ガ ナ チ ャク ラ と
無 上 喩 伽 階梯 にお け る<行>の
体 系
静
春
樹
密 教 文 化 は じ め に 1. 貧 欲 行 の 二 っ の 形 態 1)集 団 的 な 修 法 現 実 態 と して の 曼 茶 羅gapamaala 2)自 行 と 閉 集 団 の 行 法 大 印 契mahamudraの 行 法 2. 戯 論 と聚 輪 に つ い て 3. 三 種 の 行, <戯 論 ・無 戯 論 ・極 無 戯 論> 1)ア ー ル ヤ デ ー ヴ ァ 『行 合 集 灯 』 2)三 カ テ ゴ リー 間 の 位 相 差 3)ジ ュ ニ ャ ー ナ パ ー ダ 『大 口 伝 書 」 は じ め に 筆者 は これ まで、 無 上 喩 伽 階 梯 の内 実 を 成 す 仏教 タ ン トリズ ム の鰺 道 論 の 根幹 に貧 欲 行 が あ る こ と を明 らか に して きた。 そ れ につ い て、 「そ れ が 果 た して 仏 教 と言 え るの か 」 と言 う疑 問 を寄 せ られ るむ き もあ ろ う。 しか し貧 欲 行 を 基 本 とす る修 道 こそ が 仏教 タ ン ト リズ ムの タ ン トリズ ム た る所 以 で あ り、 仏教 タ ン ト リス トた ち は 「酒 と肉食 と性 喩 伽 」 を主 な構 成 要 素 とす る この よ うな集 会 を 仏教 の正 統 な修 法 ・行 法 と信 じて 大 真 面 目 に行 っ て い た の で あ る。 そ こで 問題 は ガ ナ チ ャク ラ(gacakra以 下、 聚 輪 と略) に代 表 され る仏 教 徒 の集 会(mela)と、 生 起 ・究 寛 の 二 次 第 に集 約 さ れ る無 上 喩 伽 階梯 に独 自な修 道 論 との関 係 を 明 らか にす る こ とが 筆 者 に と って は次 の 課 題 とな る。 本 稿 で はそ の準 備 の一 環 と して 聖 者 流、 っ ま り父 タ ン トラ の 根 本 典 籍 『秘 密 集 会 タ ン トラ」(Guhyasamaja-tantra)の 流 派 と して 隆 盛 を み た 聖 者 流 の 阿 闇梨 た ちの い くっ か の 文 献 を 取 り上 げ る。 そ こで 彼 らが が 展 開 し て い る<行>の 体 系 を 取 りあ げ て、 修 道 論 ・<行>の 体 系 にお け る聚 輪 の 位 置 確 定 へ の一 っ の道 程 と した い。 併 せ て ジ ュ ニ ャー ナパ ー ダ(Buddha riana)の 主 著 『大 口伝 書 』(Mukhagama)に も触 れ て、<行>の 体 系 の 観 点 か ら聖 者 流 との視 点 の相 違 を論 じた い。 この<行>の 体 系 を 論 じる に 際 して そ の準 備 的 な手 続 き と して不 可 欠 な もの が 仏 教 タ ン ト リス トた ち の 集 会 の核(コ ア)と な るgaamaala(tshogs kyi dkyil 'khor以 下、 ガ ナ曼 茶 羅)で あ る。 貧 欲 行 の 二 つ の 形 態 1. 集 団 的 な鰺 法 現 実 態 と して の曼 茶 羅gapamaala 筆 者 は先 学 の研 究 を踏 ま え これ まで の論 文(1)にお い て、 仏 教 タ ン ト リズ ムの 修 道 に お け るメ ル クマ ー ル を貧 欲 行 の 導 入 と そ の実 践 と規 定 した。 こ の貧 欲 行 は複 数 男 女 喩 伽 者 に よ る集 団 的鰺 法 と喩 伽 者 個 人 の行 法(自 行) の二 っ に分 け て考 え る こ とが で き る。仏 教 徒 た ちの 集 団 的 修 法 は多 か れ少 な か れ儀 礼 と い う側 面 を もち、 集 会(mela)の 形 で 行 わ れ た。<行>の 体 系 に お け る聚 輪 の位 置 を論 じる に先 立 って、 集 会(集 団 的 な 修 法)を 取 り上 げ て論 じる こ と にす る。 と ころ で本 題 に は い る前 に、 避 けて 通 る こ とが で きな い訳 語 の 問題 に触 れ て お き た い。 現 在 に残 され て い る チ ベ ッ ト語 訳 され た仏 教 文 献 の量 に比 べ て、 手 許 に あ って利 用 可 能 な サ ンス ク リ ッ ト写 本 は極 め て僅 か で あ る。 この サ ンス ク リッ ト写 本 の信 頼 性 は ひ と まず 置 く と して、 そ れ らが正 確 に チ ベ ッ ト語 の術 語 に訳 出 さ れ て い るか が大 き な問 題 で あ る。 特 に こ こで論 ガ ナ チ ャ ク ラ と 無 上 喩 伽 階 梯 に お け る < 行> の 体 系
密
教
文
化
じて い るganamandalaとganacakra(tshogs kyi'khor lo)の 場 合 に は 文 脈 に 応 じ た 理 解 が 不 可 欠 で あ る。 そ の 一 例 を 見 る と、 一 般 に 「七 部 成 就 書 」
(Grub pa sde bdun)と し て 一 纏 め に さ れ て い る タ ン ト ラ 文 献 群 の 内 の 『般 若 方 便 決 定 成 就 』(Prajnopayaviniscayasiddhi)に は、次 の 偶 頒 が あ る。
vajracaryas tatah sriman sanukampo hitasayan / samutpadya krpam sisyam ahuya ganamandale //17//
それ に よ り、悲 に満 ち あ ふ れ、 〔弟 子 を〕利 益 せ ん との 意 楽 あ る、具 吉 祥 金 剛 阿 閣 梨 は、弟 子 に悲 患 を発 して、聖 衆 の マ ン ダ ラに 呼 び入 れ(2)、 こ こ に 現 れ る 「聖 衆 の マ ン ダ ラ 」(ganamandala)と は、 特 定 の 理 念 と して 存 在 す る 曼 rど お り に 男 女 喩 伽 者 で 構 成 さ れ る 生 身 の 曼 茶 羅 で あ っ て も、 あ る い は ま た 導 師 で あ る金 剛 阿 閣 梨 と弟 子 に よ っ て 共 有 さ れ て い る 共 同 観 念 の 曼 茶 羅 で あ っ て も よ い。 と こ ろ が こ の 術 語 は、 チ ベ ッ ト語 訳 の 当 該 箇 所 で はtshogs kyi'khor loと して、 つ ま りganacakra「 聚 輪 」 と 訳 さ れ て い る。 テ キ ス トは こ の あ と、<ガ ナ 曼 茶 羅>に 招 き 入 れ ら れ た 弟 子 が 秘 密 灌 頂 ・般 若 智 慧 灌 頂 お よ び 許 可 を 授 か る プ ロ セ ス が 記 述 さ れ て い く。 こ の 箇 所 は チ ベ ッ ト語 訳 が 問 題 訳 で あ る こ と を 現 存 の サ ン ス ク リ ッ ト 原 典 で 確 か め 得 る 稀 な 例 で あ る が、我 々 は、聚 輪 の 場 で 灌 頂 が 行 わ れ る こ と は基 本 的 に は な い と い う背 景 知 識 を も た ね ば な らな い。 さ ら に こ の 訳 例 か ら こ れ と は 反 対 の 可 能 性、 っ ま りganacakraがganamandalaと 訳 さ れ る 場 合、 あ る い は、ganacakraがtshogs kyi'khor lo以 外 の 訳 語 を も つ 場 合 が あ る だ ろ う こ と を 常 に 念 頭 に 置 い て 慎 重 に 対 応 しな け れ ば な ら な い。 本 題 に 入 っ て、 い くっ か の タ ン トラ 文 献 に 現 れ る<ガ ナ 曼 茶 羅>の 用 例 を 見 て い く こ と に し た い。 先 学 の 研 究(3)に よ っ て、 『理 趣 広 経 」(Paramadi『 最 勝 本 初 』)の 中 で、 『金 剛 頂 経 」 第 八 会 に 比 定 さ れ る チ ベ ッ ト語 訳 第 三 部 に は<ガ ナ 曼 茶 羅> は 以 下 の よ う に 現 れ る(4)。
そ れ(曼 茶 羅 行)に つ い て は、 須 くま さに始 め に 阿 閣梨 が 悟 入 して、 <ガ ナ曼 茶 羅>に お い て三 三 昧 耶 の加 持 に よ り、金 剛喩 伽 女 た ちを両 側 に配 置 して か ら、男 性 た ち もま た引 き入 れ て菩 提 心 に よ って 〔そ の 者 た ちが 〕 大 金 剛 葱 怒 の三 昧 耶 と三 昧 耶 の律 儀 を獲 得 して か ら 〔ガ ナ 曼 茶 羅 〕 に引 入 す るべ きで あ る。 次 に 第 九 会 の 『金 剛 頂 経 』 に比 定 され る 『サ マ ー ヨー ガ 」(Samayoga-Uttaratantra)で は(5)、 自身 の尊 格 〔の 装束 〕 を身 に着 け、 自 らの 印 契 と標 幟 〔を 具 え 〕、愛 ら しい、 よ く飾 られ た女 性 〔た ち〕 の<ガ ナ 曼 茶 羅>を っ くるべ し。 と説 か れ て い る。 この よ うに、 『サ マ ー ヨ ー ガ』 で は、 修 行 者 の 観 念 に 存 在 す る曼 茶 羅 の女 尊 の イ メ-ジ に合 致 す る生 身 の女 性 が 印 契 女 と して 獲 得 され、 彼 女 た ち に よ っ て形 成 さ れ る現 実 の曼 茶 羅 が くガ ナ 曼 茶 羅>と して 了 解 され、 集 団 的 な鰺 法 に お け る舞 台 装 置 とな る。 次 は母 タ ン トラ の根 本 典 籍 の地 位 を 占 め る 『ヘ-ヴ ァ ジ ュ ラニ 儀 軌 』 (Hevajra-tantra dvikalpa)<飲 食 品bhojanapatala>の 当 該 箇 所(6)を引 用 す る。 こ こで は、<ガ ナ曼 茶 羅>は さ らに明 確 な姿 を現 す。 パ ッチ リ した 眼 の 女 尊 よ。<ガ ナ 曼 茶 羅>に お け る、 飲 食(饗 宴)が ど の よ うな もの か 聞 き給 え。 飲 食 を為 せ ば、 そ こ に お い て、 す べ て の 者 の願 い の 内実 が満 た され る悉 地 が獲 得 され る。 こ の飲 食 を墓 場 ・山 間 の洞 窟 ・人 け の な い都 城 ・淋 しい場 所 にて と り行 な うべ し。 そ の場 所 に座 を しっ らえ、 そ の数 は九 っ で あ り、死 体 や 虎 の皮 ま た は墓 場 か ら取 って き た橿 襖 布 を用 うべ し。真 中 に は、Hevajra尊 〔の 役 割 〕 を 行 ず る者 が 占 め、 前 もって 適 正 な位 置 を知 って、 喩 伽 女 た ちを 四方 ・ 四維 に 配 置 す べ し。っ ぎ に虎 の皮 の上 に座 して、 三 昧耶 〔食〕 と薬 草 ガ ナ チ ャ ク ラ と 無 上 喩 伽 階 梯 に お け る < 行> の 体 系
密 教 文 化 を摂 取 し、 人 肉 を貧 るべ し。満 足 い くま で飲 食 して 後、<母 た ち>に、 そ こで供 養 す べ し。<母>は、 姉 妹 ・姪 ・姑 で あ って もか まわ な い。 彼 女 た ち に よ く供 養 す べ し。 そ うす れ ば、 彼 女 た ちの<ガ ナ曼 茶 羅> の 内 に あ って 悉 地 が 得 られ るで あ ろ う。大 きな福 分 を持 っ者 は、(継 ぎ 目の な い、 全 体 が)一 つ の断 片 よ りな る聖 な る閥 膜 杯 に酒 を 満 た し て、 阿閣 梨 に捧 げ、 讃 嘆 を な して、 自 ら も飲 む べ し。燭 艘 杯 は、 左 手 で受 け取 り与 え られ るべ し。 そ こで鰺 行 者 た ち は、 繰 り返 し、阿 闇 梨 に頂 礼 す べ し(6-12偶)。 この箇 所(7)に見 られ る<ガ ナ曼 茶 羅>は、 定 ま った 日に、 あ る特 定 の 地 を選 ん で行 な わ れ る集 会 で あ り、八 人 の 楡 伽 女 とHevajra尊 の 役 を 演 じ る阿 閣 梨 の合 計 九 名 を最 少 の必 要 人 員 とす る現 実 態 と して の曼茶 羅 で あ る。 そ の曼 茶 羅(集 会)は、 入 壇 を願 う弟 子 の参 加 を も って、 実 際 に転 じ られ る もの で あ る こ とが わか る。 この曼 茶 羅 を構 成 す る八 人 の女 性 は ヘー ヴ ァ ジュ ラ曼 茶 羅 の八 女 尊(ダー キ ニ ー た ち)に 相応 す る生 身 の喩伽 女 で あ る。 っ ま り観 念 さ れ た曼 茶 羅 の尊 格 の数 と等 しい喩 伽女 た ち が女 尊 に扮 して、 観 念 の曼 茶 羅 の構 成 どお りに空 間 的 な 場 所 を 占め、 そ の 中央 に主 尊 で あ る ヘ ー ヴ ァジ ュ ラ尊 に扮 した金 剛 阿 閣梨 が座 す。 端 的 に言 えば 「マ スゲ ー ム」 の よ うな イ メ ー ジで 行 の場 に形 成 され る曼 茶 羅 で あ る。鰺 道 論 の文 脈 で 言 い換 え る な らば、 導 師 で あ る金 剛 阿 闇梨 はヘ ー ヴ ァ ジ ュ ラ尊 を 自 らに生 起 し、そ れ ぞ れ の女 尊 に扮 した八 人 の楡 伽女 た ち も全 体 で般 若 波 羅 蜜 〔母 〕 を具 現 して い る こと にお いて、 <ガ ナ 曼茶 羅>を 現 成 して い るの で あ る。 集 会 は この あ と、 阿 闊 梨 が 弟子 を曼 茶 羅 に 引 き入 れ、 彼 の 目 を布 で覆 い、 つ いで 弟 子 に曼 茶 羅 を 見 る こ とを許 す とい う順 番 で灌 頂 の次 第 が 述 べ られ て い る。 後 に詳 し く引 用 す る よ う にチ ベ ッ ト仏 教 の ッ ォ ンカ バ(Tsong kha pa 1357-1419)は 「曼茶 羅iの尊 格 の数 と等 しい男 女 の喩 伽 者 が そ れ ぞ れ の 尊 格 の衣 裳 を 身 に着 けて<ガ ナ曼 茶 羅>に 住 して」 と<ガ ナ曼 茶 羅>の 性 格
を 的 確 に記 述 して い る。 これ は プ トゥ ンの 『聚 輪 儀 軌 並 び に 勇者 の饗 宴 の作 法 儀 軌 大 楽 遊 戯 』 (Bdechenrnam-rol)に も明確 に見 られ る こ とで あ る(8)。 他 の(聚 輪 に)集 ま るに値 す る者 と は、 灌 頂 を既 に受 け て お り、三 昧 耶 と禁 戒 に住 して、 二 っ の道 次 第 の三 摩 地 を具 え、 合 図 と合 図 の お返 し、印 契 と 印契 の お返 しな ど聚 輪 の儀 軌 に適 っ た こ と を根 本 と して い る者 につ い て、 あ る曼 茶 羅 を<ガ ナ曼 茶 羅>の あ り方 と して成 就 す る 場 合 に は、 あ る曼 茶 羅 で灌 頂 を受 け、 その 曼 茶 羅 の二 次 第 の三 摩 地 が 明 らか で あ る 〔そ の よ う な〕 そ の曼 茶 羅 の尊 格 と等 しい数 の勇 者 と喩 伽 女 で あ り、(後 略) 以 上 か ら仏 教 徒 た ち の 共 同観 念 と して意 識 内 に存 在 す る曼 茶 羅 が、 現 実 の集 会 の場 に生 身 の男 女 喩伽 者 あ るい は彼 らの シ ンボ ル で も って外 化(聖 体 顕 現)し た もの が<ガ ナ曼 茶 羅>で あ る と定 義 で き る。端 的 に言 って、 これ まで タ ン トラや儀 軌 お よ び註 釈 書 に お け る図 絵 曼 茶 羅 の詳 細 な 記 述 の 陰 に隠 れ て 殆 ど注 意 さ れ て こなか った のが、 こ の<ガ ナ曼 茶 羅>で あ る。 テ キ ス トで は図 絵 曼 茶 羅 の記 述 ・制 作 と は異 な っ た文 脈 で、 密 教 行 者 た ち が曼 茶 羅 を 成 就 し、供 養 に入 る プ ロ セ スで<ガ ナ曼 茶 羅>が 立 ち現 れ て く る場 面 が 見 られ る。<ガ ナ曼 茶 羅>が 何 を意 味 す る の か、 ま た 図 絵 曼 茶 羅 との 関係 と は と言 っ た問 題 は殆 ど等 閑視 され て きた の が研 究 の現 状 で あ る。 この<ガ ナ曼 茶 羅>こ そ 生 身 の シ ンボル を用 い て 仏 教 タ ン トリス トた ち が 『金 剛 頂 経 」 以 来 追 求 して きた真 実 在 と の合 一 を意 味 す る 「即 身 成 仏 」 の 場(9)であ って、 無 上 喩 伽 階 梯 へ の過 渡 期 か ら明 確 な姿 を現 わ して くる イ ン ド密 教 に特 徴 的 な修 法 で あ る。 ま さ し く貧 欲 行 の舞 台 装 置 で あ る と言 え る もの で あ る。 と ころ で 問題 の論 究 に際 して、 我 々 が先 ず念 頭 に置 か ね ば な らな い こ と は、 無 上 喩 伽 階梯 に お け る仏 教 徒 た ち の多 くは、 成 就 法 や生 起 次 第 に よ り、観 念 と実 在 の境 界 を無 きが 如 くに往 来 し、現 実 の 存 在 と観 念 ガ ナ チ ャ ク ラ と 無 上 喩 伽 階 梯 に お け る < 行 V の 体 系
密 教 文 化 的 存 在 と を二 重 化 す る こ とで あ る。M・ ウ ェー バ ー が イ ン ド亜 大 陸 の宗 教 風 土 を 「魔 術 の 園」 の 比 喩 で も って 表 そ う と した の もま さ し く この こ と に 他 な らな い。 例 え ば、 羽 田 野(1987: 209-210)が、 「ア テ ィ ー シ ャが、 老 い て 伝 道 活 動 を や め、 ネ タ ン に住 した 晩年 に お い て も、夜 は茶 枳 尼 の聚 に お い て秘 密 真 言 甚 深 の 義 を 歌詠 す る とい う仕 方 を と った」 と述 べ て い る 「茶 枳尼 の聚 」 は ま さ に観 念 的存 在 と して の 「聚 輪 」 で あ ろ う。若 き タ ン トリス トと して ダ ー キ ニ-に 擬 され る女 性 た ち との現 実 の聚 輪 に参 加 した アテ ィー シャ は、 老 いて も タ ン ト リス トの禁 戒 に忠 実 に、 生 起 した 「観 念 と して の聚 輪 」 に 参加 して い た の で あ る。 さて イ ン ド密 教 に オ リジナ ル な成 就 法(10)のエ ッセ ンス と は、 共 に観 念 的 な 「存 在 」 で あ る三 昧 耶 薩 唾 ・三 昧 耶 曼 茶 羅 と智 慧 薩 唾 ・智 慧 曼 茶 羅 を二 重 化 して意 識 内 に定 立 し引 き続 き両 者 を合 一 させ る観 念 操 作 で あ る。 この 操 作 に よ り密 教 行 者 は全 くの無 か ら全 世 界(曼 茶 羅 世 界)の 創 造 を成 し遂 げ る。 この生 起 した曼 茶 羅 世 界 が密 教 行 者 の観 念 内 存 在 で あ る こ と は言 う ま で もな い。 しか し哲 学 的 独 我 論(solipsism)が もっ ア ポ リア を 持 ち 出 す ま で も な く、 集 団 的 な 鰺 法 に あ って は参 加 者 全 員 が 共 有 し う る 実 在 (「存 在 」 で は な く)す る特 定 の対 象 を シ ンボ ル(標 幟)と して、 集 会 の場 に曼 茶 羅 を 「現 成 」 さ せ る こ との方 が よ り効 果 的 で あ る こ と は明 らか で あ ろ う。 こ う した観 念 の物 象 化 で あ る 「愚 代 」 の例 が 『ヘ ー ヴ ァジ ュ ラ二 儀 軌 」<金 剛 王 出現 品>に 見 られ る(11)。そ こで は八 人 の 喩 伽 女 を 曼 茶 羅 へ 招 入 す るに先 だ って、 阿 闇 梨 が 曼 茶 羅 を描 く次 第 が説 か れ る。 この 曼 茶 羅 を 構 成 す る獅 子 ・比 丘 ・車 輪 ・金 剛 杵 ・刀 剣 ・太鼓 ・亀 ・蛇 は八 女 尊 の 標 幟 (astacihna)で あ る。 この 場 合 は先 の 例 の よ うに八 人 の喩伽 女 が 「マ スゲ ー ム」 の よ うな曼 茶 羅 を形 成 す る こ と は説 か れ て お らず、 標 幟 の 曼 茶 羅 と、 女 尊 を体 現 し喩 伽 者 の供 養 の対 象 と な る喩 伽 女 の集 団 と は外 見 的 に は別 な 存 在 と な って い る。 しか し この場 合 で あ って も、標 幟 の曼 茶 羅 が 女 尊 た ち の シ ンボ ルで あ る限 りで 集 会 の場 に ガ ナ曼 茶 羅 が現 成 して い る こ と、 さ ら
に は集 会 自体 が ガ ナ曼 茶 羅 の 行 で あ る こ と は言 う まで もな い。 以 上 述 べ て きた こ とか ら集 会 の 中 核 と して の<ガ ナ曼 茶 羅>は 仏 教 徒 た ち に と って は ど こま で も本 質 的 で あ る こ とが理 解 され な け れ ば な らな い。 仏 教 徒 た ち の集 会 が集 団 的 な修 法 で あ る所 以 は、 そ の根 幹 に こ う した<ガ ナ曼 茶 羅>が 現 成 して い る限 り にお い て な の で あ る。 さ もな け れ ば仏 教 徒 た ち の この種 の集 会 は単 な る 「お祭 り騒 ぎ」 とな り、<ガ ナ曼 茶 羅>に 特 徴 的 な楡 伽 女 の普 行(yogonisanca)は、 「promiscuity」 と変 わ ら な い もの に な って しま うで あ ろ う。っ ま り<ガ ナ曼 茶 羅>は 根 源 的 な ユ ニ ッ ト と して 仏教 徒 の 集 会 を支 え て い る と性 格 づ け られ る もので あ る。 こ こでg即acakra「 聚 輪 」 と<ガ ナ曼 茶 羅>の 術 語 を明 確 に して お き た い。 先 ず聚 輪 で あ るが、 母 タ ン トラの 出発 点 に位 置 す る と され る 『サ マ-ヨー ガ」 に は、 「妙 勝 な る聚 輪 は親 しい者 全 員 の集 会 で あ って、 一切 諸 仏 の サ イ ンに よ って、 親 し く集 ま る と説 か れ て い る(12)」とあ る よ う に、 そ こ で の参 加 者 の人 数 は不 特 定 で あ って、 有 資 格 者 で あ る男 女 の喩 伽 者 のす べ て に開 か れ て い る。 こ う した タ ン ト リス トた ち の集 会 は理 念 と して の 「一 切 諸 仏 に よ る平 等 喩 伽 」、っ ま り一 切 諸 仏 の聚 会(ガ ナ)で あ る曼 茶 羅 を 具 現 して い る と言 え る。 さ ら に 『サ ンヴ ァロ ー ダヤ ・タ ン トラ」(Sarpva rodaya-tantra)第 八 章<Samayasarpketavidhi-patala>に 見 ら れ る よ う に、 聚 輪 自体 が 現 実 に転 じ られ て い る曼 茶 羅 と見 な さ れ て い る(13)如くそ れ は広 義 の<ガ ナ 曼 茶 羅>で もあ る。 こ う した聚 輪 は、 儀 軌 と して整 理 され た 段 階 で は、 上 記 の プ トゥ ンの 「聚 輪 儀 軌 」 に あ る よ うに、<ガ ナ曼茶 羅> (上 述 した生 身 の喩 伽 女 た ち に よ って 形 成 され た もの で あ れ、 あ る い は 三 昧耶 曼 茶羅 と して で あれ 現 成 して い る)の 形 成 お よ び それ に対 す る供 養 法 を ユ ニ ッ トと して 含 む 場 合 が 見 られ る。 しか しこの 場 合 で あ っ て も、聚 輪 は ユ ニ ッ トと して の<ガ ナ 曼 茶 羅>の 形 成 と供 養 に尽 き る も の で は な く、 そ れ以 外 の別 な 内 実 を も併 せ 持 つ 儀 礼 複 合 と して の 集 会 で あ る。 言 い換 え る と、 聚 輪 自体 が広 義 の<ガ ナ 曼 茶 羅>で あ る と は言 い得 る が、 反 対 に <ガ ナ曼 茶 羅>は 必 ず しも聚 輪 と等 同 で はな い。 ガ ナ チ ャ ク ラ と 無 上 喩 伽 階 梯 に お け る < 行> の 体 系
密 教 文 化 <ガ ナ曼 茶 羅>の 性 格 を 明 らか にす る た め の参 考 と して、 灌 頂 儀 礼 の 場 合 を例 に挙 げ る。 こ こで はユ ニ ッ トと して の<ガ ナ曼 茶 羅>が、 灌 頂 儀 礼 に先 立 っ前 段 を構 成 して い る。 そ こで は<ガ ナ曼 茶 羅>の 形 成 とそ れ に対 す る供 養 が金 剛 阿 閣梨 と弟 子 た ち の グ ルー プ内 で 行 わ れ る だ け で あ って、 一 般 に広 く仏 教 徒 た ち に 呼 び か け て行 う大 人 数 な聚 輪 と は な らな い こ とが 留 意 さ れ な け れ ば な らな い。 ま さ に この例 が 先 に引 用 した 『ヘー ヴ ァ ジ ュ ラ二 儀 軌 」<飲 食 品>に 見 られ る集 会 で あ って、 そ れ は金 剛 阿 闇 梨 を 先 頭 とす る弟 子 た ち一 同 に よ る性 喩 伽 と飲 食 の 饗 宴 で あ る。 同 タ ン トラ の 当該 箇 所 を註 釈 して い る註 釈 者 た ち の中 に は躊 躇 う こ とな くそ れ を聚 輪 儀 軌 と 見 な して解 説 を加 え て い る者 もい る。 しか しこの 考 え は聚 輪 と<ガ ナ曼 茶 羅>を 混 同 す る もの で あ る(14)。広 く不 特 定 多 数 の タ ン ト リス トに呼 び か け る ことか ら起 こる何 らか の法 へ の違 犯 を 避 け るた め に、三 昧 耶 を 知 りそ れ を遵 守 す る者 とそ うで な い者 た ち を よ り分 け る秘 密 の言 葉 ・身 振 りが 聚 輪 で は重 要 な意 味 を持 っ。 従 って聚 輪 で は 「門 の 阿 闇 梨(15)」(dvaracarya) が 置 か れ て や って来 る参 会 者 を誰 何 す るの で あ る。 これ に対 して 灌 頂 儀 礼 に先 立 っ<ガ ナ曼 茶 羅>供 養 に あ って は、参 加 者 は不 特 定 の タ ン ト リス ト で は な く、灌 頂 の受 者 で あ る阿 閣 梨 の弟 子(た ち)で あ る。 いわ ば彼(ら) は、 既 に 「門 に入 って い る」 存 在 な の で あ る。 ま た 同 タ ン トラに は 明 らか にgapacakraで は な くgamaalaと 記 述 され て い る こ と か ら、 上 記 の 集 会 は阿 闇梨 と特 定数 の 弟 子 た ちの鰺 法 の場 と して の<ガ ナ曼 茶羅>で あ っ て、 灌 頂 儀 礼 の 準 備 段 階 を構 成 す る もの と理 解 さ れ ね ば な らな い。 しか し 『ヘ ー ヴ ァ ジ ュ ラ二 儀 軌 』 の 註 釈 家 た ち がgapamapalaをgapacakraと 同 義 に取 って い る考 え 方 は ま た別 な機 会 に論 じる予 定 で あ る。 こ こで は灌 頂 儀 礼 を 例 に彼 我 の差 別 を論 じて き たが、 さ らに後 に述 べ る よ うに、 無 戯 論 で あ る大 印 契 の行 の場 合 に は、 金 剛 阿 闊 梨 と弟 子 の グルー プに よ って、<ガ ナ曼 茶 羅>を 構 成 す る特 定数 の喩 伽 女 た ち とす る鰺 行 が 述 べ られ るが、 これ また 大衆 集 会 で あ る聚 輪 と は性 格 を異 にす る。 従 って <ガ ナ曼 茶 羅>と 聚 輪 と は対 立 概 念 で は な く、そ の 区 別 は仏 教 徒 た ち の集
会 の性 格 の相 違 に根 ざ した もの と して捉 え られ る必 要 が あ る。 2. 自行 と閉 集 団 の行 法 大 印 契mahamudraの 行 法 これ まで は、 貧 欲 行 を 根 底 にお く仏 教 タ ン ト リス トた ち の行 の内、 集 団 的 な鰺 法 につ いて 述 べ、 集 団 的 な 修 法 が 儀 礼 と して の側 面 を もっ こ とか ら タ ン ト リス トの 集 会 の 核 に存 在 す る<ガ ナ曼 茶 羅>の 性 格 を規 定 した。 次 に タ ン ト リス トで あ る一 個 人、 あ るい は導 師 と そ の弟 子(の 集 団)が 為 す 行 法 に焦 点 を 当 て て述 べ る こ とに す る。 集 団 的 な修 法 とは位 相 を異 に す る タ ン ト リス ト個 人 の 行 法(自 行)の 典 型 は 『ヘ ー ヴ ァ ジ ュ ラ二 儀 軌 』<行 品caryapatala>に 見 られ る(16)。喩 伽 者 は夜 分 に独 樹 の下 ・墓 場 ・女 神 の祠 堂 ・人 け の無 い場 所 で鰺 習 を行 う。 彼 は先 ず 喩 伽 のパー トナ ー を選 ん で 獲 得 す る。 巻 き上 げ た髪 を冠 にま とめ、 五 仏 を表 す 五 っ の濁 艘 の 婁 を 身 に着 け、 金 剛 杵 ・鈴 ・燭 艘 杖 を もっ 喩 伽 者 は、 金 剛歌 を 唱 い舞踏 を 為 す。 この よ う な行 法 に お け る喩 伽 者 のパ ー トナ -と な る女 性 が マハ ー ム ドラ ー(mahamudra以 下、 大 印 契 と略)(明 妃 と も呼 ば れ る)で あ って、 『秘 密 集 会 タ ン トラ」 に は以 下 の如 く説 か れ て い る。 愛 ら し くみ め麗 しい、 十 六 歳 に な る娘 を得 て、 香 と花 で 飾 って、 そ の 真 中 で 〔そ の者 を〕 愛 欲 す べ し。智 者 は その紐 帯 を着 けた 〔娘〕 を マ ー マ キ ー と して 加 持 す れ ば、 仏 の 位 す な わ ち快 適 な る もの を放 出 す る こ とに な り、 虚 空 界 は荘 厳 され るで あ ろ う。(第 四 章19.20偶(17)) み あ麗 しい、 十 六 歳 に な る娘 を 得 て、 加 持 の三 句 を も って、 密 か に供 養 を始 め るべ し。如 来 の大 い な る妃 で あ る ロー チ ャナ ー等 と して観 想 す べ し。二 根 交 会 に よ って仏 〔と な る〕 悉 地 を 得 る こ と に な ろ う。 (第 七 章17.18偶(18)) ガ ナ チ ャ ク ラ と 無 上 喩 伽 階 梯 に お け る < 行> の 体 系
密 教 文 化 「大 印(契)」 は仏 教 タ ン トリズ ム成 立 以 前 か ら、 イ ン ド密 教 が 展 開 さ せ た 最重 要 な概 念 の 一 つ で あ る。楡 伽 タ ン トラ階梯 に あ って は 四 印 の一 つ で あ る本 尊 の影 像(色 身)と して の大 印 か ら、 こ こで言 う無 上 喩 伽 階 梯 で の生 身 の性 喩 伽 の パ ー トナ ー、 さ らに は後 に 「大 印 の成 就 」 の術 語 で 表 さ れ る悟 りの 高度 な観 念 的 内容 と言 ったす べ て の 内容 を包 含 す る大 印 の概 念 規定 とそ の歴 史 的変 遷 を た ど る だ け の力 量 が筆 者 に は な い。 本 稿 で は本 尊 の色 身 を意 味 す る大 印 が真 理 を体 現 して い る般 若 波 羅 蜜 母 と して の性 喩 伽 の パ-ト ナ ー に 限定 され る地 点 が イ コ ー ル仏 教 タ ン トリズ ム の成 立 と規 定 し(19)、この ペ ア に な った性 楡 伽 を 内容 と す る行 を 「大 印 契 の行 」 と名 づ け て用 い る こ とに した い。 続 い て 『ヘ ー ヴ ァ ジ ュ ラ二 儀 軌 』<教 授 品Vineyapatala>か ら理 想 的 な パ-ト ナ ー(印 契 女)の 描 写 お よ び彼 女 とす る大 印契 の 行 に っ い て 説 い た 箇 所 を 引用 す る。 先 ず は、 世 俗 諦 と して(生 身)の 大 印 契 の容 姿 ・行 儀 に っ い て質 問 す る喩 伽 女 た ち に答 えて 世 尊 は次 の よ う に説 く。 生 身 の大 印契 は、 背 は高 す ぎず、 低 す ぎず、 あ ま り黒 くも、 白 く もな く蓮 華 の弁 に似 た色 で あ る。 彼 女 の 息 は甘 く、汗 は齋 香 の よ うに 心 地 よ い。 女 陰 は刹 那 ご と に異 な っ た蓮 華(padma, indlvara, utpala) の香 りあ る い は甘 い ア ロ エ樹 の香 り を放 っ。 〔性 質 は〕 毅 然 と して お り決 して気 ま ぐれ で は な い。 話 しぶ りは耳 に心地 よ く素 晴 ら しい。 艶 の あ る髪 を もち、 それ を腰 の周 り に三 重 に巻 き着 けて い る。彼 女 の 姿 態 と性 質 は蓮 華 女(padmini)と して知 られ る。 そ の よ うな明 妃 を 獲 得 して、 喩 伽 者 は倶 生 歓 喜(sahajananda)を 自性 とす る成 就 を得 る。 (1-5偶) こ の よ う に喩 伽 者(仏 教 タ ン ト リス ト)個 人 が 自行 と して為 す貧 欲 行(20) は、 先 ず パ ー トナ ー と な る大 印契 の選 別 か ら始 ま る もの で あ る。 この 印 契 女 の 社 会 的 な出 身 階 層 につ いて は以 下 の如 くで あ る。
(略)こ の場 合、 心(阿 閾)部 を基 準 と して述 べ られ て い る。rajaka な る賎 民 階級 の娘、12歳(と きに16歳 と も い う)、 信 勤 念 定 慧 の五 徳 を 備 え、 青 蓮 華 の よ うな美 しい眼 を もち、 智 慧 は大、 他 の丈 夫 に貧 著 せ ず、 成 就 者 に非 常 な信 解 を もち誠 信 を捧 げ る もの、 真 言 と タ ン トラを 学 び、 精 通 せ ん とす る もの で な けれ ば な らぬ。(中 略)身(Vairocana) 部 の 場 合 は染 物 師、 語(Amitabha)部 の そ れ は舞 芸 人 の 娘 とせ られ る。 い ず れ に して も栴 陀 羅 部 族 等最 下 層 の 階 級 の 出身 の娘 が選 ばれ る。 この こ と は タ ン トラ仏 教 が 立脚 し、背 景 と した社 会、或 はイ ン ドのカー ス トに 関 す る事 情 の 一 端 を 知 ら しめ る もの と して 興 味 が あ る。 こ の 引 用 は 羽 田 野(1987)が 聖 者 流 の 基 本 典 籍 の な か で 最 も古 い も の の 一 っ と さ れ る 『略 集 次 第 」(Pipikrtasadhana)の 解 説 の な か で、 『秘 密 集 会 タ ン ト ラ』 所 説 の 生 起 次 第 に お い て、 初 加 行 三 摩 地(adiyoganama samadhi)を 開 い た 四 支 成 就 の 内 の 大 成 就(mahasadhana)に っ い て 述 べ た 箇 所 で あ る。 こ こか ら も父 ・母 の 別 な く仏 教 タ ン ト リス トた ち が 依 拠 し た 階 層(21)が明 らか に な る。 こ う し た 階 層 の 女 性 を パ ー トナ-と し て 行 う 喩 伽 が ま さ し く 自 行 と して の 大 印 契 の 行 で あ る。 一 方、 集 団 的 鰺 法 で あ り 饗 宴 で も あ る 聚 輪 は、 そ れ と は 明 らか に 性 格 と 起 源 を 異 に し て い る こ と が 納 得 さ れ る で あ ろ う。 こ の 問 題 を 出 来 る か ぎ り歴 史 的 に 遡 っ て 検 討 して み た い。 無 上 楡 伽 階 梯 の 成 立 初 期 に 重 要 な 役 割 を 果 た し た 人 物 に パ ドマ ヴ ァ ジ ュ ラ(Padma-vajra)(サ ロ ル ー ハSaroruha)が い る。 文 献 学 的 に も未 だ 同 定 で き て い な い 人 物(22)であ る が、 以 下 は 『七 部 成 就 書 』 の う ち 彼 の も の と さ れ る 『秘 密 成 就(23)』(Guhyasiddhi)第 八 章 か らの 引 用 で あ る。 タ ン トラ の なか に(24)卑賎 な身 分 の女 〔と〕 の とて も驚 くべ き成 就 法 が 説 か れ て い る。 そ こで しっか りと獲 得 さ れ た通 りに そ れ(成 就 法)を ガ ナ チ ャ ク ラ と 無 上 喩 伽 階 梯 に お け る < 行> の 体 系
密 教 文 化 説 こ う。生 ま れ を 明示 させ る もの を か な ぐ り捨 て て ガ ナ の 自在 者 の姿 に作 って か ら誰 に も知 られ な い別 な地 方(25)に入 る べ きで あ る。 ガ ナ の 標 幟 を身 につ け て頭 髪 を剃 らせ て、 しか し一 房 だ け は粗 く結 った髪 を 作 って残 し持 ち、 ル ドラー ク シ ャ草 と綺 麗 な水 晶 を交 互 に混 ぜ 合 わ せ た下 半 身 ま で垂 れ下 った頚 飾 りを首 に懸 けて、 美 しい腎 輪 と腕輪 神 々 しい火 花 の集 ま りに充 ち た もの、 額 に は三 本 の標 と人 差 しに は ター ム ラ(銅 色)の 刻 印 さ れ た指 輪 を注 意 深 く作 って、 ま た陰 部 に は前 に垂 れ下 った 〔布 の〕 切 れ 端 を着 けて 小 箱 と鉄 鉢 を肩 に く く り着 けて、 四 肢 を飾 った ガ ナ の 自在 者 の姿 に作 って 脇 の下 をベー ル で覆 って 最 低 の 種 姓 の住 居 に入 り込 む べ きで あ る。(1-7偶) ジ ュ ニ ャー ナパ ー ダ の弟 子 と い われ るパ ドマ ヴ ァジ ュ ラ(26)の『秘 密成 就 』 か らは、 仏 教 徒 た ち に と って 卑 賎 な階 層(不 可 触 民)出 身 の 女 性 が 喩 伽 のパ ー トナ ー、 つ ま り 自行 の 相 手 と して 必 須 の 要 件 で あ る と い う共 通 の 認 識 が あ っ た。 さ らに習 俗 ・職 業 を共 に して 形 成 され て い る不 可 触 民(caala) の集 落(共 同 体)に 自由 に出 入 り しそ こ に居 着 いて い る男 性 喩 伽 者 の 存 在 とそ の 形 姿 が 明 らか にな る。 パ ドマ ヴ ァジ ュ ラ は この あ と喩 伽 行 者 が 選 別 した パ-ト ナ ー と二 人 で す る大 印 契 の 行 法 を 述 べ る。 と こ ろで 『秘 密 集 会 タ ン トラ』 に基 づ い て 作 られ た とい わ れ るパ ドマ ヴ ァ ジ ュ ラの この 『秘 密 成就 』 か らは、 根 本 タ ン トラで あ る 『秘 密集 会 タ ン トラ』 の場 合 と同様 に、 母 タ ン トラ に特 有 な 下 層 ・ア ウ トカー ス トの 女 性 た ち の集 団 につ い て の 記 述、 お よび そ の 集 団 とす る仏 教 徒 た ち の 集 会(饗 宴)に つ いて の記 述 は見 当 らな い。 した が って 引 用 文 に あ らわ れ る 「ガ ナ の 自在 者 」 が喩 伽 者 や 喩 伽 女 た ち の ガ ナ(集 団)で 指導 的役 割 を果 た す で あ ろ う集 団 的鰺 法 の起 源 に つ い て の記 述 は、 そ れ以 外 の文 献 に求 め ざ るを得 な い。 戯 論 と聚 輪 に つ い て
『秘 密 集 会 タ ン トラ」 と 『ヘー ヴ ァ ジ ュ ラ二 儀 軌 』 に印 契 女(大 印 契 ・ 明妃)が 見 られ る よ う に、 無 上 喩 伽 階梯 の タ ン トラで あ るか ぎ り父 タ ン ト ラ も母 タ ン トラ も 自行 と して の 大 印契 の行 は共 通 に もっ。 しか し集 団 的 鰺 法 の典 型 で あ る聚 輪 に代 表 され る集 会 は母 タ ン トラ起 源 で あ り、 そ れ に特 有 の修 法 と考 え るべ きで あ る。 この下 層 ・ア ウ トカ ー ス トの 出身 と され る 特 定 の女 性 と為 す大 印契 の行 法 と、聚 輪 に代 表 さ れ喩 伽 女 や ダー キ ニ ー と 目 され る女 性 た ち との仏 教 徒 の集 会(集 団 的 修 法)の あ り方 の相 違 は無 上 喩 伽 の論 師 た ち に も明 白 に 区別 さ れ る もの と して あ った。 『秘 密 集 会 タ ン トラ」 に基 づ く究 寛 次 第 を説 く 『五 次 第 」(Pacakrama)に 対 す る意 趣 釈 を説 い た アー ル ヤ デ ー ヴ ァ(Aryadeva)著 『行 合 集 灯(27)」は、 こ の 区 別 を簡 潔 に以 下 の よ うに述 べ る(28)。 この 『秘 密 集 会 タ ン トラ』 の 中 で は、 「無 戯 論 」 と 「極 無 戯 論 」 の み が説 か れ て い るの で、 い ま 「戯 論 」 の行 は 『吉 祥 な る一 切 諸 仏 と平 等 な る喩 伽 ダー キ ニ ー ジ ャー ラサ ン ヴ ァ ラ」 と名 づ け る大 喩 伽 タ ン トラ に入 るべ き で あ って、(後 略) ア-ル ヤ デ ー ヴ ァは ま た 『灯 明 と名 づ け る註 釈 』 の 中 で、 以 下 の よ うに 述 べ る(29)。 「暎 笑 と遊 戯 を 為 す こ と云 々」 な ど と言 うこれ ら 〔の所 作 〕 も また戯 論 な どの 行 で あ って、 世 尊 が 『一 切 諸 仏 と平 等 な る喩 伽 」 と名 づ け る 〔タ ン トラの〕 中 で、 お説 きに な って い る もの と同様 で あ る。 この よ うに聖 者 流 の 阿 闇梨 ア ー ル ヤ デ ー ヴ ァに よ って、 戯 論 の行 が依 拠 す べ き と さ れ て い る タ ン トラは、 ま さ し く これ ま で も取 り上 げて き た 『サ マ-ヨ ー ガ」 に他 な らな い。 彼 は 『行 合 集 灯 」 第 九 章 に お い て、 同 タ ン ト ラ(30)を引 用 しそ の意 趣 釈 の形 で集 団 的 修 法 で あ る聚 輪 を説 い て い く。 例 え ば、 聚 輪 を 行 う場 所 と して 『サ マ-ヨ ー ガ」 の 引用 の後、 「ス ー トラ の ぞ ガ ナ チ ャ ク ラ と 無 上 喩 伽 階 梯 に お け る < 行> の 体 系
密 教 文 化 れ らの言 葉 の意 味 を詳 し く註 釈 す るべ きで あ って 」 と断 って か ら、以 下 の よ うな<ガ ナ の館(31)>の具 体 的 な構 成 を説 く(32)。 そ こで まず 最 初 に遊 園 な ど の意 に か な った、 人 の 近 寄 ら な い場 所 で 〔聚 輪 の〕 有 り様 に相 応 しくな い こ とを始 め とす る福 分 の 無 い者 か ら 離 れ た場 所 に煉 瓦 づ く りの三 階 建 て の 家 を 建 て て 〔そ れ を 〕 様 々 な種 類 の 荘 厳 具 を備 え た もの と な して 移 り住 む の で あ る。 そ の 建 物 の一 階 に は厨 房 を 備 え るべ きで あ る。 二 階 に は ヴ ィー ナ を 始 あ とす る歌 と踊 り と音 楽 の 供 養 の 資 具 を 置 くべ きで あ る。三 階 に は喩 伽 女 た ち と一 緒 に吉 祥 な る様 々 な福 分 を もっ 者 〔た ち〕 の最 勝 な る住 居 とな す べ きで あ る。 さて こ こで 『行 合 集 灯」 第 九 章 の説 く集 会 が聚 輪 で あ り、 『サ マ ー ヨー ガ』 の茶 枳 尼 網(dakinljala)の 性 格 が 聚 輪 に代 表 され る集 団 的 な 鰺 法 ・ 饗 宴 で あ る と して、 そ れ で は聚輪 とア ー ル ヤ デ ー ヴ ァが持 ち 出 して い る戯 論 との 関係 が どの よ うな もの で あ るか が新 た に 問題 と さ れ な け れ ば な らな いo まず 「戯 論」prapancaに っ い て で あ る が竜 樹(Nagarjuna)は 『中 論 』 (Madhyamika-sastra)で 次 の よ う に説 く(33)。 業 と煩 悩 の滅 尽 よ り解 脱 が あ る。業 と煩 悩 は思 惟 分 別 か ら起 こ る。 そ れ らは戯 論 よ り起 こ る。 しか るに戯 論 は空 の理 解 に お い て 消 滅 す る。 (18・5) 奥 住(1985:479)は、 竜 樹 に よ る解 脱 論 の ネガ テ ィ ヴの極 に位 置 す る も の と して、 「戯 論 な る もの は、 諸分 別 が そ れ ゆ え に生 ず る こ と に よ り業 と 煩 悩 と の さ ま ざ ま な過 失 が 生 じて衆 生 を苦 界 に さ ま よわ せ る と ころ の も と の もの で あ る。」 と述 べ る。 真 田(1975: 249)は、 「戯 論 は根 本 的 に は人 間
の迷 い の あ り方 に も とづ き、 さ ら に は真 実 な らざ る誤 った考 え 方 に もとつ い て、 自 己 の虚 妄 な る世 界 観 を外 の世 界 に 向 か って言 葉 や そ の 他 の 行 為 で も って拡 大 して ゆ こ う とす る姿 勢 が戯 論 で あ る」 とす る。平川(1979:133-4)は 「(略)竜 樹 の 『中論 」 で は、 八 不 や縁 起 に よ って、 諸 法 が 空 で あ る こ とが 論 証 され て い る。 しか し凡 夫 は、 諸 法 の実 相 で あ る空 に達 しな い た め に戯 論(prapca)を お こ し、苦 の 生 存 を っ く り あ げ て い る と説 い て い る」 と要 約 す る。 この よ う に戯 論 は一 般 的 に は饒 舌 ・戯 れ の議 論 を意 味 し、 中観 派 の二 諦 説 か らす れ ば、 空 性 か ら乖 離 した 世 間 的 な言 説 習 慣 の一 切 を意 味 す る。 つ ま り仏 の真 実 で あ る空 性 か ら見 れ ば まず 最 初 に断 滅 され るべ き対 象 を表 す 語 に す ぎな い。 と ころ が 『行 合 集 灯 」 で アー ル ヤ デ ー ヴ ァが 用 いて い る戯 論 は、 ま さ し く肯 定 的 ・積 極 的 な色 調 を もっ 術 語 と して 提 出 され て い る。 断 滅 さ れ る対 象 と して で は な く、 そ の反 対 に大 持 金 剛位 を獲 得す るため の行 の カテ ゴ リー と位 置 づ け られ て い る の で あ る。 これ は竜 樹 に始 ま る伝統 的 な 用 語 法 か ら の ま さ に百 八 十 度 の転 換 で あ る。 『真 実 摂 経 』(Tattvasarpgraha『 初 会 金 剛 頂 経 』)に 始 ま る金 剛 乗 の 奔 流 は、 イ ン ド仏 教 史 に お い て は実 に大 き な転 換 を もた ら した。 そ こで は い くっ か の 伝 統 的 な重 要 術 語 が 新 た な意 味 付 与 を さ れ た り、 あ るい はそ の上 で価 値 転 換 され て 用 い られ る よ うに な る。 「菩 提 心」 は前 者 の 例 で あ り、 「戯 論 」 は後 者 の例 で あ る。 肯 定 的 な視 点 か ら捉 え られ た 「戯 論 」 の語 と して筆 者 が発 見 した 一 例 と して、 『理 趣 広 経 』 を 構 成 す る 「大 楽 秘 密 金 剛 儀 軌 」 の 最 初 に 位 置 す る 「大 楽 金 剛 秘 密 供 養 の広 大 儀 軌 」 に は、 一・切 如 来 の一 切 の大 三 昧耶 に入 り、 法性 分 別 の 智 に入 り、一 切 如 来 の 種 々 の御 業 を も って三 時 に無 余 な る世 間 界 の 戯 論 業(sprospalas) を 有 す る世 尊 毘 盧 遮 那 如 来 は(後 略) ガ ナ チ ャ ク ラ と 無 上 喩 伽 階 梯 に お け る < 行> の 体 系
密 教 文 化 と述 べ られ て い る(34)。これ はま さ しく世 間 の理 趣 が 中観 派 に 見 た伝 統 説 と は全 く異 な っ た視点 か ら眺 め られ て い る好 例 と言 え よ う。 この 『理 趣 広 経』 「大 楽 秘 密 金 剛 儀 軌 」 に見 る 「戯 論 業 」 や、 アー ル ヤ デー ヴ ァを 始 め とす る聖 者 流 の 阿 闊梨 た ち が 用 い る 「戯 論 」は、「吉 祥 に して 戯 論 寂 滅 す る縁 起」 と言 う言 葉 で 『中 論 』の巻 頭 を飾 っ た 竜 樹 の 用 語 法 ・perspectiveと は根 本 的 に相 違 して い る こ とで あ る。 さ らに言 え ば、 新 た な無 上 喩 伽 階 梯 の理 論 構築 に当 た り、 ナ ー ガ ル ジ ュナ ・ア ール ヤデ ーヴ ァ ・チ ャ ン ドラキー ル テ ィ (Candrakirti)・ ナ ー ガ ボ ー デ ィ(Nagabodhi)と 言 った 中 観 派 の 論 師 た ち の 名 を 名乗 って きた聖 者 流 の阿 闊 梨 た ちが ま さに この用 法 を使用 して<行> の体 系 を論 じて い る こ とで あ る。 単 純 に考 察 す る な らば、 この用 法 を案 出 した無 上 喩 伽 の 阿 闊 梨 た ち に は 仏 教 タ ン トリズ ム と言 う新 しい酒 を入 れ る た め の革 袋 が 必 要 と さ れ た の で あ って、 聖 者 流 の阿 閣 梨 た ち は理 論 体 系 の構 築 に当 た って、 新 しい革 袋 に 慣 れ親 しま れ て き た名 称 を使 用 した まで の ことで あ ろ う。 彼 らは そ の こ と に よ って タ ン トリズ ム に よ って 首 まで 浸 され た イ ン ド仏 教 の 現 実 を理 論 化 し、 さ らに この タ ン トリズ ム の洪 水 に樟 さす こ とを為 した の で あ る と言 っ て よ い で あ ろ う。 さ て 問題 は この戯 論 と聚 輪 の 関 係 で あ る。 ポ ス ト ・グプ タ期 以 降、 仏 教 徒 た ち は そ れ まで 持 た なか っ た諸 儀 礼 を 外 部 の 社会 か ら取 り入 れ、 そ れ に 仏 教 理 論 の裏 づ けを 与 え、 仏 教 的 な色調 を 帯 び た儀 礼 と して 定着 させ た。 そ れ は護 摩 ・プ ラ テ ィシ ュ ター ・灌 頂 ・曼 茶 羅供 養 な どで あ る。 と ころ で 仏 教 的 な意 味 づ け と は別 に、 儀 礼 の展 開 はそ れ 自体 の論 理 とルー ル を も っ て進 ん だ ので あ り、 個 々 の 儀 礼 ユ ニ ッ ト(所 作 ・作 法)は よ り大 き な儀 礼 複 合 の構 成 ユ ニ ッ トとな る形 で儀 礼 が整 備 ・展 開 され て きた。 イ ン ド密 教 が 喩 伽 タ ン トラ階梯 か ら無 上喩 伽 階梯 へ 向 う過 程 で、 貧 欲 行 を根 底 に置 い て 新 た に創 出 した集 団 的 儀礼 が聚 輪 で あ り、 そ の核 とな る<ガ ナ曼 茶 羅> 行 で あ る。 また喩 伽 タ ン トラ階梯 で既 に成 立 して い る瓶 灌 頂 に貧 欲 行 を核 とす る秘 密 灌頂 ・般 若 智 慧 灌 頂 ・第 四灌 頂 が接 木 さ れて、 灌 頂 儀 礼 は無 上
楡 伽 階梯 に お い て儀 礼 複 合 と して壮 大 な完 結 を 見 るの で あ る。 新 た な解 脱 論 の理 論 構 築 が課 題 で あ った 阿 閣 梨 た ち は、貧 欲 行 が根 底 に あ る諸 々 の集 団 的修 法 ・行 法 を生 起 ・究 寛 の 二 次 第 を 内容 とす る修 道 論 と 整 合 させ(35)、体 系 化 す る に 当 た り、実 践 され て い た個 別 的 な修 法 ・儀 礼 の 名 称 を使 用 す る の で は な く、解 釈 学 に お け る新 た な<行>カ テ ゴ リー を案 出 し、そ の カ テ ゴ リー の下 に個 別 的 な修 法 ・儀 礼 を包 摂 して い った と考 え られ るの で あ る。 カ テ ゴ リー の性 格 上、 そ れ らが 「理 念 型 」 で あ る こ とは 論 ず る まで も な い。 従 って、 戯 論 は そ の内 実 と して、 現 実 世 界 に お け る表 現 で あ る聚 輪 を もっ と言 う こ と は間 違 って い な い。 しか しイ ン ド密 教 が確 立 した、 自 らの 視 点 を 果 位 にお いて、 悟 りの世 界 で あ る如 来 ・大 持 金 剛 の 世 界(出 世 間)か ら現 象 世 界 に下 って くる方 法 論 に従 う な らば、 無 上 楡 伽 の阿 闇 梨 た ち は、 理 念 的 な一 切 諸 仏 ・持 金 剛 た ち の 「天 上 の」集 会(「神 々 の饗 宴 」)を 本 質 と し、 そ の地 上 で の再 演 で あ る大 規 模 な 集 団 的 修 法 ・大 衆 的 な饗 宴 を戯 論 と規 定 した の で あ る。 こ こか らあ くまで 理 念 型 と して、 特 定 数 の尊 格 に よ るガ ナ曼 茶 羅 の構 成 を と る必 要 が あ る戯 論 と、 有 資 格 者 の タ ン トリス トに は広 く開 か れ た実 際 の集 会 で あ る聚 輪 との 差 異 性 も明 ら か で あ る。 ま た理 念 型 で あ るか ら こそ、 次 章 で ツ ォ ンカ バ に っ いて 見 る よ うに戯 論 が 生 起 次 第 で あ る三 三 摩 地 の プ ロセ ス に組 み込 まれ る こ とが 容 易 とな る。 つ ま り観 念 の レヴ ェ ルで の操 作 が 容 易 とな るの で あ る。実 際 の集 会 で あ る聚 輪 の 場 合 で あれ ば、 こ の よ うな修 道 論 との即 自的 な無 媒 介 の結 合 は不 可 能 で あ る。 この 理 由 か ら、我 々 は そ う した一 切 諸 仏 ・持 金 剛 た ち の集 会(戯 論)の 現 象 世 界 にお け る表 現(似 姿)を 聚 輪 に見 る と言 うの が戯 論 と聚 輪 の関 係 に つ い て の イ ン ド密 教 の 論 理 に忠 実 に して正 確 な表 現 で あ ろ う。 この点 か ら も戯 論 の行 が依 拠 す る タ ン トラが 『サ マ ー ヨ ー ガ』(一 切 諸 仏 の平 等 な る喩 伽)で な け れ ば な らな か っ た ことが 理 解 さ れ よ う(銘)。 以 上 を ま とめ る と、『秘 密 集 会 タ ン トラ」 聖 者 流(37)の代 表 格 の一 人、 アー ル ヤ デ ー ヴ ァは、 『秘 密 集 会 タ ン トラ』 に は 「無 戯 論 」・「極 無 戯 論 」 の (グ ルー プ とな った 印契 女 や パ ー トナ ーで あ る ひ と りの 大 印 契 とす る)行 ガ ナ チ ャ ク ラ と 無 上 喩 伽 階 梯 に お け る < 行> の 体 系
密 教 文 化 法 は存 在 して も、 「戯 論 」 つ ま り大 規 模 な 歌 舞 飲 食 を ユ ニ ッ トに もっ 大 衆 集 会(饗 宴)、 す なわ ち大 人 数 の タ ン ト リス トに よ る大 規 模 な 集 団 的 修 法 は存 在 しな い。 従 って戯 論 は母 タ ン トラ の独 壇 場 で あ る と して、 母 タ ン ト ラ文 献 の最 初 に来 る と され るrサ マ ー ヨー ガ(38)』に詳 細 を 委 ね て い る の で あ る。 この見 解 を踏 ま え て次 章 で は、 無 上 喩 伽 階 梯 にお け る独 自 な<行> の体 系 を述 べ て い きた い。 <行>に お け る戯 論 ・無 戯 論 ・極 無 戯 論 1. アー ル ヤ デ ー ヴ ァ 『行 合 集 灯 』 先 ず イ ン ド密 教 にお いて 無 上喩 伽 階梯 の学 匠 た ち が組 織 化 した<行>の 体 系 の要 約 を 知 る ため に、 こ こで は チ ベ ッ ト仏 教 の ツ ォ ンカ バ の見 解 を 引 用 す る。 彼 は 「タ ン トラの 王、 秘 密 集 会 の究 寛 次 第 た る 『五 次 第 を一 頂 座 に 円満 す る赤 註(39)』」 の なか で 以 下 の 如 くに要 約 して い る。 (略)そ の うち戯 論 とは、 曼 茶 羅 の尊 格 の数 と等 同 な る男 女 の喩 伽 者 が、 尊 格 と して そ れ ぞ れ の衣 裳 を身 に着 け た<ガ ナ曼 茶 羅>に 住 して か ら、初 加 行 〔三 摩 地 〕 な ど の三 種 三 摩 地 に よ って 実 修 して、 掲 摩 最 勝 王 〔三 摩 地 〕(karmaragrl nama samadhi)の 時 に 印 契 と 印 契 のお 返 し と歌 と踊 り と歌 と踊 りのお 返 しな どの 所 作 で あ る大 規 模 な戯 論 を一 日に 四座 行 う ことで あ る。 無 戯 論 と は掲 摩 最 勝 王 〔三 摩 地 〕 の 時 に舞 踏 と そ の お返 しな ど の所 作 で あ る戯 論 に入 って か ら五 妙 楽 に お いて 行 う こと で あ る。 そ の う ち、 広 大 な もの は、曼 茶 羅 の 尊 格 の 数 と 等 同 な る もので、 中 位 の もの は、五 人 の 掲摩 印母(印 契女)の もので、 簡単 な もの は一 人 の翔 摩 印 母 を 伴 った<ガ ナ曼 茶 羅>に よ って為 す の で あ る。 極 無 戯 論 と は、 飲 食 と大小 便 を排 泄 しに行 く と き以 外 は智 印 を用 い て 不 断 に二 人 が 光 明 と融化 して、 鰺 習 を為 す こ とに よ り時 を 過 ごす の で あ る。
この よ うに ツ ォ ンカバ は、戯 論 と無 戯 論 を ア ー ナ ン ダ ガ ル バ(Ananda-garbha)が 解 釈 学 の カ テ ゴ リー と して 確 立 し、 後 に生 起 次 第 の重 要 な 骨 組 み と な る三 三 摩 地(40)の内 の 「掲 摩 最勝 王 三 摩 地 」 に位 置 づ け て説 い て い る。 戯 論 ・無 戯 論 ・極 無 戯 論 の 三 カ テ ゴ リーか ら成 る<行>の 体 系 にっ い て包 括 的 に述 べ た文 献 は筆 者 の 知 る限 りで は ア ー ル ヤ デ ー ヴ ァの 『行 合 集 灯 』 で あ ろ う。 ア ー ル ヤ デー ヴ ァ は同書 に お いて それ らを以 下 の よ うに(41) 定 義 して い る。 さて貧 欲 か ら生 じた菩 提 行 は三 種 で あ り、 そ れ は以 下 の 如 く戯 論 と無 戯 論 と極 無 戯 論 と言 わ れ る。そ の うち 戯 論 の行 と は何 か と言 え ば、そ れ は如 来 と持 金 剛 の慰 め と して、 説 示 ど お り の一 切 如 来 の 広 大 なarali (遊戯)で あ る もの、 そ れ が戯 論 で あ る。 無 戯 論 と は何 か と言 え ば、 不 断 に広 範 囲 に広 が っ た行 為 の 内 か ら、何 らか に っ い て遊 戯 で あ る も の、 それ が 無 戯 論 で あ る。 極 無 戯論 と は何 か と言 え ば、 一 切 の煩 わ し い執 着 を遠 離 して か ら、 ただ 禅 定 と い う食 物 に住 す る者 が智 印 との等 至 に よ って 鰺 習 す る こ と、 そ れ が極 無 戯 論 で あ る。例 え ば薪 を燃 や す と灰 にな り、 ター ラの 葉 を燃 や す と灰 に な り、綿 を燃 や す と灰 に な っ て、 三 種 と もが 灰 にな るの で あ る。 ま さ し く同 様 に、 三 種 の行 の ど れ で あ って も大 〔持〕 金 剛 の位 が成 就 す るの で あ る。 『行 合 集 灯 」 は そ の末 尾 の三 章 の うち、 第 九 章 が 戯 論 の行、 第 十 章 が 無 戯 論 の行、 第 十 一 章 が極 無 戯 論 の行 に配 当 さ れ て い る。 イ ン ド後 期 密 教 を 席 巻 した と言 わ れ る聖 者 流 に お い て、 『行 合 集 灯 』 が 占 め る重 要 性 を考 え る と、 作 者 ア ー ル ヤ デ ー ヴ ァの行 にっ いて の見 解 に は聞 くに値 す る多 くの もの が あ る と考 え て よ い。 同 書 は全 体 が 金 剛 弟 子 の請 問、 そ れ に対 す る金 剛 阿 閣 梨 の 返 答 と説 示 で 進 め られ て い く。第 九 章 は まず無 上 喩 伽 階 梯 の 行 が貧 欲 行 で あ る こ と を明 確 に し、<色>な どの 感 官 の対 境 を 享 受 す る五 妙 楽 が宣 揚 され る。 続 いて 上 述 した と お り、 父 タ ン トラ の根 本 典 籍 で あ る ガ ナ チ ャ ク ラ と 無 上 喩 伽 階 梯 に お け る < 行 > の 体 系
密 教 文 化 『秘 密 集 会 タ ン トラ』 に は、 無 戯 論 と極 無 戯 論 の行 は説 か れ て い て も、 集 団 的 な鰺 法 で あ る戯 論 の 行 は存 在 しな い こ とを 認 め る。 そ して母 タ ン ト ラ の最 初 の典 籍 で あ る 『サ マ ー ヨー ガ ・タ ン トラ』 の集 団 的 な鰺 法 にっ い て 説 か れ た箇 所 を意 趣 釈 す る形 で 戯 論 の内 実 で あ る聚 輪 を転 じる手 続 きや 仲 間 内 だ けが 分 か り合 う 「秘 密 の言 葉 」 や 「身 振 り」 と言 った 所作 を 解 説 し て い る。 そ して 最 後 に、 「遊 戯 の戯 論 は虚 空 の如 く、 ま た辺 際 無 き大 海 に 等 しい と弟 子 に教 え る た め に ただ 事 柄 の み を取 り上 げた。 貧 欲 の 教 説 は幾 た び生 まれ か わ れ ば 説 くこ とが で き よ うか 」 と戯論 の 行 を讃 歎 して、 「『吉 祥 な る一 切 仏 平 等 喩 伽 ダ ー キ ニ ー網 サ ンヴ ァラ』 の儀 則 に よ って、 菩 薩 行 に して 法 源 の 現 等 覚 で あ る戯 論 の行 集 の疑 念 を 断 ず る もの に して第 九章(42)」 と結 ぶ。 こ う して 彼 が 戯 論 の 行 の 説 示 は 『サマ ー ヨ ー ガ』 に依 った こ と を 明 言 して い る こ と は、 三 っ の カ テ ゴ リー が 一 組 と な っ た<行>の 体 系 が 『サ マ ー ヨー ガ」 と不 可 分 な関 係 に あ る こ とに他 な らな い。 っ ぎ に第 十 章 にお い て は、 タ ン トラで 説 か れ て い る意 に適 った 場 所 で、 説 示 どお りの 地 下 室 を浄 め そ こ に観 想 で 無 量 宮 を生 起 して、 印契 女 を 伴 っ た金 剛 阿 閣 梨 と弟子 の グル-プ が 行 う大 印 契 の 行 が説 か れ る(43)。 (『秘 密 集 会 タ ン トラ』 に説 か れ て い る)心 地 よ い場 所 に お い て、 地 下 室 や 施 物 を 説 か れ て い る通 りの儀 則 で 用 意 して、 そ この 四 角 〔に し て 四 門〕 な どの特 徴 を もっ 金 剛 摩 尼 の 無量 宮 を生 起 して、 次 に世 俗 の 我 慢 を 断 滅 した大 喩 伽 者 が 外 境 の 女 性 を 清 浄 と為 して、 一 っ の 種 姓 に 属 す る弟 子 の集 団 と共 に以 下 に説 か れ る次 第 で大 印契 の成 就 法 を 開 始 す るべ し。 (略)そ こで処 女 に して堅 く しま り大 きな乳 房 の十 六 歳 の女 性 で あ っ て、 旛 陀 羅女 ・洗 濯 カー ス トの 女 ・華 婁 づ くりカ ー ス トの女 ・笛 づ く り カー ス トの女 ・伎 芸 カー ス トの 女、 あ るい は四肢 が欠 け て い な い女 性 く 親 族 の婦 人 や そ の他 の女 性を獲 得 して、 次 に妄 分 別 の無 い性 質 を 持 っ大 楡 伽 者 が 自 らを一 切 の存 在 の 自性 と して示 す た め に世 間 が 疑 め
る食 物 を三 昧 耶 と して 浄 化 な どの次 第 で調 え て、 世 間 の相 に縁 じる こ とを放 棄 して、 秘 密 の場 所 に 住 して食 す る べ きで あ る。 この よ う に印 契 を縛 す る こ とな く、曼 茶 羅 も無 く、 〔護 摩 の〕 火 炉 も無 く、 塔 廟 も 無 く、書 物 も読 まず、 〔苦 行 に よ る〕 身 体 の苦 痛 も無 く、 布 や 木 や 石 の影 像 に頂 礼 す る こと な く、声 聞 ・縁覚 を依 所 と憶念 せ ず、 日 ・瞬間 ・ 星 宿 〔の吉 ・不 吉 〕 に拘 る こと を為 さず、 これ ら一 切 を 内 の 自性 だ け で 円 満 す る ので あ る。 も し資 財 が 乏 し くて 摂 集 した曼 茶 羅 を 円満 す る こ とが で きな いな らば、 そ こで 鰺 行者 は五 っ の 大 真 実 を 自性 と す る者 に よ って で も、無 戯 論 の 行 を 実修 す るべ きで あ って、(後 略) と述 べ て、 色 金 剛女 ・声 金 剛女 ・香金 剛 女 ・味 金 剛 女 ・触 金 剛 女 の 五 人 の 役 割 を もっ 印 契 女 に 限定 す る性 喩 伽 を説 く。 さ らに ま た これ らの 五 人 が 揃 わ な い場 合 に は触 金 剛 女 だ け との喩 伽 で あ って もよ い と して、 そ の 理 由 と して、 一 切 如 来 は修 行 者 の身 体 曼 茶 羅 の内 に集 会 して い るの に対 して、 す べ て の女 尊 は触 金 剛 女 の身 体 曼 茶 羅 の内 に集 会 して い る と す る。 『行 合 集 灯 」 所 説 の この 箇 所 を 祖 述 した ものが 先 に述 べ た ツ ォ ンカバ の無 戯 論 に っ い て の記 述 で あ ろ う。 こ こで留 意 す るべ き こ と は無 戯 論 の行 の 特 徴 とな って い る外 的所 作 の否 定 で あ る。 上 記 の 引 用 にあ る如 く、無戯 論 の行 にお い て 否 定 の対 象 とな っ て い る の は、 印契 作 法 ・図絵 曼 茶 羅 作 成 ・護 摩 供 養 ・塔 廟 へ の 作 礼 ・書 物 の 読 請 ・苦 行 の勤 修 ・影 像 へ の頂 礼 ・日の吉 凶 の重 視 な どで あ り、 これ ら は無 上 喩 伽 階 梯 以 前 の事 作 法(密 教 的所 作)や 俗 信 と され る もので あ る こ と に注 目す る必 要 が あ る。 しか る に 『行 合 集 灯 』は 真 理 を体 現 して い る と され悟 りの た め の舞 台 装 置 とな る<ガ ナ曼 茶 羅>や そ の場 で の 戯 論 の所 作 を否 定 して い るわ けで は決 して な い ので あ る。 以 上 か ら、 無 戯 論 の 内 実 は掲 摩 印 母(生 身 の 印 契 女)で 形 成 され る<ガ ナ曼 茶 羅>(44)所 依 とす る大 印 契 の行 で あ る と定 義 で き よ う。 最 後 に 『行 合 集 灯 』 第 十 一 章、 極 無 戯 論 の行 に っ いて 本 稿 と の 関連 で 重 ガ ナ チ ャ ク ラ と 無 上 喩 伽 階 梯 に お け る < 行> の 体 系
密 教 文 化 要 な 部 分 を 引 用 す る。 (略)そ の故 に生 身 の女 性 を遠 離 して、 心 中 に育 まれ た智 印(観 念 上 の 印契 女)と 倶 な る等 至(samapatti)に よ って よ り速 疾 に大 持 金 剛 位 を 円満 す る と積 極 的 に縁 じて単 独 で以 下 に説 か れ る次 第 どお りに 瞑 想 す るべ きで あ る(45)。 (略)こ の よ うな順 序 で教 証 と理 証 に よ り謹 得 を 本 性 とす る一 切 諸 仏 の母 を決 定 して か ら、対 象 へ の染 着 と一 切 の遊 戯 を 投 げ捨 て て、 「bh usukuの 行 」 が この次 第 で為 され るの で あ って、 そ の 次 第 と は以 下 で あ る。bhuと は食 べ る こと で あ り、 〔そ の とき だ け〕 そ れ を憶 念 して、 〔そ れ以 外 は〕 世 間 的 な 執 着 を遠 離 し、苦 行 と制 戒 と い っ た も の は何 で あれ 思 念 して は い け な い の で あ る。suと は睡 眠 で あ って、 識 別 の た め に明 の特 徴 づ け られ た もの を直 接 眼 前 に作 らず に、 無 明 と い う鈎 の あ り方 を した識 を得 り返 し展 開 させ、 無 垢 を 自性 とす る清 浄 光 明 を 直 接 眼 前 に作 る の で あ る。kuと は糞 尿 を 排 泄 す る た め に小 舎(厨)に 行 くこ とで あ り、 〔そ の と きだ け〕 そ れ を憶 念 して、 〔そ れ 以 外 は〕 世 間 的 な 執 着 を遠 離 し、身 体 と感 受 の対 象 と感 覚 器 官 の 本 性 を思 念 しな い こ とで あ る(46)。 ア-ル ヤ デ ー ヴ ァが 「貧 欲 か ら生 じた菩 提 行 は三 種 で あ り」 と定 義 して い る よ うに、 先 ず 第 一 に この 極 無 戯論 の行 も貧 欲 行 で あ る こ とを 確 認 して お く必 要 が あ る。 っ ま り極 無 戯 論 の行 とは、 生 身 の印 契 女 を遠 離 して、 心 中 に育 まれ た智 印(観 念 上 の 印 契女)と 倶 な る等 至 に よ る大 印 契 の行 で あ り、一 切 智 者 性 の獲 得 を 目指 し、や む を得 な い生 理 的 要 求 以 外 は一 切 の 世 間 的 な執 着 を遠 離 して集 注 した喩 伽 に よ って速 疾 に大 持 金 剛 位 を 円満 す る 行 法 と定 義 で き るで あ ろ う。 ア ー ル ヤ デ ー ヴ ァ は、続 い て この極 無 戯 論 の行 を<癒 狂 の誓 戒>(unm attavrata)と 関 係 させ て説 い て い る が、 こ の<疲 狂 の 誓 戒>に 住 す る 喩
伽 者 の 行 儀 の 具 体 相 は 『サ ン ヴ ァ ロ ー ダ ヤ ・タ ン ト ラ』 行 説 示 品(19-22 偶(47))に 見 ら れ る。 <癒 狂 の誓 戒>に 依 止 す る者 は、(風 に)翻 へ さ れ た る木 の 葉 の 如 く に、 林 に、 或 は独 標 に、 或 は独 樹 に、 或 は ま た森 に さ ま よ うべ し。 或 は山 の頂 に、 或 は河 岸 に、 或 は大 洋 の岸 辺 に、 或 は遊 園 に、 或 は壊 れ た る坑 に、 楼 閣 に、 或 は空 屋 に、 四辻 に、 或 は城 市 の門 に、 王 の 門 に、 或 は ま た(隠 者 の)小 屋 に、 マ ー タ ンガ女 と牛 飼 女 の住 居 に、 女 工 芸 者 の家 に、(或 は そ の他)隠 密 な る場 所 に さま よ うべ し。 彼 は、 捨 て られ て路 上 に落 ち て い る供 花 の 残 りで、(或 は) 林 に(残 さ れ た)或 は リンガ へ の 供 花 の残 り な る(萎 れ た花)で(自 己 の)身 体 を か ざ るべ し(14-17偶)。(彼 が)話 す こ と は(真 言 を)調 す る こ と な りと言 わ れ、 手 を動 かす こ とは 印契 を結 ぶ こ と に他 な らず。 無 分 別 の 加 行 を以 て 喩 伽 者 は意 の お もむ くま ま に住 す べ し。一 切 の 疑 惑 を放 棄 した喩 伽 者 は獅 子 の如 くに行 くべ し。或 は また、<不 動 の誓 戒>に 依 止 して 楡 伽 行 を 行 ず べ し。空 虚 な る庭 園或 は家 に、 悪 し き村 に、 悪 し き評 判 の あ る家 に、<沈 黙 の喩 伽>に よ って、 得 た だ け の もの を も っ て住 す べ し。 眠 りつ つ、 行 きっ っ、 或 は と ど ま りつ つ、 醒 め て い る時 で も、醒 め て い な い 時 で も、 彼 は彼 が 得 る もの を食 す。 しか も(彼 の) 心 は食 物 に集 注 せ るに非 ず(19-飽 偶) 2. 三 カ テ ゴ リー間 の位 相 差 以 上、 『行 合 集 灯 』 が 説 く<行>の 体 系 を構 成 す る 三 カ テ ゴ リ-を 見 て きた。 次 に こ の体 系 に お け る三 者 の位 相 と相 互 関係 を見 てい くこ とにす る。 前 章 で 貧 欲 行 の 二 っ の 形 態 と して1)集 団 的 な修 法 で あ る聚 輪 お よ び集 団 的 な儀 礼 に お け る核 と して の<ガ ナ曼 茶 羅>と2)タ ン ト リス ト個 人 の 自 行 お よ び少 人 数 で行 う大 印 契 の 行 を論 じた。 この 観 点 か らす る な ら ば、 <行>の 体 系 を構 成 す る三 っ の カ テ ゴ リー は戯 論 が 集 団 的鰺 法 で あ る聚 輪 ガ ナ チ ャ ク ラ と 無 上 喩 伽 階 梯 に お け る < 行> の 体 系
-55-密 教 文 化 を典 型 例 とす る こと、 無 戯 論 と極 無戯 論 の 両 者 が大 印契 の行 を内 容 とす る ことが 明 らか に な っ た。 無 戯 論 と極無 戯 論 につ いて は無 戯 論 が 生 身 の喩 伽 女 で あ る掲 摩 印 母 を 用 い、 極 無戯 論 が喩 伽 者 の観 念 所 成 で あ る智 印 を 用 い る点 に相 違 が 見 られ る。 さ らに現 実 的 な所 作 の 有無 の点 か らす れ ば、 ツ ォ ンカバ が 要 約 して い る よ う に、現 実 的 な所 作 を有 す る戯 論 と無 戯 論 が 一 つ の カ テ ゴ リー に ま と ま り、そ れ に現 実 的 な所 作 を持 た な い 極 無 戯 論 が 対 立 す る と い う構 図 とな る。 そ れ で は この戯 論 と無 戯 論 との位 相 差 は ど こ に求 め られ るの で あ ろ うか。 聖 者 流 の チ ャ ン ドラ キー ル テ ィが 『秘 密 集 会 タ ン トラ』 を 註 釈 した 『灯 作 明 』 に対 す る副註 で あ るBhavyaklrti作 『灯 作 明 密 意 明 』 は、 この 三 カ テ ゴ リーの 区別 を以 下 の如 くに説 く(弼)。 「一 切 」 と言 うの は三 種 類 〔の行 〕 で あ る。「有 戯 論 」 と は貧 欲 の 遊 戯 な どの広 大 が 例示 で あ る。 「無 戯 論 」 と は獲得 さ れ た 限 りで の 〔印 契 女 との〕 行 が例 示 で あ る。 「極 無 戯 論 」 と は無 上 な る現 覚 と言 う果 を もっ現 覚 の喩 伽 〔が例 示 〕 で あ る。 この よ うに語 義 的 に は戯 論 の反 対 に位 置 す る はず の無 戯 論 も また生 身 の 印契 女 を伴 い、 外 的 所 作 で あ る供 養 法 を もつ の で あ って、 両 者 の 区別 は そ の規 模 ・程 度 の差(49)にあ る こと が理 解 さ れ る。 っ ま り双 方 が集 団 的 な 鰺 法 と して、 戯 論 の行 は 「大 規 模 な饗 宴 」 で あ る こ とで 聚 輪 に対 応 し、無 戯 論 の行 は コ ンパ ク トな<ガ ナ曼 茶 羅>行 に対 応 す る ので あ る。 しか し戯 論 お よ び無 戯 論 と極 無 戯 論 と の区 別 は、 現 実 的 な所 作 を有 す る か 否 か とい う点 で 質 的 な もの で あ る。 ま た無 戯 論 と極 無 戯 論 との間 に は生 身 の翔 摩 印 母 か 観 念 所 成 の智 印 か の違 いが あ りこれ また質 的 な相違 で あ る。 と ころ が戯 論 と無 戯 論 と の間 に あ る の は規 模 の違 い とい う量 的 な相 違 が あ る に過 ぎ な い。 これ で は差 別 の基 準 が 質 的 相 違 と量 的相 違 の二っ とな って、 こ こに見 られ る三 分 法 は論 理 的 に整 合 性 を 欠 くこ とに な る と言 わね ば な ら
な い で あ ろ う。 も しこの 三 カ テ ゴ リーが 三 位 階 と して 教 判 的 な意 図 の 下 に 編 み 出 され た もの で あ る とす るな らば、 二 重 基 準 は あ って はな らな い もの で あ る。 ま た 当然 カ テ ゴ リー 間 の優 劣 関 係 は 明確 に打 ち 出 され て い る もの で あ る。 無 上 楡 伽 階 梯 の論 疏 も例 外 で は な く、 この よ うに三 者 が一 組 の も の と して 挙 げ られ る場 合 に は、 それ が 優 劣 の順 に な って い る こ とは 自明 で あ る。従 って<行>の カ テ ゴ リーの 最 後 に位 置 す る極 無 戯 論 の行 が 先 に説 か れ た戯 論 ・無 戯 論 と比 較 して 優 れ て い る点 にっ いて ア ール ヤ デ ー ヴ ァは 以 下 の よ うに述 べ る(50)。 (略)こ の順 番 で身 の曼 茶 羅 に住 す る如 来 の集 団 を殺 す べ きで あ り、 真 如 に住 させ て か ら福 分 者 の悉 地 が 獲 得 さ れ る の で あ り、戯 論 と無 戯 論 の行 と見 比 べ る まで もな く、 よ り速 疾 に そ の場 で 自身 の状 態 が 転 換 さ れ る とい う意 味 で あ る。 こ の 「如 来 の 集 団 を 殺 す 」 と い う過 激 な 表 現 の 意 味 す る と こ ろ は、 身 の 曼 茶 羅 に 住 す る 如 来 の 集 団 と は 修 行 者 ・人 間 を 構 成 す る緬 処 界 の 自性 で あ り、 こ れ を 殺 す、 す な わ ち 勝 義 諦 で あ る 清 浄 光 明 に 引 入 し融 化 さ せ る こ と に よ っ て、 大 印 契 の 悉 地 を 獲 得 す る と い う 意 味 で あ る。 修 行 者 の 心 身 の 全 体 が 存 在 論 の レ ヴ ェ ル で 本 質 的 に 転 換 さ れ る こ と を 意 味 して い る。 こ の 点 に 関 して ア バ ヤ-カ ラ グ プ タ(Abhayakaragupta)は、 仏 教 タ ン ト リ ス トの 行(儀)に つ い て ま と め て 考 察 し た 『ア ー ム ナ ー ヤ マ ン ジ ャ リ ー 』 (Amnayamaari)第 十 九 章carylihganaで(51)「 二 次 第 が 明 ら か に な っ た と し て も、 行 が 無 い な ら ば 大 印 契 は 成 就 し な い 」 と の 『サ ン プ タ ・ タ ン トラ 」(Sampua-tantra)の 文 意 を 冒 頭 に 引 い て、 『行 合 集 灯 」 を 援 用 し て い る。 極 無 戯 論 の行 で あ るか らこ そ、 他 の行 と見 比 べ るな らば 速 疾 に成 就 を 為 さ しめ るの で あ る。 ま さ に今 生 にお いて、 自 らの本 性 が す っか り転 ガ ナ チ ャ ク ラ と 無 上 楡 伽 階 梯 に お け る < 行> の 体 系