ばっくとぅざぱすと その十
琵琶湖と富士山の古ーい関係?
日本で最大の湖である琵琶湖と、最大の山である富士山。このふたつは同時に世の中に出現したものだ、
と言ったら、皆さんは信じるでしょうか?
科学的に言えば、もちろんそんなことはあり得ません。琵琶湖ができたのは約100万年前のことであるの
に比べて、富士山は約1万年前にできたのであって、年代的に全然合致しません。しかし、かつて日本国内
にはそのような伝説が存在し、ひとびとの間で広く受け入れられていたようなのです。
たとえば、1888年(明治二一年)にはじめて来日して以降、日本に近代登山を広める上できわめて重要な
役割をはたしたウォルター・ウェストンは、著書『日本アルプス再訪』の中に、次のように書き記しています。
「日本の伝説によれば、この山(富士山)は、孝霊天皇の御代五年目、すなわち紀元前285年に、初めて姿
を現した。ある夜、近江の国で、大地に非常に大きい裂け目ができて、それが≪近江の湖≫(琵琶湖)となり、
一方、投げ出された土は東北に二五〇キロほど運ばれ、駿河の国に積み上げられて、完璧に均整のとれた
円錐型の富士山となったのである」
紀元前285年と言いますから今から2300年ほど前、近江国で巨大な地面の陥没が起きたことによって
琵琶湖ができ、その陥没した分の土が駿河国で盛りあがって富士山となった(ウェストンは土が「投げ出され
た」と表現していますが)―この伝説はかなり古くからあったようで、14世紀の書物である『職原抄』の中に
すでに見ることができます。
この伝説がひとびとの間でポピュラーになったのはおそらく江戸時代のことでしょう。万治三年()頃に刊行
された『東海道名所記』では、富士山について「近江のみづうみ、はじめて湛へ、その土ここにわき出て、こ
の山となりたり」などと記されています。また、寛政九年(1797)刊の『東海道名所図会』の中にも、「近州〔近
江〕琵琶湖とともに一夜に現ずともいい伝えたり」との一文があります。
そして、ウェストンの『日本アルプス再訪』によれば、このような伝説を背景として、近江国のひとびとは富
士山に登る際に特別な扱いを受けていたようなのです。
すなわち、ウェストン曰く「かつて、この(富士山の)山頂に参拝するために登山する前には、百日間、断食
苦行するのが、普通の山岳信仰登山者の慣習であった。ところが、近江の国の人々は、特別にそれが免除
されていた。それは、富士山が彼らの生地の土でできているので、いわば、近江と富士山とは血のつながり
があるというのである。それで、七日間の特殊な準備をすれば、他のことは免除されているのである」。
かつて、富士山は聖なる山とされていたので、登るにあたっては身を清める必要があったのですが、近江
国から来たひとびとは、ほかの土地から来たひとびとよりも簡単に済ませてよいことになっていたらしいので
す。このことについては、江戸時代の儒学者である貝原益軒も、元禄五年(1692)の『壬申紀行』の中で、「駿
河国中の人は一日ものいみしてのぼる。他国の人は百日潔斎す。近江の人はものいみせずしてのぼる」と
書いています。
さらに白洲正子のエッセイ『近江山河抄』では、富士山ができた時にあまった土が三上山(野洲町)になっ
た、という話が紹介されています。このように、滋賀からは遠く離れている富士山ですが、伝説の世界ではき
わめて近く、親しい関係にあるように見なされて来たのです。
(史料館 青柳周一)