機 : 上関原発計画をめぐる司法判断の批判的検討
著者 室田 武
雑誌名 經濟學論叢
巻 60
号 3
ページ 283‑319
発行年 2008‑12‑20
権利 同志社大學經濟學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000012354
【論 説】
瀬戸内海北岸における
入会地,神社有地,漁業権の危機
―上関原発計画をめぐる司法判断の批判的検討―
室 田 武
*は じ め に
2007年2月上旬,山口県熊毛郡上関町を訪ねた.柳井市の南西方向にのび る上関町は,瀬戸内海北西部の長島,祝島,八島などから成る上関村が,本 土側の室津半島南端の室津村を1958年に合併して町となり,21世紀に至っ ているものである.
周囲が豊かな漁場になっているばかりか,クジラの一種であるスナメリの遊 泳が見られるなど生物多様性に恵まれた海域(高島,2005,加藤,2006など)を 有するこの町で,入会漁場,入会山,そして鎮守の森が重大な法的係争の的に なっている.いずれもコモンズの危機といってよい深刻な問題である.
そこでの紛争の原因は,中国電力株式会社(本社・広島市中区・以下,中国電 力と略)がこの町に原子力発電所(以下,原発と略)を建設しようとしている点 にある.上関町訪問の目的は,その内実を現場で理解することであった.そ こで収集した中国電力の諸資料を見ると,運転時に二酸化炭素(CO2)を排出 しない原発は地球温暖化防止に役立つという.しかし,原発ができれば,そ
* 同志社大学大学院 経済学研究科 教授 Professor of Economics, Graduate School of Economics, Doshisha University
E-mail: [email protected]
こから日夜を問わず排出されることになる膨大な量の温排水は,瀬戸内海の 水温を多かれ少なかれ上昇させるはずである.したがって,温暖化防止どこ ろか,少なくともミクロ気象の面では,逆に温暖化の促進につながるのでは ないか.
多種多様な海産物を生み出すばかりか,部分的には今も豊かな生物多様性 の宝庫となっている瀬戸内海は,宇沢弘文のいう意味での社会的共通資本(宇 沢,2000)の一部といえよう.電力需要の急増など想定し得ない状況下での原 発増設は,そうした社会的共通資本の破壊にしかならないのではないか.
現地で感じたそうした疑問に基づく本稿では,第1節において,原発によ る瀬戸内海の加温とそれによる漁業被害や生態系への悪影響の可能性につい て考える.
第2節は,現地で収集した裁判資料に基づく考察である.そこでは,原発 計画によって生活を脅かされている上関町の漁民が,共同漁業権やその他の 漁業慣行を梃子に,中国電力などを相手取って提訴した諸事件について,主 に判決内容の分析を中心に述べる.
第3節では,原発予定地点に存続してきた入会地に関し,それと中国電力 の私有地との交換をめぐって生じた入会権確認訴訟事件の概略を述べる.特 に,原告の主張する入会権の存在を認めた山口地方裁判所の判決を,法理に 反する論点を不意に持ち出すことによって覆した広島高等裁判所による入会 権否定の控訴審判決について,詳しく述べる.
第4節の前半においては,原発予定地に隣接する神社有地について,その 売却要請に応じなかった宮司の解任をめぐる事件について述べる.そして,
その例に象徴されるように,瀬戸内海地方の海陸にまたがって生物多様性を 育んできたコモンズ的空間を破壊し,またそこから生活の糧を得たり,そこ を心の拠りどころとしてきた地域社会の人々の間に重大な亀裂を産み出して きた原発計画の反社会的性格を指摘する.
1 瀬戸内海に“湯の川”を現出しかねない原発群
中国電力の上関原発の計画は,上関町を構成するいくつかの島の一つであ る長島の四し代だい地区南端部に改良沸騰水型原子炉(ABWR)を2機並列に建設し ようというものである.それらの規模としては,1号炉,2号炉ともに電気
出力が137.3万kWという日本の原発最大級のものを計画している(建設費約
8000億円).既設の原発としてこれを上回るのは,中部電力株式会社が静岡県 で運転している浜岡原発5号炉(138万kW)のみである.上関原発2機の場合,
合わせると電気出力274.6万kWになる.ところで,もしそれが建設される としても,その熱効率は,既存の原発の例から判断して高々33%にしかなら ないはずである.このため,2機ともにフル運転する場合,熱出力824万kW のうち,その3分の2に当たる549.2万kWが温排水として瀬戸内海に放出 されることになる.
フル運転時の温排水の量は毎秒190トンという膨大なもので,その温度は といえば,原発に取り込まれる前の水温に比べて7°Cほど高くなる,という のが中国電力の設計仕様である(中国電力,2006a).
瀬戸内海は,太平洋のような巨大な,そして深い外洋ではなく,かなり閉 鎖性の高い,そしてさほど大きくもなく深くもない内海であるから,そこに それだけ大量の熱が長期にわたって絶え間なく放出されるとき,原発に近い 海域の水温はかなり上昇し,海の生態系を大幅に撹乱する可能性が高い.上 関原発は,地球温暖化防止どころか,むしろ逆に海水温度上昇を引き起こす のではあるまいか.
いまの日本で,一般家庭やオフィスなどでお茶やコーヒーを飲もうとする 場合,市販の電気ポットで湯沸しをすることはよくあることである.そうし た電気ポットの消費電力は,大きなものでも1kW程度である.この場合,消 費電力はすべて熱に変わる.そこで上関原発を考えてみると,もしその建設 が強行され,営業運転に至るとすると,その効果は,そうした電気ポットを
550万個程度集めて,それら全部にいっせいに通電し,数十年にわたって瀬 戸内海の水を温め続けるようなものである.
このため真っ先に問題になりそうなのは,水産業に対する悪影響である.
原発からの温排水は,一様に瀬戸内海に拡散するわけではない.おそらく帯 状に高温部を作り出すであろう.そうした高温帯がどこに形成されるかは,
潮流や海水の浅層部と深層部の混合のありよう次第である.瀬戸内海のどの 水域での漁業が特に大きな被害を受けることになるか,中国電力は,実際に 潮流調査を行い,また実験室レベルで温水の冷水中での拡散などの研究をし て問題なしとの結果を得たとしているが,数十年単位の長期にわたる影響ま では分析できていない.
つまり,瀬戸内海に上関原発の炉心を源流域とする“湯の川”が数十年単 位でできるかもしれない,ということである.
このため大きな問題になるのは,水産業への直接的な悪影響にとどまらず,
海の生態系全体に対する長期的な悪影響である.長島の周辺海域をはじめと して,瀬戸内海には依然として生物多様性の豊かな海域がいくつかある.莫 大な量の温排水が,定期点検などの原発停止期間を除いて,一年中毎日,毎夜,
海に放出されるとすれば,瀬戸内海の生態系に大きな狂いが生じることは避 けられないのではないか.
なお,瀬戸内海のいわばど真ん中に予定されているという点で,上関原発 は日本の既設原発のほとんどと立地条件が大きく異なる.それらのほとんど が,たとえ湾内にあるとしても広い太平洋か日本海に直接つながっている.
唯一,四国電力の伊方原発が,やはり瀬戸内海沿いにあるくらいである.伊方 原発は,1号機56.6万kW,2号機56.6万kW,3号機89.0kWで,合計202.2 万kWの電気出力である.したがって,それら3機が全てフル出力で運転し ている際には,404.4万kW程度の割合で廃熱が発生し,それが瀬戸内海を温 めていることになる.四国側から見れば,その伊方原発から瀬戸内海をはさ んで北西約90kmの対岸に上関原発が計画されているのである(第 1 図参照).
第 1 図 上関原子力発電所建設予定地と伊方原子力発電所位置図
(備考)上段の地図には,愛媛県西部にある既設の伊方原子力発電所の位置をも示してある.
下段の地図における の部分全体が上関町の町域を示す.
上関原子力発電所 建設予定地
伊方原子力発電所
上関原子力発電所 建設予定地
上関町
もし中国電力が,将来,上関原発の建設,運転を強行し,四国電力も伊方 原発の運転を続けるとすると,両者合わせて953.6万kWの割合で瀬戸内海が 加温されることになる.そればかりではなく,瀬戸内海地方には多くの大型 火力発電所も立地しており,それらの中には原発と同様に大量の温排水を排 出しているものもある.
二酸化炭素,メタンなどの温室効果ガスの大気中濃度の上昇が地球温暖化 を促進する,といわれるようになって久しい.しかし,いくら温室効果ガス がたくさんあっても熱がなければ大気も海も温かくはならない.地球に天然 の状態で散在する放射性元素であるウランは,きわめてゆっくりしたペース で崩壊熱と呼ばれる熱を少しずつ発しながら別の元素に変わっていく.天然 ウランはウラン238,ウラン235,ウラン234という三つの同位体からなる.
これらのうちウラン234の存在比は極微であるからここでは言及を省くとし て,天然ウランに占めるウラン238とウラン235の存在比は,各々約99.3%,
約0.7%である.そして,前者の半減期は45億年,後者の半減期は7億年で
ある.いいかえれば,地球全体に散在する天然ウランの崩壊速度は気が遠く なるほどゆっくりしたものであって,そのままにしておくかぎり,地球の気 象にとって,天然ウランからの発熱は無視してかまわない程度のものである.
しかし,原発の場合,そうした天然ウランを特定の場所に集め,中性子の 作用で核分裂連鎖反応を起こしやすいウラン235を3%程度含む濃縮ウラン を製造し,それを核燃料として用いるもので,1機の原発が1年間に30トン 程度消費する.つまり,核分裂させないで放置しておく場合に比べ,桁違い に速い速度で熱を発生するのである.
もう一点注意しなければならないのは,ウラン鉱石の採掘から始まり,そ の輸送,精錬,濃縮,加工など核燃料の製造,および巨大な鉄やその他の金 属の塊である原発設備そのものの建設にはきわめて大量の石油と石炭が消費 され(室田,1979など),また低レベル,高レベルの核廃棄物の超長期にわた る保管にも大量の石油,石炭が消費される,という点である(室田,1988など).
それに伴い,二酸化炭素も大量に放出される.本稿はこの点を検討する場で はないので詳細は述べないが,原発は基本的に石油・石炭大量消費社会の産 物であって,それが地球温暖化防止に寄与するなどということはありえない.
核燃料製造のある段階までは海外諸国でなされ,二酸化炭素の排出は海外で なされる.しかし,地球温暖化問題は,文字通り地球全体に関する問題であ るから,日本の原発のために海外で排出される二酸化炭素のことも無視でき ない.
2 共同漁業権とその他の漁業慣行をめぐる司法判断 2.1 漁業権漁業,許可漁業,自由漁業の区分と祝島漁協の提訴
上関原発をめぐる係争の表面上の発端は,1982年,当時の上関町長が,原 発を誘致してもよいという趣旨の発言をしたことである.しかし,既存の島 根原発のほかにも原発を増やしたかった中国電力が,日本海側の豊北町など での立地を構想したものの,地元の反対などで立地できず,瀬戸内海側での 候補地探しを始めていたというのが実際の順序である.つまり中国電力は,
1981年頃から上関町内において立地工作をしていたもので,当時の町長がそ の話に乗ったのである.そうした水面下の動きは別として,表面だけを見る と,過疎化対策になるなどとして,町議会の多数派も町長に同調した.そし て1984年6月29日,町議会は誘致賛成を決議し,原発立地の候補地として,
長島の南部の四代地区を挙げた.そうした経過の後,1988年9月,上関町は 中国電力に対し,正式に誘致申し入れを行った.中国電力は,四代集落から 山を一つ越えた田の浦という海岸に,改良沸騰水型原発2機を建設するため の調査を開始した.
これに対し,町民の中には原発に反対の人々も少なくない.漁業で生計を 立てる住民の多い祝島では,特に強力な反対運動が起こった.原発建設予定 地は祝島の対岸,わずか4km足らずの場所にある.その運動の担い手は,今 では山口県漁業協同組合(以下,山口県漁協)に合併されているかつての祝島
漁業協同組合(以下,祝島漁協)である.原発の影響を直接に受ける可能性の 高いのは,光,牛島,田布施,平生町,室津,祝島,四代,上関の8つの漁 業協同組合(以下,八漁協)から構成される「共第107号共同漁業権管理委員会」
(以下,共同管理委員会という)である.これら8漁協のうち,集落の地先に漁 業権を持っているのは四代漁協と上関漁協である.
そこで中部電力は,1994年3月,共同管理委員会と四代・上関両漁協に対し,
立地環境調査の実施に同意してほしい旨の申し入れを行った.これを受けて 共同管理委員会は,同年8月11日,これに同意するとの決議をした.しかし,
祝島漁協だけは反対の決議を行い,上記の同意決議が無効である等を求める 訴訟を提起した(山口地方裁判所岩国支部・平成6年(ワ)第139号).
中国電力は,こうした祝島漁協の主張を無視し,同年12月には立地環境調 査を開始した.そこで祝島漁協は,1995年2月,同地裁に対し,共同漁業権 に基づく立地環境調査禁止仮処分を申請した.より正確にいえば,この件で の債権者は祝島漁業とその代表理事・山戸貞夫,および同漁協の正組合員で ある河野太郎,久保信孝,河村長一,浜村柳次である.債務者は中国電力と その代表取締役・多田公熙である.また,ここでの調査とは,債務者らが「共 第107号共同漁業権海域内調査内容」と題する書面に記載した立地環境調査 のことで,具体的には,流況,水温・塩分,水質・底質,海生生物に関する調査,
および深浅測量からなるものである.
この裁判における債権者の河野は主に「たこ壷漁」を,久保は主に「建て 網漁」をそれぞれ営んできた漁民である.また,河村は許可漁業の形で主に
「かかり釣漁」を,浜村は自由漁業の形で主に「太刀魚漁」をそれぞれ営んで きた漁業者である.
債権者たちの申請は,債務者らが立地環境調査をなすことにより,祝島漁 協の共第107号第一種および第二種共同漁業権(以下,単に共同漁業権という)
に基づく管理漁業権の行使,河野と久保による共同漁業権に基づく漁業操業,
河村の共同漁業権および許可漁業権に基づく漁業操業,並びに浜村の共同漁
業権および自由漁業権に基づく漁業操業を妨げてはならない,というもので あった.
なお,この裁判で債権者らが許可漁業権,自由漁業権という言葉を用いて いる点についていえば,法的にそのような表現は定着していないので注意を 要する.上記の主張は,許可漁業としての漁業操業,自由漁業としての漁業 操業を妨げてはならない,と読み替えるほうが適切であろう.ただし,以下 で裁判資料をそのまま引用する場合,その中に許可漁業権,自由漁業権とい う言葉が出てくる際にはその表現を用いる.
ここで日本の漁業権について簡単にふれておくと,漁業法第6条第1項は,
「この法律において“漁業権”とは,定置漁業権,区画漁業権及び共同漁業権 をいう」と定めている.漁業権に基づいて操業する漁業のことを漁業権漁業 という.そして,上記のうち本稿に直接関わるのは共同漁業権である.
共同漁業権とは何かについては,漁業法第6条第5項がそれを定めている.
そこでの「共同漁業」には,第一種から第五種まで5種類あるが,上記の第 一種と第二種についてのみ,条文を記すと
一 第一種共同漁業 藻類,貝類又は農林水産大臣の指定する定着性の 水産動物を目的とする漁漁業
二 第二種共同漁業 網漁具(えりやな類を含む.)を移動しないように敷 設して営む漁業であって定置漁業及び第五号に掲げるもの以外のもの と定義されている.
祝島漁業の場合,「共第107号」という海域にこれらの意味での第一種と第 二種の共同漁業権を持っているのである.祝島漁協とその正組合員である4 名の漁業者の上記の申請の根拠は,主として漁業法第23条にある.すなわち,
その第1項は「漁業権は,物権とみなし,土地に関する規定を準用する」と している.そして,中国電力による立地環境調査がその物権を侵害している から,その調査の禁止仮処分を求める,というのが提訴の根拠である.
ところで,許可漁業と自由漁業とはどのようなものか.先ず「許可」とい
う言葉の法的な意味であるが,法学者の佐藤隆夫によれば,許可とは「法令 によって一定の行為が一般的に禁止されている場合に,国または公共団体の 機関が特定の場合にこれを解除し,適法にこれをなすことができるようにす ることをいう」(佐藤,1978,144頁).そして,「漁業の許可は,水産資源の保 護,漁業調整の目的から自由に漁業を営むことを一般に禁止し,行政庁が出 願を審査して特定のものに禁止を解除するものであって,いわば本来の自由 の回復であるから,この意味では,他の漁業を排他して独占的に営む権利とは,
全くその性格を異にする」(同上).より具体的には,許可漁業は,「広義の許 可漁業の意味では,大臣許可漁業(指定許可漁業)と知事許可漁業とを含む.もっ とも漁業法でいう許可漁業とは,現行法上知事許可漁業をいい,大臣許可漁 業は指定漁業として観念的に区別して規定が設けられている」(同上).ここで いう指定漁業の規定は,漁業法第52条にあるが,本稿の議論には関係がない ので,ここではふれない.
これに対し,申請者の一人である河村の営む許可漁業は,上記の意味での 知事許可漁業である.これは,都道府県漁業調整規則(漁業法第65条第1項お よび水産資源保護法第4条第1項の規定に基づき各都道府県の知事が定めるべきもの)
第7条の定めるもので,「一般知事許可漁業」ということもある(三好,1995,
12頁).
そうした許可漁業は,漁業権漁業以外の漁業の一形態であるが,漁業権漁 業以外の漁業には,許可漁業のほかに自由漁業がある.これは,漁業権漁業 や許可漁業の枠内での漁業操業に不利益を与えない限りにおいて自由に操業 できる漁業であって,許可を必要とせず,また操業海域に関する制限もない ものである.考察中の裁判に関していえば,申請者の一人である浜本は,こ の意味での自由漁業者として太刀魚漁を営んできている.
2.2 共同漁業権に基づく妨害排除及び妨害予防請求
ここで裁判そのものであるが,共同漁業権は物権とみなせるものであるか
ら,調査がそれに基づく漁業操業を妨害するならば,調査の差し止めを請求 できることは確実である.それに対し,許可漁業,あるいは自由漁業を営む 債権者らについてはどうか.この点に関し,裁判での債権者らの主張は次の 通りであった.すなわち,「債権者漁協を除く債権者らは,漁業法8条により,
本件共同漁業権の範囲内において漁業操業を行う権利(以下,漁業行使権とい う)を有する.そして,漁業行使権は,共同漁業権それ自体ではないとしても,
漁業権から派生しこれを具体化した権利であるから,共同漁業権と同様に物 件的性格を有するから,本件立地調査が右債権者らの漁業行使権に基づく漁 業操業を妨害する場合には,右権利に基づき,右立地調査の差し止めを請求 することができる」(判例1,1995),というものである.
債権者らは,以上のように調査差し止め請求の根拠を示した上で,債務者 である中国電力による機器を固定して行う調査や船を利用して行う調査が,
債権者らの漁船との衝突の危険および漁具破損の危険を内包し,債権者らの 漁業操業に与える影響は甚大である,と主張した.また,調査が始まって以来,
実際,さまざまな形で漁業被害を被っており,その点も裁判で強く訴えた.
これに対して中国電力側は,既に共同管理委員会と中国電力との間では立 地環境調査に同意する旨の協定が結ばれており,しかも山口県知事が,調査 のために問題の海域を一定期間にわたって占有することを中国電力に対して 許可しているのであるから,債権者らは,その協定を忠実に履行すべき義務 を負っているのであり,共同漁業権に基づく妨害排除および妨害予防請求権 の行使は許されない,と反論した.そして,漁業被害の実態は具体的に明ら かにされておらず,たとえ被害が生じているとしても,細心の注意を払って の調査であって,被害の程度は軽微にとどまるはずであって,受忍限度内で ある,とした.
およそ以上のような争点を持つ審理の結果,山口地方裁判所岩国支部は,
1995年10月11日,債権者らの立地環境調査禁止仮処分申請を却下する判決
を下した(判例1,1995).ただし,この判決が債権者らの主張の全てを否定し
たわけではない.中国電力側は,祝島漁協には妨害排除や妨害予防の請求権 の行使はできない,という立場をとったが,判決は,「立地調査が債権者らに 与える被害,影響如何によっては,債権者漁協は本件共同漁業権に基づき,
その余の債権者らは漁業行使権に基づき,本件立地調査の差し止めを請求す ることができる」としている.すなわち,債権者らの主張をいったん認めた うえで,被害は軽微であるから差し止め請求はできない,としたわけである.
次に,債権者らは,許可漁業権に基づき行われている「かかり釣漁」と自 由漁業として行われている「太刀魚漁」も,共同漁業権が前提とする漁業で あると主張したが,判決では,「前提とする」との趣旨は不明であり,かかり 釣漁と太刀魚漁が共同漁業権の内容となっている漁業操業でないことは明ら かであるとして,債権者らの主張を退けた.
とはいえ判決は,「許可漁業として行われているかかり釣漁及び自由漁業 として行われている太刀魚漁も,その漁業操業が妨害される程度如何によっ ては,妨害排除等の請求をなし得る余地がないではないと解する」(判例1,
1995,争点1に対する判断)とした.さらに,「本件調査海域を含む近海において,
債権者浜村は太刀魚漁を,債権者河村はかかり釣漁を,いずれも何十年にも わたり営み,これを唯一の収入源として生活してきたことが一応認められる のであるから,右債権者らが本件調査海域を含む公有水面を使用することに より得られる利益は,生活上欠くことのできない要具であると認めるのが相 当である」と判断した.そうした認識の下で判決は,自由漁業としてなされ る太刀魚漁,許可漁業としてなされるかかり釣漁のいずれについても,本件 立地調査がこれらの漁業操業を妨害する程度如何によっては(右妨害が本件共 同漁業権に対する妨害よりも著しい程度に達することが要件になるとしても),右債権 者らは,これを差し止める権利を有するものというべきである.これに反す る債務者の主張は採用しない」(同上)とした.
なお,共同管理委員会が中国電力の立地調査に同意するという決議に関し,
その効力がどこまで及ぶか,という点も裁判の争点の一つであった.この点
に関し,中国電力すなわち債務者は,その決議に反対の祝島漁協にも効力が 及ぶという立場で裁判に臨み,その決議に基づき共同管理委員会,四代漁協,
上関漁協が中国電力と結んだ同意協定がある以上,債権者らには調査の差し 止め請求を行う権利がそもそもないとした.しかし,判決は,「債権者らが,
共同管理委員会に対する関係で本件同意決議の不遵守の責任を負うことは あっても,本件同意協定の効力が債権者らを直接拘束するとの法的根拠はな いから,右協定の効力それ自体から,債権者らが有する妨害排除等の請求権 の行使が許されないということはできない」として,「債務者のこの点に関す る主張は採用できない」(判例1,1995,争点2に対する判断),とした.
以上で大筋をみたように,この裁判では,原告である祝島漁協,許可漁業 者および自由漁業者が表面的には敗訴したものの,判決は,被告・中国電力 の主張をそのまま認めたものではなかった.すなわち,漁業権が物権である ことを確認し,許可漁業,自由漁業についても,それらに従事する漁業者の 漁業行使権が中国電力の調査活動によって著しく損なわれることがもしある ならば,禁止仮処分はありうると示唆することによって,漁民の将来の立場 を擁護したのである.
2.3 許可漁業者,自由漁業者が一審で勝訴した漁業補償契約無効確認訴訟 原発建設は,そのための種々の調査段階で既に漁業の妨げとなる可能性を 持ち,さらに建設工事が完工して運転が開始されれば,仮に事故などがない としても温排水による漁業への悪影響が予想される.この点に関し,中国電 力が祝島漁協の反対を押し切って立地環境調査を敢行したことについては先 述した.中国電力は,立地環境調査に続く詳細調査,田の浦の湾の埋め立て,
原発そのものの建設に関し,共同管理委員会傘下の8漁協に対して漁業補償 金を支払うことで計画を前進させようとした.
このために先ず中国電力は,1999年6月,上関・四代両漁協と漁業補償交 渉を始めた.翌2000年4月には,両漁協の理事会が漁業補償契約を決議した.
これに続いて共同管理委員会も,同月26日,契約締結に関する会議を開催し,
審議,採決を行った.この結果,先述の8漁協のうち祝島漁協を除く7漁協 の賛成で契約締結が可決承認された.補償金総額は125億5,000万円で,早 くも同年5月には半額の60億6,500万円が支払われた.祝島漁協への配分金 は5億4,031万5千円であった.
しかし,契約そのものに反対する祝島漁協は,その配分金を返還した.そ して同年6月,山口地裁岩国支部にその契約の無効確認訴訟を提起した.
この裁判の原告は,祝島漁協とその代表理事・山戸貞夫,同漁協の組合員 で許可漁業を営む正本英一,および自由漁業を営む酒井富次である.被告は,
山口県漁協とその代表理事・田中傳,共同管理委員会とその代表者会長・山 根勝法,および中国電力株式会社とその代表取締役・高須司登である.ここ で山口県漁協が被告になっているのは,四代漁協承継人兼上関漁漁協承継人 の資格においてである.共同管理委員会とは,これまで述べてきたように共 第107号共同漁業権管理委員会の略である.
この裁判での原告らの請求は,主位的請求としては,四代漁協,上関漁協 及び共同管理委員会が中国電力との間で2000年4月27日に締結した漁業補 償契約は無効であることを確認する,というものである.
原告らの訴えには予備的な請求が3点含まれているが,その第1点は,(1)
共第107号共同漁業権の海域につき,上記の漁業補償契約が定めている原告 らの中国電力に対する受忍義務,すなわち原告らは,問題の原発の「操業に 伴う温排水に起因する一切の漁業損失や漁業操業上の諸迷惑を受忍する」義 務の存在しないこと,(2)上記の契約が定めている区域およびその周辺海域 において,原告らには「地質,水温,流況その他の項目についての調査なら びに発電所の建設および運転に起因する漁業操業上の諸迷惑を受忍する」義 務の存在しないことを確認する,というものである(判例4,2006,4頁). 予備的な請求の第2点は,共第96号共同漁業権の海域(上関漁協の地先の操 業海域でA海域という)および共第101号共同漁業権の海域(四代漁協の地先の
操業海域でB海域という)のうち,上記の契約が定める漁業権消滅区域,漁業 権準消滅区域,工事作業区域の海域において,「原告正本が許可漁業を営むこ とのできる地位にあり,許可漁業権に基づく漁業操業を行わない受忍義務が 存在しないこと,原告酒井が自由漁業を営むことのできる地位にあり,自由 漁業権に基づく漁業操業を行わない受忍義務が存在しないことをそれぞれ確 認する」(同上,5頁),というものである.
予備的な請求の第3点は,上記の二つの海域につき,①原告正本および原 告酒井には,問題の原発の「操業に伴う温排水に起因する一切の漁業損失や 漁業操業上の諸迷惑を受忍する」義務の存在しないこと,②上記の契約が定 めている区域およびその周辺海域において,「地質,水温,流況その他の項目 についての調査ならびに発電所の建設および運転に起因する漁業操業上の諸 迷惑を受忍する」義務の存在しないことを確認する(同上,3頁および5頁), というものである.
以上を請求した上で,原告らは,中国電力が計画している原発について,
それを「建設し,かつ,運転してはならない」と主張した.
原告らがこうした訴えを行うには,先ず原告適格が問われるが,その点に 関し,原告らは次のように主張した.すなわち,
「本件共同漁業権の法的性格は入会権的権利であるから,漁業協同組合が漁 業権の管理および処分の権能を有する一方で,所属組合員は,漁業権の一内 容である収益の権能を有し,この個別的は収益権能である漁業行使権を有し ている.さらに原告正本は,A・B海域において,まきえづり漁業を営む許可 漁業権者でもあり,原告酒井は,A・B海域において,自由漁業を営む権利を も有するものでもある.原告正本及び原告酒井は,過去何十年にわたり,許 可漁業及び自由漁業として漁業を営み,生計の糧として漁業を営んできたも のであり,その権利は,後記(4)(原告正本及び原告酒井の主張)のとおり,法 的権利として成熟し,社会的に認知された権利といえる.したがって,原告 組合員らは,本件契約の無効確認の訴えにつき,原告適格を有する」(同上,
11-12頁).
これに対して被告らは,「漁業法10条,14条8項により,共同漁業権は免 許を受けた漁業協同組合又は漁業協同組合連合会のみに帰属し,個々の所属 組合員に総有的に帰属するものではない.したがって,原告祝島漁協の所属 組合員に過ぎない原告組合員らの漁業権に基づく訴えは,原告適格を欠いた 不適法な訴えであるから,訴訟要件を欠くものとして,却下されるべきである」
(同上,12頁)と主張した.
さらに,「原告組合員らが“漁業行使権”を有するとしても,それは,漁業 権の範囲内で認められるものであるから,その消長は漁業権のそれに従う.
したがって,漁業補償契約の無効を確認する訴えは,漁業権を有するものに ついて判断されるべきであって,漁業権の保有主体でない原告組合員らは,
漁業行使権を有していたとしても,同契約の無効確認の訴えを提起できる地 位を有せず,原告適格を欠く」(同上,12頁)とも主張した.
さらに,「原告正本および同酒井はいずれも本件契約の直接の当事者ではな い上,原告正本の営むという許可漁業および原告酒井の営むという自由漁業 については,(中略)権利として認められていると解すべき実体法上の根拠は なく,当然には法的権利性を有していないので,原告正本は許可漁業を,原 告酒井は自由漁業をそれぞれ根拠として同契約の無効確認の訴えを提起する 地位を有せず,原告適格を欠く」(同上,12頁)と主張した.
これに対し原告らは,「本件契約は,原告らを契約の名宛人として,“漁業 行使権”の受忍義務を課するなどの契約であり,契約の拘束を受けるものと して契約の法的効力を争う地位にあることは明らかであり,被告らの主張は 失当である」(同上,13頁)と論駁した.
原告らの予備的請求についてみると,被告らは,次のように反論した.す なわち,「存否確認を求めることができる権利義務は,実態上の権利義務とし て特定されている必要があるが,本件契約に定める本件受忍義務の内容は,
一切の漁業損失とか漁業操業上の諸迷惑の受忍義務という不特定なものであ
り,存否確認の対象にはならない.このような存否確認の訴えが可能ならば,
確認の対象は無限に広がってしまうことになる.また,万一将来において損 失や諸迷惑が発生した場合に備えてということであれば,現段階で確認する 利益はなく,実際に発生した際に損害賠償や,建設工事等の差止の訴えによっ て解決すべき問題であり,本件のような確認の訴えは,紛争解決にとって何 ら有効,適切なものとはいえない」(同上,16-17頁)と主張した.
被告らのこの反論は,問題の補償契約の内容と完全に矛盾している.なぜ なら,契約の効果が関係漁業者らすべてに及ぶとするならば,原発建設や建 設後のその運転に伴っていかに大規模な漁業損失や迷惑が発生するとしても,
契約を締結してしまった以上,それらに対して損害賠償などの請求はできな いはずである.そうした後日の請求をあらかじめ排除するものとして,契約 に賛成する漁協に対しては補償金を支払うというのが契約の内容である.そ して,そうであるからこそ原告らは,そのように無謀な契約の無効確認を主 位的請求として掲げ,受忍義務の存在しないことの確認を予備的請求として 訴えているのである.
そこで原告らは,上記の被告らの反論に対して次のように反論した.すな わち,「被告会社は,本件契約が有効であることを前提に,現在本件発電所建 設のための調査を実施しており,まさに,原告らの有する“漁業権等”が侵 害されているのであり,“現に存する法律上の紛争の直接かつ抜本的な解決の ために必要かつ適切な場合”に該当する.また,被告らは,自ら原告らに対 し“一切の漁業損失,漁業操業上の諸迷惑を受忍”する義務を内容とする契 約を締結し,受忍義務があると公言しているにもかかわらず,本件訴訟にお いては,その確認に利益がないと主張するのは,言い逃れというほかない」(同 上,17頁)と主張したのである.
この訴訟の判決は2006年3月23日に下された.和久田斉裁判長は,原告 適格については明確に認めたうえで,漁業補償契約の無効確認や原発建設差 し止めなどの訴えについてはそれを退けた.すなわち,共同管理委員会が管
理する海域は「温排水などの影響で共同漁業権が侵害されるとまでは言えな い」とし,補償契約は共同管理委員会の多数決で結んだものが有効であると 判断し,「訴えの利益はない」として却下した.また,建設の差し止め請求は 棄却した.
その一方で判決は,原告による上記の予備的請求の第1点,第2点,第3 点のすべてを認めた.許可漁業者や自由漁業者に関しては,補償契約の受忍 義務はないとしたのである.いいかえれば,補償契約の対象海域における許 可漁業者,自由漁業者の操業は認める,という判決であった.祝島漁協が原 発建設の反対決議をしており,「契約締結には個々の委任が必要」であるにも かかわらず,そのような委任はなかったのであるから,許可漁業者,自由漁 業者については補償契約に拘束されず操業できる,としたのである.
この判決は,一見すると原告敗訴のように見えるが,内容の面では原告勝 訴である.契約の効果帰属の範囲は原告組合員らにも及ぶと考えた被告らに 対し,すなわち,判決は,「原告祝島漁協は,(中略)本件契約の締結に反対し ており,被告管理委員会の決定と同一内容の議決を行っておらず,この点か ら見ても,本件契約の効果が原告組合員らに帰属するとは考えられない」(同 上,77頁)と結論したのである.
2.4 一審判決を覆した広島高裁控訴審
中国電力は,この判決に大いに不満であった.そこで広島高等裁判所に控 訴することにした.控訴状の提出は2006年4月6日であり,その際に,中国 電力取締役で上関原発立地プロジェクト長の福本和久は,「漁業補償契約無効 確認請求事件の控訴にあたって」という声明を発表している.
その内容は,「先般の判決は,当社の主張を概ね認め,本件漁業補償契約は 有効でありその効力は原告祝島漁協にも及ぶとし,また上関原子力発電所建 設及び運転の差し止めは認められないとするものでしたが,一部原告らの主 張も認め,原告組合員3名は本件漁業補償契約に基づく受忍義務を負わない
としました.当社といたしましては,この判決により,今後の調査や建設計 画に実質的に影響があるものとは思っていませんが,本件漁業補償契約の効 力は原告組合員個人にも及んでおり,この契約の締結によって,漁業補償問 題は全て解決していると考えていることから,この点について引き続き主張 していきたいと考えております」というものであった(ウェブサイト1). 控訴状の内容について,控訴の趣旨は,「原判決中控訴人敗訴の部分を取り 消す」,「非控訴人らの請求をいずれも却下もしくは棄却する」というもので ある.
なお旧祝島漁協,許可漁業者,自由漁業者は,ボーリング調査,弾性波探査,
音波探査からなる中国電力の詳細調査が漁業に悪影響を与えるとして,2005 年,山口地裁岩国支部に対し,詳細調査禁止仮処分申立を行った.この際の 許可漁業者とは,正本英一ら29名であり,まきえづり等の許可を得て長年許 可漁業を営んできた人々である.自由漁業者とは,山田建夫ら24名であり,
流し釣りという自由漁業を長年営んで生計を維持してきた人々である.
これへの判決は,2007年1月31日に下されたが,内容は原告の申立を却 下するものであった(判例5,2007).和久田斉裁判長は,悪影響はたとえあっ ても軽微であるなどの理由を挙げ,詳細調査を禁止すべきほどの問題は起こっ ていないとしたのである.
ところで,先述の広島高裁控訴審であるが,2007年6月15日に判決が下っ た.加藤誠裁判長は,旧祝島漁協(現在の山口県漁協祝島支部)の総会決議を経 なくても共同管理委員会の決議だけで補償契約を締結することはでき,組合 員個人は契約に拘束される,とした.既に詳述したように,山口地裁岩国支 部の一審判決は,許可漁業者,自由漁業者に関し,諸迷惑の受忍義務はない とし,漁民の操業を認めたわけだが,広島高裁は,契約で漁業権が消滅する 区域などでの操業は認められない,という漁民側逆転敗訴の判決を下したの である(中國新聞,2007;山口新聞,2007).
拘束される理由について広島高裁は,「個人が営む許可漁業,自由漁業は共
同漁業権に比べて権利が弱く,以前から操業の調整などを管理委の協議決定 に委ねてきた」と指摘した(中國新聞,2007,1面).
この判決について中国電力の福本和久取締役は,同日の記者会見において,
「(中国電力の)主張が認められたのは当然.完全を確保しながら計画通り進め られるよう最大限の努力をしていきたい」と述べた(中國新聞,2007,30面). 他方,原告の一人・正本は,「悔しい.予定地周辺はタイやメバルがつれる 好漁場だ.決して金で売ってはいけないんだ」と語った(同上).同じく原告 の酒井は,「漁師を無視した判決はどうしても許せない」と述べた.また,同 じく原告の山戸(元祝島漁協組合長)は,今後の抗議行動について「(この判決で)
影響はまったくない.いやなものは死ねと死刑通告をするような対応にはな おさら厳しい対応をしていくことになる」と語った(山口新聞,2007,19面). 漁業者側は上告する方針であるという(中國新聞,2007,1面).
3 入会地を巡る係争:広島高裁の「不意打ち判決」
3.1 入会地の所有権移転登記抹消請求事件―入会権を認めた一審判決 中国電力は,原発建設のためには陸域での土地も確保しなければならない.
そこで1996年10月から,私有地の地権者たちと土地売買契約の締結を推し 進めていった.ところで,原発予定地には,かつては「四代組」を名義とし ていた入会地が4筆ある.地元では地ぢ下げ山やまと呼ばれてきた「四代組」は,江 戸時代から存続してきたものと推定され,明治期の土地台帳への記載が確認 されている.そうした点から,上記4筆の土地については,四代区の住民全 員が,民法第263条でいう「共有の性質を有する」入会権を持っていると見 るのが妥当である.
土地取得を急ぐ中国電力は,四代区の入会地に関し,町内の別の所に既に 取得してあった土地とそれを交換するという提案を四代区に示した.四代区 長は,この提案に賛成であり,区民の意思を問うため,「常会」と呼ばれる総 会を,1998年12月12日に開くことにした.しかし,当日になると,会場を
原発反対の町民が取り囲むなどの緊迫した事態が生じ,区長は常会開催を中 止した.そうした上で,3時間後には役員会を開いた.役員会は,土地交換 を全員一致で決定し,その日のうちに交換契約を中国電力との間で交わした.
そして,この契約に基づく所有権移転登記が2日後になされた(山口地方法務 局柳井出張所・平成10年12月14日受付第8692号).これに対し,四代区民の中 には交換に反対の人々もいるのに,役員会だけで決めてしまった契約が有効 か無効かをめぐって,裁判が始まる.
入会権,特に共有の性質を有する入会権は総有権である(石田,1927).こ の場合,土地管理のやりかたの変更,利用の仕方の変更など,比較的軽微な 変更であれば,役員会などの決定でできないことはない.しかし,土地の処 分といった重大な変更については,入会権者全員の一致を要する事柄である.
そこで,四代区住民(当時118名)のうち交換に反対する4名は,中国電力を 被告として,1999年2月5日付で山口地裁岩国支部に所有権移転登記抹消を 求めて提訴した.
そこでの原告4名の請求は,
(1-1) 原告らと被告らとの間において,原告らが問題の土地につき,共有 の性質を有する入会権を有することを確認し,
(1-2) 原告らがその土地につき,総有権を有することを確認し,
(1-3) 原告らがその土地につき,共有の性質を有する入会権を有する入会 部落の構成員たる地位に基づく使用収益権を有することを確認し,
(1-4) 原告らがその土地につき,総有団体の構成員たる地位に基づく使用 収益権を有することを確認し,
(2) 告・中国電力は,原告らに対し,問題の土地につき,上記の所有権 移転登記の抹消登記手続をせよ,
(3) 被告・中国電力は,問題の土地につき,立ち入ったり,立木を伐採 したり,整地等をして現状を変更したりしてはならない,
というものであった.
これに対して中国電力側は,1889(明治22)年の町村制114条に基づき,
1891(明治24)年10月に上関村が区会条例を制定して村内各部落に区会を設 置した点を強調し,その際に旧村の小字四代(四代組)も四代区になり,四代 組の土地(入会地)は四代区に帰属することになったのであって,区会設置後,
そこに共有の性質を有する入会権が存在したようなことはありえない旨を論 じた.中国電力側はまた,海に面した急傾斜の土地の位置や形状などから見て,
四代区の住民が共同で利用したり,何らかの収益を享受したりすることがで きる土地ではなく,そこを利用する入会団体も存在しなかった,と主張した.
したがって,入会権に基づく総有権もなかった,とした.
他方原告側は,四代組の土地が四代区のものになってもそこが共有入会地 として今日まで存続してきたことに変わりない旨を論じると共に,薪が必需 品であった時代には,そこが急傾斜地であっても,薪を海岸に落とし,船に 積んでそれを家まで運ぶ方法がとられており,場所によっては植林もしてい た,などの証言に基づいて被告側に反論した.
この係争に関し,2003年3月28日,山口地方裁判所岩国支部が判決を下 した.能勢顯男裁判長は,原告の求めた所有権移転登記の抹消請求を却下し た一方で,入会権の確認については認めた.すなわち,上記の請求(2)は却 下したが,(1-1),(1-3)および(3)についてはおおむね認めたのである(判
例2,2003).立木伐採や整理などによる現状変更の禁止を,被告・中国電力に
命じる判決を下したのである.これによれば,土地の所有権移転にもかかわ らず,中国電力には実際上は原発建設工事ができないことになるので,入会 権者側のほぼ完全な勝訴とみてよい(野村,2003)ものであった.
しかし,中国電力はこの判決を不服として,同年4月,広島高等裁判所に 控訴した.その後の動きとして,2004年11月,中国電力は県や町に地盤な どの詳細調査の計画案を提示した.そして2005年4月,中国電力は詳細調査 を開始したものの,同年9月,陸上ボーリングの過程で濁水を外部に排出し ていたことが発覚し,調査を中断せざるを得なくなった.
3.2 原審を覆した広島高裁の法理に反する判決
ところが2005年10月20日,広島高裁(裁判長・草野芳郎)は,上記の控訴 審において中国電力逆転勝訴の判決を下した.その内容は,原判決主文の第 1項(本稿前頁の(1-1)および(1-3)に対応)と第2項(本稿前頁の(3)に対応)
をそれぞれ取り消す,というもので,原告の主張する入会権を全面的に否定 するものであった.
広島高裁は,そうした判決の理由の一つとして,「四代区成立後は,四代区 に所有権が帰属した以上,四代部落住民の有していた入会権は共有の性質を 有する入会権から共有の性質を有しない地役の性質を有する入会権へと変化 し,なお存続し続けたと見るのが相当である」と述べている(判例3,2005,19頁). ここでいわれている“共有の性質を有する入会権”とは,先述の通り民法第 263条が定めているもので,“共有の性質を有しない地役の性質を有する入会 権”とは民法第294条が定めているものである.
ところで,入会権の性質の変化に関する広島高裁の判断には根拠がなく,
判決直後から大いに問題視されている.なぜなら,四代区の創出は,1889(明 治22)年の町村制施行に伴い,旧来の入会林野を財産区として維持できる制 度が誕生したことに関係するものである(財産区について詳しくは,室田・三俣,
2004,2-4頁,および9頁).財産区になると課税対象から外れるなどの有利な
面があることを考慮したためであろうか,四代組はその道を選ぼうとした.
ところが,たまたま当時の内務大臣からそれが認可されなかったため,名称 だけが四代組から四代区に変わり,四代区は税を支払い続けてきたのだが,
実態としては四代集落の人々がその土地を旧来のまま入会地として利用して きた.つまり,民法第263条の意味での共有の性質を有する入会権が,明治 時代から今に至るまで生き続けてきたのであって,それが,四代区の創出に 伴ってそこでの入会権が民法第294条の意味での入会権に相当するものへ変 化したとか,その当時は変化しなかったがその後のある時点で変化したなど という史実は全くないのである.広島高裁は,この点で大きな誤りを犯して
いる.
広島高裁が入会権は不在であるとしたもう一つの理由は次のようなもので ある.すなわち,問題の土地については,「昭和30年代まで入会の慣行があっ たと認めることができるものの,昭和40年代以降は四代地区においても燃料 革命の波が及び,入会慣行は徐々に行われなくなり,遅くとも昭和50年ころ には使用収益するものがいなくなったと認められ(中略),四代部落住民各人 が有していた地役権の性質を有する入会権は現在では時効により消滅したと いうべきである」(同上,19-20頁)というのである.しかし,これも暴論である.
時効というのは,何か具体的に明示できるような法的な事件,あるいははっ きりした係争のようなものがあり,その時点から起算して何年後には効果を 失う,というような性格のものである.燃料としての薪の採取などの慣行が 次第に薄れたからといって,それで入会権がなくなってしまう,というよう なものではない.
いまは薪の採取をしていなくても,将来再び薪の採取が必要になるかもし れないし,あるいは薪以外のその土地の産物を将来使用収益する入会権者が 出てくるかもしれない.これに対し,四代集落の場合,その入会地を利用す る予定は全くないので入会権を放棄しようというような明示的な事件は,こ れまでの歴史の中で一度もなかったのであって,入会権の時効による消滅な どということは,この場合理論的にありえないのである.なお,四代区民に よる薪採取の慣行の痕跡などについては,生態学者や文化人類学者らによる 空中写真との照合を含む詳細な現地調査がある(安渓ほか,2006).
控訴審で持ち出されたこれら二つの論点は,山口地裁岩国支部での原判決 に至る審理の過程では,原告も被告も全くふれなかったもので,日本の法律 や過去の判例のどこを参照すればこんなことがいえるのか,意味不明である.
入会権の存続を認めた原審を覆す法理を探すことのできなかった広島高裁は,
日本の法体系にない理屈を自ら作り上げなければならなかった,というのが 事の真相であろう.
この判決を論難する法学者の野村泰弘は,上記の二つの論点の第1点を「地 役入会権への変化論」,第2点を「消滅時効論」と名づけ,いずれも法理に反 していることを論証している(野村,2006).同じく法学者の矢野達雄も,こ の判決を強く批判している(矢野,2007).
他方,中国電力はこの判決を好都合として,一時中止していた詳細調査を 2005年12月に再開した(中国電力,2006b,2007a).この動きに対して,原告4 名のうち3名は,広島高裁判決を不服として,同年末に最高裁判所に上告し ている(上告申立書1,2005).さらにその後も補充書が提出されており(上告
申立書2,3,4,すべて2006),広島高裁判決が,何が何でも入会権を否定しよ
うとしたために混乱に満ちた「不意打ち判決」であることを最高裁に訴えた.
この提訴に関するその後の動きについては,本稿の最後に述べる.
4 地域社会を分断する原発開発 4.1 神社本庁による宮司解任を含む神社地問題
原発の炉心予定地の近くには,これまでの述べた入会地だけではなく,四 代正八幡宮の神社有地もある.そこは八幡山と呼ばれ,地元民に畏敬の念を 抱かせてきた豊かな山林である.中国電力は,その神社地(約10万㎡)を手 に入れないことには,建設工事に支障をきたす.
そこで,林春彦宮司に対し,土地購入申し出を行っていた.しかし,四代 正八幡宮責任役員の一人でもある林宮司は,売却の意思のないことを,2000 年12月にマスコミを通じて表明した.中国電力が氏子らにどのような働きか けをしたのか,本稿の範囲では明らかでないが,氏子らの誰かが,山口県神 社庁を介して神社本庁に対して林宮司の意思を伝えたものと推量できる.そ して2003年3月,神社本庁は,林宮司を解任した.宮司自らが辞任願いを提 出したという話もあったが,その書面は偽造されたという疑いがもたれてい る.宮司解任後の同年12月,四代正八幡宮責任役員会は,3:1の多数決で,
売却を決議した.反対1は,責任役員の一人でもあった林宮司のものである.
こうした動きに対し,解任された林宮司は,地位保全仮処分申し立て・有印 私文書偽造同行使で提訴した.
これに対する判決もまだ出ていない2004年8月,神社本庁は財産処分申請 書を承認し,これを受けて,中国電力は10月5日,売買契約を締結した.さ らに氏子のうち4名も売却を不服として,四代八幡宮の宮成代表委員を相手 どり,同年9月4日に仮処分の申し立てを山口地裁岩国支部に対して行って いる.この神社有地の森の樹木は神聖なものとされ,誰も伐りだすものはい ないほど,八幡山は地元民から畏敬と親しみの念を持って守られてきたとい う.そのような八幡山もコモンズの一つといえよう.
なお,林春彦・元宮司は,2007年春に死去した.しかし,その弟が故人の 意思を継承し,上記の提訴に基づく裁判はいまも続いている.
4.2 環境問題重視の世論を悪用する中国電力の宣伝
地元民にとっても入会地の性格も有する鎮守の森まで買収して進められる 原発建設計画の無謀さは,上関町内のいたるところで感じられる.筆者が上 関町を訪ねた際には,同町の室津地区にある中国電力上関調査事務所,およ び上関地区にある中国電力の広報施設「海来館」も訪ね,多数の資料を収集 したが,それらの中に科学的な記載は極めて少なく,虚偽的な宣伝文句の踊 るものがほとんどであった.たとえば,『豊かなくらしと環境を支える―上 関原子力発電所建設計画の概要』と題されたパンフレット(中国電力,2006a)
には,「安定供給と地球温暖化防止に向けて」とあり,さらに,「原子力発電は,
供給面での安定性・経済性に優れた電源として,石油代替エネルギーの中核 となるものです.また,運転中に二酸化炭素(CO2)を排出しないため,地球 温暖化防止にも大きく貢献します」と記されている.
このような宣伝で巧妙なのは,ウランの核分裂は核反応であって化学反応 ではないため二酸化炭素を排出しない,という科学的事実を,原発は運転中 には二酸化炭素を排出しない,といいかえている点である.しかし,既に第
1節で述べたように,ウラン鉱石の採掘から核燃料の製造,原発建設と運転 管理,そして低レベル,高レベル等の放射性廃棄物の長期保管に至る全工程 を考えるとき,原発は大量の二酸化炭素排出技術であって,このような詐欺 的な宣伝は,企業の社会的責任(CSR)を自覚して即刻やめるのがよい.
“女性のためのくらしとエネルギー誌”と銘打たれた『チュチュ』というパ ンフレット(2007b)もあるが,そこに書かれているのは,「原子力発電所の使 用済み燃料は,リサイクルできます」,「資源をしっかりリサイクルできる原 子力発電は,環境にもやさしく,経済的」,「“もったいない”を合言葉に循環 型社会を目指して」,「発電にともなって地球温暖化の原因となる二酸化炭素
(CO2)が発生することもありません」などの宣伝文句である.
ここでのリサイクルは,原発の使用済み核燃料の中には,ウラン235の核 分裂に伴う余剰中性子が核分裂を起こしにくいウラン238の原子核に取り込 まれた結果としてプルトニウム239ができているので,それを化学処理によっ て使用済み核燃料から分離・抽出して,高速増殖炉の核燃料として利用する ことである.より具体的には,日本原子力研究開発機構(かつての核燃料サイ クル開発機構と日本原子力研究所が合併してできた独立行政法人)が福井県敦賀市に 保有する高速増殖炉「もんじゅ」の核燃料にすることになっていた.
そのためにプルトニウム239の分離・抽出をおこなう作業を再処理という が,肝心の「もんじゅ」は1995年にナトリウム漏洩・水素ガス爆発事故を起 こして止まったままである.ウランとプルトニウムを混合して作るいわゆる
「混合酸化燃料」(mixed oxides: MOX)を既存の軽水炉で使うという案は以前か ら示されているが,安全面での危惧などから,地元自治体の反対に遭うなど して,これまでのところ,実現していない.つまり,核燃料のリサイクルな ど全く行われておらず,将来的にもその実現は困難視されているにもかかわ らず,中国電力は,原発が既に資源リサイクルを実際に行っているかのよう な虚偽宣伝に少なからぬお金を使っているのである.“もったいない”のはそ うしたお金ではないのか.
4.3 画期的な祝島漁協の裁判運動と市民の支援活動
こうした中国電力に対し,祝島漁協の漁民たちや彼らの活動を支援する市 民グループの原発反対運動は,粘り強く続けられている.祝島漁協の運動が それまでにない力を発揮している点については,全国的に早くから知られて いる.たとえば,水産学者の水口憲哉は,1990年代に入って見られるようになっ た「漁業権の持つ力を活かしながら東と西で漁民が裁判を起こしている新し い動き」に注目している.この場合,東の動きとは,岩手県種市市の二ツ森 地区ゴルフ場建設をめぐり玉川浜漁協がゴルフ場の建設業者を相手取って工 事差し止め訴訟を起こした事案を指す.そして,西の動きとは,上関原発の ための立地環境調査に同意した関係地区の共同漁業権管理委員会の同意決議 について,その無効を求めて祝島漁協が訴訟を起こしている事案である.
水口は,それら「二つの場合に共通していることというのは,漁業協同組 合と組合員そして組合長が法人の立場で訴訟を起こしているということと,
もうひとつは漁業権を妨害しようとする行為に対して未然に予防措置をとっ たということにあります」(浜本ほか,1996,304頁)と述べている.そして,「漁 業権が物権であるということによって,“妨害排除請求権”と“妨害予防請求権”
があるという性格づけがありまして,物権とみなされる効果によって,漁業 権を妨害しようとする行為そのものをやめさせることのできる“強い力”が ある」(同上)と論じている.さらに,「これまでは,どちらかというと,事前 に漁業被害が起こることを防ぐために漁業権のもつ強い力を活かすのではな く,むしろ起こってしまった漁業被害に対して救済=補償を求める動きが主 体であったと思います」(浜本ほか,1996,305頁)ともいう.
水口が,東の玉川浜漁協の活動と並ぶ西の祝島漁協の活動を重要視してい るのは,次のような理由による.すなわち,「画期的だと思うのは二つの動き の中の第1のポイントである,裁判の原告に,漁協と組合員,組合長が名を 連ねているということです.前浜の共同漁業権の管理主体である組合が,前 浜の漁場を守るために,社会に向けて裁判というかたちで正当な行動に出た
のです.これまでは,どちらかというと,組合の中の少数派の反対漁民が,
いろいろな手立てを講じて海を守ろうという行動に出ていたわけです.しか し,今回の場合は違っている.組合管理漁業権の管理主体と入会権としての 共同漁業権の部落漁民集団との一枚岩で,漁業権を侵害しようとする相手に 対してぶつかっています.そういう意味で新しい動きが出てきたのではない かと注目しているのです」(同上,306頁).
さらに水口は,「これは社会的な変化と無関係ではなさそうです.これまで は,どちらかというと生産と生活の場である漁場を守るということで漁民が 頑張ることを市民が期待していたわけです.しかし,結果は,それが“補償金”
というお金に変えられてしまう不満といいますか,批判が,市民サイドから 漁民サイドに対して与えられていたように思います.今回の場合は,もうひ とつ海というのが単なる漁業の生産の場だけではなく,いろいろな人が共有 する場でもあるということを,わかりやすい形で,漁民自身が一般の社会の 人々に示したのです.また,今回の裁判自体も,一般の社会の人々を意識し,
さらにそれを強いうしろだてにして起こってきているのだと思います」(同上,
306-307頁)と分析している.
もちろん,祝島漁協の運動が一分の隙もなく完璧な形で進められてきたと いうわけではない.困難な局面もあった.その一つが,山口県漁協への合併 の際の負債問題である.これについて,「上関原発を建てさせない祝島島民の 会」は次のように経過説明を行っている.
「2005年8月1日,山口県内の58漁協のうち39漁協が合併して山口県漁 業協同組合が発足した.祝島漁協は,従来,原発反対運動の支障となるため 合併には加わらないという姿勢を続けてきた.しかし,組合員の高齢化,近 年の不漁,魚価低迷などのために経営不振で,過去数年間は欠損金を出すに 至っており,単独での漁協の存続自体が困難になってきていた.そこで,総 会において存続のためには合併もやむなしという結論に.しかし合併に加わ るには総額2000万円を超える負債の解決が条件であった.
このため,苦渋の選択として,10年前に環境影響調査が強行された際,受 け取りを拒否して法務局に供託されている中国電力からの迷惑料2200万円を 使わざるを得ないという決定をした」(ウェブサイト2).
しかし,そこで話が終わったわけではない.この決定に関し,「組合員やそ の家族の中には本当にそれでいいのかという心のわだかまりが残り,そうし た人々を中心に島民の間で相談が始まり,この迷惑料を使うことがそれまで 貫いてきた原発反対運動の支障になるとの判断に到達.祝島漁協は再度総会 を開いて中国電力の迷惑料を使うという前記の決議を撤回した.そして,漁協・
組合員という枠をはずして皆で資金を集めることにした.合併期日は2006年 4月1日と決まっており,島の責任者の個人借り入れという形で当面対処し,
全国にカンパを呼びかけることにした.2005年12月から始まったこのカン パ活動は見事に成功し,期日までに負債を返済することができた」(ウェブサ イト2).
漁協の広域合併がいいことか悪いことかは別として,このような経過を経 て祝島漁協は2006年4月3日に山口県漁協に合併したのである.その結果,
資金問題に悩むことなく,原発反対の姿勢を貫き続けている.その背後には,
「長島の自然を愛する会」をはじめとして,様々なグループや個人の全国的な 支援の輪がある.
お わ り に
いま瀬戸内海地方では,貝類の進化の歴史を語るものとして貴重視されて いるカクメイ科の貝,絶滅が危惧されるスナメリ(粕谷,2006)などの棲息す る入会漁場,そしてビャクシンなどの貴重な樹木を含む入会地や神社有地(鎮 守の森)が,原発計画によって根こそぎ壊されかねない危機に見舞われている.
その計画は,原発が地球温暖化防止に役立つ環境にやさしい技術である,と いう詐欺まがいの宣伝広告のもとに推進されている.そこには,地球温暖化 論の意図的な悪用が見られる.