久保田篤 黄表紙における拗長音の仮名表記 一 無原則で混乱していると見られがちな江戸語の仮名表記に関して、 屋名池(二〇一一)は「多表記性表記システム」であり「正確にヨ ミ を 伝 え て い た 立 派 な 表 音 表 記 」 で あ る と い う 卓 識 を 示 し た。 「 ヨ ミが一つに定まりさえすれば、一つの語形に表記がいくつあっても かまわない」という原則は、近世の表記に広く当てはまる基本的な も の で あ る と 見 ら れ、 そ の 多 表 記 性 は 近 世 表 記 の 特 徴 で あ る。 「 個 人や個々の文献ごとの表記の個性・偏りは、このシステムが許す多 表記性の中でどの表記を具体的に選択したかの結果にすぎ」ず「表 面的な用字の個性・偏り」ではあるのだが、その上でなお、ある程 度共通した偏りがあるのか、何故そうなりがちなのか等について、 探りたいという思いが生じる。また、これまで探ってきた近世表記 の実態には、表音表記システムであることを意識して見ると説明で きることが少なからずあり、表音表記としての特徴も更に探りたい と感じる。 仮名の異表記と音形との対応関係を見ると、語頭のイ・エ・オや ハ行転呼音・四つ仮名関連の場合は、一つの音形に対応する異表記 の種類が2種で、語中尾イ・エ・オの場合は3種で済む。しかしオ 列長音の場合は、開合の混同の問題も絡むので異表記の種類が多く なる。更にオ列拗長音になると、合音のほうにエ列+ウも加わるた め、かなりの多表記となってしまう。そういう種類の多い表記の中 からどれを選択するかというときに、全ての異表記が同様に用いら れるのかあるいは幾つかの表記のみが選択されがちであるのか、偏 りがあるとしたら選択されやすい表記が複数の文献で共通するのか という点などを探ってみたいのである。 今回は、漢字が非常に少なく殆どが平仮名という点から、仮名表 記の考察の際にはまず取り上げるべき資料である黄表紙の作品を幾 つか調査 し ( 1 ) 、検討を行うことにしたい。黄表紙においては、他の資 料にはなかなか無い、 助詞「は」 「へ」 「を」の仮名「わ」 「ゑ」 「お」 表 記 の 例 ( 2 ) が、 『 八 被 般 若 角 文 字 』 の「 道 行 に わ 」 ( 一 オ ) ・「 身 を な げ ん に わ 」 ( 三 ウ ) 、『 米 饅 頭 始 』 の「 扇 や ゑ き た り 」 ( 八 オ ) 、『 金 々 先 生 栄 花 夢 』 の「 お ご り お き わ め ま し や う 」 ( 一 ウ ) や『 頭 て ん 天 口 有 』 の「 く わ い ぶ ん( 回 文 ) お ぞ ま わ し け る 」 ( 三 ウ ) の よ う に、 時 に 見
黄表紙における拗長音の仮名表記
久
保
田
篤
成蹊國文 第五十三号 (2020) られたりするなど、興味深い表記実態が窺われる。また、当時の他 の資料には一般的に見られる振り仮名も、黄表紙には殆ど無いので、 本行と振り仮名との違いを考える必要がなく、問題を複雑にせずに 済む(今回の調査では漢字も比較的使用されることの多い序文の部 分は対象としない。また幾つかの作品には振り仮名が僅かに見られ ることもあるが、今回は対象外とした) 。 異表記の種類については、 「江戸期の仮名の異表記を通覧すると、 異表記が許されているといっても、その範囲は決して無限定ではな いことに気が付く」として、屋名池(二〇一一)に次のようなまと めが示されている(イ・エ・オ及びハ行転呼音関係のAと四つ仮名 のBは省き、オ列長音関係のC・Dのみ示す) 。 C(あ列の仮名)+う (あ列の仮名)+ふ /oʀ/ ( ô ) (お列の仮名)+う (お列の仮名)+ふ (い列の仮名)+やう (い列の仮名)+やふ (い列の仮名)+よう /joʀ/ ( yô ) (い列の仮名)+よふ (え列の仮名)+う (え列の仮名)+ふ D は、 「 じ や う 」「 じ や ふ 」「 じ よ う 」「 じ よ ふ 」「 ぢ や う 」「 ぢ や ふ」 「ぢよう」 「ぢよふ」が、 /zjo ʀ/( zy ô )と結ばれている。 こ の C の 右 側 の /o ʀ/ の ほ う に つ い て、 ま と め と し て は こ の ま ま で 全 く 問 題 な い が、 実 際 の 様 々 な 表 記 の 例 に、 『 金 々 先 生 栄 花 夢 』 「 と を り( 通 ) け る 」 ( 二 ウ ) 、『 見 徳 一 炊 夢 』「 も と の と を り に 」 ( 六 ウ ) ・「 芝 ゐ の と を り 」 ( 九 ウ ) ・「 も よ ほ し( 催 ) て 」 ( 九 ウ ) 、『 頭 て ん 天 口 有 』「 か り も よ ほ し( 催 )」 ( 二 ウ ) 、『 八 被 般 若 角 文 字 』「 と お り ( 通 ) か ヽ り 」 ( 一 ウ ) 、『 江 戸 生 艶 気 樺 焼 』「 ち う も ん( 注 文 ) ど を り 」 ( 四 オ ) 、『 通 町 御 江 戸 鼻 筋 』「 お ほ せ( 仰 )」 ( 五 ウ ) 、『 拝 寿 仁 王 参 』「 ね か ひ( 願 ) の と お り 」 ( 十 ウ ) な ど、 「 オ 列 の 仮 名 + お・ ほ・ を」もあり得る(これらは /─ oo/ かもしれないが、 『従夫以来記』 「 を ふ せ( 仰 ) ら れ ず 」 ( 七 オ ) 、『 八 被 般 若 角 文 字 』「 と ふ り( 通 ) の 人 」 ( 四 オ ) 、『 江 戸 生 艶 気 樺 焼 』「 ひ と と ふ り 」( 一 通 り ) ( 六 ウ ) ・「 の ぞ み の と ふ り 」 ( 十 オ ) ・「 ひ と が と ふ る( 通 )」 ( 十 一 オ ) 、『 茶 歌 舞 妓 茶 目 傘 』「 と う り( 通 ) や が れ 」 ( 三 オ ) 、『 悦 贔 屓 蝦 夷 押 領 』「 き れ ど も( 斬 ) い れ ど も( 射 ) と う ら( 通 ) ず 」 ( 六 ウ ) 、『 拝 寿 仁 王 参 』 「 き り( 錐 ) の と ふ る( 通 )」 ( 六 ウ ) な ど か ら /─ oʀ/ の 表 記 と 見 て もよいと考えられる)などがあることから、オ列長音の表記として、 〈ア列の仮名〉+う 〈ア列の仮名〉+ふ 〈オ列の仮名〉+う 〈オ列の仮名〉+ふ 〈オ列の仮名〉+お 〈オ列の仮名〉+ほ 〈オ列の仮名〉+を
久保田篤 黄表紙における拗長音の仮名表記 という7種類があり得ることにな る ( 3 ) 。 このように拗長音でないオ列長音でもかなりの異表記が想定され る。Cの左側のほうのオ列拗長音 /joʀ/ の場合、右側と同様に、 〈イ列の仮名〉+やう 〈イ列の仮名〉+やふ 〈イ列の仮名〉+よう 〈イ列の仮名〉+よふ 〈イ列の仮名〉+よお 〈イ列の仮名〉+よほ 〈イ列の仮名〉+よを 〈エ列の仮名〉+う 〈エ列の仮名〉+ふ と い う 9 種 の 表 記 が あ り 得 る。 更 に D の /zjoʀ/ に な る と、 『 頭 て ん 天 口 有 』 に「 ひ や う せ う 」( 評 定 ) ( 一 ウ ) ・「 な ん で う 」( 何 と 言 ふ ) (十四ウ) などがあることから、 /zjoʀ/ には、 じやう・じやふ・じよう・じよふ・じよお・じよほ・じよを ぜう・ぜふ ぢやう・ぢやふ・ぢよう・ぢよふ・ぢよお・ぢよほ・ぢよを でう・でふ など 18種もの表記があり得ることになる。 ところで、屋名池(二〇一一)において各文献の用例として示さ れている同語形の異表記例のうち、オ列拗長音のものを取り出すと、 『 江 戸 生 艶 気 樺 焼 』 の「 ち や う ち ん( 二 例 ) / て う ち ん( 一 例 )」 ・ 「ふしやうち(二例)/ふせうち(一例) 」・ 「~ませふ(二例)/ま し や う( 一 例 ) / ま せ う( 二 例 )」 ・「~ や せ う( 二 例 ) / や し や う ( 一 例 )」 、『 浮 世 風 呂 』 の「 じ や う だ ん( 一 例 ) / ぜ う だ ん( 一 例 )」 ・「 ち く せ う( 二 例 ) / ち く し や う( 一 例 )」 ・「 べ う に ん( 二 例 ) / び や う に ん( 一 例 )」 な ど と な る。 ま た、 五 例 以 上 の 用 例 の ある安定した表記の例として挙げられているもののうち、オ列拗長 音 の 表 記 は、 『 金 々 先 生 栄 花 夢 』 の「 ま し や う( 五 例 )」 、『 浮 世 風 呂』の「ませう(六例) 」などがある。 こ れ ら の 例 を 見 る と、 「〈 イ 列 の 仮 名 〉 + や う 」 と、 「〈 エ 列 の 仮 名 〉 + う 」 の、 ほ ぼ 2 種 類 で あ る こ と が 窺 え る( 右 の な か で は マ ショーにのみ、 「〈エ列の仮名〉+ふ」が見られる) 。但し、 『遊子方 言』の近い場所に同語形の異表記例が見られる例として「~ませう か / ま し よ ふ か 」 ( 二 ウ ) が 示 さ れ て い る の で、 ( こ れ も マ シ ョ ー で あるが) 「〈イ列の仮名〉+よふ」が無いわけではないようである。 しかし多くはないことが窺われ、特に(現代の感覚からは最もふさ わしい表記と感じられる) 「~よう」の見られない点が興味を引く。 この点に関して、鈴木(二〇一六)に触れる部分がある。この総 索 引 は、 山 東 京 伝『 善玉 悪玉 心 学 早 染 草 』( 寛 政 二 年 刊『 大極上 請合売 心 学 早 染 草 』 が再版を重ね板木が磨滅したため蔦屋重三郎が作者京伝に再刻用と して依頼した京伝自筆稿本で、結局出版されなかった)という貴重 な資料を対象としたもので、初版刊本とこの再刻用稿本の表記の違 いが注目されるとして、仮名遣いの考察も行われている。その考察 は、 「歴史的仮名遣い表記と同じもの」 「現代仮名遣い表記と同じも
成蹊國文 第五十三号 (2020) の 」「 歴 史 的 仮 名 遣 い と も 現 代 仮 名 遣 い と も 異 な る も の 」 に 分 け て 表 記 の 例 を 幾 つ か 示 す と い う の が 中 心 と な っ て い る が、 「 な お、 少 し横道にそれるが、拗長音の場合を現代仮名遣いと比べると」とし て、 (本文の仮名遣い) (現代仮名遣い) ぎやうぎ ぎょうぎ じやうるり じょうるり せいちやう せいちょう かいてう(開 帳 チヤウ ) かいちょう ちうぎ( 忠 チユウ 義) ちゅうぎ ちうう( 中 チユウ 有) ちゅうう しうさい( 秀 しう 才) しゅうさい のように表記し、 「─よう」 「─ゆう」 のように表記した例がない。 という指摘がなされてい る ( 4 ) 。 こ の「~ よ う 」「~ ゆ う 」 が 稀 で あ る と い う 特 徴 が、 他 の 文 献 に も 広 く 見 ら れ る と し た ら、 大 変 興 味 深 い こ と で あ る。 キ ュ ー・ シュー等の ~ ュー、キョー・ショー等の ~ ョーを、最も直接的に表 す と 思 わ れ る「 ~ ゆ う 」「 ~ よ う 」 が 用 い ら れ な い の は 何 故 な の か という疑問を抱く。そこで、オ列拗長音に加えウ列拗長音の表記も 調査の対象とすることにする。ウ列拗長音の表記として想定される のは、 〈イ列の仮名〉+う 〈イ列の仮名〉+ふ 〈イ列の仮名〉+ゆう 〈イ列の仮名〉+ゆふ という4種類 で ( 5 ) 、 /zjuʀ /も、 じう・じふ じゆう・じゆふ ぢう・ぢふ ぢゆう・ぢゆふ という8種類で、オ列拗長音ほどではないものの、想定される表記 の種類がやはり多い。 二 まずはオ列拗長音の表記を示していくことにする(以下、濁音と 考えられる箇所は、板本の濁点の有無にかかわらず濁点を付した仮 名 で 示 す )。 な お ジ ョ ー /zjoʀ/ は、 よ り 多 く の 異 表 記 が あ り 得 る の で、一応それぞれの最後の部分にまとめて掲げておく。 最 初 は や は り、 恋 川 春 町 作『 金 々 先 生 栄 花 夢 』( 安 永 四 年( 一 七 七五)刊)を見る。この作品については、前節で、表記例のうちの 一語を挙げたように、屋名池(二〇一一)で同語形の異表記例が示 されている。また以前に久保田(一九九八)において仮名遣いの実 態を簡単に示したこともあるが、オ列拗長音の表記に対象を絞り、 改めて検討する。 この作品におけるオ列拗長音と考えられる用例は、 金びやうへ(金兵衛) (三ウ) (四オ) (四ウ)
久保田篤 黄表紙における拗長音の仮名表記 びやうぶ(屏風) (三ウ) しんしやう(身上) (四オ) ちやうじ(長) (四ウ) (九オ) ひやう〳〵 (五ウ) けんぎやう(検校) (六オ) ぎやうに(仰) (八ウ) きやうげん(狂言) (九ウ) どうしやうが こうしやうが(サ変+助動詞ウ) (八オ) などと、次の助動詞マス+ウの用例である。 きわめ(極)ましやう (一ウ) ござりましやう (一ウ) (二オ) だいじ(大事)にしましやう (四オ) はやめ(早)ましやうぞ (九オ) こ れ ら を 見 る と、 全 て〈 イ 列 の 仮 名 〉 +「 や う 」( 以 下、 「〈 イ 〉 や う 」 と す る。 他 の、 〈 エ 列 の 仮 名 〉 +「 う 」 等 も、 以 下「 〈 エ 〉 う 」 等と示す)である。この作品では、1種類の表記しか用いていない ようである。 次 に、 山 東 京 伝 作『 米 饅 頭 始 』( 安 永 九 年( 一 七 八 〇 ) 刊 ) を 見 る。 『金々先生栄花夢』と同様に、やはり「 〈イ〉やう」が多く、次 の用例があった。 しやうでん(聖天) (一ウ) (一ウ) (六オ) (八ウ) だいしやうくわんぎてん(大聖歓喜天) (十オ) よしにしやうでんさま( 「しよう」と「聖天」 ) (一ウ) つかわせましやう(助動詞マス+ウ) (二オ) ござんしやう(ゴザンス+ウ) (四オ) きりやう(器量) (四ウ) ひやうばん(評判) (五オ) (九オ) しやうばい(商売) (六ウ) はんじやう(繫昌) (十オ) また次の語は、右と同じ表記と異なる表記の2種類が見られた。 しやういん(承引)せぬゆへ (一ウ) せういん(承引)せぬゆへ (三ウ) このもう一つの「 〈エ〉う」の用例は次のものもあった。 てうちやく(打擲) (三オ) 更に、 「〈エ〉ふ」が一語あった。 けふ(今日) (四ウ) このように、 「〈イ〉やう」が中心で、 「〈エ〉う」 「〈エ〉ふ」が僅か にある。 市場通笑作『御代之御宝』 (天明元年(一七八一)刊)も同様で、 びやうき(病気) (一ウ) (二ウ) しやう(性) (二オ) しやうばい(商売) (二ウ) ないしやう(内証) (四ウ) しんしやう(身上) (六ウ) しやうべん(小便) (十ウ) きみやう(奇妙) (十二オ) (十三ウ)
成蹊國文 第五十三号 (2020) きやうげん(狂言) (十三オ) むしやうに(無性) (十五オ) みやうが(冥加) (十五ウ) おふはんじやう(大繫昌) (三ウ) はちじやう(八丈) (十二ウ) など「 〈イ〉やう」に、僅かに「 〈エ〉う」と「 〈エ〉ふ」がまじる。 てうめん(帳面) (二ウ) (五ウ) いれ(入)やせふ(助動詞ヤス+ウ) (四ウ) 山東京伝作『八被般若角文字』 (天明五年(一七八五)刊)も、 しやうぶ(勝負) (一ウ) いしやう(衣裳) (二オ) (五ウ) ひやうばん(評判) (二オ) (二ウ) むしやうに(無性) (二ウ) りやうづ(竜頭) (三オ) きやうげん(狂言) (三オ) ぎやうじや(行者) (三ウ) (四オ) (四オ) しゆぎやう(修行) (四オ) (四ウ) むみやう(無明) (四オ) ひやうし(拍子) (四ウ) ちやうど(丁度) (五オ) きりやう(器量) (五ウ) しやうばい(商売) (五ウ) はんじやう(繫昌) (五ウ) ぢやうぶ(丈夫) (二オ) な ど や は り 「〈 イ 〉 や う 」 が 殆 ど で あ る 。 な お 、 ジ ョ ー に は 、 右 の よ う に 「 じ や う 」 と 「 ぢ や う 」 が 1 例 ず つ あ っ た 。 一 方 「〈 エ 〉 う 」 は 、 てうあい(寵愛) (一オ) 三てう(丁) (四オ) 五てう(丁) (五ウ) の3例のみで、 「〈エ〉ふ」は無かった 唐 来 参 和 作『 通 町 御 江 戸 鼻 筋 』( 天 明 六 年( 一 七 八 六 ) 刊 ) も 同 様で、 りやうかへ(両替) (一ウ) りやうしん(両親) (二オ) ひやうばん(評判) (二ウ) (九オ) (十五ウ) (十五ウ) びやうき(病気) (三ウ) しやうでんぶし(正伝節) (七オ) ちやうづ(手水) (七オ) しやうばい(商売) (九ウ) きやう(京) (九ウ) こきやう(故郷) (十一オ) きやうげん(狂言) (十五オ) じやうるり(浄瑠璃) (七オ) どうじやうじ(道成寺) (十一ウ) (十二ウ) むじやう(無常) (十二ウ) (十二ウ) のようにやはり「 〈イ〉やう」が多く( /zjo R/ は全て「じやう」 )、 そうめう(総名) (一オ)
久保田篤 黄表紙における拗長音の仮名表記 しせう(師匠) (六ウ) (六ウ) こせう(小姓) (十一ウ) (十二ウ) べうぶ(屏風) (十三ウ) と い う「 〈 エ 〉 う 」 も あ る が 少 な い。 ま た こ れ ら 2 種 類 の 表 記 が 併 用されている、 ふしやうち(不承知) (十四ウ) ふせうち(不承知) (七オ) むしやうに(無性) (七ウ) むせうに(無性) (九ウ) の2語があった。更にこの作品には「 〈エ〉ふ」もあり、 てふ(蝶)よはなよ (二オ) りてふぼう(人名) (二ウ) という2例が見られる。 恋 川 春 町 作『 悦 贔 屓 蝦 夷 押 領 』( 天 明 八 年( 一 七 八 八 ) 刊 ) も、 やはり多いのは「 〈イ〉やう」である。 きやうげん(狂言) (一ウ) (十オ) めいしやう(名将) (一ウ) くつきやう(屈強) (二オ) しやうぐわん(賞翫) (三ウ) みやう(妙) (三ウ) ひやうろう(兵糧) (五ウ) (五ウ) しやうゆ(醬油) (六オ) (六ウ) (七オ) ぐんびやう(軍兵) (六ウ) しやうばん(相伴) (六ウ) りやうち(領地) (八ウ) ひやうばん(評判) (八ウ) ひやう(俵) (十ウ) (十ウ) (十二ウ) (十三ウ) (十五オ) なんりやう(南鐐) (十一ウ) しやうだい(招待) (十三ウ) (十四オ) らくじやう(落城) (八ウ) はんじやう(繫昌) (十一ウ) これに比べると「 〈エ〉う」は少なく、用例は次のとおりである。 せうち(承知) (一ウ) (二オ) (十二オ) かんじんてう(勧進帳) (八オ) めうがしごく(冥加至極) (八ウ) べうべうたる(渺々) (十四ウ) しかるべう(助動詞ベシ) (二オ) ござりませう (九ウ) 以 上 の よ う に、 「〈 イ 〉 や う 」 が 多 く、 や や 少 な い が「 〈 エ 〉 う 」 もあり、 「〈エ〉ふ」は僅かに見られるという、共通の傾向がある程 度見られることが分かる。 これらの作品とはやや使用比率の傾向が異なるが、同じ2種類の 表 記 が 中 心 と な っ て い る も の と し て、 朋 誠 堂 喜 三 二 作『 見 徳 一 炊 夢』 (安永十年(一七八一)刊)がある。この作品では、 ひやうし(拍子) (二ウ) いしやう(衣裳) (四ウ) びやうき(病気) (四ウ) きりやう(器量) (四ウ)
成蹊國文 第五十三号 (2020) きやうとい(気疎) (六ウ) しやうぞく(装束) (十オ) りやうり(料理) (十二オ) りやう人(両人) (十四ウ) しゆぎやう(修行) (十四ウ) という「 〈イ〉やう」とともに、 せうばい(商売) (五ウ) せいてう(成長) (八ウ) はいめう(俳名) (九オ) せうだい(招待) (十一ウ) てうめん(帳面) (十三オ) などの「 〈エ〉う」のほか、助動詞マス+ウが、 上ませう (三ウ) たべませう (六オ) ござりませう (八ウ) ふりわけませう (十三オ) の よ う に「 「〈 エ 〉 う 」 で 書 か れ、 以 上 の よ う に「 〈 イ 〉 や う 」 と 「〈エ〉う」が同程度見られる。また、 『米饅頭始』と同じく「今日」 のみは「けふ」で、5例全てが「けふ」である。 けふの事 (四ウ) けふは (十一ウ) けふの仏 (十一ウ) (十一ウ) けふきりで (十三ウ) なお同一語形で異表記の見られるものとして「証拠」1語があった が、やはり「 〈イ〉やう」と「 〈エ〉う」である。 しやうこ(証拠)じや (十三オ) せうこ(証拠)をだせ (十二ウ) 竹 杖 為 軽 作『 従 夫 以 来 記 』( 天 明 四 年( 一 七 八 四 ) 刊 ) も 右 と 同 様に「 〈エ〉う」の比率が多い。 「〈イ〉やう」は、 いしやう(衣裳) (三ウ) ひやうばん(評判) (十三オ) かんじやう(勘定) (二オ) うんじやう(運上) (十三ウ) (十三ウ) であり、 「〈エ〉う」は、 仕りませう(マス+ウ) (二オ) しんぜませう(〃) (六オ) てうし丸(銚子丸) (四オ) てうちん(提灯) (四オ) きめうてうらい(帰命頂来) (八オ) せうれう(精霊) (八オ) かいてう(開帳) (十二ウ) などがあって、 「〈エ〉う」のほうがやや多い。 唐来参和作『頼光邪魔入』 (天明五年(一七八五)刊)も同様で、 りやうけん(了見) (一オ) 一ぢやう(一条) (一オ) びやうき(病気) (4ウ)
久保田篤 黄表紙における拗長音の仮名表記 などの「 〈イ〉やう」よりも、 ~ませう (一オ) (一ウ) (二オ) (三ウ) (四オ) たせう(多少) (一オ) らせう門(羅生門) (一ウ) ぶせう(不精) (四オ) などの「 〈エ〉う」のほうが多い。 こ の よ う に、 黄 表 紙 の 幾 つ か を 見 る と、 オ 列 拗 長 音 の 表 記 は、 「〈 イ 〉 や う 」「 〈 イ 〉 や ふ 」「 〈 イ 〉 よ う 」「 〈 イ 〉 よ ふ 」「 〈 イ 〉 よ お 」 「〈イ〉よほ」 「〈イ〉よを」 「〈エ〉う」 「〈エ〉ふ」の9種類が想定さ れ る う ち の、 「〈 イ 〉 や う 」 と「 〈 エ 〉 う 」 の 2 種 類 の み の 使 用 が 一 般 的 で あ り、 「 け ふ 」( 今 日 ) な ど 一 部 の 語 に 僅 か に「 〈 エ 〉 ふ 」 が 書かれることもあるという、共通の傾向が窺える。 三 山東京伝作『江戸生艶気樺焼』 (天明五年(一七八五)刊)では、 しやうとく(生得) (一オ) きしやう(起請) (一ウ) ひやうばん(評判) (三オ) (四ウ) 白ひやうし(白拍子) (四オ) きりやう(器量) (六オ) しやうべんぐみ(小便組) (六オ) すいきやう(酔狂) (七オ) (十一オ) (十五オ) どうりやう(道了) (八ウ) ちやうづ(手水) (九オ) 四百四びやう(病) (十オ) しやうばい(商売) (十一オ) きやうげん(狂言) (十二ウ) (十五オ) ないしやう(内証) (十三オ) しやうぞく(装束) (十四オ) ちやうど(丁度) (十五ウ) きやうくん(教訓) (十五ウ) へんじやう(遍昭) (一ウ) じやうるり(浄瑠璃) (十二ウ) さんしよじようゆ(山椒醬油) (十四ウ) すへはんじやう(末繫昌) (十五ウ) などのように、 「〈イ〉やう」が多く、 かいてう(開帳) (八ウ) ふせう(不承) (十五ウ) しかるべう(助動詞ベシ) (十オ) と い う「 〈 エ 〉 う 」 が 少 し あ る と い う 点 が、 前 節 に 示 し た も の と 共 通しているが、この作品では、屋名池(二〇一一)でも示されてい る同語形の異表記例が、オ列拗長音を含む語にも、 (不承知) ふしやうち (十一ウ) (十二ウ) ふせうち (六ウ) (提灯) ちやうちん (八ウ) (九オ) てうちん (九オ) (助動詞ヤス+ウ) 申やしやう (一ウ) しやせう (八オ) (助動詞マス+ウ) あげましやう (十三ウ)
成蹊國文 第五十三号 (2020) あげませう (十三オ) ござりませふ (五オ) かた付ませふ (十五ウ) などがあり、助動詞マス+ウのマショーには「せふ」という「 〈エ〉 ふ」も見られるが、更に珍しい「 〈イ〉よう」もある。 しようち(承知) (三オ) ( な お、 「 な ん ぎ( 難 儀 ) を し よ ふ か し れ ぬ 」 ( 四 オ ) と い う「 〈 イ 〉 よふ」の用例もあるが、この「しよふ」は、第五節において見るよ うに、シヨーの可能性が高いか) 「〈イ〉よう」は前節で示した作品には無く、第一節でも触れたよ うに用例はかなり少ないと見られるが、他の作品でも僅かであるが 書かれることがある。 四 方 山 人 作『 頭 て ん 天 口 有 』( 天 明 四 年( 一 七 八 四 ) 刊 ) に も 1 例だけ、他表記と併用のものとしてある。 うぢのじやう(升)よく( 「升億」の捩り) (十三オ) うぢのじようよく (十四ウ) この例のほかは、前節の最後に示した幾つかの作品のように、 りやうり(料理) (一オ) (一オ) (八ウ) (九ウ) (十一ウ) ひやうぜう(評定) (一ウ) ひやうばん(評判) (十ウ) ひやうろう(兵糧) (二ウ) りやうこく(両国) (三ウ) りやうにん(両人) (二ウ) りやうぜん(両膳) (十五ウ) くつきやう(屈強) (三ウ) (九ウ) ゑつりやう(悦令) (九ウ) ふりやうけん(不料簡) (九ウ) ふりやうけん(不量軒) (九ウ) きやうや(京屋) (十一オ) きやうばし(京橋) (十一ウ) なんりやう(南鐐) (十一ウ) きやう(興) (十一ウ) れんばんじやう(連判状) (五ウ) (五ウ) (五ウ) (六オ) という「 〈イ〉やう」と、 ほうてう(包丁) (一オ) (一ウ) (二ウ) (五ウ) (十一ウ) (十三ウ) (十四ウ) かりてう(借帳) (三オ) てうめん(帳面) (八ウ) てう(帳) (四ウ) さかいてう(堺町) (三ウ) よしてう(葭町) (七ウ) たかさごてう(高砂町) (七ウ) ほんてう(本町) (八オ) にてうまち(二丁町) (七ウ) 二てうまち(二丁町) (七ウ) そうせう(宗匠) (九ウ)
久保田篤 黄表紙における拗長音の仮名表記 しせう(師匠) (十ウ) りんへう(臨兵) (九ウ) はくてう(白鳥) (十一オ) かもんけう(掃部卿) (十一オ) めうがや(茗荷屋) (十一ウ) きめうてうらい(帰命頂礼) (十二オ) めうにち(明日) (十三オ) てうし(銚子) (十五ウ) ひやうぜう(評定) (一ウ) なんでうこと(何と言ふ) (十四ウ) な ど の「 〈 エ 〉 う 」 と が、 同 じ 程 度 の 数 で 見 ら れ る。 ま た、 第 一 節 に も 示 し た が、 右 の と お り、 ジ ョ ー に は、 他 の 作 品 に は 無 か っ た 「ぜう」と「でう」という表記があった。更に、マス+ウには、 つとめましやう (二ウ) まされませう (二オ) あられませう (四ウ) のように複数の表記があり、 「今日」のみが、 けふ(今日) (四ウ) と「 〈エ〉ふ」であるというように、 『江戸生艶気樺焼』と共通の特 徴が見られた。 数 少 な い「 〈 イ 〉 よ う 」 は、 芝 全 交 作『 大 悲 千 禄 本 』( 天 明 五 年 (一七八五)刊)にも2語2例見られる。 にようぼ(女房) (二ウ) かかりようか(書かれ+助動詞ヨウ) (四オ) この作品でも、 「〈イ〉やう」が、 そんりやう(損料) (一オ) (一オ) (一ウ) (三ウ) (五オ) 人ぎやう(人形) (二オ) しやうもん(証文) (四オ) りやうけん(料簡) (四オ) しよじやう(書状) (四オ) (四オ) というように最も多いのではあるが、次のように「 〈エ〉う」も、 てう(帳)を付る (一ウ) てうし(銚子) (三ウ) せうし(笑止) (三ウ) けうげん(狂言) (四ウ) のようにある程度あり、 「〈イ〉よう」がある以外は前節に示した傾 向と同様である。 同 じ く 芝 全 交 の『 茶 歌 舞 妓 茶 目 傘 』( 天 明 七 年( 一 七 八 七 ) 刊 ) にも、 「女房」が、 にようぼ(女房) (九オ) と い う よ う に 同 じ「 〈 イ 〉 よ う 」 で 書 か れ る 1 例 が あ る。 こ の「 女 房」には、 にやうぼう(女房) (二オ) という「 〈イ〉やう」も1例あった(ボとボウという点は異なるが) 。 「〈イ〉よう」が1例ある点以外は、 りやうけん(料簡) (一ウ) むしやうに(無性) (七オ)
成蹊國文 第五十三号 (2020) りやうり(料理) (六オ) ひやうしぎ(拍子木) (七オ) ぢやう(丈・情) (二オ) じやう客(上客) (三オ) などの「 〈イ〉やう」と、 せうち(承知) (一ウ) しせう(師匠) (一ウ) 内せう(内証) (一ウ) ろくせう(緑青) (二ウ) (四オ) てうづばち(手水鉢) (四ウ) むせうに(無性) (五オ) 四でうはん(四畳半) (五ウ) などのやや多い「 〈エ〉う」であり、助動詞マス+ウは、 あげませう (九ウ) ござりませう (十ウ) あたゝまりませふ (六オ) の よ う に、 こ れ ま で 見 て き た 作 品 の 幾 つ か と 同 様、 「〈 エ 〉 う 」 と 「〈エ〉ふ」の2種の異表記が見られた。 また同じ芝全交の『拝寿仁王参』 (寛政元年(一七八九)刊)は、 りやう(竜) (三ウ) きみやう(奇妙) (七ウ) しやうこと(スル+ヨウ) (五オ) ぢびやう(持病) (五オ) びやうなん(病難) (九ウ) むしやうに(無性) (五ウ) (七ウ) ひやうばん(評判) (六オ) りやうじ(療治) (六オ) (六ウ) (七ウ) (九ウ) (九ウ) (十オ) かふみやう(光明) (九オ) ぶつみやう(仏名) (十ウ) みやうほうれんげきやう(妙法蓮華経) (九ウ) はんじやう(繫昌) (一ウ) (九ウ) じやうど(浄土) (十ウ) など「 〈イ〉やう」が多いなかに、 わがてう(朝) (一ウ) てう人(町人) (七ウ) のように「 〈エ〉う」が少しあり、2種類の両方が見られる、 みやう(妙)だけれど (一ウ) めう(妙)だの (五ウ) がある等、 「〈エ〉う」の比率はそれぞれ異なるが、基本的にはこれ までと同じ傾向である。ただやはり1例だけ、 によふぼう(女房) (七オ) という、これまで見てきた作品には無かった「 〈イ〉よふ」 (第一節 で触れたように『遊子方言』には「ましよふ」があるようだが)が あった。右までに僅かな例を示した「 〈イ〉よう」も、 びようにん(病人) (八オ) という例が1例あり、 「びやう」の「持病」 「病難」と合わせて「病」
久保田篤 黄表紙における拗長音の仮名表記 は2種の表記となる。更に、他の作品には無い「けやう」の用例が ある。 みだけやう(弥陀経)のやふな (一ウ) こ の よ う な「 〈 エ 〉 や う 」 も あ り 得 た( 今 回 の 調 査 で は こ の 1 例 だ けであるが)ことが分かる。 山 東 京 伝 作『 仮 手 綱 忠 臣 鞍 』( 寛 政 十 三 年( 一 九 〇 一 ) 刊 ) に も 「〈イ〉よう」 「〈イ〉よふ」がある。基本的には他の作品と同様に、 いつしやう(一生) (一ウ) ひやうれつ(氷裂) (一ウ) ついしやう(追従) (五オ) ちやうらう(嘲弄) (五ウ) りやうぢ(療治) (六オ) ちくしやうどう(畜生道) (六ウ) りやうほう(両方) (八オ) しやうことなさ(スル+ウ) (八ウ) 百りやう(両) (九オ) しやうぶかは(菖蒲革) (十オ) やんしやう(ヤンス+ウ) (十ウ) ちやうほう(重宝) (十一オ) ひやうたん(瓢箪) (十一オ) きやうしや(香車) (十二ウ) わがちやう(朝) (十三オ) 四百四びやう(病) (十四オ) むしやうに(無性) (十五ウ) じやうし(上使) (六ウ) 馬のじやう(馬之丞) (六ウ) じやうじゆう(成就) (八オ) 三じやうの豆(升) (十ウ) 三かう五じやう(三綱五常) (十五ウ) はんじやう(繫昌) (十五ウ) さりぢやう(去状) (十四オ) じんぢやう(尋常) (十五オ) な ど の「 〈 イ 〉 や う 」 と( こ の よ う に、 /zjoʀ/ に は「 じ や う 」 と 「ぢやう」が見られる) 、 ぶせう(無精) (二ウ) せうれう(精霊) (十二ウ) せうこ(証拠) (十三ウ) れうちく(了竹) (十四オ) (十四オ) どせうぼね(土性骨) (十四オ) せうばい(商売) (十四ウ) 一せう(一生) (十五ウ) せうじ(障子) (十五ウ) のように「 〈イ〉やう」よりはやや少ない「 〈エ〉う」が中心である。 更に「 〈エ〉ふ」が、 けふ(今日) (五オ) という『米饅頭始』 『見徳一炊夢』等と同じ「今日」の1例と、
成蹊國文 第五十三号 (2020) あてられふ (十一ウ) というラレル+ウの1例に見られる。また2種類の表記がみられる 語として、 ちやうちん(提灯) (七ウ) てうちん(提灯) (十一オ) が あ る ほ か、 『 江 戸 生 艶 気 樺 』 と 同 様 に「 助 動 詞 マ ス + ウ 」 に 幾 つ か異表記がある。 ましやう (九ウ) (九ウ) ましよふ (八ウ) ませう (八ウ) こ の よ う に 一 つ 前 に 見 た『 拝 寿 仁 王 参 』 以 外 に は 見 ら れ な か っ た 「〈イ〉よふ」が1例あり、このマショーは二つの山東京伝作品を合 わせると、 「ましやう」 「ましよふ」 「ませう」 「ませふ」の4種類が 見られることになる。更に、 「〈イ〉よう」が、 にんぎよう(人形) (一ウ) という1例のほか、 「〈イ〉やう」と併用の、 きようげん(狂言) (一ウ) きやうげん(狂言) (十四オ) と し て あ る。 以 上 こ の 作 品 に は、 比 較 的 珍 し い「 〈 イ 〉 よ う 」 が 2 例、かなり稀な「 〈イ〉よふ」が1例あるということになる。 前 節 に 挙 げ た 作 品 に お い て は、 ジ ョ ー 以 外 の /─ joʀ/ は「 〈 イ 〉 や う 」 と「 〈 エ 〉 う 」 で 限 ら れ た 語 に 僅 か に「 〈 エ 〉 ふ 」 も あ り、 ジ ョ ー /zjoʀ/ は「 じ や う 」 が 主 で 稀 に「 ぢ や う 」 が あ る と い う 共 通の特徴を見ることができた。更にこの節に示した作品によって、 /─ joʀ/ に は 僅 か に「 〈 イ 〉 よ う 」 が 加 わ る こ と の あ る こ と、 マ シ ョ ー 等 の 限 ら れ た 部 分 に の み 稀 に「 〈 イ 〉 よ ふ 」「 〈 エ 〉 ふ 」 が あ る こ と、 /zjoʀ/ に も 稀 に「 ぜ う 」「 で う 」 の 見 ら れ る こ と な ど、 や はり「 〈イ〉やう」と「 〈エ〉う」が殆どではあるが、時に異なる表 記の加わることがあるという表記実態が窺われる。 四 オ列拗長音に比べ、ウ列拗長音の表記は単純である。基本的には 「〈イ〉う」である。幾つかの作品におけるウ列拗長音の用例を示し て み る( 以 下、 オ 列 の 場 合 と 同 じ く、 ジ ュ ー /zjuʀ/ の 例 は 後 の ほ うにまとめて示す) 。 『金々先生栄花夢』 しうぎ(祝儀) (四オ) (六オ) しうぢう(主従) (四オ) 『米饅頭始』 ちうこう(中興) (九ウ) さげぢう(提重) (四オ) (四ウ) (八ウ) まんぢう(饅頭) (九オ) (九オ) (九オ) (九ウ) (十オ) 一家ぢう(中) (十オ) 『見徳一炊夢』 くわいちう(懐中) (四オ) ちうごく(中国) (七オ)
久保田篤 黄表紙における拗長音の仮名表記 きうくつ(窮屈) (八ウ) りきう(利休) (十ウ) きうたく(旧宅) (十一オ) ふなまんぢう(船饅頭) (二ウ) 『御代之御宝』 ちうりう(中流) (一ウ) ちう(中) (二オ) かつちう(甲冑) (八ウ) しう(衆) (十五オ) このぢう(此中) (四オ) 『従夫以来記』 とちう(途中) (六オ) でつちしう(丁稚衆) (七オ) こんりう(建立) (八オ) りう女(竜女) (十二ウ) きうとう(旧冬) (十四オ) まんぢう(饅頭) (五ウ) 『江戸生艶気樺焼』 きう(灸) (二ウ) こりう(古流)かゑんしう(遠州) (三ウ) ちうもん(注文) (四オ) (六オ) (八ウ) (九ウ) (十二オ) しんちう(真鍮) (八ウ) きう(急) (九オ) (十オ) 御しうぎ(祝儀) しんぢう(心中) (一ウ) (十一ウ) (十一ウ) (十二オ) (十二ウ) (十三ウ) (十五オ) このように、全て「 〈イ〉う」であり、 「〈イ〉ゆう」 「〈イ〉ゆふ」 が 無 い の み な ら ず、 「〈 イ 〉 ふ 」 も 無 い。 ま た、 以 上 の 作 品 で は ジュー /zjuʀ/ が「ぢう」のみである点も共通している。 『 通 町 御 江 戸 鼻 筋 』 も 同 じ く「 〈 イ 〉 う 」 の み だ が、 1 例 だ け ジューに「じう」があった。 やちう(夜中) (一オ) ときうさん〔人名〕 (三ウ) ちうしや(中車) (七ウ) 女ちう(女中) (七ウ) (八ウ) おらんだりう(流) (十五ウ) じうゆう五(十有五) (二ウ) 一けぢう(一家中) (二ウ) よしはらぢう(吉原中) (四ウ) (四ウ) まんぢう(饅頭) (八ウ) ぢうそう(住僧) (十二ウ) 『茶歌舞妓茶目傘』も、 いきう(伊久) (一ウ) (二オ) (二オ) (三オ) (七ウ) (七ウ) (九オ) ゐきう(〃) (一ウ) せんのりきう(千利休) (一ウ) りうぎ(流儀) (四オ) (四ウ)
成蹊國文 第五十三号 (2020) たりう(他流) (四オ) しよりう(諸流) (五オ) きうじ(給仕) (六ウ) まんぢう(饅頭) (七オ) (十オ) のように「 〈イ〉う」ばかりだが、1例だけ、 ばからしふ(馬鹿)おつす (八オ) と い う「 〈 イ 〉 ふ 」 が あ り、 珍 し い 例 で あ る。 同 じ 形 容 詞 連 用 形 ウ 音 便 の 用 例 が も う 1 例 あ っ て、 「 ふ る ふ( 古 ) み へ ま す 」 ( 四 オ ) と ウ音便が「ふ」で書かれてい る ( 6 ) ので、この点が関係あるか。 右以外の作品のウ列拗長音の用例を簡単に掲げておく。やはり全 て「 〈イ〉う」である。 『頭てん天口有』 さるさぶしうや(秋夜) (一オ) (一ウ) (二ウ) (二ウ) (十四ウ) いんちう(陰中) (一オ) とうげつちう(当月中) (二オ) にうきう(入給) (九ウ) 『大悲千禄本』 せいしう(勢州) (四ウ) (『八被般若角文字』なし) 『頼光邪魔入』 こんりう(建立) (一オ) (一オ) (一ウ) (一ウ) (二ウ) 『悦贔屓蝦夷押領』 おうしう(奥州) (一ウ) よろしうござりませう (九ウ) 上しう(上州) (十一オ) きうでん(宮殿) (十四オ) しう〴〵(主従) (四オ) (十三ウ) (十五ウ) しうれん大王 (六オ) (七ウ) (八オ) (十四オ) (十四オ) 唯 一、 今 回 調 査 し た 作 品 の 中 で は『 仮 多 手 綱 忠 臣 鞍 』 に の み、 「〈イ〉ゆう」が見られる。この資料でもやはり基本的には、 ちうぎ(忠義) (一ウ) (十四ウ) ふちう(不忠) (一ウ) ちうしんぐら(忠臣蔵) (一ウ) きう(急) (四ウ) (四ウ) (八オ) とちう(途中) (五オ) しうげん(祝言) (十一オ) うつくしう(美)うまれついた (十一ウ) でいちう(泥中) (十四ウ) いつかぢう(一家中) (七オ) のように「 〈イ〉う」であるが、2例だけ「 〈イ〉ゆう」があった。 おしゆう(主) (七ウ) じやうじゆう(成就) (八オ) これらはかなり珍しい例であると見られるが、オ列拗長音の場合の 同 じ く 稀 な「 〈 イ 〉 よ う( ふ )」 の 例 と し て 目 立 っ た「 に よ う ぼ ( う )」 ( 女 房 ) も 合 わ せ る と、 漢 字 の 音 読 み に、 シ ュ・ シ ュ ウ、 ジュ・ジュウ、ニョ・ニョウの、それぞれに2種類あることが、稀
久保田篤 黄表紙における拗長音の仮名表記 な「 ゆ 」「 よ 」 の 使 用 に 関 わ る と 考 え ら れ る。 た だ、 今 回 の 調 査 で はこの作品に見られただけなので、更なる追究は措き、稀に「 〈イ〉 ゆう」もあったという点を述べるにとどめておく。 ウ 列 拗 長 音 の 表 記 は、 以 上 の よ う に 殆 ど 全 て が「 〈 イ 〉 う 」 で あって、 「〈イ〉ゆう」はまず無いと言ってよいのであるが、 「〈イ〉 + ゆ + う( ふ )」 と い う 文 字 連 続 の 用 例 と し て 次 の よ う な も の が あ る。 『見徳一炊夢』 ふじゆふ(不自由)にくらし (一オ) ふじゆふ(不自由)な所 (八ウ) 『頭てん天口有』 ふじゆふ(不自由)なり (十二ウ) 『江戸生艶気樺焼』 此ふじゆう(不自由)なところが (六ウ) 『頼光邪魔入』 ぢゆう(自由)にならず (四ウ) 『悦贔屓蝦夷押領』 なにふじゆう(不自由)なく (十三ウ) 『拝寿仁王参』 じゆふ(自由)じざひ (七オ) じゆふ(自由)になるよふにして (八ウ) 『仮手綱忠臣鞍』 ふじゆう(不自由)也 (八オ) このように、 「自由」は「じゆう」 「じゆふ」 (1例「ぢゆう」 )と 書 か れ て い る。 こ の こ と か ら、 ジ ュ ー /zjuʀ/ は「 じ う 」「 ぢ う 」、 ジ ユ ウ /zijuʀ/ は「 じ ゆ う 」「 じ ゆ ふ 」 と い う 書 き 分 け が 行 わ れ て いたと見られる。 す な わ ち、 「 ゆ う 」「 ゆ ふ 」 と い う 文 字 連 鎖 は、 基 本 的 に は 「~ュー」表記の一部ではなく、 「ユー」表記として用いられている ということになる。そこで、他の「ユー」の表記も見ておきたい。 『金々先生栄華夢』 心ゆふにして(優) (一ウ) ゆふかた(夕方) (一ウ) 『見徳一炊夢』 ゆふしよ(遊所) (三ウ) ゆふ所(遊所) (八ウ) (九オ) 『頭てん天口有』 さゆふ(左右) (十一オ) 『頼光邪魔入』 へいゆう(平癒) (四ウ) 『通町御江戸鼻筋』 じうゆう五(十有五) (二ウ) あさゆふ(朝夕) (九ウ) 『悦贔屓蝦夷押領』 いうもんの滝〔竜門の滝の捩り〕 (四オ) いふ門のたき (四ウ) ゆうれい(幽霊) (六ウ)
成蹊國文 第五十三号 (2020) 『拝寿仁王参』 六尺ゆうよ(有余) (二ウ) さゆふ(左右) (六ウ) これらのほか、 「言う」はどの作品でも全て「いふ」となっている。 以 上 の よ う に、 一 つ だ け「 い う 」「 い ふ 」 の あ る 作 品 は あ る が、 他 は 全 て「 ゆ う 」「 ゆ ふ 」 で あ る。 「 ゆ 」 を 用 い た 表 記 は ユ ー /juʀ/ の表記として用いられ、ユーでないキュー・シュー・チューなどの ~ ュ ー / ─ juʀ/ を 書 き 表 す 場 合 に は 基 本 的 に は 用 い ら れ な い と 言 える。 五 前節で見たように、 「ゆう」 「ゆふ」はユーを優先的に表す表記で、 そ の た め、 キ ュ ー・ シ ュ ー・ チ ュ ー な ど の ~ ュ ー の 表 記 と し て は 「〈 イ 〉 ゆ う( ゆ ふ )」 が 避 け ら れ た と 見 ら れ る が、 オ 列 拗 長 音 に つ い て も 同 様 の こ と が 考 え ら れ る の で は な い だ ろ う か。 す な わ ち、 「 よ う 」「 よ ふ 」 は ヨ ー を 優 先 的 に 表 す た め、 キ ョ ー・ シ ョ ー・ チョーなどの ~ ョーの表記としては「 〈イ〉よう(よふ) 」が避けら れたのではないかということである。そこで、ヨーの表記の用例を 見ることにしたい。 『金々先生栄華夢』には、 やうやく(漸) (三オ) (八ウ) かよふに(斯様) (五オ) と い う よ う に、 「 や う 」 表 記 と「 よ ふ 」 表 記 と が 見 ら れ る。 助 動 詞 ヨウには、次のようにこの両方がある。 すヽはきに出よふ (三オ) すヽはきにや出やう (八オ) 出かけやう (六オ) 『 従 夫 以 来 記 』 に は ヨ ー の 用 例 は 少 な い が、 同 じ く「 や う 」 と 「よふ」が見られる。助動詞ヨウダは、 わるひ(悪)やうでいゝ(良)やうで (十ウ) もらつた(貰)やうな (十ウ) くそのやうな (十四オ) と「やう」のみであるが、ほかの語には、 はちまき (鉢巻) にしやう (五オ) めんやう (面妖) (十四オ) よふござります (六オ) の よ う に「 や う 」 の ほ か「 よ ふ 」 も あ る( 「 し や う 」 は シ ョ ー の 可 能性もある) 。 『頭てん天口有』は、同じく2種類が見られるものの、 「やう」と 「よう」である。助動詞ヨウダであっても、 うかむ(浮)やうに (四ウ) せがき(施餓鬼)のようで (十二ウ) のように「やう」と「よう」1例ずつが見られる。このほかは、 やう(陽) (一オ) (一オ) いかやうの(如何様) (一ウ) やう〳〵(漸) (九オ) やうきう(楊弓) (十ウ) かきおとすべきやう(様)はなし (十三ウ) ようい(用意) (十三オ)
久保田篤 黄表紙における拗長音の仮名表記 ようがいけんご(要害堅固) (十三ウ) このように「やう」が多く、しかし「よう」もある。 『米饅頭始』も、 「やう」と「よう」である。助動詞ヨウダは、 そのやうに (一オ) そばやのやうで (九オ) のように「やう」であるが、そのほかの語には、 やうす(様子) (四オ) やう〳〵(漸) (七オ) という「やう」の用例と、 きようもの(器用者) (五ウ) という「よう」の用例がある。 『 八 被 般 若 角 文 字 』 に も、 用 例 数 は 少 な い が 2 種 類 の 表 記 が 見 ら れるが、この作品では「やふ」と「よう」である。 ~のやふなれども (一オ) 唐人がさ(傘)のやふだと (二ウ) きようもの(器用者) (二オ) 以上は2種類の表記が見られるものだが、続いて3種類の表記が 用いられている作品を挙げる。 『 見 徳 一 炊 夢 』 に は「 や う 」 と「 よ う 」 と「 よ ふ 」 の 3 種 類 が 見 られる。ヨウダはやはり、 此やうな (四ウ) (十二オ) あなたさまのやうな (五ウ) ゆめのさめたやうな (十四ウ) (十五オ) このように「やう」であり、ほかの語には、 やうゐ(用意) (六オ) きやうな(器用) (七ウ) ようす(様子) (四ウ) 出よふか〔助動詞ヨウ〕 (一ウ) このように3種類のヨー表記がなされている。 『 大 悲 千 禄 本 』 も「 や う 」「 よ う 」「 よ ふ 」 の 3 種 類 で あ る が、 こ の作品では「よふ」が最も多い。他の作品では「やう」が多い助動 詞ヨウダも、 御て(手)のよふ也 (一ウ) たこのよふだ (三ウ) このように2例とも「よふ」である。このほかは、 いりやう(入用) (二オ) つうよう(通用) (四オ) あついよふ〔終助詞〕 (四オ) よふじ(用事) (四オ) 「やう」1例、 「よう」1例、 「よふ」2例である。 『 仮 手 綱 忠 臣 鞍 』 も 同 じ く「 や う 」「 よ う 」「 よ ふ 」 の 3 種 類 で あ る。助動詞ヨウダはやはり、 馬のやうな (一ウ) 馬のせをわけるやうな (七ウ) のりかけたやうな (十一オ) 此やうに (十一ウ)
成蹊國文 第五十三号 (2020) ねりま大こんのやうに (十四ウ) ほか 15例 など「やう」が 20例と多いが、 すゞ(鈴)のよふな (五ウ) せめるよふに (十五オ) という「よふ」2例もあった。これ以外の語には、 ばつやう(末葉) (六オ) ちまやうて(血迷) (十二オ) かんよう(肝要) (一ウ) ようかん(羊羹) (八ウ) かよふて(通) (三ウ) など「やう」2例、 「よう」3例、 「よふ」1例(動詞ウ音便)が見 られる。 『 御 代 之 御 宝 』 も 3 種 類 で あ る が、 「 や う 」 と「 や ふ 」 と「 よ ふ 」 である。助動詞ヨウダであっても、 しまふ(仕舞)やうに (十二ウ) もてるやうに (十三ウ) このやうに (十三ウ) たてる(立)やふに (五ウ) 見るやふ (十三オ) どのやふな (十五オ) こまる(困)よふになり (六オ) でた(出)よふにて (六オ) このように3種類の表記が見られ、これ以外の語にも、 おはやうござります(早) (十三ウ) さやふでござります(左様) (三オ) いりやふ(入用) (六オ) やふす(様子) (八オ) よふす(様子) (七ウ) よふ〳〵と(漸) (七オ) よふこそおいでなされました (七ウ) よふござります (七ウ) たとゑんよふもなし(様) (十二オ) このように3種類が見られる。 『 江 戸 生 艶 気 樺 焼 』 も、 右 と 同 じ く「 や う 」 と「 や ふ 」 と「 よ ふ」である。既に見てきたように「やう」が多い助動詞ヨウダは、 このやうな (一オ) きこへる(聞)やうに (四オ) め(目)にたつやうに (九オ) このやうに (九オ) みへ(見)のよいやうに (九ウ) とばゑ(鳥羽絵)のやうな (十一オ) いふ(言)やうな (十二ウ) とやはり「やう」が多いが、 うぬ(汝)がやふな (九ウ) おくりのやふに (十三ウ) かく(書)よふに (二オ) ほどけるよふに (九ウ)
久保田篤 黄表紙における拗長音の仮名表記 ゆりるよふに (十ウ) このように「やふ」 2例と「よふ」 3例も見られる。これ以外の語 は、全て「よふ」である。 よふ〳〵(漸) (九ウ) (十オ) (十二ウ) もよふ(模様) (十二オ) すそもよふ(裾模様) (十四ウ) ごきげんよふ~なされまし (十三オ) 『通町御江戸鼻筋』も、 「やう」 「やふ」 「よふ」である。助動詞ヨ ウダであっても、 たまのやうなる (一ウ) みるやうな (八ウ) ぬけるやふに (六オ) どのよふに (三オ) ほれられぬよふに (五オ) ほれぬよふに (六オ) ~のよふだ (九オ) というように3種類の表記が見られる。そのほかの語には、 おはやう(早)おざんすね (三ウ) しよふ もよふ(仕様模様) (三オ) よふ〳〵(漸) (五ウ) (六オ) (十一ウ) さよふ(左様) (十二ウ) のように「やう」1例と「よふ」6例があり、この両方の見られる、 ごむやう(御無用) (十三オ) ごむよふ(御無用) (十二ウ) もあった。 『 悦 贔 屓 蝦 夷 押 領 』 も 同 じ く 3 種 類 だ が、 こ ち ら は「 や う 」「 や ふ」 「よう」である。助動詞ヨウダは、 かん中(寒中)のやうだ (五オ) くさぞうしのやうに (十オ) そん(損)なやうでも (十ウ) こぶ(瘤)のやうでござります (十一オ) 詩をよむやう也 (十一ウ) すゞむ(涼)やうだ (十四ウ) ほか6例 など「やう」が多いが、 「やふ」も、 こぶまき(昆布巻)のやふになり (七ウ) みるやふだ (十オ) の2例がある。助動詞ヨウは、 こしらへてこやう (一ウ) そめさせやう (七ウ) のんであげやう (八オ) あぶらげを入やう (十四オ) ねだんがすこしだれやう (十五オ) このやうに5例全てが「やう」であった。このほかは、 やうす(様子) (一ウ) かやうに(斯様) (九オ) ようい(用意) (一ウ) (一ウ)
成蹊國文 第五十三号 (2020) ようがんびれい(容顔美麗) (七ウ) かよふて(通) (十二オ) のように、 「やう」2例、 「よう」3例、ウ音便の「よふ」1例であ る。 『 茶 歌 舞 妓 茶 目 傘 』 に な る と 更 に 増 え て、 「 や う 」「 や ふ 」「 よ う 」 「よふ」4種類が見られる。助動詞ヨウダは、 おちぬ(落)やうに (二ウ) ついたて(衝立)のやうな (三ウ) はなみち(花道)のやうな (三ウ) おさへた(押)やうな (八オ) どま(土間)のやうな (九ウ) さかい丁のやうに (十オ) というようにやはり「やう」が6例で多いが、 そゝるやふで (三ウ) 人をばかにするやふな (五オ) あんじた(案)やふだが (七ウ) のように「やふ」も3例ある。これ以外の語は、 やうい(用意) (三ウ) (四オ) さよう(左様) (十ウ) よう(良)ござりませう (十ウ) さよふ(左様) (九ウ) よふ(良)ござります (四ウ) で あ っ て、 「 や う 」 1 語 2 例 と、 同 語 形 に「 よ う 」 と「 よ ふ 」 の 異 表記のある例があった。このように4種類の表記全てが見られる。 『 拝 寿 仁 王 参 』 に も 4 種 類 全 て が あ る。 助 動 詞 ヨ ウ ダ に「 や う 」 が無い点も特徴的で、 みだけやう(弥陀経)のやふな (一ウ) 御めかけ(妾)のやふな (三オ) こも(菰)をまいた(巻)やふだ (五オ) やせ(痩)ますやふにとの (五オ) ひつくりかへるやふに (八ウ) 此やふに (九オ) これら「やふ」と、 もとのよふに (六オ) おしく(惜)なつたよふだ (七オ) ふくれ(膨)ますよふに (七ウ) なるよふにして (八ウ) ~のよふになり (九オ) このよふに (九ウ) これら「よふ」がある。助動詞ヨウは、用例数はこれより少ないが、 あるいて(歩)みやう (八オ) きざんで(刻)みやふ (一ウ) きこへ(聞)よふ (六ウ) ふれ(触)よふ (九ウ) このように「やう」 「やふ」 「よふ」3種類の表記が見られた。これ ら以外の語は、
久保田篤 黄表紙における拗長音の仮名表記 ようじん(用心) (三オ) よふ〳〵(漸) (一ウ) よふす(様子) (七オ) であり、 「よう」と「よふ」が見られる。 以 上 の ヨ ー の 用 例 を 見 る と、 第 二 節・ 第 三 節 に 示 し た キ ョ ー・ ショーなど~ョーの表記の場合と大きく異なる点のあることが分か る。~ョーの場合には稀であった仮名「よ」の使用がかなり多く見 られるという点である。~ョーと同じく「や」使用の「やう」も勿 論多く見られるが、 「よ」を使用する「よう」 「よふ」のほうが多い 作品もある。このことから、~ューとユーの場合と同様に、 「よう」 「よふ」は基本的にはヨーを表す表記であったと考えられる。 一方、 「〈エ〉う」は、~ョーのほうにのみ見られ、ヨーのほうに 「 え う 」 は 見 ら れ な か っ た( 勿 論 更 に 多 く の 調 査 を す れ ば「 え う 」 の用例が見つかる可能性はあるが) 。 これらの特徴から、~ョー・ヨーにおいても、~ュー・ユーと同 じく、書き分けの意識があったと考えられる。但し、~ューとユー の 場 合 は「 〈 イ 〉 う( ふ )」 対「 ゆ う( ふ )」 と い う 排 他 的 な 書 き 分 け で あ る の に 対 し、 ~ ョ ー と ヨ ー の 場 合 は、 「 や う 」 表 記 が ど ち ら にも使用されるということがあるため、また~ュー・ユーよりも例 外(~ョーの「 〈イ〉よう(ふ) 」表記)がややあるということから も、表記によってどちらの音形か分かるというものにまでは至って いない。それでも、例外は極めて少ないことから、 「よう(ふ) 」表 記は、まずは~ョーでなくヨーであるという常識のようなものが存 在していた可能性は高いと言える。 また、~ョーには「~やふ」も無かったが、ヨーでは右に見てき た と お り「 や ふ 」 の 用 例 が 比 較 的 多 く 見 ら れ る。 ~ ョ ー に「~ や ふ」が無い理由は今のところ不明とせざるを得ないが、~ューにも 「~ ふ 」 が 1 例( 当 時「 ふ 」 で 書 か れ や す い ウ 音 便 ) し か な か っ た ことを考え合わせると、拗長音~ュー・~ョーには「~ふ」は書か れにくいことが分かる。対してユー・ヨーではどちらも「~ふ」が 多く使用されている。 六 今 回 の 調 査・ 検 討 に よ り、 ま ず ウ 列 拗 長 音 に つ い て は、 「〈 イ 〉 う」は~ュー、 「ゆう(ふ) 」はユーの表記であったことが分かった。 従って、 ジュー( 「十」 「従」 「重」等)─「じう」 「ぢう」 ジユー( 「自由」 ) ─「じゆう」 「じゆふ」 「ぢゆふ」 という書き分けが可能になっていた。 オ 列 拗 長 音 に つ い て は、 右 の ウ 列 拗 長 音 ほ ど は 単 純 で な く、 「 や う」が~ョーの表記にもヨーの表記にも用いられるという点などが あるが、仮名「よ」を使用する表記は基本的にはヨーを表すという 特徴を見出すことができた。 ~ ュ ー・ ~ ョ ー の 表 記 に「~ ゆ う 」「~ よ う 」 が 稀 で あ る 理 由 は 何かという疑問は、右のような特徴から解くことができる。当時、 「ゆう」 「よう」は、~ュー・~ョーではなく、まずはユー・ヨーの
成蹊國文 第五十三号 (2020) 表記であったということである。そのため、~ュー・~ョーの表記 に は、 ( 仮 名「 ゆ 」・ 「 よ 」 使 用 の「~ ゆ う 」「~ ゆ ふ 」・ 「~ よ う 」 「~ よ ふ 」 は 避 け ら れ )「 〈 イ 〉 う 」・ 「〈 イ 〉 や う 」「 〈 エ 〉 う 」( 一 部 の語には「 〈エ〉ふ」 )が選択されたということである。 オ列拗長音の場合、 「けう(ふ) 」「せう(ふ) 」「てう(ふ) 」など の「 〈 エ 〉 う( ふ )」 の ほ う は、 ~ ョ ー の み 表 し ヨ ー を 表 し 得 な い (「 え う( ふ )」 の み は 表 し 得 る が、 既 に 見 た と お り、 こ の 例 は 無 かった)ので、~ョーを明示できる表記である。しかし勿論これの みを用いるということにはなってはいない。 一方の「 〈イ〉やう」のほうは、~ョーとヨーの両方を表し得る。 す な わ ち「 き や う 」「 し や う 」「 ひ や う 」「 り や う 」 な ど は、 キ ョ ー とキヨー、ショウーとシヨー、ヒョーとヒヨー、リョーとリヨーの、 両方の可能性がある。この点は、~ューとユーが書き分けられたの に比べ(現代の感覚からすれば)劣るとも言える。ただ、サ変動詞 +助動詞ウのような、ショーもシヨーもあり得たかという場合は、 どちらも表し得る便利な表記であったと見ることもできよう(現代 仮名遣いの、例えば漢字音「けい」等の表記が、同一語でケーとケ イ両方の発音があり得るものを、別表記にせずに済むというのに似 ているか) 。この場合、ショーであることを特に明示したい場合は、 「よしにせう」と「 〈エ〉う」表記にすればよく、シヨーは「なんぎ を し よ ふ か 」( 『 江 戸 生 艶 気 樺 焼 』 四 オ ) と 書 け る( 但 し こ ち ら は ショーもあり得るか) 。 ところで、ウ列拗長音の表記に、今回見出されたような書き分け がなかったとしたら、例えば「じゆう」という文字列は、 じゆう ジュー /zjuʀ/ ジユー /zijuʀ/ と い う 対 応 に な る。 屋 名 池( 二 〇 一 一 ) の「 一 対 多 」 の 対 応、 「 多 読性表記」となり、ヨミが一つに定まらない。この類を樺島(一九 七 九 ) で は「 A 型 」( 一 つ の 文 字 列 が 複 数 の 音 列 に 対 応 す る 型 ) と する。しかし調査の結果、実態は基本的には、 じゆう
─
ジユー /zijuʀ/ であった。 既に見たジューとジユーの表記として用いられていたものを並べ て、書き分けがなかった場合の、文字列と音列との関係を示すと、 じう ぢう ジュー じゆう じゆふ ジユー ぢゆう の よ う に な る。 こ れ は、 「 多 対 多 」 の「 多 読 性 」 で あ る が、 樺 島 ( 一 九 七 九 ) の N 型 で、 歴 史 的 仮 名 遣 い に は 比 較 的 よ く 見 ら れ る 型 である。しかし実際には、 じう ぢう ジュー じゆう じゆふ ジユー久保田篤 黄表紙における拗長音の仮名表記 ぢゆう ジユー という、樺島(一九七九)のV型になっていた。多表記性表記では あるが「ヨミが一つに」定まるような工夫が自然に生じていたと考 えられる。 オ列拗長音のほうは、既に見てきたとおり、右のような書き分け にはいたっていないが例えばキョー・キヨーを表す文字列として用 いられた可能性あるものを同じように示してみると、書き分けがな かったとしたら、 けう けふ キョー きやう きよう キヨー きよふ というN型になるが、実際には、 けう けふ キョー きやう きよう キヨー きよふ であって、同じN型でも単純化されたものになっていた。 以 上 の よ う に、 「 多 対 多 」 に な ら な い よ う に す る、 完 全 で は な い が「多対一」になるようにする、基本的にはA型・N型を避けV型 にしようとする志向が、確実にあったと見られる。 江戸語文献の表記が、多表記性表記であったことは大変注目され る点であるが、ここまで見てきたことから、表音表記としても極め て注目すべき点があることがよく分かった。屋名池(二〇一一)が 「 立 派 な 表 音 表 記 」 で あ る と 主 張 し た、 そ の 特 徴 の 一 つ が、 今 回 改 めて確認できた。 多 表 記 性 表 記 シ ス テ ム で 書 か れ た も の を 読 む に は、 「 優 先 し て 読 まれる、特定の読みを有する文字列」の識別・特定が必要で、それ に役立つものとして、連綿が指摘されてい る ( 7 ) 。この点については、 更に平仮名の異体の用い 方 ( 8 ) も関わっていると考えられる。例えば特 定文字列「しやう」には、語頭に用いられるという特徴が知られて い る、 「 志 」 を 字 源 と す る 異 体 の 使 用 が 目 立 つ。 同 様 に「 り や う 」 には「里」を字源とする異体が比較的多い。特定文字列が意識され ていたことの証左と見られる。また改 行 )9 ( も関わると言えよう。 なお、最初に掲げた想定される多くのオ列拗長音表記のうち、実 際に用いられたのは基本的には「 〈イ〉やう」と「 〈エ〉う」である という、限定が見られた。拗長音でない長音には用いられることの あ る「 ~ お 」「 ~ ほ 」「 ~ を 」 の み な ら ず 何 故 か「 〈 イ 〉 や ふ 」 も 用 いられな い )(1 ( 。V型の上の仮名表記の種類には限度がありそうである。 一方で「やふ」はヨーには用いられ、ヨーには「よふ」もあり、ま たユーには「ゆう」だけでなく「ゆふ」も用いられる等、 「一対一」 ( I 型 と 呼 べ る か ) に は な ら ず、 V 型 で あ ろ う と す る、 多 表 記 性 へ の志向も窺われる。今回の検討で、表音表記として極めて注目すべ き傾向を見出すことができたが、多表記であろうとする点にも注目