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ケニアの牧畜民サンブルの美意識と ビーズ装飾

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Academic year: 2021

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(写真3)

30 FIELDPLUS 2015 07 no.14

ビーズは地位を表示する「サイン」

 ケニア北中部に住む牧畜民サン ブルの社会では、男性は、誕生から 20歳前後で割礼(成人儀礼)を受 けるまでは「少年」、割礼から結婚 までは「モラン(戦士)」、結婚する と「長老」とよばれる。男性はモラ ンの時期だけビーズで派手に全身を 飾る。一方、女性は生涯にわたって ビーズの装身具を使い続けるが、一 番大きなビーズの首飾りを身につけ るのは、「ンティト(未婚の娘)」で ある(写真1)。ンティトは特定のモ ランに大量のビーズを買ってもらっ て恋人関係をむすび、モランととも にダンスとおしゃれと恋愛を楽しむ

(写真2)。ンティトは結婚すると「ト モノニ」とよばれる。その人がモラ ンなのか長老なのか、ンティトなの かトモノニなのかは、ビーズ装飾を

見れば一目でわかる。サンブル社会 でビーズ装飾は、人びとの社会的地 位を表示する「サイン」として重要 な役割を果たしているのである。

あざやかなコントラストを演出する  人びとはビーズ装飾をもちいて美 意識や世界観も表現する。たとえば

「コントラスト」。彼らが美しいと思 う色の組み合わせは、もっともあざ やかなコントラストを創り出す「白

─黒」と「白─黒─赤」である。「白

─黒」のビーズでつくられた上半身 にかける装身具は「ケリン」という

(写真3)。サンブルのモランの装身 具のなかでもっとも古くからあるも のだ。初めてビーズと出会ったとき に、彼らはまず白と黒を選びこの装 身具をつくったのだろう。

 写真4のバングル(腕輪)も見て

ほしい。一番右側のジグザグ模様の ものをのぞいて、右から2、3、4、 5番目まではすべて「白─黒─赤」

という3色のセットでできている。

そのとなりは、赤の代わりにオレン ジを、そのとなりは白の代わりに黄 色を、一番左は黒の代わりに濃い緑 を使った「白─黒─赤」のバリエー ションだ。そして、入れかえ可能な 色、つまり、赤とオレンジ、白と黄 色、黒と濃い緑の組み合わせは、コ ントラストがないので美しくないと いい、ひとつのバングルに同時に使 うことはない。

 鮮明なコントラストを美しいとす る彼らの美意識は、その人生観に もあらわれている。少年は少年らし く、モランはモランらしく、長老は 長老らしくあることが礼節のある美 しい態度とされる。割礼をひかえた まず、写真を見てほしい。

サンブルの人びとを彩る これらのビーズは、ちょっと意外 かもしれないが、チェコ製の輸入品だ。

わずか100年ほど前に欧米人によって もちこまれたガラスビーズは、

アフリカの人びとを虜にし、

独特のデザインや利用法のもとで 目を見張る変化をとげている。

その一例を紹介しよう。

Field+ B EADS

「コントラスト」を演出する

ケニアの牧畜民サンブルの美意識と ビーズ装飾

中村香子

 なかむら きょうこ / 京都大学アフリカ地域研究資料センター研究員

ナイロビ

サンブルの 居住地

ケニア共和国 ア フ リ カ

集落の朝。写真の娘は、自慢の大きなビーズの首飾りはつけたまま眠り、

朝一番のヤギの乳搾りの仕事の前に頭飾りをつけた。

写真2 モランとンティトのダンス。ダンスの中で、モランはジャンプを競い、ンティトは、

上半身を前後させながら、ビーズの首飾りを胸の上でシャンシャンと鳴らしてリズムをとる。

写真3 「白─黒」のビーズでつくられたケリン。

「赤─黒」もある。

写真4 バングルの色の組み合わせは

「白─黒─赤」の3色セット。

写真1 ンティト。首飾りのビーズの芯には 針金が使われている。首飾りの美しさ。立 ち姿の美しさ。真っ白な歯。ンティトの美 しさをつくる3大要素だ。

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(写真3)

31 FIELDPLUS 2015 07 no.14 少年たちは、真っ黒な衣装を着てモ

ランになる日を待ち望み、晴れてモ ランになると今度は酸化鉄と脂を用 いた顔料を使って全身を真っ赤に染 め、その上に華やかなビーズをつけ る。サナギが蝶になるようなあざや かな変身だ。反対に、結婚した男性 がいつまでもモランのように着飾っ ていると、かえって「格好悪い」し

「見苦しい」。長老になると、自慢 だった長髪をばっさりと切り、ビー ズもすべてとってしまう。昨日まで あんなに格好つけて、そしてあんな に美しかったモランが、一瞬にして

「おじさん」になる様子は、潔いこ とこのうえない。装身具は「人生の コントラスト」を演出する、なくて はならない道具である。

どんどん派手になるビーズ装飾  写真5 は1959年と2003年のサン ブルのモランである。装身具は近年、

どんどん増えて派手になっているの だ。私が装身具の調査を集中的にお こなっていた2000年前後は、とく に目を見張るスピードでモランの装 身具のデザインが華美になり種類も 増殖したが、それと同時に興味深い 変化も起こった。それは、たとえば 首にまきつけるビーズ。「ンゴロー」

というが、これはかつては2~4セン チの幅しかなかったが、より太いも のへと流行が変遷し、ついには8セ ンチ以上にもなった。そして後ろを ヒモで結び簡単に脱着できるデザイ ンになったのだ。その頃、学校教育 が急速にひろまり、多くのモランが 昼は制服を着て学校にかようように なった。けれども、帰宅後や学校が 休みの期間は、思い切りダンスや恋 愛をするモラン本来の生活を楽しみ たい。モランの装身具は、そんなふ うに気持ちの切り替えを可能にする 役割を担い始め、同時にどんどん派 手になっていったのである。

現代的なファッションとして  この10年ほどは、モランの装身 具の増殖傾向は少し和らいでいる が、こんどは女性に変化が起こって いる。サンブルの女性は、物心つ いたときにはすでに母親につくって もらったビーズの首飾りをつけてい る。娘たちは、その後にビーズの飾

りが増えても、夜眠るときもその大 部分をはずすことはない。しかし、

学校に通う娘は一筋のビーズもつけ ず洋服を着ている。サンブルの親た ちは、将来学校に通わせようと思っ ている娘には幼い頃からビーズを与 えず、「ビーズの娘」との対比の上 で「学校の娘」とよぶ。「学校の娘」

たちは、モランにビーズをもらって 恋人関係をつくることもないし、モ ランとダンスを楽しむこともない。

それどころか、生涯にわたってビー ズをつけることなく過ごすのであ る。この対比は、「伝統を生きる女 性」と「伝統から離脱した女性」と いうように女性の生き方を明確に二 分しているかのようだった。

 ところが、ごく近年になって、教 育を受けた女性たちが競ってビーズ を買い求め、ときどき身につけるよ うになってきた。ただし、彼女らの 装身具は少しだけデザインが異な る。たとえば、頭飾り。教育を受け ていないサンブル女性は、髪をのば さず剃っているので、頭飾りは頭全 体に太く巻き付いているが、教育を 受けた女性たちはヘアサロンでセッ トした髪型にも合うように細くヘア バンドのような形にアレンジしてい る。現代的なファッションのひとつ として自民族の装身具を身につける 彼女たちは、「私は、学校に行き、

町で就職もして現代的な生活をして いるけれど、サンブル文化のすばら しさも忘れていないわ」と誇らしげ に主張しているかのようである(写 真6)。

 「人生のコントラスト」を美しい と感じてきたサンブルの人びとだ が、彼らの生活や価値観は、アフリ カのほかの社会と同じように激変に さらされている。「学校が休みのと きは『モラン』として楽しみたい」

「『学校の娘』として生きてきたが、

友人の結婚を祝う儀礼にはビーズを 身につけてでかけたい」「自分は長 老だが観光客相手の商売をするため に派手なビーズをまとう」……など、

従来の価値観のもとでは「どっちつ かず」で「美しくない」といわれそ うな態度ではある。しかし、彼らは 美しいビーズの装身具をつけたりは ずしたりしながら、気持ちをオン/

オフしつつ、新たな「コントラスト」

を演出し始めた。サンブルのビーズ 装飾はあらたな美意識のなかで新た な役割も担い始めたのである。

 興味をもたれた方には、サンブ ル の 身 体 装 飾 に つ い て 網 羅 的 に まとめた拙著Adornments of the Samburu in Northern Kenya: A Comprehensive List(The Center

for African Area Studies, Kyoto University, 2005)、サンブル社会 におけるビーズの重要性を記述した 民族誌『ケニア・サンブル社会に おける年齢体系の変容動態に関す る研究──青年期にみられる集団性 とその個人化に注目して』(松香堂、

2011年)をご参照いただきたい。

写真5 上:1959年の モラン(ポール・スペ ンサー撮影)。

下:2003年のモラン。

写真6 ビーズ装飾をつけ た教育を受けた女性。

参照

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