2016 年度 一橋大学社会学部 中北浩爾ゼミナール ゼミ論文 なぜ第二次安倍政権は普天間基地の辺野古移設にこだわるのか? 社会学部3 年 4114118A 白井裕也 <目次> ・はじめに ・第一章 日米の外交・安全保障戦略 第一節 安倍政権の外交・安全保障戦略 第二節 アメリカの東アジア外交・安全保障戦略 ・第二章 なぜ辺野古なのか? ・おわりに はじめに 2017 年 2 月 3 日、安倍晋三首相はアメリカのトランプ政権の閣僚として初めて来日した マティス国防長官と首相官邸で会談した。この会談で安倍首相とマティス国防長官は、オバ マ前政権に続きアジア太平洋地域の安定のために日米同盟を強化していく方針で一致し、 普天間基地の返還に関しても辺野古移設が「唯一の解決策」という日米両政府の合意を確認 した1。この会談によってトランプ大統領が選挙期間中に示唆していた在日アメリカ軍撤退 の可能性は、消滅したと考えていいだろう。今後も沖縄に基地負担が集中する現実は変わら ず、沖縄県と日米両政府の激しい対立は続くと予想される。 現在、日本の国土面積の 0.6%に過ぎない沖縄県に在日米軍専用施設の 74%が集中して いる2という不平等な現実がある。この過重な基地負担のために、1995 年 9 月に沖縄県で発 生したアメリカ軍兵士による少女暴行事件3に代表される多くの米軍犯罪が発生し、さらに 米軍犯罪者の多くは非対称的な日米地位協定によって裁かれず、被害者とその家族は泣き 寝入りを余儀なくされてしまっている。沖縄県は、米軍基地が集中しているため、本土に住 んでいる私たちにはあまり馴染みのない米軍犯罪の危険性にさらされている。また、2016 年 12 月 13 日には米海兵隊普天間基地所属のオスプレイが空中給油訓練中に沖縄県名護市の 沖合で墜落するという事件が発生した4。この墜落事故から分かるように、米軍基地を抱え る沖縄県民は、常に米軍が引き起こす事故の危険性と隣り合わせなのである。沖縄県民は、 米軍兵士による犯罪や米軍が引き起こす事故といった米軍基地が存在することで発生する 1 村尾哲「尖閣に日米安保適用」『毎日新聞』2017 年 2 月 4 日(朝刊)1 面。 2 太田昌秀「「復帰」40 周年は未来を切り開く決断の年」太田昌秀・新川明・稲嶺惠一・ 新崎盛暉『沖縄の自立と日本―「復帰」40 年の問いかけ』岩波書店、2013 年、14 頁。 3 新崎盛暉『日本にとって沖縄とは何か』岩波書店、2016 年、84-86 頁。 4 「墜落したオスプレイ 空中給油中にトラブルか」沖縄タイムス+プラス ニュース、 2016 年 12 月 15 日、http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/75790、2017 年 2 月 5 日 参照。
リスクを一方的に押し付けられているため、安全に対して不安を抱えながら日常生活を送 っている。 現在の第二次安倍政権は、米軍基地が存在することでこのような苦しい状況に置かれて いる沖縄県に対して、基地負担を軽減するどころか、普天間基地の辺野古移設によって県内 の米軍基地を強化しようとしている。安倍政権のこうした沖縄県民の意志を踏みにじる姿 勢は、沖縄県民の反発を呼び、政府と沖縄県の対立を激化させている。2014 年 11 月の沖縄 県知事選で「オール沖縄」による「辺野古新基地阻止」を前面に掲げた前那覇市長の翁長雄 志氏が辺野古の埋め立てを承認した現職の仲井眞弘多氏を破り当選すると、翁長知事は 2015 年 10 月 13 日に辺野古の埋め立て承認を取り消し、政府と沖縄県の法廷闘争に突入し た5。この訴訟は、2016 年 12 月 20 日に最高裁の判決が出され、沖縄県側の敗訴が確定した 6。そのため、政府は辺野古の埋め立て工事を再開したが、沖縄県の翁長知事はあらゆる権 限を使用して辺野古の新基地移設を阻止する決意を示しており7、今後も長期にわたり政府 と沖縄県の泥沼の対立は続くことが予想される。 以上のように、普天間基地の辺野古移設という形で安倍政権は沖縄県に対して明らかに 不平等な負担を押し付けようとしているわけだが、なぜ安倍政権は普天間基地を辺野古に 移設することにこだわるのだろうか。沖縄県で暮らす県民の視点、いわば生活者の視点から この問題を見れば、普天間基地を辺野古に移設して沖縄県にこれまで以上の負担を押し付 けることは明らかに理不尽である。安倍政権が沖縄県の民意を無視し、この理不尽な政策を 実行しようとしている理由は何なのだろうか。この問いに対する答えを第一章と第二章に 分けて考察する。第一章では、安倍政権が在日米軍基地を削減するどころか普天間基地の辺 野古移設という形で増強しようとしている理由について日本を取り巻くアジア・太平洋地 域の安全保障環境を念頭において、安倍政権の外交・安全保障戦略とアメリカのアジア・太 平洋地域における外交・安全保障戦略という 2 つの視点から分析する。第二章では、第一章 を踏まえて安倍政権が普天間基地の移設先として沖縄県の辺野古にこだわる理由を日本政 府や本土の人々に深く根付いている沖縄県に対する差別意識や無関心といった国内の要素 に焦点を当てて分析する。 5 宮城大蔵『現代日本外交史』中公新書、2016 年、244-248 頁。 6 千葉雄高「辺野古訴訟で沖縄県の敗訴確定 最高裁が判決」朝日新聞デジタル、2016 年 12 月 20 日、http://www.asahi.com/articles/ASJDN44ZBJDNUTIL01R.html、2017 年 2 月5 日参照。 7 「沖縄県の協議要請拒否、辺野古工事再開 翁長知事「絶対阻止する」」沖縄タイムス、 2016 年 12 月 28 日、 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161228-00077697-okinawat-oki、2017 年 2 月 5 日参照。
第一章 日米の外交・安全保障戦略 第一節 安倍政権の外交・安全保障戦略 安倍政権が普天間基地の辺野古移設によって在日米軍基地の増強を進める理由を探るた めには、日本を取り巻くアジア・太平洋地域の安全保障環境を理解しておく必要がある。な ぜなら、沖縄に存在する米軍基地はアジア・太平洋地域の安全保障と大きく関係しているた め、安倍政権がどのように日本を取り巻く地域の安全保障環境を認識し、どう対処する姿勢 を示しているかを分析することはこのテーマを考えるうえで非常に重要なのである。 アジア・太平洋地域の安全保障環境の最も大きな変化として中国の台頭と海洋進出が挙 げられる。日本の民主主義体制とは異なる共産主義体制を敷く中国は、21 世紀に入ると急 速に台頭し、2010 年には日本の GDP を超えて世界第二位の経済大国の地位を占めるように なった8。経済成長を背景に自信をつけた中国は現在、対外政策のプライオリティとして「中 米新型大国関係」の構築を提唱し、南シナ海や東シナ海を含む中国の核心的利益をアメリカ に尊重させ、太平洋を二分する形でアジア・太平洋地域における指導的地位を築こうとして いる9。また、同時に中国は、軍事費の削減を進めているアメリカとは対照的に軍事費を増 やし軍備を増強させ10、海洋における動きを活発化させているため、アジア・太平洋地域の 安全保障環境に変化をもたらし日本を含むアジア・太平洋諸国に大きな脅威を与えている。 このように経済的・軍事的に台頭しアジア・太平洋地域の安全保障環境を大きく変更しよ うとする中国に対して、現在の日本の安倍政権はとりわけて大きな脅威を抱いている。その 突出した対中脅威認識の背景には、歴史問題と尖閣諸島問題がある11。添谷芳秀は、安倍政 権の外交戦略について「中国への対抗意識が原点にある」と述べ、軍事を含む安全保障政策 についても「『反中原理主義』に根差している」と主張しているが 12、彼の主張からも分か る通り安倍政権の外交・安全保障戦略は常に中国を念頭に置いているのである。 では、具体的に安倍政権は中国を念頭に置きながらどのような外交・安全保障政策をとっ ているのだろうか。安倍政権の外交・安全保障戦略については、2013 年 12 月 17 日に閣議 決定された国家安全保障戦略13から読み解くことができる。安倍政権は、外交・安全保障戦 略の基本方針として「国際協調主義に基づく積極的平和主義」を掲げている。国家安全保障 戦略では「国際協調主義に基づく積極的平和主義の下、国際社会の平和と安定及び繁栄の実 現に我が国が一層積極的な役割を果たし、我が国にとって望ましい国際秩序や安全保障環 8 田中均『日本外交の挑戦』角川書店、2015 年、137 頁。 9 三船恵美『中国外交戦略―その根底にあるもの―』講談社、2016 年、84-88 頁。 10 防衛省 HP「資料 20 各国国防費の推移」平成 26 年版防衛白書、 http://www.mod.go.jp/j/publication/wp/wp2014/pc/2014/html/ns020000.html、2017 年 2 月11 日参照。 11 添谷芳秀『安全保障を問い直すー「九条―安保体制」を超えて』NHK 出版、2016 年、 218-219 頁。 12 同上、180-181 頁。 13 「国家安全保障戦略について」内閣官房、2013 年 12 月 17 日、http://www.cn.emb-japan.go.jp/fpolicy_j/nss_j.pdf、2017 年 2 月 11 日参照。
境を実現していく必要がある」と述べられている。この記述からも分かるように、安倍政権 は積極的にアジア・太平洋地域の安全保障に関与し、関係諸国と協調して日本に都合の良い 安全保障環境を構築しようと試みている。安倍政権は関係諸国との協調において、オースト ラリアやインドなどグローバルで普遍的価値を共有する国々との関係を重視する価値観外 交を展開している14が、価値観外交を展開するうえで念頭にあるのはやはり中国である。中 国の共産主義体制と相容れない価値観である民主主義体制を敷く日本は、同じ民主主義の 価値観を共有するアジア・太平洋地域の国々と協力することで、中国を抑え同地域における パワーバランスを維持しようとしているのである。 安倍政権の外交・安全保障戦略である「国際協調主義に基づく積極的平和主義」を実行す るうえで軸となるのは、日米同盟の安定と強化である。日本は独力で中国と向き合い日本の 安全保障環境を確保することは困難であるため、日本の安倍政権は相対的に能力が低下し 対外介入に慎重なアメリカを東アジア地域の対立構造に一層深く引き込みたいと考えてい る15。国連の集団安全保障メカニズムが十分に機能しない現状16や民主党政権時代に普天間 基地移設問題をめぐり日米関係が大きく揺らいだことへの教訓17から、安倍政権は日米同盟 を強化させ日米関係を安定させることを日本の安全を保障するうえで必要不可欠であると 考えているのである。そのため、安倍政権は日米関係の安定が揺れ動くのを防ぐため、沖縄 県民がどれだけ反発しようとも日米両政府で合意した普天間基地の辺野古移設を遵守する のである。また、安倍政権が普天間基地の国外(グアムなど)移設を推進しない理由は抑止 力の観点からも指摘できる。日米安保条約に基づく在日米軍基地の存在はアメリカの核の 傘の信頼性を高め、抑止力を向上させてきた18。そのため、日本の米軍基地が減少した場合、 日米安保条約に則りわざわざアメリカが日本を防衛しようとする可能性も下がり、日本の 抑止力が低下するのである。 以上で述べたことをまとめると、中国が台頭しアジア・太平洋地域の安全保障におけるパ ワーバランスが変化している現状において、突出した対中脅威認識を持つ日本は自国の安 全を保障するために日米同盟の強化を基軸とした「協調主義に基づく積極的平和主義」を展 開することで中国を抑え込もうとしている。安倍政権は、基軸となる日米同盟を強固なもの にするために、在日米軍基地を維持する必要があるのである。さらに安倍政権は良好な日米 関係を保ち続けるため、沖縄県民という日本国民の意思を踏みにじる形で普天間基地の辺 野古移設を推進しているのである。 14 添谷芳秀、前掲書、178-182 頁。 15 遠藤誠治・遠藤乾編『シリーズ日本の安全保障1-安全保障とは何か』岩波書店、2014 年、6 頁。 16 同上、6-7頁。 17 公益財団法人世界平和研究所編、北岡伸一・久保文明監修『希望の日米同盟―アジア太 平洋の海洋安全保障』中央公論新社、2016 年、32 頁。 18 田中均、前掲書、114 頁。
第二節 アメリカの東アジア外交・安全保障戦略 第一節では、安倍政権の外交・安全保障戦略の観点から日本政府が在日米軍基地を必要と していると述べたが、いくら安倍政権が在日米軍基地を必要としたところでアメリカの軍 事・安全保障戦略に不必要と判断されれば在日米軍基地は縮小または消滅するだろう。この 節では、2009 年から 2017 年にかけてアメリカの政権を担ったオバマ前政権の東アジア外 交・安全保障戦略を分析することで、アメリカ側からみた日米同盟や普天間基地を含む在日 米軍基地の存在意義について考察する。 2011 年 11 月にオバマ政権は「リバランス」を打ち出し、軍事と外交の軸足をイラクやア フガニスタンなどの中東、中央アジア地域から経済発展著しいアジア・太平洋地域にシフト していく姿勢を示した19。森聡は、オバマ政権がこれまで行ってきた「リバランス」やアジ ア政策に関する演説の内容から以下の 3 つのアジア戦略の目標が分析できると述べている。 ➀安全の供与…アメリカは、中国の台頭に伴う中国と周辺国の間の安全保障競争をできる だけ緩和させ、安全保障環境を安定させたいと考えている。 ②ルールの推進…これまでアメリカが主導して構築してきた国際ルールをアジア諸国に共 有させ履行させたいと考えている。 ③域内全域への経済関与…アメリカは、域内の安全保障環境を安定させ、共通ルールに基づ いた地域秩序を形成し、その中で域内諸国と通商・経済関係を取り結び、アメリカ経済を活 性化させたいと考えている。20 この 3 つのアジア戦略目標から、経済成長著しいアジア・太平洋地域の経済活力を安定的 に取り入れることで自国の経済の活性化につなげたいというアメリカの意図が見て取れる。 そのためにオバマ政権は、アジア・太平洋地域のパワーバランスの変化に柔軟に対応し、安 全保障環境を安定させるとともに、全ての域内諸国をアメリカが主導して構築してきた国 際ルールの枠組みに取り込む必要がある。 このようなオバマ政権のアジア戦略の目標を踏まえて、具体的にアメリカはアジア・太平 洋地域でどのような外交・安全保障戦略を実行してきたのだろうか。やはり、アメリカがア ジア戦略上常に念頭に置いているのは中国である。オバマ政権は、常に中国を念頭に置きな がらアメリカのアジアにおける外交・安全保障戦略を変化させてきた。森聡は、アジアにお けるオバマ政権の安全保障アプローチの最大の特徴は、威嚇に基づいた抑止ではなく、約束 に依拠した安心供与のアプローチをとってきた点であると述べている21。安心供与のアプロ ーチとは、相手国が自国にとって最善の結果をもたらせば、自国も相手国に最善の結果をも 19 末永恵「『中国を配慮したリバランス』に説得力なしーアジア歴訪でオバマ大統領が見 せた矛盾」東洋経済ONLINE、2014 年 5 月 2 日、http://toyokeizai.net/articles/-/36832、2017 年 2 月 12 日参照。 20 公益財団法人世界平和研究所編、北岡伸一・久保文明監修、前掲書、39-41 頁。 21 同上、42 頁。
たらすと約束するアプローチである。オバマ政権は、発足当初同盟国・提携国と中国の双方 に安心を供給するという「二重の安心供与」アプローチをとってきた22。オバマ政権は、中 国との協調を前面に押し出すことで中国に国際ルールを順守させ地域の平和に貢献させる よう仕向けたが、中国は東シナ海に防空識別圏を設定するなど安全保障面で問題行動をと り続けた23。そのため、オバマ政権は中国に対する安心供与を後退させ、同盟国・提携国に 対する安心供与を強化する措置を積極化させていった24。このような中国を念頭に置いたア プローチの変化は、アメリカのアジア・太平洋地域における海洋戦略や軍事戦略にも反映さ れ、同盟国との連携重視やアメリカ軍の前方プレゼンスの重要性が示された25。オバマ政権 は、アジア戦略の目標を達成するためには、アメリカと同盟国・他の域内諸国との関係を強 化し、中国が国際ルールを遵守し安定的に台頭するよう誘導する必要があると認識したの である26。 このようなオバマ政権のアジア・太平洋地域における外交・安全保障戦略から日本との関 係について分かることは、アメリカは同盟国である日本との関係強化を必要としていると いうことである。同地域の安定を保ち中国を正しい(アメリカにとって都合の良い)方向に 誘導していくためには、日米同盟を強化し日本との連携を深めていく必要があるとオバマ 政権は認識したのである。日米双方は互いに中国という共通の国を念頭に外交・安全保障戦 略を構築しているため、日米の関係を強化することは双方の利益にかなっている。日本にお いては安全の保障、アメリカにおいてはアジア戦略目標の達成というメリットが双方に存 在するため、安倍政権とオバマ政権は互いに日米同盟の強化を望んでいるのである。そのた め、双方にメリットがある日米同盟を揺るがす普天間基地の辺野古移設問題について、日米 両政府は沖縄県の民意を無視して現行案を推進しているのである。2017 年 1 月 21 日(日本 時間)にアメリカではオバマ政権からトランプ政権に移行したが、同年 2 月 11 日(日本時 間)に行われた日米首脳会談で両首脳は日米同盟の強化と普天間基地の辺野古移設推進で 合意したため27、日米関係に関するオバマ前政権の方針は継続されることが予測される。 第二章 なぜ辺野古なのか? 第一章では、日米両政府の外交・安全保障戦略を分析することで日米同盟強化を双方が望 んでいるため、日米関係を揺るがしかねない沖縄県普天間基地の辺野古移設撤回ができな い現実について述べた。しかし、第一章の考察だけでは一つの大きな疑問が残る。普天間基 地の辺野古移設撤回を望む沖縄県の民意はどうなるのだろうか。日本の国土面積の 0.6%に 22 同上、42-43 頁。 23 同上、44-45 頁。 24 同上、46 頁。 25 同上、94-107 頁。 26 同上、56 頁。 27 影山哲也「手応え予想以上」『毎日新聞』2017 年 2 月 12 日(朝刊)3 面。
過ぎない沖縄県に在日米軍基地の 74%が集中しているにも関わらず、普天間基地の辺野古 移設によってさらに基地が強化されようとしている現実について日米両政府の外交・安全 保障戦略の観点からだけで説明することはできない。そもそも「安全保障」という概念は歴 史的に変遷し正しい定義が存在するわけではないが、ここでは人間本位の安全保障28と捉え ると、日本の外交・安全保障は誰のために存在するのだろうか。日本国民の安全を保障する ために存在するはずの日本の外交・安全保障戦略が、沖縄県民という日本国民の安全を脅か しているという矛盾した現実がある。この矛盾した現実がどうして成り立っているのかに ついて以下に述べる。 多くの軍事専門家は、軍事的観点から見れば普天間基地の代替施設は沖縄にある必要は ないが、米軍基地はできるだけ沖縄に閉じ込めておくほうが全国的な政治問題化しにくい と考えている29。普天間基地を県外に移設しようとした場合、政府が他の自治体に受け入れ るよう説得するのは困難であり全国的な政治問題になるのは確実である。もし全国的に政 治問題化すると在日米軍基地の必要性そのものにまで議論が波及し、日米同盟に深刻な影 響を及ぼす可能性がある。以上の政治的理由から普天間基地は辺野古に移設されようとし ているわけだが、このような安倍政権の政治的決断を容易にしているのは「構造的沖縄差別」 と日本国民の沖縄県に対する無関心という 2 つの国内的要素である。 一つ目の「構造的沖縄差別」とは「対米従属的日米関係の矛盾を沖縄にしわ寄せすること によって、日米関係(日米同盟)を安定させる仕組み」である30。新崎盛暉によると、戦後 の日米関係は天皇制の利用・日本の非武装化・沖縄の分離軍事支配の 3 つを基本としたアメ リカの占領政策からスタートし、その基本的枠組みの中で「構造的沖縄差別」が確立されて いった31。戦後日本政府は、1960 年の日米安保改定や 1972 年の沖縄返還を機に在日米軍基 地を沖縄に集約させるという形で「構造的沖縄差別」を積極的に利用してきたという事実が ある32。つまり、日本政府は、戦後一貫して非対称な日米関係が原因で基地問題が発生する たびに在日米軍基地を沖縄に集約させることで、日米同盟の限界が国民に露呈するのを防 ぎ、日米関係を安定させてきたのである。現在の安倍政権も戦後日本が日米関係を維持する ために一貫して利用してきた「構造的沖縄差別」に則り、普天間基地を同じ沖縄県内の辺野 古へ移設しようとしているのである。 2 つ目の日本国民の沖縄に関する無関心とは、沖縄タイムスの記者である宮城栄作が述べ るように、基地問題に関する東京と沖縄の温度差のことである33。日本本土のマスメディア は沖縄のマスメディアに比べて沖縄の基地問題に関する報道量が少なく、日本本土と沖縄 28 遠藤誠治・遠藤乾編、前掲書、50-57 頁。 29 新崎盛暉、前掲書、122 頁。 30 同上、37 頁。 31 同上、37 頁。 32 同上、68-69 頁。 33 安田浩一『沖縄の新聞は本当に「偏向」しているのか』朝日新聞出版社、2016 年、 144-151 頁。
県が地理的に遠いということもあり、日本本土の人々は沖縄の基地問題を身近な問題とし て感じにくい。また、作家の百田直樹が 2015 年 6 月 25 日の自民党の勉強会である文化芸 術懇話会で「普天間基地は田んぼの中にあった。周りには何もない。そこに商売になるとい うことで人が住みだした」と誤った事実を述べたことに代表されるように、ネットを中心と して「嫌沖」の言説が巷に溢れている34。このような日本国民の沖縄に対する無関心とネッ トを中心とした「嫌沖」の空気は、普天間基地の辺野古移設に関する反対運動が全国的に盛 り上がることを阻害し、安倍政権が沖縄県に対して強硬的な態度をとることを容易にして しまっている。 以上で述べたことを要約すると、日本国民の安全を保障するべき日本の外交・安全保障戦 略が沖縄県民という日本国民の安全を脅かしているという矛盾した現実は、日本が戦後積 み重ねてきた「構造的沖縄差別」と日本本土の人々による沖縄に対する無関心によって支え られてきた。普天間基地の県外移設という沖縄県の民意は、この 2 つを利用した安倍政権の 強硬姿勢によって押しつぶされようとしているのである。 おわりに 第一章では、中国の台頭と海洋進出というアジア・太平洋地域を取り巻くパワーバランス の変化を背景として、日本とアメリカの双方が日米同盟の深化を望んでいる現実について 述べた。この日米両政府がともに関係強化を望んでいる現実は、普天間基地の辺野古移設撤 回を困難にしている。なぜなら、日米両政府はすでに普天間基地の辺野古移設について合意 しているため、安倍政権が辺野古移設を撤回することは日米関係に深刻なダメージを与え ることにつながるからだ。 第二章では、第一章だけでは説明できなかった沖縄県の民意がないがしろにされている 理由について国内の視点から述べた。いくら安倍政権が日米関係の親密さを維持するため に普天間基地の辺野古移設を推進したいと考えても国民の理解が得られなければ推進する ことは難しい。明らかに沖縄にとって理不尽な普天間基地の辺野古移設が実現しようとし ているのは、戦後歴史的に築かれてきた「構造的沖縄差別」と日本本土の人々による沖縄に 対する無関心が背景にある。安倍政権が強硬的に普天間基地の辺野古移設推進を実行でき るのは、これら 2 つの国内要素によって支えられているのである。 第一章と第二章を通じて分かることは、本論のテーマである「なぜ第二次安倍政権は普天 間基地の辺野古移設にこだわるのか?」を説明するためには、国際的な視点と国内的な視点 の両方が必要ということである。日本国内に外国の軍隊が存在するという在日米軍基地の 性質状、普天間基地の辺野古移設問題は国内情勢と国際情勢の両方に左右される。現在、国 民の高い支持率を背景に自民党一強体制を敷いている安倍政権の下では、日米関係を最重 要視する姿勢は変わらないだろう。一方で、オバマ政権からトランプ政権に移行したアメリ 34 同上、20-30 頁。
カでも引き続き日米同盟を重視する姿勢を表明しており、アメリカのアジア・太平洋地域に おける外交・安全保障戦略は引き続き継続されることが予測される。また、日本国民の沖縄 県に対する無関心も改善する兆しが見えない。このような国際・国内情勢下では、安倍政権 と沖縄県の普天間基地の辺野古移設をめぐる泥沼の戦いは今後も続くであろう。 参考文献 新崎盛暉『日本にとって沖縄とは何か』岩波書店、2016 年。 遠藤誠治・遠藤乾編『シリーズ日本の安全保障1-安全保障とは何か』岩波書店、2014 年。 太田昌秀・新川明・稲嶺惠一・新崎盛暉『沖縄の自立と日本―「復帰」40 年の問いかけ』岩 波書店、2013 年。 公益財団法人世界平和研究所編、北岡伸一・久保文明監修『希望の日米同盟―アジア太平洋 の海洋安全保障』中央公論新社、2016 年。 添谷芳秀『安全保障を問い直す―「九条―安保体制」を超えて』NHK 出版、2016 年。 田中均『日本外交の挑戦』角川書店、2015 年。 三船恵美『中国外交戦略―その根底にあるもの』講談社、2016 年。 宮城大蔵『現代日本外交史』中公新書、2016 年。 安田浩一『沖縄の新聞は本当に「偏向」しているのか』朝日新聞出版社、2016 年。 「沖縄県の協議要請拒否、辺野古工事再開 翁長知事「絶対阻止する」」沖縄タイムス、 2016 年 12 月 28 日、http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161228-00077697-okinawat-oki、2017 年 2 月 5 日参照。 「国家安全保障戦略について」内閣官房、2013 年 12 月 17 日、http://www.cn.emb-japan.go.jp/fpolicy_j/nss_j.pdf、2017 年 2 月 11 日参照。 末永恵「『中国を配慮したリバランス』に説得力なしーアジア歴訪でオバマ大統領が見せ た矛盾」東洋経済ONLINE、2014 年 5 月 2 日、http://toyokeizai.net/articles/-/36832、 2017 年 2 月 12 日参照。 千葉雄高「辺野古訴訟で沖縄県の敗訴確定 最高裁が判決」朝日新聞デジタル、2016 年 12 月 20 日、http://www.asahi.com/articles/ASJDN44ZBJDNUTIL01R.html、2017 年 2 月5 日参照。 「墜落したオスプレイ 空中給油中にトラブルか」沖縄タイムス+プラス ニュース、 2016 年 12 月 15 日、http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/75790、2017 年 2 月 5 日 参照。 防衛省「資料20 各国国防費の推移」平成 26 年版防衛白書、 http://www.mod.go.jp/j/publication/wp/wp2014/pc/2014/html/ns020000.html、2017 年 2 月11 日参照。