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中国四国教育学会教育学研究ジャーナル第 6 号 ニュージーランドのナショナルカリキュラム Te Whāriki に基づいた保育評価に関する研究 Learning Story と Kei Tua o te Pae に注目して 飯野祐樹 ( 広島大学大学院 院生 ) The stu

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ニュージーランドのナショナルカリキュラム

“Te Whāriki”に基づいた保育評価に関する研究

― Learning Story と Kei Tua o te Pae に注目して ―

飯 野 祐 樹

(広島大学大学院・院生)

The study of assessment based on “Te Whāriki” in early childhood education in New Zealand: Focusing to Learning story and Kei tua o te Pae

Yuki IINO    New Zealand is widely known as the first country in the world to implement a nationwhidepreschool-education curriculum. This study focuses on the National curriculum named “Te Whāriki”, and to examine the assessment procedure. In so doing, this study analyses the “Learning Story”, the original evaluation method used in New Zealand, and its guidebook, “Kei Tua o te Pae”. In addition, the author’s personal observations during his visit to New Zealand has also been included in the analysis. The philosophy and background of the curriculum evaluation were examined with consideration to these factors.

   As a result, the evaluation revealed a “Sociocultural” perspective as the basis of New Zealand’s preschool-education curriculum evaluation, and the following three points were evidenced as fundamental elements:

1) A child’s involvement in the learning community 2) A child’s training as an autonomous learnier 3) Evaluation with continuousness of facilities and home

   These three elements together were observed to lead to a strong link between the society, the curriculum, and the evaluation. These elements were found to encourage children to become involved in the community early in their childhood.

1.はじめに

 ニュージーランドは,世界で最初の就学前教育統一 カリキュラムの実践国として広く知られており,1986 年の保育部門の教育省への移行を機に,就学前段階に おける所管統一が達成された。この背景には,国内の 多様な幼児教育機関1)における保育の質の向上という 目的があり,これにより教育全体の質を向上させ,経 済活力の維持,そして将来的には教育や福祉のコスト 削減に結びつくというように,社会的に先行投資を行 うという点に政府は価値を見出していた2)。この所管 統一をはじめとし,その後現在に至るまでに,各施設 の補助金格差の解消や保育者養成課程の統合というよ うに,幼保一元化に関する改革が次々と実施されてい る。中でも,1996年に教育省によって作成された幼保 統合型カリキュラム「Te Whāriki(テファリキ)」3)4) はすべての乳幼児教育施設に適用がなされ,身体的, 知的,情緒的,社会的発達のバランスを基礎とするよ うな,いわゆる従来の伝統的なカリキュラムとは異 なった斬新な構造ゆえに,世界的に注目されるように なった5)  このような新たな観点からの保育カリキュラム作成 に伴い,当然のことながら,従前の保育評価にも Te Whāriki に対応し得る形態への改良が求められること となった。それまで,ニュージーランドにおける保育 評価の目的は,Carr6)が指摘しているように,就学に

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― Learning Story と Kei Tua o te Pae に注目して ― 必要な能力を獲得しているか否かを判断することに重 点が置かれており,そこでは標準化されたアチーブメ ントやチェックリストなどによる均一的とも言える評 価が一般的に行われていた。このような状況を鑑み, 1990年代以降,教育省主導の下で,より個別具体的で, 子ども個々の可能性に焦点を当てた評価観点の構築を 目的とし,2つのプロジェクトが実施されることとなっ た。これによりニュージーランド特有の保育評価とし て確立されたのが,“Learning Story”(ラーニング・ ストーリー)と名づけられた保育記録による評価法で あり,加えて2004年には評価の手引書として“Kei Tua o te Pae”(ケイ・トゥ・ア・オ・テ・パエ)が教 育省から出版され保育評価の精微化が試みられている。  ところで,わが国においても Te Whāriki の構造や Learning Story を用いた評価法に焦点を当て,ニュー ジーランドの保育評価の検討を行った論稿が若干では あるが看取される7)8)。しかし,これらの論稿は,カ リキュラム及び評価法それぞれについて単独で検討を 行ったものがほとんどであり,「カリキュラムと評価 法とを相対的にとらえることでニュージーランドの保 育評価について論究を行う」という視角は,未だ検討 の余地があると考える。さらに,わが国においては, 手引書である Kei Tua o te Pae をふまえニュージー ランドの保育評価について論究を行ったものはこれま でなされておらず,この資料を用いた検討はこれまで の先行研究に新たな知見を加えるものになるとも考え る。そして,このように,カリキュラムと評価とが密 に関連を持つニュージーランドの保育評価の構造から その評価観点を分析することは,単に先行研究の知見 を深化させるのみならず,わが国の保育評価において も「子ども理解」,「自己評価」そして,「自園評価」 という点において新たな観点を提供し得るものとなる だろう。  そこで,本研究はニュージーランドの保育評価につ いて Learning Story 及び Kei Tua o te Pae ふまえな がら,カリキュラムと保育評価との関連について検討 を行うと共に,いかにして個別具体的な評価が展開さ れているのかについて,その基本的実態を明らかにす ることを目的とする。

2.Te Whāriki の作成及び

その構造について 

 1991年,Te Whāriki の作成において政府から委託さ れ中心的役割を果たしたのが,当時ワイカト(Waikato) 大学で上級講師を務めていた Helen May と Margaret Carr である。May と Carr は,就学前教育サービス

の多様性に加え文化的多様性を含むような形態のカリ キュラム作成に取り組み,その過程では数多くの保育 経験者や保育実践者から意見,知恵,見識,経験が集 められた。そして,1993年に Te Whāriki と名付けら れたナショナル・カリキュラムの草案が教育省によっ て公表された後,各地で試行及び改善が加えられ, 1996年に政府は Te Whāriki の最終版を公表するに 至った。このように,Te Whāriki は May と Carr を 中心とし,広く就学前教育関係者からの意見を取り入 れるような努力がなされた結果,政府からのトップダ ウンの形式ではなく,実践の場からのボトムアップの 形式で作成がなされた点に特徴がある。また,その構 造は多様な保育施設の価値観を尊重し,それぞれが実 質的に独自のカリキュラム作成や実践が可能となるよ うに,基本的な保育の原理や領域,いわば保育哲学が 示される一方で,細かい保育内容や保育方法について は示されていない9)。その後,1998年4月にはチャー ター10)を付与された施設に,このカリキュラムに従う ことが義務付けられ,Te Whāriki の実施は,補助金 交付の条件となり,現在ではほぼすべての就学前教育 施設が Te Whāriki に基づいた保育評価を行っている。  Te Whāriki の構造としては,ニュージーランドの 多様な保育の価値観を尊重していること,そして,学 校教育の基礎を形作るものであること,というふたつ の側面を満たすカリキュラムとして成立している11) その内容は,PartA から PartD までの計4つのセクショ ンから構成された A4版の冊子100頁に記されている。 まず,PartA では,Te Whāriki の基本概念について 記され,PartB では,ニュージーランドの先住民族で あるマオリ(Māori)族の子どもに対するカリキュラ ムについて,PartC では,Te Whāriki の原理・要素・ 達成目標に関して,そして,PartD では,Te Whāriki の枠組みに基づき子どもが獲得すべき能力についての 記載がなされている12)。中でも,PartC に関しては最 も多くの頁が配分されており,そこでは,保育の原理 として,「エンパワーメント」,「調和的な発達」,「家 庭と地域」,「関係性」という4つの項目が,そして, それぞれの原理の領域として,「ウェルビーイング」, 「所属」,「貢献」,「コミュニケーション」,「探求」と いう5つの項目をふまえ保育評価に関する記載がなさ れている13)。また,Te Whāriki を基にした保育評価 においてキーワードとなるのが,「社会文化的(Socio Cultural)」な観点からの評価である14)。Lee & Carr15)

は,この観点を構成する要素として Te Whāriki の4 原理を位置づけており,ニュージーランドの保育評価 において示される社会文化的な観点とは,これら4原 理の総体を意味している。さらに各領域には,数項目

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の達成目標と共に具体的なねらいや具体例が記され, 自己評価や省察の際に参考になるような「問い」につ い て も い く つ か 提 示 が な さ れ て い る。 ま た,Te Whāriki における発達段階は,月齢や年齢によって細 かく細分化されているわけではなく,その枠組みは, infant(新生児),toddler(よちよち歩き),young children(幼児)と,3つに区分されているのみであり, 枠組みを大きく設定することでそれぞれの子どもの成 長に応じた目標を掲げることができるような構成に なっている。  このように,Te Whāriki は,4原理と5領域を基礎 とした構造から成り立っており,その枠組みも「個々 の成長」,或いは,「コミュニティーの一員」という点 に焦点が当てられた形態となっていることが理解でき る。また,ここで注目しておきたいのは,原理のひと つに「家庭と地域」,領域のひとつに「所属」が位置 づけられていることである。つまり,Te Whāriki に おいては保育者と共に,保護者についても子どもに対 する教育協働者として位置づけられている点が特徴の 1つとして挙げられよう。

3.Te Whāriki に基づいた

評価法について   

(1)自己評価としての Learning Story  Te Whāriki に基づいた保育評価はどのようになさ れるのか。ニュージーランドにおいてこの役割を担っ ているのが,1989年法の成立に伴い,教育省から独立 した形で設立された教育評価局(Education Review Office: ERO)である。評価は無償で行われ,乳幼児 教育施設に対して教育評価局に任命された評価員が, 保育プログラムの内容,運営的側面,(政府が決定した) 政策への参加状況,そして,規則の順守,という4つ の観点から評価を行うこととなる16)。また,基本的に 評価員による保育評価は,平均3年サイクルで行われ, 問題があると判断された場合は教育評価局の支援提供 の後,12ヵ月以内に追加の評価調査が行われることと なる。さらに,この調査においても,独力での改善が 困難と判断された場合は,教育省の介入が加えられ再 度,改善を目指すこととなる。  このように,予め設定されている評価指標に加え, 評価員が重視するもう1つの要素が各施設の自立性や 主体性の下に行われる自己評価であり17),その際,自 己評価の一環として教育評価局に提示されるのが “Learning Story”である。“Learning Story”とは,

対 話 の 共 有 を 目 的 と し 作 成 さ れ る 記 録 物 で,Te Whāriki の作成以降,これに対応しうる評価方法とし てニュージーランドのあまねく就学前教育施設に拡 がっていった。そこでは,写真や子どもの作品のコピー を基に場面記録が作成され,これらに対して,教師, 子ども,そして,家族の評価がコメントとして内包さ れる。また,Learning Story は主に施設での作成が 中心となっている一方,家庭で作成がなされるケース も多く見受けられ,子ども自身が自分の Learning Story の作成に協力する機会も多く設けられている。 これにより,ひとつの記録がいくつかの異なった方法 で作成及び理解がなされるというように,それぞれの 記録に対する解釈が価値をもつことになる。このよう に,複数の観点からの解釈は,子どもの様子について 共通理解をもたらし,さらには,先の展開の可能性を 引き出すことにもつながっていく点に意義が見出され ている。

(2) Learning Story の枠組み構築 ― Te Whāriki との関連の中で ―  Te Whāriki の作成においては多様な観点からの検討 がなされたが,とりわけ重点が置かれていたのは,カ リキュラムと評価とをいかに関連付けるかであった18) しかし,Te Whāriki においては,社会文化的な観点 からの評価がなされるという点においては一致がみら れたものの,その評価方法については具体的な方法が 確立されるまでには至っていなかった19)20)21)  前述のように,Te Whāriki 作成以前にニュージー ランドでは就学が可能か否かを判断するというように チェックリストなどを用いた画一的な評価が行われる 傾向があった。当然のように,このような評価法にも Te Whāriki の作成に伴い見直しが迫られることとな り, 検 討 が 重 ね ら れ た 結 果, 教 育 省 に よ っ て Te Whāriki に基づいた評価観点として以下の4項目が提 示された22)  1.子どもの学びを全体的な視野を通してとらえる  2. 子ども,子どもを取り巻く人々,さらには環境 というように様々な関係性をとらえる  3.家族が評価に参加する  4.子どもを有能で優秀な学び手としてとらえる  しかし,このような具体的な観点が教育省から提示 はされたものの,その実情としては,就学前教育施設 に教育評価局の監査が入り始めた1990年代中頃になっ ても具体的な評価方法の構築までには至っておらず, 教師や子どもの学びに寄与し,多様な文化や民族の価 値観にも対応でき得る評価法の構築は喫緊の課題とし て残っていた23)

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― Learning Story と Kei Tua o te Pae に注目して ―  このような現状を鑑みた政府は,Te Whāriki の原

理に基づき,社会文化的な観点からの評価の枠組みを 構築するために2つのプロジェクトを実施した。その ひとつが,Te Whāriki の作成者でもある Margaret Carr を中心に行われた Learning Story の枠組み作り である24)。Carr は Learning Story の枠組みについて

1995年から数年をかけて研究プロジェクトを立ち上げ 検討を行った。その結果,Te Whāriki の4つの原理に 基づいた評価の観点として,1.子どもの興味や関心, 2.子どもの所属感や安心感,3.困難なことや不確実 なことに立ち向かう姿勢,4.他者とのコミュニケー ション,そして,5.物事に対する責任感,という5項 目を見出した。また,それぞれの項目は,Drummond25) が示した評価理念をふまえ,1.日々の生活の中で子 どもたちが学び理解する姿勢に焦点を当てる,2.子 ども個々の長所を見つめる,という2つの主要な観点 を基軸に評価が展開されることとなった。さらに, Carr ら26)は,Learning Story の活用可能性として,

子どもの保育に携わるすべての者の対話を取り込み, この過程は学びと教授に基づいた民主的なコミュニ ティーの構築に寄与することを指し示した。以上のよ うな点をふまえ,Carr ら27)は Learning Story の最終

的な定義として,「Learning Story は,子どもたちの 長所に焦点を当て物語に基づいた特別な記録法であ り,そこでは,Te Whāriki との調和の中で,子ども たちの学習者として成長する姿勢が保護される」とい う内容を報告した。その後,Learning Story は「ティー チングストーリー(Teaching Stories)」というプロ グラムで就学前教育施設に少しずつ拡がっていくこと となる28)  このように,Learning Story に基づいた保育評価 においては,予め準備されたチェックリストに基づい て技能や能力をとらえるというものではなく,流動的 な生活の中で偶発的に生起する子ども個々の「学び」 や「長所」に焦点を当てることによって,個別具体的 に子どもの可能性を柔軟にとらえていこうとする姿勢 がうかがえる。さらに,記録に多くの関係者が参加す ることで,子どもの様子を多角的にとらえ,加えて, 記録者同士の情報共有によって関係性が構築されてい くことが構造上可能となるわけである。

4.Learning Story の作成方法

について        

 では,具体的に Learning Story はどのように作成 及び活用がなされているのか。本節では,ニュージー ランドの就学前教育施設で実際に作成された Learning Story を用いて,その作成形態及び記録方法,さらに は,Te Whāriki に基づいた評価方法について実証的 に検討を行うこととする。 (1)共有物としての Learning Story  一般的に,ニュージーランドの就学前教育施設では, 一人ひとりの子どもを対象に A4型のリングファイル を用いたポートフォリオ29)の作成がなされており, その中の記録物のひとつとして Learning Story が保 存される。ポートフォリオは,教室内の棚に,教師, 子ども,そして,保護者の誰もがいつでも自由に見ら れるように置かれており(写真1),それぞれの表紙に は子どもの名前と写真が貼られている(写真2)。また, 個人のポートフォリオと共に,グループを対象にした ポートフォリオについても同時進行で作成がなされて いる(写真3)。その表紙にも,「このフォルダーの物 語は私たちの冒険の軌跡です。ぜひ手にとって見てく ださい」と記されているように,Learning Story は いつでも自由に閲覧できる状態になっており,実際, 保育中に子どもと教師が共に Learning Story を共有 したり,送り迎えに来た保護者が手に取り教師と共有 したりしている様子が多く見受けられる。そして,表 紙をめくった1ページ目には Te Whāriki の枠組みと達 成目標が保護者に向けて分かりやすく記されており30) 加えてそれに基づいた各園の保育方針や保育目標が記 されている。続いて,2ページ目には,家族構成や子 どもの好きなことというように,入園段階での子ども 写真1 写真2 写真3

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の状況が保護者によって作成される頁が設けられてお り,これらの手順はどの施設のポートフォリオにおい ても共通して見受けられる。 (2)記録方法について  Learning Story では,子どもの姿や実践が,写真 や文章,そして,製作物などを通して表現されており, その表現方法は実に多様である。主に Learning Story の作成は保育後に行われ,教師1人当たりが平均で3人 から5人の子どもの記録を担当し,1日に1人という割 合で作成がなされている。また,その作成形態も施設 によって特徴があり,大別すると以下の3つの形態に 分類がなされる。とりわけ,最も多く活用がなされて いるのが記録例1に示した形態であり,左半分に活動 の流れを示す写真が4枚から5枚提示され,右半分には 記述による10分程度の場面記録と(上段),それに対 する教師の自己評価が記されている(下段)。この他 にも,Learning Story の形態としては,Te Whāriki の4原理に対応させながら場面記録を綴る形態のもの や(記録例2),構造的に場面をとらえる形態(記録例 3),という3つの形態に大別される。  また,Learning Story の特徴の1つとして挙げられ るのが,それぞれの活動記録に適したタイトルが付け られているということである。例えば,記録例1では, 「クマをつかまえに行こう」というタイトルが付けら れているように,そこには教師の創意や遊び心が見え 隠れしている。さらに,目線を記録内容に転じれば, その内容は子どもの「会話」,つまり,「声(Voice)」 に焦点が当てられていることも特徴の1つであり,そ こには保育者の所見は一切含まれていない。これによ り,活動場面が忠実に描出され,保護者が閲覧すると きも教師の主観にとらわれない,子どものありのまま の様子が把握できるような構成になっている。  以上のように,Learning Story の作成には教師に ある程度の裁量が委ねられ,枠組みに特定の形態が設 けられていない。これは,教師が伝えたいことをいか にして効果的に伝えるかという点に重点が置かれてい るためであり,これにより,教師の価値観や保育観に 沿った記録の構築が可能となっている。 (3)評価方法について  場面記録と共に Learning Story の作成において必 要となるのが,Te Whāriki に基づいた評価であり, この表現方法も記録ごとに異なりがある。例えば,そ の活動場面に対して「探求は段階4」そして,「コミュ ニケーションは段階1」というように,Te Whāriki の 原理ごとの達成目標31)に基づき評価を行っているも の(評価法1)。また,Te Whāriki の理念に基づき, それぞれの原理を相対的に組み込みながら評価を行っ たもの(評価法2),という2形態の下で表現がなされ ている。 記録例1 記録例2 記録例3 【評価法1】 探求→段階4  この活動によって幼児は活動の幅を拡げようとして おり,新たな関係性を構築しようとしている。 コミュニケーション→段階1  幼児(対象児)は三輪車に乗りながら,友達に対し て「角を曲がってください」や「歩行者に気をつけて ください」というようなかけ声をし,お互いの意思を 確認し合おうとしている姿が見られる。

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― Learning Story と Kei Tua o te Pae に注目して ―  これら2つの評価法のように,それぞれの Learning Story には Te Whāriki に基づいた評価が加えられて おり,記録の対象となる場面が10分程度の短い場面に 絞られることで,Te Whāriki に明確に位置づけるこ とが可能となっている。また,評価の観点としては, 上述したように,子どもの「できないこと」よりも「で きること,または,できる可能性を秘めていること」 のように子どもの「長所」に焦点が当てられているこ とがこれらの評価法からもうかがうことができる。さ らに,教師の評価に加えて,保護者のコメントも Learning Story には多く付け加えられおり,教師と 保護者それぞれの評価内容が共有されることで保護者 も子どもの評価者になるというように,Learning Story は開かれた評価形態となっている。

5.Kei Tua o te Pae の作成

(1)Kei Tua o te Pae の理念について

 Learning Story の枠組み作りと共に,政府が取り 組んだもうひとつのプロジェクトが,社会文化的な観 点からの評価基準の構築である。そのために,政府は 2001年から就学前教育施設で作成がなされた様々な形 態の Learning Story を収集し,以下の5つの理念を基 に“Kei Tua o te Pae32)”と呼ばれる評価基準の作成

に着手した33)  1. 幼 児 教 育 の 評 価 を 支 援 す る も の で あ り,Te Whāriki の理念に基づき,「教え」と「学び」の 要素が組み込まれている  2. Te Whāriki の理念に基づき,学習の性質である, 知識,能力,そして,態度が融合しながら学び が進展していく過程を例証する  3. 家族の幼児教育への参加や,マオリの子どもへ の評価も考慮に入れながら,学びや評価の観点 を発展させる  4. 保護者,家族,教師,そして,子どもたちが協 働しながら子どもの学びや評価について話し合 うことで,進行中の学びについてはさらに深化 させ,これからの学びについては多様な道筋の 構築が可能となるようにする  5. 子どもたちの個性や所属感を大切にしながら, すべての子どもたちが有能な学習者であるとい う認識を深められるような質の経験を増やして いく  これらの点をふまえ,2005年に Learning Story の 評価モデルが Kei Tua o te Pae として8冊の冊子となっ て出版されることとなり,すべての認可を受けている 就学前教育施設に配布された。そして,2006年には特 別な支援を必要とする子どもの評価に焦点を当てた第 9巻,さらに,2007年には Te Whāriki の領域に焦点 を当てた評価基準が新たに6巻加えられ計15巻となっ た。一般的に冊子は,2つのリングフォルダーに保存 がなされ,1つ目のフォルダーに1-9巻が,2つ目のフォ ルダーには10-15巻が保存されている。各巻の主題は 以下の通りである。  それぞれの巻は共通して,冒頭で巻の主題と Te Whāriki における評価や学びの理念とを関連づけた説 明が記されており,残りの頁でそれぞれの主題に則し た多様な形態の Learning Story の見本の提示が行わ 【評価法2】 Te Whāriki とのリンク  幼児(対象児)は,友達との関係を通して,学び合 いの場を経験しているようである。このような環境は, 知識や能力を向上させ,友達と楽しむ態度が身につい ているものと考える。  また,友達の輪の中にいることで,責任感,問題解 決能力,他者理解が身につき,自尊感情や役割取得が 身につくものと考える。

 1 巻 Kei Tua o te Pae の紹介

 ・ Kei Tua o te Pae の作成目的と中心的な課題につい て:学びの評価とは何か? 2 巻 社会文化的な評価  ・カリキュラムと評価における社会文化的な視点の概要  ・このシリーズで取り上げる作成例の性質について  3 巻 2つの文化の評価  ・2つの文化の評価に至る実践過程について  4 巻 子どもが自分の評価に参加する  ・子どもの声を拾うための様々な方法について  5 巻 評価と学び:共同体  ・ 評価がいかにして学習の共同体に内包され,学習の 共同体を構成していくのか 6 巻 評価と学び:能力  ・ 能力を認識することによってどのように評価が可視 的なものとなるのか 7 巻 評価と学び:連続性  ・評価がどのように学びの広がりをもたらすのか  8 巻 乳児と幼児の評価  ・乳児と幼児の評価を明確にする 9 巻 包括的な評価 10巻 11巻から15巻の説明 11巻 Te Whāriki 領域「所属」 12巻 Te Whāriki 領域「ウェルビーング」 13巻 Te Whāriki 領域「探求」 14巻 Te Whāriki 領域「コミュニケーション」 15巻 Te Whāriki 領域「貢献」

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れている。それぞれの見本には,その事例に関するふ り返りの視点と共に,評価法に関する注釈が記されて いる。ふり返りにおける視点については,フォルダー 1(1巻から9巻)とフォルダー 2(10巻から15巻)で 違いがあり,フォルダー 1では,「そこで何が起こっ たのか」,「その Learning Story にはどのような評価 基準が用いられるか」,「この Learning Story がどの ようにその評価を導いたのか」,「この Learning Story はあなたの内省や認識に何を語りかけているか」とい う4つの共通した質問が投げかけられている。一方, フォルダー 2においては質問項目に若干の修正及び置 き換えが行われ,「そこで何が起こったのか」,「その 評価が学びについて何を語りかけているのか」,「この Learning Story がどのようにその評価を導いたのか」, 「他の Te Whāriki の理念が該当しないか」という4項 目に内容が変更された。この質問項目を整理すると, Kei Tua o te Pae においては,Learning Story の作成 における手引きを基に評価観点を指し示すのみなら ず,いかにして場面記録と Te Whāriki との関連付け 行うかという点について具体的に指し示しているとい う点において意義があると言えるだろう。

(2)Kei Tua o te Pae の活用

 Kei Tua o te Pae に関するプロジェクトでは,その 作成と共に,活用方法の検討についても主要なテーマ として位置づけられていた。このプロジェクトには, 教育省から単年で250万ドルの予算が配分されており, 2004年から2009年までの5ヵ年をかけて,検証が行わ れることになった。また,2006年には,プロジェクトを 発展させるために,保育者養成を担っている大学5校34)

ニュージーランド保育協会(New Zealand Childcare Association),そして,北島に活動拠点が置かれてい る ELP(Education Leadership Project)と契約が結 ばれることとなった。このプロジェクトの目的は, Kei Tua o te Pae の理解を施設の枠組みを越えて深め ることにあり,具体的には,多様な形態の就学前教育 施設が地理的な近接性やサービスの形態をふまえなが ら協働し,アクションプランなどで得られた情報や結 果を幅広く発信することで保育評価の枠組みを共有し ていくことにあった35)。つまり,このプログラムでは, 保育記録としての Learning Story の雛型を指し示し 内容を充実させることで,教師が新たな視点や支援方 法を獲得するというように保育全体の質の底上げを目 的としていたのである。

 また,Kei Tua o te Pae においては,その情報発信 の対象として就学前教育施設やそこに勤務する教師と 共に,第三者機関にも焦点が当てられていたという点 に特徴がある。このプロジェクトで第三者機関として 位置づけられたのは,教育省や教育評価局と共に,教 員免許の発行を行う養成校や就学前教育の評価におい て責任を担っている専門機関,さらには,その他の就 学前教育に関わりがある機関が対象とされ,2006年ま でに156の機関がこのプロジェクトに参加することと なった36)。このように,Kei Tua o te Pae の作成過程

からもうかがえるように,ニュージーランドの保育評 価においては,施設内での評価に加え,地域の資源を も評価者として念頭に置きながら評価体系が構築され たことで,1人の子どもを多様な関係者の視点からと らえられる構造となっている。

 これから,Kei Tua o te Pae の実施は,保育評価に おける観点の構築,教師の職能成長,そして,第三者 機関のプログラムの向上という3点に主眼が置かれて いたことが理解できる。つまり,このプロジェクトの 背景には,Learning Story という記録物に根拠を与 え指針を明確にすることで,評価観点の共有という点 において教師や第三者機関の相互関係をより強固なも のとし,子どもの学びの経験やその成果を多角的に支 えていこうとする理念が位置づいている。

6.おわりに

 以上,ニュージーランドの保育評価における基本的 実態を,その評価法として用いられている Learning Story とその手引書である Kei Tua o te Pae を基に検 討してきたが,それによるとかかる保育評価の中核を なす「社会文化的」な観点からの評価として,およそ 以下の3点が指摘できよう。  第一に,かかる保育評価において重要な観点となる のが,子どもの「学び」のとらえ方である。Lee & Carr37)は,子どもたち自身が潜在能力を有しており, 有能な学習者として認識できるような評価,つまり, 評価自体が子どもたちをエンパワーメントするものと なるためには,Te Whāriki の5領域に照らし合わせな がら,子どもたちの長所にまずは焦点を当てるべきで あると指摘している。この点には,子どもたちが幅広 い経験を通して物事の理解を深めていくことに価値を 見出しており,子どもたちの学びにおける可能性を引 き出すような評価を目指している姿勢がうかがえる。  第二に,Learning Story に代表されるように,評 価には子どもの「声(Voice)」が重視されているとい うことである。なぜなら,子どもたちの声には,活動 の記録を作成するに当たって,その場面を明確に描写し 躍動感を与える効果があるとされているからである38) その方法は多岐にわたっており,子どもの会話録やそ

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― Learning Story と Kei Tua o te Pae に注目して ― れを補完し得る写真,さらには,その場面に対する子 ども自身のコメントが包含されている。この観点によ り,それぞれの子どもの実情や場面に応じて柔軟に記 録形態や記録方法の活用が可能となり,これにより個 に添った記録作成及び保育評価がもたらされていると 言えるだろう。  第三に,ニュージーランドの保育評価においてはそ の評価者が教師とともに,子どもやその家族にも価値 が見出されている点に特徴がある。上述したように, Learning Story は子どもの園での生活の記録に加え, 家庭での子どもの様子を保護者が書き込んだり,それ ぞれの記録に対する子どものコメントが付け加えられ る。これにより,園と家庭との相互関係の構築,さら には,教師と家族が協働評価者となることが可能にな る。つまり,1つの記録に対して様々な関係者のコメ ントが「声」となって生起することで記録が多声的と なり,それは,評価の多面性に繋がるものと考える。  以上をふまえると,社会文化的な観点からの評価の 根底には,「子どもの学習共同体への誘い」,「個を重 視した評価」,そして,「評価の多面性」とい3点の要 素が見出される。これらの要素が複合的に絡み合うこ とで,教師をはじめ,子ども,保護者,そして,関係 者が相互関係を構築しながら,子どもが生活している 環境,空間,そして,人間関係というように多様な観 点からの理解が評価となる点にニュージーランドにお ける保育評価の特性があると言えるだろう。  最後に,ニュージーランドの幼児教育においてはコ ミュニティー全体を通した子育てに重点が置かれ,こ の点がカリキュラムや保育評価の方法にも反映されて いることがうかがえる。これにより,社会,カリキュ ラム,そして,評価との間に強い関連がもたらされ, コミュニティーが一体となって幼児期の教育を進めて いくことが可能になっているものと考える。その際, Learning Story は子どもの学びについて,教師,子 ども,そして,家族が共に,計画したり意義付けたり する「公共の場」として位置づいていると言えよう。 【謝 辞】  本研究を進めるにあたり,ご協力いただきました ニュージーランドの就学前教育施設のスタッフの皆様 と,ポートフォリオを提供していただいた保護者の皆様 に,この場を借りて感謝の意を表させていただきます。  また,広島大学の七木田敦教授と,カンタベリー大 学のジュディス・ダンカン博士(Dr. Judith Duncan, University of Canterbury, New Zealand)より,論文 作成において貴重なご示唆を賜りました。お礼申し上 げます。

【註】

 1)ニュージーランドの就学前教育施設は,① Child Centers, ② Free Kindergartens, ③ Home-based Services (Family Day care),④ Kohanga Reo,⑤ Pacific Island Language,⑥ Playcentres,⑦ Play-groups という大きく7つの施設に分類がなされる。: Ministry of Education, “Early Childhood Services-Funding Administration Hand-book”, 1994.  2)七木田敦「ニュージーランドにおける就学前教育 改革について-幼保の一元化からカリキュラム策定 まで-」,『保育学研究』第46巻 第2号,2005,100-109。  3)「Te Whāriki」とは,ニュージーランドの先住民 族であるマオリ族の言葉で,英語の The Mat(敷物) にあたる。

 4)Ministry of Education, “Te Whāriki: He Whāriki Mātauranga mō ngā Mokopuna o Aoteaora”, Wel-lington: Learning Media, 1996.

 5)松川由紀子「ニュージーランドの幼保統合型カリ キュラム「テファリーキ」について」,『同朋福祉』 14号,2008,129-139。

 6)Carr, M., “Assessment in Early Childhood Set-tings: Learning Stories.”, Paul Chapman Publishing, 2001.  7)前掲5)  8)松井剛太「ニュージーランドの就学前教育におけ る発達アセスメントに関する研究- Learning Story の理論と実践を中心に-」,『幼年教育年報』28巻, 79-87。  9)前掲5) 10)チャーターとは施設が補助金を得るための要件で あり,チャーターを得るには政府が策定したナショ ナル・ガイドラインに基づいた認可を受ける必要が ある。 11)前掲5) 12)前掲4) 13)前掲4)

14)Hatherly, A. & Richardson, H., “Building Connec-tions: Assessment and Evaluation Revisit.”, In Linda, K. S. & Helen, H. (Eds.), Theorising Early Childhood Practice: Emerging Dialogues. An Australian-New Zealand Collaboration, 51-70, Pademelon Press, 2007.

15)Lee, W., & Carr, M., “Documentation of Learning Stories: A Powerful Assessment Tool for Early Childhood”, Dialogue and Documentation, 2002

(9)

16)Education Review Office, “Framework and Resources for Early Childhood Education Reviews”, 2002.

17)福本みちよ「ニュージーランドの学校評価システ ムに関する研究-外部評価機関の位置と役割に注目 して-」,『日本教育制度学会紀要』9号,2002,221-224。

18)Ministry of Education, “Te Whāriki, He Whāriki Matauanga mo nga Mokopua o Aoteora”, Early Childhood Curriculum, Wellington: Ministry of Education, 1996.

19)Carr, M., “Changing the Lens: Sociocultural Curriculum and Research in New Zealand”, AARE & NZARE Conference, 2003.

20)Carr, M., Hatherly, A., Lee, W. & Pohio, L., “Te Whāriki and Assessment: A Case Study of Teacher Change.”, In J. Nuttal (Ed.), Weaving Te Whāriki, 187-212, NZCE R Press, 2003.

21)前掲14)

22)Ministry of Education, “Revised Statement of Desirable Objectives and Practice”, New Zealand Gazette, 1996.

23)前掲20)

24)Carr, M., “Assessment of Children’s Experiences in Early Childhood Settings., Final Report to the Ministry of Education”, Wellington: Ministry of Education, 1998.

25)Drummond, M. J., “Assessing children’s learn-ing.”, David Fulton, 1993.

26)Carr, M., Cowie, B., Gerrity, R., Jones, C., Lee, W. & Polio, L., “Democratic learning and teaching communities in early childhood: Can assessment play a role?”, Wellington: Council for Educational Research, 2001.

27)前掲26)

28)Carr, M., May, H. & Podmore, V., “Learning and Teaching Stories. New Approach es to Assessment and Evaluation in Relation to Te Whāriki”, Symposium for 8th European Conference on Quality in Early Childhood Settings, 1998.

29)施設によっては,「プロファイル」とも呼ばれて いる。

30)各園のポートフォリオの1ページ目には下表のよ うな Te Whāriki の枠組みとそれぞれの領域に基づ いた達成目標が示されている。

(10)

― Learning Story と Kei Tua o te Pae に注目して ― 31)前掲30)

32)「Kei Tua o te Pae(ケイ・トゥ・ア・オ・テ・ パエ)」とは,ニュージーランドの先住民族である マオリ族の言葉で,「地平線を越えて」という意味 である。

33)Ministry of Education, “Evaluation of the Implementation of Kei Tua o te Pae Assessment for Learning: Early Childhood Exemplars”, Wellington: Ministry of Education, 2006.

34)契約がなされたのは,University of Auckland, University of Waikato, Massey University, Victoria University of Wellington, Christchurch College of Education, Dunedin College of Education, の5校で ある。

35)前掲33) 36)前掲28) 37)前掲15) 38)前掲15)

参照

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