会計選択をめぐる学説
34
0
0
全文
(2) 第45巻. 第 2号. に, 現実には限られた方法しかない。 この事実をどう説明すればよいであろうか。 以上のことを考えながら, 過去の学説にさかのぽりつつ会計選択のしめる位置を明らか にして, 今日, 会計の根本問題となるに到ったかを明らかにしたい。. II .. 会計選択の萌芽. 会計学が対象としているのは企業である。 企業の存在は所与のものであり, それが暗黙 の前提になっている。 従来, 会計学が問題としてきたのは企業活動をどのように数値に表 現するかということであった。 その限りにおいて会計は記録と伝達のシステムでしかな い。 しかしここで翻って, 企業にはなぜ会計があるかと考えてみればどうであろうか。 企 業の存在そのものと会計を切り離して見ることはできないであろう。 企業の存在は会計を 生みだすとともに, 会計は企業の存続を支えているのである。 こうして会計を企業の発生 や存続と関わらしめながら学説を展開した人として Coase がいる。 Coase は取引費用や 組織の費用が会計に及ぼす作用と役割を明らかにし, 選択のもともとの意味を探ったので ある。 そこで以下では Coase の学説を分析して, 今後の研究の出発点にしよう。 Coase は企業に関して (1937)111, (1938)121 の二つの論文を発表している。 この論文は企. 業組織における会計の役割を明らかにした研究である。 これは企業組織との関わりで会計 を論じた最初の論文というべきであろう。 Coase はなぜ会計研究を組織 (organization) に関わらしめたのであろうか。 また Coase は組織をどうとらえていたのであろうか。 従 来,会計学は企業の会計であり,損益計算を過大とすることが力説されてきた。 そこには, 少しの犠牲を払って多くの成果をあげることを目的とした企業観が基礎にあった。 あえ て, 与件としての企業の会計学でなく, 企業組織に関わらしめた会計学を主張するゆえん は何であろうか。 このことを以下で明らかにしたい。. 不確実性の存在 そもそも選択という会計現象はなぜ生じるのであろうか。 この疑問に答えることから出 発したい。 Coase は企業会計が収入・支出の計算でなく,収益・費用の測定であるところに大事な. 問題がひそむことを示唆している。 おそらくは, 収益・費用を基礎とする会計情報が組織 (1) (2). Coase (1937) Coase (1938) - 90 (310)-.
(3) 会計選択をめぐる学説(毛利) における独自の資源配分のシグナルであることを想定していたに違いないのである。 会計記録は単に過去の営業活動に関係する数値を開示するにすぎない。 それ故に. 会計 記録は過去に存在した条件が将来いかに続くだろうかを考えることなしに将来の活動に対 するガイドとして用いられることはできない。 企業が存続していくための数値を どこから 読みとれるか。Coaseは収益と費用の計算に求めたのである(310 収益や費用といっても, それは組織の中の どういう内容をいかに表現し, 伝えるのか。 またそれによって, どうしようというのか。Coaseは, 第一に収益も費用も収人・支出そ のものでなく, 時間にずれがあることを指摘する。 第二に, 収益・費用の数値には不確実 性があることを言う。 収益・費用はそういう性格をもつ情報なのである(4)。 組織の中では 収益と費用の変化をみてとり. 情報を利用する。 では, 収益と収人, 費用と支出には時間 のずれがあること, また収益・費用の数値には不確実であることが組織の資源配分にとり どんな意味があるというのだろうか。 Coaseは, 会計情報が収入• 支出計算でなく, 収益・費用計算であることに着目してい る。 収益・費用計算は不確実な要素を含むが. それを欠陥としてではなく, むしろそこに 大きな意義をみている。 かえって収入・支出計算のような確定的な数値は意味がないと言 うのである。 収益・費用が意味があるのは. そこに代替案が示されるからである。 経営者 は幾つかの代替案の中から選択できる。 支出と費用がなぜ時間的に同じでないのか。これについてCoaseは. もし費用が支出を 補てんするためであれば, 会計は支出をその ま ま費用としたであろう。 ところがそうでな いのは, 費用は支出の補てんにと ど まらず, 回収するという意味をもつからである。 つ ま り, コストの回収過程を損益計算は示すというのである。 このことをCoaseは機会原価 によって説明する。 例えば. 減価償却方法には違いがあり, どの方法を用いたかによって 費用の大きさは異なる。 なぜか, このことを代替的コストで説明すると. 答えはいたって 簡単である。 機械を使用するコストは, 幾つかの代替的使用の中で機械の使用によって得 ることのできる最大の収益である。 企業組織における会計の果たす役割を考えると. そこ に新しい コストの考え方を提示しなくてはならない。 それが機会原価(opportunity costs)の概念である。 この機会原価を代替的コストとも言う。 機会原価もしくは代替的コ ストというのは. もしその特定の決定をしなかったならば得られることのできた収益であ る。 つ まりはその決定をしたことによって. 失った収益である。Coaseによれば, この特 (3) Coase (1938, 471) (4) Coase (1938, 537) - 91(311)-.
(4) 第45巻. 第2号. 定のコスト概念こそは. 経営問題の解決に唯一のものである。 減価償却方法の選択は, 代 替的なコストの選択問題であった。 会計方法が違えば費用の大きさも異なる。 幾つかの代 替的方法の中から選択することこそ. 組織における会計の基本的役割であった。Coaseは 費用を機会原価としてとらえた151。 それは. 費用を代替的原価としてとらえることからす る当然の帰結であった。 原材料の原価は. 購入に際し支出する貨幣額である。Coaseはこれこそ機会原価という にふさわしいという。 というのは. もし原材料を購入しなければ, その貨幣額は企業のた めに利用するだろうからである。 そこで企業の目的は回避可能なコストの計算をする時, 原材料のコストに対し どう割当がなされるべきかを発見することである。 それは, 売却す るか. 製造に使用するかのいずれかである。 会計慣行における材料の払出原価の計算は機 会原価ではない。 古い仕入原価を用いるか. 平均原価を適用するにしても. 過去の原価に すぎない。 それ故に. 棚卸資産の評価から導かれる数値が機会原価であると想像すべき理 由はないとしたのである。 さらに, 時価を原材料の払出原価に付すことにもCoaseは満 足しない。 それは材料の販売費が考慮されていないからである。 回避可能なコストと収益 の比較によってのみ. 特定の活動があるかないかの発見が可能なのである。 最適な企業活動を判断するのに本当は機会原価によらざるを得ない。 それが経営者の判 断に役立つであろう。 しかし現実の会計慣行を支える数値は取得原価であり, 機会原価そ のものを示すわけではない。 それはなぜであろうか。Coaseはこの現実を どう考えたであ ろうか。 取得原価は歴史的原価ともいう。 ある財の取得原価というのは, 異なる取得時点 の価額を合計した会計数値なのである。 この歴史的とは. 当期に生じた事象も含めて前期 から会計数値を引き継ぐことにほかならない。 期間計算を基礎にして. 前期から当期への 経営者が引き継ぐこと. また前期から当期への期間の交替がなぜ取得原価主義に大きく関 係するのであろうか。 資本の回収という場合. 回収すべき資本は必ずしも原価とは限らな ぃ。 時価こそが現在の時点で回収すべき資本といえるからである。 組織の費用を会計研究 の課題としたCoaseは,. 現在の会計慣行が時価を評価の基礎としていないことに不満を. 示したのである。 しかし会計慣行がなぜ歴史的原価を基礎とするかについてある考えを提 示している。 そこで考えるのは. コ ー ディネ ー タ. ー. としての経営者の役割である。 経営者. は会計評価に対し次のようなことを重視する。 株主. 取引先. 経営者の立場を考えていけ ば, 検証性が第一にあげられるであろう。 この時のコ ー ディネ ー トとは. まさしく企業活 (5) Coase (1938, 560) 会計選択を機 会原価に求める考えは, 今日まで Coase の 一貫した主張で ある。 - 92 (312)-.
(5) 会計選択をめぐる学説(毛利) 動の結果の報告にほかならないからである。 企業会計は, 本来, 機会原価を用いるべきで あった。 しかし, 過去の企業活動を報告する会計の役割からして機会原価を用いることができな い。 そこで歴史的原価を会計評価の基礎にして, そこに方法の選択を導入する。 これが機 会原価に代わって歴史的原価を基礎にした現在の会計慣行の到達した結果であった。 現在の会計慣行が測定しているのは, 実際に起こった取引であり, その意味で過去の表 現である。 ところが, 企業の決定は現在ないし, 将来に関わっている。 従って, 将来に起 こりうる事象を予測しなくてはならぬが, それには見積りがつき まとう(数値の推定)。 ま た利益をできるだけ大きくするためには, あれかこれかの行動を選択し, 決定を行わなけ ればならないが, それは また利得を失う機会でもある(リスク)。 さらに契約を結んでから 契約を履行する までには時間を要し, 支出がされ, 収益が稼得される までには時間的な差 が大きい(時間の要素)。 これらは総じて, 不確実性の要素と言ってよいであろう。 Coase が指摘するように 選択が機会主義的行動に基づくものでないとすれば, 単に市場価格あ るいは現在の仕入原価に近い払出価格が望 ましいということにはならないのである。 かくて, Coase は会計情報には不確実性が存在することを指摘する。 不確実性の意味は 次の三つである。 第ーは会計測定上の不確実性である。 会計上の収益・費用の数値は, 見積りによること が大きい。 固定資産の耐用年数は不確実である。 それは古くから指摘してきたように, 減 耗や損傷などの物的な減価によるだけでなく, 発明や発見などの技術的な要因, また需要 や流行の変化などの経済的要因を含んだ機能的減価によるからである。 棚卸資産について も, どういう順序で払い出しをしたか, また価格変動による影響は不確実性を伴う。 これ らの測定はもともと不確実であったのである。 それは, 会計数値の予測と実際のずれに関 わる不確実性である。 収入・支出と違い, 収益・費用は当該期間に関わる成果や犠牲分で ある。 第二は, 財を所有することに関わる不確実性である。 財の取得は, 将来の収益・費用に 作用するであろう。 設備は稼働することによって, 将来の収益を生み, またそれとともに 費用 (利子や修繕費) も発生させる。 経営者は設備の取得による将来の収益・費用への作 用を考慮しなくてはならない。 それはいくつかの代替案となる。 それは将来に対する人間 の判断に関係する。 人間の行動は将来起こりそうな 一 つの結果だけを考えてするのでな い。 起こりうる結果を想定し, 幾つかの代替案から選択するであろう。 第三の不確実性は, 時間に関わる当該期間の販売活動のために支出 (費用) をしても, - 93 (313)-.
(6) 第45巻. 第2号. その成果(収益) が当期に反映するとは限らない。 一部は次の期間に反映するであろう。 また当期の売上収益は前期の販売活動の成果でもありうるのである。 こうして考えてくれ ば, 会計上の収益・費用は対応しているかどうかは不確実である。 時間の観点からは対応 しないと考えてよいであろう。 収益・費用の比較のためにはこれら現在の時間に還元する のには, 現在価値を求めるほかないというのである。 いう までもなく, 遠い将来になれば なるほど収益・費用の見積りは不確定になる。 不確実性が増せば増すほど単一の数値の収 益・費用は賢要性を失う。 そこに代替性をもつ数値が必要となり, 同時に会計担当者に選 択問題を生むことになるのである。 第一の意味の不確実性はあ まり重要でない。 なぜなら, たとえ収益・費用が不確定で あっても, その数値は最終的には修正されていくものだからである。 第一の意味の不確実 性はいうなれば, 会計数値の結果に関わることである。 しかし, 本当に会計担当者が関心 をもつのは企業活動の結果ではない。 むしろ, 活動の過程である。 これに対し第二と第三 の不確実性は企業がどう行動するかの判断に関わるものであり, 決定的に重要である。 な ぜなら, 予測と実際の値とのずれは修正です ますことができるが, 将来の結果に対する判 断は企業のリスクに関わる問題であるからである。 不確実性下でどのように行動するか は, 幾つかの代替案の中から経営者が選択することである。 そのことは, 会計手続きや方 法に選択肢を設けておくことと結びつくであろう。 いずれを選択するのか, それは まさに 経営者のリスクテ ー キングに関係する。 従って, 不確実性の基本は第二と第三の問題なの である。 会計選択は まさし<' 会計情報の不確実性が生み出したものであった。 Coaseは不確実性の存在なしには企業の出現は不可能に思えるという。不確実性こそは 企業を考えるのに不可欠の要件であった。企業の存在なしには企業会計もない。とすれば, 不確実性は会計そのものを基礎づけているといってよいであろう。 会計現象, ことに選択 問題は不確実性に関わっているのである。 ここでいう不確実性は, 決して会計測定にみら れる例えば耐用年数の見積りとか, 方法の選択をめぐる判断, 恣意性のような狭義のもの だけではない。 会計測定をとりまく, 契約の不完備, 交渉にともなう時間, 情報の不確実 性, リスクなどより広義のものも含むのである。 もし不確実性がなければ減価償却そのも のもない。 Coaseは, 会計手続きや方法について最善のあるべき方法を求めてはいない。 幾つかの 手続き, 方法の存在を容認する。 大事なことは, その中から一つの方法を選択することで ある。ここにCoaseは力点をおいたのである。これは,後述の古典的会計学説があるべき 手続きや方法を求めて腐心したのとは対照的であった。 - 94 (314)-.
(7) 会計選択をめぐる学説(毛利) 取引費用の認知 会計における不確実性の意義の指摘とともに看過できないのは, Coase による取引費用 の発見である。 1937年に Coase が「企業の本質」を発表した際, 市場経済の中で企業がな ぜ発生するかを明らかにした。 この論文で Coase は企業の発生を取引費用によって説明 したのである。 企業を創るのがなぜ有利なのか。 主な理由は, 価格メカニズムを用いるの に費用がかかることにある。 組織化によって情報を手に入れたり, 交渉し また契約を結ぶ ためのコストを節約することができる。故に, 企業が発生する(61。 情報の入手, 交渉. 契約 にかかるコストを Coase は取引費用とよんでいる。 企業を組織化するためにかかるコス トを組織の費用という。 まさに企業は組織である。 こうした取引費用や組織化の費用は, 会計上の費用・収益とは直接には関係がない。 また, 損益計算書から取引費用や組織化の 費用を読みとることはできない。 取引費用や組織の費用は, 企業の発生や存続を説明する けれ ども, 収益や費用の測定そのものを判断する要素ではないのである。 組織の費用は, 組織を存続させていくのに必要なコストである。 そこでその作用を明らかにするのが会計 研究の課題にほかならない。 ここで, Coase が選択に際し看過されている重要な問題として提起したのは商品を転売 するのに要するコストであった(71。 また, 販売契約がう まくいかなかったさいに, 売却・処 分に要するコストである。 これらのコストが方法の選択にあたって考慮されなくてはなら ない。 棚卸資産の販売に要するコストやそれを在庫するコストが, 棚卸資産にかかるコス トである。 さらに, 在庫を払い出すための計画, 管理のためのコスト, また計画通りに販 売し得ない場合に備えて転用, 転売のコストも考えねばならぬであろう。 転売や転用のコ ストは, 契約や交渉のコストとは異なる。 財を保管, 維持するのに伴う, いわば負担する リスクである。 従ってそれは, 組織化したことによって, 企業が負担していくコストであ るといえよう。 選択の根本にあるのは取引費用である。 そこで取引費用の意義が問われねばならない。 Coase によると, もともと取引費用は企業がなぜ発生したかを明らかにするのに導入した. 概念であった。 取引費用は企業と市場を分けるものが何であるかを説明する。 市場で活動 するより, 企業をつくる方がコストが節約できる。 そこで企業は発生すると考えたのであ る。 しかし, Coase はこの論文において取引費用の概念を会計へ適用する意図は当初から なかったのである。 取引費用は企業の発生についてのみ意味をもつ。 しかし, 会計は企業 (6) Coase (1937, 390) (7) Coase (1938, 113) - 95 (315)-.
(8) 第45巻. 第2号. がなぜ発生するかという問題とは直接関係しない。 企業は既に発生し, 活動し存続してい るのである。 とすれば, 取引費用は会計事象とは直接関係しないというべきなのである。 従って, Coaseは取引費用と会計選択は結びつけなかった。 しかしCoaseによる取引費 用の発見はその後の会計研究を転換させていくことになる。. 組織の費用の作用 取引費用は企業がなぜ発生するかを説明する。 しかし企業は発生した後, 存続し成長し ていくのである。 このことをどのように理解すればよいのであろうか。 ここにCoaseは 組織の費用という概念を導入する。 それはおおよそ次のような考えである。 取引費用は, 疑いもなくなぜ企業が存在するかを説明する。 しかし, ひとたび大部分の 生産が企業内で行われ, 大部分の取引が企業内の取引であって, 市場の取引でないとなる や, 取引費用の水準は著しく減少する。 そして生産の制度的構造を決める支配的要素がも はや取引費用でなくなり, 特定の活動を組織化するのに必要な各企業の相対的コストとな るだろう1810 この指摘は大変重要である。 企業を組織化し活動をはじめるさいには取引コストこそが 基本であるが, いったん組織が完成し, 活動を継続する場合にはそれはもはや大事でない。 それに代わって, 企業の間のコストの相対的比較こそが基本となるというのである。 つ ま り, 会計の問題として考えれば, 企業間のコストの比較分析が重要となるわけである。 Coaseは, 全体のシステ ムにおける生産の制度的構造を説明するために, 特定の活動を 組織化するが企業間でなぜ異なるか, その理由を明らかにする必要性を指摘した。 会計研 究にとって重要なのは交渉や契約のコストのような取引の費用ばかりでなく, 組織の費用 を看過してはならないというのである1910 そこで, Coaseは, 経済学者が企業内部における様々な活動を組織化するコストの決定 要因を学ぶべきならば, 組織の費用は会計システ ムの効率性に依存するので, 会計学者の 助けをよび起こさなくてはならぬだろう, と言うのである。 そして, 企業の中の人々がそ の資源を使用する時, 費用と収益が比較できるように, そのコストを示す数値が与えられ る必要がある。企業活動は会計システ ムが働く効率性によって影響されるとする。そこで, 組織化の費用との間の選択がいかになされるかを理解するのに, 会計システ ムの役割を考 えねばならないというのである。 組織, 代替的な, 相互に関係した手段の中で, 選択がい (8) この考えはCoase (1990, 11) に ある。 (9) Coase (1990, 11) - 96 (316)-.
(9) 会計選択をめぐる学説(毛利) かになされているか, そこに会計システ ムが果たす役割を考えねばならぬというのが Coaseの立場であった。 だからこそ, 会計システ ムの理論は企業の理論の一部といったの である。 ある資源を用いることは, 他へのその使用を否定することなので, コストの数値は, そ れが経営の どこかで稼得するであろうものを示すだろう。 企業では, コストは会計システ ムによって計算され, 提供される。 そこで, Coaseは, 勘定が企業行動に関する デー タ の 源泉となりうることを示唆した。Coaseの企業の理論はあく までも企業の発生を明らかに したものである。 しかし, 企業は現実に存在している。 従って, そこでは組織化のコスト そのものの分析が必要である。 それには会計 デー タ が不可欠となる。 そこで, 会計 デー タ の利用は企業の理論の展開を助けるだろう。 故に, 会計学は企業理論の一 部であることは 疑う余地のないものとする。 要するに, Coaseの考えでは, 企業がなぜ発生するかという 問題を立てたさいには, 取引費用は重要な要素であるが, 継続中の企業にあってはもはや それは意味がない。 それに代わって, 組織化の費用, つ まり組織を継続していくためのコ ストの負担の仕方こそが最も重要なこととなるのである。 そして, 組織化の費用が, それ ぞれの企業ごとになぜ異なるかが問題となるのである。 その意味で, 組織化の費用を相対 的コストと名付ける。 そして, その理由を知るための鍵が会計システ ムであるのである。 以上のようにみれば取引費用とならび組織の費用が会計学の研究にとっていかに大事な 要件であるかが理解できるであろう。 しかし取引費用については, 交渉や契約をするのに 必要なコスト, また情報を手に入れるために要するコストとしているが, 組織の費用が具 体的に どんなものかについてCoaseは示していない。 従って組織の費用が会計選択に作 用することも述べていない。. 皿 会計選択への道程 前節では, Coaseの学説にさかのぼり会計選択の意味を明らかにした。 また取引費用の 認知が会計に どのように関係し, さらに組織の費用がいかに作用するかを述べた。 しかし, 1930年代当時Coaseの学説は顧みられることがなかった。 それにはいくつか の理由があろうが, なんといっても会計の対象である企業そのものに対する理解が不十分 であったことがあげられる。 企業はあく まで与件にすぎず, あるべき会計手続きや方法を 求めるのが会計の課題であった。 そこでは会計選択は重要視されなかったのである。 しか しその後においても, 会計手続きや方法を企業組織との関わりで考える学説が全くなかっ - 97(317)-.
(10) 第45巻. 第 2号. たわけではない。 古典的な agency theory を主張した Husband の学説がそれである。 そこで以下では Husband の学説を取り上げて. 減価償却の方法, 棚卸資産の評価方法. 収益認識について論点を浮彫にしたい。 Husband は早い時期から agency theory を唱えた人であったII�。 経営者は株主の代. 理人にすぎない。 そうした株主 = 経営者から成る企業観に立てば, 会計利益は投下資本に 対する回収資本の大きさによって決 まる。 それは まさしく取得原価主義によって支えられ る会計観であった。 agency theory の立場からすると,. 利益測定は貨幣資本維持で十分. である。 委託された貨幣を維持し, それを どれだけ回収し得たかが測定の基礎になるから である。 貨幣以外の財は, 投資した貨幣を回収するために, 取得され売却される手段にす ぎない。経営を貨幣資本維持の責任をもつ agency としてみるならば, 貨幣資本のみが維 持すること が必要であるし. 貨幣利益のみが計上できる。 経営者は株主から雇われた agent であるというのが Husband の考え方である。 利益は株主のものである。 しかし.. 企業の管理貢任は代理人たる経営者にある。 会計選択は経営者の企業に対する責任として なされるのである。 このような企業観から選択問題を考える。. 1.. 棚卸資産の評価方法. Husband は, 取得原価主義は実際原価と同義とする。 会計慣行が取得原価主義に立っ. ていることを認めた上で, 棚卸資産の評価はやはり実際原価でなくてはならないと考える のである叱 この考えを押し進めていけば棚卸資産の払い出し原価も実際原価でなくては ならない。 会計利益は. 実際の財の フ ロ. ー. に関係する。 これが棚卸資産の評価としての個. 別法である。 しかし.. Husband はこの方法は特定の棚卸資産の実際原価を識別することを要求する. ので, その適用は実際には不可能であることを指摘する。 そこで, FIFO, LIFO, 平均法は 個別法の代替的方法を用いるのである。この Husabnd の見解は個別法が本来の棚卸資産 評価であることを示唆している。 それは. 事実こそ真という立場に ほかならない。 以下に 見るように FIFO, LIFO, 平均法な どの方法が. 実際原価に近づけるための実践的な方法 として示されているのは興味深い。 先人先出法. 後入先出法 平均法は. 個別法に どうい う点で近づけているか. また実際原価と どこが乖離するかを明らかにしなくてはなる ま い。 実際原価が棚卸資産の評価方法の基本であるから. この観点から会計選択を考えるこ (10) Husband (1938) (ID 以下, 棚卸資産の評価につ い ての Husband の考えは (1940) (1946) (1960) を参照。 - 98 (31 8 )-.
(11) 会計選択をめぐる学説(毛利) とになる。 先入先出法 この方法は最も古い仕入原価を先に払い出す方法である。 個別法と対比するのは財の フ ロ ー である。 通常, 仕入れた財は旧いものか ら 順に払い出すであろう。 また期末の棚卸資 産は最新の仕入のものか ら 構成されるであろう。 Husband によると, この方法は財の フ ロ ー と大きなずれがないという。 そこに, 先人先出法が個別法の代替方法となる理由があ るのである。 払出原価 また期末の棚卸資産評価の点では どうであろうか。 財の フ ロ ー が通 常, 古いものか ら 先に払い出されるとすれば, 実際原価は最も古い仕入原価に近いはずで ある。 また, 期末の棚卸資産の評価は, 逆に最新の仕入原価こそ実際原価に近いといえよ う。 こうした, 先人先出法による払出原価な ら びに棚卸資産の評価は真実な会計数値を提 供しうるのである。 個別法による実際原価を真実とするな ら ば, 先入先出法は財の フ ロ ー を通じてそれに近づけようとする棚卸資産の評価方法であるといえよう。 先人先出法は実 際上においても旧い財か ら 払出があることを考えれば, 平均法よりも, 個別法に近いとい えるだろう。 個別法を棚卸資産の真の評価方法として, 先入先出法はそれに代わる方法と みていくことができるであろうか。 問題は実際の財が古い財か ら 順序正しく払い出されぬ 場合であろう。 後入先出法 後入先出法は最終の仕入原価を払出原価とする方法である。 実際の財の フ ロ ー が最後に 購入したものか ら 払い出されるとすると, 実際原価は後入先出法によって近似できるであ ろう。 Husband は一例に石炭を挙げている。最後の人庫分が販売されると, 最初に取得し たものが残り, 結果として, 棚卸資産は, 最初の入庫分か ら 成るであろう。 この考えも, やはり個別法による実際原価を真実として成り立っている。 Husband は, 財の実際の フ ロ. ー がこのようにな. ら ない場合でさえも, こうした順序を. 仮定できるとしている。というのは, 長期的には invoice の順序を調整できるか ら である。 棚卸資産の期首数量を基礎にして, 期末の数量になる まで仕入の順序で原価を付するので ある。 棚卸資産の評価額は, 後入先出法では, 市場価格と著しい差を生むことになる。 それば かりか, 最初の評価額がずっと将来にまでそのま ま続いていくのである。 これは先入先出 法な ど他の方法と根本的に異なる点である。 先入先出法にしても平均法にしても, 払出原 価と棚卸資産評価は価格変動の推移とともに変化する。 ところが, 後入先出法では, 棚卸 資産評価の基礎は将来においてもほとん ど不変なのである。 それ故に, 先入先出法と後入 - 9 9 (31 9 )-.
(12) 第45巻. 第 2号. 先出法の違いを単に評価を受人の順序とするかその逆とするかの違いとして考えるわけに いかないのである。 Husband は,. 過去の評価額がその ま ま将来の評価額として続くところに後入先出法の. 特徴を見たのである。 それ は 個別法による実際原価と大いに異なる点である。 平均法 平均法のう ち 先ず総平均法を取り上げる。 総平均法は どの点が個別法に近いであろう か。 入庫した財が仕入の順序に関係なく払い出される場合, 棚卸資産の在庫がそれぞれの仕 入原価から成ると仮定できるであろう。 それ故に, 期中に取得された財を総平均価格で評 価するのが合理である。 要するに, 棚卸資産の仕入原価が異なる場合, 払出はその割合に よるであろう。 故に, 原価の総額を受入数量で除した値が, 払出原価となる。 これが総平 均法である。 個別法との近似を, 異なる原価から成る受入数量と払出に求めているのであ る。 評価の結果は, 個別法を用いることによって得られる数値に近似するだろう。 ここで, Husband は, 総平均法の結果を個別法との対比でみている。あく までも個別法 は真実なのである。期間始めの棚卸高. c。,. 期中の仕入高 Ci, 期末の棚卸高 r とすれば, 売. 上原価 Ci は次のようになる。 C1 =Co +C1 ― r. C i は確定している。問題は C。 と r である。 そこに, 個別法と総平均法に差が生じる。 期末に棚卸高を大きく評価すれば, 当期の売上原価は小さい。 しかし, それは同時に次期 は売上原価を大きくするように作用しよう。 こうして考え ていけば, 期間ごとの差は相殺 されるであろう。このような考え である。こうした設例によって, Husband は個別法と総 平均法の差が少ないことを明らかにしている。 つ まり, 個別法による払出原価ならびに棚 卸資産評価は, 総平均によるそれと近い。 総平均法による原価は実際原価の代替となりう ると考えるのである。 こうして. 総平均法は当該期間の前後の期間の棚卸資産の評価, そして利益額の調整を することによって. 個別法に近似させていることになる。 一期間としてみれば個別法の数 値に近づくことはできないが, 前期間. そして次の期間の利益額の影響を通じて, 真実に 近づけていることになる。. -100(320)-.
(13) 会計選択をめぐる学説(毛利) 移動平均法 移動平均法は仕人の総額を仕人数量で除 し て平均原価を求める方法である。 総平均法が 期中の仕入原価の全体に影響するのに対 し て, 移動平均法では払出原価は新 し い仕入原価 を反映する。 ここに移動平均法と総平均法の違いが生ずるのである。 総平均法がある期間 を基準におくのとは違って, 移動平均法は新 し い仕入の間隔を基準におくので, 販売時に 近い時点の仕入原価が売上原価となる。 個別法と対比すれば, 個々の払出原価の識別は困 難であると し ても, 仕入時点の間隔を基準に し て, 受入数量の多い単価のものに ウ ェ イト がおかれる。 受入数量の多い単価の財が, 払出原価に反映するのである。 受入数量の確率 が決まるのである。 移動平均法が導く棚卸資産の評価や利益額は, 個別法のそれと対比 し て どうであろう か。 販売直前 までの仕入原価が平均され, それが売上に対応する売上原価となるのである から, 個別法による売上原価に近いといえるであろう。 期末の棚卸資産の評価についてい えば, 販売後に仕人があり, 棚卸をむかえた場合, その評価は実際の原価をよく反映する ことになる。 これは, 総平均法が期間始めであろうが期間末であろうが, 一律の原価の平 均を与えるのと比べると大きな違いである。 この意味で移動平均法は期末の実際原価に近 い値を導くといえよう。 先人先出法, 移動平均法 総平均法, 後入先出法は, 全て, 近似方法とされる。 近似 (appropriation) とは何かというと, 実際原価に限りなく近づけることなのである。 それ. 故に, Husband にとっては, あく までも個別法による実際原価が真実な方法なのである。 実際にはその適用が困難であるためこれらの方法が代替するにすぎない。 棚卸資産の評価 は原価から導かれる。 し か し それらは, それ ぞれの棚卸資産の特定の原価を表現するので はない。 そ こで評価方法を用いて近似する。 さらに Husband は, これらの評価方法が個別法にとって代わ る積極的な理由も述べ る。 出庫の際に, コストの フ ロ. ー. を基礎に し て評価できることは大きな利点である。 また. 個別法を適用すれば, 売り手は都合よく財の払い出 し をすることによって実際原価を意図 的に選択できる。 従って会計利益を容易に操作できるのである。 む し ろ代替的評価方法の 方が個別法より客観的な利益測定をするのである。 こう し て便宜性や実践性が代替的評価 方法を支持する理由になっている。 以上のように, 古典的学説においては棚卸資産の評価に複数の方法があるのは実際原価 へ近似するためのものであった。 会計数値には真実の値があって, それに近づけることが 会計選択なのである。 - 1 0 1 ( 32 1 )-.
(14) 第45巻 第 2 号 低価法 棚卸資産の低価評価も原価か時価かの選択に関係する。 評価損を計上する根拠を保守主 義に求めるのが通常の考え方であろう。 しかし, Husband は低価法をただ単に保守主義 による会計実務としてとらえたのでない。 期末の棚卸資産の値下がりによる損失を計上す るという一期間の問題ではなく. 多期間, 少なくとも二期間における会計選択の問題とし て主張するところに, Husband の特徴がある。興味深いのは. 企業組織と関わらしめて考 えを突き進めていることである。 以下ではその考え方を記号で示すことにしよう。 低価評価による損益計算書への影響を 次の四つに分ける。 前期と当期の二期間の モ デルである。 棚卸資産の前年度末の原価と時 価をそれぞれC。, M。 とし, 当年度末の原価と時価をそれ ぞれC1 , M1 とする。. c。 > M。, C > M,. 条件 ケ. ー. 1. ス A : 前期末. 今期末いずれも低価法を選択。 ただし Co - M。 =C1 ― M1. ケ ー ス B : 前期末, 今期末いずれも低価法を選択。 ただしCo - M。 <C1 - M 1 ケ ース. c : 前期末,. 今期末いずれも低価法を選択。 ただし Co - M。 >C1 - M 1. ケ ー ス D : 前期末は低価法, 今期末は原価を選択。 各々の状況下で会計利益は どのような影響を受けるかを考えてみよう。 上記以外の条件 は全て同じとする。 ケ ー ス A の場合, 取得原価と比較すれば前年度の売上原価は Co - Mo だけ増加する。 その結果, 前年度の利益はCo - Mo だけ減少する。当年度は, 前年度の期末棚卸高 M。 が 売上原価に算入する。 つ まり, 取得原価に比べればCo - M。 の額だけ低い期首の棚卸高と なる。 この点だけをみれば, 当期の売上原価をそれだけ小さくする効果をもつだろう。 当 期末の棚卸資産の評価はC1 - M 1 だけ原価より低い。 これによって C1 - M 1 だけ今度は 逆に売上原価は増加する。 ところが, 前提によって, Co - Mo =C1 - M 1 である。 すると, 売上原価の減少と増加の効果が相殺し合って, 結局当期の利益は取得原価と変わらないこ とになる。 以上のように, 低価評価の大きさが前期と当期とで等しければ, 会計利益への 低価法の効果は前期のみにと ど まることになる。 ケ ー ス B の場合, 当期の低価評価の幅が前期より大である。 よって. 売上原価は ケ ー ス A より大きくなり, その結果, 販売益は逆に小さくなる。 期末の棚卸資産の評価は次の年 度の期首の棚卸資産の価額である。 期末に低価評価をすれば, 売上原価の増大となるが, 次年度にとっては逆に売上原価の減少に作用するのである。 それ故に, 低価法による効果 - 102 (322)-.
(15) 会計選択 を め ぐ る 学説 (毛利). は一期間のものにすぎない。 当期にいかに低価評価し売上原価を増大させても, 次期は逆 にそれだけ減らす結果になるからである。 ケ ー スC の場合,. c。. ―. M。 >C1 - M1 なので, 当期の売上原価を増すよりも, 減らす作用. の方が大きい。 その結果, 当期の販売益は増加する。 前後の期間において低価法を用いて も, 低価の大きさによって会計利益の配分が異なってくる。 低価の大きい期間では利益の 配分は小さく, 低価の小さい期間は逆に利益の配分は大きくなるのである。 ケ ー ス D は前期末は低価法を用いるので, 前期の売上原価は Co - Mo だけ増加し販売 益はその額だけ減少する。ここまでは, A-C の ケ ー スと同じである。当年度の期首棚卸高 は Mo であるから, 原価に比べてCo - M。 だけ売上原価は小さくなる。 それは販売益の増 加に作用する。 ところが当期末の評価には低価法を採らず, 原価C1 で評価する。 このこ とは時価 M1 を選択するのと比べれば, 売上原価を C1 - M1 だけ減少するように作用しよ う。 以上のことから, 前期末の低価評価 M。, 当期末の原価C1 は, ともに売上原価を減ら すように作用する。 かくて, D の ケ ー スは当期の利益を ケ ー スC に比較しても, それ以上 に増大させる効果をもつのである。 前後の期間が棚卸資産の評価を異にして, 前年度が低 価法を採用し, 後の年度が原価で評価するのであれば, 後の期間に利益をより多く配分す る効果をもつのである。 以上の例によって,. Husband は棚卸資産の低価評価の性質 を一期間の評価の問題では. なく, 二期間の モ デルとして明らかにしたのである。 二期間の モ デルで低価法を考えると き, 原価か低価評価を採るかの選択であると同時に, 会計利益の選択問題なのである。 Husband はこうした結果から,. 低価主義は時価による評価そのものに主眼があるのでは. なく, 棚卸資産の低価評価は二期間の会計利益の選択問題と解するのである。 とはいえ原 価主義の中にあ っ て低価評価は例外とせねばならなかったのである。 かくて棚卸資産の数 値や会計利益が フ ィクシ ョ ンであることを示したのである。. 2.. 減価償却の方法. 固定資産の減価償却費は会計利益の構成要素の一つである。 償却可能な固定資産は容器 に用役を提供する。 それ故に, 費用も また用役を提供する期間に回収されねばなるまい。 費用・収益の対応から, 原価は回収期間に配分する。 これが減価償却に対する古典的会計 学の理解である。 固定資産は長期に使用され, サ ー ビスを提供する。 減価償却費はそ れに 対応する費用である。 その測定のために原価配分という手続きをとるが, 会計利益の構成 要素である点では他の費用と異なるものでない。. - 1 03 ( 323 )-.
(16) 第45巻. 第 2号. しかし. 減価償却費は配分という手続きをとるが故に. 多くの議論を喚起した。 減価償 却費そのものの大きさが. 確定した値として測定できないからである。 そのことは. 会計 利益を操作する手段ともなった。 減価償却費が収益に対応する費用であるといっても, そ もそも固定資産が提供するサ ー ビスの大きさそのものがわからない。 減価償却費を収益に 対応すべき費用とはいうものの, その値をいかに導くのか不確実であった。 しかし. 減価 償却費の計算を支える根拠は, 償却資産は最終的には, 廃業処分となる事実であった。 物 理的原因 (さび. 減耗. 損傷など) や経済的原因 (陳腐化. 需要の変化など) が. 固定資 産の耐用年数を決定するのである。 原価を期間に配分するのであるから. 減価償却費の大きさは耐用年数に依存する。 耐用 年数を予想して, 原価を配分する手続きをなぜとるか. 耐用年数は固定資産の用役を提供 する期間である。 耐用年数が尽きれば提供する用役もない。 用役を収益とみればそれに対 応する費用が減価償却費になる。 それ故に. 耐用年数を正しく見積ることは減価償却費を 正しく計算することであるとの考えがある。 要するに減価償却費の基磯となるのは耐用年 数なのである。 こうした考え方が, 原価を期間に配分して減価償却費を計算するとの会計 手続きをとる理 由にほかならない。 Husband の減価償却論を支えるのはこのような費 用・収益の対応であった。 次に減価償却方法の選択についてみてみる呪 定額法 もともと耐用年数は不確定なうえに. 用役の提供が どれだけであるかもわからない。 そ ういう状況下にあって, 収益に対応する費用の大きさを変化させることは望 ましくはない であろう。 そこで. 耐用年数の期間に均等に費用を配分するのである。 定額法についての こうした説明がある。 つ まり, 定額法による減価償却費を時間のコストとして考えるのが 支配的であった。 これに対して, Husband は期間中の用役が均等であると期待する場合にのみ, 定額法 は費用・収益に対応する方法であるとしたのである。 そうでない場合には. 定額法は適用 しない。 つ まり, Husband は定額法による減価償却費は時間のコストとする考えを否定 する。定額法は計算が容易である。わずかな誤差があっても, 無視できるものである。従っ て, Husband は誤差が小さい場合には. 計算の容易さを優先して定額法を選択するとい うのである。 時の経過とともに徐々に用役能力が低下していく固定資産については. 定額 法を適用する。 経済的. 技術的に劣化しやすい固定資産については他の方法を選択するの である。 用役の尺度となっているのは耐用年数の予測である。 耐用年数をほぼ正確に見積 (12) Husband の減価償却方法の考えは (1960) に よ る。 - 1 04 ( 324)-.
(17) 会計選択をめぐる学説(毛利) りうるものと. 難しいものがある。 前者については. 期間の経過とともに均等に用役を提 供しているとみる。 定率法 固定資産の 帳簿価額に償却率を乗じて減価償却費を計算する方法である。 帳簿価額は当 初大きい のであるから. 減価償却費もはじめに大きく, 期間の経過とともに小さくなる。 そのために, 原価 の 早期回収が可能である。 定率法を選択する理由として Husband は以 下 の根拠を示している。 第一は減価償却 の役割が原価の回収にあるとの考えである。 耐用年数の期間に原価 の回 収を早めるためには, 初期の減価償却を大きく計上するほかない。 定率法はこの要請に合 致するであろう。 第二の根拠は修繕費と減価償却費の 関係である。 初期ほど修繕費は小さい。 耐用年数が 尽きるとともに増加する。 修繕費が期間の経過とともに大きくなるということは, 初期の 用役の提供がそれだけ大きかったことを意味する。 初期に用役を多く失ったのであれば. 費用・収益の対応からして. 初期に減価償却費を大きく負担すべきであろう。 定率法によ る減価償却費は逓減的パ タ ー ンをたどる。 それは上記の考えに合致する のである。 結果と して. 減価償却費と修繕費を合計した費用は, 耐用年数にほぼ均等になるであろう。 第三に初期の減価償却費が大きい理由は, 設備は新しければ新しいほど用役力が大きい とするのである。 なぜなら取得時は新しい設備であっても, 他の新しい設備が出現してく ると期間の経過とともに, 使用中の設備は相対的に早く陳腐化するからである。 このよう に. 経済的. 技術的な陳腐化の危険は新しい設備ほど大きい。 設備が失う用役能力も大で ある。 故に. 初期に減価償却費を大きくする根拠となるのである。 第四に, 定率法は早期に原価を回収するが故に, 価格上昇を前提にすれば, 短期的には 時価償却に近い役割をすることである。 しかし, 最終的には回収するのはあく までも原価 にすぎない。 ただ定率法が早期の原価回収を意図するとしても初期の減価償却費が大きすぎることは 疑いようのない事実である。 初期の用役の提供が耐用年数の 尽きる時期の二倍以上もある とは考えられぬからである。 定率法は初期に用役 の提供をはるかに越える費用の負担をも たらしている。 Husband はこのことについて原価の 早期の回収が費用・収益の対応の正 しい測定を犠牲にしていることを指摘するのである。 運転時問法 この方法は生産高比例法とともに. 設備の 稼働時間また生産高を原価の 配分の基準とす - 105 (325)-.
(18) 第45 巻. 第2号. る。 これは固定資産が提供するサ ー ビスを考慮した方法であり, その意味で費用. ・. 収益に. 対応した原価配分の方法にみえる。 以上のように, H u s band は減価償却方法の選択基準を費用. ・. 収益対応においた。 従っ. て, 減価償却の計算方法は, 収益に対応する費用を計算する方法で判断すべきであり, 選 択すべきであった。 ここでいう収益とは用役のことである。 しかし, 用役の提供といって も その大きさは客観的に測定できる も のでなかったのである。 それならば どのようにして 用役の提供が均等であるとか, 逓減的であると判断しうるのであろうか。この問に対して, Hus band は明確な答えはない。. 3.. 収益の認識. 通常の売買活動においては売上, 収益の認識は財の引渡しにある。 販売活動の中心は販 売 日 以前にあるのに収益は, 販売の時点までは認識しない。 販売収益は交渉や契約な どの 販売活動があって得られる も のである。 売買契約から代金の受領 までを販売活動の プ ロ セ スとしてみれば, 大部分の活動は販売以前に集中する。 に も 拘わらず, 収益認識は財の引 渡しにあるのである。 販売活動が財の引渡しの時点でなく, それ以前に集中しているに も 拘わらず, 引渡しを収益認識の基準にするのはなぜなのか。 Hus band はその理 由を費 用. ・. 収益の対応に求める叫. 売買の プ ロ セスは, 代金の回収を も って終了する。 また, 代金の受領は多くの場合. 財 の引渡しの後である。 とすれば, 販売代金の全てを回収した時を も って収益認識として も よいはずである。 しかし, 会計慣行はそのようにはしない。 い ま売買の プ ロ セ スを図で示 すことにしよう。 /販売活動y 売買契約 の履行 � 債権の請求 �. t+l. t+2. 図1. t : 契約時点 t+ 1 : 財の引渡し時点 t + 2 : 代金の回収時点 販売活動を中心に考えれば, 売買契約を結ぶ までに力を注ぐであろう。 契約に到るまで (13) 収益認識につ い ては, Husband (1960) に よ る。 - 106 (326)-.
(19) 会計選択をめぐる学説(毛利) が最も力を要するのである。 財の引渡しそのものは契約の履行 に すぎないからである。 上の図でいえば. 契約時点t は販売活動の集中する時期といえ よ う。 もし, 活動を収益 認識の基準 に おくなら, 契約時点t こそふさわしいといえる。 財の引渡し, つ ま り販売時 点 t+ l は契約の履行する時点である。 契約の履行を収益認識の基準とすれば, この時点 こそふさわしい。 これは実現主義あるいは販売基準という。代金の回収時点t+ 2 は売買 プ ロ セスが完了する時である。 売買 に 関する活動の全てが終わることが収益認識の基準と考 えるなら. この時点こそ適しているということに なる。 会計慣行はこのうち 財の引渡し時点を収益認識として選択したのである。 Husband は その理由を次の よ う に 述べる。 実現主義の理論的な根拠は費用・収益の対応 にある。 とい うのは, もし現金主義をとれば, 財を払い出した時期 (つ ま り費用の計上) と現金収入の 時期が変われば, 費用と収益が対応しないからである。 このことは, 契約の収益認識とし ても, 財の払い出しの時期が変われば費用・収益は対応しない。 財の引渡しを収益認識と すれば, 費用 についても同時 に払出原価を計上できる。 そこに 費用・収益の対応がある。 収益を契約で認識しないのは会計上の保守主義に よ る。 収益はできる限り遅く, 慎甫 に 計 上するのである。 古典的学説 に は, 実現主義を理論的に探るよ りも実践的 に保守主義を よ り どころとすることが多かったであろう。 利益を稼働する機会は, 販売活動 に よ って具現 する。 にも拘わらず, 会計上の収益認識はあく ま でも財の引渡しなのである。 次 に 代金の回収で収益認識することの問題点を考えてみ よ う。 い ま 掛けで商品を販売し たとする。 金額を P とする。 仕訳は, 売掛金. P. 売上. P. となる。 その後 ある事情で販売先が代金の支払いができなくなったとする。 仕訳をすれ ば, 貸倒損失. P. 売掛金. P. となる。 債権としての売掛金は消滅する。 売上収益は貸倒損失 に よ って, 修正できるので ある。 それ故, 代金の回収はあく ま でも, 債権 に 関わる処理となる。 ただ, 債権のう ち 回 収できなかった金額 に ついては, 最終的に売上の修正として作用するのである。 この よ う に , 代金の回収は収益認識とは関係が薄いことがわかるのである。 通常の財の販売 に対して, 引渡しを自明のものと考えが ち であるが, 上記の議論からす るとそれはやはり選択であることがわかる。 活動を基礎 に するならば, 財を引渡す以前の - 107 (327)-.
(20) 第45巻. 第2号. 販売活動にこそ力を注いだのであるから, 契約の時点であり得たはずである。 また, 売買 プ ロ セスの終了こそが販売だとみれば代金回収の時点であり得たからである。 それ故, 財 の引渡しの時点を収益認識となすのは選択というほかはない。 しかし, 費用・収益の対応による実現主義の基礎づけは決して強固なものではない。 そ こには, 犠牲にした財への貢献という考えがあるが, 実は貢献の意味はあい まいである。 前年度の販売活動は今年度の売上に貢献するし, 今年度の活動は翌年度の売上に貢献す る。 また, 棚卸商品でさえも販売への準備として売上に貢献するのである。 それ故, 古典 的会計学が主張した費用・収益の対応による実現主義の根拠づけは弱いのである。 特に長期の建設工事については, 上記の完成を待たずとも, 工事の進行途上で契約額の 一部を収益として認識できる。 それは, もし, 通常の販売と同じように財の引渡しまで収 益を待てば, 業者にとり不利な結果をもたらすというのである。 業績判断の尺度である利 益が財務諸表に示されないからである。 税を徴収する側にとっても, 工事の完成まで収益 認識を待つことは, 不利である。 しかし, 長期工事にみる収益認識はあくまでも実現主義 の例外としてとらえている。 実現主義といえ ども, 収益認識における選択の類型という考 えは希薄なのである。 売上は, 財の交換であり, その増加, 減少を示す会計数値であると の考えが基礎にあった。 以上, Husband の学説を通して会計選択をめぐるいくつかの論点を述べてきた。 その 結果次のことがわかった。 第一になぜ会計選択があるのかを明らかにしていない。 棚卸資産の評価方法について, 先入先出法, 後入先出法, 平均法の違いが何に基因するか述べていないのである。 単に, 財の実際の流れに近い評価方法として先入先出法 価格水準に対応する評価方法として後 人先出法を説明するにすぎない。 このことは減価償却に関してもいえる。 設備を取得した 後, 減価償却をしない設備を処分すれば, 除却損が生じる。 しかしこれは不合理である。 なぜならば,使用期間中の各年度に機械は稼働し,収益稼得に貢献しているにも拘わらず, 処分した年度のみが費用を負担するからである。 こうした不合理をなくすためには, 使用 期間中の各年度に原価を配分するほかない。 かくて, 収益の稼得に貢献した年度に費用を 割り当てる手続きとして減 価償却がある。 Husband に従って配分を各々の期間への費 用・収益の帰属の手続きとしても, なお疑問は残る。 減価償却方法によって期間の減価償 却費は異なるが, これを どのように考えるのだろうか。 さらに, そもそも減価償却費は何 を表現するのであろうか。 これらのことについて Husband は答えていない。 ただ減価償 却をしない場合の不合理について述べるだけである。 さらに収益の認識について, 多くの - 108 (328 ) -.
(21) 会計選択をめぐる学説(毛利) 企業で販売基準を採ることの理由を述べるが, 建設業に おける工事進行基準は例外として 片付けている。 第二 に 何よ り も大事なことであるが, 棚卸資産の評価方法, 減価償却の方法, 収益認識 基準の選択 に何が作用するか何も述べていないのである。 従ってそれらの方法をいつ, ど のような状況下で選択するのか不明なのである。 Husband の考えに agency theory があって,. 企業組織との関わ り で会計を理解した. からであろう。 agency theory をとれば, 企業は株主の利益を得るための組織である。 経 営者は株主の agent である。 Husband に は, 経営者は株主の利得のために行動するもの であるとの思いこみがある。 またそのこと に 何の疑念もない。 Husband の代理人説とは まさ に経営者が株主の意をうけて行動する企業組織であった。 費用・収益の対応から導く 会計利益こそ株主の要請 に 合致するものであった。 に もかかわらず Husband の学説の興 味深い点は, 選択の基準を費用 ・ 収益の対応 に 求めつ つ も会計慣行がそのような判断をし ていないことを指摘していることである。 Husband は会計数値が恣意的であ り , 操作性 の高いものであることを認めていた。 総じて言えば 1960年代 までの古典的学説は, 企業が どの方法を選択すべきかを問うこと はあっても, ある方法を選択しているのはなぜかは問題に していないのである。 会計手 続 きや方法の選択が違えば会計利益は異なる。 つ ま り , 会計利益は会計手続きや方法の選択 の結果である。 会計利益は選択の結果 によって変わるのであるから, 選択 に 何がいか に作 用するかを考えることが重要な問題となるはずである。 しかし古典的学説は会計方法を状 況によって選択するというだけで, いっ, どのような状況なのか, 特定の条件が何である かは明らか に していない。 さら に , 会計選択 に類型 (variation) があるかを示していない のである。 Paton and Littleton は選択が会計の問題ではなく, 経営の領域 に属すると考 えたのである。そうであればこそ, 会計方法は状況に 応じて選択すること になるのである。 ところで古典的学説は, 会計選択 に 対して費用・収益の対応によるとした。 しかし, 費 用・収益の対応といっても, それはこうなるであろうとの願望に すぎないのである。 従っ て, どの会計手続きや方法を選択しても恣意的である。 大事なのは選択からなる会計利益 が恣意的であることをはっき り 認めることであろう。 会計測定の立場からみれば, 方法の 選択は恣意性に 満 ち たものである。 なぜなら, 測定の対象が同じである にも拘わらず, 方 法の違い によって減価償却費の値も棚卸資産の評価も違うからである。 しかし, 翻って考えてみれば, 方法の選択 によって会計数値を異 にし, 利益を操作する こと に 会計の基本的な役割があるのではないか。 むしろ, 会計選択こそが会計研究の基礎 - 1 09 (329 )-.
(22) 第45巻. 第2号. にあるといえるのではないか。 故に, 会計選択に作用する要因を明らかにすることこそが 大事であろう。 このように考えることによって, 会計研究の中心が測定から選択へと移っ ていくのである。 ここに恣意性を含んだ会計システ ムそのものの分析への道が切り開くの である。 そこで古典的学説が答え得なかった次の会計選択の問題を考えることが, その後の学説 の課題になる。 1.. 会計手続きや方法が企業によって, 例えば業種ごとに異なるのはなぜか。. 2.. ー企業が選択している会計手続きや方法の条件は何か, また変更はなぜ生じるか。. 古典的学説は 1 については業種の違いによる便宜性によるものとしたし, 2 については経 営政策として片付け た。 いずれについても, 理論的な説明はなかったのである。 会計選択 に作用する要因とその効果が どのように及んでいくかの分析を欠くものであった。 それな らば古典的学説はなぜ会計選択の十分な解明に到らなかったのであろうか。 その理由は以 下のようである。 古典的学説は企業を会計の対象として掲げながらも, 企業とは所与のも ので, 企業そのものの分析がなかったのである。 企業は組織であり, その中で人と人, 人 と財が相互に関係しながら生産をし販売を営んでいる。 そうした取引をするにはコストが 必要であるが, この観念が古典的学説にはないのである。 どの会計方法を選択するかに よって, 費用・収益の大きさは変わる。 会計利益もそれによって変化する。 企業は経営者, 従業員, 株主な どの人間および財から成る組織であり, 契約の集合体である。 従って, ど の会計方法を選択するかによって, 株主と経営者, 従業員の関係に作用するであろうし, さらに企業と企業との関係にも影響しうる。 契約の集合体としての企業組織は, 契約コス トがゼ ロ ではないのである。 契約にはコストを要する。 こうした取引費用への認識が古典 的会計学には皆無であった。 古典的学説は企業会計の課題として会計利益の計算をあげ る。 利益は会計の中心課題となった。 それと同時に, 適正な期間利益の計算を強調するの である。 しかし, そもそも適正な会計利益というものはあるのだろうか。 契約の集合体と しての企業においては, 人と人, 人と財の関係をコ ー ディネ ー トすることに会計の役割が あるであろう。 そのように考えてくると会計利益は企業会計の目的そのものでなく, むし ろ結果なのである。 何の結果かといえばそれは会計選択の結果という ほかはない。 つ まり 企業会計の根本にあるのは会計手続きや方法の選択である。 このことを導いたのは取引費 用の発見であった。 次に取引費用が見い出され, 会計学と結びついていく学説の流れを述 べることにしよう。. - 110 (330)-.
(23) 会計選択をめぐる学説(毛利). IV .. 会計選択の展開. 前節で述べたように, 古典的会計学は会計選択の問題を手続き. ・. 方法の適切さという観. 点でとらえたのである。 その際 選択を決定する要因が何であるかを示さなかったのであ る。 選択とは状況に応じて決めるぺきものとする立場からすれば, それは当然のことで あったかもしれない。 しかしここで次のことを考えてみる。 企業活動の効率性はコストを できる限り小さくして, ト. ・ ベニ. ベニ. フ ィ ッ トを大きくすることにある。 企業会計は まさしくコス. フ ィ ッ トの関係を測るのである。 とすれば会計上の期間費用も選択に際して小さ. い方が選ばれてよいはずである。 しかるに実際の会計慣行はそのようになっていない。 こ の事実を どのように説明すればよいであろうか。 これは期間費用とはもう一つのコストが 存在し, そのコストが期間費用の選択に作用していることを示唆するであろう。 そして期 間費用にもう一つのコストを加えた大きさが最小になるように決 まるに違いない。 つ まり 期間費用にはもう一つのコストが作用しているのである。 このように見れば会計選択は期 間費用とともにもう一 つのコストの存在を考えに入れてはじめて理解できることがわか る。 もう 一 つのコストとは言 う までもなく第一節で述べ た 取引費用である。 こうして Husband 以来の古典的な agency theory を基礎におく会計選択論と Coase が発見し. た取引費用が結びつくことになるのである。 そこで本節では会計選択が どのようにして取 引費用と結びつき, 新しい展開をしていったのかを述べることにし たい。 Watt, Zimmerman は次のような会計現象の中に取引費用の存在を見て取っている0�。. 会計報告は情報の需要と供給により決 まる財と考えることができる。 会社の経営者は監 査された財務諸表を提供する契約へのイン セ ンテ ィ プをもっている。 財務諸表を提供する ことの合意は会社と債権者との間の契約に含 まれるからである。 企業組織の拡大とともに 取引費用は上昇するであろう。 経営者の( エ ー ジ ェ ント) の利害は, 株主( プリンシパル) の利害と一致しないからである。 例えば, 経営者はもし彼が株を所有するなら, 会社の資 産を配当にコン バ ー トするイン セ ンテ ィ プをもつ。 ま た 経営者は株主や債権者を犠牲にし て, 富を彼自身へ振り替えるイン セ ンテ ィ プをもつ。 そこで経営者は プリンシパルの利害 を侵す行動をとらないこと, そしてもし彼がそうするなら プリンシパルを補償する支出を するイン セ ンテ ィ プをもつのである。 ここに取引費用が発生する。. (14). 以下は, Watt and Zimmerman (1979, 276-277) の 一文の要約である。 -111(331)-.
(24) 第45巻. 第2号. 財務諸表の提供は取引費用を減らすことができるであろう。 発生主義会計を用いるの は, 経営者と株主の利害の対立によるコストを減らすためである。 経営者報酬制度によっ て経営者の報酬が企業の利益に結びついている状況があるとしよう。 現金主義であれば経 営者が利益を操作できる。 経営者は修繕支出を減らして利益を増すことができる。 修繕費 を減少させると会社の配当の支払能力は増大する。 配当は債権者の請求権の価値を減ら し, 株主の富を増やすことができるのである。 このように現金主義は利益の操作を可能に して取引費用を増すのである。 そこでは債権者の請求権を減らすようなコストが発生す る。 そこで取引費用を減らすのに, 1 . 配当は利益の一 定部分に限られ, 2 .. 一. 定額の留保. が維持され, 3 . 固定資産の減価償却は配当前の利益計算に算入する契約が用いられた。 以上が, W att & Zi mmerm an の考えである。減価償却は, 現在の会計慣行では固定資 産の原価を期間に配分した額である。 ところが, かつて減価償却は利益を得た年度の評価 技術であった。 配当が利益のある年度にのみ支払われたからである。 減価償却条項は, 固 ncy cost であったという。 なぜなら経 定資産の評価を通じて配当を制限するための age 営者は減価償却控除後の利益の配当を制限するか, あるいは経営者の報酬を ベ ー スに配当 する契約を結ぶかもしれない。 しかし, 契約の後, 経営者は減価償却を最小にするインセ ン テ ィ プをもつからである。 それによって, 経営者の報酬を増すからである。 会計選択は, age ncy cost つ まり取引費用を最小化するようにして決 まるというのが, W att, Zim merman の考えであった。 会計手続きは, 契約の age ncy cost を減らすために計画され る。 これらのコストは企業ごとに変わるので, 会計手続きをも変わるだろう。 こうして取 引費用が会計選択に作用する。 と同時に取引費用を考慮すると選択こそが会計研究の根本 問題になることがわかる。 これ までの会計学説は株式会社の特質 として有限責任の軍要性を指摘した。 しかし ncy cost は, 会社が有限責任をもとうと W att and Zimmerman は負債と持分の age ncy cost を減らすことであるとい もつ まいと存在するのであって, 大事なことは age う。 その役割を担うのが配当条項である。 要するに, 配当条項は age ncy cost を小さく するためのものなのである。 減価償却も期間費用とせずに, 利益処分としたのは, 利益を 得た時に減価償却を積み立てることによって, 株主の力を制限していたといえるのであ る。 age ncy cost を支えるのは, 経営者の利己心である。 放っておけば, 経営者は利 己心 に依って行動し, 自 己の利得を増やすことのみ専心する。 それを防止するために, 配当制 限と結びつく減価償却があるのである。 取引費用を節約するために会計手続きを整備す る。 そのことは, 所有権法をつくっておくことが取引を効率的に行うのに都合がよいこと - 1 1 2 (332 )-.
関連したドキュメント
マーカーによる遺伝子型の矛盾については、プライマーによる特定遺伝子型の選択によって説明す
子どもが、例えば、あるものを作りたい、という願いを形成し実現しようとする。子どもは、そ
ヒュームがこのような表現をとるのは当然の ことながら、「人間は理性によって感情を支配
共通点が多い 2 。そのようなことを考えあわせ ると、リードの因果論は結局、・ヒュームの因果
わかりやすい解説により、今言われているデジタル化の変革と
このようなパヤタスゴミ処分場の歴史について説明を受けた後,パヤタスに 住む人の家庭を訪問した。そこでは 3 畳あるかないかほどの部屋に
○安井会長 ありがとうございました。.
神はこのように隠れておられるので、神は隠 れていると言わない宗教はどれも正しくな