられますの で「高山教授」とさせて頂きますが、高山教授が原著の「人間」に対して補足 する[「私」]という補足を省いて(その場合は「人間」に傍点を振って)、下 に掲げさせて頂きます。 ─ 492 ─
【引用7】自然における人間以外のものは、それぞれの地位もしくはそれぞれの段 階において、そのあるべき姿であり、またしたがってその目的を実現している。そ れに対して、人間4 4はむしろ、少なくとも人間4 4自身にとって無目的なのである。なぜ なら人間は、意識と自由とをもってのみあるべき姿を達成しうるわけだが、しかし 人間4 4は実際には、自らの目的を意識せず、……自らの知らざる目標に向かって押し 流されているのだから。(中略)全自然はあくせくと働き、やむことのない労働に 従事している。……したがって根本においてあらゆるものは、無益に生起するので あり、あらゆる行為において、また人間4 4自身のあらゆる労苦と労働において、空虚 以外なにものもないのである。すべては空虚である4 4 4 4 4 4 4 4 4。……まさに彼、人間が私4を終 極的な全き絶望に満ちた問いへと駆り立てる。いったいなぜ何かがあるのか4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4。なぜ4 4 何もないのではないのか4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4。(13. 7)(同書、141 ∼ 142 ページ、傍点、(中略)、津田) 少し長めの引用になってしまいましたが、高山教授は、『自由論』にシェリ ングの「根本的なニヒリズム」(同書、141 ページ6行)の立場を見出され、 その例を、ここ「後年(一八四一年以降)の講義、『啓示の哲学』のなか」にも4 4、 上引の如くに見出しておられるのです。 私は上に「疑団」というちょっと古めかしい言葉を使いましたが、或いはそ れを異和感という言葉に言い直してもよいと思います。その異和感は高山教授 の此書を一読した時点で私が覚えたもので、それは次の如き点に存します。若 き日の高山教授(「あとがき」によりますとこの書は「あくまで」教授がまだ 二十代半ばであった頃の修士論文なのです)は『自由論』の中に人間の存在は 「根源的に非4 決定」(傍点津田)なのだ、という断案を見出し、この「根源的非4 決定性」(同)という言葉を一種のキーワードのようにしてそれを繰返し用い ておられます。この種の表現が『自由論』の中に見出されることは確かです。 例えば、西谷先生訳の 108 ページから 109 ページにかけてのところに、 【引用8】人間は4 4 4、根源的創造においては、さきに示したごとく4 4 4 4 4 4 4 4 4一つの未決定な存4 4 4 4 4 在者である4 4 4 4 4。──(これは神話的に、この生に先立った無垢及び元初的浄福の状態 として表わされ得るかもしれぬ。)──ただ彼のみが自己を決定することができる。 (傍点津田) という表現があり、この「さきに示したごとく」は同西谷訳 102 ページの「人 間の本質の根源的未4決定性」(傍点津田)という言葉を承けたものではあります。 しかし、『自由論』の趣旨は、この人間本質の「未4 決定」(同)ないしは「根源 的未4決定」(同)ということを少なくとも、未4決定ということのそのレヴェル4 4 4 4 4 4 ─ 491 ─
においては、否定することにあるのです。現に、上掲の【引用8】は直ちに次 の如き言表に承けつがれるのです。 【引用9】しかし4 4 4この決定〔決断〕は時間のなかに落ちてはならない。あらゆる時 間の外に、従って第一の創造4 4 4 4 4(これと異なる行4(Tat)としてではあるが)と同時 である。人間は、時間の中に生まれるのであるが、しかも創造の元初(中心)のう ちへ創り出されているのである。時間の中なる彼の生を限定する行4(Tat)は、自 身時間には属せずして永遠(Ewigkeit)に属する。すなわち、やはり時間上ではな いが時間を貫いて(時間には捉えられずに)、本性上永遠なる行4(Tat)として生に 先立つ。この行4を通して人間の生は創造の元初4 4 4 4 4にまで達する。従ってまた4 4 4 4 4彼はこの 行4を通して創造されたものの外に立ち、自由4 4であり、自身永遠なる元初である。か4 かる思想4 4 4 4は普通の考え方にはいかにも不可解に思われるかもしれないが、しかも各 人のうちにはこれと一致する感情4 4(Gefühl)がある。(岩波文庫、109 ページ2行∼ 10行、傍点、原語挿入津田) またまた長い引用になってしまいましたが、それは、この箇処がシェリング の体系における世界4 4の存在機制4 4 4 4、という局面をきわめて明瞭に示している例と して、私がかねてから着目していたところのものだからであります。 ちょっと補足させて頂きますが、私はさき程、ハイデッガーの『形而上学入 門』のところにおいて、シェリングの根本的問いである「なぜ(warum)世界4 4 が有るのか」が自ずと「その世界4 4とは何であるか(was)という問いに、そし て更にこの was が「その世界4 4はどのようなものとして(どのような本質と構 造において)あるのか」という問いに退行する、と申しましたが、この退行には、 もう一段、最後の段階があるのです。それがその世界4 4の存在機制4 4 4 4の問題、すな わち、「世界4 4はどのようなあり方4 4 4においてあるのか?」という問いの問題なの です。そして、この世界4 4の存在の機制4 4(あり方)の問題が、仏教では空(くう) という問題、そして、シェリングでは「自由」、しかも「人間的自由」という 問題なのであり、この「空」と「人間的自由」という問題において、仏教とシェ リングの体系とはきわめてよく4 4 4 4 4 4、驚くほどよく対応しているのです(両者は共 に世界4 4の同一の事態を見ようとしているわけですからその見方が対応している のは当然といえば当然なのではありますが……)。 さらに補足させて頂きますが、仏教において空・空性ということは、通俗の 仏教概説書などでよく言われるような、個々の事物が「固定的実体としてある のではない」とか「本質的な自己同一性において存在しているのではない」な ─ 490 ─
どという単純なことでは決してないのです。それは、世界4 4の本質と構造、ハイ デッガーのいう Gefüge を構成しているダルマ4 4 4(dharma、法)、ドイツ語で申 しますと Wesen(存在者)のカテゴリーの段階に応じてそれぞれ全く異った 事態を意味するのです。私は私の仏教学4 4 4 4 4の体系における dharma のカテゴリー に従ってそれを次の様な四つの段階に分けます。 レヴェル・ゼロの空性。これは、私の用語における〈男性複数の dharma〉 の空で、これが上に述べた通俗理解のレヴェルにおけるもの4 4・ごと4 4の空、す なわち、いわゆる無自性空です。これがなぜレヴェル・ゼロなのかと申しま すと、それは私たち人間の生(Leben)に何らの規定性4 4 4をも及ぼすことがな いから、つまり、思想的に無意味4 4 4であるからです。 レヴェルⅠの空性。これは同じく〈女性単数の dharma〉の空性です。す なわち、世界4 4の存在性の本質として唯一普遍の〈有〉、Sein, Seyn であると ころの無明(むみょう)が、それが世界の本質として唯一普遍の Sein であ るにもかかわらず、しかも、個々の人間の〈現法的梵行〉、一生性的貞潔を 保つ、という実践を通じて、それぞれに4 4 4 4 4明(みょう)へと変る、または、そ れと同じものである渇愛(かつあい)、四諦のうちの集諦であるところの渇 愛が滅する、ということです。これは〈釈尊の宗教〉(原始仏教)ないし小 乗仏教における「空」、声聞乘の「空」です。因みに、この「世界の本質」 としての渇愛の概念はシェリングにおける「全自然の生きた根底」として「根 元存在」(Ursein)であるところの「意欲」(Wollen)の概念に厳密に照応し ます。これは「先行する暗黒」(vorausgehende Dunkel)と表象されますが (西谷訳、62 ページ 11 行)、これは仏教の「先なるもの」たる無明の概念に 対応します。また、この小乗的な空の観念は、ショーペンハウァーの「実に 意志の否定は可能である」という根本的な事態認識に対応するものでありま す。 レヴェルⅡの空性。これは同じく〈中性単数の dharma〉の空、すなわち、 大乗仏教の空、菩薩乗の空です。大乗仏教の典型である華厳世界の例で申し ますと、この現実世界(先程申しました 世界)に棲むわれわれ人間のうち の誰か一人が、その 世界と対応する超越的な 世界、すなわち、「普賢行 のマンダラ」、あるいは「一切菩薩行のマンダラ」と規定される華厳世界・ 普賢法界の理念的な内実(それが、まさに上の【引用9】において、私がし つこくそれに Tat という原語を附した「行」です)であるところのその「普 ─ 489 ─
賢行」・「菩薩行」の一つを行じたその瞬間に、「荘厳」として表象される「普 賢行」・「菩薩行」が無尽に集ったその巨大な総体(マンダラ)としてのその 理想世界が、その一人の人の、この現実世界( 世界)におけるその行為(そ れが Handlung です)に即して一気に現成する、そして、その無時間的に現 成した理想世界( 世界)は、この現実世界( 世界)におけるその人一人(い ちにん)のその行為(まさに Tat と Handlung の同一としての Tathandlung、 事行)の永遠の持続によってその存続を荷われる、というものです。私はこ の Tat と Handlung の一致としてのまさに事行4 4における世界の現成という機 制に、華厳とシェリング(例えば、西谷先生の訳で申しますと、岩波の 111 ページの例など)との非常な類似を見出すのですが、それについては後項で 改めて論じます。 レヴェルⅢの空性。これは世界(〈中性単数の dharma〉)を包越してその 意味(Sinn,ニーチェのいう Sinn)であるところの〈男性単数4 4の dharma〉 の空です。これは、〈大乗以後の仏教〉としての『法華経』の、さらには所 謂〈如来識思想〉の段階の空、〈仏乗〉の空です。『法華経』は生ける神4とし ての法身の如来4 4を説示する経典であり、〈如来蔵思想〉はそれが一歩理論化 して、ということは、一歩退行して、その如来の法身4 4の構造ないしは存在機 制を説く体系なのですが、その〈如来蔵思想〉で申しますと、「如来の法身」 として「過恒沙の仏法」に満たされた 世界が、その完全な全体性において 一切衆生のそれぞれ一人一人の身体性の中に蔵されている(「一切衆生は如 来蔵である」)という思想です。この事態の認識は例えば『勝鬘経』におい て「如来の空性智」、すなわち、如来にしてはじめてそれを認識し得る最高 レヴェルの空性の認識、とされますが、では「私は現に如来蔵なのである」 と認識したその人が次にいかに行為すべきなのかは説かれておらず、ここに 仏教の思想の思想史的展開における空思想の臨界が示され、その空思想の更 なる現実的解明の責務が仏教思想史の終極に位置するわれわれ一人一人の仏 教思想研究者に委ねられるのです。そして、このレヴェルⅢの空性における 空性のその臨界が、まさに『自由論』のその先における「人間的自由」が現 実にはいかなるものであり得るのか、という問題として、われわれの前に出 来してくるのです。因みに、如来蔵思想における 世界たる「如来の法身」が、 シェリング『自由論』における根本的な提示、それ自体、まさに〈二世界説〉 の提示であるところの、 ─ 488 ─
【引用 10】われわれの時代の自然哲学が初めて学のうちで、実存する限りの存在者 (das Wesen, sofern es existiert)と単に実存の根底である限りの存在者(das Wesen,
sofern es bloss Grund von Existenz ist)との区別を立てた。(岩波、58 ページ、原語 挿入西谷博士)
における 世界としての「実存する限りの存在者」、すなわち、西谷訳 59 ページにおける「絶対的に見られた神、すなわち実存する限りの神」(Gott
absolut betrachtet, d. h. sofern es existiert)に対応します。また、内実をな す「過恒沙の仏法」(〈男性複数の dharma〉)は、シェリングにおける「万物 から出発する考察」(西谷訳、60 ページ 13 行)においては、大分後の方に なりますが、その 世界を満たしている(複数の)「人間の叡知的本質」(das intelligible Wesen)または「叡知的存在者」(西谷訳、106 ページ)であり、 それがわれわれ 世界の人間とそれぞれ一対一に対応しているわけです。 大分長い脇道になってしまいましたが、仏教におけるこれらのうちのⅠ、Ⅱ、 Ⅲ段階の空性が、シェリングにおける「人間的自由」の概念の各部分・各局面 によく対応していることは、そして、レヴェルⅡにおける華厳世界の現成の機 制が、誰か一人の人の「人間的自由」の行為(Tat ないしは Tat = Handlung) において世界4 4 、すなわち、本来よりある(神による創造以来存続している)世4 界4がしかも現成するという機制と極めて4 4 4よく対応しているということは、お解 り頂けたことと存じます。いや、もう一例、補足しておきましょう。 【引用 11】いかなるものも、われわれがそれを叙述する際には止むを得ざるごとく しかく相分かれ前後しているのではなくて、先なるもののうちに既に後よりくるも のも一緒に働いており、すべてが魔術的なるただの一挙4 4 4 4 4 4 4 4 4 4を以って同時に起こる4 4 4 4 4 4。従っ て今ここに〔この生に〕決定され限定されて現われている人間は、第一の創造にお いて自己をその特定の形態のうちに攫えたのであって、彼は永遠よりしてこの様な 人間であり4 4 4、そしてこのような人間として生み出される4 4 4 4 4 4のである。というのは、か の行4(Tat)によって、彼の形体化の仕方や性質までも限定されるからである。(西 谷訳、111 ページ、傍点、原語挿入津田) ここでさきの高山教授の、シェリングにおける「ニヒリズム」の指摘に戻り ますが、シェリングの『自由論』の根幹をなす自由概念のこの様な華厳的様相 (申すまでもなく、華厳は最も反ニヒリズム的な体系です)に親しんでいた私 ─ 487 ─
は、若き日の高山教授のその指摘に、異和を感じざるを得なかったのです。そ して、ごく最近、件の『シェリング著作集』5b における『啓示の哲学』の「序 論」を読み、この「疑団」が一気に解けた気がしたのです。高山教授の引用(【引 用7】)はその「序論」の第一講の冒頭部分をなすきわめて長いパラグラフ(同 書7ページから 11 ページに亘ってまるまる5ページを占める……)の最後の 部分をなすのですが、そのパラグラフは次のこれまた長大なパラグラフ(11 ページの最後の行から 15 ページの中程に至る……)と一体のものとしてある のであり、この後続するパラグラフの最初の行は、次の如くに始まるのです。 【引用 12】ところで、差し迫った、それどころか必然的な4 4 4 4要求は、明らかに、この 問いに答え、私たちをあの絶望から救い出す学問4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4があることである。この要求はあ れこれの個人の要求ではなく、人間本性そのものの要求である。絶望からの救出を 可能にする学問が哲学でないならば、それは他のどんな学問であるのであろうか。 (中略)もしも私があの究極的な問い4 4 4 4 4 4 4 4に答えられなければ、私にとって他のすべて のものが底なしの無 Nichts という深淵へと沈む。今初めて、あるいは私たちの時 代にのみあの問い4 4 4 4が投げ掛けられたというのではないが、哲学の必要が生じたので ある。(諸岡訳、11 ページ 19 行∼ 12 ページ8行) 実にシェリングはその晩年にあってもまだ「私たちをあの絶望から救い出す 学問」としての「哲学」の可能性への希望を保ち続けていたのです。しかし私 たちは、すでに、シェリングのこの〈ニヒリズムの克服〉への行(Tat)としての「哲 学」が、彼自身の『啓示の哲学』の方向において、「あの問い」、「あの究極的 な問い」の「壁」という本質からして「必然的」に挫折したことを知っており ます。また、それが、「必然的」にそれ本来の方向たる『自由論』の方向に帰っ て来ること(もちろん彼自身による「哲学」ではなくして、われわれの「解釈学」 的な跡づけにおいて……)、そしてさらに、それが『自由論』を越えたその先 において、何らかの現実性に到達するであろうことを予測します。では、その これからの哲学」の歩みは『自由論』のどこから、どこへ向って進むのでしょ うか。私はそれを示唆しているものが、この引用のはじめのとこに出てきた「必4 然的な4 4 4歩み」という表現におけるその「必然的」という言葉、その原語におい て必ずや notwendig であった筈のその「必然的」という言葉である、と想像す るのです。notwendig の抽象名詞である Notwendigkeit という言葉は、その「必 然性」という含意においてこの『啓示の哲学』の「序論」部分においては勿論 ─ 486 ─
のこと、『自由論』においてすでに幾十回となく使われております。私はその 『自由論』の帰結をなす部分に現れるこの語の意味を、「必然性」の意味を依然 として保持しつつ、そこから身体の半分を抜け出させて Not(困難)の Wende(転 回)、すなわち「運命」という意味に捉え返したとき、その「哲学」の現実性は そこに示唆されてくるものであろうと考えます。この方向は、そこから更に進 んでいるニーチェの線から半歩後もどりする、というかたちで示されます。ニー チェにおけるこの語の用例は、もちろん、『ツァラツストラ』の第三部、「新旧 の板」(生田長江訳)の章における第三十節冒頭の、
【引用 13】O du mein Wille! Du Wende aller Not, du m e i n e Notwendigkeit!
Bewahre mich vor allen kleinen Siegen! (レクラム、S.224、下線津田)
「鳴呼、汝我が意志よ。汝総ての困迫の転機よ4 4 4 4 4 4、汝我が必然性4 4 4 4 4よ。総ての小さき勝 利より我を防護せよ」(生田長江訳、創藝社近代文庫 111、昭和 28 年 8 月刊、102 ペー ジ、傍点津田)
及び同節最後の、
【引用 14】O Wille, Wende aller Not, du m e i n e Notwendigkeit! Spare mich auf zu
Einem grossen Siege!(V ss クラム、S.225、下線津田)
「鳴呼意志よ、総ての困迫の転機4 4 4 4 4よ、汝我が必然性4 4 4よ。一の大なる勝利の為めに我 を愛め」(生田訳、103 ページ、傍点津田) です。この Notwendigkeit は生田長江訳のみならず(私が見たかぎりの)すべ ての翻訳(竹山道雄訳、手塚富雄訳、氷上英廣訳、及び吉沢伝三郎訳)におい て「必然性」と訳されております。しかし、この訳の当否は別として、その意 味はすでに「運命」なのです。なぜなら、次章「快癒期にある者」においては 同じ意味においてすでに Schicksal が使われ(四回、Los が一回)、さらにそれ に続く「大いなる憧憬」の章においては、
【 引 用 15】O meine Seele. Ich nahm von dir alles Gehorchen, Kniebengen und
Herr-Sagen; ich gab dir selber den Nahmen “Wende der Not” und “Schicksal”.(レ クラム、S.234、下線津田)
「鳴呼我が魂よ、我は汝より総ての服徒と、跪坐と、敬礼とを取り去りき。我は汝 自らに「困迫の転機」と云ひ「運命4 4」と云ふ名称を与へき」(生田訳、115 ページ、 傍点津田)
となっているからです。では、この「運命」=「困難の転回」(生田訳は「困 迫の転機」ですが……)という意味をシェリングにおけるこの語の決定的な用 例に当てはめると、それはどのような事態を意味するものになるでしょうか。 一つの例をとって考えてみましょう。まず原文ですが、それは私の手許にある
Fritz Eckardt Verlag, Leipzig 1907という版で申しますと 481 ページ(これは「息 子版」ではⅦ,385 に相当します)の、
【引用 16】Aber eben jene innere Notwendigkeit ist selber die Freiheit, das Wesen des
Menschen ist wesentlich s e i n e e i g n e T a t; Notwendigkeit und Freiheit stehen ineinander, als Ein Wesen. (下線津田)
です。西谷先生の訳では、これは、 【引用 17】しかしまさにかの内的必然性が直ちに自由なのであり、人間の本質は、 本質的には、彼自身の行4 4 4 4 4なのである。必然と自由とは唯一本質として融合する。(岩 波、108 ページ、下線津田) となっています。私の仏教学の現在において、私はここに言われている事態 を次の様に解釈します。私たち人間はこの世界( 世界)の表層のいま4 4・ここ4 4 に、輪廻の過程の必然的帰結としてのそれぞれの個性において実存しておりま す。ところがわれわれは、われわれの人生行路の何らかの時点において、 世 界の中に本初よりその特定の内実として存在しているところの、自己に対応す る「叡知的存在者」(das intelligible Wesen)、要するに〈本来的自己〉の存在 に目覚めます。そしてこの叡知的自己の理念はこの世界( 世界)の表層のど こかに投影されているのですが(〈本来的自己Ⅱ〉)、私たちはその〈本来的自 己Ⅱ〉への目覚めと同時に同じ世界の表層に実存している自己の存在を、歴運 (Geschick)的な、そして個人運命(Schicksal)的な困難(Not)として自覚し、 その自覚を転機としてこの地上をその〈本来の自己Ⅱ〉を目指す横行的な行、 すなわち、理念としての Tat と現実における実践 Handlung の同一としての行 をもって歩み始めます。私たちは、この困難(Not)の転回(Wende)を本質 とする行をもってその一生を送り、その死において〈本来的自己Ⅱ〉に到達し ます。いや、われわれがその自覚的な困難(Not)の転回(Wende)、すなわち 運命の遂行としての行4を以って一生を歩み尽し、最後にそこで自らの死に臨む ─ 484 ─
とき、そこが〈本来の自己Ⅱ〉なのです。そして、私たちがそこにおいて〈本 来の自己Ⅱ〉に再会したとき、その地上の〈本来の自己Ⅱ〉は理念的 世界に おける〈本来の自己Ⅰ〉なのであり、われわれが自らその〈本来の自己Ⅰ〉に なったとき、その様な理念的存在の無尽の集合体(マンダラ)である 世界は、 それが本来より存在しているものであるにもかかわらず、しかも4 4 4、そこに現成 するのです。いや、実は、われわれがこの地上における〈本来の自己Ⅱ〉に目 覚め、それを目指して困難(Not)の転回(Wende)の行としての一歩一歩を 歩みつつあるとき、その一歩一歩においてシェリングで言えば「絶対的に見ら れた神」、華厳で云えば無尽の荘厳の総体(マンダラ)である華厳世界は現成し、 その存在を維持されるのです。 私のこの様な理解は、勿論、いま時点における暫定的なものであり、刻々 に自己批判され、改善されてゆかねばなりません。しかし、この理解を構成し ているものが私の現時点における仏教理解の結果であることも反面の事実であ り、私の解釈学としての仏教学は仏教の思想史の理解に支えられたこの理解形 成の過程の反省的記述としてある筈のものでありましょう。以上を、前置きと して(大分長い前置きになってしまいましたが)、これからその実証の作業を 内容とする本論に入って行くことにいたしましょう。 そこでまず私がしなければならないことは、何故、今回のお話のタイトルを 「四諦・十二因縁説の存在論的構制」としたのか、ということの説明です。(未完) ※本稿は、2009 年1月 24 日の駒澤大学仏教学会公開講演会でのご講演をも とに、新たに書き下ろされたものです。 ─ 483 ─