誤振込みと被仕向銀行による相殺
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(2) 横浜国際経済法学第14巻第3号(2006年3月). 頼人の依頼によりいったん開始した振込手続を取・りやめ,振込依頼受付前 の状態に戻す「組戻し」という手続が認められている。入金処理完了後も 受取人の承諾があれば組戻しの依頼に応じているのが銀行実務の取扱いで ある。)の手続を依頼したが,同月12日, ず,その承諾が得られないため,. Y銀行からは,. Cと連絡ができ. Ⅹの組戻しの依頼には応じられないとい. う回答が伝えられた。 (3) Ⅹは,. Cに連絡をとろうと試みたが,. おり,また,. Cの電話回線は利用停止となって. Cの元関係者に事情を問い合わせてみても,. Cは事実上の倒. 産状態にあり,代表者の行方も分からないと伝えられるのみで, をとることはできなかった(な.お,. Cと連絡. Cは,平成15年7月23日に1回目の不. 渡手形を出し,同月29日には銀行取引停止処分を受けていた。)。 (4) Ⅹから本件誤振込金を回収する方法を相談されたD弁護士は,平成15年 9月24日,. Y銀行を訪問して,. Cから本件誤振込金の組戻しについての承. Y 諾を得られか1痩合の本件誤振込金の回収方法を問い合わせたと・ころ,. 銀行の担当者から,裁判による差押えの方法があるとの回答が得られた。 (5)その一方で,. Y銀行は,. Cに対して約700万円の貸金債権を有していた. ことから,平成15年10月17日付け「相殺通知書」により,この貸金債権 のうち175万4183円を自働債権とし,. CのY銀行に対する預金債権175万. 4183円(平成15年10月17日現在の預金残高。このうち119万0385円は本 '件誤振込金である。)を受働債権として,これらを相殺する意思表示をした。 (6). Ⅹは,. Y銀行の担当者からの助言に従い,平成15年10月31日,. Cに対し. て本件誤振込金相当額についての不当利得返還請求訴訟を提起し,平成 16年1月22日に全部勝訴判決を得た(Cは公示送達による呼出しを受けた が,第1回口頭弁論期日を欠席した。)。 (7) D弁護士は,平成16年1月26日,この判決の判決書等をY銀行にファク シミリで送信した。しかし,同月28日,. Y銀行の担当者から,裁判による. 手続きは説明したが,本件誤振込金の返却を約束した事実はないとの連絡 286.
(3) 誤振込みと被仕向銀行による相殺. を受けた。. (8) Y銀行の対応に納得のいかなかったⅩは,平成16年3月9日, に基づき,. ■この判決. y銀行の本件預金口座を含むCの預金口座に係る預金債権を差. し押えたが, Y銀行からこれら預金債権の残高は3万0996円であり,これ については平成15年7月31日にEによって差し押さえられているとして, 本件誤振込金の返却に応じなかった。 (9)その後,. Y銀行は,念のため,平成16年3月16日,平成15年10月17日. 付「相殺通知書」記載の相殺の意思表示について公示送達を申し立てた (平成16年4月16日,この意思表示の到達の効力が生じた。)。 (10)そこで,. Ⅹは,. Y銀行は法律上の原因なくして本件誤振込金相当額を利. 得したと主張して,. 119. Y銀行に村して,不当利得返還請求権に基づき,. 万0385円およびこれに対する利息または遅延損害金の支払いを求め,本 件訴訟を提起した。. 【判旨】 請求認容 1.本件誤振込みによってCがY銀行対し本件誤振込金相当額の預金債権杏 取得するかについて 「振込依頼人から受取人の銀行の普通預金口座に振込みがあったときは,振 込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在するか否かにか かわらず,受取人と銀行との間に振込金相当額の普通預金契約が成立し,受取 人が銀行に対して振込金相当額の普通預金債権を取得するものと解するのが相 当である(最高裁平成8年4月26日第二小法廷判決・民集50巻5号1267頁)か ら,. ⅩとCとの間に振込みの原因となる法律関係が存在しなかったとしてち,. 本件誤振込みによって,. Cは,. Yに対し,本件誤振込金相当額の普通預金債権. を取得するというべきである(その結果,. Ⅹは,. Cに対し,本件誤振込金相当 287.
(4) 横浜国際経済法学第14巻第3号(2006年3月). 額の不当利得返還請求権を取得することになる。)。」 2.本件相殺の有効性について 「振込依頼人から受取人の銀行の普通預金口座に振込みがあったときは,振. 込停頼人と受取八との間に振込みの原因となる法律関係が存在しなくても,受 取人は振込金相当額の預金債権を取得するものと解されるから,受取人の債権 者が当該預金債権を差し押さえることはもとより,銀行が受取人に対して有す る債権をもって当該預金債権を相殺することも,それが権利の濫用に当たるよ うな特別の事情がない限りは,その効力が否定されることはないというべきで ある。」 「本件相殺は, Y銀行がCに対して有していた貸金債権等の回収を図って行 ったものと認められるところ,これが権利の混用に当たると評価するに足りる. 事情は窺えない(Ⅹは,本件相殺によってCの普通預金債権が消滅することに より, Cに対する不当利得返還請求権を行使してもその満足を受けられないと. いう不利益を被ることになるが,この不利益は事実上のものであって,・法的に みれば,. ⅩがCの他の一般債権者と比べて殊更に不利益な立場に置かれるわけ. ではない。)から,有効にその効果を生じるものというべきである。」 3.. XのY銀行に対する不当利得返還請求権の取得の可否. 「Ⅹが本件誤振込みさえしていなければ,あるいは,本件誤振込金について 組戻しの手続さえとられていれば, 免れたはずであるし,また,. Ⅹは本件誤振込金相当額の事実上の損失を. Y銀行のCからの債権回収額は本件誤振込金相当. 額を控除したものとなっていたはずである。 その意味では,. Y銀行は,本件誤振込金相当額を,.. Xの損失のもとで,いわ. ば「棚からぼた餅」的に利得したものといえる(社会通念に照らせば,. Ⅹの金. 銭でY銀行の利益が図られたものということができる。)。」 「y銀行は,. Ⅹの損失のもとで,本件誤振込金相当額を利得したものといえ. るところ,これを形式的にみれば,. Y銀行は,. Y銀行のCに対する貸金債権等. とCのY銀行に村する預金債権とを対当額で相殺したに過ぎないのである.か 288.
(5) 誤振込みと被仕向銀行による相殺. ら,. ⅩがY銀. Y銀行の利得は法律上の原因を欠くとはいえない(したがって,. 行に対して本件誤振込金相当額の不当利得返還請求権を取得することはない) ようにも思われる。 しかし,そもそも不当利得の制度の本質は,形式的・一般的には正当祝され る財産的価値の移動が,実質的・相対的には正当祝されない場合に,公平の理 念に従ってその矛盾の調整を試みることにあると解されるから,. ⅩがY銀行に. 対して本件誤振込金相当額の不当利得返還請求権を取得するか否か(Y銀行の 利得が法律上の原因に基づくものといえるかどうか)についても,形式的にこ れを判断するのではなく,公平の理念の実現の見地に立って,実質的に判断し なければならないというべきである。」。 「振込取引においては,銀行実務上,受取人の預金口座に入金記帳がされる. までは,振込依頼人の依頼によりいったん開始した振込手続を取りやめ,振込 依頼受付前の状態に戻す「組戻し」という手続が認められており,入金処理完 了後であっても,受取人の承諾があれば,組戻しの依頼に応じる取扱いがされ ているが,この銀行実務上の取扱いによれば,入金処理完了後に受取人の承諾 を得ることができない振込依頼人は,組戻しによる政済を受けることができな いことになる。. しかし,誤振込をした振込依頼人め中には,たまたま受取人の所在が不明で あったために,受取人から組戻しの承諾を得ることができないという者もいる はずであり,そのような振込依頼人-こ対してさえ救済手段が残されていないと いうのは,振込取引制度が多数かつ多額の資金移動を円滑に処理するための仕 組みであるとはいえ,制度として好ましいことではない。むしろ,振込取引制 度を運営する銀行に対しては,振込依頼人から受取人の所在が不明であって組 戻しの承諾を得ることができない事情について相当の説明を受けた場合には, 誤振込みをした振込依頼人に救済の機会を残すために,誤振込みの事実の有無 の確認に努め,その間,受取人の預金口座に入金記帳された当該振込みに係る 金員を受取人の預金とは区別して管理するなどの適当な措置をとることが望ま 289.
(6) 横浜国際経済法学第14巻第3号(2006年3月). れるところである。このように考えると,銀行が,振込依痕人から受取人の所 在が不明であって組戻しの承諾を得る土とができない事情について相当の説明 を受けていながら・,誤振込みの事実の有無を確認することのないまま,受取人 に対する債権をもって当該振込みに係る預金債権を相殺して,自らの債権回収 を敢行したような場合には,この債権回収は,振込依頼人に対する関係におい ては,法律上の原因を欠き,不当利得となるものと解するのが公平の理念に沿 うものといえる。」。 「本件では, Ⅹが,平成15年9月10日に本件誤振込みの事実を認識し,その 翌日である同月11日に本件誤振込金について組戻しの手続を依頼したところ, Y銀行は,同月12日に,. Cと連絡がつかず,その承諾が得られないため, Ⅹの. 組戻しの依頼には応じられないとの回答をしている。加えて,. Y銀行は,同月. 16日・. ,同月24日に ,本件誤振込みの事情についての説明を受け ているのであって,こうした経緯からすると, Y銀行は, Ⅹから, Cの所在が. 不明であって組戻しの承諾を得ることができない事情を十分に説明されている ものといえる・. 。. それにもかかわらず,. Y銀行は,. Ⅹに救済の機会を残すことなく,本件相殺. を敢行したものであり,上記のような本件における具体的な事情に鑑みると, Y銀行の本件誤振込金相当額の利得は,. Ⅹに対する関係においては,法律上の. 原因がなく,不当利得となるものと解するのが不当利得の制度の本質である公 平の理念に沿うものといえる■・ 「したがって,本件では,. Ⅹは,. ・」。 Y銀行に対し,本件誤振込金相当額の不当. 利得返還請求権を取得するというべきである。」. 【参照条文】 民法703条. 290.
(7) 誤振込みと被仕向銀行による相殺. 【研究】 1.本判決の意義 本判決は,振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在 するか否かにかかわらず,受取人と銀行との間に振込金相当額の普通預金契約 が成立し,受取人が銀行に対して振込金相当額の普通預金債権を取得するとし た最高裁平成8年4月26日第二小法廷判決(以下,. 「平成8年判決」という。). を前提に,被仕向銀行から誤振込みの受取人に対する相殺は,権利の混用に当 たるような特別の事情がない限りは有効であると判示した。しかしながら,被 仕向銀行が,振込依頼人から受取人の所在が不明であって組戻しの承諾を得る ことができない事情について相当の説明を受けていながら,誤振込みの事実の 有無を確認することのないまま,受取人に対する債権をもって当該振込みに係 る預金債権を相殺して,自らの債権回収を敢行したような場合には,この債権 回収は,振込依頼人に対する関係においては,法律上の原因を欠き,不当利得 となるものと解するのが公平の理念に沿うと判示した。平成8年判決と整合性 を保とうとする一方で,振込依頼人の損失において,被仕向銀行が本件誤振込. 金相当額を相殺して利得を得るという,いわゆる「棚からはた餅」的な利得を 不当利得として排除するという具体的な利益衡量により事案の解決を図った判 決として実務上参考になるものと思われる1)。. 2.判例および学説 本判決は,原因関係がなくとも受取人の被仕向銀行に対する預金債権の成立, 被仕向銀行から受取人に対する相殺,振込依頼人からの被仕向銀行に対する不 当利得返還請求をそれぞれ肯定したものである。以下,■. これらの問題に対する. 従来の判例・学説の流れを概観し,本判決との関係を述べる。. 291.
(8) 横浜国際経済法学第14巻第3号(2006年3月). (1)判例 ( I ) ・誤振込みによる受取人の被仕向銀行に対する′預金債権の成否 ・平成8年判決以前の下級審判例は,振込依頼人と受取人の間に原因関係が無 ければ,受取人の銀行に対する預金債権は成立しないとp判示していた(名古屋 高裁昭和51年1月28日判決(金融法務事情795号44頁),鹿児島地裁平成1年. 11月27日判決(金融法務事情1255号32頁))。平成8年判決の第一審(東京地 裁平成2年10月25日判決(判例時報1388号80頁)) ・第二審(東京高裁平成3 年11月28日判決(判例時報1414号51頁))も同様である。 平成8年判決は,受取人の預金を受取人の債権者が差し押えたことに対して, 振込依頼人が第三者異議の訴えを提起した事案である。振込依頼人と受取人と の間に振込みの原因となる法律関係が存在するか否かにかかわらず,受取人と 銀行との間に振込金相当額の普通預金契約が成立し,受取人が銀行に対して振 込金相当額の普通預金債権を取得すると判示したのは前述のとおりである。そ. の理由として, ①普通預金規定には,振込みがあった場合にはこれを預金口座 に受け入れるという趣旨の定めがあるだけで,受取人と銀行との間の振込みの 原因の法律関係の有無にかからせていることをうかがわせる定めは置かれてい ないこと,. ②振込みは,銀行間及び銀行店舗間の送金手続を通して安全,安価,. 迅速に資金を移動する手段であって,多数かつ多額の資金移動を円滑に処理す るため,その_仲介に当たる銀行が各資金移動の原因となる法律関係の存否,内 容等を関知することなくこれを遂行する仕組みが採られていること,を理由に 挙げている。 その後の判例では,平成8年判決を踏襲する一方で,これと異なる判断を下. したものは見当たらない(平成15年3月12日判決(刑集57巻3号322頁) 下, 「平成15年判決」という。),名古屋地裁平成16年4月21日判決(金融法務. 事情1745号40頁),名古屋高裁平成17年3月17日判決(金融法務事情1745号 34頁). (以下,両者を「名古屋判決」という。))。. ただ,平成15年判決は,受取人が,誤振込みであることを知りながら,そ 292. (以.
(9) 誤振込みと被仕向銀行による相殺. のことを秘して払い戻しを行った場合,銀行に村する詐欺罪(刑法241条1項) が成立すると判示した。平成8年判決以前では,預金債権が不成立だから受取 人に払い戻しの権限はないとして,事情を知りながらそれを秘して受取人が払 い戻した場合は,詐欺罪が成立す為としたのが下級審の判例(札幌高裁昭和. 51年11月11日判決(判例タイムズ347号300頁),東京高裁平成6年9月12日 判決(判例時報1545号113頁))であったが,平成8年判決により,預金債権 が成立してもなお受取人に詐欺罪が成立するかが問題となった。平成15年判 決は,. 「銀行実務では,振込先の口座を誤って振込依頼をした振込依頼人から. の申出があれば,受取人の預金口座への入金処理が完了している場合であっ七 ち,受取人の承諾を得て振込依頼前の状態に戻す,組戻しという手続が執られ ている。また,受取人から誤った振込みがある旨の指摘があった場合にも,良 行の入金処理に誤りがなかったかどうかを確認する一方,振込依頼先の銀行及 び同銀行を通じて振込依頼人に対し,当該振込みの過誤の有無に関する照会を 行うなどの措置が講じられている。」. 「これらの措置は,普通預金規定,振込規. 定等の趣旨に沿った取扱いであり,安全な振込送金制度を維持するために有益 /. なものである上,銀行が振込依頼人と受取人との紛争に巻き込まれか、ために も必要なものということができる。また,振込依頼人,受取人等関係者間での 無用な紛争の発生を防止するという観点から,社会的にも有意義なものであろ。 したがって,銀行にとって,払戻高求を受けた預金が誤った振込みによるもの. か否かは,直ちにその支払に応ずるか否かを決する上で重要な事柄セ あるとい わなければならない。これを受取人の立場から見れば,受取人においても,級 行との間で普通預金取引契約に基づき継続的な預金取引を行っている者とし て,自己の口座に誤った振込みがあることを知った場合には,銀行に上記の措 置を講じさせるため,誤った振込みがあった旨を銀行に告知すべき信義則上の 義務があると解される。」として詐欺罪の成立を認めた2)。 (lり 相殺および不当利得 被仕向銀行の相殺が問題となった平成8年判決以前の下級審の判例(前述の 293.
(10) 横浜国際経済法学第14巻第3号(2006年3月). 鹿児島地裁平成1年11月27日判決)は,振込依頼人と受取人の間に原因関係 が無ければ,受取人の被仕向銀行に対する預金債権は成立しないから,被仕向 銀行の相殺は無効であるという論理構成であった。 平成8年判決以後の判例である前述の名古屋判決3)は,第一審は,当座預金 口座への誤振込みであっても振込金相当額の預金債権は有効に成立し,振込依 頼人は,受取人に対して不当利得返還請求権を取得する。そうした上で,受取 人が組戻しを承諾しているから,被仕向銀行は,振込まれた預金が振込依頼人 に返還されるべき不当利得であることを認識でき,かつ,振込依頼人の組戻し 依頼に応じることに支障のないから,被仕向銀行による相殺は,正義・公平の 観念に照らして,振込金相当額の限度で無効であると判示した。第二審は, 「振込依頼人が,誤振込みを理由に,仕向銀行に組戻しを依頼し,受取人も, 振込依頼人の誤振込みによる入金であることを認めて,被仕向銀行による返還 を承諾している場合には,受取人において,振込依頼人の誤振込みによる入金. を拒否(あるいは,上記当座預金口座に記帳された振込金額相当の預金を事実 上放棄)する意思表示をするものと解することができ,他方で,被仕向銀行に おいても,受取人が当該振込金額相当の預金債権を権利行使することは考えら れず・. ,このままの状態では振込金の返還先が存在しないことになり,同 銀行に利得が生じたのと同様の結果になること,さらに,被仕向銀行が,誤振 込みであることを知ってし?る場合には,銀行間及び銀行店舗間の多数かつ多額 の資金移動の円滑な処理の面からの保護を考慮することは必ずしも必要でな く,かつ,振込依頼人と受取人間の原因関係をめぐる紛争に被仕向銀行を巻き 込み,対応困難な立場に置くこともなく・. ,個別的な組戻し手続をとるこ とを妨げるものではないことからすれば,以上のような場合にあっては,上記. ・のとおり,受取人と被仕向銀行との間に振込金額相当の(当座)預金契約が成 立したとしても,正義,公平の観念に照らし,その法的処理において,実質は これが成立していないのと同様に構成し,振込依頼人が誤振込みを理由とする 振込金相当額の返還を求める不当利得返還請求においては,振込依頼人の損失 294.
(11) 誤振込みと被仕向銀行による相殺. によって被仕向銀行に当該振込金相当額の利得が生じたものとして,組戻しの 方法をとるまでもなく,振込依頼人への直接の返還義務を認めるのが相当であ る。」 「けだし,受取人が,振込金について預金債権を有しないことを認めてお り,被仕向銀行には組戻しを拒む正当な理由がないのに,誤振込みをした振込 依頼人は,受取人に対する不当利得返還請求権(受取人に上記預金債権が成立 し,他方,振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係を欠くこ とから,受取人に法律上の原因なく利得が生じることになる。)の行使しかで. きか、とすると,・受取人としては,常に被仕向銀行に対する預金債権を行使せ ざるを得なくなり(しかも,当座預金口座の場合には当座取引の終了が必要と なる。),いたずらに紛争の解決を迂遠なものとし,実質的に保護すべき関係に ないものを保護する結果となり,無用な混乱を招くものといえる。」と判示し た。. 振込依頼人は不当利得返還請求を受取人に対して請求できるが,受取人以外 の被仕向銀行などにも請求できるかについて,本判決や名古屋判決が認めている。 編取金による弁済に関する最高裁昭和49年9月26日判決(民集28巻6号 1243頁). (以下, 「昭和49年判決」という。)では,. 「およそ不当利得の制度は,. ある人の財産的利得が法律上の原因ないし正当な理由を欠く場合に,法律が, 公平の観念に基づいて,利得者にその利得の返還義務を負担させるものである が,いま甲が,乙から金銭を編取又は横領して,その金銭で自己の債権者丙に 村する債務を弁済した場合に,乙の丙に対する不当利得返還請求が認められる かどうかについて考えるに,編取又は横領された金銭の所有権が丙に移転する までの間そのまま乙の手中にとどまる場合にだけ,乙の損失と丙の利得との間 に因果関係があるとなすべきではなく,甲が編取又は横領した金銭をそのまま 丙の利益に使用しようと,あるいはこれを自己の金銭と混同させ又は両替し, あるいは銀行に預入れ,あるいはその一部を他の目的のため費消した後その費 消した分を別途工面した金銭によって補填する等してから,丙のために使用し ようと,社会通念上乙の金銭で丙の利益をはかったと認められるだけの連結が 295.
(12) 横浜国際経済法学第14巻第3号(2006年3月). ある場合には,なお不当利得の成立に必要な因果関係があるものと解すべきで あり, .また,丙が甲から右の金銭を受領するにつき悪意又は重大な過失がある. 場合には,丙の右金銭の取得は,被編取者又は被横領者たる乙に対する関係に おいては,法律上の原因がなく,不当利得となるものと解するのが相当である。」 と判示した4)。. また,平成8年判決は,受取人の債権者が受取人の預金債権を差押えに対し 「振込依頼人 て,振込依頼への第三者異議の訴えが認められるかについては, と受取人との間8三振込みの原因となる法律関係が存在しないにかかわらず,振 込みによって受取人が振込金額相当の預金債権を取得したときは,振込依頼人 は,受取人に対し,右同額の不当利得返還請求権を有することがあるにとどま り,右預金債権の譲渡を妨げる権利を取得するわけではないから,受取人の債 権者がした右預金債権に対する強制執行の不許を求めることはできないという べきである。」と判示して,振込依頼人の第三者異議の訴えを認めなかっ■た。 (lll)本判決との関係 本判決は,平成8年判決に従い,原因関係なくして受取人の被仕向銀行に対 する預金債権が成立すると判示した。しかし,振込依頼人の被仕向銀行に対す る不当利得返還請求権を肯定しており,振込依頼人から受取人の債権者に対す る第三者異議o)訴えを退けた平成8年判決と矛盾すると思われる。というのは, 両判決は,不当利得返還請求と第三者異議の訴えで,相手方も被仕向銀行と受 取人の債権者で,訴訟の形態および相手方が異なるが,本来振込まれるはずの なかった誤振込金に対して,振込依頼人が受取人以外の者にもこれらの権利行 使ができるかという問題であることに変わりはない。そうであるなら,この両 判決の矛盾を克服する必要がある。 また,平成15年判決では,原因関係なくして預金債権が成立するが,.受取. 人が引き蕗とせば,受取人は詐欺罪になると判示した。預金債権が有効に成立 するならば,預金を引き落としても正当な権利行使であり,詐欺罪になるとい う結論自体は肯定できるものの,なぜ預金債権が有効に成立するのに詐欺罪に 296.
(13) 誤振込みと被仕向銀行による相殺. なるかについて論理的な説明はなされていない。この点の理論的整合性を図る 必要があろう5)。 本判決と昭和49年判決は,不当利得返還請求を認めた理由が類似している と思われる。というのは,昭和49年判決の「社会通念上乙の金銭で丙の利益 をはかったと認められるだけの連結」があれば丙の不当利得になるとした点は, 本判決の「Y銀行は,本件誤振込金相当額を,. Ⅹの損失のもとで,いわば「棚. からぼた餅」的に利得したものといえる(社会通念に照らせば,. Ⅹの金銭でY. 銀行の利益が図られたものということができる。)。」として,_. 「棚からぼた餅」.. 的な利得を不当利得として排除した点が共通するのである。 なお,本判決と類似の事案である名古屋判決については3で後述する。 (2)学説 誤振込みによって受取人の被仕向銀行に対する預金債権は成立するか,とい う問題の平成8年判決以前の学説は,. ①振込依頼人の仕向銀行に対する振込委. 託の意思表示が錯誤によりなされたことに着目し,振込委託契約?錯誤無効の 帰結として,受取人の預金債権の存否に問題と捉える「錯誤アプローチ」と, ②受取人の預金債権は,被仕向銀行と受取人との間の預金契約に基づくものと 捉えて,この預金契約の解釈によって預金債権の存否を導く「契約解釈アプロ ーチ」に大別することができる。かつては,. (丑が主流であったが,その後,誤. 振込みに関するいくつかの下級審裁判例が現れるに伴い,. (参が主流になってい. ったとされている6)7)。. そして,. (参のアプローチを前提に,振込依頼人と受取人の間の原因関係が存. 在しない場合でも,受取人の預金債権が成立するという趣旨に預金契約を解釈 できるかという形で論点が形式化されて,その点について原因関係が必要であ るこ■とが有力に主張されたという8)。 この原因関係が必要であるとする説の主な根拠は,いわゆる「棚ぼた式」利 益論と称すべき当事者間の利益衡量である。すなわち,受取人の無資力のリス クは,本来その債権者が負うべきであるが,受取人との間に何め原因関係を有 297.
(14) 横浜国際経済法学第14巻第3号(2006年3月). しない振込依頼人により,た またま誤振込みがなされたために,受取人の預金 債権が成立し,債権者に預金債権から債権回収を認めるのは,受取人またはそ の債権者に「棚ぼた式」の利益を与え,その一方で,錯誤により誤振込みを行. った振込依頼人にその過誤に比較して不相当な犠牲やコストを強いるものであ る。両者の利益と不利益を比較すると,受取人またはその債権者は特に保護に 催しないという利益衡量が成り立つ,というわけである9)。 平成8年判決以後は,この判決と同様に,預金債権の成立には原因関係を不 要としたことを支持する見解や反対する見解がある。支持する見解の理由とし ては,. ①振込みは,被仕向銀行の立場として,各払戻金の払戻しの際,原因関. 係の存否を,内容をできる仕組みになっていないこと,. (彰預金の成立に原因関. 係の存在が要求されると,これをいちいち確認しなければならないことになる が,それは不可能であること,. (彰被仕向銀行が受取人に払い戻した後,誤振込. みの事実が判明した場合,民法478条による免責が認められるかが疑問である, などを挙げている10)。 反対する見解は,錯誤アプローチと契約解釈アプローチ にはいずれも言い分があり決着は着けられない,とするもの11),本判決の理解 としては,振込行為についての錯誤の主張が認められないことを前提として, 原因関係の存在が要求されないという趣旨に理解すべきことになるが,そうで あれば,錯誤無効の成否についても,この判決でも触れる必要がある,という ものがある12)。. 平成8年判決以後の学説は,誤振込みによっても,振込依頼人と受取人との 間の原因関係は不要であることを理由として,受取人の被仕向銀行に対する預 金債権は成立するということを前提にして(上述のように反対する見解もある が),平成8年判決の「振込みによって受取人が振込金額相当の預金債権を敬 得したときは,振込依頼人は,受取人に対し,右同額の不当利得返還請求権を 有することがあるにとどまり,右預金債権の譲渡を妨げる権利を取得するわけ ではない」から,振込依頼人は,受取人の債権者に村して第三者異議の訴えは 認められないと判示したことを主な問題点とする。すなわち,受取人の債権者 298.
(15) 誤振込みと被仕向銀行による相殺. の第三者異議の訴えを退けて,振込依頼人に誤振込まれた金銭に対して優先権 を与える方向を指向するのである。これは,被仕向銀行が相殺した場合,振込 依頼人は被仕向銀行に直接不当利得返還請求できるか,という本判決の問題と 類似するものといえる。この点については3で後述する。. 3.検討 本判決は,振込依頼人と受取人の間に原因関係がなくとも,受取人の被仕向 銀行に対する預金債権は有効に成立し,この預金債権と被仕向銀行の受取人に 対する債権との相殺も有効である。しかし,振込依頼人と被仕向銀行との関係 においては,本事案の具体的な事情を考慮すると,法律上の原因を欠き,不当. 利得となるものと解するのが公平の理念に沿うと判示している。そこで,まず, 本判決の主要な争点である相殺と不当利得について検討し,その後に本判決と 類似の事案である名古屋判決と比較を行うことにしたい。なお,預金債権の成 立を前提に相殺と不当利得について論じることにする13)。 (1)相殺と不当利得. 振込依頼人は受取人に対して相殺を行った被仕向銀行に不当利得返遠請求で きるかについて,学説は以下のようなものがあや。 ①不当利得の債権者である 振込依頼人に物権的権利に類似する優先的な債権回収を保障する方向が望まし いとする説14), ②相殺が無効であれば,\預金債権は残存していることむ子なるか. ら,振込依頼人は,受取人に不当利得返還請求権に基づく債務名義を取得した うえで,受取人の預金債権を差し押さえるか,債権者代位権を行使すべきであ る。相殺が有効である場合でも.,利得を得ているのは受取人であり,被仕向銀 行の相殺によって誤振込の振込依頼人の損失が生じたわけやないとする説15),. ③昭和49年判決の法理の参考にして,不当利得返還岳求ができるとする説16) がある。この③の説は,. 「丙が甲から右の金銭を受領するにつき悪意又は重大. な過失がある場合には,丙の右金銭の取得は,被編取者又古ま被横領者たる乙に 対する関係においては,法律上の原因がなく,不当利得とな」ること,すなわ 299.
(16) 横浜国際経済法学第14巻第3号(2006年3月). ち,丙は甲に対して弁済を受領する法律上の権利はあるが,乙の関係では法律 上の原因を欠くと考える。そして,社会通念上,乙の損失と丙の利得が認めら. れるだけの連結がある場合には,なお不当利得の成立に必要な因果関係がある と考えるわけである。 ①に対しては,誤振込が問題となる決算性預金口座においては,被仕向銀行 の入金記帳によって残高代金の一部に組み込まれた部分について,振込依頼人 の物権的権利としての特定性・同一性が維持されるという解釈は採ることはで きないとの批判がなされている17)0. ②については,無効な相殺をした場合は,. 「棚ぼた」的な利益の最終的な保. 持は,システムの安定性・信頼性では基礎付けられない。ただ,. 「卿ぎた」的. に利得を得ることを排除することを問題とするならば,差押債権者も同様に保 護に催しないはずで,この説は,相殺の場面での「棚ぼた」的に利益を得るこ とを排除することを強化できるが,それを決定的に基礎付けることはできない, という批判がある18)。有効な相殺の場合は,受取人に無資力になっていない段 階で,被仕向銀行に,振込依頼人の債権額との按分での平等な弁済額を超える 部分について,いわば責任財産を不当に独り占めした不当利得責任を認めるこ とができるかは疑問である,という批判がある19)。 ③の説は, ではないか」. 「偏取の被害者と誤振込に過失ある振込人では利害状況が違うの 20),. 「金銭の高度の流通性・代替性を考慮すれば,編取金銭の場. 合だけが第三者CO)善意・悪意および過失の有無が問題になり,それ以外では 第三者Cの弁済者Bとの債権の存在自体が第三者Cの法律上の原因を構成する と解すべき」 21)との批判がある。 ①の説は,. 「棚ぼた」的な利得の排除し,■優先的に振込依頼人を救済する点. において魅力的であるが,やはり振込金が残高代金の--増汚に組み込まれた場合 に特定性・同一性を保持するのは難しいと思われる22)。. (参については,振込依. 頼人は受取人のみに不当利得返還請求ができ,相殺が有効■か否かにより被仕向 銀行に債権者代位権の行使等を認めるのであるが,前述の批判する見解に加え, 300.
(17) 誤振込みと被仕向銀行による相殺. 振込依頼人が無資力の受取人よりも被仕向銀行に直接不当利得返還請求権を行 使できるとした方が,より簡便で「棚ぼた」的な利得を排除することに資する と思われる。. そうすると, ③の昭和49年判決を参考にする説が,本判決や平成8年判決と 整合性23)を保ち,裁判所に採用されやすいものといえる。しかし,批判する見 解がいうように,誤振込と編取金による弁済では利益状況が異なるものである し,資本の高度の流通性を考えれば,そのままでは当然に受け入れることはで きないであろう。特に被仕向銀行の主観的要件(悪意.重過失)が問題になる と思われる24)。. 振込依頼人から被仕向銀行に対する不当利得返還請求権を肯定することがで きる場合とは,被仕向銀行が,振込依頼人が受取人から誤振込みを組戻しの承 諾の確認書を得たのに知りながら,また,本判決のように,受取人が連絡を取 れる状況になく,そのことについて相当の説明があったのにもかかわらず,相 殺の意思表示をしたことが,基本的に必要になると思われる25)。受取人が無資 力であることはいうまでもないであろう26)。. (2)名古屋判決との関係 以上を前提に,本判決をみると,. 「Y銀行は,本件誤振込金相当額を,. Ⅹの損. 失のもとで,いわば■「棚かちぼた餅」的に利得したものといえる(社会通念に 照らせば,. Ⅹの金銭でY銀行の利益が図ら・れたものということができる。)。」. として,昭和49年判決と類似するものになっている。本判決と類似の事案で ある名古屋判決27)では,被仕向銀行の相殺は,振込依頼人の関係では正義・公 平の観点から無効ないしは実質的には成立しないとし(相対的無効),振込依 頼人の被仕向銀行への不当利得返還請求を認めているが,昭和49年判決と類 似する点は見当たらない。. 振込依頼人の被仕向銀行-の不当利得返還請求を認めるにあたって本判決 は,被仕向銀行に対して,被仕向銀行が,振込依頼人から「受取人の所在が不 明であって組戻しの承諾を得ることができない事情について相当の説明を受け 301.
(18) 横浜国際経済法学第14巻第3号(2006年3月). ていながら,誤振込みの事実の有無を確認することのないまま,受取人に対す る債権をもって当該振込みに係る預金債権を相殺して,自らの債権回収を敢行 したような場合」を考慮しており,名古屋判決は,. 「被仕向銀行が,誤振込み. で奉ることを知っている場合には,銀行間及び銀行店舗間の多数かつ多額の資 金移動の円滑な処理の面からの保護を考慮することは必ずしも必要でなく,か つ,振込依頼人と受取人間の原因関係をめぐる紛争に被仕向銀行を巻き込み, 対応困難な立場に置くこともなく」,. (受取人が被仕向銀行からの返還の承諾を. していることから)個別的な組戻し手続をとることを妨げるものではないこと を考慮している。 また,名古屋判決では,受取人は銀行取引停止処分を受けて無資力になって いるが,被仕向銀行からの返還の承諾をしている。これに対して,本判決では, 受取人は銀行取引停止処分を受け,事実上の倒産状態になって行方知_[Lずにな っており-,無資力といって良い状態にあることは共通するが,振込依頼人は受 取人への具体的な不当利得返還請求権を判決によって得ている点で異なる。受 取人へ具体的に不当利得返還請求ができるのであれば,被仕向銀行など受取人 以外の者への不当利得返還請求を認めなくとも良いように思われるが,振込依 頼人が受取人の無資力のリスクを負う■ことになると,一方で,被仕向銀行が相 殺をして「棚からぼた餅」的な利得を得てしまい具体的な公平を図れなくなるょ そうであれば,受取人が無資力の場合一振込依頼人が受取人への具体的な不当 利得返還請求権を判決によって得ているか否かにかかわらず丁,. 「棚からぼた. 餅」的な利得を得た被仕向銀行に振込依頼人が直接不当利得返還請求ができる とした方が,具体的な公平に資すると思われる。このように考えると,本判決 は,名古屋判決よりも振込依頼人の保護-一歩踏み込んだ判断をしたものでは ないかと思われる。. なお,本判決が,. 「振込取引制度を運営する銀行に対しては,振込依頼人か. ら受取人の所在が不明であって組戻しの承諾を得ることができない事情につい て相当の説明を受けた場合には,誤振込をした振込依頼人に救済の機会を残す 302.
(19) 誤振込みと被仕向銀行による相殺. ために,誤振込の事実の有無の確認に努め,その間,受取人の預金口座に入金 記帳された当該振込みに係る金員を受取人の預金とは区別して管理するなどの 適当な措置をとることが望まれるところである。」として,被仕向銀行に対し. て一種の信義則上の義務を期待したことは,注目に催するように思われる28)。. 4.ぁわりに. 本判決は,被仕向銀行の受取人に対する相殺は原則として有効であるが,振 込依頼人の関係においては,法律上の原因を欠き不当利得になるのが公平に沿 うと判示した。結論自体は妥当であるが,昭和49年判決に類似する構成を採 ったとしても,誤振込みと編取金による弁済の利益状況の相違や被仕向銀行の 主観的要件など平成8年判決との抵触をいかに克服するかなど残された問題は. 多い。 1)本判決の匿名記事も同旨のことを述べている(金融・商事判例1226号10頁)0. 2)ヰ成15年判決の評釈としては,亀井源太郎「誤振込みと知りつつ払戻しを受ける行為と詐 欺罪の成否」. (判例セレクト2003. 〔法学教室282別冊付録〕.32頁),垂井輝忠「誤振込みの事. 実を知った受取人がその情を秘して預金の払戻しを受けた行為が詐欺罪にあたるとされた事 例」 (現代刑事法6巻6号(2004年). 82頁),山本絃之「誤った振込みがあることを知った受 (法学新報111巻. 取人がその情を秘して預金の払戻しを受けた場合と詐欺罪の成否(積極)」 1-2号(2004年). 451頁),伊東研祐「自己の銀行預金口座に誤って振り込まれた金銭の引. 出しと詐欺罪の成否」. (ジュリスト1294号(2005年). 168頁),松宮孝明「誤振込みを知った. 受取人がその情を秘して預金の払戻しを受けた場合と詐欺罪の成否」 (2003年). (法学教室279号. 132頁)などがある。. また,平成8年判決と平成15年判決が「民刑の統一的解釈」の下でも理論的に正当なもの として支持できるとして,長井園-渡辺靖明「「誤振込」の告知義務と民刑の統一」本誌13 巻1号(2004年). 1頁がある。. 3)事案はおよそ次の通りである。振込依頼人は,本来Bに振込みをすべきところ,誤って,被 仕向銀行の受.取入の当座預金口座に振込みをするように仕向銀行であるA銀行に依頼してし. まった。振込依頼人は,振込依嘩をしたその日に誤振込みに気付き,直ちに被仕向銀行に連 絡した。しかし,被仕向銀行の受取人の口座への入金記帳は完了しており,しかも,受取人 はこの日までに2度の手形不渡を出し,銀行取引停止処分を受けていたことから,被仕向銀 行で受取人の口座を強制解約し,誤振込み金相当額を含め解約時の預金残高について相殺を 行うために別段預金に振り替えていた。このため,振込依頼人がA銀行を通じて被仕向銀行 303.
(20) 横浜国際経済法学第14巻第3号(2006年3月) に組戻しを依頼し,受取人においても組戻しをしても何ら異議を述べない旨の確認書を作成. したものの,被仕向銀行がこれを拒否したことから,振込依頼人が被仕向銀行に対して,不 当利得返還請求を求めた事案である。なお,被仕向銀行は,第-一審継続中に,前記薮振込金 相当額を含む預金債権を受働債権とする相殺の意思表示をした。 4)金銭編取と不当利得については,円谷峻『不法行為法・事務管理・不当利得一判例による法 形成-』. (成文堂, 2005年). 323頁以下を参照されたい。. 5)この間題に対する学説の整理については,長井-渡辺・前掲(脚注2)が詳しい。なお,刑 法上の学説では,受取人が預金を引き落とした場合に,詐欺罪以外の犯罪が成立するという 説(例えば,詐欺罪にならないとする説や占有離脱物横領罪が成立するという説)もあり, 議論が錯綜しているようである。 「誤振込」事例の再検討-」中田裕康.道垣内弘人・. 6)森田宏樹「振込取引の法的構造-. 『金融取引と民法法理』 (有斐閣, 2000年). 〔編〕. 125頁。. ①錯誤アプローチと採った場合, 「振込委託0)意思表示の錯誤を理由に預金債. 7)岩原教授は,. 権の成立を否定するため■には,要素の錯誤にあたるか,表意者に重過失がなか?たか,等の. 錯誤無効主張のための要件を充たさなければならないLJまか,振込依頼人の意思表示(振込委 託)の直接の相手方ではない被仕向銀行と受取人の間の預金債権の効力を否定するためには, 振込委託の有効性が,預金債権成立の要件となっているというような考え方が肯定されなけ ②契約解釈アプ. ればならず,問題がいろいろ生じる。」と述べられている。これに対して, ローチを採った場合,. 「判例・多数説であるいわゆる委任契約説に立つ限り,端的に被仕向. 銀行と受取人との間の預金契約の解釈の問題と扱われるため,. ②のアプローチが有力になっ. たと思われる。」と述べられている(岩原紳作「電子資金移動(EFT)および振込・振替 取引に関する立法の必要性(6)」 8)森田・前掲(脚注6). 125頁。. 9)森田・前掲(脚注6). 126頁。. 10)後藤紀-. (ジュリスト1089号(1996年). 「振込取引をめぐる最近の判例と問題点」. 「誤振込による預金債権成否の問題点」 金者の認定」. 311頁)。. (金融法務事情1169号10頁),川田悦男. (金融法務事情1324号4頁),鈴木正和「誤振込と預. (判例タイムズ746号(1991年). 103頁),等がある。これらは平成8年判決の. 原審の判決に疑問を呈するものである。なお,森田・前掲(脚注6),松岡久和「受取人を誤 記した誤振込による預金債権の成否」. (平成8年度重要判例解説(ジュリスト1113号). 年) 73頁)も預金債権の成立に原因関係は不要とする。 ll)前田達明「振込依頼人の誤振込による受取人口座への入金記帳によって銀行に対する受取人 の預金債権が成立するとされた事例」判例評論456号(1996年). 194頁。. 12)秦光昭「振込依頼人の錯誤により別人の預金口座に振込みがされた場合における預金債権の 成否」私法判例リマークス1997. (下). 50頁。. 13)前述した錯誤アプローチや,契約解釈アプローチの原因関係を必要とする見解では,問題を 複雑するだけで,多数の取引を処理する銀行の事情に必ずしも沿うものでない。むしろ,隻 取人の被仕向銀行に対する預金債権は原因関係がなくとも成立するとし(預金債権が成立し ても振込依頼人は受取人へ不当利得返還請求権を行使できる),受取人が無資力だった場合 304. (1997.
(21) 誤振込みと被仕向銀行による相殺 のリスクを,振込依頼人,被仕向銀行,受取人の債権者などいずれに負わせるのか安当か, という観点から考える方が望ましいと思われる。 14)たとえば,松岡・前掲(脚注10). 75頁,道垣内弘人「誤振込による受取人の預金の成否」. 手形小切手判例百選(1997年). 221頁,花本広志「誤振込みに係る普通預金債権契約の成否. 【肯定】とその預金債権が差し押さえられた場合における振込依頼人の第三者異議の訴えの. 可否【否定】」法学セミナー502号(1996年). 89頁などがある。. 15)柴崎暁「誤振込の被仕向銀行による受取人の預金債権を受働債権とする相殺」金融・商事判 例1201号(2004年). 60頁。振込依頼人が受取人の権利を行使した場合,被仕向銀行から債. 務消滅の抗弁よって対抗されないためには,相殺が無効である必要がある。相殺の無効を基 礎付けるのは相殺権混用論を用いることになるが(谷本誠司「誤振込による預金と貸金の相 殺」銀行法務21NO.636. (2004年). 50頁),その根拠として,. 「振込制度の運営者の一員とし. て振込依頼人の要請と矛盾する行動をとることは許されない」としている(本田正樹「誤振. 込と破仕向銀行の相殺-名古屋地判16 ・. 4. ・. 21に関連して-. (下)」金融法務事情1733号. (2005年) 57頁)。 16)菅野佳生「誤振込金と貸付債権の相殺」判例タイムズ1152号(2004年) 修「誤振込金と貸金の相殺の可否」銀行法務21NO.640 17)森田・前掲(脚注6). 106頁以下,佐々木. (2004年) 31頁。. 188頁。. 18)松岡久和「銀行が受取人の銀行口座に誤振込された預金について受取人に対する貸付債権を もって相殺することは正義・公平の観念に照らして無効とされた事例」金融判例研究15号 (金融法務事情1748号). (2005年) 13頁。. 19)松岡・前掲(脚注18). 14頁。. 20)松岡・前掲(脚注10). 75頁。. (信山社, 2000年) 373頁。 21)庵原正則『不当利得法』 22)森田教授は,. 「誤振込の場合における望ましい解決の方向は,振込依頼人の受取人の預金債. 権に対する先取特権に類似した優先権を付与する解決であり,そのためには,立法的解決ま たは振込取引の「仕組み」を構成する契約関係規定の改定によって,振込制度の枠内で振込 依頼人の「取消」請求手続を創設するという方向が今後は模索されるべき」であると述べら れている(森田・前掲(脚注6). 197-198頁)0. 23)前述したとおり,本判決は,振込依頼人の損失において,被仕向銀行が本件誤振込金相当額 を相殺して利得を得るという「棚ぼた」的な利得を排除した。平成8年判決は,受取人の債 権者が受取人の預金債権を差押えに対して,誤振込みをした振込依頼人の第三者異議の訴え を認めなかった。両者とも「棚ぼた」的な利得を排除して,振込依頼人を保護する要請は同 じである。この矛盾をいかに克服するかが問題となる。 24)たとえば,振込依頼人の誤振込みについての説明の程度,被仕向銀行の誤振込みむ子ついての 認識の程度が,どの程度に・なれば,被仕向銀行が悪意となり,かつ,誤振込みであるかどう かの調査義務を負うことになるのかの問題があり得よう。 25)松岡・前掲(脚注18). 14頁。. 26)名古屋判決では,振込依頼人は,受取人から組戻しの承諾を得ていることから,債権者代位 305.
(22) 横浜国際経済法学第14巻第3号(2006年3月) 権の行使ができよう(名古屋判決の第一審の判旨もこのことを「本件口座への入金記帳完了 の時点で,原告(振込依頼人:筆者挿入)はA. (受取人:筆者挿入)に対して本件振込金相. 当額の不当利得返還請求権を取得しているのであるから,原告は銀行取引停止処分を受けて 無資力となっているAの被告(被仕向銀行:筆者挿入)に対する本件口座及び別段預金の預 金債権を代位行使することも可能である。」と指摘している)。 27)本判決と名古屋判決の事案の遠いは,前者が,受取人の所在が不明であること,裁判により. 受取人に対して不当利得返還請求権を取得したこと■で, ・後者は,受取人から組戻しの承諾の 確認書を得ていることである。 28)平成15年判決では,一受取人には,誤った振込みがあった旨を銀行に告知すべき信義則上の 義務があるとしていることから,被仕向銀行についても振込制度の運営者の一員として振込 依頼人の要請と矛盾する行動をとらないことを期待することで,両者のバランスを図る意図 があったのでないかと思われる。. *. 本判決の評釈として,麻生裕介「誤振込みにおいて振込依頼人から金融機関への不当利得返 還請求が認容された事例」金融・商事判例1228号(2005年). 6頁,関沢正彦「組戻承諾が取. れない場合の被仕向銀行の誤振込金による預金相殺と不当利得」金融法務事情1755号. (2005年) 4頁がある。. 306.
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