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"国際企業行動の考察 --松下電器の事例研究 ---- N. W. チェンバレンの所論をふまえて --"

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(1)国際企業行動の考察 ―松下電器の事例研究 ―― ―N.W. チェンバレンの所論をふまえて 一一. 大. 森. 弘. 3) 企業体の自立的機関. 5) 二重統治権と政府間不和 6) 国際憲章下の企業行動 7) 国際企業の行動事例. 4). 8). 1). 序—一国際企業の行励. 2). 出自国の代理的機関. 1). 進出国の代理的機関. 結び—ー—世界企業の展望. 序 ― 国際企業の行動. これまで国際的環境について 考察する機会注1)をもったが,. そのなかで. 「企業は開発• 利用し開発• 利用されるもの」であると理解したのである。 つまり企業は国民経済システムの下位単位として, 国民経済の目的達成のた めの用具に開発• 利用されるとともに, 企業独自の目的によって, その環境 のなかに機会を探索し開発• 利用しようとするものである。 このような立場 におかれた企業が, 国際的環境でいかに行動するかを考察しようとすること を意図している。 その考察をN. W, チェンバレンの所論を忠実に理解する ことをふまえ, また松下電器の事例に適用して理解をさらに確認する段取り も, これまでの一連の論攻にしたがっている。 ただチェンバレンの所論もこ こでの「国際企業」の考察において一応の終止符が打たれているので, この 注ー1). 商経学叢No.70拙稿参照。. -85. C 251)-.

(2) 論攻の一連のシリーズも終了させたい。 そしてつぎの段階においてチェンバ レンの所論をふまえながらも, あまりに忠実な理解にとどまっているので, 付加的になっている松下電器の事例研究を中核においてさらに展開する機会 をえたいとおもう注2) 。 しかしこの段階で松下電器の国際企業としての役割が事例として適当であ るかどうか検討の余地はある。 というのはチェンバレンがここでいう「国際 企業」の意味に松下電器が適当なのか, ただ多国籍化した国際的な企業をか ならずしも「国際企業」とよんでいないようであるし, 松下電器はそれ以前 の段階であるかもしれないし, あとでみるようにすくなくとも「世界企業」 といえる段階ではまだなさ そうである。 しかし「多国籍企業」をふく め「国 際企業」そして「世界企業」の概念も定義も, 実態としていまだ成熟しつつ ある段階であるといえよう。 それらの意義を確認し理解する糸口として, 松 下電器の事例をみるのも無意味ではあるまい。. 2). 出自国の代理的機関. すでに企業行動そのものが, 企業自体のために行動されることは当然のこ とであるが, 同時に企業そのものがおかれている躁境に対応して行動するも のでもあることは既知のことである。 その環境が国際的な広がりをもつにい たってどのような対応の行動を展開するであろうか。 まずなぜ企業が国際的 環境で行動するようになるのか ―― それは歴史上のいかなる時代に おいて —. も, 風土的にある国々が発展させきたった「社会的特質」注. 3). と「技術的・. —. 経済的能力」注 4) しかも「この二条件は本質的に関連している」注5) ため, 注ー2) もっとも昭和56年夏から, サンパウロ留学のため, しばらく「プラジルの日 系企業」について考察する期間にあてる予定で, むしろ「国際的環境」および 「国際企業行動」のプラジル事例として理解してみたい。 注ー3), 4), 5) N. W. Chamberlain "Enterprise and Environment" 1968, 大森他訳「企業を環境」ダイヤモンド社, 昭和49年刊,260頁。 -86. (252)-.

(3) 世界のほかの国々にたいしなんらかの便宜を提供しうる存在となりうるし, そこに国際的環境のなかで行動する企業の領城がありうるといえる。 そして チェンバレンはこのことに関連して興味あるコメントを付加している。 多少 長くなるが引用しておきたい_一国の能力と現在の規模との関係は興味深 い事柄である。 小国よりも大国の方が機会を利用する能力が大きいという主 張は, ある事実を述べることにはなってもその事実を説明することにはなら ない。 大国は大国として誕生したのでもなければ, そうなる運命にあるので もない。 小国はいつも小国であったとは限らず, 小さいままで終わるもので もない。 ある時代の巨大な権力もその強大さを永遠に持続させはしない ―― といい, ギリシャ, ロ ー マ, エジプトそして中国の事例をとり, さらにアメリ 力をはじめソピエトや日本の事例もひいて解説している。 そして「一国(も しくは諸国の連合)が国際的環境の提供する機会に遭遇したり, それを開発 • 利用できる可能性は, 何か所与の, あるいは永久的なものではなく, 時間 を通じて変化するのである注--6) 」という。 もっともこうした国家ないし国民がはぐくんだ特性あるいは個性ある能力. ...... そのものについて, チェンバレンはこうもいう一ーその国民固有の利点を国 民としては開発• 利用しない, と。 そして「 そのような開発• 利用の本来的 用具は, その時代と場所によってどういう名称で理解されていようとも, 企 —. 業, 企業単位である注 7)」ともいっている。 すなわち国民的特性の開発• 利 用の本来的用具を企業にもとめているのである。 しかもその企業は「私心の ない社会の用具」であるとともに, 「独立した自己奉仕的結合」であり, そ の行動はつぎのようであるという— 企業は自由裁蜃が許される範囲まで, それ自身の利益に合致する諸目的を追求するであろうが, この目的は, 企業 を生んだ社会の それと部分的に合致し, また部分的にそれから離反するので. 注—6) N. W. チェンバレン, 前掲訳書, 261頁。 注ー7) N. W. チェンバレン, 前掲訳害, 261頁。. -87. C 253)-.

(4) ある, と。 したがって企業は国際的な舞台において, 本国がもつ特性や能力そして権 力を利用し, 企業自体の目的と利益をえようと行動すると同時に, その行動 自体が本国にも利益をもたらすことは期待しうるのである。 このことは歴史 的にイギリスの東インド会社の事例に妥当するが, 今日の国際企業, たとえ ばゼネラル・ モ ー タ. ー. ズにもあてはまるものであると指摘している。 そして. チェンバレンは結論としてつぎのように表現している。 「この訟味で. 視代 の国際企業は本国政府の代理機関であり, 本国社会で, 自国の価値セットの 産物である, 企業固有の特性の収穫を刈りとる手段であると見ることができ る。 国家の利苫と企業の利害は共通の国際的枠組の中で相互に作用し合うの —. である。」注 8)たしかに企業とくに国際企業といわれるものの行動が, 国際的 な環境のなかにあって, 本国の国家および国民の代理的機関の役割をはたし ていることは, 一. り, また. 3). あとにみる松下電器の事例を考察しても いいうることであ. 般的に周知の事象を通しても確認しうるところでもある。. 企業体の自立的機関. 国際企業の行動が, ただ本国の代理的機関で終始するわけではない。 本国 が企業にたいする拘束を完全に離脱することはできないにしても, 企業行動 の領城が多数の国々へ拡大するにつれて, 国際企業はいわば「複合的な基地 」を獲得することになる。 そこで企業は本国と同様に進出国によって特殊な 拘束をうけるとともに, 本国に加えて進出国から新しい権力を獲得すること を意味する。 つまり「この過程で, それは国民経済の単なる代理機関にすぎ ない場合に比べて, より高度の独立性を獲得する。 企業は複合的な活動基地 を利用する戦術によって, その独立的な組織活動を実現することができるの 注—8) N. W. チェンバレン, 前掲沢北262頁。 -88. C 254)-.

(5) である。」注9) このことはとくに大企業についていえることで, 「経済システムの 特殊の 諸目的」と独立して,「ある程度の自由裁量と 戦術上の専門的知識」を獲得 するようになる。 これについてゼネラル・ モ ー タ ーズのF.G.ダナー (Frederic G. Donner) 会長の講演での言葉を引用して, チェンバレンは解説してい る。 すなわち国際企業は「新種の資本主義」を創造しつつあるという。 それ は「国境を越えつつある一つの制度」の発展であり, それらの大企業をある 特定の国籍に帰属させること自体もはや適当でなくなりつつある。 こうした 大企業を特定の国家ないし国民経済の立場からだけ理解することはむしろ間 違いをおかすことになる段階になりつつあり, まさに「それらは, 利害と野 心, 投資, 従業員, 顧客といった点で国際的資源である」注10) といえよう。 したがって企業, とくに国際企業といわれる大企業の立場は, 本国のある特 定の経済システムの下位システムであると規定することがほとんど不可能に なり, 曖昧となり, それらの企業が行使する自由裁量の前提も不明確となっ てくる。 こうした「大企業の両面性」の増大というのは, チェンバレンによればア メリカの場合, アメリカ自身が招いたものであるという。 それは反トラスト の告発を回避して, 国内での種々な境界のなかの成長より国外でのそれをも とめ, 国内経済システムの枠外での拡大が企業の目標達成に容易であると考 慮したからである。 もっともこの要因がすべてであると強調するわけではな <, バーノン教授 (Raymond Vernon) の議論をとりいれて, 先導企業(最 初に行動する企業)はともかく,. 「競争のもみ合いの中でとり残されはしな. いかという懸念が働いて, ほとんどの海外事業が促進されている」注11) とし て企業の「自衛策」であるとみ, 「国外活動は独自の イニシアティプよりむ. 注ー9) N. W. チェンバレン, 前掲訳書, 263頁。 注—10) N. W. チェンバレン, 前掲訳書,263頁。 -89. C 255)-.

(6) しろ模倣によるものと解釈することができる」注12) ともいう。 いずれにせよ .. 大企業の多国籍化が, 「大企業の両面性」 を増大させていることは 事実であ り, むしろその理由の主因なり動機については, 大企業の本国の状況や事情 によって種々であり軽重があることであろう。 したがって国際企業といわれ る大企業の両面性, すなわち自立的機関としての機能や役割はますます増強 されることになろう。 このことについて多少の注釈を松下電器の事例との関連において付加して おいて, さらにのちで詳細に考察の機会をもちたい。 松下電器が輸出を中心 にした貿易業務を社内に組織化しやがて細分化, 専門化して関連企業として 松下電器貿易を創設したのは, すでに戦前であったことについてふれたとこ ろである。 ただ貿易実務の窓口としてはともかく, 海外戦略の中枢はやはり 松下電器そのものにおいて策定され, 組織されており, とくに戦後最近まで の変化がその組織に表現されているといえよう。 戦前の松下電器の貿易部は, 戦後において海外事業本部にまで展開され, やがて貿易および資本の自由化という国際化の環境に対応して企業全体の組 織体制を二大別化し, 国内経営局と海外経営局に組織化し, 販売だけでなく 開発から生産まで一貫して分化する体制をとっている。 これはまさに企業全 体の一部分, 一聴能としての海外事業の役割では十分でなく, 企業全体その ものの役割として 多国籍化に ともなう「両面性」 に 対応したものといえよ う。 しかし国際的な環境の変化はさらに松下電器の組織の適応をもとめる。 すなわち国内経営局と海外経営局の分化は国際的な環境の変化に対応したも のではあったが, 環境の変化が急激で複雑であればあるほど企業全体として の統合化が機能的にも組織的にももとめられる。 そこに経営局制の形骸化が あり, より海外市場に密着した開発, 生産, 販売の専門細分化の組織体制と, それらを企業それ自体, 全体として理念的にも機能的にも再統合化する組織 注ー11)-12) N. W. チェンバレン, 前掲訳書,264頁。 -90. (256)-.

(7) 体制がもとめられつづけているのである。 国際企業としての両面性をふ まえ つつ, なおそれらを企業それ自体としてまた全体として, まさに自立的機関 として強力に再統合化しようとしている努力である。. 4). 進出国の代理的機関. 国際企業の行動は本国だけでなく進出国にも利益をもたらすことになる。 なぜなら進出国も国際企業を, 社会における企業の関係によって「自己の経 済発展の諸目的を 追求するための用具 」として, 「それ自身の目的達成のた めに開発•利用すべき手段」として, 活用するようである。 その方法は典型 的には,「資本の注入」による機能であり, 国外でしか購入できない特殊な 機械や設備を導入することができ, 国内外の市場に対応することも可能にな る。 国際企業の「前進基地」での役割には, そのほかにも利点があげられる。 「雇用機会の拡大」がそれであり, その効果は量的だけでなく質的にも「訓 練計画の対象」として「技能の向上」をもたらすことになる。 また「新工場 の設置」は・ 「補助的事業活動—原材料・構成要素供給業者, 部品下請業 者, 建造物・道路の建設業者一ーの機会」を提供もしえる。 さらに国際企業 の進出が, かえって自国製品の「外国市場に参入させうるためのパイプライ ン」となるともいう。 もっとも チェンパレンが 強調する 「国際企業の最も有意義な貢献の一つ は, 進んだ工業技術や本国企業の研究所の研究成果に接するという形をとっ てあらわれる」注13) という。 たしかに国際企業の高能率な生産技術なり専門 知識を進出国の経済社会に伝播し拡大することに役立つであろうし. さらに 他の用途へ応用されて技術はさらに高度に洗練され普及することも大きな一 注—13) N. W. チェンバレン, 前掲訳書, 265頁。 -91. (257) -.

(8) つの必然的な副産物である。 またいま一 つの貢献は, いままで地方的な産業であったものが国際企業の 進出による刺激, 「競争上の利点」から, 拡大することになる。 すなわち 「外国のノ 「このようなノ ー. る」注. ー. ハウの不断の流れは,. 進出国の新しい産業として急速に ー. ハウヘの接近」の効果であり,. 多額の本社研究• 開発費が 引き受け. 14) ことの成果である。. 進出国はさらに国際企業にたいして, いわゆる「国家統治権」をもってお り, それを駆使することによって「発展の用具」としての価値を増大するよ う努力する。 そして国内補助産業を育成したり, 資本市場を発達させたり, 地域経済の振興をはかったり, 種々な方法で成果をあげ, かつまたそうする ことによって企業行動にたいするより強力な国内統制を確保しようとも意図 する。 それは国際企業が進出国にたいして貢献もなしえるが同時に不利益ももた らしえるからである。 なぜなら国際企業は多数の前進基地で行動するため, その「企業帝国」の経営において 柔軟性をもち,. いわば「経済的勝負師精. 神」の発揮によって, 複数の進出国の便宜を打算し, 企業自体の利益になる よう行動するようである。 国際企業の本国本社に, 基本的かつ全般的な意思 決定が集中 されているところに,. むしろ 企業行動の柔軟性の鍵が潜んでい. る。 たとえばチェンバレンは, キャタビラ ー ・トラクターやゼネラル・モ ー タ ー ズの 事例を とりあげているが,. 研究としてもA. W. ジョンスト ー ン. (Allan W. Johnstone) の成果をとりあげ, 進出国での出先企業がもつ自由 裁量範囲は投資決定, 財務, 購入, 価格づけ, 製品ラインの諸決定, 研究・ 開発, 配当政策など種々あるが, かなり制限されたものであることも現実で あり, とくに要約して「意思決定過程でアメリ カに集中するのは, 外国に非 常な影響を及ぼす決定がしばしば無造作に行われることから見て, とくに反. 注ー14) N. W. チェンバレン, 前掲訳書, 266頁。. -92. (258)-.

(9) 対すべきことのように思われる」注15) ということを引用している。 こうして国際企業はしばしば進出国の経済政策にある程度までの影密力あ るいは支配力さえ行使するようになる。 とくに本国および進出国のいずれか に相当の資本集中がみられる場合にそうであり, たとえばアメリカ がもつカ ナダヘの影椀などその好例であるという。 これにたいして進出国の政府は. 屈用促進. ィンフレ抑制や経済誘導などに努力をはらうため,企業行動に種 々の経済的誘因をはじめ圧力までかけるのであるが, 国際企業の影響が広範 囲になれば反応なり効果は鈍化するようになる。. まさに国際企業 そのもの. が,「行動の動機は受入れ 国経済ではなく親会社の利益である」 から当然と いえよう。 勿論それでも必要なときには進出国が国際企業の行動を統制し, その自己 利益の追求と柔軟性を制限しようと努力する。 しかし国際企業の立場からす れば, 国家の統制が壁荷になればなるほど. もっと好意的な進出国を選択す るよう意図するであろう。. そこに国際企業行動を めぐるジレンマが存在す. る。 チェンバレンもいう—ある国が外国の直接投資の結果生じる利益を得 たいと望むなら, 国際企業との交渉関係を避けることはできない。 その国が 外国資本を 必要とすればするほど, その交渉地位は それだけ弱くなる 一一 と。 それは両刃の剣としての, 進出国の代理的機関としての役割である。 松下電器の事例としてだけでなく, 我国の企業が海外へ進出する場合, 経 済的のみならず社会的, 文化的さらに政治的にも種々な摩擦を惹起している 事実は周知である。 進出国の代理的機関としてのプラス機能の充実もさるこ とながら, むしろ本質的な機能におけるマイナスを如何に克服するか, これ からの課題といえようか。. 注ー15) Allan W. Johnstone, United States Direct Investment in France, The M. I. T. Press, Charnbridge, Mass., 1965, p.89.. -93 (259)-.

(10) 5). 二重統治権 と 政府 間 不和. 国際企業の進出国での問 題の核心は, 現地子会社への二重統治権にある。 すなわち進出国での子会社は, 現地の統治権のもとに行動するのが当然であ るとともに, 本国およびそ の統治下にある本社の指示にもとずいて行動して いる。 したがってつねに二つの独立した最高権限に責任を負わなければなら ないし, しかもそ れらが共通の利害と見通しにたつときはいいが, ときには 相異し対立することすらあるところに問題が惹起す るのである。 このことをチェンバレンはつ ぎのように説く――子会社は活動している国 の制度市民として, 国家政府が最高権限であるそ の国の経済 シ ステ ム の単位 である。 政府が統治権を主張すれば, こ れらの企業単位はそ の自由裁量と権 限とを承認し受容する。 個々の政府活動に不満をもらし, そ の政策の変更を 求めることであろうが, 政府がもつ憲法上の権能範囲内の権力は容認する。. ,. ,. ,. ,. 子会社は, 政府が終局の権限をもつ組織された活動のシステ ム 内では弱小単 位であることを知っている。 しかし, これらの同じ企業単位は他国所在の会社本部が最高権限である, いま一つの組織された シ ステ ム の部分でもある。 会社本部が中央の権限を主 張すれば, 子会社である諸単位はそれに対して責任を負わなければならない。 子会社は個々の本部活動に不平をもらし, 会社政策の変更を 求める こ とはあ ろうが, 会社本部のもつ権能範 囲内の権力は容認する。 子会社は, 本部経営. , , , ,. 管理が終局の権限をもつ組織された会社活動のシステ ム内では, 弱小単位で あることを知っている一ーと。 しかも「国際企業の理念, 利害, 諸目的が一子会社が営業しているある国 の政府の理念, 利害, —. い。」 注. 諸目的と同一で なければならない 理由はまったくな. 16) むしろ実際には,. 多国籍化している国際企業ほど, 利害の相反する. 注—16) N. W. チ ェ ンバレン, 前掲訳書, 270 頁 。. -94 ( 260 )-.

(11) 国々で営業するこ と になるし, と うていすべての進出国の目的 と 合致するこ と は困難 と なる。 だが 「子会社は, それでもやはりその国の経済システム と その会社システムの ど ち らにも不可欠の構成単位である」注17) こ と に, 非常 な 困難がある。 「システムは下位システムに優先する。」 注. ー. 18)したがって組織上,. 本国本社. の目的は進出国のそれらに優先する。 それらは企業全体の目標 と して, 投資 利益率や販売高, 資産高の成長のような全般的目的だけでな も 将来のため の戦略など特殊な目的についても, 本国本社の経営者層は提示してくるであ ろうし, それらが現地子会社の諸目標 と 似通っているこ と もあれば, むしろ 相反するこ と もあ ろ う。 そしてチェン パ レンもいうように 「しかしながら子会社の諸目標 と 相反す る活動によって全社的目標の達成が最もよく促進されうるならば, 最高管理 層は指示された方策を と るのに長くは鋳躇しないであろう。」 注19) だが 「しか し, 受入れ国の利益 と 最も緊密に和合 するのは子会社の繁栄であって, 全体 と しての会社の繁栄ではない」 注20) こ と も確かである。 「このような行動は組織の性質そのものが命 じ るこ と である」注21) と チ ェ ンバ レンがいうように企業組織の宿命であろう。 本国本社の利益 と 対等の位 置を進出国の子会社の独自の繁栄に与えた と したら, 本部 と しての機能を果 たすこ と は不可能にな ろう。 それは財務 • 投資問題についてだけでなく, 企 業の成長 ・ 拡大の 問題についても同様に璽要であるのだが, しばしばこの基 準が進出国において, れてはならない」 注. ー. 「子会社のそ れ 自 身の社会に対する奉仕機会が 剥奪さ. 22) と いう現地の民族主義者の議論に遭遇するのである。. 注ー17) N. W. チェンバレン, 前掲汎書, 270頁。 注ー18) 注ー 19) N. W. 注ー20) N. W. 注ー21) N. W. 注—22) N. W.. II. 前掲 訳苔, 前掲訳 書, 前掲訳 書, 前掲訳 書,. 271 頁。 271 頁。 271 頁。 271 頁。 271 頁。. -95. ( 261 ) -. II. チェ ンバレン, チェンバレン, チェンバレン, チェンバレン,.

(12) あくまで も 国際企業の進出国での子会社は, いわゆる二重統治権という双 頭の鷲につねに苦悩する本質をもつ。 チェンバレンも強調するように 「多国 籍企業が機能を果たすかぎり, 従属諸単位を導き, ま た 差 別化する意図をも っ た目的や規範を中央で確立する必要性を回避することはできない」 注23) の である。 したがって国際企業の下位諸単位はある程度の自由裁蓋をもつが. そ の行使はつ ねに上位の権限によって許容されてた前提の範囲内でなければ ならない。 しかも進出国現地の経済 シ ス テムの要 求をはじめ種々の制約のな かで現実の行動はせ ざるをえないのである。 このことは進出国の国民にとっ て状況はいっそう曖昧になり. とくに現地子会社の経営者にとっては自分自 身の国民としての立場と企業自体の利益にかんする立場が相反する場合がし ばしばありえる。 経営者自身の 企業での昇進と 自国の利益という, まさに 「二つの昇進の道は互いに相 容れないばかりか, どちらを選んでもそれ 自 体 の内面的な矛盾を生むのである」注24) が。 国際企業の進出国政府は, 現地の自由裁量を制限するのに法的に対処しよ うとしているが, 多数の前進基地をもつ国際企業がかなりの柔軟性をそなえ ているため, 政府統制の効果に制約をもつのを実態としている。 こうした実態にくわえて政府間の不和が生じた場合には, さらに問題が露 呈される。 つまり国際企業の本社と進出国政府や現地子会社の利害の衝突だ け でな < . 本社所在の本国と子会社現地の進出国との衝突が惹起する場合で ある。 これについて チ. ァ. ンバレンもい っ よ っ に「本国は企業を国家政策の用. 具 にしながら. ときに国際政策の用 具とする」注25) のである。 たとえば事例 としてあげているア メ リ カの場合など キ ュ ー パや中国など非友好国にたいす る企業の取引 を禁 止する立法を通過 さ せたり, 自国の独 占禁止立法を海外子 会社の行動に適用したりしている。 注ー23) N. W. チェンバ レン, 前掲訳書, 272頁。 注ー24) N. W. チェンバ レ ン, 前掲訳祗 272頁。 注ー25) N. W チ ェ ンバ レ ン, 前掲訳書, 273 頁。. -96 ( 262 ) -.

(13) したがって 「会社という機関を媒介として政府が他国経済の諸事象に こ の種 の干渉をする こ とは, 現実には国際企業の活動は一面では別々で あ り, 他面 では連鎖する二つではなく三つの経済システムを巻き込む こ とを示 唆してい る」注26) と。 すなわち第一の経済システムは国際企業の本国のそれであ り, 第二は国際企業の前進基地の多様な進出国の経済シス テムであ り, 第三は本 国からも進出国からも部分的では あ るが独立化しえる国際企業それ 自 体の経 済システムである。 そ こ でふたたび国際企業の こ れからの役割が問い直され なければならない で あろう。 つ まり 「世界中をその活動領域とする会社にと って, ある特定国の市民権がどれほど肝要 だ ろ うか」 注27) と。 松下電器をはじめ我国の企業が国際企業としていかなる実態にあり, いか なる行動をとっているか まだ まだ研究の余地の ある領域であ る。 さらに国 際企業というより,. あ まりに多国籍化するこ とによって, 「 あ る 特定国の市. 民権」や「制度市民」で あ る必要がなくなるであろう, いわば 「世界企業」 なる新たな企業像への展開がいかになるのか. こ れから考 察すべき対象であ るといえよう。. 6). 国際憲章下の企業行動. たしかに「 巨大な国際企業は世界の一体化に貢献するという考えでその出 現を歓迎する向きもあ った」が, はたしてそうだろうか。 どんな国の利害も しのぐほどの利害を も つ企業なら, 本当に民族主義の活動を鎮静させると期 待できるで あろうか。 巨大な国際企業がはたして世界企業としての貢献をは たせるのであ ろうか。 こ れについての チェンバレンの見解をしばらく忠実に理解してお こ う。 そ の論拠を一ー業績達成を誇りにする感覚が人々を刺激して, なんらかの組織 注—26) N. W. チェンバレ ン, 前掲訳雀, 274 頁。 注ー27) N. W. チ ェ ンバ レ ン, 前掲訳書, 274頁。. -97 ( 263 )-.

(14) 単位に属し, それを特殊の諸目標を達成するためのさらに効果的な用具とす べく活動させるのである一ーと。 また比喩として-ある教授が自分の大学 の振興に関心を抱くとしても, そのことが彼の専門研究に対する献身を傷つ けはしない一ーと。 そして展開してつぎのようにいう一ー 企業の諸目標と社 会の諸目標とがすべて同義とは限らないにしても, すぺてが相違していると はいえない。 同 様に,. 一. 国の経済発展に尽くすことが国際社会と必然的に相. 容れないというのではない一ーと。 事実このような国家的努力が国際的諸目 標の達成を支援した事例はいくつもあり, たとえば第二次世界大戦後の マ ー シ ャ ル・ プランが そうであり, また現 在の種々な 海外援助計画 もそうであ る。 したがって_ 同 時に, 企業が国民経済の諸目的達成の効果的用具 であっ たのと同様に, 国際企業は国際的諸目的を達成する効果的手段とされよう。 しかしそのためには「有効な国際的組織の出現」 が必要であり, 外国の努力 や利権に支配される懸念を鎮静する前提が肝要であろう。 そのことは「超国 家的権威」の形成をうながし, つ ぎのような状態を期待しえるものという。 一言でいえば「有効な世界的組織の成立」 であるが, その内容はこうであ る。 ここでいう世界的組織というのは 一ー やがては, 単に構成員国の代理機 関として機能するよりはむしろ別個の本体と権限をもち, 組織独自の諸目的 を生み出すであろう自らの価値セ ッ トを備えた一ーものであるという。 この ような世界的な国際組織が現実化すれば, 国際企業の行動にも種々な規制が 付加され, たしかにチェンバレンもいうように「終局的には国際企業はある 単 一の国よりはむしろ国際的組織に対して責任を負うよ う になると期待す る ことも, 無理でないように思われる」注28) であろう。 そしてトイン ビ ー (Ar­ nold Toynbee) の ハ ー バー ド ・ ビジネス. ・. ス ク ー ル 50周年記念 祝典での講. 演を引用して, 最後にこう結語している。 「将来の ビジネ スマンは 一つの世. 注ー28) N. W. チェ ンバレ ン, 前掲訳書, 276 頁。 -98. ( 264)-.

(15) 界の全文官の中でも重要人物の一人であろうと思う … … 。 次代の ビジネ ス マ ンた ち のほとんどが, 肩書のいかんを問わず, 民族の絶滅に対 し てわれわれ がとりうる唯 一の方法だと思われる, 新世界秩序の建設と維持に従事するで 「企業の役割はもはや 一国の. あ ろ う」というトイ ン ビ ー の予言をふまえて, シス テムによって限定 さ れるのではなくて,. 一. つの国際的な政治 ・ 経済シス ー. テムが徐々に明確となるに従って拡大するであ ろう」 注 29)と。 これについ ては国際連合をこえて 世界連邦を建設 し ようとする提唱や運動 が, 現 在すでに展開 さ れつつあることか ら 一連の兆候を見出すこともできる し, ヨ ー ロ ッパにお け る E C 諸国の現実は将来の世界的な規模に お け る模型 であるともい いうる。 こう し た形成への動力や要因は, 経済的, 政治的 だ け でなく案外に軍事的な問 題や核など技術的課題が梃子の作用 をするかも し れ ない し , それを促進するのに文化的あるいは宗教的 な 勢力 が効果ある働きを するかも し れない。 また世界的な国際組織そのものより, む し ろその下位単 位であり構成員である国々の要請や活動によ っ て下か ら 押 し 上げ ら れるよう に構築 さ れて, たとえば国際連合 が改良. 拡充 さ れ形成さ れる漸進的な過程 をたどり, その促進剤と し て各国の国際企業 が実質的に効果ある行動を推進 するのかも し れない。 そこにわれわれがみようとする松下電器もふくめて, 我国の国際企業も一員と し て将来の役割をはたすことを期待 さ れよう。. 7). 国 際企業の行動事例. 国際環境のなかで国際化 し た大企業がいかに行動するか, この問題につい て チェンバレ ン の所論をそのまま忠実にふまえてきてみたのであるが, さ て 現実の問題と し て実際の事例にて ら し て考 察するとどうなるであろうか, そ れがこれからの課題である。 とくに松下電器という事例をふまえて検討 し て みたいとおもう。 注ー29) N. W. チ ェ ンバレン, 前掲訳書, 276 頁。 -99. ( 265)-.

(16) も っ とも国際環境を時間的な尺度において, 過去から現 在ないしかなり予 測の可能な将来までの期間とそれ以上のま さ に予言の範囲にはいる将来への 期間は区分して検討したほうがよかろう。 それに企業そのものにしても, 規 模的な尺度としてただ量的だけでなく質的にも, こ れまでの多国籍化した 巨 大企業の段階から国際企業そのものとして成熟をへた段階, さ らには国際憲 章下における 巨大企業としての世界企業といわれる段階まで区分して検討し たほうがよ かろう。 そして こ こ では予言的な将来の期間やいわゆる国際憲章下での世界企業の 段階での行動の考 察は, トイン ビ ー や チ ェ ンバレンのそれにゆだね, せいぜ いその類推としての理解にとどめてお き たい。 したが っ て多国籍化した大企 業 がいかに国際企業としての成熟の過程を現 在たどりつつあるか, こ れを松 下電器の事例をふまえながら検討してみよう。 しかも チェンバレンの国際企 業の考察の手 順を ふ んで重点的に概要をみたい。 ま ず松下電器が本国たる 日 本, いうなら 「出 自 国の代理的機関としての機 能」をはたす 役割については, すでにふれた機会注30) から容易に 理解しえ る。 すなわちその典型は結果としての行動の是非は別にして, 戦前における 松下電器の行動にその原型が見える。 当時が軍国主義の華やかな富国強兵の 国策であ っ たなかで, とくに 「産業報国の精神」「順応同化の精神」を経営 理念の一条にもつ松下電器では, 東南アジア を中心とした進出国での行動は 民需産業を中核にしているとはいえ, ま さ に「出自国の代理的機関としての 機能」をはたす役割であ っ たであろう。 も っ ともそれは松下電器にか ぎらず やがて軍事体制下に組み込まれる企業は例外な く 代理的機関としての役割を はたす こ とになるが, その こ とはのちにな っ て戦後のいわゆる 「日本株式会 社」 の展開 をみてもただ時勢的なものだけではな く , 歴史的にも風土的にも 「出 自 国の代理的機関としての機能」をはたす特性が, 国 家 に も ま た国民に 注—30) 拙稿, 商経学叢, 「松下電器の事例研究」 シ リ -100 ( 266)-. ー ズ参照。.

(17) も, したがって企業にも, 松下電器にかぎらず, しか し 理念的そ して行動的 にと く に松下電 器でみられるよ う におも う 。 しかし松下電器も企業として「自主独立の責 任経営」 は 似 榜 すると こ ろで あり, 独自の「事業部制」の運営もそこに基礎をおくが, 民需産業を中核に あくまで自立的機関として行動を展開する意識と行動をもっている。 したが って企業内外にわたって海外事業をそのよ う に位直づ け 組織化 しきたってい ることは, すでにふれたところでもある。 すなわち海外事業を最初の段階で は製品輸出を中心にした貿易業務としながら, それをいちはやく独立採算制 の 法人化に組織 し, 海外市場志 向の行動をより徹底しよ う と意図している。 それは戦後の段階において, 製品販売だ け でな く 工場をふくめた企業進出に まで海外事業を展開しよ う とするにあたって, 海外事業部そして事業本部へ と自立拡充させ, やがては国内事業と二大別化して海外経営局にま で位置づ け 組織化することになる。 これは企業内的にも海外事業を自立化するととも に, 企業外的には国家的とい う より, より広く国際化された社会的な存在と して機関として行動する領城を自立的に拡充していったことでもある。 その 自立的機関と し ての行動の領域なり展開をより詳細にするのは, ここでの当 面の目的でもないので別途の機会にゆ ずるが. い う までもなく戦前 の東南ア ジ ア を中心に した領域から戦後しかも最近では欧米各国をはじめ世界的な規 模にまたがり, すでに国際企業の水準とい う より世界企業のそれといえるか もしれない。 また企業行動の展開も, 製品 輸出はもとより世界各地からの資 材輸入をはじめ, 進出国での製品販売から現地生産や技術指導さらには設備 投資など多岐にわたるあらゆる拡大をみており, それらはた しかに本国, 日 本および進出国それぞれの幾多の制約はあろ う が, 本質的には企業独自の自 由裁量な自立的機能としての役割である。 そ う い意味では特定の出自国の国 策だけ に制約されえない, 進出各国の国策もふまえ, しかもそれらの国策の みに制約されない, まさに自立的な, したがって国際企業とよべるに返 当 な 水準の行動様式そしてそのための意思決定のシステムなりメカ ニ ズムを形成 -101 ( 267)-.

(18) し き た っ ているよ う におも う 。 それが世界企棠といえるにふ さ わ しい, 囚際 憲章下における企業行動の水咽に到達 しえているかど う かは, 国際踪境から し てもいまだ しとい う のがむ し ろ 適 当 であ り , 企業自体と しても今後の課題 であるといえよ う 。 さ て 「進出国の代理的機院と しての機能」はど う であ ろ う か。 松下電器の 海外事業活動の実際での特徴をみると, 理念 レ ベルと行動 レ ベ ルの二面でつ ぎのよ う なことが注目 さ れる。 まず理念的には「産業報国の精 神」を多国籟 化 し たともいえ, また企業提携 しているオ ランダのフィ リ ッ プスの海外事業 の方針をふまえたともいえよ う が, いわ ば現地主義であ り , 進出国の市場的 にも経済的, 社会的にも国益に貢献するよ う 「 自 主独立の責任経営」をモ ッ ト ー に している。 その意味ではま っ たく 「進出国の 代理的機関と しての機 能」 を忠実なまでに遂行する役割をはたそ う と意図 している。 それにたい し 行動的には, かならず しも「順応同化」の字義どお り とい う よ り . い わ ば松 下方 式. ナシ ョ ナル ・ システ ム を現地化 し 翻案化 して・ 「和親 一致の精神」 および 「力闘 向 上の精神」を滋養 し , 「日本的経営」 とい う か, なか んずく 「松下的経営」 を多国籍化 し国際化 しよ う と努力 しているよ う である。 そこ には比喩的ではあるが, 「和魂洋オ」の逆転の発想ともみられ, これまでの 日本型の企業行動とはい さ さ か 相異 しているよ う におもわ れる。 さ いわ いこ れまでの松下電器の海外事業において, とくに進出国での問涵の惹起は経済 的にはもとよ り 文 化的な摩擦と してもあま り ないよ う であ り , む し ろ 好凋な 事業展開をえているよ う である。 この事実からすればすくなくとも現在まで のとこ ろ 松下電器の海外事業への企業行動は有効であ っ たといいえよ う 。 だ が将来においてはど う であ ろ う か ――多国籍企業の段階よ り 国際企業, さ ら に世 界企業の段 階にいたる進出各国での企業行動は, 松下電器をふく めて我 国の企業にど う 対応をせまるのであ ろ う か。 たとえば「松下的経営」 の国際 化が, ますます有効なのであ ろ う か, 吟 味 さ るべ き 課題の一つ と いえるであ ろ う。. -102 ( 268)-.

(19) また「二重統 治権と政府間 不和」 の問題 はすで に 現実であり, とく に 現 在 では自動車の事例など周知であ るが, 程度の差はあ れ家電をふく めて電機製 品も同 様であ り. 企業 レベルを こ えた 困 難な 問題で あ る こ とはた しかであ る。 ま さ に 「企業の左右しえ ざる条件」 つ まり「統制不能要因」 と も いえる であ ろうが, 多国籍化した企業としては そ うと ばかりもいっておられない対 応の問題でもある。 こ れ については個別の企業としての松下電器だけがどう という対応ではなく, また ケ ー ス ・ バイ. ・. ケ ー スで対応も相異するのが 当 然. であろう。 たしかに平和時における二重統治権の問題は, 進出各国での良き 「制度市民」であ りながら本国本社での良き「下位単位」 と し ての現地企業 であり. 国際企業としての事業行動であ りえよう。 だが一たび異常 時. つ ま り政府間不和が惹起したとき に . はたして国際企業の組織部分と し て現地企 業が. いかに 自主独立の責 任経営をしているといえ, 進出国で良き「制度市 民」であ りつづけられるであ ろうか。 あるいは多国籍化した世界企業とまで いえる段階 に あ れば, はたして本国をふくめて「あ る特定国の市民権」 は不 要であ ろうか。 そ こ に国際企業の行動の目的や規範の自立性と代理性の相克 がいつまでもあ るよう におもえ, 問題はむしろ永遠 に あ るが課源は両性の均 衡 に あ り, いうなら歴史と風土の状況と条件 に 対応した軽重の配慮というか 中道の探索が肝要なのではあ るまいか。 こ の こ とはいうま でもなく松下電器 の行動にも妥当する こ とであ ろう。 最後に 「国際憲章下の企業行動」 にかんする松下電器の検討 に ついては, ま さ に 予言的な将来の段階の こ とで あ り, 吟味する能力も持合 せないが, ぁ えていえ ばより「有効な国際的組織の 出現」 は期待 しえるであ ろうし, そ の もとでの国際企業のたとえば行動規範はい ま までより変化し変容 さ れ ざるを えない こ とだけは確実であ ろう。 そ こ での変化と変容が, 松下電器をふくめ ていつの時代に か,. ト イ ン ビ ー が 予言したような企業行動になるかどうか,. ま さ に未知の世界であ るといえようか。. -103 C 269 ) -.

(20) 8). 結 び ー一 世界企業の展望. 最 初 の 段階で 「世界企業」 をはじめとして, チ ェ ンバ レンのいう 「国際 企 業」もふくめて, いわゆる 「多国籍企業」 とどう相異するのか, 実態がそこ まで成熟していないためか. 論談はあろうが定義らしいものはいまだ判然と しない。 あえて チ ェンバレン の 所論を展 開するなら, かならずしも多国籍化 し国際化した企業が, そ の まま国際企業とはいえないが, そ れ はす く な く と も成立の必要な外部的な条件であり, そ れに十分な内部的な条件, すなわ ち 企業主体として国内市場だ け でなく, また従阻的でも二元的でもなく, 国際 市場を全体として, い うなら国内市場をそ の 一 部として戦 略形成 し 怠思決定 する組織的な機能なり構造をもつ企業像が播かれるようである。 したが っ て 本国を中心とし進出各国のもついわゆ る価値セ ッ トをふまえながらも, みず からの企業の価値セ ッ トを国際的に形成しえている質的な水準が肝要となろ. つ。 そ れにたいし 「世界企業」 の 定義やいかんとなると, さ らに「国際憲章」 という不文律にしても合意 さ れた国際的な規範 の 形成が前提となり, そ の も とになる国際的な独自の価値セ ッ トを基礎として, そ れに適応的な行動をと りえる企業の みが 該 当 することになろう。 そ ういう意味では個別 の 企業をこ えた外部的な必要条件の成熟が前提ともなり同時にそ れに適応する内部的な 十分条件へ の 企業自体の対応があわせて肝要であることになる。 こうした展望にかんする松下電器 の 事例をふまえた検 討を是非とも展 開し ていきたいものであるが, 序言で述べたようにここで一応この段階で の 考察 の 一里塚に終止符をつ けておきたいとおもう。 以. -104 ( 270 ) -. 上.

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参照

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