494 人 工 知 能 30 巻 4 号(2015 年 7 月)
1. は じ め に
高等学校での理科学習(主に物理,化学)では,実験 を伴う学習が重要視されている.実験での試行錯誤を通 じて,原理や法則性,物質の性質などを分析し考察して いく学習を進めていくことが望まれている.一方で,学 習者が実験を進めながら学習を行っていくうえで,いく つか問題となる点が考えられる.特に化学分野の実験で は,実験器具操作方法や実験手順の複雑さが,実験を伴 う学習の代表的な問題としてあげられる.比較的簡単な 無機化学定性実験として知られる炎色反応による金属分 析でさえ,教科書などの記述にある“炎色反応が青緑色 を示す金属は何か”という実験を行うためにも教科書に は記述されていない前提知識が存在する [西山 00].また, 中学,高等学校や大学で実施される化学実験においては, 中毒事故や薬傷,火傷などの危険性も指摘されている. もちろん,実験手順や器具に関する理解を行うことが学 習目的である場合は,このような手順や危険性について も考慮する場合,化学反応などを体験的に学習する際に, 事前に獲得しておく知識が多様なものとなり,学習を進 める前に多くの時間が必要となる.この問題の回避方法 として,教育用ビデオの閲覧や簡単なシミュレーション 映像の表示なども考えられるが,著者らはより実際の実 験に近い形で仮想環境内で実験を行える学習支援手法の 研究を進めてきた. 実験環境をコンピュータ上の仮想環 境として実現することで,危険性の排除や実験結果の正 誤判定などを容易に実現できる.また,実際の実験のよ うに,器具操作や試薬,水溶液の変更などの手順を行う ことができる一方で,教科書などでは明に示されていな い手順を省略することで,学習者は実験での試行錯誤の みに集中できる環境づくりを目指している.さらに,実 際に自分が手を動かして行う実験体験に近づけるため, 学習者は実験器具の代わりとなるマーカを用いて実験操 作を行い,仮想環境は,このマーカに対応する実験器具 や化学反応を重畳表示することで構築する手法の実現可 能性も検討してきた.以下,研究の一例を述べていく.2.拡張現実型無機化学仮想学習環境
これまでに著者らが仮想環境下で行える実験を伴う学 習支援手法の一例として,拡張現実型無機化学仮想実験 環境 [岡本 15] の外観を図 1 に示す.システムは,計算 機環境のほかにディスプレイ,USB カメラ,マーカか ら構成される.USB カメラで撮影した映像内のマーカ が認識され,対応する実験器具の CG を重畳表示するこ とで仮想環境を構築し,ディスプレイに表示して学習者 へフィードバックする.学習者は USB カメラの撮影範 囲内に実験で使用するマーカを配置し,マーカ同士を近 づけることで,水溶液への試薬の投入や白金線へ水溶液 をつける,白金線を炎の中に入れるなどの実験操作を実 現できる.図 2 に仮想実験の一例として,炎色反応実験 実行時の仮想環境を示す.学習者は,図のように手元の 映像に実験器具や化学反応の CG が重畳表示された仮想 環境内の化学反応を確認しながら学習を進めていく. この仮想環境を使った検証実験で,35 種類の沈殿反 応に関する学習を数日間に分けて行ったところ,4 名の 被験者全員が対応する全設問に解答可能になったことが 確認できた.また,被験者の一部は,解答時にマーカを 操作するように手を動かしながら思い出している行為が 見られた.被験者自身も“実験で行ったように手を動か すことで実験反応のイメージが出てくることがある”と仮想環境での体験に基づく学習支援
Learning Support Based on Experience in Virtual Environment
岡本 勝
広島市立大学大学院情報科学研究科Masaru Okamoto Graduate School of Information Sciences, Hiroshima City University.
[email protected], http://www.lake.info.hiroshima-cu.ac.jp/
Keywords:
virtual reality (VR),augmented reality (AR),experience based learning, inorganic chemistry learning. 「学習科学と学習工学のフロンティア─私の“学習”研究─(後編)」495 仮想環境での体験に基づく学習支援 述べており,実際に学習者が体験した実験に伴った形で の記憶を行える可能性が見られた.
3.おわりに:将来への展望
本稿では仮想環境下での実験を通じて化学反応に関す る学習を進めていこうとする学習支援システムの紹介を 行い,仮想的な体験での学習可能性を示してきた. 前章で述べたシステムでは仮想環境で実験を進めなが ら,与えられた課題や自分が決めた課題に対して学習を 進めていくだけであるが,学習者がどの反応について理 解しているかをシステムが推定し,あまり理解していな い反応について重点的に学習を進めるよう,提示設問を システム側が学習者に適応させる手法の研究も実施して いる [Okamoto 14].現状では,学習者の実験中の試行 数や実験中の停滞時間などのみを対象に推定を行ってい るが,反応間の理解度の類似性などを詳細にモデル化し ていくことで,より適切な問題提示を目指している.さ らに,近年ではヘッドマウントディスプレイ(HMD) の開発,普及が進んでおり,低価格かつ実用レベルの製 品もいくつか発表されてきている.本稿で述べたシステ ムでは,仮想環境はあくまでもディスプレイ上に表示さ れていたが,学習者が装着した HMD に仮想環境を表示 することで,実際に目の前に仮想環境が存在しているよ うな実在性を高めた学習環境の開発も行っている [ 石村 15](図 3 参照).図中のシステムではスマートフォンを ビューワに装着した HMD を用いており,撮影,仮想環 境構築,学習者への提示をスマートフォンのみで実現可 能であるため,ポータビリティの向上を図ることもでき ている.このように,学習に必要な情報の強調や学習上 必須ではない実験作業の省略など,現実では不可能だが 体験を伴う学習に適している環境の実現を行っていきな がら,より実際の実験に近い仮想環境での実験の実現も 目指していく予定である.◇ 参 考 文 献 ◇
[石村 15] 石村 司,岡本 勝,松原行宏:拡張現実マーカを用い た無機化学学習支援システムケーブルレス HMD を用いた AR 型無機化学学習支援環境,人工知能学会研究会資料,SIG-ALST-B403, pp. 36-39(2015) [西山 00] 西山隆造,安楽豊満:はじめての化学実験,オーム社 (2000)[Okamoto 14] Okamoto, M., Sumida, R. and Matsubara, Y.: Probabilistic question selection approach for AR-based inorganic chemistry learning support system, Proc. 22nd Int.
Conf. on Computers in Education, pp. 367-372(2014) [岡本 15] 岡本 勝,隅田竜矢,松原行宏:拡張現実マーカを用い た無機化学学習支援システム,信学論,Vol. J98-D, No. 1, pp. 83-93(2015) 2015年 6 月 15 日 受理