'02.10.12.
JDCC第3回公開講座講演「虐待」の精神病理 ― 試論
高 橋 紳 吾
日本の精神科臨床において「虐待」が問題になり始めたのは、幼児虐待の届け事例の増 加が著しい近年のことだが、それ以前にも家庭内で子どもが親に暴力を振るう「家庭内暴 力」や、夫からの絶えまない暴力にも逃げ出さない妻たち(ぶたれ妻=Battered Wife)の 存在は知られていて、母子密着と思春期心性、依存性人格障害ないし共依存という方面で の論考がなされてきた。 幼児虐待は 70 年代には日本では稀とされていて、小児科においても被虐待児が発見され ると米国型の社会病理として学会報告されるほどだった。 ただし親から子への暴力は、子から親への暴力に比べて一般的である。それは前者が教 育、躾という名のもとに行われているためで、第三者はたいがい傍観するしかなすすべが ない。大家族であれば、親子関係は相対化されて、過保護・過干渉は影をひそめる。 ちなみにわが国では、母親による嬰児殺しはほとんど執行猶予判決がなされるし、母子 心中で母親が助かった場合でも、周囲が母親を責めることはないが、欧米では殺人罪が適 応される。 世界的にみても親だけでなく、教師もまた暴力の使い手で、パブリックスクールでは最 近まで鞭が汎用されていた。それは教師の威厳のために必要とされており、そこでの厳格 な教育を通過してはじめて紳士とされたのである。ただし鞭には使用基準がおおよそ定め られていて、感情に任せて「躾」をふるうような教師は失職を余儀なくされた。 現在、問題になる「虐待」とは、英語で Abuse と呼ぶものを指す。日本語の虐待とは文 字どおり「むごく取り扱うこと。残酷な待遇(広辞苑)」であって、むごいとか、残酷とか いった主観的な要素でしか規定できない性質がある。 それに対して Abuse はもともと、(能力・地位・人の好意を)乱用・悪用することであ る。ちなみに薬物乱用 Drug Abuse とは、本来の薬効を期待せず、別な目的で薬の能力を 使用することで、例えば、睡眠薬乱用とは、眠るために使うのではなく、酩酊(トリップ) するために使用することを指している。なお、睡眠薬を大量に用い、その使用が自らやめ られなくなることを依存と呼び、かつては嗜癖とか中毒と呼んだ。しかし乱用も依存も、 ともに快感神経を興奮させるという点で似た構造をもっている。これは日本語的な意味で の虐待においても観察しうることである。乱用から転じて、Abuse の2番目の語義が、「虐 待・酷使する」であり、さらに3番目に「口汚くののしる」となっている。なお、Misuse という似た単語にも、誤用の他に虐待という訳語が当てられている。 このように我々が無意識に「虐待」という言葉を使用する場合、日本語的な意味で問題 としているのか、それとも Abuse として語ろうとしているのかについて一応の注意を払っ ておきたい。ここで結論を先取りしていえば、議論ある団体(Controversial Group)の一 番の問題点とされるいわゆる心理操作はまさに Abuse の基本形と考えられ、今回の公開講 座のテーマである「カルト集団における虐待」というのは、一見して、二重定義のような 格好になっているが、もちろん視点は別の所にある。 Abuse 研究では、わが国では「家庭内暴力」が先行している。これを Intra-Family Violence などと翻訳しても英語圏では通用しない。Domestic violence でも同じ事である。 問題は「暴力」ではないからだ。 私が 1985 年に比較文化の国際シンポジウム(北京)で発表した際に、英米圏の精神科医 はこの現象をいともたやすく parent abuse と命名してくれた。当初、「親の乱用」という ネーミングにひどく驚いたが、幼児虐待はもともと child abuse なのである。 なお、私は精神科医として刑法学者たちとの対話を重ねるグループに所属していて、次 の一章は『法と精神科医療第 16 号(2002 年)』からの抜粋である。この研究誌特集号の意 図するところは、「家庭内に司法と医療はどこまで入るべきか」というもので、つまり虐待 が生じる「私人間の密閉された場所」から被虐待者をどのように救済することができるの かという基本的だが、難解な問題がテーマである。煩雑だが、Abuse を考える上で大切な 問題を含むので、ひとまずわが国の「家庭内暴力」について考えてみたい。
第1章
Parent Abuse
欧米圏で家庭内暴力といえば、夫から妻へ、ないし親から子どもへという方向が専らで あって、被害者が弱者であるだけに司法や行政が関与しやすく、少なくとも医療モデルと 司法モデルが混乱することはない。ところが、わが国特有とされる「子どもから親への暴 力」は、70 年代から日本の精神科医を悩ませてきた問題だが、医療も司法・行政も有効な 処方箋が書けないまま今日に至っている。たとえば息子の暴力から逃げる親のためのシェ ルターという発想などないし、仮にそういうものが出来たとしても、親たちはそこへ逃げ 込むわけにはいかない。自立していない息子に対して親の側から縁を切る事はできない。 対処できないまま今日まで経過した医療サイドの原因として、児童精神医療のマンパワ ー不足、専門入所施設の不備、摂食障害やボーダーラインなどの増加による精神医療の質的変化などが挙げられようが、なによりも家庭内暴力の「病態水準」が様々で、治療モデ ルが確立できないことにある。したがって家庭内暴力への介入のあり方といった類いの最 善の精神医学的方法はないことは予め断っておかなければならないが、こうしている間に も子どもが親に暴力をふるい、思いあまった父親が息子の命を奪うという事件が報道され 続けている。 80 年代にさかんに調査研究されたこの種の家庭内暴力だったが、この方面での精神医療 への期待度が下がったこととも重なって、研究者の関心も薄れ、いまでは専門雑誌にもほ とんど報告がない。 というわけで、今日までの空白を埋めるために、1)過去の家庭内暴力類型の再点検、 および家庭内暴力と最近の国際診断基準の「行為障害」との関連性に触れ、2)精神医学 的介入のあり方としての外来および入院での基本的な対処法を素描し、さらに3)予防的 取り組みについて記すことでその責を果たそうと思う。
1-1:子から親への暴力という現象
なぜ日本にだけこのタイプの暴力がおきるのだろうか? 父親の心理的不在と母子の密 着というだけでは説明は困難である1)。そんな国は世界中いたるところにあるからだ。この タイプの暴力が精神医学の領域でわが国で最初に記載されたのは 1959 年のことだが2)、戦 前にも富裕な屋敷の中では総領息子がしばしば暴君であることがひそかに語り継がれてい た。実際、高齢の女性患者が、兄の暴君ぶりに家族が苦しめられていたことを、子供のこ ろの思い出として語ることがある。 石川啄木は、幼児的な自己中心性と社会性の乏しさをあわせ持っていたが、それは彼の 生い立ちから説明されうる3)。啄木は2人の姉と妹の間に生まれ、父母の溺愛をうけて育っ た。生家は寺で住職の父はおとなしく母が勝ち気で切り盛りしていた。彼は家庭の中心と してわがままいっぱいに育てられた。幼い彼はさながら、家庭の主人公で、家族はすべて 召使いのようであったという。 そういう養育環境は、幼児的な自己中心性がいつまでも脱ぎ捨てられない社会性の乏し い性格を生む。啄木は自分の思うとおりに人を動かそうとした。それが思うとおりにいか なければ、共に行動することが困難だった。 「人とともに事をはかるに、適せざる、わが性格をおもう寝覚かな」と自分の協調性の なさを謳っている。 啄木の妹は、のちに彼の幼時を語って「兄の頭の中は、いつとはなしに母の愛を独占し ているという意識がいっぱいだったとおもいます」と述べている。その必然の心理的結果 として母への異常なまでの愛情が後の創作にもあらわれ、 「たわむれに母をせおひてそのあまり、軽きに泣きて三歩あゆまず」 となった。母に愛され、母を愛した彼は、後に結婚してからは、母と妻との間の感情のもつれに、ひどく苦しめられた。そのもつれのために妻は一時、家出したほどであった。 日本の家という制度、その中で繰り返されてきた、母子とりわけ母と息子の密着性はし ばしば美談であり、これに異を唱える者はなかった。英雄的軍人、世界的科学者も後年し ばしば母親を背負って一般大衆から尊敬された。それに比べ妻の座は無視されることが多 く、公共の場へ「家内」を連れ出すのは、戦前には顰蹙を買った。 もちろん啄木が家庭内暴力の少年だったわけではない。日本的母子密着の一事例として とり上げただけだが、問題はもう一つあって、それは啄木にみられる幼児的誇大感と絶え ず表裏の関係にある、傷つきやすさ・劣等感のことである。啄木の歌が当時の青年にもて はやされたのは、青年期特有の自我感の昂揚と劣等感との間の揺れ動きを見事に作品化し ていたからであった。幸運なことに啄木は、その才能ゆえ幼少時から神童と呼ばれ、すく なくとも少年期には同世代の仲間に劣等感を持つことはなく、引きこもりや家庭内暴力へ 向かう必要性はなかった。 今日の家庭内暴力の少年たちは、幼児的万能感と同時に、同世代仲間への劣等感をあわ せもっており、そのため自室に篭城し、いつまでも胎児的な夢を見つづけようとする。夢 を見続けさせてくれるのは、母親であり、母親化した父親であるが、少年たちの傷つきや すさの源泉に、啄木的な日本型母子密着の病理を読みとることはさして困難ではない。 といっても家庭内暴力の少年がすべて引きこもって、家人以外の他人に迷惑をかけない とは限らないから話は複雑である。
1-2:類型
1980 年に、総理府青少年対策本部研究班によって家庭内暴力の全国調査報告がなされて いて、その際、大まかに純型・準純型・非純型といった3つの類型化が行われている4)。 純型とは、家庭内暴力問題が出始めた頃の最初のタイプで、学校は休まず、成績も良い 方で、中流以上の家庭。外では良い子、問題のない子だが、家のなかでは想像もつかない ような暴言を吐き、物や人に乱暴の限りをつくすものである。それに対して、準純型は登 校拒否を伴うもの。非純型とは、非行が家庭内暴力に先行しているもので、中流以下の家 庭が多いという特徴がある。 調査は警察関連の全国 450 か所の少年補導センターに相談があった事例に対してなされ ており、家庭内暴力の全体を代表するものではない。それによると男子の 57.8%、女子の 69.6%に虞犯もしくは非行を伴っていた。精神科医のところへ持ち込まれる事例群とはあき らかに趣を異にしていると言わざるをえない。相談者自身が相談機関の性質・特色を把握 し、相談先を選択するという行動をとっていると考えられる。とりわけ非行が家庭内暴力 に先行するタイプだと、治療機関よりも司法の役割が大きいことになるが、これも事例に 応じて判断せざるを得ないはずである。なお、現在の精神医学のカテゴリーでいえば、虞 犯・非行の有無は、DSM-Ⅳでいうところの「行為障害」の有無としてカウントされることになる。確かに親に対する暴力にも行為障害という側面がないわけではないが、そこには 別途の精神病理が展開されていて単純にはいかない。また、学校や社会でなんの問題も起 こさないようなケースに対して、いわば反社会性人格障害小児版といった性格をもつ行為 障害という診断は下せないはずである。
なお小児科領域では、親への反抗に GAP 分類(Group for the Advancement of Psychiatry, New York)が用いられていて、①健康な反応、②反応性障害、③神経症性障害、④人格発 達障害、⑤精神病性障害、⑥その他、器質性障害となっている。わが国の典型的な家庭内 暴力少年ならば、③では強迫神経症、④ではボーダーライン、⑤では精神分裂病がそれぞ れあてはまることになる。これらはそれぞれ異なった病態水準であるが、こと母親への暴 力という点では、依存・攻撃という共通の基本構造をもっている。もともと母子が密着し ているという理由から、子どもが病むことを契機に、親は子どもに巻き込まれてしまい、 やがて閉ざされた家族へと変質し、いっそう事態が深刻化することになる。しかし巻き込 まれ、互いに縛り合っているかにみえても、実際には心の中は相互に解読不能なのだが。 なお、後にも触れるが、今日では時代の変化と共に純型はまれとなった。ほとんどに不 登校を伴っているのである。ということは家庭内暴力は、非行が先行しているものと、そ うでないものとに2分されるというところへ落ちついてしまう。 なお、非行先行型の事例に対して、精神科医だけに対処を求められるのは筋違いであり、 愚犯の段階から司法が誠意をもって関与すべきなのだが、現在、その機能は先進国社会で はほぼ失われているというのが実状である。
1-3:対応の困難さ ― 挫折とどう向き合うのか
今日、ひきこもりの子どもが百万人を超えたと言われている。一般に子どもが、いじめ の対象とされたり、不登校やひきこもりなどになった場合、核家族世代の母親たちは強い ストレス下におかれる。家庭内暴力で息子の第一の標的となる母親たちは、最初は戸惑い、 父親に助けを求めるが、心理的不在の父親では有効な対応はかなわず、迷いながらも諸機 関に相談に行くことになる。それは学校や児童相談所、教育相談所、保健所そして病院で ある。 少年たちの「挫折」が後の重大な事件の伏線になっていることがある。正確にいうなら その挫折への周囲の対応のまずさ(精神科医を含めて)が重なって事件へと結晶している ということなのだが。 そういう意味で 2000 年5月の 17 歳少年のバスジャック事件は示唆的である。簡単にふ りかえると、少年は成績優秀だがクラスになじめずにいて、中学生のころからひきこもり 始め、希望しない高校に入学したのち母親への暴言、八つ当たりがひどくなった。精神保 健の知識を持っていた母親はあらゆる機関に相談に行く。しかし精神科医を含めて、満足 のいく回答が得られず、著作で知った遠方の精神科医に電話や手紙で相談するようになる。少年はインターネットで 97 年の神戸の酒鬼薔薇事件をのぞいていたり、人を傷つけるかも しれないといった類いのメモを書いていて、母親は危険を感じていたようで入院治療を希 望するようになっていったが、受け入れ先が見つからなかった。そこで件の精神科医が少 年が居住する地区の国立療養所と交渉し、すこし無理したかたちで入院の運びとなった。 そこでは精神病圏のものとは判断されず、少年の強迫症状を中心に治療を進め、軌道にの り始めたかに見えたので外泊を開始した。このとき穏やかに父親と長距離ドライブにも出 かけている。しかし少年にとってこの強制入院は意に染まないものだったようだ。さらに 事件の直前に豊川で同世代の少年が「殺す経験がしてみたかった」という理由で、見知ら ぬ主婦を殺害するという事件が大々的に報道された。バスジャックは3度目の外泊中の出 来事で、少年は豊川事件に「先をこされた」と供述した。 この少年への治療内容、外泊許可の妥当性はもとより、そもそも入院という選択が妥当 だったのかここで判断することは困難である。そのとき親や相談員、精神科医がどのよう に対応するのがベストだったのだろうか。少年事件ゆえにほとんど秘密裏に事件が処理さ れてしまい、検討すべき課題はつみ残されたままである。 もう一つ事件を取り上げてみよう。 新潟県三条市で行方不明になっていた、当時小学校4年生の女性が、2000 年1月、約 50km 離れた柏崎市の民家で9年2か月も監禁されていたところを発見された。この家の二 階に住んでいた見ず知らずのS(逮捕時 37 歳)が下校途中の少女を車で拉致し、暴力や言 葉で脅して逃げられないようにしていた。少女は一歩も外へ出されず、声を出すことも禁 じられていた。ろくに食事も与えられず、身長・体重ともに発育不全で、入浴もさせられ ず、排泄もSの部屋でさせられるなどの虐待をうけていた。Sはこの拉致監禁事件がおき る一年半前にも小学校の女児に同様の事件を起こし、有罪が確定していたが、県警の前歴 リストには登録されていなかった。 Sは高校時代から不潔恐怖にともなう強迫症状をもっていて、特に年老いた父親を「汚 い」などとひどく嫌っており、父は別居を余儀なくされていた。高卒後に就職したものの 長続きせず保険外交の母の収入に頼って暮らしていた。母親を暴力的に支配し、二階の自 室には一歩も入れず、食事を運ばせ、スシや雑誌、馬券を買ってこさせていた。雑誌にち ょっとした傷がついているだけで当たり散らして買い替えに行かせるという徹底した強迫 ぶりだったが、その一方で母親と二人で長距離ドライブに出るなどの密着行動もしていた。 時期は不明だが比較的若いときに精神病院を受診し投薬を受け始めたが、外来通院は続 かず、母親が薬を受け取りにいって本人に飲ませていたことがある。 この母親もその後、警察を含めあらゆるところへ相談に行っていたが、精神病院から往 診があるまで実質的には相談機関からなんらの介入も無かっただけではなく、少女が監禁 されていることもまったく気づかれなかった。なお、当人を診察しないで投薬した数名の 医師たちは、事件発覚後の詳細な捜査の後、無診療投薬の罪で書類送検されている。 以上の2つの事件は精神科医が関与していながら未然に防げなかったという意味で、教
訓的である。その理由として考えられるのは、1)事例は他人の前ではさほどの異常性を発揮 しない。訴えているのは母親だけで、深刻さが伝わりにくい、2)幻覚・妄想などの精神病の サインがなく、入院の適応と判断することが難しい、3)精神病院の勤務医には往診などの機 動性が与えられていない、などである。
1-4:考えられる精神科医の対応
1)外来で可能な対応
少年の「挫折」への対応が問題になるとしても、家庭内暴力の少年たちは(一部の精神 分裂病などを除けば)相談される時点では頑固な強迫症状や不潔・対人恐怖などを抱えて いる。なんとか説得して入院治療を開始しても、治療効果がみえてこない場合もあり、そ ういう時には退院後、さらに暴力が激しくなるという「治療の副作用」を体験することが 多かった。そのため著者自身は概ね外来という場面で次のような対応をしてきた。ただし 長期化したケースや精神病の場合、または親の理解度が低い時には外来での対応は困難と なる。 1:母親との面接(エンパワーメント) 概して過干渉でありながら、子どもの挫折に気づいていない母親は、自分が過保護であ ったことにも気づいていない。これほど子どもに献身的に接していて、なおも暴力をふる われ続けるのか理解できず、ますます子どもとのサドマゾヒスティックな関係に固着して しまう。外来を訪れた時には、母親からは自尊心が失われ、抑うつ的で神経衰弱状態とな っている。この時点で、母子関係の病理に対する早急な理解を求めようとしても、母親自 身が非難されていると受け取るため、なるべく受容的な態度で接する。母親の不眠や不安 などに抗不安薬を処方することもある。いずれ解決の道が見えてくることを伝え、絶望的 にならないよう勇気づける。 子どもの暴力への対応として以下の方法を教えることがある5)。①暴力が始まったら窓や ドアを開けはなつ、②外部機関との連携を頻回に行う、③暴力の限界設定をする、④葛藤 を言語化させる、⑤家族関係を構造化させる。 2:父親への治療参加の促し 最初から父親が外来にくることもあり、このほうが治療は軌道に乗りやすい。しかし一 般的には母親だけが来院することが多く、父親は息子に対して拒否的で、妻にも距離を置 いている。父親は長年にわたって密着した母子関係の外に居たからだが、父親がそれを望 んでいたためなのか、母子によってはじき出されたのか判断するのは難しい。母親と父親 では子どもに対する構えが異なっており、母親は「わが子はすべて良い子」という態度なのに対し、父親には「良い子だけがわが子」という原則が働いている。 家庭内暴力に対して両親の態度の不一致があり、なかには父親が子どもと一緒になって 母親を責めている場合もある。父母の関係の修復を図り、父親に治療への参加を促す必要 がある。 3:子どもの「気づき」と接触 少年たちは好んで暴力に訴えているわけではない。ひとしきりの暴力が終わった後、母 親に泣いて謝る少年もいる。母親が精神科に相談に来ることによって、子どもへの対応に 変化が生じ、父親の態度にも変化が見えはじめると、敏感な子どもはそれを見過ごさない。 自分の知らない所で自分の事が相談されているという事が気になりはじめる。時機を見計 らって医者の意見を聴きに行こうと勧める。閉じられた家族が開かれた家族へと変化する ときであり、気づきのチャンスでもある。暴力沙汰を回避したいと望んでいるのは子ども も同じである。最初の接触ではともかく受容的に対応し、治療への動機づけを行う。 4:子どもとの面接と勇気づけ 最初から暴力という本題に入ることはしない。健康保険制度上、実際には困難だが、週 に2、3回の長時間の面接が望ましい。治療というより、面接を通じて精神医学的な診断 をすると同時に、子どもとのラポールをつけるためである。そのうち子どもから強迫症状、 不潔恐怖、対人恐怖をおずおずと訴えてくるので、それらに対して一緒に闘おうと励ます。
2)入院治療を選択する場合
外来対応が可能なケースとは、健康な家族へと回帰させる能力のある両親、内省力を持 った子どもという組み合わせの場合であって、それほど多くない。かといってそれ以外が すべて入院治療の適応となるわけではない。すくなくとも行為障害をともなう事例では精 神医学のみで対応可能とは考えられない。愚犯や触法行為を繰り返す少年で、親に対して も反抗的であるような事例は家庭裁判所で身柄事件として扱われるべきである。入院を選 択するのに最も適切な事例とは精神病の場合であり、ついで、境界例、重症神経症である。 精神病の場合が最も治療効果があるが、家庭内暴力のそもそもの定義から外れるのでここ では触れない。そこで家庭内暴力を、摂食障害、手首自傷などの行動障害(behavior disorder)として扱う場合を想定してみよう。 一般に行動障害の入院治療は、①治療構造としての行動制限、②行動の背景にある対象 関係や感情を浮上させる重点的面接、③チーム医療による抱え込む(holding)接近法など によって、④単なる症状レベルで善し悪しを判断する評価者とは異なった、自分を理解し てくれる対象を発見させ(部分対象関係)、⑤周囲に安心感を抱き、空想的な躁的防衛と過剰な内省による抑うつを何度も反復しながらも、すこしずつまとまった自分を感じること ができるようになって自己表出を可能にさせ、⑥試行錯誤を繰り返しながら社会復帰へと 向かわせるという順序をたどる6)。 この手順を踏むには最低でも半年、場合によっては数年はかかる作業である。今日、わ が国では入院期間の短縮化が行政によって経済誘導され、しかも日本の場合には、精神科 の対患者スタッフ数は先進諸国よりも不当に低く設定されているため、こういう手間のか かる治療が出来る場所はごく限られていると言わざるをえない。もっとも、境界例治療の 模範的施設だった合衆国のメニンガー・クリニックも最近では長期治療病棟は次々と閉鎖 された模様である。 したがっていきおい短期入院による対応ということにならざるをえないが、その場合に は、外来治療との組み合わせということに落ちつくだろう。 さきに外来での対応のうち、母親への指導項目として、②外部機関との頻回な連携と、 ③暴力の限界設定を挙げたが、暴力が限界を越えた場合、緊急避難的に子どもを閉鎖病棟 へ入院させるという方法が考えられる。短期とはいうものの最低でも2か月は必要となる。 人手がない場合に問題となるのが移送だが、警察などの公的機関が機能しないところでは 警備会社などへ依頼することもある。ただし事前によく確かめておかないと、弱みにつけ 込まれて法外な値段を請求されるということもありうる(週刊文春、2001 年2月8日号、 153-154 頁)。通常は 10 万円程度である。 入院当初は、母親が情緒不安定になって、子どもへの面会を求めたり、引き取りたがっ たりするので、充分に支えることが求められる。ここで必要なのは母子の密着を切断する 父親的機能であり、治療スタッフと父親とで細かい打ち合わせが繰り返されることになる。
1-5:予防的取り組み
以前は不登校を伴わない家庭内暴力という純型という名のカテゴリーがあった。現在で は不登校そのものが珍しくなく、親による登校強要への刺激が減ったこともあって、不登 校を伴わない家庭内暴力というものが稀になっている。そういう意味からも、不登校の段 階で、早期に介入しておけば、これほどの悪性退行現象を示さなかっただろうにと思われ るケースが多い。家庭内暴力への対応の前に、実はしておくことがある。それが予防的取 り組みである。 福岡の精神科開業医の川谷大治の「運動」は好例なので、簡単に紹介する7)8)。 ① 啓蒙活動:すくなくとも月に一度の講演会(保健所や PTA、公民館など)。不登校へ の早期介入の必要性について教育とアドバイスを行う。2、3週間の不登校を保証し、休 養させる。自尊心(自己愛)の傷つきの理解に努め、子どもの発する言葉の真意を汲むこ とが大切だと理解させる。休養しても「疲れ」がとれない場合、うつ病や分裂病が潜在していることがあるので、注意が必要と啓発する。 ② 家族に精神科への敷居を低くさせ、かかりつけ医感覚をもたせる。これにより子ども の暴力を未然に防ぐことができる。子育ての失敗だと自責的になる母親が多く、転移・逆 転移に注意しなければならない。 ③ 親への教育:不登校を解決できるのは子ども自身であり、医療機関に任せればいいと いうものではない。親にできることは何もないが、苦しんでいる子どものこころの援助を するようにしむける。父親はいつもより早く帰宅するなどによって家族が社会から孤立し ないように努力する。教育の場を失うことで子どもは焦り、些細な理由で暴力を振るうよ うになりがちだ。親子関係が上手く機能し、十分に休養が取れると、学校に戻る時期がく る。このときの、現実的な方向づけや登校刺激のタイミングが難しいが、互いに話し合え る関係を維持していれば失敗を恐れなくともよい。 ④ 精神病の存否の確認:これは常に念頭においておくべきである。 しかしこのような予防的取り組みしていても家庭内暴力へと至る事例があるという。な かには刃物を持った暴力のため家族の抑止力を越えるような処遇困難例があって、安全の ため家族が子どもの前から姿を消さなければならないことさえある。時には治療者がはっ きりと入院治療や公権力に頼ることを家族に告げることが重要な役割になることがあるが、 そうすると通院を中断する家族がいるのも事実で、複雑な背景が相当にあるため、その見 極めが肝要である。 子どもから親に対する執拗な暴力的支配という現象がなぜ起きるのか、いまだにそのメ カニズムが解明されていないだけでなく、現在、どの程度の実数があるのかという統計も ない。まして家庭内暴力の子供たちの予後調査などは皆無である。多くの精神科医が日常 的にこの種の相談に応じているものの、継続的な相談となる例は少ない。その理由として、 家族、とりわけ母子が孤立し、閉ざされたシステムを構築しているので、外部からの働き かけを拒否するためだという考え方がある。 一方、かつて日本では稀とされてきた児童虐待については児童相談所へ寄せられる相談 数だけでも着実に増加の一途をたどっているし、夫から妻に対する家庭内暴力に関しては 立法措置も講じられた。特に後者は、妻たちの夫からの精神的自立と関係しているのだが、 おなじ文脈で言うなら、思春期の家庭内暴力の場合も、母親たちの、子どもからの自立と いう「目覚め」がまずは求められることなのかもしれない。子供たちは思春期になっても、 母親にいつまでも呑み込まれそうになる不安から暴力的反発を繰り返すのが家庭内暴力の 本質であるとも指摘されている。 日本的な母子関係は、母子心中の多さという特殊事情をあげるまでもなく、母性の肥大 によって特徴づけられる。もちろん母性の肥大すべてが病理的であるわけではない。ただ し、子供たちがいつまでも自己愛とその傷つきというレベルで留まるには、それは都合の よい温床で、青年期におけるアイデンティティ確立を阻む一因子となっていることは明ら
かである。にもかかわらず、青年の自立とはそれぞれの家庭の歴史的事情によらざるを得 ない Family-Culture-bound な問題で、その個別の幅が極めて大きい。 このように、個別の事情を抱えた家庭の奧で密かに行われている暴力的関係に対して、 どこまで精神医学が、さらには司法が踏み込むべきなのか、いまだに正解は得られないま まなのである。 【参考文献】 1:高橋紳吾、柴田洋子:思春期家庭内暴力の臨床的考察 − 特に父親の分類に関して、東京精 神医学会誌、7 6-12 1989 2:辰沼利彦:親に対して攻撃、依存性を有する精神病質人格者について、精神神経誌、61、 668-692、1959 3:桂広介:啄木の性格:児童心理、創刊号、33-36、1947 4:高橋義人、江幡玲子編:家庭内暴力、学事出版、1982 5:渡辺久子:家庭内暴力、小児科、42 1519-1528 2000 6:福井 敏:行動障害と入院治療、臨床精神医学、29 237-247 2000 7:川谷大治:家庭内暴力、臨床精神医学、増刊号 546-550 2000 8:川谷大治:思春期と家庭内暴力 ― 治療と援助の指針 ― 金剛出版(東京)2001
第2章
Abuse の基本構造
そもそもなぜ人は Abuse するのだろうか。それを考察する前に、自己と他者の関係につ いて押さえておく必要がある。 「構え」とはいつの時代も人間に関する学問、たとえば哲学や心理学、社会学、教育学 などの重要な関心領域であったし、今でもそうなのだが、ここでは Abuse を理解する上で 有効だと考えられるフロイト左派の心理学者E・フロムによる古典的な性格類型を簡単に 紹介しておきたい。 ① 共生的関係(その1) マゾヒズム ― 受容的構え 孤立を避けるために他者に依存・服従をするタイプで、自らの主体性を主張することは 耐え難い孤立の不安を呼ぶ。この構えは時に、愛、献身、忠誠といった一般的には良い徳 性として装われることもあるが、自己保身の手段であることがある。愛されること、自己 が評価されることを常に期待しつづける。フロイトの口唇愛期に相当している。この構えの良い面と悪い面は対になっている。容認―非主体的、献身―追従、社会に適 応している―卑屈な屈従、信じやすい―騙されやすい、などである ② 共生的関係(その2) サディズム―搾取的構え これも相手と密着し、自他の区別が明確でないまま結合関係を保とうとする意味では共 生的関係であるが、マゾヒズム的構えとは対照的であり、権力を用いて相手を所有しよう とする構えである。その支配や所有がときに合理化されて、慈悲深い保護者の形をとるこ とがある。フロイトの口唇愛後期に相当し、つねに攻撃的(かみつく)、羨望的態度で相手 に接するが、搾取に価しないと判断した場合には冷淡で無関心である。この構えの善し悪 しも対になっている。積極的―搾取的、自己主張―自己中心的、エネルギッシュ―短気、 自信家―傲慢、誇り高い―自惚れ。 ③ 退避的関係(その1) 貯蓄的構え、破壊的構え 退避(退行)的関係とは相手から距離を保って無関心や反発によって自己を保つことを さす。そのうち破壊的構えとは外界からの脅威をすべて積極的に排除し、都合の悪いもの をすべて破壊することで自己の無力感から逃れる形式である。肛門愛期に相当し強迫性格 の素地となる。他者への不信が基本にあり、自己内部への蓄えを唯一の拠り所とする。几 帳面だが頑固である。対比的には、現実的―夢がない、経済的―けち、謙虚―冷たい傍観 者、秩序―こだわり、忠実―盲従となる。 ④ 退避的関係(その2) 市場的構え 所属する社会や文化にステレオタイプに自己を埋没させることで脱個性化し、具体的他 者とのかかわりを持たずに孤立を避けるタイプで、高度にシステム化された現代社会に多 い。個性を持つかわりに自己が市場でどのような貨幣的価値を持つかに最大の関心を寄せ る。それは単なる歯車で代替え可能なモノ的存在である。したがって能率主義―現実への 逃避、前進的―今の価値だけに囚われる、臨機応変―刹那的、目的追求―ご都合主義、好 奇心旺盛―無方針という対で表される。 ⑤ 愛・理性関係 創造的構え これまでの4型は一部に肯定的な要素があったとしてもヒトとしての病理に起源のある 類型だが、フロムは「健康な構え」として他者に対して共生的でも退避的でもない類型と して生産的 productive であることを挙げる。それは自らの力で、自らの内に備わった可能 性を実現する人間の能力のことで、「外界を直視し、それに生気を与え豊かにしながら、関 与していく」創造的構えとされる。理性は虚構を打破して他者と本質的な関係を作りだし、 愛は自己と他者の距離を縮め、相互の受容を可能にするが、決して束縛することはなく自 由であるという。したがってこの構えには先の4型のように対概念で示さなければならな い独善性はない。 以上がフロムの類型だが、このうち①、②に示された共生関係において Abuse の被害者 ―加害者の役割が与えられている。③は単なる近隣の傍観者ということだし、④は、虐待
防止キャンペーンが張られると一時的には関心を寄せるがその関心はなが続きしないとい うタイプだろう。 基本的には⑤の構えで Abuse 問題に取り組みたいものである。
2-1:Abuse の生じる場 ― sexual abuse に関して
原理的にパブリックな場においては abuse は生じない。密接な私人間の力動のなかでの み、継続的でトラウマティックな abuse が発生する。例えば Child Abuse には、これま で、1)身体的虐待、2)ネグレクト(怠慢、無視)、3)心理的虐待、言葉による圧迫、4)性的 虐待が類型化されており、それぞれは互いに重複している。衆人環視のもとで、Abuser が 子どもにひどい暴力をすることはないし、まして性行為ないし性交類似行為を「イエ」の 外で子どもに強要することなどありえない。子どもは、他人に訊かれても、abuse の事実 を隠そうとする。これは parent abuse でも全く同じ事で、息子は母親にひどい暴力、暴 言、そして時折、性行為ないし、それに類似した行為を繰り返すが、母親はそのことを長 期に亘って秘匿してしまう。 性的虐待は長くベールに包まれていた。フロイトは精神分析の過程で、娘が幼少時に父 親からの性的な要求を受け入れていたと訴える症例に注目し、神経症(今日でいう PTSD) の一つの原因であるという仮説を立てたが、その後、撤回し、心的事実という言い方で、 わかりやすく言えば、娘の「空想の産物」として処理することになった。この問題はその 後、ながく等閑に付されていたが、米国におけるある調査によって再び脚光を浴びること になる。それが 1983 年のラッセルレポートである。背景にはフェミニズム運動があり、夫 婦間レイプやインセストが司法の場に持ち出され始めていた。ラッセルらはサンフランシ スコ在住の 18 歳以上の 930 人の女性に聞き取りで性的被害体験の調査を行った。それによ ればレイプや痴漢など様々な場面で、性交、オーラル、タッチまでを含む被害は彼女たち の4人に一人の割合にも上り、また3人に1人の確率で、14 歳以前の児童期性的虐待を受 けていた。家族内の人物との性的接触の過去を有する者は 16%、14 歳以前のインセスト被 害者が 12%、実父からの被害は 2.3%あった。もっとも、これにはさまざまなレベルがあ って、軽いものでは「卑猥な言葉をかける」「入浴中の娘を覗く」「トイレのドアを開ける」 などがある。日本では父親と小学生の女児が一緒に入浴することは格別に異常なことでは ないが、米国では嫌悪の対象とされる。なお日米間には離婚―再婚率に格段の差があるた め、日本にそのまま通用するかどうか疑問視されていたが、精神科医の斎藤学は、自身の クリニックで、無作為抽出の 1995-1997 年の二年間分の 400 名(全症例の 12.9%)では 49% に児童虐待の既往があり、性的虐待は 16.5%で、10.3%が近親姦だった。女性のみに限る と 19.5%が児童期性的虐待の被害者だったという。再調査した 776 人の女性群においても 同様の傾向があり、6-11 歳の少女が最も性虐待被害に遭いやすく、近親からの場合は被害 は長期化し、45%が1年以上持続し、しかも重度のものほど慢性化する傾向にあった。
ところが問題はこの次にあって、まさに長い秘匿の期間があるだけに供述に信憑性があ るかどうかというフロイト的振り出しに戻ってしまうのである。ところで米国では娘たち が親を告訴し損害賠償を求めるということが相次いだこともあって、90 年代に入ると、娘 たちの供述が錯誤記憶(false memory)に基づくと主張する親たちが現れ、過誤記憶症候 群基金(FMSF)なるものまで設立されたのである。こうなると法廷が心理学論争の場になっ て、双方が譲らない状況がいまだに続いている。日本でも 10 年ほど遅れて、娘が親を告訴 する際に助力する弁護士たちが出現している。 ちなみに性的虐待を受けた少女が後年になって理由のない抑うつ状態やリストカットを 繰り返したり、多重人格や薬物依存に陥ってしまうことがあるが、女性たちは治療の当初 は虐待された記憶がなく、語られない場合がある。いわゆる抑圧とか解離と呼ばれる現象 なのだが、治療が進むにつれて、過去の記憶が鮮明に蘇ることがある。心の底に沈んでい たいまわしい過去が現在の抑うつや薬物依存に陥らせていたわけで、治療によってそれら の症状が取れたとしても、その「記憶」ゆえに親や兄に激しい憎悪を抱くことも必然であ る。ところがその蘇った記憶の信憑性が問題となる。女性が「被害」を歪曲したり、誇張 することがあるからである。治療者は、しかし、審判を下す役割は受け持たず、まして、 憎悪を助長することも行わない。患者が過去から解放されるのを手助けするだけである。
2-2:ぶたれ妻 ― Abuse される側の病理
さきのE・フロムの「マゾヒズム―受容的構え」類型とも関係するが、アルコール依存 で、怠け者で粗暴な亭主の傍らに、じっとその仕打ちに耐えている妻がいて、しばしば彼 女たちは顔面に青あざを作り、ときどき骨折して救急病院に来る。時には、うろたえ気味 のアルコール臭い亭主に付き添われていることもある。診察室から夫を追い出して、事実 を確認しようとしても、「転んだだけです」などといって夫からの虐待を決して認めようと しない。日本では、息子から母への家庭内暴力についで多いのが Battered wife(ぶたれ妻) である。なお batter には殴るのほかに、こき下ろす、虐待するという意味も含まれている。 殴る夫の「理由」は、妻が命令に従わないとか、風呂に入れと言ったとか、返事が遅いと か、返答しないとか、まるでだだっ子の理屈であり、少年の家庭内暴力と同じく、家の外 では特に問題行動をなすわけでもない。 今日では、このような battered wife の多くが依存性人格障害という診断基準に当ては まることが知られている。 国際診断基準によると、次の8項目のうち5項目以上存在すればこの人格類型とされて いる。 ① 多くの助言がなければ日常的なことを決定することもできない ② 生活上の事柄で、責任を取ってもらうために他人を必要とする③ 支持または是認を失うのを恐れるため、他人の意見に異を唱えられない ④ 自分の考えで計画を始めたり、物事を行うことが困難 ⑤ 他人からの養育と支持を得るため、不快なことまでも自分から進んでするほどやりす ぎる ⑥ 自分自身をケアできないという誇張された恐怖感のため、一人になると不安や無力感 を感じる ⑦ 親密な関係が終わった時には、自分をケアしてくれる別の関係を必死で求める ⑧ 自分がケアされずに放っておかれるという恐怖感に、非現実的なほどにとらわれてい る もう少し具体的に描写すると、彼女たちは、自分の要求を他人の要求より軽視し、生活 における重要な領域では責任を他人に預け、自信に欠け、長時間独りでいると激しい不安 を感じる。他者からの忠告(ないし命令)なしには決断しない。リーダーになるのを避け、 従うのを好む。彼女たちは夫から激しい暴力を振るわれても、後で優しく扱われると(と いっても愛撫だったり、セックスだったりするだけだが)、打たれた自分がいたらなかった と「反省」してしまう。たいがいの場合、亭主は妻に全面的に依存しており、いわゆる共 依存関係となっている。したがって、この種の妻に警察に訴え出るように勧めても、妻は 治療者に従うことと、夫への病的愛着との葛藤で不安になり、治療に非協力的となる。依 存する人物がいないとうつ病になる危険性が高いとされていて、治療には細心の注意と継 続性が必要となる。
2-3:放置される子ども ― ネグレクト
この項から、以下(2―5、前半以外は)割愛。カルト問題との絡みでは次の文献を参 照のこと。特に子どもへの医療を宗教的理由で拒絶する問題はわが国では決着がつかない ままである。 【参考文献】 1)池田由子:わが子への医療拒否は児童虐待か?:精神医学 30 1052 ー 1053、1988 年 2)高橋紳吾:「宗教」(『医学のための行動科学』所収、鈴木二郎編著)、金芳堂、1992 年 3)高橋紳吾:狂信的な親から子どもを救出せよ(『子どものためのソーシャルワーク:虐待』 所収、川崎二三彦著)、明石出版、1999 年2-5:Abuser の精神病理
先に述べたように、フロム流にいえば、Abuser の構えは「サディズム―搾取的」ということになる。繰り返すと「その支配や所有がときに合理化されて、慈悲深い保護者の形を とることがある。フロイトの口唇愛後期に相当し、つねに攻撃的(かみつく)、羨望的態度 で相手に接するが、搾取に価しないと判断した場合には冷淡で無関心」である。したがっ て彼らは単独では生きられず、基本的には孤独を厭い、絶えず被搾取者を必要とし、まる で母親から無条件で褒められるかのごとくの賞賛を求める。基本的には、小心で、生育歴 に屈折したトラウマがあるがゆえに、誇大的な自己愛によってデフェンスされている。そ れゆえしばしば虚言を伴い、大言壮語し、失笑を買うが、知能が高いと成功をおさめ(通 常、最低でも 140 以上の知能指数を有すると推定される)、高級詐欺師、カリスマ、えせポ リティシャンとして生涯を終えることがある。 論理的に言えば、Abuser の最も不得意なのは、孤独である。さきに述べた、依存性人格 障害(ぶたれ妻)の診断基準をからも明白なように、それとの鏡像関係にある。 自分の望むように相手をコントロールしようとするところに Abuse の源泉があるよう で、精神科医の河野通英のいう「やさしい虐待」という言葉も参考になる。「・・・・もっと緩 やかなものには、親の期待で縛るというのもある。父親が開業医で、子どもに『おまえの 人生はおまえのものだから、自分の好きな道を歩んで良い。家業を継ぐ必要はない』と、 口では言っているが、子どもが医学部以外を受験しようとすると、何かと口を出し、結局 は医学部を受けさせる。子どものほうも親の気持ちを察し、医学部受験するが、成績が悪 くて受からない。親の期待に応えられない自分を責め、自尊心を傷つけてしまう。こうい うのはどこの家庭にも見られる・・・・もちろんこれらを心理的虐待とは言わない。だが、穏 やかな束縛から子どもの生命に危険が及ぶような明らかな虐待まで連続的につながってい ることを知っておいて欲しい・・・(参考文献―1)」 ― 以下省略 ― 【参考文献】 1:日本精神衛生会発行:「心と社会」第 31 巻1号、特集「増加する子ども、成人、高齢者へ の虐待を考える」、2000 年 2:日本精神衛生会発行:「心と社会」第 32 巻1号、特集「子どもの虐待防止 ― 親への支援、 予防、治療分野の可能性を探る」、2001 年 3:高橋紳吾:サイコパスという名の怖い人々:河出書房新社、1999 年 4:加藤 誠、柏瀬 宏隆:Cluster C(DSM-Ⅳ)の人格障害、臨床精神医学、増刊号 128-132、 1997 年 (この原稿は未了のものです。公開講座用に一部のみを掲載します:高橋)