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タイの人類学的研究からみる 相 互 行 為 と 社 会 秩 序

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研究論文

タイの人類学的研究からみる 相 互 行 為 と 社 会 秩 序

高 城 玲

アブス トラク ト

本稿 は、変動の中にある現代 タイ社会 をマクロな政治経済学的分析 のみで捉 えることに 疑問を呈 し、人々の行為 に足場 をおいた ミクロな視点か らもタイ社会 を照射す る分析方向 を探 るための予備的考察である。その 目的は、タイにおける相互行為 と社会秩序 をめぐる 問題 に対 して、 ミクロな分析 を特徴 とす る人類学的研究が、 これまで如何なる議論 を積み 重ねてきたのか、研究の歴史 を紐解 き、残 された問題 の所在 を明 らかにす ることにある。

取 り上げるタイの人類学的な先行研究は、 「ルースな構造 とパ トロン ・クライエ ン ト関 係」、「儀礼、実践宗教」、「ルー クスア ・チャオバー ン、恐れ、村の中の国家」、「インフォー マル な地方有力者」、 「日常生活 における相互行為」 とい う大 きく5つの方向に整理 して論

じる。

先行研究の整理か ら、今後の具体的な分析 に残 された問題や乗 り越 えるべき問題 として 指摘 され るのは、 「選択 自由な行為観」、 「関係 の実体論」、 「主観主義的相互行為論」、 「観 念的体系の構造論」 とい う概ね4つの問題である。従 って、今後の新たな研究では、選択 自由な主観主義的相互行為論 を相対化 し、慣習的、拘束的な行為のや りとりを相互行為 と して対象化すべきこと、また、 これまで分析が行われてきた宗教儀礼以外の集 ま りの場 に も具体的な分析 を拡げ、 日常的な相互行為 と社会秩序の関係 を焦点化すべきことが、結論 として指摘 され る。つま り、今後の研究に求め られ る視座 は、タイの社会秩序 を慣習的行 為の具体的過程の中に、またその行為 とい う地平か ら微視的に描 き出す ことであると言 う

ことができる。

キ ー ワー ド :タイ、相互行為、社会秩序、 ミクロ分析 、パ トロン ・クライエ ン ト関係 、 主観主義的相互行為論

1.

は じめに

タイは近年大 きな変動の波 に飲み込まれてい る。特に経済面では、首都バ ンコクを中心 とす る都市化 と産業社会化‑の波、1990年代初頭に かけてのバブル経済 を経て、1997年 には一転 し てアジア通貨危機 の震源地 となった。2001年 に

タクシン・チナ ワッ ト

( Th a h s i nShi

naw

a t r

a)1

が政権 の座 に就 くと、強力な主導力で経済立て 直 しに向かったが、他方で政治的に決定的な亀 裂 を引き起 こしている。2006年 のクーデ ター後 は、タクシン派、反 タクシン派の対立を軸にそ れぞれが大規模 な集会やデモ を組織 し、2008年 の空港 占拠、2009年の武力衝突な ど混迷の度合

120069月 の クーデ ター まで首相 の地位 にあった。 タクシン元首相 に関 しては、McCargoandUkrist[2005]、Pasuk andBaker[2009]を参 照。

タイの人類学的研究か らみ る相互行為 と社会秩序 141

(2)

いをますます深 めてい るのである2。

こ うしたタイの状況は、これまで主に統計や 制度論 を中心 とす る政治経済的な分析か ら語 ら れ、説明 されてきた。 もちろんそ うした鳥撤図 的視点のマ クロな分析 も重要で不可欠なもので はある。 しか しなが ら、実際にタイに生きてい る人々、特にその具体的な行為のあ り方に注 目 した分析 は十分にな されているとは言い難い。

そ こでは、政治経済的な鳥略図的な視点に加 え て、人々の行為 に足場 をおいた ミクロな視点か らもタイ社会 を照射す る分析が求め られてい る のである。

特に現在 は、政治経済的な動 きが 目につ きや すいバ ンコクを中心 とす る都市部 にマ クロな分 析 の焦点が向きがちである。 しか しなが ら、選 挙 を行 うと圧倒的な票 を獲得す るタクシン派の 支持層 は、その大多数が農村部の稲作社会に生 きている人々であることも忘れてはな らない。

従 って、現在求め られてい るものをよ り限定 し て言 えば、農村社会 の人々の行為にも着 目した

ミクロな社会分析 と言 うことができる。

では、理論的には行為 とい うものをどのよ う に捉 えていけば良いのだろ うか。注意すべきは、

行為 を行為そのもの として捉 えるのではな く、

あ くまで社会や社会秩序 との関連 の中に捉 える べきだ とい う点であるC

つま り、行為 とは人間一人で繰 り広げ られ る のではな く、常に他 の人 と共に在 ることによっ て、共に在 るときに互いに行為 しあ うことによっ ては じめて可能 となるのである。そ うした相互 行為の積み重ねによって 日常生活が営まれ、そ こでの相互行為の束が村 における社会関係や社 会の秩序、社会‑ と繋がってい くとい う視座 を 重視すべ きであろ う3。

こ うした視座 に立っては じめて、変動のただ 中にあるタイ社会の秩序のあ り方に関 して、制 度論的なマクロな議論のみではな く、相互行為 とい うミクロな視点か らも照射できるとい う新 たな分析視角の端緒が切 り開かれ ることになる。

本稿 は、そ うした具体的な分析 に向けての予 備的考察にあたる。主たる目的は、相互行為 と 社会秩序 とい う問題 に関 して、タイの農村社会 における人類学的研究が どのよ うに取 り扱 って きたのか、その研究の歴史 を紐解 き、そこに残 されている問題 の所在 を明 らかにす ることであ る。相互行為 と社会秩序をめぐる大きな問題 を、

タイ とい うフィール ドの微視的な経験を重視す る人類学的研究か ら整理 し、これまでの研究で いかなる論点が蓄積 され、そこにいかなる問題 が残 されているのかを探 ってい く。

ここで取 り上げるタイの人類学的な先行研究 は、大きく5つの方向に整理 して論 じる。以下、

「ルースな構造 とパ トロン ・クライエン ト関係」、

「儀礼、実践宗教」、 「ルー クスア ・チ ャオバー ン、恐れ、村の中の国家」、 「イ ンフォーマルな 地方有力者」、 「日常生活における相互行為」 と い う5つの方向か ら検討 し、最後に残 された問 題 の所在 を明 らかに したい。

2. ルースな構造 とパ トロン ・クライエン ト関係

タイの人類学的研究4において、 日常的な相 互行為 を主な焦点 としたものは少ない。 タイの 農村社会 を人類学的に対象化 し、問題提起的な ものなが ら、かつて注 目を集 めたのは、アメ リ カの人類学者エ ンブ リ 5の議論 である。 エ ン ブ リーは、タイ社会秩序の特長 をルースな構造

2 この間の政治経済的な動 向に関 しては、 日本 タイ協会編 [2008]、Nostitz[2009]な どを参照。

3今村 [2000:1‑5] の議論 を参考 とした。今村 は、相互行為 を広い意味での交易 と捉 え、社会 内存在 としての人 間を ホモ ・コムニカ ンス (交通 し交易す る人間) として定義 してい る。

4 タイ の人類学的研 究全体の先行研 究は、膨大なものに上 るが、 ここでは、本稿 の 目的に関係す るものを取 りあげて い るC なお、整理す るにあた っては、以下の レビュー論文 も参考 とした。 Chatthip [2005]、Chayan [1993]、Nishii [1999]、Pornphen [1991]、Surichai[1984]。

5ェ ンブ リーは、構造機能主義の影響 の下、農村研 究 を行 った人類学者 で、 日本 の熊本県須恵村 の研 究で も有名 であ る。 タイ社会の対極 にこの 日本社会 のタイ トさを想定 していた。

142 国際経 営論集 No.38 2009

(3)

の社会システム (looselystructuredsocialsystem) にあるとし、その対局 にあるタイ トな 日本やベ

トナム社会 と比較す る。 その上で、タイでは個 人行動の許容範囲が大 きい として、個人の行動

‑の言及 を行 っている [Embree1950]。 このタイ社会をルースなもの とす る規定の延 長線上に、農村社会の実態調査に適用 したのが コ‑ネル大学によるバ ンコク近郊 のバー ンチャ ン村プロジェク トであ り、そ こで も 「極 めて無 定型で、相対的に構造化 されていないタイ社会 の特徴」 [Sharpetal.1953:26]が指摘 された。

その後、ルース概念 に対 して擁護 と批判 を含 めた再検討 を試み る論文集 [Evers 1969]が 刊行 され る。その中で、カーシュはエンブ リー の議論 を、 「基本 的には、ルースな構造 と関連 づ けることができた諸要素が 『制度化』 されて い ることを示そ うとした」 [Kirsch1969:43]

と読み解 く。つま り日本のよ うなタイ トな社会 は、機能主義的理解 によって、社会的行為か ら 逸脱す る個人的行為は個人的偏差 として解釈 さ れ るが、タイでは個人の社会的行為それ 自体が 機能的体系の中に位置づけ られないため、そ こ には機能主義的理論が適用できない。その適用 不能な部分をエンブ リーがルース と規定 し、ルー スな構造 に制度化 されていることを示 した こと で、伝統的な機能主義の空 白部分 を埋めた と、

カー シュは理解す るのである [Kirsch1969:43‑ 56]。 それ は従来の機 能主義 にお ける体系か ら 漏れた部分 をまた同 じ手法で体系化す ることで あ り、結局は構造機能主義的な統一的体系論‑

と回帰 してい く契機 が うかがえる6。

また、同 じくアメ リカの人類学者 フィ リップ スは、フィール ド調査 と同時に、状況 を設定す る社会心理学的な質問票 を用いて、タイ農民の パー ソナ リテ ィー を統計的に類型化す る調査 を 行 い、 その個人主義 的な性格 を指摘 してい る [phillips1965]。 そ こでの調査 は、実際の行為

に着 目したわけではな く、質問票で状況を設定 し、その場合の行動 を想定 させ るもので、一種 のシュミレーシ ョン的なものではあったが、選 択 自由な個人の行為に着 目す るものであった。

一方で、エンブ リーの議論は、ハンクスやフア ン ・ロイ等によるパ トロン ・クライエ ン ト関係 (patron‑clientrelationship)の議論 に受 け継 が れていく。つま り、タイ社会におけるパ トロン ・

クライエ ン ト関係 を重視す るハ ンクスは、エン ブ リーのルース概念 を、 「球技場でルールや戦 略に従 う運動選手のよ うに、決 め られた状況の 中で動 き回る個人」 [Hanks1962:1247]の存在 ゆえの現象 と理解す るのである。ハ ンクスによ れば、パ トロン ・クライエン ト関係の特徴 とは、

「パ トロン とクライエ ン ト間の結びつ きが、 自 発的で、 どち らの側か らもその関係 を切 ること ができる。 この関係 は、相互互恵性 の上に成 り 立ってお り、両者 にとって都合の良い限 り、あ るいは何か大 きな出来事があって、両者 の友好 的な関係 に亀裂が生 じない限 り、継続す るもの である」 [Hanks1975:199]と言 う。 この よ う な認識 をもとにハ ンクスは、ある人間をパ トロ ン としてできるとりまき集 団 (entourage)が、

時には他 の とりまき集団 と協力 しあってよ り広 範囲なサークル とな り、それが現在 のタイ社会 の秩序 となっていることを指摘す るのである。

フアン ・ロイ もハ ンクス と同様 に、タイ社会 におけるパ トロン ・クライエ ン ト関係 を重視す る。 フアン ・ロイは、北タイの経済関係 を分析 す るに際 して、経済学的な市場モデルでは適合 しない として、それを上位者 と下位者 との間の 自発的互酬関係 であるパ トロン ・クライエン ト 関係 として分析す る [vanRoy1971]。

タイ人の人類学者アキンは、 このパ トロン ・ クライエ ン ト関係 のタイにおける歴史的背景 を 明 らかに し [Akin1969] 7、その後 は近年 の状 況 にも議論 を拡げている [Akin1980]。彼 によ

6 ェ ンブ リーの議論 をめ ぐるEvers[1969]の論文集 に関 しては、北原 [1996:134‑145] を参照.

7Akin[1969] は、バ ンコク王朝初期 のパ トロン ・クライエ ン ト関係 を研究 し、フォーマル なパ トロン ・クライエ ン ト関係 を登録制度 によって固定化 しよ うとしたが、結局イ ンフォーマル なパ トロン ・クライエ ン ト関係 が優勢 となっ た ことを指摘 してい る。

タイ の人類 学 的研 究 か らみ る相 互行 為 と社 会秩 序 143

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れぽこの関係 は、クライエ ン トに個人的な利益 がある場合、 自らの意志で特定のパ トロンに従 い、パ トロンか ら様 々な便宜 を受 けるとい う互 恵的なもので、タイ農村社会 においていたる所 で見 られ るものだ とい う [Akin 1980:166]。

また、ケンプもタイ中上部 における農村調査 をもとに、そ こでの社会関係、社会組織 に関す る民族誌 を書いてい る [Kemp 1984、 1992]。

彼 は、村落 を行政的に制度化 された組織 として 見 ることを退 け、様 々な社会関係 が織 りな して い る社会 空 間 と して捉 え よ うとす る [Kemp 1992:1‑3]。 その社会空 間 とは個 を中心 とす る 行動 の範 囲を指 してお り [Kemp 1992:11]、ま た、様 々な社会関係 とは、パ トロン ・クライエ ン ト関係 に基礎 をおいたものである。そ うした 個 を中心 とした行動の範囲におけるパ トロン ・

クライエ ン ト関係 が、村落社会の政治、経済、

宗教な どのあ らゆる側面で見受 け られ ることを 指摘 している。

このよ うにパ トロン ・クライエ ン ト関係 を重 視す るハ ンクスや フアン ・ロイ、アキン、ケン プ らの議論では、個人や個人的行為 を重視す る 姿勢 が見受 け られ る8。 そ こでは、それ までの 人類学の一般理論 において主流 となっていた構 造機能主義的な統一的体系 を重視す る議論 を一 旦は相対化 しよ うとし、個や個の行為に着 目し ていこ うとす る方向性の契機 が うかがえる。 さ らに、その後のタイにおけるパ トロン ・クラエ ン ト関係 に関す る議論は、 より具体的な行為‑

の視線 を深 めてい く。

例 えば、タイ北部農民の政治的行為 に着 目し たタイ人 のチ ャー トチ ャーイは、 「タイの地方 政治 に関す る研究が しば しば地方社会の住民の 政治行為 についての研究 とい うよ りは、地方行 政 と政 治機 構 に 関す る研 究 に な って い る」 [chatchai1990:204]と批判す るが、 この こと

8Terwiel[1984] も、公 的、行政制度 的な関係 よ りも、

要素 として指摘 してい る。

9 ここで言 う有力者 とは、制度 的な行政職 のみでな く、

は、チャー トチャーイが、制度論ではな く実際 に政治 を担 う個人的行為‑の視線 を重視す る立 場 をあ らわ している。チャー トチャーイは、タ イ北部チェンマイ県の 2つの村落か ら各 3名、

計6名 の調査対象者 を選び、各人 をめ ぐるパ ト ロン ・クライエン ト的な私的社会ネ ッ トワーク を明 らかにす る。その上で、彼 ら農村社会の住 民がパ トロン ・クライエ ン ト的社会ネ ッ トワー クを利用 して、 どのよ うな政治的行為 をとるの か、具体的な暴行未遂事件の損害賠償請求をめ ぐるや りと りとい う事例 の中で検討 してい く [chatchai1990:241‑253]。 その結果、 「社会的 ネ ッ トワークにおける制約、例えば村の リーダー や有力者 との間で富、権力面での不平等 によっ て、社会のよ り貧困な層の住民が公然 と村の有 力者 に抵抗す るな どとい うことは生 じ得ず、む しろ有力者の保護を求めることになる」[Chatchai 1990:255‑256] との結論 を得 るのである9。

また、パ トロン ・クライエン ト的な関係 が主 に人類学における政治経済的な関係 で捉 え られ ることが多かったのに対 し、 ウイジェ‑ ワル ダ ナは、北タイにおけるパ トロン的な存在 を意味 す るポー ・リア ン (pholiang)10とい う呼称 の背景 を検討 し、それが、宗教的な意味や伝統 的な治療師な ども対象 とす ることを指摘 してい る [Wijeyewardene 1971]。

タイの人類学者ア‑ナンも民間治療師 (モー ・ ムアン mo Tnu'ang)とその患者 との関係 をパ

トロン ・クライエ ン ト的に捉 える [ア‑ナ ン 1993]。 そ して、近年 の急激 な資本主義的開発 によって人々が混乱に陥っているとい う状況の 中で、その関係 が、環境の変化 に対応 している ことを明 らかに している。

以上、 これまでのエンブ リーによるルース と い う概念 をめぐる研究か ら、パ トロン ・クライ エ ン ト関係 の議論 においては、個人や個人の行

イ ンフォーマル なパ トロン ・クライエ ン ト関係 をよ り重要 な

後述す るイ ンフォーマル な権力者 をも含 んでい る。

10語句的 に、ポー とは父 を意 味 し、 リア ン とは養 うことを意味す る0Anan[1990]も参照。 なお、本稿 にお けるタイ 語 の ローマ字表記 に関 しては、基本的にAnuman[1961]に従 う。

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為 に着 目す る視線 が共通 して見受 け られ る。例 えば、エ ンブ リーは個人的行動 の許容範 囲が大 きい ことを 日本 との比較 の上で強調 し、ハ ンク スや フアン ・ロイ、アキン、ケンプ らのパ トロ ン ・クライエ ン ト関係 に関す る議論 では、 「自 発的」で、また 「自らの意志で」、 「関係 を切 る ことができる」 な どと表現 されてい る。 ここで 注 目すべ きは、 これ らの研究で念頭 に置かれて い る個人や個人の行為が、選択 自由な個人、あ るいは 自由に選択 され た行為 とい う、西欧個人 主義的な姿が色濃 く見 える点である。 しか しな が ら、チャー トチャーイにおいては、ネ ッ トワー クを利用す る政治的行為 とい う功利 的な選択が 可能な行為 を描 きなが ら、他方でわず かなが ら 示 唆 され た 「富、権力 面 で の不 平等」に よる

「制約」 とい う行為 にお ける拘束性 に着 目す る 萌芽 も見受 け られ る。社会 の秩序や社会 との関 係 を究明 しよ うとす るに際 して、 ここでチ ャー トチャーイが、選択 自由な行為 よ りも行為の拘 束性 の側面 に注 目してい る点は重要であろ う。

パ トロン ・クライエ ン ト関係 の議論 の中で、

行為の拘束性や構造 との関連 を重要視 したのは ムル ダーで あ る11 当初 ムル ダー はエ ンブ リー の概念 を批判 し、 「いかな る社会 において もそ の成員 は構造的、機能的に明確 に規定 され た社 会的地位 と役割 の体系の中で相互行為 を行 って い る とい う認識 が大切 で あ る」 [Mulder1969:

20] と主張 し、タイ社会 の よ うに無秩序 に見 え る村落であって も、統一的な構造 と原則 が存在 す るこ とを示 した [Mulder1969:18‑23]。 しか し、その後 ムル ダーは、個人‑の視線 を重視 し なが ら、その個人 の背後 にある世界観 がパ トロ ン ・クライエ ン ト関係 を規定 してい くことに焦 点 を当ててい く [Mulder1979a、b]。 ムル ダー は 「現代 のタイ的システムの中で動いてい る一 人の人間が状況 を どう認識 していたか」[Mulder 1979aニ10]に叙述 の視 点 を向ける点 において、

個人の認識 を重視す る。 このよ うな方法で、ム

ル ダー はタイ人の権力者‑の主観的な認識 を問 題 とし、認識過程 にお けるアニ ミズム的世界観 を重要視す る。つま り、タイ人 のアニ ミズム的 世界観 によって指導者 、権力者‑の依存 関係 が 醸成 され、その依存関係 がパ トロン ・クライエ ン ト関係 として社会構造 を規定 してい くと指摘 し、世界観 と構造 を結びつ けるのである [Mul der1979a:2卜55、Mulder1979b:111‑131]。

ここで、個人 を重視 しなが らその行為 の拘束 性 を考慮 に入れた点はそれまでのパ トロン ・ク ライエ ン ト関係 をめ ぐる議論 か ら進展 を見せ て い る。そ こで、行為の拘束性、関係 を規定す る もの としてアニ ミズム的世界観 で解 明 しよ うと す るのがムル ダーの特長であるが、他方で全て の源泉がアニ ミズム的世界観 に還元 されて しま い、そ うした観念上の世界観 が、全体 を決定す る不動の もの として捉 え られて しま う危険性が つ きま とう。 こ うして、ムル ダーの議論 におい ては、不動の世界観 か ら規定 され るパ トロン ・ クライエ ン ト関係 も、実体的にそ こにあるもの と捉 え られ る傾 向が強 くなって しま う。

この ことは、 これまでの他 のパ トロン ・クラ イア ン ト関係 をめ ぐる議論 において も、言 える ことである。その問題 は、関係 がそ こに既 にあ るもの として実体化 した上で、その性質 を分析 す る傾 向が強い ことにある。本稿 の問題 関心か ら言 えば、パ トロン ・クライア ン ト関係 を実体 的に捉 え、その政治経済的な制度論的分析‑ と 向か うのではな く、既 にそ こにあるとされ るパ

トロン ・クライエ ン ト関係 を一旦カ ッコにいれ、

日常生活 にお ける相互行為 によって、関係性が 生成 される過程 を人類学的な民族誌的分析によっ て丹念 に追 ってい く方 向が よ り重要である。そ うす ることによって、タイの農村 における行為 と関係性、社会 の秩序 とい う問題 を考 えるひ と つの手がか りが得 られ るもの と考 える。

11他 に、タイ農村 における社会構造の重要性 を指摘 した ものに、アメ リカの人類学者ポ ッタ‑ [potter1976] な どが ある。

タイ の人類 学的研 究 か らみ る相互行為 と社会秩序 145

(6)

3.

儀礼、実践宗教

タイの人類学的研究 において、構造 とい う全 体系 を撤密 に分析 し、その構造 の中にお ける行 為 にも注意 を払 った研究は、宗教的側面、特 に 儀礼 に関す る研究 において展開 してきた。

その代表的な研究がタンバイ アによる一連 の 宗教研 究である。 タンバイア [Tambiah 1970]

は経典 とい うテ キス トか らだけでは、村落 の宗 教 を十分 に理解 できない とし、人々が宗教 を実 践 してい る側面 も重要視す るこ とによって、そ の全体的構造 を明 らかに しよ うとしてい る。つ ま りそ こでは、経典 とい うテキス トか らはこぼ れ落 ちる観念や実践 を議論 の射程 に入れ、村落 レベル の仏教 と精霊祭紀に関す るシンボル の構 造分析 を行 ってい るのである。

その後 タンバイアは、王都や王権 を中心 とし て同心 円状に政治的統合がある とす る銀河系政 体論 (galacticpolity)を展 開 し、仏教的な儀礼 と王権、政治組織 との関係 を議論 の射程圏内に 組 み込 んでい く [Tambiah 1976]。 ここで は、

宗教や儀礼がいかに政治的な社会 関係 と取 り結 んでい るのかについての議論 をすす めてい るが [Tambiah 1976:122]、最終的には、宇宙論 的観 念図式 としての銀河系政体 を前提 として考 え、

その説 明に重点を置いてい く。

これ らのタンバイアの研究 は、宗教 の経典以 外 の側面 に視点 を移 した点、また、政治、社会 的な もの と宗教 との関係 を視野 に入れた点で重 要である。 だが、特 に1976年 の銀河系政体 に関 す る研究では、全体的な観念体系構造 を記述 の

中心に据 えることで、具体的な行為 を始発 とす る視角は見えにくくなる危険性 を残す ことになっ てい る。

ここでは、タンバイアが1970年 の著書 におい て、儀礼的な行為に着 目し、それ をコミュニケー シ ョンの体系 として統一的に捉 えよ うとも して いることに注 目したい [Tambiah1970:337‑350]。 この時点では、個 々の行為は最終的に体系的な 全体 に取 り込まれて しま う傾 向が強 く記述 され るが、その後の1985年 の研究では、オーステ イ ンやサール の言語行為論12を儀礼分析 に取 り入 れ る必 要性 を理論 的 に唱 えてい く [Tambiah 1985]。 そ こには明確 に言語行為論 的視角 の影 響 がみ られ 、 「儀礼行為 は、その構成的特質 か ら行為遂行 的」 [Tambiah 1985:128]と して捉 え られ ることとなる13。 こ うして タンバイ アに よって、儀礼 は行為、 しか も慣習的、形式的な 性格 をもった行為 との関係 で捉 え られ ることに なる。が、 タンバイアはこの視点 によるタイの 儀礼 に関す る具体的な民族誌記述 を十分 に展 開 して かなかった。具体的な民族誌 として儀礼 行為 を描 いていったのはタンバイア よ りも後 の 研究だった。

田辺 [1993]は、宗教 を実践宗教14として対 象化 し、中で も儀礼 にお ける慣習的知識や行為 に着 目して、それ と政治、権力 との関係 を究明 す る。そ こでは北タイにおける国家的な精霊祭 配であるプ‑セ ・ヤーセ (pusaeya sae)‑ の水牛供儀 における儀礼過程、特 に儀礼過程 に お ける宗教的実践、行為 の場面構成が詳 しく分 析 され る。その上で、儀礼過程 の宗教的実践に

12言語行為論 では、発話 の記述 的な真偽 よ りもその発話 が行 われ る とい う行為遂行 的な側 面 を重視す る[オーステ イ 1978、サール 1986]。

13浜本 は、タンバイアが儀礼 を行為遂行 的 と捉 えた点に対 して、儀礼研究における 「例外的な挑戦」 としなが らも、

儀礼 をコ ミュニケー シ ョンあるいは表現行為 とした上でその実効性 を問題 に してい るた め、 中途半端 に終 わってい る」 [浜本 2001:60] としてい る。 また、 「タンバイアの取 り組 みは、儀礼 を象徴的行為 だ と決 めつ けることによって その実効性 を原理的に排除 しておいた うえで、発話行為 に含 まれ る行為遂行性 になぞ らえてそれ を再導入 しよ うとい う、不必要 に回 りくどく倒錯 した試みだ と言 うしかない。儀礼 ‑象徴的行為 の図式 にいかに人類学者 が呪縛 され て来 たかをよく示 した症状である」 [浜本 2001:60] と批判 してい る。

14西井 [2001]は、南 タイの仏教徒 とムス リムが共存す る地方 を対象 に、実践宗教 とい う視 点か ら詳細 な関係 のあ り 方 を描 きだす。 また、林 [2000] は、東北 タイ にお ける精霊祭紀 と仏教の実践 を、国家編成や社会変化 の過程 の中に 捉 え、多方面か ら長期 に渡 った記述 を重ねてい る。

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おいて、その慣習的行為が秩序や権力構造の承 認 に強 く関わってお り、社会秩序 とそれ を体現 す る権力者 の権威 を承認 してい くとい う儀礼の 持つ政治的意義が明 らかにされ る15。

このよ うに、タイの人類学的研究において、

人々の行為、なかで もその慣習性や拘束性 を念 頭 に社会や秩序 との関係 を究明 しよ うとす る研 究は、宗教的側面、特 に儀礼における行為の遂 行性、つま り儀礼が慣習的行為 として構成的に 遂行 され るとい う点に焦点をあてていった。 こ の分析視角は、相互行為 と社会秩序 との関係 を ミクロな民族誌的視点か ら捉 えよ うとす る時、

非常に重要である。 しか し、これまでは主に宗 教的儀礼の場にその分析が集 中 してきた。従 っ て、 この視角 を押 し進 めて、儀礼以外の様 々な 集ま りの場 における行為‑ と議論 を拡げてい く 余地は残 されている。つま り、宗教的な儀礼以 外の場 における相互行為、す なわち慣習的、拘 束的な行為のや りとりを、社会の秩序 との関係 を視野に入れた具体的過程の中に描いてい く探 求‑の可能性が開かれていると考 え られ るので ある。

4.ルークスア ・チャオバーン、恐れ、村の中 の国家

次に、宗教面以外のタイの人類学的研究で、

選択 自由ではない行為の拘束性や、それ と社会 秩序、 とりわけ、政治的秩序や権力 との問題 に

関連す る議 論 と して、 村 落 スカ ウ ト (village scout)と訳 され るルー クスア ・チ ャオバー ン (lLLhsu'a chaoban)16の研修訓練 に関す るい く つかの研究を取 りあげておきたい。

まず、小野沢 [1977]は、ルー クスア ・チャ オバー ンの規約の分析 と4泊5日にわたる訓練 過程 の活動 を分析 し、 「共 同体 レベルか ら組織 されて、国家的なま とま りをもつ、国王崇拝 を 軸 とするnationalismの運動 としてのVillageScout」

[小野沢1977:44] とい う性格 を指摘 してい る。

また、アメ リカの人類学者 メッカは、その4 泊 5日にわたる訓練 を通過儀礼 として捉 える。

そこでは、参加者が全て子供 に擬せ られ、その ほ とん どが地方官吏である指導者の下で、軍事 的な訓練が行われ、心理的圧迫 を加 えられ るこ とを通 して、 国家 (民族)、宗教 (仏教)、 国 王17‑ の忠誠 を誓わせ ることになることを示 し てい る [Muecke 1980:414‑425]。

タイ人の人類学者チャヤ ン [Chayan 1984]

は、このよ うな国家な どの権力構造が、再生産 されてい く過程 を、北タイの農村 を調査地 とし て描いた。開発政策のただ中に置かれた農村の、

精霊祭配や仏教、小学校教育18などを、「文化的、

イデオ ロギー的再生産 (culruralandideological reproduction)」の機能 を持つ もの として分析 し、その中の一つに、ルークスア ・チャオバー ンの研修訓練 も取 り上げている。

またアメ リカの人類 学者 ボ ヴィ‑ [Bowie 1997] も、その著書において、全国の村々にお

lSTanabe [1991] は、北 タイの儀礼、 ピー ・メン (phiTneng)と呼ばれ る母系親族 の祖 霊祭紀 において、親族 内部 の年長者 の道徳 的権威 、権力の もとで、婚姻及び 性的関係 についての規制が強調 され、また、村 の守護霊祭紀では村 長 のもとに維持 され るべ き秩序 が導 き出 され ることを示 してい る。

16ルー クスア ・チ ャオバー ンは、 ラーマ6世 時代(1910‑25年在位)に組織 され た親衛部隊スア ・パー (su'apa)を直 接的には起源 としてい る。 その後1970年代 に当時盛 り上が りを見せ ていた学生運動や労働運動、農 民運動 な どに、当 時の保守派 が対抗 させ るために反共右翼組織 として再組織化 したのがルー クスア ・チャオバー ンである。 ここで取 り あげた研究の他 に、江藤 [1994]や事実関係 を整理 した ものに、Kawirat[1989]がある。

17国家、民族 (chat)、宗教 (satsana)、国王 (phraTnahahasat)は、タイの国家による支配 の中枢 をなす ものであ り、国旗 に もこの3つが意 味 された色が使 われてい る。特 に近代以降においては、支配 を強化す るために、度 々この 3つの要素の重要性 が繰 り返 え されて きた。従 って、国家 (民族)、宗教、国王 とは、 「国王が元首 として臨君 し、仏 教 が繁 栄 し、 国民が 国王 を敬 い、仏教 を信 奉 す る とい う状態 を意 味す る」 [石井 1975:294] と指摘 され る。 未康 [1993] も参照。

lS学校教育の果 たす役割 についてはKeyes[1991] も参照。

タイ の人類 学 的研 究 か らみ る相 互行 為 と社 会秩序 147

(8)

ける 「国家 的忠誠 の儀 礼 (Rituals ofNational Royalty)」としてルー クスア ・チ ャオバー ンを 捉 え、訓練 を通 じて参加者が国家や国王、仏教 の権力構造 を再確認 してい くことを指摘 してい る。そ こでは、具体的な訓練の過程 と、訓練 に おけるい くつかの儀礼的な場面構成 も事例 とし て考察 され る。

これ らルー クスア ・チャオバー ンの訓練に関 す る研究は、その儀礼的側面に注 目し、訓練 を 通 じて国家な どの秩序や政治的権力が再確認 、 再強化 され るとい う機能 を中心に明 らかに して いる。

国家な どの秩序や政治的権力が再確認、再強 化 される過程に着 目し、それをルークスア ・チャ オバー ンの訓練以外の 日常的場面で、社会心理 学 的 に捉 えたの は、 タイ人 のカ ンチ ャナ‑

[Kancana 1982]である。 カ ンチ ャナ‑ は、印 象論的な議論 に とどまると批判 され る側面 もあ るが 、 タイ 社 会 に お け る 「恐 れ

(

肋 ∽αm hlua)」を研究 し、それが社会的に どの よ うな 機能を有 しているのかを究明 している。つま り、

「社会 は、 自然に対す る恐れ を基盤 として家族、

学校、マスコミ、寺院な どの社会的機 関におけ る父母や教師、僧侶 な どを通 して、様々な レベ ル で人 々に恐れ を抱 かせ る こ とに関与す る」

[Kancana 1982:30] として、そのよ うな恐れの 作用が権力構造 を生み出 してい くことを指摘す るのである。 ここでは、具体的なデータとして、

小学校 の生徒‑の恐れに関す る聞き取 り調査 と ス コー タ イ 時 代 か らの 仏 教 文 学 「三 界 経

(Traiphum Phraruang)」19を用いている。例 えば、聞き取 り調査の結果では、父母、教師、

役人等が恐れ を背景 とした罰 と褒賞の使い分 け によって、子 どもの行為 を拘束 していることが 指摘 され 、 「三界経」の場合 も寺院の壁画 な ど に描かれ ることを通 して、天国 と地獄‑の恐怖 を際だたせてい ることが示 され る。 また、 「父 母‑の恐れ、教師‑の恐れ、権威者‑の恐れ等、

そのイデオ ロギー的機能が、社会の微細な装置 の中で、 日常生活での行為によって展開 (再生 産) され る」 [Kancana 1982:47]としている。

ここで再生産 され るとす る恐れは、親 な どの身 近なものか ら、村落における国家の代理機 関を なす役人や教師にも及ぶ とされている。 日常生 活 においても、秩序や権威 が再強化、再生産 さ れ るとい う指摘は重要であるが、他方、分析が 心理学的なキー ワー ドに還元 されて行 くため、

その具体的な過程 は十分 に見 えにくくなる可能 性 も否定できない。

以上のよ うに、農村 における国家的権力やそ れ‑の恐れ、あるいは秩序の再強化 とい う機能 をもつ もの として、ルー クスア ・チャオバー ン の訓練や仏教文学 とその壁画、親や教室での教 師の役割 な どが捉 え られている。

しか しそれだけではな く、特に近年のタイで 国家は、開発 をは じめ として、各種の会議や広 報、研修な ど多種多様 なかたちで、各地の村 に 対す る働 きかけを不断に行 ってい る。 この点に 関 して、オース トラ リアの人類学 ・地理学者 、 ハ ー シュ [Hirsch 1989]は、 「村 の 中の国家 (statein thevillage)」と表現 し、 国家が村 の 一部になる程 までに働 きかけ、介入す る、拡大 された支配 (extendeddomination)[Hirsch1989:

36]のあ り方 を示 した。彼が特に注 目す る開発 政策 においては、住民の参加が結局は国家 レベ ルの統合の手段に置 き換 え られて しま うとい う デ ィレンマを明 らかに している [Hirsch 1990]。

これ らのルークスア ・チャオバーンや 「恐れ」、

「村 の中の国家」な どに関す る議論 では、国家 の機能に焦点がおかれ、いわゆる上か らの支配 のあ り方 に重心がおかれ る。ルークスア ・チャ オバーンに関す るい くつかの研究では、訓練 に おける儀礼的な場面構成 を取 り扱い、その過程 を通 して国家が住民に対 して強制す る秩序の再 確認 を指摘す る。それは国家 とい う前提 をおき なが ら、国家の支配 を既 にそこにあるもの とし

19 三界経」 とは、ス コー タイ時代 の14世紀後半 に書かれた もので、欲界、色界、無色界 の三界 を論 じてい る。 善悪 と地獄 ・天国の存在 を教 える仏教文学で もある。 田中 [1989:120‑150]、冨 田 [1987:756] な どを参照。

148 国際経 営論集 No.38 2009

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て描 くとい うよ りは、その支配へ と向か う具体 的な行為 の過程 にも着 目す ることである。

このよ うに、支配 を実体化せず、強制的なも のであれ行為が秩序、支配‑ と向か うとい う過 程 を描 くことは、本稿 の問題 関心に とって重要 な視 点である。従 って、その延長線上のタイ社 会分析 に求 め られ ることは、村 民が村で実際に 経験す る研修訓練 な どにお ける統制的な相互行 為の具体的あ り方 に立 ち返 ることであ り、その 支配 のあ り方 の ミクロな過程 に、十分 な よ り厚 い記述で光 を当てて行 く必要がある とい うこと であろ う。

5.

インフォーマルな地方有力者

国家 とい う制度 とは別 のかたちで村 において 大 きな影響力 を及 ぼす存在 として、人類学的な 政治経済論 が注 目してきたのは、イ ンフォーマ ル な地方有力者(infわrmallocalpower)である。

イギ リスの人類学者 タ‑ トンは、農村 における 階層分化を農民貧困層が直接に称呼するインフォー マル な有 力者 との 関係 か ら検 討 す る [Turton 1989]。 これ らイ ンフォーマル な地方有力者 は 村外 の官僚や資本セ クター と結びつ き、特権 的 経 済機 会 を有す るた め、 そ こで得 られ た利 益 に よって再び村 内外 で の コネ クシ ョンを形成 し、 彼 らの権 力 は再 生 産 され て い く とい う

[Turton1989:8卜88]。

ここで言 うインフォーマルな地方有力者 とは、

典型的には、経済利権 をもとに して合法的、非 合法的な蓄財 を重ね、各地方で圧倒 的な影響力 を持 つ 「チ ャオ ・ポー (caopho)」と呼ばれ る人々である。彼 らに関 しては、パース ツク ら が、その蓄財 の手段や汚職、民主主義制度 に与 える弊害など、政治経済学的な詳細な分析 を行っ てい る [pasuk andSungsidh 1994]20。 また政 治学者の玉田 [Tamada1991] も、チャオ ・ポー が及 ぼす力 を、制度 的 な権力 (amnat) とは 異 なるイ ンフォーマル な影響力 (ithiphon)と して区別 し、そのイ ンフォーマル な影響力が制 度的な権力 に も及ぶ ことを指摘す る [Tamada 1991:14]。 その他 、 このイ ンフォーマル な影響 力 を有す るチャオ ・ポーに関 しては、賭博や闇 宝 くじ、覚醒剤 な どの地下経済や地方実業家 と

しての側面、民主的な手続 きとの関係 な ど、政 治学、経済学的な分析 を中心に多 くの議論が行 われ て きた [赤木 1994、 田中 2008、Arghiros 2000、2001、McVey2000、Nuannoi1996、Ockey 1992、2000、Pasuk 1996、Pasuk and Baker 1997、2000、Pasuk,SungsidhandNualnoi1998、 Sombat1992、2000、Somkiat1993]21

このように、国家とは別のかたちでのインフォー マル な影響力 を議論 の射程 に入れ ると言 う視角 によって、形作 られてい く社会や秩序のあ り方

20チ ャオ ・ポー とは元来 、それぞれ の土地の守護神 を意味 していたが、近年 では経済力 と政治力 を兼ね備 え、 しか も 違法性 を帯びた地方有力者 を指す場合 が多い [Atcharaphon1992:235‑241、PasukandSungsidh1994:57‑61]。 この用 法は1960年代 に始 ま るとされ 、定着 したのは80年代の半ばの映画 「ゴッ ド・ファーザー」以降である。 その特徴 は以 下の通 りであ る [pasukandSungsidh1994:57‑61]。第1に、 タンポン (行政 区) か ら数県 に及ぶ特定の地域 で勢力 を持っ。第2に、合法 な事業 と並んで違法 な事業 を行い、経済力 を持つ。第3に、護身や違法事業のため殺 し屋 を子 分に抱 えてお り、敵対す る者 を威嚇 し、時には殺害す る。第4に、寄付行為、贈賄 、婚姻関係等 を通 じて、官僚 と親 しい関係 を築 き、違法事業や犯罪行為 の摘発 を免れ る。第5に、チ ャオ ・ポー同士の対立で殺 され ることも多い。第 6に、官僚 自身がチャオ ・ポー になることもある。第7に、貧 困、官僚 との対立な ど様 々な問題 を抱 えている地域住 民に気前 良 く援助 の手 を差 し伸べて感謝 され尊敬 を集 める。第8に、高い集票力 をもち、選挙で重要な票 の取 りま と め屋 (プア ・カネ‑ ン) となって活躍す る。 その中の一部 は、 自ら立候補 して代議士 となる場合 もあるC1990年代初 頭 において、全 国でチ ャオ ・ポー は256、76県 中39県 にまたがってい る とされ る [pasukandSungsidh1994:95]。

また、チャオ ・ポーが取 り組む違法 な事業 とは、各地域 によって、業種が異 なる。 中部では主に、賭博場や遊興事業、

木材伐採 な ど、東北部では、賭博場、近隣諸国の木材伐採 、商品作物 の売買な ど、北部 では、森林伐採や商品作物 の 売買、南部 では、鉱 山や森林伐採 を主 としてい る [pasukandSungsidh1994:96‑98]。 チ ェンマイ の地方実業家 とし ての側面に関 しては、遠藤 [1996] も参照。

21地方選挙 にお ける買収 な どの非合法的な手段 を通 じて、イ ンフォーマル な影響力が生みだ され る過程 に関 しては、

選挙運動の相互行為 に着 目した別稿 も参照[Takagi1999、高城 2002]

タイ の人類 学 的研 究 か らみ る相 互行 為 と社 会秩序 149

(10)

を制度面以外 のよ り実態 に即 した もの として捉 えることが可能 となる。 しか しなが ら、特 に政 治経済的な研究においては、具体的な 日常の行 為や相互行為 を十分 に議論 に組み入れない こと か ら、影響力 を持つ者 と住民 との関係 を実体的 にそ こにあるもの として描 き、その上で特長の 分析 を してい く傾 向が強い。 この実体的に描 こ うとす る視点は、パ トロン ・クライエ ン ト関係 に関す る議論 に通 じるところがある。本稿の問 題 関心か らは、イ ンフォーマル な地方有力者 と 住民 との関係 を議論 に組み込みなが ら、そ こに 相互行為 とい う視点を導入 し、関係 が生成 され る過程 に着 目してい く方向性が重要になって く るだろ う。

6.

日常生活における相互行為

前述 したルークスア ・チャオバー ンの訓練や 宗教儀礼な どは、国家や宗教的権威が、住民で ある諸個人に覆い被 さって くる側面が強い。 こ のよ うな訓練や儀礼的な場 は、現在 のタイ農村 においても厳然 として存在 してお り、その住民

‑の働 きかけは頻繁 になされてい る。従 って、

具体的なタイ社会の分析 では、まずはそのよ う な訓練な どの場 において、 どのよ うな相互行為 がな されているのか、そ してそれが社会の秩序 や社会 といかに結びつ くのかに関 して、焦点化

し記述す る必要がある。

他方、農村 において住民が経験す る相互行為 は、研修や儀礼的な場 におけるものだけではな い。む しろそれ らは生活 のごく一部であ り、 日 常生活 において人々は、毎 日の農作業を行い、

農業用水 をや りくりし、作 った米 を市場で売っ

て、そこで得た現金で材料 を買って食事を作 り、

選挙 と言 っては、 自分の支援す る候補者 の手助 けをす るとい う、数限 りない相互行為 を繰 り広 げている。そこでは、国家などが前面に立って、

村の住民に働 きかけ、覆い被 さって くるよ うな 訓練 な どの場 とは異なった 日常の生活が、 しか しなが ら、そ うした環境のもとで、 日々営まれ ているのである。

こ うした 日常生活 における相互行為 をタイの 人類学的研究の文脈で民族誌的に扱 ったのは、

アメ リカの人類学者モアマ ン22である。特 に後 年 のモアマンは、相互行為 をめ ぐるエスノメソ ドロジー (ethnomethodology)23 の理論 、 中で も会話分析 (conversation analysis)の手法 を北 タイのタイ ・ルー

( TaiLu e )

族の民族誌 に適 用 した [Moreman 1988]。 そこでは、村 の 日常 生活 において村民 らがかわす会話が会話分析 の 手法に則 って詳細に記録、記述 され、分析 され る。モアマ ンの視線 は、 日常生活の相互行為 を 微視的に取 りあげるとい う点において重要な指 摘 を含んでいる。 しか し、エスノメソ ドロジー 的な手法は、会話の状況依存的、文脈依存的側 面にその分析 を限定 しよ うとし、会話 を担 う当 事者のみの視点か ら捉 える主観主義的な傾 向が 強いため、その手法 を徹底 した場合、会話の背 後にある社会関係や社会 といった ことを十分に 議論 し尽 くせ ない とい う欠点 もかかえている24。 モアマン自身、会話分析的な手法を徹底すれば、

民族誌家 としてのタイ ・ルーの人々や社会‑の 関心が、会話の一般的分析 に還元 されて しまい か ね な い とい う危 倶 を後 に表 明 して い る [Moreman 1992:32‑33]25

また、タイの人類学者 ワッサンは、チェンマ

22モアマ ンは当初、タイ社会 をルース とす る考 えに否定的で、北タイのタイ ・ルー族 のフィール ド調査にもとづいて、

村 落 にお け る寺院や 国家 の代理機 関 と しての村長 の役割 な ど、構 造 的 な側 面 に も注 目す べ き こ とを指摘 してい た [Moreman1969]。 しか しその後、サ ックス等 のエスノメ ソ ドロジー的な会話分析 に進 んでいった。

23社会学者 のガ‑ フィンケル らは、 日常生活 の会話 をその担 い手 の主観 的な視点か らみた相互行為 の積み重ね として 捉 え、その状況依存的、文脈依存的側面 を強調す る[ガ‑ フィンケル 1987]

24 この点 に関 しては、ブルデ ュー [Bourdieu1977:81]や 、その後 のエス ノメ ソ ドロジーの批判的議論 か らもた らさ れ る山田 ・好井編 [1998:72‑87] な ども参照。

25‑方、ア フ リカ、狩猟採集 民 グイの 日常会話 を長年分析 してきた菅原 は、グイに特徴 的な 「相互行為 のセ ンス」 に 注 目し、そ こに相互行為 と狩猟採集社会 との関係 を見 よ うとしてい る [菅原 1997:245]

150国際経 営論集 No.38 2009

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イの中心部 にあるひ とつの通 りで繰 り広げ られ る 日常 の相 互行 為 を描 き出 して い る [Wasan 2000]。 この通 りは、昼 間は普通 の通 りである が、夜 になると付近一帯が屋台形式の土産物屋 や飲食店 な どで埋 め尽 くされ、観光客 らが押 し 寄せ る賑やかなナイ トバザール と呼ばれ る市場

‑ と一変す る.そ こは、観光客や土産物 を売 る 人、飲食物 を扱 う屋台の人、土産物 としての 自 らの工芸品を売 る山地の少数民族、乗 り合いタ クシーの運転手や客引き、ツー リス トポ リスな ど、多種多様 な人々がひ とつの通 りに集 まって 濃密 な相互行為がや りとりされ る場で もある。

ワッサンはこの路上 とい う共に在 る場で、テ レ ビとい うモ ノを中心に交錯す る多種多様 な相互 行為 を、 ゴッフマ ン26やエス ノメ ソ ドロジー的 な手法 を参考に しなが ら詳細 に描 き出 した。そ して、その過程で、路上に集 まった人々の間に 様々な関係性が生 じていることを指摘 したので ある。

このよ うに、タイ人 自らによる近年の研究で は、北部 タイ、チェンマイのひ とつの路上 とい う限 られた空間ではあるが、社会や 関係性 を視 野に入れた 日常の相互行為 を扱 う研究が行 われ るよ うになってい る。 この 日常生活の行為 と関 係性 を繋 ご うとす る視点は、本稿 の関心 と合致 し重要であるが、そ こには問題点も指摘できる。

まず、ワッサンが対象化 した路上は、不特定多 数の人が常に出入 りす るとい う流動的なある種 特殊 な場で もあ り、農村社会な どとは場の性格 が異 なる点が指摘できる。 また、 ワッサンが描 くよ うな路上の個人は、流動的な場で臨機応変 に自由に動 き回る功利的な個人像 の側面が強調 されやす くなる。つま り、そ こには行為の慣習 性、拘束性 よ りも選択 自由な行為観 が色濃 く現 れ ることになるのである。

7.

おわ りに ‑ 残された問題

本稿 は、変動 の中にある現代 タイ社会 をマク ロな政治経済学的分析のみで捉 えることに疑問 を呈 し、人々の行為に足場 をおいた ミクロな視 点か らもタイ社会 を照射す る分析方向を探 るた めの予備的考察であった。そのために、タイに おける相互行為 と社会秩序 をめぐる問題 に対 し て、 ミクロな分析 を特徴 とす る人類学的研究が 如何 に議論 を積み重ねてきたのか、研究の歴史

を紐解 いてきた。

そ うした先行研究の整理か ら、今後の具体的 分析 に残 された問題や乗 り越 えるべ き問題 の所 在 をまずは指摘 しておきたい。それは要約すれ ば、概ね 「選択 自由な行為観」、「関係の実体論」、

「主観主義的相互行為論」、 「観念的体系の構造 論」 とい う4つの問題 として整理できるだろ う。

残 された問題、乗 り越 えるべき問題の第 1は、

選択 自由で西欧個人主義的な色合いが濃い行為 観である。それは、タイの人類学的研究におい て、ルース概念やパ トロン ・クライエ ン ト関係 の議論、あるいはモアマ ンや ワッサ ンによる会 話や行為の分析 において見 られた。

こ うした行為観では、社会の中で 自由に動 き 回る個人が強調 され るため、社会の秩序や社会 とい うところに議論が収赦 して行 きに くい側面 が残 る。従って今後の具体的な分析においては、

選択 自由な行為 よ りも行為の慣習性、拘束性 を 十分 に考慮に入れ る必要が指摘 され ることにな る。

乗 り越 えるべき第2の問題は、関係 の実体論 である。つま り、パ トロン ・クライエン ト関係 の議論に端的に見 られ るよ うに、関係 を既 にそ こにあるもの として、実体化 して捉 える視点に 関す るものである。同様 に、インフォーマルな 地方有力者 と住民 との関係 に関す る政治経済的 な研究 も、関係 を実体 とした上でその特長 を分

26ァメ リカの社会学者 ゴッフマ ンは、人 と人が居合 わせ ている場面 を 「共在」 とし、そ こで行 われ る相互行為 を徹底 的に掘 り下げて主題化 した。 同時 に、相互行為 を間身体的 な行為 と して捉 え、秩序 との関係 で捉 えよ うとしてい る [ゴッフマ ン 1980]

タイ の人類 学 的研 究 か らみ る相 互行 為 と社 会秩 序 151

(12)

析す ることに向かっていた。 そ こでは、個人 の 行為 に着 目した として も、最終的には既 にある 実体的関係 の分析 が主 とな り、行為 はあ くまで 実体の説明要素 としての位置づけとなって しまっ ていた。従 って相互行為 と社会秩序 の よ り微視 的で動態的分析 に向か うためには、既 にそ こに あるとされ る実体的な関係概念 を一旦カ ッコに いれ、 日常生活 にお ける相互行為 によって、関 係性や秩序が生成 されてい く過程 を丹念 に追 っ てい く必要がある と言 えるだろ う。

乗 り越 えるべ き第3の問題 は、主観 主義的な 相互行為論である。それは、エスノメソ ドロジー の研究 において端的に見 られ、タイの人類学的 研究ではこの手法 を会話分析 として取 り入れた モアマ ンの研究 に見 られ る。 そ こでは、会話 を 担 う当事者 のみの視点か ら捉 える主観主義的な 傾 向が強 く、 この手法 を徹底 した場合 、会話 の 背後 にある社会 関係や社会秩序 といった ことを 十分 に議論 し尽 くせ ない とい うことにもな りか ねない。つま り、主観 的な相互行為その ものの み を分析す る傾 向が強 く、社会や秩序、構造 と いった客観 的な概念 に十分な注意 を向けていか ないのである。

先行研究か ら導 き出 され る第4の問題 は、第 3の問題 とは逆 に、個や個 の行為 に比 して、世 界観や観念的体系の構造 を重視す る見方である。

例 えばそれ は、タンバイアの提起 した銀河系政 体論 な どの観念的構造や体系的な全体 に重 きを 置 く研究 に見 られ る。 また、パ トロン ・クライ エ ン ト関係 の議論 を発展 させ 、関係 を規定す る 世界観 を始発 とし、その世界観 が個 々の行為 ま でをも決定す るとい う方 向‑ と進 んでいったム ル ダーの研究 にも見 られ る。 そ こでは、全ての 源泉が世界観 に還元、回収 され るため、行為が 行 われ る地平に視座 を定めた分析 が困難 となる 可能性 があった。

以上、先行研究に残 された問題 を4つに整理 した。最後 に、ここか ら導 き出 され る新たな研 究方 向を簡単にま とめておきたい。まず第 1に、

選択 自由な主観主義的相互行為論 を相対化 しそ こか ら脱却す る必要があるとい うことである。

152国際経 営論集 No.38 2009

つま り、 自らの意志で 自由に選択 してい くとい う行為 のや りとりを主観主義的に分析す る行為 観 か ら抜 け出す とい うことで もある。選択 自由 な行為観 ではな くて、人々が 日常生活 を生 き、

他 の人 と共に在 る中で、その都度 ごとに意識的 に考 え込んだ り反省 した りす ることもない よ う な、そ うす ることが 自然で当た り前 となってい るよ うな慣習的、拘束的な行為 のや りとりを、

ここで言 う相互行為 として捉 えてい くのである。

今後 の新たな研究では、 こ うした行為の慣習性 と拘束性 に人々が生 きる社会 との繋が りが よ り 明確 に見 えて くる点に注意 をむ けてい く必要が あるだろ う。

第2に、行為の慣習性 と拘束性 が色濃 く見 ら れ る場 は、先行研究で宗教儀礼 を中心に取 りあ げ られてきたが、今後 の新たな研究では、それ 以外 の集 ま りの場 にも具体的な分析 を拡 げてい く必要があるだろ う。宗教的な儀礼以外 の場 と して、研修訓練 な どの場 の統制的な相互行為 を 焦点化す ると共に、 日々繰 り広 げ られ る 日常生 活 にお ける相互行為 を、その行為の慣習性、拘 束性 にも注意 を払いなが ら、い くつか対象化す べ きことが求 め られ るのである。

こ うして、 日常生活 を含 めた様々な場 にお け る相互行為が社会 における関係性や秩序 といか に結びついてい くのか、具体的な過程 として民 族誌的に記述 してい くとい う新たな方 向が結論 として提示 され る。換言すれ ば、タイの社会秩 序 を具体的な行為 の過程 の中に、またその行為 とい う地平か ら微視的に描 き出す こと、 この点 が今後の研究 に求 め られ る最 も重要 な視座 であ ると言 えるだろ う。

参照文献

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参照

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