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越野 章史/深見

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越野 章史/深見

 1997年1月に文部省初中局より出された通知「通学区域制度の弾力的運用に っいて」は,臨時教育審議会の第三次答申や,行政改革委員会「規制緩和の推 進に関する意見(第2次)」等を受け,各市町村教育委員会に「通学区域制度

の運用に当たって…地域の実情に即し,保護者の意向に十分配慮した多様な工 夫を行うこと」を求め,「就学すべき学校の指定の変更や区域外就学について…

具体的な事情に即して相当と認めるときは,保護者の申立により,これを認あ ることができる」1とするものであった。これを受けて,現在いくっかの市町 村ではこれまでの通学区域制度のあり方を大きく変更する事態が生じているが,

その実態は各自治体の状況や公立学校をめぐる政策のあり方に応じて様々であ り,教育行政の関与の仕方も,また現実に各学校で起こっている事態も,多様 なものとなっている。

 本稿は,多様な「通学区域制度の弾力的運用」施策の実態を,いくっかの事 例調査をもとに紹介することを目的とする。著者らの意図としては,試行的・

過渡的な制度運用2としての「弾力的運用」の実態を明らかにするにとどまら ず,そこから「学校選択」制度3そのものを考察する手がかりを得ることをめ

ざしている。

 上述したように,またいくつかのマスコミ報道などにも散見されるように,

「通学区域の弾力的運用」を挺子とする「学校選択」制度は一様のものではな く,各区市町村の状況と判断に応じて様々な様相を呈している。これらのうち には公立学校改革の事例として有力かと思われるものもあるが,他方で親の混 乱や学校教職員の強い反発を招いているものもあり,当面,いくっかの典型的

な事例からその実態と差異を把握しておくことが必要と思われる。本稿では,

(2)

異なる性格の制度「運用」を行っていると思われる東京近辺の自治体を対象と し,実態の把握を試みた。対象は,1)東京都A区,2)同B市,3)埼玉県C町 の3自治体である。これらの地域の通学区域制度をめぐる諸資料の収集,教育 行政職員からの聞き取り調査,学校教職員への聞き取り調査などを通じ,それ ぞれで行われている「学校選択」の意義,性格,特徴等を把握することにっと

めた。

理論的仮説

 「学校選択」制度の問題は,近時教育制度研究の場だけでなく,教育行政の 場,教育現場においても様々なかたちで話題となり,議論の的となっている観 がある。しかし,語られている制度像は,必ずしも一致したものではなく,

「学校選択」制度の共通イメージといったものは実はいまだ確定していないよ うに筆者らには思われる。上記「弾力的運用」通知の背景として名指しされて いる臨教審第三次答申,行革委「意見」などの文脈では,それは明らかにいわ ゆる「規制緩和」路線の一環として登場しており,そこで含意されているのは 教育への「市場原理」の導入による競争の「活性化」であろう。これを批判す る文脈において,教育研究者のなかにも「学校選択」=「市場原理」導入とみな す論は少なくない4。他方で,「市場原理」導入による「活性化」といった文 脈だけで「学校選択」制度を捉えることに対する異論も複数存在する5。また,

学校の「多様化」を前提とした上で「選択」を導入するかどうか(「選択」制 度下の学校にどの程度の「特色」=自由裁量を認めるのか),あるいは「選択」

導入の結果小規模化する学校が存在するとして,制度導入の前提に学校の統廃 合計画が存在するのか否かなど,実際の制度設計のレベルにおいても異なる

「学校選択」制度が事実あり得るであろう。これらの制度設計上の差異は細部 の微妙な違いといったようなものではなく,制度の現実的機能や父母の「選択」

行動そのものに大きな影響を与えるものであり,背景に制度理念上の差異を

(自覚的であろうとなかろうと)有するものであると考えられる。

 筆者らは,「通学区域制度の弾力的運用」の事例を検討する上で,異なる性 格の「学校選択」を次のように類型化することが可能であるとする仮説をたて

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淘汰

II 1

様性

III IV

非淘汰

た。すなわち,学校間の淘汰競争の有無を1 軸とし,学校間の多様性を追求する意図の強 弱をll軸とする座標図にあらわれる4象限か

らなる類型である(図参照)。ここで淘汰競 争とは,「学校選択」を契機として自治体全 体で学校統廃合を実施しようとするようなケー

スに顕著なものであり,選択により小規模化 した学校を他校と統合,あるいは廃校とする ような競争を意味する。また多様性を追求す る意図の強弱とは,主として「弾力的運用」

を行う教育行政の側が同じ公立学校間でも学校ごとの特色を強調し親の選択を 促すか,特にそのような取組を行わず(あるいは支援せず),学校間の差異を 公式には認あないまま選択に委ねるかの差異を表している。上でふれたような

「学校選択」をめぐる諸研究・諸論考を参考にするならば,理論的にはこれ以 外にも複数の「軸」が考え得る。例えば「チェック・アンド・バランス6」の 機能が働いているか否かを考える場合,選択肢となる学校が父母に対してどの

ような種類の情報をどの程度公開し,父母がそれをどの程度選択に際して生か しているかが問題となるであろう。あるいは教師と父母との「パートナーシッ プ」の形成を考える場合には就学後の親の学校へのコミットの有無やその度合 い,性格が分類上の軸として想定され得るであろうし,「多様化」「特色化」と はまた別の問題として個々の教師の教育実践上の自由の程度を軸とすることも あり得よう。しかしここで問題となるのは,日本の現行教育行政制度を変更す ることなく,その「運用」として行わている「選択」の事例であり,またそれ らの施策が施行されてからの日が浅いことなどから,これらの軸による類型化 は現実的には困難である。したがって,現実の事例を解釈するための枠として,

本稿では先の4象限類型を採用する。

 各事例とも制度施行からの日が浅く,調査そのものも依然進行中のものであ ることから,本稿の分析のみによって確定的な分類や提言を行うことは困難で あるが,現段階での筆者らの見解では,事例1)のA区(選択が統廃合の契機

(4)

となっており,学校ごとの多様性は積極的に位置づけられていない)は第ll象 限,2)のB市(小規模校の維持のために他の通学区域からの入学特例を認め ているが,特にその学校の特色を強く打ち出すといったことは行われていない)

は第皿象限,3)のC町(ある学校の児童数減に伴い,同校に児童を誘致する ため選択制度を導入。各学校に「特色」をもたせることを考慮している)は第 IV象限に位置つくのではないかと考えている。

1.A区の事例の概況と問題

1−1 概況と問題

①概 況

 A区の場合,他の事例と異なり「学校の選択」という表現が公式な形で表明 されているわけではないが,文部省通知による「通学区域の弾力的運用」の持 っ問題を典型的に示す事例であると考えられる。「弾力的運用」とは,教育委 員会による就学校指定制という従来の法制度の根幹は形式的には保持したまま もっぱら教育行政の判断や基準によって部分的に「学校選択」を容認していこ うとするものであって,それは,居住地域に依拠し教育諸条件の平等保障を主 眼とするものと観念されてきた従来の公立学校組織化論のレベルにまで,その 当否を含めた議論を及ぼすことなく,同制度の在り様を変えていく性格を持っ ものと言える。A区の事例は,都市部であること,「弾力的運用」による児童・

生徒の移動が相当規模で生じていること,「弾力的運用」の経験を一定期間持 っことなどから,都市部における「学校選択」制度のもたらす問題にっいて無 視できない素材を提供するものであると思われる。

 A区の「弾力的運用」がいっの時点から開始されたのかを明確に特定するこ とは困難である。しかし,90年代後半にはいってからの「弾力的運用」の実績 をみると,明らかに従来とは異なる「運用」上の態度が教育委員会に生じたこ

とをうかがわせる。

 もともとA区は東京都他区と比して多数の公立学校を擁する大規模学区に属 する(小学校76校,中学校39校)。児童数の推移を最近10年ほどの統計からみ ると,少子化傾向にともない公立小学校卒業者は東京都全体で約14万から約10

(5)

万へ,A区では約8.3千から約5.7千へと急減している。

 A区の96年度の統計(97年3月のA区公立小学校卒業者)で見ると,卒業者 5757名のうち私立中学進学は640名(11.1%)7であり,A区内の公立中学校に 進学したのは4885名(84.8%)である。このうちで519名(区内公立中学進学 者の10。6%)が「校区外」進学者(指定された通学区域外からの進学者)とさ れ,これはA区内の通学区域外の公立中学に進学した子どもを表し,A区での

「弾力的運用」を反映する数字と考えられる8。

 このA区内での「校区外」進学者の割合は,93年までは区内公立中学進学者 の約4%〜6%の範囲内での推移であったが,94年以降6.4%,7.9%,8.0%,

10.6%と増加傾向を示し,97年度の実績9では15.2%にのぼる。また,A区外 の公立学校進学者である「区域外」進学者も比較的安定した推移で毎年公立小 学校卒業者全体の2〜3%程度でており,97年度での「校区外」進学者と「区 域外」進学者の合計は公立学校進学者全体の16.9%(849名)となり,この数 が「弾力的運用」によるA区内外での通学区域外の公立中学校進学者というこ

とになる。

 96年度の東京都の実績では,公立学校進学者に対する「校区外」進学者と

「区域外」進学者の比率はそれぞれ3.3%,2.3%(都区部では4.4%,2.7%)で あり,A区での割合の高さがわかる。ただし都区部でA区のみが例外的に高い 割合にあるとは言えず,他の複数の区においても卒業者全体の母数がA区と比

して少ない(約5分の1)とはいえ双方の合計で20%に近いところもある1°。

②生じてきた問題

 A区での動向が注目を集めたのは,区内のA2小学校の問題がマスコミ等に よって報道されたことが大きいと思われる。A2小学校の問題とは,従来から

一一w年一学級40人弱程度の小規模校であった同小において,97年1〜3月にか けて,同校への就学予定者が大量に隣接の小学校へ「指定校変更」を行い,新 入生が10名に減少してしまったという事態である。この問題はA区公立学校の

「統廃合計画」(95年12月,『A区立小中学校改築計画検討委員会報告書』)との 関連が深い。区は『A区広報』(96年2月)に「統廃合計画」の概略を掲載し,

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これをきっかけとして,また,同年に別の二っの小学校が反対運動にもかかわ らず統廃合されたということもあり,当地の親に統廃合のうわさが広がり,規 模の大きい隣接の小学校を前もって「選択」した結果と考えられている。

 特定の学校からの子どもの流出(忌避)という問題は中学校でも生じており,

97年4月にA区立A3中では,校区内の小学校からの入学予定者40名の9割が 他の複数の中学校へ指定校変更をするという事態が起っている。これは,その 特定の小学校の高学年で「荒れ」の現象がみられ,そうした「荒れ」の中心メ ンバーとの中学校での合流を避けた行動とみられている。また一方では,各学 年に100名近い通学区域外の生徒を受け入れ恒常的に大規模化している中学校

も出現している11。

 A区では,こうした「指定校変更」による子ども・家庭の「選択」行動が急 激な変化と混乱を学校にもたらしている例がみられ,そうした事態に対する学 校内外の批判も強まってきている。しかし,この「指定校変更」を利用した子 どもの学校間移動の現象は,当区では先のA2小学校を含めて従来から一定み

られ,区内でも伝統的に「威信のある」とみなされてきた若干数の小・中学校 は,以前から慣行的に校区外の子どもを受け入れてきた経緯がある。しかし直 近の規模の大きな動きは,近年のA区の「弾力的運用」の拡張に原因がある。

内外の批判を受けて,現在A区教育委員会では「弾力的運用」に対する「再検 討委員会」を設けて,運用上の再検討を行なっている段階にある。

1−2 A区の「弾力的運用」(学校選択)システムの特徴と問題

 A区での「弾力的運用」の開始については歴史的な経緯もあって明確にはし 難いが,95年10月にA区教育委員会が策定した「指定校変更・区域外就学の審 査に係る事務処理基準」(以下「事務処理基準」とする)は運用の拡張の契機

になったと見られる12。本節では同「基準」やその実際の運用について,A区 での「弾力的運用」システムの特徴と問題を検討する。

①「指定校変更(および区域外就学)」の認可の基準は,形式的には「相当の」

(学校教育法施行令第8条)事由に限定され,学校の諸特性(教育活動そのも

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のや施設・設備)を直接対象とする「指定校変更」の事由を認めていない。

 A区教育委員会は95年10月に先の「事務処理基準」を策定し,隣接学区域の 学校への指定校変更は「従来どおり」「極力弾力的運用を可能と」するとし,

その承認基準を定めている。

 「承認基準」は22項目にわたっており,その内容は,子どもの通学上の安全 確保の必要,子どもの病気,住居移転,保護者の就労や入院などによる下校後 の子どもの保護の確保などであり,子どもが希望校へ通学することによってこ れらの事態が改善すると認められる場合にそれを承認するというものである。

その事由の多くは学校の特質とは直接関連するものではない。ただし,いじめ,

不登校,転校に伴う子どもへの精神的負担,兄姉の在学,幼稚園・小学校時代 の交友関係を考慮する必要がある場合など,教育上の事由に関連するものが若 干挙げられている。

 「事務処理基準」が策定されて以降しばらくは,「事務処理基準」そのもの やそれぞれの事由に対応する申請用の文案が行政の窓口で入手可能であったの であり,事実上書類さえ整えれば審査はパスしていたようである13。だが98年 度に入ってから教育委員会は,窓口でのこれらの公開を抑制し,手続き・審査

にハードルを設ける姿勢をみせている14。

②「弾力的運用」と「統廃合計画」の重なりによる,

規模化・統廃合促進の効果。

小規模校のいっそうの小

 東京都では80年代から少子化に伴う公立学校の統廃合の問題が政策課題とさ れてきたが,A区でもこれと並行して「統廃合計画」が数度にわたり論議・策 定されてきている。前出95年12月の「報告書」が直近に決定された「統廃合計 画」であり,これが先のA2小の問題を引き起こす原因ともなった。「報告書」

やこの内容を周知させた「広報」では,ともに統廃合の対象校を名指ししてい たわけではないが,児童・生徒数など「過小規模校」の定義と「教育上のデメ リット」を述べ,さらに統廃合の行われる可能性の高い地域を地図などで特定

(8)

していた。この「統廃合計画」の宣伝と「事務処理基準」の策定による指定校 変更の手続きの簡略化がほぼ同時期に並行して行われた点で,両者の意識的な 結び付きが感じられるが,行政側としてはそうした意図を否定している。しか し意図はともあれ,行政による「学校の適正規模」維持政策が堅持される限り,

A2小で実際見られたように,親の「選択」行動による小規模校化の促進とさ らには統廃合という事態がセットとなって進行せざるを得ないことは事実であ

ろう15。

③「弾力的運用」の実施に関する情報公開・提示の不足と,

交渉・合意の欠落。

行政と学校間での

 A区での「弾力的運用」はもっぱら行政側の内部事務処理の一方的拡張とい う形で行われてきたという経緯から,その情報は広く親・住民に対して宣伝・

周知されてきたわけではなく,いわば「ロコミ」に依存するものであった16。

「弾力的運用」の当否は別としても,これを公式の制度として採用する以上,

情報の提示が積極的に行われないのは問題である。また一定慣行として存在し てきたものを意識的に拡張したという性格から,学校現場に対する情報提供と 事前の論議,合意・了解の調達というプロセスを欠落させたまま事態が進んで しまっている17。学校現場で生じた混乱には,学校のみが一方的にその収拾に 奔走するという状況である。こうした行政による実際の「運用」に対しては現 場の管理職レベルからもその承認行為の厳密性に対する「不信感」が生まれて

おり,それが現段階での「再検討委員会」(「指定校変更問題検討委員会」)の 設置につながっているという。しかしこの「委員会」も行政職と現場の管理職 数名のみが参加する非公開の委員会であり,なかでの議論の推移を知ることは

できない18。

1−3 今後の調査課題について

 「学校選択」制度を一般的に考察するのでなく,いくっかの事例をもとに諸 類型に区分し,その中での差異を考察しようとする本研究の意図からすると,

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A区の事例はいくっかの特徴を備えている。それは,地域的には都市部に属し,

多数の学校を抱える全学区がその対象であり,また「弾力的運用」ならびにそ の拡張が,外部に対しても学校に対しても公式な議論を経ることなくすすめら れており,かっ「統廃合計画」と重なり合うことによって小規模校化の促進を 強化するという性格をもっものであった。これらの特徴が学校に対して急激な 混乱をもたらしているのは確かである。

 しかし一方で,選択メカニズムそのものの持つ積極的可能性の検証という課 題も同時に行う必要もあると考えているが,この点の検証は今後の課題である。

 例えば先の区立A2小学校教員のヒアリングによれば,同小では,児童の急 減という事態を契機として,小規模校特有の諸条件の制約にもかかわらず,逆

に小規模校のメリットを生かした教育実践や,父母・地域住民との共同の取り 組みを従来にもまして活発化する努力を行っており,父母・地域住民の支持を 集めっっあるという19。

 こうした努力が「弾力的運用」を媒介とすることでいずれの学校にも現れて くるものなのか,あるいはそうした取り組みが親・子どもの「選択」行動にど の程度まで影響力を持つことができるのか(これは親・子どもの側の「選択」

基準を明らかにすることでもある)見極める必要があろう。また「学力格差」

や「荒れ」の問題の表れ方に顕著な差のある,小学校・中学校間での「弾力化」

の影響の差異など検証すべき課題は多いが,それは今後の各学校レベルでのミ クロな調査の課題である。

2.B市「B第二小学校入学特例」制度について

2−1 概要と経過

 次に第二の事例として,東京都B市で実施されている「B第二小学校入学特 例」制度をとりあげる。この事例は,前節のA区や,次節で検討する埼玉県C 町の事例とは異なり,市全体の学区制度にっいてのものではなく,特定の小学 校一校のみをいわゆる「特認校」とし,その学校の通学区域を全市域とすると

いうものである。

 B市は都心から西に約40Kmの位置にある,人口約50万人の市であり,今回

(10)

調査対象としてとりあげた「特認校」のB第二小学校は,同市の西端,かって B村と呼ばれ,1955年にB市に合併された地域に存在する。同地域は低山に囲 まれた山村であり,都内では最も交通の便等が悪い地域のうちの一っと言って よい。古くから林業が発達しており,現在でも主要産業は林業で,市街化調整 区域とされているため,今後数年の単位で都市化や人口の大幅増が起こること はまずあり得ないといわれている2°。

 B第二小学校は,この旧B村のうち,さらに西側部分を学区とする市立小学 校である。明治6年創立という古い歴史をもっているが,近年地域の過疎化に

より児童数が一貫して減少しており,B市内で最も児童数の少ない学校でもあ る。全校生徒数が,1997年度で39名,1998年度は43名という状況である。

 1993年度の同小学校の児童数は1年生5名,2年生5名という状況であった。

東京都教育委員会の基準では,この人数だと翌年から複式学級化することにな るのだが,複式学級化の問題点として,教職員数の減による行事の実施や校務 分掌の困難化,教員の過重負担,さらに複式学級経験者がいなかったことから 授業進行の困難などが予想された。ここから,市教育委員会として,同校の児 童数減に対して何らかの対策をたてる必要が生じ,検討が始められた。

 この時の学年についてはその後転入児童が一名あり,結果的に複式学級化は 避けられたのだが,同地域の人口動態を考慮すると以後も同様の問題が起きる 可能性は非常に高く,また地域の交通条件などから,隣接する他校との合併な

どは困難な状況であった。

 1995年8月に,B市と姉妹都市である北海道のT市が同様の過疎地域におい て「入学特例」制度を設けていたことから,教育長の指示によりその事例の研 究が始まり,それをもとに教育委員会職員と同校の校長などでB二小の「将来 像」の検討が行われた。また市議会でも,同地域出身の議員から,いわゆる

「山村留学」制度などを参考に検討をすすめたらどうかといった質疑がなされ た。これらの経過を経て,教育委員会は「指定校変更の弾力的運用の手法を用 いてB第二小学校の活性化事業を実施」することを決定し,都教委筋からも

「問題なし」との判断が得られた。96年3月に同校のPTAに市教委が原案を 提示したが,そこでは,B二小への入学希望者を全市域から募集し,「指定校

(11)

変更」手続きの弾力的運用によって入学を認めること,募集人数は各学年地元 児童の半分程度,1名から5名とすること,通学費用は保護者が負担すること,

中学段階では原則として住所地の学校へ進学することなどが盛り込まれた。こ の原案を受けて,その後同年11月までの8ヶ月の間に,同校PTAを中心に,

市教委からも担当者が出席して10数回に及ぶ活発な議論が行われ,11月に PTAの委員会案が作成された。そこでは,97年度からこの「入学特例」制度 を実施すること,ただし97年度については新入生にっいてのみ導入すること,

さらに他地域からの受け入れ条件として,「一人でバスなどで通学できること」

「B第二小学校の教育活動に賛同できること」「B第二小学校のPTA活動に賛 同し,協力できること」,また受け入れの優先順位として「旧B村地域優先」

「兄弟関係優先」といった,市教委案に比べてより具体的な中身が盛り込まれ ていた。翌月には,この「PTA案」をもとに最終案を市教委が決定し,市議 会などで報告をおこない,97年の2月には市の広報で入学希望者の募集が開始

された。これに対し市内から6件,市外から4件の問い合わせがあり,市内の 6件6名にっき全員が入学を認あられた。翌98年度も同様にB二小への入学希 望者は全市域から募集され,3名の応募者があり,そのうち2名が入学を認め

られた21。

2−2 特徴と考察

 以上がB二小の入学特例制度の概要とその実施までの経過である。ここでは 他の事例と比較してのその特徴をいくっかあげ,考察を試みたい。

 まず第一に,この事例における「入学特例制度」は,いわゆる「通学区域の 弾力的運用」としておこなわれている点ではさきのA区と同様だが,制度の目 的が,過疎により児童数の減少している小規模校の維持にあるという点が全く 異なっている。その意味ではこの事例は,公立学校間に競争を導入したり,そ

れによって学校同士の淘汰をはかっていくといった発想とは全く対照的である と言っていいだろう。

 第二に,B二小は周囲の環境が市内でも他にないほど自然が豊かであること,

少人数であることの2点を同校の特色として挙げてはいるが,教育方針や教育

(12)

内容の面で独自の特色を出すといった努力は特別にはおこなっていない。教育 委員会担当者へのインタビューでも「市内の他の小学校と変わらない」という

ことが強調されており,教育委員会として同校の「特色づくり」をすすめると いう方針ももってはいないようである。各学校がもっている地域環境や地域と の関わりの面での特徴を,即ち学校の特色として考えることも可能ではあるが,

行政や学校が積極的に「特色づくり」や「多様化」を図っているとは言えない というのが,本事例についての筆者らの判断である。

 第三に,制度を立案,導入する過程でその学校の当事者である教員や父母と の話し合いが積極的にもたれている点が挙げられよう。最終的に実施された制 度の案はPTAから出されたものがもとになっている。

 第四に,市教委とPTAの討議のなかでは,旧B村地域の中での学区の線引 きの変更で児童数を増やせないか,あるいは学区域を自由化することで改善で きないかといった意見も出されたのだが,行政側はそのような手法では実際に はB二小の児童数が増えない,あるいは逆に減ってしまう危険もあるという予 測をし,結局「入学特例」制度でいくことに落ち着いたという経過があった2も

ここには,地域や父母との討議を経ながら,制度導入の結果にっいての予測を 行政が責任をもって行ったという意味があるのではないかと考えられる。

 最後に,父母の選択という観点からみると,この制度はある意味では市内の 父母の間に選択肢の不公平を生むものであるという点が指摘される。B二小の 学区以外に住んでいる父母にとっては,その学区の学校とB二小のいずれかを 選ぶという選択肢が存在するが,もともとB二小の学区に住んでいる父母には そういった選択肢は存在しない。これはB二小の児童数を確保するという制度 の目的からすれば合理的なことであり,同制度が旧B村地域の父母からも支持 を得て施行されたものであることから現時点では何ら問題となってはいないが,

将来的に父母からこの点での不満が出される可能性もないわけではない。

 これらの特徴にっいては,最後の事例を紹介したあとで,各事例の比較を行 う際に再度ふれたいと思う。

(13)

3.埼玉県C町の事例 3−1概要と経過

 最後に,埼玉県C町の事例を検討する。本事例は,町立の4っの小学校と3っ の中学校を擁する町で,従来の学区域を隔てていた境界線に沿うような形で

「調整区域」を設け,その区域内に住む人は隣接するどちらの学校を選んでも よいとする制度である。

 C町は都心から私鉄の通勤鉄道で小一時間ほどの場所にある町である。人口 は約3万3千人,これといって特徴的な産業はなく,農業とサラリーマンの世 帯がほぼ半々であるが,鉄道会社系の大きな遊園地と動物園が町のほぼ中心部

に存在し,その関係で一定の観光収入も得ている。1955年の町村合併で,二っ の村が統合されて現在のC町になったのだが,近隣の他の市町に比べての特徴

として,町政のなかで高層住宅の建設などがあまり行われてこなかったこと,

町域の約5分の4が市街化調整区域に指定されたことなどを理由とし,人口の 伸び率が低いということがあげられる。近隣のM市,Y市などは同じ時期に町 として発足し,現在では人口7万程度で市制に移行しているが,C町は3万で

現在でも町制である。

 町内にいくっか存在する工業団地はいずれも相対的に古くからあるもので,

全体的な少子化の影響もあってここ10年の間に小・中学校に通う子どもの数は かなり減少している。1988年の段階で町の小学生の総数は2,817人だったが,

1998年度は2,027人と,およそ7割に減少している23。

 公立の4っの小学校の一っ,町の中央に位置するC4小学校は,非常に特徴 的な,ユニークな校舎をもっている。同校は1981年に隣接のC3小学校から分 離して発足したのだが,当時の町長が非常に熱心に町の教育施設の整備を行っ

た人物であり,かなりの財源をっかって,建築家も自ら選び,意匠を凝らして 同校を建設したそうである24。ところが近年,少子化によって町の小学生数が 減少し,同校にも空き教室などが出てくるなかで,他の学区からも同校に通え るようにできないかといった要望が議会などで出され始あた。C4小学校の児 童数は町内の4つの小学校中最も少なかったので,学区域の境界線の変更や,

学区の「自由化」などの方法が検討された。教育委員会がそれらの検討を行っ

(14)

ている時期に,折しも文部省の「弾力的運用」通知が出され,これをきっかけ として現在の調整区域制度が行われることとなった25。

 調整区域そのものは,それ以前にも一箇所だけ,C2小学校の学区域内にC 3小学校を選ぶこともできるという区域が存在していた。これは,C2小学校 に通うには通勤私鉄線の線路を越えなければならず,また人気のない田圃のな かの道を小学生には長時間歩かなければいけないということで,調整区域とし て設定されていたものである。

 C4小学校の児童数を増やし,町の教育資源を有効に活用するということが 今回の制度改変の主要な目的だったわけであるが,学区域の境界線の変更,あ るいはより全面的な学区域の「自由化」という方法を採らなかった理由として,

地域住民が既存の学区域の学校にかなりの愛着をもっていたという事実がある ようである。調整区域制度を施行する前に,教育委員会学務課の課長が中心に なり,かなりの長期間をかけて各学区域を歩き,各町会などの意見を聴取した そうだが,その際町内では従来の学区域が変更になるという噂がすでに広がっ ていて,C3小の学区域住民からは「今のままC3小に通えるようにしてほし い」との要望がかなり強く訴えられたといった経過があったようである26。そ ういった学区域住民の意見聴取を行った上で,児童の通学距離や交通状況など を勘案し,1997年度から新たに3箇所の調整区域を新設,さらに過去からあっ たC2小学区域内の調整区域をも拡大することとなった。これにより,調整区 域の面積は町全体の17%となり,従来C1小学校, C 2小学校, C 3小学校の 学区であった地域の中に,C4小学校を選ぶこともできる地域が新設され,19 97年度の新1年生については,調整区域内に住所がある場合は従来の指定校と 選択校のどちらを選んでもよいこととなった。なおすでに在学している学年に っいては転校の手続が必要となるたあ,学校現場での混乱等を避けるために教 育委員会での審査を必要とするという条件が付された。中学校3校にっいても,

調整区域に住む生徒は同様に学校を選ぶことが可能となった。

 この制度改革の最も直接的な目的は,すでに述べたようにC4小学校の児童 数を増やすということにあり,経過としてはすでにそのための方策が町教育委 員会等で検討されていた時に,契機として文部省の「弾力的運用」通知があっ

(15)

たということになる。しかし父母・町民への同制度の周知のなかでは,「子供 達が自己を確立しながら多様な価値を認め合い,のびのびと学習するたあには,

特色ある学校づくりが求められる一方,…個性ある教育課程の編成に取り組む ことなどに加え,教育を受ける側が何を求め,何を評価するかを重視していく 必要があるという考え方から,学校選択のより一層の弾力化を図る必要がある」

27ニいう意図があると述べられてもいる。教育委員会が出したこれらの文章の なかでは,はっきりと「学校選択」という表現が用いられており,また学校の

「活性化」にっいても,96年の行政改革委員会答申「規制緩和の推進に関する 意見(第2次)」から直接引用したと見られる文言も含まれるなど,一見する

と,臨教審や行革委員会などの意向にかなり忠実に従った「弾力化」であるよ うにも見える。

 調整区域に居住する小学生の数は,97年度で253名であり,これはC町全体 の約12.5%にあたるのだが,調整区域に居住する98年度新1年生34名のうち実 際に選択校を選んだのは5名で,指定校から選択校へという選択を行った人数

は多いとは言えない。このことの背景には,前述したような従来の学区域の学 校への比較的強い「愛着」が影響していると考えられるが,制度そのものが発 足したばかりでもあり,親の選択行動に今後どのような展開があるか,現時点 での予測は困難である。

3−2考 察

 以上のようなC町の学区域制度改革の特徴を整理すると,以下のようなこと が考えられよう。

 第一に,他の事例でも見てきた学校間の淘汰競争の問題だが,全体に児童数 は減少しているものの,町域の広さとの関係で,現在の4小学校,3中学校と いう学校数は適切なものであり,現在のところ学校統廃合を行う動きは町政の 中に存在していない。今回の「調整区域制度」の施行は,むしろ逆に各学校間 の児童数の差を解消する意図をも含むものであり,区域の設定などにも,同制 度改革によって「過小規模」校が生まれないようにする行政の意図的なコント ロールが働いている。したがって本事例は,本稿の仮説の1軸との関係では淘

(16)

汰競争のない側に位置つくと言っていいだろう。

 第二に学校の多様化の問題だが,各学校の「個性」をいかし,同時に父母の 選択という要素を加味することによって,学校を「活性化」するという,臨教 審や行政改革委員会の主張とほぼ同じことが,この制度を町民に周知する文章 や,あるいはマスコミへの対応のなかで散見される。この点は先のB市の特認 校制度と対照的である。ただし,制度そのものが始まったばかりであり今後の 展開が読めないという留保はありながらも,現時点での実態としてはこの「活 性化」のイメージは,各学校がいわば「売り物」を看板に掲げ,父母を誘うと

いったイメージとは異なっているように思える。教育長の談話では,各学校の 個性・特色とは,「各学校が地域とのっながりを保ちながら自主的に教育活動 をくり広げていく中で自ずとあらわれてくるもの」であって,何らかの特別な 施設や特別なカリキュラム,あるいは特別活動などで学校の「ウリ」と作ると いうこととは「正反対」であると述べられている。「教育の機会均等の原則は 崩さない」,「どの学校も大事にする」ということが教育長,学務課長らの談話 では強調されている。彼らの言う学校の「個性」とは,例えば地域の大人たち を学校に呼んで話をしてもらったり,あるいは学校の近隣に老人施設があれば その施設との交流を行う,学校行事にその施設の人々を招待するなど,地域と の関係で「自然に」生ずるその学校の「色」といったものを考えているようで ある28。いささか曖昧で抽象的ではあるが,父母・児童を引き寄せるための

「多様化・個性化」で各学校を競わせるのではなく,それぞれの学校の「持ち 味」を出した活性化を模索している,と解釈する余地があるのではないだろう

か。

 第三に,B市の事例と同様,制度の改変にあたり行政が相当の労力をかけて アセスメントを行い,学区域制度の改革によってどの程度の数の児童・生徒が 動くことになるかを綿密に予測している点は特徴として挙げておくべきだろう。

B市の場合と違い,制度改革により影響を受ける対象は全町域にわたっている ので,この作業はかなりの労力を要するものであったと思われるが,学区域の 境界線の変更や全面的な「自由化」ではなく「調整区域」方式が採用されたこ とが既に父母・住民の意見や動向を探るなかで生じた方針であり,そこには行

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政の責任において「弾力化」が過小規模や過大規模の学校をっくることにっな がらないよう配慮するという姿勢が伺われる。

 最後に,調整区域制度は,本質的にはやはり父母の間に選択肢の不公平を生 じるものである。現実には道路一本を挟んで学校を選ぶことができる地域とそ うでない地域が分かれることになり,B市のような特認校制度の場合に比べる と,全町域にわたりかなり多くの父母が実際にこの制度に関わることになるた め,不公平感が生じる度合いも大きいと考えられる。C町の場合,現状では実 際に選択校を選んでいる父母が少ないことと,行政によるアセスメントの成果

もあってか,現段階ではこの制度に対する不満や苦情等は全く寄せられていな いようであるが,今後その点がどのように展開するかの予測は困難であり,特 に新しい住宅地や団地が造成され,大量に新しい住民が移入してきた場合など にこの点で制度の問題が指摘される可能性は否定できない。

4.三事例の暫定的なまとめと今後の課題

 以上,三っの地域の事例についてそれぞれの経過・概要と特徴をまとめてみ

た。

 筆者らは,今回の事例調査を開始するにあたり,前述した仮説をあらかじめ 設定し,それに沿ってそれぞれの類型を代表するような事例を選んだわけでは なかった。文部省の「弾力的運用」通知を契機として何らかの具体的な動きを 起こしている自治体を,調査が比較的容易な東京周辺で無作為に選んだという のが事例選択の実際である。しかし,それにも関わらずこれら三事例は,同じ

「通学区域の弾力的運用」として行われた制度改変であるとは思えないほどに 異なっている。上述してきたようにその差異は制度改変の目的においても,方 法においても明らかであった。こうした明らかに異なる実態の把握を行う過程 で,筆者らはこれらの事例をどのように類型化し位置づけることができるかの 検討を行った。それが上述した仮説的な4象限の類型であるが,以下この仮説

に沿って各事例の位置を考えてみたい。

 まず1軸(淘汰競争の有無)との関係では,A区の事例は統廃合計画との事 実上の連動もあり,小規模校がより小規模化するという経過をたどり,そのこ

(18)

とが該当校の教師や学区域の父母・住民に深刻な危機感を与えたことなどから,

学校間に淘汰的な競争を惹起する「弾力化」の事例であったということが可能 であろう。現実にはこの制度改変を直接の契機とした学校の統廃合等は現時点 まで行われていないが,それは同区の政治的な事情や,学区域の「弾力化」に より小規模化した学校の教師・父母による「抵抗」が大きく,またそれらがマ スコミ等でも大きく取りあげられたことによると思われる。

 他方でB市,C町の場合はいずれも,小規模校,あるいは児童数が他の学校 に比して少ない地域の学校に児童を誘うという性格のものであり,むしろ既存 の学校が過疎化や少子化によって過小規模に陥らないようにという意図がそも そもの制度改変の目的に含まれている。その意味ではこれらの事例を学校間の 淘汰競争の導入あるいは強化と見なすことはできない。

 次にll軸(学校の多様化志向の有無)との関係である。「弾力化」あるいは

「選択」というモメントを導入する際に,それぞれの学校を「多様化」する,

あるいはそれぞれの学校の「個性」を出すということがどの程度積極的に志向 されるかが問題となるわけだが,この軸にっいては今後さらに理論的な深化を 行うことが必要であると考えている。というのは,「多様化」という概念その

ものが必ずしも自明ではなく,たとえば現状ですでに存在する学校施設などの 差異を「多様性」と見なすのか,あるいは一元的な競争秩序の中での,個別学 校のいわゆる「進学校」といった性格や周囲からの評価は学校の「個性」であ るのか,といった問題がある。また「多様性」を追求するといった場合に,そ れがカリキュラムの特化までを含むものなのか,それとも同一の学習内容,学 習の到達目標は維持したまま,学校活動のそれ以外の部分で追求される「多様 性」なのか,といった問題も制度そのものの是否に関わってくる問題であろう。

しかし,こういった仮説枠組みの不充分さを自覚しっっ,なおあえてこの軸と の関係で今回の三事例を整理するならば,以下のようになるだろう。A区の場 合,「弾力化」とは言っても,制度上学校間の差異を理由とした指定校の変更

は認められていない。実態としては,父母は学校の規模における差異やいわゆ る「荒れ」の問題などの学校の評判,部活の種類や実績,施設の差などを理由 に学校を選んでおり,表面的に指定校変更の事由として正当とされているもの

(19)

を整えているケースも存在することが想像されるが,少なくとも行政が積極的 に学校の「多様化」あるいは「個性化」をこの制度との関係で推進しようとい う意図は存在していない。B市の場合, B二小のもっ自然環境という点では同 校は同市内の他の学校に比して「特色」のある学校であると言えるが,ここで

も行政の意図としては,むしろ「他の学校にない特別な教育が行われるわけで はない」という点が強調されている。唯一行政が積極的に「多様化」あるいは

「個性化」を打ち出しているのはC町である。しかし同事例においても,各学 校がその教育理念あるいは方針として任意に「看板」を掲げることは(現時点 での意識としては)否定されており,学習指導要領の存在や,「基礎学力は均 等に保障しなければならない」といった教育委員会関係者の意向29が強いこと もあって,そこで意図されている学校の「多様化」あるいは「個性化」がどの ようなものをさすのかは曖昧で抽象的なままである。少なくとも学校外にいる 父母の選択の指標として,明確な各学校の「個性」が打ち出されているわけで

はない。行政の姿勢のみから見るならばA区とB市は多様性志向が弱く,C町 ではそれがやや強いと言うこともできるが,現在の実態のみから類型化を可能

とするほどの情報は得られないと言うべきだろうか。

 これらの類型化と各事例の位置づけが今後の推移のなかでどう変化していく のか,さらにその中で,望ましいと判断できるような「学校選択」のあり方が 見いだせるのかどうかといった点にっいては,各地域の今後の展開や,他地域 での「学校選択」の展開を見るなかで考察を深めていかなければならないだろ

う。

 最後に,三事例の経過を見るなかで筆者らが強く感じたこととして,「弾力 化」を実施する際の教育行政のアセスメント機能の重要性にっいて補足的に触 れておきたい。この点は「学校選択」制度そのものを考察する際に原理的であ

りかっ独自な論点であるとは言えないが,現実に学区域制度をなんらかのかた ちで変更する際にはきわめて重大な論点であると考えるからである。A区の場 合,「弾力化」によって「小規模校をより小規模化する」ことにより,統廃合 計画を推進する契機とするという明確な意図が行政側にあったとまで論証する

ことはできないものの,少なくとも,統廃合計画の発表・周知と同時に「弾力

(20)

化」を行うことでそういう事態が起こりうるという予測は可能であったし,教 育行政としては予測してしかるべきだったと考える。学校の統廃合がすべて否 定的なものであると主張するっもりはないが,急激な小規模化にさらされた学 校では,教員数の減などによる教育条件のさらなる悪化が起こる可能性があり,

これは当事者である教師・父母・在学する児童にとっては深刻な問題である。

B市・C町の「弾力化」が,地域の父母・住民との度重なる話し合いや意見聴 取を背景として行われ,結果として現時点では大きな混乱を引き起こしていな

いこととの比較でも,この点での行政の責任は重大であると言わなければなら ない。またこのことと関わって,A区で実態として起こったような全面的な学 区の自由化が学校規模の大きな格差を生むおそれがあるような場合,親の選択 肢をある程度制限し,格差が大きくなりすぎないよう選択行動をコントロール することも教育行政の果たすべき機能であると考える。特認校制度,あるいは 調整区域の設定といったやり方はそういったコントロールの一つの形態である。

小規模化することにより,むしろ少人数での手厚い教育が可能となるのではな いかという議論もあり得るが,小規模化が人員・予算面でのマイナスに直結し,

さらに複式学級化など教育条件の悪化に結びっく現在の制度のなかでは,この ような制限はやむを得ないものであり,むしろ行政の機能として積極的に行う べきものであると考える。こういったアセスメントやその結果による制度変更 の結果の予測,さらにそれに基づいた制度設計が適切に行われず,学区域制度 の「弾力化」「自由化」が乱暴に行われるならば,多くの児童生徒・父母・教 職員を大きな混乱に陥れ,その教育条件を著しく悪化させることもあり得るで

あろう。

1 文部省初等中等教育局「通学区域制度の弾力的運用について(通知)」文初小第78  号,1997年1月27日。

2 「通学区域制度の弾力的運用」は,現行法上のいわゆる「指定校制度」(学校教育  法施行令第5条以下)に変更を加える必要のない範囲で可能な「運用」として行われ  るものであり,その性格はより本格的な「学校選択」制度への制度改革を視野に入れ

(21)

 た試行的・過渡的なものであると判断する。

3 後に述べるように,学校選択制度にはいくつかの異なった類型があり得,学校選択 制度という言葉で意味されている制度像が論者によって異なっていることもあり得る。

 ここではそれらの異なった制度像をすべて含む不確定な概念として「学校選択」制度

 と表記する。

4 一例として挙げれば,佐貫浩『学校改革を考える』第二章「「教育の自由化」論と 学校」(花伝社,1990),同「「地域と学校」問題の今日的課題」(『教育」No.622,国

 土社,1998),乾彰夫「新自由主義「改革」の現段階」(『教育』No.624,国土社,1998),

 藤田英典・堀尾輝久(対談)「教育の商品化と学校選択」(『人間と教育』No.23,旬報 社,1999)など。なお,これらの論は必ずしも「学校選択制度」そのものの原理的考 究を意図したものではない。「規制緩和政策の一環としての学校選択」に対象を限定  してその批判を試みたもの,原理的には多様な学校選択制度があり得ることを考慮に

入れた上で,現実にはそれらの制度が市場原理の導入として機能すると考えるものな

 ど様々である。

5 「教育における抑制と均衡(チェック・アンド・バランス)」の原理を学校選択の 理念とする黒崎勲の諸論はその有力な一例である。例として黒崎「学校選択 二っの 原理」(森田・藤田・黒崎・片桐・佐藤編『教育学年報2 学校=規範と文化』,世織 書房,1993),同『学校選択と学校参加』(東京大学出版会,1994)。ほかに「教育の 正統性を確保する問題」に学校選択論が一定の機能を果たしうるとする,荒井文昭

「学校選択論の危険性と可能性」(「人間と教育』No.23,旬報社,1999),子どもの発 達・学習の権利を実質的に保障するため「学校・教育を選ぶ自由」の必要を論じた,

村山士郎「学校・教育を選ぶ自由と子どもの居場所づくり」(教育科学研究会編『現 代社会と教育 3 学校」,大月書店,1993)など。

6 「チェック・アンド・バランス」の原理による学校選択制度については前注におけ

 る黒崎勲の諸論稿を参照。

7 統計は東京都教育委員会『公立学校統計調査報告書,公立学校卒業者の進路状況調 査編』(各年度)による。私立進学率は80年代後半から90年代初めにかけて倍加する が,93年以降はほぼ10〜11%で安定している。

8 前注の「調査』では各区市町村の公立小学校卒業者を,進学先の公立中学校の所在 地に応じて「校区内」「校区外」「区域外」進学と区分し,その実数をあげている。こ れは各小学校の校長が卒業生の進路先を判断して報告するものであり,その中には中 学校入学の時点での子ども(家庭)の転居も含まれることになり,厳密には「指定校 変更」「区域外就学」手続き上の「弾力的運用」の結果とは言えない。しかし本稿で

は「弾力的運用」の実績を一定反映するものとしてこれを参考にするものとする。

別に,A区の「弾力的運用」の実績を知る統計資料として,「指定校変更・区域外就

(22)

学承認件数(新1年生分)』(A区教育委員会学務課学事係)がある。これは「指定校 変更」事務を直接担当する学務課の作成のものであり,小学校・中学校の入学時点で  の「承認」実績がわかる。(当資料は99年に入手可能となった。本稿では98年10月段  階の原文をもとにしているため,東京都教育委員会作成の統計をもとに推測した数値  をそのままに報告している。)しかし,学務課作成の資料と東京都教育委員会の資料  ではデータに相違がみられ,学務課作成の資料をもとにすると本稿の数値とかなりの  相違が生じる。後述の推測の数値を学務課作成資料によって算出した結果は注10で補

 う。

9 4918名のうち749名。ただし97年度(98年4月)のデータはA区教育委員会でのヒ  アリング(98年8月)による。

10 東京都区部にはこうした「校区外」「区域外」進学の割合が高い区がみられ,X・

 Y区がその例である。これらの区も従来から「弾力的運用を行っている」とのことで  あるが詳細については今後の課題である。都区部では少子化に伴う学校の小規模化や  私立学校との競合により,通学区の流動化が部分的に進んでいるとみられる。

  A区の学務課作成の資料によれば,中学校入学時点での「指定校変更」手続きの  「承認件数」そのものの,区内公立学校進学者に対する割合は94年〜99年においてそ  れぞれ,10%,11.4%,12%,15.3%,15.1%,16.4%と推移する。また,小学校入  学時点での「承認件数」の同様の割合は94年〜99年において,6%,6.5%,8.3%,

 9.5%,10%,10.7%と推移している。

11近年の学校の動向についてはA区立A3中学校元教員のヒアリング(98年8月26日)

 による。

12後述する当区での「弾力的運用」の拡張は前教育長(89〜96在職)のイニシアティ  ブによるところが大きいと見られる。前教育長のヒアリングによると「事務処理基準」

 の策定にあたって「クラブ活動,学校施設・設備を学校選択の事由とする場合は認め  ない」とされていた従来の内規の「削除」を行なうなど,「運用」の拡張の「指示を  与えた」という。前教育長は「競争による義務教育段階の学校の活性化」という議論  を一定受け入れており,「学校選択の積極的支持派」であったことを認めている。個  人的には,小学校については地域と学校の関係の重視から「弾力的運用」を厳格に維  持し,中学校の段階では「7ブロック程度の範囲内」での選択制度の構想を持ってい  たという。(A区前教育長のヒアリングによる。99年3月24日)

13 A区立A3中学校教員のヒアリングによる(98年8月26日)。特定の学校で子ども  の流出や集中の事態が生じていることを,上記の「事務処理基準」の事由からのみ説  明することは確かに困難であろう。区教育委員会の担当者(学務課課長)とのヒアリ  ング(98年8月16日)では,特定の学校への子どもの集中について,例として「クラ  ブ活動」がその指定校変更の理由として多いことを率直に認めている。「事務処理基

(23)

 準」にはそうした事由を認める要件はなく,公式には「認めてはいない」とするが,

 「書面上は適正」であれば拒否はできないとしている。

14教育委員会のヒアリング(98年8月26日)によれば,現在の手続きは,「指定校変  更」の申請者と面談をおこない,承認事由を満たしていれば書式を提示しその作成を  援助する形で行われているという。だが学務課作成資料(注10参照)によれば,「承  認数」は,98年中学入学者についてのみわずかに実数が縮小したに過ぎず,弾力的運  用の拡張は進んでいる。

15 96年秋の区長選で「統廃合計画の見直し」を選挙公約としていた候補者が当選した  ことから「統廃合」計画は一時凍結され,A2小の子どもの流出阻止と存続はこれに  よって可能になったと言える。しかし,99年の,区長不信任決議と議会・区長選,保  守系区長の誕生という一連の動きによって,「統廃合計画」が再び進行する状況であ  る。「弾力的運用」は小規模校の規模拡大を論理的には可能にするが,急速な拡大は  困難な課題であり,現在の小規模校区での子ども・家庭の動向と今後の行政の対応が

 注目される。

16区教育委員会担当者(学務課課長)のヒアリング(99年8月16日)では,指定校変  更の増加の一因として,「事務処理基準」にも要件としてある「調整区域」(隣接校で  の選択可能地域。区内で50〜60程度あるとしている)の存在を挙げている。この「調  整区域」については住民に公開されているわけではないが,その存在は,当該地域で  は口伝えなどによって周知されているとしている。しかしこうした扱いは情報の平等  という観点から問題が残る。

17A区立A 4中学校長のヒアリング(99年10月8日)によれば,教育委員会による  「指定校変更」手続きの「基準」整備と「運用」の拡張については,これに伴う問題  が表面化した後にはじめて知ったとのことであり,管理職レベルでも情報の共有が不

 十分であった。

1898年に開始された「再検討委員会」は99年夏の段階でも議論を継続中である。議論  のおおまかな構図は,「弾力的運用」を「時代の流れ」と理解する行政側と,「承認」

 事務の厳格な審査を要求する学校管理職側という図式である。しかし学校管理職レベ  ルでも「弾力的運用」に対する評価には温度差があり,これを縮小する方向で捉える  見方は管理職レベルでは弱まっているとの意見もある。(区立A5小・A4中学校校  長のヒアリングによる。99年10月19日,99年10月8日)なお教育委員会は99年度も現  「基準」で運用を行い,いずれ「基準」の公開も考えているという。

19特定の学校が何らかの理由によって忌避される時,これらの学校は,地域との関係  を積極的に開き,新しい結びつきを作ることで学校の再生を図ろうとしている。この  事情は,子どもの流出という事態を招いた中学校でのその後の再建のプロセスにおい  ても同様であった(区立A4中学校校長ヒアリングによる。99年10月8日)。近年困

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Q7 

黒い、太く示しているところが敷地の区域という形になります。区域としては、中央のほう に A、B 街区、そして北側のほうに C、D、E

○安井会長 ありがとうございました。.