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(1)

ルサールカの行為「くすぐる/くすぐり殺す」の持つ 呪術的側面:笑いと殺害

安島里奈

[Аннотация ]

Магическая сторона в русалочьих действиях «щекотать/щекотать до смерти»:

смех и умерщвление АДЗИМА Рина

В данной статье рассматриваются такие русалочьи действия, как «щекотать» или

«щекотать до смерти» человека. Щекотание считается одним из типичных вредоносных действий русалки, но на самом деле оно особенно характерно для южнорусских, украинских русалок. Северорусские русалки не щекочут. Интересно, что места, где совершается обряд «проводы русалки», частично совпадают с местами, где русалкам свойственно щекотание. К тому же в этом обряде ряженая девушка, которую называют

«русалкой», играет роль русалки и щекочет других его участников. Щекотка вызывает у людей смех. Напоминаем, что в русских аграрных обрядах при обрядовых убийствах или похоронах тоже наблюдается смех. Этот смех имеет целью обеспечить убиваемому суще- ству новую жизнь и новое воплощение, а главное, обеспечивает новый урожай. Кроме того, в русских обрядах считается, что умерщвляемое существо воплощает вегетативную силу растений. А во время «проводов русалки» символично убивали и хоронили «русалку». Мы видим, что в этом обряде присутствуют смех и умерщвление ―― ритуалы, которые могут восприниматься как залог хорошего урожая.

Отмечается, что в этом обряде девушка, которая щекочет участников, становится

«русалкой». По утверждению предыдущей работы, можно сказать, что образ и действия

«русалки» в «проводах русалки» влияют и на русалку в народном поверье. Если

следовать этой интерпретации, русалочье щекотание вызывает смех, который даёт злакам

вегетативную силу. И умерщвление посредством щекотки тоже может способствовать

получению урожая. Итак, можно сделать вывод, что русалочьи действия «щекотать/щеко-

тать до смерти» представляют собой магические ритуалы плодородия.

(2)

キーワード:ルサールカ、ルサールカ送り、くすぐり、笑い、殺害

0. はじめに

 東スラヴの神話的形象の一つに、女性の水の精ルサールカがいる。洗礼を受けずに死んだ 子供や婚礼前に死んだ娘、入水自殺した娘などがルサールカになるといわれている。普段は 水中にいるが、ルサーリイ週間という初夏の限定的な時期に地上に姿を現すルサールカは、

セミークやトロイツァといったその時期に行われる儀礼との関わりが深い存在として捉えら れている。儀礼との関わりを述べた先行研究としてまず挙げられるのは、ルサールカの死者 的側面に着目した

Д.К.

ゼレーニンの『ロシア神話学概説:不自然な死に方をした死者とルサー ルカ』(1916年) 1である。また、スラヴ民間暦における冬期の男性性と夏期の女性性という 対立に注目した伊東一郎は、ルサールカはルサーリイ週間という夏期の「女性的な」境界的 時間を人格化したものではないかという仮説 2

を立てており、この仮説を受けて塚崎今日子

は、ルサールカは儀礼を人格化したものだとする 3。塚崎は、「ルサールカは植物崇拝、農耕 儀礼と関わる異界の存在」4といい、「ルサールカの容姿や行為においては、聖霊降臨祭時にお ける死者供養、植物崇拝、農耕儀礼に関わる要素が顕著に、また重層的に表れている」 5

と述

べるが、ルサールカが人間をくすぐる行為については言及していない。

 本稿はルサールカが人間に害をなす行為である「くすぐる/くすぐり殺す」に着目し、儀 礼との関わりからルサールカの持つ一面を解き明かすことを試みる。ルサールカが人間に害 を与える行為には、おどかす、追い回す、男性を誘惑し、女性を嫌う、家畜を病気にする、

子どもをさらう 6、といったものが挙げられるが、「ルサールカとは、東スラヴの神話の登場 人物である。害をもたらす精であり、髪の長い女性の姿をしている。夏期に穀物畑や森、水 辺に現れ、人間を死に至らせるほどくすぐったり、水中で溺死させたりする」 7

とその概略

が民族言語学事典『スラヴの古代』において説明されるように、溺死させる(水中に引きず り込む)こととくすぐり殺すことが主に害をもたらす行為としてみなされている。人間の命 を奪うという点では、くすぐって人間を死に至らしめることも、人間を溺死させることも性 質を同じくする。だが、「くすぐる」という行為は「溺死させる」とは異なり、強制的に相 手を笑わせる行為であり、「くすぐり殺す」というのは、相手を笑わせるというプロセスを 経て、その人を死に至らしめることである。なお、「くすぐる」という行為は、「ルサールカ 送り」という、ルサールカを儀礼の上で殺害したり葬ったりする儀礼においても見受けられ る。以降、ルサールカの「くすぐる」という行為に焦点を当て、その意味を「笑い」と「殺 害」を手がかりにして儀礼との関連を中心に考察していく。

1 Зеленин Д.К. Избранные труды. Очерки русской мифологии: Умершие неестественною смертью и русалки. М., 1995.

2 伊東一郎「ルサルカ・ルサーリア・ポルードニツァ―スラヴ神話における時間の人格化をめぐって」『なろうど』35 号、

1997 年、11-16 頁。

3 塚崎今日子「異界の存在と暦上儀礼」『文化と言語 : 札幌大学外国語学部紀要』59 号、2003 年、151-168 頁。

4 同上、166 頁。

5 同上、165 頁。

6 Померанцева Э.В. Мифологические персонажи в русском фольклоре. М., 1975. С. 75.

7 Славянские древности: этнолингвистический словарь: в 5 т. / под общей ред. Н.И. Толстого. Т. 4. М., 2009. С. 495.

(3)

1. ルサールカの特徴:「くすぐり」を中心に 1-1. ルサーリイ週間と儀礼「ルサールカ送り」

 まず、今日ルサールカと呼ばれる存在には異称があることを述べておきたい。ルサールカ という名称が文献に登場したのは

18

世紀以降であり、この名称がロシアに広まったのは比 較的遅く、20世紀初頭になってから広く知られるようになったとされる 8。ルサールカとい う呼び名が浸透する以前には、地方や地域ごとに特徴的な呼び名があった。本稿で特に注 目したいのは、こうした特徴的な呼び名の一つに「くすぐり女」を意味する呼び名がある という点だ。ロシア南部やロシア南西部では лоскотница, лоскотовка, лоскотуха, лоскотарка などと呼ばれ、ウクライナでも同様に

лоскотуха, лоскотовка

と、ベラルーシでは казытка と 呼ばれた。また、リャザン県(現リャザン州および現モスクワ州の一部

――

論者注)では

щекоталка

と呼ばれた 9。ゼレーニンによれば、лоскотовка や лоскотуха はルサールカの最古 の土着の呼び名として最もよく知られている 10。これら「くすぐり女」を意味する呼び名は「く すぐる」(лоскотать, казытаць, щекотать) という動詞に由来することから、これらの地域では、

くすぐりがルサールカの特徴的な行為としてみなされていたのだと推して知ることができよ う。

 なお、ルサールカの名前の由来をめぐっては様々な解釈がなされており、完全に明らかに されたわけではない。諸説ある中で有力視されているのは、古代の異教の春の祭りルサーリ イに由来する、という説である。キリスト教とともに浸透していったルサーリイという語は、

トロイツァ(聖霊降臨祭)を意味する中世ギリシア語 ῥουσάλια(ルーサリア)を介して入っ てきたという説と、バラの花の咲く時期に死者の追善供養を行った、古代のバラ祭りを意味 するラテン語 rosalia(ロザリア)から直接借用したという説があるが、現在では後者の説が 採られている。キリスト教的なロザリア祭りは、ルーシにあった、自然な死を迎えなかった 死者に敬意を表す古代の異教の祭りと時期の点でも内容の点でも一致したため、この異教の 祭りに「ルサーリイ」という新たなキリスト教的名称が根付いた。このことからルサーリイ やルサーリイ週間に祝われる存在がルサールカと呼ばれるようになった 11、とされる。

 人間がルサールカにくすぐられるのは、ルサールカが水中から地上に出てくる限定的な期間、

ルサーリイ週間である。ルサーリイ週間の時期はセミーク 12

とトロイツァ(聖霊降臨祭)

13があ る

5

月から

6

月の間に当たる。ルサーリイ週間はトロイツァ週間の前にあるのが一般的 14だが、

その時期は地域によってやや異なる。おおよそ、トロイツァ週間の前後、またはセミーク週 間やトロイツァ週間と同時期とされる。

 セミークからトロイツァにかけては、一時的に先祖たちがあの世からこの世へ来ると考え

8 Зеленин Д.К. Избранные труды. Очерки русской мифологии: Умершие неестественною смертью и русалки. М., 1995. С.

142-143.: 佐野洋子『ロシヤの神話:自然に息づく精霊たち』三弥井書店、2009 年、232-235 頁。

9 Зеленин. Избранные труды. С. 147-148, 201. : 佐野『ロシヤの神話』235 頁。

10 Зеленин. Избранные труды. С. 147.

11 佐野『ロシヤの神話』232-233 頁。: Виноградова Л.Н. Народная демонология и мифо-ритуальная традиция славян. М., 2000. С. 195.: Зеленин. Избранные труды. С. 142-143.

12 セミークは復活祭から数えて7番目の木曜日に当たる(復活祭後47日目)。セミークは「緑の日」とも呼ばれ、セ

ミーク週間の別名は「緑の週」である。なお、復活祭(パスハ)が移動祭日であるため、この日から起算されるセミー クやトロイツァの日付は年によって異なる。

13トロイツァはセミークの 3 日後、復活祭後 50 日目の日曜日に当たる。「緑のスヴャートキ」と呼ばれることもある。

14 Зеленин. Избранные труды. С. 238.

(4)

られ、追善供養が行われた。セミークでは、「残置された死者」と呼ばれる天寿を全うせずに、

不自然な死に方をした死者の追善供養が行われる。この「残置された死者」にルサールカは 含まれる。こうした先祖になることができない死者は穢れているため大地に受け入れてもら えず、地中から出てさまよい歩く。大地は穢れた死者を押し付けられたことに怒り、寒の戻 りを起こし作物の芽を枯らすとされた。このため、こうした死者は埋葬されずに村の外れに 残置されたが、セミークには教会の脇に掘った大きな穴に埋葬され、供養された。また、ト ロイツァ前日の土曜日は墓参りをする。トロイツァの追善供養には死者たちの魂が宿る白樺 の若枝が用いられ、教会や家、農作業小屋などがその枝で飾られる 15

 これら

3

つの祭り

――

ルサーリイ、セミーク、トロイツァ

――

には混同が生じているとい う。佐野洋子は、その根本的な原因は「キリスト教国教化以前の異教時代の祭日を、無理矢 理キリスト教の移動祭日に合わせていった」16ことにあるという。また、塚崎今日子は「19世 紀後半から

20

世紀初頭の東スラヴにおいて、セミークと聖霊降臨祭の儀礼は既に混合して しまっている」17が、「セミーク・聖霊降臨祭の儀礼には、農耕呪術的・植物崇拝的意義と共 に死者の追善供養の要素もあったことは確か」18としている。

 ルサーリイ週間の終わりには「ルサールカ送り」という儀礼が行われる。これが行われる 地域は、ロシア南部の地域およびウクライナ・ベラルーシ国境地帯東部である。この儀礼の 主な目的は「ルサールカ」を村の外(ライ麦畑、墓地、川や森など)に連れ出すことである。「ル サールカ送り」における「ルサールカ」は、ルサールカ役に選ばれ仮装した村の娘、または ルサールカと呼ばれる案山子を指す。ルサールカ役の娘は木の枝や草花、花輪などで服も顔 も見えないほど覆われたり、祭日用の服を着たり、花嫁衣装(白い服、冠、ベール)に身を 包んだりする。儀礼の参加者たちは「ルサールカ」をライ麦畑や水中に追いやり、花輪や仮 装に使われたものを奪い、それらを水や火の中、畑、墓地の塀の向こうに投げたり、木の上 に放り投げたりする。そして、参加者たちは皆「ルサールカが追いかけるぞ、くすぐるぞ!」

と叫びながら素早く走って村へ戻る。仮装した娘の代わりに「ルサールカ」と呼ばれる藁の 案山子を用いる場合は、儀礼の終わりに案山子はばらばらに解体され、燃やされたり水に沈 められたりする。多くの地域で儀礼は追いかけっこなどの遊びを伴い、焚き火を起こして火 を跳び越える、歌を歌うといったことも行われる 19

 ゼレーニンによれば、「ルサールカ送り」に案山子が使われることは非常にまれだが、そ の場合の「ルサールカ送り」には、葬礼を示す特徴(案山子が燃やされる、水に沈められる、

案山子を担架に乗せて運ぶ人たちが死者を偲ぶかのように号泣する)がはっきりと表れてい る。加えて、「送り」という名称自体が追善供養や葬式を元来意味するという 20。また、В.Я.

プロップは「ルサールカ送り」の本質は、儀礼のために選ばれた娘が演じるルサールカを、

あるいは藁の案山子を陽気に歌いながら送り出すことにあるとみており、「ルサールカ送り」

15 三浦清美「聖霊降臨祭」ロシア・フォークロアの会なろうど編著『ロシアの歳時記』東洋書店新社、2018 年、109-113 頁。:

塚崎今日子「ルサールカ」ロシア・フォークロアの会なろうど編著『ロシアの歳時記』東洋書店新社、2018 年、131 頁。

16 佐野『ロシヤの神話』298頁。

17 塚崎今日子「ルサールカの時間」『なろうど』28 号、1994 年、22 頁。

18 同上、25 頁。

19 Славянские древности. С. 500.

20 Зеленин. Избранные труды. С. 265-266.

(5)

において「ルサールカ」を村から畑へ連れて行くことは豊作を促すという 21。  

1-2. くすぐるルサールカとくすぐらないルサールカ:地域的差異について

ここで

19

世紀後半から

20

世紀に採録された話を例に挙げながら、ルサールカはどのよ うな場合に人間をくすぐるのか概観してみたい。

まず、ルサールカと遭遇し、ルサールカから身を守ることができないとくすぐられる。

ルサールカから身を守る最も代表的な方法は、ヨモギを身につけておくことである。ヨモギ を携帯していない、あるいはルサールカに何を手に持っているのか聞かれた際にヨモギでは なく、パセリと答えてしまうと、くすぐり殺される。

トロイツァ週の木曜日に 7 人の娘たちが花を摘みに森に行った。村からかなり遠 く離れたところで普通の女性の姿をした数人のルサールカに出会った。ルサール カたちは娘たちのところまで来ると、「おまえたちが持っているのは何? ヨモギ、

それともパセリ?」とたずねた。先にいた経験豊かで物知りな娘たちは「ヨモギ」

と答えたが、皆の後から来た、年の若い娘は未熟者でおっちょこちょいだったから、

笑いながら「パセリ」と答えた。ルサールカたちは「ほら、おまえのかわいい人だ!」

と叫ぶと、その子に襲いかかり、死ぬまでくすぐった 22

 また、ルサーリイ週間の掟(森に行ってはいけない、仕事をしてはいけない、水浴びをし てはいけないなど)を破るとくすぐられる。

小ロシア人の古老たちの話では、百五十年前ソクリ村には大きくて深い湖があり、

その周りにはどろ柳の林があった。この湖にルサールカたちが住みついていて、

月の光の中、湖の水面に長くふりほどいた髪の美しい裸の乙女たちが浮いてきて、

ホホと笑いながら水をはねかしていたという。しかしルサールカが姿を見せるの は、なんといっても「ルサールカの復活日」で、それはトロイツァと聖霊の日の あとの木曜日で、人々はこの日を敬い、一切の仕事をしない。この日、乙女たち は水浴びに行かない、行けばルサールカにつかまり、水中でくすぐり殺されてし まう、そして不運な生贄は笑い死にする。老婆プラスコビヤ・マクシモワ・クハ レワが語るところでは、かつてソクリ村で小ロシアの女アクシニャ・チェルニチェ ンコが「ルサールカの復活日」の朝早くに下着をすすいだため、ルサールカたち が水に引き込み、彼女をくすぐり殺したという。ただし、ルサールカに対抗する 手はある。木曜日によもぎを摘み、それをお下げに編みこむ。よもぎを編みこん であればルサールカはくすぐれない 23

21 Пропп В.Я. Русские аграрные праздники. СПб., 1995. С. 90.

22 Иванов П.В. Народные рассказы о домовых, леших, водяных и русалках (Материалы для характеристики миросозерцания крестьянского населения Купянского уезда) // Сборник харьковского историко-филологического общества. Т. 5. Хорьков. 1893. С. 72.

23 渡辺節子『妖怪たちの世界«ロシア民衆の口承文芸»』ワークショップ 80、1981 年、94 頁。

ここに引用したのは、1890 年にサラトフ県(おおよそ現サラトフ州に一致)で採集された話の翻訳である。引用に あたり、一部形式を変更した。

(6)

 洗礼を受けずに死んでルサールカになった子供を親が追善供養しない場合、その親はくす ぐられる。

 

ルサールカたちは水中に住んでいる。洗礼を受けなかった子供の魂がルサールカ になる。(…)トロイツァの前の土曜日にルサールカを追善する。したがってこの ような迷信が存在する。ルサールカの復活日である緑の木曜日には、ルサールカ たちは皆、水から出てきてこの時期の土曜日にルサールカたちを追善しなかった 親を捕まえようとする。捕まえると、くすぐりながらこう言うのだ。「おまえをく すぐったのは、私を追善しなかったからだ」と 24

上記で引用した話と性質は異なるが、ライ麦が踏み荒らされることを防ぐために、子供 たちへの脅し文句に「ルサールカがくすぐる」という表現が用いられることもある。

かつては子供たちに言ったものさ、「あんまり走り回るんじゃないよ、ルサールカ たちがライ麦畑にいるからね! ライ麦畑を歩き回るんじゃないよ、ルサールカ がおまえたちをくすぐるよ!」ってね。ライ麦が刈り取られてしまえば、もうお どかさないんだ 25

 

 以上、ルサールカが人間をくすぐる話をいくつか挙げた。だが、実際のところ、東スラヴ 地域全般に伝わるルサールカが人間をくすぐるわけではない。ロシア北部のルサールカはく すぐることをしないとされる。ゼレーニンはフォークロアの資料に記載がないことを理由に、

ロシア北部のルサールカに限ってはくすぐらないようだと述べる。彼によれば、ロシア北部 の一人で住んでいるルサールカは、ロシア南西部の集団で住んでいるルサールカに比べ、く すぐることをしない。これに加え、シンビルスクの若い未亡人マリーナが身投げをしてルサー ルカになったが、誰のこともくすぐらないという話を例に挙げ、ルサールカの行為は生前の その人の気質によるものだと断定している 26。しかし、この指摘に関しては疑問が残る。ルサー ルカに関する多くの話では、ルサールカになった人の生前について語られることはまれであ るため、このシンビルスクの一例だけで断言することはできない。ゼレーニンはルサールカ を「残置された死者」に分類しており、「残置された死者」は死後も生前の性質をそのまま 引き継いでいるという自身の考えをここに反映していると思われる。とはいえ、ゼレーニン はルサールカの「残置された死者」という側面のみに着目しているといわざるを得ない。仮 に生前の性質を引き継いでいるとするならば、ロシア北部のルサールカだけはくすぐらない という地域的特徴に関して説明がつかない。本稿の関心からすれば、ゼレーニン自身が指摘 したこの地域的特徴こそ注目すべきである。なお、ロシア北部のルサールカに限ってはくす

24 Иванов. Народные рассказы о домовых, леших, водяных и русалках. С. 69.

25 Мифологические рассказы русских крестьян XIX-XX вв. / Сост., подгот. вступ. ст. и коммент. М. Н. Власовой. СПб., 2015. С. 211.

26 Зеленин. Избранные труды. С. 198.

(7)

ぐらないというゼレーニンの指摘をヴィノグラードヴァは否定しておらず 27、また『スラヴ の古代』では、ロシア北部のルサールカの特徴にはくすぐりは挙げられていないが、ウクラ イナ、ベラルーシ、ロシア南部におけるルサールカの典型的な特徴の一つにくすぐりが挙げ られている 28。ゼレーニンによる「ロシア北部のルサールカはくすぐらない」という指摘は、

一般的に認められているといえよう。

 くすぐり以外にも、東スラヴの北部と南部のルサールカには相違がある。「ルサールカは 民衆のデモノロジーのうち、最も多種多様な姿をしているものの一つである。北ロシア、パ ヴォルジエ(特に中・下流域の沿ヴォルガ地域

――

訳者注)、ウラル、西シベリアのルサー ルカとウクライナ、ベラルーシ、南ロシアのルサールカには顕著な違いがある」29といわれる ように、ルサールカは画一的な存在ではない。Э.В. ポメランツェヴァは、19 世紀から 20 世 紀初頭のロシア民俗学の文献にはルサールカに関する実に多様な話が記録されており、基本 的にルサールカには美女のイメージがある 30という。水辺の美女のイメージが強いのは、ウ クライナとロシア南部である。ベラルーシではそのイメージは主に森と畑に結び付けられる。

一方、ロシア北部では、毛深く醜い、大きな胸が垂れた女性のイメージを持たれることが非 常に多い 31ように、ルサールカの視覚イメージには東スラヴの北部と南部では大きな違いが ある。ルサールカには基本的に美女のイメージが持たれていることは、ロシアの文学や絵画 作品においてルサールカが若く美しい娘の姿で描かれることからも見て取れるが、反対にこ うした表象がフォークロアに影響したことも考えうる。また、ウクライナ、ベラルーシ、ロ シア南部といった東スラヴの南西部ではルサールカに関するブイリーチカや迷信が数多く伝 承されている 32ため、ロシア北部に比べてこの地域のルサールカの外見に関する情報に触れ る機会が多い。こうしたことから、「ルサールカは美女である」というイメージが広く伝搬 されたことも考えられる。

 この他に、ロシア南部およびウクライナ・ベラルーシ国境地帯東部では行われる儀礼「ル サールカ送り」がロシア北部にはないことも北部と南部の違いとして挙げることができる。

興味深いことに、「ルサールカ送り」が行われる地域は、ルサールカのくすぐるという特徴 が見受けられるロシア南部やロシア南西部、ウクライナ、ベラルーシといった地域と部分的 に重なっている。

 加えて、ルサールカとよく似た女性の精ポルードニツァについてここで補足しておきたい。

ポルードニツァは西スラヴ地域全般で知られ、正午(полдень:「ポールジェニ」)を擬人化 したものと考えられている。ポルードニツァが姿を現すのは、穀類の開花期・成熟期の真昼 であり、姿を現す場所は主にライ麦畑や菜園である。その役割は、穀物を人間や照りつける 太陽光から守ることとされる。ポルードニツァは人間に正午に畑仕事をすることを禁じ、こ れに従わないとその人達を罰する。具体的には、おどかす、日射病にする、首と頭をひねる、

鎌で頭を切断する、死ぬまでくすぐる、ひどく殴打するなどである。東スラヴ地域において

27 Виноградова. Народная демонология и мифо-ритуальная традиция славян. С. 17, 160.

28 Славянские древности. С. 496.

29 Там же. С. 495.

30 Померанцева Э.В. Мифологические персонажи в русском фольклоре. М., 1975. С. 73.

31 Там же. С. 77.

32 Славянские древности. С. 495.

(8)

ポルードニツァが信じられている範囲は、ロシアの北西部といくつかのシベリアの地区に限 定される。ロシア北部ではポルードニツァとルサールカは混同されることがあり、ポルード ニツァもルサールカ同様、白い服を着て畑に現れ、出会った人をくすぐる。また、シベリア のポルードニツァの持つ、大きな胸をした毛深く髪の長い女性という特徴は、ロシア北部の ルサールカの姿に似ている 33。ルサールカとポルードニツァを比較した

В.И.

ドゥイニンによ れば、ポルードニツァの分布圏とルサールカの分布圏は一致しない。具体的には、ポルード ニツァが現れる地域は、東スラヴ地域ではロシア北部といくつかの西および中央の地区に限 定される(アルハンゲリスク県(現アルハンゲリスク州

――

論者注。()内以下同様)、オロ ネツ県(現カレリア共和国の都市オロネツ)、ノヴゴロド県(現ノヴゴロド州)、ヤロスラヴ リ県(現ヤロスラヴリ州)、およびヴォログダ県(現ヴォログダ州)、ヴィテプスク県(現ベ ラルーシのヴィテプスク州)、スモレンスク県(現スモレンスク州)の一部)。一方、ポルー ドニツァが知られていない地域は、スモレンスク県(現スモレンスク州)、カルーガ県(現 カルーガ州)、オリョール県(現オリョール州)、トゥーラ県(現トゥーラ州)、ヴォロネジ 県(現ヴォロネジ州)、リャザン県(現リャザン州および現モスクワ州の一部)、タンボフ県

(現タンボフ州)、ペンザ県(現ペンザ州)、ハリコフ県(現ウクライナのハリコフ州)、チェ ルニゴフ県(現ウクライナのチェルニゴフ州)、ミンスク県(現ベラルーシのミンスク州お よびゴメリ州等の一部)などであるという。ドゥイニンは、ポルードニツァとルサールカの 共通点として、どちらも髪が長く編まれておらず、若く美しい娘(女性)であることを挙げ、

この外見のルサールカが見受けられるのは、ポルードニツァが知られていない地域であると 述べる。さらに、ポルードニツァが畑に姿を現す時期(ライ麦が花を咲かせ熟す

6

月)はルサー ルカが畑に姿を現す時期(セミーク・トロイツァの頃)と一致すると指摘する。また、ポルー ドニツァは必ず白い服を着て姿を現す一方で、ルサールカは衣服等を何も身に着けていない ことが多い。だが、ドゥイニンは、ルサールカは白いシャツを着ていることもあり、さらに、

ルサールカもポルードニツァも人間に危害を加えることが類似するといい、ポルードニツァ が人間をくすぐることはめったにないと補足する 34。また、両者がよく似ていることはポメ ランツェヴァも指摘している 35

 本文で挙げたように、ポルードニツァとルサールカは実に類似点が多い。決まりごとに従 わない人間に危害を及ぼすという点においてもポルードニツァとルサールカは似ている。穀 物を守る役割を担うポルードニツァは、子供たちが畑に入って踏み荒らしたりしないよう、

畑を守っている 36といわれる。これと関連しているのは、既に引用した、子供をライ麦畑に 行かせないようにするための脅し文句、つまり「ルサールカがくすぐる」ことである。ルサー ルカとポルードニツァの分布圏の相補的関係に鑑みて、この脅し文句を考察するならば、ル サールカもまた畑を守る役割を担っているといえるのではないだろうか。

 一方でポルードニツァとルサールカが異なる点としては、ロシア南部などのルサールカに

33 Там же. С. 154-156.

34 Дынин В.И. Некоторые особенности мифологического образа русалки у восточных славян. // Этнографическое обозрение. 1994. №6 С. 115-116.

35 Померанцева Э.В. Межэтническая общность поверий и быличек о полуднице. //Славянский и балканский фольклор:

Генезис. Архаика. Традиции. М., 1978. С. 147-148.

36 Славянские древности. С. 155.

(9)

は「ルサールカ送り」という儀礼との結びつきがあるのに対し、ロシア北部のルサールカの ようにポルードニツァにはそのような儀礼との結びつきがない、ということが挙げられる。

2. 儀礼「ルサールカ送り」にみるくすぐり

 ルサーリイ週間の終わりに「ルサールカ送り」が行われる際、ルサールカに扮した娘が儀 礼の参加者をくすぐるという、ルサールカの行為を模倣する場面がある。また、儀礼の最中 に参加者が言う台詞や歌詞にもくすぐるという単語が含まれる場合があるが、そうした台詞 や歌詞から、ルサールカはくすぐる存在であることが明らかに示されている。このようにみ た時、「ルサールカ送り」とくすぐるという行為には何らかの関連があるのではないかと考 えられる。この儀礼におけるくすぐりを概観するために、ここでは 2 つの儀礼を例示する。

なお、くすぐるという言葉や行為およびそれに関わる箇所は太字で示した。

2-1. リャザン県ザライスク郡(現モスクワ州ザライスク)における「ルサールカ送り」の例  ルサーリイの晩にクレーシ(豚の脂身と一緒に煮たヒエ・ソバの粥

――

訳者注)を煮る。「行 こう、姉妹たちよ、クレーシが煮えたよ!」と外に集まりながら女性たちと娘たちが言い合 う。シャツ一枚だけを着て編まれていない髪のルサールカ(役の娘

――

訳者注)も、火かき 棒にまたがり箒を肩に担いで持ち、表に出る。ルサールカ役はこのような姿で先頭を行く。

ペチカの蓋を叩く娘たちと女性たちの集団がそれに後続する。子供たちは前方へ駆けて行き、

「ルサールカ、ルサールカ! 私をくすぐれ!」または「私をくすぐるな!」と言いながら、

ひっきりなしにルサールカにちょっかいを出し続ける。彼女の腕をつかむ者もいれば、シャ ツをつかむ者もおり、また火かき棒につかまる者もいる。この一行は皆、ルサールカととも に進み、ライ麦畑に向かう道中、歌を歌う。(…)ライ麦畑に近づくと、ルサールカは、一 行にとびかかり、誰かを捕まえてくすぐる。他の人たちは追いかけられている娘を守り、そ の娘を取り上げようとするが、ルサールカは

2

人目、3人目へととびかかっていく。ルサー ルカが振り切って逃げたり、ライ麦畑の中に身を潜めたりするまで、乱闘が繰り広げられる。

そこで皆が「私たちはルサールカを送った。どこでも思い切り歩き回れるようになっただろ う?」と叫ぶ。そして、各自家に帰って行く。一方、ルサールカは少しの間じっとしてから 人々の後を追い、こっそり家に忍び込む。人々は朝日が昇るその時まで夜通し表を歩き回っ ている 37

2-2. モギリョフ県ゴメリ郡(現ベラルーシのゴメリ州)における「ルサールカ送り」の例  ペトロフの斎の日の 1 日目には、夕方頃、娘たちは自分に花輪を編み、自分たちの中から 一番すらりとして体のしっかりした背の高い娘をルサールカに選ぶ。その娘を彼女たちは花 とリボンで念入りに飾りつける。月がすっかり昇り晩になると、娘たちは白いサラファンに 身を包み、首飾りを着け、リボンが編みこまれた髪をほどき、頭の上に作った花輪をのせ、

手を繋いで列を作る。ルサールカは先頭に立ち、(娘たちはその後ろを

――

訳者注)長い列 をなして以下のような歌を歌いながら、村の向こうにある畑に向かって歩いて行く。前方の

37 Шейн П.В. Великорусс в своих песнях, обрядах, обычаях, сказках, легендах и т.п. Т.1, СПб.: Императорская академия наук. 1898. С. 366-367. (書籍のロシア語表記は現代表記に改めた。)

(10)

ペアは腕を円弧状に上げ、その腕の下を残りの者たち全員が屈んで通り抜ける。これは次の ペアが先頭のペアと入れ替わりになって行われていく。

グリャナヤ(=聖霊降臨祭

――

訳者注)週に ルサールカたちが座っていた

早く、早く!

ルサールカたちを送る 松林から松林まで

緑の樫の森へ

ルサールカたちがくすぐらないように 冬に飲み込まないように 夏に怖がらせないように シュミーズを着た娘を

「私にシュミーズをおくれ せめて大きさがそろっていて

白かったなら」

ルサールカたちは座っていた ルサールカたちはお願いした

若い娘にしつけ糸を

「若い娘たちよ、おばさんたちよ 私たちにしつけ糸をおくれ せめて大きさがそろっていて

白かったなら」

ルサールカたちを送る 緑のライ麦畑へ そこではルサールカたちが 緑のライ麦の中で座っていた

カエデのような 私の穂は アオイのような

私のライ麦は ペチカの中でピロシキになる テーブルの上で白パンになる

村から 2 露里(およそ

2

キロメートル

――

訳者注)ほど行った畑の間のやぶの近くで娘たち が立ち止まる。(…)やぶから焚き火を手ずから素早く起こし、(イワン・クパーラの日に一 部の場所で行われるように)その上を跳び越え始める。娘たちは花輪を素早く焚き火に投げ ると走って方々に散る。ルサールカは娘たちを捕まえようとし、捕まえた人をくすぐる 38

38 Там же. С. 199-200.

(11)

3. 「くすぐる/くすぐり殺す」ことの意味

 上でみた「ルサールカ送り」におけるくすぐりは、ルサールカの行為を模倣したものと考 えられるが、これにはどのような意味があるのだろうか。また、ルサールカがくすぐること にはどのような意味があるのだろうか。

 С.В. マクシーモフは、ルサールカは人間を「特に大した理由もなく、死ぬまでくすぐっ たり溺死させたりする」39といい、ルサールカが人間をくすぐることにほとんど意味を見出し ていない。確かに、ルサールカが人間をくすぐる話では、人間がルサーリイ週間の掟を破っ たことや、親が子供の追善供養をしなかったという理由以外でその理由に言及されることは は滅多にない。だが、例えば、ゼレーニンが紹介したムツェンスク(オリョール県

――

現オ リョール州)の話では、ルサールカが若い人々をくすぐるのは、彼らを殺すためではなく、

単に彼らと戯れながら、くすぐってその人を笑わせ、陽気にさせるためだとされる 40。この 話を短くまとめると、次のようなことがいわれている。ムツェンスクのルサールカたちは、

トロイツァの日の夜から 1 週間森を支配する。ルサールカたちは笑いながら男性を囲み、服 を奪うが、完全には裸にしない。そして後ろから脇の下をつかみ、くすぐって大笑いさせ、

男性が気絶するまでくすぐり続ける。その後その人を家に運び、寝かせる 41

 くすぐることは相手を笑わせる行為であると、斎藤君子もいう。斎藤はルサールカがくす ぐる理由やくすぐることの意味を笑いの観点から推測し、イタリアの「サルデーニャの笑 い」42と日本の「天の岩戸」神話を引き合いに出して、これらにおける笑いを、復活を願う笑 いとして解釈する。そして、この解釈を用いて、穀物の生育と深い関わりのあるルサールカ が人間をくすぐって大笑いさせることで短い夏の太陽の輝きを増大させ、穀物の生育を促そ うとしたのではないか 43、と述べる。この解釈は、おそらく後述のプロップによる解釈を下 敷きにしたものと思われるが、斎藤は笑いには生命を活性化させる力があるといい、くすぐ ることの「当初の意味が忘れられてからもルサールカはくすぐることをやめず、若者を死の 世界に引きずり込む妖怪となった」44とする。斎藤はくすぐりによって生じる笑いについての み言及しており、くすぐり殺すことの意味については触れていない。くすぐりによって引き 起こされる笑いと、笑いによって死がもたらされること、言い換えれば、殺害が発生するこ とには関連があると考えられる。この点を考察するにあたり、まず「ルサールカ送り」にお いて笑いと殺害がどのような意味を持ちうるのかという点を分析してみよう。

 「ルサールカ送り」においてはルサールカ役の娘が儀礼の参加者をくすぐるが、これは笑 いを引き起こすものとみなすことができる。また、この葬礼の性質を帯びた儀礼では、人間 の娘がその役を演じるにせよ、案山子を用いるにせよ、「ルサールカ」は儀礼上、殺され、

39 Максимов С.В. Нечистая, неведомая и крестная сила. СПб., 1903. С. 100-101.

40 Зеленин. Избранные труды. С. 202.

41 Там же. С. 156.

42 これは後掲のプロップの著書においても殺害と笑いが新たな生と結びついた例として挙げられていた。Sardi や

Sardoni と呼ばれる「サルデーニャの笑い」は、サルデーニャ島の古代の住民が行っていた、大声で笑いながら 老人を殺す風習。殺害の際の笑いは死を新たな誕生に変えることだとされる。См: Пропп В.Я. Русские аграрные праздники. СПб., 1995. С. 113-114.

43 斎藤君子『ロシアの妖怪たち』大修館書店、1999 年、101-102 頁。

44 同上、102 頁。

(12)

死に、葬られる。

 儀礼における笑いおよび殺害に関して参照したいのは、ソ連のフォークロア研究者

В.Я. プ

ロップである。プロップはルサールカを水の持つ力の人格化とみなしており、ルサールカが くすぐりによって引き起こすような笑いは、死に勝利する大笑いであるという 45。ルサールカ のくすぐるという行為や、それによって生じる笑いについてこれ以上の言及はないが、農耕 儀礼における笑いについては言及がある。『滑稽と笑いの諸問題』(1976) の第 24 章「儀礼的 笑い」において、笑いには生の力を高める作用があるだけではなく、生命を呼び起こす作用 があるという見解を示している。また、ギリシア神話のデメテルが笑う話を例に挙げ、笑い は人間の生同様、植物の生にも関係したことを述べる。このような笑いには生命を与える力 があるという考えは、古代ヤクート人の女神崇拝やカトリック圏の復活祭においても見受け られるといい、死んで復活する神の信仰はその根本において農耕信仰があると主張する 46。一 方、ロシアの農民が行っていた祭りや儀礼を比較・考察した『ロシア農耕祭』(1963) において、

ロシアの祭りには復活の場面はなく、儀礼上の殺害によって祭りは成立すると指摘 47したうえ で、ロシアの農耕儀礼における、死者の復活に関する考え方と穀物の生育との間に関係性を 見出している 48。ロシアの農耕祭では、水没、八つ裂き、燃やすといった方法で生者が儀礼上、

殺害されるか葬られる際に笑いが生じる。この殺害の際の笑いの目的は、殺される存在に新 たな生と具象をもたらすことであり、新たな収穫を保証するために殺されることが重要なの だという 49。殺される存在は個々の部位に解体され、その部位が畑にばらまかれると、それら は穀物となって復活すると考えられた。大地の植物を生育する力が具体化したもの、生まれ 変わったもの、集まったものが破壊される(=殺される)存在である。植物を生育する力と なる破壊される存在は、神には含まれず、神となるには至らない下級の神格であるという 50。  プロップの解釈に従えば、「ルサールカ送り」において畑に連れ出されたり、ばらばらに 解体されたり、燃やされたりする「ルサールカ」は、儀礼的に殺害され、死んで葬られた後、

穀物となってよみがえり、実りをもたらす、ということになる。さらに、農耕信仰における「笑 いの力は大地に植物の生育に役立つ力をもたらし、大地を豊かにするはずだ」51という見解を 反映させるならば、「ルサールカ送り」において「ルサールカ」が儀礼の参加者をくすぐる ことで引き起こされる笑いには植物の生育を促す効果があり、穀物が豊かに実ることを願う 意味があるといえる。

 ここまでで明らかになったのは、儀礼における「ルサールカ」のくすぐるという行為の意 味である。民間伝承に存在するルサールカの「くすぐる/くすぐり殺す」という行為の意味 を明らかにするためには、儀礼において人間がルサールカに扮し、その行為を模倣すること に注目する必要がある。「ルサールカ送り」において「ルサールカ」が儀礼の参加者を捕ま えてくすぐることについてゼレーニンは、それによってルサールカ役の娘がルサールカその

45 Пропп В.Я. Русские аграрные праздники. СПб., 1995. С. 141-142.

46 Пропп В.Я. Проблемы комизма и смеха. М., 2002. С. 133-134.

47 Пропп. Русские аграрные праздники. С. 105.

48 Там же. С. 107.

49 Там же. С. 113-114.

50 Там же. С. 107-108.

51 Там же. С. 112.

(13)

ものであることを示しているに過ぎない 52というが、注目すべきは、「ルサールカ送り」にお いてルサールカ役を務める娘が仮装をして儀礼上、人間ではなく、「ルサールカ」になって いるという点である。

 ここで参照したいのは、塚崎今日子「異界の存在と暦上儀礼」(2003) 53である。塚崎は、一 定の時期に水中から地上に姿を現すルサールカとシュリクン 54の持つ時空間的特徴における 共通性と差異を、スラヴ民間暦にある祝祭日の対称関係に注目して、暦上儀礼の点から考察 し、それら暦上儀礼に現れる異界の存在が儀礼の人格化であることを指摘している。また、

ファン・へネップの通過儀礼における三段階理論(分離

再生)を暦上儀礼に応用し たエドマンド・リーチによる、時間の流れに沿った暦上儀礼の参加者の状態の図式化を用い て、この図式にシュリクンとルサールカの「時間」、「存在」、「空間」の状態を当てはめ、「暦 上儀礼に現れる異界の存在と、暦上儀礼に参加する人間の時空間の構造は意義が反転した形 で対応しており、それぞれの時空間が重なるのは、儀礼によって一時的に地上に生じた境界 的時間である。ここにおいて、異界の存在と人間の間の距離は最も近く、またその区別は最 も曖昧になる。なぜなら、『生』の状態にある異界の存在はより人間に近い形でイメージされ、

反対に『仮死状態』、つまり価値観の転倒したカーニバル的時空間における人間は異界の存 在のイメージに歩み寄るためである。したがって、暦上儀礼に現れる異界の存在においては、

暦上儀礼における人間の姿や行為が投影されていると考えられる」と指摘 55する。

 塚崎はルサールカと聖霊降臨祭との関わりを述べているが、これまで述べてきたことに 従ってルサールカと「ルサールカ送り」について解釈すれば、ルサールカには「ルサールカ 送り」におけるルサールカ役の娘の姿や行為が投影されている、ということができる。ルサー ルカが人間をくすぐって笑わせることには、穀物の生育に働きかけるものとして解釈した「ル サールカ送り」におけるくすぐりおよび笑いが反映されているといえよう。つまり、くすぐ ることで笑いが生じ、その笑いの持つ力によって穀物の生育が促進されるのである。また、

ルサールカが人間をくすぐり殺すということについても同様に、その殺害の意味は、殺され る存在が死んで穀物となってよみがえり、豊かな収穫をもたらすことである。

4. 結論

 本稿では、民間伝承におけるルサールカの人間をくすぐる、あるいはくすぐり殺すという 行為がどのような意味を持つのか考察した。ルサールカのくすぐるという行為には地域的差 異があり、ロシア北部ではそれは見受けられず、ロシア南部やウクライナなどでは典型的な 特徴とされていたため、くすぐるという特徴が見受けられる地域のルサールカに焦点を当て た。また、「くすぐり女」という異称のあった地域と儀礼「ルサールカ送り」が行われる地 域が重なっていることを示し、「ルサールカ送り」において村の娘がルサールカ役を務める 場合には、ルサールカ役の娘が儀礼の参加者をくすぐるという点に着眼した。くすぐりは笑

52 Зеленин. Избранные труды. С. 253.

53 塚崎今日子「異界の存在と暦上儀礼」『文化と言語 : 札幌大学外国語学部紀要』59号、2003 年、151-168 頁。

54 シュリクンは、北ロシアにおいてスヴャートキ(17日のクリスマスから119日の洗礼祭まで)になると凍

結した川や湖にうがたれる「ヨルダン」と呼ばれる穴から出てきて、地上に現れる。参照:塚崎今日子「冬の妖怪 シュ リクン」ロシア・フォークロアの会なろうど編著『ロシアの歳時記』東洋書店新社、2018 年、25頁。

55 同上、160-161 頁。

(14)

いを引き起こすものであるとみなしたうえで、ロシアの農耕儀礼における笑いと殺害は、ど ちらも穀物が豊かに実ることを願うものであったことを踏まえ、「ルサールカ送り」におけ るくすぐりによって生じる笑いには、穀物の生育を促進する効果があるとした。なお、「ルサー ルカ送り」における笑いは、民衆の祝祭における笑いという点でバフチンのカーニバル論を 想起させるが、「ルサールカ送り」はカーニバルとは合致しないため、本稿では援用しなかっ た。

 「ルサールカ送り」においては人間の娘が「ルサールカ」になっていることに注目し、民 間伝承におけるルサールカには「ルサールカ送り」における「ルサールカ」の姿および行為 が反映されているとみなした。その結果、ルサールカが人間をくすぐる、あるいはくすぐり 殺す行為は、穀物の生育を促すような笑いを引き起こすものであり、また、その行為による 殺害も豊かな収穫をもたらすことにつながると考えられる。よって、ルサールカの行為「く すぐる/くすぐり殺す」は豊穣をもたらすための呪術的行為であると結論付けられる。

参考文献

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(15)

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参照

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