日米関係史から見た沖縄
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(2) 米 国 の 沖 縄 政 策 史 か らは 、 米 国 の 占領 統 治 政 策 全 般 に 通 低 す る あ る 心 理 的 パ タ ー ン が 読 み 取 れ る。 沖縄 を初 め て 訪 れ た 米 国 人 は 慈 悲 深 い 「 解 放 者 」 で あ っ た。1853年 、 開 国 を要 求 す ベ く 日本 に 向 か う途 中 で 沖 縄 に 立 ち 寄 っ た マ シ ュ ー ・ペ リー は 「日本 の 支 配 者 の悪 逆 非 道 か ら琉 球 当局 を 守 る こ と は 、 文 字 通 り正 義 以 外 の 何 物 で もな い ・ ・(中略)…. ア メ リカ 当局 か ら権 威 と支 持 が. 与 え られ る か ぎ り 、私 は これ らの 人 々 に保 護 を 与 え つ づ け るつ も りだ が 、 そ れ は 賢 い策 で あ り、 ま た 正 義 で も あ る の だ 」 と 日記 に 記 して い る(M,C.ベ 日記 』 小 学 館 、1996年)。. リー/木 原 悦 子 訳 『ベ リー 提 督 日本 遠 征. だ が 、 第 二 次 大 戦 後 に沖 縄 を 再 訪 した 米 国 人 は 高 圧 的 な 「 征服者」に. 変 貌 して い た 。 そ れ は 例 え ば 土 地 強 制 収 用 問 題 を め ぐ る阿 波 根 昌 鴻 と シ ャ ー プ 少 佐 と の 間 で 交 わ され た 次 の よ うな や り と りに 典 型 的 で あ る。. シャー プ 「 軍 が 土 地 を必 要 とす る の は 、.東 洋 に 不 安 が あ る た め で あ る。 わ か りや す くい え ば 、 敵 の 危 険 か ら沖 縄 を 守 る た め で あ る。」 阿 波 根. 「 そ れ は あ りが た い お こ とば で あ り ま す。 しか し、 わ た した ち も同 じ沖 縄 人 で あ り ま す か ら、 一 様 に わ た した ち を守 っ て くだ さい 。」. シ ャ ー プ 「そ れ は よ く わ か る が 、 大 多 数 を 安 全 にす る た め に は 少 数 の者 が 犠 牲 に な る こ とは 気 の 毒 だ が や む を得 な い 」 阿 波 根. 「 聖 書 に 一 匹 の 迷 え る 子 羊 を助 け る た め に 九 十 九 匹 の 羊 を 野 に 置 い て 探 した とい う こ とが あ りま す 。 わ た した ち だ け が 犠 牲 に な っ て 他 の 沖 縄 人 を守 る とい う こ と に は 承 服 で き ませ ん 。 反 対 で あ りま す 。」. シ ャー プ 「 そ れ で は 君 た ち は(怒. り を こ め て)軍 に 反 対 す る とい うの か(に. らむ)。」. (阿波 根 昌 鴻 『米 軍 と農 民』 岩 波 新 書 、1973年). 占領 され る側 の 現 地 住 民 に よ る執 拗 な 反 発 に ア メ リカ は 困 惑 し深 い 自責 の 念 に 駆 られ る の で あ る。1958年 、 米 雑 誌 『ハ ー パ ー ズ 』 誌 の 記 者 バ ー トン ・ビ ッ クス は 「なぜ 沖 縄 人 は 米 国 を き ら う の だ ろ うか 」 と題 した 記 事 の 中 で 、 そ の 疑 問 に 自 ら次 の よ うに 回 答 した 。 「そ の 答 は 、 ア メ リカ 軍 要 員 一 人 一 人 の 態 度 と、 司 令 官 た ち の 政 策 の 両 方 に 求 め る こ とが で き る。 両 方 と も悲 しい こ と に 、 ま た 残 酷 に も 、 沖 縄 人 の 感 情 、 彼 らの 精 神 生 活 、伝 統 に た い して 無 感 覚 だ っ た。 ア メ リカ 人 は 、 ア メ リカ の 生 活 態 度 を魅 力 あ る もの に す る よ う留 意 しな か っ た の で あ る 」(大 田 昌 秀 『醜 い 日本 人 一 日本 の 沖 縄 意 識 』 岩 波 書 店 、2000年) こ う した 憐 欄 、 支 配 、 そ して 自省 と い う米 国 人 の 他 者 理 解(接 触)の 今 日の 米 国 の イ ラ ク 占領 政 策(す. パ タ ー ン(サ イ クル)は. で に 多 く の イ ラ ク 人 に と っ て 米 国 人 は フセ イ ン独 裁 体 制 か らの. 「 解 放 者 」 か ら、 イ ラ ク 人 捕 虜 虐 待 事 件 に 象 徴 され る抑 圧 的 な 「占領 者 」 の イ メ ー ジ に変 貌 して い る)に も 受 け 継 がれ て い る。 国 際 主 義 外 交 を支 え る 世 界 秩 序(民 主 主 義)の. 担 い 手 と して の 主. 、.
(3) 体 意 識 を基 調 と して 、 人 種 偏 見(差 別)に. 根 ざ した 保 護 者 意 識 、 あ る い は 戦 後 占領 期 特 有 の 戦 勝. 者 意 識 が重 な る こ とに よ って 、 い わ ば 他 者 を介 在 しに くい 独 善 的 か つ 一 方 的 な 他 者 認 識 が も た ら され る とい う構 図 は 、 米 外 交 が 克 服 す べ き重 い 課 題 と し て 存 在 し続 け て い る。 残 念 な が ら 、 沖 縄 に 対 して 米 国 は こ う した 意 識 の 呪 縛 か らい ま だ 解 放 され て お らず 、 本 質 的 に は そ う し た 心 理 的 要 因 が 在 沖 米 軍 基 地 問題 の 抜 本 解 決 を 阻 ん で い る よ うに 思 わ れ る 。 本 稿 で は 、 こ う した 米 外 交 全 般 に 関 わ る普 遍 的 テ ー マ を 念 頭 に置 き つ つ 、 戦 後 の 沖 縄 に と っ て 最 大 の 転 換 点 で あ っ た 沖縄 返 還(1972年)を. 中 心 に 沖 縄 問 題 を 日米 関係 史 の 視 点 か ら再 検 証 す る 。. 再 考 に あ た っ て は 、 近 年 日本 で 公 刊 され た 注 目す べ き研 究 書 三 点 に 焦 点 を あ て 、 そ こ で 指 摘 され て い る新 た な 事 実 や 解 釈 を紹 介 しな が ら1最 後 に歴 史 と して の 沖 縄 返 還 に つ い て 私 見 を 述 べ る。. 1、 戦 後 沖 縄 分 離 の 背 景, 現 代 の 沖 縄 間 題 の 起 源 が戦 後 の 米 国GHQ主. 導 の 対 日 占領 政 策 の あ り方 に 求 め られ る こ とは 、. す で に い くつ か の 先 行 研 究 の 中 で 指 摘 され て い る。 た だ し沖 縄 に 対 す る 日本 の 「 潜 在 主権 」 を明 記 した 対 日講 和 条 約 第 三 条 の 成 立 過 程 に つ い て は研 究 者 の 間 で 解 釈 上 の 合 意 が 形 成 され て い る と は い え ず 、近 年 、 蓄 積 著 しい 吉 田外 交 に 関す る 実 証 研 究 の 成 果 と照 合 す る 形 で こ の 個 別 問 題 に 対 す る研 究 の深 化 も 注 目 され る。 本 稿 で は 占領 期 の 沖 縄 間題 に 焦 点 を あ て た 最 新 の 研 究 書 で あ る ロバ ー ト ・D・ エ ル ドリ ッ ジ 『沖 縄 問 題 の 起 源 一 戦 後 日米 関係 に お け る 沖 縄1945ー1952』(名. 古 屋 大 学 出版 会 、2003年)を. 参. 考に 「 潜 在 主 権 」 問題 に つ い て 検 討 す る。 結 論 エ ル ドリ ッ ジ の解 釈 は ジ ョン ・ダ ワ ー の 占領 期 解 釈(戦. 後 日本 シ ス テ ム は 日米 合 作 で あ っ だ)を 基 調 に戦 後 沖 縄 問 題 の 根 源 で あ る 「 潜 在 主権 」 も. い わ ば 日米 合 作 で あ り、 そ こ に 至 るま で の 吉 田政 権 の外 交 努 力 に つ い て も肯 定 視 す る 立 場 に た っ て い る。 エ ル ド リ ッジ の 研 究 に は 、 日米 両 国 が 沖 縄 の 処 遇 を め ぐ っ て 共 通 の 利 害 を確 認 して い く過 程 が 詳 細 に分 析 され て い る。 ま ず 米 国側 に 関 して 興 味 深 い の は 、 太 平 洋 戦 争 末 期 か ら冷 戦 初 期 に お け る米 国 の 沖 縄 認 識 を 伺 い しる 内 部 文 書 の 提 示 で あ る。1944年OSSが. 作成 した 報 告 書 「沖 縄 研 究. ミ. 第 三号一 琉球 列 島 の沖縄 人. 日本 の 少 数 民 族 」 に は 、 日本 人 と沖 縄 人 の 間 に は 「 相 互反感 」 が あ. る と指 摘 され て い る。 ま た 同 年 に発 行 され た 米 海 軍 省 の 「民 事 ハ ン ドブ ック、 琉 球 諸 島 」 に は 、 「沖 縄 諸 島 の 住 民 は 進 歩 の 遅 い 田 舎 者 、 とい う 日本 人 の 沖縄 人 に 対 す る伝 統 的 差 別 」 を反 映 し て 、 沖縄 は 「 原 始 的 で 発 展 途 上 の 社 会 」 とい う固 定 観 念 に 支 配 され て い る 、 と記 され て い る。 こ う し た文 化 的 社 会 的 な沖 縄 異 質 論 に加 え、 国 防省 で は 沖 縄 は 10/25/1945)と. 「重 要 基 地 群 」(Jcs570/40、. 位 置 づ け られ 、 基 地 の 自由 使 用 を求 め る 声 が 強 か っ た。 他 方 、 国 務 省 は 「 領 土不. 拡 大 」 原 則 の 実 現 を 目標 に 、 沖縄 に 関 して は 日本 へ の 主 権 委 譲 を 主 張 して い た 。 こ の よ うな 米 国 側 の 動 き に 対 して 、 日本 の 外 務 省 は 当初 沖 縄 の 領 有 権 を 主 張 せ ず 、 米 軍 の 常 時.
(4) 駐 留 認 め る方 針 で い た。 エ ル ドリ ッ ジ は 「自 ら の 安 全 保 障 を確 保 す る こ と ば か りで は な く 、 日本 の 対 外 的 安 全 保 障 を 担 うこ とが 期 待 され た 米 国 の 安 全 保 障 を確 保 す る こ と を も 考 慮 に 入 れ た も の 」 と評 価 して い る。 こ う した 事 態 に 昭 和 天 皇 が 介 入 す る。 昭 和 天 皇 はGHQの 帥 が 示 して い た 見 解(日. 本 の 主 権 を排 除 す る形 で 排 他 的 に 琉 球 支 配)に. マ ッカ ー サ ー 元. 危 惧 を抱 き 、 日本 の 主 権. 放 棄 と い う事 態 を阻 止 す べ き と の メ ッセ ー ジ を 日本 政 府 に 向 け て 発 した。 昭 和 天 皇 の メ ッセ ー ジ は 「日本 に 主 権 を残 し な が ら 、 沖 縄 の 『軍 事 的 基 地 権 』 を米 国 に 提 供 せ ん とす る もの 」 とエ ル ド リ ッジ は解 釈 す る 。 1949年 以 降 、 米 国 政 府 内 に お い て 沖 縄 政 策 に 関 す る合 意 が 形 成 され て い く。 な か で も 冷 戦 の 開 始 は 米 国 に とっ て の 沖 縄 の 重 要 性 を決 定 付 け る こ と に な る。 国 家 安 全 保 障 文 書 第13号(1949年5 月6日)は. 「抑 止 的 要 素 と して 、 軍 事 的 に 必 要 な 基 地 」、 「ソ連 とそ の 同 盟 国 た る 共 産 中 国 の 手 中. に 落 ち る こ とが 阻 止 され るべ き 基 地 」 と して の 沖 縄 の 戦 略 的 重 要 性 を強 調 し、 沖 縄 の長 期 占有 に 必 要 な 地 域 経 済 の 復 興 と軍 事 施 設 の 拡 充 の 必 要 性 を説 い た 。 問題 は 国 務 省 が 主 張 す る 「 領 土不 拡 大 」 原 則 と の 折 り合 い で あ る 。 そ の 答 え が ジ ョン ・フ ォ ス ター ・ダ レ ス に よ っ て 考 案 され た 「 潜 在 主 権 」 で あ っ た。 「 琉 球 諸 島 に 対 す る 日本 の 主 権 を認 め た と解 釈 され る 第 三 条 は 好 意 的 に 評 価 す べ き で は な い か 」 とエ ル ド リ ッ ジ は 述 べ る。 も し 、 この 解 釈 が な けれ ば 「 沖 縄 は信 託 統 治 協 定 に よ っ て 、 あ る い は 併 合 に よ っ て 、 永 久 に 日本 か ら分 離 され る の は ほ ぼ 確 実 で あ っ た 」。 こ の 日 米交 渉 にお け る吉 田外 交 につ い て は 、 「 外 交 権 を 奪 わ れ た 敗 戦 国 で あ っ た に も か か わ らず 、 日本 政 府 が努 力 を重 ね た こ と」 に よ っ て 「 機 会 の 窓 」 が 開 か れ た と評 価 す る。 ヱ ル ドリ ッ ジ は 、 対 日講 和 条 約 が 日米 間 の 「 沖 縄 問 題 」 の 解 決 で は な く始 ま りを 意 味 し、 特 に 第 三条 領 土 条項 は 「 妥 協 の 産 物 」(米 国 の 戦 略 要 請 、 沖 縄 の 回 復 を 望 む 日本 の 期 待 、 連 合 国 の 要 求 、 太 平洋 憲 章 の 目標 実 現 し 日本 との 協 調 関 係 を 築 き た い 国 務 省 の 意思)で. あ る こ と を認 め る が 、. この 条 項 に よ っ て 日本 は 「 国 土 分 割 」 を免 れ 、 「沖 縄 返 還 に 向 け て 開 か れ た 窓 は 、 軍 部 に よ っ て 一 旦 は 閉 じ られ た も の の 、 そ の こ と は 、 沖 縄 の 日本 か ら の分 離 を 阻 止 し、 日本 に 潜 在 主 権 を残 し た 第 三 条 の 重 要 性 を い さ さか も減 じる も の で は な い 」 と同 時代 的 な 環 境 の 中 で は 最 善 の 策 で あ っ た と強 調 す る。 さ ら に そ の 後 の 状 況 も踏 ま え て 、 こ の 決 定 の 意 義 を 次 の よ うに説 く。 「 米国 が 沖 縄 を保 有 しつ づ け る こ と に よ っ て 、 日米 両 国 で フ ラ ス トレー シ ョン が 蓄 積 され た に も か か わ らず 、 日米 関 係 が 決 定 的 に 傷 つ け られ る こ と は な か っ た 」、 「 冷 戦 終 結 後 も 不安 定 性 の 残 る 北 東 ア ジ ア に お い て は 米 国 の プ レゼ ン ス が 必 要 で あ る と い う厳 然 た る事 実 は 、 日本 、 と りわ け 沖縄 で 米 軍 基 地 を め ぐ る政 治 問 題 を 圧 して い る」。 エ ル ドリ ッジ は 、 日米 間 の 沖 縄 問 題 の 起 源 は こ う した 「軍 事 的 、 戦 略 的 要 求 と政 治 的 ・外 交 的 要 求 の 間 の ジ レ ンマ 」 に あ る と結 ん で い る。 エ ル ドリ ッ ジ の 研 究 は 、 日米 関 係 重 視 の 立 場 に た っ た保 守 的 な 解 釈 で 貫 か れ て お り、 二 国 間 の 利 害 の 狭 間 で 翻 弄 され る現 地 沖 縄 住 民 の 視 点 が 欠 落 して い る。 彼 の研 究 か らは 日米 関 係 の 軍 事 的 側 面 を強 調 す る こ と に よ っ て成 立 す る 沖 縄 の 共 同 支 配 の 図 式 が浮 き彫 りに され て い る とい え る。.
(5) 2、 沖 縄 返 還 の 論 理 構 造 前 述 した エ ル ド リ ッジ に よ る 研 究 の 難 点 は 、 宮 里 政 玄 『日米 関 係 と 沖 縄 』(岩 波 書 店 、2000 年)が. 補 っ て い る 。 宮 里 は1972年 の 沖 縄 返 還 に 至 る交 渉 過 程 を 日米 沖 の 三 者 の 相 互 作 用 か ら分 析. す る。 宮 里 は 沖 縄 住 民 の 政 治 的 影 響 力 を強 調 し、彼 らに は 「 直 接 的 」 パ ワ ー(米 る直 接 的 な 示 威 行 為)と. 「 間 接 的 」 パ ワー(失. 国民 政府 に対す. 地 回 復 を 日本 政 府 に 訴 え る)が あ った と指 摘 す る 。. そ の 結 果 、 米 国 は 当初 は 住 民 の 支 持 を 独 力 で 獲 得 しよ うと した が 、 そ れ が 困 難 に な る と 日本 政 府 の 協 力 を 求 め る よ うに な っ た 。 宮 里 は 「 米 国 の 統 治 に 対 す る沖 縄 住 民 の 抵 抗 が な け れ ば 、 沖縄 の 返 還 は な か っ た 」 と明 言 す る。 宮 里 に よれ ば 、 沖縄 統 治 に 関 して 米国 側 に は 次 の 四 つ の 論 理 が あ っ た と指 摘 す る。 ① 「軍 部 の 論 理 」=外. 国 の 介 入 排 除 、 米 国 の 完 全 な 統 治 権(=「. 事 実 上 の 主 権 」)、基 地 の 自由 使 用 権 、 冷 戦. 論 理 。 背 景 に 、 在 日基 地 の 有 効 性 が 日本 国 内 の政 治 状 況 に よ っ て 損 な わ れ る の で は な い か 、 日本 が独 立 す れ ば 基 地 撤 退 を 要 求 す る の で は な い か と い っ た 日本 の 国 内 政 治 に 対 す る 不 安 感 が 存 在 。 ② 「ケ ナ ン の 論 理 」=外 国 の 介 入 排 除 で は 軍 部 の 論 理 と同 じだ が 、 そ こ に 住 民 の 経 済 状 態 の 改 善 加 わ る。 沖縄 は 日本 固 有 の 一 部 で は な い か ら 国 際 的 な 批 判 は あ っ て も統 治 の維 持 可 能 と の 立 場 。 ・ ③ 「ダ レス の 論 理 」=当 面 は 沖 縄 を 日本 に 返 還 す る こ とは な く 、 日本 の 諒 解 と協 力 を 得 て 沖 縄 を 統 治 す る。 必 要 と あ れ ば 一 定 条 件 付 で 返 還 す る。 日本 政 府 の 諒 解 が あ れ ば 米 国 は 不 定 期 に 統 治 で き る とい う期 待(=「. 潜 在 主 権 の 論 理 」)、沖 縄 の 「 間 接 的 」 パ ワー と 関連 す る。 ④ 「ニ ク ソ ン の. 論 理 」=東 ア ジ ア に お け る 日本 の リー ダー 的 役 割 を 認 め 、 沖 縄 を 返 還 す る と同 時 に 安 保 や 経 済 に お け る 日本 の 貢 献 を要 求 す る立 場 。 宮 里 は この 四 つ の 論 理 の組 み 合 わせ に よ っ て 沖 縄 返 還 に 至 る米 国 側 の 姿 勢 の 変 遷 を 以 下 の 時 期 区 分 の 中 で 説 明 す る。 ① 軍 部 に よ る排 他 的 統 治.(1945-57年):米. 国が 実質 的 な主権 を保 持 す る。. 平 和 条 約 後 の 統 治 も1945年 以 来 の 統 治 方 式 と変 化 は な い 。 宮 里 に よ る と 、 講 和 条 約 第3条 「軍 部 の 論 理 」(「事 実 上 の 主 権 」)と. には. 「ダ レス の 論 理 」(「潜 在 主 権 」)と が 、 前 提 と して の 「 ケナ. ン の 論 理 」 に よ っ て 接 合 され る 形 で 並 存 して い る と指 摘 す る 。 ダ レス が 新 木 駐 米 大 使 に 対 して 「日本 軍備 増 強 が 沖 縄 返 還 の 前 提 条 件 」 と告 げ た こ とに よ り、 日本 政 府 は 沖 縄 返 還 に 消 極 的 に な っ て い く。 ま た 戦 術 核 配 備 や 日本 本 土 か らの 米 海 兵 隊 移 駐 な ど沖 縄 基 地 の 近 代 化 政 策 に 伴 い 、 軍 用 地 の 強 制 収 用 が 実 施 され 、 そ の こ とが 島 ぐ る み の反 米 運 動 に つ な が っ て い く。 米 国 民 政 府 に よ る 必 死 の 切 り崩 しに 対 して 日本 政 府 は 非 協 力 姿 勢 を 貫 く。 ② 統 治 の 「 正 常 化 」(=米 沖 縄 保 有)の 試 み(1958一64年):ダ. 国 の長 期 的. レス に よ る 「 飛 び 地 」 分 離 返 還 論 は 時 期 尚 早 と して 断 念 。. 「 軍 部 の 論 理 」 が 優 位 。 日本 政 府 の 協 力 に よ っ て 軍 用 地 問題 は 解 決 し、 日本 か ら経 済 ・技 術 援 助 が も た ら され る 。 日本 政 府 は 、 米 国 が 沖 縄 の 住 民 を 適 度 に 満 足 させ て い る 限 り、 施 政 権 返 還 を も と め な い と の 姿 勢 を示 す 。 ケ ネ ディ 政 権 は 新 政 策 に は 「 軍 部 の 論 理 」 が優 位 に た っ て い た が 、 独.
(6) 断的な 「 キ ャ ラ ウ ェ イ 旋 風 」 や 米 議 会 の 反 応 に よ っ て破 綻 す る。 ③ 返 還 交 渉 へ 向 け て(1964ー68 年):教. 公 二 法 問 題 を通 じて 沖 縄 住 民 が 「 直 接 的 な 」 パ ワ ー 行 使 す る こ とに よ って 、 自 民 党 の 介. 入 を 招 き 、 結 果 的 に 主 席 公 選 と い う 自 治権 拡 大 の道 が 開 か れ る。 こ の 時 期 、 米 国 民 政 府 は 、 自民 党 の 助 け が な け れ ば 、 沖 縄 の 革 新 諸 派 の み な らず 保 守 派 す ら抑 え る こ とが で き な い 状 況 に 陥 っ て い た 。 そ う した 中 で 誕 生 した の が 佐 藤 政 権 で あ っ た 。 宮 里 に よれ ば 「 佐藤 首相 が求 め てい た のは 沖 縄 の 復 帰 で は な く 、 沖 縄 基 地 を 日米 共 通 の 利 益 の た め に 最 大 限 利 用 す る こ とで あ っ た。 要 す る に 米 国 の 要 求 を 最 大 限 認 め て 沖 縄 の 返 還 を 要 請 す る とい う こ とで あ る。 これ は 『ニ ク ソ ン の 論 理 』 に 完 全 に 一 致 す る も の で あ っ た 」。 他 方 、 ライ シ ャ ワ ー 駐 日大 使 の 警 鐘(ベ. トナ ム 戦 争 の 悪. 化 に よ っ て 戦 争 批 判 か ら保 守 の ナ シ ョナ リズ ム と左 翼 の 反 米 主 義 とが 合 体 して 沖縄 問 題 が爆 発 す る 可 能 性 を 指 摘)に. よ り、 米 政 府 ・議 会 内 で 沖 縄 返 還 の 必 要 性 につ い て の 合 意 が 生 まれ て い く。. ④ 返 還 交 渉(1969-72年):B52撤. 去 運 動 、 屋 良 革 新 主 席 の 誕 生 、 復 帰 運 動 の 急 進 化 な ど沖 縄 政. 治 が 激 動 す る 中 で 沖 縄 返 還 を め ぐ る 日米 交 渉 が 開 始 され る。 米 国 側 が 求 め る 沖縄 返 還 の 条 件 は 次 の よ う な も の だ っ た(NSDM5:4/30/69)。1)日 海 の 防 衛 の 責 任 を 負 う こ と。2)日. 本 は 琉 球 列 島 を 含 む 日本 地 域 の 海 上 、 空 、. 本 は 復 帰 後 の 沖 縄 に お い て も現 在 日本 本 土 に 適 用 され て い る. 措 置 を と り、 沖 縄 に お け る 米 国 の 基 地 の 保 護 と 、 無 妨 害 の ア クセ ス を保 障 す る こ と。3)復 よ っ て 生 じた 施 設 の 移 転 等 の 費 用 は 日本 政 府 が 負 担 す る こ と。4)米. 帰に. 国 の 国 際 収 支 に 対 す る悪 影. 響 を 回 避 す る こ と。 当 初 、 沖 縄 に お け る核 兵 器 の 保 持 が 検 討 さ れ て い た が(NSDMI3:5/29/69)、. ニ ク ソン大. 統 領 は 日米 交 渉 の 最 終 段 階 で 、 も し上 記 の 諸 条 件 が満 た され る の で あ れ ば 、 緊 急 時 にお け る 核 の 貯 蔵 と通 過 の 権 利 を 保 持 した 上 で 核 兵 器 の 撤 去 を 考 慮 す る用 意 が あ る こ とを 示 した 。 こ の ニ ク ソ ン政 権 の 対 応 は 、 核 を テ コ に 交 渉 を 有 利 に 運 ば せ る た め の 戦 術 で あ っ た と宮 里 は 述 べ る。 愛 知 ・ マ イ ヤー 会 談 で は 、 日本 側 は 主 権(事. 前 協 議 の 適 用)な. ど形 式 重 視 で 実 質 的 な 内容 に は こだ わ ら. な い 姿 勢 を示 す 一 方 で 。 米 国 側 は 、 米 軍 の 行 動 の 自 由 の確 保 を 強 調 した 。 有 名 な若 泉 特 使 と キ ッ シ ン ジ ャ ー との 間 の 核 密 約(緊 急 事 態 の 核 持 込 、 通 過 を認 め る)に つ い て は 、 米 側 で 文 書 の 存 在 が 確 認 され て い る も の ρ(た. だ し非 公 開)、 日米 の 友 好 信 頼 関 係 が 続 く限 り密 約 は不 必 要 だ っ た ▼. と宮 里 は 述 べ る。 宮 里 は 沖 縄 返 還 を め ぐ る 日米 交 渉 を 次 の よ うに 評 価 す る。 ① 米 国 の 交 渉 は き わ めて 「 合 理 的 」 に 行 わ れ 政 策 の 一 貫 性 が 維 持 され る 一 方 で 、 日本 側 は 終 始 受 身 で あ っ た た め 、 米 国 側 の 要 求 は ほ ぼ 達 成 され た。 ② 米 国 政 府 内 で 沖 縄 問題 が 日米 関係 の 最 重 要 課 題 と の 共 通 の 認 識 が あ っ た 。 ③ 核 抜 き 返 還 を利 用 して 、 基 地 の 自 由使 用 権 を獲 得 す る戦 略 が 目 を見 張 っ た 。 日本 側 は 核 抜 き返 還 を勝 ち 取 る た め に 譲 歩 を 重 ね る(若 泉 の 密 約 イ ニ シ ャチ ブ は そ の 典 型)。 ④ こ の 戦 術 が 有 効 で あ っ た の は 、 日本 の 外 務 官 僚 の 中 に 「 核 抜 き 」 の 壁 が きわ め て 厚 い とい う先 入 観 が 強 か っ た こ と も影 響 した 。 最 後 に 宮 里 は こ の 沖 縄 返 還 交 渉 か ら二 つ の 教 訓 を提 示 す る 。 第 一 に 、 日本 政 府 は 、 米 国 政 府 と.
(7) 同 様 に 政 策 決 定 に 合 理 性 を もた せ る べ き で あ る が 、 佐 藤 の よ うに ニ ク ソ ン以 上 に 「 ニ ク ソン的 」 (復 帰 よ り も基 地 の 効 果 的 利 用 重 視)で. あ れ ば 沖 縄 問 題 の 解 決 は あ りえ な い 。 第 二 に 、 この 交 渉. 過 程 に お い て 日本 側 は 終 始 対 米 一 辺 倒 で 「 思 考 が 停 止 して い た 」 こ とが 沖 縄 問題 の 解 決 に 障 害 と な っ た 。1995年 の 沖 縄 少 女 暴 行 事 件 に よ って 普 天 間 飛 行 場 返 還 の 日米 交 渉 が 開 始 され た が 、 か つ て の 沖 縄 返 還 交 渉 と同 様 に 、 米 国 は 沖 縄 基 地 縮 小 の 代 償 と して 日本 側 か ら 「 極 東 有事 」 の際 の 日 本 の 積 極 関 与 を 引 き 出 す こ と に 成 功 して い る。 問 題 解 決 に は 、 日米 琉 が 実 質 的 な基 地 縮 小 に 向 け て ス ケ ジ ュ ー ル をた て そ れ を確 実 に 実 施 して い く こ とが 重 要 と宮 里 は 結 論 づ け る。. 3、 日 米 安保 と 沖 縄 返 還 宮 里 以 上 に 日本 政 府 の対 応 に 厳 しい 批 判 を展 開す る の が 我 部 政 明で あ る。 彼 の 近 著 『沖 縄 返 還 と は 何 だ っ た の か 』(NHKブ. ッ ク ス 、2000年)は. 日米 安 保 体 制 と の 関 連 か ら沖 縄 返 還 に つ い て. 論 じる。 我 部 は1972年 の 沖 縄 返 還 は 「 沖 縄 施 政 権 返 還 」 で あ った と 主 張 す る。 この 沖 縄 返 還 は 、 表 面 的 な返 還 、 つ ま り 「 行 政 ・立 法 ・司 法 の 権 利 が 米 国 か ら 日本 政 府 に 返 還 され る こ と」 に と ど ま り、 本質 的 な返 還 、つ ま り 「 米 軍 基 地 が 日本 に返 還 さ れ る(基 地 が 撤 去 され る)こ. と」 で は な か っ た 。. 日米 安 保 で 規 定 され た 事 前 協 議 制 に 関 し て 、 我 部 は 米 国 内 部 の 議 論 を 詳 細 に 分 析 し て い る 。 1966年9月21日. 、 沖 縄 問題 を検 討 す る省 庁 間 極 東 地 域 グル ー プ 琉 球 作 業 班 に よ っ て 作 成 され た 文. 書 「日本 と琉 球 諸 島 に お け る 米 基 地 権 の 比 較 」 に は 、 事 前 協 議 制 の 適 用 除 外 に あ た る事 態 と して 、 ① 日本 へ の 武 力 攻 撃 の場 合 ② 韓 国 に 駐 留 す る 在 韓 国 連 軍 が 武 力 攻 撃 を 受 け た 場 合 ③ 極 東 に お け る 平 和 と安 全 を維 持 す る た め に 米 軍 は 兵站 ・補 給 支 援 活 動 ④ 日本 か らの 米 軍 部 隊 の 移 動 と 日本 を 通 過 して 米 軍 部 隊 が 戦 闘 作 戦 域 に行 く場 合 ⑤ 核 搭 載 が公 に知 られ て い な い 場 合 の 核 搭 載 艦 の 日本 水 域 お よび 寄 航(核. の 持 ち 込 み と は 配 備 ・貯 蔵 の み)⑥1960年. 安保 条約 調 印 当時 の米 軍 部 隊 に関す. る手 続 き 、 が記 載 され て い る。 この 事 実 か ら、』 我 部 は 対 等 な 日米 関 係 は 「 虚 像 」 で あ り、 事 前 協 議 制 は 誕 生 時 か ら空 洞 化 して い た と主 張 す る。 つ ま り密 約 や 事 前 協 議 制 の 有 無 に 関 係 な く、 緊 急 事 態 にお い て 軍 事 的 に 必 要 だ と判 断 され れ ば、 米 軍 は 勝 手 に 核 兵 器 を持 ち こ め た わ け で あ る。 し た が っ て 密 約 が あ っ た とす れ ば 一 体 何 の た め の 、 誰 の た め の 密 約 だ つ た の か 、 疑 問 視 され る。 沖縄 返 還 時 の 米 軍 基 地 使 用 条 件 や 期 間 を 定 め た 日米 合 同 委 員 会 覚 書 に は 「 原 則 と して 返 還 前 と 同 じよ う に使 用 」 と明 記 され 、 返 還 前 の 自 由使 用 を 返 還 後 も認 め る 内 容 とな っ て い た 。 ま た 沖 縄 返 還 に伴 う 日本 政 府 との 財 政 ・経 済 取 り決 め に よ っ て 、1972年 か ら1977年 の 間 に 米 政 府 は 六億 ド ル 余 り(=1945年. 以 来 か ら27年 間 に 米 政 府 が 沖 縄 に 投 入 した 総 費 用 に 匹 敵)の. 利 益 を 得 て い た。. そ の 中の 基地 移 転 費 が 「 思 い や り予 算 」(基 地 維 持 費 の 負 担 → 日米 地 位 協 定24条 違 反)の. 原型で. あ っ た。 日米 安 保 体 制 下 の 沖縄 の 役 割 に つ い て 、 我 部 は 次 の よ うに 解 釈 す る 。 返 還 前 の 沖 縄 米 軍 基 地 は 、.
(8) 日米 安 保 体 制 を 「 外 」 側 か ら(安 保 条 約 の 適 用 外 だ っ た が 極 東 、 日本 の 紛 争 抑 止 力 と して 米 軍 沖 縄 駐 留)支. え て い た 。 返 還 後 は 日米 安 保 体 制 を 「 内 」 側 か ら(安 保 条約 で本 土 と沖 縄 の 違 い は な. くな っ た が 、在 日米 軍 の 大 半 が 沖 縄 に集 中 す る 現 実 変 化 な し)支 え た の で あ る。 そ こに は 「 在 日 米 軍 基 地 の 米 軍 の 自 由 使 用 が 確 保 さ れ 、 同 時 に 日本 で は保 守 政 権 が 事 実 上 あ りえ な い 事 前 協 議 制 を維 持 す る こ とで 国 民 向 け の 面 子 が 守 られ る」 と い う 「い び つ な 」 日米 関 係 の 姿 が あ っ た 。1993 年 一94年 に 発 生 した 朝 鮮 半 島 危 機 を 契 機 に 日米 同 盟 は 強 化 の 一 途 を た ど り、 「日本 有 事 」 の 際 の 日米 共 同 防 衛 協 力(1978年. 旧 ガ イ ドライ ン)と. 「 周 辺 有 事 」 の 際 の 日米 共 同 防 衛 協 力 を あ わ せ も. っ た1999年 新 ガ イ ドラ イ ン 関 連 法 案 の 成 立 は そ う した流 れ の 到 達 点 で あ っ た。. むす びにか え て エ ル ド リ ッ ジ 、 宮 里 、 そ して 我 部 と 三 人 の 沖 縄 問題 専 門 家 に よ る 最 新 の 研 究 成 果 を概 観 した 。 最 後 に そ れ ら をヒ ン トに 沖 縄 間 題 に 関 す る筆 者 の 理 解 を提 示 す る。 。 歴 史 と して の 沖 縄 返 還 を 考 え た場 合 、 端 的 に そ れ は 米 国 に よ る沖 縄 占領 政 策 の 失 敗 の 所 産 と し て 位 置 づ け られ よ う。 つ ま り米 国 は 、 沖 縄 占領 に 伴 う政 治 コ ス ト(本 土 復 帰 ・民 主 化 を求 め る 住 民 運 動 の 高 揚)や 経 済 コ ス ト(米 軍 基 地 機 能 の 拡 張 ・近 代 花)の 増 大 に 耐 え られ ず 、 日本 側 に 沖 縄 を 返 還 せ ざ る を 得 な か っ た の で あ る。 と こ ろ が 、 返 還 交 渉 過 程 の 中で 、 米 国 側 か らの コ ス ト肩 代 わ り要 求 に 日本 側 が 応 じた こ とに よ っ て 、 返 還 後 も米 国 に よ る 沖縄 の 「占領 」 が継 続 して しま った ので あ る。 米 国 に と っ て 基 地 の 自 由使 用 権 の 獲 得 ・維 持 こ そ が 戦 後 か ら現 在 ま で 一 貫 した 沖 縄 に求 め る最 大 の 目標 で あ り、 こ の 返 還 交 渉 にお い て もそ の 点 に 関 す る 再 確 認 が な され た 。 日本 政 府 側 は そ の 要 求 に 対 して 異 を 唱 え る ど こ ろ か 、 逆 に 、 米 国 同 様 、 基 地 の 重 要 性 を認 識 し基 地機 能 の さ ら な る 拡 大 に 積 極 的 な 役 割 を果 た した 。 そ の 様 相 は 形 を 変 え た 「 琉 球 処 分 」(か つ て の 日本 単 独 の 軍 事 的 な 沖 縄 支 配 か ら 日米 共 同 の 軍 事 的 な 沖 縄 支 配 へ)で. あ っ た。 ま た 日本 政 府 が 、 事 前 協 議 制 や 非. 核 三 原 則 を 無 視 す る よ うな 取 り決 め を 米 国 側 と密 か に 行 っ て い た 事 実 は 、 沖 縄 の 人 々の み な らず 日本 国 民 全 体 に 対 す る 背 信 行 為 で あ っ た(そ の 意 味 で 佐 藤 の ノ ー ベ ル 平 和 賞 受 賞 は 最 大 の 欺 瞞 で あ る)。 こ の よ うな歴 史 的 な 経 緯 を踏 ま え る と、 沖 縄 問 題 の 抜 本 的 解 決 は 、 ひ とえ に米 国 に と っ て の 沖 縄 の 戦 略 的 価 値 を い か に 低 減 させ られ る か に か か っ て い る とい え る。 米 側 の 論 理 に 依 拠 しな い 日 本 政 府 独 自 の政 策 決 定 が 求 め られ る。 そ れ は 東 北 ア ジ ア の 平 和 安 定 へ の 積 極 的 関 与 で あ り、 米 国 に とっ て 既 得 権 益 化 して い る 「安 上 が り」 の 米 軍 基 地 を 支 え て い る 「 思 い や り」 予 算 の 削 減 で あ る。.
(9) (そ の 他 の 参 考 文 献) 我 部 政 明 『世 界 の な か の 沖 縄 、 沖 縄 の な か の 日本 』 世 織 書 房 、2003年 。 我 部 政 明 『日米 関 係 の 中 の 沖縄 』 三 一 書 房 、1996年 。 新 崎 盛 暉 『沖 縄 同 時 代 史 第10巻:新. た な 思 想 は創 れ る か一9・11と. 平 和 運 動 』 凱 風 社 、2004年 。. 中 野 好 夫 ・新 崎 盛 暉 『沖 縄 戦 後 史 』 岩 波 新 書 、1976年 。 藤 本 博 ・島 川 雅 史 編 『ア メ リカ の 戦 争 と在 日米 軍ー 日米 安 保 体 制 の 歴 史 』 社 会 評 論 社 、2003年 。 「特 集:周. 米 関 係 再 考 一 歴 史 と展 望 」『環 』2002年 冬 号 。. 外 岡 秀 俊 ・本 田優 ・三 浦 俊 章 『日米 同 盟 半 世 紀 ー 安 保 と密 約 』 朝 日新 聞 社 、2001年 。 入 江 昭 ・ロバ ー ト ・ワ ンプ ラー 編 『日米 戦 後 関係 史 』 講 談 社 、2001年 。. ※. 本 稿 は 、2004年5月14日. 、 本 学 人 間 文 化 研 究 科 の 阪 井 芳 貴 教 授 を 主 幹 とす る 沖 縄 文 化 研 究 会 が 開 催 した. 「5・15沖 縄 復 帰 の 日特 別 講 演 」(本 学 人 文 社 会 学 部 棟201教 室 に て)に. お け る講 演 内 容(演. 係 史 か ら見 た 沖 縄 一 歴 史 と して の 沖縄 返 還 を考 え る 」)を 加 筆 ・修 正 した も の で あ る。. 題 「日米 関.
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