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密教研究 Vol. 1925 No. 19 004金山 穆韶「六大体大に就て P58-92」

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六 大 體 天 に 就 て 五 八

本 邦 の 密 教 即 ち 弘 法 大 師 の 開 示 せ ら れ た る 秘 密 眞 言 宗 は 、 地 水 火 風 空 識 の 六 大 を 以 て 注 界 の 體 性 即 ち 宇 宙 の 本 體 と な す 。 此 の 如 く 六 大 法 界 髄 性 の 説 は 、 佛 教 諸 宗 に 未 だ 談 ぜ ざ る も の な れ ば 、 こ れ 教 理 上 よ り 見 た る 密 教 の 特 質 と も 見 ら る べ き も の で あ る 。 今 こ の 六 大 説 を 述 ぶ る に 當 り 初 め に 縁 起 門 及 び 實 相 門 よ り 六 大 體 大 説 の 立 場 を 明 か し 、 次 に 六 大 説 の 依 憑 に つ い て 考 察 し 、 次 に 六 大 説 の 正 意 及 び 六 大 説 に 依 て 顯 は る ゝ 密 教 、の 特 質 を 明 か さ う と 思 ふ 。 一 弘 法 大 師 が 六 大 體 大 説 を 開 演 せ ら れ し は 、 こ れ 一 に 即 身 成 佛 義 を 宣 示 せ ん が 爲 め で あ る 。 即 ち 在 來 の 佛 教 々 義 に て は 即 身 成 佛 義 を 成 立 し 得 ら れ ざ る よ り 、 印 度 、 支 那 、 日 本 の 三 國 の 傳 法 者 の 未 だ 曾 て 談 せ ざ る 六 大 説 を 開 演 せ ら れ し も の で あ る 。 即 身 成 佛 義 が 大 師 の 創 説 と も 見 ら る ゝ が 如 く 、 六 大 説 も 大 師 の 創 唱 と も い ひ 得 べ き も の で あ る 。 常 途 の 大 乗 教 に て は 即 心 成 佛 義 を 明 す も 、 未 だ 即 身 成 佛 を 説 か す 、 即 心 成 佛 義 を 明 か し て 即 身 成 佛 義 を 説 か ざ る は 、 我 等 の 心 法 は 微 妙 に し て 、 其 本 源 を 窮 む れ は

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無 爲 常 住 の 法 性 な り 、 即 ち 眞 如 一 心 な り 、 こ の 一 心 の 心 源 を 體 得 せ は こ れ 無 上 正 等 菩 提 を 成 就 せ る 大 覺 者 な り 、 即 ち 即 心 成 佛 せ る も の で あ る 。 か く 即 心 成 佛 義 を 明 す も 即 身 成 佛 を 説 か ざ る は 、 上 述 の 如 く 一 心 を 萬 有 の 本 性 と し 、 隨 て 心 は 眞 實 在 性 を 有 す る も の な れ と も 、 色 法 即 ち 身 體 は 眞 實 在 を 有 せ ざ る 生 滅 無 常 、 如 幻 虚 妄 の も の と な す ゆ ゑ で あ る 。 か く の 如 く 心 法 は 微 妙 に し て 其 本 源 を 窮 む れ ば 、 眞 如 法 性 と 同 體 な る も 、 色 法 は 生 滅 虚 妄 の 法 な り と 見 る 説 を 本 と し て は 、 即 身 成 佛 義 が 成 立 し な い 、 即 ち 我 等 の 身 も 心 も 眞 實 在 性 を 有 す る も の な り 、 眞 實 在 の 正 當 な る 登 現 な り 、 衆 生 の 身 體 は 如 來 の 三 摩 耶 身 な る 理 趣 成 せ す ば 、 即 身 成 佛 義 が 成 立 せ な い 。 さ れ は 大 師 は 即 身 成 佛 義 を 立 せ ん が 爲 め に 、 六 大 法 性 の 義 を 明 か し 、 色 心 共 に 周 遍 常 住 の 義 趣 を 説 き 給 ふ 、 密 教 の 即 身 成 佛 、 即 事 而 眞 の 宗 義 は 六 大 體 大 の 説 に 依 て 成 立 せ し も の で あ る 。 密 教 の 根 本 所 依 の 経 典 た る 儀 軌 本 經 に は 、 本 尊 の 三 密 を 書 夜 四 時 に 精 進 し て 修 す れ ば 、 現 身 に 本 尊 の 三 摩 地 を 體 得 す る 、 即 身 成 佛 の 實 修 實 證 の 方 面 を 明 す も 、 何 故 に 凡 身 に 即 し て 靈 活 自 在 の 如 來 の 靈 境 を 體 得 せ ら る ゝ や の 、 理 趣 を 明 す こ と 尠 な し 、 而 も 往 々 其 理 趣 を 示 さ れ た る 文 義 あ る が 、 大 師 は か ゝ る 經 軌 の 文 義 を 依 憑 と し て 、 六 大 説 を 開 演 し 、 即 身 成 佛 の 理 趣 を 成 立 せ ら れ し も の で あ る 。 二 前 叙 の 如 く 身 心 の 當 相 は 迷 妄 な り 、 幻 化 な り 、 縁 生 無 性 な り と の 、 一 般 佛 教 所 説 の 教 義 の 上 に は 即 六 大 體 大 に 就 て 五 九

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六 大 體 大 に 就 て 六 〇 身 成 佛 義 成 立 せ ざ る か 故 に 、 大 師 は 六 大 説 を 開 演 せ ら れ し も の で あ る 。 尤 も 實 大 乗 に 説 く 眞 如 縁 起 説 や 、 三 諦 圓 融 説 や 、 無 盡 法 界 縁 起 説 は 、 何 れ も 有 限 の 事 事 に 無 限 の 理 趣 を 有 す る こ と を 明 す も の な れ は 、 此 等 諸 説 に 依 て も 即 身 成 佛 義 立 せ ら る ゝ や う 思 惟 し 得 ら れ ざ る に あ ら ざ れ と も 、 大 師 は こ れ ら 諸 説 は 皆 こ れ 無 明 因 分 の 説 に し て 、 究 竟 は 身 心 の 當 體 を 一 如 の 空 理 に 還 源 せ ん と す る も の 、 即 ち 身 心 の 當 位 に 邸 し て 佛 果 を 體 得 す る 實 義 を 明 か さ ゞ る も の と し て 、 眞 如 縁 起 説 、 三 諦 圓 融 説 、 法 界 縁 起 説 に も 依 ら す 、 不 二 佛 果 の 縁 起 の 眞 相 を 明 か す 、 六 大 體 大 説 を 開 演 せ ら れ し も の で あ る 。 以 下 先 づ 縁 起 門 の 方 面 よ り 大 師 の 六 大 體 大 説 の 立 塲 を 述 べ よ う と 思 ふ 。 三 佛 教 は 世 間 多 く の 宗 教 の 説 の 如 く 、 超 絶 的 の 神 が 宇 宙 を 創 造 せ る も の な り と の 説 を 排 し 、 萬 有 は 、 因 縁 所 生 な り と の 義 を 明 す も の で あ る 。 か く 萬 有 の 開 發 を 因 縁 所 生 な り と 説 く は 、 佛 教 一 貫 の 説 な れ と も 、 そ の 因 縁 生 の 義 を 説 く に 小 乗 大 乗 、 顯 教 密 教 自 ら 説 の 相 違 が あ る 。 か の 業 感 縁 起 、 阿 頼 耶 縁 起 眞 如 縁 起 、 法 界 縁 起 、 六 大 縁 起 説 等 こ れ な る が 、 今 此 等 諸 教 の 説 を 委 繹 す る こ と を 略 し 、 た い 小 乗 の 業 感 縁 起 説 よ り 六 大 縁 起 説 に 至 る 理 路 を 概 述 し 、 六 大 説 の 立 塲 を 明 す で あ ら う 。 業 感 縁 起 説 と は 人 も 知 る 如 く 小 乗 教 の 説 で あ る 。 暫 ら く 小 乗 薩 婆 多 部 の 説 に 依 れ は 、 有 爲 法 ( 此 世 界 ) は 七 十 三 の 法 體 よ り 成 立 せ る も の と す 、 七 十 三 と い へ と も 要 約 す れ ば 色 受 想 行 識 の 五 蘊 な り 、 更

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に 約 説 す れ ば 物 心 の 二 法 な り 。 か く の 如 く 此 世 界 は 七 十 三 の 物 心 の 法 體 よ り 成 立 す る こ と を 明 す も 、 こ の 七 十 三 の 物 心 の 法 體 は た ゞ 機 械 的 に 集 合 し 離 散 し て 萬 有 を 生 成 し 、 或 は 壊 滅 せ し む る に あ ら す 、 こ の 七 + 三 の 法 體 を し て 諸 法 を 生 成 し 壊 滅 せ し む る は 、 こ れ 所 謂 煩 惱 と 業 の 力 に 因 る も の で あ る こ れ を 常 に 煩 惱 、 業 、 苦 の 三 道 の 縁 起 と も 云 ふ 。 即 ち 煩 惱 と 業 に 依 て 五 蘊 が 生 成 し ま た 壊 滅 す と な す 、 し か れ ば 小 乗 に て は 此 五 蘊 の 法 體 ぜ 煩 惱 と 業 と を 宇 宙 人 生 の 本 源 と な す も の で あ る 。 即 ち 煩 惱 と 業 に 依 て 二 類 の 五 蘊 が 相 績 し 、 こ の 五 蘊 (身 心 ) 此 世 界 に 死 滅 す と も 、 煩 惱 業 の 力 に 依 て 更 に 次 生 に 新 た な る 身 心 を 感 得 し 水 の 涓 々 と し て 流 る ゝ が 如 く 生 死 輸 廻 止 む こ と な き も の と す 。 か ゝ る 煩 惱 業 苦 の 三 道 の 縁 起 を 明 す 所 以 の も の は 、 固 よ り 煩 惱 業 を 噺 滅 し て 、 涅 槃 解 脱 界 を 體 得 す る 、 悟 の 因 果 門 を 知 ら し む る に あ る 。 即 ち 悟 の 因 果 を 明 か さ ん と し て 、 先 づ 迷 の 因 果 を 明 す も の で あ る 。 し か し て 小 乗 に 説 く こ の 煩 惱 業 苦 の 三 道 の 縁 起 説 は 大 乗 に 説 く 阿 頼 耶 縁 起 、 眞 如 縁 起 乃 至 六 大 縁 起 説 に も 貫 通 す る も の で あ る 。 即 ち 此 等 諸 縁 起 説 も 迷 の 縁 起 門 に て は 、 小 乗 の 三 道 の 説 を 否 定 し 、 更 に 深 遠 な る 説 を 立 す る に あ ら す し て 、 小 乗 の 業 感 線 起 説 の み に て は 説 な ほ 究 竟 せ ざ る よ り 、 其 説 を 補 足 し 其 説 に 深 き 根 底 を 與 へ 阿 頼 耶 識 、 眞 如 、 乃 至 六 大 な る 法 體 の 上 に 三 道 説 を 立 す る も の で あ る 。 な ほ こ ゝ に 一 言 す べ き は 、 小 乗 薩 婆 多 部 で は 有 爲 法 を 形 成 す る 七 十 三 の 法 體 の み な ら す 、 無 爲 の 三 法 即 ち 七 十 五 法 の 三 世 實 有 法 體 恒 有 を 説 く 。 七 十 三 の 法 體 よ り 成 る 有 爲 の 諸 法 は 生 滅 無 常 、 幻 化 虚 妄 六 大 體 大 に 就 て 六一

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六 大 體 大 に 就 て 六 二 な る も 、 そ の 七 十 三 の 法 體 は 常 恒 な り と 説 く も の で あ る 。 而 し て 密 教 の 六 大 説 に て は 六 大 即 ち 物 心 の 體 性 は 不 生 不 滅 、 常 住 本 有 な り と 説 く 。 固 よ り 小 乗 の 色 心 恒 有 の 説 は 有 爲 法 に つ き 、 密 教 の 色 心 本 有 説 は 無 爲 の 法 體 な り 、 ま た 小 乗 は 六 識 分 別 の 説 に し て 密 教 は 主 客 能 所 の 思 惟 分 別 を 絶 す る 不 二 佛 智 見 の 境 な れ は 、 有 爲 無 爲 、 生 佛 天 淵 の 差 あ る も 、 而 も 小 乗 の 五 蘊 の 法 體 恒 有 説 と 、 密 教 の 六 大 本 有 説 と は 一 往 相 似 た る 鮎 の 存 す る よ り 、 古 來 の 説 に 眞 言 の 實 義 は 毘 曇 の 性 相 に 同 す と 傳 ふ 。 蓋 し 小 乗 阿 毘 曇 の 説 は 佛 教 教 義 の 初 門 に し て 、 密 教 の 教 義 は 其 終 極 に 達 せ し も の な れ ば 、 其 所 説 に 根 本 的 相 違 あ る は 勿 論 な る も 、 出 立 點 と 終 極 點 と は 一 致 に 蹄 す る こ と あ り と 云 ふ が 如 く 、 小 乗 の 説 と 密 教 の 義 と 相 似 た る 貼 あ る は 奇 と 総 す べ き で あ る 。 但 し 般 若 の 空 観 を 經 る と 經 ざ る の 相 違 あ り 、 分 別 意 識 の 上 の 説 と 不 二 佛 智 見 の 體 験 の 境 界 に て 談 す る の 相 違 あ る も 、 物 心 多 元 に し て 恒 有 を 説 く 鮎 一 往 相 似 た る よ り 、 眞 言 の 實 義 は 毘 曇 の 性 相 に 同 す と い ふ か 。 何 れ に し て も 此 有 爲 の 身 心 は 煩 惱 業 に 依 て 得 た る 苦 果 の 依 身 に し て 、 こ れ 無 常 な り 苦 な り 空 な り 無 我 な り と し 、 こ の 身 心 の 當 位 を 厭 離 し 、 無 餘 涅 槃 に 歸 す る を 宗 と す る 小 乗 の 業 感 縁 起 説 の 上 に は 、 身 心 に 即 し て 佛 徳 を 體 驗 せ ん と す る 即 身 成 佛 義 が 立 せ な い 。 な ほ こ の 小 乗 の 業 感 縁 起 説 の 如 何 な る 點 に 未 盡 理 の 存 す る や と 云 ふ に 、 か の 宗 密 襌 師 の 原 人 論 に も 指 摘 せ る が 如 く 、 小 乗 に て は 五 蘊 と 煩 惱 と 業 と を 字 宙 萬 有 の 大 本 と す る も 、 小 乗 の 説 に 依 れ は 、 無 色 界 に は 色 な き と い ひ 心 法 を 明 す 外 第 六 識 以 上

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を 説 か す 、 し か る に 第 六 識 に は 五 位 の 無 心 あ り て 其 識 断 絶 す る こ と あ り 。 か ゝ る 間 斷 あ る 色 心 が 如 何 に し て 煩 惱 業 を 保 留 し 宇 宙 萬 象 を 開 發 し 得 る で あ ら う か 小 乗 の 業 感 縁 起 説 に は か ゝ る 未 盡 理 の 點 あ れ ば 、 こ の 説 を 補 ひ こ の 説 を 否 定 せ や 、 一 層 深 遠 な る 根 底 を 與 へ 、 共 説 を 完 全 な ら し め ん と す る も の は 阿 頼 耶 縁 起 説 で あ る 。 四 唯 識 の 阿 頼 耶 縁 起 説 の 委 釋 を 略 し 、 た ゞ こ の 説 の 如 何 な る 點 が 小 乗 の 業 感 縁 起 説 を 補 足 し 、 ま た こ の 阿 頼 耶 縁 起 説 の 上 に は 即 身 成 佛 義 の 立 せ ざ る こ と を 述 ふ る に 止 む る 。 大 小 の 諸 乗 何 れ も 物 心 の 中 、 心 を 重 ん す る 、 こ れ 佛 教 は 轉 迷 開 悟 を 宗 と し そ の 迷 を 轉 じ て 大 覺 位 を 得 る は 、 も と こ れ 心 の 問 題 な る に 因 る 。 隨 て 小 乗 佛 教 に 物 心 の 法 體 恒 有 を 説 く も や は り 心 を 重 ん す る 。 天 台 の 知 禮 は 大 乗 は 唯 心 に し て 小 乗 は 由 心 な り と い つ た 、 こ れ 小 乗 は 色 心 の 體 性 恒 有 を 説 く も 、 而 も そ の 色 心 の 法 體 を 生 滅 せ し む る も の は 煩 惱 と 業 に し て 、 そ の 煩 惱 と い ひ 業 と い ひ 、共 に 心 に 由 る ゆ ゑ で あ る 。 し か る に 上 述 の 如 く 小 乗 は 第 六 識 以 上 を 説 か ざ る も 、 法 相 宗 に は 、 こ の 第 六 識 の 上 に 更 に 第 七 識 第 八 識 の 存 在 を 明 か す 。 而 し て 第 七 末 那 識 第 八 阿 頼 耶 識 は 、 如 何 な る 時 に も 相 績 し て 生 起 し 断 絶 す る こ と が な い 。 即 ち 第 七 識 は 第 八 識 を 所 依 と し 、 我 法 二 執 を 起 す 識 に し て 、 第 八 識 は こ れ 萬 法 を 生 す る 根 本 識 で あ る 。 か ゝ る 根 本 識 ゆ ゑ 我 等 の 經 驗 し 得 ら る ゝ も の に あ ら ざ る も 、 唯 識 論 第 二 第 三 巻 に 此 識 の 實 六 大 體 大 に 就 て 六 三

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六 大 體 大 に 就 て 六 四 在 す べ き を 證 せ ん と し て 五 教 十 理 を あ ぐ 。 例 へ は 我 等 睡 眠 中 に 夢 め み る が 如 き は 、 こ れ 第 六 意 識 の 作 用 な る も 、 熟 睡 し て 夢 も 見 ざ る に 至 れ は 、 こ れ 第 六 意 識 の 作 用 も 滅 せ し も の で あ る 、 而 も 我 等 は 死 滅 す る に 至 ら ず 其 生 命 の 持 績 す る は 、 こ れ 阿 頼 耶 識 の 存 在 す る に 因 る 、 ま た 此 生 こ ゝ に 終 る も 來 生 に 受 生 あ る は 、 此 識 の 存 す る ゆ ゑ で あ る 。 即 ち 小 乗 の 説 に 依 れ は 、 無 表 業 身 心 に 留 存 し 、 そ の 業 力 に 依 り 一 類 の 身 心 相 績 す と い ふ も 、 其 心 法 は 第 六 識 以 上 を 明 か さ す 、 而 し て 其 六 識 は 時 に 斷 絶 す る こ と あ れ は 業 力 所 依 の 庭 を 失 ふ と と な る も 、 晦 識 宗 に て は 、 常 恒 相 績 の 第 八 識 を 明 か し 、 此 識 善 悪 業 の 種 子 を 任 持 し 、 而 も 第 八 阿 頼 耶 識 は そ の 業 種 子 に 引 か れ 六 趣 に 輪 廻 す と な す 。 即 ち 生 死 輪 廻 の 主 體 と な る も の は 阿 頼 耶 識 に し て 、 一 期 の 壽 命 の 相 績 す る も 此 識 の 力 な れ ば 、 死 す る も 此 識 滅 せ す 、 こ の 識 善 悪 の 業 種 子 に 引 か れ 更 に 次 生 を 愛 現 す も し 此 識 存 せ す は 一 期 の 壽 命 相 績 し 、 ま た 現 世 に 善 悪 の 業 を 作 す も 、 未 來 其 應 報 の 果 な き こ と ゝ な る 。 此 識 が 有 漏 に て は 五 根 器 世 界 種 子 を 變 し 、 有 情 の 身 を 依 持 す る 根 本 と な れ る の み な ら す 、 佛 果 無 漏 の 境 界 に 於 て も 、 第 八 識 は 大 圓 鏡 智 と 轉 變 し 、 大 圓 鏡 の 上 に 衆 像 を 現 す る が 如 く 、 如 來 自 受 用 の 無 漏 の 身 土 を 現 じ 、 如 來 眞 實 の 功 徳 を 依 持 し 、 永 劫 に 相 績 し 滅 盡 あ る こ と な き 識 で あ る 。 先 き に 小 乗 の 惑 業 苦 の 三 道 説 は 其 説 究 竟 せ ざ る も 、 唯 識 宗 に は 第 八 識 を 本 し て 三 道 の 縁 起 を 説 く と い ひ し が 、 こ の 第 八 識 を 本 と す る 三 道 縁 起 の 委 細 を 知 ら ん と す る も の は 、 唯 識 宗 の 十 二 因 縁 説 等 に つ

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い て 見 る べ き で あ る 。 惑 業 苦 の 三 道 の 縁 起 よ り い へ ば 、 惑 と 業 と は 生 死 の 苦 果 を 生 す る 因 な る も 、 而 も 苦 果 を 生 す る は 惑 業 の 中 に て は 寧 ろ 業 で あ る 。 小 乗 有 部 宗 の 説 に 依 れ ば 、 業 に 表 業 無 表 業 を 立 て 、 我 等 の 身 口 に 善 ま た は 悪 の 作 業 を 現 行 す る を 表 業 と い ふ 、 こ の 表 業 の 現 行 す る と 同 時 に 身 心 の う ち に 一 種 の 無 形 の 力 を 繋 發 す る を 無 表 業 と い ふ 。 こ の 無 表 業 は 永 く 身 心 の 中 に 留 存 し 、 將 來 そ の 果 を 生 起 す る も の な る が 。 而 も 小 乗 に て は 上 述 の 如 く 身 心 に 間 斷 あ り と な す ゆ ゑ 、 無 表 業 が 依 憑 の 體 を 失 す る こ と ゝ な る も . 唯 識 家 に て は 無 衣 業 な る も の は 、 第 八 識 に 薫 習 せ ら れ た る 善 悪 の 思 の 心 所 の 種 子 の 上 に あ る 、 防 發 の 功 能 の 分 位 に 假 立 し た る も の と な す 。 そ の 防 發 の 功 能 と は 善 の 無 表 業 な れ ば 悪 業 を 防 い て 善 業 を 發 せ し む る 功 能 あ り 、 悪 の 無 表 業 な れ ば 善 業 を 防 い て 悪 業 を 發 せ し む る 功 能 あ り 、 即 ち 唯 識 家 に て は 無 表 と は 思 の 心 所 の 種 子 の 上 に あ る 防 發 の 功 能 と な す も の で あ る 。 而 し て そ の 種 子 な る も の は 第 入 識 に 本 來 有 す る 本 董 種 子 と 新 た に 薫 附 し た る 新 董 種 子 と あ り 、 第 入 識 と 共 に 相 績 し 、 因 繰 に 隨 て 種 子 生 現 行 、 現 行 薫 種 子 、 三 法 展 轉 止 む こ と な し と す 。 即 ち 迷 界 の 線 起 は 小 乗 に て は 五 蘊 と 惑 業 を 本 と し て 説 き し も 、 唯 識 家 に て は 、 第 入 識 を 本 と し て 三 道 の 縁 起 を 説 く も の で あ る 。 而 し て 此 世 界 は か ゝ る 三 道 の 縁 起 に 依 て な れ る も の 、 即 ち 非 有 似 有 の 依 他 起 性 に し て 如 幻 虚 假 の 非 眞 實 の も の と す か く 色 心 の 當 相 は 有 爲 依 他 起 の 假 法 と 見 、 つ ひ に 無 爲 の 圓 成 實 性 の 識 の 實 體 に 歸 入 せ ざ る べ か ら す と 説 く 阿 頼 耶 縁 起 説 の 上 に 即 身 成 佛 義 立 せ ざ る や 明 か で あ る 。 唯 識 家 に 地 水 火 風 の 四 大 種 等 色 法 に 關 す 六 大 體 大 に 就 て 六 五

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六 大 體 大 に 就 て 六 六 る 説 あ る も 、 凡 て こ れ 有 爲 の 依 他 起 性 に 属 す る も の に し て 、 密 教 の 無 爲 の 六 大 説 と 異 な り あ る や 知 る べ き で あ る 。 五 上 述 の 阿 頼 耶 縁 起 説 の 更 に 其 理 趣 の 甚 深 と な り し も の は 眞 如 縁 起 説 で あ る 。 唯 識 家 の 阿 頼 耶 識 は 衆 生 各 々 の 阿 頼 耶 識 別 で あ る 。 即 ち 衆 生 各 々 自 の 阿 頼 耶 識 よ り 、 各 自 の 一 切 世 界 を 開 發 す と な す も の に し て 、 多 元 的 唯 心 説 と も 稱 す べ き も の で あ る 。 衆 生 各 々 の 阿 頼 耶 識 別 な る が 故 に 、 各 を の 阿 頼 耶 識 に 具 有 す る 種 子 も ま た 同 じ か ら す 、 例 へ は 佛 果 無 漏 の 種 子 を 具 す る も の は 成 佛 す る も . 佛 果 無 漏 の 種 子 を 具 せ ざ る も の は 成 佛 し 得 す 、 こ れ 所 謂 五 姓 各 別 論 の 存 す る 所 以 で あ る 。 成 佛 を 本 旨 と す る 佛 教 に 成 佛 す る 衆 生 と 、 成 佛 せ ざ る 衆 生 あ り と の 五 姓 各 別 論 の 存 す る は 、 一 に 衆 生 各 々 の 阿 頼 耶 識 別 な り と 見 る 多 元 的 唯 心 説 に 基 く も の で あ る 。 し か る に 眞 如 縁 起 説 は 絶 封 唯 心 論 に し て 、 一 切 衆 生 等 し く 眞 如 法 性 を 具 じ 、 等 し く 成 佛 す る 旨 を 明 す も の で あ る 。 阿 頼 耶 縁 超 説 よ り 眞 如 緑 起 説 に 至 る に は 、 か の 三 論 の 無 生 皆 空 論 が あ る 。 即 ち 唯 識 家 に は 心 有 境 空 の 旨 を 明 す も の な る が 、 三 論 家 に は 衆 因 縁 生 法 畢 竟 無 生 空 の 理 を 説 き 、 心 境 共 に 畢 竟 空 の 理 を 示 し 、 唯 識 家 に 云 ふ 八 識 の 自 體 も 畢 竟 空 の 玄 趣 を 宣 示 す る も の で あ る 。 三 論 は 此 の 如 く 一 切 分 別 思 惟 を 絶 す る と こ ろ に 、 中 道 實 相 の 妙 理 を 體 得 す る を 説 く も の な る が 、 大 乗 起 信 論 等 に て は 、 こ の 畢 竟 空 の 體 こ れ 虚 無 に あ ら す 、 眞 如 法 性 な り 、 絶 封 の 一 心 な り 、 こ

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の 眞 如 一 心 よ り 萬 有 の 開 發 す る 旨 を 説 く も の で あ る 。 大 乗 佛 教 の 萬 有 神 教 的 教 意 は 、 此 眞 如 縁 起 説 に 依 て よ く 其 本 旨 が 顯 れ た り と い ふ べ き で あ る 。 先 き に 小 乗 は 惑 業 苦 の 三 道 の 縁 起 を 説 き 、 唯 識 家 の 阿 頼 耶 縁 起 説 は 、 小 乗 の 説 を 否 定 せ す 、 阿 頼 耶 な る 根 本 識 の 上 に 三 道 の 縁 起 説 を 明 す こ と を 述 べ し が 、 今 こ の 眞 如 縁 起 説 も ま た し か な り 、 眞 如 一 心 の 開 發 し て 萬 有 を 成 す る こ と を 説 く も 、 小 乗 の 業 惑 縁 起 説 及 び 阿 頼 耶 縁 起 説 を 否 定 す る に あ ら す 、 即 ち 唯 識 の 阿 頼 耶 識 は 有 爲 の 生 滅 識 で あ る 、 眞 如 縁 起 は こ の 生 滅 の 阿 頼 耶 識 に 、 不 生 不 滅 の 眞 心 の 一 面 の 存 す る こ と を 説 く ま で ゞ あ る 。 さ れ は 眞 如 縁 起 を 明 か す 起 信 論 に は 不 生 滅 と 生 滅 と 和 合 し て 非 一 非 異 な る を 名 け て 阿 黎 耶 識 と 爲 す と い へ り 。 以 て 阿 頼 耶 に 不 生 不 滅 の 眞 如 な る 根 底 を 與 へ た る も の は 、 眞 如 縁 起 説 な る こ と を 知 ら る ゝ で あ ら う 。 ま た 眞 如 と 無 明 と 和 合 し て 三 細 六 麓 の 生 滅 の 妄 法 の 生 起 を 説 く 次 第 を 見 れ ば 、 眞 如 縁 起 と は 惑 業 苦 の 三 道 の 縁 起 を 明 す も の な る こ と を 知 ら る ゝ の で あ る 。 即 ち 業 、 轉 、 現 、 智 相 、 相 績 、 執 取 、 計 名 は 惑 に し て 、 起 業 は 業 、 業 繋 苦 相 は 苦 果 で あ る 。 眞 如 縁 起 と 云 ふ も 生 滅 妄 法 の 生 起 を 明 す に は 惑 業 苦 の 三 道 の 説 に 依 る も の で あ る 。 次 に 津 法 の 縁 起 即 ち 生 死 を 解 脱 す る 還 滅 門 の 説 に よ れ ば 、 覺 に 始 覺 と 本 覺 と あ り 、 浄 法 薫 習 に 由 て 無 始 以 來 の 不 覺 の 妄 法 を 漸 次 に 斷 破 す る を 始 覺 と な す 、 而 し て 始 覺 が 三 細 六 麓 の 妄 法 を 斷 じ 、 つ ひ に 六 大 體 大 に 就 て 六 七

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六 大 膿 大 に 就 て 六 八 始 覺 が 本 覺 に 還 同 し 、 始 本 二 覺 不 二 の 境 地 に 至 れ は 、 こ れ 大 覺 圓 蒲 の 佛 果 で あ る 、 こ の 浄 法 縁 起 の 還 滅 の 相 を 明 す と き 、 三 細 六 鹿 を 生 住 異 滅 の 四 相 と し て 、 其 斷 道 を 示 す 。 即 ち 生 相 は 業 相 に し て 、 住 相 ば 轉 、 現 、 智 相 、 相 績 相 、 異 相 は 執 取 、 計 名 相 、 滅 相 は 起 業 相 で あ る 。 こ れ を 始 覺 門 の 菩 薩 の 斷 位 に 約 し て い へ ば 、 滅 相 を 斷 す る は 十 信 の 菩 薩 に し て . 異 相 を 斷 す る は 十 住 十 行 十 回 向 の 三 賢 位 の 菩 薩 な b 、 佳 相 を 斷 す る は 十 地 の 菩 薩 、 生 相 を 斷 す る は 十 地 の 菩 薩 の 満 位 た る 金 剛 心 の 位 に し て 、 こ の 生 相 を 斷 す れ は こ れ 究 竟 圓 蒲 の 大 覺 位 を 成 じ た る も の で あ る 。 所 謂 和 合 の 識 相 を 破 し 相 績 の 心 相 を 滅 し 、 法 身 を 顯 現 せ し も の で あ る 。 以 上 は 起 信 論 の 生 滅 門 に 於 け る 染 浮 二 門 の 縁 起 説 の 大 要 な る が 、 眞 如 縁 起 説 よ り い へ ば 、 眞 如 と 生 滅 の 不 離 相 即 を 明 か し 、 生 滅 萬 法 の 全 體 こ れ 眞 如 な り と い ふ も 、 究 竟 は 生 滅 の 萬 法 を 妄 法 と し 、 一 心 眞 如 に 歸 入 せ ん こ と を 明 す も の で あ る 。 か の 三 細 の 最 初 の 業 相 は 、 こ れ 一 味 平 等 の 眞 如 が 無 明 の 妄 薫 を 受 け て 、 主 客 能 所 の 妄 分 別 を 起 動 せ ん と す る 微 細 な る 作 用 に し て 、 轉 相 は そ の 主 観 の 用 の 生 せ し 位 現 相 は そ の 客 観 の 相 の 現 せ じ 位 で あ る 。 但 し 轉 現 の 二 相 は 主 客 能 所 縁 の 生 せ し 位 な り と 云 ふ も 、 こ れ な ほ 心 中 の 微 細 な る 能 所 圭 客 で あ る 。 か ゝ る 分 別 心 の 更 に 麓 に 轉 せ し は 六 麓 の 境 界 な る が 、 還 滅 門 に て は こ の 苦 果 を 生 す る 因 た る 業 を 滅 し 人 執 法 執 の 鹿 細 の 惑 を 斷 じ 、 能 所 主 客 一 味 の 眞 如 法 性 に 歸 す る 道 を 説 く も の で あ る 。 然 る に 密 教 は 最 初 よ り 佛 地 の 三 昧 道 に 佳 す る 道 を 示 す も の 、 即 ち 最 初 よ り 主 客

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一 如 能 所 未 分 の 眞 如 法 性 を 立 塲 と す る も の に し て 、 六 大 縁 起 は 此 果 上 の 境 界 を 明 す も の で あ る 。 ま た 身 心 の 當 相 を 生 滅 の 妄 法 な り と し 、 一 心 眞 如 に 歸 せ ん と す る 眞 如 縁 起 説 に 依 つ て は 即 身 成 佛 義 成 立 せ ざ る や 明 か で あ る 。 六 次 に 華 嚴 宗 に 法 界 縁 起 を 説 く も 、 弘 法 大 師 の 見 地 よ り い へ ば 、 こ の 法 界 縁 起 な る も の は 、 こ れ ま た 一 種 の 眞 如 緑 起 で あ る o た い 上 述 の 眞 如 縁 起 説 と 華 嚴 の 法 界 縁 起 説 と の 一 往 の 異 な り は 、 眞 如 緑 起 説 は 一 相 孤 門 の 義 に し て 、 法 界 縁 起 は 眞 如 の 染 浄 の 縁 起 を 明 す に 、 一 多 相 即 無 碍 自 在 、 帝 網 重 々 主 件 無 盡 の 理 を 顯 は す も の で あ る 。 即 ち 染 縁 起 に 約 し て い へ ば 三 細 六 麓 の 一 一 に 即 し て 無 盡 法 界 の 縁 起 を 示 し 、 浄 法 縁 起 ま た 同 に し て 、 一 斷 一 切 斷 、 一 成 一 切 成 、 初 發 心 地 便 成 正 覺 の 深 旨 を 明 か す も の で あ る 凡 そ 顯 教 諸 宗 の 縁 起 説 多 種 あ る も 、 下 轉 縁 起 は 生 死 の 流 轉 門 、 上 轉 縁 起 は 行 者 始 覺 轉 昇 門 に し て 、 共 に 衆 生 の 分 別 の 念 を 本 と す る の で あ る o ま た 正 體 智 よ り 後 得 智 を 生 じ 、 後 得 智 よ り 報 應 二 身 等 無 量 の 化 他 大 悲 の 身 を 生 す る も 、 こ れ ま た 衆 生 の 六 八 識 等 の 妄 心 に 薫 せ ら れ て 生 起 す る も の な れ ば 、 な ほ こ れ 無 明 因 分 の 縁 起 に 攝 す べ き で あ る 。 し か る に 密 教 は 因 分 を 超 絶 せ る 性 徳 圓 満 の 果 海 の 縁 起 を 明 か さ ん と し て 、 六 大 縁 起 の 義 を 説 く も の で あ る 。 し か し こ の 意 を 會 せ す し て 或 は 眞 言 の 六 大 縁 起 は 、 華 嚴 の 法 界 縁 起 と 同 義 な う と 稱 し 、 或 は 天 台 の 三 諦 圓 融 の 假 諦 の 方 面 を 明 す も の な り 等 と 見 ん と す る も の 六 大 體 大 に 就 て 六 九

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六 大 體 大 に 就 て 七 〇 あ り 。 而 も か く の 如 き は こ れ 弘 法 大 師 の 眞 意 を 得 た る も の で な い 。 大 師 の 釋 に 依 れ は 密 教 の 六 大 縁 起 は 華 嚴 に 因 果 二 分 を 明 す 中 の 眞 の 性 海 果 分 の 上 の 説 で あ る 。 即 ち 賢 首 大 師 は 事 々 無 碍 法 界 縁 起 説 は 、 こ れ 普 賢 因 分 の 境 界 に し て 、 そ の 十 佛 自 境 界 の 果 界 は 圓 融 自 在 、 一 即 一 切 、 一 切 即 一 、 其 状 相 を 説 く べ か ら す と 自 ら 斷 ら れ た る が 如 く 、 事 々 無 碍 法 界 縁 起 は こ れ 縁 起 因 分 の 説 に し て 眞 如 縁 起 説 と 同 じ く 有 空 不 二 、 眞 妄 和 合 の 原 理 の 上 に 立 つ も の で あ る 。 隨 て こ れ 因 分 の 説 で あ る 。 さ れ は 大 師 は 二 教 論 に 華 嚴 の 事 々 無 碍 説 も 天 台 の 三 諦 圓 融 説 も な ほ こ れ 縁 起 因 分 の 説 な り と 斷 せ ら る 。 而 し て 密 教 の 六 大 縁 起 説 は 眞 妄 和 合 の 縁 起 因 分 の 境 の 談 に あ ら す 、 か の 十 佛 自 境 界 の 果 界 を 立 塲 と す る も の で あ る 。 蓋 し 眞 妄 和 合 の 一 相 孤 門 の 縁 起 を 明 す も の は 、 こ れ 華 嚴 の 所 謂 終 教 の 説 な る が 、 圓 教 の 事 々 無 碍 法 界 縁 起 も 、 こ れ 終 教 に 云 ふ 有 空 、 事 理 無 碍 の 理 を 擴 充 し て 説 く ま で に し て 、 同 じ く 縁 起 因 分 の 説 を 出 で な い 而 し て か ゝ る 縁 起 門 の 説 は こ れ 縁 起 現 前 の 未 位 に つ き 、 普 賢 因 分 の 機 に 封 し て 立 て た る 法 門 に し て 、 無 盡 縁 起 の 玄 旨 を 観 じ 、 因 よ り 果 に 向 ふ 教 で あ る 。 即 ち 縁 起 現 前 の 事 を 無 生 不 可 得 と 観 じ 、 能 所 分 別 の 細 念 を 絶 し て 果 界 に 趣 入 す る 道 を 示 す も の で あ る 。 蓋 し 縁 起 因 分 の 境 に て は 、 如 何 に 無 盡 の 玄 趣 を 談 じ 縁 起 の 現 相 に 即 し て 無 盡 の 理 趣 を 體 得 す る 旨 を 明 か す も 、 因 よ り 果 に 趣 入 す る 道 で あ る 。 そ こ に は 自 ら 一 を 捨 て 一 を 取 ら ん と す る 取 捨 の 細 念 が あ る 。 要 す る に 我 等 身 心 の 當 相 こ れ 縁 起 の 假 相 と 見 る 説 の 上 に は 即 身 成 佛 義 が 立 せ な い 。 即 ち 衆 生 は 本 來 果 界 に 住 せ る も の に し て 、 因 よ り 果 に 向 ふ に あ ら す 、

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本 來 果 體 な り と 観 達 し 、 一 心 本 有 の 果 徳 を 實 現 す る 果 上 の 法 門 が 成 せ す は 、 即 身 成 佛 の 理 趣 成 せ す 。 こ れ 弘 法 大 師 が 如 來 自 内 證 の 境 界 た る 果 上 の 境 地 を 開 き 、 果 上 の 法 門 を 建 立 し 、 衆 生 は 本 來 果 界 に 住 す る 佛 子 な り 菩 薩 子 な り 、 生 死 輪 廻 の 迷 子 に あ ら す 、 本 來 毘 盧 遮 那 果 體 の 一 法 門 を 實 現 す べ き 金 剛 薩 捶 な り と の 果 界 爲 本 、 本 覺 爲 宗 の 教 義 を 明 か さ れ た る 所 以 で あ る 。 隨 て 大 師 の 説 示 せ ら れ た る 六 大 縁 起 説 は 、 こ れ 都 絶 能 所 の 上 の 能 所 、 能 所 主 客 の 分 別 思 惟 を 絶 す る 不 二 佛 智 見 の 上 の 説 で あ る 。 如 上 の 教 旨 は 密 教 の 諸 教 論 に 等 し く 明 か す と こ ろ に し て 、 釋 摩 詞 術 論 に は 不 二 摩 訶 衍 の 果 體 を 明 か し 、 大 日 經 に は 密 教 の 因 行 果 の 三 句 は 初 地 以 上 の 法 門 な る こ と を 示 し 、金 剛 頂 經 に は 無 識 身 三 摩 地 よ り 起 て 五 相 成 身 観 を 修 す べ き を 説 き 、 秘 藏 記 に は 性 の 庭 の 性 相 は 宛 然 と し て 本 有 な り と い ふ 、 即 身 義 に は 都 絶 能 所 の 上 の 能 所 、 即 ち 果 上 の 六 大 緑 起 の 義 を 明 か さ れ 、 二 教 論 に は 密 教 は 因 分 を 超 絶 せ る 果 上 の 法 門 な る 差 、 及 び 華 嚴 天 台 法 相 三 論 の 四 家 大 乗 所 明 の 究 竟 の 理 趣 と 密 教 と を 封 辮 し て 、 顯 教 の 諸 大 乗 は 因 縁 縁 起 の 俗 諦 よ り 、 能 所 圭 客 を 絶 す る 無 自 性 の 一 味 眞 諦 の 理 に 歸 す る を 極 致 と す る も の な る も 密 教 は こ の 無 相 一 昧 の 眞 諦 の う ち に 、 更 に 十 界 曼 茶 羅 を 開 説 す る も の な る こ と を 明 か し 、 或 は 金 剛 頂 經 大 日 經 爾 部 大 經 の 正 意 を 示 し 、 爾 部 大 經 に 從 因 至 果 、 從 果 向 因 の 二 門 あ る も 、 經 の 正 意 は 從 果 向 因 に あ る 等 の 教 旨 は 、 何 れ も 密 教 は こ れ 因 人 の 主 客 能 所 の 思 惟 分 別 、 即 ち 根 本 無 明 を 斷 せ る 不 二 佛 智 見 の 境 界 た る 如 來 自 内 證 の 境 地 を 直 顯 す る も の な る こ と を 説 く も の で あ る 。 隨 て 密 教 に 説 く 兩 部 曼 茶 羅 六 大 體 大 に 就 て 七 一

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六 大 體 大 に 就 て 七 二 六 大 四 曼 三 密 、 即 身 成 佛 等 の 説 は 、 凡 て こ れ 果 上 の 境 界 の 説 な る こ と を 知 る べ き で あ る 。 以 上 は 六 大 體 大 説 は こ れ 因 分 を 絶 す る 果 上 の 説 な る 、 大 師 の 六 大 體 大 説 の 立 塲 を 述 べ し も の で あ る 。 七 上 來 は 縁 起 門 の 方 面 よ り 佛 教 に 因 縁 生 の 義 を 明 か し 、 そ の 因 縁 生 の 義 に 多 趣 あ る も 、 縁 起 現 象 の 開 發 を 説 く に 業 感 縁 起 、 阿 頼 耶 縁 起 、 眞 如 縁 起 、 法 界 縁 起 の 諸 説 あ り 、 而 も 此 等 は 眞 妄 相 對 の 原 理 の 上 に 立 て る も の に し て 、 密 教 の 六 大 説 は 此 等 眞 妄 有 空 等 の 相 對 倶 成 を 絶 せ る 、 毘 盧 遮 那 果 體 の 縁 起 を 明 す も の な る こ と を 述 べ 、 以 て 大 師 の 六 大 説 の 立 塲 を 示 せ し が 、 以 下 實 相 門 の 方 面 よ り 更 に 六 大 説 の 立 塲 を 明 か さ う と 思 ふ 。 縁 起 門 は 竪 ( 時 間 的 ) に 萬 有 の 開 發 を 明 か す も の に し て 、 實 相 門 は 横 に 萬 有 の 眞 性 即 ち 自 心 の 本 性 を 直 観 體 達 す る 道 を 説 く も の で あ る 。 こ の 實 相 門 の 説 も 一 様 な ら ざ る も 、 且 ら く 大 師 が 大 日 經 の 如 實 知 自 心 の 教 旨 に 依 り 、 十 住 心 の 法 門 を 建 立 せ ら れ た る 教 意 に 順 し て 釋 せ は 、 大 日 經 疏 に 我 の 自 性 を 観 せ ざ る ゆ ゑ に 種 々 の 妄 見 を 生 じ 、 つ ひ に 如 實 に 自 心 を 知 る を 得 ざ る に 至 る こ と を 明 か し 、 更 に 衆 生 の 色 心 は 衆 因 縁 生 な る が 故 に 、 自 性 あ る こ と な し 、 こ の 自 性 の 空 を 観 じ 能 所 の 分 別 を 絶 す る と こ ろ に 煩 惱 業 生 の 三 道 縁 起 の 生 死 の 生 を 離 れ 、 如 來 常 住 の 法 性 の 生 を 得 し 、 大 我 の 眞 相 を 體 得 す る こ と を 開 演 せ り 。

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生。

不 動 。 離 業 受 生 成 就 眞 性 生 萬 行 功 徳 從 此 増 長 故 日 菩 提 心 爲 因 也 。 此 の 如 く 我 の 眞 性 に 體 達 せ ん に は 、 衆 縁 無 生 の 觀 に 住 せ し 、 阿 字 の 大 空 三 昧 に 住 ざ る べ か ら す 、 し か ら す し て 我 等 の 分 別 思 惟 を 以 て 我 の 自 性 を 知 ら ん と せ ば 、 我 の 眞 性 を 得 ざ る の み な ら す 、 却 て 種 々 の 妄 見 を 生 ず と て 、 そ の 分 別 妄 見 を 三 十 種 示 さ れ た る が 、 そ の 三 十 種 の 外 道 の う ち に 地 水 火 風 空 が 萬 有 の 因 な り と の 説 あ り 。

地 得 生 故 。 五 大 を 以 て 萬 有 の 自 性 と し 、 萬 有 は 五 大 よ り 生 起 す と 説 く が 如 き は 、 こ れ 密 教 の 六 大 縁 起 説 に 彷 彿 た る も の で あ る 。 而 も こ の 外 道 の 五 大 説 は こ れ 十 住 心 に 約 せ は 第 一 住 心 の 説 に し て 、 秘 密 の 六 大 説 は 第 十 住 心 の 説 な れ は 、 そ こ に 天 淵 の 差 あ る を 知 る べ き で あ る 。 即 ち 外 道 の 説 は 分 別 思 惟 よ り 獨 斷 的 に 立 て た る 説 で あ る 。 さ れ ば 疏 に 五 大 が 萬 有 の 因 な り と の 獨 斷 的 客 觀 的 實 在 説 を 破 し て 曰 く

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六 大 體 大 に 就 て 七 四 そ の 他 外 道 の 自 在 天 梵 天 等 は 、 忽 ち 見 れ は 密 教 の 大 日 如 來 六 大 法 身 に 同 す る が 如 き も 、 自 在 天 梵 天 等 の 説 は 凡 て 以 上 所 説 の 立 塲 に あ る も の な り と 見 て 、 三 十 種 外 道 の う ち に 屬 せ り 。 疏 に 曰 く

則 不 名 自 在 云 云

性 耶 。 か く の 如 く 縁 生 無 性 觀 よ り 外 道 神 我 の 説 を 破 せ ら れ た る を 見 て も 、 密 教 の 大 日 如 來 と 梵 天 自 在 天 等 に 根 本 的 差 別 あ る を 知 る べ き で あ る 。 外 道 と 佛 教 と の 教 義 の 相 違 は 如 何 な る 點 に 存 す る か は 、 素 よ り 一 言 に 盡 し 得 ざ る も 、 大 日 經 疏 に 依 れ は 外 道 と は 神 我 を 立 て 、 然 も そ の 神 は 常 住 に し て 眞 實 な れ と も 、 神 よ り 造 ら れ た る 萬 有 は 凡 て 虚 妄 に し て 非 眞 實 な り と す 。 即 ち 神 と 人 と に 間 隔 を 立 て 所 謂 二 偏 二 見 の 邪 見 に 墮 し 、 神 人 一 體 の 不 二 の 深 理 を 明 か さ ゞ る も の と 見 る 。 た と ひ 梵 即 我 と い ふ も 、 梵 の み 眞 實 在 に し て 我 等 は 非 眞 實 な れ ば 、 眞 な る 梵 に 没 入 す る を 説 く も の で あ る 。 さ れ ば 二 而 の 隔 執 た る 根 本 無 明 を 斷 除 せ る 位 に 、 大 日 本 覺 の 體 を

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開 見 せ ん と す る 密 教 の 大 日 如 來 と は 同 義 に 解 す べ か ら ざ る や 明 か で あ る 。

自 然 撥 除 因 業 。 唯 我 性 獨 存 。 乃 至 無 一 法 入 心 。 而 證 空 定 。 最 是 世 間 究 竟 之 理 。 是 故 埀 レ 盡 三 有

切 世 間 三 昧 道 云 云 外 道 の 説 は 他 主 空 三 昧 な り 、 即 ち 他 主 に 繋 屬 し て 因 縁 の 中 道 を 知 ら す 、 或 は 我 性 の み 獨 り 存 す 乃 至 一 法 と し て 心 に 入 る こ と な し 等 の 文 を 讀 ま は 、 自 ら 外 道 と 佛 教 と の 教 義 の 相 違 の 一 端 を 知 り 得 ら る ゝ で あ ら う 。 即 ち 外 道 は 生 滅 の 萬 有 は 凡 て 他 主 な る 梵 天 自 在 天 等 の 所 造 な り と し 、 天 は 獨 存 常 住 な る も 、 天 の 所 造 の 萬 有 は 虚 妄 空 な り と 云 ふ 。 此 の 如 く 神 は 常 住 主 宰 の 自 在 力 あ る も 、 人 は 生 滅 虚 妄 の 存 在 な り と の 説 の 上 に は 、 自 心 に 大 菩 提 大 涅 槃 を 證 す る 眞 解 脱 の 門 開 け す 、 故 に 神 は 有 に し て 八 は 空 な り 、 神 は 眞 實 に し て 人 は 虚 妄 な り と の 説 は 、 二 偏 二 見 を 帯 び た る 邪 計 な り と 排 す る の で あ る 。 八 六 大 體 大 に 就 て 七 五

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六 大 體 大 に 就 て 七 六 諸 法 は 神 我 所 造 な り と の 説 を 排 し て 、 諸 法 因 縁 生 の 義 を 明 す は 佛 教 な り と は 上 來 屡 々 述 べ し と こ ろ な る か 、 諸 法 因 縁 生 の 義 を 説 く も 、 因 縁 有 自 性 の 義 を 明 す は 小 乗 佛 教 に し て 、 因 縁 生 無 自 性 を 談 す る は 大 乗 佛 教 で あ る 。 即 ち 小 乗 は 從 縁 生 法 は 無 常 變 異 な り 隨 て 從 縁 生 法 に 於 て 、 常 一 主 宰 の 我 あ り と い は ざ る も 、 未 だ 從 縁 生 法 の 自 體 た る 五 蘊 の 法 體 の 空 を 明 か さ す 。 し か る に 大 乗 に て は そ の 五 蘊 の 自 體 も 畢 竟 空 な り と 説 く 。 而 し て 小 乗 に て 五 蘊 の 自 體 を 實 有 な り と 云 ふ は 、 諸 法 唯 心 の 理 を 明 か さ ゞ る に 因 る 。 萬 法 唯 心 の 理 を 知 れ ば 自 ら 諸 法 の 空 を 知 る 。 さ れ は 大 乗 の 初 門 た る 唯 識 宗 に て は 萬 法 唯 識 の 義 を 説 き 、 人 法 二 空 の 旨 を 明 か す 。 唯 識 宗 に て 唯 識 觀 に 依 り 法 空 の 理 を 知 り 、 唯 識 の 性 に 悟 入 す る も 、 未 だ 唯 識 の 性 た る 眞 如 と 萬 法 と の 一 如 を 語 ら す 、 所 謂 事 は 有 爲 、 理 は 無 爲 に し て 性 相 各 別 と 見 る 。 し か る に 三 論 宗 に 至 れ は 從 縁 生 法 畢 竟 空 を 説 き 、 こ の 畢 竟 空 の 理 と 縁 起 の 事 と は 即 一 不 二 な る こ と 、 水 波 の 如 く 、 一 理 縁 起 し て 差 別 の 事 と な り 、 こ の 理 事 終 に 別 な き を 明 か す 。 蓋 し 唯 識 及 び 三 論 宗 の 説 は 大 日 經 に 説 く 第 二 刧 即 心 幻 の 法 門 に し て 、 一 心 を 能 生 の 本 と し 、 諸 法 を 所 生 の 末 と し 、 假 法 と な し 、 所 生 の 末 を 攝 し 、 能 生 の 本 に 歸 還 せ し め ん と し 、 或 は 縁 起 の 萬 法 を 畢 竟 空 に 歸 せ ん と す る も の に し て 未 だ 眞 の 理 事 一 如 、 眞 俗 の 不 二 を 明 か さ ゞ も の な る が 、 第 三 劫 に 至 れ は 、 事 理 不 二 、 有 爲 無 爲 一 如 の 理 を 説 く も の で あ る 。 即 ち 第 二 劫 の 三 論 宗 に て 明 す 畢 竟 空 の 眞 如 の 體 は 、 頑 靈 無 知 の 體 に あ ら す 、 照 々 と し て 法 界 を 照 ら す 大 智 恵 光 明 の 體 で あ る 。 寂 照 不 二 の 一 心 で あ る 。 こ の 寂 照 不 二 の 一 心 と 諸 法 と

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の 不 二 一 如 の 理 を 明 す も の は 第 三 刧 の 法 門 で あ る 。 疏 に は こ の 義 を 釋 し て

如 是 。 根 塵 皆 入 阿 字 門 云 云 ま た 曰 く 從 縁 生 即 無 自 性 。 若 無 自 性 即 是 本 不 生 。 本 不 生 即 是 心 實 際 。 か く の 如 く 縁 起 の 不 生 を 觀 じ て 心 の 實 際 に 至 り 、 寂 照 不 二 の 一 心 に 住 す る は 、 悟 道 洵 か に 深 き が 如 く な る も 、 な ほ こ れ 如 來 自 證 の 境 に 至 ら ざ る も の と し て 、 疏 に こ の 心 に 住 す る と き 諸 佛 の 驚 覺 開 示 あ る こ と を 明 す 。

退

眞 離 二 乗 地 也 。 寂 照 不 二 、 空 性 無 境 の 一 心 に 住 す る を は 、 大 師 は 第 八 の 住 心 と し 、 驚 覺 開 示 に 依 て こ の 心 も 不 可 得 な り と 觀 す る を 第 九 住 心 と な す 。 差 し 空 性 無 境 の 一 心 に 住 し 、 沈 空 滞 寂 、 上 み 諸 佛 と し て 求 む べ き を 見 六 大 體 大 に 就 い て 七 七

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六 大 體 大 に 就 て 七 八 ず 、 下 も 衆 生 と し て 度 す べ き を 見 ざ る は 、 こ れ 宛 も 小 乗 の 寂 滅 涅 槃 に 入 れ る が 如 く な る ゆ ゑ 、 諸 佛 驚 覺 し 給 ひ し も の で あ る 。 こ の 空 性 無 境 の 一 心 に 住 す る 第 八 住 心 に 、 大 師 は 天 台 宗 を 配 屬 せ ら れ た る が か ゝ る 空 性 の 一 心 の 義 ば 天 台 の 山 家 山 外 の 中 、 寧 ろ 山 外 の 理 心 に 親 し き 觀 あ る も 、 十 住 心 の 法 門 よ り い へ ば 、 能 攝 の 住 心 の 義 と 所 攝 の 宗 教 の 説 と 全 く 一 致 せ ざ る こ と あ る も 、 義 の 相 應 を 以 て 相 配 せ る も の と 知 る べ き で あ る 。 蓋 し 天 台 に 理 具 の 三 千 事 造 の 三 千 の 不 二 の 理 を 説 き 、 理 を 全 う し て 事 用 を 起 す か 故 に 、 縁 起 の 萬 法 そ の 體 を 改 め す 、 三 千 の 性 徳 を 具 す る と な し 、 事 心 の 三 千 圓 具 を 觀 す る は 、 こ れ 佛 界 の 果 徳 を 九 界 の 迷 中 に 引 き 下 し た る も の に し て 、 か く 因 心 の 本 具 を の み 偏 重 す る は 、 自 他 を 高 く 佛 界 に 引 攝 す る 精 進 勇 猛 力 を 失 す る き ら ひ な き 乎 。 即 ち 上 諸 佛 と し て 求 む べ き を 見 す 下 も 衆 生 と し て 度 す べ き を 見 ざ る 法 愛 生 無 記 心 に 佳 す る も の に あ ら ざ る な き か 。 こ の 境 も な ほ 心 の 實 際 に あ ら す と の 驚 覺 開 示 の 要 あ る べ き か 。 密 教 に て 天 台 を 第 入 往 心 と し 華 嚴 を 第 九 住 心 と す る は 、 華 嚴 は 理 事 無 碍 の 法 も 無 自 性 と 觀 じ 、 か ゝ る 理 事 無 碍 の 法 に 住 せ す 、 事 々 無 碍 に 轉 回 し 、 重 々 無 盡 の 一 大 法 界 觀 を 明 す に よ る も 、 大 師 の 立 塲 よ り い へ ば 、 華 嚴 は 縁 起 因 分 に 於 て 事 々 無 碍 の 義 を 説 く の み な ら す 、 不 可 説 果 分 の 實 在 を 暗 示 す る に よ る 。 即 ち 華 嚴 に は 不 可 説 果 分 の 實 在 を 示 す と ゝ も に 性 起 の 義 を 明 か し 、 九 界 は 凡 て 性 果 の 顯 現 な る 義 を 説 き 、 九 界 の 迷 を し て 佛 界 の 上 に 引 き 上 げ ん と す る も の 、 即 ち 秘 密 荘 嚴 の 曼 茶 羅 の 實 在 を 暗 示 す る と 共 に 、 秘 密 果 上 縁 起 の 片 影 を 明 す ゆ ゑ 、 華 嚴 を し て 天 台 の 上 に 置 き 給 ひ し

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も の で あ る 。 寂 照 不 二 の 一 心 も 不 可 得 と 觀 じ 、 當 位 に 住 せ す 、 後 位 の 金 城 に 進 む 中 間 が 第 九 住 心 で あ る 、 こ ゝ に 埋 よ り 事 に 、 本 體 よ り 現 象 に 轉 回 し 、 事 々 無 碍 法 界 融 三 世 間 の 二 大 佛 身 觀 を 成 す る に 至 る も こ の 第 九 住 心 も ま た こ れ 極 に あ ら ず 'と 驚 覺 開 示 せ ら れ 、 つ ひ に 第 十 住 心 へ 趣 人 す 。 大 師 此 義 を 釋 し て

齢得

種 曼 茶 羅 未 能 二 具 足 。 是 故 不 可 佳 。 謂 未 得 爲 得 。 未 到 謂 到 。 又 曰 く

諸 法 無 自 性 故 去 卑 取 尊 。 故 有 眞 如 受 蕪 之 極 唱 。 勝 義 無 性 之 秘 告 こ れ ら は 皆 第 九 極 無 自 性 も 、 心 の 實 際 に あ ら す と の 驚 覺 に 依 て 、 第 十 佳 心 へ 趣 入 す べ き を 示 し 給 ひ し も の で あ る 。 か く の 如 く 第 入 住 心 の 寂 照 不 二 の 一 心 も 、 第 九 佳 心 の 極 無 自 性 心 も 共 に 心 の 實 際 に あ ら す 、 眞 の 所 住 の 地 に あ ら す 、 無 自 性 と 觀 す る と き 、 理 事 、 眞 妄 、 因 果 等 の 不 二 網 如 を 唱 し な が ら 、 而 も 事 よ り 理 に 、 因 よ り 果 に 、 生 滅 よ り 眞 如 に 有 相 よ り 無 相 に 歸 せ ん と す る 所 謂 眞 妄 に 於 て 取 捨 を 見 る 分 別 の 細 念 を 離 れ 、 不 二 一 如 の 秘 密 曼 余 羅 の 果 界 開 か ら る 。 こ の 秘 密 曼 茶 羅 の 果 界 と は 、 理 智 不 二 、 色 心 不 二 境 六 大 體 大 に 就 い て 七 九

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六 大 體 大 に 就 て 八〇 智 不 二 の 自 覺 體 た る 菩 提 心 の 轉 起 を 明 す も の で あ る 。 か の 大 日 經 の 三 句 五 轉 の 法 門 、 金 剛 頂 經 の 五 相 五 部 等 の 法 門 は 、 こ の 菩 提 心 體 の 無 限 進 行 の 道 程 を 説 く も の で あ る 。 而 し て 六 大 體 大 と は こ の 理 智 不 二 、 色 心 不 二 の 菩 提 心 體 を 釋 せ る も の で あ る 。 九 な ほ 上 述 の 意 を 、要 約 し て い へ は 、 佛 教 々 理 の 淺 近 な る も の は 、 因 果 應 報 の 理 を 示 し 、 五 戒 十 善 を 修 せ し め 、 八 天 勝 妙 の 果 を 得 る 道 を 明 す 、 か の 十 住 心 の 前 三 ヶ の 世 間 教 の 當 分 で あ る 。 し か る に 五 戒 十 善 を 修 し 、 入 天 の 果 を 得 る も 、 こ れ な ほ 生 死 因 果 界 を 出 で ざ る も の な れ は 、 究 竟 厭 離 す べ き 境 な り と し 、 こ の 生 死 因 果 の 系 統 を 離 れ 、 寂 滅 無 爲 の 涅 槃 に 歸 入 す べ き を 説 く は 小 乗 で あ る 。 即 ち 小 乗 は 有 よ り 空 に 入 る 旨 を 明 か す も の で あ る 、 小 乗 は 生 死 の 自 體 た る 五 蘊 の 法 體 を 實 有 と 觀 る ゆ ゑ 、 生 死 界 に 大 恐 怖 を 懐 き 他 を 救 ふ の 餘 裕 な く 自 ら 急 い て 涅 槃 に 入 ら ん と す る も の で あ る 。 し か る に 大 乗 に 至 れ は 生 死 の 自 體 た る 五 蘊 の 法 體 も 畢 竟 空 な る を 悟 り 、 生 死 の 假 有 を 知 る が 故 に 、 生 死 實 有 と 觀 る 小 乗 の 人 の 如 く 生 死 に 恐 怖 を 懐 か す 、 自 他 蓮 濟 の 大 行 を 全 う す る に 至 る 。 大 乗 に て 五 蘊 の 法 體 の 空 を 説 く も 、 こ の 空 は 五 蘊 の 法 體 即 ち 有 の 外 に あ る 空 に あ ら す し て 、 有 即 空 の 空 に し て 、 輩 空 に あ ら ざ る が 故 に 、 大 空 と も 不 空 と も 、 眞 空 と も い ふ 。 ま た そ の 有 も 單 有 に あ ら す 、 空 副 有 な れ は 假 有 と も 幻 有 と も 妙 有 と も い ふ 。 即 ち こ の 眞 空 と 妙 有 、 李 等 と 差 別 、 無 我 と 慈 悲 、 實 相 と 因 果 、 眞 如 と 生 滅 、 眞 諦 と 俗 諦 止 と

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觀 、 悟 と 迷 、 涅 槃 と 生 死 、 こ れ 大 乗 佛 教 の 二 大 原 理 に し て 、 大 乗 佛 教 は そ の 教 義 よ り 云 ふ も 、 ま た 信 條 よ り 云 ふ も こ の 二 門 よ り 成 れ る も の で あ る 6 固 よ り 大 乗 の 精 神 は 此 等 二 門 を 止 揚 し 統 合 す る に め る が 故 に 、 有 空 中 の 三 諦 を 説 き 、 生 死 即 涅 槃 、 因 果 即 實 相 の 不 二 一 如 の 理 を 明 か し 、 或 は 有 即 空 に し て 有 に 本 來 堅 實 の 自 性 な く 、 所 謂 無 自 性 無 障 無 碍 な る よ り 一 法 に 一 切 を 具 す る 圃 融 の 玄 旨 を 示 し 、 一 念 三 千 、 一 即 一 切 重 々 無 盡 帝 網 無 碍 の 理 を 説 く に 至 り し も 、 こ れ 有 即 空 の 理 を 擴 充 し て 明 か す ま で に し て 、 因 縁 生 法 無 自 性 の 原 理 を 出 で す 。 而 し て 密 教 に て は こ の 空 と 有 、 無 我 と 慈 悲 、 止 と 觀 等 の 二 大 原 理 を 勝 義 、 行 願 の 二 門 と し て 朋 か し し か も こ の 勝 義 行 願 の 二 門 は 凡 て こ れ 凡 夫 の 我 執 を 除 く を 主 と す る 、 遽 情 遣 迷 の 数 へ に し て 、 未 だ 如 來 自 内 證 の 眞 實 義 を 示 さ ゞ る も の と 見 る 。 因 縁 生 法 の 無 自 性 空 を 觀 じ 、 無 執 無 我 に し て 生 死 に 住 せ す ま た 因 縁 幻 有 の 差 相 を 觀 て 同 體 悲 慈 の 念 止 み 難 く 、 利 他 の 爲 め に 涅 槃 に 住 せ ざ る は 、 何 れ も 己 れ を 空 う し た る 遮 情 の 行 で あ る 。 こ の 無 我 と 慈 悲 、 止 と 觀 、 勝 義 行 願 を 双 修 双 蓮 し 、 分 別 我 執 の 迷 妄 を 除 き 無 上 大 覺 位 を 成 せ ん と す る も の で あ る 。 隨 て 空 有 、 止 觀 の 行 は こ れ 無 上 菩 提 に 至 ら ん と す る 菩 薩 修 行 の 方 規 に し て 、 未 だ 直 に 大 覺 の 自 内 證 の 境 を 読 き し 法 門 で な い o 即 ち 如 來 は 止 觀 双 修 し て 大 覺 位 を 成 じ 給 ひ し が 故 に 、 如 來 の 行 じ 給 ひ し 外 適 を 躇 ん で 、 如 來 の 至 り 給 ひ し 處 に 至 ら ん と す る 道 に し て 、 か く し て 到 達 せ し 如 來 の 薗 内 證 の 境 に 直 入 直 證 す る 道 で な い 。 秘 密 眞 言 門 に は 眞 室 妙 有 、 止 觀 双 修 の 法 六 大 體 大 に 就 い て 八 一

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六 大 體 大 に 就 て 八 二 門 は 我 等 因 人 の 我 執 を 除 く を 本 と す ろ 遮 情 教 に し て 、 如 來 の 自 内 證 の 境 に 直 入 直 證 す る 表 徳 の 教 に あ ら す と し 、 こ の 二 門 の 外 に 三 摩 地 の 法 門 を 説 く 、 釋 摩 訶 衍 論 に は 、 眞 如 生 滅 の 二 門 の 外 に 不 二 門 を 立 て 、 弘 法 大 師 は 九 種 住 心 の 上 に 第 十 秘 密 荘 嚴 心 を 開 か る ゝ は 皆 こ の 秘 密 教 の 理 趣 を 示 さ れ た る も の で あ る 。 ま た 大 師 は 顯 密 二 教 論 に 華 嚴 、 天 台 、 法 相 、 三 論 の 四 家 大 衆 教 の 所 説 を 眞 俗 二 諦 に 歸 し 、 し か し て 二 諦 不 二 を 説 く も 、 極 致 は 眞 諦 の 無 相 空 に 歸 す る に あ り と 斷 じ 給 へ る が 、 こ れ 顯 教 は 有 を 説 く も 、 こ れ 空 を 本 と し て 立 つ る 有 で あ る 。 表 徳 を 明 す も こ れ 無 相 眞 如 の 理 内 の 萬 徳 に し て 遮 情 の う ち の 表 徳 で あ る 。 或 は 一 念 三 千 、 事 々 無 碍 圓 融 を 談 す る も 、 こ れ 一 念 無 性 の 故 に 三 千 宛 然 た り 、 空 有 無 碍 の 故 に 事 々 無 碍 を な す 。 即 ち 此 等 は 眞 空 妙 有 、 緑 生 無 性 の 理 の 上 に 成 せ る 教 義 に し て 、 そ の 究 竟 す る と こ ろ 遮 情 遣 迷 に あ り と な す 。 要 す る に 顯 教 の 大 小 乗 は 空 理 を 宗 と す と い ひ 得 ら る 。 小 乗 の 有 よ り 空 に 歸 す る は 常 に 云 ふ と こ ろ の 如 く 、 法 相 宗 の 勝 義 勝 義 磨 詮 談 旨 一 眞 法 界 體 妙 離 言 、 三 論 宗 の 獨 空 畢 竟 の 理 體 、 天 台 に 求 三 千 法 亦

理 圓 言 偏 言 生 理 喪 と い ひ 、 華 嚴 經 に は 無 磯 寂 滅 觀 ず 是 則 佛 正 法 等 と い ふ 。 即 ち 顯 教 大 小 乗 の 極 理 は 空 に あ り 、 さ れ は 有 を 明 す も こ れ 空 中 の 有 に し て 幻 有 な り 假 有 な り 夢 有 な り 。 妄 念 縁 起 の 假 法 と 觀 て 究

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竟 空 に 歸 す る を 説 く も の で あ る 。 か く の 如 く 究 竟 空 を 宣 示 す る 所 以 は 、 上 述 の 如 く こ れ 衆 生 の 我 執 迷 妄 を 除 く を 主 と す る 遮 情 教 な る ゆ ゑ で あ る 。 こ の 空 觀 に 依 て 分 別 思 惟 を 絶 し た る 如 來 自 證 の 境 は 空 な る に な ら す 。 眞 有 で あ る 。 弘 法 大 師 は 一 切 佛 法 に 第 一 義 諦 を 言 斷 心 滅 な り と い ふ は 、 こ れ 因 人 所 用 の 四 種 言 説 、 九 種 の 心 識 に 依 る 、 し か る に 密 教 に 果 界 の 實 義 を 説 く は 、 こ れ 果 人 相 應 の 言 心 た る 如 義 言 説 、 一 一 心 識 に 依 る こ と を 委 説 せ ら れ た る よ り 見 る も 、 密 教 は 果 界 眞 有 の 實 際 を 説 く も の な る こ と を 知 り 得 ら る ゝ の で あ る 、 か の 葉 嚴 の 賢 首 大 師 性 海 果 分 は 不 可 説 な り と 宣 示 せ る を 凝 然 の 通 路 記 に 、 如 來 究 竟 自 在 圓 満 の 大 果 た る 性 海 果 分 は 理 に 約 し て 果 分 と 名 く る や 、 亦 事 に 約 し て 果 體 と な す や と の 問 を 設 け 、 究 竟 目 在 果 海 の 法 は 事 理 を 該 羅 し 、 性 相 を 貫 括 す 、 一 切 諸 法 佛 果 の 中 に 入 れ は 即 ち 是 れ 如 來 の 所 知 に し て 已 分 に 非 ら ざ る か 故 に 事 理 を 簡 ら は す 、 一 切 の 諸 法 唯 如 來 に 望 め て 皆 果 分 と 名 つ く 。 但 し 文 に 性 海 と 言 ふ は 事 理 の 性 源 を 窮 む る か 故 に 、 理 智 事 理 性 相 體 義 各 其 性 あ り 、 本 源 に 約 す る か 故 に 眞 理 を 獨 り 性 海 と 名 く と 謂 に は あ ら す と 釋 せ る が 、 こ れ 秘 藏 記 に 性 の 處 の 性 相 は 宛 然 と し て 本 有 な り 等 の 霜 教 の 釋 義 と 懸 か に 其 義 相 同 す る も の と 云 ふ べ き で あ る 。 そ の 性 相 常 佳 、 理 智 本 有 の 果 界 の 體 と は 上 に 云 ふ 理 智 不 二 の 菩 提 心 體 な り 、 自 覺 の 體 な り 。 六 大 體 大 は こ の 體 を 釋 せ る も の で あ る 。 大 師 は 如 來 の 自 内 證 の 境 を 開 示 せ す は 、 佛 法 の 眞 意 顯 は れ ぬ と 見 給 ひ し が 、 蓋 し こ の 自 證 の 體 を 示 さ す は 佛 教 の 道 徳 も 信 念 も 其 眞 意 が 顯 れ ぬ で あ ら う 。 菩 薩 因 位 の 六 度 等 の 修 行 は 、 こ れ 無 我 法 性 の 理 に 順 す る 六 大 體 大 に 就 い て 八 三

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六 大 體 大 に 就 て 八 四 行 に し て 、 無 上 菩 提 を 成 す る 宗 教 的 修 行 に し て 、 ま た 同 時 に 佛 教 の 道 徳 な る が 、 こ の 行 は こ れ 無 上 菩 提 を 成 す る 爲 め の 方 便 行 な れ は 、 こ の 行 の 當 位 に 絶 對 的 價 値 存 せ ぬ こ と ゝ な り 。 ま た 大 覺 位 を 成 せ し 後 の 大 慈 悲 化 他 の 萬 行 な る も の は 、 こ れ ま た 方 便 行 に し て 、 法 性 自 爾 常 住 の 眞 實 行 で な い 。 即 ち 大 覺 を 成 せ し 後 の 化 他 の 萬 行 と は 報 應 二 身 の 妙 用 な る が 、 こ の 報 應 二 身 は こ れ 衆 生 の 妄 心 に 熏 せ ら れ て 起 る と こ ろ の も の で あ る 。 即 ち 顯 教 の 説 に 依 れ は 因 位 の 萬 行 は 、 こ れ 自 證 の 爲 め の 方 便 行 に し て 、 ま た 大 覺 を 成 せ し 後 の 化 他 の 妙 用 は 、 こ れ 衆 生 の 妄 心 に 薫 せ ら れ て 起 る 方 便 行 と い ふ こ と ゝ な り て 、 自 證 化 他 の 行 、 共 に 其 當 位 に 絶 對 の 償 値 な き も の と 云 ふ こ と に 歸 す 。 し か る に 秘 密 教 に て は 發 心 の 最 初 よ り 如 來 自 證 の 境 に 住 す る 佛 地 の 三 昧 道 を 説 き 、 こ の 佛 地 の 三 昧 道 に 佳 す る も の ゝ 三 業 は 、 皆 こ れ 衆 生 を 成 就 し 佛 國 を 荘 嚴 す る も の 、 即 ち 一 一 の 行 爲 に 絶 對 不 盡 の 價 値 あ る こ と を 説 き 、 ま た 究 竟 の 大 覺 位 た る 自 性 法 身 に 法 爾 常 恒 に 大 悲 化 他 の 妙 用 あ り 、 無 盡 の 三 密 を 以 て 無 盡 の 衆 生 を 攝 取 す る を 、 佛 果 究 竟 の 體 な る 旨 を 明 す も の で あ る 。 な ほ そ の 宗 教 的 信 念 よ り い ふ も 、 顯 教 の 大 乗 教 は 因 縁 の 無 生 を 觀 じ て 心 鏡 の 妄 雲 を 拂 ひ 、 無 盡 の 圃 融 を 觀 し て 法 界 の 自 心 に あ る を 觀 す る を 説 く も 、 弘 法 大 師 の 九 種 心 藥 拂 外 塵 而 遮 迷 。 金 剛一 宮 排 内 庫 而 授 寳 等 の 釋 に 依 れ ば 、 こ れ な ほ 遮 情 空 觀 を 出 で ざ る も の 、 一 念 三 千 、 一 心 法 界 を 觀 す る も 、 こ れ な ほ 空 裏 の 幻 華 理 内 の 萬 徳 に し て 大 我 の 眞 性 を 體 得 せ る も の に あ ら す と 見 ら る 。 然 る に 密 教 に は

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本 尊 と 自 心 と 感 應 瑜 伽 の 境 に 入 る 秘 觀 を 明 し 、 こ の 加 持 感 應 の 極 致 本 尊 と 自 心 と を 二 つ な が ら を 忘 れ 眞 に 大 我 法 身 と 一 致 し 、 如 來 の 大 自 在 力 、 自 心 に あ る を 體 し 、 如 來 に 代 て 如 來 の 妙 業 を 成 す る 道 を 明 す も の で あ る 。 か ゝ る 方 面 の 詳 説 は 今 は 略 す る も 、 た ゞ 我 執 分 別 を 除 か ん と す る を 表 と し 、 無 我 空 觀 を 宗 と す る 顯 教 と 、 我 執 分 別 を 絶 し た る 、 如 來 自 證 の 境 を 明 す 密 教 と に 、 如 何 に そ の 所 説 の 不 同 あ る や を 明 か さ ん と し て 、 以 上 の 解 を な せ し も の で あ る 。 私 法 大 師 は 十 住 心 論 第 十 に 如 來 自 證 の 體 た る 秘 密 荘 嚴 心 の 實 義 を 述 べ て

經 云 云 何 菩 提 謂 如 實 知 自 心 。 此 是 一 句 含 無 量 義 。 竪 顯 十 重 之 淺 深 横 示 塵 敷 之 廣 多 云 云 即 ち 能 所 分 別 た る 微 細 妄 執 を 離 る ゝ と こ ろ に 、 理 智 不 二 の 菩 提 心 體 を 體 顯 す る こ と を 得 、 こ の 理 智 不 二 、 色 心 一 如 の 菩 提 心 體 を 大 師 は 即 身 義 に 六 大 と 釋 せ ら れ し も の で あ る 。 即 ち 自 宗 は 都 絶 能 所 の 性 徳 圓 満 海 に 於 て 、 六 大 縁 起 の 説 を 立 す る も の で あ る 。 以 上 は 佛 教 々 義 上 よ り 六 大 體 大 説 の 立 塲 を 明 か さ ん と し て 辨 し た る も の な る が 、 こ れ 世 間 往 々 眞 言 の 六 大 を は 科 學 の 分 子 や 電 子 と 同 一 の 立 塲 に 於 て 論 じ 、 或 は 哲 學 の 獨 斷 的 實 在 論 と 同 義 に 解 し 、 或 は 小 乗 の 五 蘊 、 天 台 の 三 諦 の 假 諦 、 華 嚴 の 事 法 界 と 同 六 大 體 大 に 就 い て 八 五

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