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サステイナブル社会の設計と水資源環境政策

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サステイナブル社会の設計と水資源環境政策

仲 上 健 一

はじめに Ⅰ サステイナブル社会のフレームワーク  1.サステイナブル社会の構想  2.サステイナブル社会の源流  3.サステイナブル社会の目標 Ⅱ サステイナビリティ学のパースペクティブ  1.サステイナビリティ学の目標  2.サステイナビリティ学への政策科学的アプローチ Ⅲ サステイナブル社会実現のための環境イノベーション  1.サステイナビリティにおけるローカルとグローバル  2.循環型社会とサステイナブル社会 Ⅳ 水危機と「水の安全保障」  1.水危機に対する市民意識  2.水危機への対抗策  3.水の安全保障 Ⅴ 水資源開発事業とサステイナビリティ評価  1.水資源開発事業の評価  2.水資源開発事業のサステイナビリティ評価 おわりに─設計科学としての政策科学の可能性

はじめに

水資源環境政策を政策科学の視点で展開し、水の安全保障を基盤としたサステイナブル社会 を構築することは、今日の重要な政策的課題である。21 世紀は「水の世紀」といわれ、「石油 の世紀」であった 20 世紀に対する反省概念としてとらえることができる。それは、産業発展・ 都市開発そして戦争の世紀であった資源獲得競争の世紀への超克を意味する。しかしながら、 「水の世紀」はかならずしも平和を意味するのではなく、「水資源」獲得競争が「石油」獲得よ

特別寄稿

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り熾烈となり、水戦争という深刻な事態も近い将来想起されるのである。さらに、日常的な水 環境の悪化は人類の健康基盤を確実に奪い生存の危機ともなりつつある。 21 世紀に入り、急速に水を起因とする諸現象が深刻な社会的な課題として注目を浴び、「記 録的な豪雨」の常態化や極限災害の頻発、一方では渇水現象の恒常化、そして水質汚染被害の 広域化がますます顕著になってきた。現在、世界の約 7 億人が、水不足の状況で生活を余儀な くされ、不衛生な水しか得られないために毎日 4900 人(年間約 180 万人)の子どもたちが亡 くなるという現実が存在する1)。命の水を誰が守るのかという人道的課題に対して、国連では 様々な取り組みが展開されてきたが、大きな成果を得るには至ってないのが実情である。一 方、経済のグローバリゼーションのもとで、先進工業国および発展途上国の上下水道事業の民 営化や水ビジネスの国際展開などが現実のものとなってきた。今日の水事情を鑑み水資源環境 政策を構想するとき、政策科学の視点でホーリスティクに問題解決の糸口を探すことが重要で ある。このことを通じて、水の安全保障を基盤としたサステイナブル社会の設計の指針を見出 すことが今求められている。

Ⅰ サステイナブル社会のフレームワーク

1.サステイナブル社会の構想 開発・経済効率志向の政策マインドを転換し、安心・安全なサステイナブル社会を構築する ためには、現状の厳しい局面を直視し、「後悔しない政策」を確実に実行するための政策能力 が求められる。サステイナブル社会構築の意義を確認するとともに、その理念・行動指針を明 確にし、かつ実現可能性を保障できる政策の実施が真剣に問われつつある。 現在の地球環境および社会経済状況をどのように見るかが、「サステイナブル社会」を展望 するときに重要な視点である。地球環境の激変、経済のグローバリゼーションの加速による社 会・経済システムの破壊、民族紛争の激化、格差社会の固定化による人間関係の崩壊等の諸事 象は、我々へ明日への生きる希望を失いかける要素であり、その深刻さは日に日に大きくな り、かつ複雑になっている。 人類の危機は、これまで度々存在してきたし、これからもありうるであろう。危機に遭遇 し、甚大な被害を経験するなかで、何らかの合意を得ながら解決策を模索することにより生き ながらえ、また解決できなかった場合は消滅してきた。今日の世界は様々な戦後復興方策とし て構築されたを経済システム・社会システム・行政システム・国際協調システムを基盤として 繁栄の基礎をつくってきた。国連、ISO, WTO 等々の世界標準システムに依拠して、それらを 集約的にまとめて新たな意思決定合意システムを構築してきた。これが、今日の世界経済の繁 栄の礎となったことは否めない。しかし、今日においては、再び国連システムのもとでの世界 平和秩序を構築する可能性にも陰りが見え出したし、さらには政府開発援助のもとで行われた 経済援助がさらに南北格差が拡大したことも事実であり、多くの難民・失業者が生み出され、 格差社会がかつてないほど現実化した。これらの諸要素を構造的に解決するためには、対抗概

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念としてのサステイナブル社会を実現することであろう。 人類の生命の基盤を支えてきた農耕社会は社会システムを定常状態に維持・調節することで 「サステイナブル社会」を何千年にわたって実現してきた。人口・耕地面積を一定にし、天候 に対して適応することにより、一定の収穫量を確保してきた。その収穫量にあう社会に適応す るように社会を維持してきた。しかし、そこには社会システム維持そのそのものの目標にも限 界が生じてきた。伝統的な体制を固定しようとする力と、堅牢な社会システムを変革しようと する力の均衡が、外力のみならず内発的にもおこってきたのである。すなわち、国際的にも、 国内的にも社会の限界を認識し、多様化の価値について認めざるを得ない状況が発生してきた のである。換言すれば、「固定化によるサステイナブル社会」の維持でなく、「変化に対応する サステイナブル社会」の創造が希求されつつある。 2.サステイナブル社会の源流 1700 年頃のドイツの Saxony 地域においては、鉱業開発により人々の生活環境は脅威にさ らされていた。それは、今日でいう鉱業拡大に起因するにおける森林消失さらには、人々の生 活環境の破壊と同様である。Hans Carl von Carlowitz らは、現状の深刻さとともにその問題 点をつぶさに調査し、その問題の背景にある社会経済的状況を考察し、森林破壊問題を通じ て、森林の保全の重要性の概念を形成したのである2)。すなわち、「森林のサステイナビリティ とは、森林が再び成長できる程度に材木の利用を許すことである。この考えに従うならば、森 林の保全を再生する能力が維持され、その結果として森林破壊は起こらないし、保全されるで あろう。」と画期的な考え方を提案した。この思想は、今日のサステイナビリティ学の原点と も言えよう。すなわち、「サステイナブル社会」の知の源泉をここに見い出すことができる。 300 年たった今日においてもなお、森林保全問題は解決したわけではない。さらに、巨大な地 球環境危機のなかでより現実的なサステイナブル社会の構築の重要性が求められるのである。 300 年後に決して地球環境問題が解決するという保障はないが、サステイナビリティ学は発信 を続けなければならないのである。 3.サステイナブル社会の目標 社会問題複合体とは、問題の本質は、多数の要素の性質と相互関係にあるというシステム思 考から生まれた。本来複雑である問題を要素分解して、それぞれの要素の独立的な特性のみを 恣意的に抽出して推論を構成してきた段階から、問題そのものの複雑性をより忠実に観察し、 そこから法則が見いだせなくとも、なんらかの結論を見出すことが、最善でなくとも、少なく とも次善の方式であるという思考が求められつつある。 現代の課題と未来の課題とは、従来の思考方式ならば何らかの因果関係が存在するべきもの であり、その法則性を定式化することが近代科学の役割であろう。生物多様性の議論において も、正確に把握できている生物の種は、全体の 2 割程度であり、これを持ってすべての生物社 会の法則を論じることは不十分である。環境問題に関しても、環境情報に関する情報量の爆発

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的増大は、環境問題の全体像をますます不可知の世界へと導きつつある。 サステイナブル社会を構築するためには、未来への社会的構想力とともに、技術的構想力を も必要とするであろう。個々の政策を決定する意思決定のレベルから、将来にわたって影響を 及ぼし、かつ、二度と繰り返すことのできない、戦略的意思決定を行わなければならない。 サステイナブル・ディベロップメント(持続可能な発展)とは、「①生態系の保全など自然 条件の範囲内での環境の利用、②世代間の公平、③南北間の公平や貧困の克服」3)とされ、そ の定義が今日でも議論されているように、サステイナブル社会についての定式化された規定は 存在しない。しかしながら、サステイナブル社会の目標は、環境利用の限界性、刹那的な行動 の制約、社会的正義の実現と整理できる。  サステイナブル社会を創造する態度とは、「未来の事実を予測するのではなく、未来を創る 潜在力を探ろうとする」という価値観である。高度情報社会の展開がこれに対応するであろ う。インターネットの急速な普及によって、あらゆる物やサービスが情報として換算され、容 易に取得することが可能となった。未来社会の有り様についても、傾向を予測する方式から、 シナリオをどのような戦略に基づいて描くかによって社会を形成することが可能であるという 思考が生まれつつある。高度情報社会の行動様式の原理は、「可能性」の見極めとすることが できる。すなわち、これまでの経験や蓄積に基づいて、どの程度まで成長できるかという「可 能性」を予測するだけでなく、その可能性を根本的に高める技術革新や思考パラダイムの転換 をも「可能性」の要素として包含することであろう。高度情報社会におけるサステイナビリ ティ性とは、無限の情報という資源を、コミュニケーションという手段により既存の社会シス テムを改革し、情報の蓄積により世代間の公平性を担保し、情報の開示により「貧困」をなく そうとするものである。 サステイナブル社会においては、これまでの我々が経過してきた、「農耕社会」、「工業社 会」、「商業社会」、「情報社会」におけるサステイナビリティを包含しつつも、新たなる地平に その目標を見出さなければならない。 サステイナブル社会の目標は、「地球システム、社会システム、人間システムの再構築と修 復」を基底とした、たゆまない課題解決を志向する社会経済システムの理念・行動指針の維持 にあるであろう。

Ⅱ サステイナビリティ学のパースペクティブ

1.サステイナビリティ学の目標 サステイナビリティ学の目標は、「地球システム、社会システム、人間システムの再構築と 修復」にある4)。すなわち、「これらの 3 つのシステムおよびその相互関係に破綻をもたらし つつあるメカニズムを解明し、持続可能性という観点から各システムを再構築し、相互関係を 修復する方策とヴィジョンの提示を目指す」と規定されている。戦後復興するための科学が 「生きるための個別専門科学」であったのに対し、サステイナビリティ学はいわば、「死なない

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ための超学際的科学」といえよう。 サステイナビリティ学では、自然科学・社会科学・人文科学の融合を可能とする新しい学問 パラダイムであり、客観主義であった科学に人間性を、真理探究中心であったスタイルに問題 解決的志向を取り組むものである。そこには、「類としての人間」の可能性と限界性を認識し ながら、「死なないための超学際的科学」の第 1 ステップが示されている。もちろん、これま で、人間が考究してきた学問の蓄積は膨大な量であるが、まず「有限性」を認識することを出 発としている。それは、現状の肯定が「無限性」につながり、超学際的科学の必要性を否定す るからである。これらの研究対象領域は、それぞれ個別の専門科学に基盤を立脚しながらも、 その限界性を乗り越えるための目的性が求められる。 2.サステイナビリティ学への政策科学的アプローチ 政策を学問や教育の対象として本格的に議論する基盤が日本の大学においても成立しつつあ る。日本における最初の政策系学部である慶応義塾大学総合政策学部加藤寛初代学部長は、 「官僚的セクショナリズムの克服」を強調し、政策科学と銘打った最初の学部である、立命館 大学政策科学部山口定初代学部長は、「市民社会の成熟」を目指した。両者の目指すところ は、「問題解決志向的・実践的」の学問の確立であり、専門性と学際性を融合して、学際的と いうより、TRANSDISCIPLINARY(超際的)学問を志向していた。そして、目指すべき人材 育成像は、「政策マインド」をもった、現代のレオナルド・ダヴィンチをつくることにあった のではなかろうか。 「政策科学とはなにか」という議論が繰り返される中で、政策を科学的に分析するという意 味が次のように整理されてきた。 ①政策体系に欠かせない立論部分を論拠づけるだけの科学的分析を行う。 ②実際に行われた政策が選択・実施される過程およびそれを取り巻く社会構造を分析する。 すなわち、「政策過程に内在する社会構造そのものを検証することも政策科学の重要な課 題」ということである。そして、政策をより分析的に捉えるために、制度、行為、計画という アプローチがあると規定される5)。政治で認められてきた「暗黙知」を排除し、陰示的アプ ローチを明示的アプローチに転換する試みである。分析結果の総括として、「政策提言」があ り、これが現実の政治を変革される有効な方法となるかもしれない。しかし、それよりも、科 学的態度で、現実の課題を冷静に分析し、その結果を実現するための合理的意思決定のフレー ムワークを提示し、実現のためのアプローチを示すことに「政策科学」のオリジナリティがあ る。 サステイナビリティ学における研究対象課題への政策科学的アプローチにおいて、重要な フィールドとして、最適に判断する技法である「意思決定」がある。政策科学的課題の明確化 とともに、意思決定の方式について明確にする必要がある。何が「問題」なのか、そして、そ れぞれの課題に対して、創造力豊かな「選択肢」をつくり、賢い意思決定をするためのプロセ スを検討しなければならない6)。このためには、信頼に足りうる「科学」による正確な情報

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と、意思決定プロセスを明確にする政策科学が必要となる。 サステイナビリティ学の対象領域は、将来においてはますます拡大するとともに、その結論 についての政策的判断と戦略的意思決定が求められるので、「地球環境の経営」という視座が 必要である。さきに述べた「戦略的意思決定」の定義を、地球経営という立場から再定義する と「最高政策決定層が、地球の将来的な利用・保全展開の方向性に関する基本方針である戦略 について、全地球視野から、地球環境の状況と地球の保有する資源、能力との適合を判断しな がら行う意思決定」となろう。

Ⅲ サステイナブル社会実現のための環境イノベーション

1.サステイナビリティにおけるローカルとグローバル ローカル・サステイナビリティとは、ローカルの領域の資源と努力だけで解決すべきこと、 ローカルの力だけでは解決できないことを峻別することから始まる。この源流は、公害問題か ら環境問題への転換期におこった発想である。加害者と被害者の関係が明確に限定することが 可能な社会問題として公害問題が世に問われたとき、環境問題の曖昧さが指摘された。しか し、公害という具体的な被害とかつ因果関係が存在する問題以外にも、地域においても我々の 生存と関係する環境問題が認識され始めていた。そこでは、ローカルにおいて、公害問題の深 刻さが問われ、もし解決しなければ、地域そのものが存続しなくなるという認識があった。し かし、企業と地域住民という対立構造の中で解決を求めるべき公害問題も、国家・地方自治体 の行政の関与も大きな意味を持ってきた。たんに、公害問題の解決だけでは、地域のサステイ ナビリティは保障されない。公害問題を解決するとともに、地域の快適性を高めることの重要 性が並行して認識されたのである。ローカル・サステイナビリティをどのように考えるかは、 「崩壊する地域」の問題において単に公害だけでなく、社会・経済・文化そして固有の歴史ま でが自滅しつつあった現実をどのように見るかによる。 「グローバル・サステイナビリティ」の対象である地球規模の諸課題を解決しなければ、人 類のみならず、多くの生物の種の絶滅の危惧がある。そのためには、国際協力という視点のみ ならず、地球公共財としての認識とその維持保全が必要である。地球システムを再構築し、相 互関係を修復する方策とヴィビジョンの提示するための価値観としては、「創造的態度」すな わち、「未来の事実を予測するのではなく、未来を創る潜在力を探ろうとする」という価値観 による展望作りが必要である。この「創造的態度」においては、高度情報社会における行動様 式の基本である「可能性」の発掘にある。 2.循環型社会とサステイナブル社会 21 世紀の環境立国戦略(平成 19 年 6 月 1 日閣議決定)では、地球温暖化の危機、資源の浪 費による危機、生態系の危機に対抗するための戦略として、「低炭素社会」、「循環型社会」、 「自然共生社会」づくりの取組を統合的に進めていくことにより地球環境の危機を克服する

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「持続可能な社会」を目指すことを強調している。 20 世紀後半の日本経済の特徴として 1990 年代を「失われた 10 年」と評されたが、今日に 至っても、一時の景気回復基調も見られたが、確実な経済活性化の兆候が見いだせないまま先 行きの暗さばかりが目立っている。しかし、環境面で言うならば、この 10 年間を総括する と、「力づけの 10 年」と言うことができよう。国連環境開発会議(1992 年、リオデジャネイ ロ)以降の 10 年間で、世界および日本の環境保全対策は着実に実現されてきた。日本におい ては、環境基本法(平成五年十一月十九日法律第九十一号)や循環型社会形成推進基本法(平 成十二年六月二日法律第百十号)の制定など、環境政策における長期的戦略的な制度設計や対 策の枠組みは着実に前進できたといえよう。 環境基本法では、目標として設定された「持続可能な開発」や「持続可能な社会」を実現す るというような抽象的な表現ではなく、それを具体化するための法律、制度、計画の着実な遂 行が必要である。持続可能な社会のイメージとしては「環境が人類の生存基盤であることを前 提に環境はもとより経済、社会の側面からも高い質の生活を保障する社会」と考えられる。こ れは、環境はもとより、快適な生活をどのように実現するかということである。  都市は消費する対象であり、すべてにおいて効率の良いものであり、その視点では一部の 人々が環境を犠牲にして高い収入を獲得するための手段の場としては意味があるが、そこで精 神的満足や快適な環境を得るには不十分だというような実感が定着しつつある。 循環型社会構築の実現への取組みは、地球温暖化対策、生活環境の改善、自然環境の保全・ 再生そして水循環系の再構築等へと進展しつつある。戦後の国土政策・産業政策の総体である 日本列島の都市化・工業化は地域の水環境(河川・湖沼・海域)を悪化させた。例えば、河川 の埋め立てやコンクリート化、河川へのゴミ投棄等により河川の生態系は破壊された。湖沼に おいては富栄養化による、赤潮発生の常態化や「あおこ」の発生による湖沼の死滅化傾向が見 られる。沿岸海域においては、自然海岸の喪失など水質汚濁のみならず、沿岸域環境自体の人 工化が進行した。 都市化は、経済性・利便性・快適性など多くのメリットを都市に住む人々にもたらす。一方 では、そのメリット以上のデメリットも享受しなければならない。都市環境に限定すれば、都 市化によるメリットとデメリットを単純には比較できないが、都市化のメリットを集約すれ ば、「必要とするものへのアクセスが容易」になることであり、デメリットは「環境の多様性・ 個性の喪失」であろう 7)。都市環境の変化に危機を感じるとき、人々は新たなる「都市環境 の創造」を求めて、「都市構造」そのものを変えようとする。都市公害や都市災害の出現が都 市の限界性を露呈させ、都市の砂漠化・ヒートアイランド現象が都市の生命環境を脅かし、コ ミュニティの連帯の喪失を促進し、魅力的な都市文化を変容し、そして地球温暖化が都市生活 基盤を脆弱化している。 都市化によるデメリットをメリットに変えようとする人々の都市や地域を愛し、個性を重ん じる人々のたゆまない営為が今注目されつつある。「人に対する不信」、「計画に対する不信」、 さらには「システムに対する不信」という、「不信」だけでは、生まれ、育ち、そして死んで

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いく自分たちの都市の変容のベクトルは変わらないという認識が醸成されてきたのである。そ こに、「都市の安全保障」、「水の安全保障」を生み出す原動力を見出すことができる。 都市においては、自然資源を利用する社会経済活動が生態系の保全と自然的機能を維持する ことが求められる。都市は既に自然生態系を破壊した上に成り立っており、破壊され続けてき た都市環境の中で、さらに快適さだけを追求することはすでに不可能な段階に入っている。例 えば、すでに人工化された河川を自然に回復させる試みがある。これは、近自然的工法といわ れ、日本はその考え方・工法をドイツから学んだ。都市づくりを転換し、都市にもう一度自然 システムを復活させようという営みが、目指すべき持続可能社会づくりのイメージである。

Ⅳ 水危機と「水の安全保障」

1.水危機に対する市民意識 水危機に対する認識は、近年先鋭化しつつあるが、古くて新しい水問題解決に向けて様々な 適応策が模索されつつある。人間の生命・生活・社会活動において通常必要とする水に対する 要求水準が量的・質的な満たされないときに水危機への認識の第一歩が始まる。中国では「黄 河を治むる者は天下を治む」という有名な諺がある。古代から伝えられてきたこの諺の意味す るところは今日の社会でも十分に通じる。アジア諸国で行われている「水祭り」は、単なるイ ベントではなく、その国の王政権が威信をかけて行う国民的行事である。すなわち、「水を制 するものは国を制す」とも解釈でき、今日の中国において実施されている「南水北調」の事業 は、まさに象徴的な意味を有する。中国南方地域の水を北方地域に送り慢性的な水不足現象を 解消するという壮大な国家プロジェクトは、三峡ダム建設以上に大きな大規模な事業である。 北京オリンピック(2008 年)、上海万博(2010 年)を成功させた中国は、国の威信を世界に知 らしめ、首都である北京市の持続的都市運営のためにも、この水利事業は欠かせぬ事業と位置 付けられた。近い将来において、その存在感が国際社会において高まる中国としては、水をど のように治めるかは、まさに戦略的目標となっている。 渇水、洪水、水質汚染に代表される水危機に対して、人間の長年の対抗の歴史があり、また 事前対応的にも備えが行われてきた。その営為の成果として、今日の都市の繁栄があり、豊か な農村があった。 ところで、今日の日本では水危機をどのように認識しているのであろうか。平成 21 年 7 月 に実施された、「国土交通行政インターネットモニター」アンケート調査で、「国内における水 危機に関する意識調査」が実施された8)。本アンケートにおいて、定義された水危機とは「渇 水や塩水障害、水道に関連する施設(水路、浄水場、取水施設、ダムなど)の老朽化・地震等 による損害、水質事故などの要因により、水を容易に入手できなくなること」である。 アンケート調査結果の中で、「各種水危機の発生の可能性」についての回答は、次のとおり である。 (1)地震及び施設老朽化による水危機について、8 割以上。

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(2)水質事故、洪水、渇水による水危機について、7 割以上。 (3)塩水障害による水危機について、5 割程度。 とくに、地震国日本において、地震と水危機との関連について、認識の度合いが高いことが 特徴である。これは、阪神・淡路大震災において震災発生後に、水の重要性が認識されたこと が定着したことに起因する。東日本大震災以降、この傾向は更に高まっているものと思われ る。一方、身近な水危機として、近年多発している、老朽水道管の破裂による水道事故が市民 意識に影響を与えていることも読み取れる。また、水質事故、洪水、渇水による水危機につい て、7 割以上の人が認識していることは、改めて市民生活において水への関心が高いと言える。 このような、水危機に対する認識を踏まえて、水危機に対する必要な施策についての回答 は、次のとおりである。 (1)施設の耐震化や老朽化対策が 75% と高く、水供給ルートの複線化や貯水施設の整備 66%、さらには雨水貯留施設の設置 43% と高い。このように、水危機に対する認識を 基本に直接的な施設的対応というハード対策による解決を必要としていることが読み取 れる。 (2)個人による水備蓄(43%)、自治体による水備蓄(40%)と水危機に対して事前の対応 の重要性を認識していることが示されているが、備蓄に対する施策の具体的イメージ や、効果についての市民的広報が少ない中で、理解が得られていないことが読み取れ る。 本アンケートの回答結果が示すように、水危機に対する市民の認識は醸成されつつあるとと もに、対策についてもハード・ソフトの方式での対策についても認識が高まりつつあると言え よう。 2.水危機への対抗策 人類の誕生以来今日に至るまで、水問題の解決は、生存するための最大かつ不可欠の課題で あった。21 世紀の地球環境問題が深刻化する中で、最も緊急に解決を要する課題も水である。 あらゆる人間活動の中で水が生活から地球温暖化対策までに関与するキーファクターであるこ とが改めて再認識された。1980 年 11 月に開催された国連総会において 1981 年~1990 年は、 「国際水道と衛生の 10 ケ年」と決定され、発展途上国を中心に、水道の普及、衛生サービスの 向上が図られた。先進工業国における大量消費様式に起因した水問題の性格とはあまりにも掛 け離れた発展途上国の生命にかかわる根源的な水問題は厳然とこの地球に存在するし、このこ とが貧困問題、人権問題、生存問題の根幹をなしている。2003 年京都・滋賀・大阪で開催さ れた第 3 回世界水フォーラムでは、水の市場化・民営化そして水の安全保障が本格的に議論さ れた。このような、利用様式において、対極構造を有する水問題において最も重要な考え方 は、生活圏、都市圏、産業において水システムの「安全と安定」が保障されなければならない ということであろう。すなわち、「安定」が撹乱されることにより、システムの「断絶」が容

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易に起こりうる社会構造になっている。この「断絶」を防御し、持続可能な水資源環境政策と 国際環境協力を通じて水資源環境セキュリティを構築することが急務である。2007 年 12 月 3 日~ 4 日に大分県別府市で第 1 回アジア太平洋水サミットが開催された。「第 1 回アジア・太 平洋水サミット」においては、全体テーマとして、「水の安全保障 : リーダーシップと責任」 が設定された。 ウォーター・クライシスという厳しい現実に対抗する概念であるウォーター・セキュリティ を打ち出そうという意図はここに見られる。命の水、生活の水、都市・産業を支える水、地球 環境としての水が世界の各地において危機的な状況にある。それは、循環資源としての水が地 球温暖化・酸性雨・砂漠化の影響を受け、水量・水質とも危険な水準に達している。水資源の 確保や水環境の保全に対して、20 世紀は技術により対処してきた。21 世紀の最大の課題であ るこのウォーター・クライシスに対して、技術的・社会的・国際的・地球的な視点でのウォー ター・セキュリティという戦略的な取り組みが求められる。ウォーター・セキュリティの概念 をより限定的に使用するならば、「都市圏における水資源環境セキュリティの基盤的・制度的 整備」として定義したい。 水資源環境セキュリティという用語は、まだ未成熟な概念である。人間の安全保障という議 論が 20 世紀末から急激に国連の会議や多くの国際会議で登場する中で、例えば「都市の安全 保障」、「社会の安全保障」というテーマが従来からの防衛・外交といった分野以外でも論じら れるようになった。「持続可能な開発」という用語が、1987 年に世に問われた「環境と開発に 関する世界委員会(WCED)」の報告書「Our Common Future」で提唱され、その後今日に おいては、あらゆる環境政策の基本概念となるまで多くの議論と実践が行われてきた。おそら く、水資源環境セキュリティという概念が社会に定着するまでには、多くの議論を通じた概念 の有効性に対する認識と方法論の確立が求められるであろう。 水資源環境セキュリティは、持続可能な水資源環境開発と国際環境協力と深い関係にある。 それは、水資源環境問題が、水循環という水文学的視点や「人と水文化」という地域社会学的 視点だけでは十分にとらえきることができない領域で議論されなければならないことを意味す る。水環境保全から水資源環境セキュリティへと概念を拡張することにより、「商品化する 水」、「市場化する水」、「対立する水」といった 21 世紀に入ってから急激におこってきたより 先鋭的で新たな課題を斬新な政策的フレームワークで整理することが可能となるであろう。 水資源環境セキュリティは、日本国内にとどまらず、アジア太平洋地域における持続可能な 水資源環境政策をも展望する。それは、日本経済社会がもはや一国では成り立たず、成長著し いアジア諸国との協調と連帯によってのみ成り立つからである。そのためには、水資源環境を 軸とした国際環境協力のあり方をも考察しなければならないであろう。 3.水の安全保障 東日本大震災(2011 年 3 月 11 日)の大震災・津波・原発事故においても、「水」の怖さ、 重要性が改めて注目された。我々に災害をもたらす「水」、命の「水」、あるべき「水」が、あ

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らざるべき「水」へと変化するなかで、人々の水への認識が大きく変化しつつある。それは、 人口、食料、生活、あらゆる人間活動連鎖系の中で水がキーファクターとして改めてその重要 性が再認識された。また、人類の生存そのものが水と切り分けることができないと同時に、20 世紀における開発・戦争による負の遺産が、今日になって生存の危機として、一挙に地球・社 会・人間システムの危機として我々の前に押し寄せてきた。今日の水危機の問題性を的確に指 摘するためには、危機に至った背景の複雑性について正確にかつ包括的に理解し、問題解決の 手段としては、従来の問題解決型の対応策のみでは不十分であり、地球温暖化による影響を視 野に入れた緩和策のみならず適応策を戦略的な視野で模索することが重要である。水の安全保 障の目指すところは、生活様式、都市構造において水システムの断絶を回避することである。 この「断絶」の規模は気候変動により従来の想定範囲を大きく超えつつある。 農業用水に代表される伝統的な水利用システム、そして工業用水・都市用水の拡大する需要 に対応してきたこれまでの水資源開発事業を巡っての社会的環境が大きく転換するなかで、 「第三の道」が模索されつつある。気候変動による水資源環境影響が従来の想定の範囲を超え つつあるなかで、戦略的な適応策を実施し、持続可能な発展を希求する人類の共通の願いを叶 えるための「水の安全保障」を構築することが求められる。 「人間開発報告書 2006 ─水危機神話を越えて:水資源をめぐる権力闘争と貧困、グローバル な課題─」1)が世界の水問題の現状の厳しさを指摘している。報告書では、第一の課題とし て、「生命を維持するための水」として、「安全な水の供給、排水の除去、衛生設備の提供」、 第二の課題として、「生活手段としての水」として、「国内ならびに諸国間で共有される生産資 源としての水に焦点を当て、水を公平かつ効率的に管理するにあたり、多くの政府が直面して いる大きな課題」に焦点を当てている。本報告書は、これまでの水危機神話に与せず、「グ ローバルな水危機の中心にある欠乏とは、利用できる水の物理的な量ではなく、権力、貧困、 不平等に根ざすものであるといえる。」という視点が特徴である。すなわち、「安全な水と衛生 設備の利用には著しい不平等」が存在することを強調している。報告書では、「アジア、ラテ ンアメリカ、サハラ以南アフリカの都市部の高所得地域では、住民は公共の水道会社が低料金 で供給する水を、1 日当たり数百リットル利用することができる。一方で、同じ国のスラム住 民や農村地域の貧しい世帯が利用できる水の量は、人間の最も基本的なニーズを満たすために 必要な、1 日 1 人当たり 20 リットルという水準を大きく下回っている。さらに、女性と女の 子は、水を汲むために時間と教育を犠牲にするため、二重の不利益を被っている。」と、先進 工業国と発展途上国という従来型の対立だけでなく、発展途上国内における格差の拡大が深刻 になりつつあることを指摘している。報告書では、さらに「世界には、生活用、農業用、工業 用のいずれにおいても十分過ぎる量の水がある。問題は、特に貧困層をはじめとする一部の 人々が、貧困、生命を維持するための、そして生活手段としての水を供給するインフラの利用 を制限する公共政策、あるいは限られた法的権利によって、組織的に排除されている点にあ る。」と水問題が社会問題、さらには政治問題であると強調する。このような新しくてかつ厳 しい水をめぐる問題を考える枠組みとして、水の安全保障という考え方が提案された。報告書

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では「水の安全保障」を次のように定義した。「水の安全保障とは、すべての人が健康で、尊 厳を保ち、生産的な生活を送るために、安全な水を手ごろな料金で十分に入手することができ ることであり、水を供給すると同時に水に依存している生態系を維持することに関わってい る。これらの条件が満たされないとき、または水の利用が途絶えるとき、人は健康の悪化や家 計の崩壊を通じて、深刻な人間の安全保障のリスクに直面する。」 水問題を考えるときに、「水の安全保障」とは何かを、地域の条件に応じて検討していくこ とが、今後ますます重要になるであろう。

Ⅴ 水資源開発事業とサステイナビリティ評価

1.水資源開発事業の評価 水資源開発事業の目的は、「水資源の開発又は利用のための施設の改築等及び水資源開発施 設等の管理等を行うことにより、産業の発展及び人口の集中に伴い用水を必要とする地域に対 する水の安定的な供給の確保を図るなど。」9)と規定されている。今日の日本における事業評 価においては、この定義に基づいて、事業評価の項目として、「広く国民のニーズがあり、優 先度が高い事業であるか」と国民の利益という視点での事業評価が重視されている。国土交通 省の事業評価は、新規事業採択時評価(新規事業の採択時において、費用対効果分析を含めた 事業評価を行うもの)、再評価(事業採択後一定期間が経過した時点で未着工の事業、事業採 択後長期間が経過した時点で継続中の事業等について再評価を行い、必要に応じて見直しを行 うほか、事業の継続が適当と認められない場合には事業を中止するもの)、完了後の事業評価 (事業完了後に、事業の効果、環境への影響等の確認を行い、必要に応じて適切な改善措置、 同種事業の計画・調査のあり方等を検討するものに類型される10)。評価内容は、費用対効果 分析を含む総合的な評価に基づいたものであるが、時の政治状況に大きく左右されることもあ る。水資源開発事業が事業構想段階から、計画、施工、運用、維持管理、廃棄の段階まで長期 間にわたるものであるため、水資源開発事業単体の短期的な評価だけでは総体としての水資源 開発事業の評価することは困難である。 21 世紀に入り、気候変動にともなう年最大日降水量の変化が現在の治水安全度の推定方式 の変更を余儀なくしつつある11)。一方、政府主導で行われてきた水資源開発事業も、平成 9 年 5 月 28 日に成立した、「河川法の一部を改正する法律案」により、その目的に「河川環境の 整備と保全」を加え、地域の意向を反映した河川整備計画を導入することが明記された12) この改正は、明治 29 年の旧河川法の制定以来 100 年ぶりの改定であり、また水資源開発事業 のあり方をめぐっての大転換ともいえよう。河川管理の自的として、「治水」、「利水」に加 え、「河川環境」をいれ、さらに河川管理の社会的合意のあり方として、「地域の意向を反映」 するという考え方は、今後 100 年においても不変であろう。そのように想定した場合は、水資 源開発事業の評価方式も、今日の評価方式から、新たな評価方式を模索する必要がある。水資 源開発事業が構想段階から終了段階まで 100 年を超す現実を見た場合、地域社会の変容及び地

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球環境の激変を踏まえたサステイナビリティ評価が求められる。 2.水資源開発事業のサステイナビリティ評価 サステイナビリティ評価とは、経済、社会、環境にかかる要素を評価指標として選定し、水 資源開発事業が何のためにどのような目標のもとに実施するものである。適正なサステイナビ リティ評価を行うためには、明確な評価目的の設定が最も重要である。本来、水資源開発事業 は、社会的厚生を増大するために、自然を改変し、社会システムを変革してきたものであり、 経済、社会、環境の諸要素が常に考慮されるべきものである。しかしながら、多岐な項目にわ たる評価は現実的には困難であり、簡便でかつ説得力のある評価技法として費用便益分析法が 1844 年に提案された。 費用便益分析法が提案されてから、170 年を経た今日に至るまで、常に評価結果の信頼性を 得るための挑戦が試みられてきた13)。1973 年の WRC(The US Water Resources Council)

では公共事業の環境・社会評価の広がりを背景しながら、便益として評価する項目に関して、 次の 4 点を考慮すべき要素として設定した。すなわち、①国民経済発展、②地域経済発展、③ 環境質の向上、④社会福祉の向上である14)。WRC の試みは、個別水資源開発事業に関する費 用便益分析法を拡張するものとして広く認められる段階には至っていないが、経済・社会・環 境を便益要素に包摂しようとする試みであり、サステイナビリティ評価の嚆矢とも理解でき る。

Daniel Beard アメリカ合衆国開墾局総裁が、ICID(国際灌漑排水会議)」(1994 年 5 月、ブ ルガリア)で「ダムの時代は終わった」という趣旨の講演で、アメリカ合衆国連邦政府の河川 政策の根本的転換を公式に発表した。この報告は、世界的な反響をよぶものであったが、開墾 局の主たる事業に限定したものであったが「ダムや用水路の建設から、省エネルギーと環境の 回復」へと抜本的な方針転換として流布されるようになった15)。19 世紀から 20 世紀末におい て、農業の発展基盤を支えた灌漑排水の手段としてのダムの役割は終焉を迎えたということで あろう。しかしながら、一方ではダムを代表とする水資源開発事業を取り巻く社会経済的状況 をどのように認識し、公共事業政策をどのように決定するかという根本問題を提起した点でそ の意義は大きい。日本においても、水資源開発政策・河川行政の分野におけるパラダイム転換 が、この問題提起により始まったともいえよう。 アメリカ合衆国開墾局がめざす、「ダム建設」から「持続可能な水資源管理」への政策転換 として、「省エネルギーと環境の回復」の理念をどのように理解し展開するかは、アメリカ政 府自身の自己改革のみならず、世界の潮流とも軌を一にするものである。と同時に、日本の水 資源開発事業への影響も想定される16) 水資源開発事業の基本理念とされた、「生活水準の向上、経済社会の高度化に対応した渇水 に対する水供給の安全度の向上」の意味を再検討し、現実的に解決策を求めることが必要であ る。Daniel Beard 氏の主張で最も強調されたのが硬直的な大規模水資源開発事業に対抗した 新しい代替手段の創出である。経済社会システムの高度化・多様化によって発生した水資源環

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境問題に対する新たな疑問に対して、旧態以前の方式である「水供給の安全度の向上」を構 想・計画根拠とするだけでは、すでに水資源開発計画の世論形成の点でも限界がきており、 「社会的合意」を形成することは困難である。すなわち、これらの疑問に答えることなしに、 総合的水資源対策事業を実施することは、確実に現代の水源地域問題・都市問題の矛盾をさら に拡大することは許されないのである。 水資源開発事業の評価要素として、経済・社会・環境を取り込むことが求められるととも に、その計画プロセスとして、「社会的合意」、「環境配慮」が必須の条件として成立しつつあ る。「持続可能な水資源管理」における評価手法として、従来の農業生産効率性を追求してき た経済評価から、サステイナビリティ評価への転換と受けとめることができる。

世界ダム委員会は、2000 年 11 月に報告書「DAMS AND DEVELOPMENT」を出した17)

報告書では、核心価値として、①公正、②有効性、③参加による意思決定、④持続可能性、⑤ 説明責任が示され、7 つの戦略的優先事項として、①住民の同意獲得、②代替案の包括評価、 ③既存ダムの活用、④河川と生活の維持、⑤権利の認識と利益の配分、⑥実施の確保、⑦平 和、開発、安全保障に向けた河川の相互利用が提起された18)。本報告書に対する評価は、そ れぞれの立場によって異なるが、21 世紀における水資源開発事業の開発理念の指針となるも のと言えよう。 第 1 回国連水会議(1977 年 3 月、 マルデルプラタ)では、水資源管理に関する「マルデル プラタ行動計画」(A水資源の評価、B水の利用の効率性、C環境、保護及び汚染防止、D政 策、計画及び管理、E自然災害、F情報提供、教育訓練、G地域協力、H 国際協力)が策定さ れた。水資源開発事業にける管理の技法を軸とした技法主義である「マルデルプラタ行動計 画」から反省・進化し、水資源開発事業の社会的受容を基本とした理念が整理されたのであ る19)。マルデルプラタ行動計画のフレームワークが、それ以降の水資源管理計画策定に関す る基本となり水政策形成の基礎となったように、世界ダム委員会が提起する核心価値が今後の 水資源開発事業において問われるであろう。ここに、従来型の費用便益分析法への疑問視、そ して水資源開発事業の大規模ダム事業否定の潮流を基調としてオルターナティブ評価としての 「第 3 の道」を求める動きが加速されるにいたった。  サステイナビリティ評価のフレームワークは、水問題解決へのホーリスティク・アプローチ であるが、その方法と評価基準が明確になっている段階ではない。例えば、水資源開発事業に おけるサステイナビリティ評価の視点として、「問題複雑性」、「事業大規模性」、「社会受容 性」をどのように評価軸に包摂するかは今後の課題である。

おわりに─設計科学としての政策科学の可能性

政策科学の出発点として「問題の発見」がある。果たして、我々は、どのように問題発見す るであろうか。また、本質的な問題を発見できるのであろうか。 公害問題の深刻さを深く認識できるためには、多くの時間を有した。足尾鉱毒事件の田中正

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造、神社合祀反対運動すなわち自然保護運動の南方熊楠らの超人的な警鐘が 100 年以上前の 「問題の発見」であり、その先見性に驚嘆に値する。政策が科学化する前の時代の人間の強烈 な意志は、政策の科学化の領域を超えた真の「問題発見」であろう。20 世紀最大の発明と言 われた、フロンの危険性を発見し、さらに地球温暖化の不可逆性を指摘したのは、単に人間の 問題意識だけでなく、科学的認識と裏付けであると言う面も否定できない20) 問題を発見することにより、問題を解決できるという保障は存在しない。問題を発見しない 限り、解決できないのは必然であるが、今日の社会においては多様なステークホルダーのもと での複雑な調整さらに意思決定は簡単ではない。そこには、多くの論争があり、意思決定過程 をめぐる利害対立は鮮明である。 政策科学の発展方向を見定めるとき、地球・社会・人間システムに係る問題は、今や独立に 存在するのではなく、相互に複雑に絡み合って、巨大社会問題複合体となりつつある。そし て、解決のためには、問題解決のための戦略的意思決定を支える強固な思想のみならず寛容な 相互理解を基礎とした協力が求められる。この強固な思想の基盤として設計科学としての政策 科学の役割が、今求められるのである。挑戦すべきは、問題の発見・解決だけでなく、現状の 課題の分析と未来創造の思考を基本とした戦略的構想力の醸成であろう。 本論文は、以下の論文を基本としている。 仲上健一、「サステイナビリティ学構築と政策科学研究」、『政策科学の挑戦 - 政策科学と総合政策学 -』、 中道寿一編、日本経済評論社、2008 年 仲上健一、『サステイナビリティと水資源環境』、成文堂、2008 年 仲上健一、『水危機への戦略的適応策と統合的水管理』、技報堂出版、2011 年 仲上健一、「サステイナブル社会の構築と環境政策情報の意味」、中道寿一・仲上健一編『サステイナブル 社会の構築と政策情報学』、福村出版、2011 年 仲上健一、「サステイナビリティ学の政策科学的展開」、周瑋生編『サステイナビリティ学入門』、法律文 化社、2013 年 仲上健一、「巻頭言水資源開発事業とサステイナビリティ評価」、水資源・環境研究、26 巻 2 号、2014 年 参考文献 1 )国連開発計画、『人間開発報告書 2006 年版─水危機神話を越えて:水資源をめぐる権力闘争と貧困、 グローバルな課題』、2006 年

2 )Hans Carl von Carlowitz、“SYLVICULTURA OECONOMICA” “hauswithliche Nachrichit und Nature masige Anwesung zur wilden Baum-Zucht”, 1713

3 )金森・荒・森口編、『経済辞典第 3 版』、有斐閣、1998 年 1 月

4 )サステイナビリティ学連携研究機構、「地球持続戦略の構築を目指して(IR3S)2007」、サステイナ ビリティ学連携研究機構、2007 年 4 月 30 日より

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5 )仲上健一、「政策科学か総合政策学か─北九州市の政策を検証する─政策科学の立場から」、北九州市 立大学シンポジウム、2006 年 10 月 28 日/北九州大学 6 )サステイナビリティ学連携研究機構ホームページ http://www.ir3s.u-tokyo.ac.jp/ 7 )仲上健一、「都市環境の保全と創造」、仲上・新井編、『都市環境の創造』、法律文化社、1993 年 1 月 8 )国土交通省、報道資料、国内における水危機に関する意識調査について、平成 21 年 8 月 27 日 9 )国土交通省、「行政事業レビューシート事業番号 107」www.mlit.go.jp/common/000123480.pdf より、 平成 23 年(アクセス 2013 年 11 月 17 日) 10)国土交通省、「事業評価の仕組み」  http://www.mlit.go.jp/tec/hyouka/public/09_public_01.html(アクセス 2013 年 11 月 17 日) 11)社会資本整備審議会、「水災害分野における地球温暖化に伴う気候変化への適応策のあり方について (答申)」、平成 20 年 6 月 12)建設省河川局、「河川法の一部を改正する法律」について、平成 9 年 5 月  http://www.mlit.go.jp/river/hourei_tsutatsu/kasen/gaiyou/houritu/9705.html

13)Dupuit, Arsène JulesÉtienne Juvénal (1844): De la mesure de l’utilitédes travaux publics, Annales des ponts et chaussées, Second series, 8.

 reprinted in: Kenneth J. Arrow and Tibor Scitovsky, eds., Readings in welfare economics (Richard D. Irwin, Homewood, IL, 1969), 255-283.

14)FEDERAL REGISTER, VOL.36, No.245, “WATER RESOURCES COUNCIL" 1971.12.21 15)大熊孝他、『日本のダムを考える』、岩波ブックレットNo.375、岩波書店、

1995 年 6 月 20 日

16)ダニエル・P・ビアード、「日本の河川管理政策を変える」、2003 年 12 月  http://www.mm289.com/RPN/1192/biard.html

17)World Commission on Dams, “DAMS AND DEVELOPMENT A NEW FRAMEWORK THE REPORT OF THE WORLD COMMISSION ON DAMS”, Earthscan Publications Ltd, London and Sterling, VA FOR DECISION, 2000 年 11 月

18)藤倉良、「世界ダム委員会勧告に残された課題─国際環境政策過程における参加問題─」、寺尾忠能・ 大塚健司編、『アジアにおける環境政策と社会変動─産業化・民主化・グローバル化─』、アジア経済研 究所、研究双書、No.541, 2005 年 19)仲上健一、『サステイナビリティと水資源環境』、成文堂、2008 年 20)仲上健一、「サステイナビリティ学の政策科学的展開」、周瑋生編『サステイナビリティ学入門』、法 律文化社、2013 年

参照

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