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佛教学研究 第66号 006大谷, 由香「南北朝期における律宗義について(中) : 附・清算撰『霊峰記』後半部分(一)翻刻」

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Academic year: 2021

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(1)

南北朝期における律宗義について(中)

││附・清算撰﹃霊峰記﹄後半部分(一)翻刻││

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J口i

南北朝期における律宗義について{中) 筆者は以前、﹃仏教学研究﹄第六十四号にて、﹁南北朝期における律宗義について -附・清算撰﹃霊峰記﹄前半部 の 略 歴 と 著 作 を 紹 介 し 、 分翻刻﹂と題して、これまであまり注目されることのなかった清算(一二八八 l 一 三 六 二 ) - 90-また彼の著作のうち﹃霊峰記﹄の前半部分を制刻紹介して、それらの記述から、南北朝期には、律宗義が天台の戒律 ① 解釈に接近しつつあったことを明らかにした。これを﹁前稿﹂と称し、本稿はその続編に該当する。また今回清算 ﹃霊峰記﹄の後半部分全てを翻刻し、この内容をまとめた論文を脱稿したが、諸般の事情により全文掲載がかなわな かったため、本稿を﹁南北朝期における律宗義について(中)﹂と題し、﹃霊峰記﹄後半部分にみられる律・天台両宗 の相違五点のうち、三点を取り上げ、またその典拠となる部分の翻刻を付した。その他の部分については、考察も合 めて後稿に譲る予定であるので、それを合わせて通覧していただければ幸いである。 彦証房清算は、東大寺戒壇院凝然の孫弟子にあたり、後年西大寺第十世長老となる人物である。彼の教学は、 凝然のものをべ

l

スとしながらも、法相的戒観を全く嫌って、凝然が法相的に解釈すべきと主張する箇所にあっ ② ても、これを法性的に解釈する傾向があったことが明らかとなっている。彼の戒律思想が端的に著された﹃霊峰

(2)

記﹄前半部分は、﹃党網経﹄と﹃法華経﹄が同体とされており、このことから受戒聞成仏や、法華経受持即持戒、 一戒即三来浄戒が主張される内容となっているが、こうした理解もまた、清算が戒解釈の法性化を推し進めた結 果であったといえよう。これらの特徴的な意見は、天台で主張される大乗戒の特質と大差なく、律宗義の天台化 を指摘できる内容となっている。 南北朝JIIIにおける律宗義について(中) しかし﹃霊峰記﹄の後半部分では、﹁次に以前所述の一家の深義、台宗と同異の事条々(龍谷大学図書館所蔵 書写年代不明本(以下﹃龍大本﹄と略)、二五丁表。筆者加点。措弧内挿入がある場合、筆者による挿入である。 また文字は内容等からみて、異本のものに置き換えてある場合がある。以下の引文も同様)﹂と題し、天台義と ③ 律宗義との同異を明らかにしており、これを精査することで清算が律宗僧として科侍を持っていた点がどこにあ るのかを知ることが可能である。すなわち清算は以下九点の天台義の特徴について、自宗との同異がどうである か、ということを述べていくのであるが、その際天台義として﹃果海紗﹄なる書物を参考とし、これをかなり長 n ヨ く引用して天台義を紹介し、その後に律宗としての自身の見解を述べる方法を採っている。 [ ﹃ 霊 峰 記 ﹄ 後 半 部 分 目 次 ( 再 掲 ) ] 次以前所述一家之深義、台宗同異之事条々(﹃龍大本﹄二五丁表)

( A

)

彼 宗 之 意 、 三 束 浄 戒 通 = 四 教 -事 ︿ 付 一 家 同 異 ﹀ ( ﹃ 龍 大 本 ﹄ 二 五 丁 裏 )

( B

)

彼 宗 以 = 仏 性 ヘ 為 エ 円 頓 之 戒 鉢 -事 ︿ 付 一 家 同 異 ﹀ ( ﹃ 龍 大 本 ﹄ 三

O

丁 表 )

( C

)

彼 宗 頓 大 之 妙 成 、 全 以 エ 法 華 -為 ν鉢事︿付一家同異﹀(﹃龍大本﹄コ二丁表)

( D

)

彼宗以二法撃事理修行ヘ全為=円戒之随行-事︿付一家同異﹀(﹃龍大本﹄三三丁表)

( E

)

彼宗円極之妙戒、受臨二林妙観相応、戒観一致談 ν之事︿付一家同異﹀(﹃龍大本﹄三四丁裏)

(3)

( F

)

彼宗三緊即三仏性即三道之宗義事︿付一家同異﹀(﹃龍大本﹄四

O

丁 裏 )

( G

)

彼宗円極妙戒一得不失之事︿付一家同異﹀(﹃龍大本﹄四七丁裏)

( H

)

彼宗之円戒名=果分戒一又受戒時六即成仏事︿付一家同異﹀(﹃龍大本﹄五九丁表)

( I

)

彼宗円頓妙戒之行人、果海修行之相事︿付一家同異﹀(﹃龍大本﹄六四丁裏) この目次に掲げられている項目は、 その項目名にも明らかなように、彼宗 H 天台義で主張されている事柄である。 南北朝期における討を宗義について(中} ただし清算によれば、律宗義においても、これらのことは結果的に全く認められているとされており、この意味 では目次に掲げた全ての点において(教判や階位など表面的な設定が違う場合こそあれ)、天台・律両宗の義は 同じである。清算によれば、両宗は結果的に同じ義を説くのであるが、しかし何故そのように解釈できるのか、 - 92-といった方法論に相違が見られるという。 清算が取り上げる両宗の相違は上記の九点ではあるが、これはある程度同じ考え方を根本としており、それら は①律蔵の取り扱い方の相違、②三学の考え方の相違、③三家浄戒と相即するとされる法数の名目順序の相違、 ④戒体の一得不失の考え方の相違、⑤受戒によって得る悟りの種類の相違、の五点に集約される。このうち清算 は、②三学の考え方の相違が、特に両宗の戒理解の違いに影響を与えているとみており、目次に掲げられる九点 の う ち 、

(

B

)

戒体を仏性とする説、

(

C

)

戒が﹃法華経﹄の体であるとする説、

( D

)

﹃法華経﹄に説かれている事 理の修行がそのまま戒行になるという説、

( E

)

戒行と止観とが一致するという説 ( I ) 戒行人のすがたがそのま ま仏のすがたであるという説、 の実に五点が、②三学の考え方の相違を根本として引き起こされた相違であると 見 て い る 。 本 稿 で は 、 五点の相違点のうち、①律蔵の取り扱い方の相違、②三学の考え方の相違、③ 紙 数 の 都 合 も あ り 、

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三来浄戒と相即するとされる法数の名目順序の相違について、清算がどのような見解をもっていたかを明らかに し た い 。

一、律蔵の取り扱い方の相違

律蔵所載の四分律などを、授受する﹁三緊浄戒﹂の中に含めるか否かという点は、最澄が大乗戒壇の設置許可 l刺北朝鼎lにおける律宗義について(中) を求めて奏上して以来、南都と叡山との戒理解の相違点のうち、特に注目を集めた一点であったといえよう。す なわち天台では、釈迦一代の教を、教の浅深から蔵通別円の四教に分類し、それぞれの菩薩がそれぞれにコニ緊 浄戒﹂を受けるとされているが、﹁三束浄戒﹂の名は同じでも内容に違いがあるため、 は異なり、律蔵所載の四分律などのいわゆる小乗戒を含まないとされる。 円教の戒は以前の三教と 93 -﹂うした天台宗の戒理解を受けて

(

1

)

律宗でも釈迦一代の教を有宗・空宗・円宗の三宗に分類するが、この うち小乗教のことを指す有宗においても菩薩戒である三来浄戒を受けるとするのか、 と い う 点 と 、

(

2

)

天台宗で は前三教所説の﹁声聞不異﹂の律儀を持つという﹁三釆共十地通談門之三束﹂と、円教所説の戒体を仏性とする ﹁不共之三緊﹂の両辺を認めるが、律宗でもこうした二辺を認めるのか、という点の二点が問題とされる。 一家の釈文分明ならざるに依って、学者異義に及ぶ(﹃龍大本﹄二六丁 こ の 、 っ ち 、

(

1

)

に つ い て は 、 ﹁ こ の 事 、 裏 ) ﹂ と さ れ て い て 、

( A

)

元照﹃四分律掲磨疏済縁記﹄(以下﹃済縁記﹄と略)の﹁声聞戒には但だ断悪の一環の ④ み有り﹂の義を採って、三衆浄戒は大乗不共の所談であって、小乗教である有宗には通用しないとする立場と、

( B

)

有宗中にも三乗の違いがあり、このうちの声聞縁覚は断悪律儀のみで三来浄戒全体を受けないが、菩薩は 三緊浄戒を得るという相部宗法摘の立場を紹介している。この

( B

)

の義にもとづけば、さきほどの元照﹃済縁

(5)

記﹄の文は、﹁有宗の中の声聞乗の受ける戒は、 ただ断悪律儀の一家のみである﹂と解釈できるとされており、 結果として清算は、 於=此両義一両祖之釈義、雌 ν 不エ分明一後義順ニ他{家一亦有エ道理↓小教所談之菩薩、既証ニ相似之三身↓何 無 回 一 相 似 修 因 之 三 来 一 乎 。 昔 於 = 他 門 J 有 ユ 此 論 義 J 天 師 之 精 談 、 顔 存 ニ 後 一 義 ﹂ ( ﹃ 龍 大 本 ﹄ 二 八 丁 裏 1 二 九 丁 表 ) と い っ て 、

( B

)

の義に賛意を表している。これはつまり、天台が四教の菩薩それぞれがコニ衆浄戒﹂を受けると するのと同様、律宗でも三宗の菩薩それぞれが﹁三家浄戒﹂を受けるとするものである。 尚北朝期における律宗義について(中) さらに

(

2

)

については、道宣が三緊浄戒を解釈する処々で、 天台と同じく﹁大乗通談門﹂の三来・﹁不共之三 緊﹂の二門を認めているとしながらも、天台が前三教の﹁三乗共十地通談門之三緊﹂の立場と、円教の﹁不共之 三衆﹂の立場を全く異なるものとして解釈するのに対し、律宗ではコ二乗共十地通談門之三緊﹂の立場もまた円

-

94-宗の一義であるとするとして その違いを述べている。 但一家之意、同少異也。声聞之三束、円宗之一義也。善戒等之三束、応ニ漸円之一機-故。彼宗以ニ律儀不異 之三衆一偏置=円宗之外一不 ν ν判二三乗共十地之菩薩戒-。能々思 v 。 ( ﹃ 龍 大 本 ﹄ 二 九 丁 裏 1 三

O

丁 表 ) つまり天台では、円教は前三教とは、戒体も条文も全く異なる﹁三環浄戒﹂を受けるとするが、律宗では、円 宗もまた小乗と同じ条文の戒を受けながら、そこで発得される戒体のみが異なるとされる。 円 別 通 蔵 [ 教 教 教 教 天 」品、

地 一 回一 議 門 門 一 之 家 [ 律 宗 の 有宗 尚 三 一 小 円 宗

い¥¥

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I

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i

内 よ 許

宗 乗 ー 不 通 一 共 談 門 談 門 門 不 共 之 三 家

(6)

一学の考え方における相違 南北朝ltIJにおける律宗義について(中) 清算は天台・律両宗における最大の教学的差異は、三学の捕捉の仕方にあると考えており、この相違が戒体の 考え方や、戒行の考え方にも影響していることを指摘している。 すなわち天台教学の上からは、円教所説の三学はそのはたらきによって三つの名を持っているのみで、その実 体は一つであると考えられており(従 ν本己来、三学一体、且従ニ功能一即得ニ三名-(﹃龍大本﹄三五丁表))、そ の実体とは、実相であり真加であり仏性であり一心であるとされる。こうしたことを前提として、円戒を説く ﹃党網経﹄と定慧を説く﹃法華経﹄とがいずれも体を実相とするということから、両経典の同体一味が説かれ、 ﹃法華経﹄の体が戒であるとされ、さらに﹃法華経﹄に説かれる経典の受持読諦(慧学)や止観中道の妙観(定 学)が戒行と一致すると解釈される。 n u (果海紗云)例法華与=党網(阿蘇一味、三学互融。一幹三名、更無=別法↓然則法華且主ニ定慧一党網且 主ニ戒林↓三学雄 ν 異、法体不 ν別。所以何。乳昧時、取ニ実相-名二党網戒↓醍醐味、取ニ実相-名ニ法華経↓伺 三学共実相、三学同真如、三学共仏性、三学同一心。故云ニ自性清浄三学一又云二心是万法本↓(﹃龍大本﹄ コ二丁裏

i

三二丁表) これに対して律宗では、三学のうち定慧二学は用であり、戒学こそが体であるという。すなわち定慧二学は戒 学を荘厳するはたらきにすぎず、﹁摂用帰体﹂して、体である戒のみが仏性であると説く。すなわちこの戒体そ のものが実質的には実相であり、真如であり、仏性であり、一心であるとするのである。こうした理解にもとづ けば、円戒について説かれた﹃党網経﹄はもちろん、﹃法華経﹄についてもまた、その体は実相であり、戒であ

(7)

るから、両経典は自ずから同体一味ということになり、また﹃法華経﹄の体は即ち戒そのものということになり、 ﹃法華経﹄に説かれる行の一々もまた戒全体であるということになる。 此宗、仰二党網所 ν説、仏性種子・金剛宝戒之金言一円極妙戒、独以コ仏性-為 ν 鉢成 ν 。 於 二 定 慧 二 学 一 者 、 任ニ定慧力荘厳之法華誠諦一為ニ戒鉢之用一荘ニ厳受鉢一也。故発網摂用帰鉢、説ニ仏性戒一別不 ν説ニ定慧ベ尤 有ニ子細-敗。則是一一勝三仏之種釈 ν之、修性三衆之仏性、如 ν 直 成 ニ 三 身 大 果 -。 宣 有 ニ 余 法 一 成 二 三 身 一 乎 。 ( ﹃ 龍 大 本 ﹄ 三

O

丁裏

i

一 一 二 丁 表 ) 南北朝期における律宗義について{中) こうした両者の三学の解釈の違いについて、清算は以下のように簡潔にまとめている。 以上両宗之不同者、彼宗三学別林、以ニ融即之辺一談二致↓此宗三学鉢用、摂用帰終談二致ベ主二致之旨 懸異也。(﹃龍大本﹄三十八裏) - 96-すなわち天台宗は、戒定慧が共に傍正なく仏性を体とするとしており、実質的には三学はそれぞれに独立して いるものを円融の意でもって一つとしている。これに比して律宗では、体は戒のみであり、定慧は戒体のはたら きであるとみる。すなわち三学は実質的に戒体一つである。 [天台宗の三学理解] 1 l ' [ 用 ]11

J i l -l [ 体 ] : ﹃ 党 網 経 ﹄ │ │ γ 戒 ( 戒 行 ) / 一 一 ﹃ 法 華 経 ﹄

4

十定(止観

)

l

S

実 相 H 真 如 H 仏 性 H 一 心 一 ゾ 慧 ( 受 持 読 諦 ) へ 一 [律宗の三学理解] [ 体 ] : ﹃ 党 網 経 ﹄ │ 十 戒 ( 戒 行 ) ﹃ 法 華 経 ﹄ ¥ ﹁ H 実 相 H 真 如 H 仏 性 H 一 心 一 : 慧 定 l受 止 百 ; 持 観 巴 読 ) 諦 :

(8)

一 緊 浄 戒 と 相 即 す る と さ れ る 法 数 の 名 目 順 序 の 相 違 天台・律両宗は その具体的相配関係を述べるにあたって、三衆浄戒聞三 いずれも戒体を仏性としているが、 南北朝J切における律宗義について(中) 仏性の説を説き、さらにそれが輪廻を繰り返す原因である三道とも相即関係にあると説く。しかし清算によれば、 それらの法数の名目の対応が、両宗に異なっているという。 すなわち﹃果海紗﹄には、﹃法華玄義﹄巻一、﹃摩詞止観﹄巻一、また修禅大師義真の﹃天台法華宗義集﹄など が引用され、以下のような相配関係が指示される。 [天台における三来即三道即三徳の相配関係] [三因仏性][三徳] [ 三 大 ] - 97-[ 三 来 浄 戒 ] [ 三 道 ] [ 三 菩 提 心 ] 生死(苦)││正因仏性││法身・究寛││法身菩提││律儀戒 煩 ' 悩 ││了因仏性││般若・清浄

1

報身菩提││摂善法戒││相 結業(業)││縁因仏性││解脱・自在││応身菩提│l摂衆生戒││用 律宗においても、同様に三衆即三道即三徳の相配が説かれるが、これは元照の﹃済縁記﹄の以下の文が典拠と さ れ る よ う で あ る 。 三挙ニ因果一中、先知ニ来意ベ衆生識体本自清浄離ニ諸塵染一由ニ妄想-故翻成二煩悩↓又復本来自在具二足方便 智慧威神徳用一白ニ妄相-故翻成ニ結業↓又復本来平等無 ν有二彼此愛憎差別一由ニ妄想-故翻成ニ生死↓今欲 v

(9)

反 ν本故立二三誓↓一者断悪誓受ニ摂律儀戒一修ニ離染行一趣ニ無作解脱門一復二本清浄-証ニ法身仏↓名為ニ断 徳 ↓ 二 者 立 ニ 修 善 誓 -受 ニ 摂 善 法 戒 一 修 エ 方 便 行 一 趣 エ 空 解 脱 門 一 復 二 本 自 在 -証 エ 報 身 仏 ベ 名 為 二 智 徳 ↓ 三 者 立 ニ 度 衆生誓-受ニ摂衆生戒一修二慈悲行-趣ニ無相解脱門一復二本平等-証ニ応身仏↓名為三恩徳↓然此三誓・三戒・三 行・三脱・三仏・三徳随 ν 二 誓 二 ニ 相 一 一 目 具 足 。 乃 至 三 身 三 徳 一 一 皆 爾 。 言 有 ニ 前 後 一 理 無 ニ 各 別 ↓ 如 ν是心受即 発 ニ 円 体 一 如 ν是心持即発ニ円行↓(﹃済縁記﹄巻二ハ、﹃続蔵﹄巻四一、二五九頁上│中) これをもとに、律宗の相配関係を図示すれば、以下のようになるであろう。 南北朝期における律宗義についてい') l [律宗における三衆即三道即三徳の相配関係︺ [ 衆 生 識 体 本 ] [ 三 道 ] [ 三 書 ] [ 三 行 ] [ 三 脱 ] [ 三 身 ] [ 三 徳 ] [ 三 家 浄 戒 ] - 98-清浄 煩悩富山)││断悪誓 ││摂律儀戒││離染行││無作解脱門││法身仏││断徳 ││報身仏││智徳 自 在 結業(業)││修善誓││摂善法戒││方便行││空解脱門 生死(苦)││度衆生誓一││摂衆生戒││慈悲行││無相解脱門││応身仏││恩徳 平 等 この相配について清算は、天台と律の両宗に三つの違いがあるという。その一は、三徳と三道との相配の違い

( B

)

であり、そのこは三徳と三大の相配の違い

(

C

)

であり、その三は、三徳とその相の相配と得名の違い

( A

)

で ある。﹃霊峰記﹄本文では、以上の一

1

三の順に両宗の相配の異なりが説かれるのであるが、一と二の議論は、 三の議論を前提とした上でなされているものなので、まずは三徳とその相の相配と得名についての議論を整理し た上で、その他の議論に移りたい。

(10)

南北朝期における律2主義についていや) ( A ) = 一徳とその相との相配と得名について 次三者、三徳、清浄・自在・平等相配、井得名之不同。先彼宗、止観之中、法身究寛・般若清浄・解脱自在、 釈 ν之。法身・般若・解脱、如 ν次究寛・清浄・自在、配 ν之。次此宗霊師両処之釈。法身・般若・解脱之三 仏性、知 ν 次、清浄・自在・平等、配 ν 之。(﹃龍大本﹄四六丁表) 天台宗では、以前に掲げた相配図のとおり、法身・般若・解脱の三徳を形容して、それぞれに究寛・清浄・自 在を対応させている。律宗では、典拠と考えられる﹃済縁記﹄の中に、法身・般若・解脱の三徳の記述はないの であるが、﹃済縁記﹄中で﹁衆生の識体の本﹂と説明される清浄・自在・平等が、これに配当されて、法身 H 清 浄、般若 H 自在、解脱 H 平等と対応するという。 ここには二つの違いがある。まずは相配の違いである。天台では般若清浄・解脱自在としているのに、律宗で は法身清浄・般若自在とする。また次に得名も異なっている。天台では、法身究寛とされるが、﹁究寛﹂は律宗 の三徳の相名の中には見えず、さらに律宗では、解脱平等と表現されている(しかし管見の限り﹁解脱平等﹂の 表現は、中国の律宗関連文献にはみえない)が、 - 99 この﹁平等﹂も天台側の三徳相名の中には見ることができない。 これらの相違の理由について、清算は次のように言っている。 如 ν是、得名井相配、

E

依二人師之意楽一強不 ν可二概ベ先彼宗得名之意、法身是三身之中最上究寛之果鉢 故名=究寛↓般若智徳殊施ニ断惑離染之威力-故名ニ清浄↓応身解脱之徳離コ繋縛一故号=自在-鰍。此宗霊師之 釈意、為エ本宗-故、雌 ν知=彼宗之釈義一柳勘ニ義理一任エ高祖之釈義一亦依=経論之説一建二立三名↓謂法身、 是本来自性清浄浬繋之鉢、清浄之得名、不 ν及エ異論↓依 ν之高祖円宗之中、法仏清浄心、述 ν 。 霊 師 之 釈 、 専依 ν之。般若之智徳、断=煩悩累一離エ縛礎-自在無礎也。依 ν之起信論之中、述=智徳業循知無礎自在一判 ν 之 。 然者智徳自在之得名、無二子細↓解脱応身之徳、依ニ高祖之釈↓感応無縁之慈悲、更離ユ彼此愛情之想一述 ν

(11)

南北朝期における律宗義について(中) 之。霊師亦任=此義一立=平等之名↓加之法華中、明エ応身同弊之慈悲一我観二切-普皆平等、無 v ニ 彼 此 愛 憎之心-等︿云々﹀。経文既無エ彼此愛憎説-平等、為二応身慈悲之相↓然者霊師応身平等之称号、冥ニ経説↓ 任エ高祖之釈義一於エ他宗得名相配相違-者、強不 ν 可 ν 及 ニ 会 通 之 煩 -者 鰍 。 ( ﹃ 龍 大 本 ﹄ 四 六 丁 裳

i

四七丁裏) すなわち清算は、こうした得名や相配は、それを定めた人師の意楽に依るので、一概にこうだと言えるものでは ないとしながらも、天台においては、法身は三身中の最上究寛の果体であるから、法身究寛とされ、般若の智徳 は断惑離染の威力を施すので、般若清浄とされ、解脱の徳は繋縛を離れるから、解脱自在とされるのであろう、 としている。さらに自宗である律宗における三徳相配については、これを元照が以上のような天台宗の義を知っ た上で、道宣の釈義や経論の釈義を検討した結果、名づけたものであるとして、その義の出典を細かく記してい ⑤ る。すなわち法身については、道宣が﹃業疏﹄中で円教宗について述べる箇所で﹁法仏清浄心﹂と言っていると ころから、法身が本来自性清浄浬繋の体であることをもって、法身清浄としている。また般若については、﹃起 ⑥ 信論﹄中に、﹁智徳業補知無礎自在﹂とあることをもって、般若の智徳は煩悩を断じ繋縛から離れて自在である として、般若自在としている。解脱については、道宣が﹁感応無縁の慈悲というものは、愛憎の心を離れてい ⑦ る﹂と発言していること、さらに﹃法華経﹄にも、﹁応身の慈悲の相が彼此の愛憎の心がなく平等である﹂と説 ⑧ かれていることから、応身に対応する解脱を平等と相配したとされる。 n u n u しかし管見の限り、元照の著作内には、﹁法身清浄﹂﹁般若自在﹂﹁解脱平等﹂というそのままの表現はなく、 清算が何にもとづいて、これを元照の説としているのか不明である。ともあれ、こうした相配表現は、清算当時 の律宗では常識化していたのか、この義にもとづいて、三徳と三道の相違、三徳と三大の相違が展開されていく こ シ ﹄ 、 と か す h v

(12)

(

B

)

一 一 一 徳 と 三 道 と の 相 配 に つ い て 一者、先三徳三道相配之不問。謂彼宗意、玄義之中、苦心即法身、煩悩心即般若、業心即解脱、釈 ν 之。法 身・般若・解脱之三徳、如 ν次、苦・慎悩・業三道之次第也。此宗霊師、両処立釈意済縁、識鉢清浄、制成ニ 煩悩↓自在智慧、翻成ニ結業↓本来平等、翻成ニ生死-等述 ν 之。法身・般若・解脱之三徳、知 ν次煩悩・業・ 南北朝期における仲宗義について(中) 苦三道之次第也。其不同之相可 ν 知。(﹃龍大本﹄四二丁裏 1 四三丁表) 天台は、三徳と三道との関係性について、前に掲げた図のように法身を苦に、般若を煩悩に、解脱を業に相配 している。これに対して、律宗では、﹃済縁記﹄の中で、識体清浄が煩悩に、自在智慧が結業に、本来平等が生 死にそれぞれ対応して説かれていることから、法身が煩悩に、般若が業に、解脱が苦に相配されるという。すな わちこれらの相配を説く前提として清算は、衆生の識体の本来の相である﹁清浄﹂を法身に、﹁自在﹂を般若に、 官 -n U ﹁平等﹂を解脱に対応させて考えていることがわかる。 両者のこうした相配項目の相違の理由について、清算は以下のように述べている。 尋云。其両宗不同之意趣知何乎。答。先彼宗之意。案ニ菩提・浬般市、流転之相↓常住之浬繋。流転成ニ生 死之無常一還滅則生死即浬繋鉢也。本浄之菩提、流転成ニ雑染之煩悩一還滅則煩悩即菩提之幹也。煩悩即菩 提・生死聞浬繋之談、此意也。然者其生死、是此死生 ν彼之生死、弁念々生滅之行苦、皆苦道之体也。霊師 以ニ苦道一釈翻成エ生死↓苦道既生死之弊也。以=生死之苦道一配エ法身-条有故。法身是浬繋之理、則生死即 浬繋故。菩提亦般若之智綜、以ニ煩悩道一配エ般若-条、亦尤相順。煩悩即菩提故。以ニ業道-配ニ解脱-条、今此。 業道、近三有繋縛、彼此隔歴之業因故、専為=解脱平等之能違相配-可 ν知。次此宗霊師之意。三道之流転、 従 ν細趣 ν負。煩悩発 ν 業、感二生死之苦果-次第也。依 ν之三徳之次第。亦従 ν細至 ν島之相也。然者細島体相応、 法身般若解脱之徳、知 ν 次可ニ煩悩業苦流転次第 J 依 ν之三細六段縁起之次第、十二因縁、流転之相、悉従 ν

(13)

至 ν負之相、煩悩・業・苦之次第也。是則能迷・所迷之島細、必可二轍司道理也。宣所迷所流之法身至 ν 細 、 能迷能流何至 ν島苦心乎。況復今此三道即三徳之深義、浬繋所 ν明、依=十二因縁、即三仏性之説¥因縁之次 第、既煩悩・業・苦之次第也。相配之三徳、宣背エ彼経所 ν説法身・般若・解脱之次第一乎。(﹃龍大本﹄四三 南北朝期における律宗務について(中) 丁 表

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四四丁表) すなわち天台宗では、浬繋・菩提が流転して、それぞれ生死・煩悩となり、さらにこれら生死・煩悩が還滅す れば本来の浬繋・菩提と戻ると説いており、こうした両者の関係性を﹁生死即浬般市﹂、﹁煩悩即菩提﹂と表現して いる。この義と対応させれば、生死の体である苦道は浬般市の理である法身に、煩悩道は般若の智体である菩提に それぞれ相配して、﹁生死即浬繋﹂﹁煩悩即菩提﹂を表し、さらに業道は、衆生を三界に繋縛して解脱をさえぎる 原因となる行為を指し示すから、解脱に相配するという。 これに対し律宗では、﹁煩悩﹂にもとづいて﹁業﹂が起こり、業の報いとして﹁生死﹂の苦果を得る、という 円 L n U ように、三道のあり方を細から象に至る関係性にあると見る。三徳のあり方もまた同様に、細から免に至る関係 それぞれを相配して、煩悩 H 法身、業 H 般若、苦 H 解 脱 と す る 。 性にあるとみるから、 ( C ) = 一徳と三大との相配について 次二者、三徳・林相用相配之不同。謂先彼宗、玄義之中、法身是心林、般若是心相、解脱是心用、釈 ν 之 。 法身・般若・解脱、知 ν次、勝・相・用配 ν之。次此宗霊師両処之釈。其体清浄、其用自在、其相平等、述 ν 之。法身・般若・解脱、如 ν次配ニ体・用・相ベ(﹃龍大本﹄四五丁裏) 天台は、以前に掲げた相配図のように、三徳と三大との相配について、法身 H 体、般若 H 相、解脱 H 用 と す る 。 これに対して律宗では、﹃済縁記﹄には記述がないが、﹃芝園遺編﹄に﹁其林清浄、其用自在、其相平等(﹃統蔵﹄

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巻五九、六四三頁下)﹂とあることから、法身清浄 H 体、般若自在日用、解脱平等 H 相と相配させるという。こ の相違の理由について清算は、次のように述べている。 彼宗所 ν 述三徳、如 ν次、林・相・用之相配、誠冥=起信之三大之論判-敗。般若智慧之性徳、彼論所 ν判相大 之所摂故。(中略)今霊師所 ν判、林・用・相之配当者、強非ニ起信論三大門之意↓且就エ義辺之顕著一名 ν 号 ν相計也。謂般若自在之徳能、威神作用之義勝故、名 ν 用。解脱平等之徳、翻ニ彼此隔歴之相-故、且其相平 等、釈 ν 之。不 ν 可 ニ 局 執 ↓ ( ﹃ 龍 大 本 ﹄ 四 五 丁 裏 1 四六丁表) 南北朝期における律宗義について(中) の三大の論判の次第にしたがって、体・相・用の順序で三徳に対応するとさ れるが、律宗では﹃済縁記﹄で﹁本来自在具ニ足方便智慧威神徳用こと説かれることから、般若自在を用、﹁本 来平等無 ν有三彼此愛憎差別一由ニ妄想-故翻成ニ生死一﹂と説かれることから、解脱平等は生死という相の対義語 であるとみて、解脱平等を相に対応させるという。 - 103-すなわち天台宗では、﹃起信論﹄ 以上のように両宗における相配の相違を、清算の記述により概観すると、清算はいずれの相配関係について説 くにつけても、﹁此宗霊師﹂として自宗義を説明しているので、律宗は元照の選定した用語を忠実に使用してい るという印象を受ける。しかし実際には、以上の清算の律宗義は、いずれも元照が直接使用していない﹁法身清 浄﹂﹁般若自在﹂﹁解脱平等﹂という相配を前提として考えられており、注意が必要である。

清算は、前に述べたように、 天台・律両宗の義について、大きく五つの相違点を挙げるが、以上にそのうちの 三点を紹介した。ここに簡単にその三つの相違点をまとめておきたい。

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まず第一に、天台では円教菩薩の受ける戒は、他の三教菩薩が受ける戒と異なるとされているが、律宗では円 宗の菩薩が受ける戒も、有宗の菩薩が受ける戒も、基本的には同じであって、ただ所受の戒体のみが異なるとさ れ る 。 第二に、天台では三学がいずれも傍正なく仏性を体としていると考えられるが、律宗では三学のうちの戒学こ その他の定慧については、戒体のはたらきであると考えられる。 そ体であり、仏性であるとして、 南北朝期における律宗義について(中} 第三に、天台では、三徳が法身究寛・般若清浄・解脱自在と説明されており、これらが、苦・煩悩・業の三道、 体・相・用の三大と、次第して相配すると考えられるが、律宗では三徳が法身清浄・般若自在・解脱平等とされ ており、これらが煩悩・業・苦の三道、体・用・相の三大と、次第して相配すると考えられる。 [律宗における三緊浄戒の相配] [三衆浄戒][三徳][三道][三大] 律儀戒││法身・清浄││煩悩

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体 摂 益 同 法 戒 │ │ 般 若 ・ 自 在 │ │ 業 │ │ 用 摂衆生成││解脱・平等││苦││相

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104-[天台宗における三衆浄戒の相配] [三衆浄戒][三徳][三道][三大] 律儀戒││法身・究覚││苦││体 摂 益 田 法 成 │ │ 般 若 ・ 清 浄 │ │ 煩 悩 │ │ 相 摂衆生戒││解脱・自在││業││用 このように清算は、天台・律両宗が、戒について結果としては同じことを述べていながらも、その根底にある 考え方が相違していることを主張している。清算はこうした義が全く元照によったものであると﹃霊峰記﹄全般 を通して主張しているが、本稿でも述べた通り、実際には元照に由来を求められない記述もあり、清算が何によ って以上のような義を建立したものであるのかについては、判然としない。今後の課題としたい。

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南北朝期における律家義について(中} 註 ①なお、拙論﹁南北朝期における律宗義について│附・清算撰﹃霊峰記﹄前半部分翻刻│﹂には、多く諸氏からの ご指摘をいただいた。後に自ら誤りに気づいた点も含め、ここに追記訂正を行いたい。 まず、四六頁 i 四八頁にかけて、清算の著作を紹介したが、このうち﹁⑬分物頚次第︿直分三人二人心念﹀(分物古 式と合本)﹂は、徳田明本氏が整備された﹃律宗文献目録﹄に﹁清算自筆﹂とあるのを清算自筆の﹁著作﹂であると 早合点し、著作として数えたものであって、実際には清算の著作ではない。 そもそも﹃律宗文献目録﹄では、称名寺所蔵金沢文庫保管の﹁分物頚次第﹂に所載されてある﹁分物頚次第五人 巳上法﹂﹁分物頚次第直分三人二人心念﹂﹁分物古式南都北京﹂を別々に記載しており、このうち﹁分物頚次第 五人巳上法﹂は英心説、参源記とされて﹁正中二(一三二五)八月十三四日﹂の奥書があるとし、﹁分物頚次第直 分三人二人心念﹂は清算自筆で、分物古式と合本であるとされ、﹁文保元{一三一七)念八月一日於室生寺賜方丈到 │御自筆本書写了深々可秘之云々、清算﹂の奥書があるとしている。また﹁分物古式南都北京﹂の項には、分物頚 次第と合本であることが記され、これを﹁円悟律師作欺日乗上人作﹂としている。 筆者は現物を確認せずに、﹃律宗文献目録﹄の記述のみから、﹁分物頚次第直分三人二人心念﹂と﹁分物古式南 都北京﹂とが合本であり、﹁分物頚次第五人巳上法﹂は別本であろうと考え、さらに奥書の記載を見落としたため に、﹁分物頚次第直分三人二人心念﹂は清算の著作であり、これは清算書写の寸分物古式商都北京﹂と合本であ ると解釈して、これを掲載した。 しかし泉涌寺学芸員の西谷功氏に指摘され、現物を確認したところ、以上の﹁分物頚次第五人己上法﹂寸分物頚 次第直分三人二人心念﹂﹁分物古式南都北京﹂はすべて合本で、このうち、﹁分物頚次第五人巳上法﹂﹁分物頚 次第直分三人二人心念﹂は、いずれも﹁英心律師口伝琴源記之﹂であり、正中二(一三二五)年八月十三 1 四 日 に かけて、官官源が注釈を施したものであることが判明した。﹁分物古式南都北京﹂の方は、上下二段に分かれていて、 上段の内題は﹁分己僧物作法﹂、円悟律師作、下段の内題は﹁口口(→党字、﹁ブン﹂と発音か)物次第ヘ日乗上人 作となっており、また上下二段に跨がる形で、寸文保元念八月一日於室生寺賜方丈忍│御自筆本書写了深々可秘之 云々、清算﹂の奥書が付されている。すなわち﹃律宗文献目録﹄の記載にも錯簡が認められることが判明した次第で あ る 。

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105-ifi北朝期lにおける律宗義について(中) いずれにしても、﹁⑬分物頚次第︿直分三人二人心念﹀(分物古式と合本)﹂は、清算直筆の書写本であり、これを 清算著作として紹介したことは、筆者自らの怠惰な性格によって引き起こされた過失である。ここに深く反省し、訂 正 す る 次 第 で あ る 。 また、二

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六年に清算の新出の著作として、﹃分亡物法則﹄が発見されていたことを日本学術振興会特別研究員 である大塚紀弘氏よりご教示いただいた。これは東向観音寺(京都市上京区)に所蔵されていたもので、清算が元亨 二(一三二二)年に﹁南都東山﹂ ( H 臼牽寺か)で撰述したとされる(東向観音寺史料調査団﹁東向観音寺史料目録 合 CL 、﹃東京大学日本史学研究室紀要﹄一

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六)。おそらくこれは、先の円悟律師作の﹁分巳僧物作法﹂、 日乗上人作の﹁口口物次第﹂を書写して﹁分物古式南都北京﹂とした清算が、これらの記述をもととして、自ら分 物軽重について記したものであろうと推測される。 さらに、五六 i 五七頁にかけて、﹁また﹃法華経﹄安楽行品の四安楽行を戒とみる清算の理解は、小寺文頴氏によ れば、浄土宗西山派盛山時流学匠である仁空が永徳元年頃初めてみつけたとされる、最澄真筆の﹃龍山発願文﹄の侠 文に、同じ理解が確認できるようである﹂云々とする一段落において、清算の述べる四安楽行を戒行とする説が、天 台教学に影響を与えた可能性を示唆したが、日取澄述とされる﹃学生式問答﹄に、すでに四安楽行を戒行とする説が唱 えられていた旨、四天王寺国際仏教大学准教授の藤谷厚生氏からご指摘を受けた。﹃学生式問答﹄は、最澄偽撲の可 能性が指摘されている書物ではあるが、おそくとも安然の頃までには成立しており(島地大等﹃天台教学史﹄には ﹁一説に従へば則ち五大院安然の撰述なりといふ L ( 二五六頁)とある)、清算﹃霊峰記﹄よりも成立がはるかに早い。 四安楽行と戒の問題については、小寺文頴氏がすでに﹃天台円戒概説﹄(叡山学院、一九八七、該当項目は一

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頁 i ) において、﹃学生式問答﹄の同箇所を示しておられ、さらに文中で取り上げた小寺氏の論文(﹁実導仁空のみた伝 教大師真筆品﹃龍山発願文﹄の断片について﹂、﹃天台学報﹄一七、一九七四)も、﹃龍山発願文﹄を最澄真撰として、 ﹁最澄の著作に四安楽行と戒の問題が説かれているものは(﹃学生式問答﹄を偽撰とするならば)この他にない﹂と いうご主旨のもとに書かれたものであったものを、﹁四安楽行と戒の問題が説かれているものは、これが初めて﹂で あると曲解したため、先のように全く見当違いのことを記したものである。大変失礼な文章であったと恥じいってい る次第である。つつしんで、一連の文章を削除したいと思う。本当に申し訳なく、失礼いたしました。 また改めてここに、ご指摘くださった諸氏に感謝を申し上げます。 F O A U

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ー散逸文献一凝然撰﹃党網経上巻古迩修法 南北朝期における律宗義について(中) ②拙稿﹁凝然の﹃党網経古迩記﹄注釈態度とその後世への影響について 章﹄の検出を通して│﹂、﹃龍谷大学大学院紀要﹄三

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、 二

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八 ③清算は、﹃霊峰記﹄の中で自宗のことを﹁律宗﹂とは呼称しておらず、﹁円宗﹂または﹁終南﹂﹁南山﹂という語を 使用している。清算が、自身の教学を中国の南山律宗の系譜上に位置づけていたことは事実であろうが、しかし実際 に彼の教学を詳細にみていくと、相部宗法繭の義を用いていたり、また道宣や元照に起源をもとめられない用語を用 いていたりしており、清算の教学は厳密な意味で南山宗のものとは異なると言わざるを得ない。こうしたことから本 稿では、道宣や元照の思想について述べる筒所に限って、﹁南山宗﹂の語を用い、清算自身の教学の発露については、 解釈上﹁律宗﹂の語を使用して、これら教学の相違を表した。 なお前稿でも清算が﹁円宗﹂と呼称している箇所を、解釈上﹁律宗﹂について改めたが、そのことを述べる注の中 で、﹁清算は、著作の中で自宗のことを﹁円宗﹂と一貫して呼称している﹂として、清算がその他の著作でも自宗を ﹁円宗﹂とのみ呼称しているかのような誤解を与える表現を用いた。ここで言う﹁著作﹂は前稿で取り扱った﹃霊峰 記﹄前半部分のことを指す。清算は以上のように、自宗のことを﹁終南﹂﹁南山﹂と呼称することもある。 ④﹃済縁記﹄巻十一(﹃新築大日本続歳経﹄(以下﹃続歳﹄と略)巻四一、二

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頁中) ⑤﹃済緑記﹄巻十六(﹃統蔵﹄巻四一、二五九頁上) ⑥実際には、このとおりではなく、﹃起信論﹄帰敬備に以下のようにあるのを、清算が改変したものと考えられる。 帰 命 尽 十 方 最 勝 劃 圃 刷 色 矧 劇 削 剥 救 世 大 悲 者 及 彼 身 体 相 法 性 真 知 海 無 量 功 徳 蔵 如 実 修 行 等 為 欲 令 窓 生除疑捨耶執起大乗正信仏種不断故(﹃大正新修大蔵経﹄(以下﹃大正﹄と略)巻三二、五七五頁中) ⑦ここに道宣の語として提示される﹁感応無縁之慈悲。更離彼此愛憎之想﹂は、実際には現存の道宣の書物には見あ たらない。道宣の﹃釈文帰敬儀﹄を元照が注釈した﹃釈文帰敬儀通真記﹄には、道宣三衆浄戒と三身の相応について 述べる筒所を注釈して、﹁化仏無心者調印無彼此愛憎之心(﹃間続﹄巻五九、四六一頁中))﹂の文が見えるが、これを指 すか。しかしこの文は元照の文である。 ⑧﹃妙法蓮華経﹄巻三(﹃大正﹄巻九、二

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頁 上 ) キーワード 清算、南北朝、戒、三衆浄戒、律宗、 天台宗

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清算撰﹃霊峰記﹄後半部分(ご

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j北朝期における律宗義について(中) ①次以前所述二永之深義。畳宗同異之事保々 尋云就以前所述一家之宗旨。勘{一山相侍之秘典。奥壷宗之所立。大途不昇、。然者可云全同 乎。答此事一家之大事。同異之雨法。末撃此難述。雌然蜜師既問答南山天畳雨宗之同巽。戒 鉢之同異。済縁之中。並須細求。不可相濫鰐之。園旨之同異。章之中理同説異。直取②偽意。非 謂取③彼等述之。如縛文者。可有同異之雨法。彼宗﹂(二十五表) 之中。戒体即偽性体。戒体即法華勝。法華修行。即戒家随行。三道即三徳。井戒観一致等之義。 悉 述 之 。 一 々 @ 奉 之 。 可 明 同 具 、 之 港 。 ⑤彼宗之意。三衆浮戒通四教事。︿付一家同異﹀ 果海紗云。問天憂宗意。三聴衆浮戒。有幾種耶⑥。答四教菩薩。各有三家浮戒者⑦。問回数菩薩。 三来、浮戒。潟同居周異。若言問者。権賓大小。其旨溢異。何有岡耶⑧。若言異者。大小隊別。律儀 不別。若其別者其讃知何。答二家天壷意。回数三家浮戒。各別差異設。四教義及庚稗等。分 明⑨説之。廃稗下巻云。菩薩三家浮戒。略﹂(二十五裏) 有四種。所謂小乗通乗別乗圏乗戒。法此中令⑬授園教室ロ薩三衆浮戒︿云々 V 品 川 四 教 菩 薩 。 三 田 県 浮 戒各別義。尤 O 以分明也。問若⑫各別者。国乗三衆正依何経説耶⑬。答庚稗下巻。引心地視経云。 感受菩薩三取県戒鏡盆一一切⑪有情戒。修議一切善法。戒修掻一切律儀戒。約此闘乗三思晴海戒 ︿云々﹀。稗文明鏡。不能別陣。何回数三緊。各別之修⑬。更無疑耶。但至律儀不異難者。彼且 ①

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稗 。 有 其 讃 擦 耶 ② 。 約封三乗共地菩薩戒行。全奥今違。の非難也。。①問正四教中。園教戒林。約悌性理。 答回数一一有国教所説戒定慧。皆約国民如貧相側性﹂(二十六表) 一 家 天 愛 浬繋緋。笠岡三磯偏浅③戒定慧⑤乎︿云々﹀⑤。解線分明。何有疑耶⑥。問働性妙理。正筋戒体。 矯限令⑦家。篤通他宗。答大日経疏一五。浮菩提心。其性法爾。如金剛故。極堅固性。即日疋不従師 得。住無矯戒。無垢無濁。不可⑧破傷︿云々v。又業疏記云。行者賞知。本所受林。即是一体三 偽之種︿云々﹀⑨。尋一五。彼憂宗以四教。判一代之大小乗。成三家浮戒。通四教之菩議回目。然者 南北朝期における律宗義について(中) 此事依二家之鰐文不分明。筆者及異義。 今此終南二永。亦以三宗。判一代之大小。其有宗小乗教所談之菩薩。可通行⑬三衆浮戒乎。 一 義 ⑪ 三 栄 浮 戒 。 是 大 采 不 共 ⑫ 所 談 也 。 ﹂ ( 二 十 六 裏 ) 有宗所談之菩薩。難名菩薩猶⑬小教之内談旨也。綾断悪一環之分斉敢不可通行三衆戒。固定以済縁 既不度生。不習方便。無絵三⑬来︿云々﹀。稗義明鏡也。加之同済縁之 之 中 。 就 戒 門 判 大 小 之 不 向 。 一 五 大 乗 戒 感 ・ 。 。 ⑪ 即 是 三 緊 。

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⑬ 若 准 智 論 。 設 再 開 成 但 有 断 慈 一 衆 。 中。述小乗@所談。菩薩所感之⑬断讃。云無間竿之名義通大小。然小教談 悌。奥二乗人。断諮問故。。⑬若爾奥下第一義僧何異。 答 断 讃 雄 問 。 三 乗 位 @ 別 。 二 乗 賓 謹 。 例 是 櫨 方 ︿ 云 々 ﹀ 。 知 所 醐 伴 者 。 小 @ 教 @ 所 談 之 倒 。 断讃併不異二乗。是則同倶合等。所述所口@所讃所入浬繋亦輿二乗﹂ ( 二 十 七 表 ) 無差別之説。既同二乗者@。縫可得矯律儀@之断教。若彼菩薩通行後二 者。可得智得@恩得@。若得智恩二徳者。何奥二乗断鐙同判之乎。可知 ① ︹ O ︺ 回 国 ②耶 H 乎 回 ③ 浅 川 義 回 ④ 慧 H 智 慧 困 ⑤ ︹ 云 々 ︺ │ 回 ⑥耶 H 乎 回 ⑦令 H 今 回 ⑧ ︹ 可 ︺ │ 回 空主 ' " ⑨ ︿ 云 々 v + ( ︿ 全 文 ﹀ ) 固 因 ⑬ ︹ 行 ︺ │ 回 ⑪ 義 + ( 云 ) 回 ⑫ 共 + ( 之 ) 固 ⑬ 猶 U 濁固 ⑬ ︹

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︺ │ 回 ⑬ ︹ O ︺ l 困 固 ⑬ 三 H 二 回 ⑫ 采 H 教 固 困 - 109 -⑬ 之 十 ( 偽 果 ) 四 国 ⑬ ︹ O ︺ │ 回 @ ︹ 位 ︺ │ 困 @ 小 + ( 采 ) 図 @ 教 H 乗 回 @ 口 U 断 固 回 、 困 本 傍 注 日解カ @ ︹ 者 ︺ │ 回 @ 儀 + ( 戒 所 得 ) 回 ⑧ 得 H 徳 田 ⑫ 得 H 徳包

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報身。謂丈六之偽身。三化身。謂随類謄同音等之身。此枕小数所談之三身。然者側果既談随分一⑬之+(乎)回困 之三身。修因何不談随分之三衆戒乎。但輿二乗断諮問故之鰐。且小数所談。三業⑫同煩悩之一陣。一⑬︹之︺│回 生空一理之分限故。如是稗之。於其一陣一理之分費。断習気一切衆冥等。随分談三家三身等保⑬。一⑬非 H 輩 歎 回 登妨之⑪。次盤師所引聾問戒。但有断悪一衆之⑬大論之説。亦且就小数所談之三乗。談師営問乗之 戒。菩薩莱非⑬不談三家戒。於此雨義。雨祖之稗義。錐不分明。後義順他家。亦有道理。小数所 談之菩薩。既設相似之三身。何無相似﹂(二十八裏) 之 差異故也。此一法可同彼③菌室宗所談。彼宗之意三磯教之菩薩。通行三猿戒。故就此義。勘倶合等 中。二乗行断惑律一一様。菩薩可通行三猿戒。若不然者。有宗所談之三乗。於戒家一円。不可有 於煩悩一①障断習気。随其所断随分所得勝計也。雄然非有別之②断護。一義云。有宗小教所談之 彼菩薩。唯行律儀一一様。得断教故。断諮問論議判之。寵師亦知是鱒之也。但仰輿二乗勝劣。唯 ﹂ ( 二 十 七 裏 ) 市北朝期における律宗義について(中) 論議。頒疏之中。述小教所談之悌。勝二乗断讃云。由偽世尊断一切種名。設不生法。

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④ 獲 一 切 知 目 。 能 知 一 切 種 類 法 。 故 智 徳 岡 満 。

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⑤ 断 煩 悩 冥 。 設 不 生 法 。

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⑥ 断 数 回 満 ︿ 云 々 ﹀ 。 知 所 判 者 。 小教所談之悌世尊。既相易二乗。断一切種冥。詮智徳。々々⑦是揺普法戒。所感之勝徳也。修因 感果可相嘗。宣以律儀一衆之戒行。感一切種不共之智徳乎。可知彼菩議。於因位可行三聴衆戒。 況復有宗小教所談之菩薩。於凡位歴⑧無数劫之⑨修行。修相好之業⑪。一坐⑪断結成道。其偽果随 分有三身。謂准法働等之稗一法身。調五分積集之法身。二﹂(二十八表) 修因之三緊乎。昔於他門。有此論義。天⑪師之精談。頻存後一義。

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⑬尋云彼他宗之意。三束通 ① 一 + ( 々 ) 凹 ② ︹ 之 ︺

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︺ │ 回 ⑦ 々 々 H 智 徳 固 因 ⑧歴+(三)図画 ⑨ ︹ 之 ︺ │ 回 ⑬ 業 H 乗 回

H 座 回 ⑫業 H 乗 困 ⑬ ︹ 篠 ︺ │ 回 ⑫天 H 元四回 天日元国 乙本傍注目元歎 ⑬ ︹

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彼宗以律儀不異之三衆。偏置園家⑪之外。不同判三乗共十地之菩戴⑫戒。能々忠之。 ⑬ 彼 宗 以 悌 性 。 矯 圏 頓 之 戒 鉢 事 。 ︿ 付 一 家 同 異 ﹀ 果海紗云。問何以得知五十八戒。偽性矯勝。答党網経云。

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⑬一戒光明金剛賓戒。是一切備本 源。偽性種子。一切衆生。皆有働性。一切意識色心。是情是心。皆入悌性戒中︿云々﹀。虞緯受 此文縛云。如来賓戒。一受永図。終不犯失。而有大用。警知金剛一成利賛。更不破壊。

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⑮ 箕 知 働性。以潟戒鉢。一切諸法。皆是戒勝。何有非戒之法。而有犯戒之法︿云々 v

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⑬ 四 ⑫ 義 一 ⑬ 云 。 一 ⑬ 一 H 二 回 園 教 ﹂ ( 三 十 表 ) 回数中。律儀一戒。不異。聾聞之三来。三乗共十地通談門之三来也。不共之三策。園敬之談旨 也云。此終南二家。就大乗之三束。可有此爾門乎。答可有之。高祖慮々稗三束中。有雨港。 一者若擦大乗戒。分三口問律儀。一戒不異。聾開非無。二三有①異︿云々 v。是諸②大来通談門。不 異者。二三雄有巽。篇来戒相。多③分不異律義故。亦其戒体。有矯構造。同聾聞戒故。亦唯防業 忠之非。終@雌有通断⑤惑⑥鐸。取倶時相感之業息筋綜故。二者雄@境起﹂(二十九表) 南北朝期における律宗義について{中) 心。無非三戒。随奉一戒。三家具足︿云々 v。是園宗不共談門。不共者。一一⑧之戒。全体三衆 之戒相戒林故。亦其戒鉢即是一体三悌之種。無局常住之法弊也。彼豊宗⑨先徳。引今此霊師即固定 一体三悌種之縛。成自宗無矯偽性戒之綜故。亦今此不共之三取県英株非防業忠之非。有性具則。 三身之妙性。有修起則。断惑鐙農大悲高行⑬徳。無非三衆戒之全綜。以知是諸義。名園教不共之 三環。然者一家所立之三束。如彼宗。非無偏園之異。但一家之意。岡少異也。聾聞之三束。園 宗之一義也。警戒等之三来。廓漸園之一機故。﹂(二十九裏) ① 図 本 傍 注 目 此 字 不 審 ② ︹ 諸 ︺ │ 回 ③多 H 爾困 ④ 終 H 縦 図 困 ⑤断 H 談 困 ⑥惑 H 感 困 ⑦雄日随固因 ⑧ 一 H 々 困 ⑨ 世 帯 + ( 之 ) 固 圏 ⑬ 行 + ( 之 ) 固 困

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︺ │ 図 ⑫ 四 + ( 教 ) 回 固 丙 本 傍 注 目 教 鰍

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所談戒定①慧。皆約虞如貧相偽性浬般市而株。宣同三議偏浅戒{疋智慧乎︿云々﹀。他宗四件。大日経 疏云②。浮菩提心。其性法爾。如金剛故。極堅固性。

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③心之本性。即是戸羅。非造作法。不自 他得故。言@住無潟戒。⑤世々⑥生慮。値奥倶生。不仮受持。常無失犯。。⑦質智徳明。雨⑧見不 思議中道︿云々﹀。又業疏記云。行者嘗知。本所受体。即是一一勝三保之種︿云々﹀。︿正文也﹀ 尋云。戒体即悌性之義。彼先徳引自他宗之⑨文。殊引済縁之稗成其義。然者同異如何乎。 同異。同者戒鉢即悌性之一法。異者彼宗戒定⑬慧皆約偽性等縛之。三撃共無傍正。以﹂(三十裏) Iti北朝期における律宗義について(中) 保性同局林。此宗仰発網所説。係性種子⑪金剛賓戒之金言。園極妙戒。濁以偽性局体成之。於定慧 二間学者。任定慧力荘厳之法華誠諦。潟戒体之用。荘厳受綜也。故林凡⑫嬬用鯨妹。説悌性戒。別不 除 法 。 成 三 身 乎 。 説定慧。尤⑬有子細鰍。則是一林三悌之種縛之。修性三衆之悌性。知聴直⑪成三身大果。豊⑬有 ⑬ 彼 宗 頓 大 之 妙 戒 。 全 ⑫ 以 法 華 僑 峠 幹 事 。 ︿ 付 一 家 同 異 ﹀ 果 海 紗 一 五 。 問 若 貧 相 同 県 如 。 国 胸 囲 領 戒 林 者 。 即 法 華 経 林 。 興 、 党 網 戒 林 。 全 同 鰍 如 何 。 答止観即 法華大意。の止観園戒同体義。既成上者。不及疑歎。故法華玄﹂(三十 表 一 云 。

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⑬正指貧相。以潟経体︿云々﹀。回数儀二云。闘戒⑬所説。戒定 @智懇。約同県知賞相側性浬般市而緋︿云々﹀。巳妙玄義以寅相矯綴勝。又 回数義。以寅相潟戒勝。例法華党網。共同@賓相以@潟其勝。 ① 議 H 智 懇 回 困 ② ︹ 一 戸 ︺ 回 ③ ︹

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(24)

全勝一一法。無二無別。更無隔異。故煤①紗云。玄文不思議仮即中②潟経林。今此亦然。性無作仮 色。非縁生之仮。即不思儀③も頓戒之体。然雛此経部兼於別。所明戒鉢。那不従園︿云々﹀。此 稗尤③明。法華経体奥党網戒⑤。全同縛成。問先網即華厳部礼昧経也。法華即純因数。醍醐味也。 何 今 全 向 。 非 別 鰐 耶 ⑥ 。 答稗銭云。初後働慧。国領義斉︿云々﹀。例法華輿党﹂(三十一裏) ① 四 階 H 悲困 ② 中 + ( 得 ) 困 ③儀 H 議団困 ④尤 H 最回 ⑤ 戒 + ( 綜 ) 図 網。同体一味。三撃互融。 D 。 一 ⑥ 耶 H 乎 回 一一癖三名。更無別法。然則法華。且主定慧。党網且主戒体。三⑦錐異 ⑦ 三 十 ( 拳 ) 回 国 南北朝期における律宗義について{中) 法鉢不別。所以何⑧。乳味時。取貧相名党網戒。醍醐味。取賓相名法華経。何三副学共賓相。三間竿 同居県知。三撃共偽性。三拳同一心。故云自性清浮三率。又⑨云一心是蔦法本。

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⑪法華経。雛明 定慧。其即定慧。是即戒行︿云々 v 。 ︿ 彼 紗 正 文 O ﹀ 尋云知彼紗之取引井立義者。党網園頓之妙 一 ⑬ ︹

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︺ │ 回 答 可 有 同 異 。 向 者 。 党 網 之 頓 戒 。 一 一 ⑪ 文 + ( 也 ) 固 q a 戒奥⑫法華⑬妙戒⑬株⑬。成金同之旨。然者不背一家之意趣乎。 心地賓相也。亦以悌性筋綜。法華之⑬偽乗亦貧相。而⑫以悌性筋株故。異者彼﹂(三十二表) 宗之意者。法華虞説三撃。其三副学共無傍正。以法華潟鉢。戒是三間学之随一故。云法華僑株非全 鉢。況彼宗述乗急戒緩之旨。以戒矯傍。定慧殊矯正。彼紗所述法華。雄明定慧。其即定慧。是 則 戒 行 之 ⑬ 得 。 殆 ⑬ 則 此 意 欺 。 一家之意者不然。定慧是戒体之上。荘厳之妙用保如前成。然者 掻定慧之用。鯖園戒之弊。以闘戒之全佐野。鵠法華之正綜。妙法之全勝。四悌知見。四悌知見。 是三身之妙性。然者盤師是行者嘗知。本所受弊。即是一緋三偽之種判給。成之外不立偽種。堂 以定慧矯別体。矯偽性乎。党網偽性戒之議@説。播論﹂(三十二裏) 三来。如謄鐙三身之明判。戒家一門之軌模也。是皆於戒談之。定慧之雨撃。何経論開此説乎。 ⑧ ︹ 何 ︺ │ 固 ⑨又 H 文 困 ⑫ ︹ 奥 ︺ │ 固 ⑬ 華 + ( 之 ) 固 困 ⑪ ︹ 戒 ︺ │ 固 図 ⑬ ︹ 鉢 ︺ │ 回 ⑬ ︹ 之 ︺ │ 回 ⑫ ︹ 而 ︺ │ 回 ⑬ 之 H 云 困 ⑬ 殆 H 始回 ⑫ 畿 H 誠 回 固 困

(25)

大 途 如 前 記 。 ① 彼 宗 以 法 華 事 理 修 行 全 局 国 戒 之 随 行 事 ︿ 付 一 家 同 甲 子 、 ﹀ 果海紗云。問若以法華。即潟戒者。受持議論等之諸行。即可名戒行耶②。答貧塔口問云。此経難 持。若霊③持O@者⑤回定名精進。是名持成。。⑥即潟⑦疾得無上菩提︿云々﹀。又普賢経云。諦大 乗経。忠第一義甚深空法。一弾指傾⑧。除却百寓億。阿僧祇劫生死之罪。行此行者。直⑨悌子。﹂ ( 三 十 三 表 ) 尚北朝期における律宗義について(中) ⑧ 傾 U 頃回固丙本傍注 日 頃 ⑨直 H 民 四 回 ⑬ 須 H 演 固

+ ( O ) 困 ⑫ 理 + ( 順 ) 回 ⑬門 H 同回固丙本傍注 従諸仰生。十方諸例。及諸菩薩。矯其和尚。是名具足菩薩戒者。不須⑬掲磨。自然成就︿云々﹀。 ⑪止観四云。防法論止。順法論観。此名即中持雨戒。︿乃至﹀中道妙観。戒之正鉢。上品清浮究 立見持戒︿云々﹀。弘決四云。観不思議理。恒照在心。善順於理⑫故。観於三諦。孝故止於三惑。一⑬十(聴)回 如是持戒。尚不興別教出仮持戒門⑬︿云々﹀。又党網綬云。癒一一⑬教受持大乗経律。⑬教解義理。一⑬一 H 々 回 使殺菩提心。︿乃至﹀一一⑬解其次第法用︿云々﹀。又云。聴撃十二部経。諦戒日々六時。持菩薩 戒。解其義理悌性之性︿云々﹀。以上諸文。以讃語大乗定慧之観行。矯今@戒栢。O⑬一葉⑬闘頓行 者。惣﹂(三十三裏) 三撃於心詞@。蓮@一乗於口@海。無汲心外之法水。莫求口表之慧燈失 ︿云々﹀。︿彼紗全文﹀尋云彼宗之意。以法華受持之妙行。結経⑫第一義 之観道。潟園極妙戒之随行。二家可同此意哉@。答談林既有同異。知戒 体随行亦可有同異。法華之体。雌以戒矯勝。其法載中之勝。無傍正。備三撃 之体。戒是其勝之一分也。非法華之全勝。法華讃諦等之修行亦爾。其@中 取矯成行一議。若霊持者是名持戒等説之。彼宗且可談之。受綜随行。可一 ① + { O ) 困 ②耶 H 乎 回 ③ 蹄 E H 暫回困 ④ ︹

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(26)

同故。今一家之意不然。磁定慧之用蹄戒行① o 法華之全林。即妙戒之自体也。随行等亦岡之。讃 諦等之ご(三十四表) 南北朝期における律宗義について(中) 行。改②備定慧之用。繊其用行。蹄戒行之勝。議論等之③事理之行。全林妙戒之随行也。此経説 若輩持④回定名持戒等。更不説定慧。縦雄説是名精進行頭陀等。成唯識三事六度相矯之時。以精進 議戒度故。頭陀亦戒之一分也。受之不行者。犯吉罪⑤故。 ⑥彼宗園極之妙戒。受随二体妙観相熔。戒観一致談之事。︿付一家同異﹀ 呆海紗云。問若指田県知賓相。即名戒林者。止観法鉢矯同如何。答戒林奥⑦止観。唯是一一法。全 非別体⑧。何以得知。止観一云。純一貧相。々々⑨之外。更無別法。々⑬﹂(三十四裏) 性寂然名止。寂而常照名観︿云々﹀。此稗尤明。正指貧相。即名止観。又戒林己資相。戒体興、。 貧相。倶同県如。倶偽性。倶法身。の止観之法。輿⑫園頓之勝。一一法全非別異⑬。然別修行園戒。 即行止観。修行止観。即行園戒。従本巳来。三撃一体。且従功能。即得三名。故一心戒云。執 持自性清浮三率。直往賢所。得於悌果︿云々﹀。此文尤明。於自性一心。即分於三率。全非別綜 者 。

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⑬止観四云。議ロ順中道一寅之理。防法詮⑮止。順溢⑬論観。此名即中而持雨戒。︿随定具 足﹀故発網云。戒名大乗。名第一義光非⑫賞赤白。戒名潟孝。々⑬名矯順。孝即防止。順即行善。 如 ﹂ ( 三 十 五 表 此戒者。本師所調。我亦如是繭。蛍知中道妙観。戒之正鉢。上回開一①行 H 仕 掛 図 清 浮 究 寛 持 戒 ︿ 云 々 ﹀ 。 弘 決 四 一 五 。 故 党 網 ⑬ 引 諮 理 観 持 戒 各 @ 潟 止 観 。 一 ② 改 H 既 固 故知慮以第一義光寂照相即。而潟防止。善順戒鉢。孝者畜也。事一 甲本傍注目此字 不 審 ③ ︹ 之 ︺ │ 回 ④ 持 + ( 者 ) 回 ⑤罪リ綾田 ⑥

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(27)

親之道。宜①恒畜在心。故能順顔色故名矯順。今亦知是。観不思議理。恒照在心。善順於理。順一① EH 冥 困 故観於三諦② o 孝故止於三惑。如是持戒。尚不奥③別教出仮持戒間︿云々 v。稗文明鏡。静心可見。一②諦 H 陣 回

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④今大乗戒。法性銭体。法性寂然名止。即是定也。法性常照名観。即⑤昌一昌也。然則治生産業。 皆是戒行。一色一香。皆是戒体。念々⑥住此念。歩々⑦運此心。奉足﹂(三十五裏) 下足。皆作働行。心念日言。悉作⑧働事。是今大成大意。是今国宗所詮。何住此念即定。存此旨 即慧。笠非戒一法。即具定慧乎⑨。︿彼紗正文﹀尋云知彼紗之立義引話者。園戒受随之行鉢。相 聴妙観。而其戒観之林一致談之。然者全可同終南二永之宗旨乎⑬。答可有同異之雨法。先同者。一⑧作 H 岨 周 囲 凡終南二永。専受随前縁之大解。勧妙観相謄之域心。璽師殊或述即是一一勝三偽之種。園極之妙 戒。是令究三身即一之性。或能護所務無非同県性輝之。或掛田知此戒還即自心更無他法述之。既以 無盛岡異性之心源矯戒体。宣心源戒林之外更﹂(三十六表) 南北朝期における律宗義について(中) 立他法之観鉢乎。是戒観一致之玄旨也。然者妙観相癒。戒観一致之宗意。大途無差異敗。次異 者 妙 観 相 府 内 山 ⑪ 之 事 。 彼 宗 意 者 。 修 生 之 三 率 。 廿 子 、 林 各 立 。 止 観 中 道 之 妙 観 。 融 合 所 得 之 戒 仕 掛 。 此 可 披妙観相勝之受随雨戒。日疋即⑫雄融舎相熔。其三鉢賓差別。今此宗者不然。修生之三撃。且鉢用 之差異。其定慧之用。終蹄戒⑬林可一際。依之受前妙観之唯識止観。冥一心本源之戒体。々⑪用蹄 一致。成一一勝三悌之穫。勝此名親心相謄之受戒。日用時須⑬之随行。亦可同此旨。受騒之大⑬解 用心。共不可同彼宗之三撃体。各別之儀⑫。﹂(三十六裏) 次戒観一致之事。彼宗者於一心本性寂照之徳。分自性三間竿之用。且寄一心本性之義法。雌融其 三事之用。自性三皐之用銀差別。是則差別賞義。一致義門之施設也。全性而起之。修生之三撃。 ③輿 H 居周囲 ④ ︹

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︺ │ 回 ⑤ 即 + ( 是 ) 回 ⑥ 々 H 念 固 ⑦ 々 H 歩 固 因 ⑨ 乎 + ( 云 々 ) 回 ⑬ 乎 H 云 々 回 p o ⑪ ︹ 戒 観 一 1 観 相 感 ︺ 一 一 十 文 字 │ 回 ⑫ 即 H 則 回 国 ⑬ 成 十 ( 之 ) 固 因 ⑬ 々 日 終 回 困 ⑬ 須 H 演固 ⑬ ︹ 大 ︺ │ 回 ⑫ 儀 H 義 云 々 回 儀 H 義 困

(28)

亦同此意。此候所引明鏡。亦彼宗明師之相侍如是。今此候①者不然。任教本頓大之経旨。生仰木 源之心跡。日定悌性種子。自性清浮心戒之全林也。其外宣論別体乎。於自性清浮戒之一心林。且 強開明静之二用。其明静之雨徳修願。腕定慧二②撃。是則妙観之鉢也。其明静之二用。終日締本 浮戸羅之妙林。林③用一致。起定態能﹂(三十七表) 南北朝期における律宗義について(中) 観之用。其定慧唯識之妙観還冥禽本性頼耶之戒鉢。成三偽修顛之穏跡。如是仕掛用也④。三撃修性 共林用全一。賓是戒観一致也。昇、彼宗三峠特別論。融舎門之一致。獲師既就林用別論之門。不分 而分強説三義述之。然者⑤自宗之意。三撃戒観。議用鋳体之一致。資談終用別論之戒観三撃。且 強説之義門也。尋云彼宗以一心篤惣体。立自性三皐之用。義尤可然。抑終南一家之意。何以 一心惣林矯戒。以明静之二徳。潟定慧之用乎。本捺亦知何乎。答此事大零如前記。案党網之 説。々⑥偽性矯戒。亦以戒矯凡仰之本源。﹂(三十七裏) -I:

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⑫ 衆 + ( 生 ) 四 回 乙本 傍 注 目 其⑦源偽性宣非一心之惣株乎。然者定慧。是矯悌性戒之荘厳用保者。法華之明文無疑。又党網説一⑫︹唯照等 l 寂 照 之 ︺ 十 園戒震摩詞街。鈴第一義光。然者摩詞街。是一心之惣林。定慧明静等之説⑧相。則開一心相用也。一 起信之明判。不可疑之。以戒殊矯一心之惣勝。偏任経論之園旨。依之勘璽師之稗。済縁之中。 述一心流縛還滅之相。衆生心勝。本来明静。乃至定慧寂照同出異名鰐之。知所稗者。明静之二 徳。則定慧之徳用也。可知初衆生心林⑨。凡備本源之偽性戒体也一玉事。行宗亦明三祭開致。 衆 生 本 来 皆 具 翼 団 体 妙 性 性 ⑬ 也 ⑪ 。 眉 刷 峠 軒 。 唯 ﹂ ( 三 十 八 表 ) 寂唯照等述之。是亦寂照之⑫二徳。定慧性兵也⑬得名可知初出県浮妙⑬性。偽性戒也⑬。惣林也⑬事。 若非明戒仙持者。何述性具之定慧。矯緯段之本意。不出性具之戒林乎。以知雨庭向衆生心鉢衆⑫妙 ①隙 H 宗回 宗鰍 ②二 H 三回 ③終 H 々 回 ④也 H 之函 ⑤ ︹ 者 ︺ │ 回 ⑥ 々 H 説 固 因 ⑦其+(本)困固 ⑧説 H 諸回 ⑨体+(穣)困 ⑬ 性 日 々 回 ⑪ 也 H 之四回 文 字 国 ⑬ 也 H 之周回 ⑬ 妙 H 姓固 ⑬ 也 H 之 四 回 国 ⑬ 也 + ( 云 ) 回 、 固 ︹ 也 ︺

(29)

観一致⑥之旨。云以観潟戒之林。不云⑦以戒潟観之体⑧。是何度以戒蹄観。述⑨戒観一致故也。此 宗不然。以戒偽惣勝。以観矯用故。以用鋳綜。以戒潟観之林。可談之。是以頓大之発網是情是一⑨述 H 為固 心皆入悌性戒説⑬之。止規定慧之観門。宣出是情是心乎。高祖慮々之解稗。受前唯識妙観之極位。一⑬説 H 談 回 蹄成益口種子之戒林。思第一義之法空。終極自然成就之戒体。是皆冥皆入偽性戒之頓旨。観道之 域心。悉蹄入自性清浮戒之果海者乎。又霊師之解稗。一慮却見本心浮深⑪虞無渥⑫底。寂照合虚 空 。 日 疋 謂 諸 岬 附 ⑬ 源 。 是 謂 首 問 法 本 。 若 能 如 説 行 。 是 ﹂ ( 三 十 九 表 ) 性。奉性具戒之惣鉢。明静寂照①。出性具定慧之二用保。不及疑殆歎。以上雨宗之不同者。彼宗 三皐別鉢。以融即之漣談一致。此宗三撃鉢用。掻用蹄鉢談一致。其一致②之旨懸巽也。加之又彼 宗談戒観一致。止観即中持戒述之。戒③中道妙観戒之正綜判之。弘決理観持戒潟止観鰐之。此 諸④鰐之意。悉戒親⑤中。以観矯本故。錐談戒﹂(三十八裏) 南北判期における律宗義について(中} 名異奉律。五ロ偽嘗⑬有云戒是菩薩⑬本。若欲見僻見⑬性。必先持崎町戒。究寛一乗法。除此皆方便 ︿云々﹀。此稗殊本浄之心鉢。具深⑫腐寂照之妙徳。震一来園極之戒体故。此戒則諸悌之本源。 菩薩之根本。又高法之本源也。此戒偏矯究克一乗之鉢。更此外不談一乗。如縛文者。此戒既全 鉢。係菩薩寓法之本源也。宣其外別綜立観門乎。此戒既唯濁⑬究寛一一来之正林也。何其一乗正体 之外。別存定慧之二感乎。若猶有云者。非一乗之法。是所謂可堕⑬除此皆方便之判。可知是以戒 矯鉢。定慧観門之用。荘厳其体。々@用一致。即偽菩﹂(三十九裏) 薩寓法之本源@。亦究寛一乗之妙法者乎。又一慮頓了自心安住寂滅得大↑①照 H 然 困 惣持摩尼賓珠︿云々﹀。此稗意。親心之大解。冥摩尼之戒林。大惣持摩一②︹其一致︺

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図 ③戒 H 或 回 、 ︹ 戒 ︺ l 固 ④諸日設回 ⑤ 観 + ( 之 ) 巳 困 ⑥致 H 鉢 回 ⑦ ︹ 不 一 五 ︺ │ 回 ⑧体 H 休 回 ⑪深 H 源 回 ⑫渥 H 涯困固因

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