卒 業 論 文
題 目イオンエンジンにおけるマイクロ波放電式中和器の
寿命評価に関する研究
氏 名 前田 優士 所属教育分野 プラズマ理工学 指 導 教 員 中島 秀紀 教授 山本 直嗣 准教授 九州大学工学部エネルギー科学科 提出年月 平成26年2月目次 第1章 序論 ... 1 1.1 背景 ... 1 1.2 イオンエンジン ... 3 1.2.1 イオンエンジンの作動原理 ... 3 1.2.2 イオンエンジンの種類 ... 4 1.2.3 電子サイクロトロン共鳴 ... 6 1.2.4 磁気ミラー効果 ... 8 1.2.5 マイクロ波放電式中和器 ... 10 1.3 中和器の性能低下原因 ... 12 1.3.1 はやぶさにおける中和器性能 ... 12 1.3.2 性能低下の原因 ... 12 1.4 研究目的 ... 14 参考文献 ... 15 第2章 実験装置及び実験方法 ... 16 2.1 実験装置 ... 16 2.1.1 真空排気系 ... 16 2.1.2 制御系 ... 17 2.1.3 中和器本体 ... 21 2.2 実験方法 ... 21 2.2.1 電子電流引き出し実験 ... 21 2.2.2 最適化したパラメータ ... 22 2.2.3 100 時間耐久試験 ... 22 2.2.4 スパッタリング ... 22
2.2.5 空間電位測定実験 ... 23 参考文献 ... 28 第3章 実験結果及び考察 ... 29 3.1 パラメータ最適化結果 ... 29 3.1.1 オリフィス依存性 ... 29 3.1.2 磁場依存性 ... 31 3.1.3 アンテナ形状依存性 ... 32 3.1.4 放電室形状依存性 ... 35 3.2 100 時間耐久試験結果 ... 36 3.3 空間電位測定実験結果 ... 42 参考文献 ... 46 第4章 結論 ... 47 謝辞
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1章
序論
1.1 背景
現在、初めて訪れる土地では、大半の人が GPS 機能を搭載したスマートフォンを利 用し、目的の場所へ難なく到達することができる。GPS とは複数の人工衛星から受信 した信号の位相差によって自分の現在の位置を知るためのシステムである。このよう に多くの人が個人レベルでも人工衛星を使用するようになってきており、宇宙利用が 身近なものになってきている。この傾向は加速し、人々の要求を満たすために、今後 ますます多くの衛星が地球近傍を周回することになるだろう。 近年、月面探査計画や惑星探査計画が世界中で多数計画され実施されているが、日 本では宇宙航空研究開発機構(JAXA)が中心となって開発した宇宙探査機「はやぶ さ」が、小惑星「イトカワ」への着陸、サンプルの採取に成功し、様々な問題があり ながらも 2010 年 6 月 13 日無事に地球へ帰還することに成功したことは耳に新しい。 このはやぶさの帰還によって、小惑星イトカワから物質を持ち帰ったという世界初の 偉業に加えて、世界で初めてμ10 と呼ばれるマイクロ波放電式イオンエンジンが宇宙 実証され、累積稼働時間は約 40000 時間を超え、その有用性の高さが実証された。JAXA を始めとした日本の技術がこのような実績を残すことに成功した要因として、日本の コスト管理と省エネ技術の高さがある。 人工衛星や宇宙ステーションなどの地球周回物は、地球が楕円球であることや大気 抵抗の存在、また太陽や月の引力による摂動があるため、その姿勢制御・軌道制御の ために推進機を搭載している。現在、衛星の寿命を決定するものは機器の耐年数より もむしろ推進剤の枯渇である。特に小型衛星においてはサイズの制約上、搭載可能な 推進剤の量も制限されてしまう。従って、少量の推進剤で長期間運用可能な燃費の良 い推進機の開発が重要となる。そして、その要求に応えるものとして利用されている のが電気推進である。 電気推進(1-1)(1-2)とは、電気エネルギーを推進剤に与えることで反力を得る推進機で あり、従来の化学反応を利用したロケット推進と違って静電力や電磁力を利用できる。 このため比推力(推進剤流量あたりの推力)を一桁以上大きくすることが可能であり、 大幅な推進剤の低減が望める。電気推進機は推進剤の加速方式によって電熱加速型、 電磁加速型、静電加速型の 3 種に大別される。図 1.1 に各推進機の推力密度と比推力 を示す。ミッション内容により要求される推力密度、比推力が異なるため適切な推進 機を選択したり、組み合わせたりする必要がある。電気推進のおもな特徴としては以 下の 3 点である。2 (1) エネルギー源と推進剤を個別に調達し、任意の割合で搭載する。 (2) 推進剤に化学的に不活性な物質を利用できる。 (3) 加熱や加速に電熱的、静電的、電磁的手法を応用する。 電熱加速型は推進剤をジュール加熱して高エンタルピーガスを生成する。高エンタ ルピーガスはノズルを介して空気力学的に加速され推力を発生する。電磁加速型はプ ラズマ化した推進剤を直交する電磁界によって発生するローレンツ力で加速して推力 を発生する。静電加速型はプラズマ化した推進剤中のイオンを推力方向に印加された 電界により静電加速することによって推力を得る。特にイオンエンジンは他の電気推 進機と比較しても比推力が高く、長期ミッションの人工衛星の姿勢制御や惑星探査に 適している。 図 1.1 各推進機の推力密度と比推力
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1.2 イオンエンジン
1.2.1 イオンエンジンの作動原理 イオンエンジンは電気推進機の一種であり、放電室で推進剤を加熱・電離させプラ ズマを作りイオンを静電的に加速して推力を得ることから静電加速型推進機とも呼ば れる。図 1.2 にイオンエンジンの概略図を示す。イオンエンジンの物理過程は ① 推進剤を電離するイオン生成部 (Ionization) ② 生成されたイオンを静電的に加速して推力を得る加速部 (Acceleration) ③ 放出されたイオンビームを電気的に中和する中和部 (Neutralization) の 3 段階に分ける事ができる。 図 1.2 マイクロ波放電式イオンエンジン概略図 イオンエンジンにおいて、イオンビームの引出しはプラズマ生成部で発生した正イ オンを静電界によって加速することによって行われる。引出し部はプラズマに接する4 スクリーン電極と 1 mm 程度の短い間隙で平行に置かれるアクセル電極および減速電 極で構成される。場合によっては減速電極を用いない 2 枚電極システムで構成される こともある。各電極には内径 1-3 mm 程度の孔が多数あけられ、その開口率 (孔の総面 積が占める割合) は、スクリーン電極で約 70 %、アクセル電極で約 25 %、減速電極で 50-70 %程度である。軸方向の電位分布の概略を図 1.3 に示す。イオンビームの下流領 域には中和器から放出された電子やイオンとスラスタから漏出した中性粒子との電離 反応で生じた電子が存在し、ビームプラズマと呼ばれるイオンビームと、それを取り 囲むようにプラズマが存在した状態が形成されている。これらの電子が引き出し部を 通ってプラズマの生成部へ逆流しないように図 1.4 に示されるように負の電位領域を 形成している。この役割をするのがアクセル電極である。 図 1.3 イオンスラスタの電位分布 1.2.2 イオンエンジンの種類 プラズマ生成の方式によってイオンエンジンの分類を行う事が多い。これまでに研 究されてきているイオンエンジンは大きく以下の 5 種類に分けることが出来る。 1) 直流放電型(カウフマン型)ex) UK-10(ESA)
5 3) 高周波誘導加熱型 ex) RIT10(ESA)
4) マイクロ波放電型 ex) μ10(JAXA),HiPEP(NASA)
5) 接触電離型 1)および 2)は、放電プラズマの生成に熱陰極からの電子による電離衝突を用いるタ イプで、1)では放電室外部磁石による軸方向発散性の磁場が、2)では放電室内部磁石 によるカスプ状磁場が、プラズマの閉じこめと電離能率向上のために形成されている。 最も早く宇宙作動に成功したのはカウフマン型であり、現在は三菱電機や英国 QinetiQ 社で製造されている。リングカスプ型のイオンエンジンは世界で最も多く搭載されて おり、 米国の深宇宙探査機 DeepSpace1、Dawn の主推進機である NSTAR や、L3 社 が商用衛星に使用している XIPS シリーズがある。NSTAR エンジンはイオンエンジン 単体での最高作動時間(16000 時間)の記録を持つ。このような圧倒的な宇宙実績が ある直流放電型イオンエンジンであるが、放電室内で発生したイオンが高い放電電圧 によって陰極をスパッタリング浸食し、発生した金属粉が電極短絡を誘発するなどの 故障が発生する。また電子発生源となる陰極も、単純なフィラメントからホローカソ ードなどの耐久性に優れたものに変わったが、温度サイクルなどによるホローカソー ドのヒーターの断線や、ゴミの付着による放電電極の短絡などの場合、システムの全 損故障へと発展する危険性がある。 3)は RF(Radio Frequency)型(1-3)とも呼ばれ、kHz - MHz 帯の高周波を放電室外部か ら加えることで電子に電離衝突に必要なエネルギーを与え、プラズマを生成する。
4)は ECR(Electron Cyclotron Resonance)型とも呼ばれ、周波数が GHz 程度のマイク ロ波により静磁場中の電子を共鳴的に加速・加熱することで電子による電離衝突が為 される。3)や 4)は「無電極プラズマ生成」を実現することで、大きなアドバンテージ を持つ。無電極放電によって生成されたプラズマは放電質壁面との電位差が小さく、 スパッタリングが発生しない。また1次電子の発生源も必要としない。 5)の接触電離型は推進剤よりも仕事関数の大きい物質に推進剤を接触させることで イオン生成を行う機構である。 本研究では 4)のマイクロ波放電型イオンエンジン(1-4)(1-5)を使い実験を行う。マイク ロ波放電とは、マイクロ波帯域の交流電場によって電子を加速し、中性粒子と衝突電 離により電子の数が増加し気体がプラズマ化され放電が維持されることである。マイ クロ波放電型イオンエンジンのシステム全体図を図 1.4 に示す。プラズマ源を正に、
6 加速電極と中和器を負にバイアスするための3つの個別の電源が接続されている。プ ラズマ源と中和器の電源を1つの電源で置換されることが多いが、「はやぶさ」のイオ ンエンジンシステムでは中和器のヘルスモニタや宇宙機電位の固定のために個別の電 源を置き、それぞれの電源のリターンラインを宇宙機構体に接続している。 図 1.4 マイクロ波放電式イオンエンジンの概略図 1.2.3 電子サイクロトロン共鳴 マイクロ波放電式イオンエンジンは、プラズマの生成に電子サイクロトロン共鳴 (Electron Cyclotron Resonance : ECR) を利用し、電子の加熱効率を上げている。 ECR の原理を図 1.5 に示す。真空中に存在する荷電粒子は磁場中でローレンツ力を受 ける。この向心力のため磁力線に巻きつくようなサイクロトロン運動と呼ばれる回転 運動が現れる。磁界における電子の運動方程式は次式で表される。 (1.2.1) ここで m は電子の質量、v は速度ベクトル、e は電荷量、B は磁束密度である。この ときの円軌道の半径 rLはラーマ半径と呼ばれ、 (1.2.2) B v v e dt d m B e mv rL
7 で与えられる。ここで v⊥は電子の B に対する垂直な速度成分の大きさである。 プラズマを構成している荷電粒子は全て反磁性体であるため、サイクロトロン運動 の回転の方向は、外部磁場の向きに対して荷電粒子の回転によってできる磁場が、常 に逆を向く方向である。つまり電子は磁場に対して右回りの回転運動を行う。この回 転運動の角周波数はサイクロトロン角周波数と呼ばれ、 (1.2.3) で与えられる。電子は電場と逆向きに加速されるため、磁場中の電子の回転方向と逆 向きに、回転する速さが等しい電場をかけると電子は連続的に加速され、電場から効 率的にエネルギーを受けとることができる。これが電子サイクロトロン共鳴現象であ る。 図 1.5 ECR の原理 m B e ce
電子
E
B
電子
E
B
電子
B
E
B
E
電子
8 1.2.4 磁気ミラー効果 ECR によって電子を加速することにおいて、電子を外に逃がさずに効率よく加速さ せることができる理由に磁気ミラーによる電子の閉じ込めがある。磁場に垂直な方向 の荷電粒子の運動は, 磁力線の回りをまわるような軌道を描くことは先で述べた。こ こでは、プラズマ中に図 1.6 に示すような磁力線が存在する状況を考える。この図の 点 O に旋回の中心を持ち、速度 𝑣0(磁場に垂直な成分, 磁場に平行な成分)を持つ粒 子があるとする。荷電粒子の運動エネルギーの保存より 𝑣2 = 𝑣 ∦2 + 𝑣⊥2 = 𝑣∦,02 + 𝑣 ⊥,02 = 𝑣02 (1.2.4) となる。また、磁場が緩やかに変化する場合磁気モーメント 𝜇 = (12) 𝑚𝑣⊥2/𝐵 が一定 に保たれることを考慮すると、磁場強度が増加するに従い、速度の平行成分が減尐し ていき、ある磁場強度で荷電粒子は磁場の弱い方向へ反射される。このような磁場に よる荷電粒子の反射を磁気ミラーと呼ぶ。𝜇 の一定性より、 (12)m𝑣⊥02 𝐵0
=
(12)m𝑣02 𝐵 (1.2.5) である。また、 𝑣⊥ = 𝑣 sin 𝜃 = 𝑣0sin 𝜃0 (1.2.6) であることを考慮し、式(1.2.6)を式(1.2.5)に代入すると、 sin2𝜃 0 𝐵0 = sin2𝜃 𝐵 (1.2.7) となる。よって反射点での磁場強度は、𝑣∦= 0 と θ = 90° であるので、 𝐵𝑟𝑒𝑓 = 𝐵0 sin2𝜃 0 (1.2.8)9 となる。
図 1.6 磁場による電子の回転
10 1.2.5 マイクロ波放電式中和器 イオンエンジンにはその放出するイオンビームと同量の電子を供給し電気的に中和 する中和器という装置が搭載されている。この中和器はエンジンや宇宙機本体が負に 帯電し、噴出したイオンが宇宙機に逆流するのを防ぐ。それによって衛星は運転を継 続することが出来る。もし中和器が故障し衛星からイオンのみが放出されることにな ると、イオンビームの抽出が不可能となる. 一般的な直流放電型イオンエンジンでは、中和器としてホローカソードが使用され ており、スラスタ本体と同様に電極の損耗や電源構成の複雑化が故障の要因となって いる。 このマイクロ波放電は直流放電と比べた場合、以下のようなメリットがある。 1. ヒーターを用いないため、予備加熱が不要となり素早い起動が可能。 2. マイクロ波放電式イオンエンジン駆動用のマイクロ波電源が、1 台あれば中和 器のプラズマも同時に生成することができるため、システム構成の簡素化や 信頼性の向上、そして衛星の重量軽減が図れる。 図 1.8 はマイクロ波放電型小型中和器の外観写真である.放電室は内径 18mm の円 筒形状であり、オリフィス開口径 5mm、放電室長 12mm である。放電室外部と出口 部分に Sm-Co 磁石を配置し構成された磁気回路によって ECR に必要な磁場を供給す る。アンテナはモリブデン製である。その他の詳しい中和器体系については、次章以 降で説明する。
11 図 1.8 マイクロ波放電型小型中和器の外観写真 図 1.9 マイクロ波放電式小型中和器運転時
Orifice
5mm 20mmCollector
50mm12
1.3 中和器の性能低下原因
1.3.1 はやぶさにおける中和器性能 小惑星探査機「はやぶさ」に搭載されたマイクロ波放電型イオンエンジン「µ10」 は JAXA 宇宙科学研究所の電気推進工学部門にて研究開発され、そして世界で唯一の 実用化された ECR 放電型イオンエンジンである。宇宙科学研究所のマイクロ波放電型 イオンエンジンの開発は1980年代から始められ、1989年に1号機(Y-I)が完 成する。その後改良が重ねられ、2001年には「µ10」において、推進剤利用効率 にして4倍、イオン生成コストにして 1/10 もの性能向上と2万時間の耐久性を達成 した。「µ10」に搭載された中和器は、先にも述べたように、従来の中和器と異なり、 プラズマ化の際に電極を必要としないマイクロ波放電を採用している。投入マイクロ 波電力は 8 W、ガスは Xe を使用し、その流量は 0.5 sccm(standard cubic centimeter per minute : 標準状態における 1 分あたりの体積流量)、中和するための電子電流が、実際 に推力を得るために陽イオンを放出しているイオン源と同等の 135 mA で中和器電圧 が 22 V 程度となる。 1.3.2 性能低下の原因 中和器の性能低下(1-6)は、主に中和器電圧の上昇として表される。中和器電圧が上昇 すると、消費電力が増大するばかりでなく、最終的にはイオンエンジンが自動停止し てしまい、宇宙機を加速できなくなる。表 1 に「はやぶさ」の各スラスタの中和器お よび、耐久試験時の中和器の作動時間と電圧上昇値を示す。なお、中和器 A はイオン エンジン A の不具合によりミッション終盤まで使用されなかったため記載していない。 中和器 B および D は 80 V の電圧上昇が見られる。これは中和器電源の容量に等しい。 中和器が電子源として機能するためには、任意の中和器電圧が必要であるが、これは 性能低下による電圧上昇によって電子源として機能するために十分な電圧を電源が印 加できなくなったことを意味している。その結果、中和器 B および D は機能しなくな った。図 1.10 に「はやぶさ」に搭載された中和器と同じモデルでの耐久試験時の中和 器電圧と中和電流およびマイクロ波反射電力の指示値の変還を示す。マイクロ波反射 電力は指示値であるためグラフ中に数値を示していないが、最終的には初期の反射の 10 倍程度になっている。 マイクロ波放電式イオンエンジンは、はやぶさにおいて、その信頼性は確かなもの となったが、プロジェクト終盤において、イオンエンジンの中和器の性能低下に伴い、 イオンエンジンの作動が停止した。幸いにも劣化していない中和器を作動させ、イオ ンエンジンの運転は再開され、無事に地球に帰還したが、中和器がイオンエンジンシ13 ステムの寿命の限定要因になることが分かった。 表 1 各中和器の作動時間と電圧上昇値 Hayabusa Endurance Test B C D
Operation Time 10,000 hour 12,000 hour 15,000 hour 20,000hour ΔVoltage +80V +20V +80V +20V 図 1.10 中和器の性能変遷移(出典 マイクロ波放電式中和器の性能低下メカニズムと その実験的検証,STEP-2010-058)
1.4 研究目的
以上のことから、マイクロ波放電式中和器はイオンエンジンにおいて不可欠なコン ポーネントであり、中和器の長寿命化がイオンエンジンの長寿命化に直結することは 明白である。実際に中和器の寿命を評価したいが、リアルタイムでの寿命評価は莫大 なコストと時間を要する。そこで、JAXA 及び本研究室では、数値解析によって中和 器の耐久認定コードの開発を行っている。(1-7)(1-8)しかし、開発している数値解析コー ドの妥当性の検証のための実験データが必要である。14 そこで本研究の目的は、数値解析コードの妥当性の検証のために必要不可欠な長時 間茶道による各部材ごとの損耗量を測定し、さらに堆積物の成分分析を行い、オリフ ィス出口のプラズマ密度、電子温度、空間電位を測定することである。これらのデー タは JAXA 及び本研究室で開発が進められている数値解析の妥当性評価として、数値 解析と比較し、数値解析コードの改良を促し、中和器の寿命評価コードの作成に貢献 を行うことが本研究の最終目的である。
15 参考文献
(1-1) H. Sahara, S. Nakasuka and C. Kobayashi : AIAA paper 2005-3956, 2005.
(1-2) 栗木恭一, 荒川義博 : 電気推進ロケット入門, 東京大学出版会, 東京,2003 (1-3) 大熊 拓児 : 誘導結合型プラズマ電子源のホールスラスタへの適用検討,首都
大学東京大学院, 修士論文, 2010
(1-4) 細田聡史,國中均 : イオンエンジンによる小惑星探査機「はやぶさ」の帰還 運用, J. Plasma Fusion Res. Vol.86, No.5 (2010)282-292
(1-5) 荒川義博,國中均,他 : イオンエンジンによる動力航行 (宇宙工学シリーズ 8,2006) (1-6) 大道渉,小泉宏之,他 : マイクロ波放電式中和器の性能低下メカニズムとその 実験的検証,STEP-2010-058 (1-7) 窪田健一,渡辺裕樹,他 : マイクロ波放電式中和器解析に向けた 3 次元 Hybrid-PIC コード開発,STEP-2012-083 (1-8) 楠田将士 : マイクロ波イオンエンジンの中和器における電磁場解析,九州大 学卒業論文
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2 章 実験装置及び実験方法
2.1 実験装置
2.1.1 真空排気系 宇宙空間の真空環境や熱環境を模擬するために、真空系を用いる。また、真空引き をすることによって放電管に生成するプラズマ気体の組成を一定に保つことができる。 本実験に用いた真空容器を図 2.1 に示す。直径 1.0 m、長さ 1.2 m のステンレス製円筒 容器で、電気的にアースされており基準電位を保っている。以下に実験に用いた真空 ポンプの特徴について述べる。 ① ロータリーポンプ(油回転真空ポンプ) ロータリーポンプ(Rotary Pump)は、回転する内部の板が気体をかき出すよう に排気する真空ポンプの一種である。超高真空を必要とするチャンバの粗挽きや、 背圧を維持するための補助ポンプとして使われる。到達真空度は10−1 Pa (10−3 Torr) 程度である。 ② メカニカルブースターポンプ メカニカルブースターポンプは、ケーシング内にある2個のマユ型ロータがその 軸端の駆動ギアにより互いに反対方向に同期回転するようになっている。メカニカ ルブースターポンプは、粗引ポンプと組み合わせて使用することにより粗引ポンプ の排気速度の落ち込む領域を大幅にアップさせることができる。大気から排気する ポンプではなく後段(大気側)に油回転ポンプを設けて使用される。中・低真空領 域(1 Pa~1000 Pa)でガス負荷の大きな雰囲気形成に主に使用される。 ③ クライオポンプ クライオポンプとは真空容器内に極低温面を設置し、これに容器内の気体分子を 凝縮または吸着させて捕捉し、排気するポンプである。クライオポンプが気体を有 効に排気するためには、凝縮の場合には、蒸気圧が、吸着の場合には吸着平衡圧力 が 10-8Pa 以下でなければならない。 ④ ターボ分子ポンプ ターボ分子ポンプは、固定された羽翼と回転する羽翼を交互に設けて回転させる ことで、気体分子を一方向に移動させ高真空まで排気することができる真空ポンプ である。単独で大気を直接引くことはできないので、油回転ポンプなどと併用して、17 10-1~10-6 Pa までの真空度に到達することができる。 今回の実験では EDWARDS 社製のロータリーポンプ,メカニカルブースターポンプ、 ULVAC 製のクライオポンプと三菱重工製のターボ分子ポンプをそれぞれ用いた。 図 2.1 真空容器 2.1.2 制御系 今回の 100 時間耐久試験において、マイクロ波電力を 8W で一定に保ちたい。しか し、プラズマの状態は温度や作動ガスの揺らぎによって、プラズマとマイクロ波の結 合 が 変 わ る た め 、 投 入 マ イ ク ロ 波 電 力 は ゆ ら い で し ま う 。 そ の た め LabVIEW(Laboratory Virtual Instrument Engineering Workbench) ソ フ ト ウ ェ ア と DAQ(Data Acquisition)デバイスハードウェアを組み合わせて、PID(Proportional Integral Derivative Controller)制御を利用した計測制御システムを構築した。
・LabVIEW(2-1)(2-2)
: グラフィック型言語によってプログラミングすることのできる 開発環境であり、主に計測用に用いられる。LabVIEW では、通常の言語でいう関数に
18 あたる VI(Virtual Instruments)を表すアイコンをウィンドウ平面上に配置し、VI と VI の間を配線することによってデータフローを表す。for 文や if 文などのプログラム構 造は長方形の枠を描画して構成する。このように作成されたプログラムは、単独で実 行させることも、新たな VI として他のプログラム上で再利用することも可能である。 ・PID 制御 : フィードバック制御の一種であり、基本的に現在値(PV)と設定値(SP) の偏差に比例した出力を出す比例動作(Proportional Action:P 動作)と、その偏差の 積分に比例する出力を出す(Integral Action:I 動作)と、偏差の微分に比例した出力を出 す微分動作(Derivative Action:D 動作)の和を出力し、目標値に向かって制御すること を言う。 2.1.3 中和器本体 図 2.2 に本実験で使用した中和器の概略図を示す。放電室は実験によってモリブデ ン製と銅製を使い分けた。内径は 18 mm であり、 長さは 12 mm である. 放電室の周 りに配置した複数の 4 mm×4 mm×12 mm の長手方向磁化のサマリウムコバルト (Sm-Co)磁石と放電室を前後から挟み込む軟鉄製のヨークによって磁気回路を形成さ せる。放電室周囲の磁石の個数によって内部の磁場形状を変更できる。図 2.3 と図 2.4 に中和器の主な構成を、図 2.5 に本実験に使用した中和器の内部磁場の様子を示す。 マイクロ波周波数 2.45 GHz において, 磁束密度 1500mT の位置で ECR 層を形成する。 フロントヨークの中心に直径 5 mm の穴を開け, それをオリフィスとしている。バ ックヨークの中心に SMA コネクタを介してアンテナを固定した。マイクロ波は同軸 ケーブルを通してアンテナに伝送している. また, プラズマの生成や損失によりアン テナ形状は性能に大きく寄与することが, イオン源の研究において示されている。膨 大な自由度のあるアンテナ形状であるが、本研究においては、電子電流引き出し実験 より最適化した結果、最終的に L 字アンテナを使用した。使用したアンテナはモリブ デン製で、縦 14 mm 横 4mm である。
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図 2.2 中和器断面図
図 2.3 マイクロ波放電型小型中和器の内部構造
Front yoke
Antenna
Electric discharge room
20 図 2.4 マイクロ波放電型小型中和器の断面構造 図 2.5 中和器の内部磁場 10 25 40 55 70 85 100 115 130 145
Back yoke
Sm-Co magnet
12mm Flux Density (mT)21
2.2 実験方法
2.2.1 電子電流引き出し実験 図 2.7 に電子引き出し実験の概略図を示す。今回はイオン源なしの中和器単体の試 験であるため、中和器に接触電圧は印加していない。その代わりに、オリフィスの前 方 2 cm の位置にターゲットとして直流電源につながれたパンチングメタル製の電子 コレクタを配置した。このターゲットを正に昇圧することで。中和器より電子を引き 出し、その電子電流を測定する。また、中和器自体は接地しており、プラズマ中のイ オンは放電室内壁に捕集される。作動ガスには Xe を使用し、 Mass flow controller を 用いて流量を制御した。 実験条件としては、性能目標値であるマイクロ波投入電力 8W、推進剤流量 0.5 sccm、 コレクタ印加電圧 0~70V で変えていき、使用したマイクロ波周波数は 2.45 GHz であ る。それらの条件下において、コレクタ印加電圧 35V で引き出し電子電流値が 100mA を超えることを目標とし性能を評価した。 図 2.7 電子電流引き出し実験概略図 Xe⁺
e⁻
Xe⁺
gas
Sm-Co magnet
Electric discharge room
Target
DC Power Supply
22 2.2.2 最適化したパラメータ 性能向上を目指すにあたって、最適化を試みた中和器の構成要素を以下に示す。 1) オリフィス :オリフィスの種類、電子放出口の直径と引き出し電流の依 存性を調査する。 2) 磁場 :放電室周りに設置した磁石個数を変更することで、磁場形状と磁場 強度の引き出し電流への依存性を調査する。 3) アンテナ :アンテナ長さや種類による引き出し電流への依存性を調査する。 4) 放電室 :放電室内径と引き出し電流の依存性を調査する。 2.2.3 100 時間耐久試験 中和器内部の壁面の損耗量の測定、堆積物の調査、スパッタしたイオンの影響を調 べるために、中和器を 100 時間運転させる耐久試験を行う。電子電流引き出し実験の 際、最適化した中和器を使用する。中和器を運転する際の実験条件は、マイクロ波周 波数 2.45GHz、ガスはキセノンを用いて流量を 0.5sccm とした。マイクロ波電力は 8W で一定としたが、長時間の運転となるとマイクロ波はゆらぎによって安定しない。こ こでは前述のとおり、LabVIEW ソフトウェアと DAQ ハードウェアを利用して PID 制 御を行うことでマイクロ波を常に 8W で出力する。本実験の主な目的は、中和器の各 部品の質量変化から損耗量、堆積量を測定することだが、長時間の運転で電子電流へ の影響による性能低下をみるため、100 時間通じた電子電流と IV 特性、またマイクロ 波の反射と中和器の温度も測定する。なお、コレクタ電圧は 50V で一定にする。 2.2.4 スパッタリング(2-3) 100 時間耐久試験では、中和器内部の母材がスパッタされることが予想される。ス パッタリングとは、固体表面に高速で入射した粒子が標的原子と一連の衝突を行い、 表面近くの原子がその表面結合エネルギー以上の運動エネルギーをもらって、表面か ら外へ飛び出る現象である。1 個の入射イオンあたり外へ放出される標的原子の数を スパッタリング収率と呼ぶ。スパッタリング収率は、入射イオンの種類、エネルギー、 入射角度、固体原子の結合エネルギー、固体表面温度などに依存する。一般に、ある 入射エネルギー以下ではスパッタリングが生じない閾値エネルギーがある。それを超
23 えると収率はエネルギーと共に急峻に増加し、数 100~数 keV で最大となり、さらに エネルギーが増すとかえって減少する。エネルギーが極めて高くなると、高速イオン による標的原子との衝突が表面近くから奥深くへ移動することにより標的原子が出に くくなるためである。数に対するスパッタリング粒子数の比をスパッタリング率とい う。中和器におけるスパッタリングの模式図を図 2.8 に示す。 図 2.8 ヨークをターゲットとしたスパッタリング 2.2.4 空間電位測定実験 マイクロ波放電式中和器のオリフィス出口のプラズマ状態は計算の境界条件となる ため、非常に重要なパラメータである。プラズマの状態を示すプラズマパラメータと 呼ばれるものには主にプラズマ空間電位、プラズマ密度、電子温度の3つが挙げられ る。プラズマパラメータを調べる方法は大きく2種類にわけられる。1つはプラズマ 中に直接電極等を挿入してプラズマから電流を抽出し、それを解析することによって プラズマパラメータを知る方法で探針法と呼ばれている。もう1つはマイクロ波やレ ーザをプラズマ中に入射し、それらの相互作用の結果から、あるいはプラズマから放 射される光を分光で直接検知することによって、プラズマパラメータを知る方法で電 磁波法と呼ばれている。探針法はプラズマ中に直接電極を挿入するので空間的分解能 に優れるが、比較的低温、低密度の測定に限定される。またプラズマに擾乱を与える ことを留意しなければならない。電磁波法はプラズマ断面の平均値を測定するので空 Fe Xe Xe ヨーク
24 間的分解能は劣るがプラズマに与える擾乱は少なく、比較的高温,高密度プラズマの 測定に適している。 本研究ではオリフィス出口の詳細なプラズマパラメータを測定することから空間的 分解能を優先して探針法を用いる。探針法にもいくつかの方法があるが構造が簡単で 小型なシングルプローブ(2-4)法を用いた。以下にシングルプローブ法の測定原理を述べ る。 図 2.2 に実験に用いたシングルプローブを図 2.3 にシングルプローブ法の測定概念図 を示す。プローブは支柱先端にあるプローブ本体のみをプラズマ中に露出して、支柱 はアルミナ管などで被覆絶縁する。プラズマ中に挿入されたプローブの電圧𝑉𝑝の掃引 電圧を印加すると図 2.4 のような電流-電圧波形が得られる。この電流-電圧波形は プローブに入り込む電子とイオンの粒子量の違いによって3つの領域にわけられる。 プローブがプラズマ空間電位𝑉𝑝にあるときは、周囲のプラズマと等電位にあるため、 プローブにはプラズマ粒子の熱運動による熱拡散電流が流入する。流入する電子電流 𝐼𝑒0とイオン電流𝐼𝑖0には以下の関係式が成り立つ。 1 2 0
8
1
1
4
4
B e e e e e ek T
I
n ev S
n e
S
m
(2.1) 1 2 08
1
1
4
4
B e i i i i ik T
I
n ev S
n e
S
m
(2.2) ここで𝑣̃𝑒は電子の平均熱速度,𝑣̃𝑖はイオンの平均熱速度 S はプローブ表面積である。 プローブに𝑣𝜀のよりも正の電圧を印加するとイオンは排斥され電子が引き寄せられる ため、プローブ表面に電子シースが形成される。これが(1)の電子電流飽和領域で ある。逆にプローブに𝑣𝜀より負の電圧を印加していくと、電子は追い返されてイオン は引き寄せられ始める。しかし電子電流𝐼𝑒はイオン電流𝐼𝑖に比べて非常に大きいので、 プロー分は依然として電子電流が流れ続ける。これが(2)の減速電界領域である。 さらに負電圧を印加すると電子電流は減少し、プローブには正のイオン電流が流れ、 (3)の領域で飽和する。この領域をイオン飽和電流領域とよぶ、このように得られ た電流-電圧特性からプラズマパラメータを導出する。以下にその方法を述べる。 (1)電子温度𝑇𝑒の導出方法 減速電界領域において,電子温度 Teと電子電流 Ieの間には次式の関係が成り立つ。25
ln
e(
p)
ed
I V
e
dV
T
(2.3) よって得られた電流-電圧波形を電圧𝑉𝑝に対して対数プロットに直して、その傾きか ら電子温度が求まる。但し実際に測定されるプローブ電流には電子電流のみでなく、 イオン電流も含まれているのでイオン電流に外挿補正を行い、電子電流を推定する。 プローブ電位が十分に負である領域では電子電流は入らないので、プローブ電流はほ ぼイオン電流に等しくなる。そこでイオン飽和電流領域に接線を引き、その値をイオ ン電流とみなして補正する。プローブ電流とイオン電流の差から電子電流を求める。 このように補正して求めた電子電流を対数縦軸でプロットする。この傾きを (2.3) に 代入して電子温度𝑇𝑒を求める。 (2)プラズマ空間電位𝑉𝜀の導出方法 空間電位𝑉𝜀は電子温度の導出に用いたグラフの減速電界領域と電子電流飽和領域に 接線を引き、その交点の電位とする。 (3)電子密度𝑛𝑒の導出方法 電子密度𝑛𝑒の導出方法には電子飽和電流を用いる方法とイオン飽和電流を用いる 方法がある。本研究では磁場の存在するオリフィス出口のプラズマ状態を計測する。 磁場中では電子は磁力線に巻きつきサイクロトロン運動をするため正確な値が得られ ない。よって磁場の影響を受けにくいイオン飽和電流から電子密度を求める。導出に は次式を用いる。 1 2 B e is e ik T
I
n e
S
m
(2.4) 上式のκは𝑇𝑖/𝑇𝑒の関数であり、𝑇𝑖/𝑇𝑒→0 のとき、κ= 0.61 となる。大抵のプラズマでは Te>>Tiであるので、本研究でもκ= 0.61 とした。26
図 2.2 実験に用いたシングルプローブ
27
28 参考文献 (2-1) 井上泰典 : 計測制御のための LabVIEW グラフィックプログラミング入 門,1995 (2-2) 小澤哲也 : 図解 LabVIEW データ収録プログラミング,2008 (2-3) 高村秀一 : プラズマ理工学入門,1997 (2-4) 堤井信力 : プラズマ基礎工学 増補版,内田老鶴圃,1997
29
3 章 実験結果及び考察
3.1 パラメータ最適化結果
3.1.1 オリフィス依存性 プラズマの生成や, 引き出し電流はオリフィス径について考慮する必要がある。(3-1) 本実験では、オリフィス径と引き出し電子電流の関連を調査するため、オリフィス径 を 3 mm と 5 mm と変更し、またオリフィスの厚さも厚い 8 mm のものと薄い 2 mm のものを用意して電子電流値を計測した。径 5 mm のオリフィスを図 3.1 に示す。マ イクロ波投入電力 8 W、推進剤流量 0.5 sccm 、磁場は Sm-Co リング磁石における電 子電流値のオリフィス依存性を調べた。使用したマイクロ波周波数は 2.45 GHz である。 オリフィス径は 3 mm より 5 mm の方が電子電流値は高かった。(図 3.2) この要因の 一つとして、径の拡大により電子の引き出し面積が増大したことが考えられる。また、 薄板のオリフィスとの比較も行ったところ、オリフィス径が 3 mm の場合も 5 mm の 場合も薄板の方がコレクタ電圧 40 V を過ぎてからの電子電流値が高かった。(図 3.3, 図 3.4)しかし、5 mm の場合 35V 付近では厚い方が電子電流値は高かった。コレクタ 印加電圧 35V で引き出し電子電流値が 100mA を超えることを目標としているので、 今回の体系においては、厚いオリフィス径 5 mm を採用した。 図 3.1 径 5 mm のオリフィスの写真 8 mm 2 mm30
図 3.2 オリフィス径依存性
31 図 3.4 オリフィス径 5 mm の場合のオリフィス種類依存性 3.1.2 磁場依存性 本実験で用いた中和器の内部磁場の特徴として、フロントヨークとバックヨークに それぞれ ECR 層を形成するような磁場形状をとっている。内部磁場は基本的に放電室 の周囲に配置した磁石形状、個数によって変更可能である。そこで、放電室周囲の磁 石個数と引き出し電流の関係性を調査した。今回使用した磁石は Sm-Co 磁石である。 図 3.5 に磁石個数を 14 個、15 個、そしてリング磁石と変えて、引き出し電流の磁場形 状に対する依存性を示す。この実験条件は、マイクロ波周波数 2.45 GHz, マイクロ波 投入電力 8 W、推進剤流量 0.5 sccm である。コレクタ電圧が低いときは、磁石 14 個の ときに電子電流値が最も高いが、コレクタ電圧が 40V を超えるとリング、15 個、14 個の順で電子電流値が高い。この要因の一つは、磁場強度が強くなるとプラズマ閉じ 込めが有効に働き、外に逃げる電子を抑えることができたため、プラズマ生成効率が 上昇したことが考えられる。また ECR 領域の拡大により、そこを通る電子の数が増加 したことも要因の一つであると考えられる。今回の体系においては、リング磁石が最 も性能が良いと判断した。
32 図 3.5 磁場依存性 3.1.3 アンテナ形状依存性 次に、フロントヨーク側に形成される ECR 層とアンテナの位置関係に注目して、ア ンテナの形状と電子引き出し性能の関連性を調査した。すべて実験は最適磁石である リング磁石で行った。この実験条件は、マイクロ波電力 8 W、推進剤流量 0.5 sccm で あり、マイクロ波周波数は 2.45 GHz である。今回使用したアンテナは L 字、長めの L 字、十字型、ヒトデ型で、図 3.6 に各アンテナの詳細を示す。なお各アンテナの縦の 長さは 14 mm である。引き出し電流のアンテナ形状に対する依存性(図 3.7)からも分 かるように、コレクタ電圧が低い 30~35 V のときは、長めの L 字、ヒトデ型、L 字、 十字の順に引き出し電子電流値が高かった。しかし、コレクタ電圧 50V 以上の領域で は、L 字、L 字長め、ヒトデ型、十字型の順で性能が良かった。この要因の一つは、 フロントヨークとバックヨーク間に、磁気ミラーを通して電子が往復する磁気チュー ブ間に接触するアンテナ表面積が大きいとイオン電流が多く流れ、それだけアンテナ での損失が増えるからであると考えられる。(3-2)したがって今回は L 字アンテナがその 損失を最も抑えることができた。 (3-3)今回の中和器の体系では、40 V 以上で安定して 引き出し電子電流値が高い L 字アンテナを採用した。
33 十字アンテナ ヒトデ型アンテナ 9 mm 1.4 mm 9 mm
34 長い L 字アンテナ L 字アンテナ 図 3.6 各アンテナの写真 7 mm 4 mm
35 図 3.7 アンテナ形状依存性 3.1.4 放電室形状依存性 放電室内径においてもプラズマの生成や引き出し電子電流に影響を及ぼすと考えら れる。本実験では、放電室内径と引き出し電子電流の関連を調査するため、放電室内 径を 18 mm と 21 mm のものを用意して電子電流値を測定した。内径 21 mm の放電室 を図 3.8 に示す。マイクロ波投入電力 8 W、推進剤流量 0.5 sccm 、磁場は Sm-Co リン グ磁石における電子電流値の放電室内径依存性を調べた。使用したマイクロ波周波数 は 2.45 GHz である。またアンテナは L 字を使用した。図 3.9 から分かるように、コレ クタ電圧の大きさにかかわらず、放電室内径 18 mm の方が電子電流値は高かった。中 和電流は、生成プラズマから供給される電子電流であり、そのカウンタパートとして 中和器内表面がイオン電流を受けもつので、生成プラズマのイオン電流供給量で中和 電流、すなわち電子電流が律速される。つまり放電室形状における結果の要因の一つ は、内径 18 mm の方がイオン生成領域が大きかったためであると考えられる。
36 図 3.8 内径 21 mm の放電室の写真 図 3.9 放電室内径依存性
3.2 100 時間耐久試験結果
電子電流引き出し実験によって最適化した中和器体系で実験を行った。具体的には、 オリフィスは厚めの内径 5 mm、アンテナは縦 14 mm 横 4 mm の L 字アンテナ、放電 室は内径 18 mm のものを使用した。しかし、磁場においてはリング磁石が最も性能が 21 mm37 良かったが、特注したリング磁石が割れてしまったため、時間の都合上磁石 15 個を代 わりに用いた。またアンテナとバックヨークの間にアンテナを絶縁させるためのセラ ミックスを挿入した。図 3.10 に示す通り、加速試験として、コレクタに+50V を印加 した。中和器部品の材料にはそれぞれ閾値エネルギーというものが存在し、これを超 えるとスパッタされやすくなる。もともとの放電室の材料であった Mo の閾値エネル ギーは 46.83 eV に対して銅は 26.60 eV と低い。したがって放電室壁にはスパッタされ やすい銅を使用した。それぞれのスパッタの挙動を調べるために、ヨークには Fe やオ リフィスには Al やアンテナには Mo 用いた。 電子電流は 100 時間を通した変化は微量ではあるが下がっている。これに伴い、マ イクロ波の反射も大きくなっていることから、中和器内で起こったスパッタリングに よって、マイクロ波とプラズマのカップリングの低下が電子電流値の低下につながっ ていることが分かった。また、図 3.11 は各日の最後に IV 特性を測定したもので、12 月 16 日~12 月 26 日にかけて若干の性能低下が見られる。電子電流値が急に上昇して いるのは 35 V 付近で、およそ 25 mA から 120 mA に遷移したことが分かった。性能が 極端に高い 12 月 24 日は図 3.12 高い電子電流値を示している 5000 分あたりに相当す る。このことから IV 特性は電子電流の推移と関係する挙動を見せたことが分かった。 そこで 100 時間運転の前後で、電子てんびんを使って質量を測定した。誤差は±0.2 mg である。全体として質量が増えている部分はバックヨーク、フロントヨーク、オ リフィスで、減っている部分は放電室、アンテナ、絶縁体だった。質量差と 100 時間 前後での中和器の各部品の様子をそれぞれ図 3.12 図 3.13 に示す。特に変化が顕著だっ たのは、バックヨークで金属光沢のある堆積物が確認でき、質量的にも最も増えてい た。アンテナは損耗がみられ、質量も減少しているのが分かった。また放電室はアン テナの先が向いている部分にうっすら堆積物が付着していたが、質量は減っておりよ くスパッタしていることから、加速試験としての役目を果たせたと言える。アンテナ とバックヨークの間の絶縁体はアンテナ側が焦げていて、特にアンテナの L 字が向い ている方は焦げている範囲が広かったので、アンテナの影響を受けたと考えられる。 以下に、元素分析の結果から数値解析と比較した考察を述べる。 数値解析の結果と実験結果を比較したグラフを図 3.14 に示す。質量変化を 1 時間当 たりに増減した質量 (mg) で表している。また Xe 中の 2 価の Xe の存在率を 2%とし、 中和器の内部電位 28 eV として計算している。その他の体系は本実験の体系と同じで ある。数値解析ではアンテナの Mo がほとんど変化していないのに対して、先述のと おり実験ではアンテナの損耗が目立った。2 章で述べたように、中和器の性能低下は、 アンテナを絶縁している絶縁体に 2 価の Xe によるスパッタによって、ヨークから飛 び出した Fe 原子が付着することで、マイクロ波効率が悪くなることが原因であると考
38 えられていたが 1)、100 時間運転後の絶縁体を元素分析した結果 (図 3.15)見ると、Al と Si が大部分を占めているが、これは絶縁体の母材のセラマタイト (Al2O3-SiO2) に 多く存在するので、それを除いて考えると Cu、Mo、K の順に多く付着していること が分かる。これは Cu のスパッタされる閾値が低いことやアンテナ (Mo) が絶縁体と 近いことが原因と考えられる。このことから、マイクロ波効率が低下する原因は Fe だけでなく、アンテナが損耗することによる影響も考慮する必要があることが分かっ た。数値解析の結果より実験値の方が堆積していたバックヨークも、絶縁体と同様に 元素分析した結果 (図 3.16 を見ると、Cu と Al の割合が多かった。Cu が多く堆積し ている理由は絶縁体の場合と同じだが、バックヨークから最も遠い位置にあるオリフ ィスの Al もスパッタされて飛び出しているので、Al はバックヨークに限らず放電室 やアンテナにも付着している可能性が考えられるので、オリフィスでスパッタされた Al がヨークに対する影響もさらに考慮する必要があると考えられる。 図 3.10 電子電流, マイクロ波反射電力の推移
39 図 3.11 IV 特性 種類 材質 重さ(前)g 重さ(後)g 差(g) オリフィス アルミ 51.0751 51.0808 0.0057 バックヨーク 軟鉄(S45C) 28.5077 28.5206 0.0129 フロントヨーク 軟鉄(S45C) 15.9682 15.9708 0.0026 放電室 銅 25.0356 25.0168 -0.0188 アンテナ モリブデン 0.1673 0.166 -0.0013 絶縁体 セラマタイト 0.0617 0.0616 0.0001 total 120.8156 120.8166 0.001 図 3.12 中和器の各部品の 100 時間前後での質量変化
40 前 後 オリフィス アルミ バックヨーク 軟鉄(S45C) フロントヨーク 軟鉄(S45C) 放電室 銅 アンテナ モリブデン 絶縁体 セラマタイト 図 3.13 中和器の各部品の 100 時間前後での写真
41
図 3.14 実験値と計算値との比較
42 図 3.16 バックヨークの元素分析結果
3.3 空間電位測定実験結果
シングルプローブを用いて中和器から 4 mm 下流のプラズマの状態を調べた。コレ クタ電圧を 10 V~70 V まで変化させて、そのときの空間電位、電子温度、電子密度を 図 3.17 図 3.18 図 3.19 に示す。空間電位はコレクタ電圧が高くなるにつれて高くなり、 50 V から急に 30 V 付近まで上昇している。電子温度は 50 V まで緩やかに上昇し、50 V を過ぎてから急に上昇していることが分かる。電子密度は 50 V を過ぎたあたりから 指数関数的に高くなっている。またそれを踏まえて図 3.20 の IV 特性を見てみると、 50 V 付近を境に電子電流値が増大していることから、電子密度と IV 特性は連動性が あることが分かった。それぞれのパラメータにおいて 50 V を境に遷移していると考え られる。 数値解析では空間電位、電子密度を測定する際、引き出し電圧として中和器下流 4 mm に仮想のアノードを設置してシミュレーションを行う。(3-4)図 3.21 に電子密度の数 値解析結果を示す。Low current mode とは図 3.20 の IV 特性に現れる電子電流が高くな る遷移ポイントの前の電流値で、High current mode は遷移後の電流値である。Low current mode ではアンテナ付近全体の密度が高いのに対して、High current mode ではア43 ンテナからヨークに向かって一本の筋のように電子密度が高い領域が形成された。 今回の実験データ中の空間電位、電子密度等は数値解析において境界条件となる非 常に重要なパラメータであり、数値解析に必要な境界条件となるデータを取得できた と言える。 図 3.17 空間電位 図 3.18 電子温度
44 図 3.19 電子密度
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図 3.21 電子密度の解析結果(出典 Ion Scale Simulation of Microwave Neutralizer by using Hybrid-PIC Method,Japan Aerospace Exploration
46 参考文献 (3-1) 前山忠穀 : マイクロ波放電型中和器に関する基礎研究, 九州大学大学院修 士論文, 2002 (3-2) 山本直嗣,近藤慎哉,他 : 小型イオンスラスタの推進性能における形状依存性, 日本航空宇宙学会論文集,第 56 巻 第 655 号別刷,2008 (3-3) 増井博一 : マイクロ波放電型宇宙推進用プラズマ源に関する数値解析,九州 大学大学院, 博士論文, 2006
(3-4) K,Kubota,H,Watanabe,I,Funaki et al : Ion Scale Simulation of Microwave Neutralizer by using Hybrid-PIC Method,
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