●米国高速鉄道整備計画について
昨年 2 月に米国再生・再投資法(ARRA: American Recovery American Recovery and Reinvestment Act)が成立し総額約 7,870 億ドルもの景気刺激策が打ち出された。そのう ち約 80 億ドルが高速鉄道の整備のために費やされ、また本年 2 月にオバマ大統領から議会 に提出された 2011 年度予算教書においても、今後 5 年間にわたり毎年 10 億ドルずつ高速 鉄道の整備に充てるとしているなど、米国における高速鉄道計画が注目を集めている。 米国における人々の移動手段の中心は、長距離は飛行機、短・中距離は自家用車であり、 鉄道による移動はマイナーな手段となっている。東海岸等ごく一部に高速鉄道が走ってい るものの、その技術・ノウハウは米国よりも諸外国にあり、今回の高速鉄道への投資計画 を受け、高速鉄道技術を持つ各国が競って受注獲得を目指している状況。 そのような中、6 月下旬、イリノイ州シカゴにおいて、日本の高速鉄道、新幹線を売り込 むことを目的としたセミナーが開催された。同セミナーには前原国土交通大臣をはじめ関 連する日本政府と企業トップが参加し、日本が有する高速鉄道技術の優位性とともに地域 経済の発展や雇用創出への貢献についてアピールした。米国における高速鉄道計画の概要 と同セミナーにおいて披露された内容を中心に報告する。 1.米国高速鉄道整備計画の概要 ARRA による高速鉄道計画への投資に際し、2009 年 4 月に運輸省連邦鉄道管理局から「Vision For HIGH-SPEED RAIL In America」と題するレポートが発表された。同レポートでは過去こ れまでに連邦政府による鉄道への投資の歴史を示しつつ、今回の計画はそれらと比較しても
類を見ない金額を投資する、歴史的なものであるとしている(図1参照)。
また、同レポートにおいて、現在、米国にて唯一の高速鉄道であるノースイーストコリ ドー(North East Corridor: NEC)の改善も含めて 11 の路線が今回の投資の対象となると 言及された。(図2参照)
図2 高速鉄道網ネットワーク
出所:Vision For HIGH-SPEED RAIL In America
その後、各州からの提案を経て本年 1 月に ARRA による助成金の割り当てが発表された。 以下、それぞれの地区の計画について概要を記す。 2.各路線の概要 (1)フロリダ 補助額:12.5 億ドル 関係州:フロリダ州 全長:324 マイル ○タンパ-オーランド間 高速鉄道専用線を新たに敷設し、最高時速 168 マイル で一日 16 往復する。現状、車では 90 分かかるところ を 60 分以内とする。2014 年までの完成を目指す。 ○オーランド-マイアミ間 最高時速 186 マイルにて走行し、両都市を約 2 時間半
(2)カリフォルニア 補助額:23.4 億ドル 関係州:カリフォルニア州、 ネバダ州 全長:1,995 マイル カリフォルニアにおける長期計 画は全米でも最も野心的。 フェーズ 1 では、アナハイム、ロ サンゼルスからサンフランシス コまでを 2020 年までに、また、 フェーズ 2 として、サンディエゴ からサクラメントまでを 2026 年 までに完成させることを目指す。 ロサンゼルス-サンフランシスコ間については、現在車で 6 時間かかるところを、最高 時速 220 マイルにて走行し 2 時間 40 分で結ぶことを目指す。フェーズ 1 の完成で年間 3,500 万人から 5,800 万人の乗客を見込み、フェーズ 2 まで完成した際には年間 1 億人と世界で も最大規模の乗客数を見込む。 (3)シカゴ-セントルイス-カンザスシティ 補助額:11.3 億ドル 関係州:イリノイ州、ミズーリ州、 カンザス州 全長:570 マイル ○シカゴ-セントルイス間 既存の路線、駅を活用しつつ、 最新技術を導入し、両都市間 を車での移動よりも 10%、既 存路線よりも 30%早い約 4 時 間で結ぶとともに、時間の正 確性の向上も目指す。最高時 速は 110 マイルで、1 日 8 往復 を目指す。 ○セントルイス-カンザスシティ間 2008 年現在、18%の時間の正確性を今後 5 年間で 85%までに向上させる。最高時速は 110 マイル。
(4)マディソン-ミルウォーキー-シカゴ 補助額:8.2 億ドル 関係州:イリノイ州、ウィスコ ンシン州、ミネソタ州 全長:441 マイル ○シカゴ-ミルウォーキー間 既存路線を活用し、現状最高 時速 79 マイルを 110 マイル まで上げ、30%時間を短縮さ せるとともに、信頼性、時間 の正確性を向上させる。 ○ミルウォーキー-マディソン間 ウィスコンシン州における2大都市であるミルウォーキーとマディソン間には、現状鉄 道は敷設されていない。両都市を結ぶ路線から 30 マイル以内の地域にウィスコンシン 州の人口の約 76%が住むこととなる。最高時速 110 マイルの新たな鉄道を 2013 年まで に開業することを目指す。 (5)シャーロット-ローリー-リッチモンド-ワシントン D.C. 補助額:6.2 億ドル 関係州:ノースカロライナ州、 ヴァージニア州、 ワシントン D.C. 全長:480 マイル ○シャーロット-ローリー間 現状最高時速 90 マイルのと ころを 110 マイルまで向上さ せるとともに、一日当たりの 便数を 2 倍にすることを目指 す。 ○ローリー-リッチモンド間 鉄道渋滞緩和のために新たに 4 つの陸橋等を建設し所要時間の短縮を図る。 ○リッチモンド-ワシントン D.C.間 現状において最もひどいボトルネックとなっている個所を解消するために、約 11 マイ ル以上の高速鉄道専用線を建設予定。その他にも様々な改善を施し、時間の正確性の向
(6)ユージーン-ポートランド-シアトル 補助額:6.0 億ドル 関係州:ワシントン州、オレゴン州 全長:467 マイル ○シアトル-ポートランド間 現状の鉄道の改善に加えて、必要 な個所には新たにバイパスを建設 すする。これにより、一日当たり の便数を 2 往復増加させ 6 往復に、 所要時間を最低でも 5%削減、加え て時間の正確性を 62%から 88%ま で向上させる。 長期的には高速鉄道専用線を敷設 し、最高時速 150 マイルで一日 13 往復を目指す。 ○ポートランド-ユージーン間 ポートランドユニオン駅を含め、線路や信号機システムを改善し、信頼性を向上させる とともに、鉄道渋滞を解消させる。 (7)デトロイト-シカゴ 補助額:2.4 億ドル 関係州:イリノイ州、 イ ン デ ィ ア ナ 州 、 ミ シ ガン州 全長:300 マイル シカゴ近郊においては、新たな線路を建設して鉄道渋滞を解消させ、約 40%速度を向上 させる。その他の地域においても、駅の改修、信号機システムの改善、高速鉄道専用の 陸橋の建設などにより信頼性の向上を図る。長期的には、シカゴ-デトロイト間を最高 時速 110 マイルでの走行を目指す。
(8)オハイオ 補助額:4 億ドル 関係州:オハイオ州 全長:250 マイル クリーブランド、コロンバス、 デイトン、シンシナティーの オハイオ州における大都市 を結ぶ路線は現在旅客列車 は走っていない。 新たな駅の建設や既存の線 路の改修により、最高時速 79 マイル、一日あたり 3 往 復を走らせることを目指す。 (9)ノースイースト 補助額:11.9 億ドル(アムトラック向けへの補助を含む) 関係州:メイン州、バーモント州、ニューハンプシャー州、 マサチューセッツ州、ロードアイランド州 コネチカット州、ニューヨーク州、 ニュージャージー州、ペンシルバニア州 デラウェア州、メリーランド州、 ワシントン D.C. 全長:2,353 マイル 現状、米国においてもっ とも鉄道網が発達してい る地域。ワシントン D.C -ニューヨーク-ボスト ンを結ぶ路線は、2008 年 において 1,150 万人の利 用者があったなど、まさ に中枢。当該路線を含む 7つの路線においてそれ ぞれ、駅の改修、鉄道 渋滞解消のためのバイパス整備、信号機システムの改善等により、それぞれ増便、時短、
3.2010 年度予算における連邦政府による投資 約 80 億ドルの ARRA による予算措置に加えて、2010 年度予算からも高速鉄道の整備に向 けて約 23 億ドルが用意されている。8 月 16 日、運輸省は各州から提案状況について発表し たところ、それによると 25 の州から 77 の提案があり、その総額は 85 億ドルに及ぶという。 今後、鉄道管理局により選定プロセスに入る。 各州が高速鉄道の整備に対して非常に力を入れていることが伺える半面、例えば中西部 地域の多くの州などは、財政状況が非常に厳しく州政府による予算措置が難しい。こうし たことも、多くの提案が連邦政府からの予算措置に集まったとも見ることができそうだ。 4.シカゴにおける高速鉄道セミナーの概要 上記のとおり、全米各地において高速鉄道整備計画が進められている中、高速鉄道の技 術を有する国々による受注合戦が今後本格的になるとみられる。このような中、6 月 28 日、 シカゴにて高速鉄道セミナーが開催された。同セミナーは、米国中西部地域における高速 鉄道計画のけん引役であるダニエル・リピンスキー連邦下院議員などをはじめ多くの参加 者を集め、日本が有する高速鉄道技術の優位性とともに地域経済の発展や雇用創出への貢 献についてアピールした。 日本からは前原誠司国土交通大臣、 清野智 JR 東日本社長、田中宏昌 JR 東 海顧問らが出席し、新幹線をはじめと した日本の高速鉄道技術の歴史と優位 性、また高速鉄道がもたらした地域経 済の発展の実例等について紹介し、ト ップセールスを行った。 セミナーには会場のキャパシティを 大きく超える 500 名以上が集まり、同 時中継を行うモニター部屋を用意する など大盛況の中での開催となった。 まず、主催者挨拶として、前原国土交通大臣、藤崎一郎駐米大使、清野海外鉄道推進協 議会会長代行(JR 本社長)、羽生次郎運輸政策研究機構会長が壇上に上がった。前原大臣か らは、米国での高速鉄道開発における日本ができる技術的な貢献として、新幹線の 45 年の 歴史の中で乗客の死傷者がゼロであること、平均遅延が 1 分以下であるという安全性と正 確性について、また、在来線と高速鉄道専用線の組み合わせ、積雪対策、騒音対策、地震 対策といった多様なニーズや条件へ対応が可能であることをあげた。また、日本において 新幹線が開通したことによる時間短縮とそれに伴う乗客数の増加および経済的波及効果に ついて、鹿児島県および山形県の例を具体的数字を用いて説明し、高速鉄道がもたらす雇 用創出と地域経済の活性化の可能性について強調した。 基調講演に続いて、ダニエル・リピンスキー連邦下院議員、エリーヌ・ネクリッツ・イ リノイ州下院議員、パット・クイン・イリノイ州知事の代理としてゲイリー・ハニング・ イリノイ州運輸局長、リチャード・デイリー・シカゴ市長の代理としてボビー・ウェア・ シカゴ市運輸局長、中西部高速鉄道協会(Midwest High Speed Rail Association)のリチ
米国側スピーカーは、高速鉄道がもたらす地域経済の発展や新規雇用創出について、大 きな期待が寄せられ、在来路線であるアムトラックとの連携も図りつつ積極的に推進して いきたいとした。他方、イリノイ州をはじめとした中西部の多くの州では財政難に直面し ており、資金面については不安な面もみられる。シカゴをハブとする中西部地域の 4 の高速 鉄道計画に対しては、ARRA から合計約 26 億ドルの助成金が充てられることが決まっているが、 各スピーカーは、更なる予算措置の必要性を訴え、その立法化が課題であるとした。また、 財政的な理由等から高速鉄道に反対している政治家に対しての啓発活動も必要と訴えた。 研究報告、政策・技術紹介セッションでは、運輸政策研究機構による研究成果の発表お よび各日本企業から事業等の紹介が行われた。 運輸政策研究機構の田中由紀国際業務室長は、単なる高速鉄道の開発・整備にとどまら ず、関連した政策を統合的に推進していくことが重要であると報告した。例えば、ダウン タウンにおける路面電車の整備といった他の公共交通機関とのシームレスなコネクション を進める等の交通政策、駅を中心と位置付けたショッピングセンターの開発などを含む地 域コミュニケーションの開発等の経済政策を一体的に進めることにより、高速鉄道のもた らす便益が飛躍的に増大するとした。また、日本における「駅ナカ」の開発事例を示し、 駅が駅としての機能のみならず、駅自体が訪問目的地となるような住みやすい都市の中心 地という位置づけであることを紹介した。 続いて、新幹線を運営している JR 東日本の清野社長および JR の田中顧問がプレゼンテー ションを行った。両氏からは、新幹線のもつ以下のような利点について、他国の高速鉄道 との比較も交えながら紹介し、技術的優位性を訴えた。 ○高速性 ・2013 年までに営業運転速度時速 200 マイル(320 キロ)を達成する計画があること。 ・停止時からトップスピードに至るまでの加速が優れていること。 ○安全性 ・1964 年の開業以来、列車の事故による乗客の死傷者がゼロであること。 ○大容量 ・2 階建て車両は 1,634 席を有し、世界最大の乗客を収容する高速鉄道であること。 ○高頻度 ・東京駅では、2 つのプラットフォームから最短 4 分間隔で、1 日あたり 400 便が出発 すること。 ・列車到着から乗客が降車し車内清掃をした後出発するまで最短 12 分であること。 加えて、在来線ネットワークとの連携を図ることにより高速鉄道の価値を最大化するこ とができると指摘した。また、品川駅、新横浜駅、佐久平駅等の実例を用い、駅そのもの および駅周辺の開発を行い、地域経済の発展に寄与してきていることについて紹介した。 続いて、新幹線の車両を製造している、川崎重工(Kawasaki Rail Car, Inc.)のモーリ ス・アンドリーニ・シニアマネージャー、日本車両 USA の望月保彦社長の両氏、および車
米国各地における多数の通勤電車車両の納入の実績があること、それらの車両が米国国内 で生産されていることを強調し、仮に高速鉄道車両の受注があった場合でも米国国内にお いて生産するとして、米国における雇用の促進、地域経済の発展に寄与していくことをア ピールした。 高速鉄道セミナーに併せて設置 したポスター展示のスペースにお いては、セミナーにおいてプレゼ ンテーションをした各社以外にも 複数の日本企業が出展した。パン フレット、パネルと共に模型や動 画等を展示し、多くの来場者の目 を引きとめた。