<論文>石油流通機構の生成と石油流通取引の原型
著者
小嶌 正稔
著者別名
Kojima Masatoshi
雑誌名
経営論集
巻
48
ページ
87-106
発行年
1998-11-30
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00005610/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja経 営 論 集 第48 号 (1998 年n 月 )
石 油 流通機構 の生成 と石 油流通取 引 の原型
小 鴬 正 稔
1 。は じめ に2. 居 留地取 引 期間 の流通 機構(1868年( 明治 元年) から1892年( 明 治25年))3. ソコこ ー(StandardOilCompanyofNewYork ) の直 接進 出と 特約 店制 度 の原型4. 条約 改 正に よる 外資直 接進 出と外資 の販路 整備5. 国産 油会 社 のチ ャネル設 立 基盤の整 備6. 国産 油会 社 の販路 網整備7. 販売契 約 と取引 慣行8. 灯 油を 中心 とす る石油 流通 の終焉 87| 。は じ め に
石 油製 品 の製品 特 性 は、 基本 的に そ の利 用方 法に よっ て規定 さ れ る。
灯 油( 燈油 )が 名 前 の通 り照 明用 燃 料 とし て、 我が 国に 登場し たの が、 明 治 の文 明 開化 の時 期で
あ っ た。 その後 、 明 治、 大正 期に おい ては 、石油 製品 とい えば一 般 に こ の灯 油を 指 し、 石油 の生産
と流通 は、 燈 火と して の灯 油を 中 心に 形 成 され るこ とにな った。
灯 油を 中 心 とす る石 油 製品 の流 通 機 構は 、輸入製 品に より整備 、確立 さ れ、後 に 国 産原 油会 社( 当
時 は国 油会 社 と呼 ば れた) が こ の流通 経 路に 割 り込む こ とに よっ て、 流通 基盤 を 拡 充し てい った。
石 油製 品 の流通 に と って 国家 に よ る政 策と の関 係は、 最 も重要 な 公衆 環 境に 属 し てい るが、 唯一
例外 な のが、 こ の灯 油流 通 の 期間 であ っ た。 灯 油流 通期 におけ る 石 油製 品 は単 な る 消費 財であ り、
近 代化 へ の投資 に おい て 政 策面 で の援 助を受 け るこ とが で きない 期 間であ った。
しか し この灯 油を 中 心 と する 期間 は 、我 が国 の石 油流 通構造 の 基礎を 形 成 した 重 要 な期間 であ り、
取 引形 態や 商慣 習 も また こ の期 間に ほぼ 完成 し、 現 在の 商慣習 な どの原 型 を 見る こ とが でき る。
本稿 は輸 入製 品に よる石 油製品 の流通 機構 の生 成か ら、 国産 原 油を中 心 とす る 国 産石 油会 社に よ
る対 抗を 通し て 、石 油 流通 機構が 生成 された 過程を 明 らか にし、 我 が国 の石 油 流 通 取引 の原 型を 確
認す る ことに あ る。
2. 居 留 地 取 引 期 間 の 流 通 機 構 (1868 年 ( 明 治 元 年 ) か ら1892 年 (明 治25 年 ))
我 が国に おけ る本 格的 な 石油 流通 は、燈火 とし ての灯 油(石 油 ランプ の燃 料)の流 通 から始 まった
石 油 ランプ は 、 まず 街 路灯 や商 業 用 とし て導 入さ れ、順 次家 庭や 工場 に 普及 し て い った。 ガ ス灯
88 経 営 論 集 第48 号 (1998 年11 月 ) が1872 年 明 治b 年 )、 電 灯 が1882 年 明 治ib 年 ) に 実 用 化 さ れ て い る が 、ガ ス 、電 気 に は 供 給 設 備 が 必 要 で あ っ た が 、 石 油 ラ ン プ に は そ れ ら の 施 設 が 必 要 な か っ た こ と か ら 爆 発 的 な 普 及 に 繋 が っ た ( 日 本 石 油(1988),pp.32-33 几 我 が 国 に お け る 灯 油 の 需 要 が 急 速 に 伸 び た の は 、1877 年 ( 明 治10 年 ) か ら で あ り、 こ の 頃 ま で に は 、「引 取 商 ( 輸 入 商 ) 一 問 屋 ― 小 売 商 」 と い う 流 通 経 路 が 整 備 さ れ て い る 。 こ の 取 引 は 、「 居 留 地 取 引 」で あ り 、製 品 を 輸 入 す る場 合 で も 外 国 石 油 生 産 会 社 と 直 接 取 引 を す る の で は な く 、 居 留 地 の 外 国 貿 易 商 が 介 在 す る 取 引 で あ っ た 。 外 国 商 館 と 引 取 商 の 取 引 は 、「 此 頃 は 運 賃 の 関 係 上 、 帆 船 積 に て 六 ヶ 月 乃 至 七 ヶ 月 の 航 海 日 子 を 要 し た か ら 、 二 三 月 頃 米 國 積 出 し に 係 わ る も の」 と 航 海 中 の 製 品 を 対 象 に し た 先 物 取 引 で あ り 、 引 取 商 は 、契 約 時 点 で 、一 箱2に つ い て25 銭 か ら50 銭 の 手 付 金 を 支 払 い 、残 金 は 引 き 渡 し 時 点 に て 決 済 す る こ と と な っ て い た 。 そ れ ゆ え に(1) 燈 火 燃 料 と し て の 灯 油 需 要 予 測 が 難 し か っ た こ と 、(2 )為 替 変 動 リ ス ク3を 抱 え て い た こ と 、(3 )入 荷 予 定 の 遅 れ な ど か ら 、石 油 取 引 は き わ め て 投 機 的 な 取 引4 で あ っ た ( 日 本 石 油 (1914 ),pp.64-68)。 当 時 、 米 国 灯 油 最 大 の 輸 入 商 で あ っ た 日 支 貿 易 会 社(China&JapanTradingCo., 後 に ソ コ ニ ー (StandardOilCompanyofNewYork )の 日 本 支 社 が 石 油 事 業 を 継 承 し た )は 、引 取 商 と し て 、輸 入 製 品 を 既 に 扱 い 、し か も 財 力 の あ る 雑 貨 商 を 選 別 し て 起 用 し て い た=( モ ー ビ ル 石 油(1993 ),p.53)。 輸 入 製 品 の取 引 は 、 こ の よ う に 投 機 的 で あ っ た が 、 製 品 の 品 質 と 販 売 契 約 は 明確 に 規 定 さ れ て い た 。 輸 出 基 地 の 代 表 で あ っ た ニ ュ ー ヨ ー ク で は 、 輸 出 契 約 と 品 質 に つ い て ニ ュ ー ヨ ー ク 石 油 組 合 、 ニ ュ ーヨ ー ク商 品 取 引 所 の 規 定 が 存 在 し 、製 品 の 品 質 規 格 、梱 包 規 定6 が 守 ら れ て お り、 こ の 高 度 な 標 準 化 が 我 が 国 に お け る 米 国 灯 油 の 優 位 性 の 源 泉 と な っ た 。 輸 入 製 品 は 、 そ の 漏 洩 や 木 箱 の 状 態 に よ っ て1 番 か ら4 番 に 区 分 さ れ 、 価 格 も2 番 は 、1 番 よ り23 銭 安 、3 番 は 、1 番 よ り10 銭 か ら12 ∼13 銭 安 、4 番 は 、1 番 よ り18 銭 か ら20 銭 安 で 取 引 が 行 わ れ た 。 外 国 商 館 の 口 銭 は 、 通 常2 種 類 あ り 、 本 口 で1 箱1 銭 、 半 口 でI 缶5 厘 を 、 引 取 商 は 納 め る 必 要 が あ っ た ( 日 本 石 油(1914),pp.68-69 )。 輸 入 さ れ た 灯 油 は 、 引 取 商 か ら 仲 買 を 経 由 し て 、 各 種 問 屋 ( 一 般 雑 貨 、 紙 屋 、 水 油 、 菜 種 油 問 屋 、 蝋 燭 問 屋 )、 各 小 売 商 へ 販 売 さ れ て い た ズモ ー ビ ル 石 油(1993 ),p.48)。 石 油 商 人 は 、 同 業 組 合 的 組 織 と し て 、 大 阪 で1875 年 ( 明 治8 年 ) に 菜 種 油 な ど を 扱 う 植 物 油 を 主 と す る 油 卸 商 ( 問 屋ヽ 仲 買 人 ) が 「油 商 社 」 をヽ1877 年 ( 明 治10 年 ) に は 「 油 商 所 」、1881 年 ( 明 治14 年 ) に は [ 油 会 社 ] を 設 立 し 、 東 京 で も1881 年 明 治u 年 )2 月 に 東 京 で [ 油 会 所 ] を 設 立 し7、 神 戸 に お い て も1882 年 ( 明 治5 年 ) に 「神 戸 石 油 会 社 」 が 設 立 さ れ て い る 。 小 売 段 階 で は 、 油 商 や 雑 貨 店 に お け る 店 売 り か ら 行 商 人 に よ る 「引 き 売 り」 ま で が 存 在 し 、地 方
石 油 流 通 機 構 の 生 成 と 石 油 流 通 取 引 の 原 型 89
では 米 穀商 、 海産物 商 など が卸売 ・小売 の1 品 目とし 七 灯 油を扱 ってい た'( モ ー ビル石 油(1993),p.48
、 日本 石 油(1988),p.36、 石川県 石 油販 売 協同 組 合(1970),p.27) 。
3.
ソ コ ニ ー(StandardOilCompanyofNewYork
) の 直 接 進 出 と 特 約 店 制 度 の 原 型1878
年 ( 明治11年) から 急速に 拡大 し た わ が国 の灯 油 市場 は、 そ の後 も 順 調 に 拡 大 し 、1893 年
( 明治26 年) に は、17万9,500k1となっ て いた。し かし この 輸入灯 油 は、外 国の 商 館に よっ て完 全に
押さ え ら れて お り、 国内 の灯油流 通に は変 化 が な かっ た。
この 状 況を 大 きく変 えた の が、 世 界市 場に おけ る ロシ ア灯 油の 急伸 であ り、 極東 市 場に お い て も
ロ シア 灯油 は 、灯 油流 通を 大 きく変 え る 要因 となっ た9
わ が 国 の灯 油市 場は、 ソ コニーに ほぼ 独 占さ れて い た が、サ ミュエ ル商 会(S.Samuel&Co.
)に
よる タ ン カ ーの就 航に よっ て競争 環境 は 激変 し た。 ロ シ ア灯油 は、1888年 ( 明治21 年) に ジ ャ ーデ
ソ・ マ テ ソン 商会GardenMatheson
&Co. )に よって 始 めら れ、そ の シェ アは、1888年に は5.7%
で あっ た が、 サ ミュエ ル商会 がタ ンカ ー輸 入 (当 時 タ ン ク油 と呼 ば れ た )1o
を 開 始 し た1893 年 に は45.3
% まで シ ェアを 急速 に拡 大し てい た。
ロ シ ア産 タ ン ク油 は、米国 産灯油 が、大 西洋 、喜望 峰、イ ンド洋 を経 て200日 前後 の運 搬 日数 を要 し
た のに 対し 、黒 海岸 の バツ ー ムから イ ンド 経 由で 輸送 す る た め必要 日数 は、100日 と短 く、し か も中
味輸 送 の ため 輸送 効 率が 高 く、 コ スト優 位性 を 持 って い た( 阿 部
(1988),p.146、 日本 石 油(1988 ),p.91)
。
サ ミュエ ル 商会 は、 タ ン ク油 の販売 の た めに 地域 別 総代 理 店方式 を採 用 し、 名 古屋以 西 の西 日本
は、 神戸 代 理 店 「大阪露 油 合資会 社」
、 東 日 本 が横 浜 代理 店 「浅 野石油 部」、九州 は長 崎 代理 店 「九
州 露 油商 会」 がそ れぞ れ担 当した。
サ ミ ュエ ル商 会 と大阪 露 油と の取引を み ると 「大 阪 露油 は、 信 認金3 万5,000円 を サ ミ ュ エ ル 商
会に い れる。 これに 対し て 同商会 は、 最初 の6 ヶ月 に1 ヶ月4 万 箱を 大阪 露油に 渡し、 さら に 大 阪
露 油は こ の販 売 利益 の3 分を受 け取 る」 とい う取 引 形 態で 、 さらに 大 阪露 油は傘 下 の 特約 販 売 人か
ら同 様 に 信認 金を 納 めさ せて いる( 阿部(1988)、p.l46
)
。
浅 野 石 油部 もタン ク油 の受け 入 れの ため に平 沼 油 槽所 を 開設 し たのを は じめ とし て、 名 古 屋 、浜
松 、 静 岡、 沼 津、 国府 津、 平 塚、水戸 、 高 崎、 仙 台 の各 地に 出 張所や 油 槽所 を設 置 す るな ど、 地区
代 理 店 は、 輸 送、 油槽 、販 売契 約な ど卸 売 とし て の 機能 を遂 行 してお り、 サ ミュエ ル商 会 と 地区 代
理 店 と の契 約 は製 品供 給契 約に 限定 さ れた も ので あ った 。 ‥
し
こ の後 、 石 油流 通に多 くの役 割を果 た し て きた浅 野石 油部 は、 タン ク油 の販路 拡大 のた めに 石 油
流 通に3 つ の 革新を 取 り入 れてい る。 こ れ は第1 に 通 常 の卸 売 が、 箱単 位で あっ た のに 対 し東 京市
90 経 営 論 集 第48 号 (1998 年11 月 ) 内 で は 中 味 販 売 を 行 っ た こ と 。 第2 に 国 内 転 送 に 鉄 道 タ ン ク 車 や 内 航 タ ン カ ¬ を 建 設 し 効 率 的 配 送 を 行 っ た こ と 。 そ し て 第3 に 特 約 店 制 度 を 導 入 し た こ と で あ るレ 浅 野 は 、 東 京 浅 野 石 油 部 、 横 浜 油 槽 所 、 名 古 屋 油 槽 所 の3 つ を 主 要 拠 点 と し 、 地 方 向け は 、 特 約 問 屋 一 地 方 問 屋 一 仲 買 一 小 売 、 東 京 市 内 で は 、 特 約 市 中 問 屋 一 仲 買 − 小 売 と 特 約 販 売 店 を 使 用 し 、 横 浜 油 槽 所 で は 問 屋 を 通 さ ず に 直 接 仲 買 に 販 売 す る な ど マ ル チ ・ チ ャ ネ ル 政 策 を と っ て い た 。 ま た 浅 野 は 、 東 京 に お い て 現 在 の 特 約 店 制 度 の 原 型 と さ れ る 「 八 扇 会 」11を 設 立 し て い る ( 奥 田 (1976 )、pp.74-75、阿 部(1988 ),p.147、 日 本 石 油(1988 )、p.95)。 こ の 八 扇 会 は 、個 別 に 契 約 を 行 う の で は な く 、8 人 の 問 屋 が 共 同 し て 東 京 地 区 の 販 路 を 拡 大 す る も の で あ る 。 浅 野 石 油 部 は 、 八 扇 会 の 数 量 を 合 計 し て 責 任 販 売 量 を 決 め 、 責 任 数 量 を 上 回 っ た 場 合 に 割 り戻 し す る 制 度 を 採 用 し て い た12 ロ シ ア 灯 油 が 市 況 に 与 え た 影 響 に つ い て 、 日 本 石 油 の「 第5 回 決 算 報 告 」( 明 治25 年4 月 ∼26 年3 月 ) は 「安 値 の ロ シ ア ≒ 度 も 「4 月 上 旬 、 ロ シ ア タ ン ク 油 の 低 廉 に 圧 せ ら れ 、1 函 代 金1 円38 銭 な り し に( 以 下 略 )] と 伝 え て い る ( 日 本 石 油(1988 ),p.96)。 一 方 、 ソ コ ニ ー は 、 ニ ュ ー ヨ ー ク で 商 館 ( 商 社 ) と の 取 引 (FOB 取 引 ) を 行 っ て い た が 、 ロ シ ア 灯 油 に 対 抗 す る た め に1893 年 ( 明 治26 年 ) に 横 浜 に 営 業 所 を 開 設 し 、 商 館 経 由 か ら 直 接 販 売 に 切 り 替 え た 。 横 浜 営 業 所 で は 、 増 田 屋 増 田 増 蔵 ( 横 浜 )、 増 田 屋 阿 部 幸 兵 衛 ( 横 浜 )、 萬 屋 桑 原 福 次 郎 ( 横 浜 )、 隈 本 栄 一 郎 ( 東 京 ) の4 氏 を 指 定 引 取 商 に 起 用 し 、 名 古 屋 以 北 を 担 当 さ せ る こ と に な っ た 。 翌1894 年 に は 、 神 戸 営 業 所 、 長 崎 営 業 所 を 開 設 し 、 神 戸 営 業 所 が 近 畿 、 中 国 、 四 国 、 北 陸 を 担 当 し 、 長 崎 営業 所 が 九 州 一 円 を 担 当 す る こ と に な っ た ( モ ー ビ ル 石 油(1993 ),pp.53-55)。 ソ ゴ ニ ーは 、「相 場 の 高 下 等 に 関 し て は 、此 引 取 者 協 議 に 参 加 し 、品 物 を 受 く る 際 に は 、 必 ず 現 金 を 以 て 引 換 へ 、 引 取 者 は 此 を 問 屋 へ 売 渡 し 、 問 屋 は 此 を 仲 買 に 売 渡 し 、 仲 買 よ り 各 販 売 者 へ 順序 に て 、 上 は 取 引 者 よ り 下 は 仲 買 に い た る ま で 、 何 れ も 米 油 以 外 は 決 し て 取 扱 は ざ る 旨 の 堅 き 誓 約 を な し 、又 売 渡 の 順 序 も 此 手 順 を 踏 ま な け れ ば な ら ぬ こ と( 日 本 石 油(1914 ),pp.207-208) 。」 と 仲 買 ま で 事 実 上 系 列 化 ( 帳 合 制 ) し て い た こ と を 示 し て い る13. サ ミ ュ エ ル 商 会 が 、 商 館 と し て あ く ま で 製 品 の 供 給 に 特 化 し 、 国 内 流 通 は 、 総 代 理 店 が 自 社 ブ ラ ン ド に よ っ て 販 路 を 拡 大 し た の に 対 し 、 ソ コ ニ ーは 、 自 社 ブ ラ ン ド を 厳 格 に 守 っ た 上 で 、 他 社 製 品 の 混 入 を 制 限 し て お り 両 社 の チ ャ ネ ル 管 理 は 異 な っ た も の で あ っ た 。
4.
条 約 改 正 に よ る 外 資 直 接 進 出 と 外 資 の 販 路 整 備
我 が国 は 、1899年 の 日英 条 約 改正 に よっ て、 治 外法 権や 関 税 自主 権を 回復 し た が、 こ れは 外 国産
石 油会 社 の直 接 進 出に よる石 油 流通 の変 革を 導 き だし た14
.
石油 流通機構 の生成 と石 油流通取引 の原型 91 1900 年 明 治s 年 ) に マ ー カ ス ・ サ ミ ュ エ ル は 、 石 油 販 売 活 動 を 強 化 す る た め に 、 石 油 部 門 を サ ミ ュ エ ル 商 会 か ら 切 り 離 し 、 ラ イ ジ ン グ サ ソ 石 油 ㈱ を 横 浜 に 設 立 し た 。 ラ イ ジ ン グ サ ソ は 、1904 年 ( 明 治37 年 ) に ア ジ ア チ ッ ク(AsiaticPetroleumCo.) の 傘 下 に 入 っ た 後 、 ロ シ ア灯 油 に 加 え て 蘭 印 灯 油 の 扱 い を 開 始 し 、1908 年 以 降 は 蘭 印 の 専 売 と な っ た 。し ラ イ ジ ン グ サ ソ は 、1906年( 明 治39 年 )に 浅 野 石 油 部 が 担 当 し て い た 地 域 を 契 約 満 了 に 伴 い 直 接 担 当 し 、さ ら に1909 年( 明 治42 年 )に ぱ 西 戸 崎( 福 岡 県 )で ボ ル ネ オ原 油 の 輸 入 精 製 を 開 始 、大 油 槽 所 の あ る 野 内 ( 青 森 県 )、 武 豊 ( 愛 知 県 )、 野 田 ( 神戸 市) へ の 沿 岸 輸 送 を 強 化 す る た め に 、1912 ( 大 正 元 年 ) に 帝 国 船 舶 ㈱ を 設 立 し た 。 こ れ 以 降 ラ イ ジ ン グ サ ソ は 、 ロ イ ヤ ル ダ ッ チ シ ェ ル の 国 内 販 売 拠 点 開 発 の 要 と し て 特 約 店 網 を 自 ら 積 極 的 に 開 発 す る こ と に な っ た ( 日 本 石 油(1988 ),p.115九 一 方 、 ソ コ ニ ー は 、1900 年C 明 治33 年 ) の 「 鉱 業 条 例 」 の 改 正 に よ っ て 、 外 国 法 人 で も 日 本 の 法 律 に 従 っ て 設 立 さ れ た 会 社 で あ れ ば 、 鉱 業 を 営 業 で き る こ と に な っ た こ と か ら 、 原 油 の 生 産 ・精 製 を 目 的 に イ ソ ト ル ・ ナ シ ョ ナ ル ・ オ イ ル ・ コ ム パ ニ ー ( イ ン タ ー ナ シ ョ ナ ル 石 油 ) を 設 立 し た 。 こ れ に よ っ て 輸 入 製 品 の み の 販 売 を 行 っ て い た ソ コ ニ ー は 、 原 油 の 生 産 ・ 精 製 と 一 貫 体 制 を 整 え た こ と に な る15. ソ コ ニ ー は 、 東 洋 市 場 に お け る ロ イ ヤ ル ダ ッ チ シ ェ ル の攻 勢 に 対 応 す る た め に 、1906 年 に 製 品 供 給 及 び 販 売 戦 略 を 転 換 し た 。 こ れ は ロ シ ア の タ ン ク 油 に 対 抗 す る 中 味 輸 送 ( バ ル ク 輸 送 ) と 販 売 で あ る 。 当 然 箱 詰 め 状 態 か ら バ ル ク 輸 送 に な れ ば 、 新 た な 油 槽 基 地 と 輸 送 方 法 が 必 要 に な っ た が 、1906 年 に は 横 浜 、 神 戸 、 門 司 に 油 槽 所 が 設 置 さ れ 、 油 槽 所 網 は 、 順 次 全 国 に 拡 大 さ れ 、1910 年 ま で に 完 成 し て い る ( モ ー ビ ル(1993 ),pp.71-72 )。 一 方 販 売 網 の 整 備 は 、1900 年 に 東 京 営 業 所 を 開 設 す る と 共 に 、 増 田 、 安 部 、 桑 原 の3 引 取 商 が 三 明 商 店 を 設 立 、 ソ コ ニ ー の 総 代 理 店 と し て 東 京 、 横 浜 、 名 古 屋 を 拠 点 に 拡 販 を 行 っ て い る 。 次 い で1903 年 に 問 屋 の 系 列 化 に 着 手 し 、 指 定 価 格 で 販 売 し 、 口銭 を 受 け 取 る 委 託 販 売 が 採 用 さ れ た 。 東 京 地 区 で は 、 先 の 三 明 商 店 の 他 、5 店 を 代 理 店 と し 、 京 阪 神 地 区 で も7 社 と 代 理 店 契 約 を 結 ん で い る16 さ ら に1907 年 ( 明 治40 年 ) に は 三 明 商 店 の 契 約 期 間 終 了 (4 年 間 ) に と も な い 、 本 格 的 な 代 理 店 契 約 に 移 行 し た 。 こ の 代 理 店 契 約 書 に は 以 下 の7 点 が 盛 り込 ま れ た 。(1 )販 売 地 区 の 指 定 、(2 )指 定 価 格 と 手 数 料 に よる 販 売 、(3 )他 社 製 品 の 取 り扱 い 禁 止 、(4 )90日 間 の 支 払 猶 予 と 担 保 の 設 定 、(5 )毎 月7 、14、21 日 と 月 末 に 販 売 実 績 を 報 告 す る 義 務 、(6 )会 社 検 査 員 に よる 帳 簿 、倉 庫 な ど の 業 務 点 検 の 受 け 入 れ 、(7 )値 段 、 条 件 の 秘 密 厳 守 、 で あ る 。 ま た 同 時 に 需 要 の 拡 大 に 合 わ せ て 、 市 場 の 深 耕 を ぱ か る た め 、 指 定 代 理 店 の 傘 下 に 副 代 理 店 制 度 が 導 入 さ れ た が 、 こ の 契 約 も ソ コ ニ ー と 代 理 店 と の 契 約 に 準 拠 し た も の で あ っ た ( モ ー ビ ル
92 経 営 論 集 第48 号 (1998 年11 月 )
(1993),pp.72-73)。
当 時、 特約販 売店 が 複数 の 石油 会社 の 特約 店に なっ てい る場合 もあ っ た こと から、1908年に契 約
を 再 度見 直し、1 店1 社 制 へ移行 す る ため、東京 にお いて すべ ての 代理 店契 約 を 解除 し 、代理店 機構
の改革 を行 ってい る1≒ また 北海 道 にお い て英 国石 油商 との引取 契 約終了 と共 に 代 理 店 を 起 用 す る
他18、 名古屋 地区に も営業 所を 設 置 して ソ コ ニ ーの代 理店 網を広 げ てい る( モ ービ ル(1993),pp.73-74)
。
5 .国 産 油 会 社 の チ ャ ネ ル 設 立 基 盤 の 整 備
わ が国 の灯 油 流通 は、 輸 入 製品 を取 り扱 う商 人を 中心 に 進めら れ て きたが 、 国産 原油 ・国 産灯 油
に よる流通 網 の整備 が本 格 的に 始 まっ た のが1899年 (明 治32年 ) であ る。
国 内では 、輸 入製 品であ る灯 油が 爆 発的 に普 及し始 め たこ とか ら、 原油 の 開 発 ラ ッシ ュが長 野、
静 岡、秋 田、 新潟 の各 地 で起 こ ったレ 開発 ラ ッシ ュは、 まず採 油( 産 油) とい う生産 段階 で起 こっ
た が、 採 油業者 は資 本 の零 細 吐か ら 極 めて原 始的 な方 法を 採用 せざ るを 得 ず、 そ の生 産量 も事業 も
極め て安定 性に 掛け てい た 。石 炭 産業 が産業 の米 とし て殖産 産業 の代表 の一つ とし て 位置づけ ら れ
ていた のに 対し、 石 油( 灯 油) は 単 な る消費 財であ り、 かつ 新潟 の地 方 産業 で あ り、 殖産産 業 の対
象 とな り得 ない 存 在で あっ た19.
国産 油会 社が 国 内原 油に 依 存し 、製 油は採 油に 依存 す るため、 同 様に 零 細な 状態に 留 まら ざるを
得 なか った2≒ 採 油及 び製 油 規模 が 限ら れて い る以上 、そ の販 路は さし て 整備 の 必要 もな く、採油地
帯 での限 ら れた需 要を 充 た す流 通に 限定 さ れて い た。
こ の状況 下 で1888年 ( 明治21年 )
、資 本 金15万「甲 で日本石 油 が設 立 さ れ、設 立2 年 目で米 国 より
削井機 械を 輸 入し て近 代的 採 油を 行 っ たこ とは、 石 油産業 の近 代化 へ 向け て の 第一 歩 であ り、 順次
導 入さ れ た機械 堀 商業 生産 は 順調 に 採 油量を 伸 ぼし た。
国産 原 油生産 量を 見 てみ る と、 日本石 油 設立 の1888年( 明治21年)に は、7,144kl( 輸 入製品量に
対 する 比率:6.9 %)に 過ぎ なか っ た が、1892年 に は13,149k1、1897年 に は41,709k1 と 原油 生産 が拡
大し、1898年50,643k1、1899 年85,578kl 、1900 年 に は177,467kl ( 輸 入 製 品 量 に 対 す る 比 率:72.5
% ) と急 増し てい る ( 数字 は 日本 石 油(1914) 付 属石 油統 計表 よ り抜粋 )
。
生産 量 の拡 大( 採油 量 の増 加) は 、 精製 部門 の近 代化を 促し 、 製 品量 の拡 大 は 、新 し い販 路を必
要 とし 、 国産 油会 社 の流 通整 備 の必 要 性を 導 き出し た。
しか し既 に述 べ た通 り、 我 が 国の 石 油製 品流 通は 、輸 入品に よ り既 に 確立 さ れ てお り、国 産品 の
販路 開 拓 とは、 輸入 製品 販 路 へい か に 割 り込 ん懲い くか 、す な わち輸 入 品 の代 替 製品 として 、国 内
製品 が認 知 され る競 争力 を 持つ こ と が 出来 るか にか か ってい た。
石油流 通機構の生成 と石 油流通取引 の原型 93 こ の た め に は 、国 産 製 品 は 、安 定 し た 品 質 、競 争 的 価 格 、販 売 先 の 経 営 を 保 証 す る 安 定 供 給22の3 つ の 条 件 を 充 た す 必 要 が あ っ た。 ま ず 品 質 問 題 で あ る が 、 国 産製 品 は 「大 設 備 の 一 二 會 社 の も の を 除 く 外 は 無 敷 の 小 製 油 所 に よ り て 製 出 さ れ る も の で 、 其 品 位 規 格 一 定 せ ず 、 同 一 の製 造 所 よ り 出 づ る 品 と 雖 も 値 段 に よ り て 内 容 を 腱 ず る と い う 有 様 ( 日 本 石 油(1914 ),p.320)」 で あ り 品 質 は ば ら つ き 、 粗 悪 品 が 多 く 出 回 っ て い た 。 し か も 資 金 的 に も 採 油 及 び 精 製 技 術 を 向 上 さ せ る 基 盤 を 欠 い て い た た め に23、 経 営 基 盤 強 化 を 目 指 し て 合 同 な ど 規 模 の 拡 大 が 行 わ れ た24. 実 際 に1897 年 頃 か ら の 採 油 の 増 加 は そ の ま ま 販 路 が 整 備 さ れ て い な い 状 態 下 で は 販 売 増 加 に 繋 が ら ず 、在 庫 を 増 加 さ せ る だ け で あ っ た25.製 油 の 改 良 と 販 路 拡 張 対 策 の 立 案 の た め 、宝 田 石 油 は 長 岡 鉱 業 會 と 協 議 し 、 製 油 業 者 、 仲買 商 、 問 屋 及 び 銀 行26、阪 神 地 区 の 仲 買 商 、需 要 家 の5 項 目 に つ い て 調 査 を 行 っ て い る 。 こ の 調 査 結 果 は 、 当 時 の 国 産 油 の お か れ て い た 状 況 を 良 く表 し て い る 。 こ の 調 査 は 売 れ 行 き 不 振 ( 販 路 閉 塞 ) の 原 因 と し て 、 小 規 模 製 油 か ら も た ら さ れ る(1 )品 質 の 粗 悪 、(2 )製 品 の 不 統 一 、(3 )信 用 薄 弱 、(4 )仲 買 の 無 信 用 、無 規 律 、(5 )問 屋 と 銀 行 が 仲 買 を 信 用 し な い た め 荷 為 替 の 比 率 が 悪 い 、べ6 )商 標 が 雑 多 の6 点 を 原 因 と し て 指 摘 し た(宝 田(1920 ),p.25)。特 に 阪 神 地 区 の 仲 買 調 査 で は 、越 後 油 の 商 標 は 、仲 買 段 階 で 外 油 に 混 ぜ ら れ て 販 売 さ れ て い る 状 況 を 伝 え 、「全 く 一 種 の 詐 欺 を 働 か ん が 為 に 越 後 油 を 買 い 入 れ る の で あ り ま す 。( 中 略 )実 際 彼 等 は 、 単 に 外 油 に 混 ぜ ん が 為 に 越 後 油 を 求 む る も の に し て 、 越 後 油 と し て 販 売 す る の で は な く 、 折 角 吾 越 後 製 油 家 が 各 自 の 商 標 を 打 っ た 越 後 油 も 、彼 の 阪 神 地 方 に 行 け ば 、哀 れ 商 標 を 剥 奪 さ れ て 、名 も 無 き 浮 浪 の 石 油 と な さ れ た る( 以 下 略 )( 井 口(1963 ),p.85)。」と 状 況 を 示 し て い る 。し か も 外 国 産 油 が 値 上 げ す る 場 合 に は 、 価 格 を 据 え 置 く た め に 逆 に 越 後 油 は 値 下 げ さ せ ら れ る と い う状 況 で あ っ た ( 由 岐(1935 ),p。148)。 こ の 状 況 の 克 服 の た め 、 宝 田 石 油 が 中 心 と な っ て1900 年 ( 明 治33 年 ) に 長 岡 製 油 所 が 設 立 さ れ た 。 長 岡 製 油 所 は 製 油 設 備 の 近 代 化 促 進 を 行 っ た 上 で 、 長 岡 鉱 業 會 に 参 加 す る 組 合 員 の 原 油 を 一 定 の 価 格 で 買 い 上 げ 、さ ら に 参 加 の 各 製 油 所 へ 配 分 し た 上 で 、製 油 を 行 っ た 。長 岡 製 油 所 は 、こ の 製 品 を 検 査 し た 上 で 、 長 岡 製 油 所 の 商 標を 付 け て 販 売 し 、 長 岡 地 区 の 商 標 の 統 一 と 品 質 の 改 善 が 計 ら れ た27 ま た 宝 田 石 油 は 、1893 年 ( 明治26 年 ) 以 降1899 年 ( 明 治32 年 ) ま で に15 社 を 買 収 ・ 合 併 し 規 模 の 拡 大 ( 第 一 次 宝 田 合 同 ) を 果 た し 、 産 業 の近 代 化 へ始 動 し た 。 宝 田 石 油 の 合 同 の 目 的 に つ い て 『 日 本 石 油 史 』 は 、「多 数 の 小 規 模 業 者 に よ る 製 品 の 不 統 一 、 品 質 粗 悪 に 対 処 す る 事 業 活 動 」( 日 本 石 油 (1988 ),p.100) と 述 べ て い る 。 実 際 に 日石 ( 煽 細 )、 宝 田 ( 宝 玉 ) が そ の 品 質 を 確 立 し 、全 国 的 に 認 知 さ れ た の は1905 年 ( 明 治38 年 ) 頃 で あ っ た28. さ ら に イ ン タ ー ナ シ ョ ナ ル 社 が 近 代 的 設 備 を 持 つ 直 江 津 製 油 所 を 建 設 し 、 採 掘 と 精 製 に 進 出 す る の を 受 け 、 外 資 の 直 接 進 出 へ の 脅 威 へ の 対 抗29な ど か ら 宝 田 石 油 へ の 大 合 同 が 実 現 し 、 そ の 後 の 石
94 経 営 論 集 第48 号 (1998 年H 月 )
油業 界 の 競争 枠 組で あ る4 社 体 制 が完成 して いる3O
。
第2 に 価 格 競争 力 で あ るが 、越 後油 は、そ の数量 ・品 質 と も、 輸 入製 品に 圧 倒さ れてお り、価 格
の主 導権 を 握 る状 態 には な く 、輸 入製 品に 対す る相 対的 な 価格 設 定 が行 わ れて い た。 し かし1899年
に 、わ が 国 が関 税 自主 権を 回復 し、 初 めて [関 税定 率法] が施 行 さ れ、 関税 率 従価1 割 、 これを 従
量 税に 換 算し 課 税 が行 わ れた 。 関税 は、1901年 に 北清 事変 の戦費 調 達 のた め 、 従量 税に変 更 され、
従 来 の従 価2 割 ま で増 税 さ れ、1904年 からは 日露 戦争 の戦 費 調達 のた め さら に増 税 が行 わ れたた め
に、 国産 灯 油 の価 格 競争 力 は 上昇 した。『日本 石油 史』 は、「た とえ ば38年12月 の輸 入灯 油代表銘 柄
・チ ャス タ ー印 の市 価 は、1 函3 円52銭で あ った が、当 社 ( 日石 ) の煽 幅 印は 、3 円15 銭で、 前者
の方 が37銭 割 高で あ った。 し かし 関税 がなけ れ ばチ ャス タ ー印 は 国産 品 よりは るかに 安い2 円56銭
で販売 出来 たは ず で あ り、 生産 性 の低 い国 内石 油産業 を 保護 育 成 す る効 果を 発 揮 し た 。」 と 述 べ て
い る( 内藤久 寛 「原油 輸 入 意見 書に 対す る上 中」、 日本石 油(1914)、pp.478-482
)
≒
さら に 国 内灯 油 の流 通 基 盤を 強化 した のは 、国 内各 社 の製 油所 、 産 油地 帯 か ら直 江津 経 由で上野
ま で結 ぶ北 越 鉄 道 が開 設さ れ、 消費 地と 生産 地 の輸送 手段 が 整備 さ れ たこ と、 輸 送 手段 として の タ
ン ク車、タ ン カ ーな どの整 備 に よって輸送 環 境 が急速 に整 備 さ れた こ とで あ る( 門馬
(1909)、pp.8
ト86
、 日本 石 油
(1914),pp.261-262)
。
当 時の 越後 の石 油製 品 は 、委 託販 売 方式 が多 く、販 売 後に 代 金を 支 払 う方 法 が 一 般 的 で あ っ た。
「石 油が資 金 と な って 生 産 者 の手に 復 帰す る までに は非 常に多 数 の 日子を 要 し 、夫 が為 製 油家は 常
に資 金 の欠 乏 に 苦し み (中 略 )今 春 北越 鉄道 の全 通以 来 は其 形成 全 く一 変 し (中 略) 石 油が産 地を
出で て 東京 に 達 す るに は、 長 く も7 日を要 す るに 過ぎ ずを 以 て資 金 の運 転 頗 る 円滑 に赴 き( 日本石
油
(1988),pp.128-129)
」 と輸 送手 段 の整備 は、 物 流の みな らず 石 油 会社 の 資金 繰 りに も大 きな影 響
を与 え る こと にな っ た (門 馬(1909),p.85
)^
こ れら の品 質 、 価 格、 流 通 の整 備に よっ て国産 灯 油 が、 外国 産 灯 油 と競 争す るため の基盤 が整 っ
た の であ る。
6. 国 産 油 会 社 の 販 路 網 整 備
品 質、 価 格 、供 給 、 物流 とい う競 争基盤 が整 うに 従 って 、 日石 、宝 田な どの 国産 油会 社は、そ の
販 売 網を 全 国に 広 げ てい っ た。
国産 油 会 社 の販 売網 は、 鉄道 に よる輸送 が 開始 さ れる以 前 は、県 内、 近県 以 外 では 海路に よる輸
送 先 であ る北 海 道や 関 西 方面 を 主 な販 路と して いた (門 馬
(1909),pp.82-83)
。 日 本石 油の場 合も、
輸 送上 の問 題 克 服 か受 け 、 明治32年 に 東京 販売 店を 設立 し、34 年 に隅 田 川 油槽 所を 開設 、本 格的に
拠 点開 発を 始 め てい る。 日石 は1902年( 明治35年 )に 大 阪販 売 店、 長 野 油槽所 、 高崎 油 槽所、新 潟
石 油 流通 機 構 の 生 成 と 石 油 流 通 取 引 の原 型 95
油槽 所を 開設 し 、販 路 の拡 大を 進 め た。 日 石 の内藤 社長は 、米 国 視察 に よって ス タンダ ード石 油の
強 大 な力 の源 泉 とし て の販 売業 者 の組 織化 を 目の当 た りに し、 国 内版 ト ラ ストを 目指 し、1904年宝
田石 油と 合同 して 販 売 会社 「国油 共同 販売所 」を 設立 した ( 日本 石油(1988),p.152)
。
国 油共同 販 売所 は、 出張 所、 油 槽所、 特 約販売 店を 設置 し ただけ で な く、 日 ・宝 以外 の 製油業 者
に 委託 精製 を行 うな どし て 、国 産 油全 体の品 質改 善に 努め た。 し かし な がら外 国 原 油輸 入 問題や宝
田 の相 対的 に優 位 な販 売 力を 固 定化 す るこ とを お それ た日石 の離 脱 に よっ て、 国 油 共同 販売所 は わ
ず か2 年足 らず で挫 折 し た (日本 石 油
(1988),pp.153-154
)
。 日本 石 油 は国 油共 同 販 売所 の解散 を主
張し た が、 日石 より貸 し 出さ れ た販売 施 設を返 還し た後 、同 販売 所 は、 名称 もそ のままに宝 田 の販
売 機 関 とし て継 続し て い る。
日本石 油 は、離 脱 後、 速 や かに 独 自販路 の拡 大 のため、 東京 、大 阪、 新 潟、 下 関 に販 売店を 開 設
し 、 さらに39 年に 敦 賀荷 扱 所、41年 に伏 木荷 扱所 を設 置し てい る。 当時 、 油 槽所 の設 置 は単 なる貯
蔵 設備 の設 置 では な く、 同 時に 販売 拠点 の拡 大を 意味 してい た /さ らに42 年 以降 は、 製 油所に て直
接 製品 販売 が 行え る 体制 を 整え 、全 国販 売網 がほ ぼ完成 し た。1908
年 ( 明治41年 ) の ソ コニ ーの国産灯 油 との 価格差 縮 小を 目指 し た大 幅値 下 げ は 、「石 油 ( 灯
油) 戦争 」を 引 き起 こし 、 収拾 のた めに翌1909年に 公定 標準 相場 に よる売 価 協定 と販 売制 限を 取り
決 めた価 格協 定 が ス タン ダ ード、 ライジ ング サソ、 日石、 宝 田 の4 社 に よっ て 結 ばれ てい る(4 社
協定)
。 国 産 油会 社 を含 め た この協 定 の成立 は、 国産 油会 社 が外 国産 石 油会 社 と ほ ぼ 同 じ土 俵 で 競
争す るだけ の基盤 を 確 立し て いた 証拠 であ り、 こ の時点 で国 産 油の 販売 網整 備 は ほぼ 完成 して いた
とい うこ と がで きる。
7 .販 売 契 約 と 取 引 慣 行
こ のよ うに 国 産 油会 社 は、 大正 初 期 までに 販売 網 の全 国展 開を 終 え 、こ こ に取 引 慣行を 含 めた石
油流 通機 構 の原型 が形 成 さ れる こ とに なった。 こ こで は特 約店契 約 な どを 検討 す る ことに よってこ
の原型 を 検討 す る。
(D
特 約販売 契 約
問屋 が石 油 会社 と取 引 を 行 うた めに は、 まず 特約販 売店 契約 を 結ば な くて は な らない 。
石 油 取引 は、 製 品 が 消耗 品 であ り一度 債 権上 の事 故が発 生す る と差 し 押 さえ る物 件 が存 在し ない
こ と、 取引 単位 の 金額 が 大 きい こ とから 、特 約契 約締 結 の際に は 担保 に よ る債権 の保 全が 行わ れて
い た33.担保 能力 は 国 産 油会 社、 外 国産石 油会 社を 問 わず 最 も重 要 な特 約 販売 店 起 用 基 準 の一 つ で
あ り、_
担 保を 提 供 で きない 場合に ぱ 、特 約店 傘下 で 副特約店 とし て、特 約 店 の信 用保 証 の もと、契
96 経 営 論 集 第48 号 (1998 年11 月 ) 約 を 行 な わ な け れ ば な ら な か っ た 。 具 体 的 に は 、 日 本 石 油 ( 大 正3 年10 月 特 約 契 約 ) は 、 特 約 契 約 に 対 し 、 販 売 相 当 金 額 の 物 件 を 担 保 とし て 提 供 す る こ と を 条 件 とし て い た が 、 宝 田 石 油 明 治u 年10 月 特 約 契 約 ) は 担 保 の 代 替 と し て 「宝 田 が 認 め た 保 証 人 」 も 担 保 と し て 認 め て い た ( 日 本 石 油(1988 ),pp.197-200 )''35一 方 、 ソ コ ニ ー等 め 外 国 石 油 会 社 の 場 合 に は 、 契 約 関 係 の 与 信 に つ い て は 保 証 金 及 び 手 形 取 引 を 併 用 し て 行 い 、 特 約 店 は 、 取 引 銀 行 に 保 証 金 と し て 年 間 販 売 契 約 額 の2 割 を 納 入 し て 銀 行 よ り 信 任 状 を 受 け 、 発 注 の 場 合 に は 、 信 任 状 と 注 文 書 を 同 封 し て 石 油 会 社 へ 送 付 す る こ と と な っ て い た 。 外 国 石 油 会 社 は こ の 注 文 書 を 受 け 取 る と 直 ち に 荷 の 送 付 を 行 い 、 同 時 に 銀 行 宛90 日 の 受 取 手 形 を 銀 行 宛 送 付 し 、 銀 行 は こ の 手 形 を 問 屋 に 請 求 し 、 手 形 引 受 を 確 認 し た 後 、 保 険 証 券 、 船 荷 証 券 を 特 約 店 に 交 付 、 特 約 店 は こ の 船 荷 証 券 を 呈 示 し て 、 製 品 の受 け 渡 し を 行 っ て い た( モ ービ ル 石 油(1993 ),pp.72-73、商 工 省 商 務 局(1928 ),p.39)。 特 約 契 約 に よ っ て 石 油 会 社 が 特 約 店 に 与 え た 誘 因 は 、 同 社 製 品 の 区 域 内 独 占 販 売 権 、 す な わ ち 販 売 区 域 の 分 与 で あ る36. 販 売 区 域 は 、市 町 村 も し く は 鉄 道 沿 線 を 指 定 す る な ど 明 確 に 分 割 さ れ、特 約 店 の販 売 区 域 の 商 業 権 利 は 極 め て 厳 格 に 守 ら れ て い た 。 販 売 地 域 の 拡 張 と 需 要 の 増 大 に よ っ て 、 特 約 店 の 他 に 多 く の 準 特 約 店 ( 副特 約 店 、 副 代 理 店 ) の 起 用 が 必 要 と な っ た が 、 準 特 約 販 売 店 の 起 用 に つ い て は 「 商 権 保 全 と 債 権 保 全 の 見 返 り と し て 、 準 特 約 販 売 店 へ の 売 上 げ1 函 に つ き5 銭 を 特 約 販 売 店 に 支 払 う こ と」 と し た 上 で 、 石 油 会 社 と 準 特 約 店 は 直 接 契 約 を 行 っ た ( 日 本 石 油(1988 ),pp.199-200 )。 販 売 地 域 の 分 与 の 例 外 事 項 とし て は 直 売 に 対 す る 規 定 が 存 在 し 、[ 官 箭 、 会 社 そ の 他 特 別 の 事 情 あ る も の は 随 意 に 販 売 す る を 得 ]( 宝 田 石 油 )、 ま た 「諸 官 庁 及 諸 工 場 以 外 日 石 の 販 売 を 禁 止 」( 日 本 石 油 大 正 元 年 契 約 ) と 区 域 内 で の 石 油 会 社 直 売 を 認 め る 規 定 が あ っ た37 販 売 地 域 の 分 与 に は 、 見 返 り と し て 引 取 数 量 義 務 が 決 め ら れ 、 年 間 も 七 くは 月 間 の引 取 数 量 が 何 箱 以 上 と 明 記 さ れ て い た ( 日 本 石 油(1988 ),pp.199-200 、 石 川 県 石 油 販 売 協 同 組 合(1970 ),p.55)
(2) 商標 権 と他 社仕 入 排除 規定
スタン ダ ード石 油及 び ラ イジ ン グサソに と っては 、安 定し た優 秀な 品 質 が最 大 の競争 優位 の源泉
で あ り、 こ の品 質 を 維 持す る ため に、 商標 の適 切な 運用 及び 他 社仕 入 の 排除 規定 が 明確に さ れてい
た 。一方 、 国産 油 会社 の場 合に は、 宝 田石 油にお い て 「宝 田 の承認 な しに 宝 田 よ り供 給す る以外 の
石 油及 び軽 油を 販売 す る こ とを 得ず」 と他 社仕 入排 除条 項 があ っ たも の の、 日本 石油 の契 約に は存
在 してい なか っ た。
十
しかし卸 段 階 で も中 味 販売 の 普及 と品質 向上 が実 現す るに 従 って 、 商標 運用 に 関す る規定 が作 ら
石油 流通機構 の生成 と石 油流 通取 引 の原型 97
れた。 日 本石 油 では 商 標使 用 権につ い て「乙( 特 約販売 店) は甲 ( 日本 石 油) よ り買 受け たる正味
石 油を 荷 造す る場 合 に 限 り甲 の商標を 使用す る ことを得 此 場 合に 於 て乙 は 甲 の荷 造 品な る事を 第三
者 に知 悉 せし め るに 足 るべ き 適当 の印を 附し 其 の中味を1 缶1 斗3 合を 下 らざ る もの とす
明治u
年 契 約書)」 と規 定し て い る。
中味 販 売は 浅 野石 油 部に よって始 めら れ たが、 当時 の浅 野 の主 な 目的 は 、 外国 石 油会 社 な どの中
古缶を 使 用す る こと に よ って 販売価 格を 下げ る ことを 意 図し た も のであ った38 し かし1899 年 ( 明
治32年 ) に商 標 法39が成 立 す ると、 米 油や露 油 の中古 缶を そ の ま ま使 用す る こ とが 困 難 と な り 商 標
意識を 向 上さ せ た40( 阿部
(1988),p.153
)
。
石 油製 品は 、実 際 に は品 質 な どが 目視な どに よって 即 座に 判 断で き る もの で は ない とい う製 品特
性 から 、石 油 製品 の商 標権 と はこ の当 時から 「 商標を 使 用し た販 売 」 に 限定 さ れ てお り、石 油会 社
も製品 そ の ものに 商 標 権を 主張 し てい た のでは ない 。 す なわ ち 商標 を 使用 す る場 合は、 純 粋にそ の
生 産者 の 製品 を生 産 者 の規 定通 りに 販売 す る必要 があ る が、 同 じ製 品 で も仮 に 商 標を 使用し ない 場
合 は、 特 約契 約上 仕 入 れた 製 品に 他社 製品を ブ レ ンドし て販 売 す るな ど製 品 の 取 り扱い は かな り 自
由 度を も って い た已
ま た日本 ・宝 田は 競 って 博覧 会 などに 出品 し、 製品 の優秀 さ と商 標 の 有効 性を 訴え た42
.
(3) 受 発注 と受 け 渡し 場 所
石 油会 社は 、 まず 建値 を 支店 (販 売店 、 出張所 ) へ書 面や 電 信に よっ て通 知 す る。そ し てこ の建
値 は、 支店 か ら各 管 轄 の特 約 販売店 に 通知 され、 各 支店 は特 約 販売 店 か ら銘 柄 ご とに 注文を 受け た。
支店 は受 注 す る と油 槽所 ( 貯 油所) へ蔵 出通 知を 行い 、 同 時に 特約 店 に対 し て 蔵 出伝 票を 交付 する
( 商工 省 商務 局
(1928),p.40)
。
油槽 所 の所 在地 で は、 油 槽所 渡を 原 則 とする が、 油槽 所 のない 地 域で は着 騨 渡 しであ った。 日石、
宝 田 は基本 的 に貯 蔵 所を 受 渡場 所に 指定 し てい たが 、地方 で は 鉄道 渡し( オソレ ール)
、船渡 し( オ
ン ボード) が一 般 的 であ り、 鉄道 ―車 積、船 積 の場 合は 別 途運 賃補 助 があ った。
日本石 油で は通 常 の受 渡 場所 規定 以 外に、「甲( 日石 )は 、乙( 特 約販 売店 )の 請求 に よる石 油 の
相当 数 量を乙 の販売 区 域に 於け る乙 所 属 の貯 蔵 所に 積送 る こ とあ る べし、 此 の 場 合に 於 て乙 は之 が
保管 の義 務 あ る のみ なら ず 甲所 属 の貯蔵 所 出荷 後に 生ず る 天災 不可 抗力 其 他総 て の 損害 は乙 の負担
とす、乙 は前項 の石 油を 任 意 に庫 出し 引取 るこ とを得 ( 中 略) 引取 たる 商 品は 引 取当 日 の値段 を以
て受 渡 あ るも の とし 、其 都 度遅 滞な く甲 に報 告 すべ き もの とす。」とい う消化 仕 入 契 約の条 項(後 の
メ ータ ーセ ール ス契 約) も存 在し た。
98 経 営 論 集 第48 号 (1998 年11 月 )
(4) 価格 設 定
卸 売 価格 は、 基 本 的に は 石 油会社 が一 方的 に通 知 し、 特 約販 売 店に は 交渉 の 余地 はな かっ た。 卸
価格 は、 基 本的 に は 油槽 所 渡価 格( 倉 庫渡し 価格 )で あ り、 着 騨 渡し の場 合 は、 着 騨 まで の運 賃、
保 険料 は 、 売 り主 負担 とな り、 引き 渡し後 の運搬 費用 等 は特 約 店 負担 と たっ た。 し かし運 賃は 実 際
に 必要 とし た運 賃 では な く 、 ゾ ーンプ ライシ ン グ制 が 採用 され て いた43
.
価 格は 、 生産 等 の コ スト 、需 給、米 国相 場 の3 大要 因を 基 準 とし て 設定 さ れ、 特約 店 の取扱量 、
信 用度 を 加味 し て 相対 的 に 決めら れて いた。
つ
商工 省 調査 報 告( 昭和3 年 )は、
「價 格ノ決 定 ハ困難 ニシ テ 會社 二依 リテ異 ナ レド モ(中 略)基 本
的 價格 ヲ定丿 此 レ ニ特 約 店 ノ信用 程度 及ビ 販資成 績 等 ヲ更 二斟酌 シテ相 對的 二價格 ( 資価) ヲ決 定
ス ル モノ ノ如 シ。 故 二食 際 二於 ケル確貴 ナル相場 ナル モ ノ ナシ] と述 べ てい る。
日本 石油 は 、 毎月 『石 油時報 』44
に 製 品 の標準 仕切 ( 標 準相 場)を 発 表 してい た が、実 際 の取 引値
段 とは2 割 近 く の格差 があ っ たと されて い る。 これは 、 石 油 会 社 が 特 約 店 の 販 売 数 量 、 信 用 度 に
よっ て個 別 に 価格 設定 を 行 ってい た ため で、 この 発表 価 格は 、「其 ノ最 高 ノ値 段 ヲ示 シ ツ ツ アル モ
ノト 思考 セ ラ ルル ナリ」(商 工省
(1928),p.81) で あ った。
仕切 価 格 が個 別 価格 で あ ったた めに 、特 約店 の マ ージ ン( 口 銭 ) も5 分 か ら1 割 と ば らつ き が
あ った45.
再 販売 価 格 につ い て は、 ソ コニ ーの場合 には委 託 販売 契 約 で あっ た ために 、 指定 価 格に よる販 売
であ った が、日本 石 油に お いて も[ 指示 す るこ とを得 此 場 合値 段 以下 に販 売 す るこ とを得 ず。
]とい
う、
規 定 があ る が、
「こ の せつ 石油 の小 売人 は、各 社の新 聞新 報 の末 に記 載 す る相 場附け に て、問屋 へ
値 段 の談 判 を なす よ うに 至 りし かば 、問 屋に て は利得 どこ ろ かや や もす れば 元 価に 引 き込 む もあ れ
ば(以 下略 )
(「東 京 日 日新聞 」明治11年11月19 日)
」と な って お り、実 際 には こ の再販 規定 は引取 数
量 義務 と激 しい 販 売競 争 の も と形 骸化 し てい た と考え ら れ る。
(5) 支払 い 条 件
支払 方法 は1 ヶ月 後 現 金払 いを 原則 と する力痙 特約 店 の信 用 状 況 に よ っ て1 ヶ月 後 払 い から 、3
ヶ月 払い まで 様 々な 期 間 が設定 さ れてい たよ 日 本石 油 の契 約 書は 書 き込 み式 に なっ てお り、個別
対応 が され て い た こと が わか る( 日本石 油
(1988),p.198)
。支 払い の締 めは 、毎 月15日 と月末 の二 回
設定 さ れ、 地 方 の場 合 は、 締 め切 り後即 、 手形を 特 約店 宛 に 振 りだ し、 特約 店 の裏 書 きをし、 石 油
会社 は、 これを 銀 行 に 提示 し て、 支払い もし くは、 割引 を 行 って い た。 し かし 送金 に よる方法 、小
切手 集金 に よる もの な ど の方法 も併 用さ れてい た。集 金 は、単 な る集 金 では な く、
「談笑 /内 二問屋
ノ管業 状 態 を調 査 セ シ ムル為 ナル ガ如 シ」
( 商工 省
(1928),p.42) と 信 用 調 査 を 兼 ね た 営 業 行 為 で
石油 流通機構 の生成 と石油流通取引 の原型 99
あ っ た。
遅 滞金利 も明記 され てお り、宝 田石 油 の場 合 は、日歩3 銭 とな ってい た( 日 本石 油(1988),p.198)。
(6) 特 約販 売店 支援 と販売 促進
石 油会 社は 、競 争対 抗から さ まざ まな 特 約販 売店 支援 と販売 促 進策を 行 って い た。 そ の代 表が 割
戻 制 度で ある。 割戻 制度 に は1 万 箱に つ い て一 分な どと数量 指定 の もの、年 間 販 売 数量 に 対 して年
末 、 もし くは 決算期 に奨 励金を 支払 うも の があ った 。
ま た特売 と して 景品付 き特売 も行わ れ てい た。 特 売は 、各 種製品 を 時期に 応 じ て 特売 数 量を 決 め、
特売 期 間 は予定 数量 が売 れた 期間 で終了 する もの、 百缶 な どを 一 口とし て、 一 口購 入毎 に 抽 選券を
配布 し 、景 品 として 公 債証券や 現金 をつ け る ものな ど が あ っ た( 商工 省(1928) 、P。43、 日 本 石 油(1988),p.175)^
(7)業 者 間取 引(業 者 間転売 :業 転)
問 屋 は基 本的 には国 産 油・外 国産 油を 問わ ず石 油 会社 の特 約店で な くては 製品 の供 給 を受け るこ
とが 出来 ない が、 特 約店に な るた めに は 債権 保証 で ある担 保を 差し 入 れな くては なら な い。 こ の担
保 な どを 差し 入れる こと がで きない 問 屋 は、 系 列 の特約店 から 製品 の融 通を受 け てい た。
こ れ は 「問屋 ノ仲 間取 引」 と呼 ば れ、 特約 店 が倉 取 りし た 後、そ の まま他 の問 屋に 転 売す る もの
で あ り、 方 法 として は、一 度特 約店 の倉 庫に 入 れ転 売 する場 合 と倉取 り後そ の ま ま転 売 す る ものが
あ っ た。 価 格は 、特 約店 の仕 入値段 に 運 賃 とブ ロ ーカ レッジを 加 算し た価 格と な り、 支 払tヽ
は、 通
常 は 毎月20 日締 め月 末払い 、 もし くは5 日締 め一 ヶ月 後 現金払 い であ る。 地 方に 発送 す る場 合 は、
出 荷 後1 ヶ月 または2 ヶ月 後現 金払 い がほ とん どで 、一部 に は荷為 替 もし くは手 形 取 引 も存 在し て
い た (商 工 省
(1928),pp.43-44
)
。
(8) 特 約店 と小 売店 の取 引
地方 の大手 特約 店は 、完 全流 通機 能卸 商と し て大 きな力を 持 って い たが、 大 半 の 特約 販売 店 は、
倉 庫 な ど貯蔵 設備を 持 たな かっ たこ とか ら 在 庫す ら所 有し てい な かっ た。そ れゆ え 特約 店 は、 小売
店 から 電 話 もし くは地方 で は電 信に よって受 注す る と、石 油会 社に 発 注し、 倉取 りす るとそ のまま
小 売店 舗 に配 達、 もし く は発送 す るの が通 常 であ っ た。 販 売 価格 は通常 、店 舗 渡 し 価格 、 地方 では
着 荷価 格 であ り、 既に 述べ たと お り再販 規 定 かあ っ たが、 実 際に は小売 店 へ の卸売 価格 は市 況を 基
準 に、 信 用 と見込 み販 売数 量を 勘案 して 設 定 さ れた。 取引 単 位は 箱であ り、 外 国石 油会 社 では ドラ
ム缶を 取 引単 位に する 場合 もあ った。 口銭 は5 分 から1 割 の範 囲 であ った。
100 経 営 論 集 第48 号 (1998 年11 月 )
代金 の支 払いは15 日、 月 末 締め の2 回 、月 末締 め1 回 の方法 があ った が、 締 め後直 ち に 代金 の請
求を 行い 、 支払いを 求 めた。 特約店 の所 在地 なら ば店員 に よる 集金、 地方 か ら は送金 を 原 則とし た
が 、荷為 替に よっ て回 収す る場 合 もあ っ た。
8 . 灯 油 を 中 心 と す る 石 油 流 通 の 終 焉1898 年 ( 明 治31 年 ) に は 、 石 油 製 品 に 占 め る 灯 油 の 割 合 は 、90 % 近 く ま で 下 降 し 、1902 年 ( 明 治35 年 ) に 燈 火 時 代 の最 高 生 産 量 で あ る390 千kl を ピ ー ク に 順 次 生 産 量 、比 率 を 低 下 さ せ て い っ た。地 域 的 な タ イ ム ラ グ が 存 在 す る が 、 都 市 に お い て は 、 大 正 初 期 に は 、 早 く も 電 気 ・ ガ ス の 普 及 に よ っ て 、 灯 油 の 販 売 は 急 速 に 減 少 し 、 石 油 販 売 店 ( 卸 ) は 、 か な り苦 境 に 陥 っ て い た47√ 松 村 石 油 の 社 史 『 油 屋物 語 』 は 、「明 治 四 二 、 三 年 頃 か ら 、 市 内 で は ガ ス や 電 気 が用 い ら れ る よ うに な っ た 。そ の た め に主 と し て 灯 油 と し て 使 わ れ て い た 石 油 は 、 一 度 に 減 っ て し ま っ た の み な ら ず 、 そ の 将 来 は 全 く 真 暗 で あ っ た。 そ の た め に 油 屋 は 石 油 を 止 め て 、 再 び 植 物 油 に 帰 る も の さ え あ っ た 。 し か し そ の よ う な 小 規 模 な 小 売 り に 転 換 で き な い も の は 、 倒 れ て し ま っ た( 松 村 石 油(1958 ),p.43)。」と 当 時 の 状 況 を 記 述 し て い る 。 灯 油 の 石 油 製 品 内 生 産 比 率 は 、1926 年 ( 昭 和 元 年 ) に は 、18.3 % ま で 比 率 を 下 げ 、 供 給 量 も ピ ー ク 時 の3 分 の1 の131 千kl ま で 低 下 し て い た ( 石 油 連 盟(1985 )付 表(15 ),pp.356-387 )。 「瓦 斯 と電 気 の 普 及 は 、 石 油 を 燈 用 と し て の 王 座 か ら 引 き ず り 降 し た 。 瓦 斯 燈 、 電 燈 は ラ ン プ を 都 市 か ら 農 村 に 追 ひ や り、 遂 に 今 日 で は 、 よほ ど の 山 間 僻 地 か 、 燈 台 か 、 船 舶 で も な け れ ば 見 ら れ な い や う な 状 態 に な っ て し まつ て ゐ る 。 そ し て 、 燈 油 よ りや や 重 い 軽 油 に 混 ず る こ と に よっ て 、 や っ と 燃 料 の 仲 間 入 りを し て い る ( 由 岐(1935 ),)。241)。」 と い う状 態 に な っ た 。 石 油 製 品 の 使 用 目的 は 、 我 が 国 の 産 業 の 高 度 化 に 伴 い 、 重 油 、 機 械 油 、 揮 発 油 、 軽 油 な ど動 力 源 に そ の 主 力 が 順 次 移 行 し 、 石 油 製 品 の 役 割 は 大 き く変 化 す る こ と に な っ た 。 こ れ に 伴 い 消 費 財 と し て 国 家 の 主 要 政 策 の 対 象 に な り え な か っ た 石 油 は 、 重 要 な 産 業 用 ・ 軍 事 用 エ ネ ル ギ ー と し て 燃 料 国 策 の 中 心 に 位 置 づ け ら れ る こ と に な る の で あ る 。 ト ダ( 本稿 は、 東洋 大学特 別 研究 の 助成 を受 け て 行 った研 究で ある。)
石油 流通機 構の生成 と石 油流通取引 の原型 101 【 参 考 文 献 】TheRoyalDutchPetroleumCompany (1950 )、TheRoyalDutchPetroleumCompany1890 一1950,DiamondJubileeBook.MarshallChapmanHoward (1979 ),TheMarketing0/PetroleumProducts:AStudyintheRelationsBetweenLargeandSmallBusiness,ARNOPRESS. 浅 野 泰 治 郎 ・ 浅 野 良 三 (1925 )『 浅 野 總 一 郎 』、 浅 野 文 庫 。 阿 部 聖 (1988 )「近 代 日 本石 油 産 業 の 生 成 ・ 発 展 と 浅 野 総 一 郎 」、『 中 央 大 学 企 業 研 究 所 年 報 』第9 号 、 )p。141-18L 石 川 県 石 油 販 売 協 同 組 合 (1970 )『 石 川 懸 石 油 業 史 』。 井 口東 輔 (1963 )『 石 油 』、 交 諭 社 出 版 局 。 石 原 武 政 ・ 池 尾 恭 一 ・ 佐 藤 善 信 (1989 )『 商 業 学 』、 有 斐 閣 。 奥 田 英 雄 (1976 )『 小 倉 常 吉 伝 』、 小 倉 常 吉 伝 刊 行 会 。 亀 井 商 店 (1984 )『 風 調 雨 順 』( 亀 井 商 店 の八 十 年 史 )、 亀 井 商 店 。 河 合 康 夫(1986 )「 ノ ーベ ル 商 会 の 市 場 戦 略 と 灯 油 輸 出 」、『 社 会 経 済 史 学 』 第52 巻 、 第1 号 。 栗 田 淳 一 (1952 )、『 石 油 』、 ダ イ ヤ モ ン ド 社 。 小 鴬 正 稔 (1992 )「石 油 の マ ー ケ テ ィ ン グ ・ チ ャネ ル 構 造 」、『 産 能 短 期 大 学 紀 要 』、 第25 号 、 )p。77-92. 小 鴬 正 稔 (1997 )「 わ が 国 に お け る 灯 油 の流 通 構 造 一 灯 油 の 流 通 機 構 構 造 と 小 売 競 争 構 造 」、『 青 森 公 立 大 学 経 営 経 済 学 研 究 』、 第2 巻 、 第2 号 、PP.112-143. コ ス モ 石 油 (1997 )『 創 業 ふ た た び ー コ ス モ石 油10 年 史 』、 コ ス モ石 油 ㈱ 。 品 川 燃 料 (1987 )『 品 川 燃 料 六 十 年 史 ム 品 川 燃 料 ㈱ 。 鈴 木 安 昭 ・ 田 村 正 紀 (1980 )IF商 業 論 』、 有 斐 閣 。 石 油 連 盟 (1962 )、『 内 外 石 油 資 料1962 年 版 』、 石 油 連 盟 。 石 油 連 盟 (1985 )、『 戦 後 石 油 産 業 史 』、 石 油 連 盟 。 商 工 省 商 務 局(1928 )「 商 取 引 組 織 及 系 続 こ 関 久ル 調 査 ( 石 油 )」、 商 工 省 内 部 資 料 。 日 米 砿 油 (1979 )『 日 米 砿 油 株 式 会 社 八 十 年 史 』、 日 米 礦 油 ㈱ 。 日 本 石 油 (1914 )『 日 本 石 油 史 』、 日 本 石 油 ㈱ 。 日 本 石 油 (1958 )『 日 本 石 油 史 』、 日 本 石 油 ㈱ 。 日 本 石 油 (1988 )『 日 本 石 油 百 年 史 上 日 本 石 油 ㈱ 。 宝 田 石 油 (1920 )、『 宝 田 二 十 五 年 史 』、 宝 田 石 油 。 通 商 産 業 省 鉱 山 局 石 油 課 編 (1958 )『 石 油 産 業 の 現 状 』、 石 油 通 信 社 。 通 商 産 業 省 鉱 山 局 石 油 課 編 (1962 )『 石 油 産 業 の 現 状 、 附 石 油 業 法 の 解 説 』、 石 油 通 信 社 。 通 商 産 業 省 鉱 山 局 石 炭 局 編 (1970 )『 石 油 産 業 の 現 状 、 附 石 油 業 法 の 解 説 』、 石 油 通 信 社 。 通 商 産 業 省 資 源 エ ネ ル ギ ー庁 石 油 部 監 修 (1980 )『 石 油 産 業 の 現 状 』、 石 油 通 信 社 。 通 商 産 業 省 (1980 )『商 工 政 策 史 』 第23 巻 鉱 業 ( 下 )、 商 工 政 策 史 刊 行 会 。 松 村 石 油 (1958 )『 油 屋 物 語 一 松 村 石 油 五 十 年 史 』、 松 村 石 油 ㈱ 。 水 田 政 吉 (1938 )『 石 油 』、 ダ イ ヤ モ ン ド 社 。
102 経 営 論 集 第48 号 (1998 年11 月 ) モ ー ビ ル 石 油(1993 )『100 年 の あ り が と う モ ー ビ ル 石 油 の 歴 史 』、 モ ービ ル 石 油 。 門 馬 豊 次 (1909 )、『北 越 石 油 業 発 達 史 ム 鍍 報 社 。 森 川 英 正 (1970 )、「 わ が 国 石 油 産 業 発 達 史 覚 え 書 」、『経 営 志 林 』 第7 巻 、 第1 号 。 由 岐 一 (1935 )『 本 邦 石 油 史 附 燃 料 問 題 と石 油 国 策 』、 日 本 公 論 社 。 〈 注 〉1 灯 油 ラ ン プ の 急 増 理 由 に つ い て 当 時 の 新 聞 は 、「瓦 斯 や 電 気 は 引 用 に 不 便 で 、 場 所 に よ る と 非 常 に 経 費 を 要 す る 、 殊 に 場 末 の 新 開 地 の ご と くは 急 に 引 用 す る こ と は 出 来 な い 、 随 っ て 軽 便 な る 軒 洋 燈 は 、 市 府 の 膨 張 に 伴 い ま す ます 領 分 を 拡 め て い く (「 東 京 朝 日 新 聞」 明 治41 年12 月9 日 )。」 と 記 載 し てい る 。2 本 稿 に お け る 石 油 の 計 量 単 位 と し て は 、「石 」(10 斗 、1.135 バ ー レ ル 、180.39 リ ッ ト ル )、 缶 (1 斗 、18 リ ット ル ま た は5 ガ ロ ン)、 箱 ( 函: 缶 を2 個 箱 詰 め し た 石 油 箱 ( 木 箱 )) を 使 用 す る 。3 外 国 商 館 と の 取 引 は 最 初 、 墨 銀 が 用 い ら れ た が 、 後 に 貿 易 銀 に 移 行 し た。 し か し 移 行 期 に は ド ロ ( 弗 ) 相 場 が 盛 ん に 行 わ れ て い た ( 日 本 石 油(1914 ),p.67)。4 石 油 取 引 の投 機 性 に つ い て 「 石 油 販 売 業 者 は 、 昨 日 の 小 商 人 、 一 躍 し て 今 日 は 豪 商 と 化 す る こ と も あ れば 、 反 對 に 、 昨 日 は 、 巨 萬 の富 を 擁 し た る も の の 、 今 日は 尾 羽 打 枯 ら し 、 零 丁 落 傀 す る が 如 き 例 も 少 な く な か っ た ( 日 本 石 油(1914 ),p.67)。」「此 の 如 く 先 物 資 買 で あ る 所 へ 、 銀 貨 相 場 激 変 が 加 わ る 商 売 だ か ら 、 恰 も 株 式 取 引 の 如 き 観 あ り、 然 れ ば 其 当 時 一 般 に 石 油 商 を 真 面 目 の 商 人 とは 認 め な か っ た と い ふ ( 日 本 石 油 て1914 ),p68)。」 と 表 現 さ れ て い る 。5 引 取 商 と し て は 、 増 田 屋 嘉 兵 衛 商 店 ( 横 浜 、 砂 糖 商 )、 桑 原 福 次 郎 、望 月 平 吉 ( 横 浜 、 米 穀 商 )等 が 選 ば れ て い る ( モ ービ ル 石 油(1993 )、p48)。6 灯 油 製 品 の 規 格 は 、引 火 点 は 、華 氏no 度 以 上 で あ る こ と 、比 重 は ボ ーj 度45 を 下 回 ら な い こ と 、重 量 で 販 売 し 、1 ガ ロ ン を6.5 ポ ン ド と す る こ と (1 箱 は 、65 ポ ン ド )、 樽 の総 重 量 は360 ∼415 ポ ン ド で あ り、 材 料 と し て ホ ワ イ ト ア ー クを 使 用 し 、 ア ル カ リ 液 で 洗 浄 す る。 他 に 帯 金 や 樽 の 色 指 定 、 風 袋 に つ い て も厳 しい 規 則 が あ っ た ( モ ー ビ ル石 油(1993) )47)。 ま た 買 い 手 は 自 己 の 負 担 で 風 袋 込 み の 重 量 検 査 の 権 限 を 持 ち、 サ ン プ ル で 著 し い 誤 差 が 生 じ た 場 合 は 、 全 荷 の 補 償 を 受 け る こ と が で き た ( 井 口(1963),p.53 )。 7 「 油 会 所 」 とは 、 現 物 及 び 先 物 取 引 を 行 う 油 市 場 。 取 引 は 現 金 決 済 ( 奥 田(1976), )。54)。8 『石 川 懸 石 油 業 史 』 は 、 小 売 業 の 専 業 、 兼 業 に つ い て 。「 明 治33 年 に 開 局 し た 金 沢 電 話 交 換 局 発 行 の 最 初 の 電 話 番 号 帳 に 掲 載 さ れ て い る 石 油 業 者 は 、 坂 吉 ( 蝋 燭 、 石 油 、 各 種 油 、 雑 貨 )、 板 五 ( 石 油 、 種 油 、 蝋 燭 、 マ ッ チ )、 植 田 忠 平 ( 砂 糖 、 石 油 、 米 穀 、 麦 粉 )、 上 野 喜 三 郎( 砂 糖 、石 油)、 森 忠 商 舗 ( 諸 油 商 ) で 、 す べ て 兼 業 で あ り、 石 油 専 業 は 見 当 た ら な い ( 石 川 県 石 油 販 売 協 同 組 合(1970 ),p.27)。」 と し て い る 。9 ロ シ ア 産 の 灯 油 が 米 国 灯 油 と 世 界 市 場 を 争 っ た の は 、 ノ ー ベ ル 兄 弟 が 、1875 年 に ロ シ ア油 田 地 帯 の バ タ ー に 製 油 所 を 建 設 し 、1883 年 に ロ ス チ ャ イ ル ド が 、 バ タ ー の 石 油 権 益 を 獲 得 し 、 カ ス ピ ア ソ ・ ア ソ ド ・ ブ ラ ッ クヅ ー ・ ペ トp リ ア ム(Bnito ) を 設 立 し て か ら で あ るP! シ ア灯 油 は 、世 界 で1889 年 ま で の5 年 間 で19 % シ ェ アを 伸 ば し 、22 % と な っ た 。10 世 界 最 初 に タ ン カ ーに よ る 中 味 輸 送 を 行 っ た の は 、ノ ーベ ル 兄 弟 で あ る。ノ ー ベ ル 兄 弟 は 、1879年 に ノ ーベ ル 兄 弟 産 油 会 社 を 設 立 し 、1888 年 に は ロ シ ア灯 油 の3 分 の1 を 生 産 す る まで に 成 長 し て い る( 阿 部(1988 ),p.145 、 日 本 石 油(1988 ),p.89)。 な お ノ ー ベ ル 兄 弟 の 石 油 会 社 に つ い ては 河 合 (1986 ) を 参 照 の こ と 。
石油流通機 構の生成 と石油 流通取引 の原型 103 11 扇 は 、 浅 野 家 の 家 紋 で あ り、 灯 油 商 標 であ る 「扇 印」 を 表 し 、 八 は 構 成 メ ソ バ ー 数 を 表 し た 。 井 筒 商 店 ( 日 本 橋 )、 吉 村 安 之 助 ( 京 橋 )、伊 藤 平 蔵 ( 四 谷 )、 松 田 勘 兵 衛 ( 下 谷 )、 平 野卯 兵 衛 ( 芝 )、萩 原 利 右 衛 門 ( 本 郷 )、 長 谷 部 喜 右 衛 門 ( 伝 馬 町 : 吉 村 の 交 代 に よ り 参 加 )、 橋 本 武 助 ( 深 川 )。 浅 野 は 明 治30 年 に ソ コ ニ ー と の 価 格 競 争 に 対 抗 す る た め 、 中 間 手 数 料 を 節 約 す る た め に 直 売 方 式 へ変 更 し 、 解 散 し て い る ( 阿 部 (1988 )、p.l47,pl52、 井 口(1963 ),p.107、 浅 野(1925 ),pp.425-426) 。12 「 仮 に 八 人 で 一 ヶ月lO 萬 函以 上を 売 れ ば、1 函 に 付 四 銭 と か 五 銭 と か 、 定 め ら れ た る 額 を 割 り戻 す る 方 法 を 立 て 、 以 て 奨 励 し た の で あ る ( 日 本 石 油(1914 ),p.263)。」13 一 方 、 モ ー ビ ル 石 油 ((1993 ),))。53-55) は 、 当 時 の 系 列 化 の 状 況 に つ い て 、こ れ ら の 営 業 所 は 、輸 入 と 元 卸 ま で の 機 能 を 遂 行 し た の みで あ り 、「系 列 化 は 引 取 商 ま で の 限 定 で あ り、問 屋 、 仲 買 、 販 売 店 ま で に 及 ぶ も の で は な か っ た 。」 と し て い る 。141899 年 ( 明 治32 年 )の 日 英 条 約 の 改 正2 条 は 、「 両 締 盟 国 ノー 方 ノ 臣 民 ハ 他 ノ一 方 ノ 版 図 ノ 内 何 レ ノ 所 二於 イ テ モ 総 テ 正 業 二属 ス ル 各 種 ノ 生産 物 ノ製 造 品 及 貨 物 ノ 卸 売 若 ハ 小 売 営 業 二従 事 ス ル ヲ 得 ヘ シ 」 と し て 営 業 の 自 由 を 認 め た こ と か ら 、 外 資 の 流 通 へ の 直 接 進 出 の 契 機 と な っ た 。15 イ ン タ ー ナ シ ョ ナ ル 石 油 は 、採 油 量 が 伸 び な い た め に 、650 万 円 を 投 入 し て い た 事 業 を 、1907 年 に 北 海 道 を 除 く資 産 を 日 本 石 油 に175 万 円 で 譲 渡 し 、1911 年 に 北 海 道 の資 産 も 総 て15 万 円 で 売 却 し て 事 業 か ら 撤 退 し て い る ( モ ー ビ ル 石 油(1993 ),pp.68-69)。16 『 日 本 石 油 史 』(1914,pp.410-411 ) は 、 ソ コ ニ ー の 契 約 方 法 の 変 更 に つ い て 、「 ソ コ ニ ー が 引 取 商 の 建 値 ( 引 取 商 の 販 売 価 格 ) を 発 表 し 、 取 引 は 現 金 で か つ 一 切 の 値 引 き な し とい う 厳 格 な 価 格 設 定 と な っ た 。 従 来 は 、汽 車 及 び 乗 船 値 段 な ど が 存 在 し た が 、 こ れ 以 降 は す べ て 倉 取 価 格に 統 ∼ さ れ る こ と に な っ た 。」 と し て い る 。17 こ の1 店1 社 制 が東 京 以 外 に お い て は ど こ ま で 厳 格 に さ れ た か は 疑 問 が 残 る 。『 油 屋 物 語 』に お い て 、1912 年 に 松 村 善 蔵 が 西 村 商 店 か ら 独 立 し て 、丸 善 礦 油 部 を 創 設 し た と き 、松 村 は 、「丸 善 礦 油 部 の 事 業 開 始 と と も に 、 早 速 ソ コ ニ ー及 び 宝 田 石 油 と契 約 し て 、そ の 特 約 店 に な っ た( 松 村 石 油(1958 ),「」、45)。」 と 述 べ て お り、 こ の 制 度 は 厳 格 に 運 用 さ れ て い た と は 言 え な い 。18 ま た 函 館 に お い て 残 っ て い た 英 商 パ ウエ ル と の 引 取 契 約 を 終 了 し 、 地 元 石 油 商 が 設 立 し た 石 油 輸 入 商 同 盟 組 合 と 契 約 を 結 び、 函 館 出 張 所 を 開 設 し 、 小 樽 、 札 幌 な ど の 代 理 店 を 担 当 す る こ と に な っ た 。19 石 油 は 、 単 な る [ 消 費 財 で か つ ぜ い た く 品 視 さ れ て い た ] こ と 、さ ら に 石 油 採 掘 業 は 、「 も っ ぱ ら 新 潟 の地 方 産 業 で あ り 、 そ の 規 模 も 小 さ く 、 投 機 的 な 事 業 、 賎 業 と み な さ れ て い た 」 こ と か ら 殖 産 産 業 の 対 象 と な り え な か っ た ( 井 口(1963 ),p.63)。20 「 明 治 廿 五 年 頃 に お け る ( 中 略 ) 石 油 所 は 言 ふ 迄 も な く 小 規 模 な も の で 、 三 石 以 上 、 六 石 を 容 る ヽに 足 る 蒸 娼 釜 を 有 す るに 過 ぎ な か っ た。 長 岡 以 外 の 地 即 ち 新 潟 新 津 等 に 於 け る 製 油 所 も 亦 、 斯 る 程 度 に 止 ま り 、 六 石 以 上 の 釜 を 有 す る も の は なか っ た が 、 明 治 廿 五 年 七 月 に 創 立 さ れ 、 同 年 十 一 月 に 開 業 を み た る 越 後 製 油 會 社 に 於 て 、 始 め て 十 石 釜 五 個 を 据 付け 、 幾 分 か 改 良 的 に 設 備 し た ( 日 本石 油(19 ば ),P.195)。」21 現 在 の 授 権 資 本 で は な く 、 分 割 し て 徴 収 す る 公 称 資 本 金 額 。 日 本 石 油 の 原 始 定 款 第7 条 、 第8 条 ( 有 限 責 任 日 本 石 油 株 式 会 社 定 款 、 明 治21 年2 月20 日 ) に よ る と 払 い 込 み は6 期 に 分 け て 行 わ れ る こ と に な っ て い た 。22 ソ コ ニ ー を 始 め 、 輸 入 製 品 の製 品 会 社 は 既 に 述 べ た と お り、 他 社 買 い ( 他 社 製 品 の 自 社 製 品 へ の混 入 ) を