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博士学位論文要約

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Academic year: 2021

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課程博士・論文博士共通

博 士 学 位 論 文 要 約

論 文 題 目: 明治前期の京都における新聞発行史に関する研究―新聞紙の形態に 着目して―

氏 名: 樋口 摩彌

要 約:

本研究は、新聞紙の形態に着眼して、明治前期の京都における新聞発行史を論じたもので ある。新聞記事は、発行当時の世相を知る上で重要な資料であり、様々な研究分野で研究 素材として活用されている。それとともに、新聞研究という研究領域では、新聞そのもの が研究対象となっている。しかしそれらの研究対象は、概して東京で発行された新聞や全 国の主要な新聞が中心で、その他地域の新聞を深く論じたものはほとんどなかった。それ ゆえ、東京以外の地域ではどのような新聞があり、いかに発展したのかという点について もほとんど分かっていなかった。本研究は、未開拓である京都という地域を対象に、新聞 紙の形態という新しい着眼点から新聞史を解明したものである。

第一章では、明治前期の京都新聞史の実証的研究の基盤として、発行された新聞紙の題号、

各紙の発行期間、廃刊号および現存状況を調査した。こうした網羅的な調査の結果、明治 前期の京都では全30種類の新聞の発行が確認できた。

第二章では、第一章の基礎研究に基づき、慶応4年から明治10年までの京都における新 聞発行の変遷を追った。その結果、明治初年の新聞発行は村上勘兵衛が一手に支えていた ことが明らかになった。これらの新聞紙は、冊子型の木版印刷で、前近代的な発行物であ った。明治7―8年、活版印刷による新聞発行が開始した。この木版から活版への印刷方 法の転換により、近世書林による新聞が終焉を迎えた。以後の京都の新聞は、活版印刷所 から発行されるようになった。

第三章は、第二章に継続して、明治10年から明治20年までの京都における新聞発行の 変遷を追った。明治10―16年にかけて、多種多様な新聞が発行され、明治前期の京都 における新聞発行の土壌を培った。そして京都府の後援を得て、明治14年に論説新聞『京 都新報』〔明治14年創刊〕が創刊された。この新聞は、京都府市民に近代的な志向へと啓 蒙することを目的に発行されたものであった。やがて『京都新報』〔明治14年創刊〕は『日 出新聞』と改組され、以後、京都における寡占的な新聞として定着した。京都府は、新聞 発行元に活版印刷機を提供していた。すなわち多額な活版印刷機の存続が、新聞発行事業 そのものを握る鍵だった。

そこで第四章では、活版印刷機を所持する活版印刷所の実態を解明した。その結果、印刷 所という独立した組織の存在が明らかになった。すなわち新聞の発行は、ニュースを収集 し編集する組織と、ニュースを新聞紙に印刷する組織が協同した事業だった。この2つの 組織が車の両輪のように働き、新聞発行という営みが成立していた。

さらに新聞発行元および印刷所の所在地に注目すると、三条大橋付近と三条東洞院周辺の

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課程博士・論文博士共通

2カ所に集中していたことが窺える。前者は近世以来の交通の要所であり、後者は明治以 後、通信施設の拠点となっていた。このように新聞社の位置関係から、都市の有り様を読 み解いた。

以上を通覧すると、明治初年に発行された新聞紙が近世書林による冊子型の木版印刷であ るなど、今日的な新聞発行とは大きく異なっていたことが分かった。明治初年の新聞は、

前近代的な定期刊行物から近代的な新聞となりえるための揺籃期にあったといえる。この 揺籃期の分析こそ、日本の新聞発行の実態を論じるのに重要である。よって、続く第五・

六章では明治初年に発行された新聞に特化して論じた。

第五章は、明治初年の京都で発行された新聞の見出しの有無およびデザインを、東京や横 浜で発行された新聞と比較検討し、明治初年の新聞の特徴、および京都における新聞の独 自性を考察した。その結果、明治初年の京都では、東京や横浜に先んじて、記事に見出し が付されていたことなどが明らかになった。

第六章では、明治初年における新聞読者の生成について論じた。検討の結果、新聞は、近 世期に確立された上意下達の伝達構造に則って、社会に受容されたことが明らかになった。

この構造は京都府を頂点とする統治システムを踏襲しており、制度として強制味を帯びて 社会に広まったことが明らかになった。また新聞が読まれた場は小学校であった。明治初 年の小学校は、子どもたちへの教育のみならず、京都府の末端の行政機関としての役割も あった。教育と行政機能を兼ね備え、かつ子どもと大人が一同に集う複合的な場において、

新聞紙に記されたニュースが市民の間に共有されていった。

以上で述べた本研究の特質は2点ある。第1点は、明治前期の京都で発行された新聞を網 羅的に掲出する基盤調査を行った点である。結果これまでの新聞研究で扱われていない新 聞紙を多数発見し、正確性の高い研究基盤を整えることができた。京都という狭い範囲で はあるが、新聞発行史の実証性を担保することになる。

第2点は、新聞紙の形態に着眼し、発行元の動向や活版印刷所との関係、読者の生成など、

様々な論点から新聞発行史を解明した点である。その結果、新たな新聞発行史を提示でき た。

これらは、京都のみならず、各地域に応用できる。それによって日本新聞史全体を再考す ることにつながる。また形態から判明した新聞の史料性格をふまえ、新聞記事の内容を考 察することも可能である。網羅的調査や新聞発行の形態からのアプローチによって、隣接 する学問領域を改めて見渡せるようになる。

参照

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