視覚的消費をとおした都市再開発
―東京駅周辺地区のリ・デザイン―
榎 戸 敬 介
1.本稿の背景と目的
グローバルな都市間競争を意識した都市再生特別地区の制度(1)のもとで再開発が進めら れている大手町・丸の内・有楽町地区(大丸有地区)の中心である東京駅周辺地区では 2012 年の東京駅丸の内駅舎の復原工事完了に続き 2017 年 12 月 7 日に丸の内駅前広場が 完成し,ひとつのまとまりある都市空間が出現した。大丸有地区は,かつて平日は金融機 関の窓口が閉まる 3 時を過ぎると通りは静かになり,週末は歩き回る人がほとんどいない 業務活動に特化した単機能の地区であった。しかし,1990 年代末から大規模な再開発が 進められた結果,現在では就業時間後の夜間も人が歩き,土日も様々な人々が訪れる,や や誇張すれば「24/7」(毎日 24 時間,週 7 日休みなし)とも言えるような多様な機能が集 積する中心業務地区(CBD)に変容しつつある。大丸有地区は東京市区改正条例のもと で 1933 年に全国ではじめて美観地区として指定された皇居外郭の一部であり,景観的な 配慮から地区内の建物高さが百尺(31m)の制限を受けた歴史的に審美性が重視された都 市空間である(2)。この制度的な美観の形成という歴史を背景に,1998 年より計画的な再 開発が本地区において進められている。
世界のグローバル都市では産業構造の変化や都市間競争の激化を背景に中心部の再開発 およびそれに伴う空間変容が都市政策・計画の課題として認識されており,また,学術研 究のテーマとしてさまざまな研究者により議論が展開されている。東京駅周辺地区は,グ ローバル都市東京の中心部における空間変容のパターンやプロセス,仕組みを示す最新の 事例であり,その現状についての考察は,世界的な都市現象としてのグローバル都市中心 部の変容についての理解を深めるために有効であると思われる。
世界のグローバル都市中心部の変容を特徴づけるひとつの要素は,近年の ‘CityBreaks’
と呼ばれる旅行商品の開発に象徴されるように観光との関わりである(3)。しかし,都市に おける観光については,観光研究者が都市を研究対象として重視せず,一方,都市研究者 は観光には注意を向けなかったという ‘doubleneglect’(二重の無視)(Ashworth1989:
(1) 都市再生特別措置法に基づく都市再生緊急整備地域内において,既存の用途地域等に基づく用途,容積率等 の規制を適用除外した上で,自由度の高い計画を定めることができる都市計画制度。
(2) 美観地区は都市改造を目的とする 1888 年公布の東京市区改正条例に位置づけられた地区であり,千代田区 景観まちづくり条例(1998 年制定,2005 年改正)にもとづき平成 14 年にほぼ同じエリアを対象に千代田区 美観地区ガイドプランが策定されている。
(3) CityBreaks とは都市を主な目的地とする比較的安価で短期間(主に週末利用)の旅行形態・商品である。
〔論 説〕
33)のため,両分野において研究が比較的遅れている分野である(榎戸2014)。大丸有地 区の再開発についてはすでに様々な研究や調査報告が刊行されているが(4),観光の関わり についてはまだ十分に研究されておらず,そこでの ‘doubleneglect’ の状況は続いている。
本稿は,グローバル都市の再生という文脈における観光空間の形成という視点から,東京 駅丸の内駅舎周辺地区を対象に,その変容について考察を行うものである。なお,本稿で は都市における観光を名所・旧跡や芸術・文化施設を訪れる行為,あるいはショッピング や飲食目的といった狭い定義で考えるのではなく,Selby(2004:42-63)が主張するよう に,現代の都市観光はシンボル性やライフスタイルなどのイメージを重視するポストモダ ンの文化的消費の現れであり,その消費の対象として都市の風景も含まれ,それが都市観 光の重要な資源になっている,というより広い観光の定義を用いて考察を行うものである。
グローバル都市中心部の変容における文化的消費の関わりについての議論を要約する と,世界の主要都市は都市間競争で優位に立つという意図のもとでグローバル資本の要求 に対応する形で都市再生を進めている。その結果として景観の画一化が進み,一方でまち 独自の魅力を資源としてインバウンド観光,投資,ビジネス活動などを呼び込もうとする,
画一化と差異化のダイナミズムが都心部空間の変容を特徴づけている,というものである
(例えば,ムニョス / 竹中・笹野訳2013,JuddandFainstein1999,Sklair2017,Smith 2007)。特に北米の場合は,そのような都市では裕福で洗練されたテイストを持つ人々に よる文化的消費が促進され,その結果都市空間の高級化が進行する一方で,既存の住人や 社会的弱者が排除され社会的不公平という状況が広まっている,という社会的問題が指摘 されている(例えば,Fainstein2007,Hall2006,Hannigan1998,Jayne2006,Zukin1991, 1995 ,2010 )。1994 年 に UrbanLandInstitute に よ り UrbanEntertainmentDistrict
(UED)という新しいタイプの都市地区が提示されているように(Hannigan1998),文 化的消費の典型としては,都市中心地区におけるエンターテインメント機能の強化が注目 されている。UED は,特別な建築物と公共空間のデザインにより構成されたエンターテ インメントの場が集中する拠点(ahubofexperiences)としてブランドハブ(Brandhub)
とも称されている(Klingmann2007:91)。典型的な例としてはニューヨーク市の Times Square やベルリンの PotsdamarPlaz などが挙げられるが,そのような場所では,グロー バルビジネスを展開する企業,典型的にはメディア関連企業が都市空間を自分たちの商品 あるいは企業イメージ(ブランド)を発信する場に変え,その結果,都市空間の私有化が 進んでいるという批判的見解が示されている(Clark2011,Klingmann2007,Zukin1991, 1995,2010)。吉見(2016:367)によれば,巨大都市はグローバル資本の支配のもとで記 号論的な死に覆われつつある。
東京駅丸の内駅舎周辺地区についてみれば,その変容は UED と言えるほどエンターテ インメント経験に特化したものとは言えないが,復原された駅舎自体が訪問者から「まな ざし」を受ける対象となっており,文化的消費のひとつの形態である視覚的経験を提供す る新しいエンターテインメント装置として機能していると考えられる。なお,ここで言う
「まなざし」とは,特定の社会や文化の枠組みにより形成された価値観をもとに視覚で認
(4) 再開発の経緯については『造形別冊 3 都心再構築への試み』(建築資料研究社 監修伊藤滋2001),建築・
空間デザインについては『新建築』第 83 巻 8 号,2008 年 6 月臨時増刊を参照のこと。
知できる何らかの記号(都市空間に表わされる)を選択し,組み合わせ,解釈し,評価す ることである(5)。
都市変容を導く触媒(catalyst)としての建築物の新たな役割とポテンシャルを研究す る Klingmann(2007)は,現代の都市における建築の評価軸として,「機能性」から「シ ンボル性」へ,そして都市の変容を導く触媒としての力がより重要になっている,と主張 する。丸の内駅前広場の完成による駅周辺地区の変容は,CBD に対する 21 世紀の要求と それに対するひとつの解答としての建築物更新を中心とする空間計画によるものである。
そこで本稿では,丸の内駅舎の周辺地区の変容の理解について,建築物としての駅舎の触 媒力(媒介力)という概念に注目して検討を行う。具体的には,本地区の建築空間(建物 と公共空間)において,文化的消費としての視覚的経験(まなざし)の展開についての考 察を行う。考察の対象は,駅舎と駅前広場に加え,両者を囲む形で建ち並ぶ JP タワー(旧 東京中央郵便局庁舎の建替え),丸の内ビルディング(旧丸の内ビルヂングの建替え),新 丸の内ビルディング(旧新丸の内ビルヂングの建替え),丸の内オアゾ(旧国鉄本社ビル の建替え)以上の高層オフィスビルに加え,本地区の中心的な街路である行幸通り(東京 都道 404 号皇居前東京停車場線)とする。
本研究のための基礎的情報収集としては,検討対象地区において人々が写真撮影行動お よび滞留と眺望を行う場を探し,現場を繰り返し訪れて観察することで視覚的経験の具体 的な空間とその使われ方を確認している。また,主要なイベントにも参加しつつその会場 となった空間の使われ方についても観察を行っている。さらに都市の観光商品化という観 点から,大丸有地区での観光ツアーにも参加し,視覚的経験の「売られ方」を観察した。
このようなフィールドワークにより,特定の空間利用と人々の活動の把握に努めた。
2.視覚的経験の中心としての丸の内駅舎と駅前広場
丸の内駅舎は日本の国家としての近代化,産業化推進のために必要なインフラストラク チャーである鉄道を機能させる装置として建設されたが,そのデザインには国威発揚とい う政治的な意図も含まれており(大内田2014),日本の首都を象徴する近代建築物として 1914 年に完成した。当時の最新の技術(6)により建設された東京駅は,完成当時からアイ コンとして機能することが国家によって意図されていたのである。1945 年の東京大空襲 で 2 つの八角形ドーム屋根を含む建物上部が焼失し,復旧工事の後は長らく仮設状態のま まで,焼失したドームも応急処置の三角屋根として残された。1990 年代末から始まる大 丸有地区再開発の計画との関連で,駅舎の建替えと保存について市民や専門家,所有者で ある国鉄,政治家などの価値観が交錯するなかで,最終的には政治的な判断により外観は 1914 年のオリジナルの姿に復原されることが決まった。駅舎の歴史をみると,オリジナ ルは 1914 年から 1945 年にかけて 31 年間存在し,その後仮設の状態が 1947 年から建て替 え工事が始まる 2007 年まで 60 年間続いた。つまり,現在の多くの日本人にとっては見慣
(5)「まなざし」についての詳細な議論は UrryandLarsen(2011)参照のこと。
(6) 東京駅丸の内駅舎は,株式会社東京石川島造船所がクレーンを用いて組んだ鉄骨建築第一号であった(公益 財団法人東日本鉄道文化財団2014)。
れないオリジナルの駅舎が,最新の技術と巨額の予算をもとに設計図に沿って忠実に復原 された結果,現代の東京あるいは日本では見られない巨大でクラシックなドームを持った
「新たな」建築物として再現された。駅舎は,使用可能な建材の再利用だけでなく,例え ばレンガ目地埋めの独特な手法といった細部までオリジナルに忠実に復原され,その一方 で最新の免振装置が採用され,「筋肉増強された」現代の建築物となったわけである。唯 一性,歴史性に加え,市民にとっては新鮮な「まなざし」を向ける対象あるいは写真の被 写体として,新しい視覚的経験を提供する建築物となった。駅舎外観だけでなくドーム内 部も復原された天井や装飾,ドーム下の改札口前の床に施された復原前の天井を思わせる だまし絵的な床デザインなど新しい視覚的経験の場となり,さらに高級化したホテルやレ ストラン,カフェ,外国人対応の観光情報センターなど観光者も含め来訪者にとって大丸 有地区を印象づける空間となった。このように復原された駅舎は,建設当初の効率性(大 量交通のための鉄道拠点)や審美性(西洋を象徴するレンガ壁とクラシックなドーム)か ら,エンターテインメント性の強調(写真撮影,観光,飲食,ギャラリーなど)に特徴づ けられるようになっている。
先日完成した丸の内駅前広場は,従来は駅へのタクシーや路線バスなどのアクセス道路 として使われていた空間であったが,再整備の結果,南北に振り分ける形で設けられた交 通広場に車両が集められ,中央に歩行者専用の広場が設けられたため,駅出口から車に遮 られることなく歩行者が利用できる空間となった。その広場は,駅舎の中央部を真正面か ら撮影するために絶好の空間ともなり,これまで得られなかった新しいスペクタクルな視 覚的経験が可能となった。広場オープニングの 2017 年 12 月 7 日もメディアがこの新しい 眺望空間を使って駅舎の写真を撮影していたことから分かるように象徴的な空間である。
さらに植栽や芝生の配置,白い御影石による舗装などが人々の滞留を可能にしており,こ れまでにないアメニティを提供する空間ともなっている。特に夜間は駅舎をライトアップ で浮き上がらせるためのステージとしても機能するようになった。この駅前広場は,本地 区の中心を単なる交通結節点(ノード)から,人々を呼び込み滞留を促す空間(ディスト リクト)に変えるものであり,地区イメージを刷新する装置でもある(7)。
建物だけではなく,建物を利用した視覚的経験を中心とするイベントも工夫されている。
最も象徴的なものは,2012 年の駅舎完成時に,水平方向に長い駅舎のレンガ壁面をスク リーンにして開催されたプロジェクションマッピングのイベントである。駅舎の所有者で ある JR 東日本によるそのイベントは予想以上の混雑を招き危険な状態となったため中断 となった。その内容は,蒸気機関車をモチーフとする日本の産業化,近代化を示す視覚的 なストーリーで,建替えられた駅舎の真正性を強調するものでもあった。このように,駅 舎と一体化された駅前広場は,新しい視覚的経験を提供する場として高いポテンシャルを 持つようになっている。
3.JP タワー/KITTE(旧中央郵便局庁舎)における視線の展開
丸の内駅舎と駅前広場を取り囲むように立地している 4 本のオフィスビル(JP タワー,
(7) ノードやディストリクトなど都市イメージの構成要素については Lynch(1960)を参照のこと。
丸の内ビルディング,新丸の内ビルディング,丸の内オアゾ)はすべて 21 世紀に入って からほぼ同時期に建て替えられたもので,本地区の新しい都市空間を形成する主要な要素 である。最初に,駅舎と隣接する歴史的な建造物であり(1931 年竣工),駅舎と同じくか つての国有企業が所有していた国家的インフラストラクチャーである中央郵便局庁舎の再 開発である JP タワーと視覚的経験について考察する。
郵便事業は鉄道事業と同様に国家の近代化,産業化のためのインフラストラクチャーで あり,東京中央郵便局はその中枢として機能した場である。東京駅復原と同様に保存か建 て替えかの議論が展開されたが,結果として建物の部分的な保存と新しい高層タワーを組 み合わせる手法が選択された。保存部分は基壇の一部となり,その 1 階に従来の郵便窓口 業務に加え通常の郵便局にはないミュージアムショップを思わせる商業空間が設置され た。そこでは,コレクター向けの切手だけでなく東京駅や鉄道あるいは東京タワーなど東 京のイメージに関連した雑貨が販売されており,文化的消費の場として人を集めている。
保存部分を活用して開発された商業空間である KITTE は,新たに設置された 5 階アトリ ウム天井の下にイベントスペースともなる三角形の屋内プラザを持ち,そのプラザを囲う 形で地上 1 階から 5 階まで吹き抜けるスペクタクルな空間の中に,東京の歴史を感じさせ る老舗の店舗やテーマ性のあるカフェ,ライフスタイル提案型ショップなど文化的消費の 性格が強い多様な店舗が入居している。インテリアはスターアーキテクトである隈研吾に よる木材を強調したデザインで,独特の視覚的経験が提供される空間となっている。本来,
このような商業の場の提供は郵便局の機能ではないが,民営化された現在では可能であり,
積極的に取り込むことで歴史的な建造物を機能させる手法となっている。
JP タワーの基壇部分である KITTE は,3 つの視覚的経験の場により個性的な商業施設 として特徴づけられる。第一に,5 階屋上部分の屋外眺望デッキがあげられる。デッキは 旧庁舎の屋上部分にあたる空間であり,もともとは来訪者のための空間ではなかった。し かし現在は,東京駅舎南側ドームを眼前に見下ろす絶好の眺望空間となっており,駅前周 辺地区全体のパノラマ写真撮影を楽しめる場所でもある。デッキは木材のフローリングが 施された歩行空間に沿って芝生や花壇,ベンチや屋外カフェなどが設置されたアメニティ 性の高い公的空間ともなっている。新しい観光スポットとしても観光関連のウェブサイト などで紹介されているが,このデッキでのスペクタクルな視覚的経験は唯一のものであり,
来訪者を呼び込み続ける空間となっている。なお,デッキとつながる同じ階の建物内部(6 階)には高級レストランが入居している。
第二に KITTE の 4 階に再現された旧東京中央郵便局長室があげられる。当時の室内の 素材が部分的に使用されたレプリカの部屋だが,郵便局という巨大組織のかつての中枢空 間のイメージを伝えるもので,現在はファッショナブルな商業空間となった KITTE がか つては郵便局であったという建物の真正性を提示するものでもある。しかし,局長の仕事 をイメージさせるデスクその他の調度品は何もなく,仕事の内容を歴史的に学ぶ場所では ない。むしろ,ギャラリーとしての性格が強く,来訪者にとっては窓ガラス越しに駅舎を 間近から見ることのできる特別な視覚的経験の場となっている。
第三に,日本郵便株式会社と東京大学総合研究博物館が共同運営する公共施設である「イ ンターメディアテク」と呼ばれるミュージアムの存在があげられる。このミュージアムは 郵便業務とは直接関係ないもので,解説によれば斬新な実験的ミュージアムということで
あるが,展示としては様々な動物の骨格標本や剥製,骨とう品とも言えそうな測定器具や 事務機器,映写器具,また原寸の医学教室のレプリカなど一般の訪問者にとっては日本の 産業化,近代化あるいは自然科学の発展を示す大きな理科室のようにも見えるレトロな空 間であり,KITTE 内では風変りな視覚的経験の場となっている。屋上デッキに比べると 特に集客力があるものとは見えないが,KITTE での買い物や飲食などの活動に文化的な テイストを与える空間,あるいは場を高級化する装置として機能しているようにも見える。
なお,KITTE を収容する基壇の上にそびえる高層オフィスタワーである JP タワーは,
スターアーキテクトのひとりであるヘルムート・ヤーンを提携建築家としているが,ビル 自体のデザインはオフィスビルの典型であるカーテンウォールが施された直方体の建物で 周囲のビルと調和したものとなっており,また,ファサードデザインの工夫も専門家や建 築マニアでなければ気がつかないような比較的控えめなものであり,結果として建物自体 がアイコンとして写真の対象になるほどの存在感はない。
4.丸ビルおよび新丸ビルにおける視覚的経験の展開
次に,大丸有地区を代表する最も歴史的なオフィスビルである丸の内ビルディング(通 称丸ビル)について考察する。丸ビルは 1923 年に完成し,2012 年にその建替えが完了し た三菱地所株式会社所有のビルである。同じく同社が所有する新丸の内ビルディング(通 称新丸ビル)が行幸通りをへだてて隣接している。丸ビルは,20 世紀初頭の米国式のオフィ スビルとして建設された当時最先端の業務ビルであったが,建替えに際しては,大丸有地 区全体のデザインガイドラインに沿ってオリジナルの建物をイメージさせる基壇部分を設 け(オリジナルの高さと容積,壁面デザインを尊重したもの),その上にセットバックし た高層ビルを乗せるというニューヨーク市中心部で見られる伝統的な ‘tower-on-a-base’
デザインを採用している。新しい丸ビルの基壇 5 階分はファッションに加えレストラン,
カフェなどハイエンドな商業空間となっているが,その 5 階の飲食フロアには丸の内駅舎 を眼前に見下ろす眺望デッキが半屋外空間として組み込まれている。この空間は駅舎の写 真撮影に絶好の場であり,KITTE からとはまた違った角度で駅舎に「まなざし」を向け るという独特の視覚的経験が提供されている。また,この眺望デッキは密度が高い都心部 のオフィス地区では解放感を感じる貴重なアメニティ空間でもある。かつて美観地区指定 のもと 31 mの高さ制限の象徴であった初代丸ビルは,現在では基壇部分 5 階の軒線が同 じ高さで街並み形成要素として強調されているが,基壇の上にセットバックして建設され たタワーは JP タワー同様にアイコンとなるような個性的なデザインではない。
丸ビルでは建物の真正性を示すための視覚的な演出がなされている。例えば 1 階部分の,
買い物客や訪問者が出入りできない側面部分には,1920 年のビル建設開始にあたって地 盤づくりの杭として使われたオレゴン州のダグラスファー(針葉樹)の丸太がアクリル床 の下に横に寝かせる形で展示され,そのレプリカが地中に打ち込まれる直前の杭のように 垂直に立てられた形で展示されている。また,初代のビルのステンドグラスの窓が施され た出入り口のレプリカも組み込まれている。これらは初代の丸の内ビルヂングと現在の丸 の内ビルディングの歴史的な連続性を示す装置であるが,広く来訪者のまなざしをひきつ けようとする意図は必ずしも感じられない。
次に,行幸通りをはさんで立地する新丸ビルについて考察する。本ビルは 1950 年代に 建設され,建物そのものの歴史的価値は丸ビルに比べて高くはない。しかし,丸ビルと同 じくオリジナルの建物のボリューム感が基壇部分として再デザインされ,美観地区の 31m の建物高さが軒線で表されている。この基壇部分は 1 階から 7 階までハイエンドな 商業空間であるが,基壇部最高階の 7 階カフェのガラス壁面越しに屋外の眺望テラスが設 置されており,駅舎を正面にして本地区全体をパノラミックに見渡すことができる特別の 視覚的経験が提供されている。テラスには植栽も施されており,悪天候でない限り快適な 歩行空間,滞留空間でもある。本ビルにはこの眺望デッキ以外に,商業フロア内部の駅舎 に面したガラス壁面の前に買い物客向けにソファを置いた静かな眺望空間が複数配置され ており,様々な位置から駅舎への視線が誘導される。また,駅舎に向いた 1 階入り口には ガラス張りのカフェがストリートカフェと連続するように設けられ,地上レベルでの駅舎 への眺望空間が演出されている。
新丸ビル基壇上部の高層オフィスタワーのコンセプトデザインはハイテク・デザイン建 築のリーダーであるマイケル・ホプキンスによるものだが,落ち着いた控えめなデザイン であり,丸ビルの高層タワーと同様にアイコンというほどの特徴はなく,むしろ,同地区 の調和ある建築空間の形成に貢献している。なお,もう一つのオフィスビルである丸の内 オアゾは旧国鉄本社ビルを含む 3 つの建物からなる再開発であるが,特に,アトリウム空 間である 1 階商業スペースから駅舎北側のドームを近くに眺めることができ,ショッピン グや飲食と視覚的経験が組み合わされたオープンペースが提供されている。
5.街路空間における「まなざし」の展開
次に,本地区を象徴する公共空間である行幸通りの変容について考察する。行幸通りは,
1910 年(明治 43 年)に完成した街路で,日露戦争の勝利による国威発揚の場としての視 覚的印象が重視されて 73m という広幅員とされた,東京駅と皇居を結ぶ本地区の中心軸 となる全長 190m の直線的な空間である。皇室の公式行事や外国大使の信任状捧呈式など に使われる象徴的な道路として丸の内駅舎と同じく建設当初から日本の首都を象徴する空 間であった(8)。従来はアスファルト舗装で,一般市民にとって日常的には親しみのない街 路空間であったが,その再整備にあたり組織されたデザイン会議により入念なデザイン計 画がなされた結果,新たな街路空間は,表情のない灰色のアスファルト舗装から白い御影 石で舗装された快適な歩行空間となり,一時縮小されていた植栽も従来のとおり 4 列に復 元され,多様なイベントが開催される市民に開放された空間となった(9)。なお,丸の内駅 前広場の舗装素材は,本街路整備に使用された白い御影石を採用して視覚的な連続性を演 出している。本街路は,2007 年から二段階で再整備され,第一段階は 2010 年,第二段階 は 2017 年に完了し,駅舎から駅前広場を経て皇居へ到着する連続性ある歩行空間が完成
(8) 土木建築工事画報第 2 巻第 12 号(大正 15 年 12 月発行)『行幸道路の壮観』によれば,行幸道路は帝都中央 の模範的道路として東京駅より宮城に通じるものであるため「荘重の観」を第一に設計された。
(9) 標準横断図,整備平面図,空間イメージなどについては国土交通省ウェブサイト「良好な道路景観と賑わい 創出のための事例集」(www.milt.go.jp/road/sisaku/dorokeikan/index.html)参照のこと。
し,これまでにないオープンで開放的な散策やイベントの空間として市民に利用されるよ うになった。
本街路はその両端に駅舎と皇居が立地し,その間が 73m 幅で 190 mにわたって遮るも ののない本地区の眺望の軸でもある。高密度化したオフィス街である本地区の貴重なオー プンスペースとしても機能しているが,駅舎から皇居を 180 度振り返って見る視覚的経験 は本地区の歴史的意味とともにスケールを示すものでもある。また行幸通りでのイベント は,夏の打ち水や盆踊りに見られるように駅舎を背景にすることで日本らしさを強調する ものであり,街路自体が文化的消費の空間として使われるようになっている。また,行幸 や信任状捧呈式のために車馬が通行する景観は,海外に向けて日本の首都のイメージを伝 える効果的なメディアともなり得る。
以上のように,20 世紀初頭より都市機能の強化と国家的行事の場としてシンボリック に使用されてきた街路空間が,大丸有地区再生の一環として再整備され,多様な視覚的経 験を提供すると共に市民や旅行者,訪問者,オフィス就業者の多様な活動やイベントの場,
ステージ空間となっている。
6.文化的消費としての視覚的経験と空間デザイン
大丸有地区の中心である東京駅周辺地区は,上述のとおり美観地区指定を受けた 1933 年以降,審美性が重視されて形成されてきた独特の建築空間であり,その結果は国の代表 的企業の本社が集まる業務に特化した中心地区としての「風格」ある景観であった。大企 業本社が入居したオフィスビル群による「風格」あるまちは,就業者以外には用のない空 間であり,楽しみで訪れる目的地(デスティネーション)ではなかった。しかし,以上の 考察で示されるように,現在においては,丸の内駅舎を中心に地区全体がハイエンドある いはライフスタイル志向の商業と連動した,エンターテインメント性のある視覚的経験が 可能な空間に変容しつつある。これまでの業務あるいは知識・情報の生産に特化した機能 的空間において新しい駅舎と駅前広場を中心とするこれまでにない視覚的経験が可能な文 化的消費空間の形成が,本地区の変容の様態を特徴づけている。
東京駅丸の内駅舎は,それ自身がハイエンドな商業,宿泊,文化,観光空間などこれま でにない多様な文化的消費の場を内包する建築物として建て直され(復原され),その内 部も特別な視覚的経験の空間となっており,周囲を取り巻く新しいオフィスビル群や公共 空間からの多様な「まなざし」を集める装置として地区の要となっている。1926 年当時,
国威発揚を意識してデザインされた東京駅は国家の象徴となったが,新駅舎はオリジナル とほぼ同じ外観でありながら,エンターテインメント性の高い視覚的経験を提供する装置 となった。駅舎が新しい特別な視覚的経験の対象として価値を与えられるためには,周辺 の建築空間と公共空間における多様な眺望空間の組み込みが必要であった。「まなざし」
を集めることができる特徴あるデザインの建築物をつくる,あるいは優れた景観を残す,
ということは新しいことではないが,「まなざし」を送るための空間がハイエンドな商業 空間と補完しあう形で様々な場所に組み込まれて提供されたことは,文化的消費という個 人の感性を重視した,いわゆる経験経済(PineandGilmore1999)としての都市デザイ ンの新しい事例として理解できる。
また,駅前広場とそれにつながる行幸通りという 2 つの公共空間では駅舎に向けた多様 な「まなざし」が生成されているが,訪問者にとっては自分の好みで多様な眺望の選択が 可能な場として自由に歩き回り,また滞留できる空間であり,視覚的経験を中心に個人の 経験や感性が展開される場である。なお,これらの公共空間は,駅舎のライトアップやプ ロジェクションマッピング,あるいは駅舎を背景とするスペクタクルなイベントの場とし て使用され,「まなざし」の対象としての駅舎の価値を多様な手法で高める工夫がなされ ており,メディアアートと都市空間の結合が都市再生により深く関与するようになってい ること示す事例でもある。
駅舎を「まなざし」の中心として,来訪者それぞれが都市空間での経験を楽しむという 点では,本地区はテーマパークあるいは歴史的建造物を活用したウォーターフロント再開 発(UED)にも似ているが,それらと異なるのは,本地区においては業務活動が主目的 である,ということである。実際,本地区がテナントとして狙うのはフォーチューン・グ ローバル 500 をはじめとする金融,情報,法律事務所や監査法人などのプロフェッショナ ルファームなどである(10)。したがって,本地区の再開発は CBD に UED を融合させよう とするひとつの都市再生アプローチとして定義できる。CBD と UED を結び付けようと する都市再開発は特殊ではないが,両者を同一空間に計画的に重ね合わせる手法は珍し い(11)。その手法は,基壇部分および公共空間にエンターテインメント性の強い文化的消 費の空間を集中させ,高層タワーで業務に特化したスペースを提供するという立体的な空 間利用コントロールによる。この手法は建築デザイン的には,ニューヨークの伝統的な都 市景観を特徴づける ‘tower-on-abase’ 形式(基壇部とセットバックしたタワー)を利用 したものである。このような空間で視覚的経験を楽しむ人々は,オフィス就業者だけでな く,出張者や買い物客,飲食,教育,アート,イベント,散策など再開発前に比べるとは るかに多様な目的を持った訪問者である。
グローバル資本が支配的な都市ではスターアーキテクトによるローカル文化との関連性 がない斬新なオフィスビルが既存の空間コンテクストを破壊し(decontextualization),
画一的な都市景観が作りだされると同時に高級化の進展と社会的排他性が強まっている,
という主張がある(Klingmann2007:280)。それに対し,本地区においては,既存の都市 空間を機能的に大規模に変化させ多様化させるとともに(ハイエンドなショッピングや飲 食,ホテルなど新しい機能の付加),首都 CBD としての地区の歴史をイメージさせる建 築物間の関係性の再構築により空間コンテクストの再構築が行われているように見える
(re-contextualization)。その中心的なメカニズムは,駅舎を中心として多様な視覚的経 験の蓄積が促進される眺望空間の演出である。なお,本稿ではこのような空間変容を可能 にした政治的,経済的,社会的な要因については取り上げていないが,首都の最も象徴的 な中心業務地区の変容のメカニズムを包括的に理解するためにはより多面的な考察が必要 である。
(10)三菱地所オフィス情報ホームページ https://office.mec.co.jp/area/(最終閲覧日 2018 年 1 月 18 日)。
(11)例えば,ニューヨーク市の CBD であるミッドタウンマンハッタンでは TimesSquare や Broadway などの 世界的なエンターテインメント地区が所在するが,それらは TheaterDistrict というゾーニング手法で土地 利用が規定されている。
〔参考文献〕
榎戸敬介(2014)『中心業務地区(CBDs)の観光化:理論的アプローチの可能性を探る』
観光科学第 6 号
大内田史郎(2014)「辰野金吾と東京駅丸の内駅舎」『東京駅 100年の記憶』公益財団法人 東日本鉄道文化財団
公益財団法人東日本鉄道文化財団(2014)『東京駅 100年の記憶第二章』
ムニョス・フランセスク著,竹中克之・笹野益生訳(2013)『俗都市化―ありふれた景観 グローバルな場所―』昭和堂
吉見俊哉(2016)『視覚都市の地政学―まなざしとしての近代』岩波書店
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〔付 記〕
本稿は,平成 29 年∼ 32 年度科学研究費補助金による基礎研究(C)「文化的消費主導の 都市計画論:グローバル都市におけるエンクレイブの役割と意義」(研究代表者榎戸敬介,
課題 ID17878483)の成果の一部である。
(2018.1.24 受稿,2018.3.9 受理)
〔抄 録〕
本稿は,グローバル都市中心部の再生に伴う空間変容における建築物と公共空間の関わ りあいについて,文化的消費としての視覚的経験(まなざし)という概念を用いて考察を 行うものである。考察の対象として,大規模な再開発とそれに伴う文化的消費を中心とす る広義の観光の展開により大きく変容する大手町・丸の内・有楽町地区を選び,特に完成 したばかりの東京駅丸の内駅舎周辺地区について,駅舎を中心に同地区を構成する個々の 建築物および公共空間における視覚的経験と,それを可能にする空間についての検討を行 う。本稿は,同地区の変容が,地区内における多様な視覚的経験を可能にする眺望空間の 演出に特徴づけられることを検証し,駅舎が触媒となって文化的消費を促進する新しい観 光空間が形成されつつあることを明らかにする。また,本稿は,グローバル都市間競争に おいて都市観光の重要性がより高まりつつある中で,近年の学術的課題として認識されて いる都市研究と観光研究の学際的研究の促進を図ろうとするものである。