本研究では、父親の週あたり育児時間が父親の年間勤労所得、母親の年間勤労所得、年間世帯収 入に与える影響を推定した。推定結果によれば、「6 歳未満の幼児」がいる父親の週あたり育児時 間は、父親の年間勤労所得に対して負の効果を与える。一方で母親の年間勤労所得・年間世帯収入 に対しては、統計的に有意な効果は確認されなかった。この結果は、父親が育児をするべきかどう かという問題に対して一定の示唆を与える。父親が育児に参加することによって、父親の年間勤労 所得が大きく減少し、結果として年間世帯収入もまた大きく減少するのであれば、世帯全体の収入 の観点から父親は育児に参加すべきではない。しかし本研究の結果は、父親が育児に参加すること によって、父親の年間勤労所得は減少するものの、年間世帯収入は減少するとはいえないというこ とを示している。つまり、ある世帯で父親の年間勤労所得が減少することを許容でき、父親の育児 参加によって世帯構成員の満足度が増加するのであれば、父親は積極的に参加するべきである。
このように、父親の週あたり育児時間が年間世帯収入に影響を与えないという育児参加が推奨さ れる知見が得られた一方で、本研究の結果は注意深く解釈されなければならない。例えば、本研究 は父親の育児休暇取得について考慮していない。育児休暇を取得している父親とそうでない父親を 比較した時、前者はより育児に時間を費やしている可能性が高い。すなわち育児休暇取得の有無と 育児時間は正の相関を持つ可能性が高い。さらに育児休暇を取得した場合、育児休業給付金が取得 できる一方で、休暇日数に比例して所得が減少する*18。育児休業はあくまで休業であり、育児休業 を取得することで所得は減少する。つまり育児休業取得の有無は所得と負の相関を持つ。以上のこ とから、育児休暇取得の有無を考慮しないことによって推定される効果は過少に評価されている可 能性がある。育児休暇を考慮することで、本研究の結果とは異なり、実際には父親の週あたり育児 時間は年間勤労所得に影響しない、あるいは正の影響を与える可能性もある。本研究においては、
データに育児休暇の取得に関する情報が存在したが、これを分析に含めることで観測数が大きく減 少してしまうため考慮できなかった。
同様に、観測数が減少してしまうため分析で考慮できなかった要因として同居する祖父母の就労 状況が挙げられる。これは子どもの保育園入園に影響を与える。どの自治体の保育園も、入園希望 者数が定員を超えた場合、入園選考を行う。入園選考には、基準指数・調整指数の合計点数が用い られる。基準指数とは主に保護者(父親と母親)の就労状況が点数化されたもの、調整指数とはその他
*18 育児休業給付金は「休業開始時賃金日額 支給日数 67%」である。
の状況が点数化されたものであり、その状況は同居する祖父母の就労状況を含む。例えば世田谷区 では、同居する祖父母が就労可能な状況にある場合、調整指数が 6 点減点される(世田谷区 2020)。
つまり祖父母と同居しており、かつ祖父母が就労可能な状況にある場合、その世帯の子どもはそう でない世帯の子どもと比較して、保育園に入園できる可能性が低い。このような世帯における父親 の育児時間の増加は、そうでない世帯における育児時間の増加と比較して、母親の勤労所得により 大きな影響を与えることが予想される。なぜならば保育園に入園させることができない場合、母親 は育児に専念する可能性が高くなるため労働時間が制限され、結果として所得が減少するかもしれ ない。あるいは、育児と労働の両立によって労働生産性が低下し、所得が減少するかもしれない。
そのような世帯における父親の育児時間の増加は、母親の積極的な労働参加を促進し、結果として 母親の勤労所得を増加させるであろうと推察される。
また本研究では副次的な目的として、先行研究で確認されてきた子どもの人数が増加することで 父親の収入が増加することを意味する「fatherhood premium」、子どもの人数が増加することで 母親の収入が減少することを示す「child penalty」を、父親の週あたり育児時間をコントロールし た上で推定した。父親の週あたり育児時間をコントロールすると、子どもの人数が所得・収入に与 える効果の推定値は統計的に有意ではなく、「fatherhood premium」、「child penalty」が確認 されたとは言えない結果となった。
これらの子どもの人数にかかるパラメータの推定結果もまた、注意深く検討しなければならない。
なぜならば「小学生」、「中学生」がいる世帯の子どもの人数にかかるパラメータの推定に FE 推 定は適していない可能性があるからである。どの世帯においても「6 歳未満の幼児」の人数は当期 に増加する可能性がある。一方で「小学生」の人数、「中学生」の人数は前期に「満 5 歳の幼児」、
「満 12 歳の小学生」がいない場合は当期にこの人数は増加しない。これは各世帯における「6 歳未 満の幼児」の人数と比較して、「小学生」の人数、「中学生」の人数はデータの測定期間内に変動 が少ないということを意味する。FE 推定においてはある世帯の所得・収入からその世帯の所得・収 入の時間平均を差し引いた変数を、子どもの人数(「6 歳未満の幼児」の人数、あるいは「小学生」
の人数、あるいは「中学生」の人数)からその世帯の子どもの人数の時間平均を差し引いた変数、す なはち「子どもの人数の個人内変動」に回帰する。個人内変動が小さいということと、子どもの人 数にかかるパラメータの推定量の分散が大きいということは同値である。この分散が大きいことは パラメータの推定値の t 値が 0 に近くなるということであり、統計的に有意な効果が確認されづら いことを表している。本研究のデータの測定期間は 6 年間であり「小学生」の人数、「中学生」の
人数の個人内変動は特に少ない傾向にあるため、これらの人数が所得に与える効果が有意に確認さ れなかったのかもしれない。
前述した FE 推定の他に本研究で用いられた推定方法として FDIV 推定があるが、この推定方法 が導出する結果に関しても留意すべきである。FDIV 推定量はモデルが含む誤差項に系列相関がな ければ、初期値に依存せず一致推定量となる一方で、効率的ではないという問題点がある(早川 2008)。FDIV 推定量が効率的ではないということは、より小さな分散をもつ別の推定量の存在を表 している。Arellano (1991)は、関心の対象となる変数の 2 期以上前のラグ変数の全てを操作変数と して利用することで、より効率的な推定量(Arellano-Bond 推定量)が得られることを示している。
しかし、この推定量を利用することにも問題がある。この推定を行うためには非常に多くのラグ 変数が必要とされ、推定に利用できる観測値数が大きく減少する。例えば本研究の FDIV 推定値は ラグ変数である 2 期前の父親の週あたり育児時間を用いて導出されている。一方で Arellano-Bond 推定値を導出する場合、2 期前、3 期前、4 期前の父親の週あたり育児時間をラグ変数として用いる 必要がある。これらの全ての期で値が欠損していない世帯は非常に少なく、推定に利用できる観測 値数が少なかったため、本研究では Arellano-Bond 推定を行わなかった。
このように、関心の対象となる変数の 2 期以上前のラグ変数を操作変数として用いる方法は、推 定に用いることのできる観測値数が大きく減少してしまうため、推定量の一致性が保証されないと いう欠点をもつ。このような場合、ラグ変数を操作変数として用いない不均一分散共分散制約の方 法を提案している Lewbel(2012)では、一致性をもつために必要な観測値数を確保し、効率性を失 いすぎることない推定量を得ることができる。この推定方法によって、父親の育児時間が所得・収 入に与える効果を測定することを将来の研究の課題としたい。
附表
参考文献
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厚生労働省『父親の仕事と育児両立読本〜ワーク・ライフ・バランス ガイド〜(平成 30 年度版)』
(厚生労働省 2018) 。
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(https://www.city.setagaya.lg.jp/mokuji/kodomo/003/003/002/d00005740̲d/fil/tyouseikijy un.pdf) アクセス日 : 2020 年 2 月 4 日
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