は
じ
め
に
地域研究者として、これまで専門のブラジルについては 映画の紹介や批評を行ったことはあっても、アジア映画は まったくの門外漢で、とうてい作品や制作者に関する論評 を す る 力 は な い。 こ の 文 章 は、 本 特 集 の 問 題 提 起 を 受 け て、地域研究の立場から研究および教育の素材として映画 がもつ可能性と課題を考えた覚え書きであることを、予め お断りしておきたい。Ⅰ
地域研究
と
映画
︱︱個人的体験 一九八一年七月、私が初めてブラジル訪れた頃は、軍事 政権の経済成長戦略が行き詰まり、いわゆる「失われた一 〇年」が始まろうとしていた。留学先の大学でも、やがて 教職員が長期のストライキに入り、いつ終るとも分からな い休講が続いた。仕方なく、よく郊外のキャンパスからバ スに揺られてサンパウロの中心部に出かけ、街を徘徊した ものだった。そのときに見つけ、いまだにサンパウロを訪 れるたびに立ち寄る場所が、古書店と映画館である。 現在のブラジルでは、サンパウロやリオといった大都市地域研究
と
映画
︱
︱
総特集
﹁
混成
ア
ジ
ア
映画
の
海
時代
と
世界
を
映
す
鏡
﹂
に
寄
せ
て
鈴木
茂
『地域研究』
一三巻二号
特集へのコメント
に限らず、ある程度の都市ならどこにでも大規模なショッ ピングモールが建ち並び、その中にはシネマコンプレック スがあって観客を集めている。しかし、当時はまだサンパ ウロにせよリオにせよ、旧市街に一〇〇〇席を超える巨大 な劇場が残っており、映画が大衆娯楽の華であった一九五 〇年代、六〇年代の賑わいを忍ばせていた。平日の昼間、 だだっ広いガラガラの劇場で観た、今は題名すら覚えてい ないポルノ映画に登場する日系人やアフリカ系人の女優た ちの姿は、あまり「愉しい」ものではなかったが、ブラジ ル社会における人種・エスニシティーとセクシャリティー の見えざる関係を示唆していてそれなりに興味深かった。 カ ル ロ ス・ デ ィ エ ゲ ス 監 督 の『バ イ バ イ・ ブ ラ ジ ル』 (一 九 七 九 年) 、 レ オ ン・ イ ル ズ マ ン 監 督 の『ブ ラ ッ ク・ タ イ』 (一 九 八 一 年) 、 そ れ に ア ル ゼ ン チ ン 出 身 の エ ク ト ー ル・ バ ベ ン コ 監 督 の『ピ シ ョ ッ ト』 (一 九 八 〇 年) は、 一 〇 〇 席 に も 満 た な い よ う な 映 画 館 で 何 度 も 観 た。 フ ィ ク ションと現実を混同するほどナイーブではなかったとして も、 こ れ ら の 作 品 に 何 ら か の「リ ア リ テ ィ ー」 を 感 じ と り、映画、とりわけ劇映画が地域研究にとって重要な資料 となりうるように、何となく感じたのであった。
Ⅱ
地域研究
の
資料
と
し
て
の
映画
最初の長期滞在以来、ブラジルを訪れるたびにお気に入 りの映画館の近くに宿をとり、可能なかぎり多くの映画を 観るように努めてきた。一九八〇年代後半ビデオテープが 発売されるようになると新作を購入できるようになった。 やがて中古ビデオも出回るようになり、現在ではDVDと なって日本へ持ち帰るのも楽になった。しかしながら、大 学の授業で使用したり、映画祭のパンフレットなどの原稿 執筆に役立てたりするほかは、これまで自分の研究に生か し き れ て い な い の が 偽 ら ざ る 事 実 で あ る。 『地 域 研 究』 の こ の「総 特 集」 を 読 み、 ま ず 目 に 留 ま っ た の は、 「映 画 は 内在的な視点から社会を理解する上で重要な資料となりう るため、地域研究においてもますます重要性が増している と思われるが、調査地で積極的に映画を観たり映画資料を 収集したりして、さらにそれを研究成果として発表する地 域 研 究 者 は ま だ 多 く な い」 (一 二 頁) と い う、 巻 頭 の「総 特集にあたって」で見つけた山本博之氏の指摘であった。 私を含め、言われてみればその通りである。 山本氏は、地域研究者のこうした映画を資料とすること へ の 消 極 的 な 態 度 の 原 因 と し て、 「学 術 研 究 を 行 う 身 で ありながら映画を愉しんでいることに対する『後ろめたさ』 」 を示唆されているが、私にはむしろ方法論的な困難さのほ うが大きいように思われる。この点について、制作者、批 評家 (地域研究者) 、観客の関係について考えてみたい。 山本氏は、映画を地域研究の素材として使い、かつ地域 研究の観点から映画を愉しむ工夫と方法として、映画批評 の 表 層 主 義 (表 層 批 評) と 作 家 主 義 か ら 着 想 を 得 て、 い ず れも「地域研究的」という形容句をつけ、両者を組み合わ せ る 必 要 性 を 提 起 さ れ て い る。 こ こ で 山 本 氏 の 言 わ れ る 「地 域 研 究 的」 の 意 味 を 私 な り に 理 解 す れ ば、 制 作 者 (や 現 地 の 観 客) に と っ て は 自 明 な、 あ る い は 意 識 さ れ て い な い地域性、風景を把握したうえでの表層主義と作家主義の 融合ということであろう。言い換えれば、地域の文脈で映 画と制作者を理解すると同時に、映画を通して地域を理解 する、ということになろうか。そのとき、山本氏がとくに 注意を喚起されているのは、地域研究者の地域理解と映し 出 さ れ た 映 像 の 間 の ズ レ (「食 い 違 い」 ) で、 そ こ に「地 域 社 会 の 課 題 や そ れ へ の 人 々 の 対 応」 を 見 い だ し て、 「時 代 と世界」を読み解こうとされている (一六頁) 。 たしかに、本特集第Ⅱ部「混成のうねり――東南アジア 映画の新たな冒険」で紹介された国・地域と諸作品におい ては、ジェンダーやセクシャリティー、家族制度、ナショ ナ リ テ ィ ー と い っ た 規 範 と そ れ か ら の 逸 脱 が 通 奏 低 音 と なっており、こうした山本氏が提起される方法の有効性を 確認することができる。ただし、社会規範との葛藤への注 目は、地域研究の素材として作家性の強い作品が偏重され ることにつながりはしないであろうか。とりわけ制作本数 が多く、映画が大衆娯楽であり続けている国や地域の場合 には、そうした作家性の強い作品から読み取れるメッセー ジは、ある程度相対化する必要があるように思われる。そ れは、読者の存在ぬきに小説が語れないのと同様、映画の 場 合 も、 だ れ が 見 て 愉 し む の か、 つ ま り 観 客 が だ れ で あ り、観客にどう受けとめられるのか、あるいは場合によっ ては制作者の意図とは別に観客によって構築される意味と いう点をぬきには、映画を素材として地域を理解するとい う目的を十分に果たすことはできないし、ここに地域研究 の素材として映画を利用する難しさの一つがあるように思 われるからである。この点は、やや視点が異なるが、四方 田犬彦氏が指摘されている「国民的ローカル映画」にも関 係しているかも知れない。四方田氏のいう国民的ローカル 映画とは、決まりきった筋立てをもち、主人公たちが「そ の社会が道徳的・宗教的に携えている価値観を、すぐれて 体 現 し て い る」 (四 方 田 二 〇 〇 三: 一 四 ― 一 五) 作 品 で あ るが、既存の価値観にどっぷり浸かっているがゆえに、観 客の心性という点では優れた素材になりうるであろう。
Ⅲ
地域研究者
の
役割
「総 特 集 に あ た っ て」 に 続 く「座 談 会 混 迷 化 す る 世 界、複層化する映像表現」では、後述するアジア映画の混 成性に加えて、映画批評や映画制作における地域研究者の 役割についての発言が興味深かった。ここではフィクショ ンとリアリティーをめぐる問題を考えてみたい。 映 画 は 教 材 と し て 教 室 で よ く 利 用 さ れ て い る。 私 自 身 も、勤務する大学の授業でブラジルの劇映画やドキュメン タリー映画を見せたり、劇映画を中心とした映像を用いて 現代史を考える教養科目のコーディネータを務めたりして きた。映画はなじみの薄い地域への関心を惹くのにきわめ て有効な素材であるとともに、ある特定の国なり地域なり を考えるには、必読とされる文学作品と同様、必見と思わ れ る 映 画 が あ る と 考 え て い る か ら で あ る。 言 う ま で も な く、ドキュメンタリーであってもファインダーによって切 り取られ、制作者によって編集された「作品」であるし、 劇映画であっても現実社会を凝縮し可視化しえているもの も あ る。 し た が っ て、 「映 画 を 通 じ て 地 域 社 会 を 知 る」 と いうのは、簡単に見えてなかなか厄介な問題をはらんでい るのであって、映画は地域を「考える」素材と捉えるべき ものであろう。 そ の 意 味 で、 「座 談 会」 の 中 で、 石 坂 健 治 氏 が「裏 目 読 み」 や「深 読 み」 の 必 要 性 を 指 摘 さ れ て い る (三 七 頁) の にはおおいに共感できるし、山本氏の「映画を通じて地域 社会を知ろうとするのではなく、映画と地域社会をそれぞ れ理解した上で、両者を比べることで作品と地域社会につ い て の 理 解 を 深 め る」 (一 三 頁) と い う 方 法 は 妥 当 で あ ろ う。 そ の と き、 「照 ら し 合 わ せ る」 (山 本 氏 の 表 現、 三 七 頁) べ き も の は、 単 に「フ ィ ク シ ョ ン と し て の 映 画」 と 「現実社会」だけでなく、 「フィクションとして凝縮し可視 化された現実社会」と地域研究者自身が理解する「現実」 でもあろう。Ⅰで紹介した三本のブラジル映画で見た、時 代遅れの旅芸人一座の巡業の旅を通して可視化された、近 代化のなかで変わりゆく北東部とアマゾンの農村の姿 (『バ イ バ イ・ ブ ラ ジ ル』 ) 、 ス ト ラ イ キ 参 加 を め ぐ る サ ン パ ウ ロ 大都市圏の労働者の連帯と家族の絆の葛藤に凝縮された、 一九七〇年代末の民主化運動の苦悩 (『ブラック・タイ』 ) 、 感化院で虐待され、叛乱を起こして脱走し社会の暗闇を突 き進む、救いようのない青少年群像に体現された貧困と格 差 (『ピ シ ョ ッ ト』 ) は、 そ れ 自 体 は フ ィ ク シ ョ ン で あ る が、今日まで何らかのかたちで、私がブラジル社会につい て考える際の参照枠となっている * 1 。Ⅳ
混成
と
混淆
ブラジルやラテンアメリカが語られるとき、人と文化の 「混 淆 性」 が 常 に 話 題 に の ぼ る。 日 本 で も グ ロ ー バ ル 化 が 注 目 さ れ 始 め た こ こ 二、 三 〇 年 来、 自 民 族 中 心 主 義 や 人 種・ 民 族 の「純 粋 性」 に 対 抗 す る 言 説 と し て、 「混 淆 性」 を賞賛する傾向が見られるが、ブラジルやラテンアメリカ の多くの国々においては、独立後、人種・民族の多様性が 同質的な国民形成の障害として問題視され、その解決策と して混淆がもてはやされた歴史を持つ。つまり、混淆性は 国民統合の論理として国家によって回収されてしまい、ナ シ ョ ナ リ テ ィ ー そ の も の へ 転 換 さ れ た の で あ る。 そ れ ゆ え、 グ ロ ー バ ル 化 時 代 の 到 来 と と も に 待 望 さ れ る よ う に なったのは、混淆性の言説を突き崩す多文化主義の言説で あった * 2 (鈴木 一九九九) 。 ブラジルやラテンアメリカの経験を知る者にとって、意 識的にか否かは別にして、本特集の中で「混成性」や「混 淆性」が取り上げられるときにこれらの地域への安易な言 及がないのは意外であり、かつ賢明であると感じた。ブラ ジ ル や ラ テ ン ア メ リ カ の 経 験 が 示 し て い る よ う に、 「混 成」や「混淆」をめぐる問題を考える際には、それがどの よ う な 権 力 の 磁 場 で 起 き る の か (植 民 地 支 配、 奴 隷 制 な ど) を 見 逃 す わ け に は い か な い が、 本 特 集 や ア ジ ア 映 画 交 流 史 を 切 り 開 い て こ ら れ た 四 方 田 犬 彦 氏 や 松 岡 環 の 著 作 (四 方 田 一 九 九 三 ; 二 〇 〇 三 ; 松 岡 一 九 九 七) な ど を 見 る と、そうした権力の磁場の中での移民や映画人たちのたく ましい生活力と行動力に目を見張らされる。本特集の中で 紹介されている膨大な映画からは、第Ⅲ部の標題が示唆し ているように、国家という枠組みの「揺らぎ」と新しい地 域概念の生成の足音が聞こえて来るようだ。お
わ
り
に
長 い 間、 外 国 映 画 に 付 さ れ る 国 籍 を 不 思 議 に 思 っ て い た。国策映画ならまだしも、商業映画がなぜ国籍を持つの か、という素朴な疑問である。映画に国籍を表示する習慣 は今も続いているが、このごろはいくつのも国名が併記さ れ、逆に無国籍化しているのは面白い。資本の面から映画 制作が多国籍化したのは最近であるとしても、映画という メディア自体は人や技術の交流、既存の外国作品の参照や リメイクなど、初めから国境を跨ぎながら発展してきた。 そうした映画が本来的に有する越境性は、地域研究の枠組 みとしての地域概念に再考を迫っている。本特集からは、地域研究と映画の協働の豊かな可能性が伝わってくる。 ◉注 * 1 ブ ラ ジ ル 北 東 部 農 村(セ ル タ ン) や 大 都 市 の ス ラ ム (フ ァ ヴ ェ ー ラ) は、 ブ ラ ジ ル 映 画 で 繰 り 返 し 取 り 上 げ ら れ る「定 番」 の テ ー マ と な っ て い る。 常 に 先 行 す る 作 品 が 参 照 さ れ、 時 代 ご と の イ メ ー ジ が 構 築 さ れ て い く。 地 域 研 究 者 は、 こ う し て 構 築 さ れ て き た 社 会 像 を 抱 い て、 現 地 に 赴 く こ と に な る。 ブ ラ ジ ル 映 画 に お け る 北 東 部 農 村 と ス ラ ム に つ い ては、ナジブ(二〇〇六)第四部を参照せよ。 * 2 こ れ に 関 連 し て、 一 九 八 〇 年 代 半 ば に ア フ ロ・ ブ ラ ジ ル 宗 教 カ ン ド ン ブ レ の 指 導 者 の 中 か ら カ ト リ ッ ク と の 異 種 混 淆 性 を 否 定 し、 「ア フ リ カ 性」 を 強 調 す る 主 張 が 登 場 し た ( Campos 2003: 44-48 )。 ま た、 カ ン ド ン ブ レ の 指 導 者 が 黒 人 運 動 に 加 わ る 一 方、 黒 人 運 動 の 側 で も カ ン ド ン ブ レ を「ア フ リ カ 系 ブ ラ ジ ル 人」 の ア イ デ ン テ ィ テ ィ ー の 拠 り 所 と 捉 え る、 ア フ ロ・ ブ ラ ジ ル 宗 教 の「政 治 化」 と も 呼 べ る 傾 向 が 生 まれた。 ◉参考文献 鈴 木 茂(一 九 九 九) 「語 り は じ め た『人 種』 ―― ラ テ ン ア メ リ カ 社 会 と 人 種 概 念」 清 水 透 編『ラ テ ン ア メ リ カ』 〈南〉 か ら 見た世界5、大月書店、三九―七二頁。 ナ ジ ブ、 ル シ ア(二 〇 〇 六) 『ニ ュ ー・ ブ ラ ジ リ ア ン・ シ ネ マ ―― 知 ら れ ざ る ブ ラ ジ ル 映 画 の 全 貌』 鈴 木 茂 監 訳、 プ テ ィ グ ラ・パブリッシング。 松 岡 環(一 九 九 七) 『ア ジ ア・ 映 画 の 都 香 港 〜 イ ン ド・ ム ー ビーロード』めこん。 四方田犬彦(一九九三) 『電影風雲』白水社。 四方田犬彦(二〇〇三) 『アジア映画の大衆的想像力』青土社。 Campos, Vera Felicidade de Almeida ( 2003 ), Mãe Stella de Oxóssi: Perfil de uma liderança religiosa. Rio de Janeiro: Jorge Zahar. ◉映画リスト 『バイバイ・ブラジル』 ( Bye Bye Brasil )、カルロス・ディエゲ ス、 一九七九年、 ポルトガル語、 日本語字幕付きVHS発売。 『ブ ラ ッ ク・ タ イ』 ( Eles Não Usam Black-Tie )、 レ オ ン・ イ ル ズ マ ン、 一 九 八 一 年、 ポ ル ト ガ ル 語、 ブ ラ ジ ル 映 画 祭(一 九 八六年)で上映。 『ピ シ ョ ッ ト』 ( Pixote )、 エ ク ト ー ル・ バ ベ ン コ、 一 九 八 〇 年、 ポ ル ト ガ ル 語、 一 九 八 八 年 劇 場 公 開、 日 本 語 字 幕 付 き V H S 発売。
◉ 著者紹介 ◉ ①氏名…… 鈴木茂 (すずき・しげる) 。 ②所属 ・ 職名…… 東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。 ③生年・出身地…… 一九五六年、三重県。 ④専門分野・地域…… 歴史学、ブラジル地域研究。 ⑤ 学 歴 …… 東 京 外 国 語 大 学 外 国 語 学 部 ポ ル ト ガ ル・ ブ ラ ジ ル 語 学 科、 東 京 外 国 語 大 学 大 学 院 地 域 研 究 研 究 科 修 了、 一 橋 大 学 大学院社会学研究科中退。 ⑥ 職 歴 …… 東 京 外 国 語 大 学 外 国 語 学 部 助 手、 講 師、 助 教 授 を 経 て、二〇〇一年より現職。 ⑦ 現 地 滞 在 経 験 …… ブ ラ ジ ル( 一 九 八 一 年 七 月 〜 一 九 八 二 年 九 月、 サ ン パ ウ ロ 大 学 大 学 院 研 究 生、 ロ ー タ リ ー 財 団 奨 学 生、 一 九 八 七 年 四 月 〜 一 九 八 九 年 三 月、 サ ン パ ウ ロ 大 学 大 学 院 研 究生、文部省在外研究と私費による在外研究) 。 ⑧ 研 究 手 法 …… 史 料・ 文 献 調 査 が 中 心 で あ る が、 一 〇 年 ほ ど 前 か ら 始 め た ブ ラ ジ ル の 黒 人 運 動 の 研 究 で は イ ン タ ビ ュ ー を 行ってきた。 ⑨所属学会…… 歴史学研究会、日本ラテンアメリカ学会。 ⑩ 研 究 上 の 画 期 …… 世 界 史 的 な 出 来 事 か ど う か は 分 か ら な い が、 一 九 八 八 年 五 月 の ブ ラ ジ ル 奴 隷 制 廃 止 一 〇 〇 周 年 を ブ ラ ジ ル で 迎 え ら れ た こ と。 黒 人 運 動 の 存 在 と 規 模 を 実 見 で き、 ブラジルの人種差別が研究に値することを確信した。 ⑪ 推 薦 図 書 …… エ リ ッ ク・ ウ ィ リ ア ム ズ『 コ ロ ン ブ ス か ら カ ス ト ロ ま で ―― カ リ ブ 海 域 史 一 四 九 二 〜 一 九 六 九』 Ⅰ・ Ⅱ、 川 北 稔 訳、 岩波現代選書六 ・ 七、 岩波書店、 一九七八年。後に、 岩波書 店の 〈モダンクラシックス〉 シリーズで再刊。