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人間科学研究 Vol. 28, Supplement(2015)
修士論文要旨
【問題と目的】
過敏性腸症候群(IBS)は,近年国内外で多くの病態研 究や介入研究が行われているが,現段階では特定の原因が 明らかになっていない,頻度の多い機能性消化器疾患であ る(日本消化器病学会,2014)。症状の発症・悪化には心理 社会的要因が一因として関与していることが判明しており
(福土,1987),IBS患者のQOLは健常者と比べて有意に低 い。またQOLの低下には精神的な要素が関連していると考 えられている(金澤,2004)。Spiegel(2004)によれば特 に重度のIBS患者においては,QOLの低下は消化器症状そ のものよりむしろ消化器外症状が関連していると報告され ている。プライマリケアにおいてのIBSの標準治療が即効 しない場合,ドクターショッピングや治癒への断念により,
二次的に抑うつや社会的場面からの回避という問題が発生 している(Toner,2011)。
そのため,本研究では,IBS症状自体の治癒要因に留ま らず,IBS罹患者の主観的な体験の認知,サポート資源や 社会的ストレスなどの幅広い背景要因を包含した軽快・治 癒のプロセスを明らかにしたい。実際の治癒プロセスが共 有されることで,IBS患者と医療従事者の双方にとって治 療の見通しが立ちやすくなり,標準治療が即効しない重度 のIBS患者の場合にも両者が無力感を感じることなく,治 療への動機付けを高く維持し,ドロップアウトが減る可能 性がある。さらにそれらのプロセスモデルはセルフケアに 取り組む際の有用な情報となることが期待される。
【方法】
対象者:IBSに罹患経験があり,自覚的軽快・治癒を経験 した男性4名,女性3名(平均年齢35歳)の計7名。症状型 の内訳は交替型6名,下痢型1名。
募集方法:IBS罹患者が利用する個人が運営するインター ネット上の掲示板に研究協力依頼を掲載。
調査方法:1回60分程度の半構造化面接を実施。IBS症状 の発症前から悪化・軽快・治癒に至る症状の変遷,治癒に 至る要因として考えられる事や,それぞれのステージにお ける主観的な体験や認知について心理・身体・環境の面か ら聞き取り調査を行った。
分析方法:分析にはTEM(Trajectory Equifinality Model: 複線径路等至性モデル)を採用した。
【結果】
各事例を図にまとめ,抽出された概念を時系列に並べ,
IBSの軽快・治癒プロセスを示すTEM図を作成した。等至 点(EFP)は【IBS症状への肯定的意味づけ】,必須通過点
(OPP)は【腹部症状の発現】,分岐点(BFP)は【腹部症 状へのとらわれ】と【IBS症状の一部軽快】に加え,文化・
社会的圧力として社会的方向付け(SD)と社会的ガイド
(SG)を設定した。分析の結果,IBS罹患者の軽快・治癒 プロセスは以下の3類型に分けられた。
Ⅰ型はIBS症状の一部軽快後に,一時的に精神的な落ち 込みを経験しているモデルであり,背景に身体化障害など の心理的要因が想定されたモデルである。Ⅱ型は,医療機 関の受診による薬物療法と医師からの共感を得ることで IBSの標準治療にうまく乗ったモデルであった。Ⅲ型はIBS の発症当初より,腹部膨満・ガスの発生による,においへ の困難感が強いモデルであり,背景に対人恐怖や妄想性障 害などの心理的要因が想定されたモデルであった。いずれ の類型も,当初は腹部症状へのとらわれがあり,それは症 状に対する否定的な意味づけとして説明されるものであっ たが,全ての類型が【完璧に生きることの受容的諦め】か ら【人生観の変化】の概念を通過し,最終的にIBS症状へ の意味づけの変容である【IBS症状への肯定的意味づけ】へ 至っていた。
【考察】
【IBS症状の一部軽快】までのプロセスは,先行研究で言 及されてきた症状の緩和要因(社会的サポートや対処方略)
と一致する。本研究では,その後のプロセスに質的に異な る径路が存在することが明らかとなった。特にⅠ型は重度 のIBS患者においては,症状の一部軽快後にそれまで潜在 していた心理的問題が急激に表面化するリスクがあるため,
経過に留意する必要があることを示唆している。
また,従来から重要性が指摘されてきた共感・受容の要 因と,一見相反するような困難からの回避を許さない外的 圧力が相補的に働くことで,主観的な軽快・治癒のプロセ スを押し進めた可能性が示唆された。「共感・受容」と「変 化への圧力」の2要因の相補的な働きは心理的介入技法の 中で意図的に適用できる可能性があり,今後実際の介入研 究等を通して,効果の検証が行われることが期待される。
過敏性腸症候群罹患者の治癒プロセスに関する質的研究
Qualitative study of healing and recovery process for irritable bowel syndrome patients
河西 ひとみ(Hitomi Kawanishi) 指導:野村 忍