ジョン・スチュアート・ミルとデモクラシーへの問 い : 古典古代、功利、自由
著者 村田 陽
学位名 博士(政治学)
学位授与機関 同志社大学
学位授与年月日 2018‑03‑20 学位授与番号 34310甲第901号
URL http://doi.org/10.14988/di.2018.0000000293
課程博士・論文博士共通
博 士 学 位 論 文 要 約
論 文 題 目: ジョン・スチュアート・ミルとデモクラシーへの問い
————古典古代、功利、自由————
氏 名: 村田 陽
要 約:
本稿では、19 世紀ブリテンを代表する思想家ジョン・スチュアート・ミル(John Stuart Mill, 1806-73)のデモクラシー論について、古典古代、功利、自由の観点から検討を行う。
ミルの思想的特徴をこれら三つの概念に限定することで、彼がデモクラシーに対して抱い た「問い」について、テクスト読解・その歴史的背景、そしてその理論的帰結を考察する。
一般的にミルの政治思想は、功利主義とリベラリズムによって特徴付けられてきた。功 利主義を体系付けたジェレミー・ベンサム(Jeremy Bentham, 1748-1832)と同じく功利主 義者で歴史家の父親ジェイムズ・ミル(James Mill, 1773-1836)の思想を受け継いだジョ ン・ミルは、功利主義に質的快楽説を導入することで、功利主義思想に修正を加えた人物 として理解されている。また、ミルの名は、近代のリベラリズム思想を基礎付けた『自由
論(On Liberty)』の著者としても周知されている。彼は、社会全体の幸福の最大化を目的
とする功利主義理論を提唱し、また、寛容や多様性、個性といった個人の自由を擁護した 思想家として長年評価されてきた。
以上の古典的なミル理解に関して、本稿では、デモクラシー論の観点から主に二つの目 的を立てることで、再検討を試みる。第一の目的は、ミルのデモクラシーと自由の緊張関 係を明らかにすることで、ミルの政治思想に内在化された共和主義的性格を分析すること である。ミルが生きたヴィクトリア期のブリテンでは、選挙権拡大運動が進展し、民主的 社会が成立しつつあった。このような歴史的背景は、ミルのデモクラシー論に影響を与え たといえる。ミルは、個人の私的な自由を擁護した一方で、公的な事柄への参加を通じて 実践される政治的自由についても重視した。大衆化社会の到来により、「多数派の専制」が 生じる危険をミルは察知した。彼の政治思想には、議会改革や政治教育を通じて、公民的 な徳(civic virtue)を市民に根付かせていくことで、デモクラシーの弊害を打破しよう と考えていた側面もあるといえる。このことは、リベラルな原理とは対立関係にあると想 定されてきた「シヴィックな原理」をミルのデモクラシー論に見出すことを可能にする。
つまり、ミルのデモクラシー論には、リベラルな伝統と共和主義的伝統によって支えられ た二つの諸原理が存在しているといえる。
ミルの思想に内在するリベラルな伝統と共和主義的伝統の関係については、先行研究に おいて度々指摘されてきた部分である。これに対して、本稿では、ミルの古典古代論との 関連から共和主義的な側面を再検討したところに特色があるといえる。そして、ここに、
本稿の第二の目的がある。共和主義とは、古典古代に由来する思想である。ミル自身、3 歳
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からギリシア語、8 歳からラテン語の学習を始め、12 歳の頃になると古典古代の書物を積 極的に読解するに至った。彼は、「父と共に読解を続けたラテン語とギリシア語の書物は、
語学のためだけではなく、その思想のためにも学ぶ価値のあるものが主であった」と述べ た(Collected Works of John Stuart Mill, 1, Autobiography,1873, pp. 22-5)。幼い頃 より始まったミルと古代世界との関わり合いは、単なる語学習得ではなく、思想そのもの との「対話」をもたらしたといえる。本稿では、このようなミルと古典古代の思想的関係 を探ることで、政治的自由や徳論といった共和主義的原理が、ミルのデモクラシーの鍵概 念であったと仮定する。換言すれば、本稿では、ミルのデモクラシー論とは、古典古代論 との関連で理解される必要がある、という解釈を提示していく。
かかる二つの目的を検討するにあたり、本稿の分析対象は、主に後期ミルの主要著作『自 由 論 』『 功 利 主 義 (Utilitarianism)』( 1861 )『 代 議 制 統 治 論 (Considerations on Representative Government)』(1861)、そしてミルの古典古代論である。ミルの古典古代 論は、主要著作のなかで明示的かつ直接的に展開されてはいないが、1834 年から 35 年に かけて発表されたプラトンの対話篇(『プロタゴラス』『パイドロス』『ゴルギアス』『ソク ラテスの弁明』)の抄訳あるいは全訳を行った際に添えられた注釈、ミルの同時代人ジョー ジ・グロート(George Grote, 1794-1871)による 12 巻に及ぶ『ギリシア史(History of Greece: From the Earliest Period to the Close of the Generation Contemporary with Alexander the Great, 1845-56)』や、グロートによるプラトン論に対するミルの論考から 読み解くことができる。そのため、本稿では、『自由論』『功利主義』『代議制統治論』に加 えて、以上の古典古代論に関する資料群についても取り扱う。
以上の研究目的・内容を論じるにあたり、本稿は次の 5 章から構成される。まず、第 1 章
「ミルの政治思想——20 世紀以降の研究史における本稿の位置づけ」では、本稿の目的であ るミルのデモクラシー論を古典古代、功利、自由の観点から考察していくために、20 世紀 以降のミル研究史を中心に概観し、本研究の位置付けを明らかにする。そのため、はじめ に、戦後以降の功利主義受容とその課題を検討する。次に、ミルの政治思想の中核をなす 功利と自由について、戦後から 20 世紀にかけて登場した伝統的解釈と修正的解釈の議論を 紹介する。最後に、21 世紀のミル研究の新たなテーマの一つである古典古代論研究につい て、現代の共和主義研究の興隆との関連から取り上げる。
第 2 章「ミルと古典古代との「対話」——「ギリシアに陶酔していた人物」?」では、ミ ルの古典古代論受容について検討する。はじめに、18 世紀から 19 世紀ブリテンにおいて 展開された「古代—近代論争」を取り上げる。当時の知識人や政治家は、イデオロギー的戦 略として古典古代論を用いていた。古典古代解釈を通じて、自らの民主政論を論じること が、当時一般的であったことを分析する。この点に留意することで、ミルの古典古代論受 容について、ジェイムズ・ミルからの影響、言語学習、プラトンの翻訳作業の観点から考 察する。また、ミルの時代認識と改革意識という観点から、ミルが古代世界に「陶酔」した 背景についても探る。本章全体を通じて、ミルの生涯にわたる古典古代論への着目は、社 会や制度を改革するという意欲によって支えられていたことを示していく。
第 3 章「功利性概念の転換——近代的なものと古代的なもの」では、ミルのデモクラシー 論の基礎となる功利主義思想について検討する。『功利主義』『自由論』を中心に、ミルの
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功利主義を構成する功利性の原理・正義の原理・自由の原理について考察する。その際、
これらの諸原理のなかには、プラトン哲学からの影響が看取される部分が特徴的であるこ とについても指摘する。以上の議論から、ミルがベンサム的な功利主義から転換したこと を説明する。前章では、時代文脈のなかで、ミルがどのようにギリシア史やプラトンを受 容したのかを分析したが、本章では、ミルのテクスト内部に点在する古代的なエッセンス を読み解いていくことに力点が置かれる。
続く第 4 章「古代アテナイの民主政から代議制デモクラシーへ」では、ミルの『代議制 統治論』を再検討する。その際、ミルの政治改革の一つのモデルとなった古代アテナイの 民主政とその実践に注目する。ミルは、古代アテナイのポリスにおける日々の政治参加や 古代人の生活様式を理想視していた一方で、最善の統治形態とは「代議制」でなければな らないとも理解していた。この点について、ミルの代表者独立説と選挙制度論を検討する ことで、ミルが代議制デモクラシーにおいて、プラトン的な支配者像と活動的市民の役割 をどのように解釈していたのかを考察する。
第 2 章から第 4 章では、本稿の分析対象概念である古典古代、功利、自由について、主 にミルのテクストやその時代背景に焦点を当ててきた。他方、第 5 章「リベラリズム、共 和主義、デモクラシー」では、現代政治理論の観点から、ミルのリベラリズム、共和主義、
デモクラシー論について、第 4 章までの議論をもとに考察していく。具体的には、リベラ ルな公共哲学と共和主義的な公共哲学との関連でミルを再解釈し、ミルのデモクラシー論 が、「リベラリズムを自己修正」を促す働きを有していることを示す。
ミルのデモクラシー論とは、純粋な「理論」として提示されただけでなく、当時の政治・
社会・教育をめぐる「実践」のなかで構築されたものであった。時代の諸問題を論じる際、
多くの 18 世紀・19 世紀ヨーロッパの著述家・政治家たちは、自身の古典古代に関する解釈 を提示することで、自らの主張を補完しようとしたが、ミルもそのなかの一人として位置 付けられる。ミルは、「近代」の時代的要請に応答するために、歴史を読み解き、どの時代 にも通底する「善き統治」のエッセンスを古代人から学ぼうとしたのであった。ミルのプ ラトンと古代アテナイに対する高い評価からは、彼が古代世界へ「陶酔」していた側面が 看取された。ただし、ミルは「古代回帰」を望む古代人の側ではなく、近代の代議制デモク ラシーを補強するという観点から、古代への理想を抱いたと本稿では結論づける。