﹁ 誰 の も の で も な い 都 市 ﹂
│
│ ブ ルト ン
﹃ ナジ ャ
﹄ と精 神 分 析的 都 市 論│
│
宇 多
瞳
は じ め に シュ
ルレ アリ スム
︵lesurréalisme
超現 実主 義︶ は︑ アン ドレ
・ブ ルト ン︵AndréBreton1896−1966
︶ら 第一 次世 界 大 戦を 経験 した 詩人 たち を中 心と する グル ープ によ る文 学・ 美術 運動 であ る︒ 彼ら が理 性に よっ て支 配さ れた 近代 文 明 を批 判し
︑客 観的 偶然 が呼 び起 こす 痙攣 的美 やあ るい は無 意識 のイ メー ジに よる
﹁革 命﹂ を志 向し たこ とは 良く 知 ら れて おり
︑こ れま でに 彼ら の作 品や 言説 をめ ぐる 数多 くの 研究 が行 われ てい る︒ しか し︑ 近代 文明 の所 産で ある さ ま ざま な便 利な 技術 や品 々の 恩恵 を享 受し て日 々生 活し てい る我 々は
︑シ ュル レア リス ムの 近代 批判 を言 葉の 上で は 理 解し たと して も︑ 実際 その 思想 をど のよ うに 受け 止め れば 良い のか とい う点 では 困惑 せざ るを 得な い︒ そこ で︑ 本稿 では 近代 批判 に立 脚し た都 市研 究の ひと つと して
︑現 代フ ラン スの 哲学 者︑ 美学 者で ある ベル ナー ル
・ サリ ニョ ンBernardSalignon
の 著書 を紹 介し たい
︒シ ュル レア リス ムは フロ イト の精 神分 析理 論か ら生 まれ たと し ば し ば 言わ れ る︒ そ のた め
︑シ ュ ル レア リ ス ムの 作 品 は個 人 の 内 面や 夢
︑あ る いは 狂 気 と結 び 付 け て 論 じ ら れ て 来
― 321 ―
た
︒し かし
︑本 稿で はフ ロイ トの 精神 分析 論を 都市 や建 築と 結び 付け る論 考を 取り 上げ
︑そ の方 法論 を用 いて ブル ト ン の﹃ ナジ
ャ﹄Nadja
︵1928
︶ をひ とつ の都 市論 とし て 読 解し た い︒ サ リニ ョ ン は モン ペ リ エ第 三 大 学の 美 学
・精 神 分 析学 の講 座を 担当 して おり
︑﹁ 死 の欲 動﹂lapulsiondemort
な どの 概念 や自 閉症 児の 行動 分析 とい った フロ イト の 精 神分 析研 究を 美学 の問 題に 接続 させ るこ とで
︑芸 術作 品や 創造 行為 の内 面を 言語 化す る研 究を 行っ て来 た︒ その 著 書
﹃芸 術・ 瞬間
・場 所の 在り 処﹄! に おい て︑ サリ ニョ ンは 古代 から 二十 世紀 まで の 広 範 な哲 学 思 想を 参 照 し なが ら
︑ 人 の 存 在の 在 り 方を 明 ら か にす る も のと し て 都市 を 取 り 上げ
︑都 市 に おけ る 建 築の 存 在 論 を記 述 し よう と 試 み て い る
︒そ うし た都 市の モデ ルと して 取り 上げ られ るの が︑ 例え ば古 代フ ェニ キア の植 民市 を起 源と する と言 われ るリ ス ボ ンの よう な地 中海 文化 圏の 古代 都市 であ る︒ サリ ニョ ンは そう した 都市 を芸 術作 品の ひと つと して 論じ
︑古 代都 市 と 現代 都市 の比 較に よっ て都 市が 患う 近代 の病 を指 摘し
︑そ こか ら新 たな 建築 論を 構築 しよ うと 試み てい る︒ 近代 の 病 とは
︑物 質に よっ て埋 め尽 くさ れた 現代 都市 のそ の 画一 化 と 全 体主 義 に よる 飽 和saturation
状 態 を 指す
︒そ の よ う な 状態 を打 開す るた めに 提示 され るの が︑
﹁ 未決 定﹂indéterminé
あ るい は﹁ 無限
﹂infini
とい う概 念で ある
︒
﹃ 芸術
・瞬 間・ 場所 の在 り処
﹄の 中で は︑ 精神 分析 と美 学の 方 法 論に よ っ て地 中 海 の 古代 都 市 が芸 術 作 品の ひ と つ と して 論じ られ
︑そ こか ら現 代都 市と 建築 の新 たな 可能 性が 指摘 され てい る︒ 未決 定indéterminé
ある い は無
限infini
の 概念 は古 代地 中海 都市 にお いて どの よう に存 在し てい たの だろ うか
︒ま た︑ 芸術 作品 のひ とつ とし ての 建築 にお い て
︑無 限で あり 未決 定で ある こと が必 要不 可欠 な条 件だ とす るな らば
︑我 々は 絵画 や文 学作 品の 中に もそ れら の概 念 を 見出 せる ので はな いだ ろう か︒ これ らの 二つ の問 題を 主と して 考察 する こと が本 稿の 目的 であ る︒ その ため に︑ ま ず 第 一 章で は サ リニ ョ ン の﹃ 芸 術・ 瞬間
・場 所 の 在り 処
﹄に お いて 都 市 が どの よ う に論 じ ら れて い る の か を 考 察 す る
︒さ らに
︑精 神分 析理 論を 用い たサ リニ ョン の都 市建 築論 は︑ 詩人 であ りシ ュル レア リス ムの 提唱 者で ある アン ド
誰のものでもない都市 ― 322 ―
レ
・ブ ルト ンの 都市 小説
﹃ナ ジャ
﹄を 読解 する 新た な方 法論 にな り得 るの では ない だろ うか との 考え から
︑第 二章 で は ブル トン の小 説﹃ ナジ ャ﹄ とそ の舞 台で ある パリ の街 をサ リニ ョン の都 市論 に接 続し て分 析し
︑結 論と して
﹃ナ ジ ャ
﹄の 中に
﹁都 市に おけ る他 者﹂ を見 出す とい う新 たな 小説 解釈 の可 能性 を指 摘し たい
︒そ の際 に︑ サリ ニョ ンの 思 想 を﹃ ナジ ャ﹄ 解釈 のた めの 支柱 とし て選 択す る ため の 補 助と な る のが
︑﹃ ナ ジ ャ﹄ と 同時 代 の パリ の 街 路を 描 写 し た ヴァ ルタ ー・ ベン ヤミ ン︵WalterBenjamin1892−1940
︶ の﹃ パサ ージ ュ論
﹄︵1935
︶ であ る︒ ベン ヤミ ンは ブ ル ト ン の同 時代 人と して シュ ルレ アリ スム 運 動 に関 心 を 抱い て お り︑ 論 文﹃ シュ ル レ アリ ス ム﹄
︵1929
︶の 中 でシ ュ ル レ ア リス ムを 政治 的な 見地 から 論じ た︒ また
︑ベ ンヤ ミン は︑ ブル トン の盟 友で ある ルイ
・ア ラゴ ンの 小説
﹃パ リの 農 夫
﹄︵1926
︶ に着 想を 得て
﹃パ サー ジュ 論﹄ を編 纂し てい る︒
﹃パ サー ジュ 論﹄ は二
〇世 紀初 頭の パリ にお いて 前世 紀 の 遺物 とし て姿 を消 しつ つあ った アー ケー ド街 の観 察を 基に した 近代 都市 批判 の嚆 矢で あり
︑サ リニ ョン の精 神分 析 的 都市 論は
﹃パ サー ジュ 論﹄ を現 代的 に読 み替 えた もの であ ると も考 えら れる ので ある
︒サ リニ ョン の思 索に おい て モ デル とな って いる のは 地中 海古 代ギ リシ ア都 市で ある が︑ その
﹁無 限﹂ や﹁ 未決 定﹂ の概 念は それ とは 対照 的な 現 代 都市 の画 一性 や全 体主 義的 性格 と対 を成 して いる
︒従 って
︑サ リニ ョン の都 市建 築論 はベ ンヤ ミン の﹃ パサ ージ ュ 論
﹄に おけ る二 元対 立概 念に 精神 分析 理論 を導 入す るこ とに よっ て再 構成 され たも のの よう に思 われ るの であ る︒ 本稿 にお ける サリ ニョ ンの 理論 を用 いた
﹃ナ ジャ
﹄読 解は 以上 のよ うな 発想 に基 づく 試論 であ る︒ 最後 には
︑サ リ ニ ョ ン がそ の 都 市・ 建築 論 に お いて 現 代 都市 に と って 必 要 不 可欠 な も の と し て 考 え た
﹁無 限
﹂性
︑﹁ 未 決 定
﹂性 は
︑ 一 九世 紀末 から 二十 世紀 初頭 のパ リに おけ る外 部性 と他 者性 につ いて のシ ュル レア リス トた ちの 要求 に他 なら ない と い う結 論を 導き 出し たい
︒
― 323 ― 誰のものでもない都市
1
.
サ リ ニョ ン の 都市 論 に おけ る﹁ 無限
﹂ と
﹁空 虚
﹂ 1│
1.
﹁誰 のも ので もな い都 市﹂ サリ ニョ ンの 都市
・建 築論 は︑ 簡潔 にそ の要 旨を 述べ るな らば
﹁都 市の 精神 分析
﹂で ある
︒つ まり
︑都 市を ひと り の 人間 のよ うに 産出 され
︑成 長し
︑絶 えず 変化 して 行く 総体 とし て考 える こと によ って
︑都 市を 精神 分析 論的 考察 の 対 象と する ので ある
︒古 代ギ リシ ア都 市を モデ ルと する サリ ニョ ンの 都市
・建 築論 の特 徴と して まず 注目 に値 する の が
︑建 造物 だけ でな く通 りや 広場
︑空 き地 や都 市の 外部 を含 む全 体を 建築 とし て捉 えて いる こと であ ろう
︒ サリ ニョ ンは
︑都 市の なか の空 き地 や都 市の 外部 には
﹁空 虚﹂vide
︑あ るい は﹁ 無﹂rien
︑﹁ 虚無
﹂néant
︑﹁ 無 限﹂in-
fini
が あり
︑そ れが 建築 にお いて 重要 な役 割を 果た すと 考え る︒ 古代 の哲 学者 ア ナ クシ マ ン ドロ ス が﹁ 無 限は 万 物 の 原 理で ある
﹂と 言っ たよ うに
︑手 を加 える 余地 が残 され
︑無 限に 向け て開 かれ た﹁ 未完 成の 都市
﹂lavillenonfinito こ そが 建築 のあ るべ きあ り方 であ ると され る︒
﹃ 芸術
・瞬 間・ 場所 の在 り処
﹄の 第一 章﹁ 都市 は誰 のも ので もな い﹂lacitén’appartientàpersonne
にお いて
︑サ リ ニ ョ ン は国 家 や 社会 に よ っ て占 有 さ れ︑ 制 御 さ れ た 現 代 の 都 市 を﹁ 全 体 主 義
﹂totalitarisme
で あ る と し て 批 判 す る
︒ 現 代の フラ ンス の諸 都市 は移 民の 流入 とと もに 拡大 し︑ 中心 部か ら周 縁へ と広 がり つつ ある
︒そ うし た現 在の 市街 地 に 典型 的に 見ら れる
︑周 辺部
︑郊 外︑ ショ ッピ ング セン ター
︑新 興住 宅地 など のよ うに 延長 され る都 市機 能は 都市 の 死 を告 げて い る と いう
︒な ぜ な ら︑ そう し た 市街 地 の 拡 張は 現 代 人の 自 己 愛narcissisme
の あら わ れ であ り
︑死 の 欲 動 の支 配を 意味 し︑ 都市 が飽 和状 態に ある こと を示 して いる から であ る︒
誰のものでもない都市 ― 324 ―
そ れに 対 し て︑ 古代 の 地 中海 諸 都 市 はそ う し た現 代 都 市 の現 状 と は全 く 異 質で あ る と サリ ニ ョ ン は 指 摘 す る︒ 本 来
︑都 市は 共同 であ るこ との 諸々 の可 能性 に開 かれ てお り︑ 古代 ギリ シア 都市 にお いて 都市 は一 種の 公共 財産 であ っ た とい う︒ そし て都 市の 公共 性は
︑実 は都 市の 内包 する
﹁空 虚﹂
﹁ 無限
﹂に 他な らな い︒
﹁﹃ いく つか の古 代ギ リシ ア都 市に おい て︑ 市民 はそ れぞ れが 絶対 的な 所有 地を 持っ てい た一 方で
︑自 分た ちの 収 穫 物を 分け 合い
︑共 同で 消費 する よう に法 で義 務付 けら れて いた
︒﹄ と
︑ア レン トは 述べ る︒
﹂
«Danscertainescitésgrecques,ditH.Arendt,laloiobligeaitlescitoyensàpartagerleursrécoltesetàlesconsommeren
commun,alorsquechacund’euxenavaitlapropriétéabsolue
.»!
︵20
︶ こ の引 用に おい て述 べら れる よう に︑ 都市 空間 で問 題と なる のは 必然 的に 公共 と私 の問 題︑ 私と 他者 との 関係 性の 問 題 であ る︒ 空間 が誰 かの 所有 地に なる とは
︑す なわ ち空 間が 他者 の意 志に よっ て支 配さ れる 状態 を意 味す る"
︒ また
︑サ リニ ョン の著 作に おい ては
︑街 路や 建物 など の建 築の 諸形 態が 言語 の構 造と 類似 的に 扱わ れて いる
︒そ れ は
︑建 築空 間は 言語 と同 様に リズ ムを 持ち
︑複 数の 要素 が連 結さ れて 繋が り︑ 全体 と細 部に よっ て成 り立 ち︑ 空気 を 取 り込 んだ り吐 いた りす ると いう 構造 を持 つと 考え られ るか らで ある
︒ 古代 都市 にお いて は︑ 民主 主義 と建 築は 分か つこ との 出来 ない 結び つき を持 って いた
︒ま た︑ 民主 主義 にお いて 重 要 な の は物 を 分 配す る こ と では な く︑ 構 築を 永 続 させ る こ と であ り
︑そ の 姿勢 を 失 わな い よ う にす る こ と で も あ っ た
︒古 代都 市の 形態 は民 主主 義の 思想 をそ のま ま形 にし たも ので あり
︑民 主主 義と はす なわ ち空 間を 物で 埋め 尽く す の では なく
︑﹁ 間 隔と は何 か﹂«Qu’estl’espacement?»
と いう 問題 を常 に考 える こと であ る︒ つま り︑ 建築 につ いて 考 え るた めに は︑ 逆説 的に 空虚vide
につ いて 考え なけ れば なら ない とい うこ とに なる
︒
― 325 ― 誰のものでもない都市
1│
2. 内と 外と の行 き来 ベン ヤミ ンが
﹃パ サー ジュ 論﹄ にお いて
︑二
〇世 紀初 頭の パリ のパ サー ジュ が果 たし た役 割・ 機能 につ いて 独自 の 視 点 か ら考 察 し たよ う に︑ サ リ ニョ ン も また 以 下 の引 用 箇 所 にお い て︑ 広 場や 敷 居 の持 つ 特 殊 な役 割 を 主 張 し て い る
﹁ ︒ つ まり これ らの 広場
︑﹃ 敷居
﹄︑ 円 形建 造物
︑小 公園 は 単 に欠 如 や 空白 の 価 値 を与 え ら れる の で はな く
︑そ れ ら は そ こ にlà ある の で あ り︑ このlà
は 人 々︑ 他 者︑ 都市 生 活
︑お よ び
﹃通 り 過 ぎ る こ と
﹄と 静 か に 対 話 す る 言 語 とし ての 建築 の間 で用 途︑ 実践
︑伝 達の 能力 を可 能に する
︒﹂
C’estdirequecesplaces,ces«seuils»publiques,cesrotondes,cessquaresnesevoientpasuniquementattribuésune
valeurmanquanteetvide,maissontlà,celàrendantpossiblelacapacitédesusages,despratiques,descommunications
entrelespersonnes,lesautres,laviedelacité,etl’architectureentantquelangagedialoguantensilenceavecle«pas-
ser».
︵24
︶ さら に︑
﹃ パサ ージ ュ論
﹄を 思わ せる 次の よう な記 述も ある
︒都 市を 造る ため には その 輪郭 を定 めるdélimiterlacerne 必 要が ある とい うの であ る︒ ただ し︑
﹁ヘ ラク レイ トス によ る と︑
﹃人 々 は 城 壁に 立 ち 向か う よ うに し て 法
律nomos
に 立 ち 向か わ な けれ ば な ら ない
﹄︑ ポ リス
︵都 市国 家︶ はま ず第 一に ある 場所 に住 む人 々の 集合
︑集 団で あり
︑城 壁は 二次 的な 側面 であ るに 過ぎ な い
︒﹂
SelonHéraclite:«Ilfautquelepeuplecombattepoursaloi
﹇nomos
﹈commepoursesremparts.»PourlesGrecs,
︵...
︶quiqu’unjouantnel’enceintelieu,unhabitepersonnesladeensembleungroupement,und’abordestpolisaspect
誰のものでもない都市 ― 326 ―
secondaire.
︵22
︶ と 述べ られ るよ うに
︑囲 いや 城壁 があ って もそ れが 人々 の思 想を 制限 した り防 衛し たり する こと には なら ない
︒建 築 は 実際 的で 現実 的な 事物 であ るに もか かわ らず
︑見 え るも の と 見え な い もの
︑現 れ て い るも の と 隠さ れ て い るも の
︑ 存 在 す るも の と 存在 し な い もの と い った 思 考 の本 源 に 立 ち戻 ら せ る力 が あ るの だ と
︑サ リ ニョ ン は 繰り 返 し 強 調 す る
︒ 都市 にお いて 建造 物の 隙間 の空 間を つく るも のと して
︑通 りや 広場 が挙 げら れる
︒特 に広 場は 人を もて なす 場で あ り
︑そ こに 人々 が集 い︑ 対話 し︑ 分か ち合 い︑ 交換 する 場と して の役 割を 果た す︒
﹃ パサ ージ ュ論
﹄に おい て︑ ベン ヤミ ンは 二十 世紀 初頭 のパ リ を 観察 す る こと に よ っ て市 民 社 会の 爛 熟 と崩 壊 を 見 通 した
︒﹃ パ サー ジュ 論﹄ はこ れま で︑ 資本 主義 社会 にお け る 商品 価 値 や︑ 人々 の 欲 望 や夢 の 有 り様 を 考 察す る 試 み と して 読ま れて 来た
︒だ が︑ ベン ヤミ ンが 描き 出そ うと した のは そう した 物質 文化 にか かわ るも のだ けで はな く︑ 都 市 の持 つ﹁ 倦怠
﹂や
﹁永 遠回 帰﹂ とい った
︑都 市に 住む 人々 の意 識を 明ら かに する もの も含 んで いた
︒サ リニ ョン の
﹃芸 術・ 瞬間
・場 所の 在り 処﹄ もま た︑ ベン ヤミ ン と 同様 の 見 地に 基 づ い てい る
︒ベ ン ヤミ ン は﹃ パ サー ジ ュ 論﹄ に お い て 近代 の 商 品生 産 社 会 を批 判 的 に捉 え た が︑ サリ ニ ョ ン はそ う し た社 会 的 規制 や 配 置 から 免 れ 得 る 都 市 や﹁ 場 所
﹂の 可能 性を ギリ シア 古代 都市 のな かに 見出 そう とし たの であ る︒ 都 市と は そ こに 人 が 住 む 場 所 で も あ る
︒住 む と は
︑内 と 外
︑私 的 な 場 所 と 公 の 場 所 と を 行 き 来 す る こ と で あ る
︒
﹁公 共 空間 に お いて 集 合 す るこ と の 本質 と
︑家 の 空間 に お い て居 住 す るこ と の 本質 を ど の よう に 結 びつ け る の か?
﹂
Commentlierlanaturedel’êtreensembledanslesespacespublicsetêtrechez-soidansl’espacedelamaison?
︵30
︶た だ し
︑サ リニ ョン は家 と公 共空 間と の行 き来 を単 なる 移行transitionalité
とし てで はな く︑ 存在 の様 相modalitéd’être
と
― 327 ― 誰のものでもない都市
し て考 えよ うと して いる
︒つ まり
︑建 築に おけ る家 の中 と外 の公 共空 間と いう 空間 的関 係は
︑個 人に おけ る私 的な 私 と 公的 な私 とい う人 間存 在の 関係 に重 ね合 わさ れる ので ある
︒ 1│
3. 公・ 私︑ 外・ 内︑ 他者
・自 己の 弁証 法 サリ ニョ ンは しか し︑ 古代 都市 にお ける 親密 なも のと 共同 のも のを 対立 させ たま まに して おい たの であ ろう か︒ い や
︑そ うで はな く次 の引 用に ある よう に︑ 対立 する ふた つに 弁証 法的 な関 係を 見て 取り
︑そ こに フロ イト の精 神分 析 論 を適 用し よう とし てい るよ うに 思わ れる ので ある
︒
﹁親 密な もの と共 同の もの
︑私 と公 を対 立さ せる 代わ り に︑ お そら く 我 々は た だ フ ロイ ト 的 な意 味 で のた だ ひ と つ の 欲 動の 様 相 とし て そ れ らを 考 え るこ と を 試み ね ば な らな い
︒ま た︑ あ らゆ る も の は こ の 弁 証 法︵ 内 部│ 外 部
︑私
│私 では ない もの
︶を めぐ って のみ 成立 する と見 なさ なけ れば なら ない
︒﹂
Aulieud’opposerintimeetcommun,privéetpublic,peut-êtredevenons-nousseulementessayerdelespensercomme
uneseulemodalitépulsionnelleausensfreudien,etvoirquetoutêtreneseconstituequ’autourdecettedialectique
︵intér-
ieur−extérieur,moi−non-moi.
︵30
︶ こ のよ うに
︑建 築に おけ る内 と外 を︑ フロ イト 的な 自己 と他 者の 関係 と重 ね合 わせ て考 える こと によ って
︑内 部は 外 部 から の避 難所 であ り︑ 外部 は内 部か ら排 除さ れた もの であ ると いう 関係 が強 調さ れて いる
︒さ らに
︑次 の引 用で は 公 と私 の弁 証法 の公 とは どの よう なも ので ある のか が述 べら れて いる
︒
﹁も し公 共空 間が 単に 物理 的に 境界 を定 めら れて 構想 さ れ てい る だ けな ら ば
︑そ れ は隘 路 と 隣接 す る 通り と 空 と を 幾何 学的 に遮 って いる に過 ぎな い︒ しか しそ の存 在に 立ち 戻る とす れば
︑公 共空 間と は︿ 無限
﹀で ある
︒公 共
誰のものでもない都市 ― 328 ―
空 間は 向こ う側 に広 がり
︑未 来の 時間 に曝 され る︒ 公共 空間 は空 虚で ある こと に象 徴的 な敬 意を 表す る︒
﹂
Sil’espacepublicestuniquementdélimitéetconçuphysiquement,ilnepeutl’êtrequ’enbouchantgéométriquementles
trouées,lesruesavoisinantesetleciel.Maispourreveniràsonêtre,ilestinfini,ils’étendloinau-delàets’exposeautempsfutur-avenir...Ilrendunhommagesymboliqueauvide.
︵33
︶ つま り︑ 公共 空間 にお いて そこ に何 もな いと いう こと はそ れ自 体が 意味 を持 つ︒ 革命 など が起 きた 時︑ まず 広場 に 民 衆が 結集 し︑ それ が巨 大な エネ ルギ ーと なり つい に政 府を 打倒 する とい う光 景が しば しば 見ら れる よう に︑ 公共 空 間 の空 虚性 は時 に大 きな 破壊 力あ るい は創 造力 を生 み出 す︒ 1│
4. 都市 にお ける
﹁無 限﹂ ギリ シア の都 市テ ーバ イに おい て︑ 都市 にお ける 内部 と外 部と の弁 証法 は次 のよ うに 語ら れて いる
︒す なわ ち︑ オ イ ディ プス 王の 近親 相姦 によ って 悲劇 がも たら され たよ うに
︑古 代に おい て都 市が 存続 する ため には 常に 異質 性を 受 け 入れ
︑都 市と 都市 の外 部と の間 で流 動性 を持 たせ
︑外 部の 声に 耳を 傾け なけ れば なら ない と考 えら れて いた とい う の で あ る!
︒ この よ う に︑
﹁誰 の も の でも な い 都市
﹂の 概 念 は︑ 都市 が 潜 在 的に 有 す る機 能 や 都市 に お け る公 共 性 の 問 題を 浮き 彫り にす る︒ では
︑ブ ルト ンが
﹃ナ ジャ
﹄で 描い たパ リと はど のよ うな 都市 であ った のだ ろう か︒ 詩人 や画 家は 都市 の持 つ問 題 を 敏 感 に察 知 し︑ 都 市の 姿 を た だ表 面 的 に描 写 す るの で は な く︑ その 見 過 ごさ れ が ちな 性 質 を 巧み に 捉 え て 表 現 す る
︒ブ ルト ンら シュ ルレ アリ スト は近 代都 市パ リに おい て﹁ 超現 実﹂ を見 出そ うと した
︒彼 らの 思考 が都 市の 秩序 や 合 理性 を否 定す ると して も︑ それ は都 市の 機能 をむ やみ に否 定し よう とし たり する もの でも なく
︑ま た薄 暗い 場所 に
― 329 ― 誰のものでもない都市
隠 され てい るも のや 過去 の遺 物と され てい るよ うな もの に対 する 単純 な憧 憬で もな い︒ 寧ろ 彼ら の文 学作 品は
︑次 節 で 述べ るよ うな サリ ニョ ンの 精神 分析 理論 を用 いた 都市 論と 類似 した もの とし て︑ すな わち 都市 の働 きと 人間 精神 と を 一体 化さ せて 捉え るよ うな 試み とし て解 釈し 得る ので はな いだ ろう か︒ 1│
5.
﹁間 隔﹂
﹁ 空虚
﹂と リズ ム 西洋 には 構造 物を 身体 にな ぞら える とい う伝 統的 な見 方が ある が︑ サリ ニョ ンの 著書 の中 でも 身体 と都 市は 互い に 対 応す るも のと して 考え られ てい る︒ 確か に︑ 身体 が様 々な 機能 の総 体 か ら成 る ひ とつ の ま と
まりunité
であ る よ う に
︑都 市も また 様々 な建 造物 が集 まっ たも ので ある
︒た だ︑ サリ ニョ ンに よれ ば︑ 二つ の対 応関 係は 単な る形 態の 類 似 や比 喩的 な意 味に 留ま るも ので はな く︑ より 動的 に理 解さ れな けれ ばな らな いの だと いう
︒身 体や 都市 に動 的な 性 質 を与 える もの とは
︑す なわ ちリ ズム であ る︒ 都市 にお ける リズ ムと は︑ 例え ば狭 い通 りか ら急 に広 場に 飛び 出し た 時 や︑ ある いは 家の 庭と 隣の 庭と を隔 てる 垣根 をく ぐり 抜け た時 に感 じら れる よう な︑ 反復 運動 が何 かの 拍子 に断 ち 切 られ るよ うな 感覚 を指 す︒
﹁も し呼 吸が 意味 に対 応す るよ うに して 身体 が建 築に 対 応 する な ら ば︑ リズ ム は そ れら 二 つ に共 通 す るも の で あ る
︒リ ズム がな けれ ば場 所も
︑住 環境 も︑ 住む 身体 も︑ もち ろん 失わ れた 身体 の空 間へ の碑 銘も 存在 しな い︒
﹂
Silecorpsestàl’architecturecequelesouffleestausigne,lerythmeestcommunauxdeux,ilestcesansquoiiln’y
auraitnilieu,nihabitat,nicorpsquihabite,nibiensûrinscriptiondansl’espacedescorpsdisparus.
︵49
︶ ま た︑ サリ ニ ョ ンは 都 市 を始 め と す る人 間 が 作る あ ら ゆ る造 形 物 は可 能
態dynamis
と 現 実 態energéia
の 間 で 存 在 し てい ると 考え てい る︒ これ は︑ 都市 が常 に潜 在的 に変 化す る可 能性 を持 って おり
︑現 在の 状態 と将 来に おい てそ う
誰のものでもない都市 ― 330 ―
な る可 能性 のあ る状 態と が常 に並 存し てい ると いう こと を意 味す る︒ 建築 は︑ 未知 部分 を前 方の 未来 に委 ねて 前進 す る
︒建 築と はリ ズム と肉 体︑ 外装 と内 容︑ 外見 と触 感で ある
︒従 って
︑サ リニ ョン にと って 建築 の理 想と は未 知︑ 欠 如 とい うこ とに なる ので ある
︒そ れは
︑開 放に 尊厳 を与 える こと にな るか らで ある
︒無 限は 建築 を通 過す る︒ 建築 に お ける 限界
︵有 限︶ はそ れ自 身の 彼方 を含 む︒ 都市 は彼 方︵ 無限
︶を 抱く
︒ また
︑空 間に はリ ズム が存 在す ると サリ ニョ ンは 述べ てい る︒ 空間 の中 に存 在す るリ ズム によ って
︑空 虚の 無限 性 の 中に 時間 が喚 び起 こさ れる ので ある
︒
﹁リ ズム のな い場 所は 間隔 ある いは 用地 であ る に 留ま っ て いる
︒な ぜ な ら︑ そ の場 所 は 死ん だ よ うで あ り
︑そ れ 自 体に 対し て閉 じら れ︑ 自閉 して いる から であ る︒
﹂
Lelieusansrythmeresteespacement,ouemplacement;ilestcommemort,refermésurlui-même,autistique.
︵119
︶
﹁リ ズム は空 間︑ 無限 は時 間を 呼び 起こ す︒ あら ゆる 建築 は空 間の 襞の 中と
︑無 限の 横断 の中 に暗 示さ れる
︒﹂
Lerythmerévèlel’espace,l’infiniletemps,toutearchitectureestimpliquéedanslesplisdel’espace,etdanslestraver-
séesdel’infini.
︵133
︶
﹁存 在と 虚無 の関 係は 昼と 夜︑ 光と 影の 関係 と同 種 の もの で あ る︒ 存在 と 虚 無 の関 係 は より ア ル カイ ッ ク
︑よ り プ リミ ティ フで あり
︑そ のた めに 我々 はそ れに 有限 と無 限の 関係 を接 近さ せる
︒﹂
Lerapportentrel’EtreetleNéantestdumêmeordre
︵cosmos
︶mulesestle...Iebrm-oreièluqu,uit-NurJoentrielucee-
mentplusarchaïque,plusprimitif,c’estpourcetteraisonquenouslerapprochonsdurapportfini-infini.
︵147
︶ 以上
のよ うに サリ ニョ ンの 精神 分析 的都 市論 を概 観し て来 た︒ サリ ニョ ンの 現代 都市 批判 は文 学的 な表 現を 多く 用
― 331 ― 誰のものでもない都市
い てい るが
︑そ の考 え方 から は﹁ 現 代の 危機 が公 的領 域の 喪失 に根 ざし てい る﹂ とす るハ ンナ
・ア ーレ ント
︵Hannnah
Arendt1906−75
︶ の思 想が 思い 起こ され る︒ 精神 分析 を人 間理 解の 手助 けに する とい う点 にお いて
︑サ リニ ョン の 都 市 論と シュ ルレ アリ スム の思 想は 共通 して いる
︒サ リニ ョン の都 市論 は︑ 西洋 の伝 統的 な﹁ 無限
﹂の 概念 を再 認識 す る こと によ って 現代 都市 が現 在の 閉塞 状態 から 脱し 得る とい う指 摘で ある
︒で は︑ シュ ルレ アリ スト らは 急激 に近 代 化 する 都市 を目 の当 たり にし た時
︑一 体何 を考 えど のよ うに 行動 した ので あろ うか
︒そ れに つい ては 第二 章で 論じ る こ とと する
︒
2
.
﹃ ナ ジャ
﹄ に おけ る 都 市の
﹁ 無 限﹂
﹃ ナジ ャ
﹄の 中 にサ リ ニ ョン の 都 市 分析 論 で 述べ た よ うな
﹁無 限
﹂や
﹁空 虚
﹂が 直 接 描 か れ て い る わ け で は な い
︒ ブ ルト ンや アラ ゴン のよ うな シュ ルレ アリ スト らに とっ て︑ パリ の街 は遊 歩者 とし ての 作家 や芸 術家 を受 け入 れる 場 で あ っ た︒ 二十 世 紀 前半 の パ リ にお い て パリ の 都 市の 外 観 は 変化 の た だ中 に あ り︑ 作家 た ち は その 目 撃 者 で も あ っ た
︒今 日 我 々は 都 市 の変 容 を 痕 跡と し て 見る こ と が 出 来 る︒ ブ ル ト ン の 小 説﹃ ナ ジ
ャ﹄Nadja
︵1928
︶ で は
︑﹁ 私 と は 誰 か﹂ と いう ブ ル トン の 問 い に始 ま り︑ シ ュル レ ア リス ム 的 な 必然 性 を 持っ た 偶 然で あ る﹁ 客 観 的 偶 然﹂ を 示 す 諸 々の 出来 事が 語ら れ︑ ブル トン とナ ジャ とい う女 性と の出 会い とそ の経 緯が 描か れる
︒偶 然の 出来 事を あり のま ま に 描 写 する 書 き 方ゆ え に 脈 絡を つ か み難 い 構 成の 物 語 で ある が
︑街 路 や建 物 の 記述 は 当 時 のパ リ の 街に 一 致 し て お り
︑ブ ルト ンが 歩い た道 をそ のま ま辿 るこ とが 可 能で あ る︒
﹃ ナジ ャ
﹄に お ける ブ ル ト ンと ナ ジ ャの 出 会 いの 描 写 を 思 い起 そう
︒
誰のものでもない都市 ― 332 ―
﹁昨 年の 十月 四日
︑あ のま った くな にも する こと の な い︑ ひど く も のう い 午 後 のひ と つ がお わ る ころ
︑私 は そ ん な 時を 過ご す秘 訣を ここ ろえ てい るの で︑ ラ ファ イ エ ット 通 り にや っ て き てい た
︒﹃ ユ マニ テ
﹄紙 の 書店 の シ ョ ー ウイ ンド ーの 前で しば らく 立ち どま り︑ 最近 出た トロ ツキ ーの 本を 購入 して から
︑あ ても なく オペ ラ座 の方 向 へ 道を たど った
︒!
﹂
«Le4octobredernier,àlafindecesaprès-miditoutàfaitdésœuvrésettrèsmornes,commej’ailesecretd’enpasser,je
metrouvaisrueLafayette:aprèsm’êtrearrêtéquelquesminutesdevantlavitrinedelalibrairiedeL’Humanité
"
etavoir
faitl’acquisitiondudernierouvragedeTrotsky,sansbutjepoursuivaismaroutedansladirectiondel’Opéra
».#
ここ でブ ルト ンは ラフ ァイ エッ ト広 場の 交差 点を 渡り なが らオ ペラ 座の 方角 へ向 かっ てい る︒ ラフ ァイ エッ ト広 場 は 現在 はフ ラン ツ・ リス ト広 場に 改称 され てお り︑ また 作中 のユ マニ テ書 店は 現存 せず 建物 の骨 組み が確 認さ れる の み であ るな ど︑ パリ の街 は﹃ ナジ ャ﹄ が書 かれ た一 九二
〇年 代と 比べ て細 部に おい て変 容が 確認 され るが
︑主 要な 大 通 りや 地区 の様 子は 変化 して いな い︒
﹁私 たち はこ こで
︑足 の向 くま まに ポワ ソニ エー ル通 りに いる
︒﹃ あな たは 誰﹄ とい う問 いに
︑彼 女は ため らい な く
﹃私 はさ まよ う魂
﹄と 答え る︒ 私た ちは 翌日 もラ ファ イエ ット 通り とフ ォー ブー ル・ ポワ ソニ エー ル通 りが 交 わ る角 のバ ーで 会う 約束 をす る︒$
﹂
«Nousvoici,auhasarddenospas,ruedeFaubourg-Poissonnière.“Quiêtes-vous?”Etelle,sanshésiter:“Jesuisl’âme
errante”.Nousconvenonsdenousrevoirlelendemainaubarquifaitl’angledelarueLafayetteetdufaubourgPoisson-
nière
».%
ここ では 二つ の通 りが 交わ る角 に位 置す るバ ーが 待ち 合わ せ場 所と して 使わ れて いる
︒一 方の ラフ ァイ エッ ト通 り
― 333 ― 誰のものでもない都市
はrue だが
︑他 方 のフ ォー ブー ル・ ポワ ソニ エー ル通 りに はfaubourg
がつ く︒Rue
は ラテ ン語 で﹁ 皺
﹂を 意味 するruga を 語源 とし
︑パ リの 中心 部に 張り 巡ら され た古 く細 い通 りで ある のに 対し て︑faubourg
はラ テン 語で
﹁外 部
﹂を 意 味 す
るforis
と﹁ 町﹂ を意 味す
るburgus
が 組み 合わ され た語 で︑ 都市 を囲 む城 壁の 外に はみ 出た 地域 やそ こ へ通 じ る 市 外 道路 を意 味す る︒ つま り︑ 通り の角 のバ ーは 中央 と周 辺が 交差 する 場所 であ る︒
﹁あ なた は誰 か?
﹂と いう 問い はお そら くブ ルト ンの 思 考 に一 貫 す る主 題 で あ る︒ ある い は︑ 他 者へ の 問 いは 必 然 的 に
﹁誰
﹂と いう 問い にな ると も言 える
︒ブ ルト ンの 文学 作品 にお いて 我々 は常 に他 者へ の関 心を 見て 取る
︒そ うし た 関 心 は 一九 一 六 年に ブ ル ト ンが ナ ン トで 従 軍 して い た 際 に出 会 っ た若 い 詩 人︑ ジャ ッ ク
・ヴ ァ シェ と の 文 通 に 始 ま る
︒ブ ルト ンの ヴァ シェ への 眼差 しは 風変 わり であ る︒ なぜ なら
︑ブ ルト ンは ヴァ シェ とい う人 物そ のも のを ひと つ の 詩で ある と言 って いる から であ る︒ 同様 に︑ ナジ ャも ただ のひ とり の女 性で あっ て詩 人で はな いが
︑ブ ルト ンは ナ ジ ャの 存在 その もの に詩 的な もの を見 よう とす る︒ ナジ ャが 答え た﹁ 私は さま よう 魂﹂ とい う言 葉は
︑ベ ンヤ ミン の 遊 歩者flâneur
の概 念を 詩的 に︑ ある いは 極端 化し て言 い換 えた もの と考 えら れる ので はな いだ ろう か︒ また
︑ブ ルト ンに とっ て都 市の 中を 気の 向く まま に歩 くと いう 行為 は精 神の 深部
︑無 意識 に足 を踏 み入 れる こと と 同 義で ある
︒ブ ルト ンは 街を 歩く こと によ って 自ら が何 者で ある かを 問い
︑ま た出 会っ た女 性ナ ジャ に﹁ あな たは 誰 か
﹂と 問う
︒
﹁け れど も私 にと って
︑も う夜 にな るの も夜 が明 け る のも
︵と い っ て昼 だ ろ う か︶ 問題 で は なく な る よう な 精 神 の 奥底 へと 本当 に降 りて 行く こと は︑ フォ ンテ ーヌ 通り の︑ その 後キ ャバ レー に成 り変 った
﹁双 面劇 場﹂ へと 戻 っ て行 くこ とで ある
︒!
﹂
«Maispourmoi,descendrevraimentdanslesbas-fondsdel’esprit,làoùiln’estplusquestionquelanuittombeetse
誰のものでもない都市 ― 334 ―
relève
︵c’estdonclejour
︶,c’estrevenirruefontaine,au“ThéâtredesDeux-Masques”
.»! なぜ 都市 をあ ても なく 歩く 行為 が無 意識 の捜 索に 繋が るの だろ うか
︒ま た︑ なぜ ブル トン はそ のよ うな 行為 が詩 を 生 み出 すと 考え るの だろ うか
︒そ れは おそ らく
︑第 一章 で述 べた よう な都 市を 身体 に対 応さ せる とい う思 考と 関わ り が ある よう に思 われ る︒ つま り都 市を 探求 する とい う行 動は それ 自体
︑人 間精 神の 探求 に繋 がる 行為 なの であ る︒ 画 一 化さ れ一 つの 思想 によ って 支配 され た空 間で は︑ 人の 行動 もま た制 限さ れ︑ 予め 計画 され た通 りに 動く こと を余 儀 な くさ れる
︒し かし ブル トン が関 心を 示す 行動 は︑ そう した 現代 都市 の人 々の 動き とは 寧ろ 逆の 方向 へ向 かう
︒昼 よ り 夜を 好み
︑広 大な フォ ンテ ーヌ ブロ ーの 森を 一 晩中 さ ま よい 歩 き︑
﹁ パリ で 一 番 深く 引 き こも っ た 場所
﹂で あ る ド ー フィ ーヌ 広場 へ行 く"
︒ 労働 の 対 価と し て 与 えら れ る よう な 出 来事 は 好 ま ない
#
︒夜 は 都 市が 眠 る 時間 で あ り︑ 森 は 都市 の外 部で あっ て︑ また 人間 の理 性が 届か ない 手付 かず の野 生の 状態 にあ る︒ 広場 は理 性に よっ て支 配出 来な い 潜 在的 な力 を持 ち得 る︒ ブル トン が身 体の 構造 と精 神構 造の 相関 関係 を明 確に 立証 しよ うと して いた かど うか は不 明で ある が︑ ブル トン が 遊 歩行 為を 睡眠 と同 一視 して いた こと は確 かで ある よう に思 われ る︒
﹁私 は今
︑仲 間内 で当 時を 知る 者が 眠り の時 期 と呼 んで いる あの 頃の ロベ ール
・デ スノ ス を 再び 目 に 浮か べ て い る
︒彼 は︿ 眠っ てい る﹀
︑ だが
︑書 き︑ 話し てい る︒$
﹂
«JerevoismaintenantRobertDesnosàl’époquequeceuxd’entrenousquil’ontconnuappellentl’époquedessommeils.
Il“dort”,maisilécrit,ilparle
».%
ナジ ャの
﹁さ まよ う魂
﹂は
︑お そら く夢 を見 なが ら眠 る主 体と 同等 のも ので ある
︒ブ ルト ンに とっ て︑ 詩は ラン ボ ー の詩 の題 名で ある
﹁ 言葉 の錬 金術
﹂alchimieduverbe
に よっ て作 られ なけ れば なら ず&
︑ また
﹁ 言葉 は愛 を作 る﹂les
― 335 ― 誰のものでもない都市
motsfontl’amour
と も述 べて いる
!
︒す なわ ち言 葉は その 真偽 を確 かめ られ ない よう な︑ ある いは 制御 し得 ない よ う な 熱情 を生 み出 すた めの 素材 なの であ る︒ ブル トン にと って
︑言 葉は ある 強い 感情 の結 果と して もた らさ れる よう な 産 物で はな い︒ むし ろブ ルト ンは
︑言 葉自 体に 内在 的に 備わ った 魔力 を感 知し よう とし てい る︒
﹃ ナジ ャ﹄ で描 かれ るパ リの 劇場 や映 画館 は︑ 特殊 な意 味 を 持つ よ う に思 わ れ る︒ な ぜな ら そ うし た 場 所は 詩 的 言 語 の空 間で あり
︑特 別な 魔力 を持 って いる よう に思 われ るか らで ある
︒ブ ルト ンは 積極 的に 演劇 の内 容を 把握 しよ う と はせ ず
︑さ ら に所 謂
﹁B 級映 画
﹂SérieB
を 好む
"
︒作 品 に 対す る ブ ルト ン の 受 動的 な 態 度は
︑権 威 に 対す る 幼 稚 な 反 抗 とし て 理 解さ れ る べ きで は な いし
︑ま た シ ュル レ ア リ スム の 自 動記 述 の 理念 で あ る﹁ 無 意識 の 思 考 の 書 き 取 り
﹂と 単純 化す るこ とも 出来 ない
︒寧 ろそ れは
︑言 葉が 絶え ず密 かに 生み 出さ れて は失 われ て行 く﹁ 場﹂ とし ての 劇 場 に対 する 称賛 なの では ない だろ うか
︒
﹃ ナジ ャ﹄ にお ける パリ は十 九世 紀末 から 二十 世紀 前半 へ の 変化 の 最 中に 位 置 し てい る
︒細 い 小路 や 古 びた パ サ ー ジ ュは 大通 りに 置き 換え られ よう とし てお り︑ 都市 の急 激な 変容 はブ ルト ンに 憂鬱 な感 情を 与え たは ずで ある
︒例 え ば
﹃ナ ジャ
﹄に 登場 する
﹁近 代劇 場﹂LeThéâtreModerne
と いう 名の 劇場 は︑ ダダ イス トら が足 繁く 通っ た二 つの カ フ ェ﹁ 小さ なコ オロ ギ﹂LePetitGrillon
と
﹁ル
・セ ルタ
﹂LeCertà
が あっ たオ ペ ラ 座 パサ ー ジ ュの 内 部 に あっ
た#
︒ こ の﹁ 近代 劇場
﹂は 十九 世紀 末頃 から 野心 的な 演劇 作品 を上 演し てい たが
︑一 九二 五年 初頭 にオ スマ ン大 通り の貫 通 に 伴っ てオ ペラ 座パ サー ジュ とと もに 消滅 して いる
︒
﹃ ナジ ャ﹄ にお ける 都市 とは どの よう な性 質の もの な の であ ろ う か︒ この 物 語 に おけ る パ リの 都 市 は︑ 第二 帝 政 下 の セー ヌ県 知事 オス マン
︵Georges-EugèneHaussmann1809−91
︶ のパ リ改 造計 画の 遂行 を目 前に して いた
︒都 市は 広 場 から 街へ
︑街 から 都市 へ︑ 都市 から 郊外 へと 身体 のよ うに 成長 する
︒建 築や 都市 その もの にブ ルト ンが どの よう な
誰のものでもない都市 ― 336 ―
関 心を 抱い てい たか どう かは 今後 考察 され なけ れば なら ない が︑ ブル トン は﹃ ナジ ャ﹄ にお いて 都市 の変 容を 夢想 的 に
︑ま た憂 いを 持っ て描 写し てお り︑ 都市 の近 代的 な 拡張 計 画 に好 意 的 であ っ た と は考 え 難 い︒ ブル ト ン に とっ て
︑ 都 市に おけ る統 一的 価値 観あ るい は全 体主 義の 進行 は極 めて 現在 性を 持つ 問題 であ った
︒一 九二
〇年 代初 めに
︑ブ ル ト ンが ピュ リス トら と芸 術の 純粋 化と 単純 化を めぐ る議 論で 激し く争 って いた 事実 を思 い起 こす と︑ 都市 の改 造と 芸 術 の様 式的 な単 純化 はブ ルト ンに とっ て共 通し た問 題で あっ たの では ない だろ うか
︒
﹃ ナジ ャ﹄ は都 市の 内部 に精 神の 内面 を探 し求 める 物語 であ る︒ 精神 の内 面は 都市 の表 玄関 のよ うな 場所 では なく
︑ 劇 場や 映画 館︑ パサ ージ ュ︑ 広場
︑通 り︑ 蚤の 市 など の よ うな
︑都 市 の 内面
・裏 側 と 言 える よ う な場 所 に 見 つか る
︒ そ れは
︑サ リニ ョン が述 べる よう に︑ 都市
・身 体・ 言葉 が互 いに 対応 し合 って いる ため であ る︒ 精神 の内 面と は﹁ 内 な る他 者﹂ であ り︑ ブル トン は﹁ 空虚
﹂や
﹁無 限﹂ 空間 を求 めて 都市 を彷 徨う
︒そ して
︑そ うし た空 間は オス マン の 都 市改 造が 完成 目前 であ った 一九 二〇 年代 のパ リに おい て︑ 自動 車を 走ら せる ため に拡 張さ れた 道路 など によ って 失 わ れよ うと して いた ので ある
︒ お
わ り に サリ
ニョ ンが 行う
︑精 神分 析理 論を 用い た都 市論 は大 変興 味深 い︒ 精神 分析 理論 にお いて
︑人 間の 身体 と精 神は 当 然 なが ら完 成さ れた 完全 な存 在で はな い︒ 建築 が身 体と 同様 に考 えら れる とす るな らば
︑建 築も また 常に 未完 成で 変 化 する もの とし て考 える べき であ る︒ 建築 を一 個の 完成 作品 とし て考 える こと は言 って みれ ば芸 術作 品あ りき の考 え 方 であ る︒ そも そも 建築 とは 未完 成で ある こと がそ の本 質で はな いだ ろう か︒ 芸術 が常 に作 り変 えら れ人 類の 記憶 を
― 337 ― 誰のものでもない都市
内 在さ せな がら 未来 へと 永続 され るも ので ある とす れば
︑美 学の 考察 対象 は創 造行 為や 完成 作と して の芸 術作 品だ け で はな く︑ 完成 に向 かう 途上 にあ ると 見な され 周辺 化さ れて いた もの にま で広 がり
︑芸 術家 の破 壊行 為や 仮設 的な 作 品 をも 視野 に入 れて 考察 の対 象と する こと が可 能に なる ので はな いだ ろう か︒ 本稿 の目 的は サリ ニョ ンの 都市 論を 単な る現 代都 市批 判と 見な すの では なく
︑彼 の理 論を 建築 以外 の芸 術に 適用 さ せ るこ と︑ シュ ルレ アリ スム の理 論家 であ るブ ルト ンの 文学 理解 のた めの 足が かり にす るこ とで あっ た︒ 特に ブル ト ン の代 表作 であ る﹃ ナジ ャ﹄ に描 かれ る都 市が どの よう なも ので ある のか
︑芸 術家
︵詩 人︶ と都 市が どの よう な関 わ り 方を して いる のか を検 証し よう と試 みた
︒ サリ ニョ ンの 著作 と﹃ ナジ ャ﹄ を関 連付 けな がら これ まで 論じ てき た︒ ブル トン にと って のシ ュル レア リス ム文 学 は
︑﹃ ナ ジャ
﹄で は遊 歩と 睡眠 状態 によ って 理解 され ると 考 え る︒ それ は 芸 術家 の 単 な る遊 び 心 に起 因 す るも の で も な けれ ば︑ 革命 を目 指す 政治 的行 動と いう 動機 のみ に帰 せら れる もの でも ない
︒そ れは
︑現 代に おけ る自 己の 有り 様 を 都市 の探 索に よっ て見 つけ 出そ うと する 試み と言 える ので はな いだ ろう か︒ シュ ルレ アリ スト らの 言行 は︑ 文章 や 写 真資 料と して 数多 く残 され てい る︒ それ らは 確か に諧 謔的 と言 える が︑ また 今日 の我 々が 持っ てい る感 覚か ら彼 ら の 抱い てい る関 心が そう 離れ ては いな いと いう 印象 も与 える
︒シ ュル レア リス ム運 動が 現代 的な もの であ ると
︑は っ き りと 自覚 させ られ るの であ る︒ ブル トン の様 々な 試み が一 旦は 失敗 に終 わっ たの だと して も︑ それ らが 行き 過ぎ た 合 理主 義と いう 近代 的思 考の 危険 性を 見破 って いた とす れば
︑そ れは 注目 され るべ きで はな いだ ろう か︒
! 註
BernardSalignon,Oùl’art,l’instant,lelieu,leséditionsducerf,Paris,2008
誰のものでもない都市 ― 338 ―
本 文 中 の サ リ ニ ョ ン の 引 用 は 全 て こ の 著 書 か ら 行 い
︑ 括 弧 内 に 頁 数 を 記 し て い る
︒ 引 用 文 の 訳 は 筆 者 に よ る
︒
!HannahArendt,Conditiondel’hommemoderne,Paris,Pocket,1998,p.77.
"
Salignon,Op.cit.,«Lorsquelacité,aulieud’êtrecettepermanenceouverteàlapuissance,auxpossiblesêtre-en-commundansunlieu
offertauxhommes,devientparelle-mêmecettevolontéetqu’unevolontésetrouveréaliséegrâceàlacité,alorsseperdl’essentieldu
pourquoidelacité.»
︵20
︶
#eeetnonderépondre,entendrletespuissancesquiappellentetndrenSadelignon,Ibid.,«Lerespectdeshord’sestliéàlacapacitéqui
viennentd’ailleurspourouvrirdansl’espacecettecapacitéd’écoute.Lesvoixdesdehorsnesontdanslacitéquecettepossibilitéenactedesortirdunarcissismeétouffantetsurtoutdeprendresursoicequenousdevonsàl’existence:l’Autre,l’attente,l’étrangeté.»
︵36
︶
$ ア ン ド レ
・ ブ ル ト ン
﹃ ナ ジ ャ
﹄︑ 巖 谷 國 士 訳
︑ 岩 波 文 庫
︑ 二
〇
〇 三 年
︑ 七 一 頁
︒
% 図 1 を 参 照
︒
&
AndréBreton,Nadja,ŒuvrescomplètestomeI,éd.M.Bonnet,1988.p.682.
'
﹃ ナ ジ ャ
﹄︑ 前 掲 書
︑ 八 三 頁
︒ (Nadja,Ibid.,pp.688−689.
) 前 掲 書
︑ 四 六
︑ 四 七 頁
︒
*Nadja,Ibid.,pp.668−669.
+ 前 掲 書
︑ 九 三
︑ 一 三 四 頁
︒ , 同 上
︑ 六 九 頁
︒ - 同 上
︑ 三 五 頁
︒ .Nadja,Ibid.,p.661.
/nsI,Œ,rduspepassledaBrs,ridesanssotmsLeeton,p.131.
0Ibid.,p.134.
1Breton,Nadja,Ibid.,p.663.
2Breton,ŒI,pp.1533−1534.
全 集 の 監 修 者 マ ル グ リ ッ ト
・ ボ ネ の 注 釈 に よ る
︒
― 339 ― 誰のものでもない都市