「テイル」 表現の日英語比較 : 「走れメロス」 での 検証
著者 加須屋 弘司
journal or
publication title
英語英文学研究
volume 5
page range 77‑93
year 1999‑09
出版者 東京家政大学文学部英語英文学科
URL http://id.nii.ac.jp/1653/00009619/
「テイル」表現の日英語比較一「走れメロス」での検証一
加須屋 弘 司
1 はじめに
日本語学の分野では、長い間、「(動詞)+テイル」は動作の「進行」と
「結果」という2っの意味を表すとされてきた。
1.a.妹は本を読んでいる。 <進行>
2.a.妹は結婚している。 〈結果〉
〈動作の進行〉を表すものは、次のように「トコロ」を伴うことができる が、〈結果を〉表すものには「トコロ」を付加することはできない。
1.b.妹は本を読んデイルところだ。
2.b.妹は結婚しテイルところだ。 [非文]
しかし、藤井(1975)は「動詞+テイル」に下記の7っの意味を認めた。
3.(A)今本を読んデイル。
(B)じっとしテイル。
(C)今は結婚しテイル。
(D)すでに知り合っテイル。
(E)山がそびえテイル。
(F)人がどんどん死んデイル。
(G)小説の中に表現されテイル人物
〈動作の進行〉
〈持続〉
〈結果の残存〉
〈経験〉
〈単純状態〉
〈反復〉
〈存在〉
これに対し、安藤(1986)は、『「テイル」と言う形式の意味と、上に来る動 詞に内在するアスペクト的意味と、共起する「今」とか「どんどん」とかの
時間または様態の副詞語句の意味とが分離されずに、ごた混ぜで考えられて いる』と批判し、『〈経験〉、〈結果〉、〈反復〉、〈単純状態〉、〈存在〉
などの意味は、
i)動詞自体のアスペクト意味 li)共起する副詞語句の意味 (注1)
m)現実世界の事情
などによるもので、「テイル」自体のアスペクトの意味は、〈継続〉ない しく持続〉である』と論じて、日本語動詞の文法的アスペクト・語彙的アス ペクトを下記のようにまとめている。
(1)文法的アスペクト
ル形非完了相一ある事柄の実現が確実であるという話し手の判断 を表す。
タ形完了相一動作・状態がある基準時に完了したと言う話し手 の判断を表す
(2)語彙的アスペクト
テイル 継続相一ある動作・状態が継続している。
テアル 結果相一対象に加えられた行為の結果が残っている。
安藤(1986)は、上記のように語彙的アスペクトとして、「テイル」を継続 相に位置づけたが、i)共起する副詞語句を除いても、〈継続〉だけでは説明 できない意味が生じるのは、i)動詞自体のアスペクト的な意味が大きく作用 していると考えられるとした。藤井(1956)は、日本語の動詞を、その意味 的アスペクトによって8種類に分類し、「テイル」の意味を解明しようとレ た。本論ではさらに一種のカテb リーとして心理動詞を加えて、「テイル」
の意味と動詞の意味的アスペクトとの関連を考察したい。
2.日本語動詞の意味的アスペクト
日本語の動詞は、その意味的アスペクトによって、下記の9種に分類する ことができる。
(1)必ず「テイル/テイタ」をつけて用いる動詞。〈動作〉を表すこと は稀で、通常は副詞語句に有無にかかわらず、〈状態の持続〉を「テ イル」形で表す動詞である。
優れる、主だっ、ずばぬける、ありふれる、入り組む、見えすく、
沿う、じっとする、
(ある事を)黙る、似る、似通う、にやける、大人びる、あかぬ ける等
(2)状態動詞(物と物との関係を表す動詞)
足りる、引き立っ、溶ける、要する、(お金が)かかる、似合う、
(〜に)当たる、
異なる、適する、付随する、共通する、兼ねる、属する、関係す る、含む、相当する等
(3)状態動詞(人の態度に関する動詞)
甘ったれる、かいかぶる、へりくだる、思い上がる、ひねくれる、
徹する、威張る、うぬぼれる、卑下する、すます、厚着する等
(4)状態動詞(徐徐の変化の結果を表す動詞)
太る、痩せる、ふける、衰える、疲れる、すりきれる、
(日に)やける、あせる、(おなかが)すく等
(5)心理動詞(人の心理的動作)
思う、考える、信じる、望む、知る、疑う、好む、嫌う等
(6)継続動詞(ある時間内継続して行われる動作)
読む、書く、働く、歌う、聞く、見る、話す、作る、寝る、歩く、
走る等
(7)継続動詞(動作そのものよりも結果に重点がある動詞)
落ちる、着る、乗る、来る、行く、散る、なる等
(8)瞬間動詞(瞬間に終る動作)
ぶっかる、見送る、目撃する、殴る、遭遇する、発見する、飛び 出す、(事件が)起こる等
⑨ 瞬間動詞(結果に重点がある動詞)
結婚する、始まる、終る、出発する、到着する、
(病気が)なおる等 3.「テイル」の意味
「(動詞)+テイル」の意味は、大きく次の7のカテゴリーに分類される。
それぞれの意味と、上記の動詞分類の関連にっいて、英語表現形式を合わせ て考察してみよう。
1.動作の進行
英語の進行形に相当する表現で、動作が進行中であることを表す。上 記の動詞分類では(6)継続動詞に「テイル」「テイタ」がつく。
兄は今、手紙を書いている。
My brother is writing a letter now.
いっも、ラジオを聞いている。
My brother is always listening to the radio.
10時間も寝ている。
My brother has been sleeping for ten hours.
ラジオを聞いている最中に、...
My brother_when he was listening to the radio.
2,状態の持続
ある状態がそのまま持続していることを表す。上記の動詞分類の(4)
と(3)の動詞に「テイル」、「テイタ」がつく。英語の現在形、過去形、
または現在完了形に対応する。決して進行形にはならない。「〜して いる最中に」「何時間も」という表現ができない点で1.〈動作の進行〉
と異なる。
あの人はふとっている。 He s got more weight.
私は疲れている。 1 mtired.
[誤]あの人が太っている最中に.../私が疲れている最中に...
10時間も太っている/10時間も疲れている。
3.思考・感情
(5)の心理動詞は「テイル」形で用いられることが多いが、英語の進 行形に対応しない点で、1.動作の進行に含めることはできない。心理 動詞は目に見える動作や状態ではないので、〈進行〉とも〈状態〉と も判別できない場合が多いからである。状況によって〈進行〉が明白 な場合は、進行形が対応する場合もある。
彼は事実を知っています。 He knows the truth.
この問題をどう考えますか。
What do you think of the problem?
何を考えているのですか。 What are you thinking about?
4.結果の残存
過去の動作の結果が現在まで残っていることを表す。英語の現在形や 現在完了形に対応する。「いつも」や「長い間」「朝から晩まで」「〜
している最中に」「〜していられる(可能)」等の表現とはなじまない。
上記の動詞分類の(4)(7)(9>の動詞に「テイル」「テイタ」がつく。
授業は始まっている。 The class has already begun.
財布が落ちている。 Awallet is over there.
[誤]長い間授業は始まっている。/朝から晩まで財布が落ち ている。
5.経験
「すでに」や「今までに」等の副詞語句と共に使われて、過去の動作 を現在から眺めて「経験」として表現する。「テイル」「テイタ」の意 味というよりは、共に使われる副詞語句が「経験」の意味を添加する。
上記の動詞分類の(6)(7)(8)の動詞に「テイル」「テアル」がっく。
英語の完了形または過去形に対応する。
その本は学生たちはすでに読んでいます。
The students have already read the book.
兄はオーストラリアには3度も行っています。
My brother has been to Australia three times.
彼はすで彗星をいくっも発見しています。
He has already discovered a lot of new commets.
6.単純状態
動作が進行中なのではなく、物や人の状態を表す最も広い用法の「テ イル」である。「道が曲がっている」というのは、まっすぐだった道 が「曲がりっっある」と言う意味ではなく、単に「曲がっている道」
を描写したのである。上記の動詞分類の(1)(2)〈3)(4)の動詞に「テイ ル」「テイタ」がつく。
あの子の成績はずば抜けている。
That boy is by far the best scholar.
どんな点が異なっていますか。
What is the difference between them?
彼は役所では威張っています。
He assumes an air of importance in the office.
袖がすり切れていました。 The leeves were worn out.
7.反復
元来は瞬間に行われる(起こる)動作が、繰り返して行われることを 表す。「っぎっぎに」や「どんどん」等の副詞語句に補佐された意味 が強く、「テイル」独自の意味ではない。上記の動詞分類の(6)(7)(8)
(9)の動詞に「テイル」「テアル」がっく。
彼は酒ばかり飲んでいる。 He is always drinking sake.
葉がどんどん散っています。 The leaves are steadily falling.
若い人がどんどん外国へ飛び出している。
More and more young men go abroad.
っぎつぎに飛行機が離陸していた。
The airplanes took off one after another.
4.実例文の検証
上記の日本語動詞の意味的アスペクトの分類と、テイルの意味分類藤を基 盤にして、実際に太宰治の「走れメロス」(角川文庫:第43版1992)と、そ の翻訳Crachling.Mountain and Other Stories by Osamu Dazai,
translatedby James O Brien(Charles E. Tuttle:1992)を比較して「テイ ル」表現を考察し、日本語の「テイル/テイタ」が実際にどのように訳出さ れているかを検証する。この短編の小説には「テイル/テイタ」表現は全部 で44例あり、その全てを詳述することは紙面の都合でできないが、主な訳 例を考察する。番号は小説に現れる「テイル/テイタ」の順番である。
1.十六の内気な妹と二人暮らしだ。この妹は、村の律気な一牧人を、近々、
花婿として迎える事になっていた。
His younger sister was shy girl of fifteen who had become engα8ed to an honest shepherd.
この文の「なっていた」は、「なる」と言う(4)徐々の変化の結果を表 す状態動詞の「テイル形」で結果の残存を表す。従って、「なった」と いう過去の動作の結果が文の基準時点まで残存していることを表す。英 語の完了形に対応する。
2.メロスには竹馬の友があった。セリヌンティウスである。今はこのシラ クスの市で、石工をしている。
Melos strolled down the main street looking for Selinunteus, a boyhood friend of his whoωorhed in the city asαstonemason.
この文中の「ている」は、本来は過去の事実を表す「タ形」で「ていた」
となるはずであるが、描写を生き生きとさせるためにレトリックとして、
「ル形」を用いてある。これは、一種の「歴史的現在」の表現である。
「スル」は典型的なく動作〉を表す(6)継続動詞(ある時間内に継続して 行われる動作)だから、日本語ではく進行〉を表すためには「しテイル」
という「テイル」表現にならなければならないが、本文の「石工をして
いる」は、動作の進行ではなくく状態〉を表すから、英語では状態動詞 beが対応して... who was a stonemason in the city.または、「石工
として働いていた」という意味で、英訳文のように動作動詞workが対 応して_who worked in the city as a stonemason.となる。
3.歩いているうちにメロスはまちの様子を怪しく思った。
As heωαlhed along, however, he began to sense that some。
thing was wrong.
この文中の「ている」は、(6)継続動詞の進行を表す。通常は、英語で は現在進行形や過去進行形が対応するが、英訳文のように、時間的に幅 のある副詞節を導く接続詞asやwhileなどで始まる副詞節の中ではそ の中の動詞は必ずしも進行形にならない。
また、日本語では、文尾以外の動詞は、文尾の動詞が行われる時点を基 準として、その時点で完了していれば「タ形」、完了していなければ 「ル形」となる、いわば「相」の言語規則が適応されるので、上記の文 は「歩いていたうちに…」では非文である。(注2)
(例)子供たちは、食事をする前に手を洗いました。
(子供たちは、食事をした前に手を洗いました。[非文])
The children washed their hands before they had meals.
その子は泣いているうちに、眠ってしまいました。
(その子は泣いていたうちに、眠ってしまいました。[非文])
The child fell asleep while she was crying.
5.「悪心を抱いている、というのですが、誰もそんな悪心を持ってはおり ませぬ」
He says we re evil, but iVs not true.
この文中の「悪心を抱いている」「悪心を持っている」は、意味的には (5)心理動詞に近いが、「抱く」「持っ」は、(6)継続動詞(ある時間内 継続して行われる動作)で、〈状態の持続〉を表す。「抱いている/持っ ている」は、英語では状態動詞haveが対応し、文字通りに翻訳すれ
ば He says we have evil minds. となる。この際のhaveは状態動 詞だから、進行形にはならない。
心理動詞は、日本語では「嫌っている」「思っている」のように「テイ ル/テイタ」で表現されるが、動作ではなく心理的な状態や感覚を表す ので、英語では下記の動詞は原則として進行形にならない。
dislike, hate, like,10ve, prefer, want, wish, astonish, impress,
please, satisfy, surprise,
believe, doubt, guess, imagine, know, mean, realize, recognize,
remember, suppose, think, trロst, understand hear, see, taste, smell,
belong・to, concern, consist of, contain, depend on, deserve, fit,
include, involve, lack, matter, need, owe, own, possess,
apPear, resemble, seem
また、「持ってはおりませぬ」は、「持っていません」の「いる」を謙譲 表現にして「おります」に変えたものである。
8.「私だって、平和を望んでいるのだが」
After al1, I too ωant peace and quiet.
日本語では動詞の「タ形」の「タ」を「テ」に変えて「イル」を続けて 「テイル形」をっくる。動詞の「タ形」が「ダ」の場合は、「ダ」を「デ」
に変えて「イル」を続けるから「デイル」となる。
(例)書く→書いた→書いている 読む→読んだ→読んでいる
この文の「望む」は、(5)心理動詞であるから、〈思考・感情〉を表し、
英語では進行形にはならない。
13.メロスの十六の妹も、今日は兄の代わりに羊群の番をしていた。
His sister was there too, tendin8 the flock.
「羊群の番をしていた」は、文字通りに訳せばHis sister was tending the flock there.であるが、「妹も他の村人たちといっしょに村にいて、
羊の群の面倒を見ていた」のように、まず、「村にいた」という存在を 述べてから、その付帯状況としてtending the flock(羊群の番をして)
を述べている。
15.祝宴に列席していた村人たちは、何か不吉なものを感じたが、
The guestsαt the banquet felt something ominous.
この文の「テイタ」は、(8)結果に重点がある瞬間動詞「列席する」に 「テイタ」がついた表現でく結果の残存〉を表す。英訳文では「祝宴の客 人たち」という意味の前置詞句を用いたThe guests at the banquetと なっていて、動詞が含まれないが、The guests who were at the banquet の意味である。藤井の言うく存在〉を表す用法である。このように、あ る場所に存在する物や人を表すのに、英語ではく名詞+前置詞+場所 名詞〉の表現を使うことが多い。(関係代名詞+be動詞)を省略した表 現形式と見ることもできる。
(例)机の上にある本は私のではありません。
The books(which are)on the desk aren t mine.
オーストラリアから来た女子学生を知っていますか。
Do you know the girl student (who is) from Australia?
16.メロスも満面に喜色を湛え、しばらくは、王との約束をさえ忘れていた。
For the time being, Melos could smile with delight,鳩 promise to the king forgotten.
「忘れていた」は、「忘れる」という(7)継続動詞で、動作の結果が、文 の基準時まで継続していることを表す。この文では英語では過去完了形 が対応して、Melos had forgotten his promise to the king.となる が、この英訳文では、Melos could smile with delight,という前文の 付帯状況として述べている。付帯状況表現は、文の主動詞と同時点の状 況を〈(with)+名詞+形容詞、分詞など〉によって表す形式である。
日本語にはこれに対応する表現形式はない。
(例)彼は泥だらけの長靴で入ってきた。
He came in with his boots covered with mud.
口の中をいっぱいにしてしゃべってはいけません。
Don t speak with your mouth full.
彼は車のエンジンがかからなかったので、バスで行きました。
He went by bus, his car failing to start.
18.今宵呆然、歓喜に酔っているらしい花嫁に近寄り、…
Melos went up to the bride, who seemedαlmost da2ed with hapPiness, and ...
「酔っている」は、(7)結果に重点がある継続動詞「酔う」に「テイル」
がついて、〈結果の残存〉を表す。「らしい」は推量を表す。
現在・過去・未来という基本時制が明確な英語では、went, seemedが 過去形であるのに対して、日本語では、「酔っているらしかった花嫁」と はならずに、「酔っているらしい花嫁」と言う。これは、日本語では文 尾の動詞が行われる時点を基準にして、動作が完了していれば「タ形」、
完了していなければ「ル形」となるからである。(注2)
(例)仕事を求める人たちが大勢集まっていた。
There were a lot of people who wanted jobs.
病気で寝ている子どもたちに、薬品が必要だった。
We needed the medicines for the children who were ill in bed.
21.きのうの豪雨で山の水源地は氾濫し、濁流酒々と下流に集まり、猛勢一 挙に橋を破壊し、どうどうと響きをあげる激流が、木端微塵に橋桁を飛 ばしていた。
The muddy torrent had gathered strength and knocked the bridge out;now it roared past, sm」ashing the fallen girders to pieces.
この文中の「飛ばしていた」は、(8)の瞬間動詞だから過去のある時点
で目の前で起こりつっある動作のく進行〉を表す。また、この文意では、
「飛ばす」と言う瞬間動詞のく結果〉に重点を置いて、「すでに飛ばして いた」という解釈も成り立っ。翻訳者は前者の〈進行〉に解釈し、it roared past「激流が響きを上げて通り過ぎていった」という主節に、
分詞構文で付帯状況として描写している。having smashed...ではない。
22.流れはいよいよふくれ上がり、海のようになっている。
The river kept rising until it spreαd out Iike the sea.
「なっている」は状態に変化が起こり、新しい状態が現在出現している ことを表す。4.徐々の変化の結果を表す動詞である。日本語では、必ず しも「なっテイル」だけではなく、眼前の状況描写でも、「なっタ」と いう完了を表す「タ形」も多く用いられる。現在の状況について、「ル 形」が使われることはなく、「タ形」か「テイル形」である。「なル」と いう「ル形」は、日本語では未来を表す。英語では、変化の時間経過を 明確にしなければならない場合は完了形を用いるが、結果に力点を置く 場合は、単純な現在形または過去形を用いる。
(例)随分背が高くなったね。
You have grown so tall, haven t you?
You re very tall, aren t you?
随分背が高くなるね。[非文]
27.岩の裂け目から渡々と、何か小さく囁きながら清水が湧き出ているので ある。
Struggling to his feet, Melos saw clear water bubblin8 from arock.
日本語では単なる状況描写でも、英語では人が関与した表現になること がよくある。その際に視覚動詞が用いられることが多い。この文の「テ イル」も、典型的な進行中の動作を表すから、Clear water was bubbling from the rock.となるが、それよりは、メロスがその状況に気づいたと する方が、物語の展開上、描写は鮮明である。「湧き出テイル」は、6.継
続動詞の〈動作の進行〉を表す。
32.「いまごろは、あの男も、礫にかかっているよ」
The fellow should be hαngin8 from the cross about now.
この文中の「ている」は、進行中の動作とも状態とも取れる。「セリヌ ンティウスが固定された礫台」が、いよいよ立ち上げられ、まだ刑の執 行が行われていない状況であるなら進行中の動作を表す。しかし、旅人 の言った言葉であるから、もう既に刑が執行されて、セリヌンティウス が「礫台上で死んでいる」というイメージかもしれない。その場合は、
過去または現在完了の状態を表すことになる。英訳文でも、その点を明 示しない方法を採っている。つまり、hangは自動詞でto be killed by hangingという受動態の意味であるから、 should be being hanged (絞首刑になっているはず)の意味にも、should have been killed by hanging(絞首刑によって殺されたはず)という意味にも取れる。 , 36.あの方はあなたを信じておりました。
Selinunteus believed in you.
この文の「ておる」は、弟子の言葉であるから、「テイル」の謙譲表現 である。(5>心理動詞「信じる」のく思考・感情〉を表す用法だから、
英語では進行形にはならない。
41.暴君ディオニスは、群衆の背後から二人の様子を、まじまじと見っめて いたが、やがて静かに二人に近づき、…
The tyrant Dionysius, who hαd been 8αzin8 from the rear,
silently approached the two friends with a look of shame on his face.
(6)継続動詞「見っめる」のく動作の進行〉を表す用法である。この文 には「見っめる」と「近づく」という二つの動詞があり、過去の中でも 時間的に前後関係があるから、英訳文では過去完了進行形で表わされて いる。
3.まとめ
一っの短編小説(『走れメロス』)に現れた「テイル/テイタ」表現を、そ の動詞の意味的アスペクトと用法でまとめると下記の通りである。複数の
「テイル」を含む文があったり、同じ動詞でも、文意によって意味的アスペ クトが異なっる場合や、用法も二通りに解釈できる場合などがあるが、全部 で44例を挙げることができた。
動詞の種類 ョ詞の意味
(1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) 合計
動作の進行 17 1 18
状態の持続 1 2 6 9
思考・感情 4 4
噛級ハの残存 4 2 1 4 11
経 験 0
単純状態 2 2
反 復 0
合 計 1 2 4 6 23 2 2 4 44
「テイル」形で用いられる動詞は、(6)継続動詞(ある時間内継続して行わ れる動作)が半数を占め、用法でも「動作の進行」を表す用法が18例で、次 いで「結果の残存」が11例である。このことから、「テイル」が長い間く進 行〉とく結果〉を表す語法とされてきたことが理解できる。〈経験〉や く反復〉は皆無であったのは、「彼は3度もアメリカに行っている」のよう に、〈経験〉を表す「テイル」形は、「テイル」そのものの意味よりも、
「今までに」や「すでに」などの副詞語句による補佐作用が大きな要素となっ て成り立つからである。また、〈反復〉を表す「テイル」形も、「つぎっぎ に飛行機が離陸している」のように、「どんどん」や「つぎっぎに」などの
副詞語句の補佐作用があってはじめて成立するからで、この小説にはそのよ うな表現がなかったということである。
しかし、日本語の「テイル」形は、上記のように様々な意味に使われるの だから、英語ではく進行形〉や〈完了形〉で表すことができると短絡的に 考えることはできない。「ル形」「タ形」「テアル形」を含めて、日本語の動 詞の形式は、必ずしも時制を表すものではなく、文脈の中でその意味や時の 関係を判断しなければならないと言えよう。
また、「テイル」「テイタ」が英訳文でどのような時制に訳出されているか を調べて、下記の結果を得た。
動詞の形式
ョ詞の種類
現在/
゚去形 進行形 完了形 助働詞 分詞構文 付帯状況 前置詞句 知覚構文 合計
動作の進行 10 4 1 2 1 18
状態の持続 8 1 9
思考・感情 4 4
結果の残存 3 4 1 1 1 1 11
経 験
単純状態 2 2
反 復
合 計 27 4 4 3 3 1 1 1 44 このことから、日本語動詞の意味的アスペクト分類で(1)〜(5)に位置づけ
られる状態動詞または心理動詞は、英語では進行形になりにくいから、「テ イル」「テイタ」の半数以上が単純な現在形・過去形・完了形で表されるこ とが分かる。「テイル」「テイタ」の基幹動詞が上記の動詞分類で(6)(8)の継 続動詞や瞬間動詞の場合は、英訳文では進行形に対応すると考えられるが、
実際には、わずかに4例だけであった。(7)(9)の継続動詞や瞬間動詞は結果 に力点がある動詞だから、単純な現在形・過去形・完了形で表されている例
が多い。日本語と英語の表現を単に言語形式で画一的に決めることが如何に 無理であるかが如実である。
注
(1)金田一(1950)は、動詞の分類によって「テイル」表現の意味を規定す ることに疑義を唱え、藤井もそれを受けて共起する副詞語句による意味 の揺らぎを次の例で説明している。
4.a.地面に花が散っテイル。 <結果>
b.花が、はらはらと、散っテイル。 <進行>
1.a.の文は、「散る」という(6)結果に重点が置かれる継続動詞だから 「テイル」が付加されてく結果〉を表すが、4.b.の文は「はらはらと」
という様態副詞と共に使われるために、(5)の継続動詞の範疇に入り、
「テイル」が付加されて、動作のく進行〉を表す。共起する副詞語句に よって、意味範疇に揺らぎが起こる。また、典型的なく動作〉を表す動 詞「スル」は、「じっと」のようにく継続〉を表す副詞語句と結びっい て「じっとする」は、両者の間に意味的破綻を生じるので、常に「テイ ル」と共起して、「じっとしている」となる。
② 日本語は、動詞の形が必ずしも現在・過去・未来という物理的な時間区 分にしたがって決定されるのではなく、発話者が心理的に設定した任意 の時点で、動作が完了していれば「タ形」となり、完了していなければ 「ル形」となる、いわば「相」によって決定されるので、英語のような 時制の明白なヨーロッパ言語の母語話者には、日本語の動詞の語尾変化 は困難点の一っである。
(例)(A)学校へ来る途中で、田中先生に会った。
Isaw Mr. Tanaka when I was coming to school.
(B)学校へ来たら、門が閉まっていた。
Ifound the gate closed when I came to school.
(C)作文を書き終わった人は帰ってよろしい。
You can go home if you have finished you composition.
(A)の文では発話者が心理的に設定した「基準時」は、文尾の「田中 先生に会った」時点で、その時点では「学校へ来る」という動作は完了
していない。したがって、「来る」という〈ル形〉が使われる。英語では、
comeもseeも過去の動作だから、過去形が使われる。ただし、 comeと いう動作は、Isaw Mr. Tanakaの時点では進行中の動作なので過去 進行形になる。
(B)の文では、発話者が心理的に設定した「基準時」は、「門が閉まっ ていた」とわかった時点で、その時点では「学校へ来る」という動作は 完了しているから、「来た」という〈タ形〉が使われるのである。英語 ではcomeもfindも同時点の過去であるから、両者が過去形となる。
(Oの文では、「書き終わる」のは未来の動作である。それでも「タ形」
になっているのは、発話者が心理的に設定した「基準時」は、「帰って よろしい」時点で、その時点では「作文を書く」という動作は完了して いるから、「書き終わった」という「タ形」になる。英語では、未来の 動作はwil1やbe going toなどで表わし、この文意は未来完了形の you will have finishedとなるはずであるが、 if節の中では現在形が未 来を表すという例外的な言語規則で、未来完了が現在完了形になってい
る。
参考文献
安藤貞雄 英語の論理・日本語の論理 大修館書店 1986 大野 晋 日本語の文法を考える 岩波新書 1978 金田一晴彦(編) 日本語動詞のアスペクト 麦書房 1976 久野 璋 日本文法研究 大修館書店 1973
藤井正 「動詞+テイル」の意味金田一(編)所収麦書房1976 太宰 治 走れメロス 角川文庫:第43版 1992
James O Brien(翻訳) Crackling Mountain and
Other Stories by Osamu Dazai Charles E. Tuttle:1992