はじめに 1 年間で頸部痛を訴える人は全人口の 40%に上り,その中で 医療機関を受診するケースは約 15%である1)。頸部痛は自己 認知疼痛経験症状であり,起立歩行の重力下で症状発現が顕著 となる腰痛に比べ,自然回復と時間経過による症状緩和が多い といえる。しかし,組織障害を背景とした頸部痛は,頸椎の筋 骨格系機能障害,感覚・運動制御障害,神経系障害(中枢,末 梢,交感)などを併発し,対象者を長期にわたり困惑させる。 頸部痛症例では関節系,筋系,軟部組織系における系統的リ ウマチ様疾患,感染症,悪性腫瘍,骨折など,症状の発現起因 組織は推測できるが,病態生理学的原因が特定困難な非特異的 頭頸部痛が多い点は腰痛と共通である。医学的には,変形性頸 椎症,頸肩腕症候群,緊張性頸部症候群,胸郭出口症候群,機 械的頸部痛などの漠然とした診断名が用いられる。 頸椎捻挫は,従来もっとも多い交通外傷による発症機転に基 づき「頸椎むち打ち損傷」と診断名に用いられた。非科学的診 断名,予後不良印象病名など,医学的用語として疑問視された 近年は,交通外傷以外の仕事やスポーツ活動時の転倒,転落, 接触障害などの多様な発症メカニズムと後述する組織障害の多 因子性から,「頸椎捻挫 cervical sprain & strain」の他,「外傷 性頸部症候群」「頸椎挫傷」,「頸椎不安定症」などと呼称され ている。頸椎関節・靭帯系とともに筋・筋膜系の頸部支持組織 の損傷が中心であるが,神経系,血管系障害徴候や病態の長期 慢性化に伴う精神心理的問題を呈することから,むち打ち関連 障 害(whiplash-associated disorders: 以 下,WADs) と 総 称 する傾向にある。 今シンポジウムの総説では,頭頸部の諸外傷に起因する頸部 機能障害を WADs として,WADs の基本概要,徒手理学療法 の有効性,治療プログラム,治療特性,および治療実施上のポ イントについて述べる。 WADs の基本概要 1.WADs の定義 むち打ち損傷という用語は,1928 年にアメリカの整形外科 医 Crowe2)が最初に紹介した。Crowe は,頭部が突然の外力 により頸椎上で鞭が撓るような動きを強要される発症機転から 定義づけた。以降に発表された定義を示す(表 1)。交通事故 による頸部の過伸展・過屈曲の発症原因や障害機転(むち打ち 損傷)から障害のメカニズムと組織損傷徴候の観点(WADs) に変遷している。我が国では,片岡の定義「頭頸部への直達外 力でなく,体幹を中心とした他部位に加わった衝撃力により, 頸椎部に起こった強制的過伸展,過屈曲障害で,あきらかな骨 折,脱臼を除外する」がある。近年では,交通外傷に限らず, スポーツ外傷や生活活動時傷害を含めた頭頸部の外力加担によ る運動・感覚・心理精神障害を総称する意味で,WADs が一 般的に用いられている。 2.WADs の病態特性 WADs による障害組織は,頸部支持組織としての関節系障 害(form closure:椎間関節,靭帯,関節包)と筋系障害(force closure:頸部の運動と安定に関与する表層と深層の筋群)が 基本である。発症機転と障害成因により,障害が重度化,長期 化するケースでは,椎間板障害,神経系障害(神経根,脊髄, 自律神経系),血管系障害(主要動静脈,毛細血管,リンパ系) が重複する。WADs の病態特性は,障害組織により多彩な障 害像(表 2A)と臨床症状が発現することである。なかでも頸 部痛と頸椎運動障害が中核症状である。 WADs に特有の臨床症状(表 2B)は,局所・全身の痛覚過 敏,運動・感覚機能障害,交感神経系機能障害,心的外傷後ス トレス徴候であり,これらの徴候が長期に対象者を苦しめるこ とになる。また,WADs には,疾患自体の発症因子に加え,3 要因(身体・生体力学的要因,個別・生活様式的要因,心理・ 社会的要因)と 4 フラッグ(生物・医学的因子:レッドフラッ グ,心理・行動学的因子:イエローフラッグ,職業・経済的因 子:ブルーフラッグ,社会的因子:ブラックフラッグ)が危険 因子として背景に潜んでいる(図 1)。前述の如く,臨床徴候 や画像所見による病態解剖学的原因特定が困難な非特異的頭頸 部痛例が約 80%を占め,ステレオタイプの対応でなく,対象 者の示す臨床症状を最優先した評価と治療が求められる。 3.WADs の重症度分類 外 傷 直 後 に 発 現 す る 症 状 の 重 症 度 に つ い て,Norris と Wall10)は,頸部痛,頸部可動制限,神経学的徴候の有無から 3 グループに分類した(表 3A)。1995 年にケベック特別調査団 (Quebec Task Force:以下,QTF)11)は,受傷後の短期間に
頸椎捻挫と徒手理学療法
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板 場 英 行
**運動器理学療法研究部会
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Cervical Sprain and Manual Physical Therapy
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自宅会員 Hideyuki Itaba, PT
認められる徴候と症状発現による WADs の重症度分類(QTF5 グレード分類)を発表した(表 3B)。両者ともに,グループⅠ・ Ⅱ,グレードⅠ・Ⅱに分類される頸部痛と筋骨格系運動障害例 が 80%以上を占め,感覚異常などの神経学的徴候を呈するケー スは 10%未満である。 Sterling12)は,WADs で最頻するグレードⅡが広範囲な身 体的・心理的障害を有することから,身体的・心理的要因の鑑 別に基づく分類改正の必要性を提案(Sterling PFS:Proposal to further subdivide)した(表 4)。Grade Ⅱ A の症状・障害 に対し,Grade Ⅱ B は,全般的感覚過敏と心理的苦痛が加わ る。Grade Ⅱ C では,関節位置覚異常,交感神経系異常,急 性外傷後ストレス障害が追記される。2007(平成 19)年には, WADs の病態に関するすべての側面を考慮した QTF 分類の改 定版13)14)(関連表省略,文献参照)が発表されている。 表 1 WADs の定義 ① Crowe2)(1928):頸部へ急激な外力加担による頭部のむち打ち様現象 ② Gay3)(1953):自動車事故,慣性力による組織損傷,頸部痛症状中心 ③ Gotten4)(1956):追突,衝突による交通外傷後頸部損傷,骨関節障害 ④ MacNab5)(1964):静止時追突による頸部過伸展捻挫,関節・靭帯障害 ⑤ Farbman6)(1973):筋靱帯損傷中心,頸部骨折,神経系障害含まず ⑥ Kataoka7)(1992):頭頸部の介達外力により頸椎に起こった強制障害 ⑦ Radanov8)(1995):外傷過伸展と過屈曲による頸部深部支持組織損傷 ⑧ Nordhoff 9)2000):頸部の急激な加速力,減速力ストレス加担障害 表 2 WADs の病態特性 A.障害像 B.臨床像 関連組織障害 自覚症状 他覚症状 ①痛覚系障害(頸部痛,放散痛) ①頸部痛 ①頸椎運動制限 ②運動系障害(筋骨格系機能障害) ②放散痛 ②圧痛 ③感覚・運動制御障害 ③頭痛 ③知覚異常 ④中枢神経系障害(痛覚過敏障害) ④視覚障害 ④筋力低下 ⑤大後頭神経絞扼障害(頸性頭痛) ⑤眩暈 ⑤腱反射異常 ⑥交感神経系障害 ⑥脱力感 ⑥筋緊張異常 ⑦前庭系障害(姿勢バランス障害) ⑦感覚異常 ⑦皮膚温異常 ⑧視覚系障害(眼球運動制御障害) ⑧吐気 ⑧バランス異常 ⑨心理的障害(外傷後ストレス障害) ⑨集中力低下 ⑨生活活動障害 ⑩認知障害 ⑩記憶力低下 ⑩社会参加制約 図 1 WADs の発症危険因子(3 要因,4 フラッグ)と発症関与度 A:高度関連性,B:中等度関連性,C:低度関連性
WADs に対する徒手理学療法の有効性 1.日本理学療法士協会理学療法診療ガイドライン 日本理学療法士協会が 2011(平成 23)年に発刊した「理学 療法診療ガイドライン(第 1 版)」15)に記載されている「頸部 (むち打ち症)に対する徒手療法の有効性」で,推奨グレード A,エビデンスレベル 2 の内容を示した(表 5)。徒手療法を含 む複合的治療の有効性,頸椎モビライゼーションと姿勢改善治 療,急性 WADs に対する関節モビライゼーション,脊柱徒手 治療の臨床的効果について記載されている。 2.英国理学療法士協会のガイドライン WADs 理学療法のガイドラインに関する各国報告の中で, エビデンスに基づいた英国のガイドラインを取り上げる16)。 表 3 WADs の重症度分類と発現率 A.Norris と Watt の3グループ分類 198510) ・グループⅠ 頸部症状(+) 関節可動障害(−) 44% ・グループⅡ 頸部症状(+) 関節可動障害(+) 46% ・グループⅢ 頸部症状(+) 神経学的徴候(+) 10% B.ケベック特別調査団の5グレード分類 199511) ・グレード0 頸部症状(ー) 客観的徴候(−) ・グレードⅠ 頸部症状(+) 客観的徴候(−) 41% ・グレードⅡ 頸部症状(+) 筋骨格系徴候(+) 56% ・グレードⅢ 頸部症状(+) 神経学的徴候(+) 3% ・グレードⅣ 頸部症状(+) 脊髄障害・骨折・脱臼(+) *(+)症状・徴候あり,(−)症状・徴候なし ** %:各グループ,グレードの発現率
表 4 WADs 重症度分類改定(Sterling PFS WADs Ⅱ 2004)12)
グレードⅡ A グレードⅡ B グレードⅡ C 頸部症状 ・頸部痛 + + + 運動障害 ・関節可動低下 + + + ・筋リクルート変化 + + + ・関節位置覚異常 − − + 感覚障害 ・局所頸部感覚異常 + + + ・全般的感覚過敏 − + + ・交感神経系異常 − − + 心理的障害 ・心理的苦痛↑ − + + ・急性外傷後レベル以上抑圧 − − +
* PFS:Proposal to further subdivide
表 5 理学療法診療ガイドライン(JPTA 第1版)15) ─頸部(むち打ち症)に対する徒手療法の有効性─ 推奨グレードA,エビデンスレベル2 ・徒手療法を含む複合的治療は,徒手療法単独治療,軟性カラー装着よりも疼痛軽減や能力 障害改善効果あり. ・頸椎モビライゼーションと姿勢改善治療は,安静に比べ疼痛と可動域の改善に効果. ・急性 WADs に対する非侵襲治療介入では,関節モビライゼーションが疼痛軽減と可動性 改善治療として推奨. ・急性 WADs に対する脊柱徒手治療は,物理療法,自動運動を含む理学療法よりも効果的. ・頸椎から骨盤帯への徒手的治療は,急性 WADs の症状緩和に効果的.
2002 ∼ 2004 年の関連文献を検索し精査した 11 論文を検討した 結果,WADs に対するエビデンスが認められる治療介入は,運 動療法,対象者教育,正常活動復帰指導に加え,徒手療法と多 角的集学的治療であると指摘されている。 ま た, 英 国 理 学 療 法 士 協 会 CSP(Chartered Society of Physiotherapy)の WADs ガイドライン16)による急性期,亜 急性期,慢性期における治療介入グレードでは,亜急性期の姿 勢指導がグレード A,急性期の徒手的治療,亜急性期の深層筋 機能賦活,慢性期における関節モビライゼーションがグレード B として記載されている。また,軟性カラー装着,各種の物理 療法がグレード C として低エビデンス,低推奨グレードに位 置づけられている。 3.データベースによる検索 Gross ら17)は,2004 年に機械的頸部機能障害者に対する徒 手的治療の系統的レビューを発表した。コクランデータベース から機械的頸部機能障害者に対する徒手的治療と伝統的治療の 比較(疼痛軽減,機能改善,対象者満足度)を行い,モビライ ゼーション,マニピュレーションの徒手的治療に運動療法を併 用した多角的ケアで高レベルの治療効果エビデンスが認められ たと報告した。ただし,それぞれの単独治療ではエビデンスは 低く,対象者の臨床症状に即した多角的ケアと治療介入の重要 性を追記している。 WADs の臨床症状軽減に対する徒手的治療の有効性を追試 した Fernandez ら18)は,WADs に起因する脊柱機能障害は, 関節・靭帯系のみでなく,筋系障害が関与しており,関節系ア プローチに加え,軟部組織や筋・筋膜に対する治療介入の重要 性を指摘し,局所治療に捉われない,全体的・組織的・包括的 アプローチを推奨した。その中で,徒手療法の症状軽減の生物 学的機序解明と普遍的治療プロトコル適用に対する高いレベル の治療技術保持を強調している。 頸部痛に対する普遍的治療として臨床適用されている徒手療 法の機能障害緩和,能力障害改善,QOL 変化,全体的有効度, 対象者満足度を文献による系統的に検索した Miller ら19)は, 慢性頸部痛に対する徒手療法併用治療は有益であるが,急性頸 部痛例では短期的効果にとどまり,長期的有効性に乏しく追研 究の必要を述べている。 4.徒手療法の中枢神経系に対する作用 WADs 症例で頸部痛を訴える頸椎の機械的痛覚過敏状態 は,中枢神経系の感作や内因性の制御機構の機能低下を予測さ せる神経生物学的過程障害である。徒手療法が感覚系・運動 系・交感神経系の変化に影響を与える,また中枢神経系に作 用して鎮痛効果を得ていることは,Vicentino20),Sterling21), Dishman22),Haarvik23)らにより報告されている。しかし, 徒手療法施行による中枢神経系への鎮痛効果に関するエビデン ス論文はない。 Schmid ら24)は,頸椎の他動的モビライゼーションが中枢 神経系に及ぼす影響について検討した。2007 年 2 月までに発 表された 295 論文を検索し 15 論文について精査した。その結 果,他動的頸椎モビライゼーション実施群が対照群に比べ約 20%有効.交感神経系への影響(皮膚抵抗,血圧,心拍数,呼 吸数),鎮痛効果(圧痛閾値,温痛閾値,VAS,無痛握力,無 痛可動域)を認め,他動的頸椎モビライゼーションが中枢神経 系に作用し,鎮痛効果,自律神経系機能抑制などの神経生理学 的モデル変化に関与していることを報告した。 WADs に対する徒手理学療法 1.WADs 理学療法の段階的プログラム 各国のガイドライン25)26)および関連文献を参考に作成した 「WADs 理学療法の段階的プログラム」である(図 2)。急性炎 症期,亜急性線維化期,回復改善期,回復再生期,および慢性 改変期の発症からの時間的経過区分を 5 相に分けて治療目的と 治療内容を併記した。治療内容は,RCT やレビュー論文で明 図 2 WADs 理学療法の段階的プログラム
記されているエビデンスが高い A レベル,中等度の B レベル, 低エビデンスとされている C レベルに分類した。 第 1 相の急性炎症期は,「初期ケア」として,機能低下防止, 疼痛のコントロールを目的に,疼痛の発現を抑制した自動運動 や対象者に対する障害認知と自己管理が優先される。 第 2 相では,組織修復を阻害しない範囲内でのモビライゼー ションを中心とした徒手的治療や頭頸部に位置する深層筋の機 能賦活手技を開始する。 第 3,4 相は,徒手的治療に運動療法や対象者教育・指導を 含めた多角的集学的治療を行い,機能の改善・向上を背景とし た活動推進・促進,社会参加指導・推奨に視点を広げる。 発症から 3 ヵ月を経過してもなお頸部痛と運動障害や感覚異 常を訴える症例対応に難渋することが多いが,機能的運動,マ ルチモーダルアプローチを継続し,必要に応じ社会・心理的サ ポートを組みこむ。 2.WADs 徒手理学療法の階層的プログラム WADs に対する徒手理学療法を階層(ピラミッド)的に示 した(図 3)。頸椎は,重い頭部を支え,7 個の椎骨が連結して 胸郭に移行し,頭頸部の動きと安定性に関わっている。2 個の 骨で連結した上肢,下肢と違い,椎骨という積み木が積載され た頸椎では,可動性と安定性の機能障害における低可動と過剰 可動が混在し,ドミノ倒しのごとく脆弱で不安定状態になって いる。 治療の根幹は,土台となる徒手理学療法に組織の可動性を回 復するモビライゼーション,頭頸部と不安定頸椎の安定化を図 るスタビライゼーション,神経筋の正常機能を向上するモー ターコントロール,そして,伝統的運動療法に徒手理学療法と 障害認識自己治癒促進を目的とした統合・包括的治療へと階段 を上ることとなる27)。 ベースとなる徒手理学療法(図 3A)では,伝統的関節可動 治療と良好姿勢保持のための姿勢矯正治療(図 4)に加え,理 学療法士の根幹的治療技術である徒手的頸椎牽引治療(図 5) や頸部運動可動筋の筋力強化運動を行い,関節系,筋系,関連 組織の再調整(リアライメント)を目標とする。 組織の可動性,伸縮性の改善を目的としたモビライゼーショ ン(図 3B)は,椎間関節の副運動評価を基に,低可動分節レ ベルの治療を行う(図 6)。脊柱のモビライゼーション施行で 留意すべき点は,低可動の分節と過可動の分節が混在している ことであり,頸椎全体の骨運動改善でなく,分節ごとの椎間関 節運動の正常状態回復に視点を置くべきである。 安定性を高め賦活するスタビライゼーション(図 3C)で は,頸部深層屈筋,頸部深層伸筋とともに,肩甲帯筋や体幹 安定作用筋の賦活を行う。運動の正確性とともに低範囲(low range),低負荷(low load),低スピード(low speed)の 3L 治療に心掛け,必要により簡易治療器具(stabilizer),治療バ ルーン(Swiss ball),治療ポール(stretch pole),スリング(red cord)を活用する(図 7)。 インバランスに対する協調性向上では,頸部のみでなく胸 郭,肩甲帯を含めた筋群間の不均衡を是正する(図 3D)。 最終的に対象者の生活活動や,社会生活,趣味・スポーツ活 動に照らした適正な身体動作の遂行を目標とする(図 3E)。 WADs の治療アプローチ特性 WADs を中心とした頸椎・頸部機能障害治療アプローチの 特性は,各ガイドラインやレビュー論文に共通的に指摘されて いる28)。 1.基本的アプローチ 急性期における安静に関しては否定的意見が多い。絶対安静 は避けるべきとして,急性炎症期で疼痛が強い場合は,軟性カ ラー装着(24 時間装着でなく,脱着時の対応を考慮)による 病態増悪を避けることも大切である。急性期では,症状の増悪 を回避し,再発予防の対策が最重要課題である。その意味で, 図 3 WAD s徒手理学療法の階層的プログラム
姿勢指導,全身調整,心理的サポートは必須項目である。 亜急性期からは,療法士による他動的運動に加え,目的に合 致 し た MSC 治 療(mobilization, stabilization, motor control) を併用する。頸椎椎間関節の分節間運動の維持・回復に対して は関節モビライゼーションを適用する。 回復期から維持期においては,動作障害と社会参加制約を考 慮した多角的 / 集学的 / 包括的 / 生物心理社会的アプローチが 加わる。障害像が重篤化,長期化するケースほど,身体的 / 機 能改善的アプローチから心理 / 社会 / 環境改善的アプローチが 必要となる。 2.治療介入のポイント 治療介入による症状の悪化,および障害の再発と予防対策が 最重要課題である。また,初期治療,初期対応が予後に大きく 関与するという観点から,治療時の痛み発現を回避し,脳内に おける痛みの記憶痕跡を解放することが重要である。頸椎を含 めた脊柱の機能障害では,姿勢異常,不良姿勢の対応を根幹と して,障害評価と臨床推論により,障害組織の優位性と順位性 図 4 WAD s徒手理学療法 A:基本的徒手理学療法 ─頸椎可動治療,姿勢矯正─ ①頸椎屈曲第 1 段階:左手で後頭骨を手前に引きながら,右手で前頭部を前方に動かす ②頸椎屈曲第 2 段階:両手・側頭部保持(耳部除圧),両肘・ピボット位,両手を前上方に動かす ③頸椎屈曲第 3 段階:左手・頭部下から右肩固定,右手・後頭骨,右手で頸部を前上方に動かす ④頸椎右側屈:右手・可動レベル横突起,左肘で肩固定,左手・側頭部,左手で頸部の右側屈 ⑤頸椎左回旋:右手・右肩甲帯固定,左上肢全体で頭部の保持,左上肢中心に身体で左回旋 ⑥自己的頸椎後退運動:良姿勢保持にて壁と上位胸椎部に枕,前方注視で示指と鼻部を離す ⑦自己的頸椎後退運動:頭頂部に空のコップで頸椎屈伸抑止,背部枕,示指と鼻部先端を離す « 固定・保持 運動方向 図 5 WAD s徒手理学療法 A:基本的徒手理学療法 ─頸椎徒手的牽引─ ① 頸椎牽引第 1 段階:両手・後頭骨,手指指腹部・後頭環軸関節,安静保持後 IP 関節をゆっくりと 屈曲する ②スリング活用第 1 段階:スリングと両手で頭部安静保持,手指指腹部をゆっくりと頭方に動かす ③頸椎牽引第 2 段階:右手・後頭骨,左前腕・中間位で可動頸椎棘突起,左前腕回内運動で牽引 ④頸椎牽引第 3 段階:両手・後頭骨下端∼可動頸椎棘突起,両肘部と身体の前方移動で牽引 ⑤ 牽引第 4 段階:頭部ベッドよりだす.左手・後頭骨下端,右手・顎部,左手 7,右手 3 の比率で頭 側牽引 ⑥ 座位牽引:両肘・肩甲帯固定,両手・側頭部保持(耳部除圧),両手で垂直上方向に緩徐牽引 « 固定・保持
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牽引方向 運動方向を検討することが大切である。 関節に対する治療では,椎間関節の動きを正常化すること を目的に,他動的椎間関節のモビライゼーション,徒手的 TRER(traction:牽引,retraction:後退,extension:伸展, rotation:回旋)運動に加え,自動的頸椎後退運動,簡易的用 具を活用した自動運動を行う。筋肉系に対しては,深層に位置 する局所安定作用筋の弱化・延長筋に対するスタビライゼー ション,頸部表層の屈・伸筋群の緊張・短縮筋に対するリリー ス手技を適用する。 WADs 理学療法の指針,実施上のポイント 1.WADs の理学療法指針(表 6) 頸部障害に対する理学療法の世界的権威者であるオースト ラリア・クイーンズランド大学の Jull 教授は,WADs の病態, 診断,治療,管理に関する著書の中で,WADs 理学療法の診 療指針を紹介している。長年の臨床研究と文献的裏づけに基づ く内容であり,WADs に限らず,頸部障害の理学療法を実施 するうえで大いに参考となる。 図 6 WADs 徒手理学療法 B:モビライゼーション ①頸椎後方滑り手技:右手C 3 棘突起,左手後頭骨,右手を固定した状態で左手の保持を緩める ②後前圧迫手技:両母指指腹部C 6 棘突起側面,他指肩甲帯前面,両母指で上前方に加圧 ③頸椎後退手技:左手・顎部,右上肢:背面から身体上部を固定,左手で頸椎の後方加圧 ④頸椎牽引+後退手技:上部体幹までベッドからでた背臥位,右手頸椎牽引,左手頸椎後退 ⑤ 下位頸椎屈曲椎間関節自然滑走手技:左小指&右母指球・可動レベル棘突起下端,可動頸椎の椎 間関節面に沿って右手で上前方加圧 ⑥ デバイスを活用した自己的上位頸椎伸展持続的椎間関節自然滑走手技 « 固定・保持
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モビライゼーション方向 運動方向 図 7 WADs 徒手理学療法 C:スタビライゼーション① 頸椎深層屈筋賦活(ボール活用):良好座位姿勢(Brugger releaf position)で,前額部と壁間にボール保持, 保持遂行後、3L(low speed, low range, low load)運動の段階的進行
② 頸椎深層屈筋賦活(スタビライザー活用):設定圧保持・段階的加圧の視覚的フィードバックにて表層筋(胸 鎖乳突筋)活動抑制下での深層屈筋(頸長筋,頭長筋)活動賦活
③脊柱深層筋賦活(バルーン,スリング活用):頸部深層屈筋に体幹安定作用筋の共同賦活 ④体幹屈曲安定作用筋賦活(バルーン活用):背臥位運動(dying bug exercise)からの段階的進行 ⑤体幹伸展安定作用筋賦活(バルーン活用):四つ這位運動(bird-dog exercise)からの段階的進行 ⑥体幹安定作用筋賦活(ストレッチポール活用):視覚的フイードバックに加えバランス能力の同時賦活
治療の基本原則は,本稿で述べた項目と一致する点もある が,感覚運動機能を重視した運動学習と運動制御が強調されて いる。筋系障害を中心とした運動器障害の治療段階では,局所 安定作用筋賦活に重点が置かれている。臨床で治療介入が難解 な感覚運動制御障害に対しては,関節位置覚,眼球運動,姿勢 バランスのトレーニング法が紹介されている。頸部は前庭器官 と眼球運動系に独特な神経生理学的連絡を有しており,上記ト レーニング法はこの領域に対する理学療法の発展を示唆して いる。 2.WADs 理学療法実施上のポイント シンポジウムの総括として,WADs 理学療法を臨床実践す るうえでの要点を挙げる(表 7)。 1)的確な障害評価と適切な臨床推論 頸部機能障害は運動器系以外の多要素が関与した多面的,多 要素機能障害であり,身体運動発現 5 システム(運動器系,神 経系,生体力学,呼吸・循環・代謝系,精神心理系)を考慮し た評価分析と治療方略を決定する臨床推論・判断能力が要求さ れる。 2)障害連関,相互関連性障害理解 頸椎と肩甲帯や上肢の異常,病変は相互連関性に密接な機構 的,病態的関係にあり,障害連関を基に,脊柱 / 肩甲帯 / 上肢 症候群(spine scapular arm syndrome)の理解が重要である。 3)多面的障害に対する多角的包括的アプローチ 頸部機能障害治療の選択決定には,的確な障害評価と適切な 臨床推論が不可欠であり,対象者への包括的,多面的,多角的 障害評価による高レベル臨床推論力を発揮した適切な治療介入 を決定する。そのためには,運動機能障害の専門家としての高 レベルの臨床技術を具備する必要がある。 4)生体自然治癒能力阻害回避 急性期のケアー(安静臥床<適度運動)と慢性期の自動能動 的運動を基にした,生体における自然・自己治癒能力を阻害し ないための考慮が必要である。WADs 治療では,急性期の対 応が重視され,疼痛増悪をはじめとした症状悪化は回避すべき である。 5)自己認知,自己治癒,自己管理促進 頸部機能障害例では,治療よりも発症予防,再発予防などの 自己管理が重要であり,治療者による受動他動的治療から自己 治癒促進を根幹とした自動能動的治療の推進を心掛ける。 6)対象者教育・指導の認識 日常生活動作での不良姿勢,異常運動パターンの修正・矯正 による脱セラピスト化を図る意味で,対象者教育,指導,ホー ムエクササイズ実施の重要性を認識させる。 7)アライメント修正,深層筋賦活,筋機能不全治療優先 徒手的治療にアライメント修正,深層筋賦活,筋機能不全治 表 6 WADs の理学療法指針 治 療 基 本 原 則 ・発症時から開始 ・頸部痛の誘発を回避 ・感覚運動機能の特異的変化に対応 ・運動正確性の重視(再学習過程) ・反復運動の重視(適正運動制御過程) ・対象者教育 運 動 器 障 害 ・第 1 段階: 頸部深層筋群と体軸─肩甲骨間筋群の活性化 ⇒低負荷での正確運動 ・第 2 段階:協調性,運動パターン,姿勢保持筋の共同活動 ①リズミカルスタビライゼーション ②肩甲帯制御 ③適正筋長保持 ・第 3 段階:筋力,筋持久力の改善,仕事,趣味活動,スポーツ活動推進 感 覚 運 動 制 御 障 害 ・頸部関節位置覚トレーニング ① Revel 法:ヘッドバンド+レーザーポインター,ライト ②描写法: Revel 法+図形模写 ・眼球運動トレーニング ①注視安定性 ②円滑追視 ③眼球―頭部協調性 ・立位バランストレーニング ①安定支持面タスク:狭い足幅,片脚起立,継ぎ足,ハーフスクワット ②不安定支持面タスク:スポンジ,クッション,バランスボード,トランポリン 表 7 WADs の理学療法実施上のポイント ①的確な障害評価と適切な臨床推論 ②障害連関,相互関連性障害理解 ③多面的障害に対する多角的包括的アプローチ ④生体自然治癒能力阻害回避 ⑤自己認知,自己治癒,自己管理促進 ⑥対象者教育・指導の認識 ⑦アライメント修正 / 深層筋賦活 / 筋機能不全治療優先 ⑧椎間関節可動性,静的・動的安定性の連関回復 ⑨行動障害,動作障害,生活パターン改善視点 ⑩生物心理社会的モデルアプローチ
療が優先され,安定した座位姿勢保持,筋インバランスへの治 療介入が治療の第一歩であることを認識する。 8)椎間関節可動性,静的・動的安定性の連関回復 椎間関節可動性の正常化に対する関節モビライゼーションと ともに,筋スタビライゼーション,運動コントロール手技の連 関治療によるアライメント修正と静的・動的安定性の回復を 図る。 9)行動障害,動作障害,生活パターン改善視点 頸部機能障害に起因する行動,動作障害に着目し,頸部機能 障害改善による行動,動作,生活パターン改善へ治療を拡大 する。 10)生物心理社会的モデルアプローチ 頸部障害治療では,脳機能(認知,注意)と社会心理的要因 への考慮が必要であり,医師を中心とした医学モデル的治療か ら,多スタッフ・専門家を動員した社会心理的モデルアプロー チへの視点をもつことが大切である。 おわりに エアーバッグ,衝突防止装置,車両接近通報装置などの自動 車安全装置の開発と普及が目覚ましい現代である。WADs の 発症率は激減することが予測される。反面,工学技術の進歩に 医学の発展が追随することも考えられる。半世紀後の WADs 疫学と治療研究の方向性に注目する。 文 献
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