1.は じ め に
高齢者が孤立している.高齢者を支援するためには, 治療といった直接的な支援と同時に,家族と高齢者,ま たは高齢者同士のコミュニケーションを支えること,健 康な暮らしを推進するためのツールを提供すること,社 会制度について適切な情報を提示すること,もろもろの 生活の質を高めることなど,さまざまな支援が必要であ る.これらは現在,コメディカル,ソーシャルワーカー, カウンセラーやチャプレンなどさまざまな業種が担って いる.これらすべてについて,情報処理がその負担を軽 減する,または高齢者を直接支援する可能性がある.本 稿では,特に,医療的な観点からは軽視されがちな社会 的孤立を中心に,現在の研究について概観し,今後の可 能性を議論する. 本稿の構成は,まずは,2 章にて高齢者問題とは何か について概観し,その中でも,社会的孤立について注目 し,情報処理の活用の可能性を考察する(3 章).次に, 4章で高齢者問題と切っても切り離せない認知症の問題 について議論し,語りを扱う情報処理の近況についてま とめる.最後に 5 章で今後の情報処理が向かうべき方向 性について議論する.2.高齢者問題とは
2・1 高 齢 者 の 増 加 国立社会保障・人口問題研究所の統計によると,単独 世帯の割合は 2030 年には 4 割近くに上昇するとされて いる(図 1).同時に,2020 年以降はすべての都道府県 で「単独世帯」が最多となり,これまでの日本の核家族 を単位とする性格から,大きく異なったものになると予 想される. 2・2 高齢者の問題とは では,高齢者の単独世帯の暮らしとはどのような 生活になるのであろうか? 一般に生活の質(QoL: Quality of Life)は,身体的健康,精神的健康,役割・ 社会的健康の 3 コンポーネントからなるとされている [Fukuhara 04, Suzukamo 11].この三つのコンポーネ ント別に,高齢者の生活実態を分類したものを表 1 に示 す.この統計によると,夫婦のみの世帯と比較して,一 人暮らし世帯はあらゆる悩みが多く,特に相談相手や近 所づきあいがないなどの役割・社会的な健康において, それが顕著となっている.また,一見,世帯類型と無関 係である健康状態といった身体的な面においても差があ る.このように一人暮らし高齢者の社会とのつながりの 薄さは,さまざまな QoL に影響を与えている. 同様の結果は,平成 23 年版高齢社会白書が指摘する 高齢社会の問題点としての以下の四つからもうかがえる. 1.生きがいの低下 2.高齢者の消費者被害 3.高齢者による犯罪 4.孤立死高齢者の社会的孤立と認知症,その防止
Elders’ Social Isolation, Dementia and Its Prevention
荒牧 英治
奈良先端科学技術大学院大学Eiji Aramaki Nara Institute of Science and Technology(NAIST). [email protected], http://sociocom.jp
若宮 翔子
(同 上)Shoko Wakamiya [email protected], http://sociocom.jp/wakamiya/
Keywords:
medical informatics, patient narrative, natural language processing, quality of life. 「超高齢化社会と AI ─社会生活支援編─」*1 http://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/ w-2011/zenbun/html/s1-3-3-01.html
これらは,いずれも社会的生活に関連するものであり, 高齢者の問題とは,身体的な問題のみならず,社会との 関わり方の問題であるといえる. これらの問題の解決にはさまざまな方法があるであろ うが,一つは,サービス付き高齢者住宅など,高齢者同 士で暮らす施設に入居するという方法も考えられる.し かし,高齢者住宅研究所がサービス付き高齢者向け住 宅 2 055 棟に対して行ったアンケート調査(未発表)に よると,「住宅内に,入居者の自治組織や入居者による 娯楽組織などがありますか?」という問いに 88%の施 設がないと答え,「地域の自治会に加入していますか?」 という問いに 52%が加入していないと回答した.また, 「防災訓練の協力・共同実施など,地域に溶け込んでい ますか?」という問いについても,67%が活動を実施し ないことがわかっている.これらの結果からうかがえる ように,高齢者が物理的に集まっても,入居した高齢者 同士,また,入居者と地域の間に十分なつながりができ るわけではない.
3.社会的孤立と情報処理
3・1 社会的孤立の実際 前章では,高齢者の問題は,社会との関わりに大きな 関連があることを述べた.では,具体的にどのような悩 みが実際に起こり得るのであろうか? 高齢者の社会的 孤立の状態について,著者の知る限り大規模な調査はな い.しかし,この問題と比較的よく類似した状況として, がんなどの慢性疾患にて社会生活から切り離された状況 が考えられる.具体的な悩みを推察する一助として,こ こではがん患者の約 7 000 件強にも及ぶ悩みを収集・分 類した静岡分類*2における集計結果を表 2 に示す. 表 2 上より,特に,外出する気力がないといった問題 (20 件)以外にも,情報が手に入らない(18 件)と,情 報取得に関する悩みが多いことがわかる.では,どのよ うな情報に関する悩みがあるのか,表 2 下にその分類を 示す.驚くべきことに,情報が少なすぎること(10 件) とは相反する情報が多すぎること(7 件)も一つの悩み となっていることがわかる.情報が少ない,または多い とは,具体的にはどのような状態なのであろうか? 同 分類における例示には以下のような悩みがあげられて いる. 情報が少ない ● 病気のことを勉強したいと思ったが,手段がわから なくて不安になった. ● 副作用や,何に注意すべきか,食生活はどうしたら よいかなど具体的に注意することがわからなかっ た. 情報が多い ● いろいろな情報が入ってくるので恐い. ● 病気についていろいろな本を読み知識を得ることで かえって不安が増した. ● インターネットで病気のことを調べたが,情報が多 すぎて困った. 患者の悩みの分類を行っている静岡がんセンターで は,この情報の問題について,以下のような助言も同時 に行っている*3. 【情報は大切,でも焦らないことも大切】 一度に大量の情報を集めようとしても,情報を自分 自身で消化して理解するスピードが追いつかず,圧倒 され,不安や焦りがかえって増してしまうこともあり ます. 情報は,焦らず,自分のペースを守りながら集めて いくことが大切です.自分のペースで情報を集めてい くうちに,情報を理解する力や,社会にあふれてい る膨大な情報の中から本当に必要なものを選び取る力 が,自然にあなたに備わってくるはずです. この助言の内容は,一般のメディアリテラシーで主張 されることに通じるものがある.ただし,患者や高齢者 などインターネット情報に慣れていない,かつ,社会的 *2 http://cancerqa.scchr.jp/start_shizuoka.html *3 http://cancerqa.scchr.jp/jyogen_4500608.html 表 1 高齢者の世帯類型別の生活実態(平成 18 年) 「世帯類型に応じた高齢者の生活実態に関する意識調査」 (内閣府 2005 年)より 一人 暮らし世帯 のみ世帯夫婦 社会的 健康 心配事の相談相手が いない 7.2% 2.4% 近所づきあいはない 11.2% 4.4% 家計が苦しく非常に 心配である 7.4% 3.3% 精神的 健康 将来への不安をとても感じる 19.1% 14.1% 身体的 健康 健康状態が良くない あまり良くない 22.3% 20.2% 表 2 静岡分類における社会的孤立に関連する悩みとその件数 15.1.3. 社会からの孤立 15.1.3.1. 外出の意欲がない(20 件) 15.1.3.2. 話したり,相談する人がいない(18 件) 15.1.3.3. 社会から取り残されたような気がする(4 件) 15.1.3.4. 保証人を見つけにくい(2 件) 15.1.3.5. 社会的支援(施設,ヘルパーなど)の不足(2 件) 15.1.3.6. 世話をしてくれる人がいない(20 件) 15.1.9. 情報・メディア 15.1.9.1. 欲しい情報が得られない,情報が少ない(10 件) 15.1.9.2. 情報が多すぎる(7 件) 15.1.9.3. メディアの情報に迷い,不安になる(7 件) 15.1.9.4. メディア,周囲で得られる情報は正しいのか(4 件)に孤立したユーザが藁をもつかむ思いで利用する場合に あたっては,状況はより深刻なものとなるであろう. 情報弱者を救うためのインターネットの情報がむしろ 逆に高齢者を苦しめる可能性があることは,今後の情報 技術の喫緊の課題になる. 3・2 社会的孤立を救うための情報処理技術 社会的孤立状況においては相談相手がおらず,イン ターネットを利用しようにも情報の少なさと多さの両方 が問題となっていることを示した.では,これを解決す るために,どのような情報処理が求められるのであろう か? 一つの解決策は,インターネットを通じて情報自 体を提供するのではなく,情報を提供する人間を提供す る技術,すなわち,情報提供者と,提供される側を結び つける技術である. これを実践するために,著者らは,闘病 SNS サイト ライフパレットにて,エピソードベースドラーニング [荒牧 16] という社会実験を行っている.これは,患者 間の SNS であるライフパレット上で,先輩患者(病歴 が長い患者)と新米患者(病歴が短い患者)を結びつけ る試みである.図 2 にエピソードベースドラーニング の概観を示す.患者は生活するうえで,さまざまな生活 や闘病のノウハウを蓄積していると考えられる.このよ うな患者をここでは,エキスパート患者と呼ぶことにす る.このエキスパート患者が蓄積したノウハウはやがて 患者の死によって失われてしまう.医療者の知見が,そ れこそ有史以来蓄積されてきたのと対照的である.しか し,今や SNS を通じてエキスパート患者と新しい患者 を引き合わせることが可能であり,両者のやり取りを電 子化した形で蓄積可能である.これは,医師と同じよう に患者間の知識を継承していくことができる.エピソー ドベースドラーニングは,がん患者を想定して考案され たものだが,この枠組みは,がん以外の疾患,および, 高齢者においても適応可能と考えている.
4.高齢者と認知症
4・1 認 知 症 の 背 景 高齢者の問題と切り離せない問題が認知症である.認 知症は,平成 22 年度の時点で,65 歳以上の高齢者の七 人に一人,さらにその予備軍(MCI)も含めると,四人 に一人の割合にものぼるといわれている(厚生労働省, 平成 22 年).また,75 ~ 79 歳の高齢者の認知症有病率 は 8.8%,85 歳以上になると 33.9%と推計されている [本間 08].一方で,現在,根本的治療法が期待できるの は,数ある認知症の中でも,アルツハイマー型認知症の 治療薬に限られており,その治療薬ですら,根本的治療 法の開発に欠かせない治験を進めるには重大な問題点を 多く抱えているという現状がある*4.今後,早急に求め られている認知症の対策は,できるだけ発病早期に症状 を発見し,その進行を遅らせて健康な期間を延長するこ とであり,それによって介護が必要となる期間をでき得 る限り短縮することである. 認知症の早期発見についての研究は,例えば血液検査 や精密記憶検査などの新たな方法が提案されつつある. しかし,それらは,身体的,精神的あるいはその両方の 侵襲を伴うものである. 一方で,認知症を避けられない人間の老化の一部 と捉え,認知症に逆らわずありのままを受け入れて いこうとするユマニズム的対処法,ユマニチュード (Humanitude)なども提唱されており [Gineste 09],成 果が報告されている.フランスで提唱されたこの認知症 ケアは,闇雲に認知症を薬物などで抑え込むのではなく, 「人(human)とは何か」という哲学に基づく 150 を超 える具体的な技術を体系化しているのが特徴である.こ のように,認知症へのアプローチは,薬学や医学という ジャンルにとどまらず,人間の老い,果ては存在意義や 尊厳に至るような多岐のジャンルにわたって展開される ようになっている. このようなアプローチのさきがけともいえる研究は, 米国における Nun Study [Snowdon 96] であろう.この 研究において,Snowdon と Kemper らは,修道女の綴っ た長年の日記を分析し,言語能力と認知症には長期にわ たる関係があることを示した [Kemper 93].Snowdon らは,認知症患者の執筆したテキストの語彙能力は,若 年時から低い値であると報告した.また,同時に,認知 症を発症していても,まれに高い言語能力を維持した者 がいることも示した. この研究は非常に大きなインパクトがあったものの, 当時は認知症を防ぐことができないこと,語彙のどのよ うな機能に特に影響を与えているのかといった具体的な *4 http://www.mhlw.go.jp/kokoro/speciality/ detail_recog.html(厚生労働省 HP,2015 年 5 月) 図 2 エピソードベースドラーニングにおける患者セグメントと QoLの変化 [荒牧 16]報告がないこと,ほかの言語での検証がないことなどか ら,臨床応用は進んでいない.特に,本邦においては, 認知症患者の記述を分析した例が極めて少なく,十分な 研究がなされているとは言い難い. 4・2 認知症者の語りの収集 このような背景の中,著者らは,日本語にて認知症者 の語りを収集し分析している.研究のフィールドは,京 都市の介護老人福祉施設「修徳」(図 3)および京都大 学医学部附属病院である.認知症診断に用いられる長谷 川式認知症スケール HDS-R スコアと言語指標との相関 を調査した結果,認知症者において,語彙の量や質が有 意に低下することを示した [宮部 14, 四方 14].これは今 後の言語を用いた早期発見の可能性を示唆するものであ る.さらに重要なことは,たとえ認知症者であっても, 高齢者は機会があれば語ることを躊躇しないことであ る.表 3 に,認知症者と認知症疑い(MCI),健常者の 音声発話データの統計を示す. この実験では,HDS-R スコアと発話時間,発話文字数, 発話度(発話文字数/発話時間)のそれぞれについて相 関は見られなかった(HDS-R スコアとの相関:発話時間 r=-0.10,発話文字数 r=0.03,発話度 r=0.10).こ のことから,発話量,時間,および発話度は認知症であ るか否かに関係しない.すなわち,たとえ罹患したとし ても,語る機会さえあれば,健常者と同程度の量を語れ るということになる. また,認知症患者だけでなく,一般の健常者について も,同様の興味深い結果が得られている.医学会総会「未 来 EXPO」(図 4)にて,約 1 200 名の高齢者の語りを 採取したデータ(図 5)によると,来場した多くの参加 者は一定量(200 ~ 400 語)の発話を自主的に行っている. これは,およそ 3 ~ 4 分に相当している.一般に,パソ コンやロボットなどの機械に話しかける行為には精神的 な抵抗があるとされているが,何らかの動機付け,この 場合は言語能力診断という理由,があればこの抵抗を大 きく低減できる可能性があることを示している. 残念なことに,現在,語ることの医学的な効用,例え ば,語ることによって認知症の進行が抑制される,また は,語ることによって認知症の発症を抑えられる,など 図 4 語りの収録風景. 医学会総会「未来 EXPO」にて 図 5 医学会総会「未来 EXPO」にて採取した音声発話の 発話単語数(TOKEN)と単語種類数(TYPE) 図 3 語りの収録風景. 介護施設「修得」にて 表 3 参加者の ID,HDS-R スコア,年齢,性別,発話時間, 発話文字数,発話文字数(1 分ごと) ID HDS-R 年齢 性別 発話時間〔分〕 文字数発話 分ごと発話文字数 1 30 79 女性 1.0 141 141.00 2 29 76 女性 3.0 296 98.67 3 30 64 女性 4.0 1 247 311.75 4* 18 88 女性 1.0 115 115.00 5* 28 73 男性 3.0 590 196.67 6* 15 92 男性 4.5 718 159.56 7 30 70 女性 1.5 74 49.33 8 27 89 女性 2.0 228 114.00 9 30 81 女性 2.0 143 71.50 10 28 81 女性 3.0 442 147.33 11 28 84 女性 2.0 319 159.50 12 28 81 女性 2.5 600 240.00 13* 25 80 男性 3.0 257 85.67 14* 21 86 男性 1.0 117 117.00 ただし,文字数は書起しで算出,発話時間は発話開始から最後の 発話終了までのトータル時間で計測した.ID のみは健常高齢者, ID*は,MCI 相当者. 表 4 老化に関連した語りの臨床研究 認知症 認知症予備軍 [Mitzner 03, Roark 07] アルツハイマー病 [Baynes 07, Pakhomov 11, Reed 10] 身体機能(ADL) [Mitzner 03]
う つ [Lamers 14]
といった医学的なエビデンスはない.しかし,語ること によって,自分の状況を客観的に見つめ,考えを整理す ることができるなど,QoL の向上には貢献する可能性が ある [荒牧 15].ほかにも高齢者の語りに注目した臨床 研究は多く存在する.表 4 にその一例を示す.その多く が 2010 年以降に開始されており,今後ますます,病い の語りの可能性は注目されると考えられる.
5.これからの高齢者問題とは
本稿では,社会的孤立が抱える問題について概観し, 情報処理の可能性を模索してきた.高齢者の孤立を防ぐ ためには,ソーシャルメディアなど高齢者をつなぐサー ビス(マクロなサービス)を活用していくとともに,語 りを引き出すことが QoL 向上につながる可能性につい て議論した.高齢化社会と情報技術はいまや切り離せな い関係にある.高齢社会のデザインはどんな情報処理も 応用可能な,または,応用が必要とされるすそ野が広い 分野である.今後の多くの研究者の参入を期待している.◇ 参 考 文 献 ◇
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2016年 3 月 1 日 受理