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新聴覚機構論 : 外有毛細胞共振説の提唱

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(1)耳鼻. 66:79∼98,2020. 視 点. 新聴覚機構論:外有毛細胞共振説の提唱 森 満. 保. 外有毛細胞共振説は、Dallos の総説「Cochlear amplification, outer hair cells and prestin」 での悲観的結論を読んだ直後、外有毛細胞体のプレスチン性短縮で、感覚毛が蓋膜下面を 引き下げると、雑草を引き抜く時の根土のような畝ができ、有毛細胞感覚毛と接触するイ メージが沸いた。このバックグラウンドは、芋畑での雑草の根土の畝、聴覚電気生理研究 班での EM、CM の記録、そして聴覚関連著書や論文である。要するに、外有毛細胞体短 縮で生じた蓋膜の共振畝で、ヘンゼン条が斜め外下方に押し下げられ、内有毛細胞感覚毛 と興奮位で接触するという新説である。それで、+ 80 mV に帯電したヘンゼン条と、− 60 mV に帯電した内有毛細胞感覚毛との接触で蝸牛マイクロホン電位の発生、人の平均周 波数分析能 3 mHz の機序説明等々、哺乳類蝸牛の優れた聴覚機構の説明が簡単に可能と なった。. キーワード:外有毛細胞、共振説、新聴覚機構. 彼は、20 世紀末に発見された、音刺激による単. 外有毛細胞共振説着想の経緯. 離外有毛細胞の共振で、細胞体表皮内にあるモー. ヒトは、電話で「モシモシ」と言う声を聴いた. ター蛋白プレスチンが活性化されて、細胞体長が. だけで、相手が誰であるか、数十人の声を瞬時に. 数μm 短縮するという新機構を説明した後で、結. 聞き分けることができる。しかしながら、この極. 論として、 「現在不明である蝸牛での音圧増幅は、. めて優れたヒトの耳の周波数弁別能のメカニクス. このプレスチン性短縮による特異的な音の感受性. は、1961 年度のノーベル賞授与によって、唯一公. 増幅現象が、外有毛細胞体壁か感覚毛か、どちら. 1). 認されている Békésy の基底膜進行波説 では、. かに起こっているはずであるが、どちらなのか全. 全く説明不可能のままで放棄状態である。しか. く分からない」との嘆きで終えていた(図 1 )。. も、新しい聴覚機構説も出されないまま、既に半 世紀以上の年月が経過している。. この聴覚学権威者の嘆きに満ちた悲観的総説を 読み終わった時、プレスチン性外有毛細胞体の短. 全く偶発的な出来事を切掛けにした新発見・発 明は、セレンディピティーと呼ばれている。. 縮で、感覚毛の先端が蓋膜下面を引き下げるイ メージと、第二次大戦中に、勤労奉仕で働いた芋. ここに提唱する新説も、2015 年の春、 「耳鳴と. 畑の雑草を手で引き抜く時、周囲の土が畝状に盛. 頭鳴」の総論を書くために、最近の聴覚機構論を. り上がってくるイメージとが重なり合って、脳裏. 求めて、ノースウエスタン大学耳鼻咽喉科教授. に閃いた(図 2 ) 。. Dallos の総説「Cochlear amplification, outer hair cells and prestin」. 2). を読み終えた時、このセレン. ディピタスな新説着想の機会に恵まれた。. 宮崎市月見が丘 2-17-7. 毛細胞感覚毛とが直接に接触するというイメージ は、正にセレンディピティーといえる新しい聴覚. 宮崎大学名誉教授 別刷請求:〒 880-0926. その蓋膜下面が盛り上がってできた畝と、内有. 森満. 保.

(2) 80. 耳. 図1. 鼻. 蝸牛の音圧増幅機構でのプレスチンと感覚毛へ の Dallos の嘆き プレスチンによる外有毛細胞体の収縮か、感覚 毛の感受性亢進か、そのどちらが、どのように 機能しているのか全く分からないとの Dallos 教授の嘆きが、共振説発想のヒントになった。 写真は、松田圭二先生が留学先の Dallos 教授よ り直接使用の許可を得ている。. と. 臨. 床. 66 巻. 3号. 図2. 芋畑の雑草の根土と、外有毛細胞感覚毛の蓋膜 下面の引下のイメージ 雑草引き抜きでの根土の畝と、感覚毛の蓋膜引 き下げとが相まって、共振畝になり、内有毛細 胞感覚毛と接触するイメージがセレンディピタ スに脳裏にひらめいた。. 例えば、化膿菌培養シャーレに、偶然に落ち込 んだ青カビで化膿菌が死んでいることから、ペニ シリンを発見した Fleming は、以前にも抗菌性薬 剤のリゾチームを発見している高名な細菌学専門 の医師であったからこそ、抗菌薬ペニシリンも発. 機構の着想の切掛けとなった。. 見できたのである。. 図 3 は、その新しい外有毛細胞共振説に基づい. もし、未熟な助手がその青カビに汚染された. て、筆者の脳裏に沸き起こった、コルチ器内で起. シャーレを発見したら、舌打ちをしながら青カビ. こるであろうと思われる一連の聴覚機構の説明図. を流しに捨て、シャーレを洗って終わりとなった. であるが、内容的には発想直後から現時点までの. に違いないのである。. 熟慮に基づいた、最終的な図である。 すなわち、刺激音の周波数と固有振動数が一致 した外有毛細胞が共振を起こすと、細胞体壁内に. ある学会誌へ投稿した本論文初稿が、査読者の 「芋畑での草取りの話など、無駄な随筆部分は消 去せよ」との命令付きで戻されてきた。. あるモーター蛋白プレスチンが活性化されて、細. 新説着想の最も重要なキーワードを除けという. 胞体が短縮し、感覚毛が接着している蓋膜下面が. レベルの査読者がいる学会誌への投稿は、心もと. 引き下げられて畝ができ、その畝が内有毛細胞感. ない限りと逆査定して、本誌に替えて投稿するこ. 覚毛と接触することによって、刺激音の情報が聴. とに決めたのである。. 覚中枢に伝達されるというイメージである。. ハイレベルのバックグラウンドがあってこそ、. このような、正にセレンディピタスに生まれた. その新説が他者からの伝聞ではなく、単なる夢や. 新説の信憑性は、対象となった領域に関する、提. 妄想でもなく、発見者独自の潜在意識から生まれ. 唱者の知的なバックグラウンドのレベルに従って. 出た、意義深い授かり物であると、心ある優れた. 決まるものである。. 査読者なら見逃さずに重視できるはずなのであ.

(3) 森満=新聴覚機構論:外有毛細胞共振説の提唱. 図3. 着想した外有毛細胞共振説の機構略図 外有毛細胞体が刺激音と共振して短縮し、感覚毛 が蓋膜下面を引き下げると、畝ができて、内有毛 細胞感覚毛と接触するのではというイメージであ る。その接触で蝸牛マイクロホン電位が発生する との推測も生まれた。. る。 今になって改めて、自らのバックグラウンドを 回想してみると、以下の 3 項目が想起される。 第 1 は、前述の第二次大戦中の食料自給自足の ため、学校農園や出征兵士農家での、勤労奉仕と. 図4. 81. 着想のバックグラウンド:外有毛細胞はマイクロ ホンとのイメージ 2010 年、外有毛細胞はマイクロホンのように個々 に音刺激を感受して、中枢へ情報を伝達している のではと、共振説に近い機構を想定した図を載せ た著書を書いていた。. (Endolymphatic DC potential:EP)の測定実験で ある。当時は附属病院診療の後、深夜までモル モットでの実験を行っていた。また、研究会での 討論は極めて熾烈であった。 特に印象深いのは、 モルモットの蝸牛側壁から、. も呼ばれた農作業である。当時は 14 歳で中学 2. ガラス毛細管電極を内リンパ腔に刺入し、+ 80. 年生であったが、炎天下の広い芋畑での畝作りで、. mV の電位 EP を測定する実験で、蝸牛の全回転. 邪魔な雑草を引き抜こうとすると、周囲の土、い. から同じレベルの電位が測定された。当時は、そ. わゆる根土、または台土とも呼ばれているが、一. の事実だけで満足し、1962 年に報告した論文3) で. 緒に盛り上がってきたのが、今もなお脳裏に鮮や. ある。. かに浮かんでくる。 手で掴んで引き抜こうとしている雑草が、外有. 第 3 は、今までに出版した、数々の聴覚機構関 連の論文や著書である。特に 2010 年出版した、. 毛細胞の感覚毛である。あのような辛い畝作りで. 「どうして子供は勉強しないといけないの」と題. の雑草抜きの体験が無い人には、絶対に生じ得な. した著書4) の 59 頁に示した、外有毛細胞を機能. いイメージであろう。. 的にはマイクロホンと同じと例えた図 4 である。. しかしながら、今この文章を読んで、自宅庭の. 当時から既に、外有毛細胞は個々独立的に、音. 花壇の草取りが、そうだなと思い当たる研究者は. 情報を取り込んでいるのではないのかと推測して. 少なくないのではないかと思う。. いたことの証拠であり、外有毛細胞共振説着想の. 第 2 は、九州大学医学部耳鼻咽喉科学教室の聴 覚電気生理研究室班長として、連日深夜まで行っ. ためには、極めて確かなバックグラウンドといえ る。. た、蝸牛マイクロホン電位(Cochlear microphonic. 見方によっては、この時点でも本説の着想があ. potential:CM)、聴 神 経 活 動 電 位(Auditory. り得たのではとも思われるが、現実にはそこまで. nerve action potential:AP) 、内リンパ直流電位. のイメージの展開は起こらなかった。恐らく、子.

(4) 82. 耳. 鼻. と. 臨. 床. 66 巻. 3号. 供の勉強問題も然ることながら、著名な Dallos 教. の聴覚関連 4 学会:日本耳鼻咽喉科学会、日本耳. 授の嘆きの方が、はるかにインパクトが強かった. 科学会、日本聴覚医学会、日本音響学会で提唱し. のであろう。. 続けている。. なお、1985 年出版した総説「内耳の聴覚電気生 5). ここでは、今までの 4 学会で提唱した内容に基. 理」 の共著出版も、コルチ器の総括的知見の収. づいて、外有毛細胞、ダイテルス細胞、蓋膜、ヘ. 集に有益であった。. ンゼン条、そして内有毛細胞と、刺激音の進行順. この新説の信憑性を確かめるために、内外の関. に、その構造と機能をいかに合理的に説明できる. 連 文 献 を 検 討 し た が、特 に 1989 年 の Brundin. か詳述することにした。なお若干の重複は、本書. 6). ら による、単離外有毛細胞のプレスチン性短縮. をスムースに読み進めるためと思ってのことで、. が、 周波数特異的に起こるという動物実験結果は、. ご容赦いただきたい。. 正に 1 Hz 単位での共振を唱える本説のスタート ラインともいえる、基本的で必須の実験成績であ る。筆者の新説への自信が、さらに確信にまで高. 外有毛細胞. められた。 着想以来 4 年間、数多くの関連論文を検索した が、新説の正当性を裏付けし、支援してくれる、. 構造 まず、外有毛細胞の体部である。. 数多くの蝸牛の解剖学や生理学の研究論文に遭遇. ヒトでの総数は 20,000 個であるが、蝸牛内の. した。逆に、本説に不都合な論文は、今日まで皆. 基底部から頭頂部まで、細胞体長の低い方から順. 無の状態である。また、後述するように、コルチ. に、1 列に 3 個ずつが、網の目状に略 6,666 段に並. 器内の細胞や組織の機構も、驚くほどに共振説で. んでいる。. 合理的に説明できることも明らかになった。 ただ、われわれ哺乳類の蝸牛は、現に極めて高 いレベルに進化して活動中である。. ヒトの最高可聴音の周波数は 20,000 Hz、最低 は 20 Hz なので、1 個の外有毛細胞が 1 Hz を担 当していると、直感的に推定された。. 従って、例え Békésy のように誤った説が、い. このように、哺乳類動物のすべてで、最高可聴. かに声高に唱えられても、蝸牛機能そのものには. 音周波数と外有毛細胞数は同数であるものと推定. 何の弊害も起こらない。従って、聴覚機構論その. されるので、1 Hz 刻みの緻密な周波数分析能が. ものも、あっても無くても、また間違っていても、. 生まれたのである。逆に、ある動物の最高可聴音. 蝸牛機能には全く無関係という、本研究の意欲を. が 20,000 Hz なら、外有毛細胞総数も 20,000 個. 削ぐ冷徹な事実にも思い当たった。. であろうと推定される。. しかしながら、この間違った説に基づいた研究. 高坂7) によると、ヒトでの外有毛細胞体の容積. や実験での、高額の経費、器具・設備費、貴重な. は、最小が 600 μm3、最大が 2,600 μm3 であると. 時間の浪費等が、間違いなく起こり続けることに. いう。とすれば、20,000 個の外有毛細胞は、0.1. なるであろう。. μm3 刻みで、固有振動数が決まる体容積順に、1. 従って、研究者としてはやはり、このような新 説を発見したら臆せずに提唱し、その真偽を広く. 列に 3 個ずつ並んでいるという、奇跡的な計算も 成立することになる。. 学会に問うべきであり、関連学会誌は、その説の. 共振説の立場で言い換えると、コルチ器最下端. 審議・討論の場を設定することこそが本務である. の最小細胞は 20,000 Hz の刺激音と、頭頂部上端. はずと考え、本説を 2017 年度の日本耳鼻咽喉科. の最大細胞は 20 Hz の刺激音と、それぞれ共振す. 学会総会(広島)で初めて提唱した。以来、国内. ることになる(図 5 ) 。.

(5) 森満=新聴覚機構論:外有毛細胞共振説の提唱. 83. る。. 2,600μm3 1,600μm3. 次は細胞頭頂にある総数 110 − 120 本の感覚毛 の構造である。 約 25 本の最長感覚毛の先端は、蓋膜下面に W 字形に固定され、その毛根は非電気伝導体である 細胞体頂部のクチクラ層内で終わっている。. 600μm3. 従って、細胞体内のオルガネラとの直接的連携 は不可能であり、通常の感覚細胞のように他細胞 との連携的活動は不可能という、真に感覚毛らし からぬ構造である。 残りの短感覚毛のすべては互いに連結して、W. 20,000Hz 10,000Hz 20Hz 図5. 総数 20,000 個の外有毛細胞は、刺激音と 1 Hz 刻みに共振して周波数分析する 体 容 積 は 0.1μm3 刻 み で、1 列 3 個 ず つ 略 6,666 列に 20,000 個が並んでいる。可聴音域 は 20 − 20,000 Hz なので 1 Hz 刻みである。. 字形の内側に、体長順に 5 列の堤防の土手状に並 んで最長感覚毛を支えている。 その全体像は、音刺激で、絶対に崩れないよう に、固くスクラムを組んでいるようである。 典型的な感覚毛は、例えば前庭器の感覚毛のよ うに、自由滑沢な作りであるべきで、体内のオル ガネラと感覚毛根は密着しているべきと思われる が、全く意に反する構造である。. このように、細胞総数、可聴周波数帯域、細胞. 最後の問題は、1 列に並んだ 3 個の外有毛細胞. 体容積の、三つもの基本的な数値が、共に 20,000. 感覚毛の形と大きさが、わずか 1 Hz の担当音の. という数に一致する事実は、共振説にとっては絶. 差に比べると、あまりにも大きく異なり過ぎでは. 対不可欠の重要事項であるとともに、本説の正当. と思われることである。しかも蝸牛基底部から頭. 性が強く裏付けられる貴重な事実といえる。 また、全細胞体は、太さが一定の円筒であり、 体長だけでその大きさが決まることも、共振説に とっては極めて好都合である。 しかも、細胞体の上端は、非電気伝導性のクチ クラ層で網状膜に固定されており、下端をダイテ ルス細胞頭部の皿に乗せて、細胞胴体部は互いに. 頂部まで、各細胞が担当する周波数は 20,000 か ら 20 Hz まで大きく変わっているのに、3 列が全 く同じ大きさであることである。 しかも、1 列目の感覚毛群は、丈は低く幅が広 く、3 列目は丈が高く幅が狭く、2 列目はその中間 である。 念のために、手持ちの電顕写真で、ヘンゼン条. 孤立している。従って隣り合った細胞同士が触れ. までの長さでその表面積を計測すると、3 細胞が. 合うこと無しに、自由に刺激音と共振できるのも. 全く同じ面積であった。厚さが同じであれば、全. 好都合である。. 感覚毛と連結している蓋膜とで構成する興奮伝導. なお、外有毛細胞体内の各種のオルガネラは、. 体の容積は均等になる(図 6 )。. 細胞核周囲と上下両端付近に存在し、中央部には. 見 方 を 変 え る と、蓋 膜 を 構 成 し て い る 総 数. ほとんど見られない、どちらかといえば、貧弱な. 20,000 の繊維束の体積は皆均一であり、刺激音の. 内部構造である。. 振動伝達能も皆均一であることが分かった。. 従って、内有毛細胞に比べると、外有毛細胞の. 結果的に、3 列の外有毛細胞の感覚毛は、見た. 機能はかなり単純なものではないかと予想され. 目には大きく異なっているが、ヘンゼン条までの.

(6) 84. 耳. 鼻. と. 臨. 床. 66 巻. 3号. 積共振では自然発生的で当たり前であり、殊更に その細胞体膨張の有無や効用の実験的研究は、不 ᖜ㻌㽢㻌㛗䛥䠙㠃✚. 1.5㽢12䠙18. 2.0㽢 9 䠙18. 要に思われる。なお、 以後は特に必要がなければ、 容積共振を共振と略称する。 また、本論文では、多くの図で、これらの事実 を強調するために、外有毛細胞の短縮・膨張を、 意図的に大きく誇張して描いているので、ご了承. 3.0㽢㻌㻌6䠙18 㠃✚䛿ྠ䛨 図6. 外有毛細胞感覚毛の形態差と機能の均一問題: 感覚上皮を上方からみた模式図 1 列 3 個の感覚毛は、1 Hz 差の刺激音を感受す るのには形態差が大き過ぎるがヘンゼン条まで の面積は均一であるので、共振畝の体積も均一 と見なせることも可能となる。. いただきたい。実際には、肉眼では視認困難な、 数ミクロンの短縮・膨張である。 このように細胞体が、共振して短縮・膨張する エネルギーの源泉は、言うまでもなく、刺激音と の共振から生まれてくる。 その共振の強いエネルギーを示す絶好の実例と して、手に持ったワイングラスが、持った人の口 笛と共振し、その瞬間に粉微塵に砕け散る芸当が 挙げられる。. 伝音機構を構成している組織のⅠ単位当たりの体 積は均一であった。 感覚毛に関するもう一つの問題は、配列が網目 状であることであるが、碁盤の目状に比べると、 狭いコルチ器内では、明らかに面積の節約になっ ている。 結局、20,000 個の外有毛細胞が担当する周波数. ワインが入ったワイングラスの固有振動と口笛 の周波数が一致した瞬間に生じる共振に耐えきれ ずに、ワイングラスが粉々に崩壊するほどに、共 振する力となるエネルギーは強力なのである。 もちろん、ワイングラスではなく、 固い錫製コッ プであれば共振するだけで割れないし、外有毛細 胞体も通常の共振では壊れることはないのは言う. は、20 Hz から 20,000 Hz まで、20 倍も違うが、. ま で も な い。も し Békésy が 実 験 で 使 っ た 130. 感覚毛の数はすべて同数であり、刺激音を伝える. dB であれば、破壊されることは実験済みである。. 蓋膜束の体積も均一であることが判明し、外有毛. なお、既述のように、W 字型に並んだ最長感覚. 細胞と蓋膜は、共振説には極めて好都合な構造体. 毛の上端は、蓋膜下面の上皮に固定されており、. であるといえる。. 下端は、若干の例外はあるが、非伝導性のクチク ラ層内で終わっている。. 機能. 従って、外有毛細胞感覚毛が、仮に何かを感じ. 個々独立して立っている外有毛細胞は、刺激音. 取ったとしても、それを自らのオルガネラに伝え. で振動しているリンパ液中で、その刺激音の周波. ることができない構造である。従って、蓋膜が基. 数と自己の固有振動数とが一致すると、Helmholtz. 底膜と共振して聴覚が起こるという従来の説は絶. が言う容積共振が自然に発生する。. 対に通用しないといえる。. その共振で、細胞体壁内に組み込まれている. さらに、中枢向けの求心性神経も、全体のわず. モーター蛋白プレスチンが活性化されると、細胞. か 5 %が配分されて、しかも 1 本の神経が 10 個. 体長は、刺激音圧に比例するミクロン数に従った. 以上の外有毛細胞を重複支配している。従って、. 長さに短縮し、体膨張が起こる。. 各外有毛細胞が、個々に何らかの音情報を得たと. この細胞体の縦に短縮し横に膨張するのは、容. しても、それを単独に中枢へ伝達することも不可.

(7) 森満=新聴覚機構論:外有毛細胞共振説の提唱. 85. 能なのである。 要するに、外有毛細胞は、音刺激でプレスチン 性短縮を起こし、連鎖的行動が起こったとしても、 それを聴中枢へ報告することは不可能であり、外 有毛細胞の使命は感音系ではないと断言できる。 なお、ヒトの外有毛細胞の最長感覚毛の 25 本 は、蝸牛軸方向に開いた W 字型に並んで、蓋膜下 面に接着しており、残りの 100 本近くの短感覚毛 は、長さ順に 5 列に連結して、最長感覚毛を内側 から支えている。. 図7. 興味ある事実は、最長感覚毛が外有毛細胞頭頂 に W 字型に並んでいることであり、さらに何故 W 字型なのかと問われても、誰も答えられないこ とである。 しかしながら、共振説では以下に述べるように、. 外有毛細胞が基底膜と 60°傾き、感覚毛が体軸 と 30°傾いている理由 音刺激で体長が短縮すると 30°傾いている感覚 毛は、図に示すように外下方に移動する。蓋膜 下面に接着しているヘンゼン条も外下方に移動 すると、ここには、内有毛細胞感覚毛が興奮位 を取って接触を待ち構えている。. 筋の通った説明ができる。 仮に感覚毛が W 字型ではなく、横に I 字型に. 90°の垂直に立っていることである。. 並ぶとすると、感覚毛は 10 本も並ぶと、残りの. 以前に、何故感覚毛が体軸線に 30° 傾いている. 15 本は細胞頭頂からはみ出ることになり、蓋膜を. のか気になると書いた論文を読んだ記憶がある。. 十分に引き下ろせない事態になる。. その筆者は、感覚毛が、他の感覚細胞のように母. 蓋膜を強力に引き下ろすには、25 本全部の力が. 体に垂直に立っていないことを不思議に思ったの. 必要なので、字画の長い W 字型にならざるを得. であろうが、最終的には、外有毛細胞の感覚毛も、. ないのである。もしそれで不足であれば、現在の. 基底膜に対しては垂直に立って、引き下げ索の役. W 字の中央の突起が非常に小さいので、大きい. 目を果たしているのである。むしろ、60°と 30°に. M の字形なるであろう。ただし、この問題は若干. 傾いていることが、実は以下に述べるように非常. 理解し難いので、蓋膜の項で改めて詳細に説明す. に有意義なのである。. る予定である。 いずれにせよ、外有毛細胞の感覚毛は、実際は、. すなわち、共振説では、この二つの傾斜によっ て、外有毛細胞体が短縮すると、図 7 の薄線で示. 接着部位の蓋膜の強力な“引下索”であって、感. すように、感覚毛は蓋膜下面を、基底膜に対して. 覚毛という名は不適当に思われる。. 垂直方向だけでなく、横方向にも移動して、結果. しかしながら、周波数に劣らず重要な刺激音の 振動幅、すなわち音圧は、実は“引下索”を通っ て蓋膜に伝わっており、 伝音系機構の立場からは、. 的に、斜め外下方向に引き下げることになるので ある。 すると、そこには内有毛細胞感覚毛が待機して. 絶対に除外することはできないので、感覚毛の名. いて、互いに興奮位で接触することになるのであ. はそのまま使うことにする。. る(図 7 ) 。. 次の問題は、図 7 の濃線で示すように、各外有. この外有毛細胞の横方向と縦方向の移動で生じ. 毛細胞体は基底膜とは 60° 傾いており、感覚毛は. る、斜めの、外下方向へ短縮することの重要性は、. クチクラ板上では、細胞体軸線と 30° 傾いて立っ. ヘンゼン条の項でも、重ねて説明するので、記憶. ており、結果的に、感覚毛は基底膜に対しては、. しておいていただきたい。.

(8) 86. 耳. 鼻. 結論的に、外有毛細胞は、自らの固有振動数と. と. 臨. 床. 66 巻. 3号. ある。. 同じ周波数の刺激音だけと共振し、短縮し、感覚 毛(引下索)が固着している部位の蓋膜下面のみ を引き下げ、畝が形成される。. 機能 ダイテルス細胞の機能は、コルチ器をのせてい. 本項の総括である。. るとあるだけで、特に具体的な機能を掲載した文. 20,000 個の外有毛細胞は、自らの固有振動数と. 献は皆無であった。. 一致する刺激音とのみ共振することによって、複 数の純音で構成されている刺激音を、1 Hz 刻み. しかし、共振説の立場からは、図 8(b)に示す ように意義深いものである。. に、20,000 Hz から 20 Hz までの周波数に分別し. ダイテルス細胞の先端の皿に、夫々単独に乗っ. ている。これがすなわち外有毛細胞共振説の根源. ている外有毛細胞は、刺激音と同数の固有振動の. である。. 時のみに共振して、1 Hz 単位での綿密な周波数. その周波数別の刺激音の大きさは、共振の振れ. 弁別能を発揮する。. 幅としてμm 単位で感受されて、最終的には、後. 本体よりもはるかに長い指節突起は、その先端. 述するように、3,500 個の内有毛細胞が、中枢か. が外側に隣接した外有毛細胞のクチクラ層と連結. らのニューロンのシナプスに、それぞれ電圧:. して網状膜を形成しているので、コルチ器全体の. mV 単位で伝達することになる。. 構造は強固になっている。 従って、音刺激で外有毛細胞体が短縮する時、 乗っているダイテルス細胞本体が吊り上げられな. ダイテルス細胞 構造 ダイテルス細胞は蝸牛内の細胞としては、総数 が外有毛細胞と同じ 20,000 個であり、その構造 は下記のように特異的である。図 8 の(a)は無音 時のダイテルス細胞を中心とした略図である。. いように、 静止している隣の外有毛細胞と共同で、 母体のダイテルス細胞体を、基底膜上にとどまる ように押し付けている。その結果、共振し短縮す る外有毛細胞自体は、基底膜方向に短縮せざるを 得なくなっている。 結局、特徴的な指節突起は、母体のダイテルス 細胞体に乗っている外有毛細胞だけが、音刺激で. ダイテルス細胞の本体は基底膜の上に 60° に傾. ピンポイントに基底膜方向に短縮するように、ま. いて立っている。頭頂は皿状に窪んで、その皿に. た隣接している外有毛細胞がその短縮に引きずら. は外有毛細胞下端が乗っているが、両者間には、. れて基底膜方向に移動しないように、丈夫な支柱. 中枢からの聴神経端末がシナプスを作って挟まっ. の働きをしているのである。. ている。従って、両者間は絶対に離れないように、 互いに強固に連結されている。 また、細胞の先端近くからは、特異的な指節突 起が出ている。この突起は本体と外有毛細胞を越 えて上方に伸び、その先端を手掌のように広げて、 外側に隣接する外有毛細胞上端のクチクラ層と癒 着し、コルチ器の上面全体を覆っている網状膜形 成に参加している。 また、指節突起は、くの字状に曲がってずらり と並んだ状況は、機能が不明なだけに奇異的でも. もし指節突起が無いとすれば、隣接している外 有毛細胞も共に引き下げられて、母体に乗って共 振している外有毛細胞単独の任務は、全く果たせ なくなるであろう。.

(9) 森満=新聴覚機構論:外有毛細胞共振説の提唱. 図8. 87. ダイテルス細胞の無音時と有音時の態度 無音時には、指節突起は外側外有毛細胞クチクラ層に接着して、網状膜を形成している。有音時には指節突起は 母体の挙上を止めて、隣接外有毛細胞が引き下げられないように強く支えている。. 蓋. 膜. 構造. る。しかも上下に 3 本が一つに集まって固定され ているようにも見える部位もある。 図 10 は高坂による下から見た蓋膜である7)。. 蓋膜は、蝸牛軸からコルチ器を覆う屋根の庇の. 裸の太いコラーゲン繊維がぎっしりと並んでいる. ようであり、先端はヘンゼン細胞に固定された、. が、見ようによっては、W 字痕一つに、7 − 8 本. 平らな半透明の組織である。. のコラーゲン繊維が束を作っているようにも見え. 以前の蝸牛標本に提示されていた、先端がヘン. る。音刺激で外有毛細胞感覚毛 25 本が協力して. ゼン細胞から離れて跳ね上がり、断面で見ると非. 蓋膜下面を引き下げると、この 7 − 8 本のコラー. 常に分厚い紡錘形に短縮した蓋膜は、すべて組織. ゲン繊維が一本の棒に纏められて、ヘンゼン条を. 標本にするために生じた人工的変造蓋膜である。. 押し下げて、内有毛細胞感覚毛に接触させるので. 蓋膜は蝸牛下端から上端迄の全コルチ器を覆っ. あろう。. ているが、内部には動脈や静脈、神経線維が全く. 図 10 は、高坂による、ディープ・エッチング・. 認められない、非生命体組織である。従って、蓋. レプリカ法での、蓋膜内部の繊維の状況である7)。. 膜が独自に何らかの行動を起こすことは全く不可. 3 種類のコラーゲン繊維が観察される。. 能な組織である。 図 9 は、石山父子による新組織処理法を施した 蓋膜を上から見た写真である8)。. すなわち、蓋膜の主体である長い主繊維、その 主繊維間を斜めに繋いでいる細く短い短繊維、そ してこれら繊維間の摩擦を軽減するためと思われ. 従来の写真とは全く異なっているが、共振説に. る数珠玉状の小球が無数に散在しているのが見ら. とっては願ってもない、多数の細長く薄い膜で包. れる。前記の 7 − 8 本のコラーゲン繊維を纏める. まれた繊維束がずらりと並んでいるのが見られ. 役目はこの短繊維の役目と思われる。. る。. 蓋膜のキムラの膜部では、外有毛細胞感覚毛の. その包み束の外側先端は細く杭状に固められ. W 字形の痕跡が見られるが、この痕跡は、1 個の. て、ヘンゼン細胞に固定されており、その杭の総. 外有毛細胞の最長感覚毛 25 本の先端が、蓋膜上. 数は、外有毛細胞と同数の 20,000 本と推定され. 皮に接着していた痕跡である。恐らくキムラの膜.

(10) 88. 耳. 図9. 鼻. 蓋膜上面から見た房束と、その先端杭の固定状 況 20,000 個の房束が少し重なり合って並んでお り、房束の尖端は杭状に固められて、ヘンゼン 細胞上に固定されている。中には 2 − 3 本がま とまっているようである。写真は文献 8 より引 用。使用許諾は筆者が著者より得ている。 TM:蓋膜、MP:辺縁柱、MH:辺縁孔. 部の詳細な役目はまだ明らかでない。. と. 臨. 床. 66 巻. 3号. 図 10. 蓋膜下面からのコラーゲン繊維群と W 字状の 感覚毛先端の固定痕 裸のコラーゲン繊維 7 − 8 本が 2 列目の W 字 型の痕跡にグループを組んで並んでいる。音刺 激で、ヘンゼン条を押し下げて、内有毛細胞感 覚毛を興奮位で刺激する。左の写真ではヘンゼ ン条は破れている。写真は文献 7 より引用。使 用許諾は筆者が著者より得ている。 HS:ヘンゼン条 KM:キムラの膜. にも無いのである。. 外有毛細胞感覚毛の総数 100 本程は、長さ順に. しかしながら、共振説では、その不明な刺激伝. 整然と V 型に、7 − 8 列に並び、互いに細い繊維. 達機序を、以下のように明解に説明できるのであ. で連結されており、最長感覚毛が内側に倒れない. る。. ように支えているようである。. 外有毛細胞の最長感覚毛の上端は、蓋膜下面に. なお、この図の下部には、少し破れて内容物が. W 字形の痕跡を残しているように、固く固定され. はみ出ているが、一本の土手状のヘンゼン条であ. ており、下端は細胞体頭頂のクチクラ層内に固定. り、蝸牛下端から頂端まで付着している。. されている。 従って、刺激音に共振して外有毛細胞体が短縮. 機能 蓋膜の機能は、蝸牛内での位置や構造から考え ると、刺激音の周波数と音圧を、外有毛細胞から 内有毛細胞へと伝達する組織群と推定される。 しかしながら、その伝達の様式は、Dallos の嘆 きのとおりに、従来の機構説では全く不明のまま である。 何故なら、外有毛細胞の最長感覚毛の上端は、 蓋膜に W 字型に付着してはいるが、その毛根は 非伝導体であるクチクラ層内で終わっている。 従って、外有毛細胞体内のオルガネラとは直接に. すると、その細胞の感覚毛が接着している蓋膜下 面のみが、畝状に引き下げられることになる。 従って、その畝を共振畝と呼ぶことにした。 この共振畝は、痕跡の W 字形の横幅と略同じ で、その上面は構造上平らなはずである。 音刺激で、その共振畝ができると、蓋膜の下面 に十文字に交叉して接着しているヘンゼン条を、 押し下げることになる。 ここでの問題は、共振畝が発生する時の、蓋膜 内部での主繊維と短繊維の動きである。 高坂によるディープ・エッチング・レプリカ法. 接触できないので、情報を受け取る手立てが無い。. での図 10 を詳細に見ていると、音刺激で外有毛. また仮に何らかの情報が蓋膜下面の感覚毛から. 細胞感覚毛が蓋膜下面を引き下げると、蓋膜上面. 持って来られても、蓋膜が受け取れる手段が何処. はそのままで、内部の一束約 7 − 8 本前後の主繊.

(11) 森満=新聴覚機構論:外有毛細胞共振説の提唱. 89. 言い換えると、音刺激で押し下げられたヘンゼ ン条が接触する内有毛細胞感覚毛だけを、興奮位 で圧し付けることになる(図 11)。 要するに、外有毛細胞感覚毛は、細胞体のプレ スチン性短縮によって、蓋膜とヘンゼン条を押し 下げて、内有毛細胞感覚毛とを直接接触させてい るのである。 図 11. ヘンゼン条と蓋膜共振畝との交叉接触 矢印方向に隆起した共振畝とその下に押し下げ られたヘンゼン条である。左右の繊維は角状に 書いたが、図 9 のような円柱状の繊維束状かも しれないが、共振畝の背は水平である。. このような重要な任務遂行のためのエネルギー は、感覚毛が W 字型に固く接着してこそ確保さ れるのである。同時に、このような具体的な説明 ができることが共振説の正当性を裏付けることに もなる。 本項のまとめである。共振を起こした 1 個の外 有毛細胞体が短縮すると、その感覚毛が付着して. 維同士の間隔が広くなって、主繊維を束ねている. いる蓋膜下面部のみが、細長く固い共振畝になり. 短繊維は縦に伸びることになり、音刺激が止むと. 隆起し、十字状に交叉しているヘンゼン条を、斜. 短繊維は短縮して主繊維は互いに寄り添って共振. め外下方に移動させ、内有毛細胞感覚毛と興奮位. 畝は消えることになるのではと推測される。. で接触させているのである。. 図 10 では、長い棒状の主繊維は、音刺激でヘン ゼン条を水平に押し下げるためには、固い棒状で はないかと推測される。そして音刺激が止むと、 主繊維は元のレベルに復帰することになる。 このような固い蓋膜繊維による共振畝の働き は、ゴルフのクラブに例えると理解しやすい。す なわち、外有毛細胞感覚毛が W 字型に接着して いる共振畝の部分が、両手で固く握り締めたクラ ブのグリップである。両親指が W 字型の両辺で ある。感覚毛が付着していない部分がクラブシャ フトである。この形でショットすると、クラブ ヘッドでボールを強く打つことができる。しか し、手掌を浮かして、指先だけでグリップすると、 クラブヘッドを高く振り上げることは全く不可能 である。 結局、蓋膜の下面にあるヘンゼン条は、1 個分 の共振畝の幅で、それは外有毛細胞体幅と同じで あるが、押し下げられて、そこに並んでいる 1 個 の内有毛細胞感覚毛を押し下げることになる。そ の押し下げられた感覚毛だけが興奮することにな る。.

(12) 90. 耳. 鼻. へンゼン条 構造 ヘンゼン条は、蓋膜の内側端下面に、蝸牛の全. と. 臨. 床. 66 巻. 3号. 対立し論争し合っていた。 ところが、数年前、内有毛細胞感覚毛との接触 痕が、ヘンゼン条の何処にも見当たらないことが 確認されたことから、両者は接触しないというこ. 長にわたって接着している、細長く円柱状の組織. とで、両研究グループ間の合意が成立したとの、. である。種によっては、ヒトのように断面が楕円. やや興奮した声を耳にした。. 形のヘンゼン条もある。. そして、内有毛細胞の感覚毛は極めて敏感なの. 内部には、蓋壁と同類の屑状繊維塊が詰め込ま. で、ヘンゼン条と直接に接触しなくても、周囲の. れているだけで、血管や神経は見当たらず、素材. リンパ液の波動だけで、必要な情報を感受できる. 的には蓋膜と全く同じ非生命体である。. のである等と、やや結果論的で無理な説明も耳に. 現時点では、その機能が不明のために、文献的 には存在のみが記載されていることが通常であ る。 しかしながら、共振説にとっては、その存在位. した。 しかしながら、共振説でのヘンゼン条は、聴覚 機構論の中での最終段階として、極めて重要な機 能を担当している。. 置は極めて興味深い。何故なら、ヘンゼン条が、. すなわち、音刺激による外有毛細胞の短縮で形. 内有毛細胞の感覚毛から、わずかに数μm だけ、. 成された蓋膜共振畝が、蓋膜内側端で十文字状に. 斜め外上に離れて存在しているので、もし、両者. 交差しているヘンゼン条を、斜め外下方に押し下. が接触するとすれば、聴覚機構論上の大問題が解. げて、内有毛細胞感覚毛と直接に接触させている. けることになるからである。. のである。しかも、内有毛細胞感覚毛を興奮位で. 図 11 は、音刺激で生じた蓋膜下面の 1 本の共 振畝が、ヘンゼン条と十文字状に交差している状 況である。矢印は共振畝を示す。. 押し付けるように接触している。 この興奮位とは、1984 年に Pickles ら9) が、モ ルモットの大中小 3 本の感覚毛は、細い紐で連. この図で分かるように、内有毛細胞感覚毛と直. 結:tip link されていて、その連結紐が押されて緊. 接に接触するのは、本論文の始めに述べた蓋膜下. 張すると、興奮が高まり、弛緩すると興奮が弱ま. 面に生じる共振畝ではなくて、十文字状に交叉し. ると報告している、その位置である。. ていて、共振畝に押し下げられた部位のヘンゼン 条なのである。. 特に、音刺激によって、ヘンゼン条が内有毛細 胞感覚毛に接触すると、その感覚毛の先端がヘン. 従って、筆者が共振説を着想した時点では、蓋. ゼン条に突き刺さるような接触痕は当然残らない. 膜に生じた共振畝は直接に内有毛細胞感覚毛と接. し、薄いヘンゼン条被膜が破れるようなことも無. 触するというイメージであった。当時は、ヘンゼ. いのである。. ン条の存在が筆者の念頭には全く無かったためで. 結局、ヘンゼン条は有音時には、内有毛細胞の. あるが、同時にヘンゼン条が、これまでいかに影. 感覚毛と接触し、無音時には離れるという、極め. の薄い存在であったかを、如実に物語る事実でも. て単純で当たり前の動きをしているのである。. ある。. 僭越ながら、前述の接触派と非接触両派の論争 は、全く無用な争いであり、折角の両派の申し合. 機能. わせも、無駄であったと言わざるを得ない。. ヘンゼン条の機能に関しては、内有毛細胞感覚. ましてや、内有毛細胞感覚毛は極めて敏感なの. 毛と接触しているというグループと、接触してい. で、接触無しにリンパ液の振動だけで十分に情報. ないというグループとが、衆知のように長い間、. を感知できるとの苦しい説明も不要なのである。.

(13) 森満=新聴覚機構論:外有毛細胞共振説の提唱. 91. ここで重要なことは、内有毛細胞感覚毛に伝達. 機能しているのかは、発見者の Békésy や内外の. されるのが、音の振動ではなくて、接触度に応じ. 研究者と同様に、筆者らも全く分からないままで. た高さのアンペア(A)の電流で、ヘンゼン条か. あった。. ら内有毛細胞体内に流れ込んでいることである。. 以来、既に半世紀以上を経た今になって、よう. そして、内有毛細胞体内のオルガネラは、ラセ. やく共振説として、以下のように明確に説明する. ン神経節ニューロンのシナプスに、聴覚電気生理 学的な情報伝達を行っているのである。. ことができるようになった。 すなわち、蓋膜下面にあるヘンゼン条は、EP. 結局、ヘンゼン条は、血管条で発電された+ 80. によって+ 80 mV に帯電しており、音刺激で、− 60. mV の内リンパ電位(EP)を帯びており、内有毛. mV に帯電している内有毛細胞感覚毛と接触して. 細胞感覚毛との接触で電流回路ができると、− 60. 電流回路ができると、内有毛細胞体内へ CM と. mV に帯電している内有毛細胞体内に向かって、. なって流れ込むという説明である。. 接触度の強弱に適応したアンペア(A)の電流が 流れ込むことになる。. 結局、共振説では、血管条で作られた内リンパ 電位(EP)は、ヘンゼン条から蝸牛マイクロホン. この電流こそが、世界中の研究者が、長年月掛. 電位(CM)となって内有毛細胞体内に流入し、さ. けて今もなお、その発生部位を探し続けている、. らにラセン神経節細胞ニューロンのシナプスを介. 蝸 牛 マ イ ク ロ ホ ン 電 位(Cochlear microphonic. して、第 8 脳神経を伝わって、大脳皮質聴覚野に. potential:CM)なのである。. 伝達されるという、聴覚電気生理学的にも正しい. CM には、潜時がほとんど無い、不応期が無い. 説として、説明できるのである。. 等と不思議がられているが、ここで初めて発生す. また、Békésy が不思議がった、EP が音刺激に. る電流なので、潜時や不応期が無いのは当然であ. 無反応で、ヒトの蝸牛管全体が同じレベルである. る。. 事実は、蝸牛底部から頂部まで、すなわち 20,000. なお、既に前項でも述べたが、血管条で発電さ. Hz の最高音から 20 Hz の最低音まで、周波数と. れ て い る + 80 mV の 内 リ ン パ 電 位(EP)は、. は無関係に、平等のアンペア(A)で、聴覚中枢へ. Békésy が 1951 年に発見し、1952 年に測定値を報. 伝達されなければならないからである。. 告10),11) している。. 九州大学耳鼻咽喉科学教室の聴覚電気生理研究. しかしながら、彼は音刺激を加えても、EP が. 班での実験結果が、半世紀を経た今になって、自. 何の反応も示さないので、音とは無関係の電位で. らの新聴覚機構論:外有毛細胞共振説の中心的な. はないかと論文中に記述しているのが残念であ. 電位として活躍していることを、筆者自らが、こ. る。. こに報告できることは、正に夢のような喜びであ. 筆者らは、新説着想のバックグラウンドとして 述べたように、1962 年にモルモットの EP を測定. る。 なお、1951 年に Békésy が EP を発見した時に. して、蝸牛の基部から頂部迄の全内リンパ腔が、. は、特別に称賛されることは無かった。前項でも. 略同レベルの+ 80 mV に帯電していると、今でも. 述べたが、彼は EP 発見の報告論文に、音刺激に. 正しく、 かつ重要なデータの論文を発表していた。. 無反応の電位であるとのみ記載している。. しかし、当時は、内リンパ液が+ 80 mV に帯電. ここで、外有毛細胞共振説の立場では、CM の. しているのは、聴覚機構での重要な電源であるか. 発生部位はヘンゼン条と内有毛細胞感覚毛との接. ら、との先発研究者らの漠とした推測を、そのま. 触部位であることが明らかになり、彼が発見した. ま追認していた。. + 80 mV の内リンパ電位(EP)は、共振説では最. 具体的に、EP が蝸牛内の何処で、どのように. も重要な役目を担当しているヘンゼン条の+ 80.

(14) 92. 耳. 鼻. と. 臨. 床. mV の電位そのものであったのである。. 3号. 内有毛細胞. 話題は変わるが、1978 年に Kemp12) が発見し た誘発性耳音響放射(Evoked otoacoustic emis-. 66 巻. 構造. sion:EOAE)は、他覚的聴覚検査法として臨床現. 総数 3,500 個の内有毛細胞は、頸部が曲がった. 場では活用されているが、その臨床的評価は、発. フラスコ型である。しかも、その体形は、整然と. 生機序の未確定も加わって、やや低いように思わ. した外有毛細胞とは大違いで、かなり個体差が大. れる。しかし、その EOAE の実態は、共振説の立. きいのが特徴である。また細胞内は豊富な電気伝. 場からは見事に説明できる。. 導系のオルガネラが見られる。. まずヘンゼン条と内有毛細胞感覚毛とが接触し. 内有毛細胞は、 基底膜の内側縁より外に位置し、. ても、内有毛細胞体内オルガネラには音波の受理. 境界細胞と内指節細胞とが密着し、さらに内溝細. 機能が無いので、何の変化も起こらず、両者は全. 胞と内柱細胞とに、二重に取り囲まれている。. く無関係と判定できる。. 従って、仮に基底膜が振動しても、内有毛細胞自. しかし、耳音響放射として外耳道内に置いたマ イクロホンから記録されている音波は、まず内有 毛細胞感覚毛から、細胞体に密着している 4 種の. 体が独自に、その振動を感受する可能性は全く無 い。 体部はかなり傾いているが、頸部の曲がりで、. 支持細胞群に波及し、さらに骨ラセン板→蝸牛軸. 40 本ある最長感覚毛根は、クチクラ層を垂直に穿. →側頭骨→外耳道骨壁と波及して、外耳道内に置. 通してオルガネラと連携している。. かれた高感度マイクロホンに、音として感受され ていると説明される。 従って、Kemp によると、CM には潜時が無い が、EOAE には 10 ms の潜時があるという。そ れは、筆者が述べた前記のルートを伝わって外耳 道内に到達するまでに要した時間である。 30 − 40 dB 以上の難聴耳では、EOAE が陰性. なお、感覚毛はヘンゼン条とは数μm だけ、斜 め外下方に固定されているので、ヘンゼン条が近 寄ってこない限り、両者が接触することは不可能 な構造である。 また、逆に聴中枢からの求心性シナプスは、細 胞 1 個あたり 20 個が接着しているので、その総 数は 70,000 シナプスになる。. なのは、上記のルートをたどる間に、音波が弱い. 従って、20,000 個の外有毛細胞からの情報、す. ので消滅するからである。また二つの純音を同時. なわち電圧を中枢に伝達することになるが、 結局、. に負荷すると、和音や差音が聞かれるのも当然で. 外有毛細胞 1 個の情報はシナプス 3 − 4 個を使う. ある。. ことになる。結果的に、シナプス数が一定で無い. EOAE のお陰で、外有毛細胞共振説の信憑性 も、 さらに高く承認されるであろうと喜んでいる。 Kemp には深く御礼を申し上げたい。 結局、ヘンゼン条は、内耳内での伝音系機構の. ことになる。 しかし、ミクロン単位の体格厳守の外有毛細胞 とは違って、 内有毛細胞の大きさは一定ではない。 従って、大きい内有毛細胞は多くの、小さい内有. 最後の役目を担当している、プラス電位に帯電し. 毛細胞は少ない、音情報を管理することになる。. た非生命体である。内有毛細胞感覚毛と接触する. すなわち、大きい内有毛細胞は 4 個のシナプスの. と、それまでの刺激音は、電流と音波に分かれて、. ための情報を受け取り、小さな内有毛細胞は、3. 電流は内有毛細胞体内へ、音波は外耳道壁へと、. 個のシナプスのための情報を受け取っている。. 伝達されていくと結論される。. 内有毛細胞体の大きさが不揃いなのは困るので はと思われるが、共振説では、大小不揃いであっ ても全く問題は無いのである。.

(15) 森満=新聴覚機構論:外有毛細胞共振説の提唱. 大小 2 種類の内有毛細胞が、各シナプスには均 等に音情報が伝達されていることになる。構造の. 93. 報伝達を行うという仕組みができあがっているの である。. 範囲外の話であるが、この方が好都合なのでご了. その具体的証拠となる見事な動物実験がある。. 承いただきたい。. それは強大音響を負荷すると、外有毛細胞は壊. その外有毛細胞から提供される情報は、dB 単. 滅状態となるのに対して、内有毛細胞は略正常な. 位の音圧であるが、内有毛細胞には mV 単位の電. 形態を維持しているという、全世界からの数多く. 圧として伝達されて、ラセン神経節ニューロンの. の興味ある報告である。ところが、この結果の説. シナプスから、最終的には脳皮質聴神経細胞に分. 明が明確にできないというのが現状なので、関連. 配され、言葉や音楽に再合成されるのである。. 文献リストは省略する。. 機能. る。すなわち、外有毛細胞は、既述のように、音. しかしながら、共振説では簡潔明瞭に説明でき 内有毛細胞感覚毛は、20,000 個の外有毛細胞か. 刺激を機械的な振動として感受するので、強大音. らの共振性振動を、1 Hz 刻みで、ヘンゼン条から. 負荷で、壊滅状態にまで破壊されるのである。し. の電流、すなわち蝸牛マイクロホン電位(CM)と. かも、外有毛細胞は刺激音と共振するために孤立. して受け取り、中枢でも、1 Hz 単位での周波数分. しているのでなおさらである。. 析が行われる。. しかしながら、内有毛細胞は、電気的刺激とし. 次に重要な問題は、総数 3,500 個の内有毛細胞. て感受しているので、音刺激は全く平気なのであ. には、20,000 個の外有毛細胞からの、1 Hz 刻み. る。内有毛細胞は、4 種類の支持細胞で 2 重に厳. の刺激音が持っている情報、すなわち周波数別の. 重に取り囲まれているので、個別には全く振動で. 電圧を、聴中枢にまで正確に届ける業務が課せら. きない状態である。. れていることである。. 内有毛細胞の感覚毛は、ヘンゼン条から伝達さ. 1 個の内有毛細胞が 5 個の外有毛細胞情報を担. れてきた、電波と音波を共にキャッチはするが、. 当することにすると、3,500 × 5 = 17,500 で、. 電流は細胞体内へ流入していき、音波は支持細胞. 2,500 個の不足が起こる。しかし構造の部でも述. から周辺組織に波及し衰弱・消滅する。しかしな. べたが、内有毛細胞は大きさが違うので、2,500. がら、外耳道壁に波及した音波だけが、Kemp に. 個の大きい細胞には 6 個の外有毛細胞を担当させ. よって誘発耳音響放射として捕捉されたことは、. ると、問題は解決することになる。. 既に前項で述べたとおりである。. すなわち、内有毛細胞は− 60 mV の細胞内負電 位(intracellular negative potential:INP)に帯電 しており、Békésy が発見した、+ 80 mV の内リ ンパ直流電位(EP)に帯電しているヘンゼン条が、 音刺激によって内下方斜めに移動して、興奮位で 感覚毛に接触すると、電流路ができて、CM が発 生するのである。 このように伝達される情報によって、ヘンゼン 条までの刺激音の大きさ:デシベル(dB)から、 内有毛細胞での刺激電流の強さ:アンペア(A) に変わって、内有毛細胞体内のオルガネラが、ラ セン神経節ニューロンへ、聴覚電気生理学的に情. 以上で、外有毛細胞共振説での、コルチ器の構 造と機能の、部位別の検討は終わりとする。.

(16) 94. 耳. 鼻. 外有毛細胞共振説での新聴覚機構論 ヒトの聴覚機能として最も特筆すべきは、巻頭 で述べたように、1 Hz 刻みの極めて綿密な周波 数弁別能である。 その機能を説明できない Békésy の進行波説に. と. 臨. 床. 66 巻. 3号. ルーズで、0.1 μm3の体積の刻みを維持できずに、 1 つの刺激純音に、3 個が同時に共振しているか らである。列が違うと容積差も大きくなり、列別 に共振するので、正しく弁別できるのである。 従って、1 Hz の周波数差を間違いなく聞き分 けられる人、いわゆる絶対音感者の耳では、各外. 替えて、ここで新たに提唱する外有毛細胞共振説. 有毛細胞が、それぞれの振動数を正確に守って、. での聴覚機構論を総括的に述べてみたい。. 共振しているのである。. まず、上記の周波数弁別能である。 既述のように、外有毛細胞の総数は 20,000 個 で、最高可聴音周波数が 20,000 Hz なので、1 個 の外有毛細胞が 1 Hz ずつを担当して共振するこ とによって、周波数弁別が正確に行われる。仮に. なお、高齢者には絶対音感者がいないのは、加 齢とともに、各外有毛細胞体の容積差 0.1 μm3を 厳守できなくなるからである。 人は誰でも、程度の差はあるが、必ず最高可聴 音域から始まる加齢性難聴になる。. 1,000 Hz の純音を負荷し、コルチ器の中央部で 1. その発症の仕組みの説明は、従来の基底膜進行. 個の外有毛細胞が振動したら、その細胞の固有振. 波説では全く不可能なので、面倒な説明を免除さ. 動数が 1,000 Hz なのである。. れる、生理的難聴と替えて呼んでいる。. ヒトの声だけ聴いて、正確に個人識別ができる のは、各人の喉頭声帯から出された原音は、その ヒト固有の声道での共鳴や反響等によって微妙に. しかし、その生理的難聴でも、共振説では以下 のように簡単明瞭に説明できる。 すなわち、外有毛細胞体内の種々のオルガネラ. 変化し、そのヒト固有の声紋ができるためであり、. は、そのすべてが、全細胞体内に均等に配置され. 声紋は顔貌と同様に同一であることは絶対に無い. ているはずである。. からである。 この極めて微妙に変わった声は、1 Hz 刻みの. 従って、高音を担当する細胞ほど体容積が小さ いので、全オルガネラが、互いに近接して配置さ. 周波数別に判別されて、大脳皮質聴覚野に、一個. れることになる。しかも、高周波数であるので、. 人固有の声紋として、名前や顔の表情と 1 組に. 振動数も多く、振動速度も速いので、オルガネラ. なって、永久的に記憶されているので、よほど長. の接触摩耗度は高くなり、摩耗消失する程度も増. 期間たたない限り、判別を誤ることはない。. 強されるからであると、極めて簡単明瞭に説明で. 遺伝子が同じ一卵性双生児の間でも、誕生後の. きる。. 微妙な成長差によって、声の識別能は正確に発揮. 最近急速に適応難聴の範囲が拡大している人工. されており、大脳皮質には、この高機能発揮のた. 内耳は、加齢性難聴にも有効である。それは内有. めの神経細胞が無限に準備されている。. 毛細胞体の下半部を覆い尽くしている求心性神経. 内耳の構造が略同じ全哺乳類では、例えば数百. シナプスが、内有毛細胞体は死滅しても神経核内. 頭で集団営巣するアザラシ親子は、ヒトには一様. にある神経細胞の母体は、正常に生存し続けてい. に「ベーベー」としか聞き取れない鳴き声でも、. るからである。通常の音刺激は聞き取れなくて. 親子が相手を間違うことは絶対に無く、ヒトより. も、人工内耳からの電気刺激なら感受できるので. はるかに高い超高音域聴覚機能で鳴き交わしなが. ある。. ら安全に暮らしているのである。 ヒトの平均的な周波数弁別能が 3 Hz なのは、 多くのヒトで、1 列 3 個の外有毛細胞の体容積が. 細胞体長が長くて、細胞内オルガネラの振動時 の接触度や摩耗度が小さい低音域では、オルガネ ラは生涯無傷で、正確に活動し続けられるのであ.

(17) 森満=新聴覚機構論:外有毛細胞共振説の提唱. る。 また、アフリカのマバン族は、文明国人に比し. 95. ない超音波で互いに連絡を取り合っている。飼主 には何の音も聞こえないのに、膝の上で、彼らの. て、明らかにその加齢性難聴度が低く、高齢者で. 耳介がピクピク動く時、どんな音がしているのか、. も高音部が 30 dB 損失以下に維持されている。. 飼い主には些かうらやましい事態である。. その原因はいうまでもなく、生活環境・工場・交. しかし、車での来客をいち早く聞き取って、吠. 通機関・銃砲等々、日常の強大音によるオルガネ. えてくれるので重宝である。車のエンジン音に. ラの摩耗が全く無いためである。. は、ヒトには聞き取れない超音波が多く含まれて. リクルートメント現象と呼ばれる、Ménière 氏. いるのであろう。. 病特有の症状がある。これは蝸牛内リンパ液量が. 音響物理学や生理学、音響工学の基礎的研究領. 過剰になって、ヘンゼン条と内有毛細胞感覚毛と. 域は無限に広い。現時点でも、正常蝸牛には適応. の間隔が広がって、可聴閾値が上昇するからであ. しない Békésy の基底膜進行波説に惑わされて、. る。聞こえ始めると、検査音が既に大きいので、. 迷路にはまり込み、本共振説着想の発端となった. その後の大きさ感覚の伸びも速くなる。すなわ. Dallos のように嘆き、研究が停滞している音響関. ち、リクルートメント現象が陽性になるのである。. 連の研究者も少なくはないように思われる。. もし、Ménière 病が治ったら、リンパ液量が正常. 視覚の機構研究は終焉を迎えてから久しいよう. 化し、間隔も正常になり、リクルートメント現象. であるが、聴覚の機構論は今もなお、混迷状態で. も陰性になる。. ある。この新しい外有毛細胞共振説に基づいて、. しかしながら、高度の音響外傷で生じたリク. 再検討してみていただきたい。. ルートメント現象は、へンゼン条と内毛細胞感覚. 必ずや、旧説では説明困難であった多くの聴覚. 毛間の、過度の音刺激性摩耗や、ヘンゼン条被膜. 関連の難問題が、容易に解明されるのではないか. の擦り切れ等、内部の繊維が漏れ出て、間隔が広. と期待している。. がって発症する難聴である。しかも、音響性摩耗 やヘンゼン条の破れ等は、自然に回復することは 無いので、リクルートメント現象も生涯、消える ことはない。 「内耳アトラス」によると、 石山父子の著書8): 哺乳類の最高可聴域、 すなわち外有毛細胞総数は、 予想に反して、ヒトが 20,000 個で、哺乳類の中で は最も少ない。 犬や猫は 40,000 個台で、2 倍以上も多く、エ コーロケーションで餌を取っているコウモリは 110,000 個であると書かれている。 その理由は単純である。ヒトは極めて高度に発 展した言葉を持っているので、細胞数が少なくて 可聴音域が狭くても、相互間の会話には、20,000 個は極めて多すぎるくらいである。しかも、超音 波音域のみの鳴き声の人食い猛獣は、地球上には いないので安全である。 犬や猫達は 40,000 個台で、飼い主には聴こえ.

(18) 96. 耳. 鼻. おわりに この新しい外有毛細胞共振説は、2015 年に著名. と. 臨. 床. 66 巻. 3号. し、ヘンゼン条から伝わってきた CM を、電気的 興奮として聴覚中枢からの求心性神経シナプスに 伝えている中継細胞である。. な聴覚学研究者 Dallos の、感音系機構のみに固執. 一見すると、内・外有毛細胞はほとんど同類に. した嘆きと、筆者の脳裏に、中学生時代に芋畑で. 見えるが、 機能的には全く別の細胞である。特に、. の雑草の根土のイメージとが重なって、まさにセ. 外有毛細胞は、聴覚中枢とは、解剖学的にも別個. レンディピタスに生まれたと思っている。. の構造なのに、今日まで世界中の研究者が、その. 以来 5 年間、文献を探索して得られた哺乳類蝸 牛の諸々の機構が、矛盾なく見事に共振説と合致 するので、 「外有毛細胞共振説」の名の下に、2017. 事実を無視し続けてきたことは、極めて重大な失 態であったとしか言いようがない。 一方、新説を提唱するのに、旧説を無視するこ. 年以来の国内聴覚関連学会:日本耳鼻咽喉科学会、. とはできないので、本説着想の直後に、Békésy. 日本耳科学会、日本聴覚医学会、日本音響学会の. の原著論文を入手して検討した。ところが、極め. 4 学会で主張してきた。. て驚異的な内容の論文であった。. バックグラウンドとして重要な、根土が盛り上. 彼は、死亡直後で死後硬直の無いヒトの蝸牛の. がった雑草が感覚毛であり、その感覚毛が蓋膜下. 前庭階骨壁に広い観察窓(第 3 の窓)を開けて、. 面に共振畝を作るという、蝸牛内での新しい伝音. 蝸牛には絶対に不可欠のコルチ器と蓋膜を撤去し. 系的機構の着想が重要なキーポイントであった。. て、基底膜だけを残し、さらに振動しやすいよう. 結局、20,000 個の外有毛細胞が夫々に、刺激音. に基底膜を弛ませるという、信じられない程の大. と共振することで、複雑な刺激音を 1 Hz 刻みに. 改造を加えたことを、図入りで詳細に明示してい. 識別する素晴らしい音覚細胞であった。. た。. なお、確実に聴覚細胞である内有毛細胞には、. しかし、このような大改造を加えた手術図を見. 外有毛細胞からの刺激が、そのままの音波として. たら、医師、医学生はもちろん、理系学生なら、 「こ. は伝わらずに、ヘンゼン条を介した電気刺激であ. れは正常蝸牛を模した実験では無い」と気付くだ. る CM に成り代わって、伝えられているのであ. ろうと思われる程に誤った実験であった。何故、. る。. 当時の聴覚専門の研究者が気付けなかったのか不. 内有毛細胞体内の陰性荷電も、今日まで半世紀 以上、誰にも気付かれずに隠れていた重要な電位 なのである。 外有毛細胞は、聴覚中枢との求心性神経が配備. 思議である。 なお「互いに逆走する波動に挟まれた膜は波動 しない」 、 「表裏を同方向に風が吹く時にのみ旗は はためく」という物理学の初歩的な原理・原則も. されていない聾細胞である。音刺激で生じたリン. ある。また、蝸牛は 1 本の管を折り曲げた形で、. パ液の振動数と、自らの固有振動数が一致した時. 両端の前庭階膜と鼓室階膜は互いに逆位相で振動. のみ、共振して体短縮を起こしているだけの、単. するので、間に挟まれている基底膜は振動しない. 純だが精巧な振動体であった。その短縮で、感覚. のが、上記の物理学の原理・原則である。. 毛が蓋膜を引き下げて共振畝が生じ、ヘンゼン条. ここまで論議を進めてきて、はたと気付いたこ. を押し下げて、内有毛細胞感覚毛を興奮位で押し. とは、前庭階と蝸牛管に挟まれているライスネル. 付けているのである。. 膜が、前庭階と蝸牛管に挟まれて、同位相で振動. 一方の内有毛細胞は、単離状態で音を与えられ. している事実である。. ても、音を感受するオルガネラを持っていないの. これで、Békésy の実験そのものが、物理学の. で、何の反応も感じ取れない聾細胞である。ただ. 原理・原則に従えば、既に明白な答えが出せるの.

(19) 森満=新聴覚機構論:外有毛細胞共振説の提唱. で、全く無駄な実験であったともいえる。 彼は、誤説として葬られた、Helmholtz の基底. 97. 当時は持っていなかった。 要するに、巻頭で述べたバックグラウンドが、. 膜振動説を信じ込んで、何とかして基底膜を振動. 当時は未熟であったので、平気で原著確認を怠っ. させたいと、蝸牛に大改造を加えたのであろう。. たのであろう。. 改め て、こ の 物 理 学の原理・原則を無視した、. 現在、Békésy 説の間違いを実証した論文13) を. Békésy の基底膜進行波説を新発見と信じ込ん. 出版すべく投稿中であるが、唯一の救いは、遅ま. だ、前世紀後半の聴覚機構研究者達と、叙勲を決. きながら、誤説訂正のために必要な新説:外有毛. めたノーベル委員会の責任が共に重く問われるこ. 細胞共振説を、こうして筆者自身が提唱できたこ. とになる。. とである。. しかしながら、委員会は、Békésy の論文発表. 本論文で、外有毛細胞共振説の正当性は十分に. から、15 年間という長い待機期間を置いている。. 保証されたと思っているが、この新説の下で、改. その間に、関連学会から反対論や新説が全く出て. めて現在研究中のプランを見直せば、多くの研究. 来ないし、現在は数編の追試・賛成報告もあるの. が中止されたり、急速に進展するはずと思ってい. で、安心して叙勲したのであろう。. る。. 哺乳類の聴覚機構は既に見事に進化を遂げて完 璧に活動中であるので、聴覚機構論の正誤とは無. 諸氏の追認、そして補足を心から願っている。 なお、文献は引用した数編のみにとどめ、無数の. 関係であると巻頭でも述べた。やはり、多くの聴. 特に内容が否定的事項に属する文献は、 参考文献、. 覚機構の研究者が、彼の間違いに気付きながらも、. Békésy のみにして掲載を止めた。ご了承いただ. 実害が無いので怠けてしまって、新説を出さな. きたい。. かったのが悪かったと言うしかない。この失態は 筆者にもあったことは否めない。 このような、他の領域では絶対に起こらないと 思われる程の、医学史上の大失態を招いた最悪の 思い込みがある。それは「外耳と中耳は伝音系、. 謝. 辞. 米寿を超え卒寿が近い。耳鼻咽喉科臨床医、聴. 内耳は感音系の担当」である。この単純な思い込. 覚電気生理学・聴覚機構研究者として、恐らく最. みこそが、聴覚学研究史上の最高の失態の素で. 後となる新説:外有毛細胞共振説の筆を置くに当. あったと思う。内耳にも伝音系機構があったので. たって、多々引用させていただいた高坂、石山両. ある。. 先生への謝辞を申し上げたい。また九州大学耳鼻. 実は、筆者自身も、医学部耳鼻咽喉科学教授と. 咽喉科学教室の故河田政一元教授、故広戸幾一郎. して在任中の自著教科書(1987 年)に、彼の進行. 元教授の御指導、電気生理実験班の森園哲夫元教. 波の図を転載して、学生に基底膜進行波説の講義. 授、さらに本誌「耳鼻と臨床」の主幹中川尚志教. をし続けてきた。退職後の最近になって急遽改版. 授の御助言に深謝し、九州大学・宮崎医科大学・. したが、真に忸怩たる思いである。. 宮崎大学医学部耳鼻咽喉科学教室の小宗静男元教. なぜ、30 年前の教科書執筆時に、著者・教育者. 授、東野哲也教授、松田圭二元准教授そして全教. として、他者執筆の事項を引用する時の原則であ. 室員医師・職員、さらに宮崎大学工学部教育研究. る、原著確認を怠ったのか、真に悔やまれてなら. 技術支援センター安井賢太郎班長の蝸牛模型実験. ない。しかしながら、当時は臨床業務や教育に忙. でのご支援に、心から深く感謝いたします。. 殺されていたし、ノーベル賞の権威も意識してい たし、 反対論提唱の必須条件である確たる新説も、.

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