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IS・LM体系の動学分析とケインジアンマクロ経済政策

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滋賀大学経済学部研究年報Vo 1.8 2001 一95一

IS・LM体系の動学分析とケインジアンマクロ経済政策

鈴 木 康 夫

1序

 マクロ経済学について記述しているほとん ど全ての大学教科書に書かれているように,標 準的なケインジアン短期体系としてのIS・LM 体系および完備体系では,極端な場合を除け ば,臨時的な財政支出や貨幣供給による短期的 総需要管理のマクロ経済政策が静学的に有効 であると結論される。下のように,閉鎖経済で の周知のIS・LM体系は例示的に連立方程式系 で表現でき,これを用いて,対外部門や物価変 動を無視した短期均衡が決定される。もちろ ん,こうした静学的な関係として利子率とGDP 水準のグラフを作成すればIS・LMの単曲線が 図示され,それらの両曲線の交点で一義的に短 期均衡点が明瞭に与えられる。この均衡点に対 して,マクロ経済政策当局の裁量的な政策的操 作による財政支出や貨幣供給の外生的変位が, 比較静学的なシフトにより,それらの曲線と共 に短期均衡点を変位させ,結果的に均衡GDP水 準を拡大させる。ただし,y:実質GDP水準, ∬:総投資(=新資本の限界効率表),G:政府 支出,T:税, c:消費性向, r:市場利子率, M: 名目貨幣供給量,P:一般物価水準, L=LIPY +LA:名目貨幣需要量(=流動性選好表),か つ,投資関数∫はrの単調な減少関数であり,貨 幣の資産需要関数:LAは, rの下限ro(:ゼロ に近い正の定数)を有する区分的に単調な減少 関数である。 IS : Y= c(Y’ 7’) 十 1(r) 十 G, O〈 ro $r   O〈c=const.〈 1, T〈 Y. LM : M= LIPY十 LA(r), O〈 Ll, P=const.,   O〈M, T, G : given.  けれども,比較静学分析によるこうした標準 的な理解は,静学的にケインジアン均衡が成立 することや,裁量的な財政金融政策が制度的な 何の制約も無しに即座に効果を発揮するよう に運営できるものと想定しているわけで,古典 的な諸研究と同様に,実証理論的観点だけでな く経済政策の観点からしてもこれらの想定を 不問に付すことは到底できない。現実の経済 が,短期的であるどころか長期化傾向を持続し ながら,極めて困難な不況に陥っていることか らすれば,むしろ,こうした古典的というより も超時代的な問題点を解明し,実際的なマクロ 経済政策にいくらかでも有効な基本的含意を 探求することは明らかに重要であり,依然とし て昔から変わることのないマクロ経済学の使 命でもある。  本稿では,そうした理由でケインジアン短期 静学体系の主な諸問題を,古典的な動学分析の 枠組みに従っているに過ぎないが,静学という 分析手法の限界を越えて動学的に扱うことに より,財政赤字や資産ストックの問題にも及ぶ 短期動学と,財政金融の諸側面でマクロ経済政 策について捉え直すことで,古典的なマクロ短 期分析の部分的な試みや拡張と一般化が行わ れる。また,マクロ経済政策の効果が確認され たとしても,ではどのようなマクロ政策運営が 最適なのかという困難な問題も可能な限り解 かれねばならない。それゆえ,このような最適 な短期のマクロ政策運営問題も,市場利子率が

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一96一 滋賀大学経済学部研究年i報Vo1.8  2001 安定する流動性のワナの状態のような,現実的 には厳しい不況下の状況と解釈されるケイン ジアン的な特定の場合に限って以下で扱われ る。分析に際していろいろなモデルが用いられ るが,これらはケインズ理論の本質や要点に触 れるものであるから,本稿の分析全体を通じて 基礎となっているモデルは,まさにケインジア ンの基本的なIS・LM体系であり,考察の関心 をこれに集中するため,実際的な観点からすれ ばかなり不満足ではあるが以下の分析では国 際取引などの対外部門やインフレーション分 析をまったく考慮しないこととする。  また,IS・LM体系の古典的な動学について の個別の主だった以下の問題分析では,その展 開の狭間や流れの中に,広く知られている標準 的な分析や主だった代表的な見解などを部分 的に簡潔に援用しながらも,通常あまり扱われ ないしばしば手薄になりがちな分析に注目し て,所々でいろいろな拡張的分析も小出しに織 り込まれている。それゆえ,これらの小さな試 みを一組とする,全体としては小型ではあるが 手短にまとまった形で,IS・LM体系枠組みの マクロ経済短期動学についての発展的な概説 を提示することも目的とされている。以下の円 滑な展開のために,ケインジアンの静学的見解 に近いものを始めの方で取り上げ,それからこ れと対比的な学説や見解などの主なものも検 討し,さらにこれらの提要に基づいてIS・LM 体系の短期的なマクロ経済学学について一つ の概観を得る。 III積極的財政政策と短期公債蓄積の

      動学問題

 例えば日本もそうであるが,多くの諸国で は,短期的にまた長期的にもしばしば財政赤字 になる傾向があり,程度に差はあるものの,一 般に政府部門の拡大傾向が見られる。この事情 の下でも,政府は積極的な財政支出政策を用い ることで雇用水準を確保する必要に迫られる。 多くの場合,その積極的財政政策は公債発行に よって賄われ,公債ストックはこうした財政赤 字を蓄積することで増大すると考えられる。そ れゆえ,短期における積極的財政政策が公債の 新発行によって賄われるとき,経済はどのよう に完全雇用水準を達成するのか,またそのと き,その政策に伴って発行されかつ蓄積される 公債は,経済が完全雇用に近づくにつれてどの ようになっていくのかなどといった動学的問 題が考えられる。そこで,こうした問題を, Blinder−Solow[1973,1974]流の政府行動分析で 検:討するのが,ここで展開される分析の目的で ある。  Blinder−Solow[1973,1974]流の分析は,保有 資産の経済効果を考慮した枠組みのIS・LM分 析に,政府の予算制約式を導入して,マクロ経 済政策の面で財政支出の所得創出効果を検:回 するものである(その後Infante−Stein[1976]や Tobin−Buiter[正976]などによって分析が一層拡 充された)。ここでは,主に比較静学的手法に よるそれらの標準的なIS・LMの分析枠組と異 なり,民間部門と政府部門が単純に関係する強 く短期的な経済想定の下で,財政支出に具現さ れた積極財政政策と財政制約下の政府行動に 伴う民間経済への影響が,公債の発行及び残高 の経済的作用を通じて動学的に分析される(こ の節での分析は鈴木[1991a]の前半を改訂した ものである)。  すなわち,この章の始めで検討するのは,物 価が安定している場合を前提として,IS・LM体 系に支配される経済が,金融市場のかなりの機 能低下による市場利子率一定という強く短期 的な局面にある場合に,財政支出を裁量的に操 作する積極的財政政策が政府行動の財政的制 約に従う状況下に置かれる経済状態である。要 するに,教科書的な45度線マクロ・モデルとほ ぼ同じの,いわば「超短期」的な状況で財政側 面だけの若干の動学的拡張を試みるというの

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IS・LM体系の動学分析とケインジアンマクロ経済政策 (鈴木 康夫) 一97一 がこの節のねらいである。政府行動の財政的制 約を与える代表的な考え方は,いわゆる政府の (財政)予算制約式であり,一方,積極的財政 政策の目標は完全雇用とする。ただし,その 「超短期」的な状況という強く短期的な局面の 想定に合わせて,完全雇用に対応するGDP水準 が外生的に与えられているものと仮定する。最 近における日本経済の「超低金利」状況は債券 需要も低調であり,この類似例と見なし得るか もしれない。  まず,政府の財政活動を支える経費の実行可 能な範囲を考える。Bを既発行残高とし, rを市 場利子率の水準とすれば,政府支出をG,税金 をTで表示して,この場合名目値=実質値での 政府の予算制約式が次のように規定される。 ただし,αは調達速度係数で正のパラメータと する。  GDP水準γはここでの超短期で, IS・LMモデ ルを想定しても45度線モデル化するので,平均 貯蓄率sを正のパラメータとして,次のように 簡単に決定される。 (4) Y=(1+G−c71)/s, ただし,c+s=1であり,また∬も外生的に与え られる正のパラメータと想定されている。  したがって政府による超短期の積極財政政 策は上の2つの式から次のようになる。 (5) G= a{ Yf一 (1+GLc7) /s}. (1) B== rB十GT T. 第1図 ただし,BはBの時問微分を表す(時間を連続に 扱うこととする)。ここで,もし政府の経費調 達手段として政府による微小時間間隔での連 続的な新貨幣発行が認められているとすると, 貨幣供給残高をMで表し,新規に追加発行され るその(時間)増加分をMで表せば,式(1)は 次のように変更できる。なおここでは,物価が 不変に保たれ,一定水準が維持されているもの と想定する。 B 臼s e 、起

x

, G’=B

x}

(2)    B→一舷=rB一ト(}一T. ただし,ここでは時間連続的な新規貨幣発行は 政策的に行われてないものと想定する。  政府の短期経済目標として完全雇用の達成 を考えているので,民間投資を1,GDP水準を Y,完全雇用GDP水準をYf,貯蓄性向をs,消費 性向を。でそれぞれ表示し,政府による短期財 政政策を次のように単純に定式化できる。 (3) G== cr(yf−b, G: G  かくして,分析対象の超短期経済体系はMを 無視すれば,(1)と(5)の連立線型微分方程 式体系によってその超短期動学過程を記述さ れる。この分析のためにこの連立系に関する位 相図を用いることにする。上の第1図はそれで あり,rとTがそれぞれ正の定数であると仮定し て描かれている。  第1図で,矢印のない斜めの直線は式(1)で B=0としたもので,つまりB=(T−G)/rを表し ている。B*=(T−G*)/rと, G*=sYf+cT−1 はB=0とした(1)と6=Oとした(5)の連立 方程式を解いて得られる。もちろんsYf+cT>1

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一98一 滋賀大学経済学部研究年報Vol.8  2001 が仮定されている。第1図から明らかにモデル 経済の超短期動学過程は不安定的であり,体系 の均衡点(G*,B*)は鞍点となっている。した がって,雪中の緩やかな斜めの矢印線で示され る唯一の単調な鞍点軌道(我々に関心があるの はG≦G*なる領域だけである)を除けば,経済 の変動はいつまでも続く。  最終的に,第1図の下方へと伸びて行く全て の軌道は時間経過に従ってB→0かつG→G*と なり,結局,経済は財政赤字を全て清算し,か つ完全雇用を達成するようになるので,ケイン ジアンの立場からすれば社会的に望ましい動 学過程と考えられる。このようなことは,図で 鞍点軌道の下方から出発する全ての軌道につ いて言える。他方,図で鞍点軌道の上方に経済 状態の初期条件が与えられる軌道の場合は,部 分的に逆の様相が現れる。すなわち,この場合 時間が経過するにつれてB→。。かつG→G*とな り,経済は確かに完全雇用に近づくが,一方政 府の財政赤字は累積的に増大していき,公債残 高の累積が限りなく続くという動学的に不安 な状況に経済は至ることとなる。  したがって,第1図からわかることは,図の 鞍点軌道付近で考えるとして,Tが低い水準に 与えられるとき,かつその値に対してBの初期 値が相対的に大きいような経済において,完全 雇用を達成するための超短期財政政策(5)が 実施されるならば,政府の財政赤字が累積的に 増大する可能性が大きいということである。逆 に,もしTに比して十分野なるBの初期条件が 与えられている経済では,完全雇用達成のため の短期財政政策(5)は財政赤字を解消する可 能性が大きいと考えられる。これらのことは, パラメータとしてのTの値が大きく与えられる と,第1図において,Gの挙動を決める境界垂 線が右方にシフトされ,かつ同時にこのシフト に対して。とs/rの偏微係数の違いから相対的 にかなり大きい程度に,Bの挙動を与える境界 斜線(直線)と鞍点軌道も上方ヘシフトするこ とからわかる。すなわち,それらの境界線と鞍 点軌道の上方シフトはその下方領域を拡大す るので,上記のように下方へ伸びる軌道の範囲 が図中でいっそう拡大されるからである。しか し,当初に鞍点軌道から離れた下方の点から出 発する軌道は,横軸付近でそれに近い他の軌道 に比べていっそう低いGDP水準を最終的に達 成するだろう。  また,貨幣供給がこの場合にマクロ経済政策 に従って外生的な政策的操作で変位するとき, 第1図のような状況は,式(1)の替わりに式 (2)を用いる同様の超短期局面の場合にも妥当 する。その場合,Mをパラメータとして扱い, Mの外生的変化の効果は,境界斜線だけのシフ トによる鞍点軌道下領域の単純な拡大から,時 間に対してB→0となる可能性を大きくする。ま たrの外生的な上昇は,もしもd8*/dr={(G* 一T)/〆}={(sYf−sTN1)/12}〈0ならば, B* を低下させ,公債蓄積の境界直線を下方ヘシフ トさせ,同時にその直線の勾配を緩くする。そ れゆえ,rが高く,その水準に比してBの初期値 が相対的に大きい水準にある経済では,完全雇 用のための超短期積極財政政策と(1)または (2)が,財政赤字の累積的増大を引き起こす可 能性は大きいと言え,この傾向はrが大きけれ ば大きい程一層強い。逆にrが低く,Bの初期値 が相対的に十分に小さいときは,(1)または (2)の下でも超短期積極的財政政策が財政赤字 を最終的に解消する可能性が大きい。これらの ことはrの高低に対し鞍点軌道の下方領域が狭 くなったり広くなったりすることからわかる。 しかもこのとき,このことは,普通の投資関数 の関係があくまで外生的な関係としても作用 するのであれば,第1図で財政支出の動きを決 定する垂線をrの上昇方向への変位に対して同 時に右方シフトさせることになるので一層補 強されるだろう。以上の結果をここで命題とし てまとめておく。

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IS・LM体系の動学分析とケインジアンマクロ経済政策 (鈴木 康夫) 一99一 命題1 (1)と(5)の連立系で与えられる超短 期経済体系では,第1に完全雇用GDP水準が比 較的に低くsYf〈sT−FIつまりG*〈Tならば,動 学的均衡点は一義的に存在して鞍点となり,鞍 点軌道の意味で安定的積極財政政策が唯一存在 する。また公債残高の均衡水準が正ならば,財 政支出の均衡水準は投資と消費性向に対して減 少的だが,税額と貯蓄性向と完全雇用GDP水準 に対して増加的であり,投資と利子率のケイン ズ的関係を想定すれば利子率に対しては増加的 となり,他方,公債残高の均衡水準は完全雇用 GDP水準と貯蓄性向と利子率に対して減少的だ が,税額と投資に対しては増加的で,ケインズ 的投資関係が想定されれば利子率に対して一層 増加的となる。第2に完全雇用GDP水準が比較 的に高くsYf>sT+∬つまりG*>Tならば,動学 的均衡点は存在せず,この場合財政支出の境界 垂線がかなり右方に移動するため,第】図の左 上に例示されているような,ゆがんだU字型の 軌道のみが存在して,完全雇用に近づくにつれ 公債残高は際限なく累積して行く。■  この命題で,その第1の場合は短期的な健全 財政で完全雇用が達成できる場合を意味し,他 方,その第2の場合は短期的な赤字財政で完全 雇用が達成できる場合を意味している。それゆ え,実際の政府活動がしばしば財政赤字に陥る ことを考えれば,その第2の場合がどちらかと 言えば現実に近い。しかしながら,一層実際的 には,公債残高が累積する過程で,想定されて いる超短期の局面自体が崩壊し,それまで停止 していた標準的なIS・LM機構が一部ではなく 完全に作動し始めたりすることで,利子率が変 動することとなり,これに従って新たな経済変 動が生じるかもしれない。こうした推測的な見 解は,ケインズ的な移動均衡理論の枠組みでは 可能な理解であり,さらにここでの分析の拡張 も可能ではあるが,これは他の機会に譲り本稿 ではこれまでとする。次にこうした超短期の想 定に基づく最適(積極)財政政策が検討される。

皿短期公債蓄積下での最適な

    積極財政政策  前節では,分析を通してずっと(5)という 単純な定式化が用いられてきたが,完全雇用の 達成を目標とする政府行動の定式化としては (5)の形が基本的には無理のない定式化である と考えられる。実際,完全雇用達成を目的とす る政府の最適行動としての超短期の最適な積 極財政政策が政府の動学的最適化問題から決 定されるとすると,(5)または(3)の形式の 最適積極財政政策方程式が,「流動性のワナ」状 況の特徴的な現象解釈を伴う「超短期」の想定 の下で定式化によっては導出され得る。すなわ ち,政府の超短期積極財政政策により完全雇用 を動学的に最適に達成しようとする問題は,扱 いが困難だが,想定に忠実で最:も単純な形で次 のように定式化できる。r, T, yf,を諸パラメー タとし,流動性のワナによる金融市場側面での 制約として,U(Y, B, G, T♪=0が想定される。 ︶ 6 ︵ Minimize f 5 (yf一 y)2/2 dt, with (4), and, r, T, Yf : given >O, s.t. B == rB +GL T, Bo = const. >O and U(Y, B, G, T)== O.  ただし,B, G, Y>0で, tは時間を示し,こ の制約条件の後半は,金融政策を与件とする流 動性のワナ状況の下では,金融市場及び債券の 売りオペが少ししか機能しないという想定を 理論的に反映している。この想定自体は,形式 上ではやや極端に見えるけれども,流動性のワ ナの解釈としてはもっともらしい表現であろ う。なお,ここでの内容は鈴木[1991b,2001] に全面的に依存しているが,これらは,暗黙に こうした想定を前提していたにもかかわらず,

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一100一 滋賀大学経済学部研究年報Vo 1.8  2001 以下の関連記述も含めて流動性のワナの解釈 であるとしてこれを省略し定式化に明示して いなかったが,形式上ではモデルの不備となる ので明らかに提示すべきであった。  動学的最適化問題(6)の定式化は状態方程 式として(1)を用いているが,貨幣供給が前 節と同様にパラメータとして扱われるならば, その定式化に(2)を用いてもパラメータが増 えるだけで本質的には何も変わらない。しかし ながら,制約条件の後半はかなり扱いにくい。 もしも,τが一定で,τ時点でのBの値:B(τ) が自由にとれる自由端問題としてこの動学的 最適化を考え,しかもその金融市場的制約が無 ければ,Bの初期条件に拘わらず(6)の被積分 関数の形状から自明なように,結果を先取りす れば,当初から完全雇用GDP水準をもたらす水 準でGを終期まで持続することが動学的最適条 件となる。こうした近似もやはり極端なものに 見えるかもしれないが,求める最適経路の基本 的な定性的性質を明らかにし,当該分析につい て大まかな理論的理解を得るという目的に とっては重要なのである。それゆえ,まずこの 形式的な問題を考えてみる。  (6)の目的汎関数自体は,現行GDP水準と完 全雇用GDP水準の距離を計画時間上で最小化 するように定式化されている。要するに(6)は yとYfの差を動学的に無くすることを目的とし ているから3上の自由端問題と.しての動学的最 適化問題(6)は,金融市場制約を無視した諸 制約条件の下で∫o。。一(Yf一}り2/2 dtを最大化 することと全く同じことである。いずれにして も,問題(6)を解くために最適制御理論のポ

ントリャーギンの最大値原理を用いれば

(Arrow−Kurz[1970]参照),動学的最適化の必 要条件としての随伴変数方程式λ=一r2 (2 は随伴変数)と最適性条件λ=(Yf一め/sから, (7) G= sr( yfn Y), となる。ここでsr・Eaと置けば見かけ上では (7)は(3)と同一の形の方程式となる。それ ゆえ,形式的には問題(6)は(3)を与え,し たがって,(4)から(5)を与える。  しかしながら,この動学的最適化問題(6)の 定式化は,計画期間の終端時点でのスクラップ 評価関数(あるいはサルベージ評価関数)を持 たないので,この場合の横断性条件は,計画終 了時刻rでの値B(τ)が自由に設定できる有 限計画時間の自由端問題であるから,計画終了 時刻でのλの値がλ(τ)=0となることを終期 条件として要求する。つまり,この条件は別表 現ではγ(r)=Yfとなることを要求するもので ある。この終端条件は,ここで求める連続的な 最適(超短期)積極財政政策にとって(7)と 同等に必要である。また,これらについて一層 詳しく理解するためには,前節の第1図やその 関連記述が参考になるので,次に図での理解を 検討する。  そこで,まず第1に,前節の第1図の場合,つ まり命題1の第1の場合を考えてみよう。当該の 動学的最適化問題(6)の連続的な最適積極財 政政策時間経路は,第1図ではG=G*なる横軸 に対する垂直な半直線上に存在しなければな らず,いかなるBの値に対しても,G(0)=G(t) =G(τ)=G*となるようにGを一定に保つこと を必要とする。つまり,Bの初期値B(0)= Bo> B*のときには,雌通じてBは拡大し続け,だん だん蓄積速度が速くなっていくことになり,他 方,もしB(0)〈B*ならtに対しBは減少し続け, だんだん速く減少するようになる。さらに,も しも,初期にたまたまB(0)=B*であるならば, tを通じて経済は動学的均衡点(G*,B*)に泊 まり続けることが必要となる。これらのこと は,動学的分析としてはひどく平凡な内容であ り,あまり有用な意味も無く,また実際的でも ないが,すでに上で示唆したようにBを気にせ ずにGの値をかなり自由にマクロ経済政策当局 が指定できるときには可能であり,その第1の

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IS・LM体系の動学分析とケインジアンマクロ経済政策 (鈴木 康夫) 一101一 場合の連続的最適時言経路の意味である。  これらのことは,第1図から簡単にわかる。 すなわち,G=G*なる垂線上の径路以外にG(の =G*を達成できる明確な連続的径路が他に特 定できないからである。換言すれば,横断性条 件がそれ以外の明確に特定可能な径路では成 立しないからである。また,もしもGが,だい たい連続的であるような,ただし区分的に連続 的となる場合を想定して,それゆえにtについ て僅かではないが少なくかつ小さい(第一種 の)不連続を認めるとしてみよう。この場合, λがGの線型関数で与えられているので,Gの 少なく小さい不連続点で特別な条件がない限 りλも不連続となり,また(6)に関するハミ ルトニアンも同じく不連続となるので,少なく 小さい不連続を伴う区分的に連続的なGの意味 での最適時間経路の存在が何らかの形で抽象 的に示せるとしても,これを明確に特定するこ とはできないし,また経済学的に有意味な特徴 づけをそれに行なうこともできない。つまり, G=G*以外の明確に特定可能な時間径路は当該 問題の最適1生の必要条件を充たさない。  しかしながら,こうした点は,当該動学的最 適化問題が,Bに関して金融市場側面の制約U (・)=0を全く考慮しないことや自由端問題設 定となっていることから生じている。それゆ え,金融市場側面の制約を大量の債券流通で弱 体化した債券市場の機能や秩序(維持)と解釈 することで単純化して定式化に反映させれば, もっとふさわしい定式化の可能性がある。  例えば,θ「(・)=0の解釈から,流動1生のワナ .状況下で弱体化した金融市場の機能を保持す るために,B(τ)が政策的に固定される固定端問 題として動学的最適化問題(6)を捉え直す場合 はある程度妥当な想定である。この場合λ(τ) =0という横断性条件は必要でなくなるので, (7)と(1)の連立体系で与えられる時間経路が最: 適時間経路の候補であり,B(τ)が適切に与えら れ,全体の計画期間が極端に長短でない場合に は,BoとB(r)の二つの境界点を通る最適候補 経路が最適時間経路として選ばれる。もちろん BoとB(r)とτの値の組み合わせ次第では,最 適経路が存在しないこともあり得るが,ここで は政府が,金融市場制約下のB(r)とBoに対し τを政策的に十分適切に設定するものと仮定 する。さらに,この限りでは,τのみが一層長 く設定できるときには,最適経路は動学的均衡 に一層近い経路で選定される。というのは,そ の垂線に近づくとき,これに従って変数の運動 速度がますます低下する傾向にあるから,所定 の計画時間が長いものであれば,その時間で目 標に到達するためには,最適経路は,一般に鞍 点軌道では与えられないが,しかし一層遅い経 路でなければならないからである。すなわち,

最適成長理論ではないが,サミュエルソン

(Samuelson[1965, pp.489−493])流のカテナリー・ ターンパイク性(計画時間延長による最適軌道 の懸垂線的均衡偏口上)という動学的性質の存 在が当該問題の最適時間経路について認めら れる。  さらに,こうした固定端の動学的最適化問題 (6)に関して,ハミルトニアンのGに関する第 2次偏微係数が正なのは明らかだが,さらに,こ れらの諸々の必要条件を充たす時間径路は, (6)の被積分関数とBの右辺とが共にBとGに 関する凸関数であり,またλ≧0すなわちYf≧ yと想定する方が経済学的に有意義であるか ら,マンガサリアン(Mangasarian[1966, pp.146− 149,Theorem 2, Corollary 1,2])の定理により, 問題(6)の最適性にとって十分である。もし も,Yfの定義がλ≦0を許すように与えられる としても,上の諸必要条件を充たす時間径路は やはり問題(6)の最適性にとって十分である。 命題2 超短期経済(=流動性のワナ状況下の 経済)で(連続型の)動学的に最適な積極的財 政政策を求める問題が状態の固定端を伴う(6) で与えられ,τやB(r)が最適経路の存在を保

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一102一 滋賀大学経済学部研究年報Vol.8  2001 証するとき,連続的最適時間経路は,(1)と (7)の連立体系によって決定され,この均衡点 に関して命題1とかなり類似の動学的性質を有 する。その最適制御は(3)型の単純な式で得 られ,最適な調整速度係数は貯蓄率と利子率の 積に等しい。しかも,その最適経路は,境界条 件に関して一義的であり,そのyの水準が単調 増加的と解釈でき,終点時刻の外生的な延期に 関してカテナリー・ターンパイク性がある。■ (典型的な例:B*<Bo《B(τ)の場合)  したがって,この場合の最適時間経路の動学 的様相は,上の第1図と同様になるので,完全 雇用GDP水準が比較的に低くsYf<sT+1つまり G*〈Tなる第1の場合と,一方完全雇用GDP水準 が比較的に高くsYf>sT+1つまりG*>Tなる第 2の場合(境界垂線が右方に移動)に応じて3つ のタイプに分類でき,このいずれの場合にも目 標へのターンパイク性という漸近的な動学的 偏椅性を持つことが図で確認できる。ここでの 分析の拡張が鈴木[2001]で展開され,租税な どを導入して一層一般的な結果もいくつかの 類型とともに得られているが,そこでの分析は 自由端設定であったので,すでに見たように全 く形式だけの分析やカテナリー性などの最適 経路の性質に関して誤った内容をかなり含ん でいた。とはいえ,やはり同様に固定端設定に 変換すればそのかなりの部分が誤りから解放 されるだろう。  ここまでの分析は,超短期,すなわち金融制 約下で利子率が安定している特定状況下の短 期局面で行なわれた。すでに指摘したように, こうした分析は,形式的には所得決定の45度線 分析にほぼ等しいものに過ぎないが,それでも 単なる教科書的なケースという以上に意味が ある。すなわち,流動性のワナの状況にほぼ 陥った深刻な不況の場合の経済現象に関する モデル理解がそれである。この意味で大まかに 言えば,前節とこの節の内容は,まさに深刻な 不況下の場合であり,しかも金融的な制約に直 面していながら,早急に必要となる積極的財政 政策の分析として捉えられる。そして,過去の 歴史的な大不況に比べるとどこか日常的な深 刻さに欠けるところも部分的に見られるが,現 在の日本経済が直面している困難な現象もこ の種の経済状況なのかもしれない。 .IV IS・LM体系の短期動学的分析  前節までは超短期という特殊な短期局面の 経済状態が分析されたが,この節では一層一般 的な状況を扱う通常の短期分析が動学的に検: 討される。周知のように,代表的な短期分析は IS・LM分析であるから,ここではこの短期動 学が分析される。動学的IS・LM分析は,形式 的には離散的な定差方程式型の研究と連続的 な微分方程式型のそれがあり,しばしば景気循 環型の動学分析が目的とされるので前者の方 が多くの場合に扱われているが,前者について の検討は他の文献(例えば森本[1980,第2章]) に譲り,ここでは専ら後者の連続的な分析が検 討される。とはいえ,すでにいくつもの先行研 究があるので,ここでは既存の代表的な文献に 標準的な結果を求め,それを踏まえた上でさら に検討を加えなら,IS・LM体系の短期動学に ついて標準的な内容が確認され,また若干拡張 的な指摘が示されるに過ぎない。  動学的なIS・LM分析の代表的な問題は,そ の体系の動学的安定性に関するものである。古 典的な研究では,連続的なIS・LM動学の,利 子率と産出量のIS・LM表示平面の位相図を用 いた安定性に関する詳しくない記述が,宮沢 [1979,p.238]やブランソン[1982,第4章(第 12図)]などで与えられていて,時計回りと逆 の回り方で収敏する渦状点の短期均衡への調 整過程だけが論じられている。これより一般的 な仕方でIS・LM体系の安定性を簡潔に扱って いる和田[1989,第2章第2節]にここでは注目

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IS・LM体系の動学分析とケインジアンマクロ経済政策 (鈴木 康夫) 一エ03一 し,それに従ってIS・LM体系の安定性分析が 確認される。まず,本稿の初めの導入部分で提 示された二つの式によるIS・LM体系の表現よ りも一般的な関数表現をさらに導入し,財及び 貨幣の両市場の超過需要について,産出量と利 子率がその静学的安定性の解釈に従う単純な 形で調整するように連立の動学体系が次のよ うに定式化される。 (8) (9) V=ai IC(Y)+1(r)+G−Yi ,  G, cr 1 = const.>O, ’一α2{五(Y,r)一骨,砿   a 2 = const.>O.  この連立体系の動学的安定性は,シ=P=Oの ときの経済状態(γ*,r*)つまりその体系の均 衡点の近傍で,局所的に線型近似された次の体 系を用いて詳しく検討できる。この体系が構造 安定ならば,大域的にも同様の動学的含意が近 似的に可能となる。 (IO) Y= a“ (Cy一 1)(Y一 YX: )十 1,(r” r”:) i,      a 1 一一 const.>O, (11) i= a2 ILy(Y−Y“)+L,(r−r“)1,      cr 2 = const.>O. (12) O〈 Cy〈 1: lr〈 O, O〈 Ly・ Lr〈 O・ ここで,Cy, Ir, Ly, Lrなどは,これらの添え 字に表示された変数についての偏微係数をそ れぞれ表し,しかもその原動学体系の均衡状態 (Y*,r*)での値で特定されている。それゆえ, これらの諸係数の特定値について求められる 固有値で近似的に当該動学体系の動学的安定 性が確定され得る。  つまり,(10)と(11)の連立体系の係数行 列を考えると,その各対角要素自体が負なので トレースがa1(Cr−1)+a 2Lr〈0となり,その 行列式の値が正となるのが条件(12)を考慮す るとわかる。特に非対角要素の積が負なので, 当該の特性根は負の実部を明らかに持つのが わかるため,均衡点は局所的に漸近安定であ る。しかも,財市場に対して貨幣市場の調整速 度が格段に遅いならば,すなわちa’ iに対して α2の値が十分に小さいならば,特性根は2次の 判別式から複素解となるから,均衡点は漸近安 定な渦状点となる。このことは,Lrの絶対値が 十分に小さい場合にも成立し得ることであり, いずれにせよ貨幣市場の利子率の動きが貨幣 の超過需要に対して相対的にかなり緩慢であ るならば可能である。あるいは,もしも利子率 に対して投資が相対的にかなり敏感ならば,す なわちlrの絶対値が相対的に十分に大きいなら ば,同じく均衡点が漸近安定な渦状点となるこ とはやはり可能である(またしyの絶対値につい .ても同様のことを考えることも可能ではある が形式的な場合であろう)。投資が利子弾力的 な後者の場合は,ある程度ケインジアン的な場 合と見なされるかもしれない。  これらの場合以外では,特性根が同符号の異 なる実数解となるので,和田[1989,第2章第 2節]が示すように均衡点は漸近安定な結節点 となる。また,α2の値が十分に小さいという 条件は,単純なリャプノブ関数(Y一 Y*)2+(r− r*j2を設定して考えると,やはり漸近安定を可 能にする条件でもある。いずれにせよ,対角要 素同士の積または非対角要素同士の積がゼロ ではないので,これを上で確認した負のトレー スや正の行列式と合わせて考えると,オレッチ (Olech)の定理を適用でき,原動学体系(8)と (9)は,その定義域にわたる条件(12)の下で は大域的に漸近安定となる(その定理について は和田[1989,第2章三論]を見よ)。

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一1 04一 滋賀大学経済学部研究年報Vol.8  2001 命題3短期の動学体系(8)と(9)は,その 定義域で条件(12)が常に成り立つならば,大 域的に漸近安定な唯一の均衡点を持ち,それは 渦状点か結節点のいずれかである。さらにもし も,利子率について貨幣市場の需要調整が相対 的にかなり緩慢(=Lrかcr、2の絶対値が十分に 小さい)ならば,あるいは,もしも投資が利子 率に相対的にかなり敏感(=1rの絶対値が相対 的に十分に大きい)ならば,均衡点は渦状点と なる。■ なる。そこで,この体系の特性根に注目して検 討を加える。上と同様め計算と偏微係数条件 (15)から,トレース(tr)と行列式(det)の値 が次のように求められる。ただしtr*は,均衡点 でのtrを表すが,次の条件(5.17)が対象領域 で保持されれば,そこに閉軌道は存在しないの で(Lefschetz[1977, P.238],大和瀬[1987, p.264]),条件によって均衡が局所的に鞍点にな る場合には,大域的な相流の動学的性質も同様 に与えられると考えられる。  次に,政府部門の活動が果たす基本的なマク ロ経済的役割を明らかにするために,上の短期 動学体系で政府の財政支出などの政策的変数 をパラメータとしない場合が検討される。ここ では上の基本的な定式化を維持した形のモデ ルを想定するが,しかし財政支出と貨幣供給は 共に産出に依存するという想定が追加される。 つまり,財政支出は税収構造から産出量に単調 に依存する基本的な傾向があり,また,中央銀 行は市中銀行の取引的民間貨幣需要による借 り入れに対応して貸し出し業務を経常的に 行っているという想定から,これらの関数関係 が大まかな理論近似として仮定される。した がって,原短期動学体系は次のようにちょっと だけ変更される。 (13)   Y= cr 1 {C(}つ一ト1(r)→一(}(y)一}7} ,      cr 1 =:: const.>O, (14) i= cr 2 IL(Y, r)mM(}’)i,      cr 2 == const.>O. (15) 0〈Cyく1,∬r<0,0〈Ly,Lr<0,    O〈 Gy, O〈 My.  このように政策的変数がγに依存する関数で 与えられる場合には,上の分析と同様な仕方で 検討するとしても結論がかなり異質なものと (16) O〈 Cy” 1 十 Gy〈1 L, 1, 1 1. 1:large,    and O 〈 Ly m My・ (17) tr : cr 1(Cv rm 1十Gy)十 cr 2Lr〈O・ (18) det : O〈 cr 1(Cy−1十Gy) ’ cr 2Lr    一 α11r ・ o’2(Ly 一 My)。 命題4短期の動学体系(13)と(14)は,そ の定義域で条件(15)が常に成り立つと想定し て,このときもしも (16)が成り立ち,しかも 適当な調整速度の値が与えられるならば((]7) と(18)より),大域的に漸近安定な唯一の均 衡点を持ち,それは渦状点か結節点のいずれか である。またそのときもしも,短期的に急速な 財政支出の変化や加速度的なGの増大による肥 大化が存在して(17)が一部変更され,Grの絶 対値が相対的に十分に大きく(0<trと)なる ならば,均衡点は不安定となる。他方,そのと きもしも,条件(16)の後半が変更される場合 には,すなわち短期的に産出量の変化に従う貨 幣供給政策が貨幣の取引需要だけでなく資産 需要の変化も一部でも充たせるように運営さ れ,Mrの絶対値が相対的に十分に大きくLyを 上回るならば,均衡点は鞍点となり,動学的に 不安定である。圏 また,こうした体系設定をほんの一部変更し

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IS・LM体系の動学分析とケインジアンマクロ経済政策 (鈴木 康夫) 一エ05一 て,単純に租税が導入される場合も,(16)か ら(17)の前半の表現が,限界税率の分だけむ しろ幾分,条件充足の可能性が強まる形で少し 書き替えられるに過ぎず,主要な変更を被らな いので,この場合も同様の結論が得られる。 命題4’ 短期の動学体系(13)と(14)が変 更され,Yの単調増加関数で税関数が導入され ても,その定義域で条件(15)が可処分所得に ついて常に成り立つと想定し直せば,このとき もしも(16)が成り立ち,しかも適当な調整速 度の値が与えられるならば,命題4と同じ主張 が(その後半も同様に)成立する。■  このように政府部門の活動は,単純な形で導 入されるとむしろかなり重大な影響を短期経 済体系に及ぼすのがわかり,財政活動もGDPの 増大に従って急激に増大するように行われる ならば,短期経済体系を動学的に不安定にする 可能性が大きいのがわかる。一方,GDPの変化 に従って単調な貨幣供給政策は体系を鞍点軌 道の意味で動学的に不安定的にする傾向があ る。なぜなら,GDP水準に合わせて円滑な経済 活動を支えるためには,構造的にLy≦Mrとす るのも一つの政策ではあるから,もしそうなら 均衡点は鞍点になり,動学的には短期経済の運 行がかなり不安定的となる。これらのことか ら,政府活動や政策運営は,連続的に実行され る場合には動学的にもかなり重要な役割を持 つことがわかる。それゆえ,これらについてよ り分析を深めることで政府部門の影響をさら に詳しく検討することは重要であり,また短期 経済状態とのそれらの関係が一層明確にされ るべきである。

Vクラウディング・アウト効果と

 資産効果のマクロ政策批判

前節では,政府活動や政策運営が短期経済と 内生的に関わるときには,短期経済状態に無視 できない影響を及ぼし,その関係のあり方が非 常に敏感なときには短期経済を動学的に不安 定にすることが示された。しかしその際,政府 活動や政策運営のあり方については詳しい説 明をせず,特に財政側面については結果的に実 施される財政支出だけをその分析は扱ってい るが,上の第2節のような財政活動の基本的な 性質や要件についての想定や考慮を全く欠い ていた。これはマクロ政策理論という応用理論 研究から見れば,もの足りなく不満足な設定に 依拠している考察なので,ここでは,政府とい う機構の基本的性質とその活動や政策運営の 仕組みを包括的に考慮してIS・LM体系の短期 経済の在り方が,新古典派や初期の現代マネタ リストなどの代表的あるいは標準的な理解に 従って手短に確認され,若干の追加的な指摘と 共に検:討される。  上の第2節では短期の想定に基本的に基づき ながら,IS・LM体系の経済過程が公債発行量 というストック変数へ及ぼす超短期動学的な 効果を分析し,つまりフローの一方的なストッ クへの影響がこの反作用の全く無い場合に分 析されたが,他方,上の第3節では,財政支出 と共に政策変数でもある貨幣供給量というス トック変数のフロー変数への影響が短期IS・ LM体系への内生的な組込みで結果的に分析さ れた。これらの側面を包括しフローとストック の相互作用を考慮した分析は確かに一般的で 望まれることだが同時に極めて困難なことな ので,ここでは主な論点にのみ注目して,短期 IS・LM体系枠組みの比較静学での標準的な内 容確認や,その基本的な枠組みの解釈的な拡張 と基本想定の改良的な再検:討の試みを伴う動 学的分析が行われる。当該の主な論点は,短期 IS・LM体系でのストック効果であり,貨幣供 給量と公債発行量の二つの変数に依拠する形 になるが,特に,いわゆるクラウディング・ア ウト効果と(実質)資産効果などの問題がそれ

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一106一 滋賀大学経済学部研究年報Vo正.8  2001 x である。  クラウディング・アウト効果は,通常,総需 要の独立的な支出項の外生的な変位で生じるIS 曲線シフトから導かれる一般的な意味合いの 比較静学的結果の特定の場合とされている。総 需要を構乱する外生変数の独立的変位,例えば 独立投資の増大などで,IS曲線(右方)シフト を通じる一般的な比較静学的結果として,LM 曲線に沿って登る短期均衡利子率の上昇が導 かれるが,この効果自体は,(ケインズー)ピッ クス・メカニズム(あるいは効果)と呼ばれて いる(中込[1995,p.49],浅子・他[1993,p.207])。 クラウディング・アウト効果は,このピックス・ メカニズムの特定の場合であり,このメカニズ ムが財政支出(一般的には政府活動)によって 生じる場合のこと,つまりそれによる均衡利子 率の上昇で民間投資(一般的には民間活動)が 減退し,したがって均衡GDP水準の増大もある 程度抑圧されるという結果のことである。これ は,教科書などの多くの場合,押し出し効果と か押し退け効果と訳されているが,結果的に生 じるこの効果の大きさは,周知のように,ISの シフトを所与とするとしM曲線の傾きの大きさ に単調に依存することとなる。  クラウディング・アウト効果は,財政支出 (政策)に対して自ずと生じる民間経済の反作 用を示唆するが,比較的に単純な場合にはポリ シー・ミックスで,つまり経済政策を組み合わ せて実施することで回避することができる。と いうのは,LM曲線の外生的変位を要因とした 比較静学的結果も考慮できるからであり,周知 のように通常これは,貨幣供給量の外生的変位 による比較静学効果に注目した(ケインズー) トービン効果と呼ばれ(浅子・他[1993,p.207]), 貨幣供給の外生的増加で生じる均衡利子率の 低下で民間投資が,したがって均衡GDP水準の 増大がある程度促進されるという結果(:クラウ ディング・イン効果)のことである。それゆえ, 政策的に財政支出増加でクラウディング・アウ ト効果が生じる場合でも,貨幣供給増加の金融 政策を適度に併用すれば,均衡利子率の変動を 相殺でき,その政策で目標としただけの均衡 GDP水準の増加が可能となるはずである。  しかしながら,こうしたポリシー・ミックス の合成的効果は,財政政策が全体としてどのよ うに運営されるかによって必ずしも保証され るものではない。特に,財政支出の財源がどの ように確保されるかによっては,これがIS・LM 体系の短期的な基盤に大きな影響を及ぼすこ とになるからである。この影響は,その財源が 追加的公債発行で賄われるときに起こり得る。 つまり,その追加的公債発行量は,新規の公債 が債券市場で取引された量であり,すなわち民 間資金がそれを購入した量であるから,マクロ 経済的にはこの取引の成立で追加的公債発行 量は存在意義を持つので,同時にこの発行は貨 幣量の.民間経済内部から外部への移転を意味 し,したがってこのことは,追加的公債発行が 外生的に貨幣需要の増加を,すなわち貨幣需要 関数の増大的シフト(または変形)をもたらす ので,結局LM曲線の左方シフト(または変形) をもたらすということである。  それゆえ,このことからポリシー・ミックス の合成効果は,結果的な中央銀行による追加発 行公債の,間接的でも実質的な引き受けを意味 することとなるが,にもかかわらず均衡利子率 の変動を適度に相殺できず,多少の利子率上昇 (:ポートフォリオ効果)と,目標以下のまたは わずかな均衡GDP水準増加を結果的に余儀な くされるだろう。こうした結果はポートフォリ オ・クラウディング・アウト効果と呼ばれてい る(浅子・他[1993,p.288])。しかもこのこと は,もしも公債発行量が民間経済の資産と見な されるならば,三市場での資産効果を通じてIS 曲線の右方シフト(または変形)が導かれるこ とで,結果的に均衡利子率上昇を一層大きくす るが,しかし均衡GDP水準増加もさらに大きく する。つまりこのとき,追加的公債発行による

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IS・LM体系の動学分析とケインジアンマクロ経済政策 (鈴木 康夫) 一107一 公債発行量の増大が資産の増加と見なされる ことで,消費が外生的に増大するわけで,すな わちこれはIS曲線の右方シフト(または変形) をもたらし,クラウディング・アウト効果がさ らに促進されることとなるからである。した がってこのときは比較静学的結果として均衡 GDP水準の増大は一層促進されることとなる だろう。  こうした難点を極端に主張して財政政策の 効果を疑うのが現代(または新)マネタリスト のフリードマン(Friedman[1972])などであ り,他方それは比較的に小さいと考え財政政策

の効果を認めるのがケインジアンである

(Blinder−Solow[1973])。一般には,これらのい ずれが優勢であるかは,仮に公債を資産と見な すにしても,IS・LMの両曲線の形状と,それ らに定式化で組み込まれた資産効果の優劣に よる(石[1984,pp.228−229]では, Christ[1968], Silber[1970]及びBarrows[1979]などに従い, 均衡GDP水準が比較静学的に減少する結果が 「歪曲された資産効果」と呼ばれている)。また, しばしば見られるように(石[1984,pp227− 230]),金融市場に限定した部分的資産効果に ついて超短期などの短期の諸局面でさまざま な段階があるように扱うのは,諸想定に応じて 形式的に不可能ではないが,金融市場に限定し た部分的資産効果自体が,投資のように投資需 要取引が市場で成立して後に実際的な懐妊期 間が多分に必要とされるわけではないから,資 産自体の市場取引の成立と同時にその限定的 な部分的効果の作用が発生すると考える方が 自然であろう。つまり,資産が形成されてもし ばらくはその限定的な部分的効果が発生しな いままに保持される経済局面が,理論的にも一 定期間の状況で存在すると考えるのはあまり 合理的でないだろう。  マクロ政策とその変数操作が外生的に及ぼ す全体的な効果については,動学的不整合性 (または時間的非整合性)の面で通常,マクロ 政策関連の三つの遅れが指摘されている。これ らの遅れは,周知のように,内部ラグとして認 知ラグと(決定および)実施(または行動)ラ グ,外部ラグとして効果ラグなどと呼ばれてい る(±屋・他[1985,p.76−77],浅子・他[1993, p.286],志築・武藤[198正,p.73])。しかも,認 知ラグに差はないとされているが,財政政策 は,行動ラグが長く,効果ラグが短いけれども, 一方,金融政策は,行動ラグが短く,効果ラグ が長いとする見方もある(土屋・他[1985,p.77], 浅子・他[1993,p.286],ドーンブッシューフィッ シャー[1994,chap。15, sec.14])。  しかもここで,政策の効果とは,財市場の状 態への政策の結果的影響を意味し,貨幣および 債券と財の諸市場を通って影響が波及した結 果として発生するのであるから,金融政策の効 果出現は長期化の傾向を有し,現実的には複雑 現象的な多重作用から動学的な不確定性や不 安定性をもたらし易くなる(清水[1997,第II 章第4節])。とはいえこのことは,投資への影 響なども含めた全体的な政策効果についての 理解であるから,この効果全体を,短期的に, 貨幣および債券市場への限定的な部分的効果 と財市場への部分的効果の二つの部分的効果 の単純な合成の結果と解釈することもできる だろう。  そこで,この節の残りでは,即座に調節する 貨幣および債券市場と動学的に調節する財市 場とから構成される高速度の金融作用を伴う 半動学的IS・LM体系の短期経済と,この下で の積極的な財政政策などの経済政策と公債蓄 積について,トービン的な視点と共に実質残高 効果(いわゆるピグー効果)を中心とした資産 効果想定の下で短期動学分析が展開される(し かしフィッシャーの実質負債効果などは明示 的に扱われない,Tobin[1980,第一講])。特に, 前節末の貨幣供給に関する仮定を変更して,租 税関数丁(y)を導入しつつ,貨幣市場での資産効 果要因と財市場での資産効果要因を含めた条

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一108一 滋賀大学経済学部研究年報Vol.8  2001 件の下にここでの分析が展開される。すなわち L(Y,r, B, B)=L1(め÷L2(r, B, B)=MとC=Cl(Y− T(y))+c2(M+B/r)を仮定に加えて,ここで想 定する経済の動学的性質は,単純化のために公 債利払いを所得から無視すると,内部貨幣を含 めた次の連立微分方程式体系で与えられるも のと想定される(吉川[1984,p.178],ハンセン [lg70, chap.11,sec.6])。ただしここでは債券市 場の機能を考慮して,利息1円当たりで債券発 行量を捉え直し,この換算の下での市場価格で 債券価格を確定的に評価することにしよう (Blinder−Solow[1973, P。325]および石[1984, p.221])o 合が主に検討される。したがって,このとき, その陰関数の意味でしにおけるrの偏微係数を考 えれば,rに対して各変数を単独に扱って次の ように求められる。 (22) IL21十L23(B 十G” T( }7) ) }〈O for    large 1 L21 i but small l L23 1, (23) Or/OYlL=一(Liy−L23’rTy)    /{L21 + L23(B +G一 1) } >o, (24) Or/ OBlL=”(L22十L23 ’ r)/    {L21 + L23(B + G一 T) } 〉 o, (19) B/r=:’B 十G一 T( Y), G == const>O,    M=const.>O, cr y=const.>O, (25) Or/OGIL=一L23’r/{L2i十    ゐ23(B+G一二}>0, (20) Y= cr y ICi(Y一 T( }i) )十 C2(K 十M    十B/ r) 十 1(r) 十G一 Yl , and, (26) Or/OMIL==1/{L2i十L23’    (B 十G一 7) }〈O. (21) L= Ll(Y) 十L2(r, B, B)=M, O〈 Ty    〈 1, O〈 Cl 1〈 1, O〈 C21, 1,〈 O, O    〈 Lly, L21 〈 O, O〈 L22, O〈 L23・ ただし,そのKは資本ストック価値を表し,単 純化のために一定と仮定されている。またLly およびL21, L22, L23などは,それぞれ順に, L1 および4の各要素に関する偏微係数を表し,C =C1+C2についてのCllとC21も同様である。  このとき,(21)に注目し,{L21+L23(B+G −T(y))}が対象の領域で不変の符号を有すると すれば陰関数定理から,市場利子率rは主にY, B,Bの関数として表現でき,しかも(19)から, rは主にyとBの関数として得られる(もちろんG やMなどの政策パラメータにも依存している)。 ここでは,市場利子率に対して貨幣需要が非常 に敏感である場合を主に扱うものとして,L21の 絶対値が比較的に十分大きく,それゆえ{L21+ L23(B+G−T(Y))}<0となっている状況下の場 ただし,(23)ではrTyの絶対値が非常に小さく なると考えられるので,相対的にLlyの絶対値 がかなり大きいものと想定されている。なお, それらの偏微係数の符号は,通常の貨幣・債券 市場だけに限定したLM均衡での教科書的な単 純な比較三二分析の結果と両立する。  ここでの,(19)と(20)から成る連立微分 方程式体系は,条件(21)と(22)の下で(23) から(26)までの偏微係数を有し,政策的変数 がyに依存する関数で与えられる場合には,前 節末の分析と同様な仕方で検討することもで きるが,ここではその動学的基本性質の解明に 関心が集中される。ここでも,そのままの体系 の特性根に注目して,先に局所的な動学的性質 が検討される。そこで,まずこの体系の正規形 右辺のBとyに関するヤコビ行列を計算で示し ておく。

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IS・LM体系の動学分析とケインジアンマクロ経済政策 (鈴木 康夫) 一109一 (27) ノ(B,Y)= 」11  /12 ノ21  /22 ノH=汁汐・/∂Blガ(B+G一二 /12一∂・/∂rlガ(B+G一η一・Ty 」2i= ay IC2i(1/r−Or/OBIL   ・ Bfr2)+1, 0 r/ OBI Ll /22一αア{ClドCl 1 Ty−1一(C21B/   r2 m 1,) 0 r/ 0 }’ 1 Ll  この体系の(19)から明らかに(B+G一 T) は,B/rに等しいので,もし財政赤字なら正で, 反対に財政黒字なら負となる。その行列の各要 素は,ノ11,ノ12,ノ21,」22と表現されている。一 見してわかるように,これらの符号は一般には 確定し難い。しかし,その動学均衡の近傍で局 所的には,ノll=r>0かつJ12=一rTy〈0コ口 で,少なくともこの行列の1丁目要素について は符合が確定する。また,上の偏微係数の符号 (23)から(26)は,局所的には条件(22)な しでも確定するから,」21の符号は,∬r∂r/∂ BILが負なので,主に(正一∂r/∂BIL・B/r)の 符号によって確定でき,しかもIB/rlは定義 から遥かに1を越える大きな値で,むしろ普通 はかなり大きな値だから,通常は負と考えられ る。さらに,」22の符号は限界消費性向の仮定な どから局所的には常に負である。したがってこ のとき,相速度0の均衡で(19)が状態変数問 に単調増加的な関数関係を保証し,かつ(20) がそれらに単調減少的な陰関数を持つので,そ の動学均衡は一意であり,また,それらの同符 号の非対角要素から,局所的な当該体系の係数 行列の固有値が異符号の実数となるので,次の 命題が成立する。 命題5 短期の動学体系(19)と(20)は,そ の定義域で条件(21)が常に成り立つと想定す るとき,このときもしも∂r/∂BILの値が適 当な大きさで,極端に小さくないならば,局所 的に鞍点となる一義的な均衡点を持ち,この意 味で,その体系は局所的には動学的に不安定で ある。それゆえ,短期的な財政支出や貨幣供給 の総需要管理政策について比較静学的な理論 的予測が不可能である。■  大域的な場合でも,条件(22)が充たされる ときには,当該体系の分析は局所的なそれとほ ぼ同様に検討できる。すなわち,条件(21)の 下で,条件(22)は(23)から(26)を,財政 収支差が適当な水準の範囲にある財政収支局 面に対して可能とし,極端に大きい財政赤字局 面でない限りそれらの符合を保証すると考え てよい。一方,ヤコビ行列(27)について,大 域的な場合のJIIと」12の符号は,レiやレτ列の 絶対値が通常小さいことから,財政収支局面に よってかなり左右されると考えられる。それゆ え,財政赤字がかなり小さいかまたは財政黒字 となっている財政収支局面では,2次以上の解 析的近似を加えても,その局所的な線型近似体 系の分析結果と同じ動学的性質が確認される に違いない。  いずれにせよ,全対象領域で一意な動学均衡 が,局所的線型近似によってすでに鞍点である ことがわかっている。それゆえ,その領域に閉 軌道も存在することはなく,したがって,その 局所的な動学的性質の特徴は,大域的な動学的

様相を十分に近似していると言えるので

(Boyce and DiPrima[1977, pp.445−446]及び大和 瀬[1987,第3章§17]),命題5と同様の主張 が大域的にも成立することとなる。ただし大域 的安定性にとって,条件(22)は,L21の絶対値 が非常に小さくても無限小や零でない限り,動 学均衡点の付近では充たされるはずなので,局 所的には必ずしも必要ではないが,大域的には

(16)

一110一 滋賀大学経済学部研究年報Vol。8  200ユ rについての偏微係数(23)から(26)を支える 確定した陰関数の存在のために必要となる。 命題6短期の動学体系(19)と(20)は,そ の定義域で条件(21)と(22)が常に成り立つ と想定する。このときもしも∂r/∂BILの値 が適当な大きさで,極端に小さくないならば, 鞍点となる一義的な均衡点を持ち,この動学的 性質と大域的な四相流が整合するという意味 で,その体系は大域的にも動学的に不安定と判 断できる。それゆえ,このとき短期的な財政支 出や貨幣供給の総需要管理政策について比較 静学的なの理論的予測が不可能である。他方, このときもしも,∂r/∂BILの値が極端に小 さく無視し得る程であるならば,その体系は, 局所的に漸近安定な結節点か,または次に渦状 点になる可能性が大きいので,この場合マクロ 経済政策に関する比較静学的な理論予測は可 能である。■ (27)の諸要素の値などにほとんど全く影響せ ず,したがってすでに見たように動学的安定性 にとってはほとんど重要性が認められない。結 論としての動学的不安定性に主要な役割を果 たしているのは,やはりBのストック効果であ ると断定できる。それゆえ,Bを無視した形に貨 幣需要関数をより簡略化しても,このときL23 が付与されている項が削除されるので,条件 (22)は不要となりむしろ条件の少ない命題5の 形で命題6の主張は成立する。  命題6の系 短期の動学体系(19)と(20) は,その定義域で,貨幣需要関数について簡素 化されたL=Ll(Y)+ L2(r, B)=Mを採用するよう に条件(21)が修正され,この形で金融市場の 想定が短期で常に成り立つと仮定する。このと き,命題6と同じ主張が成立しその前半は命題 5の形に還元される。■

VIまとめ

 命題5で扱われていない命題6の後半の主張 は,IB/21が極めて大きな値であることから 問題のヤコビ行列のトレースをほぼ常に負に すると考えられ,しかもその非対角要素が異符 合となることから明らかであろう。このこと は,資産変動の金融市場に及ぼす効果が全く無 いような,基本的なIS・LM体系に近いという 意味で一層ケインジアン的な場合には,動学的 に安定な均衡が得られ,政策的比較静学の考察 が意味を持つということを保証している。まし て,動学体系のモデルが線型で最初から設定さ れている場合には,こうした可能性は十分にあ り得るのである。  また,この節では,貨幣需要関数にBのストッ ク効果だけでなくそのフロー効果Bも含めて分 析されたが,この後者の役割は,形式上では (23)から(26)の偏微係数表現を複雑にして いることと,大域的分析で条件(22)を要求す ることであるが,これらのことはヤコビ行列  この第V節の分析では,金融市場が均衡へ即 座に調節されながらも,財市場は時間を伴う調 節に従うという半分が動学的なIS・LM体系と 公債蓄積過程を併せて考え,このときモデル経 済は動学的に不安定になる可能性が大きいとい うことがわかった。このモデル設定にとって金 融市場に与える公債資産のストック効果がほと んどなくなる極めて稀な場合を除けば,第IV節 までの分析結果よりも,基本的なマクロ経済政 策の役割の可能性(すなわち比較静学的政策可 能性)にとって一層困難な場合となっている。 このような,財政学背景も含めたIS・LM半動 学がどの程度現実経済の短期現象を説明しまた 予測できるかは,経験的な手法による実証考察 を必要とするが,ここでの考察自体は,民間経 済の半動学的な形に基づきながらも,一種の(特 にいわゆるポスト・)ケインジアン的なモデル 解釈を反映しているに違いない。とはいえ,そ

(17)

IS・LM体系の動学分析とケインジアンマクロ経済政策 (鈴木 康夫) 一111一 うした極端な短期的不安定性は,ケインズ自身 の財市場理解よりも強いものであろう。  本稿では,この前半の二つの節で展開された 短期の限定的な状況(:超短期)では,完全雇 用という特定目標にとって動学的に最適な財 政政策が可能であったが,その後半で展開され たより一般的な短期の分析においては,比較的 にケインジアン的な定式化に基づきながらも, ケインジアン・マクロ経済政策の可能性が結果 的に見出しにくくなっていて,場合によっては 薬と毒の両面も見られ,資産効果が多少なりと も存在するときにはモデルの動学的安定性と いう基本的な可能性すら失われがちであると いう結果に到っている。このことは,フロー変 数が中心となる短期のケインジアン的な分析 でも,ストック変数の作用や影響をモデルに許 せば結果がかなり変更されることを教えてい る。もちろん,短期的性格の強いフロー変数と 長期的性格の強いストック変数とを混成した モデル構成は自ずと複雑になるが,少なくとも 命題6が示すように,ここでの単純なケインジ アン的短期マクロeモデルではそうした傾向が 強く現れている。こうした傾向が種々のマク ロ・モデルについてかなり一般的な結果的性質 であるかどうかは不明である。  このようなことからモデルを類型化すれば, それぞれ,フロー変数だけが内生化されている 短期静学モデル,フロー変数とストック変数が 共に内生化されている短期モデル,そして,フ ロー変数が独立な役割を失いストック変数の 変化分としてだけ扱われるストック変数主体 の長期動学モデルなどの分類が一般的にも可 能であろう。この意味では,本稿で扱ったモデ ルは,この第一と第二の型のモデルで,それぞ れ,市場利子率がほぼ不変な局面の分析に適合 したものと,市場利子率が伸縮的に調節する局 面の経済分析に適合したものであり,要するに 市場利子率が安定している局面の経済分析だ が,同時にこれらは「不況」現象の解明と予測 に適合した物価不変局面の経済分析でもある。 それゆえ,景気・物価変動局面に適合する第二 の型の動学モデルと,「経済成長」現象に象徴 される資本蓄積局面に適合する第三の型の,一 層一般的な経済分析が残されているが,これら は本稿の考察では対象外である。その第二の型 の動学モデルで,景気・物価変動局面の「イン フレーション」現象などを分析することができ るが,この企ても本稿の視界の外にある。こう したIS・LM分析以降の諸研究が20世紀後半か ら現在にあってはマクロ経済学研究の中心で あることは明らかであり,例えば,吉川[2000] ではIS・LM分析が記述にほとんど見られない が(pp.154−157に図説が若干記述あり),実際的 に経済を考えるときの基本的な理論としては, 脇[B[1998,pp.5−6]も示すように今では確かに 不十分だけれども,それでもなおIS・LM分析 は総合的な意味でやはり有用なのである。        参 考 文 献 Arrow, K.J,and M Kurz, Pubiic lnvestment, the Rate of  Return, and Optimat Fiscat Polic.y, The Johns Hopkins  Press 1970. 浅子和美・加納悟・倉澤資成『マクロ経済学』(新経  済学ライブラリ3)新川社,1993年。 Burrows, P., ”The Government Budget Constraints and the  Monetarist−Keynesian Debatei’, m Cook and Jackson  [1979] ,1979. Blinder, A.S, and R.M. Solow, ”Does Fiscal Policy Mat−  ter?”, Journal oLf Public Economics, vol, 2, pp.319−337,  1973. Blinder, A.S. and R.M.Solow, ”Analytical Foundation of  Fisca正 Pollcジ,in;A.SBIinder et aL, The Economics of  Public Finance (Brookings lnstitution, Washington,  DC), pp. 3−115, 197.4.         , Boyce, W.E, and R.C. DiPrima, ElementarTi’ Di:fferennal  Equations and Boundan’ Value Probiems, 3rd. ed..  1977. Branson,. W.H., Macroecononuc Theory aiid Poiic.}’, 2nd

参照

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