• 検索結果がありません。

製品開発に関する先行研究の系譜

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "製品開発に関する先行研究の系譜"

Copied!
22
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)製品開発に関する先行研究の系譜 湯 沢 雅 人. はじめに. がってきていることに起因している.これまで 価値として認められていなかったことが意味を. ⅰ 本稿の狙い. もったり,あるいは副次的価値と見られていた. 企業活動の本質は,「顧客価値を的確に捉え,. ことを顧客が重視するに至るといった変化が起. その価値を顧客に提供できる形に具現化し,顧. こっている.. 客に満足を与えること」 と捉えることができ. そして,価値の多様化に呼応する形で企業が. る.そして,その目的を実現するために不可欠. 直面しているのがコモディティ化である.コモ. なもの,すなわち顧客に価値を提供するための. ディティ化とは,製品によって提供される基本. 媒体となるのが 「製品」 の役割である.. 的価値のレベルが,顧客にとって十分満足な基. 本稿では,経営戦略論あるいはマーケティン. 準を超えてしまった故,製品間の比較評価軸が. グ論のひとつの領域としての製品開発に関する. 価格のみになってしまった状態のことを指す. 研究がどのように取り組まれてきたかを振り返. が,顧客のさらなるニーズを発掘し,効用を提. ると共に,その時点でそれぞれが抱えていた課. 供する,同時にその結果として企業としても収. 題を抽出し,以降の研究においていかにカバー. 益を維持し,存続し続けるためには,避けては. されてきたかを整理することを目的とする.さ. 通れない関門である.. らにその中で,特に近年顕著な製品開発を取り. また,このコモディティ化も含め,顧客の満. 巻く環境与件の変化との関連に焦点を当てるこ. 足を満たすための具現化が従来の製品領域を越. とによって,既存のレビュー論文をより発展さ. えて行なわれることが増え,企業間の競争環境. せる.. も厳しいものとなっている.かつては,自社が. 環境与件の変化としては,顧客が求める価値. 属する業界内にのみ存在していた競争相手が,. の多様化,多くの製品領域における提供価値の. 今や業界を越えてまで存在し,お互いに領域を. 均一化・共通化(コ モ ディティ化) ,価値 の 所. 侵食し合うケースも多い.. 在が製品領域をクロスしてきていることによる. さらには,情報技術の進化と社会システムへ. 競争の激化,インターネットの普及に代表され. の浸透によって,情報処理能力が飛躍的に向上. る情報技術の進化, といった事項が挙げられる.. し,製品開発に関わる情報の流れが質・量共に. 顧客が求める価値の多様化とは,生活が豊か. 大きく変わってきたことで,製品開発に取り組. になったこと,日常的に抱く標準的な欲求の多. むための仕組みや体制,さらにはそこで情報が. くがすでに満たされていること,人生観が多岐. 果たす役割の重要性にも変化が生じた.顧客が. に渡っていることなどを背景として,顧客が価. 求める価値を的確に把握し,競争相手に先んじ. 値を認める範囲が点から線,線から面へと拡. て価値を提供するためには,これら情報の扱い.

(2) 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 6 号(2008年 2 月). 156 (830). . ‫ޛ‬ᇦ૕㨯ේᢱ‫ ޜ‬Ԛ ᖱႎ ࠗࡦࡊ࠶࠻ . ಣℂ . ‫ޜ࠻࠶ࡊ࠻࠙ࠕޛ‬. Ԙ㘈ቴℂ⸃. ⵾ຠ㐿⊒. ԙ ଔ୯ഃ಴. ࿑  ⠨ኤߢ⌕⌒ߔࠆ  ⷐ⚛. 図 1 考察で着眼する 3 要素. 方や活かし方が肝になっていると言っても過言. いう 3 要素は,一連の処理(本稿では製品開発). ではない.. を行なう際の 「インプット」 と 「アウトプット」,. そして,これらの環境与件を汲み取るために. 「概念を形成するための媒体および原料」 の役. は,市場環境がどのように変化し,顧客が何を. 割をそれぞれ果たすと考えられる(図 1).. 感じているかを把握すべく,手に入れた情報か. 「顧客理解」 は,顧客が求めていることを企. らメッセージを抽出し,有効に利用することが. 業が的確に把握するために不可欠な行為であ. 不可欠である.ところが,その根底にある情報. る.顧客の行動を観察したり,コールセンター. の生成,流通,加工,利用といった諸事項の実. を通して顧客の意見を吸い上げたり,対面調査. 体をまだ捉えることができていない.製品開発. やアンケート調査によって顧客が考えているこ. プロセスにおける 「情報」 と,それを扱う 「人」. とを浮き彫りにしたり,顧客を理解するために. に焦点を当てながら,メカニズムの究明を行. 多くの企業は日々取り組んでいるが,そこで確. なっていく必要がある.. 認された事実,得られた情報を企業内でシェア. 以上のような与件を取り込みながら,製品開. できる形に集約し,製品開発プロセスに持ち込. 発に際しての対処の方向性を明らかにしていく. むのが,「情報」 が担う役割である.. こと で,今後製品開発論の研究を進めるに当. ま た,「価値創出」 は,製品開発 チーム に 持. たっての要点を明示することが,本稿の目指す. ち込まれた顧客に関する 「情報」 を解釈し,提. ゴールである.. 供すべき価値の具現化方法を明確にするための 行為である.顧客が求めていることは何なの. ⅱ 考察の枠組み. か,それをどのような形で届けることができる. 本稿では,前述の通り,近年製品開発活動に. のか,製品を創り上げる上で中核となる要素を,. 新たに加わってきた与件を考慮し,製品開発に. 持ち込まれた 「情報」 を凝縮することによって. 関する研究をレビューするスタンスを取る.し. 決めていく行為である.. たがって,そこには,顧客が求めている価値. そして,「情報」 があるところには必ず 「人」. を的確に把握するために不可欠な 「顧客理解」,. が介在しており,何をすべきかの想いを巡らせ,. 顧客に価値を届けるための具現的な作業である. あるいは的確かつ合理的にプロセスを進めるた. 「価値創出」,そして,顧客と企業,特に製品開. めの仕組みを構築し,運用することで,製品開. 発チームとの間を行き来する 「情報」 という 3. 発活動に関わっている.. つのコア要素に着眼しながら,既存の研究テー. 製品開発に関する研究は,1960 年代にその. マおよびその成果を土台とし,今まさに求めら. 成功要因を抽出することで現象を理解する試み. れている研究テーマを明らかにしていく.. から始まった.そして,実務に適用するための. 「顧客理解」 と 「価値創出」,そして 「情報」 と. 方法論を探るべく,開発プロセスに着眼した研.

(3) 製品開発に関する先行研究の系譜(湯沢). (831) 157. 究へと進み,さらにはその中での情報の流れの. アプローチである成功要因に関する研究につ. 円滑化 を 図 る た めに,マーケティング部門と. き,その特徴とそこから得られた成果あるいは. R&D 部門の統合に関する研究へと続いた.こ. 残された課題についてレビューする.. れらのフェーズは,製品開発の構造や手順を考 察している段階にあたる.それに続き,情報の. 1-1.製品開発の成功要因に関する研究. 質や利用に関する研究という,より製品開発と. 新製品開発 に 関 す る 研究 は,1960 年代後半. いう行為に密着した研究に行き着いたと言え. に新製品開発の成功要因を探るところから始. る.すなわち,事実をマクロ的に捉え,要素を. まった.当初は,個別のケースに対して考察を. 抜き出すという状況の考察から,製品開発の成. 加えることから着手されたが,時間が経過する. 否を左右する要件を見極め,背景にあるメカニ. と共に成功要因そのものが調査の対象となり,. ズムを追求する考察へと進化してきた.. 新製品開発の成果との関係を分析する研究が数. しかしながら一方で,要件を揃えたつもりで. 多く出現した.. 取り組んでも製品開発の成功確率が一向に上が. これらの研究のアプローチは,新製品開発で. らないことの方が多く,逆にこれまで研究され. 成功した事例からその要因の抽出を試みるもの. てきた要件以外の何かが製品開発の成否を左右. であったが,その中で,1970 年代初頭に取り. している可能性さえ疑われる.. 組まれたイギリスの R. Rothwell らの研究プロ. そこで本稿では,「何故ヒット商品を連発で. ジェクト SAPPHO は,成功事例と失敗事例と. きないのか」 という根本的な命題を今一度設定. を比較し,両者を区別する要因をはじめて明ら. する に 際 し,「顧客理解」 と 「価値創出」,そし. かにしたペア比較型の重要な研究とされてい. て 「情報」 という 3 要素をクロスさせる視点を. る.これは,複数の成功事例に共通する要因が. 根底に置く.その上で,これまでの研究の流れ. 失敗事例にもあてはまる可能性があることを回. をトレースしながら,議論のために必要となる. 避させるために,成功事例と失敗事例を比較し,. 素材を再抽出していくことで,筆者の問題意識. 成功要因を厳密に特定することを目指した手法. の解を紐解くきっかけとしたい.. であった.. 尚,本稿では,考察対象に 「現象」「構造・手. この SAPPHO では,化学産業と素材産業に. 順」「実体」 という 3 つのパースペクティブを据. 属する企業をターゲットに据え,第 1 フェーズ. え,節毎に順を追ってそれぞれ,製品開発の成. の調査で 29 ペア,第 2 フェーズの調査で 43 ペ. 功要因に関する研究,製品開発プロセスやマー. アの成功事例と失敗事例を対象として,インタ. ケティング部門と R&D 部門との統合に焦点を. ビュー調査によって得られたデータに統計的分. 当てた研究,情報の利用や質に関する研究に対. 析を加え,製品開発の成功要因を浮き彫りにす. するレビューを行なっていく.. ることを目指した.そして,その結果,①顧客. 1.製品開発の現象に対する考察. ニーズを理解すること,②マーケティングに注 力すること,③開発作業を効率化すること,④. 新製品開発 に 関 す る 研究 は,1960 年代以降. 外部リソースを活用すること,⑤強力な管理機. 今日まで様々な視点やテーマ,そしてアプロー. 能とマネジャーが存在すること,が必要との結. チに基づいて取り組まれてきたが,初期の研究. 論を得た.. は,製品開発を行なうことに伴って起こった現. 一方,SAPPHO と 双璧 を な す 研究 と し て,. 象に着眼し,その結果を考察することで結論を. カナダの R. G. Cooper による研究プロジェク. 得るスタイルを取っていた.. ト NewProd が あ る.R. G. Cooper は,企業 が. はじめに本節では,現象に着眼する代表的な. コントロール可能な要因と環境要因が新製品開.

(4) 158 (832). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 6 号(2008年 2 月). 発の成果に影響し,環境要因の影響を受けて生. そこでは,理論的に必要とされていた活動の多. 成されたマーケティング活動そのもの,すなわ. くが実際には実施されていないことが判り,理. ち企業が市場に参入する際の製品・価格・戦略. 論と現実に大きな違いがあることが浮き彫りと. や市場導入を支援する生産・サービスなどが,. なった.. 市場環境との相互作用を行なう中で成果が決ま. これらの考察は,事実を明らかにしているだ. るというモデルを提示した.その概念モデル. けで,その理由にまで触れているわけではない. は,①マーケティング活動の諸要素,②新製品. が,企業活動の中で頻繁に見られる,①製品開. 開発プロセスの上手さ,③取得情報の性格,④. 発のバリューチェーンを構成する各組織部門の. 当該製品の市場,⑤企業,⑥新製品プロジェク. 実施事項やプライオリティの間に整合性が保た. トの性格, の 6 つの構成概念で成り立っており,. れていない,②製品開発にかかわる各組織間に. さらにそれらは,環境変数(企業・企業の外部. セクショナリズムの壁がある,③組織として実. 環境・新製品プロジェクトの性格)と管理可能. 施すべき事項と個人のモチベーションとの連動. 変数(マーケティング活動・新製品開発プロセ. が取れていない,といった,いずれも企業の方. ス・取得情報)に層別されるとしている.. 向性を一本化するための柱が欠落している場合. R. G. Cooper はこの概念モデルに基づき,産. と考えられる.. 業財メーカー 177 社から成功事例 102 と失敗事. ま た,Copper and Kleinschmidt( 1987)で. 例 93 のデータを収集し,実証研究を行なった. は,新製品開発の成果の規定要因として,「製. が,その分析結果から,新製品開発に強く関連. 品優位性」「市場潜在性」「市場競争度」「マーケ. している要因として,①顧客の視点でユニーク. ティング・シナジー」「技術シナジー」「プロトコ. で優れた製品であること,②マーケティングに. ル」「先行開発活動の熟達度」「市場関連活動の熟. 関する知識と技能の熟達,③技術および生産の. 達度」「技術関連活動の熟達度」「トップ・マネジ. シナジーとその熟達,の 3 つを挙げている.. メントの支援」 という 10 項目を挙げ,前述の. し か し な が ら,SAPPHO や NewProd で 示. 123 の成功事例のデータによって検証した.そ. されたこれらの要件は,一般論的な要因群を列. の結果,新製品の成果に最も強く影響するのは. 記しているに過ぎず,実践に取り組む際の具体. 「製品優位性」 で あ る こ と,「市場競争度」 以外. 的な手法にまで言及できていたわけではない.. のすべての要因が新製品の成果に正の影響を与. さらに加えれば,いずれも成功事例と失敗事例. えることを説いている.. を比較検討してはいるものの,その結果として. しかしながら,ここで提起されている示唆は. 識別されているのは 「成功する製品開発の必要. SAPPHO および NewProd における結論と同. 条件」 に過ぎない可能性を多分に含み,成功の. 様,極めてマクロ的な,同時に実践に向けての. 確度を高めることができる 「製品開発の十分条. 具体性に欠けるメッセージであったことは否定. 件」 を言い当てているとは限らない.. できない.もっとも,それは現時点での振り返. 続 い て R. G. Cooper は,E. J. Kleinschmidt. りから得られるインプレッションであり,研究. と 共 に New Prod に 続 く 研究 プ ロ ジェク ト. が行なわれた時点では適切かつ斬新な意味付け. New Prod Ⅱに取り組み,カナダの 123 社の成. だったのかもしれない.. 功事例 123 と失敗事例 80 について調査を実施. この他,1970 年代から 1980 年代にかけて,. した.. 新製品開発の成功要因を探る研究は続いたが. Copper and Kleinschmidt( 1986)で は,そ. ( Rubenstein et al. 1976; Maidique and Zirger. の結果を製品開発プロセスにおいて実施すべき. 1984),SAPPHO および New Prod がその起点. 13 の活動として整理している(図 2) .さらに. となっている研究と言える..

(5) 製品開発に関する先行研究の系譜(湯沢) ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨ ⑩ ⑪ ⑫ ⑬. (833) 159. 最初のスクリーニング:最初の GO/No Go の意思決定および資源配分の決定 予備市場調査:予備的,非科学的,外観的な最初の市場調査 予備技術評価:技術的特徴とプロジェクトの問題点に関する予備的評価 詳細市場研究・市場調査:適切なサンプルと設計,一貫したデータ収集手続き 事業・財務分析:財務事業分析,製品開発前の Go/No Go の意思決定 製品開発:製品設計と開発,試作品やサンプルの製作 社内製品テスト:研究所内などの制御可能な条件下におけるテスト 顧客テスト:より現実に近い条件下でのフィールド・テストなど テスト・マーケットやトライアル販売:顧客への限定的な販売 テスト生産:生産能力のテスト 発売前事業分析:製品開発後,全体発売前の財務事業分析 生産開始:量産 市場導入:大規模販売,製品特有のマーケティング活動 (出所)Copper and Kleinschmidt (1986). 図 2 新製品開発プロセスにおける活動リスト. 要因に関する考察結果を整理し,類型化あるい 1-2.得られた示唆と課題. は体系化を行ない,さらには前述の研究で課題. SAPPHO および New Prod をはじめとした. となっていた点を補っている.. 新製品開発の成功要因の考察が,現象に対する. こ の 中 で,Montoya─Weiss and Calantone. 事実発見的 ア プ ローチ に よ る 製品開発 の 要点. (1994)では,統計的手法による実証的研究には. 抽出を進展させた.特に SAPPHO および New. 調査結果の妥当性に疑問が残ること,成功事例の. Prod では,概念枠組みを提起している点,検. 方が失敗事例よりも情報を入手しやすくバイアス. 証するための要因変数を抽出・体系化した点な. がかかりやすいことなどが,課題として言及され. どは,後に取り組まれた研究の基本モデルとし. た.. て位置づけられ,精緻化や一般化を進める際の. ま た,Brown and Eisenhardt(1995)で は,. 推進力となり得た.. 先行研究を,前述の成功要因研究に代表される. しかし一方で,特に初期の研究では,事実の. 「合理的計画型の研究」,組織内の情報共有の重. 列挙のみで概念モデルが存在しないものが多. 要性に着眼してコミュニケーションと成果との. く,また実証するためのサンプル・サイズが小. 関連を論じる 「コミュニケーション・ウェブ型. さかったり,調査地域が限定されていたり,産. の研究」,情報処理パラダイムに基づきながら. 業領域が限られているなど,マクロな視点での. も,単に情報の量や質だけではなく,問題解決. 研究とは言え,一般化するためのデータとして. 活動と組織のあり方を検討した 「規律ある問題. は偏りを多く含んでいるという課題を残してい. 解決型の研究」 の 3 つの流れに整理した.しか. た.但し,これらの懸念事項は,時間の経過と. し な が ら,「合理的計画型 の 研究」 に は,マ ク. 共に様々な研究における多くのミクロデータに. ロ的な考察に留まっているという課題があっ. よって補われてきていると考えられる.. た.ま た,「コ ミュニ ケーション・ウェブ 型 の. 近年 の 研究 で は,1990 年代 の レ ビュー論文. 研究」 には,コミュニケーション以外の組織構. ( Montoya─Weiss and Calantone 1994; Brown. 造や製品属性,市場との関連といった新製品活. and Eisenhardt 1995; 青 島 1997; Krishnan and. 動の他の側面について触れられていないという. Ulrich 2001)で も,既存 の 新製品開発 の 成功. 課題が残った.さらに,「規律ある問題解決型.

(6) 160 (834). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 6 号(2008年 2 月). の研究」 には,外部との関係の調整といった政. い,各々について予め想定した 77 の要因変数. 治的側面やメンバーの動機付けといった心理的. に対して 11 段階(強く賛成できる─強く賛成. 側面について触れられていないという課題が内. できない)で回答を得ているが,成功か失敗. 在していた.. か の 評価 は,「当該企業 の 視点」 で,か つ 「当. 同じく,青島(1997)は,新製品開発の個別. 該新製品 の 利益 が 受容可能 な 最低線 の 利益 を. プロジェクト研究を,顧客の要求に合った新製. 越えている」 かどうかが基準とされた.評価基. 品を効率良く開発するための組織の条件を論じ. 準としては,財務的尺度である 「利益の視点」. る研究,集団的な活動として行なわれる企業の. が用いられてはいるが,合理性や客観性を保っ. 製品開発における組織メンバー間の相互作用に. て評価するための 「尺度の基準」 は明示されて. 着眼する研究,開発プロセスの設計が新製品開. おらず,さらには 「利益」 についても,開発費. 発の成果をにぎると解釈する研究の 3 つに分類. やプロモーション費などの費消されたコスト. している.ところが,特定産業を対象としてい. や,技術の蓄積あるいは企業イメージの向上. る点,あるいは議論の対象が組織デザインやエ. といった目に見えない成果をどこまで組み込. ンジニアリングに偏っていてマーケティングや. むかによって振れが生じ,同時に回答者であ. 顧客情報に関して触れられていない点が,課題. る製品開発マネジャーの知覚差も回答に影響を. として指摘できる.. 及ぼす.しかも,「商業的に成功か,失敗か」 の. ま た,Krishnan and Ulrich( 2001) で も,. 問いかけに対する回答は,「はい」 か 「いいえ」. 研究に臨むパースペクティブの軸をマーケティ. の二者択一であった.. ング,組織,工学設計および生産管理においた. また,別の視点で指摘すれば,評価軸の持ち. 4 つの分類に分けているが,これらのパースペ. 方によっては,製品そのものの成否に対する評. クティブごとに研究者のコミュニティが分断さ. 価ではなく,製品開発行為,あるいは製品開発. れていることが,それぞれの研究を独立したも. プロジェクトに対する評価にすりかわってしま. のとし,新製品開発に関する研究領域の全体像. うこともあり得る.. が分断されていることで,各々の欠点が残存す. さらにその上で,仮に評価基準が妥当な範囲. ることを課題として指摘している.. に収まったとしても,データの取り方(どのよ. もうひとつ,根本的な課題として,製品開発. うにデータを収集するか),あるいはデータの. の成功・失敗を測る基準の曖昧性を挙げること. 加工方法(どのような分析を加えるか)によっ. ができる.取り上げられる各ケースにおいて,. て,結果の信憑性が左右されることになりかね. 何をもって成功とするのか,どういう状況なら. ない.. ば失敗なのか,その尺度とすべき基準軸,ある. 製品開発活動の概念化,および製品開発の成. いはその度合いを見るべきスケールが規定され. 否を図る評価基準が定まらないことには,成功. ていない.しかもこの課題は,今日に至っても. の確度を上げる議論に移ることはできず,特に. 未だ解決されていない,さらに言えば,着目も. 製品開発に対する評価については,適切な尺度. 十分な議論もなされていない事項である.. の見極めと併せ,製品開発に関するテーマに取. 例 え ば,New Prod で は,製品開発 に 積極. り組む研究者にとっての今後の共通課題と言え. 的な産業財企業の中からランダムに選ばれた. るのではないだろうか.. 177 社に対して,電話によるコンタクトの後, 質問票を郵送する形で調査を実施した.そこ では,市場導入した新製品のうち,「商業的に 成功した製品と失敗した製品」 を選んでもら. 2.製品開発を支える構造と仕組みに対する考 察 成功要因に関する研究結果を踏まえ,それを.

(7) 製品開発に関する先行研究の系譜(湯沢). (835) 161. 実務で活用するためには,その研究成果を変数. 開発プロセスを各フェーズに分け,フェーズご. 群の集合として表現するのではなく,企業が具. とに評価ポイントを設けて続行か中止かの意思. 体的に行動して実践できるシナリオとして提示. 決定を行なう 「フェーズ・レビュー・モデル」,. する必要性がある.すなわち,「実務の中で具. アイデア創出から市場導入までの 4 ~ 6 段階に. 体的にどのように取り組めば良いのか」 という. 分けられる開発プロセスの各段階で全部門が協. 命題に発展させ,さらなるテーマに取り組むこ. 働し,すべてのタスクが完了するまで次の段階. とが求められる.そこで,製品開発を支える構. に移行しない 「ステージ・ゲート・システム」. 造や仕組みについての概念化を試みた研究への. へと受け継がれた.さらには,元来効率化が主. 取り組みが行なわれてきた.. 眼であったこの流れは,各フェーズでの念入り. 本節では,本稿でコア要素と位置づけている. な検討が結果として顧客志向やコンセプト重視. 「顧客理解」 と 「価値創出」,そして 「情報」 との. を生み出し,リニア・モデルの範疇を超えた第. 関連が高い,新製品の開発プロセスに関する研. 三世代(Cooper 1994)へと進展した.. 究と,マーケティング部門と R&D 部門の統合. 一方,ノン・リニア・モデルは,開発プロセ. に関する研究をレビューする.. スのコンテンツに着眼が置かれ,行為システム につかさどられた,非決定論的なモデルであり,. 2-1.製品開発プロセスに関する研究. 解釈を土台としており,その代表的な研究と. 製品開発プロセスは,新製品開発を複数のタ. して,「イノベーションのゴミ箱モデル」(田中. スクを時間的に順次行なう連続的な段階や活動. 1990),「動的秩序形成プロセス・モデル」(山. と捉える 「新製品開発プロセスのリニア・モデ. 下 1991),「意味構成・了解型 プ ロ セ ス・モ デ. ル」 と,「ある特定の顧客ニーズに応じた製品. ル」(石井 1993)などが挙げられる.. を開発する」「ある新規技術を製品として実用化. 「イノベーションのゴミ箱モデル 」 では,新. する」 といった,目的・手段の因果関係に基づ. 製品開発をリニアな問題解決の過程と見ること. く新製品開発プロセスのリニア性を否定した. を否定し,革新の過程では所与の問題の解では. 「新製品開発のノン・リニア・モデル」 とに分. なく,解くべき問題こそが創造され,発見され. 類される(川上 2005) .. なければならないと強調している.これは,プ. リ ニ ア・モ デ ル(線形 モ デ ル)と は,S. J.. ロセスではなくコンテンツに着眼すべきとの指. Kline(1985)によれば,「新知識の発見に始ま. 摘そのものであり,しかもそのコンテンツは理. り,開発段階を経て,最後に最終的実用形態と. 路整然と固定的に形成されるものではなく,あ. して発現する,順序付けられた過程」 とされる.. る種の曖昧さや混沌とした情報の流れの中から. 変数システムにつかさどられた,決定論的なモ. 解が導かれるとの主張である.したがって,画. デルであり,手順を土台として機能すると考え. 一管理的なマネジメントはまったく意味を持た. て良い.. ず,一方で新たな発想の創出を促すことに徹し. さらに,リニア・モデルは,専門領域別に,. たマネジメントが求められる.. 顧客のニーズを起点として製品が開発される. あるいは,「動的秩序形成プロセス・モデル」. という需要プル論を前提とした 「マーケティン. では,開発全体の計画のアウトラインをあらか. グ・モデル」 と,組織論や技術生産管理論の分. じめ決め,それに従って下位レベルの計画を作. 野における設計・生産活動を中心に定式化した. り実行するといった秩序形成ではなく,開発メ. 「エンジニアリング・モデル」 に類型化されて. ンバー同士がお互いの相互作用を行ないながら. いる.. 秩序を保つことを強調している.すなわち,組. そして,マーケティング・モデルの発展は,. 織を形成する個々人が各々の解釈を主張しつつ.

(8) 162 (836). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 6 号(2008年 2 月). 行動を決めながらも,コミュニケーションの場. を最大化させるかを見極めることを指してい. を介して組織としての最適解が検討され得る. る.. としており,「イノベーションのゴミ箱モデル」. 具体的 に は,「組織認識論」(加護野 1988). と同様に,画一さを否定し,自律した個々人の. からはじまり,「行為の連鎖システム論」(沼. 行動こそが価値を生み出すとの考え方である.. 上 2000),「技術 シ ス テ ム の 構造化理論」(加. プロセスに着眼することによって,製品開発を. 藤 1999 ),「組 織 学 習」( Miner, Bassoff and. 成功に導くための解を得ることは難しいとの判. Moorman 2001),「状況論 ア プ ローチ」(上野. 断を前提としている.. 1999)といった主張が続く.. また,「意味構成・了解型プロセス・モデル」. 「組織認識論」 では,組織のダイナミクスを. では, 製品のデザインが決定されるプロセスは,. 見るためには,むしろ組織内の行為者の認識過. 一義的な消費者ニーズを前提とした開発プロセ. 程に焦点を当てるべきだと主張している.. ス・モデルが示唆するほど確固とした目的・手. 「行為の連鎖システム論」 では,意図を持っ. 段関係 や 因果関係では説明できず,開発メン. た行為主体の存在と,行為主体間あるいは個々. バーの間で生じた意味のギャップや不一致を対. の行為間の相互依存関係を仮定し,思い通りに. 話を通じた新たな解釈によって了解し合うこと. コントロールできない他者の意図の存在と,シ. こそが,新製品開発プロセスの本質であるとし. ステムの相互依存関係の複雑さゆえに,すべて. ている.前述の両モデルと同様,ここでの要点. の行為主体に意図せざる結果が生じうると概念. も紆余曲折や混乱に満ちた検討過程からはじめ. 化している.. て価値の創出が可能となり,整然とした合理的. ま た,「技術 シ ス テ ム の 構造化理論」 で は,. プロセスとして紹介されがちな製品開発の成功. 行為主体 が 生成 し,再生産 し 続 け る 枠組 み に. 物語は事後的に捉えられたものだと主張してい. よって自らが制約を受ける二重性という概念を. る.. 手がかりに,非決定論的な世界観を前提としな. これらはいずれも,新製品開発に必要な,細. がらも,部分的に決定論的な構図が生じうると. 分化されたコンテンツに対してのミクロな議論. している.. であると共に,曖昧性や混沌さの中から価値が. さ ら に,「組織学習」 で は,即興的 な 活動 の. 生み出されるという主張を根底に据えた,新製. 観察を組織のルーティンとすること,即興性を. 品開発の要件に関する本質的な議論を行なって. 刺激するようなプロセスを工夫すること,失敗. おり,また前出の新製品開発の成功要因をマク. した即興的な活動は繰り返さないことなどが,. ロな視点で捉えた研究とは対極を成すものであ. マネジメントの方策として挙げられている.. る.. あ る い は,「状況論 ア プ ローチ」 で は,人間. そして,両モデルについての考察が独立して. の行為を認知科学・心理学・社会学・文化人類. 進められてきた後,リニア・モデルとノン・リ. 学の分野で近年注目されている状況論の概念に. ニア・モデルの理論的融和を探る議論が始まっ. 当てはめ,計画に基づいて行為がなされるので. た.ここでの 「融和」 とは,合理的プロセスを. はなく,都度の状況に応じて即興的かつ局所的. 是とする,社会現象をマクロ的に捉え,客観的. に行為が作り出されるとしている.. に観察し,決定論的な判断基準をもつリニア・. これらは,すべてがリニア・モデルとノン・. モデルと,社会現象をミクロの視点で捉え,非. リニア・モデルの融合を説き,その共存を肯定. 決定論的な判断基準にこそ価値があるとするノ. しているわけではないが,少なくともミクロな. ン・リニア・モデルとを,いかなる接点をもっ. 行為者視点の発想を原点とし,非決定論の視座. てどのようにバランスを取り,製品開発の成果. に立つ新製品開発を中核に据えていることは共.

(9) 製品開発に関する先行研究の系譜(湯沢). 通している.. (837) 163. 主でマーケティングが従 」「 互いに無視 」「 互い に対等 」 の 4 つのタイプに分類し,役割分担と. 2-2.マーケ ティン グ 部門 と R&D 部門 の 統合 に関する研究. 互いの関与の仕方から統合状態を整理した. このように,マーケティングと R&D の統合. マーケティング部門と R&D 部門との統合に. 状態の理解が進み,新製品開発の成果との関係,. 関する研究は 1950 年代に始まったが,そのう. 両部門のマネジメントのあるべき姿といった,. ちのひとつとして,Johnson and Jones(1957). 問題意識とその解決に向けたテーマが明らかに. が 「市場 の 新 し さ」 と 「技術の新しさ」 という. されたが,考察する際の基軸となる諸項目は一. 2 次元 で 新製品 の タ イ プ を 分類 し た.ま た,. 般的な事項や分類方法に留まっていたため,そ. 1970 年代に入ると,Gerstenfeld et al.(1969) ,. の概念化においては,まだ曖昧な要素を多分に. Bissell( 1971 ),Monteleone( 1976 ),Butler. 含んでいた.. (1976) ,Young(1979)らが,インタビュー調. 続いて,これらの萌芽を引き継ぐ形で,マー. 査や独自の視点による考察の結果としてマーケ. ケティングと R&D の統合による成果とマネジ. ティングと R&D の統合の必要性を指摘してい. メントの研究が進められた.. る.. ま ず,マーケ ティン グ と R&D の 統合 に よ. しかしながらこれらの研究は,製品領域に. る 成果 に つ い て は,Souder and Chakrabarti. よってマーケティングや R&D に取り組む際の. (1978)が 1959 年から 1976 年までの先行研究. 要点や手法の特性に振れが生じる可能性があ. をレビューし,74 のモデルと 600 以上の仮説. りながらも,業種や対象組織が限定された,特. を抽出した上で,統合と成果には正の影響が. 定分野の機関や企業におけるベンチマークに留. あることを示している.さらに Souder(1980;. まっており,考察すべき事象をすべて包含して. 1981; 1988)は,約 10 年間 に わ たって の 電話. いるかどうかは不明である.したがって,問題. インタビューと 584 回の深層面接によるデータ. の所在と考えられる事項をランダムに提起した. 収集に基づき,統合と成果との関係をデータに. 段階に過ぎず,複数の研究成果を束ねた上での. よって裏付けた.. 考察が求められた.. ここで収集されたデータからは,マーケティ. そして 1980 年代に入ると,Wind(1981)が,. ングと R&D の関係を実務における現実的な表. マーケティング部門と他部門との関係を説明す. 現で定義した上で,新製品の成果との関係を定. るために,相互依存性という観点から概念化を. 量的に示しており,理論を実務に照らし合わせ. 行なった.すなわち,新製品開発プロセスを,. 得る研究成果と言える.. 目標設定─アイデア生成─アイデア&コンセプ. ま た,Gupta, Raj and Wilemon( 1985a)で. トの選別─コンセプト&製品開発─コンセプト. は,統合が必要とされる 19 活動のリストを示. &製品の評価─最終製品の評価&マーケティン. し,高成果の企業における活動の割合から正の. グ戦略の策定─製品性能の評価─市場導入,と. 相関を示した.ただ,それぞれの活動項目は極. いう 8 段階に分割し,各部門の担当度合いを主. めて一般的な事項になっており,定量調査とし. 要責任・関与・承認 と い う 3 つ の 水準 で 表 わ. ての信頼性が気になるところである.. し,マーケティング部門とトップマネジメント. 一方,マーケティングと R&D の統合のマネ. や他部門との関係を整理した.. ジメント手法に関する研究は,Weinrauch and. また,Weinrauch and Anderson(1982)は, マーケティング部門と R&D 部門との関係を, 「 マーケ ティン グ が 主 で R&D が 従 」「R&D が. Anderson(1982),Crawford(1984),Souder (1977; 1988)らによって取り組まれた. Weinrauch and Anderson( 1982)は,実 務.

(10) 164 (838). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 6 号(2008年 2 月). において現実的に表出している事象を指摘する. ンセプト段階から設計属性について徹底的に議. 中から,マーケティングと R&D の関係に対す. 論を重ねるものである.. る具体的なマネジメントの方策を提起した.例. これらのマーケティングと R&D の統合によ. えば,離職率の高さ・製品設計の陳腐さ・開発. る成果とマネジメントの研究を受け,概念モデ. 期間の長期化・顧客の不満・不適切な価格設定. ルの提示とその実証研究へと推移していく.. といった不和を象徴する現象を回避すること,. ま ず,Gupta, Raj and Wilemon( 1985;. タスクや目標の不調和・パーソナリティのステ. 1985b) は, マーケ ティン グ と R&D の 統 合. レオタイプ化といった対立の原因を特定するこ. の実現が困難になっている要因を両部門のマ. と,コミュニケーションの改善や組織構造・風. ネジャーの認識にあるとし,ハイテク産業の. 土の 改善・トップのコミットメントといった. 167 社 の マーケ ティン グ・マ ネ ジャー 107 名,. 解決策 の 実施,人材 の ローテーション や マー. R&D マネジャー 109 名を対象に質問票調査を. ケターに よ る 製品仕様の評価・テストといっ. 実施した.. たバックグラウンドを共有できる人材の育成な. そして,その結果から統合が必要な活動に対. ど,要因を最小単位まで分解した上での具体策. する認識に差があることを確認し,同時に必要. を挙げている.. 度と実現度の間にもギャップがあることを突き. ま た,Crawford(1984)は,「マーケ ティン. 止め,その全体構造を概念モデルとして示した. グ,R&D,上位マネジメントの三者が,新製. (図 3).ここでは,組織戦略と環境不確実性が. 品の開発前に製品の属性について合意した内容. 統合の必要度を規定し,組織的要因あるいは個. を文書化したもの」 と定義された 「プロトコル」. 人的要因が統合の実現度を左右するとしてい. によって,マーケティングと R&D の対立を解. る.. 決できるとしている.. この概念モデルとその枠組みを起点として,. さ ら に,Souder( 1977; 1988)は,「名 目 的. 統合必要度 の 規定要因 に 関 す る 研究(Gupta. ─相互作用─集団意思決定プロセス」 として意. 1984; Parry and Song 1993; Ruekert and. 見や決定事項を共有する名目的プロセスと対立. Walker 1987),さ ら に は 統合 の 実現度 の 根拠. や議論を行なう相互作用プロセスを交互に行な. を個人的要因(Gupta, Raj and Wilemon 1985a;. う会議のやり方を示したり,顧客と開発者の状. 1986a; Lucas and Bush 1988) や 組 織 的 要 因. 態に応じたマネジメントのあり方を 「顧客─開. (Gupta, Raj and Wilemon 1987)に求める研究. 発者状態モデル」 として提案した.. へと進展していった.マーケティングと R&D. いずれも,より実務の詳細に入り込んだ中で. の統合に関わる要素を分解し,その体系を明ら. の議論に発展しており,さらには問題の本質を. かにする概念化によって,より詳細かつ厳密な. 突き詰めることにも貢献したと言える.. 考察が進んだことは大きく評価できる.. この他,マーケティングと R&D を統合する. そ し て 近 年,Gupta, Raj and Wilemon. 手法として,水野・赤尾(1978)により体系化. (1986b)の概念モデル自体を見直す動きがあ. され た 「品質機能展開」 がよく知られている.. る.. 顧客満足を得ることができる設計品質を設定. Griffin and Hauser(1996)は,組織がフラッ. し,その設計の意図を製造工程まで展開するこ. ト化し,部門横断型に移行する中で,マーケティ. とを目的としており,顧客の欲求やニーズを製. ングと R&D との統合に関する研究の意義がま. 品設計や生産条件に変換するために,2 次元の. すます高くなっているとした上で,部門レベル. 概念マップを用いて,マーケティング,設計,. ではなく,プロジェクト・レベルの概念モデル. 生産といった部門横断型のメンバーが,製品コ. を提案した(図 4).ここでは,新製品プロジェ.

(11) 製品開発に関する先行研究の系譜(湯沢). (839) 165.   マネジャーの 社会文化的な違い. 図 R&D4& との統合に関する概念モデル ࿑3 マーケティングと ࡑ࡯ࠤ࠹ࠖࡦࠣߣ ߣߩ⛔วߦ㑐ߔࠆ᭎ᔨࡕ࠺࡞. 図 4 プロジェクト・レベルのマーケティングと R&D との統合に関する概念モデル.

(12) 166 (840). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 6 号(2008年 2 月). クトにおいて必要とされる統合の量やタイプに. してリニア・モデルを位置づけている.リニ. 関わる 「状況」 の次元,部門間統合を実現する. ア・モデルは,行為を支配するのではなく,行. ための行動に関わる 「構造・プロセス」 の次元,. 為の際に参照するリソースのひとつとして用い. これらを通じた統合活動によって統合の必要性. られているものとする見解である.. と実現性や不確実性が変化し,新製品の成否に. しかしながら,社会において複数の人間が関. 影響する 「成果」 の次元の 3 つの要素で構成さ. 与する,いかなる共同作業においても例外なく,. れるとしている.. 生産性が高く,アイデア創出にも秀でた個人が. 概念モデルの切り口を若干修正し,その構成. い く ら 頑張って も,作業全体 と し て 最大 の パ. 要素についてより詳細レベルまでブレイクした. フォーマンスを出せるとは限らない.あるいは. ものとなっており,実務における実態を掴むた. 逆に,いかに効率的で,無駄がない作業フロー. めに適した提起と言える.. の手順を作ったとしても,各々のパートを受け 持つ個人の創造性が低くては,アウトプットの. 2-3.得られた示唆と課題. 質的向上は期待できない.ここにあるのは 「補. 製品開発プロセスに関する研究あるいはマー. 完」 の構図ではなく,「共存」 の構図と考える方. ケティング部門と R&D 部門の統合に関する研. が妥当である.もとより,企業活動を形成する. 究が進むにつれ,概念モデルが示され,体系化. のは人間であることを考えれば,その論理を経. が進み,製品開発を成功させるための要点や具. 営学に適用することに無理はない.. 体策が明らかになり,実践における成功要因の. そこで本稿では,川上が提起した考え方をさ. 取捨やプライオリティが明確になってきた.ま. らに発展させ,ノン・リニア・モデルとリニ. た,両者の長所や短所も整理された.. ア・モデルは元来同一平面上で混在するもので. ところが一方で,リニア・モデルとノン・リ. はなく,「異なる階層にある異質なもの」 と捉. ニア・モデルとの層別あるいは発展的融合につ. える方が適切であることを提起する.この両者. いての議論が未完であることが課題として挙げ. は,相反するものでもなければ,相互補完的に. られる.両者は相反する立場にあるとし,その. 機能して隙間を埋めていく関係にあるものでも. 融合を否定する意見すらあり,また,理論的融. なく,常に 「併存」 しているものであり,製品. 和を検討する中でも,適切な見解が示されてい. 開発において次元と役割が異なるコンテンツと. るわけではない.. コンテクストと捉えるべきであると考える.. 例えば,川上(2005)が提起している 「新製. すなわち,製品開発プロセス全体を手順とし. 品開発プロセスの状況論モデル」 では,「あく. て動かすリニア・モデルの側面と,製品開発の. までも非決定論的なノン・リニア・モデルを前. 過程を構成するセルの中身にこそある種のパ. 提に置きながらも,新製品開発プロセスで部分. ワーがあり,秩序がない故に新たな価値を生み. 的に決定論的なリニア・モデルが出現する」 と. 出し得るノン・リニア・モデルの側面が上手く. している.すなわち,実際の製品開発では,リ. 噛み合い,それぞれの役割を果たしてこそ最高. ニア・モデルとして表現されるような整然と進. のパフォーマンスを得ることができるという見. 行するプロセスとは程遠い要素が多分に存在. 方である(図 5).. し,またそのような非決定論的な要素にこそ価. ここでは,製品開発の核となる創造的活動は. 値が潜んでいることを踏まえ,ノン・リニア・. 最小単位にまで分解され,行為システムに基づ. モデルを中核に据えてはいるものの,製品開発. いた非決定論的な解釈が製品開発の成果に直結. に取り組む際の最低限の知識を据え置くもの,. するが,それぞれのセルを合理的に束ね,全体. あるいは自身を相対化できる基準となるものと. を変数システムに基づいた決定論的な仕組みと.

(13) 製品開発に関する先行研究の系譜(湯沢). (841) 167.         図 5 リニア・モデルとノン・リニア・モデルの共存モデル. してマネジメントすることで,その共存モデル. めるという構図がある.両者の相互作用が成功. のプロセスを確実に進めていくことができる.. の確度に影響することが予測される一方で,リ. 一般的に,何かに対して考察を行なう際に. ニア・モデルによる作用とその功績はある程度. は, まず全体の構造や枠組みの把握から着手し,. 把握できているものの,本質的に価値創出に直. 徐々により詳細な部分の観察に移っていくが,. 結するノン・リニア・モデルの解明はまだ途上. 一連の製品開発に対する先行研究もその例外で. で,「情報」 と 「人」 に焦点を当てた入念な考察. はなく,同様のステップを踏んできた.その過. が求められる.. 程において,変数システムにつかさどられた, 決定論的モデルに基づく手順としてのリニア・. 3.製品開発をつかさどる実体に対する考察. モデルと,行為システムにつかさどられた,非. ここまでのレビューで,製品開発の成功要因. 決定論的モデルに基づく解釈としてのノン・リ. の見極め,あるいは実務に適用するための構造. ニア・モデルが,各々を構成する要素が見事に. や手順について考察してきたが,リニア・モデ. 対立しているが故に,比較検討の対象となって. ルとノン・リニア・モデルの関係に関する議論. しまったと考えられる.特に第三者から見た場. でも触れた通り,最終的に製品開発という行為. 合,リニア・モデルがもつ合理性とノン・リニ. を行なうのは 「人」 であり,その 「人」 が物事を. ア・モデルがもつ不合理性は,こと学術的な議. 判断するためには 「情報」 が不可欠である.. 論の場ではなかなか融和しにくいのかもしれな. そこで本節では,製品開発をつかさどる実体. い.. としての 「情報」 に着眼し,情報の利用や質に. そして,このモデルをもってそのパフォーマ. 関する研究をレビューする.. ンスを保証するのが製品開発チームに与えられ. そして,この領域こそが,本稿の冒頭で示し. たミッションであり,媒体としての 「情報」 と. た 「近年顕著な製品開発を取り巻く環境与件の. 行為者としての 「人」 の振る舞いが,ノン・リ. 変化」 と密接に関係する.すなわち,情報技術. ニア・モデルとリニア・モデルの融合を一層高. の進化と社会システムへの浸透によって,情報.

(14) 168 (842). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 6 号(2008年 2 月). 処理能力が飛躍的に向上し,製品開発に関わる. 加わったことで,情報の中身と 「人」 との関わ. 情報の流れが質・量共に大きく変わってきたこ. りが考察の対象となったと言える.. とを前提に,顧客情報を如何に取り込んでいく. ここでは,市場情報の利用には情報そのもの. か, 取り込まれた情報をどのように解釈するか,. の信頼性と共に情報の提供者であるマーケティ. そしていかにして製品に転化されるべき価値の. ング・マネジャーに対する信頼性が影響するこ. 創出に繋げるか,といったことが要点となる.. と(Gupta and Wilemon 1988a),あ る い は 情 報の信頼性には情報の質や情報提供者側の問題. 3-1.情報の利用に関する研究. だけではなく,情報利用者側の問題も影響する. 市場情報の組織内利用に関する研究は 1980. こと(Gupta and Wilemon 1988b)などが議論. 年代に始まり,組織内の誰が利用するのかとい. されている.. う分析水準のシフトに注目した考察が行なわれ. また,Moenaert and Souder(1990a)では,. てきた.そして同時に,情報の利用という概念. マーケティングと R&D との間で授受される情. が精緻化され,情報の量から質の問題へと関心. 報を 「部門外情報」 と称し,情報処理パラダイ. の対象が移ってきた.. ムの下で部門外情報の移転によって不確実性が. 個人レベルの利用に関する研究では,マーケ. 削減され,新製品開発の成功がもたらされると. ティングにおける知識創造と普及のプロセスの. し て い る.そ こ で は,部門間 の 情報移転 を 促. 解明,マーケ ティン グ の 実務 に 対 す る 知識貢. す手段として 「タスクの専門化」「組織構造の設. 献度の評価などに取り組んだ Myers, Greyser. 計」「組織風土の育成」 の 3 つの方法を挙げてお. and Massy(1979)や,マーケティング部門の. り,役割外の行動を担う姿勢,技術的経験をも. マネ ジャーが ど のような条件下で外部調査会. つマーケティング担当者の存在,タスクの専門. 社が実施した市場調査を利用するかを考察し. 性の高さといった実践的要因が促進されるとし. た Deshpandé and Zaltman(1982)があるが,. た.ここでも,「人」 の振る舞いや感性が製品. マーケティング・マネジャーによる市場情報の. 開発の成果を左右する構図が見られる.. 取扱いの状況に焦点が当てられたものであり,. さらに,Moenaert and Souder(1990b)は,. 情報の中身の考察にまで至っていないことで,. 部門間移転 に 関 す る 先行研究 の レ ビューを 行. 製品開発の成果との接点はまだ希薄であった.. なって お り,マーケ ティン グ 分野 の 研究 で 指. 但し,市場情報の収集とその的確な利用の実現. 摘されていた情報の利用者側に潜む問題点に対. との間にギャップが生じてしまうという課題は. し,R&D 分野の研究では情報源や情報フロー. 認識されていた.. といった情報そのものに潜む問題点を指摘し. そこで,市場情報を R&D 部門などの社内の. た.その上で,ベルギーの製造業およびサービ. 他部門と上手く共有し,利用するための促進要. ス業数社のマーケティングおよび R&D の担当. 因が探られるようになり,マーケティング部門. 者にインタビューを行ない,部門間情報移転の. は,収集した情報の利用者ではなく,社内他部. 規定要因を詳細に検討,概念モデルを提起した. 門へのマーケティング情報の提供者と位置付け. (図 6).部門外情報 の 有用性 が 「関連性」「新規. られるようになった.的確な情報を製品開発体. 性」「信頼性」「理解可能性」 の 4 つの性質によっ. 制の中でいかに活かしていくべきなのかを考え. て規定され,さらにこれらは,「メッセージの. るスタンスに進化し,また前章で触れたマーケ. 属性」「情報の提供者や受け手の属性」「チャネル. ティング部門と R&D 部門との統合について検. の属性」 によって規定されるとしている.情報. 討する際に必要な着眼点を提示した.的確な情. の特質を概念化したことで,それまでの情報の. 報の見極め,すなわち情報の選別という概念が. 取扱いを対象とした研究から,情報そのものを.

(15) 製品開発に関する先行研究の系譜(湯沢). (843) 169. 図 6 部門外情報利用に関するモデル. 対象とした研究への移行促進に貢献した.. ることで,情報に対する考察も多面的になり,. これらの研究を経て,1990 年代以降は組織. 市場情報の利用を組織レベルで議論する際の要. レベルの利用に関する研究へと推移し,焦点は. 点となっている.. 利用概念の精緻化や市場情報の質への注目へと. ま た,Menon and Varadarajan( 1992)は,. 移っていく.有用な情報を入手しても,それが. 市場情報の利用や目的に基づき,情報利用の概. 活かされなければ役に立たない一方で,情報が. 念を 「行為志向の利用」「知識向上の利用」「感情. もつ多面性・多義性とそのコンテンツに対する. 的な利用」 という 3 次元で定義し,さらにそれ. 人間の処理能力のバラツキや限界から,情報を. らを下位概念で分類している(図 7).. 十分に活かし切れない可能性に対しての課題意. 「行為志向 の 利用」 と は,市場情報 が 利用者. 識があった.. の活動や実践に直接影響するような利用のされ. 利用概念 の 精緻化 に つ い て は,Moorman. 方で,これは道具的利用とシンボル的利用に分. (1995)が 市場情報 の 利用 を 「情報獲得」「情報. 類される.道具的利用は市場情報を活動や問題. 伝達」「概念的利用」「道具的利用」 という 4 つの. 解決に直接的に使う利用方法であり,さらに収. 概念で示し,多次元で定義することによって情. 集した市場情報の発見事項と矛盾しない適合的. 報利用の状況を段階別あるいは利用目的別に捉. 利用と,情報を意図的に歪めて使用する非適合. えることを可能とした.ここでは,知識を特定. 的利用に細分化されている.. の問題や意思決定に使う 「道具的利用」 と,よ. 一方シンボル的利用は,本質的な内容に沿っ. り一般的な目的で使う 「概念的利用」 に分類す. てではなく,礼儀的に派生的なメッセージを発.

(16) 170 (844). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 6 号(2008年 2 月). ࿑ Ꮢ႐ᖱႎߩ೑↪ߣ޿߁᭎ᔨߩᄙᰴరᕈ. 図 7 市場情報の利用という概念の多次元性. する利用の仕方で,意思決定の確信に繋がった. 報を利用する 「人」 の意図や振る舞いを通して. り,批判に対する説得に使われるものであり,. 情報をより細分化している点で,さらに本質的. 温厚な利用・皮肉な利用・積極的な利用の 3 つ. な議論を提供していると言える.. に分類され,情報の種類とその扱われ方を細か. 加 え て,Ottum and Moore( 1997)は,組. く規定した.. 織における市場情報利用のプロセスを 「情報収. 次に 「知識向上の利用」 とは,市場情報の利. 集」 ~ 「情報共有」 ~ 「情報利用」 と い う 3 段階. 用者の知識や理解に変化をもたらすような利用. で捉えることを提案し,コンピュータ産業と医. のされ方で,調査そのものから得られる成果物. 薬品装置製造産業の 28 社から得られた 58 製品. ベースの利用と,調査を行なう過程での発見事. に関するデータによって,3 段階のいずれもが. 項に基づくプロセス・ベースの利用に分類され. 重要であること,その中でも特に 「情報利用」. る.. の段階が重要であることを実証した.. 3 つ 目 の 「感情的 な 利用」 は,認知的不協和. 製品開発における市場情報の利用について. を軽減したり,満足や自信を得てより良い心理. は,その重要性を認識した上で,さらには情報. 状態を保つための利用のされ方で,「知識向上. の多面性や多義性を見据え,「人」 が利用する. の利用」 と同様に成果物ベースの利用とプロセ. ことを念頭に置いた分類がなされたことで,次. ス・ベースの利用に分類される.. なる研究テーマの拡がりに繋がったと言える.. これらの研究は,情報を単なる媒体としての み見るのではなく,その特性や役割,さらには. 3-2.情報の質に関する研究. 果たす成果まで見通した上での考察であり,情. 一方,市場情報の質に着眼した研究も進めら.

(17) 製品開発に関する先行研究の系譜(湯沢). (845) 171. れた.先行研究では主としてコミュニケーショ. された情報の質」 という概念を提示し,実証研. ンの頻度という量的な側面で捉えることが多. 究を行なった.顧客情報の価値についての自覚. かったが,コミュニケーションの頻度の高さが. が部門によって不変であるとした場合,部門間. 必ずしも質の高い情報共有を意味しないという. の情報利用はコミュニケーションの頻度と正の. 指摘があった.同時に,情報そのものに対する. 関係を示すはずである.ところが,実際には情. 着目度が高まっていくこととも連動し,質的側. 報の属性値は多岐に渡り,そこには情報の受け. 面が重視されるようになっていった.実際に,. 手側の主観が伴なうことを指摘し,コミュニ. ある情報を元に議論を行なったとしても,短時. ケーションの頻度と 「知覚された情報の質」 と. 間で何らかの結論あるいは成果が得られるケー. の間には逆 J 字型の関係があることを提起し. スと,時間をかけてもアウトプットが得られな. た.. いケースがあることは,実務においても日常的. 以上より,顧客情報の利用については,コミュ. に実感するところである.. ニケーションの頻度に加え,情報の客観性・必. そして,情報の量よりも質の方がより重要で. 要性・随時性・新規性といった情報の質に関す. あることを深く理解する上では,コミュニケー. る項目を加味することが求められることが示さ. ションを人と人との社会的な相互行為と捉える. れた.. 必要があった.そこで,組織を 「解釈のシステ. もうひとつの市場志向に関する研究では,市. ム」(Daft and Weick 1984)と認識し,組織に. 場志向 の 出発点 は 市場情報 で あ り,市場志向. おけるコミュニケーションの問題を認知や知覚. の 中心的概念 は,現在 あ る い は 未来 の 顧客 や. のレベルで理解する試みがなされた.これはす. 外部要因についての市場情報を生成し,それを. なわち,単なる情報の存在や流通をもって成果. 組織全体に普及させ,その情報に基づく戦略. が必ず得られるものではなく,いかなる情報が. の策定と実行を行なうこととした(Kohli and. どのようにコミュニケートされ,さらには何に. Jaworski 1990; Narver and slater 1990).. 対して作用するかまでを考慮することの重要さ. その主張を踏まえ,市場情報の中で中核を成. を示している.これらの視点は,その後の研究. すのは,現在あるいは未来の顧客に関する情報. におけるひとつのテーマを提起した.. であるが,市場志向と新製品開発の成果との関. あ る い は Dougherty(1992)で は,新製品. 係が環境条件や製品タイプによって異なるとい. 開発活動は 「人」 に関わる解釈のプロセスであ. うコンティンジェンシー理論的な視点が必要で. り,合理的なプロセスやツールの提唱と組織構. あ る こ と(Kohli and Jaworski 1990;Narver. 造の設計だけではマネジメントのあり方として. and slater 1990),そ の 一方 で 市場志向 は 環境. 十分でないことを提起している.そこでは,部. 条件 を 問 わ ず 有効 で あ る こ と(Jaworski and. 門間コミュニケーションで生じる解釈面での障. Kohli 1993)が提起された.. 害を取り除くためには,認知や知覚の側面を考. そしてもうひとつ,「製品の使用価値」 に基. 慮すべきと結論づけた.製品開発における情報. づいた顧客ニーズの不確実性に関する議論があ. の役割を考察するためには,情報そのものやそ. る.これは,顧客にとっての製品の意味や便益. の作用だけに着眼しているだけでは不十分との. は市場や社会の文脈に依存し,製品そのものの. 示唆である.情報を利用し,その結果で何らか. 問題としてだけでは完結しないとする考え方で. の影響が及ぶ 「人」 にまで考察対象を拡げるこ. ある.そこでは,顧客ニーズはマーケティング. とで,この研究領域がもつ枠組みの正しい解釈. の対象であると同時に,マーケティングによっ. がなされる.. て構成されるという二面性を有するとしている. さ ら に,Maltz and Kohli(1996)は,「知覚. (栗木 2003).顧客情報の質を考察するにあたっ.

(18) 172 (846). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 6 号(2008年 2 月). ては,顧客ニーズの不確実性およびマーケティ. 「人」 の振る舞いも形として把握することが難. ングとの関係における二面性や相互依存性を念. しいオブジェクトである.そこにこの領域の研. 頭に置く必要があることを説いている.. 究の難しさがあり,概念化に留まってしまって, 実証が進まない現状を招いているのはやむを得. 3-3.得られた示唆と課題. ない.. 本節では,情報の利用に関する研究と情報の. しかしながら,「人」 を切り口にして 「情報」. 質に関する研究を振り返った.. を考察することが求められることは明らかで,. 情報の利用に関する研究では,その概念化や. 今後いかなるテーマを設定し,どのような研究. 体系化が取り組まれ,情報を単なる媒体として. 手法で取り組んでいくべきかが,製品開発研究. のみ見るのではなく,その特性や役割,さらに. 者共通の課題である.. は果たす成果までを考慮することが求められ た,その中では,利用の目的や用途,あるいは. むすび. 段階によって,それぞれ多次元で定義されるこ. 本稿では,企業を取り巻く環境与件が変化し. とが示された.. ていることを前提に,今後の取るべき道筋を見. また,情報の質に関する研究では,顧客情報. 極めるべく,これまで取り組まれてきた製品開. の組織的な利用に際しては,コミュニケーショ. 発に関する研究の中で,関連が強い領域のレ. ン頻度という量的側面だけではなく,組織メン. ビューを試みた.. バーの認知や知覚に関わる情報の質的側面が重. 製品開発を取り巻く環境は大きく変容してい. 視されるようになってきたことが指摘された.. る.顧客が求める価値の多様化や多くの製品領. さらに,市場志向を実践するためには,顧客. 域で基本的価値が一定レベルを超えているが故. のニーズの探り方が要点とされた.そこでは自. に,多くの製品領域でコモディティ化が顕著に. ずと顧客情報の選別が求められ,同時に情報の. なっている.また,価値の所在が製品領域をク. 質を向上させる必要性とその情報の活かし方に. ロスしてきていることによって競争も激化して. 鍵があることが示唆された.. いる.さらには,インターネットの普及に代表. 一方で,企業における顧客情報の役割,もう. される情報技術の進化も影響している.. 一歩踏み込んだ表現をすれば,経営学における. その中で,リニア・モデルとノン・リニア・. 顧客情報の役割の掴みどころは,製品開発の成. モデルに分類される製品開発プロセスが仕組. 功要因に関する初期の研究がそうであったよう. み,あるいはインフラとしてのプラットフォー. に,情報のプロファイルの概念化や体系化と,. ムの役割を果たしている.その上で,実務にお. ごく一部で実務を背景としたその検証が試みら. ける作用としてマーケティング部門と R&D 部. れたに過ぎず,未だ断片的な研究成果しか得ら. 門の統合が意図されている.. れていない.. そして,製品開発に直接関与するのは 「人」. 今後,企業活動における顧客情報の役割,さ. であり,その判断はこれらの仕組みや作用と共. らにはその背景にある顧客情報の生成,流通,. に行き交う 「情報」 に委ねられているという枠. 加工方法,利用形態といった諸事項を実証的に. 組みが仮定された(図 8).. 捉えた上で,製品開発プロセスにおける 「情報」. 高度経済成長の時代には,世の中で必要なモ. と,それを扱う 「人」 を考察対象に据え,メカ. ノははっきりしており,製品開発の目的やゴー. ニズムの究明を行なっていく必要がある.. ルは明確であったが,コモディティ化現象に浸. 元来,考察の対象が 「情報」 という目に見え. 食された現代においては,顧客が何を求めてい. ないものであり,さらにそれに裏打ちされた. るのかを理解し,価値を創出するために解釈を.

(19) 製品開発に関する先行研究の系譜(湯沢). (847) 173. 図 8 先行研究のレビューから得られた構図. 図 9 製品開発に関する先行研究の系譜. 加え,顧客に価値を提供し得るまでの一連のプ. て,製品開発をつかさどる実体を対象とする研. ロセスの中での情報の役割は極めて大きい.. 究へと遷移し,またその視点もマクロからミク. 本稿でトレースした先行研究の系譜を図式化. ロへと移ってきている.しかしながら,ここに. すると図 9 のようになる.現象を捉えた初期の. 示したすべての領域で研究成果が示されている. 研究を起点とし,構造や手順に対する考察を経. わけではない..

図 3 マーケティングと R&D との統合に関する概念モデル

参照

関連したドキュメント

 21世紀に推進すべき重要な研究教育を行う横断的組織「フ

administrative behaviors and the usefulness of knowledge and skills after completing the Japanese Nursing Association’s certified nursing administration course and 2) to clarify

The advection-diffusion equation approximation to the dispersion in the pipe has generated a considera- bly more ill-posed inverse problem than the corre- sponding

The Mumford–Tate conjecture is a precise way of saying that the Hodge structure on singular cohomology conveys the same information as the Galois representation on ℓ-adic

Use the minimum Moccasin II PLUS + AAtrex rate postemergence with Touchdown or Roundup in glyphosate- tolerant corn as specified in the CORN - Moccasin II PLUS Combinations –

研究開発活動  は  ︑企業︵企業に所属する研究所  も  含む︶だけでなく︑各種の専門研究機関や大学  等においても実施 

2.先行研究 シテイルに関しては、その後の研究に大きな影響を与えた金田一春彦1950

研究開発活動の状況につきましては、新型コロナウイルス感染症に対する治療薬、ワクチンの研究開発を最優先で