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Microsoft Word - atsugi100hp

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NO.100 / 2007.7 月号 カトリック厚木教会 厚木市 旭町 2-7-11 TEL.046-228-4164 FAX.046-228-4150

明日のことまで思い悩むな

主任司祭 ガブリエル 鵜飼 好一 7 月に入ってからあわただしく過ごしています。 葬儀が続きました。横浜教区の司祭、石川神父が 突然ニューヨークの病院で亡くなられた知らせ は本当に信じられない思いです。まだ 48 歳とい う年齢で、自分よりも若い司祭仲間の葬儀は割り 切れない思いが残ります。ご遺体が日本に運ばれ 葬儀が山手教会で行われましたが、お通夜だけで も千人以上の方々が来られました。石川神父は大 変広く多くの人々に関わられ、皆さんから慕われ ていました。残念でなりません。 世間でも参議院の選挙活動が始まり、また超大 型台風の到来や新潟中越沖地震など予想外の災 害が起こって国全体が何か騒然として います。災害にあわれた人たちはお気 の毒です。生活に必要な水やガス、電 気などが十分に供給されず、大きな不 安の中で毎日過ごしていることが日々 報じられています。余震もあり、この ような不安の中で毎日を過ごすことは 大変きついことでしょう。台風も大雨による洪水 などの被害を各地にもたらしました。毎年台風は 来ますが、その度に何らかの被害がもたらされま す。 人々の不安を煽る出来事としては年金問題が あります。老後の生活を安心して送ることができ るように積み立てたお金をもらえないとなれば、 働けなくなった後の生活をどうしたらよいのか と誰もが心配します。このような不安を引き起こ した政府の責任は重大です。しかし、人間のする ことがいかに不十分かということを露呈した出 来事でもあるでしょう。 新潟中越沖地震でも、毎日報道されていること の一つに刈羽原発のことがあります。原子力発電 所は日本にたくさんありますが、原子力を使うと いうことは一度誤れば計り知れない惨事をもた らすということです。造るときには100 パーセン ト安全だとその安全性を声高らかに宣伝して造 りますが、地震で生じた様々な不具合、その対応 を知ると本当に恐ろしいと思います。人間のする ことに完全さは求められません。 こうしてみると私たちの生活は大変不安定な 基盤の上に営まれているという思いがいたしま す。戦争もなく平穏無事に普通の生 活を営むことができるということは 大変大きな恵みです。突然の災害や 事故などに遭遇するとき、私たちは 神の恵みに支えられて生きているの だということを改めて思い起こしま す。 最近私たちの生活を脅かす出来事がたくさん 起こっています。不安が影を落としています。そ うはいっても私たちは生きて行かねばなりませ ん。私たちは誰も将来について確かなことを知る 人はいません。しかし、この世界を統べ治めてお られるのは私たちの主であり、主は私たちを愛し てくださっています。このような時代に、「明日 のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが 思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分で ある」(マタイ6 章 34 節)という主の言葉を胸に、 いつも希望を持って歩んでいきましょう。

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5月27日、初夏の風薫る中、恒例の聖ヨハネ 祭バザーが行われました。 厚木教会のいただいている保護聖人である洗 礼者聖ヨハネの祭日は6月24日になっていま す。以前はこの日の前後の日曜日にバザーを行っ ていました。しかし、この頃はちょうど梅雨の真 っ最中ということもあり、一ヶ月前倒しして5月 の下旬に行うことになっています。 名称も古くはミニ・バザーと名乗っていました が、信徒数が多くなり、教会も大きくなってくる と、現在の聖ヨハネ祭バザーと名乗るようになっ てきました。 バザーを行うに際し、毎年テーマを定めていま すが、本年も昨年に引き続き『絆』がテーマにな りました。 これは教会内の信徒同士の絆を深めるという 意味と、教会と外部との絆を深めるという二つの 意味を持っており、これらの絆を深めることでお 互いを理解しあいたいという意図から生まれた ものです。 さて、当日は好天に恵まれ、聖堂・信徒会館・ 中庭・駐車場の各場所に出店が並び、多くの方が 買い物や食事を楽しみました。 バザーの最後には恒例の抽選会がありました。 目玉の景品は、デジタルカメラや携帯用音楽プレ ーヤーといった豪華なもので、抽選箱から券が引 かれ、番号が読み上げられるたびに、見守る人々 の一喜一憂する姿が印象的でした。

聖ヨハネ祭バザーが行われました

ところで、今年のバザーの特徴は当日の売上げ が大きく伸びたことです。昨年の当日売上げは約 22 万円、一昨年の当日売上げは約 34 万円でした が、本年の当日売上げは約 52 万円と例年を大幅 に上回る実績でした。 この理由ですが、事前に、教会のある厚木市旭 町自治会を通しまして、近隣の皆様へご案内を差 し上げていましたが、それをご覧になって、お越 しになられた方が多かったのではないかと推測 されます。 バザーの収益金は約 47 万円になります。本年 は好評だったタオル販売がなかったため、売上げ に影響を与えるのではないかという懸念もあり ましたが、蓋を開けてみると大盛況で、昨年以上 の収益を上げることができました。 これは昨年度のクリスマス献金の時と同じく、 『私たちにしか出来ない援助を本当に必要なと ころへ役立てたい』という考え方に基づき、下記 へ寄付する予定です。 ・ フィリピン・アフリカを助ける会 ・ ブラジル・ストリートチルドレン支援 ・ 江袋教会復元のため ・ ペルーの水害に苦しむ子どもたちのため ・ 成光学園建て替えのため

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お天気にも恵まれた上、大きなトラブルも無く、 本年も成功のうちにバザーを終えることが出来 ました。バザーに関わられた全ての皆さん、本当 にお疲れ様でした。 (教会委員会) 3 6 月 19 日雨期というのに朝から強い陽射しが 照りつける中、スタッフ(教会委員長中野さん、 庶務山田(照)さん、他)に引率され、参加者(男 性は神父様を含めて4 人)40 人はバスにて山手教 会に向かいました。 車中では巡礼に用いる小冊子(日々の祈り、 朝・晩の祈り)が配られ、この小冊子は山田(照) さんが編集されたもので、表題にふさわしい写真 と祈りやみ言葉が刷り込まれた立派なものでし た。山手教会にはミサ予定時間(11 時)の 30 分前 に到着しました。 山手教会聖堂は、ゴシック様式レンガ造りの大 聖堂で、1933 年(昭和 8 年)に建てられ、教会の庭 には1868 年にフランスから贈られた聖マリア像 (貴重な文化財)もあります。この聖堂はイエス様 のみ心に奉献されており、イエス様のみ心は神と 人に対する愛の象徴です。 ミサは鵜飼神父様司式により行われ、聖堂内は 荘厳な雰囲気で音響も良いので、マイクを通して の神父様/先唱者/朗読者の声は、静寂さの中に 明瞭な響きを感じました。 鵜飼神父様は説教の中で「今日の福音で主は敵 をも愛する愛について語られ、愛である天の父が 完全であるように私たちも愛において完全な者 になるようにと教えておられます。聖霊の賜物に よって私たちが十字架に示された主の愛を悟り、 父と子と聖霊の愛の交わりに入れられた私たち が主の愛を生きることができますように・・・。山 手教会はイエスの聖心の教会です。山手教会を訪 れる度にイエスの聖心、その愛を思い、私たち一 人ひとりが愛に生きる決意を新たにすることが できれば幸いです。」と話されました。

横浜教区カテドラル 山手教会への

巡礼を行いました。

昼食は山手教会ホールで各自持参のお弁当を にぎやかに雑談を交わしながら頂きましたが、お 互いに名前を知らない人が結構多いということ で、食後に簡単な自己紹介を行いました。声が良 く通らないので、声の大きなスタッフの一人が各 自の紹介を繰り返して言われ、さらに一言付け加 えたりして大きな笑いを誘い、食後の腹ごなしに なりました。 午後1 時からは横浜教区事務局長林神父様より、 聖堂内で 45 分間お話がされました。話された項 目の内、特に印象に残った事項を記します。 (1)教区・地区・小教区 ・ 教区はカトリック教会の基本単位であり、「○ ○教会の信者」ということだけでなく「○○教

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区の信者」という意識が必要 ・ 横浜教区には16 地区あり、神奈川県内の地区 だけは地区名に番号をつけている ・ 「交わりとしての教会」をめざして、「共同宣教 司牧」の推進に期待 (2)横浜教区の歩み 教区長就任後、梅村司教様は2つの司牧書簡(理 念や方針の提示)と2つの司教教書(決定事項を 伝える)を出しました。そのうちの2 つについて: ・ 司牧書簡「交わりとしての教会をめざして」 (2000 年 12 月):少なくとも、梅村司教様の 教区長在任中は、横浜教区の中心的な理念 ・ 司教教書「共同宣教司牧に向けた新たな宣教 司牧評議会と地区共同宣教司牧委員会」(2007 年4 月):地区福音宣教委員会に代えて地区共 同宣教司牧委員会の設置、 教会の交わりは、キリストを信じるすべての 者の交わりであり、これまで以上にあらゆる 領域においての信徒の参画が求められてい る。参画型の共同体作りを促進していく必要 がある。 (3)教区と小教区の財政的な関連 ・ 会計単位として、厚木教会は宗教法人カトリ ック横浜司教区の一部門 ・ 毎月、所定のシートで教区事務局に会計報告 をする ・ 教会建設や5 百万円を超える修繕等は、教区 建設委員会を経て、教区(宗教法人カトリッ ク横浜司教区責任役員会)の承認が必要 ・ 最近の大きな変化 司祭給与分担金制度:教区で働く司祭の生活 を教区全体の信徒で支える 以上、日頃関わりが少ない事項について認識を改 めることができました。 お話に引き続いて司教館内を林神父様の案内で 司教執務室、応接室、事務室、会議室などを見学 し、教区中枢機関の雰囲気を感じることができま した。 最後に聖堂前で全員の記念写真を撮り、満たさ れた気持ちでバスに乗り込みました。バスの中で スタッフが巡礼の感想を求めた際、参加者から 「最高でした」との大きな声での応答の一幕もあ り、歌や談笑のうちに定刻どおり午後3 時に厚木 教会に到着しました。 今朝、スタッフが願っていたとおり、今日は本 当に意義ある1 日となりました。このイベントは

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昨年 11 月から準備され始めたそうで、関係者に 心より感謝致します。 (広報部 山内) 6 月 10 日(日)5 名、6 月 16 日(土)に 2 名 のお子様が初聖体を祝われました。約2 ヶ月間の お勉強を通して聖体とは何かという事を理解し、 イエス様をお迎えするために、初めての赦しの秘 蹟も受け、待ちに待った初聖体です。 「私たちは今日、初めて御聖体をいただきます。 信仰の恵みによって神様とひとつになれますよ うに。御聖体の恵みによってイエス様とひとつに なれますように。今、心から教会の信仰を告白し ます。」、と元気一杯に信仰宣言をしました。 鵜飼神父様より「愛の心を持って御聖体を頂き ましょう。そして、心にお出でくださったイエス 様とお話しましょう。」とお話があり、御聖体を 頂き輝いている顔を見ていると自分の初聖体を 思い出し初心に返る思いになりました。主と共に あることの喜びを改めて私たちも味合うことが できました。 御聖体の恵みを受けて神様の子供として成長 していけるよう共に祈りましょう。 (広報部 山田)

初聖体おめでとう

「ペルー寄付金」お礼の手紙

昨年度、クリスマス献金の一部を『海外宣教者 を支援する会』に寄付いたしましたが、礼拝会の シスター川俣からお礼のお手紙を頂きました。そ の全文をご紹介いたします。 (教会委員会) 十 聖体に賛美 この度、『海外宣教者を支援する会』の八幡さ んから、Eメールで連絡があり、厚木教会の皆様 から20万円のご寄付を頂いたことを知りました。 どうもありがとうございました。厚木教会の信徒 の皆様に心から感謝申し上げます。 お金は4月27日『みずほ銀行』のロ座に振り込 んで頂きましたが、リマへの送金は他の寄付金と 一緒にして頂くことにしておりますので、私の手 元にはまだ届いておりません。でも、間もなく届 くと思います。ほんとうに有難うございました。 この機会を利用して、遅ればせながら、昨年帰 国いたしました時に、11月26日、厚木教会の皆様 から頂戴いたしました78,000円の使用について ご報告いたします。 78,000円は約600ドルで、ペルーの貨幣のソレ

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スに替えまして約1900ソレスになりました。私は この貴重なお金をAide Guerraという若い未婚の 母親のために使うことにしました。 Aideは、3年前、『ミカエラの家』でミシンを 習っていたロ数の少ない娘でしたが、ある日、泣 きながらやって来て50ソレス貸して欲しいと頼 みました。聞いてみると、ママが病気になった時 に、道で出会った親切な老人から50ソレス借りた のですが、その日から彼は彼女が売春している道 でいつも彼女を待ち伏せしていて、お金が返せ ないなら自分と売春するように強要していたの です。それで、Aideは耐えられなくなって私のと ころに助けを求めて来たのでした。 その日以来、彼女を知るようになりましたが、 彼女の母親は酒飲みで暴力を振るう夫(同棲)か ら逃げて、5人の子供を連れて山岳地方からリマ にやって来て、市外地の砂漠地帯に錘小屋を立て て細々と住んでいました。長男は父親と同じくア ル中になり、行方不明になりました。長女は気が 触れてしまい、まともに働けません。ある時、母 は病気になり、心を病んだ姉 と2人の弟の食べ物を得るの は18歳になったばかりのAide の肩にかかってきました。 Aideはその時から道に立って 売春するようになりました。 他に手立てがなかったのです。 「ミカエラの家」を卒業してからも、時々やっ て来ては、小額の生活の援助をもらっていました。 またある日、住んでいる錘小屋が倒れそうだと援 助を求めてきましたので、彼女と一緒に行って小 屋の状態を見ましたが、当時は私もお金がなかっ たので、一番安い方法で小屋の半分だけを建て直 してやりました。 昨年、日本から帰国したら、待っていたように やって来て、家のあと半分ももう崩れそうになっ ているから助けてくださいと頼まれました。 帰国したばかりだったので、皆様から寄付金を 頂いてきていたので、今度はもう少しましなべニ ヤ板の材料で直してやりました。その費用がちょ うど2000ソレスほどかかりましたので、厚木教会 の皆様の浄財で賄うことができました。神に感 謝! また、他の方からの寄付も使わせて頂いて、衣 料ダンスとベッドのマットレスも買ってやりま した。寒くなってきたので、先日訪ねてみたら、 震えていたので、新しい毛布を買ってやりました。 Aideは、山岳地方の出で、母親と同じく、まっ たくの田舎育ちで、ジャガイモを掘る以外、生活 能力がないのです。『ミカエラの家』で工業ミシ ンを習ったはずなのですが、技術が身についてお らず、縫製工場で働くこともできません。時々、 家の掃除をさせてもらったり、洗濯を請け負った りして、その日の糧を稼いでいます。ただ一つ Aideの良いところは嘘をつかない正直さです。私 がお金を援助すると、言われたとおりに使ってい ます。 私は、今回、厚木教会の皆様から頂いた20万円 も、やはりこのAide一家の生活が少しでも良くな るように、そのために使わせて 頂こうと思っております。先日、 家庭訪問した時には、電信柱が すぐ近くまで立っていました。 もうすぐ、電気が来るでしょう。 家に電気を引くためにお金が 要りますし、小さな冷蔵庫を買 ってやれば、食料品も保存できて安くつくと思い ます。こんなことを考えております。 こうして、厚木教会の皆様がAideの後援者とな ってくだされば、どんなに素晴らしいでしょう。 Aideに代わって御礼申し上げます。 私は、現在、リマの貧しい女性たち、売春する しか生きる手立てのなかった哀れな女性たちの 悲しみの涙が、感謝と喜びの涙に替わるように、 そのお手伝いを、ささやかながら、させて頂きな がら毎日を送っておりますが、それは私にとって、 他のどんな仕事にも優る最上のお仕事です。私は この礼拝会に神様がお召しになってくださった

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ことにほんとうに心から感謝して、喜んでこの奉 献生活を生きております。 そして、遠い日本にいる暖かいお心の皆様が、 これらの貧しい疎外された女性たちが新しい人 生を歩き出すように導き助ける仕事に、私たちと いっしょに参加して下さっていることをとても 嬉しく思い、心から感謝しております。どうぞ、 これからも、物質的援助とともに、特に、皆様の お祈りで、彼女たちと私たちを支え、励まして下 さいますようお願いいたします。 ペルー礼拝会シスタークララ川俣

聖書の言葉1:

「弟子達を強いて舟に乗せ」 (マルコ6・45) 「それからすぐ、イエスは弟子達を強いて舟に乗 せ、向こう岸のベトサイダへ先に行かせて、その 間にご自分は群集を解散させられた。」(マルコ 6・45) 「強いて」という語はイエス様とともに残りた いと願った弟子達を強いて先に舟に乗せて行か せたとも読めますが、もう少し深く読むことも出 来ます。 ここで、イエス様に弟子達は強いられて舟に乗 せられました。舟上では逆風に立ちすくむ経験を しました。 船旅や飛行機での旅行はとても魅力 的で楽しいものですが、やはり不安定で、とても 恐い気もします。自分の乗っている飛行機だけは 落ちないという思いに賭けていますが、実際はそ うとは限りますまい。ブラジルではシスターと一 緒に飛行機に乗ると、飛行機は落ち ないという迷信があるそうで、乗客 の列の中にシスターを見つけると安 堵する人もいると聞きましたが、ブ ラジル人のシスターは、「此れは全く の迷信だ」とユーモアのあるジェスチャで話して くれました。 弟子達は湖の真ん中で逆風にもてあそばれる という大変な経験をしました。この後も弟子達は このような「強いられた」体験を繰り返したこと でしょう。そうして宣教に行き最後には殉教の使 命まで果たしたのではないでしょうか。 聖パウロはコリント前書9・16で、「最も私 が福音を告げ知らせても、それは私の誇りにはな りません。そうせずにはいられないことだからで す。」と言っています。「そうせずにはいられない」 と訳されたギリシャ語と、「強いて」と訳された 言葉は同じギリシャ語だそうです。 ヨハネ福音 書には、聖ペトロに対しても復活後の出来事の中 で、「あなたは私を愛するか」と3度お尋ねにな り、ペトロに宣教の使命をおたくしになりました。 「あなたは若い時は、自分で帯を締めて、行きた いところへ行っていた。しかし、年を取ると、手 を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくな いところへ連れて行かれる。」 ペトロは遂に強 いられて殺される殉教の使命について、既にイエ ス様によってここで告げられているといってい ます。聖ペトロや聖パウロは訳のわからない運命 に従ったのではなく、主であるイエス様に強いら れて、使命に生きたのだといっています。

「祈り会」ある日の分かち合いより

「強いて」とは「自分の定めに従って生きる心」 であり、ここに耐えて生き、絶対に替えられない 事はそのまま受け入れること。本当の命を生きる ために、「強いて」を大切にしたいものです。

聖書の言葉2:

「通り過ぎようとされた。」 「逆風のために弟子達がこぎ悩んでいるのを見 て、世が明ける頃、湖の上を歩いて弟子達のとこ ろに行き、通り過ぎようとされた。」(マルコ6・ 48) 逆風の為に漕ぎ悩んでいる弟子達の 舟に近付いて下さったイエス様は、ど うして通り過ぎようとされたのでしょ うか。参加者に疑問が湧いてきました。 そこで旧約聖書を探してみました。 「主は『そこを出て山の中で主の前に立ちなさ い。』見よ、その時主が通り過ぎていかれた。」(列

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王記上19・11)とありました。エリアは命の 危機に晒されて逃れる為に40日40夜歩き続 けてホレブの山に着きました。山を裂き、岩を砕 く風や、地震、火が起こっても、その中に主はお られず静かなそよ風の中に神はおられたのです。 「通り過ぎる」と言うのは神様のみ前に正面を向 いて立つ事は出来ない私達人間に神をお示しに なるときのやり方でしょう。神の御子イエス様も、 湖の嵐の中で通り過ぎようとなさいます。イエス 様が「安心しなさい。私だ。」(マルコ6・50) と言われて舟に乗り込まれると風は静まりまし た。 イエス様を理解できず、不安に慄いていた嵐の 夜、不信仰から引き戻してくださった経験を忘れ る事は出来なかったでしょう。主の復活後、弟子 達は毎日パンを裂き、主が共にいてくださる事を 思い出し、殉教の使命を生き抜いたのでしょう。 (聖ドミニコ会 シスター宮内永子) 「教会の祈り」とは 「教会の祈り」以前は聖務日課と呼ばれていま した。 第二バチカン公会議は典礼憲章の中で、聖務日 課を全教会の祈りとし、特に朝・晩の祈りを全て の信者の祈りとして復興させることを奨励しま した。そのために祈りは、その国の国語で出来る ようにし、全体の構成を簡素なものにして、現代 人の生活に適用させ、全ての人にとって、これが 日常の生活の聖化になるように改定が行われま した。 従って、新しい「教会の祈り」は司祭や修道者 のためだけのものではなく、全信者のものです (引用:日本カトリック典礼委員会 編集) カトリック厚木教会では毎月第二日曜日の 9: 10 よりその日に決められた詩篇配分に基づいて、 「朝の祈り」を唱和しています。どうぞご一緒に ご唱和ください。 (典礼部)

十字架のライトアップ

今月、教会に照明が増設されました。 聖堂屋根の十字架に下からライトを当て、ライ トアップするようになりました。タイマーで制御 しており、19:00 になるとスイッチが入り、光 が当ります。 また、駐車場にもライトを増設しました。これ まで駐車場は照明が無く、夜間は暗かったのです が、お役に立てれば幸甚です。

「教会の祈り」をご一緒に

唱えませんか(典礼部より)

ところで、もう一つの見せ場をご紹介します。 十字架がライトアップされている時に、聖堂入り 口から信徒司祭館の二階の窓をご覧下さい。 ちょうど光る十字架が窓に映り、とても幻想的 です。これは全く計算していない予想外の賜物で した。なんだか得した気分になりますね。

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(広報部 永田) 今回お手元にお届けしている『あつぎ』は通巻 で第百号になります。 切のいい数字なので記念に何かをしてみよう かと思ったのですが、これといっていいアイデア も浮かびません。 そこで手前味噌ではありますが、これまでの 『あつぎ』の歴史を振り返ってみたいと思います。 広報部では創刊から今日に至るまでの『あつ ぎ』のバックナンバー(既刊)を4冊のファイル に閉じて保管しています。こういう機会でないと なかなか目を通すことはないのですが、厚木教会 の遷り変りがわかり、興味深く感じます。 いくつかの時期に分けて、『あつぎ』の歴史を 振り返ってみたいと思います。 ● 創刊号~第10 号まで (1981~1982 年) 厚木教会が建立されたのは1971 年(昭和 46 年) です。創刊号が刊行されたのは、その十年後の 1981 年 4 月になります。現在の『あつぎ』より も一回り小さい紙のサイズ(B5 版)で作られて いました。 当時の名称は『カトリックニューズ』 手書きの原稿を紙に貼り付け、印刷していまし た。写真も原稿と一緒に貼り付けて印刷していま したが、黒っぽくなってしまうのが欠点でした。 創刊号と二 号は当時の主 任司祭である ライアン神父 様のご退任の 記事で飾られ ています。 また広報部 の部員募集欄 に次のような 言葉があります。

『あつぎ』100 号を振り返って

「カット、マンガの描ける人、写真、印刷がで きる人」 原稿も手書きなら、印刷も現代のようにコピー 機で気軽に大量印刷という時代ではなかったよ うです。当時の苦労が偲ばれます。 発行部数は120 部。まだ信徒の数が多くない時 期でした。 ● 第11 号~第 15 号 (1982 年~1983 年)

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タイトルが『あつぎカトリックニューズ』から 『あつぎカトリックニュース』へ変わりました。 末尾の一文字だけの変更です。 原稿が手書きから活字に変わりました。ワープ ロ専用機が普及するのはもう少し後の時代です。 外部の印刷所に編集印刷を依頼されたのでしょ うか? 信徒数は増加の一途を辿り、厚木近辺に点在し ていました。信徒同士のつながりが薄くならない よう『あつぎカトリックニュース』を活用しては どうかという提言が記されています。 各部からのお知らせが充実していることから、 活動が活発であったことが窺えます。 発行部数は240 部と倍増しました。 ●第16 号~第 49 号 (1983 年~1991 年) 外部の印刷所で発行するようになりました。 サイズが現在の『あつぎ』と同じA4 版になり、 これまでの横書きから縦書きへと変わりました。 プロ仕上がりで、一段と読みやすくなりました。 印刷の強みを活かし、写真が数多く掲載されて いるのが特徴です。 各部からのお知らせに加え、教会で行われた行 事の報告も目立つようになり、広報誌としての役 割が広がってきました。 ● 第50 号~第 59 号(1991 年~1995 年) ちょうどこの頃が広報誌としての変革に当る 時期だったようです。 第 50 号が発行される前にアンケートが取られ ました。信徒はどのような記事を望んでいるのか、 引き続き印刷所に任せるのがいいのか等、今後の 方向性に関わることが質問されています。 そのアンケート結果を受けての新生『あつぎカ トリックニュース』第50 号が発行されました。 制作は広報部によるワープロ入力で行われて います。ワープロ専用機が家庭に普及してきた時 代です。原稿作りも昔に比べると多少は楽になっ たようです。 イラストは、市販されている著作権フリーのイ ラスト集からコピーを取り、ワープロで書きあが った原稿に貼り付けていたようです。この頃に使 ったと思われる切抜きが、広報部に多数保管され ています。 こうして出来上がった原稿をコピーして刊行 していたようです。 発行頻度は現在と同じく季刊でした。

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● 第60 号~第 70 号 (1996 年~1997 年) 題字である『あつぎ』の脇にイラストが登場し ました。以後、今日に至るまでこのイラストは使 われています。 発行頻度は毎月であり、月刊誌として刊行され ていました。 現在、委員会から出されている『ニュースレタ ー』の前身に当る『委員会便り』も、『あつぎカ トリックニュース』の1 ページの中にまとめられ るようになりました。 ●第71 号~第 83 号 (1998 年~2002 年) 20世紀から21世紀へと跨ぎました。 メインタイトルが『あつぎ』、サブタイトルが 『カトリック厚木教会ニュース』に変わりました。 ワープロ専用機も高度化し、パソコンも急速に 普及してきた時代です。パソコンでワープロソフ トを動かすことも可能になり、ちょうどその狭間 の時期です。見た目では、パソコン、ワープロ専 用機のどちらで作ったのかわかりません。 レイアウトが上手くできており大変読みやす い編集になっているのが特徴です。 ● 第84 号~第 86 号 (2002 年~2003 年) タイトルが今の『あつぎ』になりました。 紙のサイズもB5 版から現在の A4 版へと変わ りました。 本格的にパソコンで作られています。 イラストもイラスト集からのコピーを貼り付 けているだけではなく、スキャナーでパソコンに 取り込んだイラストを使っているようです。写真 もデジタルカメラで撮影したものを用いていま す。デジタル編集時代の到来です。 この頃、編集方針が大きく変わりました。 ・ 交わりをテーマにする ・ 教会からのお知らせという性格から脱却し、 読み物を目指す ・ 信徒の声を取り上げるなど双方向のコミュニ ケーションを図る ● 第87 号~現在 (2004 年~) 現在の『あつぎ』のスタイルです。 読みやすいレイアウトにするため、二段組の横 書きに変わりました。イラストもパソコンに取り 込んだものの他、インターネット上で著作権フリ ーの扱いになっているものを用いています。 プリンターの性能もよくなり、写真も綺麗に印

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刷できるようになりました。 現在の発行部数は約550 部です。 第七地区の各教会では、お互いに広報誌を送り あっていますので、各教会宛に送付しているほか 差し障りのある箇所を削除した上で、ホームペー ジにも掲載しています。 ざっくりと『あつぎ』の歴史を振り返ってみま した。その時代の事情に応じて、内容も変化して います。今の『あつぎ』もこれが最終的な姿であ るわけではありませんので、形や内容をふさわし いものへと変えていくことになるでしょう。 末永く『あつぎ』をよろしくお願いします。 (広報部) なかなか梅雨が明けません。 お陰さまで『あつぎ』も通巻100 号を迎えまし た。よりよい紙面を志し、取り組んでいきますの で引き続きよろしくお願い致します。 今回過去の『あつぎ』の特集を組みましたが、 過去の紙面をどうやって、この原稿に移そうか迷 いました。スキャナーという機械を使って、過去 の紙面をパソコンに読み取り、原稿に加えるのが 一番綺麗になる方法だとわかっているのですが、 肝心のスキャナーの都合がつきません。 結局、過去の紙面を写真で撮影して取り込みま した。まさに苦肉の策です。雰囲気だけでも伝わ れば・・・・。見苦しい点はご容赦ください。 前宣教部長であり元広報部長であった浅井正 彦様が過日、帰天されました。編集に際し、様々 なご助言を頂戴していただけに、突然の訃報にた だ呆然と驚くばかりです。安らかにお休み下さい。 (広報部 永田 山内 山田照子)

編集後記

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