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南アジア研究 第23号 004中川 加奈子「食肉市場の形成とカースト間関係の変容」

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執筆者紹介

食肉市場の形成と

カースト間関係の変容

─カトマンズ盆地における「カドギ」の商実践を中心に─

中川加奈子

なかがわかなこ●関西学院大学社会学研究科大学院研究員 文化人類学、地域社会学、 ネパール地域研究 ・中川加奈子、2006、「地域文化の再編成における媒介者の役割―滋賀県豊郷町の江州 音頭を事例として―」、『ソシオロジ』、51–2、3–19頁。 ・中川加奈子、2008、「調査対象者と分かちあう―ネパールの肉売りカーストとの対話―」、 武田丈・亀井伸考(編)『アクション別フィールドワーク入門』、世界思想社、80–93頁。

1 はじめに

本稿では、カーストを横断して多様な人々が新規参入しつつあるネ パールのカトマンズの食肉市場を事例として、市場を介したカースト間 関係の変容を明らかにする。その際、カトマンズの先住民族である「ネ ワール」の社会において、カーストに基づく役割として家畜の屠畜・解 体や肉売りを請けおってきた「カドギ」1に焦点をあてる。カドギは食肉 市場の形成に伴い、ネワールのカドギ以外の他カースト、ムスリムなど と新たな関係性を築きつつあることから、以下、カドギからみたカース ト間関係の変容の過程を検討する。 ネパールでは1951年にラナの専制が崩壊し、以後、1990年、2006年 と大規模な民主化運動が生じた。2008年5月には、ヒンドゥー教を国教 とする立憲君主制から世俗主義の連邦民主共和制に移行した。これら一 連の民主化プロセスとともに、市場経済の導入、それに伴う生活の近代 化も推し進められており、カースト制度に象徴される従来の社会秩序や それに伴う規範意識などが、現在大きく揺らいでいる。 カーストの原理について、デュモンは、浄/不浄の観念に基づくヒエ ラルヒーとし、すべての社会事象は最終的に浄/不浄イデオロギーに よって包摂されるという階層的二項対立に基づく統一的理解を示した

(2)

[デュモン

2001

]。これを受けてモファット[

Moffatt 1979

]は、不可触 民が高カーストの儀礼を模していること、デュモンが指摘した浄/不浄 の観念が彼らの世界観も支配していることを示した。 デュモンが示したカーストの浄/不浄二元論に対して、これまでの事 例研究から、カーストの差異は、既得権益や政治参加権を確保するため 等、現実世界を生きる当事者たちにより、新たな価値を見出されている ことが指摘された。例えば、篠田は、清掃人カーストたちが雇用保障の ための圧力団体としてカースト団体を結成していることを指摘している [篠田

1995

2。また、田辺は、低カースト民らが地域政治における平等 な権利を主張するために、それぞれのカーストの差異に基づいた「義 務」、「奉仕」、「配分」といった伝統的な役割分担に関する言葉を用いる 様相等を捉えた[田辺

2006: 109

]。これらを踏まえて、供犠実践など儀 礼面においてカースト間で「分有」されるとする「実存のレベルにおい て、すべての生命は平等であるという普遍的価値」[田辺

2010: 19

]が、 民主政治などの場面においても体現されているとし、デュモンのカース ト浄/不浄二元論に回収されない、「存在の平等性」という価値に基づ いた下からの社会再編のダイナミズムを捉えている。 また、これまで政治・経済・社会の重層的な要因によって、カースト 間関係の変化が引き起こされる様相についての実証的研究がなされて きた。関根は、タミルナードゥ州政府が不可触民優遇策の一環として設 立を支援したミルク生産者共同組合の活動において、政治がカーストの 内外の壁を横断している状況があり、その中で個々の不可触民は、意識 的か無意識的かは別にして、所与の社会的条件を利用可能な「社会的資 本」として勘案し、戦略的に操作している現象を指摘している[関根

1995

301

331

]。また、カトマンズ盆地のネワール村落を調査した石 井は、農業生産性の向上により経済力をつけ、自信をつけたジャプ(農 民)・カーストが、上位のシェショー(役人、商人等)・カーストに対抗 する動きを見せたこと等を報告した3。市場経済が村の中に浸透してく ることにより人々が従来の社会的紐帯を離れたところで個別に生計の 資を得て、利潤を追求することができるようになり、社会の変化も生じ ているのである4。ここにおいて「経済は社会に埋め込まれている状態か ら離床し、逆に社会をその論理の中に巻き込んで行く」のであり、それ は、「社会配置をも再編成するに至る」としている[石井

1980: 268

]。こ

(3)

のように、カースト間関係は、政治・経済活動などそもそも「カースト 間関係の再解釈」を第一義目的としていないようなカースト横断的活動 により変化していく側面をもっているのである。さらに、石井は同村落 における1970年から1996年までの調査データを比較検討し、市場経済 の影響に伴い、特にサービス業に従事するカーストが、カーストに基づ いた仕事を再開する傾向にあること等を報告しつつ[

Ishii 2007

]、カー スト間関係が「伝統的なカースト間の相互依存関係ではなく、市場経済 に仲介されたカーストにもとづいた仕事の区分」へと変容しつつあるこ とを指摘している[

Ishii 2007: 126

]。 本稿では、市場経済の浸透による影響を特に強く受け、かつ、これま で主に低カースト民たちが従属的に請けおってきたサービス業におい ては、どのようなカースト間関係の変化が起きているのかを検討する。具 体的には、2005年から断続的に実施してきた首都カトマンズでのカドギ のコミュニティでの現地調査5に基づき、食肉市場の形成と展開を検討 した上で、屠場・家畜市場・肉屋の店頭での仲買・雇用者・顧客との日 常的なやりとりを、カドギとネワールの他カースト、特にムスリム等、カ ドギの人々からは「カースト」と捉えられる人々との関係性に注目しな がら検討していく6。結論をやや先取りすると、カトマンズではカースト を横断した食肉市場が形成されており、その中で、結成当初は食肉業組 合としての役割が中心的であったカースト団体である「ネパール・カド ギ・セワ・サミティ(以下

NKSS

)」が、カースト・イメージを再解釈す るエージェントとして立ち現われており、市場での変化をカースト間関 係の中に反映させる際の媒体となっている。以下、その内実を具体的に 検討していきながら、食肉市場の形成とそれに伴うカースト間関係の変 容を明らかにする。その上で最後に、事例から展望できる可能性につい て考察を加えたい。

2 調査対象の概要

2–1 対象社会の概要 首都カトマンズ市が位置するカトマンズ盆地(直径25

km

7は、ガン ジス川上流のバグマティ川などが流れ、農地に適した大地が広がってい る。中世より先住民ネワールの王朝が築かれ、これは1768年のプリトビ ナラヤン・シャハによるネパール「統一」まで続いた。以後、数度にわ

(4)

たる大規模な民主化運動等の政治的な変遷を経て、市場経済が国内に 浸透しつつあり、地方から現金収入を求めてカトマンズを中心とした都 市部に移住するものが急増している8。さらに、1990年代後半のマオイ スト武装蜂起以後、地方の治安が悪化したことも追い討ちをかけ、多く の地方農村からの避難民が首都カトマンズに移住した。新規住民を飲み 込みながら街の外延は急速に拡大しつつあり、政府推計ではカトマンズ 盆地の人口は200万人を突破している。他方で、旧市街地の住民の構成 は、ネワールが中心である。 ネパールの人口は2643万人9である。全人口に占めるネワール人口の 割合は、2001年の国勢調査では5

.

48%である。ネワールは、本稿で対象 とするカドギを含む複数のカーストにより構成されている。 対象社会のカースト秩序に対しては、過去、国家レベルの政治的な力 が強い影響を与えた経緯がある。14世紀後半、ジャヤスティティ・マッ ラ王は、当時カトマンズ盆地に住んでいた人々を36カーストに分類した [

Gellner 1999: 8

]。カドギは水牛の屠畜や太鼓の演奏を割り当てられ、袖 付きの服を着てはいけない、瓦葺きの家に住んではいけない等の制限が 課された[

Gellner 1999: 268–269, 270–277

]。 ラナ専制下である1854年に発布されたムルキアインは、1963年により 先進的なものに置き換えられるまで、ネパール初の国定カースト序列と なっていた。

Höfer

は、ムルキアインがネパールのすべての民族、カー ストを、⑴ 聖紐の使用者、⑵ 奴隷化することができないがアルコール を飲むもの、⑶ 奴隷化することができアルコールを飲むもの、⑷ 不浄で あるが「可触」、⑸ 不可触、の五つへと分類したことを指摘した[

Höfer

1979

]。また、

Höfer

によると、独自のカースト秩序を有していたネワー ルも、このヒエラルヒーの中に取り込まれており、カドギは、「ネワール の屠畜従事者」として⑷ に位置づけられ、上位カーストが水を受け取れ ない「不浄」カーストとされている。さらに、ムルキアインは、従来ヒ ンドゥー教徒ではない民族、外国人をも序列づけており、ムスリムや欧 米人は⑷ のカーストに、チベット系民族(タマン、シェルパ、その他チ ベット系民族)は⑶ のカーストに、それぞれ位置づけている。 2–2 カドギ・カーストの動向 カドギのカトマンズ盆地での人口は、12

.

5万人程度10とされており、ネ

(5)

ワール社会では比較的人口の多いカーストである。カドギのコミュニ ティーは、旧市街地の境界を示す市壁に沿って設置された数ヶ所の門の 内側に点在している11 カドギのカーストに基づく役割として、石井は、おもにシェショー(役 人等)、ジャプ(農民)カースト等を相手に⑴ 肉を提供する、⑵ 水牛の 生贄を行う、⑶ 音楽で葬式とまつりを先導する、⑷ 結婚式において花 嫁を運ぶ、⑸ へその緒を切る(女性の役割)、また、全村を対象に⑹ 出 産と臨終に伴う廃棄物を廃棄する、⑺ 村のメッセンジャーを挙げている [

Ishii 1999

]。この石井の指摘に加え、カトマンズの旧市街地区のカドギ にみられる役割として、女神タレジュへの供犠が挙げられる。カトマン ズでは、ジニマナェ(

jhi

nimha n

ā

y

)と呼ばれる12名のカドギが、ダ サイン祭を中心としたタレジュへの家畜の供犠を王宮内や市街地に点 在するタレジュの廟で実践している。 ネワールには、雄の家畜(アヒル、鶏、羊、水牛、ヤギ)を、人生儀 礼や年中儀礼において神々に供犠する慣習がある。カドギは、寺院に常 駐したり、儀礼に呼ばれたりして、人々が神々に捧げるために連れてき た家畜の供犠を実践している。 カドギが神々への供犠を請け負うことになったことの理由として、ネ ワール社会に流布し、また、カドギ自身も語っている伝承がある。これ によると、14世紀前半に北インドよりカトマンズ盆地に遠征し、タレジュ 信仰をカトマンズ盆地に持ち込み、強大な政治的影響力を及ぼしたハラ シンハ・デーヴァ王の一行が、カトマンズへの道程で餓えに苦しんだ際、 一行を餓えから救うため一頭の水牛を屠畜した男がカドギと呼ばれ、以 後その男の子孫がカドギ・カーストになり屠畜を請け負うようになった とされる。 カドギの主な稼業は肉売りである。肉売り以外には、小売業、小作、 タクシードライバーなどに従事するものが多い。市場経済の浸透に伴 い、カーストに基づく仕事以外に就く機会が開かれているが、カドギの 場合は肉売りをやめるものよりも、もともと違う仕事をしていたが肉売 りを再開したもののほうが現状としては多い。 カドギは1973年、カースト団体として

NKSS

を結成した。当時、水牛 市場での価格交渉においてムスリムの仲買とカドギとの諍いが頻発し ていた。それまで個々に交渉していたカドギが、連帯して家畜市場での

(6)

交渉を有利に進めるために

NKSS

結成に至ったのである。2010年現在、

NKSS

は国内の28ヶ所の郡に58の支部をおいている。年に一度カドギの 全国総会を開催し、年に数度会報も発行するなど、

NKSS

はカースト内 の情報交換の拠点となっている。

3 カトマンズの食肉市場

本節では、爆発的に人口が増えている首都カトマンズにおいて、食肉 市場がどのように形成されてきたのか、カドギやカドギ以外の個々の カーストがどのように食肉市場に関わってきたのかを概観する。 3–1 拡大する食肉市場 ネパール農業協同組合省の調査によると、主要経路であるタンコット 経由でカトマンズ盆地に運び込まれる1日あたりの食用家畜の数はそ れぞれ水牛約270頭、ヤギ約650頭、鶏約6300羽である(表1)12。他に もカトマンズ盆地への入り口があるので、実際には1日あたり流通して いる食用家畜の数はこれよりはるかに多いといわれている13。同省によ 表1 タンコットチェックポイント経由で盆地内に運搬された家畜量 家畜の種類 個体数 個体あたりの肉量(㎏) 総量(MT) 水牛 106,656頭 158.75 16931.65 ヤギ 236,600頭 21.79 5155.51 鶏 2,299,000羽 1.50 3316.50 ネパール農業協同組合省家畜市場促進局 2008 / 09 年度報告書(原文ネパール語)より筆者作成。 表2 国内食肉生産量の推移 (単位MT) 家畜の種類 1990年 1996年 2000年 2004年 2008年 水牛 95,312 113,482 124,848 138,953 156,627 羊 3,029 2,900 2,856 2,744 2,711 ヤギ 29,372 34,550 37,769 41,698 48,472 豚 10,242 12,374 15,239 15,724 16,992 鶏 9,138 10,671 13,259 15,461 16,662 アヒル 254 290 287 237 226 計 147,347 174,267 194,258 214,817 241,690 ネパール家畜統計各年版(ネパール農業協同組合省)より筆者作成。

(7)

ると、1990年比で2008年の食肉の生産量は、約1

.

64倍に急増している。 これらの食肉市場拡大を受け、カトマンズ盆地では食肉小売店が急増し ており、同省の見積もり14によれば、2010年現在15で3300件程度の食肉 小売店がある。以下、家畜市場協同組合、食肉小売店協同組合、政府 当局16等への聞き取りより整理した、家畜ごとの市場の特徴を述べる。 3– 1– 1 水牛定期市の発達と仲買制度の導入 1900年前後に、カドギのある一族が家に電話を引き、電話での発注に よるインドからの水牛の輸入をはじめ、1930年頃には同一族がカトマン ズ郊外のタンコットに週2回の水牛の定期市を形成した17。具体的な流 れとしては、まず電話でビールガンジ付近に住むムスリムの仲買に必要 な頭数の注文をだし、次いで仲買がインドのネパール国境付近で飼育さ れた水牛を集めて一族が雇った運搬人に引渡す。その後、運搬人は徒歩 で4~5日かけて定期市まで運搬し、これを定期市で他のカドギたちが 購入するという流れになっていた。なお、定期市を利用せず、各自でイ ンド国境まで水牛を買い付けにいくカドギも多かった。1960年頃の取引 の様子を知る者によると、当時は、カトマンズ盆地に搬入されていたの は、1日あたり30 ~ 40頭程度であった。 その後、水牛の運搬にトラックが使用されるようになり、定期市で扱 う水牛の頭数が増えた。1995年頃から水牛市はよりカトマンズ中心部に 近いサトゥンガル村に移動した。現在、インドのウッタル・プラデシュ 州(以下UP州)の飼育農家から第一の仲買が購入し、いったんネパー ル・インド国境付近のネパール側で週2回開催されている水牛定期市18 で売買されたあと、第二の別の仲買が、同様に週2回開催されているサ トゥンガル村の水牛市場に運搬するという流れができている。仲買の多 くはムスリムである。カドギは、仲買の手数料削減のために直接国境の 定期市に出向くこともあるが、多くの場合は、サトゥンガル村の水牛市 場を利用する。 家畜市場で売買された水牛は、カドギのコミュニティ内にある屠場19 運び込まれ、早朝、屠畜・解体された後、その日のうちに小売店(肉屋) で売りさばかれる。冷蔵庫が設置されていない肉屋が多いので、解体後 の肉を一日で売りさばく方針が定着している。水牛市場での水牛の購入 から屠畜・解体までをカドギが独占しており、水牛肉を扱う肉屋の店主 にはムスリムやチベット系民族もいるものの、カドギが圧倒的に多い。現

(8)

在、カトマンズ盆地には、1000軒程度の水牛肉の小売店がある。 3– 1– 2 ヤギ・鶏市場への高カーストの参入 ヤギ肉市場については、1980年代までは、国内農村地域から飼育農家 が徒歩でヤギを運搬し、消費者20が直接買い入れていた。1980年代以後、 ヤギの運搬にトラックが使われるようになったことをきっかけに、市場 がカトマンズ盆地の西部、中心部に3ヶ所設置された。現在、カトマン ズ盆地の市場に入ってくるヤギの大部分がインド産である。水牛同様、 インドの

UP

州の飼育農家からムスリムの仲買人がヤギを買い、トラック で市まで運搬する。市でヤギを買う人々には、寺院で神々に供犠するた めに買い付けにくる一般市民もいるが、小売業者が購入したヤギは各小 売店で屠畜・解体され、販売される。現在、カトマンズ盆地では、1200 から1500軒程度のヤギ肉の小売店があるといわれるが、近年、ヒン ドゥーの高カーストもヤギ肉の小売への参入を始めており、ヤギ肉小売 店店主のカーストは多様化しつつある。 同様に鶏市場においても、1980年代に、ブロイラーの飼育、屠畜・解 体、加工までを一括して請け負う企業が設立され、現在、大手3社がカ トマンズ盆地のブロイラーの流通をほぼ独占している。もっとも早くに 設立されたV社の経営者によると21、V社がブロイラーを始めたのは 1983年、会社登録したのは1985年であり、鶏肉屋はカトマンズで10 ~ 12軒程度のみだった。当時、消費者自身が育てた地鶏を自身で解体する ことが一般的であったという。現在、カトマンズ盆地には1000軒程度の 鶏肉屋があるという。養鶏農家はカトマンズ盆地近隣の農民であり、 カーストは非カドギであるジャプやシェショーも含むネワールやタマン など多様である。雛から2ヶ月飼育したのち企業がトラックで回収し、加 工工場に集めて解体し、羽を取り除いたあと各小売店に引きわたす場合 と、生きたまま各小売店に引きわたす場合とがある。鶏肉の小売店店主 もヤギ肉同様、新規参入するカーストが増えている。 3– 1– 3 豚肉の食用化 ネワール社会において、ネパール在来のスングル(黒豚:

su

gur

)は、 食用にふさわしくない穢れた動物とみなされてきた。ネパールでは、主 に東部丘陵部に住むライ、リンブーが食用としてきた。豚肉が市場に出 回るようになった転機は、1970年代に、ニュージーランドからネパール 政府に対して、サンプルとして白豚が提供され、政府がネパール在来の

(9)

バネル(猪:

banel

)と白豚を掛け合わせて新たに猪豚を作ったことで ある。その後、市場において、猪豚はバングル(猪豚:

ba

gur

)と呼 ばれ、在来のスングルとは別ものであることを強調して売り出された。現 在、実際にはバングルに加えてスングルも店頭で販売されているもの の、その際にはスングルに「黒いバングル」という商品名がつけられて いることが多い。養豚業者はカトマンズの近隣農家であり、養鶏と同様、 現在では養豚業者のカーストも多様である。養豚業者から小売店が直接 豚を買い入れ、各小売店で解体して販売する。店主はカドギが多いがラ イも数名いる223–2 食肉小売業への多様なカーストの参入 以上検討してきたとおり、カトマンズ盆地における食肉の流通システ ムは、個々の品目により異なる。比較的、近年になって成立したヤギと 鶏の市場においては、カドギが多数派ではあるものの、ムスリムやチベッ ト仏教徒、ヒンドゥー高カーストなど、多様な人々が参入している。ま た、穢れた動物としてカトマンズでは食用とされてこなかった豚肉を食 べる習慣が、1970年代の品種改良を経て急速に浸透しつつあり、以前は、 豚肉を食べなかったヒンドゥー高カーストも、近年は食べるようになり つつある。他方で、水牛は、古くから定期市を介した流通システムがで きており、カトマンズの市場での買付けから屠畜・解体までをカドギが 独占している。 カトマンズ市役所の戸別訪問調査(表3)23によれば、カトマンズ市 内に758件の肉屋が確認され、うち、カドギが経営しているものは526 軒であった。ついで、ムスリムが76軒、カドギ以外のネワール24が49軒、 バウンが14軒となっている。これまで、屠畜や肉食をタブーとしてきた バウンなどのヒンドゥー高カーストが肉売りに商機を見出し、参入しつ つある。 3–3 政府による食肉産業改革と屠場の集約化 現在設置されている家畜市はいずれも私営であり、公営の家畜市は未 だ設立されていない。また、インドから輸入された食用家畜は、一旦国 境沿いの市で取引され、形式上、通関で獣医師による証書の発行手続き を経る必要があるものの、検疫での健康状態や品質の十分な検査を受け

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ないままに、カトマンズの市場に流れ込んでいる。

1999

年の家畜処理場及び食肉検査法(

Animal Slaughterhouse and

Meat Inspection Act

)は、⑴食肉処理のための建物か場所の設置と、食 肉の小売を、政府からの許可証を有するもののみに認める、⑵処理場以 外の場所での食肉処理のための屠畜は認めない、ただし、伝統的な祭り、 宗教儀式、祝宴における儀礼はこの限りではない旨等を取り決めた。し かしながら、現在のところ屠場や肉売りの許可証の発行を受けている業 者はほんのわずかであり、許可証を受けずに路地裏や河原、家の裏をト タンで簡単に囲った空間で屠畜する業者が多く、同法はあまり遵守され ていない。

2000

年代初頭、家畜処理場及び食肉検査法に基づいて、タンコット、 カトマンズ盆地郊外のカカニ、カトマンズから車で3時間の距離にある 工業地区ヘトウダの3ヶ所に、相次いで大規模な食肉処理工場25が設立 された。これらはベルトコンベアー等を設置した近代的な工場であり、政 府と海外援助と、国内外からの民間投資により設立された。検査室など も整備されており、解体後、冷凍して包装し市場に流通させる。当初、 政府は伝統的な屠場から工場への完全移行を目指していた。しかしなが 表3 カトマンズ市内の肉屋店主のカースト内訳 属性 人数 ネワール カドギ 526 カドギ以外 49 ムスリム 76 チェットリ 36 バウン 14 マデシ 9 ラマ 9 タマン 9 グルン 8 ライ 6 マガル 4 ダリット 3 リンブー 1 不明 8 総計 758 カトマンズ市役所公衆衛生社会福祉局の内部調査資料(2010 年)を元に筆者作成。

(11)

ら、伝統的な屠場で働く従業員たちが雇用条件や失業への不安を感じ、 再雇用に応じなかったことと、消費者はその日の朝に解体した新鮮な肉 のほうを好むので冷凍肉が売れなかったことなどから、これらの大規模 な食肉処理工場はいずれも定着せず、数年で閉鎖に追い込まれた。 その後、政府はコミュニティー・ベースでの中規模の屠場の整備・活 用26に路線変更した。2010年、政府は、カトマンズ盆地のカドギの集住 地を中心とした11 ヶ所27にコミュニティー・ベースで設備の整った屠場 を設立する計画があることを発表した28。このコミュニティー・ベースの 中規模屠場は政府予算と各屠場経営者の合同出資で運営することとし ている。中規模屠場に食肉検査技師等を常駐させ、家畜処理場及び食 肉検査法に沿った屠場と食肉流通システムを整備することが、政府当局 の現在の暫定的な目標となっており、屠場を運営するカドギたちはこの 動きに対応する必要性にさらされている。

4 カドギの日常的な商実践

本節では、日常的な商実践の場面から、3節で検討したような食肉市 場の形成とその急速な拡大、また、行政による集約化事業に対応する必 要にさらされているカドギが、主に水牛肉市場において実際どのように 他カーストと関係を結んでいるのかを検討する。 具体的には、カトマンズ近郊の村であるキルティプルで食肉の卸売り と小売りを営むAさん一家の日常を描く29。家族構成は、Aさん(50代 男性)、妻(40代)、長男夫妻(30代)、三女(20代)の5人である。A さん一家は、サトゥンガルの水牛市で水牛を買い付け、自宅に併設され ている屠場で屠畜・解体し、自宅及びカトマンズ中心部のスンダラにあ るAさんの妻の実家に併設されている小売店で販売するとともにキル ティプルのレストラン等に肉を卸売りしている。 4–1 水牛市場における仲買との関係 Aさんは週に2回、バイクで市に行く。サトゥンガルに水牛を持ち込 む仲買は30 ~ 35人程度であり、全員が白い帽子をかぶったムスリムで ある。 Aさんは、毎回決まった仲買Kさんから水牛を購入している。バザー ルに着いたAさんは、まずKさんを呼び出す。Kさんは自分が連れてき

(12)

た水牛をAさんに見せ、その中から必要な数を選び、売買が成立する。 売約済みの水牛は耳や角に購入者の印30をつける。売買のやり取りは、す べてヒンディー語で行われ、KさんがAさんに話しかけるときには、常 に「

Sir

」と敬称をつけていた。この日、Aさんは15頭を購入した。 サトゥンガルに来る仲買が国境で第一の仲買から購入する水牛の価 格は、小さいもので1万ルピー、大きくて質のいいものは2万5000ル ピーである。仲買は1頭あたり3000 ~ 4000ルピーを運搬手数料、200 ルピーをその他の手数料としてそれぞれ上乗せし販売している。また、 仲買は一頭あたり35ルピーを場所代として家畜市の土地所有者31に支 払う必要がある。売れ残った水牛は翌日に持ち越される。市は常設され ているものの、毎週日・水曜日の週2回、14時ごろに水牛を載せたトラッ クが到着することから、この時間にあわせてカドギたちは買い付けに行 く。 購入後、Aさんは翌朝解体する分の水牛5頭を家に運ぶようにKさん に伝えて家路についた。輸送料は1回当たり300ルピーであり、Aさん がKさんに支払う。Aさんは水牛を一旦預けるための場所を市場内に借 りており、翌朝解体する分だけを毎日トラックで家まで運搬してもらっ ている。 4–2 屠場における「ハラール」の採用 Aさん一家の屠場は、家の一階部分から裏庭にかけて設置されてい る。エカダシ32以外の毎日、早朝2時45分から屠畜を開始する。開始時、 屠場には、Aさん、Aさんの妻、男性5名がいた。5は、カドギ3名(地 方農村部出身2名、キルティプル出身1名)、チェットリ1名(地方農村 部出身)、ムスリム1名(地方都市部出身)であり、いずれも10代後半 から20代前半の若者である。 まず、1人が水牛を抑え、1人がハンマーで水牛の頭を殴る。気絶し て転倒した水牛を、後ろからムスリムの少年が「ハラール」と称して首 から頭部を切り落として、放血する。この時点で水牛は絶命する。この とき、血を大きな桶に受けておく。その後、2人がかりで皮をはぐ作業 にはいる。まず、胸部から縦にナイフを入れて、手際よく皮をはいでい く。地面の汚れが肉につかないように、この後の作業は、はいだあとの 皮の上でする。次に、腹膜にそって内臓をはがしていく作業である。最

(13)

初に脾臓が切り出され、その後、腸、胃、肝臓、肺が取り出される。い ちいち水で流すということはしない。腸が破れると中の排泄物が流れ出 して肉が汚れるので、破らないように水場まで持っていく。脾臓と肝臓 は肉と混ぜて売るので一つの桶の中にいれられる。それ以外の臓物はそ れぞれ臓物ごとに分けられる。内臓を取り出し終わったところで刀をノ ミに持ち替え、肉を骨から切りはがしていく。肉をはがしおわると尾、骨、 頭部が隅に寄せられる。ここまでものの30分である。 同様の手順で4頭の水牛が解体されたあと、早朝4時半ごろ、チェッ トリの女性(30代)とその息子(10代)、Aさんの長男(Rさん)が合 流した。女性が棒で骨から骨髄を取り出す作業を、息子が頭部の解体を、 Rさんが腸部の洗浄を担当した。頭部の解体では、まず皮をはぎ、顔の 肉をはがし、目と目の周りの筋肉を桶にいれる。次に、舌を取り、鼻を 二つに分けてはがし、最後に角をとる。 同時に、ネパール語で焼けた肉を意味する「ポレコマス」の準備が始 まった。今回は、一番小さい水牛がポレコマスに使われることになった。 最初にハンマーで転倒させ、「ハラール」で放血するところまでは同じ であるが、その後、藁をかぶせて、40分程度蒸し焼きにする。藁が燃え 落ちたあと、焼け焦げた毛を削り落とす。その後の解体作業は、同じで ある。ポレコマスにすることで、皮も食べることができる。ポレコマス は、主に伝統的なネワール料理で用いられる。しかしながら、ネワール 社会以外ではあまり食べられないことと、皮を加工に回せないので、ポ レコマスに用いるのは小さな水牛のみとしている。 6時、5頭分の解体が終わったところで、2頭分の肉をトラックに積 み始める。6時30分に、スンダラにある小売店に向けて、トラックが出 発した。残りの3頭分の肉はAさんの家の1階にある肉屋で売るととも に、キルティプルの3軒の肉屋、ネワール料理屋、モモ33屋に卸してい る。 Aさんの妻は、「ハラールをすると掃除が大変だから、ほんとはネワー ルのやり方34がいい。でも、ムスリムの客がいるから、ハラールをしな ければいけない」と語る。Aさんの屠場では、手のすいたものが他のも ののフォローにまわる、という形で随時5人の屠畜従事者が入れ替わり つつ作業が進められていたが、放血はムスリムの少年だけが担当してい た。表4は、水牛の各部位の卸売り単位ごとの価格である。1頭あたり

(14)

約2万~4万2000ルピー程度の売り上げがでる勘定になる。 4–3 食肉小売店における顧客との関係 スンダラにある

A

さんの妻の実家に設置されている肉屋は、長男

R

さ んが店主を務める。解体した肉を積んだトラックが到着後、すぐに肉を 店頭に並べて、午前7時に開店した。量り売り方式になっており、客が 必要な部位と必要な量を伝えたあと、

R

さんが包丁で切り取って販売す る。店の奥にミキサーがあり、ミンチの注文があればその場で対応して いる。 Rさんの顧客は、個人消費ではなく、小売やレストラン等での販売を 目的とした業者が中心である(表5)。なお、Rさんの店では、10

kg

以 上肉を買う顧客には1~2割程度の割引をしている。 開店と同時に、よりよい部位を求めて顧客が殺到する。顧客のほとん どが、固定客であるという。小売店の多くは、Rさんの店のように屠場 と直結している店を数ヶ所まわってその日売る分の肉を確保している。 表4 水牛の各部位の価格  部位 価格/卸売り単位 備考 頭部 脳 80ルピー/1頭 目 5ルピー/1目 頭の肉 100ルピー/kg 舌 200ルピー/1頭 鼻 15ルピー/2つ 耳 5ルピー/1枚 胴体部 肉 200~220ルピー/kg 1頭あたり90~200kg程度 とれる 肝臓・腎臓・心臓 200ルピー/kg 腸 70~80ルピー/kg 食道 40ルピー/kg 肺 20ルピー/kg 骨髄 40ルピー/1頭 脂肪 12~14ルピー/kg 石鹸に加工されたり、モモの材料とされる 血液 20ルピー/1マナ(1マナは約0.57ℓ) 足 15ルピー/1本 尾 120ルピー/kg 皮 400 ルピー/1頭 格付け制度があり、大きさや品質により価格は変動する 骨 50ルピー/1頭 聞き取り調査により筆者作成。

(15)

店内には、モスクの写真が張ってあり、「当店では、ハラール後の肉 を扱っています」とネパール語で書いた張り紙があった。ムスリムの顧 客は、毎回Rさんの店でその日売る肉を仕入れ、ラリトプルの自分の小 売店で販売している。また、外国人旅行客が滞在するタメル地区でレス トランを経営するチベット人や中国人もRさんの固定客である。ネワー ルの伝統料理を出すレストランの経営者は鼻や腸も購入していった。8 時45分、肉が売り切れ、帳簿に売り上げをつけたあと、Rさんは店を閉 めた。 その後、Rさんは自宅に戻り、店が多忙なときはAさんを手伝う。地 元のネワールの個人消費客が中心のAさんの店は、食事の買出し時にあ わせ、午前8時から10時と、15時から18時に開店している。一般的な 個人消費客中心の店も、ほぼAさんの店と同時間帯に開店している。 4–4 結婚パーティーにみる関係性の変容 2008年12月、Rさんの結婚式が実施され、その後、Rさんの自宅付 近の広場でビュッフェスタイルでの結婚パーティー35が実施された。父 表5 R さんの小売店における1日当たりの売上げと内訳 購入目的 住所 属性 購入商品 購入量(kg) 小売 カトマンズ北部(ブダニールカンタ) カドギ 40 小売 カトマンズ東部(ジョルパティ) カドギ 20 小売 カトマンズ中心部(スンダラ) カドギ 10 飲食業での販売 タメル地区 中国人 ミンチ 26 小売 ラリトプル中心部 ムスリム 50 飲食業での加工販売 カトマンズ中心部(スンダラ) カドギ 肉、鼻、脂肪、腸 10 小売 カトマンズ南部(ヒューマタ) カドギ ミンチ 10 小売 カトマンズ中心部(チカムガル) カドギ 32 小売 カトマンズ中心部(スンダラ) カドギ 20 飲食店での加工販売 カトマンズ中心部(マハボーダ) ネワール(シャキャ) 肉 22 飲食店での加工販売 カトマンズ南部(ナヤバネショール) タマン 26 個人消費 カトマンズ中心部 ネワール(シェショー) 肉 10 個人消費 カトマンズ中心部 ネワール(シェショー) 肉 7 個人消費 ラリトプル北部 外国援助機関職員 5 飲食店での加工販売 タメル地区 チベット人 10 聞き取り調査・参与観察により筆者作成。

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親であるAさんはムスリムである仲買のKさんを披露パーティーに招待 し、Kさんは仲買仲間とともに参加した。カースト内の結婚であったた め、Kさんたち以外の招待客はカドギ・カーストの人々が中心であった。 結婚披露パーティーでは通常、主催者である両家が手配した食事を参加 者に振舞う。しかし、KさんはAさんから解体後の水牛の肉を受け取り、 その場で別の鍋でより長時間かけて加熱調理し、自分たちはその鍋で料 理を食べていた。 カースト間での食べ物の授受に関し、ネワール社会においては上位の ものが下位のものから食べ物を受け取れないという規制があることが これまでの研究で報告されている[石井

1980: 165

]。この食物授受に関 する不浄の観念もあってか、カドギが上位カーストの結婚パーティーに 呼ばれない、もしくは自分たちの結婚パーティーに上位カーストを呼べ ないという問題は、以前は頻繁に起きていた。ラリトプルに住むMさん (40代女性) 36は、「1992年に結婚し、披露パーティーに学友を招待した が、シェショーやシャキャ(ネワールの高カースト)は来てくれなかっ た」と語る。しかし、Mさんの姪が1995年に結婚式を挙げたときは、こ れら高カーストも参加したという。この変化についてMさん自身は、結 婚パーティーの会場がこれまでの自宅や広場からホテルやレストラン が主流になったこと、教育の普及などにより意識が変化したことなどが 理由ではないかと語っている。現在は、カトマンズのネワール社会にお いて、職場の同僚や学友など、多様な属性をもつカーストが違うもの同 士が、結婚披露パーティーや子どものお食い初め儀礼等に参加すること が広く受け入れられつつあり、「水を受け取れるカースト」と「水を受け 取れないカースト」のカースト間関係の制限は、徐々に緩んできている。 これらネワール社会内の変化に加えて、これまではほとんど接触する 機会さえもなかった、他民族かつムスリムであるKさんがヒンドゥー教 徒の結婚パーティーに参加したことは、市場で日常的な交渉をするなか で商取引相手との間で交友関係が築かれ、この関係性が商取引以外の 儀礼的な場面にも延長されていることを示している。その中でKさん は、肉の中の血が完全になくなるまで加熱するムスリム・フードを自分 たちで準備しており、ムスリムとしての実践を維持したままで他教徒の 結婚パーティーに参加するという方法をとっている。

(17)

5 カーストの再解釈

本節では、カドギのカースト内の連帯と

NKSS

の対外・対内活動を中 心に検討し、商実践によりカースト間関係の変化が生じるプロセスを検 討する。 5–1 カドギのカースト内連帯 本節では、カトマンズ盆地に点在するカドギ・コミュニティの中で最 大のコミュニティーがあるカンケショリを中心に、屠畜従事者の雇用形 態、また、屠畜・解体に際し副産物となる骨、皮、糞の処理方法を検討 し、カドギのカースト内連帯の様相を明らかにする。 カンケショリでは1日あたり約150頭の水牛の解体が行われている。 屠場には放血の際に「ハラール」をするところとしないところがあり、こ れはそれぞれの固定客の違いによる。屠畜・解体作業が終わる時間帯に は卸売・小売業者のトラックが行きかう。業者にはカドギもいればムス リムや中国人もいる。屠畜従事者はカドギが中心であるが、カドギ以外 のカーストも最近は増え始めている。屠畜従事者は、日雇い制となって おり、報償として1日300 ~ 400ルピーを受け取る。 解体後、集められた水牛の骨は1960年に設立された

S

社が肥料用の 骨粉に加工している。S社の創業者はラリトプルに住むカドギのSさん である。もともとSさんの家も水牛の屠畜・解体と卸売り・小売を生業 としていたが、水牛1頭あたり15 ~ 20キロの骨がとれることから、骨 の活用を思いつき工場の設立に至った。解体後に出る骨は集住地ごとに 集められるため、創業当時はラリトプル、カトマンズのカドギの集住地 をリヤカーで回り、1日300 ~ 400キロの骨を回収していた。現在、カ トマンズ盆地やその近隣地域からトラックとリヤカーでそれぞれ1日あ たり1000頭前後の水牛の骨を集め、10 ~ 12tの骨を加工している。解 体後の骨の60 ~ 75%前後をS社が集約している。工場は、以前はSさ んの自宅付近にあったが、近隣住民から臭気の苦情が相次ぎ、現在では ヘトウダ工業地区に移転している。 また、解体後の皮は、倉庫で塩漬けにして水分を抜いたあと加工工場 に売る。カンケショリで皮の塩漬け加工の倉庫を経営しているカドギの Jさん37によると、水牛の皮を塩漬け加工するようになったのは1987年

(18)

にパンジャビ・ランガという種類の大型で肉質のよい水牛がカトマンズ に流通し始めてからである。それまでは主に「ポレコマス」にして皮ご と食用にすることが多かったが、パンジャビ・ランガは良質の皮が取れ るので皮を切り離して加工するようになった。1987年、Jさんが皮の塩 漬け加工を始めた当時は1頭あたりの皮は30 ~ 35ルピーだったが、 1988年には120ルピーになった。ムスリムが皮のビジネスに参入したの は1999年である。その後、チョウダリ38が皮を4段階で評価する格付け 制を導入し、皮の値段が吊り上がり始めた。最高値をつけたのが2007年 の1700ルピーである。2010年現在は値段が下がってきて800ルピーであ る。ここ数年の値下がりは中国人が屠場から直接塩漬け加工前の皮を 買っているからだという。値下がり傾向にはあるものの、現在でも、解 体後の皮は、重要な資金源となっている。加工業者

J

さんの倉庫では、1 日当たり50枚の皮を集めている。はいだあとの皮は塩で余分な水分を出 すと、6 ヶ月ほど保存することができる。週に一度、塩漬け加工後の皮 をまとめてトラックに積み、インド国境付近の工業地区であるビールガ ンジの加工工場に出荷する。工場主はインド人でありベストや靴を作っ ている。同様に、皮を塩漬けにする倉庫はカンケショリに3、4ヶ所あ る。点在するカドギのコミュニティそれぞれもしくは数ヶ所のコミュニ ティーに1ヶ所ずつ塩漬け加工倉庫がある。近年は、国内の工場よりも 中国に輸出する分が増えてきている。

2011

年、

NKSS

はカンケショリでの水牛の糞を集約し、バイオガスを 発生させるためのプラントを行政と連携して設立した。約150頭分の水 牛の糞のガスで、カンケショリに住むカドギの世帯のガスを自給するこ とが可能になるという。以上検討してきたように、水牛の解体時に副産 物としてでる骨、皮、糞をカースト内で集約することで、有効活用した り、交渉を有利に進めたりしようとする動きが確認できる。 5–2 NKSSによるカーストの再解釈 現在、カドギは、家畜処理場及び食肉検査法の制定に伴い、屠場や 肉屋の改良を迫られている。

NKSS

は、政府が推し進める屠場の集約・ 中規模化事業や、食肉市場の近代化事業におけるカドギ・コミュニ ティーの対応窓口として政府と交渉にあたっている。その中では、屠場 に屋根や塀をつけることを奨励し、肉屋には血が染みつきやすい木製の

(19)

まな板を衛生的なプラスチックに変えるように呼びかけたりしている。 また、

NKSS

のロゴの入ったエプロンをカドギ・コミュニティーに配布し、 肉屋の店頭で着用するように指導している。 これらの食肉市場に関する啓発活動に加え、

NKSS

は文化的な活動も 展開している。これまで

NKSS

は「カドギファミリー」と記した公共飲 料水タンクを寺院や広場に設置し、高カーストがカドギから水を受け取 れないとする差別をなくそうと試みてきた。また、カドギの中には「カ サーイ(

kas

āī)」を名乗っている人々がいるが、これらの人々に対し 「(

kas

āīは)ネワール社会にはもともとなかったアラビア語起源の言葉で あり、かつ『屠畜人』を意味する蔑称である」とし

kha

g

ī、

n

ā

y

、śā

h

ī 等への改名を薦めている。また、従来のカーストに基づいた役割であっ た、シェショー、ジャプ等の出産の際にへその緒を切る役割や、出産と 臨終に関わる廃棄物を処理する役割を拒否するようカドギ・コミュニ ティーに呼びかけている。他方で、女神タレジュへの供犠を実践してい るジニマナェを

NKSS

主催のイベントに毎回登壇させ、イベントの参加 者に向けてカドギが儀礼上たいへん重要な役割を担っていることをア ピールしている。また、カドギのカーストに基づく役割に、祭りを先導 する役割があることから、多くのネワール文化イベントにおいても、ジ ニマナェは先頭を歩いている。

NKSS

はめまぐるしく変化する食肉市場において行政や他カーストと の交渉における対応窓口であり、カドギ・カーストの伝統やカーストに 基づく役割を外側に発信する機会が多い。また、

NKSS

はカースト間の 上下関係に基づく役割の拒絶をカドギ・コミュニティーに促す一方で、 女神タレジュとの関係に基づくカーストの役割は積極的に外に向けて 発信している。つまり、もともとは食肉業組合としての経済的活動が中 心だった

NKSS

は、近年、その活動範囲を拡大し、経済・儀礼文化活動 の両方において「カドギ・カースト」のイメージを再解釈・再定義し、こ れを外に向けて強く打ち出す役割を担っているといえるだろう。 4節で検討してきたように、市場の形成と拡大に伴い、これまで接触 することさえなかったムスリムや外国人との間で、日常的な交渉や売買 取引がなされるようになり、取引相手との交友関係は、結婚パーティー 等の商取引以外の儀礼的な場面においても浸透しつつある。他方で、こ のまま社会の個別化が進み、カーストという枠がなくなってしまうのか

(20)

というと、カドギの場合は、カースト内での経済面での結び付きを強め ており、また、

NKSS

はむしろカドギ・カーストという枠を強く打ち出し ている。カーストという枠は、カドギにとっては、現実として水牛肉を 独占的に扱うための資源として有用であり、そのことが、個別化が進ん でいかない理由であると考えられる。その中で、カドギたちは、伝統的 なカーストの役割を単に再現するのではなく、カースト団体である

NKSS

を介して、自分たちにひきつけながらカーストの再解釈・再定義を加え、 より自分たちにとって有用な資源とした上で、新たにカースト間関係に 適用している。

6 結論

本稿では、カトマンズの食肉市場の形成やその展開を検討するととも に、その中で、カースト間でどのような交渉や折衝がなされているのか をカドギの商実践を中心に検討してきた。カドギは、旧ムルキアインに おいて示されるカースト序列のなかで「可触であるが不浄」に位置付け られたが、食肉市場が爆発的に進展した1980年代以降、同様に食肉業 に関わる他のカーストと新たな関係性を築きつつある。 具体的には、屠場においてムスリムを雇用し、「ハラール」というムス リムの放血方法を取り入れ、店頭にも「ハラール肉を扱っている」と張 り紙をすることにより、肉食に関する規範が異なるムスリムに肉を売る ことに成功している。カドギからの働きかけと同様、他のカーストから の働きかけをカドギが受容・流用する例もある。皮の塩漬け加工はムス リムが1987年に持ち込んだパンジャビ・ランガにより始められ、各コ ミュニティーで定着し、加工後の皮は新たに中国やインドに輸出される ようになった。このように食肉市場は、各々の文化的・宗教的背景や価 値規範を内面化した特定のカーストに属する個人や団体による交渉、折 衝等の商取引を介して、多様な価値規範を取り込みながら形成されてき ている。 他方で、カースト単位ではなく個人単位での取引への完全移行が進ん でいるかというと、カドギは現状としてカースト単位での連帯を生かし て生計を立てる傾向が強い。近年、行政を中心に屠場や肉屋の近代化や 集約化の動きがあり、これまでカドギが独占していた水牛市場もこの動 きに対応する必要にさらされている。こうした中、

NKSS

はその役割を拡

(21)

大させており、カドギ・カーストを代表して政府との交渉を進めると同 時に、屠畜人という意味の

kas

āīの改名、タレジュへの供犠をカドギが 実践していることの外部へのアピールなどを通じて、カドギ・カースト のイメージを再解釈するエージェントとして機能するようになった。こ うして、カドギたちは伝統的なカーストの役割を単に再現するのではな く、自分たちにひきつけながらカーストの再解釈を加えており、これに より実際にカーストの上下に基づく儀礼を拒否する等、カースト間関係 に変化が生じている。 本稿で検討してきた食肉の市場形成は、大きくは石井が指摘した市場 経済に社会が巻き込まれていく社会の個別化の過程であり、「カースト 間の相互依存関係から仕事の区分」へとカースト間関係が変化していく 過程であると位置づけることができるだろう。しかしながら、その過程 において、カドギの場合は生計活動とカーストが強く結びついているこ とから、単純に個別化には向かわず、カーストの役割と市場取引を並存 させつつその間を往還しながら、カーストを自分たちにとってより有用 な資源として読み替えていくという戦略をとっている。その中で、カー スト団体である

NKSS

は、この往還における媒体として機能しており、こ れにより、カーストを横断した市場取引を反映した新しい価値規範を カースト内で一旦再解釈した上で、カースト間関係に反映させるという プロセスが生じている。 最後に、ここから展望できる可能性について考察を加えたい。食肉市 場の形成に伴いカトマンズにおいて「不浄」であった豚肉が一部の食卓 にのぼるようになり、菜食主義者であった高カーストが商機を見出して 肉売りに参入するようになった。こうした変化は、今のところごく微細 な日常の場面に限定されてはいるものの、市場経済が社会秩序の綻びを もたらしたことの表れであり、大きな社会変容の呼び水となる動きであ るといえるだろう。カドギが示した市場経済に仲介されたカースト間関 係の変容は、こうした綻びを基点とした社会配置の組み替えとして位置 付けることができ、これは大きくはカースト差別などが解消された社会 につながる可能性も持っている。民主化、近代化に揺れるネパール社会 において、本稿で検討したような市場経済によるカースト間関係の変容 は、他のサービス業においても見受けられることが予想され、そこから の社会秩序の揺らぎに注目していく必要があるだろう。

(22)

謝辞・調査に協力いただいた NKSS をはじめとするカドギの皆様、ネパール政府当局、各協同 組合の皆様に、心から感謝申し上げます。また、本稿構成に際しては、諸先生方、同輩の皆様、 そして匿名の査読のお2人より、細部に至るまで非常に重要な批判や助言をいただきました。記 して感謝申し上げます。 1 ネワールのカーストであり、khaḍgī、nāy、śāhī 等を姓としているが、本稿では、対象カースト 自身が総称として最も用いる機会が多いkhaḍgī(カドギ)で統一して論じる。 2 また、ネワール社会においても、1990年代後半よりカースト団体が増加しつつある。 3 なお、()内で記述している職業は、ごく大まかなステレオタイプ的カ-スト職業であり、実 際に人々が従事している職業は多様である。 4 石井と視点を共有する研究として、司祭カーストと不可触民とのカースト間関係に注目し て市場経済を背景としたネパールの村の変容を描いたCaplanの民族誌が挙げられる [Caplan 1972]。 5 具体的な滞在期間は、2005年8月~2006年10月、2007年3月~2010年2月、2010年7月~9 月である。 6 ネパールにおけるカーストという概念については、ジャート、ジャーティなどの民族範疇に 関する語彙が複雑に重なりあっており([名和1997、Ishii, Gellner, Nawa 2006]参照)、慎重な 議論が必要とされる。他方で、カドギたちは、後に説明するようにカーストを単位として生 計を営み、かつ同カーストで集住する傾向を持つものが多い。たとえば、4–3で論じた肉屋 店頭での調査の際、筆者に対しRさんは、カドギを「彼は私たちの兄弟だ」と説明した上で、 カドギ以外の人々を、「彼はシェショー、シャキャ、ムスリム、チベタン、中国人」などと、ネ ワールのカーストと通常民族、外国人等と括られる範疇を並列して答えた。彼が強調したの は、同カーストがそれ以外かということであった。また、このような捉え方は、調査の過程で 随所に見受けられた。これらを踏まえたうえで、本稿で検討するのは、Rさんの説明に見ら れるようなカドギの視点からのカースト認識と、カースト間関係であることを注記してお きたい。 7 カトマンズ盆地の行政区分として、カトマンズ郡、ラリトプル郡、バクタプル郡を含んでい る。 8 ネパール中央統計局の人口統計によると、全人口に占める都市人口の割合は、1971年4%、 1981年6.4%、1991年9.2%、2001年14.2%、2006年16.7%となっており、都市への人口集中傾 向が急速に進んでいる。 9 出典は、2006/2007年度の政府中央統計局推計。

10ネワールの文化保全活動等を展開している団体であるNewā Deyā Dabuが2008年に編纂し たネワール社会の概説本であるnewā samāj では、カドギの人口はカトマンズ盆地に12.5万人、 盆地外に5万人程度と推計している。なお、国勢調査では、ネワールとして集計されており、 カドギ・カースト単位での公式な人口統計はない。

11 カトマンズ旧市街地区に9ヶ所、ラリトプル旧市街地区に11ヶ所、バクタプルの旧市街地区

(23)

つある。尚、近年は新興住宅地に移住するカドギも多い。 12 通常、供犠においては去勢していない雄のみが用いられるが、食用としては去勢している雄、 去勢していない雄雌いずれも用いられている。 13 2010年8月5日、カトマンズ市とNKSSが共催した食肉の安全に関する啓発集会にて、市当 局は、カトマンズ盆地に来る水牛は、1日あたり800~900頭前後であるとの見解を述べてい る。 14 2010年9月のネパール農業協同組合省家畜市場促進局での聞き取り。 15 以下、特に言及がない限り、2010年現在とする。 16 農業協同組合省家畜市場促進局、農業協同組合省家畜公衆衛生局、カトマンズ市役所公衆 衛生社会福祉局にて、聞き取り調査と資料収集を行った。 17 この一族は、定期市に水牛を納入する仲買をほぼ独占していたことの利益等から、政府が税 関の記録を始めた1933年には高額納税者のトップ32に名を連ねて、政府から表彰を受けて いる。 18 ジトプル、ジャナクプル、ネパールガンジ等で開催されている。 19 政府当局の見積もりでは、大規模・小規模なものを含めると、カトマンズ盆地で100ヶ所程度 あるとのことである。大規模なもので、1日当たり40頭程度、小規模なもので数日おきに1 ~2頭程度を解体している。 20 従来、ヤギ肉の中心的な消費者は、水牛肉を多食するネワールではなく、カトマンズ盆地外 の丘陵地を主な居住地とするチェットリ等であった。 21 2010年9月聞き取り。なお、創業以来、バウン、チェットリ、シェショーの3名による共同経 営をしている。 22 ラリトプル市郊外のナキパットに、主に、新興住宅地に住むチベット人や、外国人、レストラ ン経営者を顧客とした豚肉専門店が3件ほど並んでいる。店主はいずれもライである。 23 約10名で分担し、2009年から2010年にかけての約6ヶ月間で個別訪問により質問表調査を 実施した。他方、看板を持たず、不定期に肉屋を開く場合もあり、実際の数はこれよりも多い という。 24 うち、最も人数が多いものがシェショー28名、次いで、バルム8名、ジャプ5名であった。 25 1日当たり、水牛で最大250頭の解体処理が可能である。 26 零細屠場を集約し、水牛15頭から100頭前後の処理が可能な屠場を各コミュニティに設置す るというものである。 27 候補地として、キルティプル、パンガ、トカ、イナエトール(カトマンズ)、ルブ、チャパガオン、 クンベショール(ラリトプル)、ナク、テチョー、ボラチェ(バクタプル)、ブンガマティが挙げ られている。 28 ゴルカパットラ紙、2067年スラウン13ガテ(2010年7月29日)記事。  29 ここでの描写は、2010年9月に実施した参与観察に基づく。 30マジックペンで、水牛の角や耳に、記号をつける。ペンの色や、記号により、購入者がそれぞ れ識別される。 31 サトゥンガルに住むネワールのジャプ・カーストである。 32 白分と黒分の11日目であり、通常月2回ある。この日、敬虔なヒンドゥー教徒は断食や菜食 をし、殺生をしてはいけないとされている。

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33 水牛のミンチを小麦粉の皮で包んで蒸したもの。軽食として、ネパールでは頻繁に食べられ ている。  34 頭部を切り落とさないで頸動脈から放血するやり方である。 35 ネワールの結婚パーティーにおける伝統的な食事の提供の仕方は、一列に座った客に、主催 者が大鍋等で煮炊きした食べ物を配膳して回る形式であった。近年は、レストランを借り切 るか、近所の広場やパーティー会場などで調理人を雇用する等して、招待客に対し、ビュッ フェ形式で食事を提供する形式が主流になりつつあり、この結婚式も後者の形式で実施さ れた。 36 2010年8月聞き取り。 37 60代男性。2010年9月聞き取り。 38 ここで言及されているのはタライ平野に住むタルー族が名乗っている姓である。 参照文献

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Summary

Formation of the Meat Market and Shifts in the Inter-Caste Relationships: A Study focussing on the commercial practices by

“Khaḍgī” in Kathmandu Valley Kanako Nakagawa

This paper examines the shifts in the inter-caste relationships brought about by the commercial practices at meat market of Kathmandu, where people from various castes are interacting. Focussing on the members of Khaḍgī caste who have been engaged in slaughtering, processing, and trading of livestock as a caste-based role in the Newar society in Kathmandu Valley, I described the negotiations between Khaḍgī and other castes from Newar society and Muslims in the daily commercial practices at the livestock market, abattoir, and meat shop.

In 1973, Khaḍgī established their caste-association. Pressurized by the formation of meat market and non Khaḍgī entrance to the market, this caste-association has enlarged its role as an agent for re-interpreting caste-image to ensure the caste category which help to keep their advantage in the market. Through this re-interpretation, the shifts in the inter-caste relation-ships have been brought about. For example, some members of Khaḍgī have been refused their traditional caste based roles which they considered to be linked with caste hierarchy. These developments can be seen as a result of the individualization mediated by the market econ-omy. However, in case of Khaḍgī, sincetheir livelihood is keenly connected with the caste based role, they donʼt simply seek the way for individualization, but they re-interpret the category of caste to facilitate their livelihoods by mixing with the norms of ʻcaste based roleʼ and ʻ mar-ket tradeʼ.

参照

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