妄想とは、DSM-5 (American Psychiatric Association, 2013)によれば、「外的現実に対す る間違った推論に基づく誤った確信であり、その矛盾を他のほとんどの人が確信しており、 矛盾に対して反論の余地のない明らかな証明や証拠があるにもかかわらず、強固に維持さ れる。その確信は、その人の文化や下位文化の他の人達からは普通では受け入れられない ものである(すなわち、それは宗教的信仰の事項ではない)。誤った判断が価値判断に関 するものである場合には、その判断が信頼性を損なうほど極端である場合にのみ妄想と考 えられる。妄想的確信は、時に支配観念から推測できることもある(この場合、不合理な 確信や観念があるが、その人は妄想の場合ほど強固に保持していない)。」と定義される。 一般的に妄想は統合失調症などの精神疾患の症状の一つであるとされているが、実際には 健常者でも妄想と類似した観念(妄想的観念)を持つことが様々な研究で指摘されている。 妄想的観念は、不合理な確信や観念であるものの、妄想の場合ほど強固に保持されない と定義される(American Psychiatric Association, 2013)。数千人を対象に健常者の妄想的観 念について調べた研究では、健常者においても妄想的観念が見られることが報告されてい る(Van Os, Hanssen, Bijl & Ravelli, 2000)。健常者の妄想的観念の多くは被害的な内容(被 害妄想的観念)である。被害妄想的観念の体験率については、Ellett, Lopes & Chadwick (2003)が行った研究では、健常者である被験者の 47% がこれまでに被害妄想的観念を持っ たことがあると報告している。Johns, Cannon, Singleton, Murray, Farrell, Brugha, Bebbing-ton, Jenkins & Meltzer(2004)もまた、健常者を対象にした研究において、被験者の約
21.2%は「自分に敵対している人がいると感じたことがある」と回答しており、9.1% は「自
分を傷つけようと狙っている人がいる」などの被害妄想的観念を持ったことがあると回答 したことを報告している。これらの先行研究から、被害妄想的観念は多くの健常者に見ら れる現象であることがわかる。
ところで、健常者の被害妄想的観念を測定するために、先行研究の多くは Fenigstein & Vanable (1992)が作成したパラノイア尺度 (Paranoia Scale ; PS) を用いている。しかし、 パラノイア尺度は、「他者の思考や行動が自分に向けられたものだと、誤解もしくは過大 視する傾向」を測定しており、項目には被害的な内容とは言い難い項目が含まれているこ とが指摘されている(Freeman, Garety, Bebbington, Smith, Rollinson, Fowler, Kuipers, Ray & Dunn, 2005)。そこで Freeman et al. (2005)は、項目内容を被害妄想的な思考に統一し、 且つ、各項目について頻度(どのくらい頻繁に考えるか)、確信度(どのくらい強く確信
日本語版 State Social Paranoia Scale の作成と
信頼性および妥当性の検討
しているか)、苦痛度(どのくらい苦痛か)の 3 つの側面について測定することができる
Paranoia Checklist (PC)を作成した。この尺度については、すでに日本語版パラノイア・
チェックリスト(Japanese version of Paranoia Checklist ; JPC)が作成され、信頼性および 妥当性が確認されている(山内・須藤・丹野,2007 ; 山内・須藤・丹野,2009)。 上記のように、現在までに、被害妄想的観念を測定するための尺度はいくつか存在する。 これらの尺度は、いずれも数週間から数カ月にわたって持続するパーソナリティ傾向のよ うな特性としての被害妄想的観念を測定するためには有用であると考えられる。しかし、 ある刺激への反応としての被害妄想的観念や一時的な状態としての被害妄想的観念の変動 を測定するには適していない。例えば、パラノイア尺度では「見知らぬ人が批判的な目で 私を見ていると感じることがよくある」といった項目が含まれているが、このような項目 では、実験場面での操作の結果として被験者が被害妄想的観念を抱いたのか、それとも、 もともと被害妄想的観念を持続的に持っているのかの判別が難しい。そこで Freeman, Pugh, Green, Valmaggia, Dunn & Garety (2007)は、短期間で変動する状態としての被害妄 想的観念を測定するために、State Social Paranoia Scale (SSPS)を開発した。一般の健常者、 大学生、そして臨床群を対象に SSPS を実施したところ、高い信頼性および妥当性が確認 されたことを明らかにしている。加えて、ヴァーチャルリアリティを用いて被害妄想的観 念を喚起させる実験でも使用されるなど(Freeman, Gittins, Pugh, Antley, Slater & Dunn, 2008)、SSPS は状態としての被害妄想的観念を測定するための有用な尺度であると考え られる。 以上のことから、本研究は状態としての健常者の被害妄想的観念を測定するための尺度 である SSPS の日本語版を作成し、その信頼性と妥当性を検討することを目的とする。 方 法 調査対象者 調査に参加したのは大学生 105 名(男性 40 名、女性 65 名)であり、平均年齢は 20.36 歳(SD=1.45)であった。 手続き 大学における講義を利用して質問紙調査を実施した。 質問紙
日本語版 SSPS(the Japanese version of State Social Paranoia Scale ; JSSPS): SSPS(Free-man et al., 2007)は、状態としての被害妄想的観念を測定するために開発された尺度であ る。被害妄想的観念 10 項目(「他人は私を苦しめようとしていた」など)の他にポジティ ブ思考 5 項目(「他人は私に対して親しみを持っていた」など)、ニュートラル思考 5 項目 (「誰も私に対して何の意図も持っていなかった」など)の合計 20 項目から構成されており、
答を求めた。なお、ポジティブ思考項目とニュートラル思考項目は実際の被害観念得点の 算出には用いてない。 日本語版 SSPS の作成に当たっては、SSPS の原著者から日本語版作成の許可を得て著 者が項目を翻訳し、臨床経験のある臨床心理学者 2 名が翻訳した項目を確認した。その後、 ネイティブスピーカーによるバックトランスレーションを経た後、再度著者が原尺度との 整合性を考慮して項目を作成した。
パラノイア尺度(Fenigstein & Vanable, 1992): 日本語版 SSPS の妥当性を検討するため に、パラノイア尺度日本語版(丹野・石垣・大勝・杉浦,2000)を用いた。これは、20 項目(例 : 見知らぬ人が批判的な目で私を見ていると感じることがよくある)より構成さ れる尺度であり、被験者には、各項目に対して “大変よく当てはまる” から “全く当ては まらない” までの 5 件法で回答を求めた。
日本語版パラノイア・チェックリスト(山内ら,2007): パラノイア尺度と同様に日本 語版 SSPS の妥当性を検討するために、Paranoia Checklist (Freeman et al., 2005)の日本語 版を用いた。これは、健常者の被害妄想的観念を測定するために開発された尺度であり、 18項目(例 : 私は他人に対して用心している必要がある、など)に対して、頻度 (どのく らい頻繁に考えるか)、 確信度(どのくらい強く確信しているか)、苦痛度(どのくらい苦 痛か)の 3 つの次元で測定する尺度である。5 件法で回答を求め、得点が高いほど、頻度、 確信度、苦痛度が高いことを示す。 結 果 まず最初に、日本語版 SSPS の因子構造を検討するために主因子法による因子分析を 行った。その結果、固有値の推移(第 1 因子から順に 6.13, 3.39, 1.62, 1.18…)より判断し て 3 因子を抽出した。第 1 因子は被害妄想的観念 10 項目より構成され、第 2 因子はポジティ ブ思考 5 項目、第 3 因子はニュートラル思考 5 項目より構成されることが明らかとなった (Table 1)。よって、日本語版 SSPS は原尺度である SSPS 同じ 3 因子構造であることが確 認された。よって、以降の分析では SSPS と同じ 10 項目を被害妄想的観念項目として扱 うこととした。 次に、日本語版 SSPS の被害妄想的観念項目とポジティブ思考項目、ニュートラル思考 項目、パラノイア尺度 (PS)、日本語版パラノイア・チェックリスト (JPC) との積率相関 係数を算出した。その結果を Table 2 に示す。日本語版 SPPS の被害妄想的観念項目とポ ジティブ思考項目との間には負の相関が得られたが、ニュートラル思考項目との間には有 意な相関は認められなかった。日本語版 SSPS とパラノイア尺度や日本語版パラノイア・ チェックリストの頻度と確信度との間において有意な正の相関が認められた。 続いて、日本語版 SSPS の被害妄想的観念 10 項目のクロンバックの α 係数を算出した。 その結果、α=.90 と十分な値が得られた。
Table 1 日本語版 SSPS の因子分析結果 (プロマックス回転後の因子パターン) 項 目 I II III 15 他人はみんな私を怖がらせようとしていた .846 −.013 −.038 5 他人は私を苦しめようとしていた .779 −.084 −.168 12 他人は機会さえあれば私を傷つけるだろう .732 .046 .185 13 他人は私に恨みを持っていた .732 .024 .020 9 他人は私を脅かしたいと思っていた .707 .112 −.067 17 他人は私を孤立させようとしていた .702 −.091 .044 20 他人は私を苛立たせようとしていた .662 .030 .055 1 他人は私に対して敵意を抱いていた .624 −.023 .020 7 他人は私を困惑させるためにじっと私を見つめた .610 .232 .126 3 他人は私に対して悪意を持っていた .608 −.137 −.139 16 みんなが親切であった −.107 .918 .178 8 みんなが信頼できる人だった −.033 .736 .178 6 私は仲間と一緒にいると非常に安全だと感じた .162 .695 −.011 4 他人は私に対して親しみを持っていた .077 .530 −.356 11 他人は私に親切にしようとしていた .034 .448 −.133 19 みんなは、私の存在に関心を払っていなかった −.039 −.250 .700 10 誰も私のことを気にしていなかった .196 −.111 .679 18 誰も私に対して何の意図も持っていなかった −.083 .120 .645 2 誰も私に特別な感情を抱かなかった .042 −.018 .564 14 みんなが私に対して中立的であった −.001 .169 .305 因子間相関 II −.36 III .08 −.47 Table 2 各変数の記述統計量および相関係数 記述統計量 相関係数 平均 SD 日本語版 SSPS PS JPC 被害妄想的 観念項目 ポジティブ思考項目 ニュートラル思考項目 苦痛度 頻度 確信度 日本語版 SSPS 被害妄想的 観念項目 18.31 5.57 − ポジティブ 思考項目 12.34 3.08 −.28** − ニュートラル 思考項目 15.76 3.42 .12 −.43** PS 44.92 11.89 .55** −.46** .32** − JPC 苦痛度 61.81 15.20 .10 −.00 .11 .14 − 頻度 36.60 12.39 .50** −.34** .33** .74** .28** − 確信度 36.80 12.41 .54** −.24* .15 .64** .16 .86** − **p<.01, *p<.05
考 察 本研究では、SSPS の日本語版を作成し、その信頼性と妥当性の検討を行った。まず最 初に、因子分析を行った結果、日本語版 SSPS が原版の SSPS と全く同じ項目による 3 因 子構造であることが明らかとなり、因子的妥当性が確認された。 次に、日本語版 SSPS、パラノイア尺度、日本語版パラノイア・チェックリスト間の相 関分析を行った。その結果、日本語版 SSPS の被害妄想的観念項目と、パラノイア尺度、 日本語版パラノイア・チェックリストの頻度と確信度との間において、有意な相関係数が 得られた。よって、日本語版 SSPS の被害妄想的観念項目の基準関連妥当性が確認された。 また、信頼性分析では、日本語版 SSPS の被害妄想的観念項目の α 係数は先行研究(Freeman, et al., 2007)と同程度に高く、十分な内的整合性が確認された。 以上の結果から、日本語版 SSPS は状態としての被害妄想的観念を測定するための尺度 として十分な信頼性と妥当性を備えていることが明らかとなった。 ただし、今回の研究では日本語版 SSPS のポジティブ思考項目とニュートラル思考項目 については十分に検討を行っていない。特にニュートラル思考項目については、先行研究 では、被害妄想的観念項目との間には有意な負の相関関係が認められているのに対して、 本研究では両者の間に有意な相関関係は認められなかった。加えて、ニュートラル思考項 目とパラノイア尺度、日本語版パラノイア・チェックリストの頻度においては弱いながら 有意な正の相関係数が得られている。この点については、ニュートラル思考項目内容が関 係していると考えられる。日本語版 SSPS のニュートラル思考項目には、「誰も私に対し て何の意図も持っていなかった」のような項目が含まれている。これらの項目は「誰も自 分に対して悪意も好意も抱いていない」という中立の意味だけではなく、「誰も自分には 関心さえ持ってくれない」というネガティブな意味にも解釈できる。どちらの意味で解釈 するのかは被験者の置かれた状況に依存すると考えられる。先行研究ではヴァーチャルリ アリティによって被害妄想的観念を喚起しやすいよう操作した後に SSPS によって被害妄 想的観念を測定していたが、そのような場面と今回のような教室での集団調査では状況が 異なっているため、被験者はニュートラル思考項目をよりネガティブな意味で捉えていた のかもしれない。今後は、実験的な操作を加えた際に、被害妄想的観念項目だけではなく ニュートラル思考項目やポジティブ思考項目も含めてその妥当性や信頼性について確認す る必要があると考えられる。 引 用 文 献
American Psychiatric Association (2013). Diagnostic and statistical manual of mental disorders. 5th ed. Washington, D.C : American Psychiatric Association. (高橋三郎・大野裕監訳 2014 DSM-5 精神
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