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分離点を表すヲとカラ,および有情性について

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(1)

谷 守 正 寛* キー ワー ド:分離 点, ヲ,カラ

,分

離動 詞

,有

情性 │よ じめに 「国境の長い トンネルを抜けると雪国であつた。()H端康成『雪国』)」 と言 う場合の「 トンネル を抜けるJは「 トンネルから抜ける」 と言つても論理的には同義であろう。同 じく「会議を抜けるJ を「会議から抜けるJと も言える。 ところが,なぜか「虫歯が歯≧を抜ける」 とは言えない。こう した

,あ

る動 きの出発点・起点を言語的に表現するということは,当然なが ら, 日常 きわめて重要 で不可欠なことであ り頻繁に行われる。 本稿で扱 うヲとは

,一

般の国語辞典では

,た

とえば,「出発 ・分離する場所 を表わすJ(『角川国 語辞典』),「分離の対象 を示すJ(『学研国語大辞典』),「そこから離れる所・人を示すJ(『広辞苑』) などと説明される格助詞のヲである。また同 じくカラとは,「動作・作用の出発点を示すJ(『学研国 語大辞典』),あるいは「起点 となる場所,時を示すJ(F広辞苑』

)場

合の場所 を表す格助詞である。 さて,こうした一般の国語辞典の説明だけでは, 日本語を第二言語 とする者 には正 しく使い分けら れない し

,誤

用を避けるのはむずか しい。また, どう違 うのかについて分析することで, 日本語の 一側面がより明らかになってくるだろう。 このようなフとカラについての辞書以上に詳 しい説明はこれまでにい くつかあるが

,そ

の説明に は

,実

,ば

らつきが見 られる。そこで

,本

稿では

,そ

れらのい くつかを概観 しつつ

,問

題点を明 らかにした上で

,整

合性のある,よ り統一的・包括的な説明を試みる。同時に,フの使用に関わる 有情性(animatencss)と いう意味範疇にも再検討を加える。 なお

,出

発 とはより広い意味で分離に含 まれ,また

,起

点 という語は同時に着点をも含意する嫌 いがあるので

,便

宜上,ここでは,「分離点を表すヲ・カラ」 と呼ぶことにする。 分離点 を表 す ヲ・ カラに関 する説 明の問題点 2.1 分離点の抽象性 本稿で扱 う分離点を表すヲに関するい くつかのこれまでの説明を

,必

要に応 じて概観 しなが ら問 題点を明らかに示 してい く。時代順 を追ってすべて見てい くことはしない。 鈴木(1972)では,ヲ格が使われる述語は移動動作 を表す自動詞に限 り,カラ格 は移動動作 をあら 十 日本語教育学。

(2)

わす ものならなんで もよい としている。 さらに

,仁

田(1982)では「大学か ら卒業す る」が言 えない ことか ら

,概

して,よ り物理的な移動では「か らJも成 り立ち

,抽

象的になって くると「か ら

Jが

成 り立たない といえそ うだ としている。 た とえば

,三

宅(1995)では,

(1)去

,太

郎は大学 (を/*か ら

)出

た。(卒業 した)

(2)車

,太

郎は大学 (を/から

)出

た。 といった例文 をもとに

,物

理的な移動でない場合 にはカラが使 えない と結論づけている。 小学館辞典編集部編(1994)では,「大学 を出る

Jに

封 して「大学か ら出る」 とい う言い方 もある が

,前

者 は卒業するの意であ り後者 は構 内か ら外 に出るの意であることを指摘 しつつ も,

(3)娘

が幼稚園か ら小学校 に上が った。 といった例 をあげて,「か ら」 と「を」 には抽象的な移動の起点 を表わす用法 もある, としている 点では対照的である。 これについては後で詳述す るが,この場合 は

,行

先「小学校」があること, お よび

,動

詞が分離 を表 さない とい うことがむ しろカラをとれる積極 的理 由である と考 えている。 さて,

(4)学

校 を出て,それか ら

,右

へ 曲がって下 さい。 と言 う場合 は

,構

内か ら出るの意であって卒業することを表 さないので,ヲにつ く「出る

Jが

物理 的移動 も表す ことは否定で きない。 そ こで まず,(3)のような条件が な くとも

,物

理的な移動ではない

,つ

ま り

,抽

象的な移動の分 離点の表示 にはカラが使 えないか どうか をもう少 し綿密 に検証する必要があ りそ うである。 次例 を見 られたい。

(5)太

郎が所属政党 (を/から

)離

脱 した。

(6)太

郎が組合 (を/から

)脱

退 した。

(7)太

郎がグループ │を/から

1抜

けた。

(8)私

はやつと責任 (を/から

)逃

れた。 興味深い ことに,(5)―(7)1まいずれ も

,分

離点 に校舎の ような物理的存在 ではな く抽象的存在 であ る組織等 をとってお り

,組

織か らの離脱 は学校 の卒業 と同 じく社会的行動であ り

,物

理的移動では ないに もかかわ らずカラも使 える。 また,(8)の「責任」の ようによ り抽象性 の高い分離点の場合 で もカラが使 えることが分かる。 小泉保他編(1989)からも同様 の例文 を見い出す ことがで きる。引用する (下線筆者)。

(9)彼

の気持ちが私か ら離れて しまった。

(10)話

が本筋か ら離れる。

(11)自

分の犯 した罪か ら逃げる。 (9)の場合 は「私

Jが

具体的存在 ともとれるが,「気持 ち

Jは

抽象的なもので移動 その ものが物理的 ではない。 さらに,(10)では主語 も分離点 も物理的存在 ではない。(11)の「罪Jも抽象的価値観で ある。上の文はいずれ も抽象的移動の分離点 を表 しているが ヲもカラも文法的である。したがって, 「卒業するJという抽象的な意味の「出る」 についてはカラが使 えない とするのは正 しくて も,カ ラの一股的性質 として,「物理的移動でない場合 には使 えないJとい う規定 を設 けるのには首肯 し 難い。 やや似 たニュアンスの表現 として,

(12)親

元か ら離れて暮 らす。

(3)

と言 う場合 にも,「学校(の構内)から出る」のような単なる空間的移動ではな く,「学校 を出る(卒 業する)」 と同 じく

,社

会的活動 としての抽象的意味合いをもつ「自立・自活

Jの

意味を含む。 さらに

,次

のような他動詞文

,使

役文

,受

身文等でヲとカラのふるまいを観察すると,さ らに新 たな現象が現れるようである。

(13)太

郎が花子 をサークル (*を/から

)除

名 した。

(14)太

郎が花子を政治団体 (*を/から

)脱

退 させた。

(15)太

郎がサークル (を/から

)追

放された。

(16)太

郎がボスにグループ (を/から

)仲

間はずれにされた。 まず,(13)のように

,サ

ークルから

?除

名が物理的移動でないにもかかわらず

,他

動詞がすでにヲ 格名詞 をとっている場合は二重 ヲ格 を避けるために分離点の表示には必然的にカラがえらばれる。 したがって,(1)と は逆に抽象的移動であつてもヲが使 えない例である。 これは(14)の使役文 につ いても同様である。これに対 して

,受

力文(15)(16)の場合にはフ格 もカラ格 も使える。(15)につい ては

,能

動文で「彼が太郎をサークル生追放 した」 とは言えないが

,受

身文になってはじめて文法 的となるので受身特有の現象 といえる。なお,(16)では動作主「ボス」があるのでカラは動作主で はなく分離点を示す。受身の場合は他動詞が表す分離点で もヲで表せるのは特異な現象であろう。 このような現象はこれまで指摘 されてこなかったようであるが

,実

際,このように

,抽

象的移動か 否かによってヲかカラが選択 されるというルールの一般化は無効であることが分かる。カラは物理 的移動でな くとも使えることは認めてよい。 行 き先の場合 について参考に少 しくふれてみよう。

(17)休

みは退屈だ。早 く学校に行 きたい。

(18)運

転手 さん,ちょっと学校 まで行って くれ。 (17)ではふつう「授業を受けに通学する」の意味で,(18)では物理的移動の意味で「行 く」が使わ れている。 しか し

,だ

からといって,二とマデにそうした性質の違いが内在 していると言えないこ とは次例で分かるだろう。

(19)ぜ

ひ,う ちの子供には大学まで行かせたい。 この場合

,マ

デが使われているが

,言

うまでもなく「行 く」は物理的移動ではなく

,反

姑 に「進学 する」 という抽象的な意味に変化 している。このように

,助

詞の素性によつて

,述

語動詞の表す動 作が抽象的か具象的かが決まるというルールを設けること自体は有効ではない。 ヲとカラのいずれが使われるかは

,後

述する条件を除けば

,前

接する語が物理的なものを表すか 否かだけではな く述語動詞によって語彙的に決まるところも大 きいようである。 したがつて

,語

彙 的にリス トアップする作業 も日本語教育上必要 とされるであろう。 しか し,そうした動詞の分類 に もある程度の基準 を設けることができるはずであ り

,以

,本

稿で詳 しくみてい く。 2.2 着点 との関連 分離点に姑 して二・へで表示 される着点が示 される場合はフが使 えないことは,これまで次のよ うな例 をもとに指摘 されてきた。

(20)*羽

田をアメリカヘ出発 します。(鈴木忍 1978)

(21)*彼

は成田をアメリカに発った。1/1ヽ学館辞典編集部編 1994) 鈴木忍(1978)では

,出

発点 と到着点をはっきり示そうとする表現ではヲが使えないこと

,小

学館辞 典編集部編(1994)では,カラは移動の到着点が想定されている場合に用いられ,フはある領域 を起

(4)

点 とす る離脱 だけが問題 に され

,到

着 点 を特 に想 定 してい ない場合 に用 い られる ことが説 明 され て ヤヽる。 本稿では, しか しなが ら,こうしたヲが使えな くなるのは

,動

詞の意味に

,分

離だけでな く途中 経路の移動が強 く合意される場合,あるいは,当 然ながら分離の意味が含 まれない場合だと考える。 もっとも

,明

確 に着点が言語的に明示 されれば必然的に途中の経路が合意 されるので

,言

うまで も なく「関空からアメリカに出発 した」のようにカラでなければならない。 次例 を見 られたい。 (22)*タ イを来ました。(鈴木忍 1978)

(23)太

郎が学校 │*を/から

1帰

った。(三宅 1995) 上のような文のヲが使 えない理由として,「来る」や「帰るJといった動詞が着点を含意する動詞 であることが指摘されるが

,筆

者の考えとしては

,そ

もそもこうした動詞が分離を積極的に表 さな いものであることを指摘するだけで十分である。「来る」や「帰る」は,「出発する」 とは異な り, 途中経路の空間的移動を表す ものの

,あ

る点か らの分離動作そのもののを意味するわけではない。 たとえtゴ「大阪を京都へ向か う」 と言えないの も,「向かう

Jは

そもそも分離動作 を含意 しない動 詞だか らであろう。実は,(3)の「1/Jヽ学校 に)上がる」がカラをとっているのは

,既

述のように, 着点が明示 されていること以外 にも,「上がる」が分離 を積極的に合意 しない動詞だからであ り, その点で,カラが抽象的分離点 もとりうるという2.1で述べた本稿の考えは,(3)に関する小学館辞 典編集部編(1994)の説明とはその根拠 を異にするわけである。 さて,「出発する」 という動詞は

,分

離のみを表す と同時に,「羽田か らアメリカヘ出発する」の ように分離だけでなく羽田・アメリカ間の途中経路の移動の動作 も含意するので,ヲが使える分離 だけの動作 と,カラが使える[分離+移動]という動作の二つの場合に使えるわけである。 これは語用論的問題ではあるが,たとえば

,す

でにい くつかの空港 を経由し目的地に向かってい る飛行中の機内で

,つ

まり

,移

動動作中の状況下で次の対話 を交わ したとしよう。

(24)a,「

(あなたは

)ど

こから出発されましたかJ b.「関空 (*を/から

)出

発 しました。」 筆者の語感では,す でにもっぱら移動中の状況下で,分離だけを問題にした「関空を出発 しましたJ という返答は拍子抜けな発言である。このことから,ま だ着点を想定 していなくとも移動途中の真 つ 只中ではヲが使えな くなる場合があると言える。 さて

,動

詞が分離動作 を強 く含意せず移動動作 をもっぱら表せばヲが使 えなくなることをさらに 裏付けたい。次例 を見 られたい。 (25)a.囚人力枡J務所 (*を/から

)逃

げた。 b.囚人が刑務所 (を/から

)脱

走 した。 動詞に「逃げる」 を使 っても「脱走する」 を使 っても

,伝

達内容はほぼ同 じであるが,(25a)では ヲが非文法的であるのに対 して,(25b)で はどちらも使えるのは興味深い。これは,「脱走」の「脱」 という部分に分離の意味が強 く含意されているのに射 して,「逃げる

Jに

はどこかか らの逃走 を感 じさせるものの

,語

彙的意味としては逃走 している途中の移動動作 をもっぱら表 し分離その ものを 明示 しないというところに原因があると考える。(25a)において囚人の行先には関心がないように, たとえ到着点を想定 していな くとも,途中の移動動作 を中心に表せばフが使われなくなる。そこで, 分離を強 く含意 し移動 を表す動詞を取 り立てて

,本

稿では,「分離動詞」 と呼ぶことにする。なお, もっぱら移動 を表す動詞ではなぜ ヲが使えなくなるのかについては

,後

で仮説を立てたい。 ここで

(5)

,分

離動作が含 まれるか否かが重要な要因であることを厳密に指摘 し明 らかにで きた。

2.3

主語の有情性 との関係 ここでは

,分

離するものが生 きて意志 をもっているといった有情性について検証する。

(26)水

が蛇口 (*を/から

)出

た。

(27)ガ

スが栓 (*を/から

)噴

出 している。

(28)血

が傷 (*を/から

)流

れ出た。

(29)シ

ャツが袖口 (*を/から

)は

み出ている。

(30)泥

棒が煙突 (を/から

)出

て逃げた。

(31)太

郎が牢屋 (を/から

)脱

出した。 上のような文か ら

,一

,文

の主語 (ガ格名詞住

))が

生 きて意志 をもつ ものでない場合

,つ

まり 有情でない(=非情である)場合には,ヲを使った文が非文になると思われがちであった。実際,こ れまでもそうした指摘がされてきた。 たとえば

,小

学館辞典編集部編(1994)には次のような指摘がある (波線筆者

)が ,意

志 という説 明によって有情性 という意味素性の関与を示唆 している。 乗 り物か らの離脱 に関 しては

,た

とえば「船か ら降 りるJ「船 を降 りる」のように,「か ら」 と 「を

Jの

いずれも用いられる。ただし,自分の意志による動作でない場合 には「船を落ちる」では なく,「船から落ちる」 を用いる。 また

,三

宅(1995)では

,次

の例 をあげて概ね以下のようにまとめている。

(32)足

をすべ らせて

,太

郎が屋根 │*を/から

1落

ちた。 (33)a.ひか り号が東京駅 │を/から

1出

発 した。 b.船が港 │を/から

1離

れた。 c,飛行機が空港 │を/から

1飛

び立った。 (32)のガ格名詞が「人」であっても「人」の意志によってコントロールされた動作を表 していない, また,(33)の ガ格名詞は「物」であるが「乗 り物」であ り,「乗 り物」 は人の意志的なコン トロー ル下にあるとみなせる。よって意志的にコン トロールされない移動の場合はヲ格 を使 うことはでき ない。つまり

,動

作が自分の意志によらない場合だけでな く

,た

とえ主語が有情であっても動作が 意志的にコントロールされない場合 もヲが使えない,また逆に

,人

がコン トロール していれば主語 が物体であっても使えるということになる。 このように

,有

情物の意志の関与をヲの使用に関する要件に加えているが

,本

稿ではこれについ ても検証 したいと思う。 まず,「船を落ちる」や「太郎が屋根 を落ちる」 と言えないのは

,本

稿ですでにみたように

,そ

もそも「落ちる

Jが

「飛ぶ」や「歩 く」等 と同様に

,分

離そのものを積極的に表 さない移動性の継 続動詞であるからにす ぎないのではないかということである。そもそも

,落

下は引力による移動を 表 し意志的動作ではないが

,意

志的動作でなくとも「離れる」のような分離 を表す動作 ならばヲが 使えるはずである(これについて詳 しくは後述する)。 ちなみに

,た

とえば「踏み外す」は若千落下 をも合意するとともに分離を強 く含意する。こうした動詞は意志的動作でないにもかかわらずヲが 許容されることが予想 されるが

,実

,次

の文は文法的となるであろう。

(34)彼

は踏み台を踏み外 して

,床

に転げ落ちた。 このことから

,意

志 よりも分離 を強 く含意するか どうかが要因であることが分かる。

(6)

次に

,疑

問なのは

,主

語が非情の物体の場合

,そ

れを人間がコン トロール していることが果たし てヲの意味素性に含 まれ得るか ということである。 鈴木忍(1978)では,「涙が出る」「血が出るJ「汗が出る」 などの人体か らの発生物 に関 して,「涙 が 目から出る」「血が足か ら出る」「汗が体 じゅうか ら出る」のように表現で きるが

,そ

の出所 にヲ は使えない,つまり,「涙が 目に出る」「汗が体 じゅうに出る」のように到着点を表す二 も用い られ ることがあるように

,出

発点が到着点 となるといった現象がある, と才旨摘 している。 しか し

,筆

者の考えでは,「涙が 日か ら出るJと 「涙が 目に出る」 とは異なる現象を叙述するも のである。前者は目から出て頬 を流れる場合

,後

者は涙腺から目にあふれるまでの現象 を描写 した ものだと思う。汗についても汗腺があるので同 じことが言えるが,と りわけ血にはそれがないので 「血が足に出る」 と言えないのはこのためによる。 したがって,カラの代わ りに二も使えることが 発生物にヲが使えないこととは直接関係がない。実際,「水 しぶ きが水面 を飛び散った」 と言える ように

,分

離点 と着点が同 じ場合で もヲが使える。 涙

,汗

,血

などは非情物であ り

,確

かに意志 にコン トロールされないが

,非

情物で しか も人にコ ン トロールされないものでもヲが使える場合があれば,さ らに別に理由を求めねばなるまい。次例 を見 られたい。

(35)遠

隔操作の装置が故障 して

,探

査機は太陽系 (を/から

)出

て しまった。

(36)タ

ベ繁いでおいたボー トがひとりでに埠頭 (を/から

)を

離れていったらしい。

(37)巨

大彗星がようや く地球の引力圏 (を/から

)去

って行 つた。 いずれもカラと同様 ヲも使える文である。こうした文でヲが使えるのは擬人化 されたからではない。 (35)では明らかに探査機が人のコントロール下にないことを言語的に説明 しているし,(36)ではボー トがその水に浮 くという船の内在的な特性によつて恐 らくは風や波の流れに乗つて自ら離れていっ たことを含意 し,(37)の 彗星は明らかに人のコン トロール下にあ りえない自ら周回する非情物であ る。これに対 して

,先

にみた「煙」,「涙J,「血

J等

は自らの内に分離・移動作用を行 う力 ・特性 を もたない点で明らかに異なる。 以上みてきたことから,本稿では,分離点を表す ヲについて

,ガ

格名詞 (主語

)に

は「人

,動

物J 等の有情物があてはまるという,これまで しば しばなされてきたであろう説明を次のように改める ことを提案 したい。 (38)ヲ は自らの内に運動する能力・特性 を有するものがそれによって分離する点を表す。 このように規定すれば,自ら動 く物は,(35)(37)が示す ように

,有

情でな くとも人のコン トロー ルによらなくともよい。有情物はた しかに意志によって自ら動 きうることが多いというだけであつ て

,非

情物 も自ら動 く作用,特性をもちうる。そ して

,そ

れらが人以外の力によっても運動するさ まざまな事態をも豊かに表現で きなければならない。(33)のような乗 り物はそれ自身のうちに

,発

動機等の運動する力を有 しているからヲが使えるのであって

,人

のコン トロールは慣性力等 と同じ く付随的な要素だろう。 もっともみずか らの運動能力 という意味には移動する状況にみずか ら身を置いた場合 も含 まなけ ればならない。

(39)国

境の長い トンネルを抜けると雪国であつた。〔チ│1端康成『雪国』〕(下線筆者) この場合 トンネルを抜けるのは汽車であるが

,乗

客 としての「筆者」であって もよい。乗客はこの 場合 トンネルを抜ける移動能力を持たないが汽車に乗るという状況にみずか ら身を置いて移動 した わけである。なお,「抜ける」は「出る」に近 く, トンネルは広い雪国か ら見て分離点 と見てよい。

(7)

柴田(1995)には

,存

在 を表す「ある」 と「いる」 についてだが

,興

味深い指摘がある。ふつ う 「いる

Jは

生 き物の存在 を「ある

Jは

無生物の存在 を表す と考えられがちだが

,バ

スが停留所 に止 まっているのを見て「あ

,バ

スがある」 と言わず「あ

,バ

スがいる」 と言うのは,「自分で動いて 進む ものが とまっている状態にある」か らである。逆に,「お子 さんがある」 と言 うように

,人

間 (有情物)の存在を静止的に捉えた場合には「ある」が使える。こうした考え方は日本語の有情性が 問題 となる場合にきわめて示唆的である。つまり

,有

情物に特有 とされる表現は

,実

は, 自ら動 く かどうかといった性質が働いているのであって

,非

情物についてもそうした表現が可能であるとい うことである。これを本稿では,フ について検証 してきたわけである。

(40)太

陽が水平線 (を/?から

)昇

った。 (40)の太陽は実際に水平線の上方に上がるわけではないので錯覚による叙述だが許容 される。これ も非情物 自身の運動だと認識 された上での表現である。なお,このカラが不 自然だと感 じる話者が いれば

,水

平線 を分離点ではな くまた別の,「経由点

J(森

田 1989)を 表す とみなした場合であろ う。これは領域間移動する場合の経由点であって,(41)のヲがその例である。図示すれば下図のよ うな位置関係にある。なお

,念

のために述べるが,「通 り抜ける」は分離動詞ではない。

(41)泥

棒が窓 (を/*から

)通

り抜けて逃げた。 (領域

A)

‖窓 (領域B) 通 り抜 け る ‖ 実は

,山

田(1908)に「その動詞によりて説明せ らるべ きものが自身にて移動する作用 を有するも のなるとき

,そ

の作用の行はる ゝ地点を示す ものな り。Jとあ り

,本

稿がたどりついた(38)の説明 といみ じくも結果的に符合するが

,こ

れ までみた ような詳 しい分析 はそこにない。 また

,鈴

藤 (1982)では,「出る」「離れる」等は動 く能力のない物体 を主語 としてとる場合はカラで表す と指摘 しているが

,人

や動物など動 く能力があっても他の力による移動ではフをとれずカラをとること, また

,当

然なが ら動 く能力があってもカラもとれること,さ らに特性が働いて動 く場合 もあること などから十分な説明にな り得ず

,動

く能力・特性の保有 と

,か

,そ

れによる分離移動が共起 して はじめてヲが可能となることを指摘 しなければならない。

2.4

分離点の範囲・境界 分離点の範囲あるいは境界について

,鈴

木(1978)に次のような興味深い指摘がある。 「海を出る」「山を出るJ「へやの中を出る

Jと

いった表現では,「を」 はしっくりしない。 これ は「海」 とか「山」 とかいつたものは広大無辺のもので

,そ

の境界がはつきりしないからである。 「へやの中を出る」は「へやの中から外へ出る

Jと

いう意味あいで表現されたものと思 うが,「ヘ やの中」の「中」 も境界がはっきりしない。このように境界のはっきりしないものは

,出

発点 とし ての地点・地域 といった性格がうすれ

,単

に方向を示す ものに近づ くために, しつくりしない表現 になって しまうようである。 しか しなが ら

,次

の例 を見 られたい。

(8)

(42)*部屋の中か ら離れた。

(43)気

球 は富士山を出発 して世界一周へ と旅立 った。 (42)ではカラで も不可で,(43)では山にもヲが使 えることか ら

,必

ず しも上のような一般化 はで き ず無効であることが窺 える。(43)では,世界か らみれば富士 山は相対 的に点に近いか らヲが使 える。 言 うまで もな く

,気

球 には空中を浮遊 ・飛行す る特性が備わっているためにヲをとれる。 なお,「部屋 の中か ら出る」のカラは,「他領域への移行」(森田 1988)を表す カラとして区別で きる。そ して,

(44)立

入禁止区域 を出る

/離

れる。 などと言 えるように

,上

述のように我然 と区別で きない性格 の もので

,領

域 を分離点 とみなす こと も可能である。 またすでに「太陽系」「引力圏Jといった領域 を表す語 にヲを使 った例 を見 て きた。 ここで

,先

に述べ た, もっぱ ら移動 を表す動詞ではなぜ フが使 えな くなるのか とい うことについ て述べてお く。移動 を表す動作の場合,ヲ は「通過点(領域)Jを表す別の機能 を持 ち, したが って, 分離点 を表 し得 ないのであろう。

(45)ア

リスは深い穴の中を落ちていった。

(46)細

い山道 を町へ と向かった。

(47)囚

人が山の中を逃げている。

(48)夜

の道 を一人で帰 った。 こうした例か らも分かるように,この ような

,上

で見た きた本稿で分離動詞でな く移動動詞 とみな した動詞が ヲをとった場合 は

,実

,そ

の動作 の行 われる通過地点 ・領域等 を表 し分離点その もの を表 さな くなる。 これが

,本

稿で分離動詞 なるものを細分 し

,単

なる移動動詞 には分離点 を表す ヲ が使 えない とした理由であった。

3

ま とめ 本稿では

,分

離点を表すヲとカラについて考察 し,これまでの説明を包括する意味で一定の統一 性 をもたらせることができた。まとめると主に次のような点である。 ・カラもヲと同様に抽象的移動の分離点に使 うことができる。また

,助

詞の素性に動作の抽象性あ るいは具象性 を決定する要因はない。 ・ヲが使われる場合に

,主

体が有情物であるかどうかは基本的に関係がなく

,動

作が意志 によるも のでな くても使える場合がある。 ・ヲは自らの内に運動する能力・特性を有するものがそれによって分離する点を表す。 ・ヲは分離を強 く合意する動作に使い

,継

続的な移動を主に表す動作の分離点には使えな くなる。 本稿で考察 してきたことが, 日本語の表現に姑 して設けられた文法的規定をより緩やかに捉 え直 し

,微

妙な日本語の表現 を豊かに残すこと

,お

よび

,第

二言語 としての日本語の側面をより正確 に 説明できることに寄与できれば幸いである。 注 (1)ガ格 名詞 は形式上 はハ で表示 され るこ とが あって よい。

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参 考 文 献 小泉保,船越道雄―,本田晶治,仁田義雄,塚本秀樹(編)(1989):『日本語基本動詞用法辞典』大修館書店1 柴日武(1990:『日本語はおもしろい』岩波書店. 小学館辞典編集部(編)(1994):F使い方の分かる類語例解辞典J小学館. 鈴木重幸(-1972):『日本語文法・形態論』むぎ書房. 鈴藤和子(1982):「「から」と「を」(出発―〉」『日本語教育事典縮刷版』大修館書店: 仁田義雄(1982):「助詞類各説」『日本語教育事姉 幕J版』大修館書店. 三宅知宏(1995)│「フとカラー起点の格表示 =」『日本語類義表現文法(■)』 宮島達夫・仁田義雄編, くろしお出版. 森田良行(1988):『 日本語の類意表現』創拓社. ―一一―(1989)i『基礎日本語辞典』角川書店. 山口孝雄(1908):F日本文法學概論』宝文館出版(19誦年改訂). (1999年 6月10白受理)

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参照

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