2020年 3月修了
早稲田大学大学院商学研究科
修 士 論 文
題 目
父親の育児時間が家計所得に与える影響
研究指導 応用ミクロ計量 指導教員 片山 東 教授 高瀬 浩一 教授 加納 和子 准教授 学籍番号 35181011- 0 氏 名 小澤 淳
修 士 論 文 概 要 書
子育て期にあたる女性、特に22歳から45歳の子育て期の女性の就業率は、昭和51年には57.1%、
平成 28 年度には 72.7%と 40 年間の間で約 15%ポイント増加している(内閣府 2017)。また、6 歳 未満の子どもをもつ男性の家事関連時間が増加している。平成 8 年に週あたり 38 分であった家事 関連時間は平成 28 年に 83 分となっており、約 1 時間増加した(総務省 2016)。家事関連時間とは
「家事」、「介護・看護」、「育児」及び「買い物」と定義されているが、この中で最も大きい割 合を占める活動が「育児」である。平成 28 年の男性の週あたり育児時間平均は 49 分であり、家事 関連時間のおよそ 6 割を占める(総務省 2016)。
近年のこのような子育て期の女性の就業、男性の育児参加の伸張は「母親は家事、父親は育児」
といった伝統的な家族観が変化しつつあることを反映している。父親の育児参加は、育児に参加し なければ確保することができた人的投資の時間や労働時間の減少を発生させる。一方で父親の育児 参加により、母親の育児負担が減少し、人的投資の時間や労働時間が増加するかもしれない。この ような父親(母親)の人的投資や労働時間の減少(増加)は、父親(母親)の勤労所得の減少(増加)を引き起 こし、世帯収入を変動させるであろう。例えば、父親が育児時間を増加させることによって、母親 の勤労所得の増加分が父親の勤労所得の減少分を超え、世帯収入が増加するパターンや、父親の勤 労所得の減少分が母親の勤労所得の増加分を超え、世帯収入が減少するパターンが想定される。
しかしながら父親の育児時間が、父親や母親の所得、そして世帯収入に与える影響に関する研究 はこれまでなされていない。この理由の一つとして、歴史的に育児という家庭内労働を行ってきた 主体が主に母親であり、子どもの有無(または人数)と母親の賃金の関係性に研究の焦点が置かれて いたことが挙げられる(Lundberg et al 2002)。Waldfogel(1997)は子どもが 1 人いる母親は子ども がいない母親と比較して賃金が 6%低く、子どもが 2 人以上いる母親は子どもがいない母親と比較 して賃金が 13%低いということを明らかにした。一方で父親の賃金の変化に関して、Lundberg et al(2002)は子どもが 1 人増加すると父親の賃金は平均して 4.2%増加することを明らかにしている。
しかしこれらの研究は、あくまで子どもの人数が賃金に与える影響を測定しているに過ぎず、父親 の育児時間が賃金や勤労所得に与える影響といった直接的な父親の育児参加の影響を測定している とは言えない。そこで本研究では、慶應義塾大学パネルデータ 設計・解析センターから個票データ の提供を受け、 (1)父親の育児時間が父親の勤労所得に与える影響(2)父親の育児時間が母親の勤労 所得に与える影響を測定する。このように(1),(2)を区別することによって、父親の育児参加による 世帯収入の変動のパターンを明らかにする。
また世帯収入の変動のパターンを明らかにするだけではなく、実際に(3)父親の育児時間が世帯収 入に与える影響も測定していく。世帯収入には父親の勤労所得や母親の勤労所得以外に、その他の 所得・収入(その他の世帯構成員の勤労所得や金融資産からの配当や不動産から得られる賃貸収入な ど)も含まれており、(1),(2)の特定によって明らかになる世帯収入の変動と(3)によって明らかになる 世帯収入の変動は等しくない。本研究では、父親の週あたり育児時間がその他の所得・収入に与え る影響の詳細を明らかにすることはしないが、(1)、(2)、(3)を行うことで父親の育児時間がその他の 所得・収入に与える影響に一定の示唆を与えることができる。このようにして、父親の育児時間が 父親の勤労所得、母親の勤労所得、その他の所得・収入に影響を与え、世帯収入が変動するメカニ ズムを考察することができる。
分析の結果、「6 歳未満の幼児」がいる世帯において父親の育児時間(週あたり育児時間)が 1 時間 増加することで、父親の勤労所得(年間勤労所得)は 0.4%減少することが明らかになった。勤労所得 が 500 万円の父親を例とすると、この父親は育児時間を 10 時間増加させることで、勤労所得が 20 万円減少するということを意味する。この結果は 1 ヶ月あたり勤労所得が 1.7 万円減少することを 表しており無視できる大きさではない。また父親の育児時間は、母親の勤労所得、年間世帯収入に 影響を与えるとはいえないことも明らかになった。この結果は、「6 歳未満の幼児」がいる世帯の 父親の育児時間は、父親の勤労所得を減少させ、母親の勤労所得を変化させず、その他の所得・収 入を増加させることで、世帯収入を変化させないということを示唆している。
また、父親の育児時間の増加による勤労所得の減少が、父親の生産性の低下によるものなのか、
労働時間の減少によるものなのかを明らかにするため、父親の育児時間が労働時間に与える影響を 推定した。推定の結果、父親の育児時間は労働時間に影響を与えるとはいえないことが明らかにな った。これは、父親の育児時間が生産性を低下させる結果、父親の勤労所得が減少するということ を示唆している。
参考文献
Jane Waldfogel., “The Effect of Children on Women's Wages” American Sociological Review Vol.62 (Apr 1997a), pp. 209-217.
Shelly Lundberg and Elaina Rose, “The Effects of Sons and Daughters on Men's Labor Supply and Wages”
The Review of Economics and Statistics Vol.84 (May 2002a), pp. 251-268.
内 閣 府 男 女 共 同 参 画 局 「 男 女 共 同 参 画 白 書 平 成 29 年 度 版 」 (http://www.gender.go.jp/about̲danjo/whitepaper/h29/zentai/index.html) アクセス日 : 2019 年11 月21 日。
総務省統計局「平成 28 年社会生活基本調査」(https://www.stat.go.jp/data/shakai/2016/kekka.html) アクセ ス日 : 2019 年 11 月 21 日。
目次
「父親の育児時間が家計所得に与える影響」
第 1 章 イントロダクション・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 第 2 章 先行研究と研究目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4 第 1 節 育児時間と賃金
第 2 節 子どもの人数と賃金
第 3 章 分析のフレームワーク・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6 第 1 節 OLS・FE estimator
第 2 節 Anderson and Hsiao estimator
第 4 章 データと記述統計・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8 第 1 節 被説明変数
第 2 節 説明変数
第 5 章 推定結果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16 第 1 節 父親の育児時間と家計所得
第 2 節 子どもの人数と家計所得
第 3 節 当期の父親の週あたり育児時間と次期の家計所得 第 4 節 育児時間と労働時間
第 6 章 結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27 附表・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・30 参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・37
父親の育児時間が家計所得に与える影響
小澤 淳
1. イントロダクション
労働力の中核となる 15 歳から 64 歳までの生産年齢人口は、平成 7 年の 8,716 万人をピークに 減少を続けており、平成 31 年には 7517 万人となった(総務省 2019)。 その一方で、女性の生産年 齢人口における就業率(15 歳以上の人口に占める「就業者」の割合)は平成 25 年から増加を続けて いる。内閣府男女共同参画局(2017)によれば、女性の生産年齢人口における就業率は、男女雇用機 会均等法が施行された昭和 61 年には 53.1%であったが、平成 28 年には 66.0%と約 13%ポイント 増加した。特に 22 歳から 45 歳の子育て期の女性の就業率に関しては、昭和 51 年には 57.1%、平 成 28 年度には 72.7%と 40 年間の間で約 15%ポイント増加している(内閣府 2017)。
子育て期の女性の就労が進展すると同時に、6 歳未満の子どもをもつ男性の家事関連時間が増加 している。平成 8 年に週あたり 38 分であった家事関連時間は平成 28 年に 83 分となっており、約 1 時間増加した(総務省 2016)。家事関連時間とは「家事」、「介護・看護」、「育児」及び「買い 物」と定義されているが、この中で最も大きい割合を占める活動が「育児」である。平成 28 年の男 性の週あたり育児時間平均は 49 分であり、家事関連時間のおよそ 6 割を占める(総務省 2016)。
このような女性の就業率や男性の育児時間の増加は、出産後も女性が働き、男性が育児を手伝う という家族観が徐々に浸透し始めた結果かもしれない。内閣府(2015)は、「男性は外で働き、女性 は家庭を守るべきである」という伝統的な家族観に賛成かどうか、20 歳から 49 歳までの男女を 対象に調査している。この調査によれば、伝統的な家族観に「反対」あるいは「どちらかと言えば 反対」と答えた人の割合は、昭和 54 年には 17.4%であったが、平成 26 年には 46.5%と 29.1%ポ イント上昇した。このような伝統的な家族観の変化を促進した背景には、平成 22 年の厚生労働省 によるイクメンプロジェクト発足があるかもしれない。このプロジェクトは、子育てをする男性を 増加させることで、女性に偏りがちな育児負担を夫婦で分担し、出産後に女性が就労を継続できる ようにすることを一つの目的としている。(厚生労働省 2018)。
このような目的が設定された理由の一つとして、多くの女性が出産後に退職することが挙げられ るであろう。内閣府(2018)によれば、第一子の出産を機に退職する女性の割合は 46.9%に達する。
内閣府 (2010)はこのような出産・育児期にあたる 22 歳から 45 歳までの女性の就業率を急ピッチ で高める必要があると述べている。これらの年齢層に属する女性は決して就業の意思がないわけで はない。平成 24 年には女性の就業希望者(現在就業しておらず求職活動はしていないものの就業を 希望する女性)は、30 代を中心に 342 万人と全労働力人口の 5%に達している(内閣府 2012)。内 閣府の試算では、これら 342 万人の女性の力が発揮されれば約 7 兆円の付加価値が創造され、この 数値は対 GDP 比にして約 1.5%に達する(内閣府 2012)。
このような経済成長を実現するためには、出産期*1にあたる 30 代の女性就業希望者が労働しやす い環境が形成される必要がある。さらに、このような環境を形成するためには、イクメンプロジェ クトの推奨する男性の育児参加が必要であろう。なぜならば、男性の育児参加によって女性の育児 負担が減少し、出産前後の女性が就業しやすい環境が生まれると想定されるからである。この環境 が整備されることで、女性の労働時間・勤労所得が増加し、結果として世帯収入は増加する可能性 がある。しかしながら経済理論が与える予測に基づくと、必ずしも男性の育児参加が世帯収入の増 加につながるとは限らない。
Becker(1985)は、育児などの家事はその他の余暇活動と比較して相対的に大きなエネルギーを要 するということを示唆している。そのため Becker(1985)の理論に基づけば、「男性は労働・女性は 家事」といった伝統的な価値観のもとでは、育児などの家事に責任がある女性は出産後に労働に配 分するエネルギーを残しておらず、職業選択が制限され、人的投資*2や勤労所得の減少が予測され る。一方で、育児などの家事に責任がない男性は、女性の出産後に労働に配分するエネルギーが変 化せず、人的投資や勤労所得の減少が予測されない。しかし Lundberg et al(2002)が指摘するよう に、子どもの誕生後の親としての活動は家庭内の分業を引き起こし、男性は労働へ専門化するため 勤労所得が増加する可能性がある。
このような理論的背景のもとで、男性が育児を手伝い、女性も就業するという「家族のあり方」
は世帯収入にどのような影響を与えるであろうか。男性は育児活動を行うことで、余暇時間におけ る人的投資や労働時間が減少する可能性があるため、男性の勤労所得は減少し、世帯収入が負の影 響を受けるかもしれない。一方で男性が育児活動を行うことで、女性の育児負担が減少し、余暇時 間における人的投資、労働時間が増加する可能性があるため、女性の勤労所得は増加し、世帯収入 が正の影響を受けるかもしれない。つまり男性の育児時間が増加することで、男性・女性の勤労所
*1
2015 年の第一子平均出産年齢は 30.7 歳。(厚生労働省 2016)
*2
個人の技能や知識に対する投資のこと(Schultz 1961)
得が変動し、結果として世帯収入が増加あるいは減少する可能性がある。例えば、父親が育児時間 を増加させることによって、母親の勤労所得の増加分が父親の勤労所得の減少分を超え、世帯収入 が増加するパターンや、父親の勤労所得の減少分が母親の勤労所得の増加分を超え、世帯収入が減 少するパターンが想定される。
しかしながら父親の育児時間が、父親や母親の所得、そして世帯収入に与える影響に関する研究 はこれまでなされていない。この理由の一つとして、歴史的に育児という家庭内労働を行ってきた 主体が主に母親であり、子どもの有無(または人数)と母親の賃金の関係性に研究の焦点が置かれて いたことが挙げられる(Lundberg et al 2002)。まず母親の賃金の変化に関しては、Waldfogel(1997) は子どもが 1 人いる母親は子どもがいない母親と比較して賃金が 6%低く、子どもが 2 人以上いる 母親は子どもがいない母親と比較して賃金が 13%低いということを明らかにした。次に父親の賃金 の変化に関しては、Lundberg et al(2002)が、子どもが 1 人増加すると父親の賃金は平均して 4.2%
増加することを明らかにした。しかしこれらの研究は、あくまで子どもの人数が賃金に与える影響 を測定しているに過ぎず、父親の育児時間が賃金や勤労所得に与える影響のような直接的な父親の 育児参加の影響を測定しているとは言えない。そこで本研究では、(1)父親の育児時間が父親の勤労 所得に与える影響(2)父親の育児時間が母親の勤労所得に与える影響を測定する。また(1),(2)を区別 することによって、父親の育児参加による世帯収入の変動を明らかにする。
また世帯収入の変動を明らかにするだけではなく、実際に(3)父親の育児時間が世帯収入に与える 影響も測定していく。世帯収入には父親の勤労所得や母親の勤労所得以外に、その他の所得・収入 (その他の世帯構成員の勤労所得や金融資産からの配当や不動産から得られる賃貸収入など)も含ま れており、(1),(2)の特定によって明らかになる世帯収入の変動と(3)によって明らかになる世帯収入 の変動は等しくない。本研究では、父親の週あたり育児時間がその他の所得・収入に与える影響の 詳細を明らかにすることはしない。しかしこの影響を考慮することで、父親の育児時間が父親の勤 労所得、母親の勤労所得、その他の所得・収入に影響を与え、世帯収入が変動するメカニズムを考 察することができる。
分析の結果、「6 歳未満の幼児」がいる世帯において父親の育児時間(週あたり育児時間)が 1 時間 増加することで、父親の勤労所得(年間勤労所得)は 0.4%減少することが明らかになった。また父親 の育児時間は、母親の勤労所得、年間世帯収入に影響を与えるとはいえないということが明らかに なった。父親の育児時間が父親の勤労所得を減少させ、母親の勤労所得、世帯収入を変化させない という結果は、父親の育児時間がその他の所得・収入を増加させることを示唆している。
また、父親の育児時間の増加による勤労所得の減少が、父親の生産性の低下によるものなのか、
労働時間の減少によるものなのかを明らかにするため、父親の育児時間が労働時間に与える影響を 推定した。推定の結果、父親の育児時間は労働時間に影響を与えるとはいえないということが明ら かになった。これは、父親の育児時間が、労働時間ではなく人的投資や余暇の時間を減少させ、生 産性を低下させる結果、父親の勤労所得が減少するということを示唆している。
2. 先行研究と研究目的
2.1 育児時間と賃金
父親の育児時間が父親の賃金に与える影響を測定した論文はこれまでに存在しない。この理由の 一つとして、歴史的に育児という家庭内労働を行ってきた主体が母親であり、子どもの有無(または 人数)と母親の賃金の関係性に研究の焦点が置かれていたことが挙げられる(Lundberg et al 2002)。
例えば Waldfogel(1997)は母親の追跡調査を行う National Longitudinal Survey of Young Women(NLS-YW)の 1968 年から 1988 年のデータを用いて、 子どもの有無が母親の賃金に与え る影響を調べている。この研究では Mincer 型賃金関数をモデルとし、固定効果推定を用いて、子 どもの有無が賃金に与える効果を測定している。 推定の結果、子どもが 1 人いることは母親の賃 金を 3.8%減少させ、子どもが 2 人以上いることは母親の賃金を 11.6%減少させることが明らかに なった。このような子どもの有無と母親の賃金に関する研究は 40 年前からなされており、
Hill(1979)もまた子どもの有無と賃金の間に有意な負の相関があることを確認している。Moore and Wilson(1982)は NLS-YW に含まれる 35~49 歳の母親をサンプルとして、子どもが 3 人以上 いる母親は子どもがいない母親と比較して約 11%賃金が低いことを明らかにした。このような子ど もの有無が母親の賃金を減少させる効果のことを「child penalty (Waldfogel 1997)」という。一方 で Lundberg et al(2002)は、Panel Study of Income Dynamics(PSID)の 1968 年から 1992 年の データを用いて、子どもの有無が父親の賃金を増加させることを明らかにしている。Lundberg et al(2002)によれば、子どもが 1 人いることで父親の賃金が 7%増加し、子どもが 2~4 人いることで 父親の賃金が 10%以上増加する*3。このように子どもの有無が父親の賃金を増加させる効果のこと を「fatherhood premium (Lundberg 2002)」という。
*3
Lundberg et al(2002)は父親の賃金(時間あたり対数賃金)に、「子ども 1 人ダミー」、「子ども 2 人ダミー」、「子ども 3 人ダミー」、
「子ども 4 人ダミー」、「子ども 5 人以上ダミー」が与える影響を、それぞれ FE 推定によって測定している。「子ども 2 人ダミー」、
「子ども 3 人ダミー」、「子ども 4 人ダミー」の賃金に与える限界効果は、13.1%、12.5%、11.4%であった。また、父親の賃金に「子ど もの人数」が与える影響も FE 推定によって測定しているが、その限界効果は 4.2%であった。
Becker(1985)に基づけば「child penalty」は出産後に母親の家庭内における時間価値が増加し、
家事に費やされる時間が増加することによると考えられる。家事時間が増加することで労働に費や す時間が減少し母親の賃金が減少する場合や、家事時間が増加することで労働(家庭外労働)に配分 するエネルギーが減少、それによって労働生産性が低下し母親の賃金が減少する場合などが考えら れる。一方で「fatherhood premium」は以下のように解釈することができる。Becker(1985)は家 事(家庭内労働)に責任があり労働に配分するエネルギーを残していない配偶者は家事に、家事に責 任がなく労働に費やすエネルギーをより残している配偶者は労働に比較優位をもつとしている。
Lundberg et al(2002)はこの比較優位の関係を背景に、親としての活動は母親の家事への特化、父 親の労働への特化を強めるとしている。そしてこの父親の労働への特化が、労働市場のアウトカム (労働供給・賃金)を増加させる可能性があるとしている(Lundberg et al 2002)。
このように Becker(1985)の理論を背景として、子どもの有無が父親・母親の賃金に与える影響が 数多く推定されてきた。しかし家庭内労働時間と家庭外労働時間について言及している Becker(1985)を背景とするのであれば、子どもの有無が賃金に影響を与えるという仮説ではなく、
子どもに費やす時間(育児時間)が父親・母親の賃金に与える影響を推定することが望ましい。
Becker(1985)の理論を育児の観点から解釈すると、出産後に母親の育児時間が増加することで、母 親(父親)の家庭外労働や人的資本を蓄積に費やされる時間が減少(増加)し、賃金が減少(増加)すると 考えることができる。
なお本研究では、前述の通り父親の育児時間が父親・母親の勤労所得に与える影響を推定するが、
(時間あたり)賃金に与える影響の推定は行わない。これは本研究で用いるデータに時間あたり賃金 のデータは含まれているが、これを用いることによって後述するデータクリーニングの過程で、観 測数が大きく減少してしまうことによる。そこで、データクリーニングの過程で観測数が減少しな い父親・母親の勤労所得に、父親の育児時間が与える影響を推定する。ただし育児時間が勤労所得 に与える影響は 2 つの要因の影響を受けている可能性があることに留意する必要がある。第一に、
父親の育児時間の変化が引き起こす生産性の変化の影響である。父親の育児時間の変化は、父親の 人的投資や余暇時間に費やされる時間に影響を与え生産性を変化させることで、結果として勤労所 得を変化させる可能性がある。次に、労働時間の変化の影響である。父親の育児時間が変化するこ とによって、父親の残業を含む労働時間が増減し、勤労所得が変化しうる。そこで父親の育児時間 が父親の勤労所得に与える影響は生産性の低下によるものなのか、残業を含む労働時間の減少によ
るものなのかを明らかにするために、父親の育児時間が父親の労働時間に与える影響も測定する*4。
2.2 子どもの人数と賃金
本研究の主な目的は父親の育児時間が父親・母親の勤労所得や世帯収入(家計所得*5)に与える影 響を推定することであるが、子どもの有無が家計所得に与える影響の推定結果も示す。これまでの Waldfogel(1997)や Lundberg et al(2002)などの先行研究における子どもの有無が賃金に与える影 響には、育児時間が考慮されていない。しかし育児時間を考慮しない場合、子どもの人数が賃金に 与える影響はバイアスする可能性がある。子どもの人数が多ければ多いほど育児時間は長くなると 考えられるため、子どもの人数と育児時間は正の相関をもつと考えられる。もし育児時間が賃金と 正(負)に相関するならば、育児時間が推定のモデルに含まれないことによって、子どもの人数が賃金 に与える効果は過大(過少)評価されてしまう。この育児時間と賃金の関係は育児時間と家計所得の 関係においても同様であると考えられる。そこで本研究においては、子どもの人数、育児時間を共 にモデルに含め、副次的な目的として子どもの人数が家計所得に与える影響も推定する。
3. 分析のフレームワーク
3.1 OLS・FE estimator
父親、母親、世帯iのt年度の家計所得と父親の週あたり育児時間が、それぞれincitとhptimeitで 表されるとし、以下のような線形モデルを仮定する。
𝑙𝑖𝑛𝑐-. = γℎ𝑝𝑡𝑖𝑚𝑒-. + 𝐗𝐢𝐭𝛃 + 𝑐- + 𝜐-. (1)
ここでlincitはincitに自然対数をとった変数である。γはhptimeitのパラメータ、Xitは子どもの人数 変数を含むコントロール変数のベクトルであり、βはXitのパラメータのベクトルである。ciは固定 効果、そしてυitは時間を通じて変化する観測不可能な要因であり、平均 0 の確率変数である。(1)を
*4
父親の育児時間が母親の労働時間に与える影響は、母親の労働時間の観測数が少なかったため推定できなかった。
*5
以降、父親の(年間)勤労所得、母親の(年間)勤労所得、(年間)世帯収入を区別する必要がない場合、家計所得と表記する。
用いて、父親の週あたり育児時間が家計所得に及ぼす影響を推定する。つまり、本分析の焦点は、
γ の推定量を得ることである。なお(1)は準弾力性モデルであるため、hptimeitが 1 単位増加すると incitは 100γ%変化する。
まずはデータをパネルデータとしてではなく、各年のクロスセクションデータとして扱い OLS 推 定を行う。なおγの OLS 推定量が一致性をもつためには、以下の仮定が満たされている必要があ る。
Cov(ℎ𝑝𝑡𝑖𝑚𝑒-, 𝜀-) = 0 (2)
(2)のεiは誤差項であり、ciとvitの和である。なお観測されない時間を通じて一定な要因であると考 えられる労働意欲と育児時間の間に負の相関関係が存在する場合、誤差項εiに関する(2)の仮定は満 たされない。例えば労働意欲が高い父親は余暇時間を人的投資に費やし、育児時間をあまり取らな いことが想定される。そこで観測されない時間を通じて一定な要因をコントロールするために固定 効果推定を行う。
𝑙𝑖𝑛𝑐-. − 𝑙𝚤𝑛𝑐OOOOOO = N γ(ℎ𝑝𝑡𝑖𝑚𝑒-. − ℎ𝑝𝑡𝚤𝑚𝑒OOOOOOOOOO) + (𝐗N 𝐢𝐭 − 𝐗OOOO𝛃 + (𝜐P) -. − 𝜐Q ) (3)N
固定効果変換によって得られた(3)式の𝑙𝚤𝑛𝑐OOOOOO, ℎ𝑝𝑡𝚤𝑚𝑒N OOOOOOOOOO, 𝐗N Q , 𝜐P QNはそれぞれ各父親、母親、世帯 i の
𝑙𝑖𝑛𝑐-., ℎ𝑝𝑡𝑖𝑚𝑒-., 𝐗𝐢𝐭, 𝜐-. に対して時間平均をとった変数である。なおγの固定効果推定量が一致性
をもつためには、以下の仮定が満たされている必要がある。
Cov(ℎ𝑝𝑡𝑖𝑚𝑒-. − ℎ𝑝𝑡𝚤𝑚𝑒OOOOOOOOOO, 𝜐N -. − 𝜐Q) = 0 (4) N
3.2 Anderson and Hsiao estimator
さて、これまでのモデルは育児時間が家計所得に影響を与えると仮定してきた。しかし逆の因果 も考えられるであろう。家計所得が増加すれば、ベビーシッターなどの保育サービスを利用できる ようになり、育児時間が減少するかもしれない。あるいは家計所得が減少すれば、ベビーシッター などの保育サービスを利用できず、育児時間が増加するかもしれない。よって以下のようなモデル を仮定する。
𝑙𝑖𝑛𝑐-. = 𝐗𝐢𝐭𝛃𝟏 + 𝛾Vℎ𝑝𝑡𝑖𝑚𝑒-. + 𝑐-V + 𝜐-.V (5) ℎ𝑝𝑡𝑖𝑚𝑒-. = 𝐗𝐢𝐭𝛃𝟐 + 𝛾Y𝑙𝑖𝑛𝑐-. + 𝑐-Y + 𝜐-.Y (6)
この場合、(4)式の仮定は満たされない。(5),(6)式から明らかなようにhptimeitの一部がυit1であるた
め、hptimeitとυit1が相関する。よって(4)式が満たされず、固定効果推定量は一致性を持たない。こ
のような可能性を考慮し Andersen and Hsiao(1981)による一回階差操作変数推定を行う。この推 定によって、lincitとhptimeitが同時に決定されていたとしても、一致性をもつ推定量を得ることが できる。まず、(5)式のt期のモデルからt-1期のモデルを引き、各個人の 1 期間の階差をとること で、以下のモデルを得る。
𝛥𝑙𝑖𝑛𝑐-. = 𝐗𝐢𝐭𝛃𝟏 +γV𝛥ℎ𝑝𝑡𝑖𝑚𝑒-. + 𝛥𝜐-.V (7)
ここで𝛥𝑙𝑖𝑛𝑐-.は(𝑙𝑖𝑛𝑐-. − 𝑙𝑖𝑛𝑐-,.^V)、𝛥ℎ𝑝𝑡𝑖𝑚𝑒-.は(ℎ𝑝𝑡𝑖𝑚𝑒-. − ℎ𝑝𝑡𝑖𝑚𝑒-,.^V)、Δυ_`は(𝜐-. −
𝜐-,.^V)を表す。そして、𝛥ℎ𝑝𝑡𝑖𝑚𝑒-.の操作変数としてℎ𝑝𝑡𝑖𝑚𝑒-,.^Yを用いる。なお γ の Anderson
and Hsiao 推定量が一致性をもつためには、以下の仮定が満たされている必要がある。
Cov(ℎ𝑝𝑡𝑖𝑚𝑒-,.^Y, 𝛥𝜐-.) = 0 (8) Cov(𝛥ℎ𝑝𝑡𝑖𝑚𝑒-., ℎ𝑝𝑡𝑖𝑚𝑒-,.^Y) ≠ 0 (9)
これまでに説明した OLS 推定、固定効果推定による推定によって、父親の週あたり育児時間が家 計所得に与える影響を確認していく。なお一回階差操作変数推定は一階の階差をとることで推定に 用いることのできる観測数が大きく減少する。その観測数の減少を考慮し一回階差操作変数推定で は、父親の育児時間が父親の勤労所得に与える影響のみ確認する。
4. データと記述統計
本研究では父親の育児時間が家計所得に与える影響を推定するにあたり、慶應義塾大学パネルデ ータ設計解析センターの提供する日本家計パネル調査(JHPS2009~2016)を用いる。なお JHPS2009~2016 において、父親の育児時間、家計所得のデータが同時に含まれている 2010 年か ら 2015 年までの JHPS のデータを用いる。
JHPS2010 ~ 2015 のデータに含まれる世帯は層下二段抽出法によって抽出されており、第 1 段 階で全国を八地方区分(北海道、東北、関東、中部、近畿、中国、四国、九州)・三つの都市階級(18 大市、その他の市、町村)により 24 層に層化する。そして 24 層から抽出する世帯数を住民基本台 帳に基づく人口割合で配分する。次に第二段階でその 24 層を調査地域*6により層化する。そして第 一段階で配分した世帯数が得られるように第二段階の各層から調査地域を無作為抽出する。このよ うにして抽出された世帯数は 4000 であり、その世帯による観測数は 16588 である。さらに、父親 の育児の頻度が回答されていない世帯を除外することで、本研究で用いることのできる世帯数は 1970、その世帯による観測数は 7957 となった。
4.1 被説明変数
本研究における被説明変数である家計所得(父親の勤労所得・母親の勤労所得・世帯収入)には、父 親の年間勤労所得、母親の年間勤労所得、年間世帯収入*7に自然対数をとった変数を用いた。
なお父親と母親の年間勤労所得とは、源泉徴収票に記載されている毎月の基本給、賞与、扶養手 当、住宅手当、超過勤務手当て、その他の臨時収入を含めた勤め先からの収入の総額である。子ど も手当、児童扶養手当、出産育児一時金、出産手当金、育児休業給付金のような勤め先以外からの 収入は含まれていない。
表 1、図 1、図 2、図 3 から明らかな通り、父親、母親の年間勤労所得の階級分布、年間世帯収入 の階級分布はそれぞれ右に歪んだ分布となっている。分布が右に歪んでいるとき、一般的に平均値 は中央値と比較して大きくなる。実際に父親の年間勤労所得の平均値と中央値はそれぞれ、491.45 万円・450 万円、母親の年間勤労所得は 174.42 万円・103 万円、年間世帯収入は 794.65 万円・
720 万円であった。なお母親の勤労所得の階級分布に関しては、大きく右に歪んだ分布となってお り、0 万円以上 100 万円未満の割合が 50%強となっている。また年間勤労所得が 0 万円である母 親の割合は全体の 30%弱である。
4.2 説明変数
*6 各調査地域に含まれる世帯数は 10 程度である。例えば、「北海道・18 大市」の世帯数が 1,000,000 であったとすると、「北海 道・18 大市」の調査地域数は 100,000 である。そして第一層で「北海道・18 大市」から抽出される世帯数が 400 であったとすれ ば、第二層で 40 の調査地域がランダムに抽出される。
*7JHPS において年間世帯収入とは、世帯構成員による金融資産の売却や不動産などの実物資産の売却以外の収入の合計と定義される。
関心の対象となる説明変数の父親の週あたり育児時間は、JHPS で回答されている父親の育児頻 度、その頻度に対応する父親の育児時間に基づいて算出されている。まず回答者である父親は育児 の頻度である「ほとんど毎日」、「週に数回」、「週に 1 回」、「ほとんどやっていない」、「ま ったくない」を回答する。次に「ほとんど毎日」が回答された場合、父親は 1 日平均育児時間を回 答するため、この値を 7 倍した値を週あたり育児時間とする。次に「週に数回」、「週に 1 回」が 回答された場合、父親は週平均育児時間を回答するため、この値を週あたり育児時間とする。「ほ とんどやっていない」、「まったくない」が回答された場合、父親は育児時間の回答を行わないた め、これらの父親の週あたり育児時間を 0 とした*8。
表 2 から明らかなように、父親の週あたり育児時間のうち「0 時間以上 1 時間未満」の割合が全 体の 79%で、その観測数は 6255 である。また、週当たり育児時間が「0 時間」と回答された観測 数は 6200 である。
また本研究で用いたコントロール変数は、年齢、結婚ステータス、子どもの人数*9、教育年数、祖 父母が同居しているかどうかを表すダミー変数、労働組合加入ダミー、居住地域に関する変数、勤 め先に関する変数*10である。これらの被説明変数、説明変数、コントロール変数の記述統計表を附 表 1,2 に示した。
*8
「ほとんどやっていない」と回答した父親の週あたり育児時間を 0 とすることには問題があるかもしれない。1 週間に育児を「ほ とんどやっていない」父親だとしても、例えば 1 ヶ月に 1 日だけ 12 時間育児をしている可能性がある。この場合、1 ヶ月が四週間で あるとすれば、週あたり育児時間は 3 時間ということになる。本研究のような週あたり育児時間の定義を行うことにより、説明変数に 測定誤差が生じ推定量にバイアスが生じる可能性があるが、この問題に立ち入らない。
*9
本研究における「子ども」の定義は学校教育法に基づき 0 歳から 15 歳までの者とした。学校教育法では、満6歳に達した日の翌日以後 における最初の学年の初めから、満 12 歳に達した日の属する学年の終わりまでの者を学齢児童、小学校又は特別支援学校の小学部の課程を 終了した日の翌日後における最初の学年の初めから,満 15 歳に達した日の属する学年の終わりまでの者を学齢生徒としている。
*10
居住地域に関する変数は、「北海道居住」を基準とした「東北居住ダミー」、「関東居住ダミー」、「中部居住ダミー」、「近畿居住ダ ミー」、「中国居住ダミー」、「四国居住ダミー」、「九州居住ダミー」変数である。勤め先に関する変数は、事業内容による変数と従業 員規模による変数を利用した。事業内容、従業員規模ともにカテゴリカルな値で回答されるため、それぞれダミー変数に変換した。詳細は 附表 1,2 を参照されたい。
5. 推定結果
5.1 父親の育児時間と家計所得
表 3 には家計所得を被説明変数として、関心の対象となる説明変数である父親の育児時間にかか るパラメータの推定値が示されている。ここで示されている推定結果には、全てのコントロール変 数が考慮されている*11。第 1 列から第 3 列には OLS 推定値、第 4 列から第 6 列には FE 推定値が示 されている。また第 1 列と第 4 列にはサンプルを「6 歳未満の幼児*12」がいる世帯に限定したとき の結果、第 2 列と第 5 列にはサンプルを「小学生(6 歳以上 13 歳未満の少年)」がいる世帯に限定し たときの結果、第 3 列と第 6 列にはサンプルを「中学生(13 歳以上 16 歳未満の少年)」がいる世帯 に限定したときの推定値が示されている。
5.1.1 OLS 推定値
まず第 1 列から第 3 列までを確認すると、「6 歳未満の幼児」がいる世帯、「小学生」がいる世 帯の父親の勤労所得に対する推定値、「小学生」がいる世帯の母親の勤労所得に対する推定値は 1%
水準で有意である。さらに「中学生」がいる世帯の母親の勤労所得、「小学生」がいる世帯の世帯 収入に対する推定値は 10%水準で有意であった。
「6 歳未満の幼児」がいる世帯の父親の勤労所得に対する推定値を例とすると、父親の週あたり 育児時間が 1 時間増加することで父親の年間勤労所得が 0.6%減少する。勤労所得が 500 万円であ る父親を考えると、育児時間を 10 時間増加させることで、この父親の勤労所得が 6%減少、つまり 勤労所得が 30 万円減少する。一月当たり 2.5 万円の勤労所得減少であると考えられるので、この 効果は決して小さいものではない。
*11 「6 歳未満の幼児がいる世帯」の父親の年間勤労所得に、父親の育児時間、それ以外のコントロール変数が与える影響の OLS 推定値、FE 推定値を含めた表を巻末の附表 3、附表 4 に示した。
*12 「幼児」とは、児童福祉法において「満一歳から、小学校就学の始期に達するまでの者」と定義されているが、本研究では「6 歳未満」
の子どもの全てを指す。また「少年」とは児童福祉法において「小学校就学の始期から、満十八歳に達するまでの者」と定義されている が、本研究では「6 歳以上 18 歳未満」の子どもの全てを指す。
「6 歳未満の幼児」のグループ、「小学生」のグループ、「中学生」のグループは、サンプルにおける 16 歳未満の子どもの全てを網羅し ており、互いに排反である。なお「6 歳未満の幼児」がいる世帯のグループ、「小学生」がいる世帯のグループ、「中学生」がいる世帯のグ ループはサンプルにおける 16 歳未満の子どもがいる世帯の全てを網羅しているが、互いに排反ではない。例えば、1 つの世帯に「6 歳未満 の幼児」と「小学生」の両方が存在している可能性があるからである。その世帯は「6 歳未満の幼児」がいる世帯のグループ、「小学生」が いる世帯のグループの両方に含まれることになる。
前述した推定値以外は統計的に有意ではないが、父親の勤労所得に対する全ての推定値が負であ る一方で、母親の勤労所得に対する推定値は全て正、世帯収入に対する推定値は全て正である。こ の結果は、父親の育児時間が父親の勤労所得、母親の勤労所得、その他の所得・収入*13に与える影 響の合計が正であることを示している。ここで、父親の育児時間が 0 である世帯と父親の育児時間 が 0 でない世帯のその他の所得・収入の平均値を確認すると、前者は 102.26 万円、後者は 11.36 万円であった。この結果から父親の育児時間が増加することで、その他の所得・収入は減少するこ とが示唆される。
父親の育児は父親の勤労所得に負の影響、母親の勤労所得に正の影響を与えうるということが示 され、その他の所得・収入に負の影響を与える傾向が示唆された。つまり父親の育児時間が世帯収 入に与える影響の推定値が正であるという結果は、父親の育児時間が父親の勤労所得、その他の所 得・収入に与える負の影響を、母親の勤労所得に与える正の影響が上回ることによると推察される。
5.1.2 FE 推定値
次に FE 推定値が示されている第 4 列から第 6 列までを確認すると、「6 歳未満の幼児」がいる 世帯の父親の勤労所得に対する推定値は 1%水準で、「小学生」がいる世帯の世帯収入に対する推 定値は 10%水準で有意であった。
「6 歳未満の幼児」がいる世帯の父親の勤労所得に対する推定値を例とすると、父親は育児時間 が 1 時間増加することで勤労所得が 0.4%減少する。勤労所得が 500 万円である父親を考えると、
育児時間を 10 時間増加させることで、この父親の勤労所得が 4%減少、つまり勤労所得が約 20 万 円減少する。一月当たり約 1.7 万円の勤労所得減少であると考えられるので、この効果もまた決し て小さいものではない。
「小学生」がいる世帯においては、父親の育児時間が 1 時間増加することで世帯収入が 0.4%増 加する。これは世帯収入が 500 万円である世帯を考えると、父親の育児時間を 10 時間増加させる ことで、世帯収入が約 20 万円増加することを意味する。この増加は、父親が育児を通じて受給可 能な育児の手当に関する知識を深める結果によるかもしれない。例えば、世帯として児童手当現況
*13 世帯収入は父親・母親の勤労所得、その他の所得・収入によって構成される。その他の所得・収入とは、その他の世帯構成員の勤労所得 や金融資産からの配当や不動産から得られる賃貸収入などである。
本研究における世帯(サンプル)のその他の所得・収入の平均値を算出するために、まず、父親の年間勤労所得、母親の年間勤労所得、年間 世帯収入が全て回答されている世帯を抽出した。そして、各世帯の年間世帯収入から父親の年間勤労所得、母親の年間勤労所得の合計を差 し引いた値を、その世帯のその他の所得・収入とした。全ての世帯のその他の所得・収入を算出し、算術平均を取ることで、世帯のその他 の所得・収入の平均値を求めた。
届を提出することにより得られる児童手当があるが、これは「小学生」がいる世帯において最大で 18 万円(年間)となる(内閣府 2019)。
5.1.3 OLS 推定値と FE 推定値
次に父親の勤労所得に父親の育児時間が与える影響の大きさが、推定方法によってどのように変 化するのかを見るために、各行の第 1 列と第 4 列、第 2 列と第 5 列、第 3 列と第 6 列を比較する。
父親の勤労所得のどの列を比較してもOLS 推定値はFE 推定値より小さい。これはOLS 推定では、” 父親の労働意欲”といった時間を通じて一定であると考えられる観測不可能な要因が考慮されてい ないことによると考えられる。例えば”労働意欲が高い父親”と”労働意欲が低い父親”を比較したと きに、前者は後者より労働に時間を費やし育児に時間を費やさない可能性が高い。つまり労働意欲 と育児時間には負の相関があると考えられる。さらに”労働意欲”は勤労所得と正の相関を持つと考 えられる。これらを背景として、OLS 推定値は FE 推定値と比較して小さく算出されていると解釈 することができる。
次に「小学生」がいる世帯の母親の勤労所得に父親の育児時間が与える影響の大きさを確認する と、OLS 推定値は 0.0165 である一方で FE 推定値は 0.0032 である。OLS 推定と FE 推定によっ て育児時間が与える影響の大きさの推定値が 0.0133 異なるということは、推定方法の違いによっ て、父親の育児時間が 1 時間増加することで母親の勤労所得に与える効果が 1.33%ポイント異なる ということを示している。仮に勤労所得が 500 万円である母親がいる世帯で、父親が育児時間を 10 時間増加させると、OLS 推定値によれば母親の勤労所得は 16.5%(82.5 万円)増加し、FE 推定値に よれば 3.2%(16.0 万円)増加するということになる。これは時間を通じて一定である観測不可能な 要因が引き起こす推定量のバイアスの大きさが無視できないものであることを示唆している。
5.1.4 FDIV 推定値
最後に「6 歳未満の幼児」がいる世帯の父親の育児時間と父親の勤労所得との逆の因果関係を考 慮し、一回階差操作変数推定(FDIV 推定)を行なった。父親の育児時間にかかるパラメータの推定値 は統計的に有意ではなかったが、父親の育児時間の FDIV 推定値は-0.009 と負であった*14。
*14 推定結果は附表 5 に示した。
「6 歳未満の幼児」がいる世帯の父親の育児時間が父親の勤労所得に与える効果の OLS 推定値、
FE 推定値、FDIV 推定値は全て負であったことから、この効果の符号条件は推定方法に対して頑健 に確認されたということができる。
5.2 子どもの人数と家計所得
表 4 には家計所得を被説明変数として、説明変数である子どもの人数にかかるパラメータの推定 値が表 3 と同様の形式で示されている。父親の育児時間をコントロールした結果、統計的に有意な 推定値は確認されなかった。一方で統計的に有意ではないものの、先行研究で言及されている
「fatherhood premium」、「child penalty」のように、「6 歳未満の幼児」がいる世帯の父親の勤 労所得に対する推定値は、OLS 推定、FE 推定を問わず正の値であり、母親の勤労所得に対する推 定値は、OLS 推定、FE 推定を問わず負の値であった。このように符号条件に関しては先行研究と 一致する結果が得られたものの統計的に有意な結果は得られなかったため、日本のデータでは
「fatherhood premium」、「child penalty」を確認するための十分な統計的証拠が得られたとは いえない。
5.3 前期の父親の育児時間・子どもの人数と当期の家計所得
これまでの推定結果は、当期の父親の育児時間・子どもの人数が当期の家計所得に与える影響を 推定したものであった。次に前期の父親の育児時間・子どもの人数が当期の家計所得に与える影響 を測定した。表5には前期の父親の育児時間にかかるパラメータの推定値が、表 6 には前期の子ど もの人数にかかるパラメータの推定値が、表 3 と同様の形式で示されている。
5.3.1 前期の父親の育児時間と当期の家計所得
表 5 からこれまでと同様に、「6 歳未満の幼児」がいる世帯においては、前期の父親の育児時間 の当期の父親の勤労所得に与える影響の OLS 推定値は負であり 1%水準で有意である。また「小学 生」、「中学生」がいる世帯の前期の父親の育児時間の当期の母親の勤労所得に対する OLS 推定値 は正であり、それぞれ 5%水準、10%水準で有意である。最後に「6 歳未満の幼児」、「小学生」が いる世帯の前期の父親の育児時間の当期の世帯収入に対する FE 推定値は負であり、それぞれ 1%
水準、10%水準で有意である。
「6 歳未満の幼児」がいる世帯の年間世帯収入に対する FE 推定値を例とすると、前期の父親の 育児時間が 1 時間増加することで当期の年間世帯収入が 2.55%減少する。年間収入が 500 万円で ある世帯を考えると、父親が育児時間を 10 時間増加させることで、年間世帯収入が 25.5%減少、
つまり世帯収入が約 100 万円減少する。一月当たり約 9 万円弱の世帯収入減少であると考えられる ので、この効果はこれまでの推定結果と比較して非常に大きい。
「6 歳未満の幼児」がいる世帯では、父親・母親の勤労所得に対する FE 推定値が正、世帯収入に 与える影響が負である。この結果が示唆することは、前期の父親の育児時間が当期のその他の所得・
収入に与える負の影響は、当期の父親・母親の勤労所得に与える正の影響の合計を上回るというこ とである。なお前期の父親の育児時間が当期のその他の所得・収入に負の影響を与えることは、前 期の父親の育児時間が 0 である世帯の当期のその他の所得・収入の平均値は 104.45 万円であり、
0 でない世帯の平均値は 23.05 万円であることからも示唆されている*15。
*15 前期の父親の週あたり育児時間と当期のその他の所得・収入の相関係数は-0.056 であった。
5.3.2 前期の子どもの人数と当期の家計所得
表 6 から「中学生」がいる世帯においては、前期の子どもの人数の当期の母親の勤労所得に対す る OLS 推定値は正であり 5%水準で有意である。また「6 歳未満の幼児」、「小学生」がいる世帯 の前期の子どもの人数の当期の世帯収入に対する FE 推定値は正であり、それぞれ 1%水準、10%水 準で有意である。
「6 歳未満の幼児」がいる世帯の当期の世帯収入に対する FE 推定値を例とすると、子どもの人 数が 1 人増加することで世帯収入が 9.72%増加する。年間収入が 500 万円である世帯を考えると、
子どもが 1 人増加することで、この世帯の年間収入が 9.72%増加、つまり世帯収入が約 50 万円増 加する。一月当たり約 5 万円弱の収入の増加であると考えられるので、この効果は決して小さくな い。
5.3.3 前期・当期の父親の週あたり育児時間と当期の父親の年間勤労所得
これまでの推定結果を踏まえ、前期の父親の育児時間が当期の父親の勤労所得に影響を与えるの か、当期の父親の育児時間が当期の勤労所得に影響を与えるのかを明らかにするために、これまで と同様のコントロール変数を考慮し、前期の父親の育児時間、当期の父親の育児時間を共にモデル に含め、それぞれが当期の勤労所得に与える影響を FE 推定によって測定した*16。
附表 6 には、「6 歳未満の幼児」がいる世帯の前期・当期の父親の育児時間が当期の父親の勤労 所得に与える影響の推定値と、その他のコントロール変数の推定値が示されている。附表 6 から明 らかな通り、当期の父親の勤労所得に統計的に有意な影響を与えるのは、前期の父親の育児時間で はなく、当期の父親の育児時間であるということが明らかになった。
*16 前期・当期の父親の育児時間が当期の母親の勤労所得、当期の世帯収入に与える影響の推定には、前期・当期の父親の育児時間と当期の 母親の勤労所得、当期の世帯収入が全て観測されている必要がある。このような観測数が少ないため、推定は行わなかった。
5.4 育児時間と労働時間
これまでの推定結果より、「6 歳未満の幼児」がいる世帯の父親の育児時間(当期の週あたり育児 時間)は父親の勤労所得(当期の年間勤労所得)を減少させることが明らかになった。しかしこれまで の推定結果は、父親の育児時間が増加することによって、父親の生産性が低下し父親の勤労所得が 減少するのか、父親の労働時間が減少し父親の勤労所得が減少するのかについて明らかにしていな い。
父親の育児時間が勤労所得を減少させることが明らかになっているため、もし父親の育児時間が 父親の労働時間を増加させるのであれば、父親の育児時間が勤労所得に与える負の影響は、労働時 間の減少によるものではなく父親の生産性の低下によるものであると予測できる。また父親の育児 時間が父親の労働時間を変化させないのであれば、同様に父親の育児時間が勤労所得に与える負の 影響は、労働時間の減少によるものではなく父親の生産性の低下によるものであると予測できる。
一方で、もし父親の育児時間が父親の労働時間を減少させるのであれば、父親の育児時間が勤労所 得に与える負の影響には、少なくとも労働時間の減少が影響していると予測できる。
そこで、父親の労働時間(週あたり労働時間)を被説明変数とし、これまでと同様のコントロール変 数を考慮し、父親の育児時間が労働時間に与える影響を FDIV 推定によって測定した*17。
附表 7 には、父親の育児時間が父親の労働時間に与える影響の推定値と、その他のコントロール 変数の推定値が示されている。附表から明らかな通り、父親の育児時間は労働時間に統計的に有意 な影響を与えるとはいえない。なお、その推定値の符号は正である。この結果から、「6 歳未満の 幼児」がいる世帯の父親の育児時間が勤労所得に与える負の影響は、生産性の低下によるものであ ると推察することができる。
*17 父親の育児時間が母親の労働時間に与える影響は、観測数が少ないため推定を行わなかった。
6. 結論
本研究では、父親の週あたり育児時間が父親の年間勤労所得、母親の年間勤労所得、年間世帯収 入に与える影響を推定した。推定結果によれば、「6 歳未満の幼児」がいる父親の週あたり育児時 間は、父親の年間勤労所得に対して負の効果を与える。一方で母親の年間勤労所得・年間世帯収入 に対しては、統計的に有意な効果は確認されなかった。この結果は、父親が育児をするべきかどう かという問題に対して一定の示唆を与える。父親が育児に参加することによって、父親の年間勤労 所得が大きく減少し、結果として年間世帯収入もまた大きく減少するのであれば、世帯全体の収入 の観点から父親は育児に参加すべきではない。しかし本研究の結果は、父親が育児に参加すること によって、父親の年間勤労所得は減少するものの、年間世帯収入は減少するとはいえないというこ とを示している。つまり、ある世帯で父親の年間勤労所得が減少することを許容でき、父親の育児 参加によって世帯構成員の満足度が増加するのであれば、父親は積極的に参加するべきである。
このように、父親の週あたり育児時間が年間世帯収入に影響を与えないという育児参加が推奨さ れる知見が得られた一方で、本研究の結果は注意深く解釈されなければならない。例えば、本研究 は父親の育児休暇取得について考慮していない。育児休暇を取得している父親とそうでない父親を 比較した時、前者はより育児に時間を費やしている可能性が高い。すなわち育児休暇取得の有無と 育児時間は正の相関を持つ可能性が高い。さらに育児休暇を取得した場合、育児休業給付金が取得 できる一方で、休暇日数に比例して所得が減少する*18。育児休業はあくまで休業であり、育児休業 を取得することで所得は減少する。つまり育児休業取得の有無は所得と負の相関を持つ。以上のこ とから、育児休暇取得の有無を考慮しないことによって推定される効果は過少に評価されている可 能性がある。育児休暇を考慮することで、本研究の結果とは異なり、実際には父親の週あたり育児 時間は年間勤労所得に影響しない、あるいは正の影響を与える可能性もある。本研究においては、
データに育児休暇の取得に関する情報が存在したが、これを分析に含めることで観測数が大きく減 少してしまうため考慮できなかった。
同様に、観測数が減少してしまうため分析で考慮できなかった要因として同居する祖父母の就労 状況が挙げられる。これは子どもの保育園入園に影響を与える。どの自治体の保育園も、入園希望 者数が定員を超えた場合、入園選考を行う。入園選考には、基準指数・調整指数の合計点数が用い られる。基準指数とは主に保護者(父親と母親)の就労状況が点数化されたもの、調整指数とはその他
*18 育児休業給付金は「休業開始時賃金日額 支給日数 67%」である。
の状況が点数化されたものであり、その状況は同居する祖父母の就労状況を含む。例えば世田谷区 では、同居する祖父母が就労可能な状況にある場合、調整指数が 6 点減点される(世田谷区 2020)。
つまり祖父母と同居しており、かつ祖父母が就労可能な状況にある場合、その世帯の子どもはそう でない世帯の子どもと比較して、保育園に入園できる可能性が低い。このような世帯における父親 の育児時間の増加は、そうでない世帯における育児時間の増加と比較して、母親の勤労所得により 大きな影響を与えることが予想される。なぜならば保育園に入園させることができない場合、母親 は育児に専念する可能性が高くなるため労働時間が制限され、結果として所得が減少するかもしれ ない。あるいは、育児と労働の両立によって労働生産性が低下し、所得が減少するかもしれない。
そのような世帯における父親の育児時間の増加は、母親の積極的な労働参加を促進し、結果として 母親の勤労所得を増加させるであろうと推察される。
また本研究では副次的な目的として、先行研究で確認されてきた子どもの人数が増加することで 父親の収入が増加することを意味する「fatherhood premium」、子どもの人数が増加することで 母親の収入が減少することを示す「child penalty」を、父親の週あたり育児時間をコントロールし た上で推定した。父親の週あたり育児時間をコントロールすると、子どもの人数が所得・収入に与 える効果の推定値は統計的に有意ではなく、「fatherhood premium」、「child penalty」が確認 されたとは言えない結果となった。
これらの子どもの人数にかかるパラメータの推定結果もまた、注意深く検討しなければならない。
なぜならば「小学生」、「中学生」がいる世帯の子どもの人数にかかるパラメータの推定に FE 推 定は適していない可能性があるからである。どの世帯においても「6 歳未満の幼児」の人数は当期 に増加する可能性がある。一方で「小学生」の人数、「中学生」の人数は前期に「満 5 歳の幼児」、
「満 12 歳の小学生」がいない場合は当期にこの人数は増加しない。これは各世帯における「6 歳未 満の幼児」の人数と比較して、「小学生」の人数、「中学生」の人数はデータの測定期間内に変動 が少ないということを意味する。FE 推定においてはある世帯の所得・収入からその世帯の所得・収 入の時間平均を差し引いた変数を、子どもの人数(「6 歳未満の幼児」の人数、あるいは「小学生」
の人数、あるいは「中学生」の人数)からその世帯の子どもの人数の時間平均を差し引いた変数、す なはち「子どもの人数の個人内変動」に回帰する。個人内変動が小さいということと、子どもの人 数にかかるパラメータの推定量の分散が大きいということは同値である。この分散が大きいことは パラメータの推定値の t 値が 0 に近くなるということであり、統計的に有意な効果が確認されづら いことを表している。本研究のデータの測定期間は 6 年間であり「小学生」の人数、「中学生」の
人数の個人内変動は特に少ない傾向にあるため、これらの人数が所得に与える効果が有意に確認さ れなかったのかもしれない。
前述した FE 推定の他に本研究で用いられた推定方法として FDIV 推定があるが、この推定方法 が導出する結果に関しても留意すべきである。FDIV 推定量はモデルが含む誤差項に系列相関がな ければ、初期値に依存せず一致推定量となる一方で、効率的ではないという問題点がある(早川 2008)。FDIV 推定量が効率的ではないということは、より小さな分散をもつ別の推定量の存在を表 している。Arellano (1991)は、関心の対象となる変数の 2 期以上前のラグ変数の全てを操作変数と して利用することで、より効率的な推定量(Arellano-Bond 推定量)が得られることを示している。
しかし、この推定量を利用することにも問題がある。この推定を行うためには非常に多くのラグ 変数が必要とされ、推定に利用できる観測値数が大きく減少する。例えば本研究の FDIV 推定値は ラグ変数である 2 期前の父親の週あたり育児時間を用いて導出されている。一方で Arellano-Bond 推定値を導出する場合、2 期前、3 期前、4 期前の父親の週あたり育児時間をラグ変数として用いる 必要がある。これらの全ての期で値が欠損していない世帯は非常に少なく、推定に利用できる観測 値数が少なかったため、本研究では Arellano-Bond 推定を行わなかった。
このように、関心の対象となる変数の 2 期以上前のラグ変数を操作変数として用いる方法は、推 定に用いることのできる観測値数が大きく減少してしまうため、推定量の一致性が保証されないと いう欠点をもつ。このような場合、ラグ変数を操作変数として用いない不均一分散共分散制約の方 法を提案している Lewbel(2012)では、一致性をもつために必要な観測値数を確保し、効率性を失 いすぎることない推定量を得ることができる。この推定方法によって、父親の育児時間が所得・収 入に与える効果を測定することを将来の研究の課題としたい。
附表